ゲスト
(ka0000)
導母の絵札
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/06 19:00
- 完成日
- 2014/07/11 04:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
はたり、と。絵札を捲る音が響いた。ローブを纏い、口元を布で隠した女の指は柔らかく靭やかで、札を操る様子はどこか艶かしさを孕んでいる。女の所作にあわせて、しゃらりと胸元の装飾品が鳴った。金細工には大小様々な宝石が散りばめられていて、照明の光を反射している。
女は、占い師としてアム・シェリタに呼ばれた人物であった。名前は、明かされていない。
――グランマと呼んでください。
と、見るからに老齢に差し掛かっているわけもあるまい女は冗談めかして、そう言ったのだった。
グランマと名乗った女の手元には、ヘルメス情報局が制作した占い用の絵札がある。伝承や故事、風刺などを交えながら作られたそれが、今回の依頼の肝である。
天鵞絨の布地で飾られた部屋には、女と――もう一人。
金髪を短く刈り揃えた、痩せぎすで、生真面目そうな男である。年の頃は三十半ば。
何も語らず、ただ、目を光らせ、耳を済まし、手にしたメモ帳に何事かを一心腐乱に書き込んでいる。
男はヘルメス情報局の記者であった。つまり、今回の依頼人である。
今回は広報も兼ねて、絵札を用いた占いを記事にしたいのだそうだ。
僅かではあるが報酬も用意されている。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)も、先ほどまで顔を出していた。
神秘的な女の様相に惹かれたか、それともこの企画に興味を覚えたからこの場に現れたのか解らないが、彼が、
「そういえばこの企画、占いが当たったかどうかまでは追っかけないの?」
と、問うた所、
「極論、当たらんくてもいいんですよ。この札を使ってどういう悩みに、どういう形で解釈して、どうお答えして――そういう例示ができればね」
とまあ、男はグランマを前にして大胆にもそう言うのであった。
「あらまぁ」
グランマは、気分を害した様子もなくくすくすと上品に笑っていた。
「もっとも。占い師も本物だし、私自身はこの占い、結構当たっとるんですなあ……だからまあ、お客人も楽しんでくれるでしょう」
「なるほどねえ」
ヘクスは愉しげに深く頷くと、グランマへと向き直り、こう言った。
「じゃあ、早速だけど、僕も占って貰ってもいいかな?」
「ええ、勿論」
言うや否や。す、と右手が動く。ヘクスが滑らかな手つきに目を奪われていると、机上に伏せられた札が広げられていた。
「見事なものだね」
感嘆に、グランマは笑みを返し、こう言った。
「それでは、何について占いますか?」
「そうだね……それじゃあ」
くすくすと笑んで。
「王国の、未来について」
記者が小さく目を見張る中、グランマは笑みを崩さぬまま、
「……畏まりました。それでは」
そう言って、札を並べていった。
――その結果は、記事にはされなかったそうだ。
はたり、と。絵札を捲る音が響いた。ローブを纏い、口元を布で隠した女の指は柔らかく靭やかで、札を操る様子はどこか艶かしさを孕んでいる。女の所作にあわせて、しゃらりと胸元の装飾品が鳴った。金細工には大小様々な宝石が散りばめられていて、照明の光を反射している。
女は、占い師としてアム・シェリタに呼ばれた人物であった。名前は、明かされていない。
――グランマと呼んでください。
と、見るからに老齢に差し掛かっているわけもあるまい女は冗談めかして、そう言ったのだった。
グランマと名乗った女の手元には、ヘルメス情報局が制作した占い用の絵札がある。伝承や故事、風刺などを交えながら作られたそれが、今回の依頼の肝である。
天鵞絨の布地で飾られた部屋には、女と――もう一人。
金髪を短く刈り揃えた、痩せぎすで、生真面目そうな男である。年の頃は三十半ば。
何も語らず、ただ、目を光らせ、耳を済まし、手にしたメモ帳に何事かを一心腐乱に書き込んでいる。
男はヘルメス情報局の記者であった。つまり、今回の依頼人である。
