ゲスト
(ka0000)
遺されたもの
マスター:秋月雅哉

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/09 12:00
- 完成日
- 2015/05/09 22:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●歪虚の負の遺産か、それとも偶然か
緑の萌えだした山中を白拍子の衣装の女性が駆ける。長い射干玉の髪が風にはためいた。
裂帛の気合のもと、追いかけられていた獲物――異形化していた熊が切り伏せられた。
「……いい加減私一人ではどうしようもなくなってきたな……。侵食は浅いとはいえまた雑魔の群れがこの山に現れるようになったとは」
自身の無力さを噛みしめるようにうつむいたあと、女性はもう一度山中を見回るために歩き出した。
金褐色の瞳と、同色の狐の耳、狐の尾の形状をした九尾が彼女が覚醒者であることを告げていた。
「今日はね、斡旋するのは僕なんだけど依頼人も同席してるんだ」
ルカ・シュバルツエンド(kz0073)の傍らに立つのは並べば彼より背の高い女性だ。
狐の面に隠されてその表情ははっきりとは分からない。
「会った事ある人もいるかな。彼女は小夜子君。以前みんなと力を合わせて歪虚を倒してからは、何故か司書のいない神霊樹の若木を司書の代わりに守っているんだ」
「その節は大変世話になった。御影 小夜子という。以後よろしくお願いする」
きびきびとした口調で御影 小夜子(kz0118)が挨拶をするとルカは早速本題に入った。
「小夜子君が暮らしている山の神霊樹の若木を狙った歪虚はすでに討伐されているんだけどね。その時に相当数の動物が雑魔化させられてしまったんだ。
それで、今もその頃ほどではないにせよ、雑魔がよく見られるようになったんだよね?」
「如何にも。今の時期は村人が山菜取りで山中に分け入る事も多い。雑魔と遭遇すると危険なので見回りを行っていたが少々手が回らなくなってきてな。
貴殿たちの力を借りるため、ここに来た」
「人語を理解する程度には知能のある歪虚だったから、もしかすると自身が滅んだあとも歪虚が自然派生しやすい環境になるような物……負のマテリアルの込められた小道具とかを埋めるとかね。
そういうことがあるかもしれない。君たちには調査と、村人の安全を確保するために雑魔に遭遇したらそれらの退治をお願いしたいんだよ」
「手間をかけることになってしまい申し訳ないが村人ともこの間の鎮魂祭で縁を持った方もいると思う。どうか、彼らのためにも助力を願いたい」
「歪虚の侵食は浅いって言うし、それほどの脅威ではないだろうけど調査をしながらの戦いになるから精神力は使うと思う。でも、放ってはおけないよね?」
堅苦しいほど律儀な様子の小夜子と対照的にルカは茶化すように、けれど目だけは真摯にハンターたちに語りかけたのだった。
緑の萌えだした山中を白拍子の衣装の女性が駆ける。長い射干玉の髪が風にはためいた。
裂帛の気合のもと、追いかけられていた獲物――異形化していた熊が切り伏せられた。
「……いい加減私一人ではどうしようもなくなってきたな……。侵食は浅いとはいえまた雑魔の群れがこの山に現れるようになったとは」
自身の無力さを噛みしめるようにうつむいたあと、女性はもう一度山中を見回るために歩き出した。
金褐色の瞳と、同色の狐の耳、狐の尾の形状をした九尾が彼女が覚醒者であることを告げていた。
「今日はね、斡旋するのは僕なんだけど依頼人も同席してるんだ」
ルカ・シュバルツエンド(kz0073)の傍らに立つのは並べば彼より背の高い女性だ。
狐の面に隠されてその表情ははっきりとは分からない。
