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(ka0000)
未来の英雄達、その回顧録 第二篇
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2014/07/20 12:00
- 完成日
- 2014/07/26 06:55
みんなの思い出
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オープニング
●
『賢明なる読者諸君には既知の事柄に過ぎるため、是より先は全て、自己満足の為の駄文に過ぎぬ。
しばしお付き合い願いたい。
グラムヘイズ王国で、庶民の娯楽として広く愛されているものを一つ挙げるとなると……さて、何を挙げるだろうか。
ある者は、劇場での観劇というかもしれない。またある者は、酒場で耳にする吟遊詩人の詩歌というかもしれない。
文化を愛する心。嗚呼、素晴らしい事だ。文化的素養は人生を豊かにする。
さて。賢明なる読者諸君。あなた方なら、きっとこういうことだろう。
たとえどれだけ下劣でも、どれだけ愚昧でも、どれだけ低俗でも、どれだけ醜穢でも、どれだけ猥雑だとしても。
ヘルメス情報局の『号外』こそが我々の娯楽だ、と。
――勿論、我々の記事が斯様に下劣で愚昧で低俗で醜穢で猥雑であるというのは仮定に過ぎない事もまた、賢明なる読者諸君ならご理解いただける事と思う』
●
昨今、サルヴァトーレ・ロッソなる紅い方舟の出現に呼応するように登録されたハンターの数が激増している。
覚醒者とは、何か。
覚醒者とは一定量以上のマテリアルを保有し、それを任意で行使出来る者を指す。
通常であれば、素養のあるものが覚醒者の高み――それすらも常人には計り知れない程の高みなのだ――に至るためには、筆舌に尽くし難い修練を要する。
そのため、現在は精霊との契約により、短期間で覚醒者に至る方法論が採択されている。
人の身で、精霊に触れる。
――そのことが何を意味するかは、触れた者にしか分かるまい。
読者諸君の中には、その邂逅について既に聞いたことがある者もいるかもしれない。筆者もその一人だ。
「もう一人の自分が、語りかけてきた」
そんな話を耳にした事がある。
今回、当情報局では精霊との接触――即ち契約について取材し、記事にした。
極めて個人的な内容も含まれるため、取材を快く受けてくれたハンター達に敬意を表するためにも、匿名性の高い記事になっている。
それでも、読者諸君らの知的好奇心をくすぐるに違いない。
何より――この世界の守護者であり、反抗の象徴である覚醒者達の物語だ。
未来の英雄達の、始まりの物語。
心行くままにに、お楽しみあれ。
―『未来の英雄達、その回顧録』序文―
●
親愛なる読者諸君。再びこの序文を掲載出来たことを嬉しく思う。
幸いにしてこの企画は上層部の覚え目出度く、企画継続の誉れを頂いた。
目に見えて数字が跳ね上がりでもしたのだろう。喜色甚だしい彼らを見ると茶飲み話後の食事代が経費でおちなかった事に関しての不満が再燃しないでもないのだが――まあ、勤め人の立場は何時だって弱いものだ。
筆者としても凡庸なる身にも関わらず人類の最前を往く者達から話を聞ける機会は有難いものだから、今回こうして記事にできることは嬉しく思う。
実際の記事についてだが……そう。表題の通りだ。
その他の事柄についても取材をしたい所だが、上層部からは『精霊との契約時についてもっと知りたい、という声がある』と、前回同様の趣旨での取材を要請された。
故に。
改めて、記させて頂こう。
この世界の守護者であり、反抗の象徴である覚醒者達の物語。
未来の英雄達の、始まりの物語。
心行くままにに、お楽しみあれ、と。
『賢明なる読者諸君には既知の事柄に過ぎるため、是より先は全て、自己満足の為の駄文に過ぎぬ。
しばしお付き合い願いたい。
グラムヘイズ王国で、庶民の娯楽として広く愛されているものを一つ挙げるとなると……さて、何を挙げるだろうか。
ある者は、劇場での観劇というかもしれない。またある者は、酒場で耳にする吟遊詩人の詩歌というかもしれない。
文化を愛する心。嗚呼、素晴らしい事だ。文化的素養は人生を豊かにする。
