ゲスト
(ka0000)
うぇいくあっぷ
マスター:愁水
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●
星屑瞬くその夜は、穏やかな色の幕が開く。
**
天鵞絨サーカス団の団長からサーカスの出演を依頼されたあなた達は、五日前からあれやこれやと練習に励んでいた。そして当日。忙しない天幕の中で、純白の後ろ姿――常なりに外套を羽織る団長の白亜(kz0237)を呼び止める。
「――温習を行いたい? それは構わないが、一時間後には開演だ。大事にならないよう頼むぞ」
加え、公演の要点の再確認を求めた。「殊勝な心がけだな」と小さく口角を上げた白亜は、あなた達へ向き直る。
「今回は劇を行いながらサーカスの芸を披露する劇中サーカスだ。
劇の進行は物語――『不思議の国のアリス』の通りとする。多少のアレンジは構わないが、話の進行に支障が無い程度でな。
曲芸の見せ方は各々に任せる。空中ブランコでの登場やアクロバットな逃走、勿論、必要ならサーカスの道具を使ってくれて構わない。
……何だ、緊張しているのか? あまり気負わないでいい。君達自身の心ゆくままに楽しめばいいんだ。その笑顔がきっと観客の心を満たす」
そして、ふ、と、瑠璃の双眸を細めると――
「期待しているぞ」
小さなプレッシャーを残して、舞台袖へと消えていった。
星屑瞬くその夜は、穏やかな色の幕が開く。
**
天鵞絨サーカス団の団長からサーカスの出演を依頼されたあなた達は、五日前からあれやこれやと練習に励んでいた。そして当日。忙しない天幕の中で、純白の後ろ姿――常なりに外套を羽織る団長の白亜(kz0237)を呼び止める。
「――温習を行いたい? それは構わないが、一時間後には開演だ。大事にならないよう頼むぞ」
加え、公演の要点の再確認を求めた。「殊勝な心がけだな」と小さく口角を上げた白亜は、あなた達へ向き直る。
「今回は劇を行いながらサーカスの芸を披露する劇中サーカスだ。
劇の進行は物語――『不思議の国のアリス』の通りとする。多少のアレンジは構わないが、話の進行に支障が無い程度でな。
曲芸の見せ方は各々に任せる。空中ブランコでの登場やアクロバットな逃走、勿論、必要ならサーカスの道具を使ってくれて構わない。
……何だ、緊張しているのか? あまり気負わないでいい。君達自身の心ゆくままに楽しめばいいんだ。その笑顔がきっと観客の心を満たす」
そして、ふ、と、瑠璃の双眸を細めると――
「期待しているぞ」
小さなプレッシャーを残して、舞台袖へと消えていった。
リプレイ本文
●
Alice down the Rabbit hole.
**
「墓穴の方がマシだった」
真っ逆さまな時間をうんざりするほど落ちてきたアリスは、薔薇色の唇から歪な不満を漏らすと、青いドレスの裾を振り子のように揺らしながら先へ進みます。
様々な夢の名残を抜けたアリスは、昼が眠る森へとやって来ました。すると、何の前触れもなく突然――
「やあやあ、アリス。可愛い吐息を切らせて何処へ行くんだい?」
――猫が降ってきました。
大きなスピネルの瞳に、夜に浮かぶ“三日月”。その形が「にしし」と笑い、ピンクと菫色の縞模様の身体を綿毛のように丸めて空中で一回転。手近な木へ寝そべった猫に、アリスは「……あんた誰?」と尋ねました。
「吾輩はチェシャ猫さ。生きているのか死んでいるのかわからない猫さ。ニャはははは!」
頭で逆立ちをする猫の、何と奇妙で滑稽なこと。しかしアリスの口は笑みを漏らすどころか、ぶっきらぼうに問いかけました。
「白ウサギ見なかった?」
「丸焼きにしたら美味そうな白ウサギなら吾輩の尻尾の先を行ったよ」
「ふーん。どうも」
「全ての冒険は最初の一歩が必要ニャんだよ、アリス。――そうだ。よかったら君の一番最初の一歩を吾輩におくれよ」
「……は?」
アリスは、“アリス”にしては珍しく薄い瞼を膨らませました。
「ギブアンドテイクだ。好意には好意で返して欲しいものだね」
