ゲスト
(ka0000)
悪意に塗れた少年
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/04/03 19:00
- 完成日
- 2015/04/10 23:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「んじゃ、あんたの名前は……めんどいし、エーバーでいっか」
木立を抜ける風に金の髪を揺らす女の唇から漏れる音は、口調の軽さとは裏腹に小鳥のさえずりのように可愛らしく響く。
その白磁の肌に纏うのは、時代錯誤に豪奢な真紅のドレス。裾が地面に着かないようにスカートを摘まんで歩く様は、さながらどこかのお姫様のように優雅だった。
「……はい……僕は、エーバー……」
女の視線の先で一人の少年が、消え入りそうな声でぼそりと呟いた。
少年は小柄で細身だったが、しっかりとした芯を持つ佇まいは多くの経験を積んだ戦士を思わせる。
しかし、その目は虚ろだ。光を灯さず、目の前の少女の存在に気づいているのかさえ分からない。どこを見るでもなく、ただ幽鬼のように突っ立っている。
その足下には、どす黒い染み。……かつて、彼とともにハンターとして各地を回った、仲間達の成れの果てだ。
「はーい、エーバー君にしつもーん。君、どこ住みなのぉ?」
女は、横倒しになった巨大な鉄の塊に腰を下ろし、髪の先をいじりながら楽しそうに笑っている。
「はい、――の村、です……」
「お、こっからすぐじゃん。なにぃ? あんた、僕の村を守るぜー系だったの? きゃははは! やだ熱血ぅ!」
「……」
嘲るような言葉にも、少年はぴくりとも反応しない。
当然だ。出来ないのだから。
「じゃ、ちょっとさ。あたしもオルちゃんとこ行きたいから、ライブで見らんないけどぉ」
そして女は事も無げに口にした。
「その村、潰してきてみ?」
少年は「分かりました」と、迷いもなく機械のように頷いた。
●
少年は無数のゾンビを引き連れ、二本の大振りなナイフを振るう。小さいながらも平和だった村が悲鳴で満たされるまで、さほど時間はかからなかった。
住民は驚愕に目を見開く。村を襲い、数人の村人を手にかけた少年の、幼さを残す横顔に見覚えがあったからだ。
彼の友人が、両親が、どれだけ声を掛けても、少年は僅かな感情も見せなかった。
ただ淡々と、その刃を振りかぶる。
その暴虐を止めることが出来るのは、同じく、刃だけかもしれない。
木立を抜ける風に金の髪を揺らす女の唇から漏れる音は、口調の軽さとは裏腹に小鳥のさえずりのように可愛らしく響く。
その白磁の肌に纏うのは、時代錯誤に豪奢な真紅のドレス。裾が地面に着かないようにスカートを摘まんで歩く様は、さながらどこかのお姫様のように優雅だった。
「……はい……僕は、エーバー……」
女の視線の先で一人の少年が、消え入りそうな声でぼそりと呟いた。
少年は小柄で細身だったが、しっかりとした芯を持つ佇まいは多くの経験を積んだ戦士を思わせる。
しかし、その目は虚ろだ。光を灯さず、目の前の少女の存在に気づいているのかさえ分からない。どこを見るでもなく、ただ幽鬼のように突っ立っている。
その足下には、どす黒い染み。……かつて、彼とともにハンターとして各地を回った、仲間達の成れの果てだ。
「はーい、エーバー君にしつもーん。君、どこ住みなのぉ?」
女は、横倒しになった巨大な鉄の塊に腰を下ろし、髪の先をいじりながら楽しそうに笑っている。
「はい、――の村、です……」
「お、こっからすぐじゃん。なにぃ? あんた、僕の村を守るぜー系だったの? きゃははは! やだ熱血ぅ!」
「……」
嘲るような言葉にも、少年はぴくりとも反応しない。
当然だ。出来ないのだから。
「じゃ、ちょっとさ。あたしもオルちゃんとこ行きたいから、ライブで見らんないけどぉ」
そして女は事も無げに口にした。
「その村、潰してきてみ?」
少年は「分かりました」と、迷いもなく機械のように頷いた。
●
少年は無数のゾンビを引き連れ、二本の大振りなナイフを振るう。小さいながらも平和だった村が悲鳴で満たされるまで、さほど時間はかからなかった。
