忘却の死者

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/09/10 15:00
完成日
2019/09/19 00:54

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 同盟某刑務所にて脱獄事件が発生した。初動のハンターたちの活躍により、大半の脱獄囚は再収監されたが、一部は未だに逃走を続けている。
「と、言うことで、君たちにはその残りの脱獄囚を捕まえてきて欲しい」
 オフィス職員C.J.(kz0273)は集まったハンターたちに資料を渡した。
「グスターヴォ……」
 疾影士エドは囚人の名前を見て眉間に皺を寄せた。友人のジョンが山奥の聖堂に行ったとき、犯罪の目撃者になった彼を殺そうとしたのが聖導士グスターヴォだったのだ。
「失礼。グスターヴォさんたちはどちらに逃走しているのですか?」
 と、難しい表情で訪ねるのは聖導士アルトゥーロだ。何か嫌な予感でも覚えている風である。
「えーとね、こっちの方角みたい。あ、ヴィルジーリオの町の方だね。彼にも協力を頼もうか」
 今日は自分の教会で司祭業にいそしんでいるヴィルジーリオ(kz0278)が暮らす町だ。
「いえ、それより彼の安否確認を先にさせてください。グスターヴォさんが彼を見つけると、ちょっとまずいことになりそうです」
「え?」
「おい」
 エドの表情が強ばった。
「あいつに恨みがあって寄りそうだったら、ジョンも危ねぇぞ。今日、ヴィルのところで子供相手のボランティアしてるんだよ」


 グスターヴォは逃走中に身を寄せた町で、教会の建物を見つけていた。一般的に美形と呼ばれる顔立ちの彼が脱獄囚だなんて誰も思わなかった。
(ヴィルジーリオ・ウルバーニ……)
 町の名前から、そこの担当司祭の顔と名前を思い出す。鉄面皮の赤毛で、真面目だがたまに随分とすっとぼけたことを言う。司祭の集まりで数度、顔を合わせたことがあった。

 彼とその前任は非常に仲が良くて羨ましかった。その前任が、赴任した先で歪虚事件に巻き込まれて死亡したと風の噂で聞いた。ほら見ろ。良いことなど長くは続かない、と自分はその時溜飲を下げたものだが……。
「ヴィルジーリオ司祭は、臨終には間に合ったのでしょう?」
 その話題が上がった時に、他の聖職者が話しているのを聞いた。
「ええ、駆けつけて、膝の上で看取ったと聞いているわ」
「まあ……神様が待っててくださったのよね。お互いを思い合っていたもの……日頃の絆の強さを見てらしたのね……」
 それを聞いて歯噛みするほど悔しかった。

 彼は笑みを作ると、咳払いして聖堂のドアを叩いた。向こうから聞いたことのある声がする。司祭のものではない。
「こんにちは、司祭さんは今奥の部屋にいて……」
 自分を出迎えた相手の顔から血の気が引いた。
「ジョンお兄ちゃんどうしたの?」
 小さな子供の声もする。グスターヴォは相手がそれ以上言う前に強く抱きしめた。
「ジョンくん! お久しぶりです。君が私の教会に来てくれて以来ですね」
 相手は震えていた。
「『お会いしたかった』ですよ」
 ひゅっと息を呑む音が聞こえた。耳元に唇を寄せ、
「騒いだら、わかりますね?」
「脱獄しましたね……」
 ジョンは震えながらも気丈に言い返す。
「ハンターが探しに来ますよ」
「君がしゃべれなければ済む話ですよね。司祭様にお会いしたいので、これで」
 相手を離し、子供の頭を撫でて、反対側のドアから居住スペースに入った。

 自分が住んでいた教会と、間取りは大して変わらなかった。ここだろう、と思われるドアをノックする。
「はい、どうしましたジョン……」
 記憶の中と同じ、赤毛の男がドアを開ける。彼は自分の顔を見て、数度目を瞬かせた。
「あなたは……」
 グスターヴォはその胸にさげられているアンクを掴んで引きちぎった。楽しい。足払いを掛けて、部屋の中にその身体を蹴り込んだ。驚きすぎて声も出ないのか、悲鳴は上がらなかった。好都合だ。楽しい。
 アンクを掲げる。起き上がろうとしている司祭に、光の杭を打ち込んだ。
「!?」
「そこで静かにしていて下さいね。ジョンくんたちが聖堂に残ってますから、騒いだらどうなるかわかってますよね?」
「あんたって人は……」
 グスターヴォは唇に薄く笑みをたたえると、洋服箪笥を開けて、逃走に使えそうなものを探し始めた。
 楽しくて仕方がなかった。

