アンナの駐在日誌

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/02/19 12:00
完成日
2015/02/28 17:05

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「エスト曹長。ちょっと、フマーレの派出所へ行ってくれないか?」
「はっ――はい?」
 極彩色の街「ヴァリオス」にある同盟軍本部。
 直属の上司である陸軍大佐の個室へ呼び出された彼女――アンナ=リーナ・エストは、その指令に一度はキリリと返事をしたものの、やがてその真意を量るように怪訝な表情で聞き返していた。
「大佐……お言葉ですが、自分、何か重大なミスでも犯しましたでしょうか」
 リアルブルーからクリムゾンウェストへと漂流し、約1年半。
 生活の安定を求めて同盟軍へと従軍した経緯を持つ女性。
 その類稀なる才でめきめきと頭角を現すも、人柄もよく、比較的敵も少ない。
 昨年の狂気の歪虚事件の際もその身を賭して市民の安全を護る事で大いに貢献し、晴れて陸軍曹長の座まで上り詰めた。

 そんな彼女が本部であるヴァリオスを離れ、フマーレへと向かう理由。
 『左遷』――その文字が脳裏を過ぎった。
「いや、そんなんじゃない。キミは十二分に良くやってくれている。安心してくれ」
 そんな彼女の表情を読むように、大佐は苦笑して答えた。
「では何故、フマーレに?」
「それが、フマーレの派出所でちょっと病気が蔓延していてね。季節的な流行風邪みたいなんだが……それで今、動ける人が居ないそうなんだ。で、回復の目途が立つまで暫くあっちに居て欲しい。おそらく一週間も居ない非常勤だ」
 そう、大佐は身振り手振りを交えて彼女に説明する。
 アンナはその指示を微動だにせず、一字一句漏らさず聞き入ると静かに頷き返した。
「分かりました。それで、私以外のメンバーは?」
「あー、それなんだがね」
 アンナのその問いに、大佐は少々ばつが悪そうに窓の外へと視線を向けた。
「あちらはすぐにでも人が欲しいそうなんだが、あいにく今すぐ動けるのがキミ一人だけでね……ああ、大丈夫。1日遅れるが、すぐに部下は手配するよ」
「あの、その1日はどうすれば……」
「ああ、ソサエティに依頼を出しておいたよ。1日限りだが、ハンターの諸君に手伝って貰える手はずになっている」
「ハンター……ですか。分かりました、任務了解。アンナ=リーナ・エスト曹長、フマーレへ行って参ります」
「ああ、よろしく頼んだ」
 大佐が頷くと、アンナはビシリと敬礼で返す。
 が……すぐにまた、思い出したかのように口を開いた。
「ちなみにですが……フマーレへの移動手段は?」
 その質問の意図を大佐も察したのか、眉間に皺を寄せながら言いづらそうに口を開く。
「……辛いとは思うが、魔導自動車と運転手を用意してあるからそれに乗って行ってくれ」
「うぐ……了解しました」
 それだけ言うと、アンナはどこか気が重い様子でため息をつきながら個室を後にした。

 次の日。
 アンナは同僚の運転する車に揺られて赴任先のフマーレ派出所へと到着した。
 街の中腹に立つその派出所は、文字通りフマーレ市民の生活の安全を守るため、軍の兵隊さんが駐在する街の警察署である。
 大きなトランクケース片手に車から降りたアンナはふらふらと派出所の外壁に寄りかかると、そのまま青い顔で蹲る。
「だ、大丈夫ですか曹長」
 その様子に運転手が思わず駆け寄るも、彼女はそれを右手で制しながら小さく頷いてみせる。
「大丈夫……少し……酔っただけだから」
 言いながらも、反射的に同僚に背を向けて、口元に手を当てて思いっきり喉の奥を鳴らしていた。
(これが無ければ、海軍に行ってもっと活躍していたんだろうけどなぁ……)
 完全に乗り物酔い状態の彼女の背中を眺めながら、運転手はそうしみじみと思う。

