ゲスト
(ka0000)
【血断】悔いを抱いて逃げ帰れ
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2019/07/14 12:00
- 完成日
- 2019/07/22 02:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
一度でも「死ねば良いのに」と思ったことを赦して欲しい。
●死ねば良いのに
今年の初めの頃のこと。嫉妬歪虚にたぶらかされたハンクが、エドの行動に対してかなり細かく口を出すことがあった。
悪いのは彼につけこんだ歪虚であることは間違いないのだが、実際エドにとやかく言ってくるのはハンク本人だったし、エドはハンクの欠点として、その細かさと言うか粘着質なところを知っていた。友達の嫌いなところをエドは認識していたのである。
だから、それが強くなっていくハンクがものすごく嫌いになりそうだった。苛立ちのあまり、ある夜に彼は思ってしまった。
(死ねば良いのに)
思ってから少し嫌な気持ちになって、エドはその思考を振り払った。それからそんなことすっかり忘れたつもりでいたけれど、心のどこかでは後ろめたく思っていたのかもしれない。
だから、災厄の十三魔、ナナ・ナイン(kz0081)の手刀がハンクの胸を貫いたときに、エドは死ぬほど後悔した。
●迎えに
災厄の十三魔、ナナ・ナインがグラウンド・ゼロに出没したと聞いて、ヴィルジーリオ(kz0278)は嫌な予感を覚えた。一時期居候させていた少年、ハンクがそこに出撃していたからである。
「失礼、どの辺りに出没したんですか?」
返ってきた返事は、ハンクが行った戦域と重なっている。
「……」
ヴィルジーリオはバイクに跨がると、発進しようとして思いとどまった。取り越し苦労にせよ、不安が実現しているにせよ、状況の確認は必要だ。ハンクのスマートフォンに伝話する。出ない。続いて、彼と出撃しているナンシーのスマートフォンにかけてみた。
『もしもし!? どうしたの突然!』
ナンシーの怒鳴り声が出た。向こうでは、銃声とエンジン音、スキルによる爆音が聞こえてくる。スマホが通じると言うことはそこまで遠くない。
「無事ではなさそうですね。迎えに行きます。今どこですか?」
『まっすぐ戻るところ! ねえ、聞いてるかも知れないけどナナ・ナインが出たんだよ!』
「聞いてます。ハンクは……」
『虫の知らせ!? ハンクが大怪我してるの! あんたたち、師弟そろって嫉妬に刺される星回りなわけ!? おまけに、狂気歪虚の群れに出くわして追い掛けられてる。ジリ貧だよ! 撤退支援は歓迎する! よろしくね!』
「了解」
ヴィルジーリオはスマートフォンをしまうと、周囲にいたハンターに呼びかけた。
「撤退支援に行きます! どなたか同行してくださいませんか! どうやら撤退中に歪虚の群れに出くわしたらしい。その前に大怪我したハンターが……私の友人がいます。手伝ってください」
●懺悔
後悔と焦燥と不安のせいで吐きそうだった。ハンクの止血はどうにか済んだ。だが、この撤退戦に参加するには重い傷だ。今にも眠りそうに見える。
「……許して」
小さく呟いた。どうせこの喧噪では聞こえまい。
こいつが死んだら俺はどうなるんだろう。身近な人を不慮の事態で亡くすなんてことは、今まで幸いにもなかった。
ハンクが死んだら自分はどうなるんだろう。後悔で気が狂うのだろうか。ただ悲しんで泣いて終わりで済むのだろうか。
その時、ハンクの手がエドの襟に伸びた。大怪我をしているとは思えない、凄まじい力で胸倉を掴み、自分に引き寄せる。
「な──」
「──……い」
「え?」
「──」
問い直して、もう一度はっきりと言われた言葉に、エドは何も返せなかった。
ただその手を握りしめた。
●ハンドアウト
あなたたちは、ヴィルジーリオの求めに応じて、逃げてくる先発隊の迎えに行くことになったハンターです。
彼の先導に従って、グラウンド・ゼロを進んで行くと、やがて前から先発隊が逃げてくるのが見えました。
"Hey,guys!"
