人食い犬と魔女

マスター:江口梨奈

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~8人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/05/03 19:00
完成日
2015/05/11 13:20

みんなの思い出

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オープニング

 エルフの老婆であるレッスンは、家族も友人もないが、自分と同じ背丈ほどもある大きな1匹の犬のボルトと青く繁る森の木々に囲まれて平和に暮らしている。
 若い頃には、少し離れた村で何人か顔見知りがあり、それなりに交流があったのだが、何十年か前に事件があった。
 ボルトの母犬(これも同じぐらい大きな犬であった)を「おばけだ」と囃して乱暴にちょっかいをかけてきた村の悪童が、逆に噛みつかれてしまったのだ。血を出すほどの怪我をしたので大事になり、しかし先に手を出した子供が悪いと言うことでなんとかその場は収まったのだが、これがきっかけでレッスンは何となく村に行きづらくなった。そもそも村から離れた森で一人で暮らす老婆を人はあまり好意的に見てはいなかったらしく、この事件から後、村ではレッスン婆を、人を襲う犬を使役する魔女だとかなんとか悪し様にいう噂が立ち始めた。そうこうしているうちに、交流していた人間の顔見知り達はレッスン婆を残して天命に従っていき、そうなると、元来、人と関わることは苦手であったレッスン婆は、ますます村へ行かず、ひとり森の奥にこもるようになった。あの犬も亡くなったが、ボルトという可愛い娘を遺してくれた。レッスンはこの、静かな暮らしが気に入っていた。

 さて、ある村人が、森の中を歩いていたときだ。何やら、気味の悪い気配を感じた。すると間もなく、鬱蒼と繁る樹木の隙間に、もやのようなものが動いているのを見つけた。吐きそうなほど不愉快だったが、果敢にも彼は、正体を探るべくもやにそっと近付いた。
 もやはよく見ると渦巻いた黒い毛で、毛の持ち主は四つん這いの姿で地面に立っていた。大きさは自分の背丈ほど。グルグル唸りながら、そこらに鼻をこすりつけながら歩いている。
「犬……? あの、魔女婆さんのところの、人食い犬か?」
 人食い犬など、ただの誇張された噂だと思っていた彼だったが、けれど首筋から流れる脂汗は正直だった。もやを持つ獣は普通に見れば犬のようであったが、単に犬と言い難い恐怖を感じた。この世界に住むものなら、その恐怖が何に因るものかは分かるだろう。マテリアルの不均衡。それが具現化した姿……歪虚だ!
 村人は逃げ帰った。逃げ帰って、皆に知らせた。
「ヴォイドだ!! 魔女婆さんの犬が、ヴォイドになりやがった!!」
 

リプレイ本文

●噂
 まずは会ってみない事には。
 森の奥に住む悪しき魔女。それは只の噂なのか、真実なのか。そして。
「レッスン殿か、その飼い犬か、もしくは第三者のいったいどれがヴォイドの正体なのか……」
 確かめることが最優先だという藤林みほ(ka2804)の意見と、皆の考えは一致していた。
「……確かに怪しいと思いますが、一方的に決めつけるのは如何かと。とりあえず、そのご婦人の所を訪ねてみるのも一つの手段かと思います」
 Hollow(ka4450)が尤もな事を言う、誰も異論はない。
(みんな、何かひっかかってるみたい)
 ノノトト(ka0553)も感じた、違和感だ。歪虚を退治する、それだけなら簡単な仕事だ。けれど、その歪虚の正体は……? 払拭するためにも、まずは事実をこの目で見なければ。
 きれいな森だった。初夏の若葉が青く茂り、健やかな風が通り抜けて、その風を受けると心地よい。とても、歪虚がこの中で潜んでいるとは思えないほどだ。この森が長くこの姿であるのなら、エルフにとって暮らしやすい土地であろう。
「静かに暮らすエルフを魔女だなんて、失礼ね」
 それが状況を知ったケイルカ(ka4121)の、第一印象だった。同じくエルフの血を継ぐ自分は、種族という垣根を取り払いたいと常に考えている。寿命の違い、生活習慣の違い、個々の性格の違い……そのズレを認め合えず、悪い噂が生まれてしまうとは、悲しいことだ。
「どうしてるか、心配……」
 ネムリア・ガウラ(ka4615)が呟いた言葉が、ケイルカにも聞こえた。村からは見えない、森の深層からマテリアルが喪失していたら? その中でレッスンは影響を受けずにいられるのか? 歪虚の正体はもしかしたら? いろいろな可能性を考えてしまう、一刻も早く確かめたいと思った。
「その、レッスンさんってお婆さんの家は、どこなの?」
 歪虚騒動に顔を青くしている村人たちに、天竜寺 舞(ka0377)は尋ねる。誰も訪れる者のいない森の中の一軒家、目印になるものは何もなく大まかな位置しか分からず、最初に歪虚が目撃された地点と近いと思えば近そうだし、遠いと思えば遠そうだった。
「レッスンさんの飼い犬とヴォイドは、似ていましたか?」
 メル・ミストラル(ka1512)の問いに、村人たちがざわついた。……似ているかどうかを論ぜられるほど、レッスンの飼い犬をじっくり見たことがある者がいないと言うではないか!
「ああ、ええと、黒っぽくて、とにかくでかい犬なのは間違いない、ヴォイドと同じぐらい」
「毛は、まあまあ長かったかな。あの毛が逆立ってたんなら、ヴォイドの姿に似てるかな」
 最初から疑ってかかっている者たちの口からは、同じ個体であるという偏った証言しか得られない……メルは誰にも気づかれない、小さなため息をついた。
「おばあちゃんは、どんなひとなんじゃもん?」
 そう聞いたのは、泉(ka3737)だった。
「みんなはどう思ってるんじゃもん? 会ったことあるんじゃもん? お話したことあるんじゃもん?」
 ほんとに、ほんとに悪い子なんじゃもん? ……子供のまっすぐな目で尋ねられ、皆は口ごもってしまった。
 村人たちは気付きつつある。
 噂の、根拠がないことに。