今回は広報も兼ねて、絵札を用いた占いを記事にしたいのだそうだ。
僅かではあるが報酬も用意されている。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)も、先ほどまで顔を出していた。
神秘的な女の様相に惹かれたか、それともこの企画に興味を覚えたからこの場に現れたのか解らないが、彼が、
「そういえばこの企画、占いが当たったかどうかまでは追っかけないの?」
と、問うた所、
「極論、当たらんくてもいいんですよ。この札を使ってどういう悩みに、どういう形で解釈して、どうお答えして――そういう例示ができればね」
とまあ、男はグランマを前にして大胆にもそう言うのであった。
「あらまぁ」
グランマは、気分を害した様子もなくくすくすと上品に笑っていた。
「もっとも。占い師も本物だし、私自身はこの占い、結構当たっとるんですなあ……だからまあ、お客人も楽しんでくれるでしょう」
「なるほどねえ」
ヘクスは愉しげに深く頷くと、グランマへと向き直り、こう言った。
「じゃあ、早速だけど、僕も占って貰ってもいいかな?」
「ええ、勿論」
言うや否や。す、と右手が動く。ヘクスが滑らかな手つきに目を奪われていると、机上に伏せられた札が広げられていた。
「見事なものだね」
感嘆に、グランマは笑みを返し、こう言った。
「それでは、何について占いますか?」
「そうだね……それじゃあ」
くすくすと笑んで。
「王国の、未来について」
記者が小さく目を見張る中、グランマは笑みを崩さぬまま、
「……畏まりました。それでは」
そう言って、札を並べていった。
――その結果は、記事にはされなかったそうだ。
リプレイ本文
●
待合室として通された一室。
――静かだな。
とは、最初にそこに足を踏み入れた伍綱 零次(ka0882)が抱いた第一印象である。
通路を歩き案内された部屋に辿り着くや否や、ありとあらゆる雑音がはたりと消えた。
「うわぁ……なんだか、綺麗、ですね」
頭ひとつ分は優に下から紡がれた言葉が、調度品の天鵞絨へと吸い込まれるように落ちる。少女――ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)の頬が上気しているように見えて、零次はそっと眼を逸らした。
「どうかしました?」
「何でもありません、申し訳ない」
「そ、そうですか?」
少女が振り向いて問うものだから、零次としては謝るしかなかった。
気恥ずかしかったわけではない。ただ、眩しかっただけだ。
「広報のネタ提供で占いたァ、ちと地味じゃねェの?」
「私としては良い機会ですよ。何よりタダどころか報酬まで出るんですし♪」
シャガ=VII(ka2292)が言えば、クランクハイト=XIII(ka2091)がそう返した。
「報酬いンのか?」
「要りますよ?」
「……そうかィ」
霞を食べて生きるという事を揶揄したが、さして響かなかったよう。つまらなそうにシャガはそっぽを向いた。
――そわァ。
瞬間。
熟練した手つきにシャガの脊椎に怖気が走る。
「ッて何ナチュラルに触ってんだ此のクソエロジジィイイ!!」
「ぶっ!」
浮ついた腰直下の感触から逃れるように、シャガは渾身の一打を下手人――クリスティーナ=VI(ka2328)へと打ち込んだ。彼がどこか嬉しげに弾かれていった先、柔らかなソファが、その長駆を受け止めた。
座り込む形になったクリスは、ニッと太く笑んで、続ける。
「なんだよ、つれないねぇ……今日はご機嫌斜めか?」
「そういう意味ならシャガはいつだって御機嫌斜めだろうさ」
呆れるように言うのはソファをずらしてクリスを受け止めたガブリエル=VIII(ka1198)。
「……静かに。参加者はあんたらだけじゃ無い」
そこに、鋭い声が響いた。
「予定も狂う」
ツヴァイ=XXI(ka2418)の言葉の後、僅かに、静寂。
まるでその時を待っていたかのように、名が呼ばれた。
●
「グランマさん、よろしくお願いします!」
雑誌やテレビの『向こう側』の雰囲気に息を弾ませるロスヴィータ。
「何を占いましょう?」
グランマが細長い指で札の背をなぞりながら問うと。
引き出されるように。
(――父の、行方?)
