ゲスト
(ka0000)
【闇光】赤い箱舟を追われて
マスター:鳥間あかよし

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/05 19:00
- 完成日
- 2015/11/04 19:25
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
赤ん坊が泣き叫ぶのは、生まれ落ちたこの世へ絶望したからだという。
●某日
LH044脱出事件難民のリゼリオ移住第一団が決行された。
目的は異文化融和による安全保障増強。
経緯について司令部は沈黙を貫いている。
●電波ジャック
「……移住者の生活はサルヴァトーレ・ロッソおよびハンターズギルドによって保障されます。現地の係員に従い、居住地へ移動してください」
街頭モニターのアナウンサーをあなたは見上げていた。
背広を着た紳士が粛々と避難の注意事項を読み上げるなか、重い荷を背負った群集が、牛の群れのように通りを行進していた。
彼らにはリゼリオにあるハンターズギルド私有地が与えられ、十分な生活保障がなされる。それでもなお文化の違いによる生活レベルの低下はまぬがれえぬものだ。差を埋めるために金子を注いだなら一国を傾かせかねない。
かといって、代償として差し出せる卓越した技術を持ち合わせているわけでもなく、唯々諾々と艦長の決定に従うしかないのだ。彼らは平穏を愛し、穏やかな日々の営みを重ねていく強さを持つ人々だ。そしてそれ故に、歴史の暴風雨へは葦に似て無力だった。
あなたは四辻の角に彼らの護衛として立ち、右から左へ流れていく群集を見るともなく見つめている。異質な不吉な銃撃が響いたのは、その時だった。群集へ動揺が走る。あなたは鋭くあたりを見回し、再びモニターへ注目する。
アナウンサーの姿はなく、ガスマスクで顔を隠した男達が数人、画面へ陣取っていた。背後で銃撃が続いているところを見ると、テレビ局の放送室へ立てこもっているらしい。おそらく十人ほどの集団だろう。
ボスらしき背の高い男が机の上のものをかなぐり捨てる。血しぶきで汚れた原稿がひらひらと舞った。
「移住反対派のジョン・ドゥだ。諸君、ただちに家に帰りたまえ。移住は罠だ! 司令部は自分たちだけリアルブルーへ戻るつもりなんだ!」
ジョンはくりかえし、移住は司令部の罠だと訴えた。
なんの根拠もない、妄想とでたらめで綴られたデマゴギーだ。だがヒステリックな声とシンプルな叫びが、群集の腹の底にたまっていた鬱屈を燃え上がらせた。流れる川が逆流するかのように、群集は無秩序に動き出した。動線が乱れ、悲鳴が幾重にも響く。怒号が走り枯野へ火を放つがごとく騒乱が広がっていく。母親の手から子供が剥ぎ取られる。転んだ少年が踏み潰されていく。
モニターからはなおもジョンの煽動が続いている。彼を黙らせない限り、人々が落ち着くことはないだろう。
「こんな世界はたくさんだ、家へ帰ろう!」
どこへ帰るというのだ。もう帰る場所は、自分で見つけるしかないというのに。
リプレイ本文
【保護】混乱極める群衆の中で
「……無責任に住民を煽りやがって!」
アバルト・ジンツァー(ka0895)の怒りはもっともだ。
混乱を極める住民達の様子は阿鼻叫喚そのものだった。あちこちで騒ぎが起こっている。怒り出す者、逃げ出す者、叫ぶ者、様々だ。
「ここなら、安全だ」
足を挫いた老女を隅へと担ぎ降ろして声をかけ、再びアバルトは群衆の中に入って行く。今は、安全の確保だ。
踵からマテリアルの光跡を煌めかせ、エリス・ブーリャ(ka3419)が宙を駆ける。
(望んでもいないのに、こんな世界に連れてこられればパニックにもなるよね)
とにかく、こんな所で誰も死なせてはいけない。彼女は機導術で街中を飛びつつ、壁などにトランシーバーを掛けつつ、住民の避難を行っていた。
蘇芳(ka4767)は、大喧嘩となっている一角で暴れていた大男を足払いして一時的に無力化する。
「はい、落ち着こうか」
地面に転がった男は逆上してなにか叫んでいるが、先程までの勢いは無い。
「すっきりするなら、それも良いけどね」
とにかく一刻も早く、この混乱を鎮めないと。
ハンター達はその為にも人々の間へと入っているのだ。
ひたすら殴られるのを耐えているハンターも居た。カッツ・ランツクネヒト(ka5177)も、その一人だ。
(うるせえ輩を黙らせたいところだが……ぶん殴るわけにはいかねえか)
覚醒者が本気で反撃しようものなら、一般人を殺しかねない。
だから、暴れ回る輩共を女子供や負傷者に近付けさせまいと身体を張る。
「せいぜい体張って警備隊の真似事でもしとこう」
その背中は、頼もしく見えたという。
「まったく、危ないですよね?」
暴漢をワイヤーで拘束したリリティア・オルベール(ka3054)。暴漢は混乱に紛れ、飛びかかって来たのだが、相手が悪かった。
その隣では淡々とした表情でアイ・シャ(ka2762)が暴漢を見下ろしている。その時、後ろから声を掛けられた。
「なかなか鮮やかなお手並みで」
振り返ると、暴漢に襲われそうだった老人紳士がニヤリと笑っていた。
服装からリアルブルーの人なのだろう。アイ・シャは冷めた表情で言う。
「お国に帰ってくださるなら、早く帰っていただきたいものですが……」
「そうじゃの。これも、妥協の一つじゃ」
その時、老人を『先生』と呼び、幾人かが現れると、老人を囲みながら、群衆の中へと消えていった。
それを嫌悪感一杯の視線で見送るアイ・シャ。
「この状況で笑っていられるなんて……」
リリティアはなにか引っ掛かるものを感じていた。
今なお、続く反乱者の演説を流すスピーカーを睨み、神楽(ka2032)が呟いた。
「ち、雑魚の癖に騒ぎやがって。何も出来ないならせめて大人してろっす」
喧騒で怪我した人を仲間が診ている臨時の救護所まで連れて行く。こういう混沌としている時、危険なのは、怪我人や女子供と相場は決まっているものだ。
「もう一人さん、診られるっすか?」
「大丈夫よ。ありがとう、神楽さん」
十野間 灯(ka5632)は怪我人の手当ての合間に笑顔を見せながら応えた。
灯は負傷者や女子供、老人を保護していたのだ。最初はなにも無い場所で診ていたが、あれよこれよと数が膨らみ、いつの間に、臨時の救護所となっていた。
「ここなら、大丈夫わよ」
少しでも安心できるようにと、優しげな表情を浮かべている。
「これ、どうぞ、ですわ」
安堵した避難民の親子にチョココ(ka2449)がお菓子を渡した。
そこへ、叫び声を上げて暴漢が向かってくる。救護所が怒りの矛先を向けるなにかの様に映っているのだろうか。
「暴力はダメですわー」
怯える親子に向かってチョココは声を掛けると短杖を振り上げた。
眠りを誘う雲が暴漢を包み込むと、暴漢の動きが止まる。その隙に、灯が棒を構えて押さえつけた。
周囲からは歓声が上がった。
「オレの名はレイオス・アクアウォーカー! 元CAMパイロットでハンターだ。素顔も見せない名無しの権兵衛よりは外を知ってるオレの話しを聞かないか?」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が険悪ムードな一角に飛び入る。
何人かが怪訝な表情を向けてきたが、彼は構わず続ける。ここで折れては説得にならない。
「顔も名前も出さないヤツより説得力はあるぜ」
鎧の頭部を掲げる。それは、傷だらけであった。その生生しさに一角の人々は唾を飲み込む。人間と言うのは、視覚から入ってくる情報の方が新鮮だ。幾人かが話しを聞こうと集まって来た。
住民達の別の一角では歓声が上がっていた。
注目を集める為にアクロバティックに障害物を避けたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)に対してだ。
鍛錬を重ねた彼女の動きは洗練されて、鮮やかであった。
「他にも迷子になっている子供や怪我人はいないかい?」
華麗に着地すると、爽やかな笑顔を向けながら周囲に問いかける。
「なんて凄いイケメンだ!」
群衆が一斉にカメラ付きの携帯機器を向けた。
