ゲスト
(ka0000)
【深棲】窮鼠は猫に噛みつけない
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/26 22:00
- 完成日
- 2014/08/06 21:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
何かがおかしい。
いつものように漁に出るため、漁船を停めてある入り江に続く山道を歩きながら、漁師は違和感を感じていた。
漁師としての勘が囁く。背中に得体のしれない焦燥を感じる。
漁師は早足になった。一刻も早く、子供の頃から慣れ親しんでいる、あの入り江の様子を確かめたかった。
入り江に近づくほどに、違和感は増していく。妙に大きな音も聞こえる。ばしゃばしゃと、魚の跳ねるような音。常日頃から聞いている、網にかかった魚の暴れるあの音に酷似していた。
聞き慣れたはずのその音が、しかし聞いたことがないほどの轟音となって大気を揺らしている。心なしか、足元すら揺れているような気さえした。
思わず、漁師は駆け出していた。すぐに山道の先に光が見え、そして、
「な、なんだこりゃ……」
漁師は、言葉を失って立ち尽くした。
目の前に広がる、見慣れたはずの入り江には、見たこともない光景が広がっていた。
海面を埋め尽くす、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魚の大群。それが外海から入り江に向けて、何かから逃げるように一直線に進んできているのだ。異様な音は、あまりの数に海面に押し出された魚の跳ねる音だった。足の速い魚はすでに海岸に辿り着いていて、砂浜に打ち上げられてぐったりしている。
何かが起こっている。
漁師はこのことを報告するため、急いで踵を返そうとした。
しかし、呆けていた時間が、あまりに長すぎた。
だから、目の端に見てしまった。
長々と列なる魚の群れの、その最後尾。
海面から、何かが顔を出している。
――ぐにゃりと歪んだ乳白色の巨大な目玉。その目が静かに、こちらを見つめている。
漁師は悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。
●
受付嬢は努めて冷静に、ハンターたちに声を向ける。
「とある入り江に、海面を埋め尽くすほどの魚の群れが現れたとの報告が届いています。そしてその背後には、左右非対称の禍々しい姿を持つ魔物の姿があったとのことです。目撃情報から、これは狂気の歪虚である可能性が極めて高く、その場合、入り江という限定された空間に大量の生物が閉じ込められているという状況は非常にまずいと思われます。すでにそれなりの時間が経過してしまいました。魚の群れは水中の酸素を吸い尽くし、もはや死は免れないでしょう。大量の死骸に歪虚が影響してしまった場合、どうなるのか予測がつきません。……幸いにも、魚の群れは漁師の方にとって宝の山であるらしく、ハンターの護衛付きであれば協力してもいいと申し出てくれました漁師の方が数人おられます。彼らと協力し、歪虚の殲滅、及び魚の回収をお願い致します」
いつものように漁に出るため、漁船を停めてある入り江に続く山道を歩きながら、漁師は違和感を感じていた。
漁師としての勘が囁く。背中に得体のしれない焦燥を感じる。
漁師は早足になった。一刻も早く、子供の頃から慣れ親しんでいる、あの入り江の様子を確かめたかった。
入り江に近づくほどに、違和感は増していく。妙に大きな音も聞こえる。ばしゃばしゃと、魚の跳ねるような音。常日頃から聞いている、網にかかった魚の暴れるあの音に酷似していた。
聞き慣れたはずのその音が、しかし聞いたことがないほどの轟音となって大気を揺らしている。心なしか、足元すら揺れているような気さえした。
思わず、漁師は駆け出していた。すぐに山道の先に光が見え、そして、
「な、なんだこりゃ……」
漁師は、言葉を失って立ち尽くした。
目の前に広がる、見慣れたはずの入り江には、見たこともない光景が広がっていた。
