【未来】今日も明日も、明後日も

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/11/08 07:30
完成日
2019/12/01 06:31

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

※注意
このシナリオはファナティックブラッドの未来の一つを扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は一つの可能性としてのお話になります。
参加するPCは設定された年代相応の年齢として描写されます。


 邪神ファナティックブラッドが去り、幾年月。
 各国それぞれが協力して世界の復興に当たる中、ハンターズ・ソサエティは未だ健在。
 ハンターはその能力をいかんなく発揮し、負のマテリアルが残った場所の浄化や、歪虚の残党の討伐などで活躍している。
 大規模な戦いこそ起きていないが、彼らの仕事はまだまだ終わらない。
 ミリア・クロスフィールド(kz0012)を新たな総長として迎えたハンターズ・ソサエティは、さしたる混乱もなく。
 いつもと変わらずに、今日に至る。

 変わるものもあれば、変わらぬものもある。
 今日も明日も、明後日も。繰り返す日々の中で色々なことが起こり、笑い、泣き、怒り……。
 ――その中で、人は何かを見つけて、未来は作られていくのだろう。

●今日も明日も、明後日も
 ――ソサエティの片隅にひっそりと置かれている苗木。
 新米黙示騎士が置いて行ったそれは、今もすくすくと成長を続けている。
 春になると、赤い花を咲かせて――それは何だか、彼の鮮やかな髪の色を思い起こさせた。
「テセウスさん、今日もいい葉っぱの色してますね~。お水は……うん、ちょっとあげた方がいいですね」
 じょうろを手にして、苗木に声をかけるハンターオフィス職員、イソラ。
 賑やかな声に振り返ると、ハンター達が雑談に興じていた。
「……そういや、あいつ結婚するらしいな」
「あら! 素敵! お祝いしないとね。そういえばあのご夫婦、お子さん生まれたらしいわよ」
「わあ! おめでたいこと続きですね!」
「いーよなー。俺なんて相変わらず仕事三昧だぜ」
「あら。仕事が恋人なんじゃなかったの?」
「そりゃそうだけどよ。ここんとこ歪虚の顔ばっかり見てたし、たまには癒しが欲しーのよお兄さんは!! なあ、イソラ。何か良い話ない?」
 突然話を振られたイソラはかくりと首を傾げる。
「お兄さん恋人欲しいです?」
「違うわ! 癒しの方だわ!!」
「あー。そっちですか。だったらたまにはお休みしたらどうです?」
「え。でも依頼もあるしな……」
「あなたすぐそう言う。たまにはお休みして、体調を整えるのも仕事のうちでしょ」
「そうそう。疲れ過ぎたら力も出ないのです。たまに1日くらい休んだってバチ当たりませんよー。ね?」
「そうだな。たまにはそういう日があってもいいか……」
「はいです。私も今日はこれからお休みにするです。だから皆さんもお休みにしましょう! はい、決定!」
 イソラに押し切られて苦笑しつつ頷くハンター達。
 善は急げと、揃って出口に向かう。

 久しぶりの休みだ。何をしようか。
 酒を飲みながらダラダラするのもいい。
 思い切って部屋を片付けるのもいいかもしれない。
 あの子を誘って買い物するのも楽しそうだ。
 それとも、久しぶりにあの人に会いに行こうか――。

 それぞれのハンターの1日が始まる。

●???
「はいよ。饅頭1つ、お待たせ!」
「わあ! ありがと! 美味しそうだね!」
 嫗から焼きたての饅頭を受け取り、齧りついた青年は、はふはふと熱そうにしながらもとても嬉しそうで……その表情に、嫗も頬を緩める。
「そんなに慌てなくても饅頭は逃げないよ。そこにお座り。お茶を出してあげようね」
「わーい! ありがと!」
「どういたしまして。……お前さん、旅してるのかい?」
「うん。俺、人を探してるんだ」
「人?」
「そう。俺を生んでくれた人と、俺を育ててくれた人と……大事な人。皆こっちに来てるはずなんだけど全然見つからなくてさ」
 あっけらかんという青年。そんなに一度に大切な人を喪ったのか。嫗の顔に同情が滲む。
「そうかい……。大変だね。見つかるといいねえ」
「ありがと。時間はたっぷりあるから、世界を見て回りながらゆっくり探すつもりだよ。あ、そうそう。おばあちゃん、次の町のおススメのお菓子って何かな。知ってる?」
 赤毛に、若草色の瞳を持つ青年は、人懐っこい笑みを浮かべて、嫗の顔を覗き込んだ。