「会った事ある人もいるかな。彼女は小夜子君。以前みんなと力を合わせて歪虚を倒してからは、何故か司書のいない神霊樹の若木を司書の代わりに守っているんだ」
「その節は大変世話になった。御影 小夜子という。以後よろしくお願いする」
きびきびとした口調で御影 小夜子(kz0118)が挨拶をするとルカは早速本題に入った。
「小夜子君が暮らしている山の神霊樹の若木を狙った歪虚はすでに討伐されているんだけどね。その時に相当数の動物が雑魔化させられてしまったんだ。
それで、今もその頃ほどではないにせよ、雑魔がよく見られるようになったんだよね?」
「如何にも。今の時期は村人が山菜取りで山中に分け入る事も多い。雑魔と遭遇すると危険なので見回りを行っていたが少々手が回らなくなってきてな。
貴殿たちの力を借りるため、ここに来た」
「人語を理解する程度には知能のある歪虚だったから、もしかすると自身が滅んだあとも歪虚が自然派生しやすい環境になるような物……負のマテリアルの込められた小道具とかを埋めるとかね。
そういうことがあるかもしれない。君たちには調査と、村人の安全を確保するために雑魔に遭遇したらそれらの退治をお願いしたいんだよ」
「手間をかけることになってしまい申し訳ないが村人ともこの間の鎮魂祭で縁を持った方もいると思う。どうか、彼らのためにも助力を願いたい」
「歪虚の侵食は浅いって言うし、それほどの脅威ではないだろうけど調査をしながらの戦いになるから精神力は使うと思う。でも、放ってはおけないよね?」
堅苦しいほど律儀な様子の小夜子と対照的にルカは茶化すように、けれど目だけは真摯にハンターたちに語りかけたのだった。
リプレイ本文
●負の遺産
サヤサヤと木の葉が涼しげな音を立てる。
微かに、どこか遠くで虫の音がする。
空からは鳥の歌声が聞こえる。
一見平和な山の光景。しかしこの山ではかつて何度も戦いが繰り広げられ、全ての策略を巡らせたラキエルという人語を操るレベルの歪虚が討伐されている。
彼が滅ぼされた後も負の空気が辺りを取り巻くように画策したのか、最近になって山の生き物たちが雑魔化する事件が相次ぐようになった。
「今はまだ大きな被害は出てないみたいだけど、何かあってからじゃ遅いからね。
禍は元から立たないと。頑張って調査するよ!
小夜子さん、お久しぶり。今回はよろしくね」
御影 小夜子(kz0018)と面識のある天竜寺 舞(ka0377)は拳を固めて気合を入れると小夜子に声をかけた。
常日頃は狐の面で顔を隠している小夜子だが、今日は探索と、戦闘が混ざる事が予測されることから面は側頭部に着けている。
「助力に感謝する。ラキエルという歪虚が死してなお何か企んでいるなら、それを必ず見つけ出し計画を無に帰さなければ……」
思い詰めた様子の小夜子の手を舞の愛犬であるゴエモンがぺろりと舐める。
どうしたの? そんな風に彼女を見つめるゴエモンに、ラキエルによって雑魔にされ喪った家族同然の狐の精霊を思い出したのだろうか。
小夜子は口元にほんのりと淡く、そして微かに苦い笑みを浮かべた。
「……大丈夫だ。奴が何を企んでいようと、何度でも止める」
魔導短電話を持っているメンバーがそれぞれ登録を済ませ、通じなかった時に上げる緊急用の狼煙をあげる道具を持つと二手に分かれて山に入る準備は整った。
「可能性は低いけど、以前倒した雑魔の匂いがついているものがあればゴエモンに覚えさせられるかも。小夜子さん、なにかあるかな?」
「私の家族だった精霊と、山に住む動物だったからな……埋葬もされているし難しいかもしれない。
あとは可能性があるとすればラキエルが拠点にしていた廃屋だが、あそこは壊したはずだし……」
舞の問いかけに難しい顔をした小夜子にルカ・シュバルツエンド(kz0073)が声をかける。