アリスはチェシャ猫の瞳を輝かせるキラキラ星を北風の如き一吹きで夜空へ返すと――
「欲しいのは最初の一歩だけでいいの? ……だとしたら、猫のくせに狡猾さが抜けてるね」
夜よりも深い貪欲な月をぽっかりと口に浮かべたのでした。
+++―― 暗転 ――+++
舞台から捌けた黒アリス――ではなく黒亜(kz0238)は、頬から鬱陶しげに払った射千玉の髪を頭からガシガシと掻いた。
「ああっ、駄目ニャスよクロちゃん! ウィッグがズレちゃうニャス!」
チェシャ猫もといミア(ka7035)が言葉と手で制止しながら、彼の前に回ってウィッグを整える。そんなミアを、恨めしそうな双眸が上目にジロリ。黒亜にアリス役を推した当人は満足げにウィッグの調整を終えると、「うニャ?」と猫目を丸くした。
「まだ根に持ってるニャス? しょうがニャいニャス。くーちゃんの白い髪は白ウサギにぴったりニャスし、ミアはほら、にゃんこニャスし」
「……」
彼女の言いたいことはわかるが、釈然としないのも事実。
「お手伝いの子に大役任せるのは申し訳ニャいニャスし……他に適任が居なかったんニャスよ」
それも又、事実。
「一度は首くくったんニャス。副団長の底力、見せてくれニャスよ!」
「首じゃなくて腹でしょ」
「ニャはは。そう言えばミアのお衣装、選んでくれてありがとうニャス♪」
「……選ばざるを得なかっただけ」
でなければ、ミアはミアゴンの着ぐるみ(チェシャ猫Ver.)を着ていた。
ピンクと菫色をあしらったケープ付きのフレアワンピースに、同じ色合いのボーダーニーハイ。ミアの意思で自由に動くふわふわの尻尾。フードは勿論、猫耳付き。黒亜は上機嫌なミアに視線を据えながら、ふと思い出したような素振りで口を開いた。
「さっきのチェシャ猫の台詞……“よかったら君の”ところからのくだり、台本になかったでしょ」
「あ、わかったニャス?」
「当たり前でしょ。何、オレを試してるの? ……試してるっていうのは台本の有り無しのことじゃなくて、その……三毛の……――」
そこまで言うと、黒亜は幼子のように首を傾げるミアから、ふい、と、顔を背けた。
都合が悪くなったからではない。言わなければよかった、とも思っていない。只、彼女の意図と自分の返答が結び合わさなかったら――と、一抹の不安が彼らしさを鈍らせた。
そんな彼の気持ちなど露知らず、白ウサギの耳を揺らす紅亜(kz0239)が黒亜の横を通り過ぎていった。こちらもすぐ出番だ。
流れに身を任せ、不思議の国へと飛び出してしまえば楽だろう。しかし、物語にはいずれ幕が下りる。それは現実も同じだ。ならば――
「……まあ、三毛だったら考えてあげてもいいよ」
一番最初の一歩はアリスとしてではなく、自分の足で。
**
「大変だ……急がないと遅れちゃう……」
至急性の感じられない声音が森を駆け抜けていきます。
木苺のような赤い瞳。真珠色の毛並み。
ベストにズボン。手には心臓の音よりも早く時を刻む懐中時計――。
「あら、白ウサギやないの。誕生日やない日、おめでとうさん♪」
夜を通り過ぎ、白ウサギは何時の間にか三月ウサギの庭園を横切っていました。
終わらないお茶会。
陽気な音楽。
無数のポットやカップに、お喋りを促すスイーツの山。
「ほらほら、はよ行かんと女王に首刎ねられてまうで?」
甘い香りに誘われた白ウサギが席に根を張る前に、三月ウサギは白ウサギの口にフォーチュンクッキーを入れてやると、手を振って送り出してあげました。
「さあ、気を取り直して何でもない日、乾杯や♪」
席に着いた三月ウサギがカップの取っ手に指をかけた時――
「ねえ、喉渇いたんだけど」
長テーブルの端、スペードチェアに腰をかけようとしていたアリスを見て、三月ウサギは目を剥きました。
「あかんあかん、もーまんぱい! お嬢さんのお席はあらへんよ」
そうは言いますが、テーブルは空席だらけです。顎をつんと反らし、しっしっと手で追い払おうとする三月ウサギに半目を据えたアリスは「意地悪したいなら席に人形でも置いておけば?」と素知らぬ顔で椅子に腰を沈め、手近なティーポットに手を伸ばしました。三月ウサギの口角が片端に歪みます。
