ゲスト
(ka0000)
鮨職人の悩みと決意
マスター:天田洋介

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/15 07:30
- 完成日
- 2015/06/19 04:37
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ここは海原が眼前に広がるグラズヘイム王国の港街【ガンナ・エントラータ】。
リアルブルー出身、齢二十五の富永鯖良は鮨職人である。
約五年前にクリムゾンウェストへ飛ばされて途方にくれた彼だが、地元の女性ナタナに助けられた。やがて恋に落ちて結婚に至る。
彼は漁師になってお金を貯めた。そうして約一年前、苦労の末に鮨屋『マルヨシ』を開店させる。
「こちらに飛ばされたときはまだ鮨職人の見習いだったんですよ。先輩の仕事を見て、自宅で見よう見まねしていた頃でして」
「そういや、船の上でもいろいろとやっていたよな」
これまでに知り合った漁師仲間やリアルブルー出身者が常連になってくれる。醤油や味醂、酒、米が入手できるのもその人達が力を貸してくれたおかげだ。
「ご注文は赤身ですね」
「お茶です。熱いから気をつけて下さいね」
鯖良が鮨を握り、ナタナが勘定などの雑務をこなす。店内は狭く、カウンターを合わせても十人座れば満杯である。
「こちらの卵焼きならどうでしょう? 他にも焼き魚がありますよ」
たまに常連の同伴者としてクリムゾンウェストの出身者が来店した。ただ、生食の鮨を口にできる者は滅多にいなかった。
ある日の店仕舞い後、俯いている鯖良にナタナが声をかける。
「あなた、どうしたの?」
「いやなに、鮨をこのガンナで流行らせたいなんて、おこがましいのわかっているんだ。だが……もう少し何とかならないかな?」
「そうね。鮨はおいしいけれど、私も最初はとても食べられないと思っていたし。そのうちに美味しくなってきたけれどね」
「ようはきっかけか……」
食の問題は非常に繊細である。だがせめて悪食店の世間的評判は払拭したかった。
数日後、鯖良は心を決める。
「店に閉じこもっているだけじゃだめなんだろうな」
しばらく宣伝を兼ねて街中で鮨の屋台を引くことにした。かといって店を休むわけにもいなかった。そんなことをしたら本末転倒である。
「お店はどうするの?」
「ハンターに手伝ってもらうつもりだ。リアルブルー出身者が多いから、理解してくれるんじゃないかって。クリムゾンウェスト出身のハンターも広い見聞の方が多いだろうし」
富永はハンターズソサエティの支部に出かけて依頼する。数日後、転移門を通じてハンター一行がやって来るのだった。
リアルブルー出身、齢二十五の富永鯖良は鮨職人である。
約五年前にクリムゾンウェストへ飛ばされて途方にくれた彼だが、地元の女性ナタナに助けられた。やがて恋に落ちて結婚に至る。
彼は漁師になってお金を貯めた。そうして約一年前、苦労の末に鮨屋『マルヨシ』を開店させる。
「こちらに飛ばされたときはまだ鮨職人の見習いだったんですよ。先輩の仕事を見て、自宅で見よう見まねしていた頃でして」
「そういや、船の上でもいろいろとやっていたよな」
これまでに知り合った漁師仲間やリアルブルー出身者が常連になってくれる。醤油や味醂、酒、米が入手できるのもその人達が力を貸してくれたおかげだ。
「ご注文は赤身ですね」
「お茶です。熱いから気をつけて下さいね」
鯖良が鮨を握り、ナタナが勘定などの雑務をこなす。店内は狭く、カウンターを合わせても十人座れば満杯である。
「こちらの卵焼きならどうでしょう? 他にも焼き魚がありますよ」
たまに常連の同伴者としてクリムゾンウェストの出身者が来店した。ただ、生食の鮨を口にできる者は滅多にいなかった。
ある日の店仕舞い後、俯いている鯖良にナタナが声をかける。
「あなた、どうしたの?」
「いやなに、鮨をこのガンナで流行らせたいなんて、おこがましいのわかっているんだ。だが……もう少し何とかならないかな?」
「そうね。鮨はおいしいけれど、私も最初はとても食べられないと思っていたし。そのうちに美味しくなってきたけれどね」
「ようはきっかけか……」
食の問題は非常に繊細である。だがせめて悪食店の世間的評判は払拭したかった。
数日後、鯖良は心を決める。