「匂いというより気配を追うことになるけど、遭遇した雑魔が発する負の空気を追うのが一番手っとりばやいんじゃないかな」
「パトロールでカバーできていない場所や雑魔の目撃証言、過去にラキエル……だったか、その歪虚が起こした雑魔事件のあった場所を描きこんだ地図をそちらにも渡しておこう。
あとは歪虚の影響で植物などが異形化しているところがないか、雑魔が出た地点を結んだ範囲の内側、過去に事件があった場所の近くなども歪虚の影響を受けていると予測できる」
レオン・フォイアロート(ka0829)が挙げた手掛かりに山に入る前にもう一度範囲を絞る八人。
「探索場所をかぶらせないように、もし日をまたぐようなら日没前に必ず下山する必要も出てくるな。詳しい情報交換はその時にできるだろう」
東條 克己(ka1076)が小夜子と回る場所を二つほど選ぶにあたって、彼女の家族だった狐が雑魔化した際の討伐場所である、渓流付近と歪虚の戦闘跡を候補に挙げたが小夜子はそれに異を唱えた。
「そこは特に念入りに、救援を要請する前も後も見て回っているが特に異常はなかった。後回しにしてもいいと思う」
狐の雑魔の討伐場所については墓参りも兼ねているかもしれないが誰もそこには触れず、では植物の異形化が進んでいる場所があったらそこと、村人の立ち入るエリア、神霊樹の若木に異常がないかなどをまずは重点的に見て回る事となった。
「地面だけでなく木々の幹や枝など上下左右くまなく見る必要がありそうだな」
克己が確認するように呟き、負の気配に敏感なエルフであるリシャール・ヴィザージュ(ka1591)とフレイア(ka4777)が何か感じ取るかもしれないということで一行は山に分け入っていく。
フレイアがルカに神霊樹の若木とその周辺の土地が正常だった時期と異変が起きた時期、それに付随するこの地で起きた歪虚の討伐などの出来事を時系列に沿ってまとめてもらい、歪虚の討伐後に異変が起きたということを確認しておく。
「……となると新しい歪虚がきたということを抜きにすれば、そのラキエルという歪虚が滅ぼされる前に何かしらの方法で地を穢す用意をしていたと考えるのが妥当でしょうか」
「そうじゃな。新しい歪虚が来ているのでは二手に分かれた状況では討伐が厳しいかもしれぬ。
それに、調査が長引けばエルフでなくとも知らぬ間に負の影響を受けるやもしれぬ……早急にことを片付けられるとよいのじゃが」
体調が悪くなったら我を張らず自己申告することをジェニファー・ラングストン(ka4564)の意見で共通認識とし、植物の異形化の他に地面が掘り返された跡がないかを注意して歩く。
村人へは小夜子が事前に「山菜取りは時期がずれてしまうと大変だろうが、今は山が危険だから控えるように」と伝えてくれたらしく村人を護っての戦闘は心配しなくてよさそうだ。
「あら、この植物、異形化してるような気がするのだけれど……」
ファラ・ザルクマイア(ka2958)が植物を示し、ルカがこの山に生息する植物の資料をまとめたものを開いて確かに変異種ではなく異形化したものだと判断、加えて地面に微かに掘り返し、何かを埋めたような跡がある事を確認した。
「雑魔化する前に植物を処理した方がいいわよね?」
「そうだな……禍の芽は摘めるうちに摘むべきだ」
レオンとファラが植物を処理、そこから汚染が広がらないようにと袋に入れて持ち運ぶことにする。
ジェニファーが掘り返した地面は、意外と深い位置にどす黒い色の宝珠が埋まっていてフレイアが体調の不調を訴えたことからどうやら負の気配をまき散らしている道具だとみて間違いなさそうだ。
下手に砕いて負の気配が山中を覆い尽くしても問題であるため、異形化した植物とは別の袋に入れてできるだけフレイアから隔離する。