トラックの一台に乗っていた、ライフルを持った女性があなたたちに手を振ります。彼女は別のトラックを指して、
「怪我人が乗ってるのはあっち! あと追い掛けてくるのがあれ!」
そう言って後ろを指します。見れば、一メートルはあるでしょうか、目がたくさんついた毛むくじゃらの蜘蛛が大勢、土煙を立てて追い掛けて来ます。
「蜘蛛ですか……」
ヴィルジーリオが苦い顔をします。蜘蛛を連れる歪虚と嫌な因縁があるからです。しかし、今回はその歪虚とは関係がなさそう。彼はすぐに気を取り直して、
「行きましょう」
バイクを発進させました。
●
(僕が起きたときにいなくなってたら許さない)
一度でも「死ねば良いのに」と思ったことを赦して欲しい。
●死ねば良いのに
今年の初めの頃のこと。嫉妬歪虚にたぶらかされたハンクが、エドの行動に対してかなり細かく口を出すことがあった。
悪いのは彼につけこんだ歪虚であることは間違いないのだが、実際エドにとやかく言ってくるのはハンク本人だったし、エドはハンクの欠点として、その細かさと言うか粘着質なところを知っていた。友達の嫌いなところをエドは認識していたのである。
だから、それが強くなっていくハンクがものすごく嫌いになりそうだった。苛立ちのあまり、ある夜に彼は思ってしまった。
(死ねば良いのに)
思ってから少し嫌な気持ちになって、エドはその思考を振り払った。それからそんなことすっかり忘れたつもりでいたけれど、心のどこかでは後ろめたく思っていたのかもしれない。
だから、災厄の十三魔、ナナ・ナイン(kz0081)の手刀がハンクの胸を貫いたときに、エドは死ぬほど後悔した。
●迎えに
災厄の十三魔、ナナ・ナインがグラウンド・ゼロに出没したと聞いて、ヴィルジーリオ(kz0278)は嫌な予感を覚えた。一時期居候させていた少年、ハンクがそこに出撃していたからである。
「失礼、どの辺りに出没したんですか?」
返ってきた返事は、ハンクが行った戦域と重なっている。
「……」
ヴィルジーリオはバイクに跨がると、発進しようとして思いとどまった。取り越し苦労にせよ、不安が実現しているにせよ、状況の確認は必要だ。ハンクのスマートフォンに伝話する。出ない。続いて、彼と出撃しているナンシーのスマートフォンにかけてみた。
『もしもし!? どうしたの突然!』
ナンシーの怒鳴り声が出た。向こうでは、銃声とエンジン音、スキルによる爆音が聞こえてくる。スマホが通じると言うことはそこまで遠くない。
「無事ではなさそうですね。迎えに行きます。今どこですか?」
『まっすぐ戻るところ! ねえ、聞いてるかも知れないけどナナ・ナインが出たんだよ!』
「聞いてます。ハンクは……」
『虫の知らせ!? ハンクが大怪我してるの! あんたたち、師弟そろって嫉妬に刺される星回りなわけ!? おまけに、狂気歪虚の群れに出くわして追い掛けられてる。ジリ貧だよ! 撤退支援は歓迎する! よろしくね!』
「了解」
ヴィルジーリオはスマートフォンをしまうと、周囲にいたハンターに呼びかけた。
「撤退支援に行きます! どなたか同行してくださいませんか! どうやら撤退中に歪虚の群れに出くわしたらしい。その前に大怪我したハンターが……私の友人がいます。手伝ってください」
●懺悔
後悔と焦燥と不安のせいで吐きそうだった。ハンクの止血はどうにか済んだ。だが、この撤退戦に参加するには重い傷だ。今にも眠りそうに見える。
「……許して」
小さく呟いた。どうせこの喧噪では聞こえまい。
こいつが死んだら俺はどうなるんだろう。身近な人を不慮の事態で亡くすなんてことは、今まで幸いにもなかった。
ハンクが死んだら自分はどうなるんだろう。後悔で気が狂うのだろうか。ただ悲しんで泣いて終わりで済むのだろうか。
その時、ハンクの手がエドの襟に伸びた。大怪我をしているとは思えない、凄まじい力で胸倉を掴み、自分に引き寄せる。
「な──」
「──……い」
「え?」
「──」
問い直して、もう一度はっきりと言われた言葉に、エドは何も返せなかった。
ただその手を握りしめた。
●ハンドアウト
あなたたちは、ヴィルジーリオの求めに応じて、逃げてくる先発隊の迎えに行くことになったハンターです。
彼の先導に従って、グラウンド・ゼロを進んで行くと、やがて前から先発隊が逃げてくるのが見えました。
"Hey,guys!"
トラックの一台に乗っていた、ライフルを持った女性があなたたちに手を振ります。彼女は別のトラックを指して、
「怪我人が乗ってるのはあっち! あと追い掛けてくるのがあれ!」
そう言って後ろを指します。見れば、一メートルはあるでしょうか、目がたくさんついた毛むくじゃらの蜘蛛が大勢、土煙を立てて追い掛けて来ます。
「蜘蛛ですか……」
ヴィルジーリオが苦い顔をします。蜘蛛を連れる歪虚と嫌な因縁があるからです。しかし、今回はその歪虚とは関係がなさそう。彼はすぐに気を取り直して、
「行きましょう」
バイクを発進させました。
●
(僕が起きたときにいなくなってたら許さない)
リプレイ本文
●突撃
「うへえ……こう多いと気味が悪いな」
ルクシュヴァリエに搭乗したオウガ(ka2124)は、押し寄せる蜘蛛の大群を見て思わずぼやいた。
「蜘蛛か……」
鞍馬 真(ka5819)もまた苦い顔になった。ヴィルジーリオはちらりと彼の方を見て、