突然の叫び声。それはスピーカーよりも大きく、その一帯が注目した。少女の叫び声は、よく響き、何事かと騒ぎだす群衆。
その注目を浴びながら、ケイルカ(ka4121)が空に向かって指を差していた。
「あーー!」
何事かと思った次の瞬間――
轟音が鳴り響くと同時に大空に大輪の花が咲く。
混乱続いていた群衆が一瞬、静まりかえる。何事かと空を見上げた時に、ジュード・エアハート(ka0410)の声が響いた。
「知らないからこそ不安もあると思う。だから、安心できるよう、こっちの世界をもっと知ってほしい」
どこからだと住民達が視線を巡らす先に彼は居た。
「自分達の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて。それから判断して欲しいの」
そこは、急遽設置された、特設会場の舞台だった。
紅き世界からの歓迎会が始まろうとしていた。
【鎮圧陽動】バリケード前の攻防
バイクや自転車等で群衆らの間を通り抜けて、過激派が立てこもる建物に到着したハンター達。
応戦していた警備員達を一時下がらせ、代わりに前に立つ。
「……損得勘定は無粋な話か?」
理をもって交渉を続ける紫月・海斗(ka0788)の台詞へ、ジョン・ドゥが返す言葉は先程から同じだった。海斗の説得に、ジョン・ドゥはまったく聞く耳を持たない。
「俺達を帰還させろ」
その一点張りで交渉にならない。
彼らは、ハンターの言葉を信用していないのだ。ジョンが率いる集団は妄想に取りつかれているのだろうか。
この様な事態を引き起こしても尚、なにを望むというのか。
「ここまでするなら根拠があると言う事だね。君は何を聞き、何を見たんだい?」
ルシオ・セレステ(ka0673)が次の交渉へと映る。
今は別動隊が事を起こすまで、時間を稼ぐしかないが、もし、聞けるのであれば、確認したいものだ。
「こっちの世界から帰れる方法があるのを、貴様らは隠している事は知っている」
根も葉もない話だ。これまで、この紅き世界には転移者が幾人も居た。だが、元の世界に帰って行ったという話は聞いた事がない。
もし、帰れるのであれば、サルヴァトーレ・ロッソは既に帰っているのに違いないのにだ。
「交渉は決裂だな……」
海斗の言葉にルシオは頷いた。
時間を稼ごうと思っても、あの調子であれば、何を言っても無駄だろう。だが、時間を稼ぐには交渉だけが手段ではない。
「警告は一度。武装解除し投降しなさい。武力を持って主張を押し通すあなた達はテロリストでしかなく、無抵抗の者の血を流した時点であなた達に理はありません」
その様に宣言をしたのは、雨月彩萌(ka3925)だ。中には、怪我人がいると思われている。
目の前のバリケードを突破する事にはなるし、一部始終はTV局員や一般人が遠巻きに見ていた。
形式通りの警告だけはしておく必要がある。
そして、そんな状態にも関わらず、水流崎トミヲ(ka4852)が、両手を広げ、高らかに呼び掛ける。
「やあ、ヒキコモリ諸君! 僕は水流崎トミヲ。DT魔法使いだよ!」
遠巻きの人々がどよめいた。ある意味、彼の勇気を称えるべきかもしれない。
「ひっこめ! DTの癖に!」
「辛いのは、解るけどさぁ。君達は多くの人を傷つけた。その上、『君達』は何もしていないんだ。……それ、すごく、カッコ悪いんだぜ」
「五月蠅い! DTは出直して来い!」
……やはり、話しにはならないようだ。
(これって外に少しでも触れた立てこもり犯がビビってるだけじゃないのかな?)
トミヲとジョン・ドゥのやり取りを見ながら天竜寺 舞(ka0377)が、そんな事を思っていた。
確かに、この紅き世界はリアルブルーのように安全とは言い難い面もある。だけど、リアルブルーだって、100%安全という事はなかったはずだ。よく見、よく聞けば、これから戦場に向かうかもしれない軍艦に乗っているより、リゼリオの方が安全だと分かるはずだ。
動揺を誘う様にザレム・アズール(ka0878)が言い放つ。
「ジョン・ドゥ……匿名って事だ。お前、偽名だろ。説得力無いよ」
所謂、名無しの権兵衛の事だ。偽名を使うあたり、なにか意図を感じる。
「俺の名前なんかどうでもいいだろ」
もはや、取りつく島もなくなったようだ。バリケード越しに、過激派からの攻撃が開始された。
ハンター達はお互い顔を見合す。そろそろ、別動隊が突入する時間のはずだ。
【鎮圧別動隊】突入
放送局の配電盤に到着した春日 啓一(ka1621)が、記されている名称を一つ一つ呟きながら確認していた。
彼は建物の警備員の案内で、配電盤のある部屋にまで辿りついていたのだ。目的は、街中に向かって呼び掛けが続く過激派の放送を止める為。もう一つは、仲間達の支援の為だ。
「あった……ぞ……」
建物の2階に相当する電力の配電スイッチを。これを落とせば、2階は真っ暗になる。
「エイルのねーさん。準備はいいか?」
魔導短伝話でエイル・メヌエット(ka2807)に呼び掛けた。
「えぇ。こっちは無事に放送室の隣よ。停電をお願いするわ」
別動隊の面々は、ビルの図面を確認した上で非常口から建物に侵入。
陽動している仲間達のおかげで、危なげなく放送室の真隣までやってきたのだ。壁一枚を隔てて放送室だ。
ガタンという物音と共に全ての照明が消えて真っ暗闇になり、非常灯がぼんやりと光る。ハンター達の何人かは闇に慣れる為にしていたサングラスを外す。
「さて、やらしてもらうぞ」
グレイブ(ka3719)が暗闇の中というのに、毛布を当てた壁に向かって鈍器を振り当てる。
覚醒者がスキルを使用しての状態の一撃だ。あっという間に壁が崩れる感触が伝わった。
半端に残った部分をトドメとばかりに、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)も叩き壊していく。
「もうすぐ、中に入れそうなぐらい、開くぜ」
彼の言う通り、壁に開けた穴はあっという間に人が通れる大きさになった。
ぼんやりと中の様子が見える。血を流して倒れていた。放送室に居た職員の血だろうか。
「奴ら、同胞を害したな」
エアルドフリス(ka1856)はマテリアルを短杖に集中しながら呟く。
自分達の要求の為には同胞ですらも手にかける。許し難い行為だった。彼が放ったのは、眠りをもたらす雲だ。
「眠りの魔法だ! 寝るな!」
放送室からジョン・ドゥの声が響いた。どうやら、魔法に抵抗したようだ。
突然の停電。そして、横壁からの侵入に慌てている様子だが、主犯なだけあって実戦慣れしている様子だ。
バリケード前にいた過激派の何人かが眠りの雲の影響でパタパタと倒れて行くが、ジョン・ドゥが寝ている過激派の仲間に向かって、適当な物を投げて、目覚めさせていく。
「啓一くん、再点灯お願い」
「わかった。電灯のみ、点ける」
エイルの依頼に啓一が配電盤を操作すると、全ての灯りが一斉に点いた。
「これは……」
「ひでぇな……」
明るみとなった放送室の惨状に、さしものグレイブとエヴァンスが絶句する。
同時に過激派に対して怒りを覚えた。いくつもの依頼をこなしてきたハンターにそう思わせる程の惨劇。
「なんてことを」
エアルドフリスが部屋の奥に逃げたジョン・ドゥを睨みながら、再び眠りの雲の魔法を放った。
【黒幕】偶然にも影を踏む
司令部に掛け合おうとした南條 真水(ka2377)だが、この混乱状態の中、構ってもらえもしなかった。
「船に残りたいなら、戦場に向かうこの船のために働く。それが嫌ならお金もらって大人しく降りる。それだけなのに」
独り事の様に呟いた言葉に、背後からの返事。
「その通りだの。だが、それだけでは、足りない」
振り返ると、一人の老人紳士。背後には護衛らしき者達がいる。
「誰? ……いや、どこかで、見た事が……」
ハッキリと思い出せなかった。ともかく、この人物は、リアルブルーに居た事は確かだ。
「事が大きくなってしまって残念じゃ」
警戒する真水の様子を無視し、老人の群衆を眺めて言った言葉に真水が冷たく言い放つ。
「選択はないのだから、現実見たらいいのに。自分達だけが被害者と思うなよ」
「同感じゃな。しかし、儂には、ちょうど良い機会じゃったよ」
