ゲスト
(ka0000)
【MV】abandonne
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2015/02/14 19:00
- 完成日
- 2015/02/19 20:07
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
クリムゾンウエストにも、バレンタインの足音が近づいてきています。
ハロウィンやクリスマスのようにリアルブルーからやってきた文化のひとつではありますが、その伝わり方はひとつではありませんでした。
チョコレートを贈る日、気持ちを伝える日、合同結婚式が頻繁に行われる時期、食品業界が活性化する時期……あげればきりがありません。
感情の絆、マテリアルリンクが強まり世の中のマテリアルが活性化すると言われることもありますが、少しばかり別の形……愛情を育む者達を羨み憎むための怪しげな集会が行われ、嫉妬の絆で結束を強めているという噂が時折混じる事もあるようです。
崖上都市「ピースホライズン」も、バレンタインの賑わいで都市中が彩られています。
その中の、ほんの一部だけでも……確かめに行ってみてはいかがでしょうか?
●バレンタインとの付き合い方
シャイネ・エルフハイム(kz0010)がバレンタインを知ったのはハンター活動を始めてからの事だ。
十年以上前で、二十年は経っていない時期……だったように思う。始めは人々の様子が不思議で仕方なかったけれど、今は様々に展開される人間ドラマを当たり前の風景のように見ることができるようになった。
勿論、何かを見かけるたびにそこから触発されて詩を唄いたくなる。吟遊詩人とはそういう存在だ。
「ふふ、でもクリスマスのようにこっそりとはいかないかな?」
あの時は戯れにツリーの上に隠れてみたけれど。
案外見つかってしまうものだ。あの時は随分な大所帯になってしまった。
勿論シャイネだって本気で隠れていたわけではないし、1人より大勢の方が楽しいと思っている。あの日はあの日で楽しく、面白い一日が過ごせたと思っている。
けれど、今回も同じでは面白くない。なによりも、今回はツリーのチョコレート飾りが催されていると言う訳ではないだろう。
それならば、どうすればいいだろう?
「う~ん」
しばらくの間首を傾げる。今までのハンター生活の中で、思いつくことはある程度やってしまっているように思うのだけれど。
ふと視線を向けた先で、竪琴を奏でている楽士の姿を見つけた。
「そうだね、バレンタインは直接皆を盛り上げるというのも悪くないよね♪」
吟遊詩人として詩を唄おう。きっと盛り上がるに違いない。
詩は生き物だ。その時その時で違う詩こそが相応しい。
だからシャイネは同じ詩を唄う事がほとんどない、いつも、思いついたままに口ずさみ、唄うのをポリシーにしていた。
だから今年も、すぐに唄いだしたくなるような、そんな人達にたくさん出会えるといるといい。
そして、詩を唄わせてくれたお礼を返そう。自分からのバレンタインの贈り物として。
「早速、準備を始めておかないと……ね?」
そうだ、あの店にチョコレートを買いに行こう。きっとあの子の作るチョコレートは、素敵なものになっているはずだから。
●手作りチョコレートを買いに
馴染みと呼ぶにはまだ早い、会うのが二回目の商人の少女に声をかける。
「素敵なチョコレートが出来たかい?」
並べられた数々のチョコレートの包みを挟んだ向こう側に笑顔を向ければ、少女から帰ってくるのも満面の笑顔。
「ばっちりですっ!」
「それはよかった。こうして買いに来た甲斐があったというものだよ♪」
せっかくなら、縁のあった子が売っているチョコレートを。そう思って足を運んできたのだ。それが素敵な仕上がりなら、もっと素敵なことだと思う。
「それじゃあ、これと、あれとそれと……あと、あっちのも……」
次々に指さして、多くのチョコレートを選び取っていく。あまりの数に少女が驚いた顔をしていたけれど、あえてとぼけたふりをする。
「どうしたの?」
これだけの量をどうするのだろうとその顔に書いてある。
「ふふ、僕は吟遊詩人だからね、顔は広い方なんだ」
日頃の感謝に渡そうと思うんだ。当日、どれだけの人に出会えるかわからないけれど。多く準備しておくに越したことはないだろう?
「もし余ってしまったら、その時は僕が食べるつもりだよ。……ダメかな?」
そう言うと、少女は再び笑顔に戻り、大きな袋にチョコレートの山を詰めてくれるのだった。
●稀少で本気の吟遊詩人
チョコレートの香りが ピースホライズンを包むように
君に贈る気持ちを チョコレートで包もう
大好きの気持ちを恋人に
傍にいてねと親きょうだいに
信じているよと伝える先は
友達 仲間 仕事の相手?
一番大事な秘密の気持ちは
とっておきに飾り立てる?
それともまっすぐ伝えてしまう?
けれど 時々思い出して
君にとって素敵な気持ちも 誰かにとっては眩しすぎるかも
大事な気持ちを伝えるときは 一歩下がって少しだけ
周りを見たらいいかもね?
クリムゾンウエストにも、バレンタインの足音が近づいてきています。
ハロウィンやクリスマスのようにリアルブルーからやってきた文化のひとつではありますが、その伝わり方はひとつではありませんでした。
チョコレートを贈る日、気持ちを伝える日、合同結婚式が頻繁に行われる時期、食品業界が活性化する時期……あげればきりがありません。
感情の絆、マテリアルリンクが強まり世の中のマテリアルが活性化すると言われることもありますが、少しばかり別の形……愛情を育む者達を羨み憎むための怪しげな集会が行われ、嫉妬の絆で結束を強めているという噂が時折混じる事もあるようです。
崖上都市「ピースホライズン」も、バレンタインの賑わいで都市中が彩られています。
その中の、ほんの一部だけでも……確かめに行ってみてはいかがでしょうか?
●バレンタインとの付き合い方
シャイネ・エルフハイム(kz0010)がバレンタインを知ったのはハンター活動を始めてからの事だ。
十年以上前で、二十年は経っていない時期……だったように思う。始めは人々の様子が不思議で仕方なかったけれど、今は様々に展開される人間ドラマを当たり前の風景のように見ることができるようになった。
勿論、何かを見かけるたびにそこから触発されて詩を唄いたくなる。吟遊詩人とはそういう存在だ。
「ふふ、でもクリスマスのようにこっそりとはいかないかな?」
あの時は戯れにツリーの上に隠れてみたけれど。
案外見つかってしまうものだ。あの時は随分な大所帯になってしまった。
勿論シャイネだって本気で隠れていたわけではないし、1人より大勢の方が楽しいと思っている。あの日はあの日で楽しく、面白い一日が過ごせたと思っている。
けれど、今回も同じでは面白くない。なによりも、今回はツリーのチョコレート飾りが催されていると言う訳ではないだろう。
それならば、どうすればいいだろう?
「う~ん」
しばらくの間首を傾げる。今までのハンター生活の中で、思いつくことはある程度やってしまっているように思うのだけれど。
ふと視線を向けた先で、竪琴を奏でている楽士の姿を見つけた。
「そうだね、バレンタインは直接皆を盛り上げるというのも悪くないよね♪」
吟遊詩人として詩を唄おう。きっと盛り上がるに違いない。
詩は生き物だ。その時その時で違う詩こそが相応しい。
だからシャイネは同じ詩を唄う事がほとんどない、いつも、思いついたままに口ずさみ、唄うのをポリシーにしていた。
だから今年も、すぐに唄いだしたくなるような、そんな人達にたくさん出会えるといるといい。
そして、詩を唄わせてくれたお礼を返そう。自分からのバレンタインの贈り物として。
「早速、準備を始めておかないと……ね?」
そうだ、あの店にチョコレートを買いに行こう。きっとあの子の作るチョコレートは、素敵なものになっているはずだから。
●手作りチョコレートを買いに
馴染みと呼ぶにはまだ早い、会うのが二回目の商人の少女に声をかける。
「素敵なチョコレートが出来たかい?」
並べられた数々のチョコレートの包みを挟んだ向こう側に笑顔を向ければ、少女から帰ってくるのも満面の笑顔。
「ばっちりですっ!」
「それはよかった。こうして買いに来た甲斐があったというものだよ♪」
せっかくなら、縁のあった子が売っているチョコレートを。そう思って足を運んできたのだ。それが素敵な仕上がりなら、もっと素敵なことだと思う。
「それじゃあ、これと、あれとそれと……あと、あっちのも……」
次々に指さして、多くのチョコレートを選び取っていく。あまりの数に少女が驚いた顔をしていたけれど、あえてとぼけたふりをする。
「どうしたの?」
これだけの量をどうするのだろうとその顔に書いてある。
「ふふ、僕は吟遊詩人だからね、顔は広い方なんだ」
日頃の感謝に渡そうと思うんだ。当日、どれだけの人に出会えるかわからないけれど。多く準備しておくに越したことはないだろう?