「思い出してることは同じようですね」
「そうだね……まあ、今は考え事をしている場合じゃない……行こう、レグルス」
魔導剣に青い炎様のマテリアルがまとわりついた。
「……くふっ。うふふふふっ」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)はリーリーのミーティアの上でモノクルを光らせた。エドがこちらを見ていないのは幸いだ。何故なら、彼が見たら怯えそうな顔をしている自覚があるからだ。
「ハンクさんをやったのは……十三魔? なるほど、覚えました」
獲物の匂いを覚えた猟犬の貌をする。
「ハンクとエドを任せたぜ、相棒」
トリプルJ(ka6653)はユキウサギをエドたちが乗る荷台に放り込んだ。
「何かあったら結界で守ってやってくれや」
主の言葉に、ユキウサギは了解を見せた。既に光線弾が飛び交っている。煙水晶の煙幕が広がった。トリプルJは仲間たちを振り返り、
「俺が銀嶺から降りたら二十メートル以内に近づかんでくれよ」
「えっ、なんですかそれ怖い」
ヴィルジーリオがぎょっとしたように彼の方を向いた。
「セレーノ、トラックを追うように飛んでくれ。前方に異常見つけたら教えてくれると助かる」
レオーネ・ティラトーレ(ka7249)はペガサスに指示を出しながらトラックに接近した。ナンシーとマシューが彼に気付く。
「もうあたしたちスキル残ってないよ!」
「構わない! 射撃で連携できればありがたい!」
「了解しました!」
ワイバーンの黄雲が、エドたちの乗るトラックの上にやって来た。その背中から、玲瓏(ka7114)が荷台に飛び降りる。
「黄雲、抑えをお願いします」
青龍の眷属は短く鳴くと、果敢に蜘蛛の群へと飛んで行った。
●光輝の十二角形
「全部やっつけてしまえれば、あわてて逃げる必要もなくなるです?」
魔導拳銃ヘキサグラムを向けながら、アルマの目が細められた。同時に二つの魔法を詠唱する。六角形の名を冠した拳銃は、デルタレイの光線の数を六まで増やすことが可能である。
光り輝く六角形が二つ、術者の前に現れるのは圧巻と呼んで差し支えない光景であった。
十二の光線が放たれる。全速力で向かって来ていた蜘蛛たちは、正面から直撃を受けて吹き飛んだ。
「行くぞ!」
真がカオスウィースを構えて気合いを入れると、レグルスが答えるように低く短く唸った。
青いマテリアルの炎が、蜘蛛の群を割るようにまっすぐに突き抜けて行く。海を割るが如く。強い力に、蜘蛛たちが焼かれて、吹き飛ばされて、散らされていく。彼の前に道ができたが、ここは突破する道ではない。
オウガはルクシュヴァリエと一体化していた。巨体でトラックを隠す様に追走する。
「視点が高いのはやっぱり高揚するよな。そんな場合じゃないけども」
コクピットから振り返る。体高一メートルは蜘蛛としては大きな部類だが、ルクシュヴァリエの全高八メートルと比べると小型と呼んで差し支えない。
「よし! 行くぞ!」
万象の器にて、機槍アテナに魔法紋が浮かび上がる。速度を緩めた。たちまち、蜘蛛の群がオウガを包囲する。
「食らえ!」
巨大なゴーレムが装備する槍はそれ相応の長さで、万象の器で射程が伸ばされた今、その攻撃の勢いには凄まじいものがあった。レグルスの毛並みが、ミーティアの羽毛がその余波たる風を受けて吹き上げられる。
黄雲が雄叫びを上げた。高く飛び上がり、マテリアルを纏う。そのまま急降下して、敵陣を突っ切った。その軌跡に衝撃波が発生して、蜘蛛たちが片っ端から吹き飛ばされていく。
概ねハンターたちの攻撃で吹き飛んでいく蜘蛛だが、範囲から漏れたものたちは、仲間が消えて道が空いたのを幸いに前に出てくる。エドたちのトラックに寄ってきたのを、ヴィルジーリオがライトニングボルトで牽制した。
「来たな」
レオーネがヴォロンテを構えた。後方の蜘蛛を狙うつもりだったが、思ったよりも後ろが薄くなっている。
「オウガ、少し離れられるか?」
「了解」
ルクシュヴァリエが横に逸れる。そのまま、前に出てきた蜘蛛に制圧射撃を見舞った。足止めを受けて流れるように下がって行く。それに変わって前に出てきた蜘蛛には、ナンシーたちが銃撃を浴びせた。
●結び
玲瓏はトラックの荷台でハンクの傷を見ていた。止血はきちんとされているらしい。
「止血もしっかりなさっていますね、大丈夫ですよ」
エドを安心させるように頷いて見せると、彼はまだ浮かな顔で、
「あ、ありがとう……」
胸と襟の辺りに血が付いている。
「ハンクさま、ゆっくり休ませて差し上げられず、誠に恐縮なのですが……」
腕を振った。手首についた神楽鈴が、しゃん、と涼しげな音を立てる。玲瓏は朗々と唱えた。
もれたるを掬び結びし
君が身に
聞こはばいらへ
清かにさませ
●死神の呼び声
敵もやられっぱなしではない。蜘蛛たちの、目立つ四つの目から、次々と光線弾を放った。
「ミーティア、わかってますね?」
アルマが囁くと、ミーティアは鋭く鳴いた。健脚で飛び跳ねるように回避する。しかし、立て続けに飛んでくる光線弾を全て避けきるのは、さすがのリーリーにも難しい。
「頑張りましたです! いいこです!」
「レグルス、気をつけて! しかし数が多いな!」
そしてそれは他の幻獣やユニットも同じで、最初の一発二発は楽に回避できるものの、三発目以降が少々厳しいようだった。