住民は驚愕に目を見開く。村を襲い、数人の村人を手にかけた少年の、幼さを残す横顔に見覚えがあったからだ。
彼の友人が、両親が、どれだけ声を掛けても、少年は僅かな感情も見せなかった。
ただ淡々と、その刃を振りかぶる。
その暴虐を止めることが出来るのは、同じく、刃だけかもしれない。
リプレイ本文
村の裏にある森に、ゾンビが出没するから調べて欲しい――
そんなありきたりな依頼に赴いたハンター達を待っていたのは、阿鼻叫喚だった。
響く喧噪、叫び声に彼らは、慌ててその場に向かう。
「森の調査から戻ってみりゃ、クソッ! なんてこった」
苦々しげに吐き捨て、アリクス(ka4200)は即座に愛馬の元へと向かう。ゴースロンという種の、大きな馬だ。普段は大人しい性格の馬だが、この異常事態に落ち着きなく耳を動かし、鼻を鳴らしている。
しかし、それも仕方がないだろう。
森の方角からは異様な悪臭までも漂ってきていた。獣の五感と本能を持ってすれば、すぐにでも逃げ出したいはずだ。
「自分はこういう相手、慣れた物だ。急ごう」
同じく自らのゴースロンをなだめながら、イヴァン・レオーノフ(ka0557)は周囲で困惑に右往左往している村人に避難の声を掛ける。
「調査という話だったのに、まさか向こうからやって来るとは」
サントール・アスカ(ka2820)もまた疾影士の素早さを生かし、既に駆け出していた。
村人達の混乱は、ハンターの存在と迅速な行動によって最小限に抑えられていた。
しかし、異変はすぐさま明らかになる。
離れた場所から聞こえる人々の悲鳴には、別の種類の物が混ざっているのだ。
ゾンビに対する恐怖の絶叫。それだけなら分かりやすい。しかし、そこには悲痛な声も含まれていた。嗚咽の混じった、懇願するような震える声。それが、誰かの名前を呼んでいる。
誰かが、ゾンビに襲われたのか。
嫌な予感を胸に、ハンター達が駆けつければ。
「……退屈な調査依頼から、面白いことになったね」
サナトス=トート(ka4063)は、酷薄な笑みを浮かべてそれを見やる。
バランスの崩れた不自然な体勢でにじり寄る無数のゾンビ。その中心で、全身を真っ赤な血で汚した少年が、ゆらりと、能面のような表情で一人の村人の胸を短剣で貫いていた。
●
「な、何をしているんですか!」
即座に、ブレナー ローゼンベック(ka4184)が声を張り上げていた。
村人の生死は不明だ。取り返しがつくことを願って、ブレナーは駆け出す。
見るからに、村人を襲っている少年はただの人間だった。歪虚特有の禍々しいものは感じられない。しかし、なぜゾンビのただ中で、少年は凶行に及んでいるのか。
「部位の欠損したゾンビ……と、少年。新しい玩具かな」
同じくサナトスも、どこかで見たようなゾンビの姿に笑みを深めながら少年の元へと向かう。
「ときに、あの少年の名は何というのでしょう?」
ラル・S・コーダ(ka4495)はゆったりと、逃げ惑う村人の一人に優しく声を掛けていた。
ハンス。それが彼の名前らしい。
ラルは優雅に一礼をもって返し、村人はそれを待たずに逃げていく。
「サナトスとブレナーがあちらに向かったか。ならば、自分は村人の避難を優先しよう」
「ま、あっちはブレナーがいりゃ何とかなるだろ。被害がでかくなる前に、食い止めねえとな」
イヴァンとアリクス、馬に騎乗した二人はその機動力を生かし、遠くで今まさに襲いかからんとするゾンビに向けて疾駆する。
サントールは少年のことを仲間に任せ、自らの足で声を掛けて回る。ゾンビの動きは遅いが、恐怖に腰の抜けた村人の歩みは、それらを圧倒しているわけではない。
ラルは、迫るゾンビに向けて、村人に向けたと同じ優美な礼を見せた。真っ赤なドレスの裾を揺らし、長大な斧槍をくるりと回す。
「舞台への飛び入り、失礼しますね」
ステップを踏み、歌を奏でる。戦場という名の舞台において似つかわしくないその舞踊が、彼女の在り方だった。
●
少年の元へと駆け寄ろうとするサナトスのブレナーの眼前で、短剣を引き抜かれた青年の体が力なく地面に落ちて湿った音を立てた。
「どうしてこんな事を……!」
