ゲスト
(ka0000)
【郷祭】秋色ピッツァ♪ 開店中
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2015/11/17 07:30
- 完成日
- 2015/11/30 22:53
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
村長祭も佳境を迎えて――各地で行われていたお祭り期間も残す所あと数日。
その最後のイベントとして都で行われる催しに出店するはある小さな村の村娘達だ。
「な…なんとかここまでこぎつけたわね」
背後にはハンター達の努力の結晶――
数日で組み上げられたピザ窯は決して大きくはないが、本場の味を出すには十分。
運んできた食材も村からの直送便であり、鮮度は抜群だ。
そして、一番の問題だったメニューも決まる。準備に参加してくれたハンターらの意見はどれも捨てがたく、結局のところ当日の忙しさを覚悟しつつ選んだ道は厳しい。何といっても種類が多いのだ。正確に言えば作るピザは全部で五種類。しかし、うち三つは半分ずつ味の違う具材をのせる選択をした。つまりは実質的に作るバリエーションは八つとなる。しかも生地も二種類を予定しており、もうこれは賭けに近い。
「美味しいものを提供したいもの、欲張りにいきましょう!」
たとえ調理場がてんてこ舞いになろうとも、彼女達は本気だ。
けれど、やっぱりそれでも人手は足りない訳で……。
「引き続き、当日の人員もお願いしたいんですけど!」
睡眠時間二時間を切って血走っている目の村娘がハンターオフィスの窓口に言う。
「ちょっ、本当に大丈夫ですか? 少しは寝て下さいよ……っていうか、準備段階で同時に出してくれれば良かったのに」
窓口はそう呟きつつも手はしっかりと動かしてくれる。
「お、お願いします…」
村娘はその言葉にほっとしたのかするすると窓口の視界から消えてゆく。
それに驚いて、カウンター越しに覗き込むと、彼女はその場で寝息を立て始めている。
「本当に大丈夫なのかなぁ~?」
窓口はその様子を心配そうに見つめていた。
一方で会場も会場で一波乱。
「ちょっ、ザリガニが逃げ出してるっ! 誰よ、生きたまま運べって言ったの!」
生き物は鮮度が命、とは言うもののこれは大変。催し前日、ピザの具材の逃亡に慌てる村娘達。
「下準備が終わらないよ~~!」
とこれは鍋を見つめ続けている一人だ。種類が多い分、前日に仕込めるものは仕込んでおかなくてはならない。
キノコを軽く炒め続けて、もう何時間経ったか判らなくなっている。
「はぅぅ~、早く次の助っ人さんが来て欲しいですぅぅ」
へこたれ顔で一人が言う。
発案者の村娘達以外にも急遽手空きの友人を引っ張ってきているようだが、それでも足りないようだ。
「もう弱音は吐かないのっ! 私達にとっては今年最大のイベントなんだからっ! この成功の有無で村の将来が決まるかもしれないのよっ!」
リーダー的一人が人参を握った拳で言う。
「あっ、握るんだったらこのお芋を握って潰してね♪」
そんなやりとりをしながら、祭り前だというのに既にここは戦場。
そんな彼女達のテントの机には紙の束――そこには彼女と手伝ったハンター達の渾身ピザのレシピ。
『食事系
・定番 特製四種のチーズと秋の恵み
・ヘルシーハーブとキノコ尽くし 忍者仕立て(米)
・食べ比べ 塩ザリガニvs甘辛照り鳥(米)
デザート系
・自然系スイートポテト&マロン
・林檎美人 双子仕立て』
どれも美味しそうだが、果たしてうまくいくのだろうか。
その最後のイベントとして都で行われる催しに出店するはある小さな村の村娘達だ。
「な…なんとかここまでこぎつけたわね」
背後にはハンター達の努力の結晶――
数日で組み上げられたピザ窯は決して大きくはないが、本場の味を出すには十分。
運んできた食材も村からの直送便であり、鮮度は抜群だ。
そして、一番の問題だったメニューも決まる。準備に参加してくれたハンターらの意見はどれも捨てがたく、結局のところ当日の忙しさを覚悟しつつ選んだ道は厳しい。何といっても種類が多いのだ。正確に言えば作るピザは全部で五種類。しかし、うち三つは半分ずつ味の違う具材をのせる選択をした。つまりは実質的に作るバリエーションは八つとなる。しかも生地も二種類を予定しており、もうこれは賭けに近い。
「美味しいものを提供したいもの、欲張りにいきましょう!」
たとえ調理場がてんてこ舞いになろうとも、彼女達は本気だ。
けれど、やっぱりそれでも人手は足りない訳で……。
「引き続き、当日の人員もお願いしたいんですけど!」
睡眠時間二時間を切って血走っている目の村娘がハンターオフィスの窓口に言う。
「ちょっ、本当に大丈夫ですか? 少しは寝て下さいよ……っていうか、準備段階で同時に出してくれれば良かったのに」
