ゲスト
(ka0000)
【闇光】決意を飲み込む悪意
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/07 19:00
- 完成日
- 2015/10/17 23:00
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
豪華極まりないキャリッジを背中に乗せ、武骨なコンテナを引き摺りながら茶褐色の楕円が純白の雪景色を切り裂くように進む。
その体表はゾンビの継ぎ接ぎ。無数の骸を繋ぎ合わせて皮を作り、内部に毒ガスを充満させて風船のように浮力を得ている。バルーンと呼ばれる、歪虚の一種。ゾンビを撚り合わせて作られた六本の巨大な足を細かく動かし、より機動力を増したおぞましい姿となって北へ北へと向かっている。
「あーもうっ、超寒いんですけどぉ。こんなんなら来なきゃよかったっての……オルちゃんもさぁ、もっと南の島とかで暴れたらいいのに。それだったら、喜んで付いてくのになぁ」
キャリッジの中で女が吐き捨てる。窓から吹き込む寒風に、不自然に輝く金の髪を揺らし、氷のように冷え冷えと透き通った白い肌を震わせて。傍らに置かれた、外気の低温でより冷たくなった釣り鐘型の巨大な鉄塊――アイアンメイデンを蹴り飛ばしながら、目の前に佇む男女二体のゾンビに向けて忌々しげに目元を歪めた。
エリザベート。
真紅のドレスに身を包んだ毒婦が、彼女が”馬車”と言い張るものに乗り北荻へ向けて移動を始めていた。
「申し訳ありません」「寒い」「という感覚が」「分かりかねます故」「失念しておりました」
蹴られたアイアンメイデンが倒れ、大きな音共に床板にめり込む。それを気にする素振りすらなく、執事服とメイド服に身を包んだ男女のゾンビは、一つの文章を二つの口で流れるように紡ぎ頭を下げた。その姿は気品に溢れ、本物の侍従を思わせる。しかし、薄紫の肌色、ところどこ剥がれかかった皮膚、そして黄ばんだ白目と瞳孔の散大しきった瞳が、彼らをゾンビたらしめていた。
その答えに得心がいかなかったのか、エリザベートはぶすっとした表情のまま窓の外に目を向ける。広がっているのは、苛立たしいほどに延々と続く白銀の世界。
「……退屈」
暇つぶしに連れてきた、体力も有り余って体も丈夫だろうと当たりを付けた何処かの兵士も、既にアイアンメイデンの中で事切れている。そんな言葉が自然に飛び出すのも、無理のないことだった。
●
北荻への進軍。そこに、北荻から最も近い場所に駐留する第二師団員が加わるのは必然だ。多くの部隊が、作戦地域に向け続々と雪原を突き進んでいく。
かねてより、彼らは北荻からの重圧に耐えてきた。山脈一つ越えれば広がる歪虚の本拠に、思いを馳せない日はなかった。誰もが、その向こうからいずれ迫るであろう脅威から、国を守るために訓練を続けてきたのだ。
だからこそ、彼ら第二師団員の士気は高い。今のこの状況こそが、悲願といって過言ではないからだ。
歪虚への恐怖も、死への恐怖も、心の奥底に押し込めて剣を振るう。
第二師団フュアアイネ。その意味は、一つのために。殉ずる覚悟など、初めから持ち合わせていた。
「ハァ~イ、元気ぃ?」
そしてその思いは、例え頭上から巨大な鉄塊が急襲しようと、変わることなど決して無い。
深く積もった雪を蹴散らし固く凍った土までも穿ち、吹雪のような雪煙を巻き上げ数人の団員がそれだけで大きく吹き飛ばされて――
「……ちっ、エリザベートって奴か! こんな時に!」
「あれ、あたしのこと知ってんの? えーあたし有名人じゃーん! サインしたげよっかぁ? きゃはははっ!」
楽しげに笑みを浮かべ、しかし圧倒的な悪意を感じさせる雰囲気を纏って真紅の歪虚が降り立つ。
「ちょっと暇しちゃってさぁ。充電も切れちゃうし、ホントやってらんないよねぇ」
可憐でありながら禍々しい容貌は、その身に宿る毒を隠しもせず、だというのに獲物を狩る自信に満ちあふれている。
彼女の情報は、既に第二師団に出回っていた。帝国内で無数に発見された、死体とゾンビまみれの廃墟。その原因が、この酷薄で軽薄で蠱惑的な笑みを浮かべる歪虚であると。
遭遇すれば、決してまともにやりあってはいけない。必ず、上位の団員複数によって対処すべし。
覚悟は出来ている。しかしそれは、無駄死にをしてもいいということではない。
「全員、撤退を――」
咄嗟に団員達は踵を返そうとする。しかし、
「どこに」「行かれるのですかな?」
団員達の逃げ道を塞ぐように、雪に隠れていたのか、いつの間にか無数のゾンビが立ち塞がっていた。
モノクロを基調とした、燕尾服とメイド服を纏ったゾンビの群れだ。手に手に錆の入った剣を提げ、ゾンビらしからぬ堂に入った構えでずらりと並び静かにこちらを牽制している。
「我が主が」「あなた方と戯れたいと」「仰っているのです」
「……クソが」
痛いほどに剣の柄を握りしめ、団員が吐き捨てる。それを見たエリザベートの笑みが、一層深くひび割れる。
「きゃはははっ、イィ~イ顔してんじゃん。自分は強いぜーなぁんて思ってる奴のが、ビビったとき超ウケんだよねぇ。……ノリわっるいのが、混ざってるみたいだけどぉ」