●レッスンとボルト
 森へ入る。この広さに、人間の大きさほどといわれる歪虚。簡単に見つかりそうにはなかった。レッスンの家へ向かう道は、かつてはもっと踏み固められていたであろう、細い道がかろうじて残っていた。
 みほは皆より先んじて、その道を身を隠しながら駆けた。仲間たちが道中で偶然にも歪虚と出会う、それよりも先にレッスンの安否を確認したかった。歪虚を倒す能力のあるものが歪虚を見つけたなら、それを退治しないわけにはいかないからだ。
 幸運にも歪虚との遭遇より前に、レッスンの家らしきものを見つけた。
 パッと見たところ、異常はない。静かだが、無人という空気でもない。けれど、それが殺伐とした雰囲気でもなさそうだ。いたって普通の民家の風景。トランシーバーで連絡を受けたメルたちはとりあえず、一安心した。
 みほより遅れて、皆は小さい家と小さい畑を見つけることができた。こじんまりした可愛い家と、よく手入れされた畑だ。
「豆畑じゃもん。いっぱい成ってるんじゃもん!」
 泉は嬉しそうに、畑を指さした。莢はたっぷりと太り、重そうに蔓にぶらさがっている。
「これは……」
 メルは、周囲の状況と目の前の現象とを冷静に見て、判断する。少なくともこの場所では、植物に影響が出るほど長期間のマテリアルの不均衡はない。
 しかし気になるのは、とうに収穫されてもいい頃合いの豆が、摘まれず残っていることだ。単に必要ないのか、住人が無精なのか、それとも……?
 息を整えて、Hollowは家の扉をノックする。
 と、バッと扉が開き、黒い大きな影が飛びかかってきた。虚をつかれてHollowは押し倒され、影に……巨大な犬にのしかかられる形となった。
「しまった!」
 咄嗟にHollowは魔導拳銃に手を掛ける。皆も、それぞれの武器を取り出そうとしたが、メルが止めた。
「待って、動かないで!」
 歪虚ではない、ただの犬だ。しかし歯を見せて低く唸り、Hollowの匂いをしきりに嗅いでいる。
「ここはこのわんこのナワバリじゃもん、敵じゃないって分かってもらうんじゃもん」
 泉の言うとおり、犬はしばらく鼻を動かして納得がいったのかHollowから降り、泉を、メルを、ハンター達を、順番に同じように匂いを嗅ぎに来た。その間も犬は警戒を止めず、しじゅうグルグルと唸ってはいるのだが……。
「……ボルトや……ボルト、ママは頭が痛いんだから、静かにしておくれ……」
 家の奥から、小さな声が聞こえてきた。
「失礼致します!」
 中に目的の人物がいることを察したネムリアは、犬が開けた扉から中に入った。来訪者と認めた犬は、それを邪魔しなかった。