「もし余ってしまったら、その時は僕が食べるつもりだよ。……ダメかな?」
そう言うと、少女は再び笑顔に戻り、大きな袋にチョコレートの山を詰めてくれるのだった。
●稀少で本気の吟遊詩人
チョコレートの香りが ピースホライズンを包むように
君に贈る気持ちを チョコレートで包もう
大好きの気持ちを恋人に
傍にいてねと親きょうだいに
信じているよと伝える先は
友達 仲間 仕事の相手?
一番大事な秘密の気持ちは
とっておきに飾り立てる?
それともまっすぐ伝えてしまう?
けれど 時々思い出して
君にとって素敵な気持ちも 誰かにとっては眩しすぎるかも
大事な気持ちを伝えるときは 一歩下がって少しだけ
周りを見たらいいかもね?
リプレイ本文
●白いお嬢
手当たり次第にチョコレートの材料と思われる物を買いあつめるロロ・R・ロベリア(ka3858)は棒飴を噛み砕いたり、チョコレートたっぷりのホットクレープを手に持っていたりと全身でバレンタインを満喫している。
「ふっ……これで今年こそ……今年こそ」
ひと段落の後、道端で溜めに溜めたガッツポーズ。
「奴を仕留める!!」
ちっとも振り向いてくれない年上のお兄さんを射止めようと苦心する少女に見えないこともないが『仕留める』は言い間違いではない。
「去年は協力な三日三晩苦しむやつ、一昨年は腹下し、その前は一撃コロリのをわざわざ入れて作ってやったってのにあの野郎食いやしねぇ!!」
毒草とか腐肉とか劇薬とか。手間暇かけて用意したものがすべて無駄になった記憶が蘇る。自分の労力を主軸に据えているロロは気付かないのだ、完成品のあまりの酷さが原因だなんて。
結果すべてが未遂なので、ロロ自身が潔白なことは何も変わらない。
「ていうかなんで俺があいつのためにわざわざ入れるもん悩まなくちゃなんねぇんだよメンドクセェ! もうその辺の石ころ詰めるか……あ、ついでにこの雑草も入れよ」
今年のチョコレートも一瞥でポイ、決定。
●繰る頁
「どこもかしこも随分な浮かれようだね」
肩を竦めるシルヴェイラ(ka0726)。
「ま、嫌いではないが」
特に今は、普段引きこもりがちの幼馴染が機嫌良く外に出ているから。
エルティア・ホープナー(ka0727)がいつ手に抱えた本を読み始めても大丈夫なように、人の波を読むことだって忘れない。それが習慣として身体に染みついている。
「……ええ、こんなときの音は、特に綺麗だわ」
視界を閉ざせばより強く、音楽がエアの耳に届けられる。時折混じる人間の楽しそうな声も楽器のように聞こえる時がある。そこに込められた想いがそうさせるのだろうか。
斜め掛けバッグから小箱を取り出す。
作る為の道標、レシピとして簡潔にまとめられた文章に気を惹かれてしまったから、手元の作業を何度も止めた。そのせいかどうかはわからないけれど、良かれと思って入れたシーラの好きな珈琲がその存在を大きく主張してしまった。
(苦みの強いチョコレート。確かに甘さも少し、あったけれど)
試食した時の苦味が蘇る。
「エア、どうしたんだ?」
声を切欠に差し出す。ラッピングは思い描いた通りに出来たたのだ。鍵を模したモチーフが箱の上に来るように、余剰の包装紙を折り畳んである。
「きみが、つくったのか?」
驚いた様子は滅多に見せない彼が目を見張っている。
「……何かの実験をしているみたいだったわ。少し失敗してしまった気もするのだけれど……食べてくれるでしょ?」
いつもの声と顔で。けれどエアの耳がパタパタと動いているのは照れ隠しの癖だと知っている。
「ああ。君らしいなあ」
作っているときの様子だって簡単に想像できるくらいで、思わず苦笑いが零れる。
「ありがとう、エア」
失敗なんて気にするはずがない。
愛とか恋のような激しい感情ではないと思う。ただ、今も隣を歩く幼馴染のことは大切だから側にと思う。
聞こえてくる曲に乗せて口ずさむ詩はどの本で見たのだったか。寄り添い歩く周囲を眺める。
(蒼の地からの祭事……大地が違っても何かを、誰かを想う気持ちは同じなのよね)
シーラは元から家族みたいなものだから、大切だし、側にと思うのは当たり前で、物語のような恋愛とは違う気がする。
(覚悟して完食しよう)
苦いものに合いそうな珈琲のブレンドを思案するシーラはまだ知らない。その苦味が焦げたせいではないという事を。ほのかに浮かび上がる甘さに気付くのは、二人で開くお茶会の後。
●恋の色
(手を繋ぐくらい、なんてことない)
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の意識は繋がった手に向かっている。感謝の想いも愛情もありったけ込めたトリュフチョコだって準備したのに、アルファス(ka3312)の顔もまともに見れやしない。
(君の誕生日でバレンタインだから、一緒に過ごせることが嬉しいけど)
自分が持っている包みにだって気づいていないくらい緊張している恋人が心配でたまらない。
「ユーリ、ベンチがあるから一度、座ろうか?」
「アル……っ!?」
彼の言葉がまともに聞こえていなかったユーリは小箱にかけたはずの手を滑らせた。
(いけない!)
大切な気持ちをほんの少しだって取りこぼしたくなくてなりふり構わず手を伸ばす。
パシッ
一度離れかけていた手の熱が戻ってくる。ぐいと引き寄せられて、温もりに包まれてはじめて何が起きたのかを把握する。
「怪我は? うん、大丈夫だね」
優しく響く声の中、小箱が無事で息を吐いて……また息をのむ。
(失敗しちゃった!?)
不安で彼の手を振りほどこうと身を捩りかけて。
ちゅっ
額へのキスで小さな音をたてたのは、ユーリの意識をそこに向けるため。
(不安な顔より、悲しそうな顔よりも。驚いた顔とか、笑った顔を見せてくれる?)
君の不安は僕が吹き飛ばしてあげる。
「僕は逃げないから大丈夫」
笑顔で、呆けたユーリに持っていた包みを見せる。
「ほら、誕生日おめでとう。良かったら後で着て見せてよ♪」
ユーリに似合うと思い選んだドレス。一緒に私服を見繕った店で見つけたそれはサイズもちょうどいいはずだ。
(良いキッカケを与えてくれるといいな)
慣れない事にも挑戦してくれていて、それは僕の為という事も多くて。僕にとってだけではなくて、ユーリ自身にも良い形になってほしい。
(これを着たら、もっとうまく、素直に伝えられる気がする)
アルの気持ちに包まれることと同じだから、きっと。
気恥ずかしさはあるけれど。不安な気持ちは取り除けた気がする。ドレスの……アルからのプレゼントの力があるから。だから、伝えたかった言葉を。
「ハッピーバレンタイン。私の思いを込めたチョコ、受け取って欲しいな」
「勿論だよユーリ。そのドレス、思った通り似合ってる」
再び手を繋いでアルファスが歩き出す。今度はユーリも前を向いて一歩を踏み出した。
「さあ、今は思い切り遊ぼう♪」
●交差
チョコレートの存在があるから、この場所に立っていられる。
ウォルター・ヨー(ka2967)に伝える言葉を口の中で繰り返しながら、柏木 千春(ka3061)は彼が来るだろう方角を見据えていた。
「呼び出しちゃって、ごめんね」
来てくれてありがとう。謝罪と感謝なら、受け取ってくれるから。
(まーほら、理由なんてわかってるわけだよ)
千春の横顔が見える場所から様子をうかがう。不恰好に貰うだけっていうのも芸が無いって話じゃないか?
男ならかっこつけたいものだから、今日も変化球でいかせてもらうよ。
(ねぇ、君だってもう慣れっこだろう?)
「ハッピーバレンタイン」
待ち望んでいた声の方を振り向けば、そこには大輪の花束。
奥から覗く意地の悪い笑顔。いつもの彼がそこに居る。
「わわっ?」
用意した言葉が言えないままこの花を受け取ったら、抑えられなくなってしまうのに。
「ずるい、なぁ……!」
色によって意味の違う花。一つの色じゃないのは間違いなくわざとだ。この季節に一色を揃えるには難しい花だからって、きっと言うのだろうけれど。
でも嬉しいことには変わりない。
(私の事を考えてそうしてくれたのが、わかるから)
千春の笑顔に喜びの色が見える。
(十分さ、これ以上は望まない)
友人とも取れる言葉ならいくらでも言えるけど、決定的な、君が一番欲しいはずの言葉はあげられない。
「ありがとう。……大好き」
零れた言葉の向こうに見える潤んだ瞳の君を前にする度、身体が固くなる気がするよ。
「こんな見え見えの手で喜ぶなんて、君はちょろくて助かるよ」
お為ごかしでしか答えない僕の近くで、前にも後ろにも動かない君。ただそこに居る君の気持ちをそのままにして、僕は自分の満足だけを選ぶんだ。
君の気持ちを止めるそぶりはしても、拒絶だってしない。
判ってるけど、どうにもできない。
だから差し出されたチョコレートだけを受け取って、返事には触れない。
(このほろ苦さってチョコっぽいね)
君を前に、僕は何を考えているんだか。
「本当に、ずるいなぁ」
その裏にある感情はたぶん、私と同じだと知っている。けれど少しだけ違う事も気づいているから。
チョコレートを手作りしないで、貴方のためだけに既製品を買ってきたんだよ。
ただの一方通行じゃないって知っているけれど……知らないふりをしてあげる。
●恋と好奇心
(えへへ……一緒にお出掛け。嬉しいの、です……!)