海面を埋め尽くす、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魚の大群。それが外海から入り江に向けて、何かから逃げるように一直線に進んできているのだ。異様な音は、あまりの数に海面に押し出された魚の跳ねる音だった。足の速い魚はすでに海岸に辿り着いていて、砂浜に打ち上げられてぐったりしている。
何かが起こっている。
漁師はこのことを報告するため、急いで踵を返そうとした。
しかし、呆けていた時間が、あまりに長すぎた。
だから、目の端に見てしまった。
長々と列なる魚の群れの、その最後尾。
海面から、何かが顔を出している。
――ぐにゃりと歪んだ乳白色の巨大な目玉。その目が静かに、こちらを見つめている。
漁師は悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。
●
受付嬢は努めて冷静に、ハンターたちに声を向ける。
「とある入り江に、海面を埋め尽くすほどの魚の群れが現れたとの報告が届いています。そしてその背後には、左右非対称の禍々しい姿を持つ魔物の姿があったとのことです。目撃情報から、これは狂気の歪虚である可能性が極めて高く、その場合、入り江という限定された空間に大量の生物が閉じ込められているという状況は非常にまずいと思われます。すでにそれなりの時間が経過してしまいました。魚の群れは水中の酸素を吸い尽くし、もはや死は免れないでしょう。大量の死骸に歪虚が影響してしまった場合、どうなるのか予測がつきません。……幸いにも、魚の群れは漁師の方にとって宝の山であるらしく、ハンターの護衛付きであれば協力してもいいと申し出てくれました漁師の方が数人おられます。彼らと協力し、歪虚の殲滅、及び魚の回収をお願い致します」
リプレイ本文
数千、下手をすれば数万にも達しようかという魚が、その入り江に大挙する。そしてそれらが、互いに押し合いへし合い体をぶつけあって、時には宙に舞いながら我武者羅に前に進もうとするものだから、海は荒れに荒れてバシャバシャと凄まじい音を発していた。
端的に言って、それは異様な光景だった。ライル・ギルバート(ka2077)は乗用にペットの馬を連れてきていたのだが、馬はその音にすっかり怯えてしまい、浜辺の入り口から前に進もうとしてくれなかった。馬で駆け回るには不向きな、サラサラと細かい砂に覆われた砂浜であることも恐怖を煽る一因だろう。
「うはー。この光景だけでも、ネタになりそうですねえ」
この尋常ならざる光景を前に、アシュリー・クロウ(ka1354)は早速とメモを片手に目を輝かせる。
「すげぇ魚の量だな。これだけありゃ当分は食っていけそうだな」
飄 凪(ka0592)はもの珍しそうに視線を巡らせ、その手に抱いた二匹の猫はうずうずそわそわと充満した魚の臭いに鼻をひくつかせている。
とはいえ、呑気なことは言っていられない。魚は新鮮さが命、と言わんばかりに、ハンター達の後に付いてきていた屈強な男たちが、各々漁の準備を始める。投網にタモ網、魚を入れる木箱は積めるだけ積み上げられ、更に漁師仲間が追加の木箱を持ってくる算段になっている。
実動隊の漁師は五人。そしてハンター達は、そのそれぞれに一人の護衛をつけることになっている。
「魚の回収が終わるまで私達が護衛するね。大船とは言わないけど任せて」
護衛役の一人、ティアナ・アナスタシア(ka0546)が、漁師の不安を取り除くように元気に先頭に立つ。
如何に屈強な肉体を持っている海の男達とはいえ、歪虚には手も足も出ない。金と命を天秤に掛けるにも、それなりの勇気がいるはずだ。
「お嬢様、イルミナルは今日も人の役に立ちたいと思いますわ」
イルミナル(ka0649)も同じく、漁師の前に立つ。
「狂気の歪虚……貴方達は、どれぐらい強いんでしょうかね? 楽しめればいいのですが」
フィル・サリヴァン(ka1155)も同じく前に出て、海の向こうに潜む脅威に向けて若干のワクワクを押し隠せない様子で呟いた。
そして凪、アシュリーと護衛役は前に出て、担当の漁師を適当に決める。そして自分たちから余り離れないこと、危険が近づけば出来る限り逃げることを漁師に了承させ、十人の大所帯は海に向けて歩いて行く。
