『【劇場版】幻蒼機導隊──さらば紅』

マスター:韮瀬隈則

シナリオ形態
イベント
難易度
不明
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
7日
締切
2019/11/08 07:30
完成日
2019/11/30 11:15

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 滅亡の刻が近づく──。



 天空を覆う邪神の片眼に地球が曝されて数日後。
 サルヴァトーレ・ロッソ、統一連合宙軍とハンター達の活躍により、ひとまずその目蓋は閉じられた。蒼空に刻み付けられた亀裂。
 残存勢力掃討とともに薄く浅くなってゆくそれに人々は安堵し、しかし亀裂の奥から未だ悪意を超えた負の感情にねめつけられているような感覚は続く。気配が空からなのか異世界からなのか、それとも……人々たちの不安からきているものなのか。
 杞憂──空が墜ちる恐怖を案じた古代人の居心地の悪さが、救われたはずの地球に蔓延していた。

「……!! 崑崙基地より入電ッ! VOID群を消滅させたはずの崑崙が、再侵攻……いえ、負のマテリアルの侵食を受けています! それだけじゃない……月が、月が地球に近づいて行く、月が地球に墜ちてくる!」
「サルヴァトーレ・ヴェルデ。エバーグリーンを再構築したサルヴァトーレ級番外艦、あの負のエネルギーを無効化する超弩級主砲をもってしても……なのかッ? それとも、歪虚復活を援ける勢力が……」
 崑崙からの通信に混ざる激しい雑音。
 怒号と破壊の喧騒は、しかし、通信官の良く知る対VOID戦闘のものではない。

 暴動──。

 恐怖に駆られた人々の感情の発露。……だけではなかった。
 傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、狂気、暴食、怠惰──。歪虚に囚われた人、なのか。それとも人の本性が歪虚と同質なのか。
 だから負の感情をエネルギーとして、月がこの地球へ堕天するのだ。

 そう──通信官は口に出してしまったのだろう。
「違う。違うな。本性じゃない。俺は数え切れない犯罪者を見てきた。これは違う。扇動者由来だ、扇動者の熱に魘される人々の悲鳴だ」
 振り向けば、苦々しい顔の初老の男。
「崑崙! 敦賀0課課長とフォレスター隊長を呼べ。ちょうど0課と幻蒼機導隊が崑崙にいる。対VOID警察と対VOID即応特務小隊、人々の生活に浸透し犯罪を通じて負のマテリアルを揺り起こす歪虚に立ち向かう部隊、がだ。つまり、彼らは当の扇動者を追って蒼空の堕天渦中にいるのだよ」



「なぜお前は!?」
「裏切ったのか? ……おまえは裏切り者なのか!?」

 驚きと怒りより悲しむような瞳。妻の瞳がいくつもいくつもいくつも。
 彼を見つめるすべての眼が紫色に烟って、どうして? と問い、止めて! と責める。
(私……いや俺は、部隊を、0課を、軍を、人類を、地球を、そして歪虚を裏切る為に強化人間となり、いま此処にいる。嗚呼、けれど妻よ……貴女だけは……)

 『彼』の向かう崑崙中央広場、その上空に浮かぶ巨大な眼球。
 0課が追う歪虚が偽装難民として侵入し持ち込んだ義眼の正体こそが、一度は消滅したはずの邪神の眼そのもの、である。
 ひしめく群衆は自ら発する悪徳の瘴気を帯び、少しずつ少しずつ歪虚へと近づいて、邪神の眼球にエネルギーを注ぎ巨大化させてゆく。月が堕天する源、だ。

 負の瘴気が隊員達を、刑事達を阻む。
 夢遊病に罹ったような市民を庇い襲われ、一人また一人、刑事達は斃れてゆく。
「隊長……いや、ホリー・フォレスター」
 幻蒼機導隊隊長フォレスター。
 愛機ホットスパーを駆る元英海軍あがりの強化人間。
 『彼』と数名の強化人間と扇動者だけが瘴気のなかで健全であり続けた。



「お前がなにを裏切ろうと、命にかえても地球を護るッ!」
 誰の声だろう。誰の声でもない、皆の声だ……
 0課婦警、森山由香は叫ぶ!
「嫌ッ……だめ! 死なないで! 死んじゃ嫌ぁぁっ!!」



『【劇場版】幻蒼機導隊──さらば紅』
 ティザーサイトにて予告ムービー公開中!



【この映画はフィクションです】




「俺は一貫して、心の闇に堕ちる人間を取り戻す作品を創ってきた」
 黒Tシャツにタオルグラサン腕組みのおっさんが、重々しく宣言する。
「だから、脚本が多少変わったところで問題無い。皆殺しヤメ! ハッピーエンド万歳!」
 多少……? 口調に反して内容は軽々しかった。

 ときは第一次帰還直前、ところはリゼリオ、おっさんは大人気TVドラマ『紅の刑事』『幻蒼機導隊』とその前身の『特務小隊』シリーズを手がけてきた名物監督である。
 締め切りに追われた企画屋ふたりが苦し紛れにでっちあげた、本物の転移者異世界者を起用した『覚醒者刑事モノ』が、プロパg……大人の事情で制作費青天井の大作映画化までこぎつけちゃった。……のも束の間。題材の強化人間絡みでひと悶着、二転三転する脚本にも関わらず制作続行されるも、試写会寸前までこぎつけながら地球凍結と月転移でオクラ入り寸止めだった映画が『【劇場版】幻蒼機導隊──さらば紅』である。
 このまま宙ぶらりんのままCWで絶賛放置かと思われた映画が、ここにきて動き出した。