メイ=ロザリンド(ka3394)がその胸に抱いている秘密の気持ちは、イブリス・アリア(ka3359)が一緒に居てくれるだけで更に膨らんでいく。
『一緒に出掛けませんか?』
ただ文字に書くだけ。書いた文字を見せるだけ。
そうやって少しずつ自分を鼓舞して、震える手で書き上げたその言葉。
偶然同じ場所に居合わせて、話し相手になってもらうだけでも早くなる鼓動を押さえつけて、勇気を振り絞って見せたその言葉。
承諾の言葉が返ってきたとき、自分がどんなに嬉しかったか。
(イブリスさんはきっと、知りません……)
声のかわりに豊かに変わる表情を横目でちらりと伺う。人ごみで賑わう中でこの様子では危なっかしいだろうと、ただの付き添いのつもりで誘いを受けた。
(減るもんでもないからな)
散歩する際メイの手が自分の手に繋がった時も抵抗はしなかった。別に初めてでもなかったので。
「甘いものは好きじゃないんでね」
緩んだ緑のマフラーを巻きなおしながら伝え、チョコレートを避ける方へと向かっていく。バレンタインの色とりどりな菓子の包みに目を輝かせていたはずのメイも素直に同じ方角に足を向けた。
一緒に過ごす時間が増えるだけで、嬉しいと思っているのだ。
(こんな風に、食べるの……ですね)
イブリスが選んだ店というだけでよかった。いつもなら見られない姿が少しでも見られるのだ。どんなことでも新しい発見になる。
『その味、お好きなんです……か?』
好物も知る事が出来たらもっといい。話せる切欠にもなるからとメイはスケッチブックに出来る限り早く文字を書き続けた。
腹ごなしと称して適当にぶらつくだけなのに。メイは終始楽しそうにしている。
自分に対してどうしてそこまで前向きになれるのかわからないまま、気付けば日も傾いて来る時間になっていた。
『あ、あの。今日は……ありがとうございます、ね』
見慣れたメイの文字。彼女自身の顔が赤いのは夕日の加減もあるだろうけれど。
『イブリスさんとお出掛けが出来てとっても嬉しいの、ですよ……!』
感謝されても、ただそれを素通しするだけだ。
(やれやれ、何が楽しいのやら)
拒否する必要があるほどには踏み込んでこないメイを前に、イブリスが抱く感想は変わらなかった。
●勇気の欠片
兄と合流する時間までまだ少しある。それまで祭りの気分を楽しもうとエステル・クレティエ(ka3783)は広場に足を踏み入れた。
贈るチョコレートの包みは二つ用意してある。
習作の歪なものだけでは申し訳ないから、うまく出来たものと詰め合わせた方は兄の分。
綺麗なものだけを詰めたもう一つは、荷物の奥に隠しておいた。
「一曲お願いできますか?」
どんな詩がいいかと問われ、少しだけ言葉に詰まる。
(告白ではないし)
今はまだ、渡したいだけの相手。
「多分今日は間に合わないし……ほんの少しだけ、勇気が欲しいなって」
むしろ間に合わない方が気付かれることもないと思う。それでも勇気が必要な相手。
「ふふ、それならこの詩でどうかな?」
チョコレートに包んでしまえば、それだけで隠せているんだよ……要約すると、そんな言葉。
「……ありがとう」
お礼にと差し出したのは予備にともっていた二種類のトリュフ。
「お代は君の事情でもう貰ったからね♪」
チョコの分だよと返された包みは見覚えがある。
「是非、ご自分でも食べてくださいね。皆で心を込めてがんばったので」
笑顔で受け取る。これはお土産にして、家族で食べよう。
●歌と光
出店に目移りしっぱなしのティアナ・アナスタシア(ka0546)と共にシエル=アマト(ka0424)も道沿いの店を冷かす。
思えば観光らしい観光もしていなかった。いい機会だからクリムゾンウエストの空気を堪能しようと思う。
「誰が考えたかは知らないけど、お菓子をいっぱい食べていい日ってのは素晴らしいね」
ティアナの声を聞きながら、こっちではそういう解釈なんだなあと思う。自分には縁遠い話だと思っているのだ。
広場で特に目を惹くのは楽器や歌等の音楽を披露する者達だ。競うようなものではなく、音のない場所を補い合う空気。
シエルは音の世界に飛び込みたくなっていた。ギターは今も背にあるのだ、何もしない方が勿体ない。弾いてくれとばかりにステージが待っている気がするのだから。
「なあティアナ、一曲歌ってくれないかな」
「え、こんな人の多いところで……」
緊張する。何よりも二人でいるという事が周りにどう映るのか気になるけれど。
「でもシエルの頼みなら……」
断るなんて考えらえられない。返事の後のシエルの笑顔で引き受けてよかったと思う。明るいテンポのメロディはきっと周囲を応援する為のものだけれど、ティアナは自分の為にも声を響かせた。
気になったお菓子から順に買い求めては二人で食べ比べていく。
「これは少し変わってる……」
食べるだけじゃなく探求心にも余念がないティアナ。
素材の確認に意識を向けているその隙をシエルは利用したし、ティアナも意識する相手がさりげなく離れた機会を利用する。
その結果。
「はい、お土産」
髪につけたのは朝顔の髪飾り。季節の花ではないけれど、丸の中に白い星の光が入っているように見えたから。
「うん、よく似合ってる」
「ありがとう……大事にするね」
今日の記念との言葉に今が好機と思うけれど、気恥ずかしさが募る。
「わ、我からもささやかだが……別に礼はいらん、気まぐれだっ」
特におすすめの店で買ったものだ。手作りも考えたけれど、まだはっきりと気持ちを伝える時期ではないから、なるべく強く意識されないように、けれど自信を持って美味しいと言える物を。
気付かれたくないあまり高まった緊張が覚醒を促して、髪の色も口調も変わる。その勢いで箱をシエルに押し付けて、くるりと道の先へ。
「まだ時間もあるっ。我はまだ食べたりないんだからな」
●家族
「これとこれと……これも、迷いますねぃ、どんな味がするんでしょうねぇ」
真剣な眼差しでチョコレートを選び抜こうとしている鬼百合(ka3667)の様子に春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)は目を細め、値札を確認。
「高ぇチョコってのはどれも美味そうでさ」
「……しおんねーさん、それじゃ身も蓋もないでさぁ」
じとりとした視線が返された。
「ま、好きなもん選びなせぇ、せっかく皆で食べるんですし」
「もちろんで」
家主の分と、仲間と。共に暮らす者に贈る物を選ぶ、皆が食べたいと思うようなものが一番だ。
「皆で食べたらきっと美味しいですぜ」
広場に立ち寄ったのも、軽快なリズムに釣られたのも偶然。
「ステップ、男と女、どっちしたい?」
「……男の方で」
部族に伝わる踊りとは違う、きっとねーさんが男役をする方が間違いはない、それくらいわかっちゃあいるんです。
(それでも立ち位置は譲れねーんです)
拗ねた顔を誤魔化すように口をとがらせた鬼百合に、紫苑の笑い声が降り注ぐ。
くるりんっ
「わ、わ!」
女役が回るはずのタイミングで、紫苑が鬼百合を回した。はじめこそ驚いた様子だったけれど、すぐに面白さが勝ったようで笑顔が浮かぶ。
「ほーれ、ほれっ」
調子に乗り更に回していく。その度に上がる笑い声で自分でも楽しくなってくる。
「しおんねーさん、ダンスって楽しいですねぇ!」
年相応の反応を引き出せたことが一番だ。実のところ結構腰に来ているのだが、補って余りある。
「さ、帰りやしょうか」
腰を叩きながら振り向けば、差し出されるひとつの包み。
「あ、あの、ねーさんこれ!」
勢いに任せて押し付ける。日頃の感謝を伝えたいだけだけれど、どうしても顔が赤くなってしまう。
悪戯を思いついたのとは違う、柔らかい微笑みで受け取ってくれるからなおさらだ。頭に置かれた手もいつもより温い気がする。
「ありがとよ、嬉しいですぜ」
すぐに開こうと手をかける。
「今開けちゃダメでさ!」
慌てた鬼百合の静止も甲斐なく、解いたリボンの先にあるのはチョコレートが混ぜ込まれたクッキー。
「何でぃ、開けちゃいけねんですかぃ?」
からかいの声が止まった。まだ拙いけれど、覚えたての蒼界の文字で書かれた『いつもありがとう』のチョコレート文字に、再び表情が緩んだ。
●仕掛け
買い求めたチョコレートの包みを一度開けて、エミリー・ファーレンハイト(ka3323)は『あたり』と書いたコインをねじ込む。物理的に、それこそ力任せに。
「これで準備は万端ですね♪」
父の教えを胸に私、頑張ります!