「身体がでかいとどうしても当たっちまうんだよな」
オウガがゴーレムの状態を確認しながらぼやく。
「全部当たるよりマシだと思うしかないな。セレーノ、すまない、頑張ってくれ」
レオーネが爆裂弾を装填しながら声を掛ける。
「大丈夫?」
真が気遣わしげに声を掛ける。スティールステップの着地を狙われた。だが、ダメージそのものは大きくないようで、闘志はそのまま、レグルスは主に応えた。
黄雲は上空を飛びながら、怒ったように吼えている。ワイバーンは理性的な傾向にあるのでそのまま暴れたりはしないが、その姿には威厳を感じる。バレルロールで不規則な軌道を描く様は陽動にもなっているようだ。上空で光線を巧みに躱している。
一方、生身のトリプルJとヴィルジーリオには圧殺が敢行された。
「クソ! 見た目より重てぇ!」
ディスターブで押し返しながらトリプルJが毒づく。多少重たいからと言って、彼が易々と潰されるわけもないのだ。
「身体の大きいものには遠隔で、御せそうなら体当たりですか! 性格が悪い!」
杖で弾き飛ばしながら、赤毛の魔術師も憤慨している。
●復活
レグルスが高く吼えた。威圧されたところを狙って、真が大鎌をマテリアルで強化し、薙ぎ払う。不気味な声が響く。
そのタイミングで、通信機から声が聞こえた。
『真さん、その位置キープでお願いします』
「ハンクくん!?」
その時、真のすぐ傍で爆発が起こった。倒すには至らなかったが、蜘蛛が後方へ吹きとばされていく。
『シニョール・ハンクの復活さ』
「味方をギリギリ範囲の外に置く場所で着弾箇所を決める……ですよね、アルマさん!」
玲瓏に回復してもらったハンクが、トラックの荷台にしっかりと両脚で立っている。トリプルJのユキウサギがその前で守るように剣を構えていた。
「そのとーりですっ! 真さん、僕からもその位置キープでお願いしますです!」
「了解! レグルス、そのまま走って!」
アルマがアイシクルコフィンを放った。レグルスは真に言われたとおり、しっかりとした足取りで術式の脇を走った。氷柱とすれ違うように駆け抜ける。
「黄雲」
玲瓏が合図すると、ワイバーンはトラックに戻ってきた。ハンクはぺこん、と頭を下げ、
「玲瓏さん、ありがとうございました。あ、通信機お返しします」
「いえ、これくらいでしたら」
黄雲の鞍に乗りながら、玲瓏は微笑んで見せる、それから、ふっと真顔になり、
「しかし、重傷者がこうも容易く……現代医療とは何……」
「……ははは……」
ハンクも思うところは同じだったらしい。曖昧に笑って見送った。
『トリプルJ、聞こえるか? ハンクが復活した』
「そうみてぇだな! ひとまずは安心ってこった」
レオーネから通信を受けながら、トリプルJは自転車を降りた。吼え狂いしものの都合で、スキルが使えない。そのまま剣を振るって蜘蛛を叩き切った。
後方では、レオーネの爆裂弾によるフォールシュートが炎を上げて着弾していた。それを見届けながら、レオーネはハンクと連絡を取る。
『ハンク、無理はしないでくれ』
『大丈夫です。すっかり元気になりました!』
『お前切り替え早いよ……』
エドの弱々しい声も聞こえてくる。ひとまずは安心の様だ。
●退避
蜘蛛の隊列が崩れている。元々あってないようなものではあったが、密集して動いていたものが、ハンターたちの攻撃を受けてばらけている。数を減らすことには成功しているが、その分動ける場所が増えたことも間違いはない。
「どけどけ! 行かせねぇぞ!」
前に出てきた蜘蛛たちを、オウガのルクシュヴァリエが不退の躯で跳ね飛ばす。
光弾がまた飛び交った。数は減っているものの、立て続けに狙われるとやはり回避は難しい。
真はグリムリーパーで、自分に当たりそうな光弾を受け止めた。怒るような、威嚇するような声が響く。
ミーティアが警戒を促すように鋭く声を立てる。足下に飛んでくる光の弾丸を、走る動きを利用して避け続けた。
「良いですよミーティア! その調子ですっ!」
多少の被弾はあるものの、想定内だ。飛びかかるだけの蜘蛛など物の数ではない。ミーティアも痛い思いをしていおかんむりだ。蹴り飛ばして転がし、走り抜ける。
トリプルJが、蜘蛛の群に突っ込む前に言ったことを彼らは覚えていた。
「俺が銀嶺から降りたら二十メートル以内に近づかんでくれよ」
「離れろ!」
オウガは怒鳴りながらも、福音の風で舞い上がり、ルクシュヴァリエを退避させた。ミーティアは方向転換をしてエドたちのトラックに寄せた。黄雲はさらに高くを飛び、レグルスは全力で距離を取った。
神憑きしもの。
汝の名は?
吼え、狂う先に踏み込んだ、人ならざる領域に彼は何を見ただろうか。
●神憑きしもの
古代大剣が纏うオーラがそのまま刃になった。唸りを上げて回転する剣は、残っている蜘蛛の実に半数以上をなぎ倒し、粉砕し、圧殺した。
●初めに言葉あり
ただならぬ気配を感じたのは、ハンターたちだけではない。異様な力の気配に蜘蛛たちも挙動がおかしい。
「黄雲、鞍馬さまの道を」
玲瓏の言葉に、黄雲はディープインパクトの滑走で道を開けた。敵陣の真ん中に退避していた真にはチャンスだ。
「今だレグルス!」
逃げようとする蜘蛛が方向転換をしながらつっかえている辺りに突進する。グリムリーパーが唸りを上げて薙ぎ払った。
「逃がしませんよ?」