その台詞だけを言い残し、老人は立ち去って行く。どうやら、人々の様子を確認しに来ただけのようだ。
言葉の真意が分からなかった真水だが、一つ分かった事があった。
「思いだした。あの老人……リアルブルーの代議士だ……」
【鎮圧陽動】バリケード突破
仲間が配電盤を操作し暗くなった隙をついて、舞がバリケードに取りつきながら力一杯、声を出す。
「不安な気持ちも怖い気持ちも持つなってのは無理だと思う。だけど、この世界を否定する事だけは許さないよ!」
過激派の放送は、単に主張だけだけではない。その内容は、この世界に対する冒涜だ。転移者を温かく迎えていた人々に対する裏切りだ。
王国暦1013年の秋にリゼリオ沖に不時着したサルヴァトーレ・ロッソに対し、波乱はあったのは確かだ。それでも、色々な人々の善意と好意によって、受け入れられ、少しずつ、交流が活性化されてきたのだ。過激派の主張はそれらを否定するものだった。
バリケードに取りつく舞を掩護するように、暗闇の中、光の筋が背後から伸びてくる。
ザレムの援護だ。バリケードが音を立てて崩れていく中、壁を壊すような音も同時に響いた。別動隊が突入を開始しているに違いない。
「お前踊らされてんだよ。権力とか利権に」
「踊らされているのは、お前らの方だ」
相変わらず、ジョン・ドゥとは話にはならない。
過激派の射撃を盾で受け止め、彩萌もバリケードに取り着く。
「帰還する方法が見つからない以上、わたしたちはこの世界で生きるしかありません。誰かに与えられるのではなく、自らの足で立ち自らの手で居場所を作らなければいけないんです」
「ちくしょう! バリケードが突破されるぞ!」
中から過激派の焦った声が聞こえる。
そこへ眠りを誘う風がバリケードを抜けて吹き抜けると、二人ばかりが倒れた。
「そろそろ解ってきたんじゃないかい。帰れないんだよ、僕達は。この世界を救わないとさ、生き残る事も出来ない」
トミヲが放った眠りの魔法だった。
帰れない……その事実は、気力を振り絞って抵抗する過激派の一員の胸に突き刺さる。
紅き世界は歪虚によって破滅へと向かっている。もし、帰る手段が、この世界のどこかにあるのであれば、歪虚の侵攻を食い止めないと、調べる事もできないはずだ。
「DTの、くせ、に……」
パタリと過激派が倒れた所で、照明が再点灯した。
なおも抵抗を続けようとした過激派が銃を構えるが、それよりも早く海斗が投げたカードが先に過激派の腕を斬り裂く。
「撃たせてしねぇよ」
過激派は痛みで銃を落としてしまう。その銃が寝てしまった別の過激派の上に落ち、目を覚まさせる。全員を一度に寝かせないと、あまり、意味が無いようだ。
別の過激派が銃を咄嗟に拾うと、バリケードを壊す舞に向かって銃撃してきた。
肩口に痛みを感じながらも、舞は突破口を作る。
「舞、私が掩護する」
ルシオが魔法を使う。
別動隊も放送室への侵入を成功させた所だろう。ここからは、力押しだ。
多少の怪我は、回復させるつもりで別動隊の突入を支援するしかないとルシオは覚悟を決めた。
「よし、行ってやろうじゃねぇか! なぁ、トミヲ!」
「え? ボ、ボクも!?」
海斗がバンバンとトミヲの肩を叩き、そのまま、前に押し出す。
いつまでも、舞と彩萌の二人にバリケードの除去をやらせておくのは、男が廃るというものだ。
そこへ銃撃。
だが、二人に当たる事なく、彼らの目の前に現れたマテリアルの壁が、硝子が割れるような音を立てて崩れていく。
「油断は禁物です」
彩萌がガンシールドを構えていた。彼女が咄嗟にマテリアルの障壁を作ったようだ。
その横でザレムも頷いている。
「全員で一気に突破してしまおう」
駆け出しの覚醒者と、ハンターとしての経験を積んだ彼らとでは、まともな戦いにもならない。
過激派の面々は、バリケードを失い、あっという間に制圧されたのであった。
【鎮圧別動隊】未来への呼び掛け
壁から突入したハンター達が見たのは、放送室の隅で放置されていた犠牲者らだった。
口は塞がれ、逃げられないようにか、四肢が銃で撃ち抜かれていた。止血もされず、床は血の海となっている。
「俺の話しに聞く耳を持たないどころか、邪魔すらしようとしたからな。当然だ」
眠りの雲に抵抗したジョン・ドゥが犠牲者の一人に銃を突き付けながら言い訳する。
恐らく、放送室の職員達は暴力の脅しに屈せず、抵抗したのだろう。彼らの勇気のおかげで過激派の計画はスムーズに進まなかった事があるはずだ。
再び魔法を使おうとしたエアルドフリスの動きに警戒してジョン・ドゥが叫ぶ。
「動くな! こいつらの……」
だが、言葉は最後まで続かなかった。突入した勢いそのまま、守りを捨てたグレイブが飛びかかったからだ。
ジョン・ドゥを吹き飛ばし、壁に叩きつける。苦し紛れにジョン・ドゥが銃を向けた。
「そう簡単には、やらせねぇよ!」
駆け込んだエヴァンスが刀を振るって、ジョン・ドゥが持つ銃を切断する。
咄嗟に銃を手放し、腰からナイフを抜き出そうとした所で、エアルドフリスが渾身の力でジョン・ドゥの身体を抑えつけた。
「せ、せん、せ……い……」
(『先生』? ……誰の事だ)
抑えつけた時の衝撃で頭をぶつけたのか、なにか小言を呟いてジョン・ドゥは気を失った。その言葉をエアルドフリスは聞き逃さなかった。
黒幕がいるとでもいうのだろうか。だとしたら、一体、何者なのか。そして、何の為に。
主犯の身柄を確保したのを見届けながら、エイルは回復の魔法を使う。
「絶対に誰も死なせないわ」
放送室をマテリアルの優しい光が包み込む。
「間に会ったようだな」
エヴァンスがニヤリと微笑んだ。
酷い怪我を負っていた人質らの傷が塞がっていく。とりあえず、一安心だろう。
「主犯の確保と人質の救出に成功したわ。啓一くん、放送機器にも電源をお願いできるかしら」
「さすが、エイルのねーさんだ」
啓一は感心しながら、スイッチを入れる。
これで、電源は全て回復だ。自分の役目も無事に果たせただろう。
「皆さん、聞こえますか? 放送室を暴力で支配していた集団を無力化させました。怪我をされた方は皆、治療しましたので、ご安心下さい」
マイクに向かってエイルは開口一番、その様に伝えた。
誰一人死んではいない。その事実がどれだけ尊い事か。
咳払いしてから、グレイブも、マイクに向かって語りかける。
「帰還方法の究明には各国の協力が必要だ。協力と生存の援助を得るには世界に貢献していくしかない。一緒に生きる事が本当の一歩なんだ……頼む」
放送室からは、放送を聞いている住民達の反応は分からない。
受け入れてもらえているのだろうか。それとも、不満の声が広がっているのだろうか。
静かに深呼吸したエイルがゆっくりとした口調でもう一度、マイクに向かって優しく言った。
「ようこそ、此の地へ。どうか、私達と今を生き、未来を……共に探しましょう」
放送室の外から、人々の歓声が、かすかに聞こえてくる。
ハンター達の想いは確かに、彼らに届いていたのだ。
【保護】終結
その放送は、ジュードの耳にも確かに聞こえていた。
「エイルさんが話しているって事は、エアさん達、成功したんだね」
残りの花火を用意しながら、出発前に、託されたその花火に向かって呟くと、願いを込めて点火する。
点火を確認し、再度、表の舞台に飛び上がった。ここからが、本番だ。
失意のまま、住民を移転させるわけにはいかない。移転を真に成功させるには、生活の保障だけではない。一人一人の気持ちが前に向く事なのだから。
多くの仲間達を思いを受け取り、ジュードは精一杯の声を絞り出した。
「私達は、俺達は、皆と一緒に困難を乗り越えたい! 歌に乗せて、想いよ、届け!」
同時に背後から花火が豪快に打ち上がる。
突如として始まったライブに住民達は移動する事も忘れて、舞台をみつめていた。
「さあさあ、見ていってね。不思議な猫とフルートの共演よ♪」
覚醒状態に入ると、猫のイリュージョンで演出する。
多くの住民は驚きながら、その光景に見入っていた。
「私はケイルカ。見てのとおりエルフよ。私達は皆さんを歓迎するわ♪」
丁寧におじぎをした所で、入れ替わるように、エリスが舞台に飛び上がってきた。
手にはトランシーバーが握ってある。意識を集中し、マテリアルを操作する。通信機器の通信可能距離を延長させる機導術だ。
