【MN】さよならを、あなたに

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/08/24 19:00
完成日
2019/08/29 10:14

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●最後の邪神翼

 黒き月で最後まで反動存在を眠らせ続けていた邪神翼リヴァイアサンこと、
 クリピクロウズは神霊樹の内部から強制的に意識を惹き戻された。
 揺れる大地。あれほど禍々しくも雄々しく突き立っていた神霊樹がぼろぼろと崩れていく。
 ――ああ、全てが終わったのですね。
 クリピクロウズは己の白い手が徐々に透き通っていくのを見てぽつりと呟いた。
 今の自分はあくまでも思い出の欠片をカタチにしただけのもの。
 元よりあの世界で命を落とした時点で終わっていたものを
 「願い」で呼び起こされ、ほんの僅かな時間だけ。
 自分の本当の願いを叶えられる時間を与えてもらったに過ぎない。
 ――でも、良かった……。私の生は無駄などではなかった。
 ――あの森を死の森に変えてしまったことだけは心残りだけど……。
 目を閉じれば昨日のように思い起こせるラズビルナムの地。
 天から降りて西も東もわからない自分へあの地に住む亜人達は親切にしてくれた。
 だから自分も邪神翼としての力をもって彼らを助けた。
 傷ついた心が痛むことのないよう、痛み止めのような力を宿す「忘却」の力。
 それは本来彼らを前向きに、幸福にするための力。
 だけど人の心とは複雑なもので――
 いつしかその傷心が憎悪や残虐性となってクリピクロウズを一体の化け物に変えてしまった。
 それでもハンター達の中には彼女を救おうと手を差し伸べてくれた者がいた。
 彼らに向かい、クリピクロウズは既に声の出なくなった喉で懸命に叫ぶ。
 ――ありがとう。優しい人たち……!
 ――貴方達のおかげであの思い出の地もいつかは救われる。本当に、ありがとう……!
 その時、白い指先がぱきりと割れて、宙に舞った。
 見目麗しい宝飾品も、ドレスも、その内に広がる小さな宇宙も。
 粉雪のように白い粒子となって暗闇に広がる。
 いずれはこの顔も、思考を司る頭部も消滅して自分は全て消滅するのだろう。
 この結末に後悔など一切ない。
 だけど――できるならもう一度、誰かに逢いたかった。
 ――ここは少しだけ、寒い……。誰かの胸の中で眠ることが出来たらどれほど倖せだったでしょうか……。
 それっきり、クリピクロウズの思考は消失。彼女の全ては崩壊する世界に呑み込まれていった。


●ラズビルナムの森の中で

 ――ふと気がつくと、クリピクロウズは美しい森の中にいた。
 切り株の上で突っ伏して。背中にはほのかな陽光のぬくもり、そしてやさしい土と緑の香りが彼女を包み込む。
『ここは……?』
「何を仰ってるんですかい、女神様。ここはラズビルナム、女神様がお治めになっている恵みの地でしょう」
 傍で斧を担いだエルフの木こりがクリピクロウズの隣にしゃがみ込んで恭しく言う。
 しかしこの男が生きていたのはもう何百年も昔のはずだ。
 私は時を超えたのだろうか、まさか……。
 クリピクロウズが俯くと木こりは作業用の手袋を外し、手を差し出した。
「女神様、それよりも今日は客人が来られているのでしょう。
 大切なご友人だとか……もうお茶会の席に集まられているそうですよ」
『ちゃかい……?』
 邪神翼である自分には睡眠も食事も必要はない。
 それに自分を慕う者は大勢いたが、友と呼ばせてもらえるほど親しくなれる存在はいなかった。
 つまりこれは過去と違う世界……?
 クリピクロウズは小首を傾げたものの、木こりに案内されるまま茶会の席についた。
 そこにはどこか懐かしい顔が並んでいて。
 彼女は記憶を巡らせると――死闘の末に出逢った人々の顔だったことに気づく。
 それはハンターと呼ばれた、世界の救世主たち。
 あの暗闇の中でもう一度会いたいと願った者たちの顔だった。
 ――きっとこれは私が今際に願った夢の世界。そして誰かが見つけてくれた素敵な贈り物。
 クリピクロウズは流れる涙もそのままに、温かなカップに手を添えた。