●死者の声
 エドは隠の徒で隠密しながら教会の周囲を回っていた。前にパーティで来たときになんとなく間取りは把握している。聖堂にはアルトゥーロたちが行っている。彼は斥候だ。
「──ここまでされるいわれはないんですけど」
 ヴィルジーリオの苛立った声が聞こえた。私室からだ。エドはそっと、窓の外に身を潜めて聞き耳を立てる。

「ずっとあなたのことが羨ましかった」
 グスターヴォの声に恨みと妬みが滲んでいる。
「前任の方と大変仲がよろしかったですからね。それなのに、みすみす死なせるとはどう言う了見ですか」
「私が死なせたわけではありません。あなたこそ、慕う相手を自ら殺すような真似をするとは何事です」
「あなたの話をしています。もっとあなたが早ければ間に合ったのではありませんか? どう思われます?」
「……」

(あいつの前任が死んだとかって話は聞いたような気がする。そう言えばガーデンパーティにもいなかったな……)
 アルトゥーロがヴィルジーリオの安否を気にしていた理由がわかった。嫉妬に狂って人を殺しかけた男。その罪で収監された男。自分より恵まれていると思った相手を見つけて手を出さない筈がない。
(ちくしょー……ほぼ言いがかりじゃねぇか。ジョンの借りもあるから一回張り倒してぇな……)
 ヴィルジーリオには、友人のハンクが世話になったし、グラウンド・ゼロでも助けに来てくれた。ここで何もできないと言うのは少々歯がゆい。

「もう、声も思い出せないのに、それでも羨ましいですか。最後の言葉だって、もう彼の声では思い出せないのに、それでも羨ましいですか」
 ヴィルジーリオが強い口調で言い放つ。グスターヴォは黙って彼の傍に寄ると、その脇腹を蹴り飛ばした。

 随分と楽しそうな顔をしていた。

リプレイ本文


「ひとまず聖堂を見てきます。彼の事も心配ですが、子どもたちの様子を見てこないと」
 アルトゥーロが険しい顔のまま言うと、
「私も行こう。ジョンくんもそっちにいると思うしね」
「俺もそちらに。子どもたちは遠ざけないといけない」
 鞍馬 真(ka5819)、レオーネ・ティラトーレ(ka7249)がそれに着いていくことになった。
「どうする? じゃあ俺とアルマ、ハナが外から様子見ってことで良い?」
 アルマ・A・エインズワース(ka4901)、星野 ハナ(ka5852)の顔を見ながらエドが言うと、
「もちろんですっ!」
「私もそれで大丈夫ですぅ。もしヴィルジーリオさんが危なかったりしたらぁ、符術でぱぱっと移動させちゃいますねぇ」
「そんなこともできるの?」
「できるんですぅ」