『バレンタインはチョコレートを好きな男性へ贈って楽しむ祭だ』
きっと彼女の養父は恋心の行く末を楽しむ意味で言ったのだろう。けれどエミリーは『楽しむ』を何か違う方向に解釈しているようだった。
広場で見かけたシャイネに近寄ったのは、偶然最初に視界に入ったからだ。
「初めまして。これ、ご挨拶の代わりです」
ぽっと頬を染めたエミリーが突然チョコレートを差し出しても動じた様子はなかった。
「ふふ、僕の詩に魅了されてしまったのかな? 僕からもおすそ分けだよ♪」
足元の袋にたくさん詰まっている中から一つ渡される。
(これはこの方からの好意の印……)
再び頬を染める彼女の前で、別の袋にチョコをしまうシャイネ。袋ごしとはいえ、コインをねじ込んだ穴に気が付いたようだ。
「それは、後のお楽しみです♪」
舌なめずりの音が聞こえた気がしたが、指摘する者は居なかった。
●食堂の味
特定の菓子がやたらと出回るからと、カルロ・カルカ(ka1608)は市場調査を目的に出向いてきていた。
「……巽、やることが無いなら手伝え、あってもさっさと終わらせて手伝え」
「えぇっ? あ、カルロさん」
巽・レガレクス(ka3318)を見つけたのは偶然だが、丁度いいと確保した。確かめる舌、食べ物を収める胃袋、そして荷物を運ぶ腕は多い方がいいに決まっている。
(いや、別に断るとかそういうわけじゃないんだけどぉ)
身長も体力も自分の方が上なのだけれど相手は先輩だし、荷物持ちはやぶさかではない。先輩の味覚やら料理の知識を習えるなら自分にとっても都合がいいからむしろお願いしたいくらいだ。
だけど……目つきというか雰囲気というのか。纏う精霊の空気が本能的に……ちょっとだけ、怖い、ような?
(いい人、だと思う、うん)
少しでも見方を変えるきっかけになればいいなと前向きに捉えて、巽も後を追った。
ひょい、ぱく……ぱく、もぐ……ひょい。
「……次はそれをくれ」
売り子から受け取ってすぐに開封、試食を始めるカルロを巽は横からぽかんと眺める。
既に購入したものが詰まった大きな袋を抱えているのだが、その重さを忘れてしまいそうになる。
(甘いもの、好きなのかな)
ただ仕事で食べているというよりは、テンポの良い動きがそう思わせる。
ひょい……もぐ?
考えている隙に、チョコレートを放り込まれた。
「感想を言え、手短にな」
軽く急かすと、今までで一番舌触りが良かったとの返事。
(間違いはなさそうだ)
自分と同じ感想にカルロは確信を得る。
「カルロさんの選ぶものってハズレないなぁ」
続けてこぼれた言葉は、自分にとっても不意打ち。褒め言葉だとはわかるけれど、どう答えていいのかよくわからない。
「次に行くぞ、まだ調べなきゃならん分は山ほどあるからな」
聞こえなかったふりのついでに。
「……つきあわせた代わりに、帰ったら新作の試食を任せてやっても良い、それぐらいの礼はする」
その為に材料を買い集めているのだから。
「あ、それ俺も! チョコケーキの新案、試したいし」
味見して感想くれるおまけもつけてくださいと追いかける巽。
(今日、意外と楽しかったし)
職場がより楽しくなりそうだと思いながら。
●見えない距離
微笑みさえも浮かべられない今、外出すべきではないかもしれないけれど。目深に被ったフードの下でシェリル・マイヤーズ(ka0509)が想うのは大事な者達のことと、彼らへのバレンタインの贈り物。
今日が誕生日の者もいたはずだから、おめでとうと伝えるためのシンプルなメッセージカードも手に取っておく。
生死の境を知った後でもこうして彼らを想える事実を、どこか他人事のように実感していた。
(恋……分からない……)
微かな違和感もあるが気付かないまま、前と同じことを思う。
「ねぇ……シャイネ……。忙しくて仕方無い中で、たくさんの贈り物から……見つけて貰えると思う?」
内に同じ物を見た、大人びた彼の事。込める花言葉は「親愛」のつもりだけれど……ここでも、違和感。
(ちゃんと話せる人……いるのかな……次に会えたら、聞いてみよう)
自分が慕う兄や姉のような誰かが居ればいいと思う。
「惹き合う何かがあれば、きっとね」
曖昧な返事がこの日は特によく似合った。
●自身の味
チョコレート饅頭の文字が書かれたのぼりと、それらが詰められた木箱達。
「……さて、売れるか、な?」
屋台を引くオウカ・レンヴォルト(ka0301)の頭上にはポム、左には小太郎も傍に居て、可愛らしいマスコットも完備しているのだが。
あまり売れない。オウカが基本的に受け身で、呼び込みをしていないせいだ。
これが例えばスープのような暖かい湯気をだしていたり、焼き魚のように美味しそうな香りを漂わせていたら話は別だったかもしれない。ここはすでにチョコレートの香りがそこかしこから溢れているから、饅頭の香りはその中であまり目立たないのだ。
「……売れ残ってしまう、か?」
途方にくれる。どうしていいのかわからない。
「ん……シェリル、か。シェリルも、こっちにきていたんだ、な」
ふと閃くオウカ。
(味が悪いのだろうか)
実家の味を元にバレンタインに合うよう工夫したのだが。
「……味見、頼めない、か」
第三者の意見が欲しいと差し出す饅頭は勿論無料だ。友人ということもあるが、こちらから食べてくれと頼んでいるのだ。
「ん……おいしい、よ」
中のチョコレートもちょうどいい柔らかさだとの答えに安堵の息をついた。
●掻き分けて
「見つけましたわ! お仕事お疲れ様ですの、是非このチョコレートで日頃の疲れをリフレッシュしてくださいな」
仕事中だとわかる点において師団兵の兵装は便利な目印だった。刻崎 藤乃(ka3829)は第三師団兵に駆け寄り包みを突き出した。
「我々は仕事中で……」
大きな荷物を持っている数名は警戒半分、驚き半分といった様子。
「最近和菓子の作り方を学びまして、その応用で作りましたの!」
リアルブルーに実際にあるお菓子の再現ですのよと解説する藤乃の勢いにたじろぎかけていた彼らの中で、一人がモノクルをきらりと光らせた。
「和菓子……リアルブルーとおっしゃいましたー?」
「そうですわ。アイスとマスの酢飯、そしてチョコレートが入っていますの。甘味と酸味でサッパリといただけるトヤマの名物ですわ!」
女性兵士に乞われるままに語る藤乃、相手はメモを取り始めていた。
「作り方を教えて頂いたお礼ですわ!」
オウカにも渡したところ、藤乃はチョコレート饅頭を入手。
(やっぱり本家が作ると違いますのね)
もぐもぐと食べながら、自分の為のチョコレートを探し始めた。
●料理人
(クリムゾンウェストにもバレンタインがあるとは)
買い出しのつもりだった鬼塚 雷蔵(ka3963)は予定変更。店で出すメニューのヒントを探そうと、チョコレート菓子を見て回ることにしたのだ。
「もらうアテも贈るアテもないからな」
今日は店に来てくれる客のために使う日だということにして、賑わいの中へと足を踏み入れた。
転移前も別に気にしたことはなかったが、紅界のバレンタインはより男性への門戸が広く開かれている気がする。
「ふむ……?」
試食として供されているものには率先して手を伸ばす。試したい味が見つかれば自分の料理に応用できないか思考を巡らせる。
例えばチョコレートケーキに入っていたのがドライトマトだったとか。ほのかな酸味がチョコレートの甘さを抑えて食べやすくさせている。視点の違う使い方に新鮮な気分になりつつ、雷蔵は脳内の買い出しメモに新しい食材を追加していった。
(良き出会いがあるように)
道行くカップルへの祝福や見知らぬ誰かの道行きにエールを送っていた雷蔵が見つけたのはチョコレート饅頭の屋台。
「ん?」
どこか近い空気を感じ取り、作り手同士の視線が交差した。
●初デート
「今日は誘いを受けてくださいましてありがとうございます、クローディア殿」
差し出された屋外(ka3530)の手にクローディア(ka3392)の手が重なる。
「うん、よろしく頼むな」
「貴女の望むままに、今日は二人で過ごしましょう」
大切なクローディアと過ごす時間だから、全てを素敵なものに演出しなければ。
じっと露店の商品を見つめるクローディア。並ぶ品は特にバレンタインを意識したものが多いから、普段使いができるかどうかが選ぶ基準だ。ハートの形は少し自分には可愛らしすぎる気がするけれど、このチョコレート色なら自分の髪色にも合うだろうか?