リプレイ本文

●木漏れ日輝く森の中で

 8人のハンターがふと目を覚ますと、周囲に鮮やかな緑が広がっていた。
「……ここは……?」
 キヅカ・リク(ka0038)は木々の隙間から覗く眩しい太陽を見上げる。
 自分達は邪神討伐後に宇宙戦艦に保護されたはずだ。いつの間に地上へ帰還したのだろう。そして、ここはどこだ?
 そこに草を分ける音がした。
 咄嗟に振り向くとエルフの木こりが木桶を手にハンター達を見下ろしている。
「おお、意識が戻ったんだな。怪我はないか? 食い物は?」
 彼はカップに水を注ぎ、ハンター達に振る舞う。
 岩井崎 メル(ka0520)は澄みきった水の味にほっと息を漏らした。
「ありがとう、親切なエルフさん。ところでここはどこなのかな」
「あぁ、道に迷ったんだな? ここはリヴァイアサン様がお治めになっている森、ラズビルナムだ」
 ――ラズビルナム?
 ――リヴァイアサン?
 ハンター達が顔を見合わせる。ラズビルナムといえば死の森だったはず。
 そしてリヴァイアサンは邪神翼。本来の想いは如何あれ、ラズビルナムのほとんどの命を奪った存在だ。
 現状で彼女への信仰は取り戻されるはずはない。
「……もしかして……私達、過去に跳ばされた、の?
 リアルブルーから……クリムゾンウェストに転移した時……みたいに」
 シェリル・マイヤーズ(ka0509)が不安そうに俯く。彼女の小さな背中をメルが撫でた。
「まさか。時間転移なんて聞いたこともないよ。
 邪神でさえ過去に遡って歪虚を送り込むことなんてできなかったじゃない?」
「……そうだったね」
「それに宇宙で何らかの異変が起きたとしても、
 サルヴァトーレが何の対応もせず巻き込まれるとは考えられないよ」
「……つまりこれは……?」
「私達は何らかの力によって意識をこの世界……ううん、空間に繋げられているのかも。
 この時代を知っている、誰かの意志で」
 そこでアルマ・A・エインズワース(ka4901)が「わふ!」と小さく手を叩いた。
「この時代なら英霊さんもいないはずです。
 精霊さんやエルフハイムのエルフさん達も『あの子』の事情はよく知らないようでしたしー。
 ラズビルナムが生きていた頃を知っているのは『あの子』と反動存在さんぐらいじゃないでしょうかー?」
 思わせぶりに話す彼を見てフィロ(ka6966)が小さく息を呑んだ。
「それではここは……クリピクロウズ様の中の世界と仰るのですか?」
「うーん。詳しい理屈はわからないですけど。
 でも反動存在さんの記憶ならもっと荒んだ世界になると思うんですよ」
 星野 ハナ(ka5852)が「そうでしょうねぇ」と頷く。
「反動存在はぁ、破滅ばかりを望んでいましたからぁ。
 ここが彼らの意識ならきっと世紀末な風景を見せられているはずですぅ」
 目の前で繰り広げられる話に掴むよすがのない木こりは困ったように肩を竦めた。
「お前さん達は相当遠くから来たんだね?
 それなら女神様に拝謁すると良いだろう。きっと良い道を示してくださるはずだ」
 その提案にリクが微笑んだ。
「ありがとう。僕らは女神リヴァイアサンにささやかな縁があるんだ。
 迷惑でなければ彼女のもとに案内してもらえないかな。久しぶりに話したいことがあって」
「へぇ! それは失礼したかね。女神様と御縁がある方とはつゆ知らず。さぁ、こちらへ!」
 木こりは時折神殿から降りてきた女神がエルフ達と語らうという広場にハンター達を案内する。
 澪(ka6002)と濡羽 香墨(ka6760)は彼に調理のできる場所を尋ねると、狩猟小屋の位置を教えてもらった。
「これから会うのがどの時代のクリピクロウズなのかわからないけど。
 心を尽くしたおもてなしをしないと、ね」
「そうだね。澪のお手伝いも……頑張る。家事にもだんだん。慣れていかないと」
 澪との共同生活に向けて炊事などの家事をまず覚えなければと、香墨は少し頬を紅潮させて意気込んだ。
 ――彼女達が訪れた狩猟小屋には一通りの調理器具と食材が揃っている。
 これなら十分に皆に手料理を振舞えるだろう。
「今日はクッキーと紅茶、かな。あと水で冷やした果物を桶で運んで……。
 時間がどれぐらいあるかわからないし。これで精一杯かも」
「私、クリピクロウズに伝えたいこと。たくさんある。話す時間は沢山ほしい。澪も。そうだよね?」
「うん……だからこそ楽しんでもらうために。頑張ろうね、香墨」
 香墨が澪の指導通り、ボウルに材料を投入し生地を練り始める。
 この地の恵みたっぷりのナッツも入れて。心をこめて。
 そこにハナも顔を出し、鼻歌まじりで料理を始めた。
「楽しいことを楽しいようにって思うとぉ、食べることと着飾ることかなぁって思うんですぅ、私はぁ」
 彼女は飴玉を融かしては様々な色のステンドグラスクッキーと、
 香りのよいジンジャーブレッドクッキーを作り出した。
 これで概ね準備は完了。
 見た目も味も抜群の茶請けに3人は満足そうに微笑むと、ティーセットも併せて運び出した。