「……どちらさん?」
 部屋のなかに、エルフの老婆がいた。体調が良くないようで、寝間着のまま揺り椅子に腰掛けていた。
「レッスン様ですね? ご無事で、よかったです」
「『ご無事』? どういうこと? ……おおっと」
 体を起こそうとしたが、すぐこめかみを押さえ、もとの椅子に戻る老婆。かなりだるいようだ。ハンター達は介抱しながら、自分たちの素性を明かした。ネムリアと、そしてケイルカはレッスンと犬の無事を知った嬉しさと、自分たちよりずっと年長のエルフへの敬意とで、変に緊張していた。
「ごめんなさいね。ここ2、3日、しんどくて。年のせいね」
「いいえ、それは違いますわ」
 メルははっきりと、否定した。
「今、この森に、歪虚がいるのです」
「なんですって?」
「その歪虚がこちらのボルトかもしれないと村で噂が立ち、こうして確かめに来たのです」
「何て事……!」
 村で自分は歓迎されていないことは知っていた。けれど、まさかそんな疑いがかけられているとは。頭痛が重なり、レッスンはうなだれる。
 その時、庭にいたボルトが、激しく吠えた。
 異常な吠え方だ、ハンター達も表へ飛び出す。
「……ボルト、静かにして、頭が……ッ」
 レッスンは縮こまるように、頭をかかえた。

●ヴォイド
「ノノトト、そっちはダメ!」
「わっ、わわっ、どうしよう!」
 舞に言われてノノトトは焦った。歪虚を見つけたものの逃げられかけ、それを追いかけていた舞とノノトトだったが、歪虚の進路の先で森が途切れ、そこには畑と家があるのに気付く。このまままっすぐ行かせてしまっては、あそこに住む人が危ない。しかもその家の方から、歪虚と同じぐらいの大きさの影が向かって来るではないか!
「ノノトト殿、あの前から来る犬をこっちへ来させてはならぬ!!」
 頭上から声がしたかと思うと、木の上から鎖の付いた鎌が落ちてきて、逃げる歪虚の鼻先を擦った。それは歪虚を戸惑わせるには十分で、進路を逸らすことに成功した。
 鎖鎌の持ち主がみほだと分かったノノトトは声に従うべく、歪虚を追うことから前の犬を止めることへ目的を変更する。
「え、え、あれって……!?」
 歪虚、ではない。けれど牙を剥き出しにして向かってくる凶暴な生き物には変わりない。
「ええーーーーい」
 小さい体で、体当たりを試みる。興奮した犬は牙の並んだ口で、ノノトトの腕を挟んだ。噛まれながらも、体で犬を押さえ込む。
「…………う、うええぇぇぇぇん……」
 泣かないもん、泣かないもん、と自分に言い聞かせはするが、涙が勝手に流れてくる。
「その子がボルトです、歪虚に近付けないで!」
 ボルトの後を追ってきたハンターに教わり、ノノトトは痛みにじっと耐える。犬はナワバリを荒らす侵入者を、得体の知れない敵を退けようと、小さなドワーフを振り切ろうとするが、ノノトトは目一杯の力でそれを食い止めた。 

 歪虚の正体は分からない。
 レッスンでもボルトでもなかった。けれど、かつてこの森に生きていた誰かかもしれない。自分たちの知らない人か、動物か、何か。
 知っている者だったら躊躇するか?
 知らない者だったら躊躇しないか?
「あたし達には、今生きている人を守る義務があるから」
 舞は剣を振るう。黒い犬の形をした歪虚は、このまま留まり続けてはこの清廉な森をゆっくりと穢し続けていく。歪虚は新たな歪虚を産む。その連鎖を食い止めるのが、ハンターの使命なのだ。
「ごめんね、何があったか知らないけども、私達はあなたを倒さないといけないの」
 眠れ、とケイルカは願う。命を終えたものは静かに眠れと。闇に捕らわれ、肉体を失っても動き続ける、不浄の存在として。そのようなことが許されるはずはない。
 かりそめの眠りでもいい、今は『スリープクラウド』をかけ続ける。
「いくよ、スズメ!」
 意識を失いつつある歪虚にネムリアは、連れている柴犬に『ファミリアアタック』を託す。ネムリアの相棒は忠実な犬だ、彼女の魔力を漏らすことなく、歪虚にぶつける。
 こうして歪虚は消滅した。何も残さずに。
「……何も、残らなかったね」
 それでも舞は、決着のついたその場所に墓を作った。土を盛り、石を立てる。ネムリアが魂を鎮めるためにオカリナを奏でる。誰もが目を閉じ、かつて生きていた者へ安らかな眠りを祈った。