窓口はそう呟きつつも手はしっかりと動かしてくれる。
「お、お願いします…」
村娘はその言葉にほっとしたのかするすると窓口の視界から消えてゆく。
それに驚いて、カウンター越しに覗き込むと、彼女はその場で寝息を立て始めている。
「本当に大丈夫なのかなぁ~?」
窓口はその様子を心配そうに見つめていた。
一方で会場も会場で一波乱。
「ちょっ、ザリガニが逃げ出してるっ! 誰よ、生きたまま運べって言ったの!」
生き物は鮮度が命、とは言うもののこれは大変。催し前日、ピザの具材の逃亡に慌てる村娘達。
「下準備が終わらないよ~~!」
とこれは鍋を見つめ続けている一人だ。種類が多い分、前日に仕込めるものは仕込んでおかなくてはならない。
キノコを軽く炒め続けて、もう何時間経ったか判らなくなっている。
「はぅぅ~、早く次の助っ人さんが来て欲しいですぅぅ」
へこたれ顔で一人が言う。
発案者の村娘達以外にも急遽手空きの友人を引っ張ってきているようだが、それでも足りないようだ。
「もう弱音は吐かないのっ! 私達にとっては今年最大のイベントなんだからっ! この成功の有無で村の将来が決まるかもしれないのよっ!」
リーダー的一人が人参を握った拳で言う。
「あっ、握るんだったらこのお芋を握って潰してね♪」
そんなやりとりをしながら、祭り前だというのに既にここは戦場。
そんな彼女達のテントの机には紙の束――そこには彼女と手伝ったハンター達の渾身ピザのレシピ。
『食事系
・定番 特製四種のチーズと秋の恵み
・ヘルシーハーブとキノコ尽くし 忍者仕立て(米)
・食べ比べ 塩ザリガニvs甘辛照り鳥(米)
デザート系
・自然系スイートポテト&マロン
・林檎美人 双子仕立て』
どれも美味しそうだが、果たしてうまくいくのだろうか。
リプレイ本文
●F
「ちょっ、お姉ちゃんたち大丈夫なの!?」
時計の針が深夜を回った頃、店舗スペースを訪れたセラ=ティア―レイン(ka5832)は仰天する。
それもその筈、依頼主である村娘達が鬼の形相であるから無理もない。目は充血し、さっきまで逃げ出したザリガニを追いかけていたのか手には逃亡者との格闘の跡が垣間見え、疲れと焦りがありありと顔に刻み込まれている。
「と、当日班の方ですね…宜しく、お願いします…」
セラの前にいた一人がそう言い力なさげに握手を求める。
「う、うん。宜しく」
その姿にセラは困惑した。
お店と言えば客商売だ。売る人間はいわばお店の看板――その看板がこれでは客の入りは見込めない。それは他の面子も気付いているようで…準備から手伝っていたロラン・ラコート(ka0363)が彼女達に助け舟を出す。
「全く君達って人は……気持ちは判るけど、そろそろ休んだ方が良い。この人数が集まったんだ。大体は俺達で回せると思うし、疲れたままじゃ効率も悪くなるしね」
率直に、けれど彼女達を傷つけないように…彼の言葉が村娘達の張りつめた糸にゆとりを与える。
「わ、私達…休んで、いいの…?」
「大丈夫、セラたちに任せて! こういうのは元気が大事だもんね! 元気をチャージして戻ってきてよ?」
彼女が笑顔で訴える。
「えぇ事前準備、お疲れ様ですの。微力ながら力添えさせて頂きますからどうぞお休みになって」
デュシオン・ヴァニーユ(ka4696)もそう付け加えると村娘達の瞳から涙が零れ、レシピをハンター達に託すと彼女らは一旦宿へと戻ってゆく。
「さて、朝まで時間は少ない。無駄なく進めないとな」
ザレム・アズール(ka0878)が言う。
「俺達は仕込みにかかるとするよ。調理場希望の者はこっちに来てくれるかな?」
それに応えるようにロランは早速作業に入る。
「詩、無茶しちゃ駄目だからな?」
それについていく妹・天竜寺 詩(ka0396)を見て姉の天竜寺 舞(ka0377)が声をかける。
「ええ、大丈夫。無理はしないから」
その言葉に笑顔を返す詩。実は彼女、別の依頼で深手の傷を負い、本来であれば今も安静厳守の状態なのだ。
けれどこの依頼だけはと、無理をおして参加したようだ。
「お姉さん…か。俺もちゃんと見とくから心配しなくていいよ」
ロランがそのやり取りを聞き口を出す。
「そう。じゃあ頼む。但し、辛い思いさせたら許さないからな」
付け加えられたキツイ一言に苦笑を浮かべる彼であった。
さて、まず始めに問題となるのは当日の立ち回り方だろう。
来場者数がどれ程のものになるかは想像し難く、かと言ってお客を待たせる事になっては売上にも関わる。
そこで本領を発揮するのは何事にも勝る経験からくる提案である。
「僕、家が喫茶店だったんだけど、机にあらかじめ番号を振って…メニューにもアルファベットを振って整理してたかな」
店内はなかなかに広い。注文を受けた人が商品を運ぶとも限らない為、割り振りを提案する。