●邪神翼との再会

 リクは机の上の菓子や果物を眺めながら思索に耽っていた。
(ここがクリピクロウズの精神世界、か。
 よりにもよってまた懐かしいヤツだな。……嘗てこいつには結構頭に来たっけ)
 クリピクロウズが生ける存在へ歪んだ慈悲を戦の呼び水として向けてしまったのが約1年前のこと。
 リクは長らく背負ってきた哀しみや苦しみを「忘却による救済」という彼女の一言で片づけられ、
 強い憤りを感じたことを昨日のことのように思い出す。
 そんな複雑な胸中の彼の前に――リヴァイアサンが現れた。
 先日別れた時のままの、目を覆う長い髪に瀟洒な装飾品とドレス。そして腰から下に広がる小さな宇宙。
「わふーっ。くりぴくろうずさん、なんだかお久しぶりな感じがするですー?」
 アルマは長い名前を発音するのに難儀しているのか、若干舌ったらずな発音で。
 でも嬉しそうに片手を上げた。
「こんにちは、クリピクロウズ様。僭越ながらお茶の席をご用意しました。
 貴女が心満たされるよう、精一杯勤めさせていただきます」
 フィロもメイドらしくふわりとメイドドレスの裾を軽くつまみ、一礼。
 盛りつけた果実を各席にテーブルにサーブするとふわりと芳香が漂った。
 そんなふたりに驚いているのか口もとに指先を当てるリヴァイアサン。
『アルマとフィロ……。あなた達、こんなところに……どうして……?』
 ああ、この反応は私達を知っている「クリピクロウズ」だ。
 メルは確信するとその手を引いて「いらっしゃい、クリピクロウズ。待ってたよ!」と主賓席へ座らせた。
『メル、お久しぶりですね。あなたの温かい手、忘れたことはありませんよ』
「ん。【落葉】の戦い以来だよね。……君に会えて嬉しいよ」
 メルがぎこちない笑みを浮かべる。伝えたい言葉がたくさんあるのに、それが口から出て来ない。
 それは邪神を討伐した以上、クリピクロウズが既にこの世に存在しないものと勘付いていたからだ。
(私は一連の戦いで「先導する覚醒者」と「そのために身を捧げる人々」の枠から抜け出せなかった。
 それにエバーグリーンの管理者にも先立たれてしまった。
 ……どうせなら私が犠牲になりたかったのに。
 いや、こうなるにしても託すなら一言。「さよなら」って、言って欲しかった。
 クリピクロウズもそうだ。反動存在を抑えるためとはいえ……あの昏い冷たい宇宙でひとりぼっちで……)
 物憂げに俯くメルにクリピクロウズが
『どうしたのですか、今日はこんなに素敵な日なのに』と元気づけるように微笑む。
 メルは紅茶を僅かに口に含むと
「そうだね……今日は良い日だ」と呟き、自分自身を諭すように柔らかな声で続けた。
「私にとっては歪虚だろうが邪神翼だろうが、「友達」は「友達」。
 だから君との再会は僥倖だよ。せっかくの機に……こんな顔をしてちゃいけないよね」
 本当は今までの出来事や感じたこと全てを吐露してしまいたい。
 でもそうすればきっとクリピクロウズは悲しく思うだろう。
 だから彼女を安心させられるように最後まで笑っていよう。
 今日は頑張り屋の彼女をたくさん労って、喜ばせてやろう。
 メルは胸のうちでそう決めると、人懐っこいいつもの笑みを浮かべた。
「私はね。守護者覚醒者、一般人歪虚以前に、皆のそれぞれの心が大切にされる世界が欲しくって。
 私だって一つの心で……直接の言葉を交わす時間と、温もりが欲しかったんだ。
 だからさ…何というか。ありがとう」
『ありがとう、とは?』
「ほら、ラズビルナムの決戦の時もさ。アイゼンハンダー君を待っててくれて。
 今も、体温と言葉が伝わる距離にいてくれて。初めて逢った時と変わらず、君の体温は温かいよ」
 大きな目を細めるメル。だがクリピクロウズは小さく首を傾げた。
『あの時の私は思考の殆どを反動存在に奪われていました。
 あの方が間に合ったのはきっと……それだけ想いが強く、ハンターの皆さんを信じていたのだと思います』
「そっか……それならアイゼンハンダー君に会えたら君の分もお礼を伝えないといけないね」
 お願いします、と微笑むクリピクロウズ。メルはまた生きる理由が増えた、と笑い返した。
「そうそう、笑って笑って。今まで皆でいっぱい戦った分、今日はいっぱい楽しくするですっ!」
 アルマがそう言ってクリピクロウズのカップに紅茶を注ぐ傍ら、
 シェリルは道中摘み取った野花で花冠を作り始めた。
「……クリピクロウズ……。ここは……とても穏やか、だね……」
『ええ。ここはまだ反動存在が生まれる前のラズビルナムですから。エルフも獣達も幸せだった時代です』