「店に閉じこもっているだけじゃだめなんだろうな」
しばらく宣伝を兼ねて街中で鮨の屋台を引くことにした。かといって店を休むわけにもいなかった。そんなことをしたら本末転倒である。
「お店はどうするの?」
「ハンターに手伝ってもらうつもりだ。リアルブルー出身者が多いから、理解してくれるんじゃないかって。クリムゾンウェスト出身のハンターも広い見聞の方が多いだろうし」
富永はハンターズソサエティの支部に出かけて依頼する。数日後、転移門を通じてハンター一行がやって来るのだった。
リプレイ本文
●
早朝の鮨屋『マルヨシ』店舗内。訪れたハンター一行は依頼者夫婦によってカウンター席に導かれていた。
「あらためまして、私が鯖良です。どうかよろしく。隣が妻のナタナです」
「お願いしますね」
まずはカウンター内の依頼者夫婦が依頼の趣旨を語る。鮨がよくわからない者もいるようなので食べてみることに。百聞は一見にしかずである。
「お箸もいいですが御鮨は手づかみが粋なんですよ」
ナタナが鮨が盛られた皿をティス・フュラー(ka3006)の前に置く。
「これが鮨なのね」
ティスは鮨がどんなものかは知っていた。ただこれまで作ったり食べてみたことはない。手に取って口に運んだのはカレイ鮨。その味は想像していたよりも鮮やかなものだった。
「母はリアルブルーの日本出身で……私の日本名は『十七夜 胤』と申します。食材探しに苦労しながらも、よくちらし寿司を作ってくれました」
「よいお母様ですね。ちらし寿司もありますよ」
リステル=胤・エウゼン(ka3785)はタイ鮨を味わいながらナタナと話す。ちらし寿司も頂いて思い出の味を思いだした。
「鯖良さんが一番お好きな魚はどれなんですか?」
「マグロの赤身をヅケにしたものが一番好きですね」
たくさんの鮨ネタに迷った寫火(ka4762)は鯖良のお気に入りを頼んだ。
「では、いただきます」
出されたマグロ赤身のヅケを頬張る。
「こういったお味、初めてです。生で頂くためにはやはり新鮮さが一番なんですか?」
「必要なんですが、だからといって獲ったばかりは歯ごたえがよいだけで、美味しくないんです。それに活け締めも大切ですし」
「活け締め? どのような?」
「針金を使ったりしますね」
寫火は鮨を握る鯖良からいろいろと教えてもらう。
英(ka4815)はサワラ鮨をいくつか頼んだ。さっそく一つを味わう。そして一つを手ずからに寫火の口元へと近づける。
「ほらぁ寫火さん、口開けなぁ。美味しいよ、食べさせたるし」
唇に触れつつサワラ鮨が寫火の口の中へ。英が見守る中、寫火はゆっくりと噛みしめた。
「……とても脂が甘い感じがします。お酒が欲しい感じが」
「ほんまそうやなぁ。お酒なんか合いそやんなぁ、ええなぁ、僕も仕事終わったら飲みたいわぁ」
英は続いて握りとは違う酢で締めた鯖寿司を頂いて堪能する。頷き誉めたところでいくらか助言をしておく。
「見た目かなぁ、もうちょっと可愛らしいならん?」
使われていた食器は悪くはないが鮨に使うにはちぐはぐだ。地のものとかけ離れた料理をだすのなら異国情緒を全面に押しだしたほうがよい。
「そうですね。東方の焼き物を探してみましょうかね」
鯖良は妻のナタナに相談する。
そのとき、鯖良の斜向かいに座っていた耀華(ka4866)は難しそうな表情を浮かべて鮨と睨めっこをしていた。
「初めて見たけど……リアルブルーの人、こういうの食べるん?」
「そうでござるよ。うむ、美味いでござる」
リアルブルー出身の日本人である藤林みほ(ka2804)は慣れた手つきでスズキ鮨を頬張る。
耀華はつい先程まで鮨を食べられることを目茶目茶楽しみにしていた。ただ本物を目の前にして気後れしてしまう。
(これ、生の魚やろ? そこがなぁ。何となく、気が引けんのやけど……)
藤林みほが食す様子を眺め続ける。ようやく気持ちが固まってマグロの中トロを手に取った。
「まあ、食べれば宣伝する時にも楽やと思うし。上のお魚は赤ぅて、下のは……お米やんな? 色的きは綺麗やね」
「ヅケではないので、ひっくり返してネタに小皿のお醤油につけてくださいね」
「ほなら、頂きます!」
鯖良に言われ通りにして醤油をつけて食べてみる。ちなみにサビ抜きだ。口を動かす度、瞳に輝きがあふれ出す。
「……美味しいやん! なにコレ、凄いわぁ。お米も柔こうて、お魚とよう合うし」