「さて、まずは敵を見つけないとな」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)は、水中銃の弾倉を陸上のものに換装しながら海の向こうに目を凝らす。どこかに、目玉が浮かんでいるはずだ。まずは、そいつを遠距離から仕留めて数を減らす。上手く行けば、他の歪虚の興味も引けるかもしれない。漁師の身を安全を考えればこそ、先制攻撃には利点しか無い。
「……向こうに、それらしき影は見えるのですが」
少し悲しそうに海を眺めていたルナ・クリストファー(ka2140)は、持ち前の鋭敏な視覚で以って、海の向こうに何か白っぽいものが浮かんでいる事に気がついた。
「まだ遠くにいるな。近場の援護は任せて、奴らの土手っ腹に風穴開けてやるといい」
すっかり怯えてしまった馬を近くの木に繋ぎ、ライルはチャクラムの切れ味を確かめる。相手が軟体ならば、斬るという攻撃はよく効くはずだ。
「おう、わざわざ近づいてくるまで待つ必要もないしな。ちょっと行ってくるぜ」
レイオスはいつでも援護に戻れる距離を保つことを意識して、少しでも歪虚に近づける桟橋へと向かう。
「あ、私もお手伝いできるかもしれません」
そこで、漁師を守りつつ遠距離攻撃のできるルナが、レイオスのカバーに入ることにした。桟橋からならば、戦場全体を見渡し、援護を行うことも可能だろう。
浜辺では、漁師が魚の群れに向けて投網を始めるところだった。
●
レイオスは桟橋に立って、徐々に近づいてくる乳白色の巨大な目玉に照準を合わせる。海にぽっかり浮かぶ歪んだ目玉にはうっすらと青い色が混ざり、絶えずぎょろぎょろと不規則に動き、何を見ているかすら分からない。ともすれば、あれは目玉の役目を果たしているのだろうかという疑問すら沸き上がってくる。
「ああもう、気色悪いやつだな」
見ているだけで、心に嫌な波が立つようだ。小さくこみ上げる吐き気を抑え、レイオスは引き金を絞る指に力を入れた。
「ブルズアイだ!」
乾いた破裂音が、入り江に響く。ほぼ同時に、歪虚の目玉に小さな点が穿たれた。
穴から、青い体液がどっと噴出す。一瞬の間を置き、耳を劈く不愉快極まりない金切り音が、歪虚の口から信じられない音量で吐出される。
「く……っ!」
ルナは、耳をふさいでその場に蹲ってしまいたかった。しかし、歪虚の目は先程までの不安定さから一転、ぐるりとこちらの姿を捉えている。
意を決し、ルナは魔力を杖の先に集中した。自分の役目は、レイオスをサポートし漁師を守ることだ。ここで臆していてはその役目は果たせない。
目を開き、真っ直ぐに歪虚を見つめ、ルナは魔力を解き放つ。迸るエネルギーは光の尾を引いて歪虚へと叩きつけられた。炸裂し、広がった衝撃は歪虚の体を強烈に打ち据え、レイオスの一撃で穿たれた穴からひび割れた体は粉々に砕け散る。
吹き飛んだ肉片は風に晒され、見る間に空気に溶けて消えた。
「……これで、一匹ですね」
しかし、ホッとして入られない。消えた歪虚の後を継ぐように、海を割って別の歪虚が海面に目玉を現した。その目は確実に、レイオスとルナを凝視していて――どうやら、作戦はうまく行っているようだ。
●
「はー、あれが狂気の歪虚ですかぁ」
興味深いです、と腰まで海に浸かったアシュリーは遠くの光景に目を凝らす。しかし、海面を覆う魚の動向にも、間違いなく注視していた。
魚の動きで歪虚の位置を察知する。その方法は、アシュリー、イルミナル、レイオスの提案だった。魚が歪虚から逃げているなら、歪虚に対して何らかのリアクションを取るだろうという想定だ。
護衛役のハンター達の後ろで、漁師は引っ切り無しに網を放っていた。額に汗を流し、筋肉を隆起させ、浜辺と入り口の木箱を何度も往復している。
だが、見たところ魚が減った様子は見られない。これは、相当根気のいる作業になりそうだった。
「よし、行け。ティグ、リオン」
「ニャ!」
「ミャ!」
浜辺では、護衛の漁師に付き添いながら、凪がペットの猫に索敵を頼んでいるところだった。凪の意図を理解しているのかいないのか、猫は元気よく返事をすると、心配そうに見つめる凪の視線の先で浜辺に打ち上がった魚にかぶり付くべく駆けて行った。