「だったら見取り図が必要かもな。メニューもビラも番号札も必要だろうし…今からやるしかねぇか」
桃園ふわり(ka1776)に続いて、阿部 透馬(ka5823)も意見する。
「だな。当日は中で食べる人以外にも持ち歩く人もいるだろう。だから食券方式を取るといいと思う」
まずは注文会計を済ませて貰って引換券を渡す。そうすれば口頭では覚えきれなくとも半券がある以上、調理場で注文数の把握は可能だ。ここへ来るまでに案を纏めていたのかザレムはこの後もフロアの動きなども細かく提案してゆく。
「難しい事は判らないけれど、わたくしはこちらの区画を見ておけばいいのね」
ウェイトレスをするつもりでフリルワンピースを用意して来たディシオンが尋ねる。
「はい、僕はこっちを…舞さんは逆側をお願いします」
「あいよっ、まかせて」
ふわりは気を利かせて舞の担当範囲を調理場に近い場所に割り振る。
「俺は全体把握を。透馬は勘定、ルンルンは列の整備とその都度声がかかった所に出向いて貰っていいかな?」
ザレムの問いに二人は快く承諾した。準備段階からの知った仲だ。
多少の融通を聞かせた打ち合わせを終え彼等も透馬の作業を手伝い、番号札やら引換券の作成に入るのだった。
●E
一方その頃、調理班は各自担当するピザを決めて仕込みに入る。
「さて、まずはこれか…」
自作提案した林檎ピザ。それを作る為ロランはひたすら皮を剥き、林檎のグラッセの大量生産を計る。そして、テーブルスペースではマリィア・バルデス(ka5848)が小麦粉と格闘を始めている。
「ピザは好きだけど、今まではオーブンやグリルだったのよね…」
元軍人で料理経験はある。大概のものはレシピさえあれば作れる彼女は体力を活かしピザ生地に挑むようだ。
「このレシピだと…アメリカンかしら?」
もっちもちの生地を想像して、彼女は元いた世界の事を思い出す。そして、あの頃食べたピザを思い手を動かす。
(発酵時間を考えるとナポリの方が良いと思うのだけど…あ、米粉を使うからこれでいいのか?)
レシピを捲って浮かぶ疑問。しかし、小麦粉と米粉を配合する事によって発酵時間は変わるだろう。最近では発酵なしのピザも出来ると聞くし、彼女は俄か知識を封印して、捏ね上がった生地を種類別に木箱に納める。
「あの、すいません。お芋焼き上がってきたようですよ」
その近くでは石窯番をしていたGacrux(ka2726)が赤羽 颯(ka3193)に声をかけていた。
「あっ、はい~すいません。少々お待ちを~」
が芋栗ピザ担当の颯はそれどころではない。というのも彼の傍にはいわゆる調理初心者が存在する。
「何がいけないというの? こんな完璧な下処理はないわよ」
その人の名は高瀬 未悠(ka3199)――良家の娘さんだったそうで家事というものを余りした事はないらしい。
「あやや? さっき持ってきたお芋さんがこれだけになったのですか?」
知人の蒼綺 碧流(ka3373)が彼女の下処理後の籠を覗き込み言葉する。
「ええ、そうよ。見てこれ、無駄な事をしなかったら素晴らしい出来栄えになったわ」
そんな友に彼女は自慢げに籠を持ち上げてみせる。
籠には洗ったばかりの薩摩芋が山盛りある筈だった。しかし、彼女の手を経て残ったのは約半分。彼女が剥きとった『皮』には未だ食べられる部分がかなり残っている。
「え~~と、その、どうしたものかなぁ?」
食材は大切に……そう言いたい所であるが、彼女が得意げである以上ちゃんと出来ていると錯覚しているに違いない。ここでの率直な表現は彼女を傷つけるとあって、彼は慎重に言葉を選ぶ。そんな彼にはもう一人仲間がいた。フィリテ・ノート(ka0810)だ。彼を含めこの四名は友である。だから困っている彼を見て、フィリテも放ってはおけなかったらしい。
「高瀬さん、素敵に剥けてるとは思うけど…その調子だと最後まで持たないよ。もう少し肩の力を抜いて壊れ物を扱う様にすると、もっと良くなると思うわ♪」
そう言ってまずは自分が見本を見せる。
「あら、そんなでいいの? それじゃあ汚れが取れないと思うけど」
その優し過ぎる洗い方に未悠は不服のようだ。
「けど、これ位がいいのよ。これはこのままピザの上に乗せるから」
「……」
その言葉に沈黙を返しつつも、未悠は言われた通りにハーブを洗う。
がどうしても力が入る様で心なしかくたっとしてしまい、フィリテと颯は苦笑い。
「ん~…お野菜は私嫌いだからいいのです!」
碧流がフォローを入れるも未悠のモヤモヤは収まらない。
「まだまだこれからよ。こんなのやってるうちに上達するに決まってるんだから! 碧流、じゃんじゃん持ってくるのよ」
彼女はそう言って碧流に新たなハーブを要求する。
「アハハ……これは、前途多難だね」
「そ、そうね。でも、やる気があるっていい事よね…」