三月ウサギはスーツのセンターベントを蝶の羽のようにはためかせながら席を立つと、アリスのポットをひょいと取り上げ、代わりに「イチゴミルクはいかが? お嬢さん」と給仕をしてあげました。しかし、カップに注がれた飲み物はスモーキーな香りを漂わせるブラックコーヒーだったのです。
「……あんた、目悪いの?」
顰めっ面を示すアリスに三月ウサギはしたり顔を浮かべてアリスを見下ろしました。そして、
「あら、ほんまに期待したん? イチゴミルクなんてそんなんあらへんで? 招待もしてへんねんからな」
特等席もとい自席に腰を落とすと、斜めに肘をついて足を組みました。ニヤニヤとした弧に、ムと真一文字。空中で火花が散り、マシュマロが程良く焼けた頃――
「その辺にしておきなさい」
ドルンと草地を鳴らしながら一台のクラシックバイクが走ってきました。
「やあ、アリス。狂ったお茶会にようこそ――って、あちち!」
挨拶に脱いだ帽子で二人の火花をぱたぱたと消した帽子屋が、ふう、と、額を拭います。そして、帽子の鍔を整え、定位置へ戻しました。
「本当なら持て成してあげたいんだけど、私は今、止まった時間を動かしに行かなければいけないんだ。このままでは新しい帽子も作れないし、ファーストフラッシュを楽しむことも出来ないからね」
「……止まった時間?」
「そいつぁ話せば長くなるあの詩……“キラキラ光るコウモリさん”――」
突如、夢と現をぼんやりとさ迷うような声が聞こえてきました。巨人用のかと思っていた巨大なポットから、ひょことネズミの耳が覗き、アリスの問いに応えようとしてくれたのです。が、「うーるーさーいー」と遮った三月ウサギがポットの蓋に座り込んでしまったので、眠りネズミは為す術もなくスヤスヤピー。憎らしいほど――ではなく、羨ましいほど本気な寝息がアリスの耳を衝いてくるので、クッキーの咀嚼音で掻き消していると、
「ん?」
帽子屋が怪訝な声を漏らしました。二人が帽子屋の視線を辿ってみると、先程まで其処に積まれていたマカロンタワーが、欠片一つ残さずに消えていたのです。それだけではありません。花のゼリー菓子も、宝石のチョコレートも、ミルクのデカンタも――
「犯人はやはりお前か! この暴食のシュレディンガーめ!」
お茶会の“常連”であるチェシャ猫が、お腹の虫にこっそりと与えていたのです。
「ニャは、バレちまったらしゃあねぇニャス!」
一瞬、チェシャ猫以外の猫が垣間見えましたが、そこはご愛嬌。チェシャ猫はクッキーが入ったバスケットをひょいと手に、ガーデンアーチを飛び移っていきました。
「なんてことだ! このままじゃあ完璧なお茶会が始められない!!」
帽子屋はバイクのグリップを握ると、
「待て! このニャスニャス笑いの泥棒猫め!」
逃げ回るチェシャ猫を追いかけ始めました。
「うちにも楽しませてぇな♪」
タンデムシートにひらりと横乗りした三月ウサギは、カップを片手に優雅なティータイム。
藤のアーチをくぐり、梟のトピアリーを跳び越え、広い庭園をぐるりぐるん。
途中、三月ウサギがアリスの頭上でカップを逆さまにしてアリスをヒヤリとさせますが、舌を出して悪戯に笑う三月ウサギの様子に、アリスは呆れ果てながら庭園を後にしたのでした。
「さあ、猫を追うついでだ! このまま時間を進めよう!」
イカれた帽子屋の狂ったお茶会――はてさて、止まった針はどうなることやら。
+++―― 暗転 ――+++
「うぐ……こういうのは正直、やるつもりはなかったんだけど……私、上手くやれてるかしら」
「あら、そないな心配しとったん? クラシカルな帽子屋のロベリア、めっちゃかっこえぇで♪」
袖に捌けたお茶会メンバーのロベリア・李(ka4206)と白藤(ka3768)は、緊張とパフォーマンスでかいた汗を拭いながら、余った紅茶で喉を潤していた。