「さて、来るならそろそろですかね」
フィルはどことなく楽しそうに、漁師の護衛をしながらも遠くの歪虚を眺めている。すでに背中から下ろしたハルバードを肩に乗せ、いつでも動けるように覚醒の瞬間を待っている。
ライルは、漁師の邪魔にならない程度に全体の見渡せる浜辺に待機している。
「漁師さん、気をつけてね」
背後で作業に勤しむ漁師に、ティアナは元気に声をかける。万が一のときに壁となるため、ティアナも腰まで海に浸かっている。
「あら?」
浴衣を脱ぎ捨て、借りてきたウェットスーツで肢体を包み漁師の手伝いをしていたイルミナルが、何かに気付く。急に、魚の動きが変わった気がした。
「皆さん!」
イルミナルの声に、全員が瞬時に覚醒した。同時に、海を覆う魚の一角が大きく盛り上がり、飛び出した触腕が鉤爪で幾匹もの魚を両断していく。
「敵が動いたか……! 水中戦は初めてだが、やるしかあるまい」
「あら、ティアナ様、その口調は……?」
「うむ、我の覚醒の特徴よ。捨て置け」
「ふむー、ティアナさんの覚醒はそんなかんじなんですねえ」
少し場違いな会話とは裏腹に、ハンター達は即座に攻撃の準備を整えていた。遠距離攻撃を持つティアナとイルミナルは、魚を掻き分けて浮上した乳白色の物体に、遠慮のない一撃を加える。
「行くぞ、ホーリーライト!」
「蜂の巣にして差し上げますわ!」
光の球が軌跡を残して歪虚へと飛び、その横ではイルミナルが小型の拳銃の引き金を引く。
まず命中したのは、数発の弾丸。柔らかい体へ吸い込まれた鉛球は、容易く穴を穿つ。そして追って叩きつけられた光球は、歪虚に触れると同時に光をまき散らして弾け飛び、銃創から捻り込まれた衝撃が歪虚の体を吹き飛ばす。しかし、体の大部分を失いながら、歪虚は背中の触腕をむちゃくちゃに振り回して周囲の魚を切り刻み始めた。
「随分タフ、と。後世に、書き記してあげますよ」
アシュリーは、歪虚の前に大きく踏み込んでいた。相手が手負いなら、確実に倒す。そんな気概を込めて、手にした剣を強く鋭く、勢いに乗せて思い切り振り下ろす。
触腕を振り回す歪虚に無理に近づけば、その先端についた鉤爪全てを躱すことは出来なかったが――アシュリーの剣は正確に歪虚の体を両断し、歪虚は、断末魔を残して海に溶けるように消えていった。
「ニャア! ニャア!」
浜辺では、凪の猫がしきりに海に向けて鳴いていた。
「こっちからも来やがったか!」
凪の視線の先で、魚が逆巻き歪虚が姿を現す。すかさず、凪は手に持ったドリルの回転数を上げていく。
「おや、どうやらこちらの方が盛況のようで」
楽しそうに言うフィルの見つめる先で、更に三匹の歪虚が触腕を振りかざしていた。
「関係ねえな! 悪いが漁師のおっさんたちを守るためだ、全部まとめてぶっ飛ばしてやんよ!」
叫び、凪は一番手前の歪虚目掛けて飛び出した。手にしたドリルは大気を巻き込んで唸りを上げ、凪は歪虚に向けて、強烈な踏み込みを乗せた一撃を放つ。
「俺のドリルが高速回転! お前を抉れと限界駆動! 魔導ドリルスラスター!」
突き出したドリルは、過たず歪虚の目玉を貫く。青い体液と肉片が飛び散り、歪虚は大きく叫び声を上げる。
「ぬおおっ!」
だが、そんなことで凪は止まらない。力の限りドリルを押し込み、目玉をガリガリと抉っていく。歪虚も抵抗し、触腕や鋭い牙の並ぶ口で凪に攻撃を仕掛けるが――そんなことは関係ない。
「ヒットォ! ブレイクゥ!」
ドリルは歪虚の頭部をぶち抜いた。頭部を失った歪虚は力ない声をあげ、ビクビクと震える。
「では、止めは私が」
大きく振るわれたハルバードが、残った歪虚の体を二つに分ける。
「こんなものですか」
フィルは残念そうに、溶けていく歪虚を見つめていたが、すぐに気を取り直して残りの歪虚に目を向け、武器を手に飛びかかる。
「少しは、楽しませてくださいよ!」
マテリアルを込められた長柄の一撃は、軽々と歪虚の頭を吹き飛ばす。カウンターに振るわれた触腕を受けるも、そのまま二度三度と楽しそうな笑顔とともに振るわれた凶刃は、容易くその命を刈り取った。
残った歪虚は、目の前の仲間の死に怒りを感じているのか、不快な叫びを上げて二人に遅いかかる。