駆けつけた時点で手遅れだったとはいえ、目の前で人が死ぬその様にブレナーは震える。
そんなブレナーなどどこ吹く風。くるりと首を回した少年のどこか虚ろな視線の先には、先ほどまで少年に必死に声を掛けていた別の青年がいた。ゾンビの群れと目の前で知り合いが殺された衝撃で、腰を抜かしている。
そしてちゃきりと、少年は両手に構えた二本の短剣の先を僅かに揺らした。
「まさか……っ! や、やめるんだ!」
嫌な予感に、ブレナーは叫ぶ。しかし、少年はこちらに目を向けもしない。腰を落とし、身を屈め、明らかに青年に狙いを定める。
「声は届いていないようだし、感情が見えないね……さて、正気なのかな?」
サナトスの声は淡々と、しかしどこか楽しげに響く。
そして同時に、サナトスは躊躇いなく剣を繰り出していた。長大な剣を、走る勢いに乗せコマのように、体ごと回転させる。
「おや、これでも無視するんだ」
だが、その剣閃は一瞬だけ遅れて届いた。既に飛び出していた少年の後ろ髪を引っかけて、千切れた髪の束が宙に舞う。
それでも少年は、瞳すらこちらに向けなかった。かなりの衝撃を頭に受けたはずなのにだ。その足はよろめいたが、声一つ出さずに体勢を立て直して腰を抜かした青年に一直線。
命を奪われかけたという状況からすれば、異様でしかない。
「速い!」
サナトスの一歩後からそれを見ていたブレナーは、少年の動きが一般人のそれではないことに気がついた。
初動が、一般人のそれを凌駕している。間違いなく覚醒者だ。
ブレナーは驚きつつも何とかそれに対応したが、剣で斬る訳にもいかず、少年に向けて必死に手を伸ばす。
「掴んだ……!」
二の腕に手が届いた。ブレナーはそのまま、少年を引き倒して戦闘力を奪おうとし――
「うわっ!」
ぐん、と強く加速した少年の力に負け、手を離してしまう。
「……疾影士か何かか。難儀だな」
それでも、ほんの一瞬だけ少年の動きは鈍った。その隙に向け、馬を駆りながらも油断なく少年に注意していたイヴァンの銃撃が地面を抉る。
少年の動きが露骨に止まった。自分が傷つくことを避ける判断は行えるらしい。
「通り道の邪魔」
サナトスの大剣が翻り、辺りに散らばり始めたゾンビに突き刺さる。腐肉の嫌な弾力を掌に感じながら、鼻を鳴らして切り払う。
そして、足の止まった少年が体勢を立て直すのを待たずに、
「喋れる状態で留めなくちゃ行けないのが、面倒だけど」
サナトスの体当たりが、少年を弾き飛ばした。
同時に、ブレナーが懐に飛び込む。視線はやはり、こちらを見ていない。
「この、分からず屋ーッ!」
決定的に無防備なその胴体に、ブレナーの拳が突き刺さった。
●
巨体を誇る馬は、地面を大きく打ち鳴らしてゾンビの群れに怯むことなく猛進する。その威容はゾンビに効果をなさなかったが、眼前に割り込んで行動を阻害するには十分だった。
「もう大丈夫だ。ここは自分に任せ、早く逃げろ」
イヴァンは馬上から村人に声を掛け、同時にうなりを上げてこちらに伽藍堂の眼窩を向けるゾンビに躊躇いなく銃撃を浴びせた。
ゾンビの動きは鈍く、攻撃を当てるのはさほど難しくない。薄汚い体液をまき散らして弾丸が突き刺さっていく。
だが、ゾンビの耐久力は高い。銃撃はゾンビに対する有効な制圧とは言えず、倒しきれない個体が地面を転がっては喉を鳴らしながら起き上がってくる。
しかしそれはそれ。イヴァンの狙い通り、ゾンビはこちらを敵と認識し群がり始めている。
「あ、ありがとうございます……!」
「……何かあれば叫べ、自分が必ず飛んでいく。良いな?」
感謝に答え、イヴァンは他の村人同様、村で一番頑丈な建物である食料倉庫に避難するよう指示を送る。
ゾンビが現れているのが、森からだけだとは限らない。守るものは一所に集まっている方が都合がよかった。さらに、屋内の家具などで窓や扉の補強も効果的だろう。
「俺が相手になるぞ、いくらでも来い!」
とはいえ、ゾンビをそこまで進入させるつもりは無い。イヴァンに対し、村の広場を挟んだ反対側でアリクスが声を上げる。
聖剣を振りかざして馬を駆り、声を張り上げるアリクスに、ゾンビの濁った眼球がぐるりと反応を示す。踏み潰すつもりで群れの中に飛び込めば、愛馬「アレイオン」がゾンビを弾き飛ばす湿った打音もそれに拍車を掛けた。