果たして芋栗ピザ&忍者ピザ担当の運命はいかに。それは神のみぞ知る所か。
「あの~、こっちはどうしたらいいんでしょうか…」
蚊帳の外状態になったGacruxが寂しく呟く。
パチパチと音を立ていい香りを漂わせる栗達の出来とは裏腹に、その様子から己が提案したピザに一抹の不安を覚える彼であった。
睡眠の偉大さを感じつつ、開催一時間前に戻ってきた村娘達の表情は明るい。
「皆さん、朝食の差し入れですよー♪ これで疲れを緩和して、今日は頑張っていきましょー!」
持ってきたパンと牛乳を配りつつ、それぞれの持ち場へと向かう。
「おおっ、もう準備万端って感じですねっ♪」
調理場に入った一人は整頓された具材とソース、そして生地のストックに目を輝かせる。
「搬入された食材も取り出しやすいよう整理しておいたからな。後は動き出すのを待つだけだ」
ピザレシピの束に目を通しながら在庫管理を担当する柊 真司(ka0705)が彼女に告げる。
「本当に! それは凄いのです」
そんな彼に感嘆の声。彼女らだけだったら、未だに食材が散在していた事だろう。
「まあ、言っても回り出したらまた大変になると思うがな」
彼はぶっきらぼうにそう言うと見やすい位置にレシピを貼って、これはいざという時の配慮に他ならない。
「えっと…となると私は何をすれば」
「生地はいくらあっても問題ない。だからマリィアを手伝ってやってくれ」
「了解ですっ!」
監督は一体どっちなのか。この際誰でも構わない。目のきく者がすればいい。
調理台に近付くと、マリィアを始めとする調理メンバーがせっせとストックの生産に励んでいた。
その中でも目立っているのは二mを超える長身の万歳丸(ka5665)だ。
「羅羅羅っーー!!」
気合一発、深鍋の底にある硬い殻を粉砕するべく、手にした長い木の棒でひたすらごりごり。力加減を間違えれば鍋底までやってしまいそうであるが、流石にそこに落ち度ない。
「凄いのー♪ 万歳丸さんがいればまさに鬼に金棒だよ~」
さっきまでの作業効率が嘘のようだとその隣で見守る詩は大喜びだ。殻外しも彼にかかれば簡単なもので、ぷりぷりのザリガニの身がボール一杯に剥き上がっている。
「まァ、ざっとこんなもんってな」
万歳丸はその言葉に気を良くして、次はどれかと視線を漂わせて気付いたのは時計の時刻――。
「やっべ、オレはァあっちも手伝うんだった」
開始十分前を指す針を見て、慌てて次の持ち場へと移動する。
「あ、あの有難う御座いましたぁ」
詩の言葉に彼は軽く手を上げて、次は呼び込み組との打ち合わせだ。
「いやァ、すまねェ…つい熱が入っちまってよォ」
バタバタと大きな足音をさせ、彼が合流する。するとそこには既に持参した衣装に着替えた仲間達が集まっている。
「なんでぇ、ばんざい。そのエプロン、汚れ放題じゃんか」
けらけらと笑って曄(ka5593)が言う。
「こら、曄。万歳丸殿は別を手伝っていたのだからそんなに笑ってはいけないよ」
そう咎めるのは彼女の父の瀬陰(ka5599)だ。
「あぁ、まァ事実だしな。いいってことよォ」
彼等はどうやら知った仲らしい。その言葉に気を悪くする様子もなく、用意していた別のに取り換える。
「皆様、お揃いになったようですしこちらをお配りしますね」
それを確認して、鳳凰院 流宇(ka1922)が手元に届いたチラシを配る。
それは透馬が作った即席のチラシだった。急いで作られた割にはレイアウトも良く、本日提供するピザの種類と飲み物が記されており、メニュー代わりにもなる便利な仕様だ。
「印刷が何とか間に合ってよかったぜ」
受付に戻りながら透馬がほっと肩を降ろす。
「ではこれを配り歩けばいいのだね。できれば風船も配りたいのだが…」
子供相手なら何かある方が良いに決まっている。風船であれば手に入りやすいだろうし、それだけで目立つという利点もあり、瀬陰が希望する。
「その辺は風船屋さんに交渉してみて下さい」
それには村娘が応対した。予算の一部を彼に手渡して、後は任せると告げる。
「さすが、とーちゃん。考えてるな」
そんな父を曄は感心して、屈託のない笑顔で父を見上げる。
「ははは、それは嬉しいな。それよりどうかな、似合っているかい?」
着慣れない洋服を前に彼が問う。
「そりゃもちろんだよ。で、で、あたしの方は?」
フリフリスカートのウエイトレス姿でくるりと一回転してみせる彼女。父の方は高級レストランのギャルソン風。ちなみに流宇とユーリィ・リッチウェイ(ka3557)はゴシックドレスにカチューシャを用意している。
「親子揃ってとてもお似合いですよ」
柔らかな笑顔で頂いたユーリィからのお褒めの言葉。父からも似合っていると称賛されると、曄の気分はもう最高頂。
「まァ、馬子にも衣装ってな」
がそこ万歳丸の余計な一言が加わって、
「なにおぅ、あたしは馬じゃないし。ばんざい、こうなったら呼び込みで勝負だ!」