アルマが間髪入れずにデルタレイが十二本を背後から粉砕する。振り返ると、ぽかんとした顔をしたエドがこちらを見ているのが見えて、微笑む。
「今だ! 撃ち漏らしは頼んだぜ!」
「撃て!」
レオーネとマシューの合図で、弾丸の残っているハンターたちが一斉に射撃を加えた。レオーネが放ったフォールシュートの中を突っ切るように、断続的に弾が飛んでいく。
「光あれ!」
ルクシュヴァリエが光の刃で向かって来る蜘蛛を貫いた。
「撤収!」
蜘蛛たちが完全に戦意を失って退却して行くのを見て、ヴィルジーリオが合図した。
「全滅させたいのはやまやまですが、深追いしては護衛がいなくなってしまう。ひとまずこのまま逃げ切りましょう」
残りは二割といった所だろうか。撤退支援の一環としては上出来と言って良い。
「ジョンストンくん、生きてますか!? 撤収しますよ!」
「勝手に殺すな! 撤収は了解したぜ!」
ヴィルジーリオの大声に、再び魔導ママチャリに乗ったトリプルJが怒鳴り返した。
真は撤退の道すがら、イェジドでハンクが座っているトラックに近づいた。
「真~!」
エドは「優しい大人」として認識している真の顔を見てほっとしたようだ。トリプルJに関しては「強面の兄貴」であるし、一度会ったレオーネは「割と物をはっきり言う大人」である。アルマについては、一言で言い表せない。
「ああ、二人とも心配したよ。大丈夫?」
この「大丈夫?」は、げっそりしているエドに向けたものだ。物理的に死にかけたハンクよりも酷い顔をしていたように見えたから。
「大丈夫……」
トリプルJのユキウサギを抱きかかえながらエドは頷いた。
「うさぎ、うさぎ、おまえかわいいな……無限に抱いてられる……」
「大丈夫じゃなくない!?」
●アーバンフォークロア
誰も欠けずに撤退した。ハンクは自分の血で濡れた服をひらひらと振って気持ち悪そうにしている。
「無事で良かった。しかしすっかり元通りだな。あんなにエグい傷だったのに」
シャツをめくりながらジョンが興味深そうに言う。エドはずっと吐きそうな顔だ。
「わぅぅぅーーーーっ」
「どわっ!」
その三人を、アルマが長身に物を言わせてまとめて抱きしめた。バイクを置いて戻って来たヴィルジーリオがハンクに声を掛けようとしていたが、行き場を失った手がパントマイム状態だ。
「ご無事でほんとに良かったですっ! あの歪虚絶対許さないです……がる」
鼻面に皺を寄せて怒りの表情だ。それから眉を寄せ、
「わぅぅ。あのクラスの歪虚さんは相手したらだめです……あっちから来たならもう天災みたいなものなのでしょうがないですけど、即座の撤退は正しかったですっ」
「良かったよね。ナナが都市伝説の化け物みたいにダッシュで追い掛けてくるタイプじゃなくてさ」
ナンシーがやれやれと首を振った。ヴィクターが顔をしかめ、
「やめてくれ、振り切る自信がねぇ」
「確かに、追われなかったのは幸いだと言えるな」
レオーネも苦笑いしながら腕を組んで頷いた。手をまだ上下させている司祭の肩を叩き、ウィンク。
「お疲れ。無事で良かったな」
「ええ、お互いに。来て頂いてありがとうございました。心強かった」
「皆、無事で良かった……」
レグルスの怪我の様子を見ながら、真が安堵したように呟いた。自分たちも多少被弾したが、今にも倒れそう、と言うほどではない。
邪神と戦うのだ。仕方のない戦局であるとは言え、最近では大怪我……酷ければ死亡するハンターも少なくはない。
全てを救うことはできない。だからこそ、真は思うのだ。縁のある相手くらいは生き残って欲しいと。
セレーノのエナジーレインが降り注いだ。幻獣たちやルクシュヴァリエの傷が癒えていく。
「死を感じた途端、人は愁いを残したくないと思うようですね」
玲瓏も黄雲を撫でながら、ハンクたちを眺めやる。
「常々嫌いと仰せでも、絶縁状態でも、最後には会いたいと溢される」
「……そうですね」
ヴィルジーリオが目を逸らす。
「今際の際は……不思議ですよね」
「もうおしまいとなると、素直になるのでしょうか。本当の気持ち……愛の告白のよう?」
「玲瓏何言ってるの……?」
エドが恩人の言葉を聞いて震えた。
「この後もできれば戦線に出て欲しくないですけど、出るなら絶対無茶したらだめですからね? フリでもなんでもなくしんでしまいますからね?」
アルマがぐりぐりと抱きしめながらエドたちに言い聞かせている。反駁するかと思ったエドだが、ぐりぐりされながら「うーん」と唸っている。
「無茶する前に死ぬような気がする」
ちなみにこのアルマ・A・エインズワース、ハンクが復活しなければエドとジョンは看病で参戦どころではなかっただろうとか思っている。言わないが。
「ナナ・ナインの方も片付いたらしい」
どこかと連絡を取っていたレオーネが知らせに来た。
「囲んでたこ殴りにすることには成功したが、すんでのところで逃げられたらしい」
「へぇ。相当強いって聞いてたけどね」
ナンシーが意外そうな顔をする。
「人類側も力をつけていますからね」
ヴィルジーリオが頷いた。
「ええ、次こそは、引導を渡すでしょう」
「あ、そうだ。トリプルJ、ユキウサギありがとう」
エドはユキウサギを前に抱きかかえて主に両手で手渡した。トリプルJは、エドが行儀良く返してきたのが面白かったのか、どこかおかしそうに受け取る。
「ハンクと喧嘩でもしたのか?」
「大昔にね」