「助太刀するぞ!」
と、そこに飛来したチャクラムが、歪虚の目玉に突き刺さる。次いで飛び出したライルが、チャクラムによって開いた亀裂に短剣を滑りこませ、
「ふんっ!」
そのまま短剣を力づくで振り切って、歪虚の頭を切り飛ばす。その際、触腕がライルの肩を斬りつけるが、それも致命傷にはなりえない。ライルはそのまま歪虚に張り付き、突き刺さったままのチャクラムに手を掛ける。そしてもう一度、今度はチャクラムを振り切った。
残ったのは、一匹の歪虚。こちらは三人。すでに、負ける要素は無い。
●
レイオスとルナの引きつけた歪虚は、ゆらゆらと泳いでこちらに辿り着く前にかなりの数を倒すことが出来た。しかし今、桟橋に一体の歪虚がのそりと這い上がる。恐らくは、最後の一体。レイオスは弾の切れた銃を脇に置き、腰に下げた刀を引き抜いてルナの前に出る。
ルナは杖を構え、いつでもレイオスの援護に入ることのできる体勢だ。
歪虚の耳障りな声は、相変わらず集中力を削ってくる。しかし構わず、レイオスは守りを捨てた構えを取った。
一気呵成。それが、ここでの最善手に思われた。
襲い来る触腕に体力を削られながらも、レイオスは大きく踏み込みマテリアルを込めた刀で以って歪虚の目玉に深い亀裂を刻む。
立て続けに、ルナは魔法の矢を放つ。瞬時に飛び退ったレイオスを掠めるように、矢はエネルギーの残滓を残しながら歪虚の体に潜り込み――断末魔を上げる為に大きく開かれた口ごと、歪虚を内側から粉々に引き裂いた。
●
日が沈むまで魚を取り続け、空に星が瞬く頃、ようやく入り江は静けさを取り戻した。
「さあ、折角頂いたのだから、活きのいいときに食べようよ」
「そうですね、腐らせるのももったいないですし」
満点の星空のもと、漁師から大量に分けてもらった魚でハンター達は宴会を開くことにした。
「こういうサッパリとした食べ方もいいものだぜ」
「おお、これが歪虚すら虜とする魚の味……! 絶品ですねえ、お酒が……いえ、筆が進みます!」
「あ、おいしいです!」
「ホントだ、これは止まらない」
「ティアナ様の目の前の料理が、次々と消えていきますわ……!」
ついでに分けてもらった調味料でレイオスが作った魚のマリネは、女性陣に大好評だった。
「分かってねえなあ、こういうのはシンプルが一番なんだよ」
「うむ、全くだ」
「私は、美味しければなんでも」
男連中は、焚き火を囲んで串焼きにした魚に舌鼓を打つ。凪の猫たちは、ほぐしてもらった身をガツガツと頬張り、にゃあと満足そうだ。ライルの馬は流石に魚は食べられないが、どことなく、羨ましそうにこちらを見ていた。
酒盛りと宴会は、そうしてしばらく続いていった。
ハンター達の勝ち取った、平和な時間。それはゆっくりと、月明かりに照らされて流れていく。命を張って全てを守り通した彼らを、祝福するように。
端的に言って、それは異様な光景だった。ライル・ギルバート(ka2077)は乗用にペットの馬を連れてきていたのだが、馬はその音にすっかり怯えてしまい、浜辺の入り口から前に進もうとしてくれなかった。馬で駆け回るには不向きな、サラサラと細かい砂に覆われた砂浜であることも恐怖を煽る一因だろう。
「うはー。この光景だけでも、ネタになりそうですねえ」
この尋常ならざる光景を前に、アシュリー・クロウ(ka1354)は早速とメモを片手に目を輝かせる。
「すげぇ魚の量だな。これだけありゃ当分は食っていけそうだな」
飄 凪(ka0592)はもの珍しそうに視線を巡らせ、その手に抱いた二匹の猫はうずうずそわそわと充満した魚の臭いに鼻をひくつかせている。
とはいえ、呑気なことは言っていられない。魚は新鮮さが命、と言わんばかりに、ハンター達の後に付いてきていた屈強な男たちが、各々漁の準備を始める。投網にタモ網、魚を入れる木箱は積めるだけ積み上げられ、更に漁師仲間が追加の木箱を持ってくる算段になっている。
実動隊の漁師は五人。そしてハンター達は、そのそれぞれに一人の護衛をつけることになっている。
「魚の回収が終わるまで私達が護衛するね。大船とは言わないけど任せて」
護衛役の一人、ティアナ・アナスタシア(ka0546)が、漁師の不安を取り除くように元気に先頭に立つ。