鮨が気に入った耀華はお任せで次々と握ってもらう。
「この海苔で巻いてあるヤツも、中の具とか、見目はええね」
「海苔巻きの干瓢巻きにカッパ巻きです。握り鮨ぽい海苔巻きは軍艦巻きですね」
耀華の質問にはナタナが答えてくれる。
ハンター一行は予め手伝いの分担を決めていた。
店舗に残ってナタナを手伝うのはティス、寫火、英、藤林みほの四名である。鯖良と一緒に屋台を切り盛りするのはリステルと耀華の二名だ。
作業の流れを覚えたり、修練の時間として三日間は全員で店舗を手伝う。
ティスはまず形から入ることにする。普段着ているローブではなく、着物「青波」に着替えた。髪にかんざしを挿して、ハイヒールから草履「青草」に履き替える。
「……これでよし」
着替えた瞬間はそう思ったのだが、少しずつ不安になってきた。実際、鮨の握り方を教えてもらうときにはやりにくくて仕方がない。
「あんまり料理する格好じゃなかったわね。これ」
「お店に立つときは可愛くてとてもいいと思うの。袖が邪魔なら襷掛けをしたらとうかな?」
着物姿は本番まで取っておき、ひとまずローブ姿に戻る。
屋台が始まる当日までに鮨屋の仕事を覚えるハンター一行だった。
●
「ええ感じやん!」
「折角ですから目立ちませんと!」
屋台に取りつけた幟はリステルが作り始めて耀華が手伝ったものである。紺色の地に白抜きで『マルヨシ鮨』と書かれていた。
「行きましょうか」
二人は鯖良と一緒に屋台を引いて街中へと出かける。
鮨と屋台は相性がとてもよい。何故なら火を使う必要が殆どないからだ。茶の湯を沸かす火鉢で充分である。
但し、鮨ネタが傷まないような工夫は必要。そのため生魚の多くはヅケにしてある。一部食材のみ藁で包んだ氷入りの木箱で冷やされていた。
もうすぐお昼時。人通りがそれなりにある道沿いに停めて幟をはためかせる。
「腹ペコさんにも、そやない人にも朗報やで~! 美味しい食べもん、食べてかへん?」
屋台の近くで耀華が声を張り上げた。
(悪食店の噂が流れているようやな。そんなん弾きとばさんといかんねぇ~)
たまに道行く人達の話し声が耀華の耳にも届く。
耀華は道行く人々の前で鮨を食べて見せる。拒否感が少ないように穴子や卵焼きの鮨を頂く。
やがて足を止めて遠巻きに眺める人が現れる。耳を傾ければ、悪食の噂とは別に美味いといった評判もわずかながら流れているようだ。
手応えを感じた鯖良は少し大胆な手にでる。
「なんと! リアルブルーでの美味しいモンや! 説明は後。先ずは食べてみてやってや~!」
近くにいた恋人達にイクラの軍艦巻きを勧めてみたのである。
「宝石みたいでとても綺麗ね。このお料理」
「そうかい?」
かなりの賭けだったが、女性は漬けの生イクラを綺麗だと受け取ってくれた。つられて男性も頂く。
「なかなかだな。想像していたよりもずっといい」
「少し食べていきましょうよ。マルヨシには前から興味があったの。けどお店だと入りにくくて」
こうして客二名が屋台の席に初めて座る。
「いらっしゃい」
鯖良とリステルが一緒に挨拶。鯖良がまな板に載せた鮨ネタを恋人達に見せる。リステルはさっとお茶を淹れて湯飲みを二つ置いた。
「本当に生魚なんだね。この赤いの、もらおうか」
「わたし、この白いの食べてみようかしら?」
マグロとハマチの注文が入る。
「お客さん、ぴりっと辛い山葵は平気ですか?」
リステルは単衣に袴といった和風姿だ。襷掛けをして包丁を握り、ゆっくりと長い刃全体を使って柵を切る。
鮨種ができたところで鯖良が握った。役割はその時々で変わる。
「へいお待ち。こちらの皿が普通。あちらがサビ抜きです。鰤は醤油をつけて召し上がってください」
恋人達はやはり恐る恐る口にした。だが口に含んだ後は笑顔になる。
「な! うまいやろ?」
暖簾を捲った耀華が恋人達にウインク。すぐに呼び込みに戻って声をだす。
次第に客は増えていった。折詰の持ち帰り客が想定よりも多かったので、鮨ネタの減りが早い。鯖良が店まで取りに戻るというので、リステルが一人で調理を切り盛りすることになった。
「鮨って面白い料理だな。どこの国の食べ物なんだい?」
「リアルブルー、日本国の伝統的な軽食なんです。この屋台のスタイルが一番原点に近いんですよ。はい、マグロ三貫お待ちです」
「初めて食べたけど気にいっちまったよ。しかし生だと扱いが大変だろうね」