 かくしてハンターたちは二手に分かれた。アルトゥーロたちは聖堂の扉を開ける。
「ヴィル! 無事か!?」
「アルトゥーロさん……!」
 悲鳴のような声が上がった。ジョンだ。子どもたちに囲まれている。三人は、その蒼白な顔を見てグスターヴォがすでに教会内部にいることを悟った。
「鞍馬だよ。脱獄囚はもう教会の中にいるみたいだ。気を付けて」
『はいですっ! 見つけたら……ふふっ』
 不穏なアルマの声が聞こえた。真としてもそれを咎める気にはならない。
 子どもたちは訝しげにジョンを見上げている。どうやら何かあったらしい……ということを察する一歩手前だ。
「おにいちゃんどうしたの? この人たちだーれ?」
「なんでもない……この人たちは……」
「僕たちは、司祭様のお友達ですよ」
 アルトゥーロが取り繕うように笑顔を見せた。
「ジョン君」
 アルトゥーロが適当な話で場を繋いでいるその隙に、真がジョンを手招きした。ジョンは子どもたちがアルトゥーロとレオーネに注意を惹かれている間に抜けてくる。
「し、しんさん……」
 ジョンがすがるように真の袖を掴んだ。前回グスターヴォの犯罪に気付いたために、あわや殺されるかもしれなかった事件に真も居合わせていた。
「大丈夫?」
 目線を合わせる。青く優しい目は、海に映った空の色。
「は、はい……」
「私達が来たからには、脱獄囚の一人や二人すぐ捕まるさ」
「そ、そうですよね……」
 あえて自信満々に言う。真とて、慢心しているわけではない。場合によっては失敗の可能性も頭に入れてはいる。だからこそ、最善を尽くすのだ。
 その最善の一つが、ジョンを落ち着かせること。子どもたちに不安を伝播させないこと。
「エド君も来てるよ」
「あ、今ちょっと心配になりました」
「アルマ君もいる」
「じゃあ大丈夫ですね」
「そう言えば、ヴィルジーリオ司祭はどこに?」
 アルトゥーロの、にこやかながら、やや焦りの見える声が尋ねた。
「お、お部屋に……」
「それは連れて行かれたの?」
 真が子どもたちに聞こえない程度の声で尋ねる。ジョンは首を横に振った。
「そう言えば司祭さま、遅いね」
 子供の一人が言う。
「ハンターごっこするために、杖を持ってきてってお願いして、お部屋に行ったっきりだよ」
「なるほど、君達がヴィルリージオ司祭の挑戦者かな?」
 レオーネが子どもたちに目線を合わせた。
「挑戦者?」
 彼になにか考えがある。そう悟って、他の三人は口をつぐんだ。
「司祭の杖の封印を解くのに必要なものを聞いている。集めて門番の俺に見せてくれ」
「そうなの!? 『はいはい、持ってきますよ』って言ってたけど封印されてるから遅いの?」
「そうかもしれないな」
「じゃあ持ってくるけど、何がいるの?」
「ローズマリー、スペアミント、フェンネル、タイム、カモミール、オリーブ」
 レオーネはすらすらと植物の名前をそらんじた。
「六人で手に入れてくれ。アルトゥーロ司祭が案内役だ。封印解放まで時間がない、急げ!」
「わーい!」
 子どもたちがわらわらとアルトゥーロに群がった。真はジョンを見て、
「子どもたちのことをお願いしたい」
「わ、わかりました」
 出たかったのだろう。ジョンは一も二もなく了承した。
「サンドラおばあちゃんの所にあるかなぁ?」
 無邪気な声がする。
「ど、どうでしょうね」
 時間稼ぎなのだから、園芸エルフ・サンドラのところ一箇所で揃っては困るのである。


 一方、外から回っていた三人。
「確かぁ、ヴィルジーリオさんのお部屋こっちでしたよねぇ?」
 庭造りで一回、パーティで一回、居住スペースに入っているハナはエドよりも詳しかった。
「えっ、なんで俺より詳しいの?」
「何でドン引きするんですかぁ! ハンクくんと庭仕事した時にも来てますしぃ、たまたま入る機会があっただけですぅ」
 ひそひそ声で言い合っていると、聖堂へ行った真が通信を入れる。
『鞍馬だよ。脱獄囚はもう教会の中にいるみたいだ。気を付けて』
「はいですっ! 見つけたら……ふふっ」
「んふふ」
 エドも釣られて笑っている。気に入らない奴を叩きのめして良いと言われて、張り切るのがこの男の悪い所である。
 彼らは難なく司祭私室の窓に辿り着いた。アルマとエドは聞き耳を立てる。
「もう、声も思い出せないのに、それでも羨ましいですか。最後の言葉だって、もう彼の声では思い出せないのに、それでも羨ましいですか」
 グスターヴォの言いがかりに、ヴィルジーリオが言い返す。脇腹を蹴り飛ばされるのが見えた。
「あはっ」
 アルマが笑い声を上げた。だが、目はまったく笑っていない。
「殺しちゃだめですかね? アレ」
 氷の様に冷たい声だ。エドは液体窒素を連想する。
『子どもたちはジョンとアルトゥーロ司祭に任せた。聖堂は封鎖。これから向かう。どうぞ』
 レオーネからの通信が入った。
「了解しましたです。オッケーになったら合図してください」
「私たちはお互いにないものねだりです」
 グスターヴォの興奮気味の声が聞こえた。赤毛の司祭の背中を踏みつけている。
「逆におたずねしますが、羨ましいですか? 自分に興味がなく、それでも生きてだけはいる相手って。いかがですか? あなたの前任者がまだご存命で、自分に興味がなかったら──」
『部屋の前に来た。いつでも良いよ』
 真の声がした。
「ハナさん、八卦は少し待っててください……突入ですっ!」
 アルマが合図した。エドが窓をぶち破って転がり込む。けたたましい破裂音に、中の二人がこちらを向いた。それと同時に、真が扉を開ける。後ろでは、レオーネが油断なく狙いを付けていた。
「ヴィオ、魔法は撃つな!」
「動くな!」
「おや、お久しぶり。その節はお世話になりました」
 グスターヴォはにこやかに真に一礼してみせる。魔術師を踏んだまま。
「お久しぶりです、嫉妬に狂った罪人さん!」
 アルマが、窓からひらりと身を躍らせて言い放つ。
「こちらも懐かしい顔が。どうもお久しぶりです」
 真の眉間に皺が寄った。この状況でまだにこやかさを崩さないグスターヴォに、気持ち悪さのようなものを覚える。前回の事件から、彼は苦手意識を持っていた。考えていることが全く理解できない。グスターヴォはふと下を見下ろし、
「ああ、魔法ってこれですか」
 指輪に気付いてその手を踏みつけた。
「いっ……!」
「相変わらず、一方的に暴力振るうのがお好きです? この前、僕に叩かれたこと、懲りてないんです?」
 アルマが目を細める。
「あれを叩かれたにカウントしてよろしいので?」
 喋りながら、ヴィルジーリオの踏んだ手の甲をすり潰すように靴を動かす。苦痛の呻きが上がった。
「ハナ!」
 見かねたエドが合図した。グスターヴォは顔を上げる。そう言えば、窓の向こうでずっと待機している人影がある。
 覚醒効果で、青く光る目と視線が正面から合った。
「何を……?」
 次の瞬間、足下から人が消えた。