(これなら)
クローディアが目を留めたすぐ後にそれは視界から持ち出される。屋外の手の上に移動したそれをゆっくりと視線で追う間に支払いは済んで、彼は彼女の手の上に買ったものを乗せた。
「もしよろしければ、今つけて頂いても?」
「わかった」
細工そのものは精緻ではない。ただ普段は身に着けない物だから、首の後ろで小さなパーツを操作するのは少し難しい。
「手をお貸ししても?」
「頼む」
嬉しそうな声音が不思議だが、素直に屋外の手へ委ねた。
首から下がる小さな、シンプルなハートはクローディアの瞳と同じ銀の輝き。
「どう見える?」
目を細めて見つめてくる屋外に尋ねる。
「クローディア殿が素敵です」
どんな物をつけていても。そう続いた。
日も陰りはじめた頃に脚を向けた広場、流れる緩やかな調子の曲を耳にして、彼は恋人にそっと片手を差し出した。
「ダンスをご一緒に。好ければ、御手を」
クローディアの手が再び重ねられる。気をきかせた楽士が、より踊りやすい曲へと変えた。
(貴重な相手……なんだろうな)
リードに合わせて、調べにその身を乗せる。体を近く寄せ合う時は自分からも腕を回し、屋外の温もりを確かめる。クローディアが何かする度に彼は笑顔を向けてきた。
空に星が瞬き始めるまで踊り続けた後、彼は軽々と彼女を抱き上げた。背と膝の下に腕を添えて、お互いの顔はできるだけ近くに。
「クローディア殿。貴方だけを愛しています」
飾らない愛の言葉。
「自分と、一緒に居て頂けますか?」
何もかも一番近い距離から伝えられるその言葉に、頷く代わりに。
クローディアは屋外の唇にキスを落とした。
●とろける
舞桜守 巴(ka0036)からのデートの誘いが凄く嬉しかったから、時音 ざくろ(ka1250)は服も髪を結うリボンもいつも以上に張り切って選んだ。
「今日はありがとう♪」
一緒に居る時間を楽しんでもらうため、自分も二人の時間を楽しむため。どこに出かけるかしっかり計画も練って来たざくろの笑顔には嬉しさを示す頬の紅潮と、エスコートへの自信が溢れていた。
(本当、可愛いですわよね)
女の子が大好きな自分がデートに誘ってしまうくらいなのだ。巴は改めてざくろの笑顔に見とれている自分を自覚していた。
「こういうのもいいものですわね?」
聞こえてくる恋の歌が雰囲気を盛り上げていて。腕にしがみついてくる巴の暖かさと柔らかさが無性に愛しい。
(いつもだったらこんなこと、人前で出来ないけど)
すぐ近くにある巴の顔に唇を寄せるざくろ。
「巴、ほっぺに……」
擽るように舐めとったのは、さっき二人で食べたシュークリーム。唇の近くにほんの少しだけ残っていたのだ。
「ん、少し甘すぎたかな?」
それとも巴が甘いからかな。呟くざくろに巴が近い距離で微笑む。
「たまには悪くないですわよ?」
特別な日らしくて。言葉の響きに、別の深い何かものぞかせて。
「渡したいものがありますの、目を瞑っていてくださいな?」
ディナーの後、もう少し一緒に居たいねとあてもなく歩きはじめて。ふとした瞬間に紡がれた巴の言葉。
「えっ、目閉じるの?」
艶の含まれた響きにざくろの頬が染まり、期待のこもった返事と共に瞼が下りた。
素直に答える、寝顔に似たその表情を堪能してから巴の影がゆっくりとざくろに重なる。くわえていたチョコレートを舌と共に押し込めば、彼からも絡ませるように返されて。
互いにチョコレートを転がす合間、もうひとつの箱をざくろの手へと滑り込ませる。
「……ふふ、ハッピーバレンタイン、ですわ♪」
目の前を占める笑顔に更に頬が上気する。
「チョコより甘い物もっと欲しいな……巴、大好き」
巴の背と腰に腕を回したざくろが耳元で、音にならないほどの囁きをふき込んでいく。
「今日は、巴を帰したくないな」
赤の瞳が熱を帯びる。
(……まぁ♪)
巴の返事は、ざくろの唇に塞がれた。
手当たり次第にチョコレートの材料と思われる物を買いあつめるロロ・R・ロベリア(ka3858)は棒飴を噛み砕いたり、チョコレートたっぷりのホットクレープを手に持っていたりと全身でバレンタインを満喫している。
「ふっ……これで今年こそ……今年こそ」
ひと段落の後、道端で溜めに溜めたガッツポーズ。
「奴を仕留める!!」
ちっとも振り向いてくれない年上のお兄さんを射止めようと苦心する少女に見えないこともないが『仕留める』は言い間違いではない。
「去年は協力な三日三晩苦しむやつ、一昨年は腹下し、その前は一撃コロリのをわざわざ入れて作ってやったってのにあの野郎食いやしねぇ!!」
毒草とか腐肉とか劇薬とか。手間暇かけて用意したものがすべて無駄になった記憶が蘇る。自分の労力を主軸に据えているロロは気付かないのだ、完成品のあまりの酷さが原因だなんて。
結果すべてが未遂なので、ロロ自身が潔白なことは何も変わらない。
「ていうかなんで俺があいつのためにわざわざ入れるもん悩まなくちゃなんねぇんだよメンドクセェ! もうその辺の石ころ詰めるか……あ、ついでにこの雑草も入れよ」
今年のチョコレートも一瞥でポイ、決定。
●繰る頁
「どこもかしこも随分な浮かれようだね」
肩を竦めるシルヴェイラ(ka0726)。
「ま、嫌いではないが」
特に今は、普段引きこもりがちの幼馴染が機嫌良く外に出ているから。
エルティア・ホープナー(ka0727)がいつ手に抱えた本を読み始めても大丈夫なように、人の波を読むことだって忘れない。それが習慣として身体に染みついている。
「……ええ、こんなときの音は、特に綺麗だわ」
視界を閉ざせばより強く、音楽がエアの耳に届けられる。時折混じる人間の楽しそうな声も楽器のように聞こえる時がある。そこに込められた想いがそうさせるのだろうか。
斜め掛けバッグから小箱を取り出す。
作る為の道標、レシピとして簡潔にまとめられた文章に気を惹かれてしまったから、手元の作業を何度も止めた。そのせいかどうかはわからないけれど、良かれと思って入れたシーラの好きな珈琲がその存在を大きく主張してしまった。
(苦みの強いチョコレート。確かに甘さも少し、あったけれど)
試食した時の苦味が蘇る。
「エア、どうしたんだ?」
声を切欠に差し出す。ラッピングは思い描いた通りに出来たたのだ。鍵を模したモチーフが箱の上に来るように、余剰の包装紙を折り畳んである。
「きみが、つくったのか?」
驚いた様子は滅多に見せない彼が目を見張っている。
「……何かの実験をしているみたいだったわ。少し失敗してしまった気もするのだけれど……食べてくれるでしょ?」
いつもの声と顔で。けれどエアの耳がパタパタと動いているのは照れ隠しの癖だと知っている。
「ああ。君らしいなあ」
作っているときの様子だって簡単に想像できるくらいで、思わず苦笑いが零れる。
「ありがとう、エア」
失敗なんて気にするはずがない。
愛とか恋のような激しい感情ではないと思う。ただ、今も隣を歩く幼馴染のことは大切だから側にと思う。
聞こえてくる曲に乗せて口ずさむ詩はどの本で見たのだったか。寄り添い歩く周囲を眺める。
(蒼の地からの祭事……大地が違っても何かを、誰かを想う気持ちは同じなのよね)
シーラは元から家族みたいなものだから、大切だし、側にと思うのは当たり前で、物語のような恋愛とは違う気がする。
(覚悟して完食しよう)
苦いものに合いそうな珈琲のブレンドを思案するシーラはまだ知らない。その苦味が焦げたせいではないという事を。ほのかに浮かび上がる甘さに気付くのは、二人で開くお茶会の後。
●恋の色
(手を繋ぐくらい、なんてことない)
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の意識は繋がった手に向かっている。感謝の想いも愛情もありったけ込めたトリュフチョコだって準備したのに、アルファス(ka3312)の顔もまともに見れやしない。
(君の誕生日でバレンタインだから、一緒に過ごせることが嬉しいけど)
自分が持っている包みにだって気づいていないくらい緊張している恋人が心配でたまらない。
「ユーリ、ベンチがあるから一度、座ろうか?」
「アル……っ!?」
彼の言葉がまともに聞こえていなかったユーリは小箱にかけたはずの手を滑らせた。
(いけない!)