そして、エリザベートの爛々とした真紅の視線が、部隊に追従していたハンター達に注がれた。
「ま、何でもいいや。ゆぅ~っくり……ぶっ壊れるまで遊んであげる。きゃはははっ!」
その体表はゾンビの継ぎ接ぎ。無数の骸を繋ぎ合わせて皮を作り、内部に毒ガスを充満させて風船のように浮力を得ている。バルーンと呼ばれる、歪虚の一種。ゾンビを撚り合わせて作られた六本の巨大な足を細かく動かし、より機動力を増したおぞましい姿となって北へ北へと向かっている。
「あーもうっ、超寒いんですけどぉ。こんなんなら来なきゃよかったっての……オルちゃんもさぁ、もっと南の島とかで暴れたらいいのに。それだったら、喜んで付いてくのになぁ」
キャリッジの中で女が吐き捨てる。窓から吹き込む寒風に、不自然に輝く金の髪を揺らし、氷のように冷え冷えと透き通った白い肌を震わせて。傍らに置かれた、外気の低温でより冷たくなった釣り鐘型の巨大な鉄塊――アイアンメイデンを蹴り飛ばしながら、目の前に佇む男女二体のゾンビに向けて忌々しげに目元を歪めた。
エリザベート。
真紅のドレスに身を包んだ毒婦が、彼女が”馬車”と言い張るものに乗り北荻へ向けて移動を始めていた。
「申し訳ありません」「寒い」「という感覚が」「分かりかねます故」「失念しておりました」
蹴られたアイアンメイデンが倒れ、大きな音共に床板にめり込む。それを気にする素振りすらなく、執事服とメイド服に身を包んだ男女のゾンビは、一つの文章を二つの口で流れるように紡ぎ頭を下げた。その姿は気品に溢れ、本物の侍従を思わせる。しかし、薄紫の肌色、ところどこ剥がれかかった皮膚、そして黄ばんだ白目と瞳孔の散大しきった瞳が、彼らをゾンビたらしめていた。
その答えに得心がいかなかったのか、エリザベートはぶすっとした表情のまま窓の外に目を向ける。広がっているのは、苛立たしいほどに延々と続く白銀の世界。
「……退屈」
暇つぶしに連れてきた、体力も有り余って体も丈夫だろうと当たりを付けた何処かの兵士も、既にアイアンメイデンの中で事切れている。そんな言葉が自然に飛び出すのも、無理のないことだった。
●
北荻への進軍。そこに、北荻から最も近い場所に駐留する第二師団員が加わるのは必然だ。多くの部隊が、作戦地域に向け続々と雪原を突き進んでいく。
かねてより、彼らは北荻からの重圧に耐えてきた。山脈一つ越えれば広がる歪虚の本拠に、思いを馳せない日はなかった。誰もが、その向こうからいずれ迫るであろう脅威から、国を守るために訓練を続けてきたのだ。
だからこそ、彼ら第二師団員の士気は高い。今のこの状況こそが、悲願といって過言ではないからだ。
歪虚への恐怖も、死への恐怖も、心の奥底に押し込めて剣を振るう。
第二師団フュアアイネ。その意味は、一つのために。殉ずる覚悟など、初めから持ち合わせていた。
「ハァ~イ、元気ぃ?」
そしてその思いは、例え頭上から巨大な鉄塊が急襲しようと、変わることなど決して無い。
深く積もった雪を蹴散らし固く凍った土までも穿ち、吹雪のような雪煙を巻き上げ数人の団員がそれだけで大きく吹き飛ばされて――
「……ちっ、エリザベートって奴か! こんな時に!」
「あれ、あたしのこと知ってんの? えーあたし有名人じゃーん! サインしたげよっかぁ? きゃはははっ!」
楽しげに笑みを浮かべ、しかし圧倒的な悪意を感じさせる雰囲気を纏って真紅の歪虚が降り立つ。
「ちょっと暇しちゃってさぁ。充電も切れちゃうし、ホントやってらんないよねぇ」
可憐でありながら禍々しい容貌は、その身に宿る毒を隠しもせず、だというのに獲物を狩る自信に満ちあふれている。
彼女の情報は、既に第二師団に出回っていた。帝国内で無数に発見された、死体とゾンビまみれの廃墟。その原因が、この酷薄で軽薄で蠱惑的な笑みを浮かべる歪虚であると。
遭遇すれば、決してまともにやりあってはいけない。必ず、上位の団員複数によって対処すべし。
覚悟は出来ている。しかしそれは、無駄死にをしてもいいということではない。
「全員、撤退を――」
咄嗟に団員達は踵を返そうとする。しかし、
「どこに」「行かれるのですかな?」
団員達の逃げ道を塞ぐように、雪に隠れていたのか、いつの間にか無数のゾンビが立ち塞がっていた。
モノクロを基調とした、燕尾服とメイド服を纏ったゾンビの群れだ。手に手に錆の入った剣を提げ、ゾンビらしからぬ堂に入った構えでずらりと並び静かにこちらを牽制している。
「我が主が」「あなた方と戯れたいと」「仰っているのです」
「……クソが」
痛いほどに剣の柄を握りしめ、団員が吐き捨てる。それを見たエリザベートの笑みが、一層深くひび割れる。
「きゃはははっ、イィ~イ顔してんじゃん。自分は強いぜーなぁんて思ってる奴のが、ビビったとき超ウケんだよねぇ。……ノリわっるいのが、混ざってるみたいだけどぉ」
そして、エリザベートの爛々とした真紅の視線が、部隊に追従していたハンター達に注がれた。
「ま、何でもいいや。ゆぅ~っくり……ぶっ壊れるまで遊んであげる。きゃはははっ!」
リプレイ本文
「そんなに壊したいなら、壊れるまで相手してあげる!」