「小夜子たちの方にも連絡を入れましょうか。異形化した植物の近くに地面を掘り返した後があったら要注意だって」
連絡を受けたもう一班も、大体時期を同じくして宝珠を見つけ出し、砕くのは危険と判断したところだった。
「小夜子さんはこんな風に異形化した植物、見てない?」
メルクーア(ka4005)が問いかけるとしばらく考え込んだ後、今までは雑魔化の影響を受けてのことだと思っていたが神霊樹の若木を囲む形で植物の異形化は多かったように思う、と返事が返ってきた。
「見つけるたびに処理はしていたが……地面に何かを埋めたような痕跡には気づかなかったな……」
「じゃあまずその周辺を見てまわろうか。向こうにも連絡入れるね」
二班とも神霊樹の若木を囲む円の大きさを小夜子の記憶と見つかった二つの宝珠から大雑把に割り出し、そこを重点的に調査を再開する。
「ぬかったな……地面が穢されて真っ先に影響を受けるのは植物だ。そこから地点を割り出せていれば助けられた命もあったというのに」
「一人で山を守り、村人を守るのは大変だ。そこまで気付けというのは酷な気もするよ。
あと個人的に気になるのは水脈かな。
川や沼として陸の動物の喉を潤している水辺だけじゃなく、地下にしみこんでいる水を吸う周りの木々や神霊樹の若木にも影響を与えかねないだろ?」
リシャールの考えに、まずは小川に近く、神霊樹の若木を中心にして円を描く位置を割り出す小夜子。
該当箇所が何か所かあったので近い場所から向かう。
「おっと、危ない」
鋭敏感覚で周囲の環境や動植物を観察していたリシャールが雑魔化した野犬に気づき、彼が上げた声に全員が戦闘態勢に入る。
事前に聞いていたように侵食はそれほど深いものではなかったがやはり雑魔化している存在がいるのも確かなようだ。
「気を引き締めていこう。この宝珠に引き寄せられてもっと寄ってくるかもしれない」
リシャールの言葉に五人は頷きあって探索に戻るのだった。
指針が見つかったのが割合速かったことと、二手に分かれてみて回ったことが功を奏し、一日で神霊樹の若木を取り巻く宝珠は恐らくすべて回収できたと判断したハンターたちは次の日は念には念を入れてすでに雑魔化してしまった動物たちの討伐と、村人がよく立ち入る場所、リシャールが案じた水辺付近を見て回る事になった。
ルカはこの宝珠が砕くことで効力を失うのか、それとも溜め込んだ負の気を砕いた瞬間まき散らすものか、解析を頼むために一度山を下りてオフィス経由で研究施設に提出するために一足先に山を下りている。
その日の夜はハンターたちは村人の提供してくれた家屋に寝泊まりすることになった。
小夜子はいつも通り鳥居の傍で寝起きするつもりだったようだが面識のある舞が引き止めたことと、夜に一人で雑魔の出る森に戻るのは危険だ、と言い含められて今日は村で過ごすことにしたようだ。
翌日の探索と討伐に影響が出ないようにと遅くならないように注意しながら細かい報告会議を開き、次の指針を立てる。
「神霊樹の若木を穢すことが目的だったのかなぁ。それとも単純に何かを取り巻く形にした方が円という形を保ちやすかっただけなのかな……」
舞の疑問は気になるところではあったが仕掛けたラキエルが滅ぼされた今となってははっきりとした答えは出ない。
「明日、山が正常に戻ったとわかったら俺はできれば個人的に鳥居を見に行きたいな、と。
この地へ漂流した日本人が建てたものだとすれば、興味は尽きませんね。
なにか帰還するための手掛かりが……と、つい期待してしまいます」
「残念だがあの鳥居は私と一緒に転移してきたもので、こちらで建てられたものではないが……興味があるなら案内しよう。神霊樹の若木は鳥居の奥の、祠のその奥にあるから様子を見る兼ね合いもある」