「まだ気持ちの整理が出来てないと思いますがゆっくり考えてください」
慌てる事はないと。
移転の話しは、急だったかもしれない。だけど、転移の時はもっとそれ以上の事だったのだから。
「私達ハンターが皆さんの平穏のため、人類の脅威と戦うことを約束します!」
合わせた様に、最後の花火が一斉に空に花を咲かした。
「まずは、エリスちゃんの歌、みんなで一緒にぃー!」
歌が街中に広がって行く。それは、まだ、喧騒が続く一帯にも同様だった。
「エリスさんが歌っている……手伝わないと」
舞台裏で演奏をしようと、龍笛を握りしめたアルトに向かって住民達が集まった。
先程まで、彼女を囲んで喝采を向けていた人々だ。
「イケメンの姉ちゃん! 俺達も手伝わせてくれ!」
「私も、一緒に混ざりたいです!」
思い思いに活き込む住民達にアルトは驚きの表情を浮かべた。
そして、申し出た人々を見渡すと、少し照れながら、こう言った。
「ボクは貴方たちと友人になりたい。ぜひ、一緒に行ってくれないか」
その台詞に、人々から歓声があがった。
過激派の放送が止まり、ハンター達の呼び掛けと、歌により、混乱が急速に収まって行く。同時に、暴力沙汰になっている所が目立つようになってきた。
住民同士が殴り合いしている場面に遭遇したアバルトは割って入る。
「落ち着くのだ。今は殴り合いをしている場合ではない」
制止の声が届かず、思いっきり顔面に拳が入るが、鍛え抜かれた身体が動じる事はない。拳を顔面で受け止めながら、殴ってきた住民をみつめる。
その事の方が驚いたようで急に冷静になる住民。強烈な一撃を叩き込んだはずなのに身動き一つしないなんてある意味、恐ろしいものだ。
「お前は、なんで、そこまで……」
住民の言葉に、アバルトは顔色一つ変えず、整然としたまま答えた。
「……予備役になったと言え、軍人の本分は民を守ることだからな」
軍人らしい話しに、喧嘩をしていた住民らがうな垂れる。
「……いつも、守られっぱなしですまない」
「俺もだ……軍人も、皆、転移してきたのにな……」
アバルトの言葉に喧嘩をしていた住民が落ち着きを取り戻してきた。思えば、サルヴァトーレ・ロッソ自体が別世界に遭難したようなものだ。
それなのに、この船の軍人達は民間人を守る為に、職務に忠実に戦ってきていた事を住民達は思い出す。
そこへ、レイオスが先程までの騒ぎを聞きつけてやってくるが、もう一段落した様子に安堵する。そして、微笑を浮かべながら、喧嘩していた住民の肩を叩いた。
「いい体格してるな。ハンターにならないか? 素手でイケルなら格闘士でもやっていけるぜ。オレでも出来るんだやれるって」
その台詞にキョトンとする住民。
自分の両手を見つめる。そうだ。その手は誰かを殴る為にあるのじゃない。
そう、レイオスはあちこちで喧嘩している住民達に声を掛けまわっていたのだ。
「俺がハンターに?」
転移者はどういうわけか、覚醒者としての素養が多い者が多い。
この者も、もしかして、覚醒者になれるのかも……しれない。
「十野間さん、もう1人追加だけど、大丈夫っすか?」
混乱していた住民達に押し倒されて、踏まれていた怪我人を背負った神楽が、再び救護所に訪れていた。
「ありがとう、神楽さん。あなた、見かけによらず、優しい人なのね」
「そ、そうでもないっすよ~」
下心を隠しながら、神楽が照れる。
「はい、神楽様にも、これあげますわ」
チョココがお菓子を神楽に手渡してきた。
それを遠慮なく受け取り、一口で食べる――が、ずっと走りまわっていたせいか、チョコ餅が喉に詰まる。
「うー! うー!」
慌てる神楽の様子に呆れながら、灯が水を渡した。
それを一気飲みして、喉に詰まった物を胃に流し込む。
「あー。マジで死んだかと思ったっすよ」
「神楽様、まだ、ありますよ」
ニッコリと笑って別のお菓子を差しだしてきたエルフの少女に恐怖を覚えて神楽は群衆に向かって走り出す。
「お、俺、行ってくるっす!」
走り去っていく神楽の背中を微笑ましく見守った後、灯は腕を捲る仕草をして気合いを入れる。
「さて、もう一踏ん張りしようかしらね」
その後も救護所は多くの怪我人や迷子を受け入れていった。
手伝う住民も出て来た。彼らだって何もしないわけではない。ただ、見失っていただけだ。その証拠に、救護所は助け合いで規模を徐々に大きくしていた。
「小さな個々の力が結集して、大きなカタチとなりますわ」
胸を張り、何度も頷きながらチョココは言う。
帰れないのであれば、自分達の町を作ればいいのだ。簡単じゃないけれど、だけど、人の力が集まれば、できるはずなのだから。
「急患だが、診て貰えるのかな?」
声を掛けられ、チョココは振り返る。そこには、毛布で作った担架を住民達と一緒に持つ蘇芳の姿があった。
「もう、大丈夫だぞ」
裂傷が激しい急患に呼び掛ける。
すぐさま、灯がやってきて、回復の魔法をかけていく。マテリアルの光が優しく包み込む様子を患者は恐る恐るみていた。
「俺も最初は戸惑ったが……まあ、人それぞれだ」
その様子に蘇芳が安心させるように優しく言った。
患者は頷きながら怪我が回復する様子を見つめる。リアルブルーではありえない事象だろう。
「こういうのを見ると、どうしたらいいか、わからなくなりそう」
弱気になる患者の肩をポンポンと叩きながら蘇芳が口を開いた。
「なんでもいい。出来る事をしよう。そうしないと、進まない」
「そう……ですよね。ありがとうございます」
怪我が完全に回復し、患者は笑顔を蘇芳に向けた。
憮然とした表情でアイ・シャは住民達の動きを見張っていた。
もう、先程のような混乱は収まってきた。今は、仲間達の歓迎ライブとやらに意識が向いている。
「胸のムカムカを収め見届けるためと思っていましたが……」
まだ胸の中には、嫌悪感が渦巻いていた。
そこへ、迷子の子を救護所先に預けに行ったリリティアが戻ってきた。
「主犯が確保されたみたいですね。気絶する前に『先生』って言ってたみたい」
仲間からの話しを聞いた内容を、わざわざ伝えに来たのには訳があった。
「『先生』?」
アイ・シャが首を傾げる。
そして、すぐにハッとなった。
「もしかして、でしょうか?」
「やっぱり、アイ・シャさんもそう思います?」
二人は先程会った、老人紳士の事を思い出していた。
護衛から『先生』と呼ばれていたからだ。立ち振舞いもただ者でなかった。
「もし、黒幕がいるとしたら、わたくしは、許しませんわ」
厳しい表情で遠くの方を見つめるアイ・シャ。今日の事で、ますます嫌悪感が増した気がする。
「花火まで持ち出して、ずいぶん派手で景気が良いじゃないの」
まさか、突っ立っているだけで給料が出ると思ったのに、飛んだ騒ぎになったなと思いながら、カッツは落ち着きを取り戻した住民達を眺めていた。
「俺から言う事はない……かな……」
仲間のハンター達が放送室や舞台から良い事を語った。だが、今更自分から言う事もないし、なにより、お優しい言葉は持ち合わせてなかった。
それでも、赤と青の間の溝を埋めるようにハンター達の奮闘の前になにもしないわけにはいかない。
「便乗してハーモニカでも吹いとくか」
だから、カッツは静かに奏で始める。
その音色は辺りを優しく包み込んでいった。
こうして、リゼリオ移住第一団の移住は、途中、過激派の介入があったが、移住は成功した。TV局での攻防は激しかったが、ハンター達の活躍により、命を落とした者は一名も出なかったのであった。
遠く、赤ん坊の泣き声が、リゼリオの一角に設けられた移住先に響いた。
誰かが言った。赤ん坊が泣き叫ぶのは、生まれ落ちたこの世へ絶望したからだと。だけど、この世界では違う。
なぜなら、赤ん坊が泣くのは、どんな世界でも生き抜こうとする決意の声なのだから。
おしまい。
(代筆:赤山優牙)
「……無責任に住民を煽りやがって!」
アバルト・ジンツァー(ka0895)の怒りはもっともだ。
混乱を極める住民達の様子は阿鼻叫喚そのものだった。あちこちで騒ぎが起こっている。怒り出す者、逃げ出す者、叫ぶ者、様々だ。
「ここなら、安全だ」
足を挫いた老女を隅へと担ぎ降ろして声をかけ、再びアバルトは群衆の中に入って行く。今は、安全の確保だ。