「酢飯や山葵は保存性や防腐に優れています。それに塩辛い醤油に漬けてありますので、塩漬け肉のようなものです。あちらではダイエット食としても認められていますよ」
「へぇ。嫁さんが痩せたいって煩くてね。おっと、次は烏賊をもらえるかい?」
リステルは烏賊の身に切れ込みを入れて食べやすくしてから提供する。鯖良が返ってきて鮨ネタの多くが復活した。
屋台の席が埋まったところで呼び込みの耀華は休憩をとる。
「お茶をどうぞ。そろそろお腹も一杯でしょう?」
「つい、ぎょうさんな。こないに美味いなんて……いや、そうやないで。鮨食べたいだけちゃうで! あくまで宣伝の一環や」
頬を真っ赤に染めてリステルに否定する耀華はとても可愛らしかった。
●
時を遡って午前中の鮨屋『マルヨシ』。
屋台を見送った後も大忙し。店舗のみならず屋台分の下拵えも担当していたからだ。
ティスとナタナは早朝鯖良が仕入れてきた魚介類を包丁で下ろす。明日のため用の穴子調理も仕事の一つである。
寫火と英は店の内と外を綺麗に掃除していた。
「シャリの良さは鮨の命でござるよ」
藤林みほは釜で御飯を炊いていた。同時に鮨飯にする作業もこなす。
この地で鮨飯を用意するのは並大抵の苦労ではなかった。酢や味醂は簡易ながら自家製である。鮨飯には使わないが味噌や煮干しもそうだ。
山葵代わりのホースラディッシュは何とかなるが醤油だけはどうにもならない。常連客の船乗りにリゼリオで入手してもらっているらしい。
「稲荷ずしでござる」
「これ主人から聞いたことがあります。でもどうやって?」
ナタナが驚くのも無理もなかった。稲荷ずしには油揚が必要。そして油揚を作るには豆腐が必要だからだ。
豆腐は大豆とにがり、水からできている。にがりは海水を蒸発させればよい。手間さえ惜しまなければ豆腐の自作は可能だ。薄く切って水分を抜き、油で揚げれば完成である。
「生魚以外の鮨もよいでござるよ」
「豆腐からの稲荷ずしの作り方、教えてもらえますか? あの人を驚かせたいの」
藤林みほはナタナに稲荷ずしの作り方を一通り伝授することになった。豆腐もよい食材になるはずである。
ナタナが玄関口の軒下に暖簾をかけると常連達がやってきた。
「今日から鯖良さんは屋台だってね」
「そうなんです。街のみなさんに鮨を知ってもらいたいって」
これまでもナタナが鮨を握ることがあったようである。
ナタナと一緒にティスもカウンターに並んで鮨を握った。波模様が描かれた青い着物姿だが襷掛けをしているので腕は自由に動く。
「穴子四貫に鮪の中トロ二貫、鰺六貫、完成っと」
ティスは定食扱いの鮨桶の注文をこなす。毎日鮨ネタは変わるが、それとは別に松竹梅がランクがある。持ち帰り用の折詰もまとまった数の注文が舞い込んだ。
カウンター席が先に埋まる。それまで下拵えを手伝っていた寫火と英がテーブル席の客に応対した。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、鮨って初めてなんですけど、どれが美味しいんですか?」
寫火がテーブルまでお茶を運んで注文を訊ねる。
「本日はスズキがお勧めですよ。よいネタが仕入れられたと店の主人がいっていました。それとマグロは一流の漁師さんと契約していますので、いつでも素晴らしいです。どちらも含まれていますので松竹梅の竹はどうでしょうか?」
注文を取ってカウンターのティスに伝えて、完成した鮨桶をテーブルまで運んだ。
「魚の方をこのタレに付けると、非常に美味しくなるんですよ」
鮨の食べ方をさりげなく教えるときもあった。
「英さん、お会計の方をお願いしてもいいでしょうか?」
「お勘定、任されましたわぁ」
テーブルを片付けていた寫火が会計を英に任せる。
「変わった味だったけど美味しかったよ」
「それは嬉しいわぁ。またご贔屓に」
ちょっとした言葉の端で客が不満を漏らすときがある。理不尽な理由を除けば大抵の客は満足していた。ただ指先を拭くための紙については切らさないように気をつける。後でナタナに伝えるのも忘れない。
英がテーブルで注文を取るときもあった。
「どうしようかな……?」
「焼き魚もええけど、リアルブルーのなぁ、変わったお料理。あんねんよぉ」
東方料理屋として利用する客も稀にいる。焼き魚定食なども扱っているが、マルヨシとしては鮨を味わってもらいたい。それとなく勧めると何人かは鮨を試してくれた。