幸いにも、聖なる力というのは今回のゾンビに対して大きな効果を持つらしい。高い馬体から攻撃できる範囲は限られるが、陽光を反射する刃はバターのようにゾンビを切り裂く。
アリクスの役割もまた、これ以上無いほどの効果をもたらしていた。
「まだ逃げ遅れてる人は……!」
そうして二頭の馬が大きな音を鳴らしゾンビを引きつけている内に、サントールは村の中を駆け回る。
馬上からの視点では、細かな状況を見逃すこともあるだろう。物陰や建物の中、動けなくなっている人が残っているかもしれない。
「そらっ!」
遊撃的に動くサントールは、次々にゾンビを殴り倒す。
ジャブで気を逸らし、本命の一撃を叩き込む拳闘のスタイルは、本能で動くゾンビには効果覿面だった。
打撃の効きはあまり良くない。顎を揺らし、人間ならば意識を奪える渾身の一撃でも、ゾンビは地面に倒れるだけだ。むしろ、力の入っていない重心の不安定さが、その耐久力に一役買っているようにも見えた。
しかし、倒しきる必要は無い。彼が自分に課したのは、村人の救出だ。結果が伴えばそれでいい。
サントールはひたすらに駆け回り、ゾンビの体力を次々奪っていく。一秒でも早く、歪虚の脅威から村を救うために。
広場の中心ではラルが、歌と踊りに乗せてゾンビと斬り結んでいた。真っ赤なドレスはゾンビの目にとまるのか、一所で戦うラルを標的に定めたのか、敵に事欠くことは無い。
「死人達が欠けているのは何故?」
左腕と、顔面の大半を削られたような風貌のゾンビを叩き伏せながら、ラルは疑問を口にする。
多くのゾンビがそんな状態だ。普通の、五体満足のゾンビよりも、余程弱い。
ラルの目には、それが少年を囲い、尚且つ邪魔にならないよう作られたものに感じていた。
「ああ、なんて可哀そう!」
高らかに声を上げ、同時に飛びかかってきたゾンビの攻撃を、後方に飛んで回避する。包囲されないよう、背後に常に気を配る。
攻撃を躱され、たたらを踏んだゾンビに向けて、ラルは大きく踏み込んだ。
槍の先端が、腐った肉と隙間から覗く肋骨ごと粉砕し貫く。
「さあ、さあ、さあ! その架せられた糸を、意図を! その身ごとわたしが断ち切ってあげる!」
ラルがくるりとドレスの裾を広げる。刃に絡んだどす黒い体液が、その軌跡を彩った。
●
ハンター達の活躍により、早々に村人は避難を終えた。そうなればゾンビなど数が多いだけで取るに足るものでは無く、既に村は、被害の確認や家屋の修復に意識を移していた。
「ふう、やっと大人しくなった……」
ブレナーは地面に腰を下ろして、額の汗をぬぐう。目の前には、手足をきつく縛られた少年が、荒い息をついてぐったりと横たわっていた。
倒れたところを押さえつけられた少年は、それまでの態度が嘘のように暴れた。ブレナーの組み付きは経験の少なさから浅くなりがちで、ダメージを与えていなければ危なかったかもしれない。
「手足を切断すれば、簡単だったと思うんだけどねぇ」
「いやいやいや、いくら何でもそこまでは……普通の、人間みたいですし」
楽しんでいるような呆れているようなサナトスの言葉に、ブレナーはかぶりを振る。
「まもなくソサエティの職員が、処理にやってくるだろう」
「あの方達も、良い夢を見られるといいですね」
イヴァンは殲滅したゾンビの死体に”処置”を施し終え、血塗れの手甲を布で拭く。その後ろではラルが、ダンスパートナーとの口づけの余韻に、どす黒い体液の残った唇に指を這わせていた。
「ええと、大丈夫か……その、毒とか移ったり……」
「あら、何がです?」
ゾンビに口づけするラルの姿を目撃してしまったアリクスだが、ゆったりとした笑顔にそれ以上何も言えなかった。
「うーん、さっきよりは光が戻ってきてる気がするね」
サナトスが、少年の瞳を覗き込む。
「一体何者なんだ、あんたを操ったヤツは」
アリクスもしゃがみ込む。その言葉には、忌々しげな響きが宿っている。
少年が操られているとすれば、これは人間の命を弄ぶ行為だ。許せるはずが無い。
「……う、ぐ……村を、潰す……村を……俺は……村を……!」