真っ先に動いたのは十色 エニア(ka0370)だった。エリザベートに背を向けたまま後ろに跳ぶと、同時に杖の先に火球を生み出し放つ。
火球は尾を引きながら、一直線にゾンビの群れに飛び込んだ。爆発がゾンビごと、深い雪を捲り上げる。
「……頼んだよ」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の険しい声に、イヌワシの背に跨がるように括り付けられた妖精アリスはこくりと頷いた。それと同時に、火を付けておいた花火が打ち上がる。火薬は高く舞い上がり、澄んだ空に季節外れの鮮やかな花が咲く。
「――は?」
そして、エリザベートがその花火に気を取られた隙に、アルトはあらかじめ聞いておいた本隊の方角に向けてイヌワシを解き放った。
アルトはエリザベートに向け、その目を見ないように小さく笑う。何かを警戒させられれば、それで時間は稼げるだろう。
爆発を皮切りに、全員が動き出す。
「わしはあれをやるぞ!」
星輝 Amhran(ka0724)が手裏剣を手に、言葉を操るリーダー格らしき二体のゾンビに目を向ける。
「俺もそっちに行こう。いくら趣味が悪くても、お人形はお人形だしね」
「……師団員だけでは分が悪い。各個撃破が肝要か」
次いでルピナス(ka0179)とイヴァン・レオーノフ(ka0557)が、師団員とゾンビの間に割り込むように飛び出した。
「あれを知っている者は情報の共有を!」
そんな彼らの背を守るように、クリスティン・ガフ(ka1090)はエリザベートを睨み付けつつ長大な刀をすらりと引き抜き高く振り上げる。
「……前に見た、地下室の惨状の……首謀者」
「惨状?」
「……うん……ゾンビと、死体……たくさんあった」
「あら、それは素敵ね。是非行ってみたいわ」
過去の記憶を思い起こすシェリル・マイヤーズ(ka0509)と共にエリザベートに向き合い、ブラウ(ka4809)は興味深げに鼻を鳴らした。
●
星輝を先頭にして、イヴァン、ルピナスが続きゾンビの群れへと突っ込んでいく。
狙うのは、リーダーだと思われる二体のゾンビ。それらは見た目こそ似ているが、立振舞が他とは一線を画していて見分けがつかないということはなさそうだ。
「我々を狙うのは」「当然の」「ことで」「ありましょうな」
妙な喋り方もそのままに、二体は背後のゾンビ達に指示をするよう腕を振り上げる。
「行き」「なさい」
合わせて汚らしい雄叫びが上がり、ゾンビの群れもまた一斉に飛び出した。
「師団員達は、伏兵に注意して足場の確保を! 決して孤立するな、一匹に複数で当たれ!」
アルトの指示が師団員を動かす。さすが軍人というべきか、どんな状況でも、彼らは命令が飛べばそれにすぐさま従った。
「男の方を狙うのじゃ!」
迫り来るゾンビの群れを掻き分けて、星輝が声を上げる。
「了解。それじゃあ、俺が動きを止めよう」
「……ああ、その後は任せろ」
同じくルピナスとイヴァンが攻勢に入る。
まずは雑魚を師団員に任せ、頭を叩く。星輝はそんな定石の通りに、マテリアルを込めて素早く片側のゾンビへ向けて手裏剣を構え、
「……なーんての!」
それが俄に腰を落としたのを見ると直角に飛んでいた。同時に体を捻り、もう片方の個体に向けて投げ放つ。背後を突こうとしていたメイド服は逆に虚を突かれ、手裏剣が一直線に太ももを貫く。
「趣味が悪いなりに可愛い人形だけど……俺のじゃないしね、壊すよ」
そして星輝の背後から宙を滑ったルピナスのワイヤーが燕尾服の腕に強く絡みつき、迎撃を行おうと引いていた腕が強引に開かれ胴体を晒す。
そこにイヴァンが肉薄した。
「……お前達の首を飛ばせば、あの女の顔も少しは歪むのか?」
タイミングは完璧に近い。燕尾服は迫る刃を躱すことしかできず――
「あのお方は」「笑うでしょうな」
しかし、燕尾服は微動だにしなかった。
「……何?」
刃は理想通りに、腐った肉を切り裂き首を落としていた。
同時にメイド服もまた、星輝の一撃で片足を綺麗に斬り飛ばされる。
「ぬ、なんじゃこの手応えの無さは」
強さを見誤ったか。そんな空気が一同に流れかけた次の瞬間、
「後ろだ!」
アルトの声が響いた。咄嗟に、三人は確認する前に回避を行う。
「おや」「浅いですか」
鋭い剣圧が薙ぐ。先程とは顔の違う男女二体のゾンビが、交互に口を開いていた。
●
「へえ、ハズレ共のくせに何かイイ動きしてるっぽいじゃん」
エリザベートはこちらの様子を眺めて厭らしく笑っていた。
動く気配はない。目の前に展開する四人のハンターなど、取るに足らない存在だとでも思っているのだろう。
「何か呼んだみたいだけどぉ、来るまでに壊れちゃったら意味ないよねぇ」
「毒女如きに殺されるつもりなど、毛頭無い!」
響き渡るエリザベートの笑い声。人の神経を逆撫でするそれを裂くように、クリスティンがマテリアルを湛えた刃を右手で素早く振り下ろし衝撃波を生む。
「あはっ、毒とか酷くない?」
バチンと鈍い音が響く。巨大な鉄塊――アイアンメイデンに受け止められた衝撃波が弾け、余波が暴風を生む。
「お前は、特に……気に入らない……」
その中を突っ切るようにシェリルが飛び出した。フードと仮面で表情を隠し、素早い動きで地面を蹴る。