そう、思った。
少女は慌てて、小さく首を振る。
「……まだ、だめ」
『だめ』な理由は彼女自身にも了解できないまま、呟いた。取り繕うように色々なものを考えて、考えて。
「ゴールデンレトリバーの子の……あ、恋愛のほうが記事になるかなぁ」
仏頂面の記者が小さく吹き出したが、少女はついぞ気付かなかった。それくらい真剣に、悩んで。
「……あっ」
見つけた問いは。
「あの、『私は戦えますか?』」
これまで戦いと縁遠い場所に居た彼女が抱いた問いだった。
―・―
『大事なもののために、頑張りなさい』
前の世界でも、この世界に来てからも、この世界の人達にたくさんお世話になって。
大事なものが、できたんだ。
「……きっともう、好きなんです。だから大丈夫」
――踏み出すために、グランマさんのお力を、貸していただけませんか?」
―・―
ロスヴィータの眼前に、二枚の札が差し出され――捲られた。
「白紙の札と――霊廟、ですね」
言葉と同時。グランマの目が優しげに細められるのを見て、少女の緊張がふわりと解けた。
「はぁぁ……」
グランマは、霊廟に描かれた光を指しながら、それは、故人を示す光だと言った。
「遥か遠き過去から在る先人たちの光は、優しげに描かれているでしょう?」
「は、はい」
一つ一つは指先で隠れる程の、小さな光をグランマはなぞり、続ける。
「今を生きる人たちを、見守っているのよ」
「……」
「積み上げた過去が、貴女の背を押してくれるわ。だから――貴女なら、大丈夫よ」
●
――私の職と貴女の名に因んで、ここではファーザーとお呼び下さい。
そう言って席についたクランクハイトに、グランマは笑みの気配で応えた。
「私は、どのような最期を迎えることになるのか。それを見て頂けますか?」
言葉尻は柔らかいのに、不思議と冷厳たる声色の青年であった。
―・―
「……失礼、ちょっとした雑談をさせて頂いても構いませんか?」
捲られていく絵札を興味深げに眺めながら、青年。
「どうぞ」
「貴女は何故このように未来を指し示すお仕事をなされているのか、ちょっと気になりまして。こういった手合いの道に携わる人間達は大まかに二分して「確固とした意思で導く者」か「敢えて迷いを与える者」の何方か……グランマ、貴女は如何でしょう?」
青年が言い終えるとほぼ同時、捲り終える札達。
「別料金になりますけど?」
「あ。ならいいです」
「ふふ」
変わり身の早さに笑みを零しながら、続けた。
「未来は不確定。それ故に、占いもその本質は幽幻です。そこに意味を見出すのは、私ではなくて貴方達ですし……私達に意味を見出すのも、貴方達次第」
グランマは小さく息を吐いて、続けた。
「『恋人』、『王宮』、『名も無き剣士』――そして、『古の塔』」
「……」
「貴方の周りには、守るべきものがいる。その中で貴方は決断を強いられることになるでしょう」
「ふむ」
「公平であろうとすればするほど、選べない決断ですわ。恐らく、何を選んでも何かを喪う事になるから」
「それが、私の最後、だと?」
グランマはそっと会釈をして応えるのみ。占いは終わり、という事だろう。返礼とばかりに、青年も頭を下げた。
「……祈りましょう、貴女と貴女の近き人々の生が、それ以上に死が、希望に満ち溢れたものとならんことを」
言葉と共に洗練された、実に優雅な一礼であった。
●
クリスティーナは席につく前に一礼し、グランマの手を取った。
凛とした佇まいの中、手の甲に小さく口付けを残し、
「ま、お手柔らかに頼むわ」
と言い席につく。この男がすると、絵になる仕草である。
―・―
「俺の恋人達が、幸せでいられるか。それを占って欲しい」
「恋人“達”、ですね」
「ああ」
しばらくの間、グランマは男の表情を見つめ……暫し後、計五枚。十字の形に札が並べられる。
一つ。左端の札が捲られた。
「王宮。貴方の恋人達は、護るべきもの」
二つ。右端の札。
「怠惰。誰かが為すべき事を為さなかった事に起因して、難局が訪れます」
三つ。上端の札。
「暴食。見過ごしてしまえば、妄執が貴方の恋人達の身を灼く事になるでしょう」
「へえ……」
捲られた札をそれぞれに見つめながら、小さく呟く男の表情には、太い笑みが刻まれていた。
「ま、その時は俺がどうにかすれば良いさ」
言葉に、くすりと笑って、グランマは続く札を捲った。
四つ。下端。
「古の賢者。知恵、助言を示す札ですね。貴方なら――まあ、大丈夫そうでしょうけど」
そうして――五つ。中央の札が、捲られた。
「光。行く先を照らし、世界を詳らかにする光は、前を向き、進むための力を示します。月並みですが、貴方の恋人たちは幸せでいられるでしょう、ね。……貴方が、貴方であり続ける限りは」
「……そうか」
男は、占いをありのままに信じる程に幼くはなかった。
ただ、それを聞いて僅かに気持ちが弾んだのも事実だった。
何故なら。
「まあ、それなら、大丈夫か」
そう思えたからだった。
余談だが。
彼が去り際にナンパしていった記者は大層困惑していたようだ。
●
「こんな薄暗い密室なんか出てベールに隠された其の素顔、俺だけに見せてくれよ」
シャガは、粗暴な手付きでカーテンを押しのけるようにして入室するとそう言った。
「……ふふ」
「お。好感触か?」
「ええ、面白い口説き文句だこと」
――さて、何を占いましょう?