少年の言葉は、要領を得ない。震える声で、ぶつぶつと繰り返している。
そんな状態が、もうしばらく続いていた。
ハンター達はどうしたらいいのか分からずに、気を揉みはじめる。
「これはもう、ソサエティに任せた方が――」
「ふん」
そんな中、唐突にサナトスは少年に手刀を打ち込み、
「お、おい何を!」
「荒療治だよ」
直後に、おもむろに取り出した瓶の中身を、少年の顔にぶちまけた。
目から鼻から強烈な香草の香りに蹂躙され、少年は大きく咳き込む。
「香りで、何か思い出すことは?」
そこで、少年の目が大きく揺れた。
「や、奴は……」
絞り出すように、必死に何かから逃げるような悲壮な声を漏らす。それはもしかしたら、少年には初めから正気というものが残っていて、ずっと抜け道を探していたのかと錯覚させるようなタイミングで――
「エリ……ザベート……と、自分を……」
それだけを口にすると、少年は今度こそ完全に意識を失った。
生きてはいる。しかし、これ以上どうすることも出来ないだろう。
「何も、苦しまなくてもいいの。ハンスさん」
ラルは、少年をそっと抱きしめた。
●
「……血の跡が、恐らく四人分か」
村から離れた森の中、サントールは一人地面を見つめる。
少年への対応は仲間に任せ、彼は単身で少年とゾンビの群れが現れたと思われる方角へと赴いていた。
少年が操られていたのなら、それを施した主が必ず存在する。それを確かめに来たのだ。
そこで見つけたのは、赤黒く変色した地面。大きな範囲に、数カ所の変異が見られる。
これが歪虚の痕跡がどうかは分からない。特有の負の瘴気も、ゾンビが練り歩いてきたとすれば紛れてしまっているであろう程度のものだ。
「もう居ないか」
残念そうにサントールは呟く。
ここに、一人では敵わないほどの強力な歪虚が居ても構わなかった。怒りを静めるためならば。
村の惨状を思い出す。
歪虚への強い怒りを胸に、サントールはぎりと強く拳を握った。
そんなありきたりな依頼に赴いたハンター達を待っていたのは、阿鼻叫喚だった。
響く喧噪、叫び声に彼らは、慌ててその場に向かう。
「森の調査から戻ってみりゃ、クソッ! なんてこった」
苦々しげに吐き捨て、アリクス(ka4200)は即座に愛馬の元へと向かう。ゴースロンという種の、大きな馬だ。普段は大人しい性格の馬だが、この異常事態に落ち着きなく耳を動かし、鼻を鳴らしている。
しかし、それも仕方がないだろう。
森の方角からは異様な悪臭までも漂ってきていた。獣の五感と本能を持ってすれば、すぐにでも逃げ出したいはずだ。
「自分はこういう相手、慣れた物だ。急ごう」
同じく自らのゴースロンをなだめながら、イヴァン・レオーノフ(ka0557)は周囲で困惑に右往左往している村人に避難の声を掛ける。
「調査という話だったのに、まさか向こうからやって来るとは」
サントール・アスカ(ka2820)もまた疾影士の素早さを生かし、既に駆け出していた。
村人達の混乱は、ハンターの存在と迅速な行動によって最小限に抑えられていた。
しかし、異変はすぐさま明らかになる。
離れた場所から聞こえる人々の悲鳴には、別の種類の物が混ざっているのだ。
ゾンビに対する恐怖の絶叫。それだけなら分かりやすい。しかし、そこには悲痛な声も含まれていた。嗚咽の混じった、懇願するような震える声。それが、誰かの名前を呼んでいる。
誰かが、ゾンビに襲われたのか。
嫌な予感を胸に、ハンター達が駆けつければ。
「……退屈な調査依頼から、面白いことになったね」
サナトス=トート(ka4063)は、酷薄な笑みを浮かべてそれを見やる。
バランスの崩れた不自然な体勢でにじり寄る無数のゾンビ。その中心で、全身を真っ赤な血で汚した少年が、ゆらりと、能面のような表情で一人の村人の胸を短剣で貫いていた。
●
「な、何をしているんですか!」
即座に、ブレナー ローゼンベック(ka4184)が声を張り上げていた。
村人の生死は不明だ。取り返しがつくことを願って、ブレナーは駆け出す。
見るからに、村人を襲っている少年はただの人間だった。歪虚特有の禍々しいものは感じられない。しかし、なぜゾンビのただ中で、少年は凶行に及んでいるのか。