リプレイ本文

「ちょっとリューリ! 話には聞いてたけど本当に墓が丸見えのロケーションじゃないの!!」
「うん。すぐお墓参りできていいでしょ?」
「そういう話じゃないのよ。店の景観としてはどうかって言ってるの!!!」
「リューリちゃんにとっては最高のロケーションなんだよ。仕方ないよ」
 アルスレーテ・フュラー(ka6148)の叫びに、にこにこと受け答えるリューリ・ハルマ(ka0502)。
 お茶菓子を持ってきたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がくすくすと笑う。
 久し振りの再会となった彼女達は、喫茶【月待猫】のホープ支店に集まっていた。
 アルスレーテのツッコミは、リューリがホープに新設した喫茶店がリアルブルーからの転移遭難者の墓の目の前とも言える立地だったことから端を発する。
 まあ、彼女がここに支店を置いたのも理由があってのことなのだが……。
 そこにレギ(kz0229)が紅茶を持ってやって来た。
「姫君達、お待たせしました」
「レギ君、来て早々働かせてごめんね。……久しぶりだね。元気にしてた?」
「とんでもない。美しい天使さん達にお茶が出せるなんて光栄です。お陰様で元気ですよ」
「どーせアルトにビシビシしごかれてたんでしょ?」
「ええ、愛の鞭ですからね!」
 胸を張るレギに、笑うリューリとアルスレーテ。
 リューリは思い出したように立ち上がって、もう1人分、紅茶とお茶菓子を用意する。
「あれ。リューリさん、来客の予定でもあるんですか?」
「ううん。これは燕太郎さん達の分! ちょっとお花の交換もしてきちゃうから待ってて」
「……あの子、すっかり墓守じゃないの」
「そうなんだよ……」
 レギの問いに当然のように答えたリューリ。その背を見送ったアルスレーテとアルト。
 その姿に違和感を覚えたアルスレーテは、その疑問をそのまま口に乗せる。
「……リューリ。あなた、得物変えたの?」
「あっ。うん。ちょっと燕太郎さんの槍の使い方思い出して、時々練習してるの」
「槍は兄も得意でしたね」
「そうそう! セトさんも槍上手だったんだってね! でも、燕太郎さんの使う槍は凄くカッコ良かったんだよ。燕太郎さんに槍の使い方教わりたかったなー」
「へー。僕の知ってるエンタロウさんは優秀なスナイパーでしたけど、槍も使ってたんですねー」
「えっ。燕太郎さん銃使いだったの!? そうだったんだー! あっ。だから投擲槍も上手だったのかな!」
 レギの話に前のめりになるリューリ。
 その様子を見て、アルスレーテとアルトが死んだ魚の目になる。
 ――リューリ、完全にあの黒い歪虚に人生狂わされてる……!
 友人達の目線にも気付かず、リューリとレギは盛り上がっていた。
「……オーロラさんは一緒に料理してみたかったかな。うちの制服も似合いそうだし! あ、スカート短いから燕太郎さんに怒られちゃうかな」
「僕は大歓迎ですけどね」
 アハハと笑ったレギ。その表情に翳りを感じたアルトは、そっと彼の額に手を当てた。
「……? どうしました? 僕の天使さん」
「熱はないみたいだね。……レギ君、もしかして身体辛い?」
「いえ。そんなことないですよ」
「そうかな。何だか顔色が青い気がするんだけど」
 レギとアルトのやり取りにハッとするリューリとアルスレーテ。
 ――確かに、そうだ。レギの顔色が悪いような気がする。
 何だか、以前会った時より儚い印象になっているような気がして……。
 ――背も高くなり、しごかれているせいか筋肉もついて、ハンターとしての腕も上げたというのに。
 彼が年を追うごとに、弱って行くのを感じる。
 これはアルトが師匠として彼の身体をよく見ているからこそ、分かる変化かもしれなかった。
「財団の実験体になってるからじゃないですかね。本当アレコレされるんで」
「仕方ないだろう。君の身体、治さないとなんだから」
 軽い調子で言うレギに、苦笑するアルト。
 アルトは王国の赤の隊隊長として活動する傍ら、レギや強化人間達の延命や治療を諦めたくないと強く願い、活動を開始。
 強化人間支援財団を作って欲しいとトモネに申し入れた。
 そのための資金として多額の寄付をした彼女は、トモネから支援財団の代表として指名されたのだ。
 もちろんこの寄付金には、リューリとアルスレーテも多額な私財を寄付している。
 そして、その財団は強化人間達の延命の研究だけにとどまらず、戦いによる傷病者や後遺症等の治療・研究、及び復帰支援をする組織に成長しつつあった。
 その財団で行われている強化人間達の延命の研究。
 その被験者として、レギは全面的に協力している。
 勿論、1秒でも永く生きられるならと、本人が志望してのことだった。
「……レギ。しっかり研究して、治療してもらいなさいな。私より若い子が死ぬのを見るのはつら……って、ババアか!」
「アルスさんお綺麗なのにそんなこと言ったらバチ当たりますよ?」
「ええい! とにかく早死にするんじゃないわよ! 私をババアにしないために!」
「そうだよ。レギ君にはまだまだ頑張って貰わなきゃ」
「僕だって諦めてないからね。君の死因を老衰にしたいんだから。その為にも協力してよね」
「……はい」
 ビシッと言い切ったアルスレーテ、リューリ、アルトに、微笑むレギ。
 その微笑がまた、儚いのが何だか気に入らなくて。
 アルスレーテはレギの口に容赦なくツナサンドを突っ込んだ。


 ――世界を見て回る。それは果たせなかったあなたとの約束。
 縁ある命を見届ける。何時しか自分に課した役割。
 永い時を経て、森に還るその時まで。私は――。

「先生、ここは森よね?」
「すごいわ……! こんなところに街があるなんて……!」
「ここはエルフの街だからね。私達エルフは、森の中で暮らして来た種族なんだよ。こうして2人を案内出来て嬉しいよ」
 杏とユニスの手を引いて歩くルシオ・セレステ(ka0673)。
 彼女は、帝国領最大規模の森林地帯、エルフハイムに2人を連れて来ていた。
 数多くのエルフが暮らす独立自治区であり、子供達に新しい世界を見せてあげられるだろうと思ったし……何より、豊かなマテリアルに触れることで、彼女達の身体にいい効果があるかもしれないと思ったからだ。
「すごく綺麗なところね! 連れて来て貰って嬉しい! ね、ユニス!」
「……うん。でも先生、忙しかったんじゃない……?」
「あっ。そうよね。先生お仕事あるのに」
「こんな遠出したりして、大丈夫だった……?」
 気遣いを見せる杏とユニスの頭を順番に撫でて、ルシオは微笑む。
「ここには私が来たいから来たんだよ。杏とユニスに付き合ってもらってるだけさ」
「「そうなの?」」
「ああ、そうだよ」
 同時に首を傾げる少女達が愛らしくて、ルシオの笑みが深まる。
 ――死ぬその日に近づく為に生きるのではなく、生きた日々の果てに終わりがある。
 知らぬ間に邪神と契約させられていた彼女達の悲しみを拭う明確な答えはない。
 彼女達があとどれくらい生きられるのかも分からない。
 それでも――未来に思い出を多く持って行く為に。2人に幸福な出会いがあるように……。
「この先も、色々な場所にお出かけしたいと思ってるんだけど、付き合ってくれるかい? 勿論、無理のない範囲でいいよ」
「あたし達で良いなら喜んで!」
「……うん。私、ルシオ先生と杏と一緒にお出掛けするのすきよ」
「そうか。ありがとう。さあ、ゆっくりとでいいよ。歩いて行こう」
 頷き合う3人。手に手を取って、先を目指して――この先も歩いて行く。