話題を逸らしたグランマに、シャガは小さく天井を仰いだ。
―・―
「占いだが、『俺の死に様』で頼むわ」
「あら」
「なンだよ?」
「いいえ、何でもありませんわ」
奇妙な間を感じて、思わず首に刻んだ『VII』を撫でた。
……まあ、良い。
「この『VII』は『戦車』の意でな。だから、知りてェんだ。俺は戦車として最期を迎えられるか、ね」
「――貴方達は、どこか、似てますね」
「誰とだよ……」
俺の言葉を無視して、グランマは慣れた手付きで絵札を並べた。
細くて滑らかな女の手だ。その手で、十枚の札が置かれ捲られる。
そして。
「憤怒。古の塔。王宮。赤い月とユグディラ」
絵面からしてイマイチそうな札ばかりだった。
「貴方より遥かに強い力を前に、貴方は憎悪、激憤、闘争心といった強い感情を覚えるでしょう」
「……ほぅ?」
「貴方には守るべき者があって、それ故に満足に、戦えない。それでも戦って、その先に残っているのは――変容です。貴方が、貴方で居られなくなるような」
不意に。
――俺が、父であり師である先代の首を獲った時の事を、思い出した。
感触を辿るように、首を撫でる。
「成る程、悪くねェ」
この感じは実に『戦車』らしい、と。そう思ったからだ。
「……そン時が、楽しみだ」
少年のように笑って部屋を後にするシャガは……まるで戦場に在る獣のような表情をしていた。
●
ツヴァイは部屋に入るや否や時計を見て現時刻を確認すると、グランマへと視線をやり、言った。
「……どうした」
「いえ――何を占いましょう?」
「そうだな……」
厳然とペースを保っているように見える、が。
「俺の望みが叶うか、否か。そして――俺の今後についても見てもらおうか」
どこか、時間に追われているようにも見える青年であった。
―・―
「まず、一つ目の質問について、です」
手付きは柔らかだが、札は幾何学的な美しさをもって三角に配された。
「恋人、そして、狂気――これらが、貴方の現状を示します」
恋人は、選択や決断を。狂気は――孤独を示す、と言う。
「そして、最後の札は、赤い月とユグディラ。月は、変化の象徴です。貴方の願いは――叶うかどうかは解りません。叶うとしても、今の願いのままではないかもしれない」
「そうか」
願いは叶わない。
そう言われてもさして心は動かなかった。執着が、無いせいだろうか。
「そして、貴方の未来についてですが」
グランマは改めて札をまとめ、続けた。
「一枚、お取りください」
言われたままに、横一文字に配された絵札の中から選びとる。
そして。
その札に、少し目を奪われた。
「二つの世界」
赤と青の星が描かれたその札に。
「どうかしましたか?」
「別に。ただ、その札にあまり良い思い出がないだけだ」
「……この札が示すのは、新たなる始まりです。貴方の未来に、先へ進むための転機が訪れる。そういう札ですね」
「それはいい結果か?」
「貴方が、そう望めば」
「……そうか」
改めて、時計を確認した。
「15分……有意義な時間だったかは、そのうち分かるだろうさ」
呟いて、部屋を出て行く。
占いは終わった。長居する理由も、無い。
●
麗人は、一輪の薔薇と共に現れた。
「こんにちは、麗しい占い師さん。私は聖導士のガブリエル。エルと呼んでください」
「あら、ご丁寧にどうも」
「私の知人たちも貴女の占いを受けていたようだが。何か無礼なことを言わなかったろうか」
「とても、面白い方々でしたよ?」
「……そう、か。それは」
まぁ、そうだろうねと。エルは苦笑した。
―・―
13年前。それ以前の記憶がないのだとエルは言った。
グランマは言葉を聞きながら、札を配していく。
「今まで格別知りたいとは思っていなかったが、折角だから、少ーしばかり頭の端に留めておきたいんだ」
エルが言葉を言い終えた、瞬間だ。
伏せられた絵札は横並びに、整然と並べられていた。
――否。
一枚の札だけがエルの方へと僅かに伸びている。
「過去を、知りたいという事ですから」
言葉と仕草に促され、エルはその札を手にとった。
「……この札にはどういう意味があるんだい?」
翻した札の、その暗さにエルは暫し息を呑んだ後、そう言った。
暗いどこかの、その向こうに小さな光。光の中にただ一人浮かぶ人影は、此方側に背を向けている。
「狂気の札。他者に理解されず、他者を理解せず。その側面として、孤独の影も匂わせる札です。閉ざされた過去の貴女自身が『そう』なのか、貴女の傍らに『それ』が居たのかは……今の貴女からは解りませんけど、ね」
「そうか……うん、ありがとう」
そう言って、微笑みと共にエルは頷くと、グランマは札を整えながら小さく会釈を返した。