昼のかき入れ時が終われば、溜まっていた後片付けが待っている。
「そんなん、手ぇ荒れてまうやないの、嫌やわぁ……」
頼まれれば大抵のことはこなす英だが、皿洗いなどの水回りは駄目。買い物を引き受けて出かけていく。
日が暮れてから一時間ほどで店仕舞い。屋台もその頃には戻ってくる。
余った鮨ネタは自由に食べてよいことになっていた。冷蔵されていたので今日の内なら大丈夫である。
軽い晩御飯の後、ハンター達は晩酌の肴として鮨や魚介類を摘まんだ。鯖良には今日の出来事を伝える。それから風呂に浸かり、用意された部屋で就寝するのだった。
●
一週間が過ぎ去った。
屋台による周知は成功し、店舗を訪ねる客数が増える。悪食の印象はかなり払拭されたようだ。
「今回はありがとうございました。またお邪魔しますね。この味の良さは、まだまだ他の友人にも伝えたいですからね」
「いえいえこちらこそ! 祭りがあれば、また屋台を引いてみたい気分です」
寫火からお礼をいわれた鯖良は恐縮しきりである。
夫婦は感謝の印として全員に鮨の折詰を持たせた。今日の早い内に食べて欲しいと言葉を添えて。
ハンター一行は転移門へと続く往来を進んだ。
「今度はまた、皆で食べに来よかぁ」
「ええ、勿論。今度は、合いそうなお酒も差し入れましょうか」
英が寫火の袖を引いて笑う。滞在中は控え気味にしていたが寫火は酒豪であるらしい。
「ナタナ殿だけでなく、鯖良殿も稲荷ずしに驚いていたでござるよ」
「私も驚いたわ。本でしか知らなかったから。甘酸っぱくて美味しいのね」
藤林みほとティスは稲荷ずしを前にして完全に固まった鯖良を思いだす。豆腐作りの知識は今後役立つことだろう。
「うちも、もう一度来たいわぁ~。鮨はええねぇ。こないな料理があるリアルブルーは凄いところやねぇ」
「これほど本格的な鮨店だとは思っていませんでした。ものすごい情熱ですね」
耀華とリステルも鮨に魅了されたようである。
リゼリオで解散するまで一行はずっと鮨を話題にしていた。
早朝の鮨屋『マルヨシ』店舗内。訪れたハンター一行は依頼者夫婦によってカウンター席に導かれていた。
「あらためまして、私が鯖良です。どうかよろしく。隣が妻のナタナです」
「お願いしますね」
まずはカウンター内の依頼者夫婦が依頼の趣旨を語る。鮨がよくわからない者もいるようなので食べてみることに。百聞は一見にしかずである。
「お箸もいいですが御鮨は手づかみが粋なんですよ」
ナタナが鮨が盛られた皿をティス・フュラー(ka3006)の前に置く。
「これが鮨なのね」
ティスは鮨がどんなものかは知っていた。ただこれまで作ったり食べてみたことはない。手に取って口に運んだのはカレイ鮨。その味は想像していたよりも鮮やかなものだった。
「母はリアルブルーの日本出身で……私の日本名は『十七夜 胤』と申します。食材探しに苦労しながらも、よくちらし寿司を作ってくれました」
「よいお母様ですね。ちらし寿司もありますよ」
リステル=胤・エウゼン(ka3785)はタイ鮨を味わいながらナタナと話す。ちらし寿司も頂いて思い出の味を思いだした。
「鯖良さんが一番お好きな魚はどれなんですか?」
「マグロの赤身をヅケにしたものが一番好きですね」
たくさんの鮨ネタに迷った寫火(ka4762)は鯖良のお気に入りを頼んだ。
「では、いただきます」
出されたマグロ赤身のヅケを頬張る。
「こういったお味、初めてです。生で頂くためにはやはり新鮮さが一番なんですか?」
「必要なんですが、だからといって獲ったばかりは歯ごたえがよいだけで、美味しくないんです。それに活け締めも大切ですし」
「活け締め? どのような?」
「針金を使ったりしますね」
寫火は鮨を握る鯖良からいろいろと教えてもらう。
英(ka4815)はサワラ鮨をいくつか頼んだ。さっそく一つを味わう。そして一つを手ずからに寫火の口元へと近づける。
「ほらぁ寫火さん、口開けなぁ。美味しいよ、食べさせたるし」
唇に触れつつサワラ鮨が寫火の口の中へ。英が見守る中、寫火はゆっくりと噛みしめた。
「……とても脂が甘い感じがします。お酒が欲しい感じが」
「ほんまそうやなぁ。お酒なんか合いそやんなぁ、ええなぁ、僕も仕事終わったら飲みたいわぁ」