踵からマテリアルの光跡を煌めかせ、エリス・ブーリャ(ka3419)が宙を駆ける。
(望んでもいないのに、こんな世界に連れてこられればパニックにもなるよね)
とにかく、こんな所で誰も死なせてはいけない。彼女は機導術で街中を飛びつつ、壁などにトランシーバーを掛けつつ、住民の避難を行っていた。
蘇芳(ka4767)は、大喧嘩となっている一角で暴れていた大男を足払いして一時的に無力化する。
「はい、落ち着こうか」
地面に転がった男は逆上してなにか叫んでいるが、先程までの勢いは無い。
「すっきりするなら、それも良いけどね」
とにかく一刻も早く、この混乱を鎮めないと。
ハンター達はその為にも人々の間へと入っているのだ。
ひたすら殴られるのを耐えているハンターも居た。カッツ・ランツクネヒト(ka5177)も、その一人だ。
(うるせえ輩を黙らせたいところだが……ぶん殴るわけにはいかねえか)
覚醒者が本気で反撃しようものなら、一般人を殺しかねない。
だから、暴れ回る輩共を女子供や負傷者に近付けさせまいと身体を張る。
「せいぜい体張って警備隊の真似事でもしとこう」
その背中は、頼もしく見えたという。
「まったく、危ないですよね?」
暴漢をワイヤーで拘束したリリティア・オルベール(ka3054)。暴漢は混乱に紛れ、飛びかかって来たのだが、相手が悪かった。
その隣では淡々とした表情でアイ・シャ(ka2762)が暴漢を見下ろしている。その時、後ろから声を掛けられた。
「なかなか鮮やかなお手並みで」
振り返ると、暴漢に襲われそうだった老人紳士がニヤリと笑っていた。
服装からリアルブルーの人なのだろう。アイ・シャは冷めた表情で言う。
「お国に帰ってくださるなら、早く帰っていただきたいものですが……」
「そうじゃの。これも、妥協の一つじゃ」
その時、老人を『先生』と呼び、幾人かが現れると、老人を囲みながら、群衆の中へと消えていった。
それを嫌悪感一杯の視線で見送るアイ・シャ。
「この状況で笑っていられるなんて……」
リリティアはなにか引っ掛かるものを感じていた。
今なお、続く反乱者の演説を流すスピーカーを睨み、神楽(ka2032)が呟いた。
「ち、雑魚の癖に騒ぎやがって。何も出来ないならせめて大人してろっす」
喧騒で怪我した人を仲間が診ている臨時の救護所まで連れて行く。こういう混沌としている時、危険なのは、怪我人や女子供と相場は決まっているものだ。
「もう一人さん、診られるっすか?」
「大丈夫よ。ありがとう、神楽さん」
十野間 灯(ka5632)は怪我人の手当ての合間に笑顔を見せながら応えた。
灯は負傷者や女子供、老人を保護していたのだ。最初はなにも無い場所で診ていたが、あれよこれよと数が膨らみ、いつの間に、臨時の救護所となっていた。
「ここなら、大丈夫わよ」
少しでも安心できるようにと、優しげな表情を浮かべている。
「これ、どうぞ、ですわ」
安堵した避難民の親子にチョココ(ka2449)がお菓子を渡した。
そこへ、叫び声を上げて暴漢が向かってくる。救護所が怒りの矛先を向けるなにかの様に映っているのだろうか。
「暴力はダメですわー」
怯える親子に向かってチョココは声を掛けると短杖を振り上げた。
眠りを誘う雲が暴漢を包み込むと、暴漢の動きが止まる。その隙に、灯が棒を構えて押さえつけた。
周囲からは歓声が上がった。
「オレの名はレイオス・アクアウォーカー! 元CAMパイロットでハンターだ。素顔も見せない名無しの権兵衛よりは外を知ってるオレの話しを聞かないか?」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が険悪ムードな一角に飛び入る。
何人かが怪訝な表情を向けてきたが、彼は構わず続ける。ここで折れては説得にならない。
「顔も名前も出さないヤツより説得力はあるぜ」
鎧の頭部を掲げる。それは、傷だらけであった。その生生しさに一角の人々は唾を飲み込む。人間と言うのは、視覚から入ってくる情報の方が新鮮だ。幾人かが話しを聞こうと集まって来た。
住民達の別の一角では歓声が上がっていた。
注目を集める為にアクロバティックに障害物を避けたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)に対してだ。
鍛錬を重ねた彼女の動きは洗練されて、鮮やかであった。
「他にも迷子になっている子供や怪我人はいないかい?」
華麗に着地すると、爽やかな笑顔を向けながら周囲に問いかける。
「なんて凄いイケメンだ!」
群衆が一斉にカメラ付きの携帯機器を向けた。
突然の叫び声。それはスピーカーよりも大きく、その一帯が注目した。少女の叫び声は、よく響き、何事かと騒ぎだす群衆。
その注目を浴びながら、ケイルカ(ka4121)が空に向かって指を差していた。
「あーー!」
何事かと思った次の瞬間――
轟音が鳴り響くと同時に大空に大輪の花が咲く。
混乱続いていた群衆が一瞬、静まりかえる。何事かと空を見上げた時に、ジュード・エアハート(ka0410)の声が響いた。
「知らないからこそ不安もあると思う。だから、安心できるよう、こっちの世界をもっと知ってほしい」
どこからだと住民達が視線を巡らす先に彼は居た。
「自分達の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて。それから判断して欲しいの」
そこは、急遽設置された、特設会場の舞台だった。
紅き世界からの歓迎会が始まろうとしていた。
【鎮圧陽動】バリケード前の攻防
バイクや自転車等で群衆らの間を通り抜けて、過激派が立てこもる建物に到着したハンター達。
応戦していた警備員達を一時下がらせ、代わりに前に立つ。
「……損得勘定は無粋な話か?」
理をもって交渉を続ける紫月・海斗(ka0788)の台詞へ、ジョン・ドゥが返す言葉は先程から同じだった。海斗の説得に、ジョン・ドゥはまったく聞く耳を持たない。
「俺達を帰還させろ」
その一点張りで交渉にならない。
彼らは、ハンターの言葉を信用していないのだ。ジョンが率いる集団は妄想に取りつかれているのだろうか。
この様な事態を引き起こしても尚、なにを望むというのか。
「ここまでするなら根拠があると言う事だね。君は何を聞き、何を見たんだい?」
ルシオ・セレステ(ka0673)が次の交渉へと映る。
今は別動隊が事を起こすまで、時間を稼ぐしかないが、もし、聞けるのであれば、確認したいものだ。
「こっちの世界から帰れる方法があるのを、貴様らは隠している事は知っている」
根も葉もない話だ。これまで、この紅き世界には転移者が幾人も居た。だが、元の世界に帰って行ったという話は聞いた事がない。
もし、帰れるのであれば、サルヴァトーレ・ロッソは既に帰っているのに違いないのにだ。
「交渉は決裂だな……」
海斗の言葉にルシオは頷いた。
時間を稼ごうと思っても、あの調子であれば、何を言っても無駄だろう。だが、時間を稼ぐには交渉だけが手段ではない。
「警告は一度。武装解除し投降しなさい。武力を持って主張を押し通すあなた達はテロリストでしかなく、無抵抗の者の血を流した時点であなた達に理はありません」
その様に宣言をしたのは、雨月彩萌(ka3925)だ。中には、怪我人がいると思われている。
目の前のバリケードを突破する事にはなるし、一部始終はTV局員や一般人が遠巻きに見ていた。
形式通りの警告だけはしておく必要がある。
そして、そんな状態にも関わらず、水流崎トミヲ(ka4852)が、両手を広げ、高らかに呼び掛ける。
「やあ、ヒキコモリ諸君! 僕は水流崎トミヲ。DT魔法使いだよ!」
遠巻きの人々がどよめいた。ある意味、彼の勇気を称えるべきかもしれない。
「ひっこめ! DTの癖に!」
「辛いのは、解るけどさぁ。君達は多くの人を傷つけた。その上、『君達』は何もしていないんだ。……それ、すごく、カッコ悪いんだぜ」
「五月蠅い! DTは出直して来い!」
……やはり、話しにはならないようだ。
(これって外に少しでも触れた立てこもり犯がビビってるだけじゃないのかな?)