「私にあるのは『現在』だけ、だからね。良い事だろうが悪い事だろうが、今の私を形作る大切な要素だったのだろうけど……」
席を立ちながら言うエルは、どこか遠くを見るようだったが。
「……過去に囚われる奴はあいつらだけで十分過ぎるからね、あまりそこに縛られるつもりは無いんだ」
そう言ってからからと笑う女の姿は――なぜだろう、少しばかり優しげに見えた。
●
零次は、夫々に占い部屋から出てくる姿を眺めていた。彼らは皆、問うべきなにかを持っているのだろうと、そんな事を思いながら。
名前を呼ばれた時に初めて、気づいたのだ。
――自分が問うべき何かを持たない事に。
「また、か」
抱き慣れた感傷が身を包む。
自分は問うべきものすらも、持っていないというのか、と。
―・―
零次はそれを、正直に告げた。ならば、と。グランマは言った。
「なら、貴方自身について占いましょう」と。
そして、随分と長い時間をかけて札を混ぜる。
その間、言葉を重ねた。
貴方は何を信じるのか、とか。携えたロッドを見ての事だろう。
「今は、神を」
答えて、零次は不意に笑い出しそうになった。自暴自棄に似た感傷がちりちりと項を灼く心地がしたからだ。
そうして配された札は。
「怠惰。狂気。名も無き剣士。古の賢者」
グランマは最後の一枚を残して告げた。そうして、じっと零次を見つめて続ける。
「貴方が何者かになりたいとき。その時は、他人に助けを……切欠を求めるべきです。そうでなければ貴方は――ただ忘れ去られる事になる」
「……っ」
名も無き剣士、と記された札を撫でながらの言葉が零次の胸の裡に強く響いた。
「最後の一枚。これが、貴方の結末を暗示する札です。ご覧になられますか?」
「……」
グランマが敢えて問うた理由は、零次には解らない。
だが、強く、こみ上げるものがあった。
だから。
「……いえ」
だから。零次はそう言うしか、なかった。
「解りましたわ」
淀みなく戻された札が、分水嶺はもう超えている事をまざまざと見せつけるようで。
「ありがとうございました」
零次はなんとかそれだけを言って、部屋を後にした。
「……ひどく、疲れたな」
言葉は室内に吸い込まれるように、余韻を残さずに、消えた。
待合室として通された一室。
――静かだな。
とは、最初にそこに足を踏み入れた伍綱 零次(ka0882)が抱いた第一印象である。
通路を歩き案内された部屋に辿り着くや否や、ありとあらゆる雑音がはたりと消えた。
「うわぁ……なんだか、綺麗、ですね」
頭ひとつ分は優に下から紡がれた言葉が、調度品の天鵞絨へと吸い込まれるように落ちる。少女――ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)の頬が上気しているように見えて、零次はそっと眼を逸らした。
「どうかしました?」
「何でもありません、申し訳ない」
「そ、そうですか?」
少女が振り向いて問うものだから、零次としては謝るしかなかった。
気恥ずかしかったわけではない。ただ、眩しかっただけだ。
「広報のネタ提供で占いたァ、ちと地味じゃねェの?」
「私としては良い機会ですよ。何よりタダどころか報酬まで出るんですし♪」
シャガ=VII(ka2292)が言えば、クランクハイト=XIII(ka2091)がそう返した。
「報酬いンのか?」
「要りますよ?」
「……そうかィ」
霞を食べて生きるという事を揶揄したが、さして響かなかったよう。つまらなそうにシャガはそっぽを向いた。
――そわァ。
瞬間。
熟練した手つきにシャガの脊椎に怖気が走る。
「ッて何ナチュラルに触ってんだ此のクソエロジジィイイ!!」
「ぶっ!」
浮ついた腰直下の感触から逃れるように、シャガは渾身の一打を下手人――クリスティーナ=VI(ka2328)へと打ち込んだ。彼がどこか嬉しげに弾かれていった先、柔らかなソファが、その長駆を受け止めた。
座り込む形になったクリスは、ニッと太く笑んで、続ける。
「なんだよ、つれないねぇ……今日はご機嫌斜めか?」
「そういう意味ならシャガはいつだって御機嫌斜めだろうさ」
呆れるように言うのはソファをずらしてクリスを受け止めたガブリエル=VIII(ka1198)。
「……静かに。参加者はあんたらだけじゃ無い」
そこに、鋭い声が響いた。
「予定も狂う」
ツヴァイ=XXI(ka2418)の言葉の後、僅かに、静寂。
まるでその時を待っていたかのように、名が呼ばれた。
●
「グランマさん、よろしくお願いします!」
雑誌やテレビの『向こう側』の雰囲気に息を弾ませるロスヴィータ。
「何を占いましょう?」
グランマが細長い指で札の背をなぞりながら問うと。
引き出されるように。
(――父の、行方?)