素っ気なくそれだけ答える。ハンクがおかしくなったときの事件をトリプルJは知っているから、察したのだろうか。エドの頭を乱暴に撫でる。
「気にすんなって言ったって気になるわな。それでも元は只の喧嘩だ。次にやらにゃ充分おあいこだ」
「本当にそう思う?」
死んだらどうしよう、が、どうせ死なない、になった時。
自分は何になるのだろうか。
司祭に抱きしめられて笑っているハンクを遠くから眺める。
「……アルマの言うこと、聞いといた方が良いかもな」
「うへえ……こう多いと気味が悪いな」
ルクシュヴァリエに搭乗したオウガ(ka2124)は、押し寄せる蜘蛛の大群を見て思わずぼやいた。
「蜘蛛か……」
鞍馬 真(ka5819)もまた苦い顔になった。ヴィルジーリオはちらりと彼の方を見て、
「思い出してることは同じようですね」
「そうだね……まあ、今は考え事をしている場合じゃない……行こう、レグルス」
魔導剣に青い炎様のマテリアルがまとわりついた。
「……くふっ。うふふふふっ」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)はリーリーのミーティアの上でモノクルを光らせた。エドがこちらを見ていないのは幸いだ。何故なら、彼が見たら怯えそうな顔をしている自覚があるからだ。
「ハンクさんをやったのは……十三魔? なるほど、覚えました」
獲物の匂いを覚えた猟犬の貌をする。
「ハンクとエドを任せたぜ、相棒」
トリプルJ(ka6653)はユキウサギをエドたちが乗る荷台に放り込んだ。
「何かあったら結界で守ってやってくれや」
主の言葉に、ユキウサギは了解を見せた。既に光線弾が飛び交っている。煙水晶の煙幕が広がった。トリプルJは仲間たちを振り返り、
「俺が銀嶺から降りたら二十メートル以内に近づかんでくれよ」
「えっ、なんですかそれ怖い」
ヴィルジーリオがぎょっとしたように彼の方を向いた。
「セレーノ、トラックを追うように飛んでくれ。前方に異常見つけたら教えてくれると助かる」
レオーネ・ティラトーレ(ka7249)はペガサスに指示を出しながらトラックに接近した。ナンシーとマシューが彼に気付く。
「もうあたしたちスキル残ってないよ!」
「構わない! 射撃で連携できればありがたい!」
「了解しました!」
ワイバーンの黄雲が、エドたちの乗るトラックの上にやって来た。その背中から、玲瓏(ka7114)が荷台に飛び降りる。
「黄雲、抑えをお願いします」
青龍の眷属は短く鳴くと、果敢に蜘蛛の群へと飛んで行った。
●光輝の十二角形
「全部やっつけてしまえれば、あわてて逃げる必要もなくなるです?」
魔導拳銃ヘキサグラムを向けながら、アルマの目が細められた。同時に二つの魔法を詠唱する。六角形の名を冠した拳銃は、デルタレイの光線の数を六まで増やすことが可能である。
光り輝く六角形が二つ、術者の前に現れるのは圧巻と呼んで差し支えない光景であった。
十二の光線が放たれる。全速力で向かって来ていた蜘蛛たちは、正面から直撃を受けて吹き飛んだ。
「行くぞ!」
真がカオスウィースを構えて気合いを入れると、レグルスが答えるように低く短く唸った。
青いマテリアルの炎が、蜘蛛の群を割るようにまっすぐに突き抜けて行く。海を割るが如く。強い力に、蜘蛛たちが焼かれて、吹き飛ばされて、散らされていく。彼の前に道ができたが、ここは突破する道ではない。
オウガはルクシュヴァリエと一体化していた。巨体でトラックを隠す様に追走する。
「視点が高いのはやっぱり高揚するよな。そんな場合じゃないけども」
コクピットから振り返る。体高一メートルは蜘蛛としては大きな部類だが、ルクシュヴァリエの全高八メートルと比べると小型と呼んで差し支えない。
「よし! 行くぞ!」
万象の器にて、機槍アテナに魔法紋が浮かび上がる。速度を緩めた。たちまち、蜘蛛の群がオウガを包囲する。
「食らえ!」
巨大なゴーレムが装備する槍はそれ相応の長さで、万象の器で射程が伸ばされた今、その攻撃の勢いには凄まじいものがあった。レグルスの毛並みが、ミーティアの羽毛がその余波たる風を受けて吹き上げられる。
黄雲が雄叫びを上げた。高く飛び上がり、マテリアルを纏う。そのまま急降下して、敵陣を突っ切った。その軌跡に衝撃波が発生して、蜘蛛たちが片っ端から吹き飛ばされていく。
概ねハンターたちの攻撃で吹き飛んでいく蜘蛛だが、範囲から漏れたものたちは、仲間が消えて道が空いたのを幸いに前に出てくる。エドたちのトラックに寄ってきたのを、ヴィルジーリオがライトニングボルトで牽制した。
「来たな」
レオーネがヴォロンテを構えた。後方の蜘蛛を狙うつもりだったが、思ったよりも後ろが薄くなっている。
「オウガ、少し離れられるか?」
「了解」
ルクシュヴァリエが横に逸れる。そのまま、前に出てきた蜘蛛に制圧射撃を見舞った。足止めを受けて流れるように下がって行く。それに変わって前に出てきた蜘蛛には、ナンシーたちが銃撃を浴びせた。
●結び
玲瓏はトラックの荷台でハンクの傷を見ていた。止血はきちんとされているらしい。
「止血もしっかりなさっていますね、大丈夫ですよ」
エドを安心させるように頷いて見せると、彼はまだ浮かな顔で、
「あ、ありがとう……」
胸と襟の辺りに血が付いている。
「ハンクさま、ゆっくり休ませて差し上げられず、誠に恐縮なのですが……」