トミヲとジョン・ドゥのやり取りを見ながら天竜寺 舞(ka0377)が、そんな事を思っていた。
確かに、この紅き世界はリアルブルーのように安全とは言い難い面もある。だけど、リアルブルーだって、100%安全という事はなかったはずだ。よく見、よく聞けば、これから戦場に向かうかもしれない軍艦に乗っているより、リゼリオの方が安全だと分かるはずだ。
動揺を誘う様にザレム・アズール(ka0878)が言い放つ。
「ジョン・ドゥ……匿名って事だ。お前、偽名だろ。説得力無いよ」
所謂、名無しの権兵衛の事だ。偽名を使うあたり、なにか意図を感じる。
「俺の名前なんかどうでもいいだろ」
もはや、取りつく島もなくなったようだ。バリケード越しに、過激派からの攻撃が開始された。
ハンター達はお互い顔を見合す。そろそろ、別動隊が突入する時間のはずだ。
【鎮圧別動隊】突入
放送局の配電盤に到着した春日 啓一(ka1621)が、記されている名称を一つ一つ呟きながら確認していた。
彼は建物の警備員の案内で、配電盤のある部屋にまで辿りついていたのだ。目的は、街中に向かって呼び掛けが続く過激派の放送を止める為。もう一つは、仲間達の支援の為だ。
「あった……ぞ……」
建物の2階に相当する電力の配電スイッチを。これを落とせば、2階は真っ暗になる。
「エイルのねーさん。準備はいいか?」
魔導短伝話でエイル・メヌエット(ka2807)に呼び掛けた。
「えぇ。こっちは無事に放送室の隣よ。停電をお願いするわ」
別動隊の面々は、ビルの図面を確認した上で非常口から建物に侵入。
陽動している仲間達のおかげで、危なげなく放送室の真隣までやってきたのだ。壁一枚を隔てて放送室だ。
ガタンという物音と共に全ての照明が消えて真っ暗闇になり、非常灯がぼんやりと光る。ハンター達の何人かは闇に慣れる為にしていたサングラスを外す。
「さて、やらしてもらうぞ」
グレイブ(ka3719)が暗闇の中というのに、毛布を当てた壁に向かって鈍器を振り当てる。
覚醒者がスキルを使用しての状態の一撃だ。あっという間に壁が崩れる感触が伝わった。
半端に残った部分をトドメとばかりに、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)も叩き壊していく。
「もうすぐ、中に入れそうなぐらい、開くぜ」
彼の言う通り、壁に開けた穴はあっという間に人が通れる大きさになった。
ぼんやりと中の様子が見える。血を流して倒れていた。放送室に居た職員の血だろうか。
「奴ら、同胞を害したな」
エアルドフリス(ka1856)はマテリアルを短杖に集中しながら呟く。
自分達の要求の為には同胞ですらも手にかける。許し難い行為だった。彼が放ったのは、眠りをもたらす雲だ。
「眠りの魔法だ! 寝るな!」
放送室からジョン・ドゥの声が響いた。どうやら、魔法に抵抗したようだ。
突然の停電。そして、横壁からの侵入に慌てている様子だが、主犯なだけあって実戦慣れしている様子だ。
バリケード前にいた過激派の何人かが眠りの雲の影響でパタパタと倒れて行くが、ジョン・ドゥが寝ている過激派の仲間に向かって、適当な物を投げて、目覚めさせていく。
「啓一くん、再点灯お願い」
「わかった。電灯のみ、点ける」
エイルの依頼に啓一が配電盤を操作すると、全ての灯りが一斉に点いた。
「これは……」
「ひでぇな……」
明るみとなった放送室の惨状に、さしものグレイブとエヴァンスが絶句する。
同時に過激派に対して怒りを覚えた。いくつもの依頼をこなしてきたハンターにそう思わせる程の惨劇。
「なんてことを」
エアルドフリスが部屋の奥に逃げたジョン・ドゥを睨みながら、再び眠りの雲の魔法を放った。
【黒幕】偶然にも影を踏む
司令部に掛け合おうとした南條 真水(ka2377)だが、この混乱状態の中、構ってもらえもしなかった。
「船に残りたいなら、戦場に向かうこの船のために働く。それが嫌ならお金もらって大人しく降りる。それだけなのに」
独り事の様に呟いた言葉に、背後からの返事。
「その通りだの。だが、それだけでは、足りない」
振り返ると、一人の老人紳士。背後には護衛らしき者達がいる。
「誰? ……いや、どこかで、見た事が……」
ハッキリと思い出せなかった。ともかく、この人物は、リアルブルーに居た事は確かだ。
「事が大きくなってしまって残念じゃ」
警戒する真水の様子を無視し、老人の群衆を眺めて言った言葉に真水が冷たく言い放つ。
「選択はないのだから、現実見たらいいのに。自分達だけが被害者と思うなよ」
「同感じゃな。しかし、儂には、ちょうど良い機会じゃったよ」
その台詞だけを言い残し、老人は立ち去って行く。どうやら、人々の様子を確認しに来ただけのようだ。
言葉の真意が分からなかった真水だが、一つ分かった事があった。
「思いだした。あの老人……リアルブルーの代議士だ……」
【鎮圧陽動】バリケード突破
仲間が配電盤を操作し暗くなった隙をついて、舞がバリケードに取りつきながら力一杯、声を出す。
「不安な気持ちも怖い気持ちも持つなってのは無理だと思う。だけど、この世界を否定する事だけは許さないよ!」
過激派の放送は、単に主張だけだけではない。その内容は、この世界に対する冒涜だ。転移者を温かく迎えていた人々に対する裏切りだ。
王国暦1013年の秋にリゼリオ沖に不時着したサルヴァトーレ・ロッソに対し、波乱はあったのは確かだ。それでも、色々な人々の善意と好意によって、受け入れられ、少しずつ、交流が活性化されてきたのだ。過激派の主張はそれらを否定するものだった。
バリケードに取りつく舞を掩護するように、暗闇の中、光の筋が背後から伸びてくる。
ザレムの援護だ。バリケードが音を立てて崩れていく中、壁を壊すような音も同時に響いた。別動隊が突入を開始しているに違いない。
「お前踊らされてんだよ。権力とか利権に」
「踊らされているのは、お前らの方だ」
相変わらず、ジョン・ドゥとは話にはならない。
過激派の射撃を盾で受け止め、彩萌もバリケードに取り着く。
「帰還する方法が見つからない以上、わたしたちはこの世界で生きるしかありません。誰かに与えられるのではなく、自らの足で立ち自らの手で居場所を作らなければいけないんです」
「ちくしょう! バリケードが突破されるぞ!」
中から過激派の焦った声が聞こえる。
そこへ眠りを誘う風がバリケードを抜けて吹き抜けると、二人ばかりが倒れた。
「そろそろ解ってきたんじゃないかい。帰れないんだよ、僕達は。この世界を救わないとさ、生き残る事も出来ない」
トミヲが放った眠りの魔法だった。
帰れない……その事実は、気力を振り絞って抵抗する過激派の一員の胸に突き刺さる。
紅き世界は歪虚によって破滅へと向かっている。もし、帰る手段が、この世界のどこかにあるのであれば、歪虚の侵攻を食い止めないと、調べる事もできないはずだ。
「DTの、くせ、に……」
パタリと過激派が倒れた所で、照明が再点灯した。
なおも抵抗を続けようとした過激派が銃を構えるが、それよりも早く海斗が投げたカードが先に過激派の腕を斬り裂く。
「撃たせてしねぇよ」
過激派は痛みで銃を落としてしまう。その銃が寝てしまった別の過激派の上に落ち、目を覚まさせる。全員を一度に寝かせないと、あまり、意味が無いようだ。