そう、思った。
少女は慌てて、小さく首を振る。
「……まだ、だめ」
『だめ』な理由は彼女自身にも了解できないまま、呟いた。取り繕うように色々なものを考えて、考えて。
「ゴールデンレトリバーの子の……あ、恋愛のほうが記事になるかなぁ」
仏頂面の記者が小さく吹き出したが、少女はついぞ気付かなかった。それくらい真剣に、悩んで。
「……あっ」
見つけた問いは。
「あの、『私は戦えますか?』」
これまで戦いと縁遠い場所に居た彼女が抱いた問いだった。
―・―
『大事なもののために、頑張りなさい』
前の世界でも、この世界に来てからも、この世界の人達にたくさんお世話になって。
大事なものが、できたんだ。
「……きっともう、好きなんです。だから大丈夫」
――踏み出すために、グランマさんのお力を、貸していただけませんか?」
―・―
ロスヴィータの眼前に、二枚の札が差し出され――捲られた。
「白紙の札と――霊廟、ですね」
言葉と同時。グランマの目が優しげに細められるのを見て、少女の緊張がふわりと解けた。
「はぁぁ……」
グランマは、霊廟に描かれた光を指しながら、それは、故人を示す光だと言った。
「遥か遠き過去から在る先人たちの光は、優しげに描かれているでしょう?」
「は、はい」
一つ一つは指先で隠れる程の、小さな光をグランマはなぞり、続ける。
「今を生きる人たちを、見守っているのよ」
「……」
「積み上げた過去が、貴女の背を押してくれるわ。だから――貴女なら、大丈夫よ」
●
――私の職と貴女の名に因んで、ここではファーザーとお呼び下さい。
そう言って席についたクランクハイトに、グランマは笑みの気配で応えた。
「私は、どのような最期を迎えることになるのか。それを見て頂けますか?」
言葉尻は柔らかいのに、不思議と冷厳たる声色の青年であった。
―・―
「……失礼、ちょっとした雑談をさせて頂いても構いませんか?」
捲られていく絵札を興味深げに眺めながら、青年。
「どうぞ」
「貴女は何故このように未来を指し示すお仕事をなされているのか、ちょっと気になりまして。こういった手合いの道に携わる人間達は大まかに二分して「確固とした意思で導く者」か「敢えて迷いを与える者」の何方か……グランマ、貴女は如何でしょう?」
青年が言い終えるとほぼ同時、捲り終える札達。
「別料金になりますけど?」
「あ。ならいいです」
「ふふ」
変わり身の早さに笑みを零しながら、続けた。
「未来は不確定。それ故に、占いもその本質は幽幻です。そこに意味を見出すのは、私ではなくて貴方達ですし……私達に意味を見出すのも、貴方達次第」
グランマは小さく息を吐いて、続けた。
「『恋人』、『王宮』、『名も無き剣士』――そして、『古の塔』」
「……」
「貴方の周りには、守るべきものがいる。その中で貴方は決断を強いられることになるでしょう」
「ふむ」
「公平であろうとすればするほど、選べない決断ですわ。恐らく、何を選んでも何かを喪う事になるから」
「それが、私の最後、だと?」
グランマはそっと会釈をして応えるのみ。占いは終わり、という事だろう。返礼とばかりに、青年も頭を下げた。
「……祈りましょう、貴女と貴女の近き人々の生が、それ以上に死が、希望に満ち溢れたものとならんことを」
言葉と共に洗練された、実に優雅な一礼であった。
●
クリスティーナは席につく前に一礼し、グランマの手を取った。
凛とした佇まいの中、手の甲に小さく口付けを残し、
「ま、お手柔らかに頼むわ」
と言い席につく。この男がすると、絵になる仕草である。
―・―
「俺の恋人達が、幸せでいられるか。それを占って欲しい」
「恋人“達”、ですね」
「ああ」
しばらくの間、グランマは男の表情を見つめ……暫し後、計五枚。十字の形に札が並べられる。
一つ。左端の札が捲られた。
「王宮。貴方の恋人達は、護るべきもの」
二つ。右端の札。
「怠惰。誰かが為すべき事を為さなかった事に起因して、難局が訪れます」
三つ。上端の札。
「暴食。見過ごしてしまえば、妄執が貴方の恋人達の身を灼く事になるでしょう」
「へえ……」