「あ、そうなんですね。でも現状はリアルブルーに帰る手掛かりがないから、日本の文化を思い出せるものが見られるならそれだけで嬉しい気もします」
やがて夜が更け、朝がやってきた。
ルカを覗いたメンバーは今回は全員で同じルートをたどる事になり、どの方面から襲撃があっても大丈夫なように陣形を組む。
レオンが持ってきた双眼鏡で調査しに行く地点に大量の雑魔がいないことを確認、水辺や地下水の通う場所を見て回る。
途中何度か雑魔と遭遇したがやはり侵食は浅いようで仲間に大きな被害は出なかった。
リシャールとフレイアの二人が水辺に近づいても昨日のように体調を崩さないことと、周りに掘り返したような跡がないこと、異形化した植物がないことから決定打にはならないもののどうやらここには宝珠が埋められていないと判断する。
「あるかどうかわからない、あっても形が定かでないものであり、数がいくつかも分からないというのは意外に厄介だな……」
すべて駆逐したという確固とした自信が持てない、と前衛に立って雑魔と戦っていたレオンが戦いを終えた後ため息に似た吐息を漏らす。
「確かにそうじゃのう。万全を期そうにも万全が分からぬのでは、のう……」
「でも昨日に比べると息がしやすいというか……」
「身体が軽い気はするね」
フレイアとリシャールの言葉にそれならばある程度、もしくは完全に宝珠による害は取り除けたのか、と一息つくハンターたち。
水辺も回ってみたがどうやら植物や土地が汚染されている様子はないようだった。
「じゃあ神霊樹の若木も一応様子を見に行こうか。中心になってたって事は一番影響受けててもおかしくないし」
舞の言葉に、小夜子が先導を務めて鳥居と祠の奥にある神霊樹の若木の様子を見に行く。
たどり着いた若木は、司書がいないことを覗けば特に異常はないように見受けられた。
「司書がいないって言うのが一番異常と言えば異常だけど、どう? 気分が悪くなったりとかはある?」
問いかけられたエルフの二人は特に何も感じないと答え、神霊樹の若木が穢されている心配も今のところは不要に済んだようでよかった、と全員が安堵の息を吐く。
「そういえば結構雑魔化してる動物多かったし、前の事件でも大量の動物が雑魔化したんだよね。山の生態系狂ったりしてないのかな」
心配そうな舞の言葉に、自然の回復力が働いているのか今年は多すぎるほど多く動物が生まれ、近々数を正常に近くするために山菜料理と狩で得た獲物で恵みに感謝する祭りを開く予定だ、と村人が話していたことを小夜子が伝える。
「雑魔化したせいで数が減って絶滅とか、獲物が少なくなって村人が飢えるって事にならなくてよかったよ。鳥居見物を済ませたら今回は解散で大丈夫かな?」
「もしまた雑魔が現れるようだったらいつでもオフィス経由で私たちを呼んでくれ。
この山と村人を一人で守るには限界もあるだろう」
いつでも協力する、という言葉に狐の面をかぶり直した小夜子は礼を言って鳥居へと歩きながらリアルブルー出身者には最近の様子を、クリムゾンウェスト出身者には鳥居の持つ意味などを話ながら来た道を戻っていく。
かつてこの地を剣妃に献上しようとしたラキエルの最後のたくらみはこうして打ち砕かれたのだった。
サヤサヤと木の葉が涼しげな音を立てる。
微かに、どこか遠くで虫の音がする。
空からは鳥の歌声が聞こえる。
一見平和な山の光景。しかしこの山ではかつて何度も戦いが繰り広げられ、全ての策略を巡らせたラキエルという人語を操るレベルの歪虚が討伐されている。
彼が滅ぼされた後も負の空気が辺りを取り巻くように画策したのか、最近になって山の生き物たちが雑魔化する事件が相次ぐようになった。
「今はまだ大きな被害は出てないみたいだけど、何かあってからじゃ遅いからね。
禍は元から立たないと。頑張って調査するよ!