「おや。誰かと思えばUiscaじゃないか。元気にしていたかい?」
「大巫女様……! お久しぶりです!」
 穏やかな笑みを浮かべるディエナ(kz0219)に抱き着くUisca Amhran(ka0754)。
 すぐにハッとして、慌てて一歩身を引いて深々と頭を下げる。
「ディエナさま、この厳しい時代に長年の大巫女のお務め、お疲れさまでした」
「久しぶりに顔を見せたと思ったら、そんなこと言いに来たのかい?」
「そうです。大事なことじゃないですか! 私、大巫女様の教えをいつも胸に生きていきます」
「そうかい? それにしちゃあ、お前さんは随分破天荒な巫女だねえ」
「そりゃあ大巫女様が破天荒でいらっしゃいますから? 倣っただけです」
「ハハハハ! 違いないね! Uiscaも言うじゃないか」
 豪快に笑うディエナ。以前と変わらぬ様子に、胸が暖かくなって……Uiscaは微笑む。
「……私もリムネラさんなら立派に大巫女の務めを果たしてくれると思うのです!」
「そうだね。でも、大巫女も独りでは出来ることは少ない。どうか、皆で協力して助けてやっておくれ」
「勿論です。……大巫女様。私、焼かれた幻獣の森を復興したいと思っています。イクタサさんに頼り切りでは、人はいつまでも自立できないままですから。それにナーランギさまの事も……」
「……ナーランギは龍にしては偏屈だったが、幻獣達にとっては父のような存在だった。時間はかかるだろうが、戻してやっておくれ」
「……はい。私の力が及ぶ限り」
 こくりと頷くUisca。
 恐らく、長い時間はかかるだろうが……それでも。
 白龍の巫女達や龍園と協力し、ナーランギの転生体という龍の卵や龍に仕える緑龍の巫女達の育成を目指したい……。
 Uiscaの巫女としても使命も、ここから始まったのだった。


「うん。ここも異常なし、かな……」
 ぶつぶつと独り言ちる時音 ざくろ(ka1250)。
 彼は東方に拝領した自身の領地をお忍びで巡っていた。
 ざくろの領地は、温泉が湧き出てから観光地として急激に発展している場所だ。
 人や物の流れも多くて活気づいてはいるが、同時に治安面での不安が出て来る。
 人が多い場所に、犯罪というのは増えるものだ。
 今日は奥さんたちに子供達の世話を頼んで来た。1日かけてじっくり問題点を洗い出そう……。
 意を決して歩き出したざくろ。甘い香りがする店の前に差し掛かると、中年の男性に声をかけられた。
「おや。これはこれは、領主様じゃありませんか。いつもお世話になっております」
「あっ! こちらこそいつもありが……いやいや、違うよ! ざく……僕は遊び人のザックさんだよ!!」
「はぁ。左様でございますか。ざっく様、どうです? お饅頭食べて行きませんか。今日も美味しく出来てますよ」
「あ、戴きます!」
 お忍びで来たはずが速攻で正体がバレて慌てる彼。蒸かしたての饅頭を頬張りながら、饅頭屋の店主を見る。
「ところで、最近何か困ってたりすることはない?」
「そうですねえ。うちは取り立てて……ただ、一本向こうの通りに、ゴロツキ達が妙な店を構えようとしてましてね。注意しておいた方が宜しいかと存じますよ」
「……! そうなんだ! いいこと教えてくれてありがと! お饅頭30個包んでくれるかな!」
「へい。まいどあり!」

 ――途中温泉に落ちかけたり、色気のあるお店の呼び込みに捕まりかけたり。
 こんなことを繰り返しながら、ざくろは領内を見て回った。
 細々とした困りごとはあるものの、領内は概ね平和らしい。良かった。
 そして気が付けば、ざくろの両手は奥さんや子供達へのお土産でいっぱいになっていた。
 ……お土産、喜んでくれるといいな。
 そんなことを考えながら、ざくろは家族の待つ家へと向かった。


「ラミア様、良くお似合いですよ」
「そ、そうかな……」
「はい。これはオイマト族の族長に嫁ぐ女性が代々着て来た婚礼装束なんですよ。……まさか、兄が族長になって、ラミア様がこの衣装を着てくれることになるなんて思わなかったですけど」
 緊張した面持ちのラミア・マクトゥーム(ka1720)に、笑みを向けるベルカナ。
 華美な装飾と、見事な刺繍が施された装束を見ると、オイマト族の長い歴史を感じて、身が引き締まる思いがする。
 ――ファリフ・スコール(kz0009)が旅に出ることになり、イェルズ・オイマト(kz0143)が部族会議の大首長となることが内定してからというもの、ラミアは彼に怒涛のプロポーズ抗戦に出た。
 イェルズ自身は、結婚は急がなくても良いと言っていたが、ラミアはそうは思わなかったのだ。
 オイマト族族長となり、更には部族会議の大首長となろうとしている。
 責任が重くなればなるほど、辛い決断が必要になることもある。
 そういう時に、妻という立場であれば公私共々支えられると思ったのだ。
 ラミアはハッと思い出したように顔を上げると、ベルカナに恭しく頭を下げる。
「そういえばあたし、ベルカナに挨拶してなかったよね! 不束者ですが末永く宜しくお願いします」
「こちらこそ! 仲良くしましょうね、お姉様! 兄がおかしなこと言ったらすぐ言ってください。殴りますから!!」
「大丈夫だよ。あたしも殴るから」
「うわぁ……。それ怖いんだけど、逃げてもいいかな」
 くすくすと笑い合うラミアとベルカナ。そこにイェルズが顔を出した。
 オイマト族の婚礼衣装を着るイェルズは目が覚める程カッコ良くて、ラミアの胸がギュッとなる。
「……綺麗だ。良く似合ってる」
「そういうの真顔で言うのやめてくれないかな!? 恥ずかしいんだけど!!」
「実際似合ってますから仕方ないですよお姉様。さあ、そろそろ式が始まりますよ」
 イェルズの直球の誉め言葉に狼狽えるラミア。そんな2人を、ベルカナが追い立てる。
「……行こうか?」
「……うん」
 差し出された手に、ラミアは自身の手をそっと重ねる。
 ――健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも……。
 どこかで聞いた結婚式の宣誓。初めて聞いた時は仰々しいな、という程度にしか思わなかったこの言葉。この人となら誓えると思った。
 幸せなことも、辛いことも、分け合って、ずっと隣を歩いていきたい――。
 今日夫婦となる2人を祝福するように、赤き大地に温かな風が吹いた。


 ――Gacrux(ka2726)には、未だに分からないことがある。
 否、自分がどんなに考えても答えは出ないのだろうけれど……。
 そう。これは、彼女に……カレンデュラ(kz0262)に問わなければ分からないことであるから。

 彼女は、俺をどう思っていたのだろうか?
 嫌われてはいなかった、と思う。
 でも、俺が彼女に持っているような特別な思いを、彼女も持ってくれていたのかと聞かれると……自信がない。