 極度の乗り物酔い――優秀であるにも関わらず、アンナがこうして陸軍で燻っている理由の大部分がそこにあった。
 優秀なものであれば、海軍でより高みを目指すことが出来る……目下海軍最強の同盟軍の中ではほぼ暗黙的に周知されている事実。
 が、彼女は乗れないのだ。船に。酔うから。
 もっとも、理由はそれだけではないのだが。
「あの、曹長。申し訳ないのですが、自分はこれで」
「ありがとう……道中気をつけて……ォェ」
 敬礼もままならず後ろ手に手を振るだけの彼女を残し、同僚は後ろ髪を引かれる思いを振り切りながらもヴァリオスへと向けて車を走らせて行った。

 それから暫く地面とにらめっこを続けていたアンナであったが、やがて胃も落ち着いたのかふらりとその場に立ち上がる。
 そうしてたどたどしい足取りで派出所の入り口を潜るのであった。
「あ、アンナ・エスト曹長……本日より暫く、お世話になります」
 青ざめた顔でそう言うも、派出所内からの返事は無く、代わりに目の前の机に置かれた1枚の書状だけが目に付いた。

『説明すらままならないが、適当によろしく。扱った案件だけ報告書にまとめておくように。 派出所長より』

 殴り書くようにただそれだけが記されていた。
 
「あの……兵隊さん。ちょっとお尋ねしたいのですが……」
 呆然と書状を眺めていたアンナの背後から、か細い女性の声が響いた。
 慌てて振り向くと、腰の曲がった老婆が一人困った様子で派出所の入り口から声を掛けている。
「工房『俺の鞄』というお店はどう行けばよいかの……?」
「ああ、お婆さん。今、地図を準備するので少し待って頂けるかな」
 そう、消え入りそうな声で尋ねる老婆に声を掛けつつ、棚から地図を探すアンナ。
 が、その横からまた別の声が派出所内へと響き渡った。
「兵隊さん、巾着袋の落し物来てないか!? 俺の今月の給料がまるまる入ってるんだ!」
「巾着? ちょっと、そこで待って――」
 その彼女の声を遮るように、また別の声が響く。
「兵隊さん! うちの子、見ませんでした!?」
 さらに――
「飼っていたアヒルが!!」
「二丁目で喧嘩だ!!」
「食い逃げだぁぁぁ!!」
 次々と舞い込む依頼、依頼、依頼。
「――分かったッ! 順番に聞いて、解決するから1列に並んでッ!」
 あまりの喧騒にアンナは街中に響き渡るのではないかと言う声で、そう一喝した。
 同時にピタリと静まり返り、そそくさと列を作る市民達。
「ではまず、お婆さん……どこまでの道でしたっけ?」
 ようやくまともに依頼を受けることができる、ほっと胸をなでおろすのも束の間。
 これらの案件をすべて一人で片付けるのは流石にムリと言うもの。
(早く、応援を……)
 その願いが聞き届けられるのは、街の人々からの依頼内容が一通りリストアップし終わった頃であった。