(大人の事情だね、知ってる。ね? シンちゃん)
(てか、『紅の刑事』も『幻蒼機導隊』も、そんなテーマだって知らなかったよ。バンちゃん)
 頭の悪い企画の元凶ふたりが目配せをしあい、「お前が言えよ」と肘をつつきあいながら名物監督に当座の大問題を提示する。
「撮り直しの時間、ありませんよ。もう。月ごと現場が帰っちゃうし僕らまだ居残りですし。まぁ……TVン時の収録よりマシですけど」
「たしか最終脚本、崑崙も地球も救われるけど、幻蒼機導隊も0課刑事も……ヒロインら警視庁組三名以外、みぃんな殉職ですよね? どうすんです? フォレスター氏は実際、最終決戦で戦死されてるじゃないですか?」
 ほら、これ。と、地球凍結前に届いた一部屋を埋め尽くす『助命嘆願書』と『カミソリレター』が撮影されたスマホ画面を示す。気の早い葬式OFFの同人チラシも見切れている。
「好都合じゃねぇか。死亡フラグを紙一重で回避しまくるんだよ。刑事が、隊員が。いいじゃねぇか。「死神に嫌われちまったらしい」って胸ポケから穴の開いたスキットル引っ張り出すんだよ! カーーーーッ! ロマンだねぇ! そこだけ撮れば、切り貼りのマサことこの俺様が生存フラグマシマシで未完成フィルムから大傑作をでっちあげてやらぁ!」

 もう企画屋ふたりの出来ることは一つしかなかった。
「クミちゃーん。オフィスに依頼だしといてー」
「この注意事項のビラも忘れないで添付しといてー」



 かくして。
 自らの命と引き換えに地球を救った刑事達と機導隊の物語、『【劇場版】幻蒼機導隊──さらば紅』。一転して、死亡フラグを吹き飛ばす全員生還エンドにアクセル全開! インド人もビックリにギアチェンジする撮影依頼がオフィスに貼り出された。

 ロケ現場の崑崙で撮影が許可された時間は、わずか1日。
 ──さらに
 『歪虚以外、死亡厳禁』
 『強化人間(と、可能ならば全ての登場人物達)の名誉回復』
 『凍結解除と帰還の平和的誘導』
 上記の無茶ブリをどうにか拾って、生還シーンを追加撮影するハードスケジュール。
 それでも構わない演者求む!!

リプレイ本文


 竜頭を押して懐中時計の外蓋を開く。
 針はもう何年も止まったまま、あの日の自分を責めている。
「友よ。愛銃を託した友よ。私は今度こそ……」
 蓋裏に刻まれたH&Bの文字を覚束なくも優しい指先で撫でて、決意を握りこむように懐中時計を閉じる。



 虚無──あるいは永遠の悪夢。
(俺は誰だ。俺は何者だ。俺は、俺は……)
 眼下に広がる無限の荒野で自問自答するのは何度目だろう。もう忘れてしまった、いや、数える気力も失ってしまった。覚えているのは自分が元ハンターであったこと。ただ一人の女性を慈しみ続けてこの荒野をさすらい、そして──
「悔いなど無きようご存分に……」
 耳元で居ないはずの誰かがささやいた。

 唐突に。無音の荒野に喧騒がざわめく。悲鳴と怒号、爆音と銃声。見回せば戦場、いつもの悪夢が始まった。見知らぬ街のはずなのに、既知のように構造をたどれる。
(彼女はどこだ。彼女は無事か。彼女は……)
 心の中で、またか、と思う自分がいる。もう何度目だろう。けれども冷めた意識より衝動が勝った。
 騎乗するワイバーンを急降下させ、路地へ向かう。
「また……まただっ! また私は誰も救えないのか!」
 形見の銃を抱きしめて天を仰ぎ泣く女兵士がいる。
 兵士──?
「──! ──!」
 呼ぶ声がする。自分を、忘れてしまった俺の名を。
 瓦礫の奥に翻るドレスは俺が誕生日に贈ったものだ。懐かしい声、懐かしい俺の名を呼ぶ響き。懐かしい彼女の、貌はしかしエラーがかかったように認識できない。
「──、無事か!?」
 駆け寄り抱き合い頬を上げさせて、束の間の希望は暗転した。
 相貌は血の塊に変わっていた。抱きしめる躰は亡骸に。そして彼女を貫く歪虚の体は……『彼』自身のもの。

 悲鳴とともに絶望の夢は終わった。虚無の荒野が疎ましくて希望を探し、絶望から覚め荒野に安堵する。いつものことだ。
 ──いつもの?
 あの女兵士はいつもの悪夢に居たか?
 虚無の荒野でなにかが変わろうとしていた。




 カッカッ、と小気味よい靴音が崑崙制御施設の床を鳴らす。
「失礼します。国際対歪虚犯罪警察機構より配属されました、秋月レイカ。これより0課指揮下にはいります。宜しくお願い致します!」
 見事な敬礼。続く第一の任務、左手に手錠でつながれた小さなトランクの授受は、華麗に無視された。
「科捜研のメンツは? 解剖のセンセを救急に回して、残りは退……いやトリアージやらせろ」
「先輩、治療中はじっとして! 今度は私も回復役で随伴しますよっ」
「おやっさん、暴動制圧は軍が頑張ってますが扇動の歪虚は……ん?」
 野戦病院さながらの状況下、ようやく気付いて貰えたらしい。若手に肘をつつかれた背広組が二人、なんだという顔でレイカに向き合う。一人は書類で知っている。0課課長、敦賀だ。もう一人のオヤッサンとは本名ではないよな?
「秋月レイカです。これは本部より受託しまし……」
 ポカンと見つめられる。間抜けだ。これが噂の昼行灯というやつか。帰国子女のレイカには未知の概念だ。これで実は切れ者と聞くが本当だろうか?
「……。レイカ君? 30分遅刻ね」
 !?
 そんなハズはない。転移と同時に辞令とトランクを受け取ってすぐ急行したのだ、ここに。
(なんで? アオツキ司令、なんで?)
 急報が追い打ちをかける。
『幻蒼機導隊フォレスター隊長、応答ありません! クソッ、さらに火星調査艦隊から離脱艦が崑崙上空へ急展開を図っています。該当艦はインディファティガブル』
(ちょっ!! アオツキ司令が客員で乗り込んでる船ッ)
 すわ命令違反か裏切りか。どよめく崑崙制御施設いや0課幻蒼機導隊合同捜査本部のなかで、生え抜きエリートのはずのレイカはパニくるしかなかった。
「なんで遅刻? なんで強化人間が? 司令まで、なんで? なんでぇ!?」