さて。賢明なる読者諸君。あなた方なら、きっとこういうことだろう。
たとえどれだけ下劣でも、どれだけ愚昧でも、どれだけ低俗でも、どれだけ醜穢でも、どれだけ猥雑だとしても。
ヘルメス情報局の『号外』こそが我々の娯楽だ、と。
――勿論、我々の記事が斯様に下劣で愚昧で低俗で醜穢で猥雑であるというのは仮定に過ぎない事もまた、賢明なる読者諸君ならご理解いただける事と思う』
●
昨今、サルヴァトーレ・ロッソなる紅い方舟の出現に呼応するように登録されたハンターの数が激増している。
覚醒者とは、何か。
覚醒者とは一定量以上のマテリアルを保有し、それを任意で行使出来る者を指す。
通常であれば、素養のあるものが覚醒者の高み――それすらも常人には計り知れない程の高みなのだ――に至るためには、筆舌に尽くし難い修練を要する。
そのため、現在は精霊との契約により、短期間で覚醒者に至る方法論が採択されている。
人の身で、精霊に触れる。
――そのことが何を意味するかは、触れた者にしか分かるまい。
読者諸君の中には、その邂逅について既に聞いたことがある者もいるかもしれない。筆者もその一人だ。
「もう一人の自分が、語りかけてきた」
そんな話を耳にした事がある。
今回、当情報局では精霊との接触――即ち契約について取材し、記事にした。
極めて個人的な内容も含まれるため、取材を快く受けてくれたハンター達に敬意を表するためにも、匿名性の高い記事になっている。
それでも、読者諸君らの知的好奇心をくすぐるに違いない。
何より――この世界の守護者であり、反抗の象徴である覚醒者達の物語だ。
未来の英雄達の、始まりの物語。
心行くままにに、お楽しみあれ。
―『未来の英雄達、その回顧録』序文―
●
親愛なる読者諸君。再びこの序文を掲載出来たことを嬉しく思う。
幸いにしてこの企画は上層部の覚え目出度く、企画継続の誉れを頂いた。
目に見えて数字が跳ね上がりでもしたのだろう。喜色甚だしい彼らを見ると茶飲み話後の食事代が経費でおちなかった事に関しての不満が再燃しないでもないのだが――まあ、勤め人の立場は何時だって弱いものだ。
筆者としても凡庸なる身にも関わらず人類の最前を往く者達から話を聞ける機会は有難いものだから、今回こうして記事にできることは嬉しく思う。
実際の記事についてだが……そう。表題の通りだ。
その他の事柄についても取材をしたい所だが、上層部からは『精霊との契約時についてもっと知りたい、という声がある』と、前回同様の趣旨での取材を要請された。
故に。
改めて、記させて頂こう。
この世界の守護者であり、反抗の象徴である覚醒者達の物語。
未来の英雄達の、始まりの物語。
心行くままにに、お楽しみあれ、と。
リプレイ本文
●ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)
百合のような少女だと筆者は感じた。
打ち解けるには遠く、離れるにも後ろ髪を引く。
背負う影がそうさせるのかもしれない。
両親は既に亡く、今は妹と二人で酒場船を切り盛りしているのだそうだ。
遺されたものは少ない。姉として、娘として。それらを護ろうとする姿が印象的だった。
彼女はこう言っていた。
「逃げるのが嫌、だったんです」
―・―
妹と二人で兼業ハンターの道を選びました。
二人で一緒に儀式を受けにいって、私は、妹より先に儀式に臨んで――。
最初に感じたのは、風。次に草の匂い。
風の向こうから、声がしました。
風の音に紛れて聞き取り難い声は……確かに、《望むか》、と聞いていました。
―・―
契約に臨んだ精霊が問うた事が、只の問いで終わるべくもない。
少女は望むと応えようとした。
精霊は、それを良しとしなかった。
―・―
視界が開いて――私は、言葉を無くしました。
戦争を、目の当たりにしたんです。
グリフォンが空を舞い、装備も見た目もばらばらな人たちが陣を組んでいて。
――たくさんの人が、死んで。
戦士達は疲れ果て、項垂れている。
祖先から伝え聞いてきたお話に似ていたけど――それは本当の戦争でした。
そうして。
《望むか》
また、声がしました。
―・―
怖くなったと少女は言った。妹に手を握られて、震えていることに気づいたと。
――恐らく、精霊の意図通りに。
契約を為す事は、この《覚悟》と分かちがたく結びついている。