小夜子さん、お久しぶり。今回はよろしくね」
御影 小夜子(kz0018)と面識のある天竜寺 舞(ka0377)は拳を固めて気合を入れると小夜子に声をかけた。
常日頃は狐の面で顔を隠している小夜子だが、今日は探索と、戦闘が混ざる事が予測されることから面は側頭部に着けている。
「助力に感謝する。ラキエルという歪虚が死してなお何か企んでいるなら、それを必ず見つけ出し計画を無に帰さなければ……」
思い詰めた様子の小夜子の手を舞の愛犬であるゴエモンがぺろりと舐める。
どうしたの? そんな風に彼女を見つめるゴエモンに、ラキエルによって雑魔にされ喪った家族同然の狐の精霊を思い出したのだろうか。
小夜子は口元にほんのりと淡く、そして微かに苦い笑みを浮かべた。
「……大丈夫だ。奴が何を企んでいようと、何度でも止める」
魔導短電話を持っているメンバーがそれぞれ登録を済ませ、通じなかった時に上げる緊急用の狼煙をあげる道具を持つと二手に分かれて山に入る準備は整った。
「可能性は低いけど、以前倒した雑魔の匂いがついているものがあればゴエモンに覚えさせられるかも。小夜子さん、なにかあるかな?」
「私の家族だった精霊と、山に住む動物だったからな……埋葬もされているし難しいかもしれない。
あとは可能性があるとすればラキエルが拠点にしていた廃屋だが、あそこは壊したはずだし……」
舞の問いかけに難しい顔をした小夜子にルカ・シュバルツエンド(kz0073)が声をかける。
「匂いというより気配を追うことになるけど、遭遇した雑魔が発する負の空気を追うのが一番手っとりばやいんじゃないかな」
「パトロールでカバーできていない場所や雑魔の目撃証言、過去にラキエル……だったか、その歪虚が起こした雑魔事件のあった場所を描きこんだ地図をそちらにも渡しておこう。
あとは歪虚の影響で植物などが異形化しているところがないか、雑魔が出た地点を結んだ範囲の内側、過去に事件があった場所の近くなども歪虚の影響を受けていると予測できる」
レオン・フォイアロート(ka0829)が挙げた手掛かりに山に入る前にもう一度範囲を絞る八人。
「探索場所をかぶらせないように、もし日をまたぐようなら日没前に必ず下山する必要も出てくるな。詳しい情報交換はその時にできるだろう」
東條 克己(ka1076)が小夜子と回る場所を二つほど選ぶにあたって、彼女の家族だった狐が雑魔化した際の討伐場所である、渓流付近と歪虚の戦闘跡を候補に挙げたが小夜子はそれに異を唱えた。
「そこは特に念入りに、救援を要請する前も後も見て回っているが特に異常はなかった。後回しにしてもいいと思う」
狐の雑魔の討伐場所については墓参りも兼ねているかもしれないが誰もそこには触れず、では植物の異形化が進んでいる場所があったらそこと、村人の立ち入るエリア、神霊樹の若木に異常がないかなどをまずは重点的に見て回る事となった。
「地面だけでなく木々の幹や枝など上下左右くまなく見る必要がありそうだな」
克己が確認するように呟き、負の気配に敏感なエルフであるリシャール・ヴィザージュ(ka1591)とフレイア(ka4777)が何か感じ取るかもしれないということで一行は山に分け入っていく。
フレイアがルカに神霊樹の若木とその周辺の土地が正常だった時期と異変が起きた時期、それに付随するこの地で起きた歪虚の討伐などの出来事を時系列に沿ってまとめてもらい、歪虚の討伐後に異変が起きたということを確認しておく。
「……となると新しい歪虚がきたということを抜きにすれば、そのラキエルという歪虚が滅ぼされる前に何かしらの方法で地を穢す用意をしていたと考えるのが妥当でしょうか」
「そうじゃな。新しい歪虚が来ているのでは二手に分かれた状況では討伐が厳しいかもしれぬ。
それに、調査が長引けばエルフでなくとも知らぬ間に負の影響を受けるやもしれぬ……早急にことを片付けられるとよいのじゃが」
体調が悪くなったら我を張らず自己申告することをジェニファー・ラングストン(ka4564)の意見で共通認識とし、植物の異形化の他に地面が掘り返された跡がないかを注意して歩く。
村人へは小夜子が事前に「山菜取りは時期がずれてしまうと大変だろうが、今は山が危険だから控えるように」と伝えてくれたらしく村人を護っての戦闘は心配しなくてよさそうだ。
「あら、この植物、異形化してるような気がするのだけれど……」