「な、ななな、なんだね? なんのつもりだねアオツキ君、いやカグヤ・アオツキ!」
 艦長私室にインディファティガブル本来の艦長を幽閉し、「一から説明するのは骨がおれるのですがね」とごちながら連合宙軍補佐官付特務士官カグヤ・アオツキは、時間が惜しいのだと自らの直轄部隊が全員集合しているのを確認する。
 火星調査への途上、月軌道スイングバイでこの機会に立ち会えたのは幸運だった。
 ──いや、彼、の執念が運命を引き寄せた必然か。
「予測はしてたはずなんですがね。幻蒼機導隊と歪虚たちの動きからすれば必然。とはいえ……間に合ったのは僥倖ですか」
 とんぼ返りで火星調査にも戻らねばなりませんし、と、指折り、作戦時間を計算するカグヤへ、直轄部隊の強化人間が報告を上げる。
「シャトルと護衛戦闘機、スタンバってます。試作型ではありますがSAM改修型対空VOIDミサイル『Atropos』全機配備、……っとホリー機分も特攻兵装『Campbeltown』とともに搭載済みであります」
「なっ! なんだそれは、越権だぞ、さては裏切りか? 貴様ぁっ!」
 それは機密も機密ではないか、とわめく艦長に「仕方がないですね」とカグヤは制服内ポケットから本来のIDカードとバッジを取り出し、ひらひらと艦長の目の前で振ってみせる。
「そういうことですので」
 へたり込んで口をパクパクさせる艦長が慌てて敬礼をかえしたころには、カグヤ以下、強化人間との混成部隊からなる一個小隊はブースター付シャトルは降下作戦のため艦を離れていた。




 巨大化した邪神の眼球から、また、ずるりと歪虚が排出された。
 小型VOIDに混じり、鹵獲後に歪虚化されたリアルブルーの工作機械とクリムゾンウエストの人馬が目を引く。わざと、ならば召喚の意図はさらに恐慌を煽るものだろう。

『お前も歪虚となる』

 これ以上の恐怖は──ない。



 ひときわ巨大なタワー状工作機械歪虚の内部。もとは居住区を兼ねた火星開拓ユニットの大食堂だったろうその仄暗い一室に、3Dモニタがいくつも蒼い光を放っている。
 歪虚化しても偵察ドローンは仕事をするのだねぇ、と、変な感心をして、少年型歪虚はモニタの中の少女型歪虚と繋がっている通信に答える。
「ねぇねぇ。やっぱりぃ、手加減してるよねぇ?」
「正確には時間稼ぎです。邪神召喚を完全なものとするには機が熟すのを見誤ってはいけないのですけれど、ほら、彼らときたらその機微というものを持ち合わせていませんから」
 まぁ、そういう理由もアリかぁ……。

 モニタの一つがリプレイモードに切り替わる。先ほどまで少女型歪虚が存在し干渉していたエリアだ。
『小童がぁっ! それで帝国騎士を名乗るつもりか。弱い、弱っちいんだよ!』
『それでも立ち上がる、立ち向かう、そう教えてくれたのは貴女自身だ!』
 青年二人と女歪虚が一人。
『雑魚VOIDは俺が惹きつけるからお前は……って、あいつは!』
 吹き抜ける緑色の旋風。
『じっくりと二対一ででも充分な強さを見せつけて差し上げては如何です? 因縁の師弟なのでしょうから、邪魔者は要らないでしょう』
 それではごゆるりと。スカートの裾を持ち上げて優雅に一礼するのは、旋風を連れて周囲の小型VOIDを一掃した少女。唖然とする青年二人をくすりと笑って少女は消え、鼻を鳴らした女歪虚は「こいよ」と決闘へと手招きする。
 これで三人とも目前の敵を相手に限界を超えてまで戦うだろう。少女が煽ったのは、そういう青年でそういう歪虚だ。

 ヴン、と音を立て、またひとつモニタが切り替わった。
『ハッ! デカブツ相手だろうと特務小隊叩き上げの機体にかけて、臆すはずもないわ!』
 巨人と対する旧式CAM2機。場所が悪い。
 建造物と幅広道路の入り組む市街戦。力量的には巨人が上位、対テロ特化部隊のCAMに地の利が活かせるかどうか。
『このような地形、わざわざ分け入らなくとも細分化されれば宜しいのでは? 潜んでしまえば爆破能力も効率的に使えましてよ?』
 いつのまにか巨人の肩に腰かけて、少女がころころ笑い提案する。集合体なのだ、この巨人は。
『残念残念。なるほど面白い手を思いついてしまったなぁ』
 巨人の視線の先に、一般市民の少女が二人。ずるりと巨体が溶けて複数の自爆人形型歪虚に変わり建造物の間にすりぬけてゆく。
『お祖父ちゃんお祖母ちゃん、助けて……』
『やだ……こんな人形なんて……来ないでぇ!』
 わざと獲物を弄ぶように、逃げ惑う少女達を隊員に見せつけているのだろう。
『……先輩。僕は初めて作戦で高揚しましたよ。この対テロ特化部隊の目前で大した度胸だ』
 散開し歪虚を追うCAMを見送る少女の口が『餅は、餅屋』と発声なく動く。