どうしてそういう発想になったのか。それはともかく彼女の誘いに彼も乗り、ここに呼び込み対決が勃発する。
「またあの子は…」
そう言う父であったが、村娘は止めに入らない。
「別に人が集まれば何でもいいですし、楽しければ万事OK…みたいな」
そんなノリで、最近の若者に少々驚きを隠せない瀬陰だった。
●S
秋の広場に美味しい香りと明るい声――お祭りという引力に誘われて人々の足は軽やかだ。
お昼前ともなれば人の波はピークに達して、行き交う人が今日の昼食を求めてあちらこちらの店舗を覗いて回る。
小さな兄弟もその中の一組だった。せっせと貯めたお小遣いを胸に何処がいいかと思案する。
「にーちゃん、あのピザ食べたい!」
背丈の小さい方がすれ違って行った人のものを指差し言う。
「うん、美味そうだしあれにしよう」
それに答えて兄はその人の歩いてきた方向に視線を向ける。
そこは勿論村娘達のピザ屋さん。大勢の客が店舗には収まり切らず、列を作り始めている。
「こっちに並んで下さいねー。お会計の時に整理券を配りますからー」
ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)がそれを知って店内誘導の合間に列の整備をする。
そこで兄弟と目が合って、
「お客さんですかー? ごめんなのですよっ、少し並ばないとなのですが大丈夫ですかー?」
二人に視線を合わせるようにして彼女が問う。その言葉に兄は弟に確認を経て、大丈夫と答える。
が、やはり長時間の待ち時間は小さい子供にとっては苦行でしかない。
「にーちゃん、疲れたぁ~」
少しずつ進む店内待ちの列。番号札を受け取ってからどれほど経ったか。客の滞在時間はまちまちで空席確保は難しい。美味しい匂いと相まって、早く食べたいという気持ちが弟の心を占めてゆく。
「もう少しだから我慢だぞ」
兄は必死にそう留めるがまだ幼い弟の限界は近く、今にもその場に座り込んでしまいそうだ。
そんな彼を見てフロア監督のザレムが対応を巡らせる。
(あのままだと可哀想だよな…何とかしてやれないものかな)
しかし、彼らを優先させては他の客から苦情が来るだろう。椅子を出すにしても、列の途中に出してはやはり邪魔だ。そんな時列の先に見えた人影に彼はハッとした。そして彼はその人影を呼び止めて、
「よろしく頼むよ」
「ああ、任されたよ」
ザレムは通りすがった瀬陰に事付け、様子を見守る。その事付けを守って瀬陰は問題の兄弟の元へ。
「やあ、いらっしゃい。風船は如何かな?」
手には調達してきた動物の風船があり、それを見た弟の眼に輝きが戻る。
「え、いいの?」
「ああ、いいとも。うちに来てくれてる小さなお客さんにサービスだ」
その佇まいは穏やかで――自然と彼の額の上にある角が気になる事はない。それにまだ子供であるから、そこまでの偏見を持ってはいないのかもしれない。風船が貰える。その嬉しさに彼の機嫌はすこぶる回復する。
「にーちゃんも貰おう。おれとお揃いの♪」
とても仲がいいのだろう。弟の喜ぶ顔を見て兄も微笑み、瀬陰から風船を受け取る。
「もう少しかかりそうだけど、我慢してくれるかい?」
その問いに弟君は元気よく頷き、フロアにいた誰もがホッとする。
そうして、暫くすると兄弟は仲良く席に着くと、
「お待たせっ、焼き立ての定番ピザと芋栗デザートピザだよっ♪」
舞が二人の元に二枚のピザを運んでゆく。それを見て、再び弟君が目を輝かせる。
何たって石窯ピザだ。生地は程よく焼き上がり、溶けたチーズは音を立て秋野菜が目に楽しさを加える。それなのに、子供でも買える低価格であるから大人にも嬉しい。早速一切れ手にとって、ふーふーしてから口へと運ぶ。
「…おいしぃー♪」
その言葉は間違いなく本物だった。他の客も待った甲斐があったとばかりに次々と焼き上がってくるピザを平らげてゆく。
「お、このドレッシングうまいな。こういうピザもありかもしれん」
壮年の男性が妻の頼んだヘルシーピザを一つ貰って感想を述べる。
「このソース、甘辛くて癖になるな。肉もしっとりしていて不思議なもんだ」
そう言うのは食べ比べピザを頼んだ中年男性――こっそりレシピを教えてくれないかとふわりに尋ねている。
一方ではデザート系も負けてはいない。デザートピザの主流はテイクアウトになっているが、小腹を満たすには丁度いいサイズであり、他の店も楽しみたいというお客には好まれているようだ。
「どのピザも好評みたいよ。勿論、詩のもね」
フロアの様子を厨房にいる妹に舞が届ける。
「そうなの? よかった~」
思えば数日前、即席で集められたメンバーで慌ただしく決めたピザのメニューだ。試食はしたものの、市場でどこまで通用するかは判らなかった。がその心配は杞憂に終わり、詩は心底安心する。