「しっかし……シュヴァルツの眠りネズミなんて想像すら出来なかったけど……ほんと、色んな意味で斜め上を行ってくれるわねー」
感心すら示すロベリアの目の前には、眠りネズミの寝床――そう、シュヴァルツ(kz0266)は未だにポットの中で気持ちよく寝息を立てていたのであった。
舞台では、山あり谷ありのアリスがついにクイーンランドへ足を踏み入れたようだ。ハートの女王をイメージした何処か滑稽な音楽が、赤い世界を弾んでいく。
「やぁ、二人とも美人さんやわぁ……」
白藤は舞台袖からハートのジャックと女王を恍惚と眺め入りながら、ほう、と、溜息をついた。
役を演じる白亜(kz0237)と桜久世 琉架(kz0265)に、違和感一つ覚えない。
「(……なあ、白亜。拙いうちでも手伝える事、あるやろうか)」
白藤は鷲目石の双眸を細くして、漸く手を伸ばせた愛しい彼へ想いを馳せる。
それは、一つの願い。
“我儘”な決意。
さあ、物語もいよいよ終盤だ。
**
アリスはついに白ウサギに追いつくことが出来ましたが、女王を怒らせた罪で死刑となってしまいました。
「悪い子にはお仕置きだよ。さあ、首を切ってあげよう」
そう優しく皮肉に微笑む女王は“本当”に嬉しそうです。
「おやおや、女王。貴重な首をもう落としてしまうのかい? 愉しみが減ってしまうよ?」
「その時はチェシャ猫、君の首で愉しむことにするよ」
「ニャんと!」
大事な頭をクリケットのボールにでもされたら堪らない。チェシャ猫はアリスの手錠を外してやると、法廷の扉を勢いよく開けました。
「みんな気違い、吾輩も気違い。アリスはどうかな? ――君はどちらの住人?」
三日月の笑みを残して消えたチェシャ猫の問いかけに、アリスの足は弾けたように走り出します。
「これが夢だったとしても、ココからどう進むかは自分で決める」
物語の先から聞き覚えのある機械音が響いてきました。
「やあ、アリス。お茶会の招待状を渡しておこうと思ってね」
帽子屋です。後ろのシートには寝起きの眠りネズミと、アリスを追跡するトランプ兵を言葉巧みに翻弄する三月ウサギが腹を抱えて笑っていました。しかし、ジャックが放った投げ縄に捕まり――さあ、三月ウサギはどうなってしまったのか。
さあ、走って。
真っ白な影を追いかけた時のように。
さあ、落ちて。
何時もの場所へ、あなたの世界へ――。
「人生、こっちの道を行く人もいるし、あっちの道を行く人もいる。でも吾輩だったら……気違いでも笑い合える道を行くのが好きだニャぁ。誰と、だって? ニャはは、勿論――」
(拍手喝采)
●
大成功に終わった“不思議の国のアリス”。
一同は控え室に集まり、簡易的ではあるが打ち上げを行っていた。
フリーはぐを始めたというミアが大好きな姉と母にはぐをしてもらった後、恐る恐る白亜に伺いを立てる。白亜は一瞬、目を見張った。しかし、すぐに目許を親しみ深く和らげると、自分の胸にミアの頬を寄せたのであった。
二人のその様子に、白藤は満悦な吐息を漏らす。そして白藤は、喜びに心を打ちながら腹拵えをしに行ったミアの後ろ姿を見送ると、彼の名を呼んだ。
熱に浮かされる前に。
決心が鈍る前に。
「皆の笑顔が生まれる場所、うちにとってここは……一番の特等席や」
もう、臆病という名の壁に隠れたくない。
「うちも……団員になる事ってできるやろうか……?」
「勿論だ」
「ふえっ……!?」
間を置かない白亜の返答に、白藤は素っ頓狂な声を上げてしまった。白亜は珍しく歯を見せて可笑しそうに微笑むと、
「君の笑顔には幸せを引き寄せる力がある。周りにも、君自身にもな。……俺が保証する」
彼女の癖毛な頭をわしゃわしゃと撫でたのであった。
「えへへ、ミアに居場所を与えてくれてありがとうニャスよ」
頬張ったクッキーをミルクで飲み込んだミアが、黒亜の隣で照れくさそうに呟いた。
「は?」
「“家族”の温もりを思い出させてくれた。だから、ありがとうニャス。……ニャふふ」
「なに」
「ううん。いつか此処が、ミアの“帰る場所”になればいいのにニャぁ……ニャんて」