 もう何度目かのリプレイだろう。
 モニタ画面の中、むせかえるような蔓薔薇が崑崙の消防施設の一つを侵食していた。
『無駄なの。もう私は還ることができないんだから。あんたらが来たって遅いんだから!』
 ギシリ……とうねる蔓が建造物をきしませ、消防署隣の病院へと延びる。
『それで脅しているつもりか? 俺は止まらんぞ』
 臆することなく幻獣騎乗の男が蔓を切り裂く。それでも対処法に徹しているのは、病院内の重篤患者退避がまだ済んでないからだ。薔薇の本体は、外装が落ち剥き出しの機構を隠すように花と蔓を機体に巻き付けた歪虚CAM。
『もう付き合ってられない……』
 歪虚CAMと同型、姉妹機としてカスタマイズされた機体が、ぶっきらぼうに通信を切った。
『!? 待っ……!』
 悲鳴のような歪虚CAMの叫びは緑色の突風で遮られた。
『待たせる必要など断ち切ってしまえば宜しいのです。待ち人来る。白兵戦で恨みをぶつけるチャンスは作りませんとね』
 病院へと延びる蔦も消防署を侵食する蔦も、少女の形の緑の旋風が断ち切って、コクピットの女歪虚が露わとなった。

「待ち人といえば……」
 暗躍していた少女型歪虚が通信中のモニタを最上面に展開した。
「私の待ち人が、未だにここを見つけられないようなのです」
 ちっとも困っていない口ぶりでわざとらしく困った表情を作り、少しは感情表現が巧くなりましたか? と少年型歪虚におどけてみせる。
 ──人形、なのだ。この少女型歪虚は。
 かつて結成間もない捜査0課の前に現れ、以後、何度となく立ちふさがってきた嫉妬の歪虚。その名を、イリス。
 片目を黒薔薇の眼帯で覆っているが彼女の義眼は今はそこに無く、崑崙の広場上空で邪神の片鱗をのぞかせている。
「ご足労なのですが、招待状を直接投函していただけません?」
 否応もない。少年型歪虚を邪神内部から召喚、再構築したのは彼女だ。




 『彼』の目前に、唐突に戦場──。
 荒野が拓けて悪夢が始まるのはいつものこと。

 だが──今度は様子が違った。
「ヒィーーーッッハァ! 今度こそォ今度こそだぜェ。下の雑魚どもォ、お前もお前もォ肉塊になるか歪虚になるか選ばせてやる俺様にひれ伏せ! 命乞い? 無駄無駄無駄ァww!」
 下卑た野次に声の主を探す。すぐ隣に蟾蜍と人が融合した歪虚が蛾に騎乗し喚き散らしている。そのまま視線を地上に巡らせれば、見知った帝国の戦場ではなく。けれど、その地獄絵図に安堵の心は沸くはずもない。
「邪神バンザイッ! 誰だか知らんが召喚再構築してくれて有難うよォ!」
 月か、これで生前の雪辱が叶うぜ。なぁ、お前もだろう?
 彼の視線に気付いた蟾蜍歪虚が巨弓を引き絞り、暴動と歪虚から逃げ惑い恐慌状態の民衆を面白半分に狙いをつけては笑う。
「九連装だからァ逃げられねェーーww」
 ──とす。
 と、戦場にかき消える小さな音。続く肉体に至近距離から放たれた矢が、九連続で刺さる衝撃音のほうが大きかったかもしれない。
 腹に空いた槍の穴に信じられないという顔をして、蟾蜍歪虚が蛾とともに堕ち崩れ消える。
 『彼』は思い出したのだ。己の名を。
 『彼』は気付いたのだ。ここが月、彼女の父祖の生地、リアルブルーの宙だということを。

 躰に刺さる九本の矢を引きむしる。そのままでも良かったが槍の取り回しに支障が出るのは厭だった。
(痛みはない、負傷による所作の滞りすら感じない。皮肉なものだ……便利な躰になったと己を笑う俺がいる)
 背後の邪神の眼球からまたひとつ、ずるりと卵塊が産み落とされる。即座に孵り数百の極小歪虚となって地上に散るのだ。
(俺はまだ人で居れるのだろうか?)
 死の時に俺は何を願った? 彼女。彼女だけ。例えシェオルとなり果てても、心は変わらず。
「我が名はIdeal。今、この時をもって邪神に反旗を翻す!」



(私は反旗を翻した。私を育んだ全てのものに。後悔はない。後悔はない。後悔は……)
 ホットスパー──幻蒼機導隊隊長ホリー・フォレスター機は、数機の強化人間隊員の搭乗CAMの構築するジャマー環境のなか宙を睨む。
 市街地の混戦フィールドで強襲するVOIDを殲滅しながら、しかし、友軍から隠れるように──ただ時を待つ。ホリー機を囲む隊員の一部、護衛的立場の強化人間同士の部下も喜んで許してくれてはないだろうその時を。
(嗚呼、しかし私は往かねばならない……)
 もう友に遺言を送ってしまったあとなのに、大切な一言を忘れてしまって。
 友よ。友よ、聞いてくれ。託す言葉を聞いてくれ。
 あの歪虚を見ろ……。空を駆け身を捨てて戦うあの歪虚こそ、おお! あの歪虚こそは私の往く道の……!



 ──『Operation Chariot』St Nazaire Raid!