「すまない。この分だと昼過ぎまで稼働は止まらないと思うから追加を持ってきてくれないか?」
チーズの消費量が予想より早くて、鞍馬 真(ka5819)が真司にお願いする。それに応えて、彼も在庫量を目視で確認し必要そうな分量を即座に追加。回転率は下げる事無く、それをやってのける。それに加えて軽い助言も。
「俺も余り言えた事じゃないが、眉間にしわが寄っているぞ」
突然の言葉に慌てて目をぱちぱちする真。笑顔を意識しようと思っていたのだが、忙しさからか自然としかめっ面になっていたらしい。多少の仕切りはあるものの、調理場も客から見えなくはない。鬼気迫る姿は客を怯えさせてしまうと、もう一度笑顔を作ってみる。
「これでどうだろう?」
振り返り真司に確認する。
「ん~、まだ幾分ぎこちないが」
慣れていないなら仕方のない事か。それでも少しは改善されたのなら、それはそれでよいだろう。
(こっちを担当して正解でした。笑顔を作る必要はない)
そう思うのは石窯番のGacruxだ。眼付きの悪いのを自覚していたからこの場所を選んだ。
しかし、ここはある意味で重要なのだが、他と比べ退屈でもある。
(あ~、誰か差し入れとか持ってきてくれないかなぁ。それにしても俺が考案したピッツァの売れ行きはどうなんだろう)
窯に入れられてゆくピザの統計など取ってはいない。どれも割と均一に中にある気がするが、それも彼自身が焼き上がりを計算して入れておく場所をずらしたりしているからかもしれないので、正直な所は判らない。
「あ~気になるなぁ」
自然と思いが声になる。
「何が気になるんだ?」
そこでかけられた声に振り返れば、その先には透馬の姿がある。
「あれ、接客は良いんですか?」
担当場所の違いが気になり彼が問う。
「おう、すぐ戻るさ。ペンのインクがなくなったから取りに来ただけだ」
そう言う彼はインクの予備を探す。
「あ、多分その裏ですよ」
その様子にGacruxも助言して、言った通りそこにあった村娘の鞄からインク瓶を拝借。戻ろうと背を向ける。
「あの、売り上げ状況はどうですか?」
そこで彼は直接聞いてみる事にした。透馬は勘定を任されていたからその辺りには詳しい筈だ。
「そうだな。どれも人気だが、食事系で言えば定番と忍者がせってる感じだ」
その言葉に内心嬉しい彼であるが、余り表面に出すつもりはない。がどうも今回は漏れていたようで、
「なんだ、あんたも笑えるんだな!」
透馬の言葉に自分でも吃驚する彼。まあ、彼も人間なのだ。
「ちょっ、そこつまみ食いはほどほどにして下さいよ~」
そんな中、あの問題多き四人組はと言えば苦労人・颯とその仲間達な構図が出来上がりつつあった。
「何言うですか! これだけ材料を持ってきているのです! 少し位…つまみ食いこそ我が心情なのです!」
芋の入った籠を抱えたまま碧流が手近にあったキノコペーストを持参したパンに乗せようと手を伸ばす。
「もう、食べ過ぎちゃだめよ…?」
そういう未悠であるが、彼女もちゃっかり出来上がったピザを確保しているようだ。
「ねえ、それまさか…」
それを目敏く見つけてフィリテが尋ねる。
「大丈夫よ、問題ないわ。だってこれ、商品にはならないやつだもの」
その返答を訝しむ彼女――しかし、それは嘘ではない。
未悠が確保しているピザは商品とは違い、具も歪であるし何より一個のサイズが小さい。
「これは…」
「試食用です。瀬陰さんに頼まれて……だからって食べていい訳じゃないからね!」
こそりと口に入れた未悠を横目に捉えて、颯は叱咤する。けれど、彼も本気では怒ってはいないようだ。
「…実はこれ、初めに未悠がやらかした食材を使ってるんですよ。だからそっちもできそうであればお願いします」
こそっとフィリテにそう言って、彼はにこりと笑う。
これぞエコ――形さえ変えてソース状にすればくたった野菜もキノコもまだまだ使えるし、客寄せにもなるなら一石二鳥だ。
「おーい。試食分取りに来たぜー」
そこで曄が現れて、彼が出来上がっている分を引き渡す。
「あう~、私のつまみ食いストックが~~」
温野菜は苦手であるのにそう言う碧流にフィリテは軽いチョップを入れるのだった。
●T
留まる事のない人の波、そんな広場の入り口に出向いてユーリィはその片隅で舞を披露する。
「お集まりの皆様へ。僭越ながら、祝福の舞を」
アンクレットベルをつけて、可愛い容姿の『彼』の舞に合わせてシックなドレスがふわりとそよぎ道行く人の足を止めさせる。そんな彼をサポートするのは流宇だった。不慣れな土地であるし、準備で一緒であった兄は都合がつかず参加が叶わなった。そこで要領があまりよくないと自覚のある彼女はユーリィと御一緒する事にしたのだ。
とにかく笑顔を心掛けて、彼女の傍でチラシを配る。何度目かの舞が終わり可愛くお辞儀をしたユーリィの目が慌てる少年の姿を捉える。
(どうしたのかな?)