瞳に映るのは、死に塗れた毒々しい赤のドレス。そこに染みこんだ血の量を想い、シェリルは口の中で小さく子守歌を紡いだ。
「……素敵な香りが、ぷんぷんするわね」
一足飛びに距離を縮めながら、ブラウは目尻を下げた。一歩を踏む度に、彼女の好む芳醇な香りはより強くなっていく。
アイアンメイデンで視線を切って、左右の死角に二人はそれぞれ飛び込んでいく。
「そう来るよねぇ!」
エリザベートは思い切り鎖を引いた。鉄塊が宙に浮き異様な風圧を伴って円を描く。
シェリルは一気に大きく跳び上がる。対してブラウは、迫る鉄塊に刀を合わせて力を受け流そうとし、
「何、この香り……!」
余りの衝撃に大きく弾き飛ばされていた。
それを横目に、シェリルは空中で身を捻るように刀を振る。
「それ、逃げらんないっしょ!」
しかし先に攻撃に移ったのは、エリザベートの方だった。鉄塊を振った勢いを利用し、反対に余った鎖が弧を描く。
「確か、魔法が嫌いだったよね?」
それがシェリルの体を叩く前に、飛来した水の塊がエリザベートの眼前で炸裂した。手元の狂った鎖はシェリルの真下を掠め、
「行くぞ毒女!」
クリスティンが再び衝撃波を放っていた。
ブラウは既に体勢を立て直し、エニアは次の魔法の準備に入っている。
「……これだから、ハンターってのはさぁ!」
刀が肩口を切り裂き、衝撃波で千切れたドレスの布と共に血が空中に模様を描く。
「似たもの同士、仲良く嗅ぎ殺し合いましょう……?」
ブラウが距離を詰める。接敵と同時に、勢いよく鯉口を切る。鞘走りと共に加速した一撃は――がりがりと、赤い結晶を砕くに留まった。
●
無数のゾンビとハンター、師団員が入り乱れる。
リーダー格のゾンビを見分けるのは難しくなっていた。目の前のゾンビの剣筋が鋭い、そう思った次の瞬間には、横合いから同じく鋭い剣が飛んでくる。それを倒しても倒さなくても、今度は別の個体が異様に素早い動きを混ぜて襲ってくる。
普通のゾンビではない。そう気付くのに、時間はかからなかった。
「慌てず、目の前の敵を倒すことに集中しろ! 聖導士は適宜回復と、敵が固まったところにレクイエムを! 元々高位歪虚の手駒が雑魚じゃないことくらい、帝国兵なら知っているはずだ!」
アルトは全体を見て、指示を与えていく。師団員は互いに背中を守るように展開し、ハンターの対処しきれない個体を狙って一斉攻撃を仕掛ける。
怪我によってアルトは前線に出られない。しかしそれにより、見るに徹することで状況の把握を素早く行う事が可能になっていた。
「イヴァンさん、左だ!」
動きの違うゾンビを即座に看破し、その場所を伝える。
「……屍にしては、良く動くようだな」
いくつも振り下ろされる剣を受け止め、翻るスカートを掴んで引き倒す。
「こんな退屈なところで死ぬわけには、いかないよね」
その個体に、ルピナスのワイヤーが巻き付いた。そして、くいと振動を与えるように手繰れば抜き身と化してゾンビの腕を引き裂いていく。
そのルピナスにまた別角度からの一撃が迫れば、
「させぬのじゃ!」
それを機敏に察した星輝の攻撃がそれを阻害し、ゾンビは唸りを上げて星輝を睨み付けた。
数の不利は大きく、消耗の度合いは小さくない。しかし互いに互いの死角を潰し、ゾンビの予想外の行動にはアルトの視点がいち早くそれを気付かせることで、ゾンビは順調にその数を減らしていった。
「これは」「これは」「想定」「よりも」「抵抗が」「激」「しい」「ですな」
無数のゾンビが次々に口を開き、一つの文章を流れるように紡ぎ出す。
「ぬう、不気味な奴らじゃ」
星輝のトリッキーな動きも、ただのゾンビなら問題ない。しかし、それが喋るゾンビに変われば途端に効果が落ちてしまう。
「……これは、面倒だ」
イヴァンの剣が、ゾンビとは思えない正確な動きで受け止められる。返す刀で拳を叩き込もうとすれば、先程の動きを突如忘れたようにすんなりと攻撃が通り……そのゾンビの後ろから、不意を突く鋭い一撃が襲い来る。
「踊るのも、そろそろ飽きてきたかな」
ルピナスの言葉ももっともだった。
どの敵に気を付けたら良いのか判然としないこの状況は、徐々に精神を削っていく。このまま時間を掛ければ殲滅出来そうだとはいえ、師団員も含め体力が持つかどうかの確信は持てなかった。
そうして一度息をつき、ハンター達が再び武器を構えた頃――背後で怒号が響いた。
●
「あーあー、ハンターってこういうセコい奴らだった!」
鎖が伸びきったその瞬間、四人が一斉に鎖破壊のため一点を狙い同時に攻撃を放つ。
その衝撃が手元に伝わったとき、エリザベートは苦々しげに顔を歪めて吐き捨てた。そして鉄塊を高く跳ね上げると、鎖を一気に引き寄せる。
「電池ちゃんとしてればさぁ!」
「あはは、そういうのは出かける前に準備しておくものじゃない?」
射程が落ちた。エニアは笑み軽口を叩きながら水球を撃ち込み、
「武器さえ封じれば、何のことは無い!」
合わせて放たれたクリスティンの衝撃波と共に、エリザベートが真紅の結晶を展開しそれを防ぐ。
そこに滑り込むのはシェリルとブラウだ。短く構えた鉄塊が振り回されるも、躱すのは難しくない。
「ケバいドレス……似合ってない……」