ファラ・ザルクマイア(ka2958)が植物を示し、ルカがこの山に生息する植物の資料をまとめたものを開いて確かに変異種ではなく異形化したものだと判断、加えて地面に微かに掘り返し、何かを埋めたような跡がある事を確認した。
「雑魔化する前に植物を処理した方がいいわよね?」
「そうだな……禍の芽は摘めるうちに摘むべきだ」
レオンとファラが植物を処理、そこから汚染が広がらないようにと袋に入れて持ち運ぶことにする。
ジェニファーが掘り返した地面は、意外と深い位置にどす黒い色の宝珠が埋まっていてフレイアが体調の不調を訴えたことからどうやら負の気配をまき散らしている道具だとみて間違いなさそうだ。
下手に砕いて負の気配が山中を覆い尽くしても問題であるため、異形化した植物とは別の袋に入れてできるだけフレイアから隔離する。
「小夜子たちの方にも連絡を入れましょうか。異形化した植物の近くに地面を掘り返した後があったら要注意だって」
連絡を受けたもう一班も、大体時期を同じくして宝珠を見つけ出し、砕くのは危険と判断したところだった。
「小夜子さんはこんな風に異形化した植物、見てない?」
メルクーア(ka4005)が問いかけるとしばらく考え込んだ後、今までは雑魔化の影響を受けてのことだと思っていたが神霊樹の若木を囲む形で植物の異形化は多かったように思う、と返事が返ってきた。
「見つけるたびに処理はしていたが……地面に何かを埋めたような痕跡には気づかなかったな……」
「じゃあまずその周辺を見てまわろうか。向こうにも連絡入れるね」
二班とも神霊樹の若木を囲む円の大きさを小夜子の記憶と見つかった二つの宝珠から大雑把に割り出し、そこを重点的に調査を再開する。
「ぬかったな……地面が穢されて真っ先に影響を受けるのは植物だ。そこから地点を割り出せていれば助けられた命もあったというのに」
「一人で山を守り、村人を守るのは大変だ。そこまで気付けというのは酷な気もするよ。
あと個人的に気になるのは水脈かな。
川や沼として陸の動物の喉を潤している水辺だけじゃなく、地下にしみこんでいる水を吸う周りの木々や神霊樹の若木にも影響を与えかねないだろ?」
リシャールの考えに、まずは小川に近く、神霊樹の若木を中心にして円を描く位置を割り出す小夜子。
該当箇所が何か所かあったので近い場所から向かう。
「おっと、危ない」
鋭敏感覚で周囲の環境や動植物を観察していたリシャールが雑魔化した野犬に気づき、彼が上げた声に全員が戦闘態勢に入る。
事前に聞いていたように侵食はそれほど深いものではなかったがやはり雑魔化している存在がいるのも確かなようだ。
「気を引き締めていこう。この宝珠に引き寄せられてもっと寄ってくるかもしれない」
リシャールの言葉に五人は頷きあって探索に戻るのだった。
指針が見つかったのが割合速かったことと、二手に分かれてみて回ったことが功を奏し、一日で神霊樹の若木を取り巻く宝珠は恐らくすべて回収できたと判断したハンターたちは次の日は念には念を入れてすでに雑魔化してしまった動物たちの討伐と、村人がよく立ち入る場所、リシャールが案じた水辺付近を見て回る事になった。
ルカはこの宝珠が砕くことで効力を失うのか、それとも溜め込んだ負の気を砕いた瞬間まき散らすものか、解析を頼むために一度山を下りてオフィス経由で研究施設に提出するために一足先に山を下りている。
その日の夜はハンターたちは村人の提供してくれた家屋に寝泊まりすることになった。
小夜子はいつも通り鳥居の傍で寝起きするつもりだったようだが面識のある舞が引き止めたことと、夜に一人で雑魔の出る森に戻るのは危険だ、と言い含められて今日は村で過ごすことにしたようだ。
翌日の探索と討伐に影響が出ないようにと遅くならないように注意しながら細かい報告会議を開き、次の指針を立てる。
「神霊樹の若木を穢すことが目的だったのかなぁ。それとも単純に何かを取り巻く形にした方が円という形を保ちやすかっただけなのかな……」
舞の疑問は気になるところではあったが仕掛けたラキエルが滅ぼされた今となってははっきりとした答えは出ない。
「明日、山が正常に戻ったとわかったら俺はできれば個人的に鳥居を見に行きたいな、と。
この地へ漂流した日本人が建てたものだとすれば、興味は尽きませんね。
なにか帰還するための手掛かりが……と、つい期待してしまいます」