精霊の問いは、少女にありふれた日常を思い起こさせた事だろう。
一人の女性として生きる、そんな日常を。
―・―
――同時に、両親の気配が、したんです。
肩を抱かれた気もして。
日常の先にある幸せこそ、両親は望んでいるのかな、と。
そう思いました。
――気がついたら、答えていました。
力を、貸してください。
戦う、力を――って。
……馬鹿だと思います、自分でも。
―・―
「駄目だったんです」と、少女は苦笑していた。
妹に素敵な人ができるまで守ると決めたから、その道は選べなかったのだ、と。
彼女の両親が願っていたであろう事を、精霊は伝えてくれたのだろう。
少女は聡明であった。人の気持ちにも聡い。解らぬ筈もない。
それでも彼女は選んだ。気高くも尊い決意と共に。
だからだろう。
少女は笑っていた。
「……両親には、言葉を伝えられたから、大丈夫です」、と。
● トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)
《役立たず》と名乗った青年は、皮肉げな表情がよく似合った。
青年は筆者の顔を見て嘆息したが、すぐに気を取り直したのか筆者を酒場へと案内した。
その問うような視線に頷きを返した。
ここまでは経費で出る。
それからの青年は実に御機嫌であった。失礼ながらそこに、筆者は青年の影を見た。刹那主義の人間に特徴的な笑みを浮かべていたからだ。
「さて、何時だったかな。夢の中で声が聞こえた。『力が欲しいか』ってな」
青年は酒を呷り、煙草を弄びながら片頬を釣り上げて、続ける。
「だから「欲しい」と答えて――朝起きたら覚醒してたよ」
軋むような笑い声と共にこれで終わりだという青年を前に、真剣に捏造を考えた。
……こんな記事では経費は出まい。
その空気を察したか。青年は口を開いた。空いたグラスを掲げる仕草に、筆者は追加の注文をした。
―・―
前に知り合った奴の話だ。
そいつは帝国生まれの孤児でな。小さい悪事に手を付けて、ある時後ろ暗い組織の使いっ走りになった。
よくある話だ。
ただ、その組織が中々にイカれてたらしい。
――そいつはそこで実験の被験者になった。人体実験、って奴だ。
その時の実験は……嘘か真か精霊の、使役。
信心深いやつなら発狂しそうな話だ。
――大失敗だったそうだぜ。良いことなんてひとつもない。そいつは生きては居るが、色ンな難苦が付き纏っている。
―・―
いつの間にか煙草に火がついていた。甘い香りが席に満ちる。
青年の顔が、どこか厳しさを孕んだ。こつこつと、音が鳴る。指先で机を打つ音だ。
その時初めて、青年が皮の手袋をしている事に気づいた。
夏だというのに。随分と物々しい服装をしているものである。
青年はその手で、エールを呷った。
―・―
ただ、精霊との接触は出来たそうだ。
青い炎を纏った猫だったらしいぜ?
現れたそいつに、じぃ、と見つめられていたそうだ。
見つめられれば見つめられる程に――熱をな、奪われていったそうだ。
凍えて、凍えて、凍えて……氷の中に閉じ込められる、って言ってたな。
そうやって、色んなモンを奪われたそうだ。
―・―
報いって奴かねェ、と。青年は笑っていた。そうして煙草を吸い尽くす。
すぐに、新しい煙草が出てきた。青年は慣れた手付きで火を灯す。
――筆者には、その手がすこしばかり震えているように見えた。
●シメオン・E・グリーヴ(ka1285)
筆者は仕事柄貴族と会食の席につくこともあるが、路傍の石よりもなお軽い扱いを受ける事もある。
貴族の出であるこの少年は違った。麗々たる佇まいに、負うべきを負うという、正しき貴族の在り方が見え、その丁寧な一礼には好感を覚えた。
――彼の兄弟はその全てが覚醒者なのだそうだ。
これほどまでに精霊の覚えがめでたい一族を筆者は知らなかったが、彼の祖父が転移者なのだと聞いて、多少合点がいった。
時勢を思えば、それは彼の一族の、運命なのかもしれない。
月並みな言い方だが、そう思った。
―・―
私が物心ついた頃には、兄達はすでに覚醒者になっていました。
優雅で、聡明で、実直な兄達。彼らに憧れを抱き、同じく覚醒者であった祖父に話を聞きに行くのは、私にとっては自然な事でした。
兄達は皆覚醒していましたが、当家では覚醒は義務ではありません。人ならざるものとの契約に、不安がなかった訳でもありません。