「……そんなに帰る場所が一緒になりたかったら、隣の部屋に越してくればいいのに」
黒亜はそう言った直後、しまったという表情を浮かべた。案の定、そろりと横目で窺えば、にんまりと笑う猫が尻尾を振りながら、
「クロちゃーーーん!!」
と、抱きつこうとしてきたので――避けた。
紫煙が一筋の糸のように流れていく。
上へ。
先へ。
「遊びに行くことはあったけど、こんな風に戦い以外で仲間と一緒に何かをやりとげるなんて何年ぶりかしら」
控え室の隅で、妹や友達――仲間を見守るロベリアが、煙草を咥えた口の端を、ふ、と、上げた。
「……ああ、楽しかった。きっと、本当の意味で私の時間も動き始めた……なんて、ベタな映画の台詞みたいね」
感慨深く独り言ちると、吸いきっていない煙草を携帯灰皿に押し付け、進んだ時間へ歩き始めた。
天鵞絨の夜空を集った“星”が駆けていく。
忘れられない思い出と、終わらない幸せを煌めかせるように。
そして、きっと。この先の何時かも――
「It’s show time」
Alice down the Rabbit hole.
**
「墓穴の方がマシだった」
真っ逆さまな時間をうんざりするほど落ちてきたアリスは、薔薇色の唇から歪な不満を漏らすと、青いドレスの裾を振り子のように揺らしながら先へ進みます。
様々な夢の名残を抜けたアリスは、昼が眠る森へとやって来ました。すると、何の前触れもなく突然――
「やあやあ、アリス。可愛い吐息を切らせて何処へ行くんだい?」
――猫が降ってきました。
大きなスピネルの瞳に、夜に浮かぶ“三日月”。その形が「にしし」と笑い、ピンクと菫色の縞模様の身体を綿毛のように丸めて空中で一回転。手近な木へ寝そべった猫に、アリスは「……あんた誰?」と尋ねました。
「吾輩はチェシャ猫さ。生きているのか死んでいるのかわからない猫さ。ニャはははは!」
頭で逆立ちをする猫の、何と奇妙で滑稽なこと。しかしアリスの口は笑みを漏らすどころか、ぶっきらぼうに問いかけました。
「白ウサギ見なかった?」
「丸焼きにしたら美味そうな白ウサギなら吾輩の尻尾の先を行ったよ」
「ふーん。どうも」
「全ての冒険は最初の一歩が必要ニャんだよ、アリス。――そうだ。よかったら君の一番最初の一歩を吾輩におくれよ」
「……は?」
アリスは、“アリス”にしては珍しく薄い瞼を膨らませました。
「ギブアンドテイクだ。好意には好意で返して欲しいものだね」
アリスはチェシャ猫の瞳を輝かせるキラキラ星を北風の如き一吹きで夜空へ返すと――
「欲しいのは最初の一歩だけでいいの? ……だとしたら、猫のくせに狡猾さが抜けてるね」
夜よりも深い貪欲な月をぽっかりと口に浮かべたのでした。
+++―― 暗転 ――+++
舞台から捌けた黒アリス――ではなく黒亜(kz0238)は、頬から鬱陶しげに払った射千玉の髪を頭からガシガシと掻いた。
「ああっ、駄目ニャスよクロちゃん! ウィッグがズレちゃうニャス!」
チェシャ猫もといミア(ka7035)が言葉と手で制止しながら、彼の前に回ってウィッグを整える。そんなミアを、恨めしそうな双眸が上目にジロリ。黒亜にアリス役を推した当人は満足げにウィッグの調整を終えると、「うニャ?」と猫目を丸くした。
「まだ根に持ってるニャス? しょうがニャいニャス。くーちゃんの白い髪は白ウサギにぴったりニャスし、ミアはほら、にゃんこニャスし」
「……」
彼女の言いたいことはわかるが、釈然としないのも事実。
「お手伝いの子に大役任せるのは申し訳ニャいニャスし……他に適任が居なかったんニャスよ」
それも又、事実。
「一度は首くくったんニャス。副団長の底力、見せてくれニャスよ!」
「首じゃなくて腹でしょ」
「ニャはは。そう言えばミアのお衣装、選んでくれてありがとうニャス♪」
「……選ばざるを得なかっただけ」
でなければ、ミアはミアゴンの着ぐるみ(チェシャ猫Ver.)を着ていた。