英は続いて握りとは違う酢で締めた鯖寿司を頂いて堪能する。頷き誉めたところでいくらか助言をしておく。
「見た目かなぁ、もうちょっと可愛らしいならん?」
使われていた食器は悪くはないが鮨に使うにはちぐはぐだ。地のものとかけ離れた料理をだすのなら異国情緒を全面に押しだしたほうがよい。
「そうですね。東方の焼き物を探してみましょうかね」
鯖良は妻のナタナに相談する。
そのとき、鯖良の斜向かいに座っていた耀華(ka4866)は難しそうな表情を浮かべて鮨と睨めっこをしていた。
「初めて見たけど……リアルブルーの人、こういうの食べるん?」
「そうでござるよ。うむ、美味いでござる」
リアルブルー出身の日本人である藤林みほ(ka2804)は慣れた手つきでスズキ鮨を頬張る。
耀華はつい先程まで鮨を食べられることを目茶目茶楽しみにしていた。ただ本物を目の前にして気後れしてしまう。
(これ、生の魚やろ? そこがなぁ。何となく、気が引けんのやけど……)
藤林みほが食す様子を眺め続ける。ようやく気持ちが固まってマグロの中トロを手に取った。
「まあ、食べれば宣伝する時にも楽やと思うし。上のお魚は赤ぅて、下のは……お米やんな? 色的きは綺麗やね」
「ヅケではないので、ひっくり返してネタに小皿のお醤油につけてくださいね」
「ほなら、頂きます!」
鯖良に言われ通りにして醤油をつけて食べてみる。ちなみにサビ抜きだ。口を動かす度、瞳に輝きがあふれ出す。
「……美味しいやん! なにコレ、凄いわぁ。お米も柔こうて、お魚とよう合うし」
鮨が気に入った耀華はお任せで次々と握ってもらう。
「この海苔で巻いてあるヤツも、中の具とか、見目はええね」
「海苔巻きの干瓢巻きにカッパ巻きです。握り鮨ぽい海苔巻きは軍艦巻きですね」
耀華の質問にはナタナが答えてくれる。
ハンター一行は予め手伝いの分担を決めていた。
店舗に残ってナタナを手伝うのはティス、寫火、英、藤林みほの四名である。鯖良と一緒に屋台を切り盛りするのはリステルと耀華の二名だ。
作業の流れを覚えたり、修練の時間として三日間は全員で店舗を手伝う。
ティスはまず形から入ることにする。普段着ているローブではなく、着物「青波」に着替えた。髪にかんざしを挿して、ハイヒールから草履「青草」に履き替える。
「……これでよし」
着替えた瞬間はそう思ったのだが、少しずつ不安になってきた。実際、鮨の握り方を教えてもらうときにはやりにくくて仕方がない。
「あんまり料理する格好じゃなかったわね。これ」
「お店に立つときは可愛くてとてもいいと思うの。袖が邪魔なら襷掛けをしたらとうかな?」
着物姿は本番まで取っておき、ひとまずローブ姿に戻る。
屋台が始まる当日までに鮨屋の仕事を覚えるハンター一行だった。
●
「ええ感じやん!」
「折角ですから目立ちませんと!」
屋台に取りつけた幟はリステルが作り始めて耀華が手伝ったものである。紺色の地に白抜きで『マルヨシ鮨』と書かれていた。
「行きましょうか」
二人は鯖良と一緒に屋台を引いて街中へと出かける。
鮨と屋台は相性がとてもよい。何故なら火を使う必要が殆どないからだ。茶の湯を沸かす火鉢で充分である。
但し、鮨ネタが傷まないような工夫は必要。そのため生魚の多くはヅケにしてある。一部食材のみ藁で包んだ氷入りの木箱で冷やされていた。
もうすぐお昼時。人通りがそれなりにある道沿いに停めて幟をはためかせる。
「腹ペコさんにも、そやない人にも朗報やで~! 美味しい食べもん、食べてかへん?」
屋台の近くで耀華が声を張り上げた。
(悪食店の噂が流れているようやな。そんなん弾きとばさんといかんねぇ~)
たまに道行く人達の話し声が耀華の耳にも届く。
耀華は道行く人々の前で鮨を食べて見せる。拒否感が少ないように穴子や卵焼きの鮨を頂く。
やがて足を止めて遠巻きに眺める人が現れる。耳を傾ければ、悪食の噂とは別に美味いといった評判もわずかながら流れているようだ。
手応えを感じた鯖良は少し大胆な手にでる。
「なんと! リアルブルーでの美味しいモンや! 説明は後。先ずは食べてみてやってや~!」
近くにいた恋人達にイクラの軍艦巻きを勧めてみたのである。
「宝石みたいでとても綺麗ね。このお料理」
「そうかい?」
かなりの賭けだったが、女性は漬けの生イクラを綺麗だと受け取ってくれた。つられて男性も頂く。