リプレイ本文

●今日は1日お巡りさん
「――なるほど、旦那さんからの贈り物の鞄を」
 職人達の活気溢れる工業区域。
 海に面した磯の香りと、鉄等の素材の香りが入り混じった工業区域をリチャード・バートン(ka3303)は歩いていた。
 隣には先ほど派出所を訪れていた老婆。
 その道中に不安を感じた彼は、こうして付き添っての案内を買って出た。
「ええ、私がまだ若い頃にねぇ……少ない給料叩いて買ってくれたのよ」
 それが、年季が入って穴が開いてしまったため、お店で直してもらうのだと言う。
「しかし、他にも急いでいるような人達が沢山居たようだけれど……私なんかゆっくり最後でも良かったのにねぇ」
「いえ、『一列に並んで、順に解決します』――と私は言いました」
 老婆を挟んでリチャードと反対側を歩く軍人、アンナ=リーナ・エストがそう答えた。
「その口約を破る訳には行きません。それに、急ぎの案件も優秀な助っ人達に任せてありますので」
 そう老婆へ答えると、アンナは僅かにずれた略帽の向きを正した。
「男の兵隊さんも、本当にありがとう。楽しくおしゃべりしながら街を歩けるなんて思わなかったよ」
「自分は兵隊では無いのですけれどね……」
 そう、恥ずかしげに頬を掻くリチャード。
「ハンターの仕事は、戦うばかりなのか?」
「そう言うわけではありませんが、自分にとってはそう多くない事です。それでも、こういう方法でも人を救う事ができるなら。自分は喜んでお手伝いしたいと、そう思います」
 リチャードはどこか晴れやかな様子で答える。
 そうして、まさしく新しい世界を見たような瞳でアンナを見つめ返した。
「さて、着きましたよお婆さん」
 そんなこんなしている間に目的地へと到着した一行。
 老婆は2人に深々と頭を下げ、お店の看板を潜る。
「私は次の現場へ向かうが……あなたも一緒に行くか?」
 アンナがそう問うと、リチャードは小さく首を横に振った。
「自分はここでお婆さんを待ちますよ。帰りも不安ですからね」
 言いながら、頭上の看板を見上げるリチャード。
「分かった。では、よろしく頼む」
 そう言ってびしりと彼に敬礼をすると、状況確認のために短電話を取り出しながら店を離れた。

●アヒルと少女の珍道中
 所は変わって住宅区域。
 迷子とペット探しの2件を請け負った日高・明(ka0476)とセシル・ディフィール(ka4073)の2人は、並んで住宅の犇めく通りを歩いていた。
「あんのアヒルめ……次に会ったら覚えておけよ」
 そう言いながら、パンと手を打つ明。
 二人はつい先ほど道端で、お尋ねアヒルと思われる個体を発見し、見事に取り逃がした。
「しかし、この情報も情報なんだよ……」
 そうぼやきながら、明はポケットからメモ用紙を取り出した。
 それを横から覗き込むようにしてセシルが読み上げる。
「歳は5歳。茶色いショートカットの女の子。白いセーターに赤いスカート。ふと目を離した隙に居なくなってしまわれた……と」
「うん、女の子はね。で、一方のアヒルなんだけど……」
 頷いた明はその下に書かれたごく短い文章を読み上げる。
「色は白。嘴と脚が黄色で、目は黒。大きさは60cmくらい……って、まんまアヒルじゃないか!」
 メモを地面に投げつけたくなる勢いで叫んだ明だが、流石に思いとどまると頭を掻きながらもう一度メモ用紙を眺める。
「しかし、迷子に脱走ペットかぁ……こっちでも日常のハプニングってあんまりかわらないんだな」
「リアルブルー……こちらとは文明の発達が違うようですし、もっと簡単に解決したりするのでしょうか?」
「いいや、あんまり変わらないよ。多少はこっちより楽だろうけど」
 言いながら、明は変らない空の景色を眺める。
「おっと……そんな事を言っている間に、か」
 不意にそう呟いた明の横顔を見つめながら、頭の上に「?」を浮かべるセシル。
 明は彼女の肩を指先てトントンと叩くと、その指で静かに道の先を指し示した。
「……あっ!」
 釣られて視線を移したセシルの瞳の中に、路上で途方に暮れて泣きじゃくる少女の姿があった。
 その外見から間違いない。迷子の少女だ。
 セシルは慌てて駆け寄ると、ふわりとその場にしゃがみ込んで少女の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? もしかしてお母さんと逸れたの?」
 そう、優しい声で問うと女の子は泣きながらコクリと頷く。
「そう、実はお母さんもあなたの事を探してるみたいなの。街のお巡りさんの所で待ってるって」
「……ほんとう?」
 かすかに少女が呟く。セシルはニッコリと微笑んで、少女に頷き返した。
「しかし、なんでまたお母さんと逸れたりなんか」
「……アヒルとおいかけっこしてたの」
 たどたどしく答えた少女の言葉に、明はため息混じりに目を覆った。
「私は彼女をお母さんの所まで送り届けて来ます。明さんはどうしましょうか?」
「ボクはアヒルを探すよ……これ以上、好き勝手にはさせられないね」
「分かりました。何かあったらこれでご連絡くださいね。私も……アヒルは見たいので、できるだけ早く戻ります」
 そう言いながら、手持ちの短電話をひとつ明へと手渡すセシル。
 明はそれを受け取ると、入り組んだ路地の方へと足を踏み入れた。