でも、私は契約を選びました。
――護りたいものが有ったからです。
―・―
末弟として生まれた彼には、妹が居る。一家の末子だという。
少年が尊敬する兄達。兄達を追い、支えたいと願う少年。
彼らに見守られながら育った末子である妹を、少年は護りたいと言った。
「その魂を、護りたいのです」と。
筆者はその言葉と、それを告げた少年の横顔に、彼の家に在る祝福を見た。
血の縁よりも、なお尊いものを。
―・―
そうして、私は儀式に臨みました。
精霊に問われた言葉を、今でも覚えています。
「どう在りたいか」、と精霊は問いました。
護る為に、契約に臨んだのです。
兄達を。いつかは、私達と同じように覚醒に至る妹を。
どう在りたいか。その問いに、引き出されるように、感情が立ちました。
――彼らを、一番に癒やしたい。
私の命は家族の、妹の為に。
そして家族が守る民の為に、私は在りたい。
そう応え――契約は、成されました。
―・―
麗々たる、というのは、彼個人の生き方に依る部分が大きいのかもしれない。
癒し手である事を望んだ少年だ。献身を己に課す人間は概して常人ならざる趣を持つ。
彼の一家を取り巻く因縁が、それを醸成しているように思えた。
これは付記になるが。歳相応の少年めいた所もあるようである。
その事に少しばかり安堵を抱いた。
引き込まれるように筆者の話に夢中になった、その内容については記事の性質上、伏せておこう。
●ラミア・マクトゥーム(ka1720)
「取材? 物好きね。いいよ、何を話せばいいの?」
少女はそう言って鷹揚に頷いた。誤解なきよう敢えて記しておくが、筆者は正規の手順を踏んで依頼を出している。
素知らぬ顔をされてそう言われて、面食らった。成程。姉が心配だと告げた理由の一端が見えた気がする。
――兎角、少女は語ってくれた。
―・―
姉さんと一緒に儀式に臨んだよ。姉さんに倣って眼を閉じた。
――熱だ。熱が、あたしを包んだ。
余りの熱さに、眼を開いた。
そしたらそこに――ソイツがいた。燃え盛る炎のような鬣。肉厚で大きな身体。真紅の獅子が、世界に溶けこむように、そこに居た。
ただ、なんとなく解る。
そいつはきっと、あたしだけにしか見えていない。
―・―
「今思えばソイツが精霊ってやつだったんだろうね」
少女は真剣な顔でそう零した。そうして、傍らを見る。
そこに、少女の言う獅子が居るのかもしれないと、そう思わせる仕草だった。
少女は続きを紡いだ。
そうして、筆者は『予想していた通り』、惨状を見たのだと教えてくれた。
―・―
そいつは、こう言った。
《覚悟はあるかい?》、と。
応える間もなかった。無理やりに叩きつけられたのは、目の前に広がる最悪の戦場だった。
兵士たちは倒れ伏していた。死屍累々。槍は折れ、剣が大地に突き立てられていた。
闇だ。
屍の向こうには、闇が居た。
怖くなったよ。動けば、私もそうなると思った。
身動きをとれなくなった私に、紅の獅子はまた問いかけてきた。
《どうする? 引き返してもよいのだよ?》
獅子が、あたしから視線を外した。引き込まれるように、その先を見て。
あたしは、目を見開いた。
《それでも、前に進むかい?》
姉さんを見て、獅子はそう言った。
―・―
彼女の姉は、妹である彼女を危険から遠ざけようとしているのだ、と言った。
それが姉の想いだと、少女も知っていた。
「でも、あたしは――姉さんを、一人にしたくなかったんだ」
と、少女は言った。幾分か誇らしげに。
精霊は、その想いを受け容れたのだろう。その表情から、それが解った。
―・―
――ごめんね、姉さん。
あの時あたしはそう言った。
居てもたっても居られなくて、走って、走って。紅の獅子も一緒に走ってきたよ。
そうして、姉さんに追いついて手を伸ばした。
――姉さんの手、震えてた。
だから。この選択に、悔いはない。
一緒に、行こう。
●イェルバート(ka1772)
分厚いフードが印象的な少年だった。些か抑揚に乏しい口調で、ぽつぽつと話す口ぶり。考え込んだ時の表情を無くした顔などは、どこか作り物めいて見えた。
少年には覚醒者の祖父がいるのだという。少年が事前に契約について訊いた際には、「そりゃあ人それぞれ違うから、自分の眼で確かめてこい」と応えた老人は、中々気風のいい為人のようである。