捲られた札をそれぞれに見つめながら、小さく呟く男の表情には、太い笑みが刻まれていた。
「ま、その時は俺がどうにかすれば良いさ」
言葉に、くすりと笑って、グランマは続く札を捲った。
四つ。下端。
「古の賢者。知恵、助言を示す札ですね。貴方なら――まあ、大丈夫そうでしょうけど」
そうして――五つ。中央の札が、捲られた。
「光。行く先を照らし、世界を詳らかにする光は、前を向き、進むための力を示します。月並みですが、貴方の恋人たちは幸せでいられるでしょう、ね。……貴方が、貴方であり続ける限りは」
「……そうか」
男は、占いをありのままに信じる程に幼くはなかった。
ただ、それを聞いて僅かに気持ちが弾んだのも事実だった。
何故なら。
「まあ、それなら、大丈夫か」
そう思えたからだった。
余談だが。
彼が去り際にナンパしていった記者は大層困惑していたようだ。
●
「こんな薄暗い密室なんか出てベールに隠された其の素顔、俺だけに見せてくれよ」
シャガは、粗暴な手付きでカーテンを押しのけるようにして入室するとそう言った。
「……ふふ」
「お。好感触か?」
「ええ、面白い口説き文句だこと」
――さて、何を占いましょう?
話題を逸らしたグランマに、シャガは小さく天井を仰いだ。
―・―
「占いだが、『俺の死に様』で頼むわ」
「あら」
「なンだよ?」
「いいえ、何でもありませんわ」
奇妙な間を感じて、思わず首に刻んだ『VII』を撫でた。
……まあ、良い。
「この『VII』は『戦車』の意でな。だから、知りてェんだ。俺は戦車として最期を迎えられるか、ね」
「――貴方達は、どこか、似てますね」
「誰とだよ……」
俺の言葉を無視して、グランマは慣れた手付きで絵札を並べた。
細くて滑らかな女の手だ。その手で、十枚の札が置かれ捲られる。
そして。
「憤怒。古の塔。王宮。赤い月とユグディラ」
絵面からしてイマイチそうな札ばかりだった。
「貴方より遥かに強い力を前に、貴方は憎悪、激憤、闘争心といった強い感情を覚えるでしょう」
「……ほぅ?」
「貴方には守るべき者があって、それ故に満足に、戦えない。それでも戦って、その先に残っているのは――変容です。貴方が、貴方で居られなくなるような」
不意に。
――俺が、父であり師である先代の首を獲った時の事を、思い出した。
感触を辿るように、首を撫でる。
「成る程、悪くねェ」
この感じは実に『戦車』らしい、と。そう思ったからだ。
「……そン時が、楽しみだ」
少年のように笑って部屋を後にするシャガは……まるで戦場に在る獣のような表情をしていた。
●
ツヴァイは部屋に入るや否や時計を見て現時刻を確認すると、グランマへと視線をやり、言った。
「……どうした」
「いえ――何を占いましょう?」
「そうだな……」
厳然とペースを保っているように見える、が。
「俺の望みが叶うか、否か。そして――俺の今後についても見てもらおうか」
どこか、時間に追われているようにも見える青年であった。
―・―
「まず、一つ目の質問について、です」
手付きは柔らかだが、札は幾何学的な美しさをもって三角に配された。
「恋人、そして、狂気――これらが、貴方の現状を示します」
恋人は、選択や決断を。狂気は――孤独を示す、と言う。
「そして、最後の札は、赤い月とユグディラ。月は、変化の象徴です。貴方の願いは――叶うかどうかは解りません。叶うとしても、今の願いのままではないかもしれない」
「そうか」
願いは叶わない。
そう言われてもさして心は動かなかった。執着が、無いせいだろうか。
「そして、貴方の未来についてですが」
グランマは改めて札をまとめ、続けた。
「一枚、お取りください」
言われたままに、横一文字に配された絵札の中から選びとる。
そして。
その札に、少し目を奪われた。
「二つの世界」
赤と青の星が描かれたその札に。
「どうかしましたか?」
「別に。ただ、その札にあまり良い思い出がないだけだ」
「……この札が示すのは、新たなる始まりです。貴方の未来に、先へ進むための転機が訪れる。そういう札ですね」
「それはいい結果か?」
「貴方が、そう望めば」