 聞きたくても彼女はいない。
 彼女を元にして作られたクリュティエ(kz0280)とも交流を続けて来ているが……あくまでも、元だ。
 記憶までは共有していない。
 この数年間、ずっとずっと考え続けて……正直、自分の想いの強さに、押しつぶされそうだった。
 クリュティエには、自身の中にカレンデュラへの想いがある事を見抜かれているだろう。
 もしかしたらクリュティエだけではないのかもしれない。
 隠すのが難しくなるほどには、この気持ちは成長し続けていた。
 再誕を果たせば再会できるのか?
 分からぬまま百年待ち続けるつもりなのか。
 こんな事なら、彼女にプロポーズしておけばよかったか……。

 ん……? プロポーズ……?
 ――そうだ。彼女に会う方法が1つだけあった。
 クリムゾンウェストの大精霊は、ナディアの体を通してカレンデュラを”観測”していた。
 つまり――神霊樹ライブラリに彼女は記録されている!

 何故もっと早く気付かなかったのだろう。彼女の気持ちを確かめる為にライブラリに行かなくては……!
 ああ、何と言ってこの気持ちを伝えよう。指輪は必要だろうか?
 Gacruxは未だかつてない速度で駆け出した。


「御台様! 見て下さい! 今日の織物、こんなにきれいに出来たんですよ!」
「あら、私だって! 御台様はどちらの布がお好みですか?」
「うーん。こちらは金糸が綺麗に折りこまれてて素敵だし、こちらは地模様が素敵ですし! どちらも百点満点です!」
 誉め言葉にきゃぁ~! と嬉しそうな歓声をあげる奥女中達。アシェ-ル(ka2983)はにこやかに彼女達を見守る。
 東方帝の正室となった彼女は、数年後に珠のような元気な男の子を出産。
 新たな『お柱様』を生んだ彼女は、名実共に正室の座を揺るぎないものとした。
 そして、自分1人と息子しかいない大奥の無駄を省く為に進めていた働き方改革は徐々に実を結び、奥女中達が作る機織物は天ノ都有数の名物となった。
 技術さえ身に着けば、どこでも仕事が出来ると判断したアシェールは、奥女中達に暇を出そうとしたのだが、奥女中達はこれを拒否した。
 その理由も、『お世話になった御台様のそばを離れたくない』という、なんとも泣かせる理由だった。
 勿論、アシェール自身も奥女中達と共に過ごし仲良くなっていたので、この申し出はとても嬉しかった。
 それならば、と。彼女は息子と自身の部屋をスメラギ(kz0158)の私室へと移し、大奥の建物を機織り場として奥女中達に開放したのである。
 この決定はスメラギ、及び武家や公家の度肝を抜いたが……スメラギ自身が大爆笑の後に許可したことと、後継ぎを生んだ正室の一声には表立って反対する者もおらず、大奥は今、色とりどりの機織物を生み出す場所となっていた。
「大奥のこの有様見たら、紫草度肝抜かしそうだな……」
「叱られてしまいますかね?」
「いやぁ。あいつのことだから『合理的ですね』って言いそうなもんじゃね」
 私室に戻って来て、向かい合うスメラギとアシェール。
 息子の姿が見当たらず、帝は首を傾げる。
「あいつは?」
「ぐっすり寝てます」
「そうか」
「今お食事用意しますね」
「お前、食事くらい女中に任せていいんだぞ?」
「スメラギ様のご飯は作りたいんですよ。ずっとお柱様として無理なさってたでしょう。ちゃんと栄養つけて長生きしてもらわないと!」
 正室としての絶対的な地位を獲得してもなお、変わらずに明るくくるくる働き続けるアシェール。
 息子もデカくなって来たし、俺様も料理の一つでも覚えるかなーなんて、考えるスメラギだった。


「お母さんありがとう、か。姉代わりのつもりだったのだがな……」
 王国にある自宅で、そんなことを呟くラヴィーネ・セルシウス(ka3040)。
 今まさに、親代わりになっていた子供達……その一番最後の子が、聖導士学校へと入学するのを見送ったところだった。
 子を引き取ってから8年。思えば長くもあり、短くもあった。
 先程見送った末娘などは、ラヴィーネにべったりだったのだが……随分と、泣かせることを言うようになったものだ。
 これだけの年月が経てば成長するのも当然か……。
 遠い目をするラヴィーネ。
 ハンター稼業をしながらの子育てはなかなかに忙しかったが、充実した日々だった。
 これからは、レクエスタへ本格的に参戦し、王国領域内の浄化と開拓に尽くすことにしよう。
 ……あまり家には戻って来られなくなるかもしれないが。他の兄弟たちもいる。
 何かあれば頼るようにも伝えたし、兄弟達には末娘の様子を見るようにも依頼しておいた。
 ――何より、私が育てたあの子なのだから。
 きっと聖騎士学校でもしっかりとやって行けるはずだ。心配は無用だろう。
 これで心残りはない。
 ラヴィーネは相棒の飛竜をそっとひと撫ですると、出立の準備を始めた。
 先祖に変わり、故郷である北方王国の為、残りの生涯を捧げる為に――。


「うん。やはりトモネには白が似合うな」
 白い百合のモチーフがあしらわれたウェディングドレスを着たトモネに目を細める鳳凰院ひりょ(ka3744)。
 ひりょは数年前にハンター稼業を引退し、本格的にトモネの補佐に専念。
 そして、公私共にムーンリーフ財団の総帥を支えて来た彼は、トモネの成人を待って婚姻することとなった。
 ちなみに、ムーンリーフ財団はトモネ以外に跡取りがいないため、ひりょが婿養子に入る形となる。
 ひりょ自身も、名門である鳳凰院家の後継者であったが、そこはあっさりと妹達へその立場を譲った。
 そんなこんなで迎えたムーンリーフ財団の総帥の結婚式は財団挙げての一大イベントとなり、テレビ中継が入る程になったが……それとは別に、親しい友人だけを呼んだ小さな披露宴をしたい、と2人が希望したのだ。
 イベント中での豪華なドレスも良く似合っていたが、今日着ているドレスも良く似合っていると思う。
 夫の目線を受け止めて、頬を染めていたトモネは、すっとひりょに向かって手を差し出した。
「どうした? トモネ」
「ひりょが以前贈ってくれた指輪が、ちょうど良くなったんだ。……これも、つけてくれるか?」
 手のひらに乗せられた指輪に、目を見開くひりょ。
 ――これはずっと、何年も前に、この指輪がぴったりになるくらいにトモネが成長するのが先か、ひりょが補佐として一人前になるのが先か、競争だと言って渡したものだ。
 彼はくすりと笑うと、指輪を手に取ってまじまじと眺める。
「……結局、勝負はどちらが勝ったのかな」
「引き分けで良いのではないか? 今までもこの先も、変わらぬであろうからな」
「ああ、それもそうだな」
 くすくすと笑う2人。トモネの華奢な手に、そっと指輪をはめる。
「……この先もずっと、君を支えると誓う。俺と共に生きてくれるか?」
「……はい」
 いつも強気のトモネの囁くような声。潤んだ青い目が涙で潤んでいるのを見て、ひりょはその頬にそっと触れて――。
 重なる影。2人は寄り添ったまま、離れることはなかった。