別の過激派が銃を咄嗟に拾うと、バリケードを壊す舞に向かって銃撃してきた。
肩口に痛みを感じながらも、舞は突破口を作る。
「舞、私が掩護する」
ルシオが魔法を使う。
別動隊も放送室への侵入を成功させた所だろう。ここからは、力押しだ。
多少の怪我は、回復させるつもりで別動隊の突入を支援するしかないとルシオは覚悟を決めた。
「よし、行ってやろうじゃねぇか! なぁ、トミヲ!」
「え? ボ、ボクも!?」
海斗がバンバンとトミヲの肩を叩き、そのまま、前に押し出す。
いつまでも、舞と彩萌の二人にバリケードの除去をやらせておくのは、男が廃るというものだ。
そこへ銃撃。
だが、二人に当たる事なく、彼らの目の前に現れたマテリアルの壁が、硝子が割れるような音を立てて崩れていく。
「油断は禁物です」
彩萌がガンシールドを構えていた。彼女が咄嗟にマテリアルの障壁を作ったようだ。
その横でザレムも頷いている。
「全員で一気に突破してしまおう」
駆け出しの覚醒者と、ハンターとしての経験を積んだ彼らとでは、まともな戦いにもならない。
過激派の面々は、バリケードを失い、あっという間に制圧されたのであった。
【鎮圧別動隊】未来への呼び掛け
壁から突入したハンター達が見たのは、放送室の隅で放置されていた犠牲者らだった。
口は塞がれ、逃げられないようにか、四肢が銃で撃ち抜かれていた。止血もされず、床は血の海となっている。
「俺の話しに聞く耳を持たないどころか、邪魔すらしようとしたからな。当然だ」
眠りの雲に抵抗したジョン・ドゥが犠牲者の一人に銃を突き付けながら言い訳する。
恐らく、放送室の職員達は暴力の脅しに屈せず、抵抗したのだろう。彼らの勇気のおかげで過激派の計画はスムーズに進まなかった事があるはずだ。
再び魔法を使おうとしたエアルドフリスの動きに警戒してジョン・ドゥが叫ぶ。
「動くな! こいつらの……」
だが、言葉は最後まで続かなかった。突入した勢いそのまま、守りを捨てたグレイブが飛びかかったからだ。
ジョン・ドゥを吹き飛ばし、壁に叩きつける。苦し紛れにジョン・ドゥが銃を向けた。
「そう簡単には、やらせねぇよ!」
駆け込んだエヴァンスが刀を振るって、ジョン・ドゥが持つ銃を切断する。
咄嗟に銃を手放し、腰からナイフを抜き出そうとした所で、エアルドフリスが渾身の力でジョン・ドゥの身体を抑えつけた。
「せ、せん、せ……い……」
(『先生』? ……誰の事だ)
抑えつけた時の衝撃で頭をぶつけたのか、なにか小言を呟いてジョン・ドゥは気を失った。その言葉をエアルドフリスは聞き逃さなかった。
黒幕がいるとでもいうのだろうか。だとしたら、一体、何者なのか。そして、何の為に。
主犯の身柄を確保したのを見届けながら、エイルは回復の魔法を使う。
「絶対に誰も死なせないわ」
放送室をマテリアルの優しい光が包み込む。
「間に会ったようだな」
エヴァンスがニヤリと微笑んだ。
酷い怪我を負っていた人質らの傷が塞がっていく。とりあえず、一安心だろう。
「主犯の確保と人質の救出に成功したわ。啓一くん、放送機器にも電源をお願いできるかしら」
「さすが、エイルのねーさんだ」
啓一は感心しながら、スイッチを入れる。
これで、電源は全て回復だ。自分の役目も無事に果たせただろう。
「皆さん、聞こえますか? 放送室を暴力で支配していた集団を無力化させました。怪我をされた方は皆、治療しましたので、ご安心下さい」
マイクに向かってエイルは開口一番、その様に伝えた。
誰一人死んではいない。その事実がどれだけ尊い事か。
咳払いしてから、グレイブも、マイクに向かって語りかける。
「帰還方法の究明には各国の協力が必要だ。協力と生存の援助を得るには世界に貢献していくしかない。一緒に生きる事が本当の一歩なんだ……頼む」
放送室からは、放送を聞いている住民達の反応は分からない。
受け入れてもらえているのだろうか。それとも、不満の声が広がっているのだろうか。
静かに深呼吸したエイルがゆっくりとした口調でもう一度、マイクに向かって優しく言った。
「ようこそ、此の地へ。どうか、私達と今を生き、未来を……共に探しましょう」
放送室の外から、人々の歓声が、かすかに聞こえてくる。
ハンター達の想いは確かに、彼らに届いていたのだ。
【保護】終結
その放送は、ジュードの耳にも確かに聞こえていた。
「エイルさんが話しているって事は、エアさん達、成功したんだね」
残りの花火を用意しながら、出発前に、託されたその花火に向かって呟くと、願いを込めて点火する。
点火を確認し、再度、表の舞台に飛び上がった。ここからが、本番だ。
失意のまま、住民を移転させるわけにはいかない。移転を真に成功させるには、生活の保障だけではない。一人一人の気持ちが前に向く事なのだから。
多くの仲間達を思いを受け取り、ジュードは精一杯の声を絞り出した。
「私達は、俺達は、皆と一緒に困難を乗り越えたい! 歌に乗せて、想いよ、届け!」
同時に背後から花火が豪快に打ち上がる。
突如として始まったライブに住民達は移動する事も忘れて、舞台をみつめていた。
「さあさあ、見ていってね。不思議な猫とフルートの共演よ♪」
覚醒状態に入ると、猫のイリュージョンで演出する。
多くの住民は驚きながら、その光景に見入っていた。
「私はケイルカ。見てのとおりエルフよ。私達は皆さんを歓迎するわ♪」
丁寧におじぎをした所で、入れ替わるように、エリスが舞台に飛び上がってきた。
手にはトランシーバーが握ってある。意識を集中し、マテリアルを操作する。通信機器の通信可能距離を延長させる機導術だ。
「まだ気持ちの整理が出来てないと思いますがゆっくり考えてください」
慌てる事はないと。
移転の話しは、急だったかもしれない。だけど、転移の時はもっとそれ以上の事だったのだから。
「私達ハンターが皆さんの平穏のため、人類の脅威と戦うことを約束します!」
合わせた様に、最後の花火が一斉に空に花を咲かした。
「まずは、エリスちゃんの歌、みんなで一緒にぃー!」
歌が街中に広がって行く。それは、まだ、喧騒が続く一帯にも同様だった。
「エリスさんが歌っている……手伝わないと」
舞台裏で演奏をしようと、龍笛を握りしめたアルトに向かって住民達が集まった。
先程まで、彼女を囲んで喝采を向けていた人々だ。
「イケメンの姉ちゃん! 俺達も手伝わせてくれ!」
「私も、一緒に混ざりたいです!」
思い思いに活き込む住民達にアルトは驚きの表情を浮かべた。
そして、申し出た人々を見渡すと、少し照れながら、こう言った。
「ボクは貴方たちと友人になりたい。ぜひ、一緒に行ってくれないか」
その台詞に、人々から歓声があがった。
過激派の放送が止まり、ハンター達の呼び掛けと、歌により、混乱が急速に収まって行く。同時に、暴力沙汰になっている所が目立つようになってきた。
住民同士が殴り合いしている場面に遭遇したアバルトは割って入る。
「落ち着くのだ。今は殴り合いをしている場合ではない」
制止の声が届かず、思いっきり顔面に拳が入るが、鍛え抜かれた身体が動じる事はない。拳を顔面で受け止めながら、殴ってきた住民をみつめる。