間近で衣装を見て、シェリルが呟く。
「うんうん、ちょっと古くさいよね~時代遅れっていうか」
「はっ、ガキに何が分かるんだってーの!」
シェリルは叩き潰す鉄塊を転がって躱し、手にした手裏剣を纏めて放つ。それは生き物のように、弧を描いて四方八方からエリザベートを襲った。
結晶で受け止めきれないいくつかが皮膚を裂く。
「血の結晶、とても素敵だわ。それにその武器、血の海に浸かったように濃厚な香り……ああ、わたしにそれ、譲ってくれないかしら……!」
ブラウの刀が追い打ちをかけた。結晶を抉った剣閃を追って爪が伸びるが、既にブラウは大きく距離を取っている。
「ちっ、逃げんなって――」
そこに続けて、エニアとクリスティンの攻撃がぶつかった。
さらにシェリルとブラウが攻撃を仕掛け、やけくそ気味に振り回された鉄塊は二人に大きなダメージを与えられず、再び遠距離攻撃が彼女の頬を掠め――
「ああうざってえっ!!」
唐突に叫び、エリザベートがアイアンメイデンを大きく放った。鎖が手の中を滑り、途轍もない速度で放たれた鉄塊が一直線に空気を裂く。
その先にはエニアがいた。だが、エニアの位置は鎖の長さを考慮し射程外で――
「てめえが、一番うざいんだよっ!」
エリザベートが少しだけ地面を蹴った。
次の瞬間、アイアンメイデンの重さに引っ張られ、その体が弾丸のように射出される。同時に支えを失った鉄塊が想定していた射程よりも大きく飛び、
「……しまったなぁ」
咄嗟に回避に徹したエニアの真横を穿っていった。
大質量が大気を押し出し、生まれた真空が爆風を作り出す。その瞬間、エニアの視界は眩んだ。
――穴の開くような衝撃が腹部を貫く。
エリザベートの膝が叩き込まれていた。そして吹き飛ぶ間もなく、片手で首を掴まれ持ち上げられる。
「魔法が嫌いな訳じゃないんだよねぇ」
ごきりと、致命的な音が頭蓋に響く。
口元で血液の塊が弾けて、ぼたぼたとエリザベートに降り注ぐ。
「あんたみたいなのが、嫌いなんだよ」
そして万力じみた握力が、頸椎を握り潰さんと圧力を高め、
「わた、しも……貴女みたいなの、嫌い……かな」
エニアは絞り出すように、小さく笑った。
「はっ、良い度胸じゃん」
「離れろっ!」
「ちっ」
クリスティンがそこに斬り込んだ。エリザベートの手がエニアから離れ、エニアは力なく転がる。
「殺させない……!」
低く地面を擦るように飛びかかったシェリルの刃は、より強固な結晶によって阻まれていた。
「邪魔」
エリザベートが爪先で鎖を引っかける。それだけの動作で、鉄塊が嘘のように砲弾と化した。直撃を受け、シェリルとクリスティンが吹き飛ばされる。
「……血の臭いが、戦場に満ちていくわ。ああ、素敵ね、そう思わない?」
「何言ってんの?」
遅れてブラウの刀が閃けば、それよりも苛烈に鋭利な爪が攻撃の合間を縫ってブラウを切り裂いた。
「……これで殺しきれないとか、やっぱ電池も替えとかないとなぁ。もー元気なら何でもいっか」
そう言って、エリザベートは倒れたハンター達に背を向ける。その視線の先には、ゾンビの群れと戦う師団員の姿があった。
アイアンメイデンの扉の留め金に指を掛け、バチンと外せばその奥から仄赤い光がうっすらと漏れ――
「……До свидания」
エリザベートの横面を、水球が打ち据えた。
ぐるりと、赤い瞳がエニアを見る。彼は既に意識を失っていたが――その口元には、笑みが浮かんでいた。
●
「爺や、婆や」
声にぼこりと雪原の一部が盛り上がり、中から二体のゾンビが起き上がった。
「もしかして、時間切れ?」
「はい」「東から」「人間の本隊が」「接近中です」
「……ああそう」
それだけ言って、もはやこちらに一瞥も寄越さずエリザベートは宙に浮く。ゾンビの群れもそれに続き、一斉に全力で撤退を開始した。
全員が息も絶え絶えにそれを見送る中、血塗れのブラウが最後に刀を投げ――甲高い音を立て、刃がアイアンメイデンにぶつかり傷を付ける。
「……また、会いましょう?」
いずれ、間違いなくあれを倒す。全員の気持ちは一つだ。
しかし今は――生き残った、それだけで十分だった。
真っ先に動いたのは十色 エニア(ka0370)だった。エリザベートに背を向けたまま後ろに跳ぶと、同時に杖の先に火球を生み出し放つ。
火球は尾を引きながら、一直線にゾンビの群れに飛び込んだ。爆発がゾンビごと、深い雪を捲り上げる。
「……頼んだよ」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の険しい声に、イヌワシの背に跨がるように括り付けられた妖精アリスはこくりと頷いた。それと同時に、火を付けておいた花火が打ち上がる。火薬は高く舞い上がり、澄んだ空に季節外れの鮮やかな花が咲く。
「――は?」
そして、エリザベートがその花火に気を取られた隙に、アルトはあらかじめ聞いておいた本隊の方角に向けてイヌワシを解き放った。
アルトはエリザベートに向け、その目を見ないように小さく笑う。何かを警戒させられれば、それで時間は稼げるだろう。
爆発を皮切りに、全員が動き出す。
「わしはあれをやるぞ!」