腕を振った。手首についた神楽鈴が、しゃん、と涼しげな音を立てる。玲瓏は朗々と唱えた。
もれたるを掬び結びし
君が身に
聞こはばいらへ
清かにさませ
●死神の呼び声
敵もやられっぱなしではない。蜘蛛たちの、目立つ四つの目から、次々と光線弾を放った。
「ミーティア、わかってますね?」
アルマが囁くと、ミーティアは鋭く鳴いた。健脚で飛び跳ねるように回避する。しかし、立て続けに飛んでくる光線弾を全て避けきるのは、さすがのリーリーにも難しい。
「頑張りましたです! いいこです!」
「レグルス、気をつけて! しかし数が多いな!」
そしてそれは他の幻獣やユニットも同じで、最初の一発二発は楽に回避できるものの、三発目以降が少々厳しいようだった。
「身体がでかいとどうしても当たっちまうんだよな」
オウガがゴーレムの状態を確認しながらぼやく。
「全部当たるよりマシだと思うしかないな。セレーノ、すまない、頑張ってくれ」
レオーネが爆裂弾を装填しながら声を掛ける。
「大丈夫?」
真が気遣わしげに声を掛ける。スティールステップの着地を狙われた。だが、ダメージそのものは大きくないようで、闘志はそのまま、レグルスは主に応えた。
黄雲は上空を飛びながら、怒ったように吼えている。ワイバーンは理性的な傾向にあるのでそのまま暴れたりはしないが、その姿には威厳を感じる。バレルロールで不規則な軌道を描く様は陽動にもなっているようだ。上空で光線を巧みに躱している。
一方、生身のトリプルJとヴィルジーリオには圧殺が敢行された。
「クソ! 見た目より重てぇ!」
ディスターブで押し返しながらトリプルJが毒づく。多少重たいからと言って、彼が易々と潰されるわけもないのだ。
「身体の大きいものには遠隔で、御せそうなら体当たりですか! 性格が悪い!」
杖で弾き飛ばしながら、赤毛の魔術師も憤慨している。
●復活
レグルスが高く吼えた。威圧されたところを狙って、真が大鎌をマテリアルで強化し、薙ぎ払う。不気味な声が響く。
そのタイミングで、通信機から声が聞こえた。
『真さん、その位置キープでお願いします』
「ハンクくん!?」
その時、真のすぐ傍で爆発が起こった。倒すには至らなかったが、蜘蛛が後方へ吹きとばされていく。
『シニョール・ハンクの復活さ』
「味方をギリギリ範囲の外に置く場所で着弾箇所を決める……ですよね、アルマさん!」
玲瓏に回復してもらったハンクが、トラックの荷台にしっかりと両脚で立っている。トリプルJのユキウサギがその前で守るように剣を構えていた。
「そのとーりですっ! 真さん、僕からもその位置キープでお願いしますです!」
「了解! レグルス、そのまま走って!」
アルマがアイシクルコフィンを放った。レグルスは真に言われたとおり、しっかりとした足取りで術式の脇を走った。氷柱とすれ違うように駆け抜ける。
「黄雲」
玲瓏が合図すると、ワイバーンはトラックに戻ってきた。ハンクはぺこん、と頭を下げ、
「玲瓏さん、ありがとうございました。あ、通信機お返しします」
「いえ、これくらいでしたら」
黄雲の鞍に乗りながら、玲瓏は微笑んで見せる、それから、ふっと真顔になり、
「しかし、重傷者がこうも容易く……現代医療とは何……」
「……ははは……」
ハンクも思うところは同じだったらしい。曖昧に笑って見送った。
『トリプルJ、聞こえるか? ハンクが復活した』
「そうみてぇだな! ひとまずは安心ってこった」
レオーネから通信を受けながら、トリプルJは自転車を降りた。吼え狂いしものの都合で、スキルが使えない。そのまま剣を振るって蜘蛛を叩き切った。
後方では、レオーネの爆裂弾によるフォールシュートが炎を上げて着弾していた。それを見届けながら、レオーネはハンクと連絡を取る。
『ハンク、無理はしないでくれ』
『大丈夫です。すっかり元気になりました!』
『お前切り替え早いよ……』
エドの弱々しい声も聞こえてくる。ひとまずは安心の様だ。
●退避
蜘蛛の隊列が崩れている。元々あってないようなものではあったが、密集して動いていたものが、ハンターたちの攻撃を受けてばらけている。数を減らすことには成功しているが、その分動ける場所が増えたことも間違いはない。
「どけどけ! 行かせねぇぞ!」
前に出てきた蜘蛛たちを、オウガのルクシュヴァリエが不退の躯で跳ね飛ばす。
光弾がまた飛び交った。数は減っているものの、立て続けに狙われるとやはり回避は難しい。
真はグリムリーパーで、自分に当たりそうな光弾を受け止めた。怒るような、威嚇するような声が響く。
ミーティアが警戒を促すように鋭く声を立てる。足下に飛んでくる光の弾丸を、走る動きを利用して避け続けた。
「良いですよミーティア! その調子ですっ!」
多少の被弾はあるものの、想定内だ。飛びかかるだけの蜘蛛など物の数ではない。ミーティアも痛い思いをしていおかんむりだ。蹴り飛ばして転がし、走り抜ける。
トリプルJが、蜘蛛の群に突っ込む前に言ったことを彼らは覚えていた。
「俺が銀嶺から降りたら二十メートル以内に近づかんでくれよ」
「離れろ!」
オウガは怒鳴りながらも、福音の風で舞い上がり、ルクシュヴァリエを退避させた。ミーティアは方向転換をしてエドたちのトラックに寄せた。黄雲はさらに高くを飛び、レグルスは全力で距離を取った。
神憑きしもの。
汝の名は?