●刻限迫る、速やかに解決されたし
「ハハッ、見つけたぜ! さっさと俺様に捕まっちまいな!」
 昼時賑やかな商業街を2人の男が駆け抜ける。
 人の渦を掻き分け、追う者と追われる者。
 追う側であるジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、食い逃げ犯へ怒声を浴びせながら、執拗にその後に追い縋った。
「いい加減観念しねぇか!」
 息切れ一つ見せない相手にこのままでは逃げ切る事は不可能と感じたのか、不意にキョロキョロと辺りを見渡し始める男。
 そうして脇にあった細い路地へと目を付けると身を滑り込ませようと踵を返す。
「今だ……ロウザ!」
「わはは! そこまでだぞ!」
 そうして一瞬迷いを見せた犯人に、何処からともなく(正確にはそのサイズから完全に人ごみに紛れていただけなのだが)飛び掛ったロウザ・ヴィレッサーナ(ka3920)。
 彼女にのしかかられるようにして地面に押し倒され、男は悔しそうに舌打ちしながらも観念して大人しくなった。
「なるほど……良いコンビネーションだ」
 騒ぎを聞きつけて合流したアンナが男の手首を縛りあげながら、感心したように頷いた。
「ったくよ、何でこんな面倒な真似をするんだろうな」
 そう問い詰めるように犯人に迫るジャック。
 男はふいと決まりが悪そうに顔を背けるも、やがてボソボソと呟くように口を開いた。
「給料全部、賭けですっちまってよ……文無しなんだ」
「はー、そんな事かよ」
 男の言葉にジャックは盛大なため息を付く。
 食って掛かるように睨み返されるも、ジャックは逆にその胸倉を掴み上げると、その手に硬貨を何枚か無理やり握りこませた。
「それで勘定済ませて謝って来るこった。それからゆっくり反省するんだな」
 それだけ言うと、ジャックはもう男に興味も無い素振りで賑やかな街の喧騒を見渡していた。
「ロウザ、大活躍だっただろ!?」
「ああ、その小柄な体であの力は大したものだ」
「そうだろう! わはは!」
 アンナに褒められて、えへんと胸を張るロウザ。
「この調子で巾着も見つけるから安心して任せるといいぞ!」
「ああ、残る相手は隠れはしても逃げはしねぇからな。ちょろいもんだ」
 アンナはその言葉に敬礼で返すと、男を連れて派出所の方角へと踵を返した。

●喧嘩両成敗
 場所は戻って工業区域。
 やや広い通りの真ん中に円状に人だかりができていた。
 その中心には顔面すれすれの距離でいがみ合う2人の男達。
「そこまでです、同盟軍から依頼を受けたハンターです。街中での喧嘩は止めてください」
 ばっと手のひらを向けて、エルバッハ・リオン(ka2434)がその喧騒へと割って入る。
「おめぇ、俺のほうが先だっつっただろうがよぉ!?」
「はぁ!? んなモン、遅い方が悪いんですぅ!」
 などと男達は供述しており、全く聞く耳を持つ気配は無い。
 エルバッハはある程度想定どおりと小さく息を吐くと、静かに自らのマテリアルを昂ぶらせる。
 ひやりとした汗が、取り囲む人達の頬を伝った。
「周りの迷惑になっているのが分かりませんか……?」
 不意に彼女の身体に浮かび上がる薔薇の文様。