 ハナが何をしたかわからなかったのは、ヴィルジーリオも同じだった。マテリアルの気配を感じたと思ったら、ふっと身体が浮いたような感覚に見舞われる。次の瞬間には、外の地面に寝そべっていた。
「な……?」
「ヴィルジーリオさん!」
 ハナが抱き起こした。持っていたポーションをすぐに差し出す。
「これ、アルマさんからですぅ!」
「あ、ありがとうございます……そうだ、子どもたちは?」
「アルトゥーロさんが確保に向かったので大丈夫ですぅ。ただアルマさんとレオーネさんが滅茶苦茶怒ってるのでぇ、あの人消し炭になるかもしれませんねぇ」
 やれやれと首を横に振った。
「ヴィルジーリオさんって、変なところで隙があって、変な人に好かれやすいですよねぇ」
「す、好かれ……?」
「だって、あの人あれでもあなたに甘えてるんですよぅ。あれDV男の甘え方ですぅ……うれしくないと思いますけどぉ」
 呆然としながらポーションを飲む司祭の頭を、よしよしと撫でるのであった。


 ヴィルジーリオが消えたとあれば、ハンターたちに遠慮する理由はなくなった。
「そこまでだ!」
 真が手袋をはめた手をかざした。光の杭が現れる。グスターヴォは舌打ちをしてそれを回避しようとするが、
「動くな!」
 レオーネが牽制射撃を撃ち込んだ。抑えた銃声は、狭い部屋では全員の耳に届く。
 皮肉にも、グスターヴォは自分が暴行に使ったのと同じ、ジャッジメントで動きを封じられることになった。
 革のブーツを鳴らして、アルマが歩み寄る。紅と蒼の目を細める。
「……」
 グスターヴォは表情を歪めると、アルマに向かってジャッジメントを放った。もう逃げ道はないので、八つ当たりの様な一発だったが、それすらアルマには通じない。彼は白い翼を広げたまま、
「何かしましたです? ……あぁ。そういえば、僕ちょっとだけ強いので」
「……嫌な人ですね。全然興味なかったんですよ、あなたなんかに」
 アンクを放り出す。からん、と固い音を鳴らして床の上を転がった。
「でも、これで嫌いになりました。次に私が自由でお会いした時が楽しみですね」
「お前、正気か? 処刑人指名してるようなもんだぜ……両手を頭の後ろで組んで!」
 エドが厳しい声で命じた。アルマは振り返る。エドは全然楽しそうではない。アルマはちょっと眉を下げると、その頭を撫でた。
「よしよし」
「そこまで言わなくたって……もう逃げも隠れもしませんよ」
「だが、このまま拘束させてもらう」
 レオーネが銃を突きつけている間に、真が拘束する。
「ふふふっ。最初っから我慢するんじゃなかったです。悪い事、できなくしちゃいます?」
「刑場でな」
「これに懲りたら、もう二度と脱獄なんて考えないことだね」
 アルマとエドに続いて、真も言った。肩を叩く。グスターヴォは立ち上がった。
(……この程度で懲りるとも思えないけど)
 真はこっそりため息を吐いた。いつかの未来でまた対峙するかもしれないと思いながら。