「そっか……皆が希望を抱いている世界なんだね……。だからこんなに輝いて……」
 テーブルに置いた花はどれも生命力に満ちている。
 それを丁寧に編むシェリルにクリピクロウズは関心を抱いたようだ。
『何をされているのです?』
「花冠を……作ろうと思って」
『まぁ、お花で冠を? 良かったら私にも教えてくださらないかしら』
 クリピクロウズが小花を一輪手に取り、微笑む。
 歪虚として無尽蔵に破壊を繰り返していた頃の彼女には到底できなかったことだ。
「ん……私も、そんなに……上手じゃないけど……それでも良かったら。
 クリピクロウズの好きな色、教えて?」
『ありがとう。私はこの世界にある全ての色が好きです。全ての存在を肯定する大切なものですもの』
 クリピクロウズの望みに応じ、シェリルは様々な色の花を揃えた。
 花の茎を絡ませ合うことでひとつの存在を成す。
 その作業はクリピクロウズが長年見守ってきた命の歴史によく似ている。
『なるほど。お花がより綺麗に見えるように、編み込む位置を考えながら作るのですね?』
「……そう。必要な長さまで編めたら……最初の花の編み目に茎を入れて完成……」
 嬉しそうに花を手にするクリピクロウズを見守りながらシェリルはそっと目を細めた。
 その姿に今は亡き人を、想う。
(彼女の柔らかな雰囲気は……私のお母さんに似ている……。とても優しい人だった……)
 崩落するコロニーから愛娘を逃すために命を捨てたシェリルの母。
 あの頃の自分に今ほどの力があれば、と考える。
 いや、それだけではない。シェリルが過去に接した事件や戦争で別たれた命のことも思い返される。
(穏やか過ぎるとふと考えてしまう。私のせいで死んでしまった人たちの事。
 ……割り切ったつもりで……手にかけた人たち。助けられなかった人たちのこと。
 こんなぐるぐるの心を彼女は何人分も背負ってくれていたのかな)
 クリピクロウズはかつて多くの人々の苦悶を己が身に収め続けていた。
 きっとリヴァイアサンの記憶媒体が壊れる直前には
 シェリルには想像もつかないほどの記憶と感情の荒々しい奔流に苦しんでいたに違いない。
 そこでそれまで黙っていたリクがカップを置いて、クリピクロウズを静かに見据えた。
「お前はあの日、過去の痛みも悲しみも不幸だと……それを忘れる事が救いだ、と言った。
 僕はそれに対し『この想いは罪じゃない、この痛みは罰なんかじゃない』と言って立ち向かったよな」
『……そうでしたね。私はヒトの強さを侮っていた。
 心の傷を消し去らなければヒトは救われない、報われないと……思っていました』
 花を編む手を止め、俯くクリピクロウズ。
 リクは彼女が過去の過ちを悔いていることを悟り、自分の想いに話を切り替えた。
「でも、あれから少し時間がたって。身体をボロボロにしながら、出来る事を何とかしてきて。
 ……やっと解った気がするんだ。僕なりに『救う』ってなんなのかって」
『あなたも戦いの意義を幾度となく自分に問い続け戦っていたのですね』
「まぁね。僕は物語の主人公のような特別な人間じゃない、凡人だ。
 でもこの数年で数え切れないほどの出会いと別れがあって……それを通して気づいたことが沢山あったよ」
『気づき……』
「ああ、ヒトは『救う』だけじゃダメなのかもしれない。自分の足で立ち上がって歩き始める必要があるんだ」
『自分の足で立ち上がること、ですか』
「僕らは誰かの願いを背負うことはできる。
 でもその前に……苦しんでいるヒトの手を掴んで引きあげて背を押してやるか、
 心の傷を癒して自ら立ち上がらせるか……そういう道もあるよね?
 それを考えるのならお前は間違いではなく、僕のやり方もひとつの手段なのかもしれない。
 ヒトはそこから辿り着く場所を探してるんじゃないかな」
『それは……本当の意味での心の自立……?』
 ようやく野花の編み込みを再開するクリピクロウズ。
 リクとの対話で少しずつ慚悔の念から解放されつつあるのだろう。
 そんな彼女にリクは皿の上の果肉をスプーンで掬いながら困ったように微笑んだ。
「でも……ある程度心の整理もついてさ。この世界に呼ばれた意味も、今背負った力と責務も抱えて。
 それでも『生きる』って具体的にどうすればいいのか、結構迷ってるところあって。
 ……ま、それはいいや。僕の問題だ」
 スプーンを口に含んだ瞬間に広がる甘みと夏らしく弾ける酸味。
 悩みながらも生き続けるかぎり――いつかこの味のように明快な道が見えてくるかもしれない。
 彼はそう信じることにした。