 懐かしい光景。もう戻ることはできないはずの場所。
 エステル・ソル(ka3983)は神霊樹の記録を辿っていた。
 辿り着いた先は、あの人が生きていた頃……辺境が歪虚に襲われ、バタルトゥ・オイマト(kz0023)が死地へと赴いた前夜だ。
 そしてその人は、当たり前のようにそこにいて――久しぶりに見たその姿に、エステルは言葉に詰まる。
 ――目頭が熱い。今は泣いている場合じゃないのに……。
 エステルの気配に気付いたのか、彼は振り返ってこちらを見た。
「……? ……どうした。こんな時間に……。……何か用か?」
「バタルトゥさん。お久しぶりです……。10年後のエステルです」
「……そうか。……見違えた。立派になったものだな……」
「驚かないのですか?」
「……時々精霊が悪戯をすることがあると聞いたことがある。今回もそれだろう……」
 淡々としたバタルトゥの声が懐かしくて、ただ黙って頷くエステル。
 それからぽつりぽつりと、彼が亡くなってからこれまでの辺境の話を伝えて行く。
 イェルズがオイマト族の族長になったこと、エステルが2人の弟子を持つ身になったこと。
 そして、辺境部族間の調停などを引き受けることがあること――。
 黙って聞いているバタルトゥ。
 ……こうしている間も、エステルの中にどうして? という想いが募って行く。
「……バタルトゥさん。どうして、どうして貴方はいつもわたくしを置いていくのですか……! わたくしは今でもあの言葉の先を探してしまうのに……!」
「……エステル。俺のことは忘れろ……。……死にゆくものに囚われるな」
「わたくしが聞きたいのはそんな言葉じゃありません! あなたはわたくしをどう思っていたのですか……!」
「……言っただろう。娘のように思っていると……」
 涙を零す彼女の頬をそっと撫でるバタルトゥ。
 何でもないと思っているのなら。
 だったら何故、こんなに優しく撫でたりするのか……。
 貴方がハッキリと想いを伝えてくれないから。わたくしは、貴方との未来を夢見てしまったのに――。
「あなたは本当に酷い人です。……それでも、愛していますよ。ずっと、これからも」
 微笑んで、ポロリと涙を零すエステル。
 ――歪む視界。急激にあの人が遠ざかって行く。記録が終わるのだろう……。
 目を開けるとそこにあるのはいつもの神霊樹で……彼女は涙をぬぐうと、振り返らずに歩き出した。


「大巫女様ー! お久しぶりですー!! お会いしたかったですよー!!」
「おやおや。こんな老いぼれに会いたいなんて紅々乃も変わってるねえ」
「何言ってるんですか! 大巫女様は私にとってクリムゾンウェストのお祖母様みたいなものですから!!」
 必死で言い募る久我 紅々乃(ka4862)にくつくつと笑うディエナ。
 大好きな大巫女に頭をよしよしと撫でられて、彼女は目を細める。
 会わない間に結婚し久我姓を名乗るようになり、身長も少しだけ伸びても、紅々乃の根本的なところは変わっていなかった。
「お土産を持ってきました! 故郷のお菓子です。一緒に戴きましょう」
「へえ、紅々乃の故郷のお菓子は見た目が綺麗なんだねえ」
「味も美味しいですよ! 今お茶をお淹れしますね!」
 大巫女の前に練切、羊羹、麩饅頭、栗の渋皮煮を並べる紅々乃。
 緑茶を淹れて、大巫女と並んで座る。
 大巫女は羊羹を口に運ぶと、うんうんと頷いた。
「これはなかなか美味しいね」
「お口に合って良かったです! ……大巫女様。お手紙ではご報告しきれなかったこと、お話してもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる彼女。これまでに話せなかったことをあれこれと言葉にしていく。
 リアルブルーの家族と無事に再会し、今は定期的な里帰りをしていること。
 特に父は婿殿を連れて帰って来たので腰を抜かしてしまったこと……。
 楽しげに話す彼女の頭を、大巫女はもう一度撫でる。
「……そうかい。ご家族に会えたんだね。良かったよ」
「大巫女様……?」
「転移してきて、お前さん寂しそうだったからねえ……。本当に良かった」
 その優しい声に、涙が出そうになるのをぐっとこらえる紅々乃。
 笑顔を作って大巫女を見る。
「今度は、クリムゾンウェストの家族……大巫女様にも定期的に会いに行きますからね!」
「おや。孫娘が来るんじゃもうちょっと生きないとダメかねえ」
 くすくすと笑い合う2人。
 血は繋がっていなくても、家族は増える。こうして、縁は繋がって行くのだ。