その事の方が驚いたようで急に冷静になる住民。強烈な一撃を叩き込んだはずなのに身動き一つしないなんてある意味、恐ろしいものだ。
「お前は、なんで、そこまで……」
住民の言葉に、アバルトは顔色一つ変えず、整然としたまま答えた。
「……予備役になったと言え、軍人の本分は民を守ることだからな」
軍人らしい話しに、喧嘩をしていた住民らがうな垂れる。
「……いつも、守られっぱなしですまない」
「俺もだ……軍人も、皆、転移してきたのにな……」
アバルトの言葉に喧嘩をしていた住民が落ち着きを取り戻してきた。思えば、サルヴァトーレ・ロッソ自体が別世界に遭難したようなものだ。
それなのに、この船の軍人達は民間人を守る為に、職務に忠実に戦ってきていた事を住民達は思い出す。
そこへ、レイオスが先程までの騒ぎを聞きつけてやってくるが、もう一段落した様子に安堵する。そして、微笑を浮かべながら、喧嘩していた住民の肩を叩いた。
「いい体格してるな。ハンターにならないか? 素手でイケルなら格闘士でもやっていけるぜ。オレでも出来るんだやれるって」
その台詞にキョトンとする住民。
自分の両手を見つめる。そうだ。その手は誰かを殴る為にあるのじゃない。
そう、レイオスはあちこちで喧嘩している住民達に声を掛けまわっていたのだ。
「俺がハンターに?」
転移者はどういうわけか、覚醒者としての素養が多い者が多い。
この者も、もしかして、覚醒者になれるのかも……しれない。
「十野間さん、もう1人追加だけど、大丈夫っすか?」
混乱していた住民達に押し倒されて、踏まれていた怪我人を背負った神楽が、再び救護所に訪れていた。
「ありがとう、神楽さん。あなた、見かけによらず、優しい人なのね」
「そ、そうでもないっすよ~」
下心を隠しながら、神楽が照れる。
「はい、神楽様にも、これあげますわ」
チョココがお菓子を神楽に手渡してきた。
それを遠慮なく受け取り、一口で食べる――が、ずっと走りまわっていたせいか、チョコ餅が喉に詰まる。
「うー! うー!」
慌てる神楽の様子に呆れながら、灯が水を渡した。
それを一気飲みして、喉に詰まった物を胃に流し込む。
「あー。マジで死んだかと思ったっすよ」
「神楽様、まだ、ありますよ」
ニッコリと笑って別のお菓子を差しだしてきたエルフの少女に恐怖を覚えて神楽は群衆に向かって走り出す。
「お、俺、行ってくるっす!」
走り去っていく神楽の背中を微笑ましく見守った後、灯は腕を捲る仕草をして気合いを入れる。
「さて、もう一踏ん張りしようかしらね」
その後も救護所は多くの怪我人や迷子を受け入れていった。
手伝う住民も出て来た。彼らだって何もしないわけではない。ただ、見失っていただけだ。その証拠に、救護所は助け合いで規模を徐々に大きくしていた。
「小さな個々の力が結集して、大きなカタチとなりますわ」
胸を張り、何度も頷きながらチョココは言う。
帰れないのであれば、自分達の町を作ればいいのだ。簡単じゃないけれど、だけど、人の力が集まれば、できるはずなのだから。
「急患だが、診て貰えるのかな?」
声を掛けられ、チョココは振り返る。そこには、毛布で作った担架を住民達と一緒に持つ蘇芳の姿があった。
「もう、大丈夫だぞ」
裂傷が激しい急患に呼び掛ける。
すぐさま、灯がやってきて、回復の魔法をかけていく。マテリアルの光が優しく包み込む様子を患者は恐る恐るみていた。
「俺も最初は戸惑ったが……まあ、人それぞれだ」
その様子に蘇芳が安心させるように優しく言った。
患者は頷きながら怪我が回復する様子を見つめる。リアルブルーではありえない事象だろう。
「こういうのを見ると、どうしたらいいか、わからなくなりそう」
弱気になる患者の肩をポンポンと叩きながら蘇芳が口を開いた。
「なんでもいい。出来る事をしよう。そうしないと、進まない」
「そう……ですよね。ありがとうございます」
怪我が完全に回復し、患者は笑顔を蘇芳に向けた。
憮然とした表情でアイ・シャは住民達の動きを見張っていた。
もう、先程のような混乱は収まってきた。今は、仲間達の歓迎ライブとやらに意識が向いている。
「胸のムカムカを収め見届けるためと思っていましたが……」
まだ胸の中には、嫌悪感が渦巻いていた。
そこへ、迷子の子を救護所先に預けに行ったリリティアが戻ってきた。
「主犯が確保されたみたいですね。気絶する前に『先生』って言ってたみたい」
仲間からの話しを聞いた内容を、わざわざ伝えに来たのには訳があった。
「『先生』?」
アイ・シャが首を傾げる。
そして、すぐにハッとなった。
「もしかして、でしょうか?」
「やっぱり、アイ・シャさんもそう思います?」
二人は先程会った、老人紳士の事を思い出していた。
護衛から『先生』と呼ばれていたからだ。立ち振舞いもただ者でなかった。
「もし、黒幕がいるとしたら、わたくしは、許しませんわ」
厳しい表情で遠くの方を見つめるアイ・シャ。今日の事で、ますます嫌悪感が増した気がする。
「花火まで持ち出して、ずいぶん派手で景気が良いじゃないの」
まさか、突っ立っているだけで給料が出ると思ったのに、飛んだ騒ぎになったなと思いながら、カッツは落ち着きを取り戻した住民達を眺めていた。
「俺から言う事はない……かな……」
仲間のハンター達が放送室や舞台から良い事を語った。だが、今更自分から言う事もないし、なにより、お優しい言葉は持ち合わせてなかった。
それでも、赤と青の間の溝を埋めるようにハンター達の奮闘の前になにもしないわけにはいかない。
「便乗してハーモニカでも吹いとくか」
だから、カッツは静かに奏で始める。
その音色は辺りを優しく包み込んでいった。
こうして、リゼリオ移住第一団の移住は、途中、過激派の介入があったが、移住は成功した。TV局での攻防は激しかったが、ハンター達の活躍により、命を落とした者は一名も出なかったのであった。
遠く、赤ん坊の泣き声が、リゼリオの一角に設けられた移住先に響いた。
誰かが言った。赤ん坊が泣き叫ぶのは、生まれ落ちたこの世へ絶望したからだと。だけど、この世界では違う。
なぜなら、赤ん坊が泣くのは、どんな世界でも生き抜こうとする決意の声なのだから。
おしまい。
(代筆:赤山優牙)
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/10/04 22:04:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/04 00:07:19 |
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【相談卓】2 エイル・メヌエット(ka2807) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/10/05 18:42:30 |
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居場所を探して【相談卓】 エイル・メヌエット(ka2807) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/10/04 22:23:49 |