「……そうか」
改めて、時計を確認した。
「15分……有意義な時間だったかは、そのうち分かるだろうさ」
呟いて、部屋を出て行く。
占いは終わった。長居する理由も、無い。
●
麗人は、一輪の薔薇と共に現れた。
「こんにちは、麗しい占い師さん。私は聖導士のガブリエル。エルと呼んでください」
「あら、ご丁寧にどうも」
「私の知人たちも貴女の占いを受けていたようだが。何か無礼なことを言わなかったろうか」
「とても、面白い方々でしたよ?」
「……そう、か。それは」
まぁ、そうだろうねと。エルは苦笑した。
―・―
13年前。それ以前の記憶がないのだとエルは言った。
グランマは言葉を聞きながら、札を配していく。
「今まで格別知りたいとは思っていなかったが、折角だから、少ーしばかり頭の端に留めておきたいんだ」
エルが言葉を言い終えた、瞬間だ。
伏せられた絵札は横並びに、整然と並べられていた。
――否。
一枚の札だけがエルの方へと僅かに伸びている。
「過去を、知りたいという事ですから」
言葉と仕草に促され、エルはその札を手にとった。
「……この札にはどういう意味があるんだい?」
翻した札の、その暗さにエルは暫し息を呑んだ後、そう言った。
暗いどこかの、その向こうに小さな光。光の中にただ一人浮かぶ人影は、此方側に背を向けている。
「狂気の札。他者に理解されず、他者を理解せず。その側面として、孤独の影も匂わせる札です。閉ざされた過去の貴女自身が『そう』なのか、貴女の傍らに『それ』が居たのかは……今の貴女からは解りませんけど、ね」
「そうか……うん、ありがとう」
そう言って、微笑みと共にエルは頷くと、グランマは札を整えながら小さく会釈を返した。
「私にあるのは『現在』だけ、だからね。良い事だろうが悪い事だろうが、今の私を形作る大切な要素だったのだろうけど……」
席を立ちながら言うエルは、どこか遠くを見るようだったが。
「……過去に囚われる奴はあいつらだけで十分過ぎるからね、あまりそこに縛られるつもりは無いんだ」
そう言ってからからと笑う女の姿は――なぜだろう、少しばかり優しげに見えた。
●
零次は、夫々に占い部屋から出てくる姿を眺めていた。彼らは皆、問うべきなにかを持っているのだろうと、そんな事を思いながら。
名前を呼ばれた時に初めて、気づいたのだ。
――自分が問うべき何かを持たない事に。
「また、か」
抱き慣れた感傷が身を包む。
自分は問うべきものすらも、持っていないというのか、と。
―・―
零次はそれを、正直に告げた。ならば、と。グランマは言った。
「なら、貴方自身について占いましょう」と。
そして、随分と長い時間をかけて札を混ぜる。
その間、言葉を重ねた。
貴方は何を信じるのか、とか。携えたロッドを見ての事だろう。
「今は、神を」
答えて、零次は不意に笑い出しそうになった。自暴自棄に似た感傷がちりちりと項を灼く心地がしたからだ。
そうして配された札は。
「怠惰。狂気。名も無き剣士。古の賢者」
グランマは最後の一枚を残して告げた。そうして、じっと零次を見つめて続ける。
「貴方が何者かになりたいとき。その時は、他人に助けを……切欠を求めるべきです。そうでなければ貴方は――ただ忘れ去られる事になる」
「……っ」
名も無き剣士、と記された札を撫でながらの言葉が零次の胸の裡に強く響いた。
「最後の一枚。これが、貴方の結末を暗示する札です。ご覧になられますか?」
「……」
グランマが敢えて問うた理由は、零次には解らない。
だが、強く、こみ上げるものがあった。
だから。
「……いえ」
だから。零次はそう言うしか、なかった。
「解りましたわ」
淀みなく戻された札が、分水嶺はもう超えている事をまざまざと見せつけるようで。
「ありがとうございました」
零次はなんとかそれだけを言って、部屋を後にした。
「……ひどく、疲れたな」
言葉は室内に吸い込まれるように、余韻を残さずに、消えた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/04 10:43:40 |