「残念だがあの鳥居は私と一緒に転移してきたもので、こちらで建てられたものではないが……興味があるなら案内しよう。神霊樹の若木は鳥居の奥の、祠のその奥にあるから様子を見る兼ね合いもある」
「あ、そうなんですね。でも現状はリアルブルーに帰る手掛かりがないから、日本の文化を思い出せるものが見られるならそれだけで嬉しい気もします」
やがて夜が更け、朝がやってきた。
ルカを覗いたメンバーは今回は全員で同じルートをたどる事になり、どの方面から襲撃があっても大丈夫なように陣形を組む。
レオンが持ってきた双眼鏡で調査しに行く地点に大量の雑魔がいないことを確認、水辺や地下水の通う場所を見て回る。
途中何度か雑魔と遭遇したがやはり侵食は浅いようで仲間に大きな被害は出なかった。
リシャールとフレイアの二人が水辺に近づいても昨日のように体調を崩さないことと、周りに掘り返したような跡がないこと、異形化した植物がないことから決定打にはならないもののどうやらここには宝珠が埋められていないと判断する。
「あるかどうかわからない、あっても形が定かでないものであり、数がいくつかも分からないというのは意外に厄介だな……」
すべて駆逐したという確固とした自信が持てない、と前衛に立って雑魔と戦っていたレオンが戦いを終えた後ため息に似た吐息を漏らす。
「確かにそうじゃのう。万全を期そうにも万全が分からぬのでは、のう……」
「でも昨日に比べると息がしやすいというか……」
「身体が軽い気はするね」
フレイアとリシャールの言葉にそれならばある程度、もしくは完全に宝珠による害は取り除けたのか、と一息つくハンターたち。
水辺も回ってみたがどうやら植物や土地が汚染されている様子はないようだった。
「じゃあ神霊樹の若木も一応様子を見に行こうか。中心になってたって事は一番影響受けててもおかしくないし」
舞の言葉に、小夜子が先導を務めて鳥居と祠の奥にある神霊樹の若木の様子を見に行く。
たどり着いた若木は、司書がいないことを覗けば特に異常はないように見受けられた。
「司書がいないって言うのが一番異常と言えば異常だけど、どう? 気分が悪くなったりとかはある?」
問いかけられたエルフの二人は特に何も感じないと答え、神霊樹の若木が穢されている心配も今のところは不要に済んだようでよかった、と全員が安堵の息を吐く。
「そういえば結構雑魔化してる動物多かったし、前の事件でも大量の動物が雑魔化したんだよね。山の生態系狂ったりしてないのかな」
心配そうな舞の言葉に、自然の回復力が働いているのか今年は多すぎるほど多く動物が生まれ、近々数を正常に近くするために山菜料理と狩で得た獲物で恵みに感謝する祭りを開く予定だ、と村人が話していたことを小夜子が伝える。
「雑魔化したせいで数が減って絶滅とか、獲物が少なくなって村人が飢えるって事にならなくてよかったよ。鳥居見物を済ませたら今回は解散で大丈夫かな?」
「もしまた雑魔が現れるようだったらいつでもオフィス経由で私たちを呼んでくれ。
この山と村人を一人で守るには限界もあるだろう」
いつでも協力する、という言葉に狐の面をかぶり直した小夜子は礼を言って鳥居へと歩きながらリアルブルー出身者には最近の様子を、クリムゾンウェスト出身者には鳥居の持つ意味などを話ながら来た道を戻っていく。
かつてこの地を剣妃に献上しようとしたラキエルの最後のたくらみはこうして打ち砕かれたのだった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 5人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談スレッド ファラ・ザルクマイア(ka2958) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/05/09 01:50:51 |
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質問スレッド 東條 克己(ka1076) 人間(リアルブルー)|23才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/05/09 01:04:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/06 08:12:07 |