その背を追って、少年は機導師として、錬金術士組合に所属している、と言った。
一つ一つの言葉を紡ぐ時に考え込む横顔に、未熟なれども理智の香りがあった。
少年は顎に手をあてて、ぽつぽつと、語り始めた。
―・―
気がついたら、仔鹿が立っていた。背は高くなくて、灰色の毛並は艷やかだった。
両眼が異様だった。
黒瞳が、瞬きの度に変わったんだ。橙色に。片眼ずつだったり、両目ともだったり。
次の瞬間には黒に戻ったり……見た目は仔鹿だけど、普通と違う生き物だった。
少しだけ呆気にとられて、小さいな、って。そう思った。
――その事に、気づいたのかな。
仔鹿は耳を動かしながら、尋ねてきた。
『どうすル?』って。
僕はすぐに答えたよ。しゃがんで、握手しようと手も伸べた。
「契約しよう」と。
―・―
少年が、覚醒者として生きる事を考えるようになったのはそう昔の事ではない。
それまではこの世界の一人として、凡庸に生きてきたのだ。これからもそう生きるのだと思っていた。
畑と耕し、羊を導き、祖父を助け――歪虚に怯え。この世界の大多数の、一人として、生きる
それが拓けた時、少年は惑うたのではないか。その世界の広さに、生まれたての仔鹿のように。
―・―
多少なりとも戦える。他国のあちこちを尋ねて、今までと違う世界が見られるかもしれない。
――錬金術士にもなれる。
爺ちゃんと同じ錬金術師に。
だから、契約を望んだ。
すると。
『是』
声が聞こえて――僕は、眼を剥いたよ。
仔鹿の姿が変わってた。灰色の毛並みはそのままに、体格は大きく、角を戴き――金色の両目を持つ雄鹿に。
雄大で、尊厳のある姿に。
―・―
少年の前に現れた精霊。その姿の変容を聞いて、彼が本当に望むものが何かが筆者には解った気がする。
――一説によると、雄鹿が象徴するものは《英知》だと言う。
●チョココ(ka2449)
その少女は幼かった。筆者も眼を疑った程だ。
年の頃は十を数えるくらい。小柄な身体は吹けば飛んでしまうのではないか。
少女は私の姿を認めて、こう言った。
「わたくしを保護しようというのですの? おこですわよ?」
――誤解なきよう改めて記しておくが、筆者は正規の手順を踏んで依頼を出している。
少女は取材だと判ると頷いた。
王国に来たばかりだという少女は笑顔で喫茶店を指し示し、甘味を所望した。
実に少女らしい望みであった。
―・―
わたくしが精霊と契約し、ハンターになった理由。
それは、人探しをする為に、自分の身を守る術が必要だったのですわ。
力無き身では、叶えたいことも、叶えられませんし――こう……子供が一人で出歩いていたら、何かと問題があるでしょう?
両親が死んだ今……わたくしを護ってくれる人は、もう、いないのですから。
―・―
少女は、エルフの生まれである。
森の奥の集落で、自然に寄り添いながら暮らしていたのだそうだ。
彼女が慕う『両親』と、共に。
甘味を頬張る少女の喜びように、幸せな暮らしぶりだったと知れた。
そのままであれば、幼気な少女が森を出る必要などなかっただろう。
ある日、一石が投じられることとなる。
―・―
『両親』から、ある日、教えられたのですわ。
実の両親は別にいること。
わたくしは生後まもなく、今の養父母に預けられた、と……。
隠されていたという事実から、これまでの日々が変わって見えましたし、衝撃のあまり眠れませんでしたわ。
――でも、自分が不幸だとかは思っていませんわ。
養父母……いいえ『両親』はわたくしに惜しみない愛情を注いでくれましたし、幸せでしたの。
その時間に、嘘はなかったのですから。
それも――終わってしまいましたけど。
―・―
少女の『両親』が亡くなった。
死別は分かち難いものだ。ただ、エルフにおける死別とは――と疑念を覚えもしたが、少女は語らなかった。
そして、眼前の少女に聞く気にはなれなかった。
そんな少女に、精霊は手を伸ばしたのだった。
そうして今、少女は旅をしている。
―・―
墓前に供える花を探して森中を歩いていた時、声が聞こえました。
『過去になくした大切なモノ、探しにいこう――』
心の内に響くような声が言う、大切なもの、なくしたものが何かは解りませんでした。
手を差し出されたような気がして……気がついた時、私は覚醒者になっていましたの。