「なかなかだな。想像していたよりもずっといい」
「少し食べていきましょうよ。マルヨシには前から興味があったの。けどお店だと入りにくくて」
こうして客二名が屋台の席に初めて座る。
「いらっしゃい」
鯖良とリステルが一緒に挨拶。鯖良がまな板に載せた鮨ネタを恋人達に見せる。リステルはさっとお茶を淹れて湯飲みを二つ置いた。
「本当に生魚なんだね。この赤いの、もらおうか」
「わたし、この白いの食べてみようかしら?」
マグロとハマチの注文が入る。
「お客さん、ぴりっと辛い山葵は平気ですか?」
リステルは単衣に袴といった和風姿だ。襷掛けをして包丁を握り、ゆっくりと長い刃全体を使って柵を切る。
鮨種ができたところで鯖良が握った。役割はその時々で変わる。
「へいお待ち。こちらの皿が普通。あちらがサビ抜きです。鰤は醤油をつけて召し上がってください」
恋人達はやはり恐る恐る口にした。だが口に含んだ後は笑顔になる。
「な! うまいやろ?」
暖簾を捲った耀華が恋人達にウインク。すぐに呼び込みに戻って声をだす。
次第に客は増えていった。折詰の持ち帰り客が想定よりも多かったので、鮨ネタの減りが早い。鯖良が店まで取りに戻るというので、リステルが一人で調理を切り盛りすることになった。
「鮨って面白い料理だな。どこの国の食べ物なんだい?」
「リアルブルー、日本国の伝統的な軽食なんです。この屋台のスタイルが一番原点に近いんですよ。はい、マグロ三貫お待ちです」
「初めて食べたけど気にいっちまったよ。しかし生だと扱いが大変だろうね」
「酢飯や山葵は保存性や防腐に優れています。それに塩辛い醤油に漬けてありますので、塩漬け肉のようなものです。あちらではダイエット食としても認められていますよ」
「へぇ。嫁さんが痩せたいって煩くてね。おっと、次は烏賊をもらえるかい?」
リステルは烏賊の身に切れ込みを入れて食べやすくしてから提供する。鯖良が返ってきて鮨ネタの多くが復活した。
屋台の席が埋まったところで呼び込みの耀華は休憩をとる。
「お茶をどうぞ。そろそろお腹も一杯でしょう?」
「つい、ぎょうさんな。こないに美味いなんて……いや、そうやないで。鮨食べたいだけちゃうで! あくまで宣伝の一環や」
頬を真っ赤に染めてリステルに否定する耀華はとても可愛らしかった。
●
時を遡って午前中の鮨屋『マルヨシ』。
屋台を見送った後も大忙し。店舗のみならず屋台分の下拵えも担当していたからだ。
ティスとナタナは早朝鯖良が仕入れてきた魚介類を包丁で下ろす。明日のため用の穴子調理も仕事の一つである。
寫火と英は店の内と外を綺麗に掃除していた。
「シャリの良さは鮨の命でござるよ」
藤林みほは釜で御飯を炊いていた。同時に鮨飯にする作業もこなす。
この地で鮨飯を用意するのは並大抵の苦労ではなかった。酢や味醂は簡易ながら自家製である。鮨飯には使わないが味噌や煮干しもそうだ。
山葵代わりのホースラディッシュは何とかなるが醤油だけはどうにもならない。常連客の船乗りにリゼリオで入手してもらっているらしい。
「稲荷ずしでござる」
「これ主人から聞いたことがあります。でもどうやって?」
ナタナが驚くのも無理もなかった。稲荷ずしには油揚が必要。そして油揚を作るには豆腐が必要だからだ。
豆腐は大豆とにがり、水からできている。にがりは海水を蒸発させればよい。手間さえ惜しまなければ豆腐の自作は可能だ。薄く切って水分を抜き、油で揚げれば完成である。
「生魚以外の鮨もよいでござるよ」
「豆腐からの稲荷ずしの作り方、教えてもらえますか? あの人を驚かせたいの」
藤林みほはナタナに稲荷ずしの作り方を一通り伝授することになった。豆腐もよい食材になるはずである。
ナタナが玄関口の軒下に暖簾をかけると常連達がやってきた。
「今日から鯖良さんは屋台だってね」
「そうなんです。街のみなさんに鮨を知ってもらいたいって」
これまでもナタナが鮨を握ることがあったようである。
ナタナと一緒にティスもカウンターに並んで鮨を握った。波模様が描かれた青い着物姿だが襷掛けをしているので腕は自由に動く。
「穴子四貫に鮪の中トロ二貫、鰺六貫、完成っと」
ティスは定食扱いの鮨桶の注文をこなす。毎日鮨ネタは変わるが、それとは別に松竹梅がランクがある。持ち帰り用の折詰もまとまった数の注文が舞い込んだ。