 アルマ・A・エインズワース(ka4901)は、慣れた足取りでその地に降り立った。
 年に1度、彼は花を持ってリアルブルーへとやって来る。
 そう。あの災厄の十三魔の最期を迎えた場所……富士若宮総合病院跡地だ。
 歪虚でありながら、少女への愛情に苦しみ続けたあの人。
 ……分かりたいと願いながら、終ぞ分かり合うことはできなかった。
「……忘れられるわけないですよ、アレックスさん」
 ――どうか、来世があるのなら。今度こそ、愛した人と共に幸せに……。
 ふと顔を上げて、帰ろうと振り返ったその時。
 忘れもしない姿が目に飛び込んできた。
「……あれ? アルマさん?」
「……テセウス、君?」
「うん! 俺だよ! お久ぶりd」
 途切れる赤毛の青年の声。無理もない。アルマのわんこタックルの直撃を食らったのだ。
 そのままテセウスを抱きかかえて、アルマはくるっと1回転した。
「ちょっ。アルマさん目回るってば……!」
「はい……! はい……!」
 頷きながら抱きしめる力を強くするアルマ。
 どうして戻って来られたのか。今まで一体どこにいたのか。何故黙って消えたのか。
 聞きたいことは色々あったけれど、彼の顔を見たら全てどうでも良くなった。
 もう、戻って来てくれただけで十分だ……!
「良かった……。良かったですよ。おかえりなさい!」
「……うん。ただいま。センセイ。俺、みんなのこと探しながら旅してたんだけど、全然会えなくて……アルマさんに会えてよかった」
「そうだったですか! じゃあ、僕が皆のところに案内してあげるですよ。でもその前に、お茶しながらお喋りするです。本当に、色々あったですから!」
「俺も見たものを、センセイに伝えたい」
「はいです。聞かせてください。わふふ。いっそお父さん、でもいいですよ?」
 にこにこしながら、テセウスの手を引くアルマ。
 きっと暮らす場所にも困るだろうし、二度と逃げ出さないように、まずは連れて帰ろう。
 妻にも、弟子として紹介しないといけないかな~なんて。そんなことまで考えるアルマだった。


「……私の聖女様の今日のご予定は家庭サービスね。了解っと」
 ベッドでゴロゴロしたままPDAを操作する宵待 サクラ(ka5561)。
 レクエスタから王国聖導士学校に戻って来て迎えた休日。
 突然ポカッと1日、やることがなくなってしまった。
 うーん。どうしようかな。1日ダラダラ過ごしてみるのもいいけれど。
 それも勿体ないような気がするし……。
「そうだ。良い機会だし、また調べて書き貯めておくかぁ」
 パッと起きあがるサクラ。
 手の届く位置にあった書類の束をめくり始める。
 ――これは、この間の休みに取りまとめた資料だ。
 何の資料かって? そりゃあもう、彼女の聖女様の経歴についてである。
 サクラは聖女様の伝記の出版をするために、コツコツと準備を進めていた。
「ハンター活動後なら結構資料はあるんだよね。難しいのは幼少期と千年前か……」
 呟くサクラ。
 どうせ伝記を出すのであれば、聖女様の良さをつぶさに伝えたい。
 この辺りを調べようと思うと、当主に当たるしかないだろうか。
 かといって、そう簡単に資料を貸して貰えるとも思えず……彼女の中に、不穏な計画が立ち始める。
 そう。印刷の手配はほぼ済んでいるのだ。
 あとは肝心の中身なのだ。
 どうせだったら聖女様の肖像画も掲載したい。誰か絵師様を手配すべきだろうか……。
 サクラの脳内をめまぐるしく回る伝記計画。
 ……ところで、伝記を出すこと、サクラさんの聖女はご存知なんですかね?
「んっ? 知ってる訳ないじゃない!」
 アッ。そうでしたか! えっと頑張ってください!


 ――またか……!!
 鞍馬 真(ka5819)は笑顔が引きつらないように努力しつつ、立ち塞がる若者達に目線を向ける。
 変わらずハンターを続けている彼は、浄化や開拓の為に世界中あちこち飛び回っているが、リゼリオに戻って来ると習慣でハンターオフィスに顔を出す。
 どんな小さな困りごとでも解決したいというのもあるし。あとはまあ、重度の仕事中毒者というのは、何年経っても変わっていないようで。
 今日もそんな調子で、ハンターオフィスに顔を出したら……若者達に足止めされたという訳だ。
「……あのさ。君達そろそろ諦めない?」
「諦めません! 鞍馬さん! 俺を弟子にしてください!」
「前から何度も言ってるけど、私は師匠向きじゃないからね?」
「そんなことないです! 私、以前鞍馬さんの太刀筋を見ました! あの戦い方を是非教えて戴きたいんです」
「いやー。大体はただの勘で戦っているから、理論的に教えることもできないし」
「見ているだけでも勉強になりますし! 僕未熟ですけど、お役に立てるように頑張りますから!!」
「本当、申し訳ないけど君達を連れて歩く余裕はないよ。仕事に集中したいしね」
 そう。真は最近ここに来る度に、弟子志望の若者達にこうして絡まれている。
 オフィス職員のイソラもすっかり慣れた様子で、真と若者達の間に割って入った。
「はいはい。皆さん! 真さんを困らせちゃダメですよー。ほらほら、仕事あるですよね! 行ってきてください」
「うう。鞍馬さん! 俺達諦めないですからねーー!!」
「はいはい。早く諦めてくれていいからね」
 若者達を出口へと追い立てるイソラ。彼らの背を見送って、真はため息を漏らす。
「イソラさん、ありがとう。手間かけたね」
「いえいえ。真さんも大変ですね。まあ、あの子達の気持ちも分からなくもないですけど」
「いやぁ。私は、彼らが言うほど立派なものじゃないと思うんだけどね……」
 肩を竦める真。
 ――相変わらず心に空虚は感じているし、奪った命への罪悪感も消えていない。
 こんな自分が、弟子を取るなんて烏滸がましい。そう思う。
 でも、この数年間、世界を見て、拡げる手伝いをして……少しづつ前を向いて進めるようになっただけ、進歩はしたのかもしれない。
 この変化が続けば、いずれは心を満たす空虚も消えるのだろうか……?
「……で、イソラさん、私向けの仕事ってあるかな?」
「はい! 勿論です!」
 思考を振り払うように、イソラから仕事の説明を受ける真。
 ワーカーホリックな英雄の毎日は、変わらずに続いて行く。


 暑さにも寒さにも負けず、歪虚にも喧嘩にも負けず。
 ほもぱるむにも、ピンクスライムにも負けぬ丈夫な精神を持ち、欲はないが物覚えも悪く、師匠には勝てぬ。
 その者の名は役犬原 昶(ka0268)。
 そんな彼は師匠を愛し、そして筋肉を深く愛している。
 美しく強い師匠への恋愛感情は、全然、まったく、これっぽっちもないのであるが……それでも、師を悪い虫から守れる程度の強さは身に着けたいと思い、ずっと修行を続けてきた。
 ――そもそも、大前提として、昶の師を務めることができるだけの人物である。
 ハッキリ言って、彼より強いのであるが……残念! 昶はそこまで思い至らないのである!
 だって脳みそも筋肉で出来てるからね!!!
 そんな昶は、今日もハンターオフィスで修業の為に依頼を受けているところだった。
「はっはー! これが今日の依頼だな! よし! 俺に任せておけ! 俺の大胸筋が叫んでいる! 今年一番の見せ所はここだぁーーーー!!」
「ちょっと昶さん! ハンターオフィスで突然脱がないでください!!」
「いやいや、待ってイソラさん! 見てホラ、俺の大胸筋めっちゃビクビクしてるから見て!」
「見せてくれなくていいですから! 服着てくださいってば!!」
 筋肉を見せつけようとする昶に、ハンターオフィス職員のイソラが服を投げつける。
 数多の依頼を受けて、どれほど強くなり、どれほど年を重ねようと、昶という人物は変わらない!
 そう! それが彼だからね!!
 彼の本当の闘いはこれからだ!
 昶先生の今後の活躍にご期待ください!!