「部位の欠損したゾンビ……と、少年。新しい玩具かな」
同じくサナトスも、どこかで見たようなゾンビの姿に笑みを深めながら少年の元へと向かう。
「ときに、あの少年の名は何というのでしょう?」
ラル・S・コーダ(ka4495)はゆったりと、逃げ惑う村人の一人に優しく声を掛けていた。
ハンス。それが彼の名前らしい。
ラルは優雅に一礼をもって返し、村人はそれを待たずに逃げていく。
「サナトスとブレナーがあちらに向かったか。ならば、自分は村人の避難を優先しよう」
「ま、あっちはブレナーがいりゃ何とかなるだろ。被害がでかくなる前に、食い止めねえとな」
イヴァンとアリクス、馬に騎乗した二人はその機動力を生かし、遠くで今まさに襲いかからんとするゾンビに向けて疾駆する。
サントールは少年のことを仲間に任せ、自らの足で声を掛けて回る。ゾンビの動きは遅いが、恐怖に腰の抜けた村人の歩みは、それらを圧倒しているわけではない。
ラルは、迫るゾンビに向けて、村人に向けたと同じ優美な礼を見せた。真っ赤なドレスの裾を揺らし、長大な斧槍をくるりと回す。
「舞台への飛び入り、失礼しますね」
ステップを踏み、歌を奏でる。戦場という名の舞台において似つかわしくないその舞踊が、彼女の在り方だった。
●
少年の元へと駆け寄ろうとするサナトスのブレナーの眼前で、短剣を引き抜かれた青年の体が力なく地面に落ちて湿った音を立てた。
「どうしてこんな事を……!」
駆けつけた時点で手遅れだったとはいえ、目の前で人が死ぬその様にブレナーは震える。
そんなブレナーなどどこ吹く風。くるりと首を回した少年のどこか虚ろな視線の先には、先ほどまで少年に必死に声を掛けていた別の青年がいた。ゾンビの群れと目の前で知り合いが殺された衝撃で、腰を抜かしている。
そしてちゃきりと、少年は両手に構えた二本の短剣の先を僅かに揺らした。
「まさか……っ! や、やめるんだ!」
嫌な予感に、ブレナーは叫ぶ。しかし、少年はこちらに目を向けもしない。腰を落とし、身を屈め、明らかに青年に狙いを定める。
「声は届いていないようだし、感情が見えないね……さて、正気なのかな?」
サナトスの声は淡々と、しかしどこか楽しげに響く。
そして同時に、サナトスは躊躇いなく剣を繰り出していた。長大な剣を、走る勢いに乗せコマのように、体ごと回転させる。
「おや、これでも無視するんだ」
だが、その剣閃は一瞬だけ遅れて届いた。既に飛び出していた少年の後ろ髪を引っかけて、千切れた髪の束が宙に舞う。
それでも少年は、瞳すらこちらに向けなかった。かなりの衝撃を頭に受けたはずなのにだ。その足はよろめいたが、声一つ出さずに体勢を立て直して腰を抜かした青年に一直線。
命を奪われかけたという状況からすれば、異様でしかない。
「速い!」
サナトスの一歩後からそれを見ていたブレナーは、少年の動きが一般人のそれではないことに気がついた。
初動が、一般人のそれを凌駕している。間違いなく覚醒者だ。
ブレナーは驚きつつも何とかそれに対応したが、剣で斬る訳にもいかず、少年に向けて必死に手を伸ばす。
「掴んだ……!」
二の腕に手が届いた。ブレナーはそのまま、少年を引き倒して戦闘力を奪おうとし――
「うわっ!」
ぐん、と強く加速した少年の力に負け、手を離してしまう。
「……疾影士か何かか。難儀だな」
それでも、ほんの一瞬だけ少年の動きは鈍った。その隙に向け、馬を駆りながらも油断なく少年に注意していたイヴァンの銃撃が地面を抉る。
少年の動きが露骨に止まった。自分が傷つくことを避ける判断は行えるらしい。
「通り道の邪魔」
サナトスの大剣が翻り、辺りに散らばり始めたゾンビに突き刺さる。腐肉の嫌な弾力を掌に感じながら、鼻を鳴らして切り払う。
そして、足の止まった少年が体勢を立て直すのを待たずに、
「喋れる状態で留めなくちゃ行けないのが、面倒だけど」
サナトスの体当たりが、少年を弾き飛ばした。
同時に、ブレナーが懐に飛び込む。視線はやはり、こちらを見ていない。
「この、分からず屋ーッ!」