ピンクと菫色をあしらったケープ付きのフレアワンピースに、同じ色合いのボーダーニーハイ。ミアの意思で自由に動くふわふわの尻尾。フードは勿論、猫耳付き。黒亜は上機嫌なミアに視線を据えながら、ふと思い出したような素振りで口を開いた。
「さっきのチェシャ猫の台詞……“よかったら君の”ところからのくだり、台本になかったでしょ」
「あ、わかったニャス?」
「当たり前でしょ。何、オレを試してるの? ……試してるっていうのは台本の有り無しのことじゃなくて、その……三毛の……――」
そこまで言うと、黒亜は幼子のように首を傾げるミアから、ふい、と、顔を背けた。
都合が悪くなったからではない。言わなければよかった、とも思っていない。只、彼女の意図と自分の返答が結び合わさなかったら――と、一抹の不安が彼らしさを鈍らせた。
そんな彼の気持ちなど露知らず、白ウサギの耳を揺らす紅亜(kz0239)が黒亜の横を通り過ぎていった。こちらもすぐ出番だ。
流れに身を任せ、不思議の国へと飛び出してしまえば楽だろう。しかし、物語にはいずれ幕が下りる。それは現実も同じだ。ならば――
「……まあ、三毛だったら考えてあげてもいいよ」
一番最初の一歩はアリスとしてではなく、自分の足で。
**
「大変だ……急がないと遅れちゃう……」
至急性の感じられない声音が森を駆け抜けていきます。
木苺のような赤い瞳。真珠色の毛並み。
ベストにズボン。手には心臓の音よりも早く時を刻む懐中時計――。
「あら、白ウサギやないの。誕生日やない日、おめでとうさん♪」
夜を通り過ぎ、白ウサギは何時の間にか三月ウサギの庭園を横切っていました。
終わらないお茶会。
陽気な音楽。
無数のポットやカップに、お喋りを促すスイーツの山。
「ほらほら、はよ行かんと女王に首刎ねられてまうで?」
甘い香りに誘われた白ウサギが席に根を張る前に、三月ウサギは白ウサギの口にフォーチュンクッキーを入れてやると、手を振って送り出してあげました。
「さあ、気を取り直して何でもない日、乾杯や♪」
席に着いた三月ウサギがカップの取っ手に指をかけた時――
「ねえ、喉渇いたんだけど」
長テーブルの端、スペードチェアに腰をかけようとしていたアリスを見て、三月ウサギは目を剥きました。
「あかんあかん、もーまんぱい! お嬢さんのお席はあらへんよ」
そうは言いますが、テーブルは空席だらけです。顎をつんと反らし、しっしっと手で追い払おうとする三月ウサギに半目を据えたアリスは「意地悪したいなら席に人形でも置いておけば?」と素知らぬ顔で椅子に腰を沈め、手近なティーポットに手を伸ばしました。三月ウサギの口角が片端に歪みます。
三月ウサギはスーツのセンターベントを蝶の羽のようにはためかせながら席を立つと、アリスのポットをひょいと取り上げ、代わりに「イチゴミルクはいかが? お嬢さん」と給仕をしてあげました。しかし、カップに注がれた飲み物はスモーキーな香りを漂わせるブラックコーヒーだったのです。
「……あんた、目悪いの?」
顰めっ面を示すアリスに三月ウサギはしたり顔を浮かべてアリスを見下ろしました。そして、
「あら、ほんまに期待したん? イチゴミルクなんてそんなんあらへんで? 招待もしてへんねんからな」
特等席もとい自席に腰を落とすと、斜めに肘をついて足を組みました。ニヤニヤとした弧に、ムと真一文字。空中で火花が散り、マシュマロが程良く焼けた頃――
「その辺にしておきなさい」
ドルンと草地を鳴らしながら一台のクラシックバイクが走ってきました。
「やあ、アリス。狂ったお茶会にようこそ――って、あちち!」
挨拶に脱いだ帽子で二人の火花をぱたぱたと消した帽子屋が、ふう、と、額を拭います。そして、帽子の鍔を整え、定位置へ戻しました。
「本当なら持て成してあげたいんだけど、私は今、止まった時間を動かしに行かなければいけないんだ。このままでは新しい帽子も作れないし、ファーストフラッシュを楽しむことも出来ないからね」
「……止まった時間?」
「そいつぁ話せば長くなるあの詩……“キラキラ光るコウモリさん”――」