カウンター席が先に埋まる。それまで下拵えを手伝っていた寫火と英がテーブル席の客に応対した。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、鮨って初めてなんですけど、どれが美味しいんですか?」
寫火がテーブルまでお茶を運んで注文を訊ねる。
「本日はスズキがお勧めですよ。よいネタが仕入れられたと店の主人がいっていました。それとマグロは一流の漁師さんと契約していますので、いつでも素晴らしいです。どちらも含まれていますので松竹梅の竹はどうでしょうか?」
注文を取ってカウンターのティスに伝えて、完成した鮨桶をテーブルまで運んだ。
「魚の方をこのタレに付けると、非常に美味しくなるんですよ」
鮨の食べ方をさりげなく教えるときもあった。
「英さん、お会計の方をお願いしてもいいでしょうか?」
「お勘定、任されましたわぁ」
テーブルを片付けていた寫火が会計を英に任せる。
「変わった味だったけど美味しかったよ」
「それは嬉しいわぁ。またご贔屓に」
ちょっとした言葉の端で客が不満を漏らすときがある。理不尽な理由を除けば大抵の客は満足していた。ただ指先を拭くための紙については切らさないように気をつける。後でナタナに伝えるのも忘れない。
英がテーブルで注文を取るときもあった。
「どうしようかな……?」
「焼き魚もええけど、リアルブルーのなぁ、変わったお料理。あんねんよぉ」
東方料理屋として利用する客も稀にいる。焼き魚定食なども扱っているが、マルヨシとしては鮨を味わってもらいたい。それとなく勧めると何人かは鮨を試してくれた。
昼のかき入れ時が終われば、溜まっていた後片付けが待っている。
「そんなん、手ぇ荒れてまうやないの、嫌やわぁ……」
頼まれれば大抵のことはこなす英だが、皿洗いなどの水回りは駄目。買い物を引き受けて出かけていく。
日が暮れてから一時間ほどで店仕舞い。屋台もその頃には戻ってくる。
余った鮨ネタは自由に食べてよいことになっていた。冷蔵されていたので今日の内なら大丈夫である。
軽い晩御飯の後、ハンター達は晩酌の肴として鮨や魚介類を摘まんだ。鯖良には今日の出来事を伝える。それから風呂に浸かり、用意された部屋で就寝するのだった。
●
一週間が過ぎ去った。
屋台による周知は成功し、店舗を訪ねる客数が増える。悪食の印象はかなり払拭されたようだ。
「今回はありがとうございました。またお邪魔しますね。この味の良さは、まだまだ他の友人にも伝えたいですからね」
「いえいえこちらこそ! 祭りがあれば、また屋台を引いてみたい気分です」
寫火からお礼をいわれた鯖良は恐縮しきりである。
夫婦は感謝の印として全員に鮨の折詰を持たせた。今日の早い内に食べて欲しいと言葉を添えて。
ハンター一行は転移門へと続く往来を進んだ。
「今度はまた、皆で食べに来よかぁ」
「ええ、勿論。今度は、合いそうなお酒も差し入れましょうか」
英が寫火の袖を引いて笑う。滞在中は控え気味にしていたが寫火は酒豪であるらしい。
「ナタナ殿だけでなく、鯖良殿も稲荷ずしに驚いていたでござるよ」
「私も驚いたわ。本でしか知らなかったから。甘酸っぱくて美味しいのね」
藤林みほとティスは稲荷ずしを前にして完全に固まった鯖良を思いだす。豆腐作りの知識は今後役立つことだろう。
「うちも、もう一度来たいわぁ~。鮨はええねぇ。こないな料理があるリアルブルーは凄いところやねぇ」
「これほど本格的な鮨店だとは思っていませんでした。ものすごい情熱ですね」
耀華とリステルも鮨に魅了されたようである。
リゼリオで解散するまで一行はずっと鮨を話題にしていた。
依頼結果
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- ツナサンドの高みへ
ティス・フュラー(ka3006)
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ティス・フュラー(ka3006) エルフ|13才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/06/14 02:37:47 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/13 20:39:28 |