●心揺蕩う幻想郷

 話がひと段落ついたところでハナはポーチから櫛と様々な髪飾りを取り出した。
「ずっと前から思っていたんですけどぉ、
 クリピクロウズさんの髪の毛ってすごく綺麗で長いじゃないですかぁ。
 折角ですからヘアメイクさせてもらっていいですかぁ?」
 突然の提案にきょとんとするクリピクロウズ。
 ヒトに髪を触らせるのは初めてかもしれない、と照れるとハナに『お願いします』と身をゆだねた。
 ハナが楽しそうに黒髪を編み込むさなか、澪が改めて周囲を見回す。
「……ここが貴方の世界なんだね。とても優しい場所……」
『ええ。宇宙しか知らなかった私にこの地は四季折々の命の美しさを教えてくれました』
 かつて四霊剣だった彼女からは想像もつかないほど
 生気あふれる空間はエルフとの交流から齎されたものなのか。
(この世界が彼女の思い出なんだとしたら、本来の彼女は本当に優しい存在だったんだ)
 澪はそう思うと、ようやく本物のクリピクロウズに出逢えたのだと喜びを感じた。
「素敵な場所だね。クリピクロウズ。……貴女にとっての世界は、こんなに美しい場所なのね」
『澪、ありがとう。この世界は私にとっての永遠の幸せの象徴。喜んでもらえて嬉しく思います』
 ハナに髪をリボン編み込みのアップにしてもらったクリピクロウズが優しく笑った。
 その様にハナは大きく満足したようだ。
「うん、よくお似合いですぅ。いつものゴス系も素敵ですけどぉ、大人カワイイ系もいいなぁ。
 本当なら服も色々着せてみたかったですよねぇ」
『ありがとう、ハナ。
 私も……できることならクリムゾンウェストの街を覗いて色々な文化を知りたかったです』
 屈託なく会話をするふたり。
 だがクリピクロウズが最も愛した地・ラズビルナムは本来の環境を取り戻すまで長き時を要する。
 ――反動存在に心を奪われ、
 自ら愛する世界を破壊したクリピクロウズとはなんと哀しい存在だったのだろう。
 澪がその大きな瞳に哀愁を浮かべたその時、香墨もまた心を痛めていた。
(……歪虚を。救いたいって。はじめて思った。だけど。救えなかった。ずっと心残り)
 かつての香墨は過酷な過去からヒトと歪虚を恐れていた。
 だからクリピクロウズと初めて会った日に彼女を拒絶、した。
 そこで胸を華奢な手でおさえ、目を伏せながら――口を開く。
「あの、クリピクロウズ」
『どうしたのです? 香墨』
「……あなたと最初に会ったのは。歪んだ姿で。あの時は。私もまだ歪んでて。
 わかりあえないなんて言ってしまって。……今は。とっても後悔してる」
『いいえ、むしろ私の力が及ばなかったばかりにあなた達を傷つけて……
 それでも止めてくださった事に感謝しています』
 クリピクロウズは香墨の手に自分の手を重ねた。どうか自分を責めないで、と。
 香墨はそのなよやかな手に目頭が徐々に熱くなるのを感じた。
「……あのあと過去を知って。真相を知って。歪虚なのに救いたいと思って。
 いつもなら。歪虚なんて大嫌いだったのに……はじめて救いたいなんて、思った」
 ぽたり。クリピクロウズの手に香墨の涙がひとしずく、落ちる。普段の訥々とした言葉が涙で滲んでいく。
「だから……あなたはとくべつ。……でも、救えなかった。
 手も伸ばせなかった。澪のことを見守って。何もできないのが悲しくて。悔しくて。
 ……それも、とっても心残り。わかりあえないままお別れで。ずっとずっと、心に引っかかってた……!」
『香墨……あなたは優しい子なのですね。こんな私を救いたい、なんて』
「で、でも……私は……!」
 その時、突然クリピクロウズの胸に抱きしめられた。歪虚にしては温かい手が香墨の背で重なる。
 それまで止めようとしていた香墨の涙が次々とあふれ出した。あまりにも多くの感情とともに。
 そこで澪が香墨の背を小さな手で優しく撫でた。「香墨……がんばって」と微笑んで。
 パートナーのさりげない優しさに背を押され、香墨が小さく頷き――言葉を紡ぐ。
「私……あなたのこと。救えなくて。悲しくて。木蘭と一緒に旅をして、ずっと考えて。
 でも。救えなかったのがきっかけで。世界が変わった」
『世界が、ですか?』
「それまでの私は。契約した精霊との『約束』を守るために戦ってた。
 護るための戦いなんて。昔の私じゃ。まず考えられない。
 今の自分に変われたのは、あなたと出会えたから。だから……ごめんなさいと、ありがとう。だいすき」
『ありがとう。私の犯した罪は赦されるものではありませんが、