如何に屈強な肉体を持っている海の男達とはいえ、歪虚には手も足も出ない。金と命を天秤に掛けるにも、それなりの勇気がいるはずだ。
「お嬢様、イルミナルは今日も人の役に立ちたいと思いますわ」
イルミナル(ka0649)も同じく、漁師の前に立つ。
「狂気の歪虚……貴方達は、どれぐらい強いんでしょうかね? 楽しめればいいのですが」
フィル・サリヴァン(ka1155)も同じく前に出て、海の向こうに潜む脅威に向けて若干のワクワクを押し隠せない様子で呟いた。
そして凪、アシュリーと護衛役は前に出て、担当の漁師を適当に決める。そして自分たちから余り離れないこと、危険が近づけば出来る限り逃げることを漁師に了承させ、十人の大所帯は海に向けて歩いて行く。
「さて、まずは敵を見つけないとな」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)は、水中銃の弾倉を陸上のものに換装しながら海の向こうに目を凝らす。どこかに、目玉が浮かんでいるはずだ。まずは、そいつを遠距離から仕留めて数を減らす。上手く行けば、他の歪虚の興味も引けるかもしれない。漁師の身を安全を考えればこそ、先制攻撃には利点しか無い。
「……向こうに、それらしき影は見えるのですが」
少し悲しそうに海を眺めていたルナ・クリストファー(ka2140)は、持ち前の鋭敏な視覚で以って、海の向こうに何か白っぽいものが浮かんでいる事に気がついた。
「まだ遠くにいるな。近場の援護は任せて、奴らの土手っ腹に風穴開けてやるといい」
すっかり怯えてしまった馬を近くの木に繋ぎ、ライルはチャクラムの切れ味を確かめる。相手が軟体ならば、斬るという攻撃はよく効くはずだ。
「おう、わざわざ近づいてくるまで待つ必要もないしな。ちょっと行ってくるぜ」
レイオスはいつでも援護に戻れる距離を保つことを意識して、少しでも歪虚に近づける桟橋へと向かう。
「あ、私もお手伝いできるかもしれません」
そこで、漁師を守りつつ遠距離攻撃のできるルナが、レイオスのカバーに入ることにした。桟橋からならば、戦場全体を見渡し、援護を行うことも可能だろう。
浜辺では、漁師が魚の群れに向けて投網を始めるところだった。
●
レイオスは桟橋に立って、徐々に近づいてくる乳白色の巨大な目玉に照準を合わせる。海にぽっかり浮かぶ歪んだ目玉にはうっすらと青い色が混ざり、絶えずぎょろぎょろと不規則に動き、何を見ているかすら分からない。ともすれば、あれは目玉の役目を果たしているのだろうかという疑問すら沸き上がってくる。
「ああもう、気色悪いやつだな」
見ているだけで、心に嫌な波が立つようだ。小さくこみ上げる吐き気を抑え、レイオスは引き金を絞る指に力を入れた。
「ブルズアイだ!」
乾いた破裂音が、入り江に響く。ほぼ同時に、歪虚の目玉に小さな点が穿たれた。
穴から、青い体液がどっと噴出す。一瞬の間を置き、耳を劈く不愉快極まりない金切り音が、歪虚の口から信じられない音量で吐出される。
「く……っ!」
ルナは、耳をふさいでその場に蹲ってしまいたかった。しかし、歪虚の目は先程までの不安定さから一転、ぐるりとこちらの姿を捉えている。
意を決し、ルナは魔力を杖の先に集中した。自分の役目は、レイオスをサポートし漁師を守ることだ。ここで臆していてはその役目は果たせない。
目を開き、真っ直ぐに歪虚を見つめ、ルナは魔力を解き放つ。迸るエネルギーは光の尾を引いて歪虚へと叩きつけられた。炸裂し、広がった衝撃は歪虚の体を強烈に打ち据え、レイオスの一撃で穿たれた穴からひび割れた体は粉々に砕け散る。
吹き飛んだ肉片は風に晒され、見る間に空気に溶けて消えた。
「……これで、一匹ですね」
しかし、ホッとして入られない。消えた歪虚の後を継ぐように、海を割って別の歪虚が海面に目玉を現した。その目は確実に、レイオスとルナを凝視していて――どうやら、作戦はうまく行っているようだ。
●
「はー、あれが狂気の歪虚ですかぁ」
興味深いです、と腰まで海に浸かったアシュリーは遠くの光景に目を凝らす。しかし、海面を覆う魚の動向にも、間違いなく注視していた。