決定的に無防備なその胴体に、ブレナーの拳が突き刺さった。
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巨体を誇る馬は、地面を大きく打ち鳴らしてゾンビの群れに怯むことなく猛進する。その威容はゾンビに効果をなさなかったが、眼前に割り込んで行動を阻害するには十分だった。
「もう大丈夫だ。ここは自分に任せ、早く逃げろ」
イヴァンは馬上から村人に声を掛け、同時にうなりを上げてこちらに伽藍堂の眼窩を向けるゾンビに躊躇いなく銃撃を浴びせた。
ゾンビの動きは鈍く、攻撃を当てるのはさほど難しくない。薄汚い体液をまき散らして弾丸が突き刺さっていく。
だが、ゾンビの耐久力は高い。銃撃はゾンビに対する有効な制圧とは言えず、倒しきれない個体が地面を転がっては喉を鳴らしながら起き上がってくる。
しかしそれはそれ。イヴァンの狙い通り、ゾンビはこちらを敵と認識し群がり始めている。
「あ、ありがとうございます……!」
「……何かあれば叫べ、自分が必ず飛んでいく。良いな?」
感謝に答え、イヴァンは他の村人同様、村で一番頑丈な建物である食料倉庫に避難するよう指示を送る。
ゾンビが現れているのが、森からだけだとは限らない。守るものは一所に集まっている方が都合がよかった。さらに、屋内の家具などで窓や扉の補強も効果的だろう。
「俺が相手になるぞ、いくらでも来い!」
とはいえ、ゾンビをそこまで進入させるつもりは無い。イヴァンに対し、村の広場を挟んだ反対側でアリクスが声を上げる。
聖剣を振りかざして馬を駆り、声を張り上げるアリクスに、ゾンビの濁った眼球がぐるりと反応を示す。踏み潰すつもりで群れの中に飛び込めば、愛馬「アレイオン」がゾンビを弾き飛ばす湿った打音もそれに拍車を掛けた。
幸いにも、聖なる力というのは今回のゾンビに対して大きな効果を持つらしい。高い馬体から攻撃できる範囲は限られるが、陽光を反射する刃はバターのようにゾンビを切り裂く。
アリクスの役割もまた、これ以上無いほどの効果をもたらしていた。
「まだ逃げ遅れてる人は……!」
そうして二頭の馬が大きな音を鳴らしゾンビを引きつけている内に、サントールは村の中を駆け回る。
馬上からの視点では、細かな状況を見逃すこともあるだろう。物陰や建物の中、動けなくなっている人が残っているかもしれない。
「そらっ!」
遊撃的に動くサントールは、次々にゾンビを殴り倒す。
ジャブで気を逸らし、本命の一撃を叩き込む拳闘のスタイルは、本能で動くゾンビには効果覿面だった。
打撃の効きはあまり良くない。顎を揺らし、人間ならば意識を奪える渾身の一撃でも、ゾンビは地面に倒れるだけだ。むしろ、力の入っていない重心の不安定さが、その耐久力に一役買っているようにも見えた。
しかし、倒しきる必要は無い。彼が自分に課したのは、村人の救出だ。結果が伴えばそれでいい。
サントールはひたすらに駆け回り、ゾンビの体力を次々奪っていく。一秒でも早く、歪虚の脅威から村を救うために。
広場の中心ではラルが、歌と踊りに乗せてゾンビと斬り結んでいた。真っ赤なドレスはゾンビの目にとまるのか、一所で戦うラルを標的に定めたのか、敵に事欠くことは無い。
「死人達が欠けているのは何故?」
左腕と、顔面の大半を削られたような風貌のゾンビを叩き伏せながら、ラルは疑問を口にする。
多くのゾンビがそんな状態だ。普通の、五体満足のゾンビよりも、余程弱い。
ラルの目には、それが少年を囲い、尚且つ邪魔にならないよう作られたものに感じていた。
「ああ、なんて可哀そう!」
高らかに声を上げ、同時に飛びかかってきたゾンビの攻撃を、後方に飛んで回避する。包囲されないよう、背後に常に気を配る。
攻撃を躱され、たたらを踏んだゾンビに向けて、ラルは大きく踏み込んだ。
槍の先端が、腐った肉と隙間から覗く肋骨ごと粉砕し貫く。
「さあ、さあ、さあ! その架せられた糸を、意図を! その身ごとわたしが断ち切ってあげる!」
ラルがくるりとドレスの裾を広げる。刃に絡んだどす黒い体液が、その軌跡を彩った。
●