百合のような少女だと筆者は感じた。
打ち解けるには遠く、離れるにも後ろ髪を引く。
背負う影がそうさせるのかもしれない。
両親は既に亡く、今は妹と二人で酒場船を切り盛りしているのだそうだ。
遺されたものは少ない。姉として、娘として。それらを護ろうとする姿が印象的だった。
彼女はこう言っていた。
「逃げるのが嫌、だったんです」
―・―
妹と二人で兼業ハンターの道を選びました。
二人で一緒に儀式を受けにいって、私は、妹より先に儀式に臨んで――。
最初に感じたのは、風。次に草の匂い。
風の向こうから、声がしました。
風の音に紛れて聞き取り難い声は……確かに、《望むか》、と聞いていました。
―・―
契約に臨んだ精霊が問うた事が、只の問いで終わるべくもない。
少女は望むと応えようとした。
精霊は、それを良しとしなかった。
―・―
視界が開いて――私は、言葉を無くしました。
戦争を、目の当たりにしたんです。
グリフォンが空を舞い、装備も見た目もばらばらな人たちが陣を組んでいて。
――たくさんの人が、死んで。
戦士達は疲れ果て、項垂れている。
祖先から伝え聞いてきたお話に似ていたけど――それは本当の戦争でした。
そうして。
《望むか》
また、声がしました。
―・―
怖くなったと少女は言った。妹に手を握られて、震えていることに気づいたと。
――恐らく、精霊の意図通りに。
契約を為す事は、この《覚悟》と分かちがたく結びついている。
精霊の問いは、少女にありふれた日常を思い起こさせた事だろう。
一人の女性として生きる、そんな日常を。
―・―
――同時に、両親の気配が、したんです。
肩を抱かれた気もして。
日常の先にある幸せこそ、両親は望んでいるのかな、と。
そう思いました。
――気がついたら、答えていました。
力を、貸してください。
戦う、力を――って。
……馬鹿だと思います、自分でも。
―・―
「駄目だったんです」と、少女は苦笑していた。
妹に素敵な人ができるまで守ると決めたから、その道は選べなかったのだ、と。
彼女の両親が願っていたであろう事を、精霊は伝えてくれたのだろう。
少女は聡明であった。人の気持ちにも聡い。解らぬ筈もない。
それでも彼女は選んだ。気高くも尊い決意と共に。
だからだろう。
少女は笑っていた。
「……両親には、言葉を伝えられたから、大丈夫です」、と。
● トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)
《役立たず》と名乗った青年は、皮肉げな表情がよく似合った。
青年は筆者の顔を見て嘆息したが、すぐに気を取り直したのか筆者を酒場へと案内した。
その問うような視線に頷きを返した。
ここまでは経費で出る。
それからの青年は実に御機嫌であった。失礼ながらそこに、筆者は青年の影を見た。刹那主義の人間に特徴的な笑みを浮かべていたからだ。
「さて、何時だったかな。夢の中で声が聞こえた。『力が欲しいか』ってな」
青年は酒を呷り、煙草を弄びながら片頬を釣り上げて、続ける。
「だから「欲しい」と答えて――朝起きたら覚醒してたよ」
軋むような笑い声と共にこれで終わりだという青年を前に、真剣に捏造を考えた。
……こんな記事では経費は出まい。
その空気を察したか。青年は口を開いた。空いたグラスを掲げる仕草に、筆者は追加の注文をした。
―・―
前に知り合った奴の話だ。
そいつは帝国生まれの孤児でな。小さい悪事に手を付けて、ある時後ろ暗い組織の使いっ走りになった。
よくある話だ。
ただ、その組織が中々にイカれてたらしい。
――そいつはそこで実験の被験者になった。人体実験、って奴だ。
その時の実験は……嘘か真か精霊の、使役。
信心深いやつなら発狂しそうな話だ。
――大失敗だったそうだぜ。良いことなんてひとつもない。そいつは生きては居るが、色ンな難苦が付き纏っている。
―・―
いつの間にか煙草に火がついていた。甘い香りが席に満ちる。
青年の顔が、どこか厳しさを孕んだ。こつこつと、音が鳴る。指先で机を打つ音だ。
その時初めて、青年が皮の手袋をしている事に気づいた。
夏だというのに。随分と物々しい服装をしているものである。
青年はその手で、エールを呷った。
―・―
ただ、精霊との接触は出来たそうだ。
青い炎を纏った猫だったらしいぜ?