 崑崙の空がいくつもの機体の反射光に煌めいた。
 始まりは護衛機からの一斉射。射程内の空中を我が物顔に浮遊していたVOIDは塵と消えた。
「強襲降下作戦、これより第二フェイズに移行。護衛機はそのまま制空維持、第一分隊第二分隊、シャトル降下。第一分隊、ヘリ機動は心得ているな? 第二分隊の展開サポートが明暗を分ける。第二分隊、駐留部隊とVOID包囲網構築を優先。友軍が健在ならば態勢立て直し後は攻勢反転となる。両隊、目立っても構わん。むしろ囮となる気で動け」
 作戦名宣言からのオープン回線、更には一斉射に混じる信号弾。
 鳴り物入り……という言葉がふさわしい推参は、普段のカグヤを知るものには驚きだろう。
(圧倒的劣勢を覆すにはこんな事くらい安いもの、『彼』とも直接会いたいですから)
 けれど先日スカウトした新人娘はパニくらないだろうか?
「彼女が0課の切り札なのですが、さて……ん! 来ましたか!」
 信号弾を見たのだろう。火星仕様のコンフェッサー、カグヤ機『ハイペリオン』の特殊回線に反応があった。
 ペアリングする機体はただ一機。ホリー機ホットスパー!!



「有難う、友よ」
 ホリー機を取り込む形で展開する特型特小シャトル。いや、特攻兵装『Campbeltown』。
(死に装束、なのですがね。督戦隊として出会ってこのかた、今生の別れがこれを運ぶ役目であっても、私は貴方に会いたかった……)
 差し出された握手を握り返す。軍人同士の敬礼ではない、個人間の友情の終焉いや永遠の証。友人としては止めるべきだったろうか。いや、結局は……。
 カグヤ麾下、強化人間のみの第三分隊は、混戦下をついて秘密裏に幻蒼機導隊強化人間チームと接触した。小さな反乱の真実を知っている彼らを包む雰囲気は、悲愴、ではなくむしろ清々しい覚悟、といっていい。
(……本懐?)
 ふとカグヤは概念に思い当たる。日系人の血ゆえか。
 彼らにつられ宙をみれば、歪虚と歪虚を貫く光の十字。

 今度こそ敬礼を交わしホリーがコクピットへ駆ける。
「なにか……」
 ほかに言いたいことは、と言いかけてしかしカグヤは自機へと戻る。
 Operation Chariotの貫徹こそが、最大限の敬意、だ。
『アー……ハン。報告は後程、作戦完了をもって送信いたします。サー!』
 初見と同じホリーの口癖。
 ホリー機シャトルのアフターバーナーを背に、カグヤはシャットダウンしていた一般回線を開き宣言した。
「作戦は第三フェイズへ移行。これより全分隊ならびに幻蒼機導隊強化人間チームは、邪神眼総攻撃を開始する。全機、我がハイペリオンに続け!」




「……つ、繋がったぁ!」
 レイカは無線機を握りしめ安堵の絶叫を漏らす。
 辟易した空気が回線の向こうに感じられたが、彼女は今それどころではない。疾走する幻獣、その騎乗の人、である。



 ──時をわずかに遡る。

「待ちかねてェ招待状を持参したよォ」
 極小サイズのVOIDを大量に引き連れて、0課幻蒼機導隊合同捜査本部を強襲した少年型歪虚が持参したタブレットPCとプロジェクタを起動した。
 いくつものモニタ画面に映るのは、苦戦しいまにも斃れようとする0課刑事たちと幻蒼機導隊ハンターチーム! 録画、ではない。その証明のつもりだろうか、モニタの一つは少年歪虚の背後に浮遊する歪虚化した偵察ドローンの映す、ここ、捜査本部のリアルタイムだ。
 せっつかれたのだろう。最前面に大きく、タワー状工作機械歪虚の遠景からズームインされる少女型歪虚の中継画面が展開された。

「何度目かのお久しぶりですね。絶望は味わっていただけているでしょうか?」
 予測されていたのだろう。
「イリス……やはりな」
 苦々しいおやっさんこと老刑事の吐き捨てる声。
「正直、アナタ方に大した興味はないのですよ。もう何度も何度も戦って、飽きてしまっていますからね? ──そこで……」
 芝居がかって指折り数えて途中で数え切れずに溜息をつく。
 本部詰めと応急治療中の刑事達がVOIDと交戦中に、モニタの中とイリスに指さされた彼女だけが、戦闘の雑音から切り離されたように静か、だった。

「森山由香、最後のチャンスをあげましょう。このつまらない人達の中で、そういえば私、貴女とはちゃんとお話ししたことがありませんでしたからね?」
 ──ここへ説得にいらっしゃい。森山由香、あなた一人で。

 モニタがかき消え、喧騒の中で森山由香は決意する。
「由香ちゃん……行け! 大丈夫だ。俺が目前まで護衛する。ずっと守ってる」
 止められないと悟ったのだろう。若い刑事が頷く。
 救急救命活動から帰投した幻蒼機導隊リーリー部隊が、己の負傷も構わずに、送迎役を買って出る。
「わ、私もっ! 私も護衛する……護衛します! ワイバーン連れてきています!」
 思わず口をついて出てしまった。ご丁寧に挙手までして。
 レイカの相棒、ワイバーンのアウローラ。アオツキ司令が連れてこいと命令した、その理由がこれなのだ。……多分!