 拘束したグスターヴォを外に連れ出すと、ハナに付き添われたヴィルジーリオが待っていた。誰が見ても眉間に皺が寄っている。
 被害者と加害者が同時に口を開こうとした。その間にハナが割って入る。彼女は脱獄囚の方を向いて、啖呵を切った。
「自分と似た境遇の癖に幸せな師弟関係を築けた彼が妬まし羨ましかったのは分かりますしぃ、憐れんで慰めてほしいのも分かりましたぁ。そのためにわざわざここまで因縁つけに来たわけですしぃ。でもまた脱獄されてこの人にちょっかい出されても困るんですよねぇ。これ、私のものですしぃ」
 赤毛の胸倉を掴んで引き寄せ、その頬に口付ける。司祭本人と、エドがひっくり返りそうになった。
「ヴィルジーリオさんが欲しかったら次は私の所に来て下さいねぇ。私が念入りにブッコロしてあげますからぁ」
「……何だかおぞましい誤解を受けている気がしますが……その時はご指名させていただきましょう」
「また処刑人指名してる……」
 エドが呟いた。


「ごめんなさいぃ、ヴィルジーリオさんが殴ったらまた喜んで脱走して会いに来そうだったのでぇ。次はこっちに来ると思うので穏便に処理しますぅ」
 グスターヴォの姿が完全に見えなくなると、ハナがハンカチで司祭の頬を拭った。
「穏便」
「それって、巻き込む人数が少ないって意味だろ」
 エドが苦笑した。真が痛ましげな表情で歩み寄り、
「大丈夫? 手、痛む?」
「少し……ポーションのおかげで良くなりました」
 真は手の傷を見ると、桜の唄を口ずさんだ。桜の花弁に似た光が舞い、傷が癒える。
「ありがとうございます」
「お大事に」
「ただいまー!」
 賑やかな人の声がする。見れば、アルトゥーロ、ジョン、子どもたちが戻って来ている。大人二人は疲れた顔をしていたが、子どもたちはそんな彼らを置いて、各々が手に植物を乗せて差し出した。
「持ってきたよ!」
 ヴィルジーリオは真を見た。真がレオーネを見る。レオーネは片目をつぶると、
「司祭の杖の封印を解く謎かけさ。『過去』を『思いやり』、『強い意志』が『勇気』と『苦難に耐える力』を得、『平和』をなす」
 用意させた植物の花言葉になぞらえた合言葉、というわけだ。
「よろしい。正解です。では杖を……失礼、杖はこれから封印を解くのでこの指輪を貸してあげます。後で返してください」
「はーい!」


「報告書を読んだが……彼の司祭が死ぬことで安寧が欲しかったのかもな」
 期待も失望もなく、終わった過去として敬慕することができる。
「共感はしないが」
 レオーネは肩を竦めた。
 夏の花は終わった。秋の花は咲くまでもう少し時間がある。ひっそりとした庭を、彼とヴィルジーリオは並んで眺めている。
「夢で大切な人と再会したことはあるか? 俺はある」
「私もあります。顔も影になっていて見えませんでしたが、確かに彼でした」
「最期の表情と声は本人のものでもう思い出せないし、今もあいつに上手く笑えてた自信はない」
 死者は声から忘れていく。そして顔も思い出せなくなる。
「でも、笑ってる夢だった」
 レオーネは目を閉じ、微笑んで首を振る。
「俺を笑って見てると信じて俺は歩くしかない。あの時の感情が和らいでもその感情は俺に息づいてる」
「はい」
 大事な人の、大事な感情であろうことは察しが付いた。この友人の情の深さは、短い間でよく知っている。
「どんどん、私の中からいなくなってしまうのが悲しくて、寂しくて」
 月影が薄れてしまう。
「あんなにたくさん教えてもらったのに、たくさん話をしたのに、なんで忘れてしまうんでしょう」
 そこから先は言葉が出てこない。レオーネは肩を叩いた。
「だから『お前』が好きだよ」
 他の誰かが代わることはできない友よ。
「過去を思いやり、強い意志が勇気と苦難に耐える力を得、平和をなす」
 司祭は涙を落としながら庭を眺め、先ほどの合言葉を呟いた。
「そうですね。過去を思いやりながらも、それを乗り越える意志がなければ、ずっと暗夜の中に在ることでしょうね」
 庭を秋の風が泳いでいく。
 その内、花が咲くだろう。
 他の季節で咲かない花が。

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参加者一覧

  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • セシアの隣で、華を
    レオーネ・ティラトーレ(ka7249
    人間(蒼)|29才|男性|猟撃士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/09/09 22:31:07
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/09/05 08:07:32