 あなたの心に燈を灯すことができたのなら……私達の出会いは間違ってはいなかったのでしょう』
 そう言って、クリピクロウズは香墨の髪を慈しむように撫でた。まるで母親のように。
『私は邪神の一部でありながらこの世界を愛した異端。
 けれどその感情が香墨や皆さんの希望に繋がったのなら……それはとても、幸福なことなのでしょうね』
 するとアルマがステンドグラスクッキーに彼女の姿をカメラのように収め、悪戯っ子のように微笑んだ
「異端が悪いことだとも思わないですけど。
 僕、別にくりぴくろうずさんが異端だったわけじゃないって思うですよ?」
『……? 私以外の皆が邪神の中の混沌のために動いていたというのに、ですか?』
「邪神さんの最初の願いはすべての救済。
 それなら邪神さんが切り捨てようとしていた弱者も確かに含まれていたはずですよね?
 ……では、本当に間違っていたのは?」
 アルマがクッキーを小さく割って口に含む。その様にクリピクロウズが息を漏らした。
「きっと変わってしまったのは、邪神さんの方です。
 だから、くりぴくろうずさんはどっちかというと正しく受け取ろうとしてたのかなって、僕は思うですっ」
 数え切れぬほどの挑戦を繰り返し、反動存在に心を蝕まれても邪神の行く先を観測し続けた父。
 それはどこかに救済の希望を抱いていたからではないか。
 諦めていたなら――とうに対話に応じることもなかっただろう。
 アルマは「わふふ」と子犬のように小さく肩を揺らし、笑った。
「僕は『天秤なる守護者』。君の願いは、とても綺麗なものだって『計り』ました。
 ……ちょっとだけ、やり方を間違えちゃってましたけど!
 それでも今は君の本当の心が伝わって、こうして皆と仲直りできたんです。
 だから……自分を責めないでください」
 そう言ってアルマはハートを抱いた人形を模したジンジャーブレッドクッキーを差し出す。
『私は……自分自身をもっと信じるべきだったのですね。ヒトを守ると決めた己の心を』
 クリピクロウズの得心にアルマが深く頷いた。
 ――だが次の瞬間、空間に唐突にノイズが奔った。途端にハンター達が騒めき始める。
『……ご安心ください。もう少しで夢が終わる、それだけのことです。
 夢が終われば皆さんは覚醒し、邪神のいなくなった世界に戻る。あの愛しい世界に』
 ――クリピクロウズが悲しげに笑った。
 邪神とともに消滅した彼女はハンター達と同じ道を歩むことはできない。
 すると今まで給仕に専念していたフィロが歩み出た。
「ここが貴女が回帰を望む穏やかな世界なら、貴女が望む歌もここにあると思うのです。
 歌は人の心の動きに結び付きます。貴女の望む歌で、貴女を見送らせていただけないでしょうか」
『歌……ですか?』
「はい。心に残っている歌はその方の想いや願いを映す鏡のようなもの。
 貴女を忘れない、その想いを伝えていく、これだけはお約束できると思います」
『フィロ……あなたは私の存在した証を残してくださるのですね』
「私はオートマトン。この身が果てるまで記憶を後世に伝えることができます。
 貴女の愛した歌をどうか……ご教授くださいませ」
 その願いに応じ、クリピクロウズはエルフの旧い子守唄を披露した。
 フィロは真剣なまなざしでそれを見つめ、
 指でリズムと音階を正確に刻みながら歌詞を記録媒体に刻み込む。
 それは子の未来を守らんとする父の誓い、子の幸福を願う母の想いが綴られた詩。
 希望に満ちた祈りの歌だった。
 歌い終えたクリピクロウズは『私などよりエルフ達の方がずっと上手なのですが』と顔を赤らめる。
 そんな彼女にフィロは歌を繰り返し口ずさみ、深く感謝した。
「この歌は後の世に伝えます。
 いつかラズビルナムが復興される時に、貴女とこの地の人々の願いが伝わるように」
『あの森に私達の生きた証を残してくださるのですか?』
「ええ。浄化が進み最近では精霊も森への帰還を始めたそうです。
 いつかこの輝く森が取り戻されましょう。
 その際には歴史だけではなく、文化の継承も必要と認識しています」
『ありがとう、フィロ』
 だがそこで空間の色が褪せ始める。そろそろこの空間も終わりということか。
 シェリルが懸命に編み上げた花冠をクリピクロウズの頭に乗せる。
 色とりどりの花が黒髪を鮮やかに彩った。
「花冠、あんまり……うまくないけど……今、気持ちを伝えたいから……。
 たくさん居なくなった……でも、『ミライ』を繋いでくれた……アナタに。……ありがとう」