突如、夢と現をぼんやりとさ迷うような声が聞こえてきました。巨人用のかと思っていた巨大なポットから、ひょことネズミの耳が覗き、アリスの問いに応えようとしてくれたのです。が、「うーるーさーいー」と遮った三月ウサギがポットの蓋に座り込んでしまったので、眠りネズミは為す術もなくスヤスヤピー。憎らしいほど――ではなく、羨ましいほど本気な寝息がアリスの耳を衝いてくるので、クッキーの咀嚼音で掻き消していると、
「ん?」
帽子屋が怪訝な声を漏らしました。二人が帽子屋の視線を辿ってみると、先程まで其処に積まれていたマカロンタワーが、欠片一つ残さずに消えていたのです。それだけではありません。花のゼリー菓子も、宝石のチョコレートも、ミルクのデカンタも――
「犯人はやはりお前か! この暴食のシュレディンガーめ!」
お茶会の“常連”であるチェシャ猫が、お腹の虫にこっそりと与えていたのです。
「ニャは、バレちまったらしゃあねぇニャス!」
一瞬、チェシャ猫以外の猫が垣間見えましたが、そこはご愛嬌。チェシャ猫はクッキーが入ったバスケットをひょいと手に、ガーデンアーチを飛び移っていきました。
「なんてことだ! このままじゃあ完璧なお茶会が始められない!!」
帽子屋はバイクのグリップを握ると、
「待て! このニャスニャス笑いの泥棒猫め!」
逃げ回るチェシャ猫を追いかけ始めました。
「うちにも楽しませてぇな♪」
タンデムシートにひらりと横乗りした三月ウサギは、カップを片手に優雅なティータイム。
藤のアーチをくぐり、梟のトピアリーを跳び越え、広い庭園をぐるりぐるん。
途中、三月ウサギがアリスの頭上でカップを逆さまにしてアリスをヒヤリとさせますが、舌を出して悪戯に笑う三月ウサギの様子に、アリスは呆れ果てながら庭園を後にしたのでした。
「さあ、猫を追うついでだ! このまま時間を進めよう!」
イカれた帽子屋の狂ったお茶会――はてさて、止まった針はどうなることやら。
+++―― 暗転 ――+++
「うぐ……こういうのは正直、やるつもりはなかったんだけど……私、上手くやれてるかしら」
「あら、そないな心配しとったん? クラシカルな帽子屋のロベリア、めっちゃかっこえぇで♪」
袖に捌けたお茶会メンバーのロベリア・李(ka4206)と白藤(ka3768)は、緊張とパフォーマンスでかいた汗を拭いながら、余った紅茶で喉を潤していた。
「しっかし……シュヴァルツの眠りネズミなんて想像すら出来なかったけど……ほんと、色んな意味で斜め上を行ってくれるわねー」
感心すら示すロベリアの目の前には、眠りネズミの寝床――そう、シュヴァルツ(kz0266)は未だにポットの中で気持ちよく寝息を立てていたのであった。
舞台では、山あり谷ありのアリスがついにクイーンランドへ足を踏み入れたようだ。ハートの女王をイメージした何処か滑稽な音楽が、赤い世界を弾んでいく。
「やぁ、二人とも美人さんやわぁ……」
白藤は舞台袖からハートのジャックと女王を恍惚と眺め入りながら、ほう、と、溜息をついた。
役を演じる白亜(kz0237)と桜久世 琉架(kz0265)に、違和感一つ覚えない。
「(……なあ、白亜。拙いうちでも手伝える事、あるやろうか)」
白藤は鷲目石の双眸を細くして、漸く手を伸ばせた愛しい彼へ想いを馳せる。
それは、一つの願い。
“我儘”な決意。
さあ、物語もいよいよ終盤だ。
**
アリスはついに白ウサギに追いつくことが出来ましたが、女王を怒らせた罪で死刑となってしまいました。
「悪い子にはお仕置きだよ。さあ、首を切ってあげよう」
そう優しく皮肉に微笑む女王は“本当”に嬉しそうです。
「おやおや、女王。貴重な首をもう落としてしまうのかい? 愉しみが減ってしまうよ?」
「その時はチェシャ猫、君の首で愉しむことにするよ」
「ニャんと!」
大事な頭をクリケットのボールにでもされたら堪らない。チェシャ猫はアリスの手錠を外してやると、法廷の扉を勢いよく開けました。
「みんな気違い、吾輩も気違い。アリスはどうかな? ――君はどちらの住人?」