吼え、狂う先に踏み込んだ、人ならざる領域に彼は何を見ただろうか。
●神憑きしもの
古代大剣が纏うオーラがそのまま刃になった。唸りを上げて回転する剣は、残っている蜘蛛の実に半数以上をなぎ倒し、粉砕し、圧殺した。
●初めに言葉あり
ただならぬ気配を感じたのは、ハンターたちだけではない。異様な力の気配に蜘蛛たちも挙動がおかしい。
「黄雲、鞍馬さまの道を」
玲瓏の言葉に、黄雲はディープインパクトの滑走で道を開けた。敵陣の真ん中に退避していた真にはチャンスだ。
「今だレグルス!」
逃げようとする蜘蛛が方向転換をしながらつっかえている辺りに突進する。グリムリーパーが唸りを上げて薙ぎ払った。
「逃がしませんよ?」
アルマが間髪入れずにデルタレイが十二本を背後から粉砕する。振り返ると、ぽかんとした顔をしたエドがこちらを見ているのが見えて、微笑む。
「今だ! 撃ち漏らしは頼んだぜ!」
「撃て!」
レオーネとマシューの合図で、弾丸の残っているハンターたちが一斉に射撃を加えた。レオーネが放ったフォールシュートの中を突っ切るように、断続的に弾が飛んでいく。
「光あれ!」
ルクシュヴァリエが光の刃で向かって来る蜘蛛を貫いた。
「撤収!」
蜘蛛たちが完全に戦意を失って退却して行くのを見て、ヴィルジーリオが合図した。
「全滅させたいのはやまやまですが、深追いしては護衛がいなくなってしまう。ひとまずこのまま逃げ切りましょう」
残りは二割といった所だろうか。撤退支援の一環としては上出来と言って良い。
「ジョンストンくん、生きてますか!? 撤収しますよ!」
「勝手に殺すな! 撤収は了解したぜ!」
ヴィルジーリオの大声に、再び魔導ママチャリに乗ったトリプルJが怒鳴り返した。
真は撤退の道すがら、イェジドでハンクが座っているトラックに近づいた。
「真~!」
エドは「優しい大人」として認識している真の顔を見てほっとしたようだ。トリプルJに関しては「強面の兄貴」であるし、一度会ったレオーネは「割と物をはっきり言う大人」である。アルマについては、一言で言い表せない。
「ああ、二人とも心配したよ。大丈夫?」
この「大丈夫?」は、げっそりしているエドに向けたものだ。物理的に死にかけたハンクよりも酷い顔をしていたように見えたから。
「大丈夫……」
トリプルJのユキウサギを抱きかかえながらエドは頷いた。
「うさぎ、うさぎ、おまえかわいいな……無限に抱いてられる……」
「大丈夫じゃなくない!?」
●アーバンフォークロア
誰も欠けずに撤退した。ハンクは自分の血で濡れた服をひらひらと振って気持ち悪そうにしている。
「無事で良かった。しかしすっかり元通りだな。あんなにエグい傷だったのに」
シャツをめくりながらジョンが興味深そうに言う。エドはずっと吐きそうな顔だ。
「わぅぅぅーーーーっ」
「どわっ!」
その三人を、アルマが長身に物を言わせてまとめて抱きしめた。バイクを置いて戻って来たヴィルジーリオがハンクに声を掛けようとしていたが、行き場を失った手がパントマイム状態だ。
「ご無事でほんとに良かったですっ! あの歪虚絶対許さないです……がる」
鼻面に皺を寄せて怒りの表情だ。それから眉を寄せ、
「わぅぅ。あのクラスの歪虚さんは相手したらだめです……あっちから来たならもう天災みたいなものなのでしょうがないですけど、即座の撤退は正しかったですっ」
「良かったよね。ナナが都市伝説の化け物みたいにダッシュで追い掛けてくるタイプじゃなくてさ」
ナンシーがやれやれと首を振った。ヴィクターが顔をしかめ、
「やめてくれ、振り切る自信がねぇ」
「確かに、追われなかったのは幸いだと言えるな」
レオーネも苦笑いしながら腕を組んで頷いた。手をまだ上下させている司祭の肩を叩き、ウィンク。
「お疲れ。無事で良かったな」
「ええ、お互いに。来て頂いてありがとうございました。心強かった」
「皆、無事で良かった……」
レグルスの怪我の様子を見ながら、真が安堵したように呟いた。自分たちも多少被弾したが、今にも倒れそう、と言うほどではない。
邪神と戦うのだ。仕方のない戦局であるとは言え、最近では大怪我……酷ければ死亡するハンターも少なくはない。
全てを救うことはできない。だからこそ、真は思うのだ。縁のある相手くらいは生き残って欲しいと。
セレーノのエナジーレインが降り注いだ。幻獣たちやルクシュヴァリエの傷が癒えていく。
「死を感じた途端、人は愁いを残したくないと思うようですね」
玲瓏も黄雲を撫でながら、ハンクたちを眺めやる。
「常々嫌いと仰せでも、絶縁状態でも、最後には会いたいと溢される」
「……そうですね」
ヴィルジーリオが目を逸らす。
「今際の際は……不思議ですよね」
「もうおしまいとなると、素直になるのでしょうか。本当の気持ち……愛の告白のよう?」
「玲瓏何言ってるの……?」
エドが恩人の言葉を聞いて震えた。
「この後もできれば戦線に出て欲しくないですけど、出るなら絶対無茶したらだめですからね? フリでもなんでもなくしんでしまいますからね?」
アルマがぐりぐりと抱きしめながらエドたちに言い聞かせている。反駁するかと思ったエドだが、ぐりぐりされながら「うーん」と唸っている。
「無茶する前に死ぬような気がする」
ちなみにこのアルマ・A・エインズワース、ハンクが復活しなければエドとジョンは看病で参戦どころではなかっただろうとか思っている。言わないが。
「ナナ・ナインの方も片付いたらしい」
どこかと連絡を取っていたレオーネが知らせに来た。
「囲んでたこ殴りにすることには成功したが、すんでのところで逃げられたらしい」
「へぇ。相当強いって聞いてたけどね」
ナンシーが意外そうな顔をする。
「人類側も力をつけていますからね」
ヴィルジーリオが頷いた。
「ええ、次こそは、引導を渡すでしょう」
「あ、そうだ。トリプルJ、ユキウサギありがとう」
エドはユキウサギを前に抱きかかえて主に両手で手渡した。トリプルJは、エドが行儀良く返してきたのが面白かったのか、どこかおかしそうに受け取る。
「ハンクと喧嘩でもしたのか?」
「大昔にね」
素っ気なくそれだけ答える。ハンクがおかしくなったときの事件をトリプルJは知っているから、察したのだろうか。エドの頭を乱暴に撫でる。
「気にすんなって言ったって気になるわな。それでも元は只の喧嘩だ。次にやらにゃ充分おあいこだ」
「本当にそう思う?」
死んだらどうしよう、が、どうせ死なない、になった時。
自分は何になるのだろうか。
司祭に抱きしめられて笑っているハンクを遠くから眺める。
「……アルマの言うこと、聞いといた方が良いかもな」
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作戦卓 レオーネ・ティラトーレ(ka7249) 人間(リアルブルー)|29才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2019/07/14 02:20:27 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/07 09:01:44 |