『シェリ、私もあなたに出逢えて良かった。私からも感謝の気持ちを……花冠を贈らせてください』
 それは少し不格好だったけれど、シェリルの華やかな色の髪に柔らかな色を添える。
 シェリルは涙を堪えながら言葉を紡いだ。
「あのね……私思ったんだ、よ……。
 クリピクロウズは……この世界の『おかあさん』みたいだねって……。
 昔も、これからのセカイにとっても……優しさで包んで……あたたかさで守ってくれた……。
 本当に優しいのはアナタ……」
『おかあさん……?』
「アナタは傷ついたヒト達の心を慰め、明日の幸せを願っていた……おかあさん。
 私は……優しい人が、優しいままでいられる『セカイ』を作りたい……。それはとても、難しいけれど」
 それでも力を尽くす価値はきっとあるはず。
 リクはシェリルの言葉に頷き、クリピクロウズの肩を軽く叩いた。
「なぁ、クリピクロウズ。あの時、助けに来てくれてありがとう。もし……そうだな。
 生まれ変わりがあるならば、次はもう少し自分の為に生きてみなよ。折角そんなに可愛いんだからさ」
 相変わらず目だけは見えないクリピクロウズだが、
 その言葉に瞳が恥じらうように揺れたような気がした。
「こういうお洒落とか楽しいことを次は沢山知られるように。
 それが出来るような世界を目指して凡人なりに頑張ってみるさ」
 そこにひょいっと現れて口元に指を当てて悪戯めいた笑みを浮かべたのはアルマだ。
「わふふ。来世があるなら、今度はちゃんと、普通に『おともだち』になれるといいですー。
 きみ、すっごく良い子ですから!
 僕なら、この場にいる誰よりも長く待てますから……お待ちしてますですっ」
『アルマ、感謝いたします。……もし、新しい世界で歪虚に赦しが得られるのであれば……きっと』
 握手を交わすアルマとクリピクロウズ。
 澪はそれを見届けると寂しそうに微笑んだ。
「……もっと早く会いたかった」
 もし反動存在がいなければ。彼女が優しい森の女神だった頃に出逢えていたならば。
 胸の切なさを抑えて澪は誓う。
「貴女の想いと世界を、無駄にはしない。
 これと同じくらい素敵な世界を紡いで、私は新しく生まれる命に貴女の事を話したい。
 ……約束する。貴女の事は、忘れない」
『澪……』
「……だから友達になって欲しい。もしも生まれ変わりがあるのなら……また、会おう?」
『ええ、喜んで!』
 一方、香墨はクリピクロウズに歩み寄るとおずおずと口を開いた。
「あの……この前のジュデッカのとき。本当にうれしかった。
 ……あなたの救いたいって気持ちも。私の気持ちも。ようやく、わかりあえたのかな」
『大切なものを失いたくないという気持ちは同じです。
 香墨の想いも私の想いも同等に……強く、優しかったのでしょう』
「そう。それは……きっと素敵なこと。もし、また会えるなら。そのときは、やさしいせかいで」
『はい。あらゆる命が祝福される世界で……!』
 笑顔を浮かべたクリピクロウズは香墨の手を取り、彼女のこれからの生へ祝福の祈りを捧げた。
 その姿を見つめ、シェリルは思う。
(クリピクロウズ。忘れないよ……忘れさせないでね……。
 『セカイ』はきっと……ずっと……貴女を覚えている……。私も……覚えていたいから……。
 寂しくないからね……ひとりじゃ、ないよ……)
 その時――メルがクリピクロウズに両手を差し出した。
「君と初めて会った時みたいにハグしてもいいかな。忘れたくないんだ、もう一度」
『ええ、私も……あの日々の中で得たあなたの体温と温かい心をずっと覚えていたい』
 クリピクロウズはふわりと浮き上がり小柄なメルを包み込むようにしっかりと抱きしめた。
 懐かしい香りが、する。
「……君のぬくもり、忘れないよ。ずっと、ずっと……」
 メルの涙がクリピクロウズの肩に落ちる。
 その瞬間、まるで壊れたモニターのように風景が暗くなり視界が曖昧になった。
 シェリルが揺らぐ世界の中で最後に――クリピクロウズの白い頬に手を当てる。
「おかあさん、ありがとう……」
 自分の身を犠牲にして命を守ってくれた大切な人に重ねて、改めて感謝する。
 だがクリピクロウズは機能を止めたようだ。メルを抱き幸せそうに目を瞑ったまま、動かない。
 肩を震わせるメル。シェリルは彼女の手をとり、薄れゆく意識の中で――クリピクロウズへ告げた。
「おやすみなさい、良い夢を……。今まで救ったたくさんの心は、貴女と共にあるはずだから……!」