三日月の笑みを残して消えたチェシャ猫の問いかけに、アリスの足は弾けたように走り出します。
「これが夢だったとしても、ココからどう進むかは自分で決める」
物語の先から聞き覚えのある機械音が響いてきました。
「やあ、アリス。お茶会の招待状を渡しておこうと思ってね」
帽子屋です。後ろのシートには寝起きの眠りネズミと、アリスを追跡するトランプ兵を言葉巧みに翻弄する三月ウサギが腹を抱えて笑っていました。しかし、ジャックが放った投げ縄に捕まり――さあ、三月ウサギはどうなってしまったのか。
さあ、走って。
真っ白な影を追いかけた時のように。
さあ、落ちて。
何時もの場所へ、あなたの世界へ――。
「人生、こっちの道を行く人もいるし、あっちの道を行く人もいる。でも吾輩だったら……気違いでも笑い合える道を行くのが好きだニャぁ。誰と、だって? ニャはは、勿論――」
(拍手喝采)
●
大成功に終わった“不思議の国のアリス”。
一同は控え室に集まり、簡易的ではあるが打ち上げを行っていた。
フリーはぐを始めたというミアが大好きな姉と母にはぐをしてもらった後、恐る恐る白亜に伺いを立てる。白亜は一瞬、目を見張った。しかし、すぐに目許を親しみ深く和らげると、自分の胸にミアの頬を寄せたのであった。
二人のその様子に、白藤は満悦な吐息を漏らす。そして白藤は、喜びに心を打ちながら腹拵えをしに行ったミアの後ろ姿を見送ると、彼の名を呼んだ。
熱に浮かされる前に。
決心が鈍る前に。
「皆の笑顔が生まれる場所、うちにとってここは……一番の特等席や」
もう、臆病という名の壁に隠れたくない。
「うちも……団員になる事ってできるやろうか……?」
「勿論だ」
「ふえっ……!?」
間を置かない白亜の返答に、白藤は素っ頓狂な声を上げてしまった。白亜は珍しく歯を見せて可笑しそうに微笑むと、
「君の笑顔には幸せを引き寄せる力がある。周りにも、君自身にもな。……俺が保証する」
彼女の癖毛な頭をわしゃわしゃと撫でたのであった。
「えへへ、ミアに居場所を与えてくれてありがとうニャスよ」
頬張ったクッキーをミルクで飲み込んだミアが、黒亜の隣で照れくさそうに呟いた。
「は?」
「“家族”の温もりを思い出させてくれた。だから、ありがとうニャス。……ニャふふ」
「なに」
「ううん。いつか此処が、ミアの“帰る場所”になればいいのにニャぁ……ニャんて」
「……そんなに帰る場所が一緒になりたかったら、隣の部屋に越してくればいいのに」
黒亜はそう言った直後、しまったという表情を浮かべた。案の定、そろりと横目で窺えば、にんまりと笑う猫が尻尾を振りながら、
「クロちゃーーーん!!」
と、抱きつこうとしてきたので――避けた。
紫煙が一筋の糸のように流れていく。
上へ。
先へ。
「遊びに行くことはあったけど、こんな風に戦い以外で仲間と一緒に何かをやりとげるなんて何年ぶりかしら」
控え室の隅で、妹や友達――仲間を見守るロベリアが、煙草を咥えた口の端を、ふ、と、上げた。
「……ああ、楽しかった。きっと、本当の意味で私の時間も動き始めた……なんて、ベタな映画の台詞みたいね」
感慨深く独り言ちると、吸いきっていない煙草を携帯灰皿に押し付け、進んだ時間へ歩き始めた。
天鵞絨の夜空を集った“星”が駆けていく。
忘れられない思い出と、終わらない幸せを煌めかせるように。
そして、きっと。この先の何時かも――
「It’s show time」
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不思議の国への招待状(相談卓) ロベリア・李(ka4206) 人間(リアルブルー)|38才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/10/20 15:08:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/10/15 23:17:28 |