星輝 Amhran(ka0724)が手裏剣を手に、言葉を操るリーダー格らしき二体のゾンビに目を向ける。
「俺もそっちに行こう。いくら趣味が悪くても、お人形はお人形だしね」
「……師団員だけでは分が悪い。各個撃破が肝要か」
次いでルピナス(ka0179)とイヴァン・レオーノフ(ka0557)が、師団員とゾンビの間に割り込むように飛び出した。
「あれを知っている者は情報の共有を!」
そんな彼らの背を守るように、クリスティン・ガフ(ka1090)はエリザベートを睨み付けつつ長大な刀をすらりと引き抜き高く振り上げる。
「……前に見た、地下室の惨状の……首謀者」
「惨状?」
「……うん……ゾンビと、死体……たくさんあった」
「あら、それは素敵ね。是非行ってみたいわ」
過去の記憶を思い起こすシェリル・マイヤーズ(ka0509)と共にエリザベートに向き合い、ブラウ(ka4809)は興味深げに鼻を鳴らした。
●
星輝を先頭にして、イヴァン、ルピナスが続きゾンビの群れへと突っ込んでいく。
狙うのは、リーダーだと思われる二体のゾンビ。それらは見た目こそ似ているが、立振舞が他とは一線を画していて見分けがつかないということはなさそうだ。
「我々を狙うのは」「当然の」「ことで」「ありましょうな」
妙な喋り方もそのままに、二体は背後のゾンビ達に指示をするよう腕を振り上げる。
「行き」「なさい」
合わせて汚らしい雄叫びが上がり、ゾンビの群れもまた一斉に飛び出した。
「師団員達は、伏兵に注意して足場の確保を! 決して孤立するな、一匹に複数で当たれ!」
アルトの指示が師団員を動かす。さすが軍人というべきか、どんな状況でも、彼らは命令が飛べばそれにすぐさま従った。
「男の方を狙うのじゃ!」
迫り来るゾンビの群れを掻き分けて、星輝が声を上げる。
「了解。それじゃあ、俺が動きを止めよう」
「……ああ、その後は任せろ」
同じくルピナスとイヴァンが攻勢に入る。
まずは雑魚を師団員に任せ、頭を叩く。星輝はそんな定石の通りに、マテリアルを込めて素早く片側のゾンビへ向けて手裏剣を構え、
「……なーんての!」
それが俄に腰を落としたのを見ると直角に飛んでいた。同時に体を捻り、もう片方の個体に向けて投げ放つ。背後を突こうとしていたメイド服は逆に虚を突かれ、手裏剣が一直線に太ももを貫く。
「趣味が悪いなりに可愛い人形だけど……俺のじゃないしね、壊すよ」
そして星輝の背後から宙を滑ったルピナスのワイヤーが燕尾服の腕に強く絡みつき、迎撃を行おうと引いていた腕が強引に開かれ胴体を晒す。
そこにイヴァンが肉薄した。
「……お前達の首を飛ばせば、あの女の顔も少しは歪むのか?」
タイミングは完璧に近い。燕尾服は迫る刃を躱すことしかできず――
「あのお方は」「笑うでしょうな」
しかし、燕尾服は微動だにしなかった。
「……何?」
刃は理想通りに、腐った肉を切り裂き首を落としていた。
同時にメイド服もまた、星輝の一撃で片足を綺麗に斬り飛ばされる。
「ぬ、なんじゃこの手応えの無さは」
強さを見誤ったか。そんな空気が一同に流れかけた次の瞬間、
「後ろだ!」
アルトの声が響いた。咄嗟に、三人は確認する前に回避を行う。
「おや」「浅いですか」
鋭い剣圧が薙ぐ。先程とは顔の違う男女二体のゾンビが、交互に口を開いていた。
●
「へえ、ハズレ共のくせに何かイイ動きしてるっぽいじゃん」
エリザベートはこちらの様子を眺めて厭らしく笑っていた。
動く気配はない。目の前に展開する四人のハンターなど、取るに足らない存在だとでも思っているのだろう。
「何か呼んだみたいだけどぉ、来るまでに壊れちゃったら意味ないよねぇ」
「毒女如きに殺されるつもりなど、毛頭無い!」
響き渡るエリザベートの笑い声。人の神経を逆撫でするそれを裂くように、クリスティンがマテリアルを湛えた刃を右手で素早く振り下ろし衝撃波を生む。
「あはっ、毒とか酷くない?」
バチンと鈍い音が響く。巨大な鉄塊――アイアンメイデンに受け止められた衝撃波が弾け、余波が暴風を生む。
「お前は、特に……気に入らない……」
その中を突っ切るようにシェリルが飛び出した。フードと仮面で表情を隠し、素早い動きで地面を蹴る。
瞳に映るのは、死に塗れた毒々しい赤のドレス。そこに染みこんだ血の量を想い、シェリルは口の中で小さく子守歌を紡いだ。
「……素敵な香りが、ぷんぷんするわね」
一足飛びに距離を縮めながら、ブラウは目尻を下げた。一歩を踏む度に、彼女の好む芳醇な香りはより強くなっていく。
アイアンメイデンで視線を切って、左右の死角に二人はそれぞれ飛び込んでいく。
「そう来るよねぇ!」
エリザベートは思い切り鎖を引いた。鉄塊が宙に浮き異様な風圧を伴って円を描く。
シェリルは一気に大きく跳び上がる。対してブラウは、迫る鉄塊に刀を合わせて力を受け流そうとし、
「何、この香り……!」
余りの衝撃に大きく弾き飛ばされていた。
それを横目に、シェリルは空中で身を捻るように刀を振る。
「それ、逃げらんないっしょ!」
しかし先に攻撃に移ったのは、エリザベートの方だった。鉄塊を振った勢いを利用し、反対に余った鎖が弧を描く。
「確か、魔法が嫌いだったよね?」