現れたそいつに、じぃ、と見つめられていたそうだ。
見つめられれば見つめられる程に――熱をな、奪われていったそうだ。
凍えて、凍えて、凍えて……氷の中に閉じ込められる、って言ってたな。
そうやって、色んなモンを奪われたそうだ。
―・―
報いって奴かねェ、と。青年は笑っていた。そうして煙草を吸い尽くす。
すぐに、新しい煙草が出てきた。青年は慣れた手付きで火を灯す。
――筆者には、その手がすこしばかり震えているように見えた。
●シメオン・E・グリーヴ(ka1285)
筆者は仕事柄貴族と会食の席につくこともあるが、路傍の石よりもなお軽い扱いを受ける事もある。
貴族の出であるこの少年は違った。麗々たる佇まいに、負うべきを負うという、正しき貴族の在り方が見え、その丁寧な一礼には好感を覚えた。
――彼の兄弟はその全てが覚醒者なのだそうだ。
これほどまでに精霊の覚えがめでたい一族を筆者は知らなかったが、彼の祖父が転移者なのだと聞いて、多少合点がいった。
時勢を思えば、それは彼の一族の、運命なのかもしれない。
月並みな言い方だが、そう思った。
―・―
私が物心ついた頃には、兄達はすでに覚醒者になっていました。
優雅で、聡明で、実直な兄達。彼らに憧れを抱き、同じく覚醒者であった祖父に話を聞きに行くのは、私にとっては自然な事でした。
兄達は皆覚醒していましたが、当家では覚醒は義務ではありません。人ならざるものとの契約に、不安がなかった訳でもありません。
でも、私は契約を選びました。
――護りたいものが有ったからです。
―・―
末弟として生まれた彼には、妹が居る。一家の末子だという。
少年が尊敬する兄達。兄達を追い、支えたいと願う少年。
彼らに見守られながら育った末子である妹を、少年は護りたいと言った。
「その魂を、護りたいのです」と。
筆者はその言葉と、それを告げた少年の横顔に、彼の家に在る祝福を見た。
血の縁よりも、なお尊いものを。
―・―
そうして、私は儀式に臨みました。
精霊に問われた言葉を、今でも覚えています。
「どう在りたいか」、と精霊は問いました。
護る為に、契約に臨んだのです。
兄達を。いつかは、私達と同じように覚醒に至る妹を。
どう在りたいか。その問いに、引き出されるように、感情が立ちました。
――彼らを、一番に癒やしたい。
私の命は家族の、妹の為に。
そして家族が守る民の為に、私は在りたい。
そう応え――契約は、成されました。
―・―
麗々たる、というのは、彼個人の生き方に依る部分が大きいのかもしれない。
癒し手である事を望んだ少年だ。献身を己に課す人間は概して常人ならざる趣を持つ。
彼の一家を取り巻く因縁が、それを醸成しているように思えた。
これは付記になるが。歳相応の少年めいた所もあるようである。
その事に少しばかり安堵を抱いた。
引き込まれるように筆者の話に夢中になった、その内容については記事の性質上、伏せておこう。
●ラミア・マクトゥーム(ka1720)
「取材? 物好きね。いいよ、何を話せばいいの?」
少女はそう言って鷹揚に頷いた。誤解なきよう敢えて記しておくが、筆者は正規の手順を踏んで依頼を出している。
素知らぬ顔をされてそう言われて、面食らった。成程。姉が心配だと告げた理由の一端が見えた気がする。
――兎角、少女は語ってくれた。
―・―
姉さんと一緒に儀式に臨んだよ。姉さんに倣って眼を閉じた。
――熱だ。熱が、あたしを包んだ。
余りの熱さに、眼を開いた。
そしたらそこに――ソイツがいた。燃え盛る炎のような鬣。肉厚で大きな身体。真紅の獅子が、世界に溶けこむように、そこに居た。
ただ、なんとなく解る。
そいつはきっと、あたしだけにしか見えていない。
―・―
「今思えばソイツが精霊ってやつだったんだろうね」
少女は真剣な顔でそう零した。そうして、傍らを見る。
そこに、少女の言う獅子が居るのかもしれないと、そう思わせる仕草だった。
少女は続きを紡いだ。
そうして、筆者は『予想していた通り』、惨状を見たのだと教えてくれた。
―・―
そいつは、こう言った。
《覚悟はあるかい?》、と。
応える間もなかった。無理やりに叩きつけられたのは、目の前に広がる最悪の戦場だった。
兵士たちは倒れ伏していた。死屍累々。槍は折れ、剣が大地に突き立てられていた。
闇だ。
屍の向こうには、闇が居た。
怖くなったよ。動けば、私もそうなると思った。
身動きをとれなくなった私に、紅の獅子はまた問いかけてきた。
《どうする? 引き返してもよいのだよ?》
獅子が、あたしから視線を外した。引き込まれるように、その先を見て。
あたしは、目を見開いた。
《それでも、前に進むかい?》
姉さんを見て、獅子はそう言った。
―・―
彼女の姉は、妹である彼女を危険から遠ざけようとしているのだ、と言った。
それが姉の想いだと、少女も知っていた。
「でも、あたしは――姉さんを、一人にしたくなかったんだ」
と、少女は言った。幾分か誇らしげに。
精霊は、その想いを受け容れたのだろう。その表情から、それが解った。
―・―
――ごめんね、姉さん。
あの時あたしはそう言った。