 ――覚醒。

 覚醒者のその瞬間を始めて目にする者も多いだろう。
 ざわりと揺らぐ空気に、皆、息を呑むようにして成り行きを見守る。
「てめぇ、やんのかオラァ!?」
 が、当人達には全く関係が無いようで、彼女の様子に気づきもせず、ついに胸ぐらを掴み合う。
 その瞬間、青白い雲が男達を包み込んだ。
 何処からとも無く現れたその雲に当てられて、二人は力なくその場へ倒れこむ。
「全く……あまり、手を煩わせないで欲しいですね」
 二人の間にしゃがみ込んでペチペチと二人の頬を叩きながらそうぼやくエルバッハ。
「はっ……俺は一体」
「何故か急に眠気が……」
「はい、そこのお二人、注目です」
 寝ぼけ眼の二人にぐいと詰め寄ると、ようやく二人は彼女の姿を目に留めた。
「派出所から来ました、理由はどうあれ暴力沙汰はご法度です」
 派出所の名を出すと、二人は急にドキリとしたように背筋を伸ばし、彼女の顔をまじまじと見返す。
「障害沙汰になる前でしたから、今回はお咎めなしにしますけど。今後は気を付けてくださいね」
 そう言われてお互い顔を見合わせると、どこか納得していないような空気を放ちつつもプイとそっぽを向き合って、別々の方向へと歩き出した。
「ふむ……解決、で良いのでしょうかこれは」
 なんとも微妙な空気に首を傾げながらも、彼女は短電話に向かって状況報告に勤めた。

●彼女が船に乗れない理由
「ようやく追い詰めたぞ、人騒がせなアヒルめ」
 住宅区域を突っ切るように流れる生活用水路。
 その岸に立ち、明は眼前を悠々と泳ぐ逃亡者と対峙していた。
「ホシは水路の上……か」
 現場に合流したアンナはその様子を見て、僅かに眉間に皺を寄せて見せた。
「エストさん、ボクが反対側に回るから二人で挟み込もう」
「あ、ああ……あ、いや、ダメだ」
 明の提案にアンナは一層皺を寄せながら、静かに首を振った。
「どうも生まれてこの方、水が苦手でな……」
「あ……ああ、なるほど」
 明は苦笑しつつ頷くと、一人で静かに用水路へと足を踏み入れる。
「水、膝丈くらいまでですけど――」
 そう言いながら振り向いた明にぶるぶると首を振って答える曹長。
「了解、一人で頑張りますよっと」
 じわりじわりとホシとの距離を詰める明。
 が、その様子に気づいたのか、アヒルもすい~っと水面を滑るように距離を取り、明のほうを向いてガァと小さく泣き声を上げる。
「こいつ……!」
 ザブリと大股で距離を詰めようとするも、水に足を取られて思うように手が届かない。
 ムダに華麗に泳ぐアヒルに周囲を回られて、逆にどちらが追い詰められているのか分からない状況である。
 そんな時、乾いた破裂音と共にひゅんと風が鳴った。
 束の間、一発の銃弾がアヒルの進行上を遮り、カエルを潰したような鳴き声と共にその動きが一瞬止まる。
「今だ……っ!」
 同時にアヒルへ向かって飛び掛る明。
 上がる大きな水柱。
「ホシは……!」
 硝煙の上がる拳銃を手元に引き寄せながら、アンナは文の乱れる水面へと目を見張る。
 暫く身体を突っ込んでいた明がやがてその身をゆっくりと起こすと、濡れた髪を振りかぶりながら、両手に確保したアヒルを高々と掲げて見せた。