大切な気持ちをほんの少しだって取りこぼしたくなくてなりふり構わず手を伸ばす。
パシッ
一度離れかけていた手の熱が戻ってくる。ぐいと引き寄せられて、温もりに包まれてはじめて何が起きたのかを把握する。
「怪我は? うん、大丈夫だね」
優しく響く声の中、小箱が無事で息を吐いて……また息をのむ。
(失敗しちゃった!?)
不安で彼の手を振りほどこうと身を捩りかけて。
ちゅっ
額へのキスで小さな音をたてたのは、ユーリの意識をそこに向けるため。
(不安な顔より、悲しそうな顔よりも。驚いた顔とか、笑った顔を見せてくれる?)
君の不安は僕が吹き飛ばしてあげる。
「僕は逃げないから大丈夫」
笑顔で、呆けたユーリに持っていた包みを見せる。
「ほら、誕生日おめでとう。良かったら後で着て見せてよ♪」
ユーリに似合うと思い選んだドレス。一緒に私服を見繕った店で見つけたそれはサイズもちょうどいいはずだ。
(良いキッカケを与えてくれるといいな)
慣れない事にも挑戦してくれていて、それは僕の為という事も多くて。僕にとってだけではなくて、ユーリ自身にも良い形になってほしい。
(これを着たら、もっとうまく、素直に伝えられる気がする)
アルの気持ちに包まれることと同じだから、きっと。
気恥ずかしさはあるけれど。不安な気持ちは取り除けた気がする。ドレスの……アルからのプレゼントの力があるから。だから、伝えたかった言葉を。
「ハッピーバレンタイン。私の思いを込めたチョコ、受け取って欲しいな」
「勿論だよユーリ。そのドレス、思った通り似合ってる」
再び手を繋いでアルファスが歩き出す。今度はユーリも前を向いて一歩を踏み出した。
「さあ、今は思い切り遊ぼう♪」
●交差
チョコレートの存在があるから、この場所に立っていられる。
ウォルター・ヨー(ka2967)に伝える言葉を口の中で繰り返しながら、柏木 千春(ka3061)は彼が来るだろう方角を見据えていた。
「呼び出しちゃって、ごめんね」
来てくれてありがとう。謝罪と感謝なら、受け取ってくれるから。
(まーほら、理由なんてわかってるわけだよ)
千春の横顔が見える場所から様子をうかがう。不恰好に貰うだけっていうのも芸が無いって話じゃないか?
男ならかっこつけたいものだから、今日も変化球でいかせてもらうよ。
(ねぇ、君だってもう慣れっこだろう?)
「ハッピーバレンタイン」
待ち望んでいた声の方を振り向けば、そこには大輪の花束。
奥から覗く意地の悪い笑顔。いつもの彼がそこに居る。
「わわっ?」
用意した言葉が言えないままこの花を受け取ったら、抑えられなくなってしまうのに。
「ずるい、なぁ……!」
色によって意味の違う花。一つの色じゃないのは間違いなくわざとだ。この季節に一色を揃えるには難しい花だからって、きっと言うのだろうけれど。
でも嬉しいことには変わりない。
(私の事を考えてそうしてくれたのが、わかるから)
千春の笑顔に喜びの色が見える。
(十分さ、これ以上は望まない)
友人とも取れる言葉ならいくらでも言えるけど、決定的な、君が一番欲しいはずの言葉はあげられない。
「ありがとう。……大好き」
零れた言葉の向こうに見える潤んだ瞳の君を前にする度、身体が固くなる気がするよ。
「こんな見え見えの手で喜ぶなんて、君はちょろくて助かるよ」
お為ごかしでしか答えない僕の近くで、前にも後ろにも動かない君。ただそこに居る君の気持ちをそのままにして、僕は自分の満足だけを選ぶんだ。
君の気持ちを止めるそぶりはしても、拒絶だってしない。
判ってるけど、どうにもできない。
だから差し出されたチョコレートだけを受け取って、返事には触れない。
(このほろ苦さってチョコっぽいね)
君を前に、僕は何を考えているんだか。
「本当に、ずるいなぁ」
その裏にある感情はたぶん、私と同じだと知っている。けれど少しだけ違う事も気づいているから。
チョコレートを手作りしないで、貴方のためだけに既製品を買ってきたんだよ。
ただの一方通行じゃないって知っているけれど……知らないふりをしてあげる。
●恋と好奇心
(えへへ……一緒にお出掛け。嬉しいの、です……!)
メイ=ロザリンド(ka3394)がその胸に抱いている秘密の気持ちは、イブリス・アリア(ka3359)が一緒に居てくれるだけで更に膨らんでいく。
『一緒に出掛けませんか?』
ただ文字に書くだけ。書いた文字を見せるだけ。
そうやって少しずつ自分を鼓舞して、震える手で書き上げたその言葉。
偶然同じ場所に居合わせて、話し相手になってもらうだけでも早くなる鼓動を押さえつけて、勇気を振り絞って見せたその言葉。
承諾の言葉が返ってきたとき、自分がどんなに嬉しかったか。
(イブリスさんはきっと、知りません……)
声のかわりに豊かに変わる表情を横目でちらりと伺う。人ごみで賑わう中でこの様子では危なっかしいだろうと、ただの付き添いのつもりで誘いを受けた。
(減るもんでもないからな)
散歩する際メイの手が自分の手に繋がった時も抵抗はしなかった。別に初めてでもなかったので。
「甘いものは好きじゃないんでね」
緩んだ緑のマフラーを巻きなおしながら伝え、チョコレートを避ける方へと向かっていく。バレンタインの色とりどりな菓子の包みに目を輝かせていたはずのメイも素直に同じ方角に足を向けた。
一緒に過ごす時間が増えるだけで、嬉しいと思っているのだ。
(こんな風に、食べるの……ですね)
イブリスが選んだ店というだけでよかった。いつもなら見られない姿が少しでも見られるのだ。どんなことでも新しい発見になる。
『その味、お好きなんです……か?』
好物も知る事が出来たらもっといい。話せる切欠にもなるからとメイはスケッチブックに出来る限り早く文字を書き続けた。
腹ごなしと称して適当にぶらつくだけなのに。メイは終始楽しそうにしている。
自分に対してどうしてそこまで前向きになれるのかわからないまま、気付けば日も傾いて来る時間になっていた。
『あ、あの。今日は……ありがとうございます、ね』
見慣れたメイの文字。彼女自身の顔が赤いのは夕日の加減もあるだろうけれど。
『イブリスさんとお出掛けが出来てとっても嬉しいの、ですよ……!』
感謝されても、ただそれを素通しするだけだ。
(やれやれ、何が楽しいのやら)
拒否する必要があるほどには踏み込んでこないメイを前に、イブリスが抱く感想は変わらなかった。
●勇気の欠片
兄と合流する時間までまだ少しある。それまで祭りの気分を楽しもうとエステル・クレティエ(ka3783)は広場に足を踏み入れた。
贈るチョコレートの包みは二つ用意してある。
習作の歪なものだけでは申し訳ないから、うまく出来たものと詰め合わせた方は兄の分。
綺麗なものだけを詰めたもう一つは、荷物の奥に隠しておいた。
「一曲お願いできますか?」
どんな詩がいいかと問われ、少しだけ言葉に詰まる。
(告白ではないし)
今はまだ、渡したいだけの相手。
「多分今日は間に合わないし……ほんの少しだけ、勇気が欲しいなって」
むしろ間に合わない方が気付かれることもないと思う。それでも勇気が必要な相手。
「ふふ、それならこの詩でどうかな?」
チョコレートに包んでしまえば、それだけで隠せているんだよ……要約すると、そんな言葉。
「……ありがとう」
お礼にと差し出したのは予備にともっていた二種類のトリュフ。
「お代は君の事情でもう貰ったからね♪」
チョコの分だよと返された包みは見覚えがある。