それがシェリルの体を叩く前に、飛来した水の塊がエリザベートの眼前で炸裂した。手元の狂った鎖はシェリルの真下を掠め、
「行くぞ毒女!」
クリスティンが再び衝撃波を放っていた。
ブラウは既に体勢を立て直し、エニアは次の魔法の準備に入っている。
「……これだから、ハンターってのはさぁ!」
刀が肩口を切り裂き、衝撃波で千切れたドレスの布と共に血が空中に模様を描く。
「似たもの同士、仲良く嗅ぎ殺し合いましょう……?」
ブラウが距離を詰める。接敵と同時に、勢いよく鯉口を切る。鞘走りと共に加速した一撃は――がりがりと、赤い結晶を砕くに留まった。
●
無数のゾンビとハンター、師団員が入り乱れる。
リーダー格のゾンビを見分けるのは難しくなっていた。目の前のゾンビの剣筋が鋭い、そう思った次の瞬間には、横合いから同じく鋭い剣が飛んでくる。それを倒しても倒さなくても、今度は別の個体が異様に素早い動きを混ぜて襲ってくる。
普通のゾンビではない。そう気付くのに、時間はかからなかった。
「慌てず、目の前の敵を倒すことに集中しろ! 聖導士は適宜回復と、敵が固まったところにレクイエムを! 元々高位歪虚の手駒が雑魚じゃないことくらい、帝国兵なら知っているはずだ!」
アルトは全体を見て、指示を与えていく。師団員は互いに背中を守るように展開し、ハンターの対処しきれない個体を狙って一斉攻撃を仕掛ける。
怪我によってアルトは前線に出られない。しかしそれにより、見るに徹することで状況の把握を素早く行う事が可能になっていた。
「イヴァンさん、左だ!」
動きの違うゾンビを即座に看破し、その場所を伝える。
「……屍にしては、良く動くようだな」
いくつも振り下ろされる剣を受け止め、翻るスカートを掴んで引き倒す。
「こんな退屈なところで死ぬわけには、いかないよね」
その個体に、ルピナスのワイヤーが巻き付いた。そして、くいと振動を与えるように手繰れば抜き身と化してゾンビの腕を引き裂いていく。
そのルピナスにまた別角度からの一撃が迫れば、
「させぬのじゃ!」
それを機敏に察した星輝の攻撃がそれを阻害し、ゾンビは唸りを上げて星輝を睨み付けた。
数の不利は大きく、消耗の度合いは小さくない。しかし互いに互いの死角を潰し、ゾンビの予想外の行動にはアルトの視点がいち早くそれを気付かせることで、ゾンビは順調にその数を減らしていった。
「これは」「これは」「想定」「よりも」「抵抗が」「激」「しい」「ですな」
無数のゾンビが次々に口を開き、一つの文章を流れるように紡ぎ出す。
「ぬう、不気味な奴らじゃ」
星輝のトリッキーな動きも、ただのゾンビなら問題ない。しかし、それが喋るゾンビに変われば途端に効果が落ちてしまう。
「……これは、面倒だ」
イヴァンの剣が、ゾンビとは思えない正確な動きで受け止められる。返す刀で拳を叩き込もうとすれば、先程の動きを突如忘れたようにすんなりと攻撃が通り……そのゾンビの後ろから、不意を突く鋭い一撃が襲い来る。
「踊るのも、そろそろ飽きてきたかな」
ルピナスの言葉ももっともだった。
どの敵に気を付けたら良いのか判然としないこの状況は、徐々に精神を削っていく。このまま時間を掛ければ殲滅出来そうだとはいえ、師団員も含め体力が持つかどうかの確信は持てなかった。
そうして一度息をつき、ハンター達が再び武器を構えた頃――背後で怒号が響いた。
●
「あーあー、ハンターってこういうセコい奴らだった!」
鎖が伸びきったその瞬間、四人が一斉に鎖破壊のため一点を狙い同時に攻撃を放つ。
その衝撃が手元に伝わったとき、エリザベートは苦々しげに顔を歪めて吐き捨てた。そして鉄塊を高く跳ね上げると、鎖を一気に引き寄せる。
「電池ちゃんとしてればさぁ!」
「あはは、そういうのは出かける前に準備しておくものじゃない?」
射程が落ちた。エニアは笑み軽口を叩きながら水球を撃ち込み、
「武器さえ封じれば、何のことは無い!」
合わせて放たれたクリスティンの衝撃波と共に、エリザベートが真紅の結晶を展開しそれを防ぐ。
そこに滑り込むのはシェリルとブラウだ。短く構えた鉄塊が振り回されるも、躱すのは難しくない。
「ケバいドレス……似合ってない……」
間近で衣装を見て、シェリルが呟く。
「うんうん、ちょっと古くさいよね~時代遅れっていうか」
「はっ、ガキに何が分かるんだってーの!」
シェリルは叩き潰す鉄塊を転がって躱し、手にした手裏剣を纏めて放つ。それは生き物のように、弧を描いて四方八方からエリザベートを襲った。
結晶で受け止めきれないいくつかが皮膚を裂く。
「血の結晶、とても素敵だわ。それにその武器、血の海に浸かったように濃厚な香り……ああ、わたしにそれ、譲ってくれないかしら……!」
ブラウの刀が追い打ちをかけた。結晶を抉った剣閃を追って爪が伸びるが、既にブラウは大きく距離を取っている。
「ちっ、逃げんなって――」
そこに続けて、エニアとクリスティンの攻撃がぶつかった。
さらにシェリルとブラウが攻撃を仕掛け、やけくそ気味に振り回された鉄塊は二人に大きなダメージを与えられず、再び遠距離攻撃が彼女の頬を掠め――
「ああうざってえっ!!」