●最後の大捜索
 時刻は夕方に指しかかっていた。
 傾きの早い冬の日差しを前に、最後の案件――給料入りの巾着探しは佳境を迎えようとしている。
「おーい! 巾着どこだー?」
 叫ぶロウザの声にもちろん巾着が返事をする訳も無いが、そうしたくなる彼女の気持ちも分からないでもない。
「金を落とすなんざ、全く持って考えられねぇことだぜ……」
 そうは言うものの迫る時間のせいか、呟いたジャックの額にうっすらと汗が伝う。
「もう一度、持ち主の行動を洗って見ましょう」
 工業区域から合流したエルバッハは改めてそう提案し、2人は静かに頷く。
 もう何度それを繰り返した事だろう、しかしそうやってしらみつぶしに探すほか道は無いのだ。

「ここが最後の現場――と言うわけか」
 すべての事件の事後処理を終えて商業区域へと戻って来たアンナは、腰を低くして辺りを見渡す3人を見つめながら小さく息を吐いた。
「こうなれば、全員で手分けするまででしょう」
 そう、アンナの横から乗り出すようにリチャードが3人の下へと合流する。
 他にも明、セシルも含め、自分たちの持ち場を解決して派出所へと戻って来ていた3人がアンナと共に駆けつけていたのだ。
「はーっくしょい! うー、早く終わらせて派出所の暖かい暖炉の前に戻りたいよ」
 冷たい用水路に頭から突っ込んだせいか、盛大に鼻をすすりながら路地のごみ箱の裏をのぞき込む。
「でしたら、暖かい紅茶を淹れましょう。一日外を歩き回りましたし、仕舞いのお茶会くらいは許していただけますよね?」
「もちろん。私の気に入っている茶葉のブレンドがあるのだが……良ければ試してみるか?」
「それはもちろん。是非、教えて頂きたいものです」
 以外にセシルのお茶の話題に食いついたアンナであったが、慌てたように小さく咳払いをすると、また厳しい表情で巾着探しへと戻ってゆく。
「お茶よりは、美味しいものが食べたいぞ! お昼も食べてないからぺこぺこだぞ……」
 そう、ぎゅるると大きくお腹を鳴らしながらロウザは珍しく元気が無いように項垂れた。
「派出所にお茶請けくらいはあると思うが……帰りに何か買って帰るのも良いだろう。個人的にそれくらいのお礼はしよう」
「本当か!? 実は、あそこの屋台のイカ焼きが食べたかったんだぞ……!」
 言いながらロウザが指す先で、街頭でイカを焼く屋台が目に入った。
 そんなこんなで30分ほどの時が流れ――

「やったー! 見つけたぞ!」
 ご褒美のパワーで運も呼び寄せたのか、水の枯れた側溝の奥からロウザが一つの小さな巾着袋を引っ張り出して高々と掲げ上げた。
 中身は恐らく飲んだくれて使ってしまってなんとも心もとない量の硬貨達であるが、依頼人の大事な給料である事に変わりは無い。
「見つかった~、よかったあ」
 そう、心底ほっとしたようにその場にへたり込む明。
 同時に、他のハンター達も一気に体の力が抜けたように肩を落とす。
「とても、助かりました。同盟陸軍を代表して、敬意を表します。ありがとう」
 そうぼんやりとした街灯の明かりに照らされる中、ハンター達へ向け改めてアンナは敬礼を示した。
 工業都市の小さな事件簿はこうして幕を閉じたのであった。

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  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴka1305
  • 人々の支えに
    リチャード・バートンka3303

重体一覧

参加者一覧

  • 挺身者
    日高・明(ka0476
    人間(蒼)|17才|男性|闘狩人
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 人々の支えに
    リチャード・バートン(ka3303
    人間(蒼)|22才|男性|疾影士
  • わんぱく娘
    ロウザ・ヴィレッサーナ(ka3920
    ドワーフ|10才|女性|霊闘士
  • 冒険者
    セシル・ディフィール(ka4073
    人間(紅)|21才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ロウザ・ヴィレッサーナ(ka3920
ドワーフ|10才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/02/19 08:15:27
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/02/17 09:22:42