赤い風船を手に周囲に視線を走らせて、それに気付いた流宇が先に彼を呼び止める。
「どうかされましたの?」
その言葉に兄は戸惑いながらも事情を説明。
どうやら彼の弟が迷子になってしまったらしい。聞けばお昼頃に村娘達のピザ屋を訪れていたという。
「それは困りましたわね…何か特徴はありませんか?」
落ち着かせるようにゆっくりとした口調で彼女が尋ねる。
「えと…弟は首に紐の付いたお財布を下げてて…それで、そう。これと同じ風船を持ってます」
それは瀬陰があげた風船だ。兎耳の付いたそれは中でも珍しい。
「兎の赤い風船…となると身長が高ければ見つけられるかも…」
ユーリィの言葉に呼び込み班を招集する。そして、
「そりゃあ心配だなァ。勝負は中断だ! 曄、俺の肩に乗りなッ」
「わかったぞ。あたしが絶対見つけてやるぜ!」
万歳丸と曄がダックを組んで、肩車で会場を見渡し捜索する。
「大丈夫、安心して欲しい」
そうして、兄の心のケアは瀬陰が担当。パパであるからこういうのは慣れている。
「とりあえず試食のだけど、食べて元気出すの~」
その横でセラが試食の一切れを差し出した。がそれはさっき弟と食べた芋栗ピザで…思い出してしまったのかじわりと兄の目に涙が浮かぶ。そんな彼を瀬陰は静かに抱きしめ、背をさする。
「絶対絶対見つかるの―!」
その様子を前にセラが叫ぶ。すると程なくして、高身長の万歳丸と曄の視力と幸運が弟君の発見に導く。
「あそこ、ウサギの風船が見えるぜ!」
曄の示された先にセラと流宇が走る。するとそこにはけろっとした弟君の姿があって、兄の心配など吹く風だ。
「あ、にーちゃん。あっちにね、林檎の飴があって」
「馬鹿っ! じっとしてろって言っただろ!」
二人が連れてきた弟に涙のまま怒鳴る兄。兄の様子に弟も状況をいぐばくか理解したらしい。
困り顔で兄の顔を覗き込み、
「にーちゃん、ごめん。でも、おれ…どうしてもにーちゃんを驚かせたくて」
後ろに回した手を前に出して、そこに握られているのは風船と同じ色のリンゴ飴。但し、それは普通のリンゴ飴ではない。棒の方に八本の足が細工され、本体には窄まった口とつぶらな瞳――そう、それはタコを模して作られているのだ。
「何だよ…これ、変なの…」
流れた涙をごしごし拭って、兄が笑って見せる。
「でしょ。これを見せたくておれ…」
「ばかっ」
言葉に反して兄の顔は明るい。そんな兄に弟も笑顔を返す。
「もう大丈夫そうだな」
二人のやり取りに集まっていた呼び込み班はそう判断した。
その言葉に慌てて兄は礼を言い、ぺこりと頭を下げると何度も皆を振り返りながら二人は手を繋ぎ家路に急ぐ。
「さて、一段落ついた所で…気付けばもう夕方。後ひと踏ん張りだね」
ユーリィが腹ペコを我慢しつつ言う。
「ですねー。頑張りましょう♪」
セラのその言葉に刺激されて、呼び込み一同最後の声かけに入るのだった。
●A
夕方になってくると流石にデザートピザの売れ行きは落ちる。
そこでストックの生産をそろそろ切り上げて、全体を食事ピザメインに切り替えてゆく。
「林檎のグラッセのストックは後鍋一杯だがいけるだろう。手間のかかる忍者か食べ比べに回ってくれ」
真司がラコートにそう指示を出す。
「ワインの在庫は大丈夫か? 大人客が増えてきているんだが」
とこれはザレムだ。しっかりと客層を把握して、真司との連携に努める。
「あ、そこのねぇちゃん。水が」
「はいはーい、今行きまーす☆」
そういうのはルンルンだ。客の声に耳を研ぎ澄まして、声が聞こえたと同時に手を上げ振り返る。
「はい、これお水」
そう言って手近にいたふわりが彼女にポットを渡すと、彼女は軽やかに受け取りちょっとサービス。
「お待たせしましたー、ルンルン忍法滝おとしですよー♪」
手にしたポットの水を何故か高い所から注いで一滴も零さず入れる辺りは流石だ。
「それを紅茶でやるともっといいんだよね」
それを見ていたふわりがぽつりと呟く。
「そうね、ただしお湯での段階がベストだけど」
とそれに付け加えてきたのはデュシオンだ。出来上がってくるピザを待ちながら、思い出したように言う。
「え、あれって紅茶にした後じゃないのか?」
そこに舞も加わって、ちょっとした会話が展開される。
「ええ、お湯に空気を…正確には酸素を含ませる意味合いでやっているのでしょうから」
お嬢様には常識なのかはさておき、そんな豆知識も何処かでお客の話のタネにもなるかもしれない。
「定番ピザ、上がりだ」
とそこへ真から声がかかって、担当のデュシオンがフロアに出てゆく。
「お待たせいたしました。特製四種のチーズと秋の恵みに御座います」
「すまぬな」
届けた先にいたのは大柄の男。彼もハンターらしいが、机の上には小さな籠があって…そこから感じる動物の気配についつい視線がそっちに向かう。
「あの、それって…」
「ああ、バンデラさん。今晩は」
彼女の問いが終わらぬうちにザレムの声が被り、彼女の好奇心から出かけた言葉をおし留める。
「おお、ここで手伝いを。そうだ、今日はチュースケ連れてきているのだ。会ってゆくか?」
男の言葉にザレムは頷く。そうして籠から覗いたハムスターの姿に動物好きのデュシオンの表情も思わず綻ぶ。