唐突に叫び、エリザベートがアイアンメイデンを大きく放った。鎖が手の中を滑り、途轍もない速度で放たれた鉄塊が一直線に空気を裂く。
その先にはエニアがいた。だが、エニアの位置は鎖の長さを考慮し射程外で――
「てめえが、一番うざいんだよっ!」
エリザベートが少しだけ地面を蹴った。
次の瞬間、アイアンメイデンの重さに引っ張られ、その体が弾丸のように射出される。同時に支えを失った鉄塊が想定していた射程よりも大きく飛び、
「……しまったなぁ」
咄嗟に回避に徹したエニアの真横を穿っていった。
大質量が大気を押し出し、生まれた真空が爆風を作り出す。その瞬間、エニアの視界は眩んだ。
――穴の開くような衝撃が腹部を貫く。
エリザベートの膝が叩き込まれていた。そして吹き飛ぶ間もなく、片手で首を掴まれ持ち上げられる。
「魔法が嫌いな訳じゃないんだよねぇ」
ごきりと、致命的な音が頭蓋に響く。
口元で血液の塊が弾けて、ぼたぼたとエリザベートに降り注ぐ。
「あんたみたいなのが、嫌いなんだよ」
そして万力じみた握力が、頸椎を握り潰さんと圧力を高め、
「わた、しも……貴女みたいなの、嫌い……かな」
エニアは絞り出すように、小さく笑った。
「はっ、良い度胸じゃん」
「離れろっ!」
「ちっ」
クリスティンがそこに斬り込んだ。エリザベートの手がエニアから離れ、エニアは力なく転がる。
「殺させない……!」
低く地面を擦るように飛びかかったシェリルの刃は、より強固な結晶によって阻まれていた。
「邪魔」
エリザベートが爪先で鎖を引っかける。それだけの動作で、鉄塊が嘘のように砲弾と化した。直撃を受け、シェリルとクリスティンが吹き飛ばされる。
「……血の臭いが、戦場に満ちていくわ。ああ、素敵ね、そう思わない?」
「何言ってんの?」
遅れてブラウの刀が閃けば、それよりも苛烈に鋭利な爪が攻撃の合間を縫ってブラウを切り裂いた。
「……これで殺しきれないとか、やっぱ電池も替えとかないとなぁ。もー元気なら何でもいっか」
そう言って、エリザベートは倒れたハンター達に背を向ける。その視線の先には、ゾンビの群れと戦う師団員の姿があった。
アイアンメイデンの扉の留め金に指を掛け、バチンと外せばその奥から仄赤い光がうっすらと漏れ――
「……До свидания」
エリザベートの横面を、水球が打ち据えた。
ぐるりと、赤い瞳がエニアを見る。彼は既に意識を失っていたが――その口元には、笑みが浮かんでいた。
●
「爺や、婆や」
声にぼこりと雪原の一部が盛り上がり、中から二体のゾンビが起き上がった。
「もしかして、時間切れ?」
「はい」「東から」「人間の本隊が」「接近中です」
「……ああそう」
それだけ言って、もはやこちらに一瞥も寄越さずエリザベートは宙に浮く。ゾンビの群れもそれに続き、一斉に全力で撤退を開始した。
全員が息も絶え絶えにそれを見送る中、血塗れのブラウが最後に刀を投げ――甲高い音を立て、刃がアイアンメイデンにぶつかり傷を付ける。
「……また、会いましょう?」
いずれ、間違いなくあれを倒す。全員の気持ちは一つだ。
しかし今は――生き残った、それだけで十分だった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- アクアレギア(ka0459) → ブラウ(ka4809)
- リューリ・ハルマ(ka0502) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- エヴァンス・カルヴィ(ka0639) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- Uisca=S=Amhran(ka0754) → 星輝 Amhran(ka0724)
- 春日 啓一(ka1621) → クリスティン・ガフ(ka1090)
- エイル・メヌエット(ka2807) → 星輝 Amhran(ka0724)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- レオン・イスルギ(ka3168) → 星輝 Amhran(ka0724)
- ミオレスカ(ka3496) → アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- フローラ・ソーウェル(ka3590) → 十色・T・ エニア(ka0370)
- 彩華・水色(ka3703) → ブラウ(ka4809)
- ケイ(ka4032) → ブラウ(ka4809)
依頼相談掲示板 | |||
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【相談卓】返り討ちにするよ! 十色・T・ エニア(ka0370) 人間(リアルブルー)|15才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/10/07 13:54:56 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/03 07:04:06 |