 ──そして現在。
「そんな……そんなことってない。そんなこと、あっていいことじゃない。司令。アオツキ司令。強化人間は生きてはいけないって、言ってるようなものでしょう!?」
 ビクリ、と、レイカの腰に回された由香の腕が反応するのがわかる。
 駄目だ。私。動揺しては駄目だ。けれども無線越しに聞いたその作戦は……。
 『Operation Chariot』。
 邪神内部との境界が開かれた機会をもって、特攻騎兵として強化人間志願兵が内部突入を行う今世紀の『火船作戦』。発案ならびに志願した本人の所属から、WW2サン=ナゼール強襲の顰に倣い作戦名がつけられた。

 タンデムで疾る幻獣は3騎。
 由香とレイカを乗せ陸走するワイバーンを護るように、刑事を乗せた幻蒼機導隊リーリー部隊が疾り、身代わりに傷を負ってゆく。
 前方にバリケード然と乱雑に停められた半壊した電気自動車を、勢いに任せて飛び越える。
「行っけぇぇぇ! リーリー隊の真価をみせるときだよ!」
 隊員が幻獣を鼓舞し、跳んだ!
 また跳んだ!
 走って跳んで……目立ちすぎたか。一行を見とめ急降下する歪虚竜と騎手が、光の十字架とともにレイカ達を庇うリーリー隊へ激突した。
「!! 大丈夫で……」
「止まるんじゃねぇっ! ここは俺たちがくい止める。疾れ、疾れ、疾りぬけぇ!」
 閃光がなおも空間を引き裂くなか、リーリー隊から檄が飛ぶ。どう、とリーリーが倒れ刑事も隊員も投げ出されて、それでもレイカに行けと叫ぶ。
(駄目だ……助かるわけない。モニタで観た皆と同じように、あの人達も!)
 疾るはただ一騎。イリスの待つタワー状工作機械歪虚が迫る。
「また私は、また、誰も……」
 無意識に泣き言が漏れ出していたのだろうか。
 ザ……ザザと、衝撃で壊れかけた無線から、アメリカの戦場でトラウマから廃人寸前だったレイカをスカウトした人の声が聞こえてくる。「玉砕部隊の生き残りだからですよ」その言葉の後に続けて言ってくれた、あの時と同じ。
「託されたものを思い出してください、刑事レイカ」




 何度目、いや何十度目かの体当たりと刺突。
 振り切ったように我とわが身を粗末に使い、Idealは歪虚竜とともに地面から身を起こす。
 知能が殆どないVOID群を惹きつけて展開するCAM部隊の出現で、彼の相手は意識を持つ再生歪虚となった。始末に悪い相手だが、それを引き受けられるのはいっそ好都合なのだ。そうIdealは思う。
(お前はなにを恨んで死んだ?)
 抱えた恨みを生きた人間にぶつけていく彼らから、この体躯を盾にして護るものがある。
 幻獣の隊列を執拗に狙っていたあの三本足の烏歪虚は、引き連れた雁行ごと焼き払った。『Nirvation Kreuz』、生前に我が身を削り繰り出した必殺の魔法剣を惜しみなく振るった報いがきたようだ。
「あと一度が限界、か」
 死の予兆である血の涙が頬を伝う。歪虚竜を労わるように撫ぜる。あえて無銘のままとしたワイバーンへの最後の騎乗。

 圧倒的熱量を抱いて、邪神眼に向かう機体があった。
 不格好な、その腹にCAMと大質量の特殊爆弾を抱えたVTOL爆撃機。続くヘリと飛行ユニット付きのCAMの一団は、支援部隊か督戦隊か。それとも──
 邪神眼を背に、IdealはVTOL爆撃機を出迎えるよう佇んだ。
 距離を詰めるほどに痛いほどわかる。機体をつつむ陽炎は熱量だけではない、隠し切れない負のマテリアル、歪虚の気配。……討つべきか? いや、本当に討つべきは──。

『歪虚を討つ貴殿は歪虚であるか? 人であるか?』
 接敵直前、不意にVTOL爆撃機の外部スピーカがIdealに問う。
『我が名はIdeal。ただのIdealである』
 VTOL爆撃機搭載のバルカン砲とIdeal渾身の魔法剣『Nirvation Kreuz』の軌跡が交差する。閃光がひとつ、またひとつ。
『私はホリー・フォレスター。貴殿の武勲を讃え、我も戦地に赴かん』
 VTOL爆撃機の返答が既に遠い。Idealの視界が揺らぎ薄れて堕ちてゆく。
 交差の刹那、ホリー機はIdealの背後から裏切者を強襲する飛行歪虚を撃ち抜き、Idealは支援ヘリが撃ち漏らした超音速対応VOIDを四散させていた。
(歪虚であるか人であるか、それはもう問題ではないのだ。と、悟って逝くことができるのは幸いである。福音はこんな俺にも降り注ぐ。心やすらかに朽ちて逝く。ああ、願わくば君の身許に……)
 Idealの躰と崑崙の大地はすでに近い。



「ホリー機、邪神眼結界内に突入を確認。特攻兵装『Campbeltown』の発動を認知」
 観測機の報告と同時、カグヤ以下、計12機のヘリとCAMの放つ対VOIDミサイル『Atropos』は特攻兵装に歪む邪神眼とその結界を文字通り灼き払った。
 奇しくも13弾。海軍喪葬令に定めた通り、である。




「ただ1弾なのです」
(……って、トランクを受領したとき司令の言伝だって聞いたっけ)
 気が急くときに変なことを思い出すのは私の悪い癖だ。レイカはぶるっと首を震わせ、先ほどの衝撃で崩れた体勢をたて直して階段を上る。ここはタワー状工作機械歪虚内部。イリスの待つ大食堂は居住ブロック最上階だ。
「由香さん、突入の時は私が盾になりますから」
 アウローラは退路確保に就かせている。なにかあっても由香だけは護れるはずだ。
「大丈夫。それに呼び捨てでいいよ」
 庇った後ろから由香が歩み出て、ドアを三度ノックする。招待された訪問者の作法。
「どうぞ」
 ドアの向こうでイリスのカーテシーが迎える。貴婦人の正式なお辞儀から顔を上げ、人形の微笑みを浮かべて、しかし──片目を覆う眼帯から滲み出るのは一筋の鮮血。