●ラズビルナムに還る

 ハンター達はクリムゾンウェストに到着したサルヴァトーレ・ロッソの医務室で目を覚ました。
 どうやら邪神討伐後に保護されたものの、その直後に全員崩れ落ちるように眠りに落ちていたらしい。
 無事に意識を取り戻して良かった、と喜ぶ仲間達。
 ハンター達は顔を見合わせ、首を傾げるばかりだったが――メルの一言ではっとした。
「シェリル君の髪に……花弁がついてるよ!」
 それは宇宙空間はもちろん、戦艦の内部でも滅多に見られないもののはずだ。
 見舞いの品にも花の類は届いていない。
 だとすると……?
 シェリルは鏡を覗き、髪についた花弁をそっと撫でる。
 それは星屑のように輝いて。消えた。シェリルは笑うように、泣いた。
「おかあさんは……いたんだよ。私達の傍に、ずっと」

 それから数日後――フィロはハンターオフィスならびに
 ラズビルナムゆかりの地へクリピクロウズの遺した歌の資料を提出して周っていた。
(いつか慰霊碑にもこの歌を刻んでいただけると良いのですが。反動存在の心を癒す一助になると思うのです)
 花と香を手に、ラズビルナムの慰霊碑に向かうフィロ。
 だがそこに先客がいた。
 かつてエルフをはじめとした人々を亜人として滅ぼしたフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が。
 彼女はハンターオフィスで写しを手に入れたのか、子守唄を歌い始める。
 フィロは彼女に気づかれぬよう、木陰に隠れ……声を合わせるように唇を動かした。
(クリピクロウズ様の碑を建てたフリーデ様なら、絶対にここにいらっしゃると思いました。
 優しい世界ではありましたけれど、貴女のいない世界は私は寂しかったです……)
 できることなら緑を取り戻したこの地でふたりで歌える日が訪れるよう。
 そしてこの地に眠る荒ぶる魂を救える日を迎えられるよう――フィロは静かに祈った。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 「ししょー」
    岩井崎 メル(ka0520
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/24 11:33:44