「是非、ご自分でも食べてくださいね。皆で心を込めてがんばったので」
笑顔で受け取る。これはお土産にして、家族で食べよう。
●歌と光
出店に目移りしっぱなしのティアナ・アナスタシア(ka0546)と共にシエル=アマト(ka0424)も道沿いの店を冷かす。
思えば観光らしい観光もしていなかった。いい機会だからクリムゾンウエストの空気を堪能しようと思う。
「誰が考えたかは知らないけど、お菓子をいっぱい食べていい日ってのは素晴らしいね」
ティアナの声を聞きながら、こっちではそういう解釈なんだなあと思う。自分には縁遠い話だと思っているのだ。
広場で特に目を惹くのは楽器や歌等の音楽を披露する者達だ。競うようなものではなく、音のない場所を補い合う空気。
シエルは音の世界に飛び込みたくなっていた。ギターは今も背にあるのだ、何もしない方が勿体ない。弾いてくれとばかりにステージが待っている気がするのだから。
「なあティアナ、一曲歌ってくれないかな」
「え、こんな人の多いところで……」
緊張する。何よりも二人でいるという事が周りにどう映るのか気になるけれど。
「でもシエルの頼みなら……」
断るなんて考えらえられない。返事の後のシエルの笑顔で引き受けてよかったと思う。明るいテンポのメロディはきっと周囲を応援する為のものだけれど、ティアナは自分の為にも声を響かせた。
気になったお菓子から順に買い求めては二人で食べ比べていく。
「これは少し変わってる……」
食べるだけじゃなく探求心にも余念がないティアナ。
素材の確認に意識を向けているその隙をシエルは利用したし、ティアナも意識する相手がさりげなく離れた機会を利用する。
その結果。
「はい、お土産」
髪につけたのは朝顔の髪飾り。季節の花ではないけれど、丸の中に白い星の光が入っているように見えたから。
「うん、よく似合ってる」
「ありがとう……大事にするね」
今日の記念との言葉に今が好機と思うけれど、気恥ずかしさが募る。
「わ、我からもささやかだが……別に礼はいらん、気まぐれだっ」
特におすすめの店で買ったものだ。手作りも考えたけれど、まだはっきりと気持ちを伝える時期ではないから、なるべく強く意識されないように、けれど自信を持って美味しいと言える物を。
気付かれたくないあまり高まった緊張が覚醒を促して、髪の色も口調も変わる。その勢いで箱をシエルに押し付けて、くるりと道の先へ。
「まだ時間もあるっ。我はまだ食べたりないんだからな」
●家族
「これとこれと……これも、迷いますねぃ、どんな味がするんでしょうねぇ」
真剣な眼差しでチョコレートを選び抜こうとしている鬼百合(ka3667)の様子に春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)は目を細め、値札を確認。
「高ぇチョコってのはどれも美味そうでさ」
「……しおんねーさん、それじゃ身も蓋もないでさぁ」
じとりとした視線が返された。
「ま、好きなもん選びなせぇ、せっかく皆で食べるんですし」
「もちろんで」
家主の分と、仲間と。共に暮らす者に贈る物を選ぶ、皆が食べたいと思うようなものが一番だ。
「皆で食べたらきっと美味しいですぜ」
広場に立ち寄ったのも、軽快なリズムに釣られたのも偶然。
「ステップ、男と女、どっちしたい?」
「……男の方で」
部族に伝わる踊りとは違う、きっとねーさんが男役をする方が間違いはない、それくらいわかっちゃあいるんです。
(それでも立ち位置は譲れねーんです)
拗ねた顔を誤魔化すように口をとがらせた鬼百合に、紫苑の笑い声が降り注ぐ。
くるりんっ
「わ、わ!」
女役が回るはずのタイミングで、紫苑が鬼百合を回した。はじめこそ驚いた様子だったけれど、すぐに面白さが勝ったようで笑顔が浮かぶ。
「ほーれ、ほれっ」
調子に乗り更に回していく。その度に上がる笑い声で自分でも楽しくなってくる。
「しおんねーさん、ダンスって楽しいですねぇ!」
年相応の反応を引き出せたことが一番だ。実のところ結構腰に来ているのだが、補って余りある。
「さ、帰りやしょうか」
腰を叩きながら振り向けば、差し出されるひとつの包み。
「あ、あの、ねーさんこれ!」
勢いに任せて押し付ける。日頃の感謝を伝えたいだけだけれど、どうしても顔が赤くなってしまう。
悪戯を思いついたのとは違う、柔らかい微笑みで受け取ってくれるからなおさらだ。頭に置かれた手もいつもより温い気がする。
「ありがとよ、嬉しいですぜ」
すぐに開こうと手をかける。
「今開けちゃダメでさ!」
慌てた鬼百合の静止も甲斐なく、解いたリボンの先にあるのはチョコレートが混ぜ込まれたクッキー。
「何でぃ、開けちゃいけねんですかぃ?」
からかいの声が止まった。まだ拙いけれど、覚えたての蒼界の文字で書かれた『いつもありがとう』のチョコレート文字に、再び表情が緩んだ。
●仕掛け
買い求めたチョコレートの包みを一度開けて、エミリー・ファーレンハイト(ka3323)は『あたり』と書いたコインをねじ込む。物理的に、それこそ力任せに。
「これで準備は万端ですね♪」
父の教えを胸に私、頑張ります!
『バレンタインはチョコレートを好きな男性へ贈って楽しむ祭だ』
きっと彼女の養父は恋心の行く末を楽しむ意味で言ったのだろう。けれどエミリーは『楽しむ』を何か違う方向に解釈しているようだった。
広場で見かけたシャイネに近寄ったのは、偶然最初に視界に入ったからだ。
「初めまして。これ、ご挨拶の代わりです」
ぽっと頬を染めたエミリーが突然チョコレートを差し出しても動じた様子はなかった。
「ふふ、僕の詩に魅了されてしまったのかな? 僕からもおすそ分けだよ♪」
足元の袋にたくさん詰まっている中から一つ渡される。
(これはこの方からの好意の印……)
再び頬を染める彼女の前で、別の袋にチョコをしまうシャイネ。袋ごしとはいえ、コインをねじ込んだ穴に気が付いたようだ。
「それは、後のお楽しみです♪」
舌なめずりの音が聞こえた気がしたが、指摘する者は居なかった。
●食堂の味
特定の菓子がやたらと出回るからと、カルロ・カルカ(ka1608)は市場調査を目的に出向いてきていた。
「……巽、やることが無いなら手伝え、あってもさっさと終わらせて手伝え」
「えぇっ? あ、カルロさん」
巽・レガレクス(ka3318)を見つけたのは偶然だが、丁度いいと確保した。確かめる舌、食べ物を収める胃袋、そして荷物を運ぶ腕は多い方がいいに決まっている。
(いや、別に断るとかそういうわけじゃないんだけどぉ)
身長も体力も自分の方が上なのだけれど相手は先輩だし、荷物持ちはやぶさかではない。先輩の味覚やら料理の知識を習えるなら自分にとっても都合がいいからむしろお願いしたいくらいだ。
だけど……目つきというか雰囲気というのか。纏う精霊の空気が本能的に……ちょっとだけ、怖い、ような?
(いい人、だと思う、うん)
少しでも見方を変えるきっかけになればいいなと前向きに捉えて、巽も後を追った。
ひょい、ぱく……ぱく、もぐ……ひょい。
「……次はそれをくれ」
売り子から受け取ってすぐに開封、試食を始めるカルロを巽は横からぽかんと眺める。
既に購入したものが詰まった大きな袋を抱えているのだが、その重さを忘れてしまいそうになる。
(甘いもの、好きなのかな)
ただ仕事で食べているというよりは、テンポの良い動きがそう思わせる。
ひょい……もぐ?