「ごめんなさいね。気にしなくても結構ですよ。邪神眼が私の中に戻ってきてしまっただけですから」
 余裕の笑みで眼帯を外せば、ドールアイの代わりに赤黒く染まった邪神の眼球。
 ではあの衝撃は、アオツキ司令ら国際対歪虚犯罪警察機構特殊作戦群が、邪神眼を討伐したときのものか! 喜色を浮かべるレイカをイリスがこともなげにあしらう。
「お気になさらず、といいました。ただ大きさを変えて、私の手中にあるのに変わりありません」
 それと──と、つなげる。
「余計なゴミには入室は許していません。廊下で死ぬか紅の世界に引き戻されるのを、おとなしく待っていなさい」
 肋骨を粉砕し背骨まで突き抜ける緑の大気の暴力。レイカは大食堂前の廊下を超え、階段踊り場まで突き落とされた。
「……!!」
 それでも懸命に目を逸らさない由香の前に、いくつものモニタが展開される。
 刑事達が、隊員たちが、そして彼らに対峙する歪虚たちが、その命の灯を燃やし尽くす……まさにその時を、嬉しそうに愛しそうにイリスは眺め微笑む。この刑事とは新宿で、あの隊員には湾岸で、歪虚の皆とともに遊ばせていただきました。懐かしい日々を惜しむように想い出を語り聞かせるように、由香に見せつけて。

 イリスのくすくす笑いが哄笑に変わる。
「貴方たちは私の作った舞台で踊っただけ。彼も! 彼も! 彼女たちも! 皆、私に惨めに利用されて果てるためにここに居るのですよ」
 ああ、由香さん。貴女はその見届け人です。と、付け加える。
「この世界の人間である貴女しか見届けられないのですよ。刑事たちは異世界に引き戻されるのに、歪虚は邪神眼のおかげでこの世界に居続けられるのですから。120分の軛(くびき)を超えることが出来るのは歪虚だけ。いままでのように逃げ帰ることなく、大手を振って……」
 イリスの形相が西洋人形の愛らしさを捨てる。
「くだらない理想やトラウマに囚われて、刑事達と仲良く消耗戦にかまけていたおまぬけ歪虚たちを始末して、私だけが歪虚王とな……」
 由香が不敵に哄笑を遮る。
「本当にそれができると確信、しているの?」
 無力なただの人間の由香が問う。当たり前でしょうと、歪虚王が勝ち誇る。ああ、いっそこの小娘を、圧倒的な力に絶望させ靴を舐めさせながら死なせてやろうか。勝者の驕り──。
 イリスが緑の風を纏い、由香をねめつけて、その時!

「さぁっせるかぁぁぁああっ! 歪虚王だか知らんけど遅刻王を舐めンなぁぁっ!」
 レイカの胴間声が緊張をブチ破った。
 続く銃声。
 イリスは──人形は邪神眼ごと頭部を撃ち抜かれて……くるりと美しいステップを踏んで舞うように後ろに斃れた。

「3つの世界樹の複合弾です。一発だけですが、邪神を退ける力を持つそうです」
 荒い息の中、特殊合金製トランクでも防げなかった衝撃に垂らした鼻血を袖で拭いて、レイカは斃れたイリスの足元に立つ。なぜ異世界へと消えないのか? と問いかけるイリス本来のドールアイに、私って30分の大遅刻してるンですよ、と無駄に誇らしげに胸を張った。
(アオツキ司令の仕込みですけどねー。多分)
「自滅するための舞台の上で踊っていたのは、私のほうだったのですね……」
 不思議と恨みはなかった。
 射撃の囮役を務めた由香もイリスに近寄り、膝をついて語りかける。
「貴女は私に勝ち誇って歪虚王を名乗ったけれど、その時もう、嫉妬の歪虚ではなくなっていました。ずっとわだかまっていた私、森山由香への感情の昇華が、イリス……貴女の原動力でだったんですね」
 しばしの沈黙の後──
「……そう……でしたね」
 ミルク呑み人形がするようにゆっくりと瞼を閉じて、少女型の人形は崩れて消えた。




 急速に風化するタワー状工作機械、開拓時代をしのぶ昼食時間を告げる音楽が流れ始めた大食堂に浮かぶモニタもひとつ、またひとつ。光を失って消えてゆく。

『あの吶喊VOIDから庇ってくれたのか? あの歪虚……』
 Idealに弾かれ退避させられていたバリケードの奥から、少し派手な擦過傷をこしらえて這い出し、リーリー隊と刑事達が空を見上げる。
『面白かったなぁ』
 そう言いながら自爆した歪虚全てをCAMを廃機にしてまで制圧した元特務小隊あがりの隊員は、結局、歪虚は人質の少女達を襲うことなく対CAM戦に興じていたと思い出した。
『遺言が「強くなったな」か……』
 あの人、俺たちを殴りながら奥義を伝えていてくれてたんじゃないか。俺たちは最後まで不肖の弟子だったなと、刑事達は師へと黙祷する。
『おかえり』
 崩れる病院の瓦礫の雨から、逃げ遅れた重病人を庇って身代わりとなったのは歪虚自身。彼女が行方不明となった戦場の再現のなかで、元同僚達は今度こそ彼女の魂を連れ帰える。
『バカ野郎! 冷や水たぁなんだ。すぐ人を年寄り扱いしやがる』
 捜査本部を強襲した少年型歪虚は使えるはずの歪虚の力をふるうことなく、おやっさんのクソガキ呼ばわりを嬉しそうに揶揄って無抵抗のまま消えた。

 悔いなく、とイリスは誘った。
 だから彼らに悔いはなくなった。



 月の重力は地球の6分の1。
 墜落する時間は6倍となるのだろうか?
 Idealの眼に大地は墜ちるほどに遠くなってゆく。
 墜ちる? 違う、この感覚は昇天に等しい。