ハンター達の活躍により、早々に村人は避難を終えた。そうなればゾンビなど数が多いだけで取るに足るものでは無く、既に村は、被害の確認や家屋の修復に意識を移していた。
「ふう、やっと大人しくなった……」
ブレナーは地面に腰を下ろして、額の汗をぬぐう。目の前には、手足をきつく縛られた少年が、荒い息をついてぐったりと横たわっていた。
倒れたところを押さえつけられた少年は、それまでの態度が嘘のように暴れた。ブレナーの組み付きは経験の少なさから浅くなりがちで、ダメージを与えていなければ危なかったかもしれない。
「手足を切断すれば、簡単だったと思うんだけどねぇ」
「いやいやいや、いくら何でもそこまでは……普通の、人間みたいですし」
楽しんでいるような呆れているようなサナトスの言葉に、ブレナーはかぶりを振る。
「まもなくソサエティの職員が、処理にやってくるだろう」
「あの方達も、良い夢を見られるといいですね」
イヴァンは殲滅したゾンビの死体に”処置”を施し終え、血塗れの手甲を布で拭く。その後ろではラルが、ダンスパートナーとの口づけの余韻に、どす黒い体液の残った唇に指を這わせていた。
「ええと、大丈夫か……その、毒とか移ったり……」
「あら、何がです?」
ゾンビに口づけするラルの姿を目撃してしまったアリクスだが、ゆったりとした笑顔にそれ以上何も言えなかった。
「うーん、さっきよりは光が戻ってきてる気がするね」
サナトスが、少年の瞳を覗き込む。
「一体何者なんだ、あんたを操ったヤツは」
アリクスもしゃがみ込む。その言葉には、忌々しげな響きが宿っている。
少年が操られているとすれば、これは人間の命を弄ぶ行為だ。許せるはずが無い。
「……う、ぐ……村を、潰す……村を……俺は……村を……!」
少年の言葉は、要領を得ない。震える声で、ぶつぶつと繰り返している。
そんな状態が、もうしばらく続いていた。
ハンター達はどうしたらいいのか分からずに、気を揉みはじめる。
「これはもう、ソサエティに任せた方が――」
「ふん」
そんな中、唐突にサナトスは少年に手刀を打ち込み、
「お、おい何を!」
「荒療治だよ」
直後に、おもむろに取り出した瓶の中身を、少年の顔にぶちまけた。
目から鼻から強烈な香草の香りに蹂躙され、少年は大きく咳き込む。
「香りで、何か思い出すことは?」
そこで、少年の目が大きく揺れた。
「や、奴は……」
絞り出すように、必死に何かから逃げるような悲壮な声を漏らす。それはもしかしたら、少年には初めから正気というものが残っていて、ずっと抜け道を探していたのかと錯覚させるようなタイミングで――
「エリ……ザベート……と、自分を……」
それだけを口にすると、少年は今度こそ完全に意識を失った。
生きてはいる。しかし、これ以上どうすることも出来ないだろう。
「何も、苦しまなくてもいいの。ハンスさん」
ラルは、少年をそっと抱きしめた。
●
「……血の跡が、恐らく四人分か」
村から離れた森の中、サントールは一人地面を見つめる。
少年への対応は仲間に任せ、彼は単身で少年とゾンビの群れが現れたと思われる方角へと赴いていた。
少年が操られていたのなら、それを施した主が必ず存在する。それを確かめに来たのだ。
そこで見つけたのは、赤黒く変色した地面。大きな範囲に、数カ所の変異が見られる。
これが歪虚の痕跡がどうかは分からない。特有の負の瘴気も、ゾンビが練り歩いてきたとすれば紛れてしまっているであろう程度のものだ。
「もう居ないか」
残念そうにサントールは呟く。
ここに、一人では敵わないほどの強力な歪虚が居ても構わなかった。怒りを静めるためならば。
村の惨状を思い出す。
歪虚への強い怒りを胸に、サントールはぎりと強く拳を握った。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/29 01:22:14 |
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作戦相談卓 アリクス(ka4200) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/04/03 17:21:30 |