魚の動きで歪虚の位置を察知する。その方法は、アシュリー、イルミナル、レイオスの提案だった。魚が歪虚から逃げているなら、歪虚に対して何らかのリアクションを取るだろうという想定だ。
護衛役のハンター達の後ろで、漁師は引っ切り無しに網を放っていた。額に汗を流し、筋肉を隆起させ、浜辺と入り口の木箱を何度も往復している。
だが、見たところ魚が減った様子は見られない。これは、相当根気のいる作業になりそうだった。
「よし、行け。ティグ、リオン」
「ニャ!」
「ミャ!」
浜辺では、護衛の漁師に付き添いながら、凪がペットの猫に索敵を頼んでいるところだった。凪の意図を理解しているのかいないのか、猫は元気よく返事をすると、心配そうに見つめる凪の視線の先で浜辺に打ち上がった魚にかぶり付くべく駆けて行った。
「さて、来るならそろそろですかね」
フィルはどことなく楽しそうに、漁師の護衛をしながらも遠くの歪虚を眺めている。すでに背中から下ろしたハルバードを肩に乗せ、いつでも動けるように覚醒の瞬間を待っている。
ライルは、漁師の邪魔にならない程度に全体の見渡せる浜辺に待機している。
「漁師さん、気をつけてね」
背後で作業に勤しむ漁師に、ティアナは元気に声をかける。万が一のときに壁となるため、ティアナも腰まで海に浸かっている。
「あら?」
浴衣を脱ぎ捨て、借りてきたウェットスーツで肢体を包み漁師の手伝いをしていたイルミナルが、何かに気付く。急に、魚の動きが変わった気がした。
「皆さん!」
イルミナルの声に、全員が瞬時に覚醒した。同時に、海を覆う魚の一角が大きく盛り上がり、飛び出した触腕が鉤爪で幾匹もの魚を両断していく。
「敵が動いたか……! 水中戦は初めてだが、やるしかあるまい」
「あら、ティアナ様、その口調は……?」
「うむ、我の覚醒の特徴よ。捨て置け」
「ふむー、ティアナさんの覚醒はそんなかんじなんですねえ」
少し場違いな会話とは裏腹に、ハンター達は即座に攻撃の準備を整えていた。遠距離攻撃を持つティアナとイルミナルは、魚を掻き分けて浮上した乳白色の物体に、遠慮のない一撃を加える。
「行くぞ、ホーリーライト!」
「蜂の巣にして差し上げますわ!」
光の球が軌跡を残して歪虚へと飛び、その横ではイルミナルが小型の拳銃の引き金を引く。
まず命中したのは、数発の弾丸。柔らかい体へ吸い込まれた鉛球は、容易く穴を穿つ。そして追って叩きつけられた光球は、歪虚に触れると同時に光をまき散らして弾け飛び、銃創から捻り込まれた衝撃が歪虚の体を吹き飛ばす。しかし、体の大部分を失いながら、歪虚は背中の触腕をむちゃくちゃに振り回して周囲の魚を切り刻み始めた。
「随分タフ、と。後世に、書き記してあげますよ」
アシュリーは、歪虚の前に大きく踏み込んでいた。相手が手負いなら、確実に倒す。そんな気概を込めて、手にした剣を強く鋭く、勢いに乗せて思い切り振り下ろす。
触腕を振り回す歪虚に無理に近づけば、その先端についた鉤爪全てを躱すことは出来なかったが――アシュリーの剣は正確に歪虚の体を両断し、歪虚は、断末魔を残して海に溶けるように消えていった。
「ニャア! ニャア!」
浜辺では、凪の猫がしきりに海に向けて鳴いていた。
「こっちからも来やがったか!」
凪の視線の先で、魚が逆巻き歪虚が姿を現す。すかさず、凪は手に持ったドリルの回転数を上げていく。
「おや、どうやらこちらの方が盛況のようで」
楽しそうに言うフィルの見つめる先で、更に三匹の歪虚が触腕を振りかざしていた。
「関係ねえな! 悪いが漁師のおっさんたちを守るためだ、全部まとめてぶっ飛ばしてやんよ!」
叫び、凪は一番手前の歪虚目掛けて飛び出した。手にしたドリルは大気を巻き込んで唸りを上げ、凪は歪虚に向けて、強烈な踏み込みを乗せた一撃を放つ。
「俺のドリルが高速回転! お前を抉れと限界駆動! 魔導ドリルスラスター!」
突き出したドリルは、過たず歪虚の目玉を貫く。青い体液と肉片が飛び散り、歪虚は大きく叫び声を上げる。
「ぬおおっ!」
だが、そんなことで凪は止まらない。力の限りドリルを押し込み、目玉をガリガリと抉っていく。歪虚も抵抗し、触腕や鋭い牙の並ぶ口で凪に攻撃を仕掛けるが――そんなことは関係ない。