「Ideal。ねえ、Ideal」
 はっきりと自分の名を呼ぶ声がする。懐かしい、片時たりとも忘れたことのない声に呼ばれ眼をみはれば、光の乱舞の中に愛しい彼女の姿。
(漸く。ああ、漸く……ずいぶん永く待たせてしまった。とても永く辛い想いをさせてしまった)
 優しい腕(かいな)を広げて君が待つ。待ちきれなくて走り出す。
 俺は君が転ぶ前に抱きとめたくて、無我夢中で地を蹴って、胸に飛び込む君を抱きしめる。
「どれほど待たせてしまったか……」
 狂おしいほどのキスを何度も交わし、唇が離れるたび詫びる俺を、君の華奢な指が優しく止める。『それ』は、ほんの何十秒かのこと。いつもの庭園でふざけて隠れあった僅かの時間だけのこと。
「ぐちゃぐちゃにして、もう」
 ハンカチで顔を拭ってもらって気が付いた。俺は泣いていたのだろう。照れて笑って、手をつないで家路を急ぐ。
 なんでもないあたりまえ、そんな幸せの二人の道を。




 【カグヤ・アオツキの報告書】

 『Operation Chariot』は第四フェイズをもって終了、作戦は成功を収めた。
 邪神眼消滅とともに歪虚、VOIDの発生は停止。崑崙の人類優勢は覆される可能性は0と判断。これをもって全機帰投。

 帰投後、0課課長ならびに幻蒼機導隊副長より敵歪虚討伐報告。崑崙治安部隊より、奇跡的な犠牲者数の暴徒鎮圧報告を受領。

 なお、これは蛇足であるが、邪神内部突入と前後しホリー機より最後の通信電文を受信した。

『ワレ ジャシンノナカニ ドウシヲエタリ イツカ キデント サイカイヲマツ』

 幻蒼機導隊は、潜入捜査から要救者奪還を機動部隊展開する特務小隊をその母体とし、強化人間の一部志願者が同意図をもって再結成した組織である。召喚されたハンター隊員が機動部隊を、時間制限に囚われない強化人間は潜入捜査を分担する性質となる。『Operation Chariot』は自爆特攻を二次目標に定めてはいるが、主眼は挺身隊をもっての邪神内部潜入工作であることは特記するべきである。
 個人的な感傷を交えれば、強化人間ホリー・フォレスターは邪神の中で生存し、同志を得て、来るべき最終決戦と新世界の構築に助力してくれると信じるものである。

 国際対歪虚犯罪警察機構 司令 カグヤ・アオツキ



『【劇場版】幻蒼機導隊──さらば紅』 完




「っれさまっしたー!」
 場内の点灯で拍手がさらに大きくなる。
「打ち上げはおやっさんのオゴリだって!」
 老刑事役の名優の悲鳴と大勢の歓声とともにどやどやと、出演者一同が席を立ってゆく。

「君は行かないのか?」
 カグラ・アオツキ役のクオン・サガラ ( ka0018 ) に、切り貼りのマサこと名物監督が声をかけた。
「数時間後には再び火星行きなんですよ。送っていただく完成版は火星軌道上で観ることになりそうですね」
 なんと、劇中のアオツキ司令と同じじゃないか! おいおい、と、クオンの背中をバシバシ叩いてるおっさんも、これから合成用ブルーバックも眩しいフィルムの仕上げ作業本番が待っているのだが。

 足止めを食らっている出演者は他にも居る。
 イリス役のエルバッハ・リオン ( ka2434 ) 、森山由香役のアイドル牧村理沙、秋月レイカ役のレイア・アローネ ( ka4082 ) に、諸々の元凶たる企画屋ふたりが群がっていた。
「『まじぇすてぃっくポリス☆ミ』の件、考えてくれてるよね!?」
「試写を観て確信したよ。ヒロイン3人娘が、今度は三大精霊の力で変身して大罪の具現者アルコバリーノと戦う、魔法少女モノ! 大成功間違いなしだよ」
 ……まだ懲りてないのか、この鳥頭。
「私の、蒼海いのり役は努力家ってのはいいんですけれど……」
 アイドル牧村がちらりと他の二人をうかがう。
「絵里香・グリューンハーゲル、先日聞いたものよりさらに設定が生えているのですが、最初はライバル役で登場はいいとしてクーデレって何ですか?」
 エルバッハは役のイメージラフを手に首をひねる。これ、絶対、登場直後に某実況掲示板が「うはwwイリス復活ww」ってコメントで埋まるデザインじゃなかろうか?
「それよりも! 紅月レイナのこの設定、ポンコツってなんですかっ!? エリートだけれど熱血純情派なんじゃなかったんですかっ!?」
 レイカの演技は別に地じゃないんだ。本当だ。いや、本当なんです。レイアは必死でアピールするが、残念ながら監督がその設定で乗り気なので仕方がない。

 ひとしきりの騒動の後──
 試写会場に残されたホリー・フォレスターの席。
 置かれた遺影を静かに見つめていたIdeal役のGacrux ( ka2726 ) は、胸元に挿した白薔薇を席に添えて、立ち去ってゆく。
 スクリーンの中で自分は笑って逝った。願わくば、貴方も、いや全ての者たちに微笑みがありますように。


 あとはただ、真っ白なスクリーン──

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参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハイペリオン
    Hyperion(ka0018unit003
    ユニット|CAM
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ガルム
    ガルム(ka2434unit001
    ユニット|幻獣
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka2726unit004
    ユニット|幻獣
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アウローラ
    アウローラ(ka4082unit001
    ユニット|幻獣

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アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/11/08 02:39:25
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/11/07 19:32:43