●事件のおわり
「お婆ちゃんのわんこ、おっきーんじゃもん!」
 歪虚の消滅とともに、レッスンは体が楽になったようだ。ボルトも平静さを戻し、泉が背中に乗るのを嫌がりもしないどころか、むしろ誇らしげに走ってみせたりした。
「おりこうなわんこなんじゃもん。ボク、お婆ちゃんとこのわんこは何も悪くないって、みんなに教えてやりたいんじゃもん」
 そう泉は言ったが、レッスンは困ったような顔をした。
「けどねえ、この子も母親に似て、やっぱり気の荒い子だったのよねえ……」
 視線の先にはノノトトがいた。傷は『自己治癒』でとうに治っているが、噛みつかれた事実に代わりはない。
「こ、これは仕方ないよ。だって歪虚が悪いんだもん」
「異常には警戒し、平常には大人しいのは、正しい姿勢ですわ」
 メルは、ボルトの顎をさすってやる。最初に会った時と全く違う、穏やかな顔をしていた。ボルトがいかに利口な犬か、逆に信じられる気がする。なのに、レッスンは村の人らと会いたがらない。
「……このような誤解が生じたのも、レッスンさんが村人との交流を控えていたから、と思います。差し出がましいとは存じますが、誤解を解くためにも、今一度交流を持たれては如何でしょうか?」
 Hollowが提案するも、レッスンは静かに首を振る。
「この歳になるとね、自分の好きなようにやりたいのよ。面倒は避けて、楽に暮らしたいわ」
 今のままでいい、とレッスンは言った。
(市井生活で誤解を受けた無実の犬と、その飼い主殿はどのような気持ちでいたのでござろうな……)
 溝は、今日会ったばかりのハンター達には分からないほど深いのだろう。
「ボルトと楽しく遊んでる姿を、村の人にチラっとで良いんだ、見せてあげて。それできっと村のひとたちも、噂は誤解だったって分かってくれるから」
「そうね、次に村へ買い物に行くときは、連れて行ってみようかしら」
「また遊びに来てもいい? お婆ちゃんの話を聞きたいな。お友達の話やボルトちゃんのこと、ボルトちゃんのお母さんのことも」
「いつでもいらっしゃい、歓迎するわ」
 おなじエルフ同士なら、話も弾むかもしれない。

「まだ、村への報告が残ってるね」
 という舞に促され、皆はレッスンの家を後にした。
 村人には事実をありのまま、正確に伝える。レッスンとボルトは何ら関係なく、今も同じ場所で生活をしていると。目撃された歪虚はハンター達が責務をこなし、その場所に墓が作られていると。近いうちにレッスンはボルトを連れて買い物に出てくると。
「来るのかよ、あの婆さん」
 チッ、と舌打ちが聞こえた、それにケイルカは普段の冷静さを忘れそうになるが、なんとか耐えた。
「言っておくけど」
 強い口調だった。
「長く生きるエルフだからといって変な目で見ないでね。少し付き合いが苦手なだけよ。食べたり飲んだり遊んだり、嬉しかったり悲しかったり、人間と変わらないんだから」
 ケイルカの言葉は彼らに通じただろうか。
 それを確かめるためにも、またここへ来よう。
 そしてレッスンと会おう、ボルトと会おう。
 話を聞こう。森と共に長く生きているエルフの話を。


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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

  • ノノトト(ka0553
    ドワーフ|10才|男性|霊闘士

  • メル・ミストラル(ka1512
    人間(蒼)|21才|女性|聖導士
  • くノ一
    藤林みほ(ka2804
    人間(蒼)|18才|女性|闘狩人
  • もぐもぐ少女
    泉(ka3737
    ドワーフ|10才|女性|霊闘士
  • 紫陽
    ケイルカ(ka4121
    エルフ|15才|女性|魔術師
  • 復興の一歩をもたらした者
    Hollow(ka4450
    人間(紅)|17才|女性|機導師
  • 希望の火を灯す者
    ネムリア・ガウラ(ka4615
    エルフ|14才|女性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン わるいこはだれ?
泉(ka3737
ドワーフ|10才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/05/03 17:26:32
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/04/30 05:47:46