「それじゃまた学校の方に行ってくるの。皆、先生達の言う事聞いて良い子にしてるの」
「はーーい!!」
「ディーナ先生、気を付けてね!」
 ディーナ・フェルミ(ka5843)の声に元気に返事をする子供達。
 彼女は聖導士学校の聖導士学科で教鞭を執っていた。
 子供達に教えるにあたって、古い知識では意味がない、という考えを持っているディーナは、なるべく『今』に近い状況を伝えるように努力していた。
 そう。正しく『今』を伝える為には、自分で見て、感じることが大事なのだ。
 そんな訳で、ディーナは教鞭を執る傍ら、合間を縫ってレクエスタや南方大陸の開発にも関わるようにしていた。
 ディーナは子供達を抱えている為、なるべく遠出はしなくて済むようには配慮されているものの、それでも視察に行かないといけない時もある。
 開発にはエヴァ―グリーンの知識も必要で、エヴァ―グリーン文化に触れるための研修も手配したりして、とにかくやることは尽きない毎日だ。
「さて、学校に行った後は……子供達の為の教材をまとめるの。見て来たことをしっかり伝えるには準備がいるの!」
 移動の準備をしながら、どんなことを教材にするか、めまぐるしく考えるディーナ。
 彼女はこうして、子供達の未来を拓いていくのだ。


「さて、あの子へのお土産は何がいいかしらね……」
 頭を巡らせるマリィア・バルデス(ka5848)。
 今年、聖導士学校へと入学した娘へのお土産を考えつつ、今後のことを考える。
 また暫くあちらで教官を務める準備をしなくては――。

 聖導士学校はリアルブルーからの留学生も多く、卒業生は皆ハンターとなる。
 それゆえ、マリィアも個人的に弟子をとって育てたりはしていない。
 そんなことをしなくても、学校の課程満了でハンターとしての生活方法や知恵や常識を含めた内容を学ぶ為、初期ハンターレベルまで鍛え上げられるからだ。
 以前、学校の卒業生はクリムゾンウェストの中にしか就職先がなかった。
 邪神を倒した今はリアルブルーにも就職先が増えている。
 そう。連合宙軍へ、軍人として採用するのだ。
 マリィアは軍務の休暇中という名目で聖導士学校の教官を引き受け、併せて宙軍のスカウトマンとして働いていた。
 ――聖堂教会過激派の一部は政治的バランス感覚が素晴らしい。
 協賛企業をクリムゾンウェストだけに絞らなかった上に、何と資金源に連合宙軍を選んだのだ。
 ここまで思い切ったことをしてくれたお陰で、マリィアは二足の草鞋を履く生活が送れている。
「なかなか、これがどうして楽しい仕事なのよね。将来有望な若者を捕まえるのも悪くないわ」
 呟くマリィア。知らぬ間に、顔が綻んでいた。


 ――一体どうしてこうなったのか。
 敵が減ったからといってハンターの役割が消える訳ではないはずなのに。
「……雑魔としか戦わないならぁ、私達ほど……。あっ」
 自分の声にビクッとして、目を開けた星野 ハナ(ka5852)。
 聞こえて来る鳥のさえずり。気が付けば寝ていたらしい。彼女はベッドから身を起こして、短くため息をつく。
 ――ソサエティの規模縮小を宣言。
 見直し求めて、ハンターズソサエティにありとあらゆる手段で働きかけた。。
 だが、その結果は芳しくなく、今日に至っている。
 組織の意志を変えるのはそう容易なことではない。もうこれは、一生ものの抗戦だとは理解している。
 それでも……気持ちが塞がることはあるもので。
 ハナは思いを振り切るように、頭をぷるぷると振った。
「落ち込んでも始まらないのですぅ。こういう時は料理するに限るですよぅ。……もういっそ、龍園まで行っちゃいましょおかぁ」
 独り言ちるハナ。
 今日と明日は勤めている学校が休みだ。泊りがけで遠出をしても問題ない。
 あの人に会いに行って、泊まりがけで料理三昧したら気分も上がるはず……!
「よし。そうと決まれば善は急げですよぅ!」
 元気にベッドから飛び起きたハナ。着替えながら、脳内でめまぐるしく計画を立てる。
 ……調理道具は何を持って行こう。いっそ屋台セットを運び込んでしまおうか。
 作るものは、市で売っているものを見てから決めよう。
 買うのは旬の野菜と、果物。あと、いいお肉も手に入るといいのだが……。
 彼女はいそいそと、出掛ける準備を始めた。


 ――おう。元気か? 俺は元気だぜ。ったく、お前一体どこに消えちまったんだよ。さっさと帰って来いよな。
 お前のことだから、『その指輪どうしたの』とか無遠慮に聞いてくんだろうなあ。
 頼むから、左手の薬指に指輪がはまってる男が、今1人でぶらついてる理由なんざ突っ込んでくれるなよな……。

 ハンターオフィスの片隅に置かれた鉢植えに、心の中でそんなことを語りかけるトリプルJ(ka6653)。
 土に栄養剤を注すと、無言で踵を返す。

 ――さて、嫁さんとテセウスのお土産を買ったら、今日は北上してみよう。
 セントラルから上って行けば、上手く行けばクリュティエに会えるだろう。
 テセウスの好きだった菓子を渡せば、彼女との話のとっかかりになるだろうし。クリュティエに近況を聞けば、テセウスに逢った時に話すことも増えるだろうから。