考えている隙に、チョコレートを放り込まれた。
「感想を言え、手短にな」
軽く急かすと、今までで一番舌触りが良かったとの返事。
(間違いはなさそうだ)
自分と同じ感想にカルロは確信を得る。
「カルロさんの選ぶものってハズレないなぁ」
続けてこぼれた言葉は、自分にとっても不意打ち。褒め言葉だとはわかるけれど、どう答えていいのかよくわからない。
「次に行くぞ、まだ調べなきゃならん分は山ほどあるからな」
聞こえなかったふりのついでに。
「……つきあわせた代わりに、帰ったら新作の試食を任せてやっても良い、それぐらいの礼はする」
その為に材料を買い集めているのだから。
「あ、それ俺も! チョコケーキの新案、試したいし」
味見して感想くれるおまけもつけてくださいと追いかける巽。
(今日、意外と楽しかったし)
職場がより楽しくなりそうだと思いながら。
●見えない距離
微笑みさえも浮かべられない今、外出すべきではないかもしれないけれど。目深に被ったフードの下でシェリル・マイヤーズ(ka0509)が想うのは大事な者達のことと、彼らへのバレンタインの贈り物。
今日が誕生日の者もいたはずだから、おめでとうと伝えるためのシンプルなメッセージカードも手に取っておく。
生死の境を知った後でもこうして彼らを想える事実を、どこか他人事のように実感していた。
(恋……分からない……)
微かな違和感もあるが気付かないまま、前と同じことを思う。
「ねぇ……シャイネ……。忙しくて仕方無い中で、たくさんの贈り物から……見つけて貰えると思う?」
内に同じ物を見た、大人びた彼の事。込める花言葉は「親愛」のつもりだけれど……ここでも、違和感。
(ちゃんと話せる人……いるのかな……次に会えたら、聞いてみよう)
自分が慕う兄や姉のような誰かが居ればいいと思う。
「惹き合う何かがあれば、きっとね」
曖昧な返事がこの日は特によく似合った。
●自身の味
チョコレート饅頭の文字が書かれたのぼりと、それらが詰められた木箱達。
「……さて、売れるか、な?」
屋台を引くオウカ・レンヴォルト(ka0301)の頭上にはポム、左には小太郎も傍に居て、可愛らしいマスコットも完備しているのだが。
あまり売れない。オウカが基本的に受け身で、呼び込みをしていないせいだ。
これが例えばスープのような暖かい湯気をだしていたり、焼き魚のように美味しそうな香りを漂わせていたら話は別だったかもしれない。ここはすでにチョコレートの香りがそこかしこから溢れているから、饅頭の香りはその中であまり目立たないのだ。
「……売れ残ってしまう、か?」
途方にくれる。どうしていいのかわからない。
「ん……シェリル、か。シェリルも、こっちにきていたんだ、な」
ふと閃くオウカ。
(味が悪いのだろうか)
実家の味を元にバレンタインに合うよう工夫したのだが。
「……味見、頼めない、か」
第三者の意見が欲しいと差し出す饅頭は勿論無料だ。友人ということもあるが、こちらから食べてくれと頼んでいるのだ。
「ん……おいしい、よ」
中のチョコレートもちょうどいい柔らかさだとの答えに安堵の息をついた。
●掻き分けて
「見つけましたわ! お仕事お疲れ様ですの、是非このチョコレートで日頃の疲れをリフレッシュしてくださいな」
仕事中だとわかる点において師団兵の兵装は便利な目印だった。刻崎 藤乃(ka3829)は第三師団兵に駆け寄り包みを突き出した。
「我々は仕事中で……」
大きな荷物を持っている数名は警戒半分、驚き半分といった様子。
「最近和菓子の作り方を学びまして、その応用で作りましたの!」
リアルブルーに実際にあるお菓子の再現ですのよと解説する藤乃の勢いにたじろぎかけていた彼らの中で、一人がモノクルをきらりと光らせた。
「和菓子……リアルブルーとおっしゃいましたー?」
「そうですわ。アイスとマスの酢飯、そしてチョコレートが入っていますの。甘味と酸味でサッパリといただけるトヤマの名物ですわ!」
女性兵士に乞われるままに語る藤乃、相手はメモを取り始めていた。
「作り方を教えて頂いたお礼ですわ!」
オウカにも渡したところ、藤乃はチョコレート饅頭を入手。
(やっぱり本家が作ると違いますのね)
もぐもぐと食べながら、自分の為のチョコレートを探し始めた。
●料理人
(クリムゾンウェストにもバレンタインがあるとは)
買い出しのつもりだった鬼塚 雷蔵(ka3963)は予定変更。店で出すメニューのヒントを探そうと、チョコレート菓子を見て回ることにしたのだ。
「もらうアテも贈るアテもないからな」
今日は店に来てくれる客のために使う日だということにして、賑わいの中へと足を踏み入れた。
転移前も別に気にしたことはなかったが、紅界のバレンタインはより男性への門戸が広く開かれている気がする。
「ふむ……?」
試食として供されているものには率先して手を伸ばす。試したい味が見つかれば自分の料理に応用できないか思考を巡らせる。
例えばチョコレートケーキに入っていたのがドライトマトだったとか。ほのかな酸味がチョコレートの甘さを抑えて食べやすくさせている。視点の違う使い方に新鮮な気分になりつつ、雷蔵は脳内の買い出しメモに新しい食材を追加していった。
(良き出会いがあるように)
道行くカップルへの祝福や見知らぬ誰かの道行きにエールを送っていた雷蔵が見つけたのはチョコレート饅頭の屋台。
「ん?」
どこか近い空気を感じ取り、作り手同士の視線が交差した。
●初デート
「今日は誘いを受けてくださいましてありがとうございます、クローディア殿」
差し出された屋外(ka3530)の手にクローディア(ka3392)の手が重なる。
「うん、よろしく頼むな」
「貴女の望むままに、今日は二人で過ごしましょう」
大切なクローディアと過ごす時間だから、全てを素敵なものに演出しなければ。
じっと露店の商品を見つめるクローディア。並ぶ品は特にバレンタインを意識したものが多いから、普段使いができるかどうかが選ぶ基準だ。ハートの形は少し自分には可愛らしすぎる気がするけれど、このチョコレート色なら自分の髪色にも合うだろうか?
(これなら)
クローディアが目を留めたすぐ後にそれは視界から持ち出される。屋外の手の上に移動したそれをゆっくりと視線で追う間に支払いは済んで、彼は彼女の手の上に買ったものを乗せた。
「もしよろしければ、今つけて頂いても?」
「わかった」
細工そのものは精緻ではない。ただ普段は身に着けない物だから、首の後ろで小さなパーツを操作するのは少し難しい。
「手をお貸ししても?」
「頼む」
嬉しそうな声音が不思議だが、素直に屋外の手へ委ねた。
首から下がる小さな、シンプルなハートはクローディアの瞳と同じ銀の輝き。
「どう見える?」
目を細めて見つめてくる屋外に尋ねる。
「クローディア殿が素敵です」
どんな物をつけていても。そう続いた。
日も陰りはじめた頃に脚を向けた広場、流れる緩やかな調子の曲を耳にして、彼は恋人にそっと片手を差し出した。
「ダンスをご一緒に。好ければ、御手を」
クローディアの手が再び重ねられる。気をきかせた楽士が、より踊りやすい曲へと変えた。
(貴重な相手……なんだろうな)
リードに合わせて、調べにその身を乗せる。体を近く寄せ合う時は自分からも腕を回し、屋外の温もりを確かめる。クローディアが何かする度に彼は笑顔を向けてきた。
空に星が瞬き始めるまで踊り続けた後、彼は軽々と彼女を抱き上げた。背と膝の下に腕を添えて、お互いの顔はできるだけ近くに。
「クローディア殿。貴方だけを愛しています」
飾らない愛の言葉。
「自分と、一緒に居て頂けますか?」
何もかも一番近い距離から伝えられるその言葉に、頷く代わりに。
クローディアは屋外の唇にキスを落とした。
●とろける
舞桜守 巴(ka0036)からのデートの誘いが凄く嬉しかったから、時音 ざくろ(ka1250)は服も髪を結うリボンもいつも以上に張り切って選んだ。
「今日はありがとう♪」
一緒に居る時間を楽しんでもらうため、自分も二人の時間を楽しむため。どこに出かけるかしっかり計画も練って来たざくろの笑顔には嬉しさを示す頬の紅潮と、エスコートへの自信が溢れていた。
(本当、可愛いですわよね)
女の子が大好きな自分がデートに誘ってしまうくらいなのだ。巴は改めてざくろの笑顔に見とれている自分を自覚していた。
「こういうのもいいものですわね?」
聞こえてくる恋の歌が雰囲気を盛り上げていて。腕にしがみついてくる巴の暖かさと柔らかさが無性に愛しい。
(いつもだったらこんなこと、人前で出来ないけど)
すぐ近くにある巴の顔に唇を寄せるざくろ。
「巴、ほっぺに……」
擽るように舐めとったのは、さっき二人で食べたシュークリーム。唇の近くにほんの少しだけ残っていたのだ。
「ん、少し甘すぎたかな?」
それとも巴が甘いからかな。呟くざくろに巴が近い距離で微笑む。
「たまには悪くないですわよ?」
特別な日らしくて。言葉の響きに、別の深い何かものぞかせて。
「渡したいものがありますの、目を瞑っていてくださいな?」
ディナーの後、もう少し一緒に居たいねとあてもなく歩きはじめて。ふとした瞬間に紡がれた巴の言葉。
「えっ、目閉じるの?」
艶の含まれた響きにざくろの頬が染まり、期待のこもった返事と共に瞼が下りた。
素直に答える、寝顔に似たその表情を堪能してから巴の影がゆっくりとざくろに重なる。くわえていたチョコレートを舌と共に押し込めば、彼からも絡ませるように返されて。
互いにチョコレートを転がす合間、もうひとつの箱をざくろの手へと滑り込ませる。
「……ふふ、ハッピーバレンタイン、ですわ♪」
目の前を占める笑顔に更に頬が上気する。
「チョコより甘い物もっと欲しいな……巴、大好き」
巴の背と腰に腕を回したざくろが耳元で、音にならないほどの囁きをふき込んでいく。
「今日は、巴を帰したくないな」
赤の瞳が熱を帯びる。
(……まぁ♪)
巴の返事は、ざくろの唇に塞がれた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/14 15:09:16 |