居てもたっても居られなくて、走って、走って。紅の獅子も一緒に走ってきたよ。
そうして、姉さんに追いついて手を伸ばした。
――姉さんの手、震えてた。
だから。この選択に、悔いはない。
一緒に、行こう。
●イェルバート(ka1772)
分厚いフードが印象的な少年だった。些か抑揚に乏しい口調で、ぽつぽつと話す口ぶり。考え込んだ時の表情を無くした顔などは、どこか作り物めいて見えた。
少年には覚醒者の祖父がいるのだという。少年が事前に契約について訊いた際には、「そりゃあ人それぞれ違うから、自分の眼で確かめてこい」と応えた老人は、中々気風のいい為人のようである。
その背を追って、少年は機導師として、錬金術士組合に所属している、と言った。
一つ一つの言葉を紡ぐ時に考え込む横顔に、未熟なれども理智の香りがあった。
少年は顎に手をあてて、ぽつぽつと、語り始めた。
―・―
気がついたら、仔鹿が立っていた。背は高くなくて、灰色の毛並は艷やかだった。
両眼が異様だった。
黒瞳が、瞬きの度に変わったんだ。橙色に。片眼ずつだったり、両目ともだったり。
次の瞬間には黒に戻ったり……見た目は仔鹿だけど、普通と違う生き物だった。
少しだけ呆気にとられて、小さいな、って。そう思った。
――その事に、気づいたのかな。
仔鹿は耳を動かしながら、尋ねてきた。
『どうすル?』って。
僕はすぐに答えたよ。しゃがんで、握手しようと手も伸べた。
「契約しよう」と。
―・―
少年が、覚醒者として生きる事を考えるようになったのはそう昔の事ではない。
それまではこの世界の一人として、凡庸に生きてきたのだ。これからもそう生きるのだと思っていた。
畑と耕し、羊を導き、祖父を助け――歪虚に怯え。この世界の大多数の、一人として、生きる
それが拓けた時、少年は惑うたのではないか。その世界の広さに、生まれたての仔鹿のように。
―・―
多少なりとも戦える。他国のあちこちを尋ねて、今までと違う世界が見られるかもしれない。
――錬金術士にもなれる。
爺ちゃんと同じ錬金術師に。
だから、契約を望んだ。
すると。
『是』
声が聞こえて――僕は、眼を剥いたよ。
仔鹿の姿が変わってた。灰色の毛並みはそのままに、体格は大きく、角を戴き――金色の両目を持つ雄鹿に。
雄大で、尊厳のある姿に。
―・―
少年の前に現れた精霊。その姿の変容を聞いて、彼が本当に望むものが何かが筆者には解った気がする。
――一説によると、雄鹿が象徴するものは《英知》だと言う。
●チョココ(ka2449)
その少女は幼かった。筆者も眼を疑った程だ。
年の頃は十を数えるくらい。小柄な身体は吹けば飛んでしまうのではないか。
少女は私の姿を認めて、こう言った。
「わたくしを保護しようというのですの? おこですわよ?」
――誤解なきよう改めて記しておくが、筆者は正規の手順を踏んで依頼を出している。
少女は取材だと判ると頷いた。
王国に来たばかりだという少女は笑顔で喫茶店を指し示し、甘味を所望した。
実に少女らしい望みであった。
―・―
わたくしが精霊と契約し、ハンターになった理由。
それは、人探しをする為に、自分の身を守る術が必要だったのですわ。
力無き身では、叶えたいことも、叶えられませんし――こう……子供が一人で出歩いていたら、何かと問題があるでしょう?
両親が死んだ今……わたくしを護ってくれる人は、もう、いないのですから。
―・―
少女は、エルフの生まれである。
森の奥の集落で、自然に寄り添いながら暮らしていたのだそうだ。
彼女が慕う『両親』と、共に。
甘味を頬張る少女の喜びように、幸せな暮らしぶりだったと知れた。
そのままであれば、幼気な少女が森を出る必要などなかっただろう。
ある日、一石が投じられることとなる。
―・―
『両親』から、ある日、教えられたのですわ。
実の両親は別にいること。
わたくしは生後まもなく、今の養父母に預けられた、と……。
隠されていたという事実から、これまでの日々が変わって見えましたし、衝撃のあまり眠れませんでしたわ。
――でも、自分が不幸だとかは思っていませんわ。
養父母……いいえ『両親』はわたくしに惜しみない愛情を注いでくれましたし、幸せでしたの。
その時間に、嘘はなかったのですから。
それも――終わってしまいましたけど。
―・―
少女の『両親』が亡くなった。
死別は分かち難いものだ。ただ、エルフにおける死別とは――と疑念を覚えもしたが、少女は語らなかった。
そして、眼前の少女に聞く気にはなれなかった。
そんな少女に、精霊は手を伸ばしたのだった。
そうして今、少女は旅をしている。
―・―
墓前に供える花を探して森中を歩いていた時、声が聞こえました。
『過去になくした大切なモノ、探しにいこう――』
心の内に響くような声が言う、大切なもの、なくしたものが何かは解りませんでした。
手を差し出されたような気がして……気がついた時、私は覚醒者になっていましたの。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/18 19:05:38 |