 俺は、他人を頑張らせるのが嫌いだ。
 そんなことさせるくらいなら、自分が頑張った方がいい。
 テセウスも、テセウスの妹も……1人で頑張らせたくはないんだ。

 だから――北へ目指して進む。
 今日俺は、お前の妹に会えるだろうか……。
 お菓子を抱えたトリプルJは、そんな思いを抱えながら進み続けた。


「……あの子達も連れて行きます?」
「ええ。その方が良いかと思います。これで子供達の適性も見られるかなと……」
「そうですね。同感です。私は末の子が預けられるようになるまで、暫く詩天で活動しようと思います」
「それじゃあ智里さん、1つ回ったら戻る形で出かけます」
「分かりました。……年末には帰ってきますか」
「可能であれば、そのくらいには一度戻りたいですね。年越しは家族揃っていた方がいいでしょうし」
 穂積 智里(ka6819)と、ハンス・ラインフェルト(ka6750)夫妻の間で、そんな話し合いが持たれたのが少し前。
 3人の子に恵まれた2人は、子供達の今後と、見聞を広める為に……ハンスが旅に連れて行くことにしたのだ。
 智里としては少し寂しかったけれど、赤子を抱えた状態で北征や南征、辺境の物流調査を兼ねた交易路探しにまでついて行くのは難しい。
 何より、子供達には詩天以外の広い世界のことも知ってほしいと思うのだ。
 きっとこの旅を乗り越えたら、子供達は一回りも二回りも成長して戻って来るだろう。
 だから……この寂しさは、我慢できる。いや、我慢しなくてはいけないのだ。

 ハンスもまた、今回の旅には新たな展望を抱いていた。
 子供達の成長のことは勿論、南方大陸の人類領域拡大は、間違いなく辺境と天ノ都に影響が出るだろう。
 そうなれば、当然彼が仕える詩天の国にも影響が出るはずで……。

 ハンスは剣があればいい。それさえあれば満足出来た。
 侍のように生きたい訳ではない。寧ろ生き方としては乱破の方が近い。
 それでも……人類領域が広がり、人々の動きがどう変わるのか、どう詩天に影響が出るのか……それが見てみたいのだ。

 素晴らしい影響が出るならそれでいい。もし悪影響が出るようなら、何らかの対策を取らなければならない。
 それを、上手いこと見極めなければ……。

「お弁当を入れておきましたから、道中食べてください」
「ああ、ありがとうございます」
「それでは行ってらっしゃい」
「行って来ます。留守を頼みます」
 ハンスに頷き返す智里。
 夫と子供達の無事を願いながら、その旅立ちを見送った。


「本日より新しくこちらに配属されました。どうぞよろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。それではこれから、同僚として宜しくお願いします」
 新しくやってきたオートマトンに、恭しく頭を下げるフィロ(ka6966)。
 ――また王国聖導士学校に、オートマトンの寮母が増えた。
 聖堂教会過激派司祭が、彼女達による防諜活動を有為であると認めたからだ。

 聖導士学校は、ユニゾンとセントラルと並ぶオーバーテクノロジーで溢れた場所だ。
 それゆえ、情報を狙った密偵、技術を狙った盗賊、留学生を狙った誘拐など小さな紛争が絶えない。
 そして、そういった秘密裡の活動は、大抵夜に行われる。
 睡眠時間が足りてもヒトは長く夜間のみを活動時間にすると体調を崩す。
 その点、オートマトンはエネルギー補給や休息の効率もヒトに比べれば極小で済み、夜間の活動が続いても調整がしやすいという利点が多かった。
 そういう意味でも――人類を、子供達を守るという使命においても、これはまさにフィロの天職とも言えた。
「――フィロさん、10時方向に生体反応。対応をお願いします」
「かしこまりました。速やかな撤退を求め、応じないようであれば殲滅します」
 同僚からの通信にいち早く動き出すフィロ。
 ――今日も、子供達が知らぬ寮母活動が続く。


「んー。どうすりゃπ乙カイデーなねぇちゃんと親しくなれるのかなぁ」
 ぼやくラスティ・グレン(ka7418)。
 彼による、『第5次ジャイアントのねぇちゃんと仲良くなろう大作戦』は残念ながら失敗に終わった。
 今回も棍棒で滅多打ちにされそうになって遁走したのだ。
 1人で何人もの巨人を相手にしようと思ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
 いや、ラスティとしてはあの巨人のねーちゃん達の立派な双丘に顔を埋められれば何でも良かったのだが。
 そういう欲求というのは種族を越えても伝わるものなのだろうか?
 ――思えば、彼のπ乙カイデーなねぇちゃんと仲良くなる作戦はことごとく失敗している。
 東方に行けば着物による絶壁体型に阻まれた。
 依頼で綺麗なお姉ちゃんと仲良くなろうとしてみれば、親しくなるのは胸囲ムキムキなあんちゃんばかり。
 南方に行って出逢ったのは、コボルドやリザードマン、ペンギンだ。そもそもπ乙カイデーなねぇちゃんがいなかった。
 そして、極めつけにリアルブルーに行った際は、突然強制送還された。
 π乙カイデーなねぇちゃんが居る国を教えて下さい、とかなり率直に聞いただけなのに。
 いや、正直に聞いたのが悪かったのであるが。
 とにかく万策尽きた。しかし、諦めたくはない。さて、どうするか……。
「そういや王国の聖導士学校がハンター教育してたな」
 あそこでハンタースキル上げたら強くなれそうな気がする。
 そうすれば、今度こそπ乙カイデーなねぇちゃんとお近づきになれるんじゃ……?
「よし! そうと決まれば早速入学してみっか!」
 走り出すラスティ。
 π乙カイデーなねぇちゃんと仲良くなるまで、彼の冒険は終わらない!

 余談。聖導士学校学校へ行く途中、願掛けの為に精霊の丘に忍び込んだら捕獲されて、奉仕活動に従事させられたのはまた別の話である。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 215
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 師を思う、故に我あり
    役犬原 昶(ka0268
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 銀と碧の聖導士
    ラヴィーネ・セルシウス(ka3040
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 琴瑟調和―響―
    久我 紅々乃(ka4862
    人間(蒼)|15才|女性|舞刀士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • お約束のツナサンド
    アルスレーテ・フュラー(ka6148
    エルフ|27才|女性|格闘士
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 桃源郷を探して
    ラスティ・グレン(ka7418
    人間(紅)|13才|男性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【質問】聞いてみましょう
エステル・ソル(ka3983
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/11/07 19:10:40
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/11/05 07:22:13