「ヒットォ! ブレイクゥ!」
ドリルは歪虚の頭部をぶち抜いた。頭部を失った歪虚は力ない声をあげ、ビクビクと震える。
「では、止めは私が」
大きく振るわれたハルバードが、残った歪虚の体を二つに分ける。
「こんなものですか」
フィルは残念そうに、溶けていく歪虚を見つめていたが、すぐに気を取り直して残りの歪虚に目を向け、武器を手に飛びかかる。
「少しは、楽しませてくださいよ!」
マテリアルを込められた長柄の一撃は、軽々と歪虚の頭を吹き飛ばす。カウンターに振るわれた触腕を受けるも、そのまま二度三度と楽しそうな笑顔とともに振るわれた凶刃は、容易くその命を刈り取った。
残った歪虚は、目の前の仲間の死に怒りを感じているのか、不快な叫びを上げて二人に遅いかかる。
「助太刀するぞ!」
と、そこに飛来したチャクラムが、歪虚の目玉に突き刺さる。次いで飛び出したライルが、チャクラムによって開いた亀裂に短剣を滑りこませ、
「ふんっ!」
そのまま短剣を力づくで振り切って、歪虚の頭を切り飛ばす。その際、触腕がライルの肩を斬りつけるが、それも致命傷にはなりえない。ライルはそのまま歪虚に張り付き、突き刺さったままのチャクラムに手を掛ける。そしてもう一度、今度はチャクラムを振り切った。
残ったのは、一匹の歪虚。こちらは三人。すでに、負ける要素は無い。
●
レイオスとルナの引きつけた歪虚は、ゆらゆらと泳いでこちらに辿り着く前にかなりの数を倒すことが出来た。しかし今、桟橋に一体の歪虚がのそりと這い上がる。恐らくは、最後の一体。レイオスは弾の切れた銃を脇に置き、腰に下げた刀を引き抜いてルナの前に出る。
ルナは杖を構え、いつでもレイオスの援護に入ることのできる体勢だ。
歪虚の耳障りな声は、相変わらず集中力を削ってくる。しかし構わず、レイオスは守りを捨てた構えを取った。
一気呵成。それが、ここでの最善手に思われた。
襲い来る触腕に体力を削られながらも、レイオスは大きく踏み込みマテリアルを込めた刀で以って歪虚の目玉に深い亀裂を刻む。
立て続けに、ルナは魔法の矢を放つ。瞬時に飛び退ったレイオスを掠めるように、矢はエネルギーの残滓を残しながら歪虚の体に潜り込み――断末魔を上げる為に大きく開かれた口ごと、歪虚を内側から粉々に引き裂いた。
●
日が沈むまで魚を取り続け、空に星が瞬く頃、ようやく入り江は静けさを取り戻した。
「さあ、折角頂いたのだから、活きのいいときに食べようよ」
「そうですね、腐らせるのももったいないですし」
満点の星空のもと、漁師から大量に分けてもらった魚でハンター達は宴会を開くことにした。
「こういうサッパリとした食べ方もいいものだぜ」
「おお、これが歪虚すら虜とする魚の味……! 絶品ですねえ、お酒が……いえ、筆が進みます!」
「あ、おいしいです!」
「ホントだ、これは止まらない」
「ティアナ様の目の前の料理が、次々と消えていきますわ……!」
ついでに分けてもらった調味料でレイオスが作った魚のマリネは、女性陣に大好評だった。
「分かってねえなあ、こういうのはシンプルが一番なんだよ」
「うむ、全くだ」
「私は、美味しければなんでも」
男連中は、焚き火を囲んで串焼きにした魚に舌鼓を打つ。凪の猫たちは、ほぐしてもらった身をガツガツと頬張り、にゃあと満足そうだ。ライルの馬は流石に魚は食べられないが、どことなく、羨ましそうにこちらを見ていた。
酒盛りと宴会は、そうしてしばらく続いていった。
ハンター達の勝ち取った、平和な時間。それはゆっくりと、月明かりに照らされて流れていく。命を張って全てを守り通した彼らを、祝福するように。
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相談用掲示板 ルナ・クリストファー(ka2140) エルフ|13才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/07/26 20:31:09 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/22 23:33:10 |