偶然の出会いと仕事の合間のこうした一時も接客の楽しみの一つだろう。
疲れた身体に少しの癒しを貰って彼等は踏ん張る。そうして、長い一日は終わり迎えてーー。
『かんぱーーーい!』
祭り終了の鐘が鳴り来客達の姿が消えていった頃、彼らは最後のピザを焼く。
それは労いのピザ――余った食材やソースを全部使って、あり合わせで仕上げたピザが祝祭最後の晩餐となる。
「美味しそうなのー♪」
「チーズ系には蜂蜜をかけるとうまい」
喜び手を伸ばすセラの隣りで真が呟く。
「一日終わりのまかないピザ、美味しい…」
そう言い味を噛み締めるのはふわりだ。女子に混じっていても違和感なく、彼は村娘達と話を弾ませている。
「確かにこれは良いな。トッピング全部乗せって感じじゃねェか」
味にうるさい万歳丸もこれには満足らしい。腹一杯、ピザを堪能する。
「ふむ、流石に一味違うな」
「この焦げ目も最高ね」
そうしてザレムもこのピザには太鼓判を押した。試食時と違って、じっくり味わうからこそ見えてくるものもある。マリィアも石窯の実力に感動さえ覚えている。
「これも良かったらどうぞ」
そして、そんな中であり合わせの新作を提供したのはロランだった。
残った小麦粉でクレープを作り、デザート具材を巻けばピザより軽く食べやすい一品の完成だ。
「あ、美味しい。これは認めざる負えないな」
ロランのそれに舞が言う。そしてあの四人衆も…今度は心置きなく食べれるとあって満足げだ。
温かなピザに喉と疲れを癒す炭酸――
この後片付けも残っていたが、今この時だけは至福の味を堪能するのだった。
「ちょっ、お姉ちゃんたち大丈夫なの!?」
時計の針が深夜を回った頃、店舗スペースを訪れたセラ=ティア―レイン(ka5832)は仰天する。
それもその筈、依頼主である村娘達が鬼の形相であるから無理もない。目は充血し、さっきまで逃げ出したザリガニを追いかけていたのか手には逃亡者との格闘の跡が垣間見え、疲れと焦りがありありと顔に刻み込まれている。
「と、当日班の方ですね…宜しく、お願いします…」
セラの前にいた一人がそう言い力なさげに握手を求める。
「う、うん。宜しく」
その姿にセラは困惑した。
お店と言えば客商売だ。売る人間はいわばお店の看板――その看板がこれでは客の入りは見込めない。それは他の面子も気付いているようで…準備から手伝っていたロラン・ラコート(ka0363)が彼女達に助け舟を出す。
「全く君達って人は……気持ちは判るけど、そろそろ休んだ方が良い。この人数が集まったんだ。大体は俺達で回せると思うし、疲れたままじゃ効率も悪くなるしね」
率直に、けれど彼女達を傷つけないように…彼の言葉が村娘達の張りつめた糸にゆとりを与える。
「わ、私達…休んで、いいの…?」
「大丈夫、セラたちに任せて! こういうのは元気が大事だもんね! 元気をチャージして戻ってきてよ?」
彼女が笑顔で訴える。
「えぇ事前準備、お疲れ様ですの。微力ながら力添えさせて頂きますからどうぞお休みになって」
デュシオン・ヴァニーユ(ka4696)もそう付け加えると村娘達の瞳から涙が零れ、レシピをハンター達に託すと彼女らは一旦宿へと戻ってゆく。
「さて、朝まで時間は少ない。無駄なく進めないとな」
ザレム・アズール(ka0878)が言う。
「俺達は仕込みにかかるとするよ。調理場希望の者はこっちに来てくれるかな?」
それに応えるようにロランは早速作業に入る。
「詩、無茶しちゃ駄目だからな?」
それについていく妹・天竜寺 詩(ka0396)を見て姉の天竜寺 舞(ka0377)が声をかける。
「ええ、大丈夫。無理はしないから」
その言葉に笑顔を返す詩。実は彼女、別の依頼で深手の傷を負い、本来であれば今も安静厳守の状態なのだ。
けれどこの依頼だけはと、無理をおして参加したようだ。
「お姉さん…か。俺もちゃんと見とくから心配しなくていいよ」
ロランがそのやり取りを聞き口を出す。
「そう。じゃあ頼む。但し、辛い思いさせたら許さないからな」
付け加えられたキツイ一言に苦笑を浮かべる彼であった。
さて、まず始めに問題となるのは当日の立ち回り方だろう。
来場者数がどれ程のものになるかは想像し難く、かと言ってお客を待たせる事になっては売上にも関わる。
そこで本領を発揮するのは何事にも勝る経験からくる提案である。
「僕、家が喫茶店だったんだけど、机にあらかじめ番号を振って…メニューにもアルファベットを振って整理してたかな」
店内はなかなかに広い。注文を受けた人が商品を運ぶとも限らない為、割り振りを提案する。
「だったら見取り図が必要かもな。メニューもビラも番号札も必要だろうし…今からやるしかねぇか」
桃園ふわり(ka1776)に続いて、阿部 透馬(ka5823)も意見する。
「だな。当日は中で食べる人以外にも持ち歩く人もいるだろう。だから食券方式を取るといいと思う」
まずは注文会計を済ませて貰って引換券を渡す。そうすれば口頭では覚えきれなくとも半券がある以上、調理場で注文数の把握は可能だ。ここへ来るまでに案を纏めていたのかザレムはこの後もフロアの動きなども細かく提案してゆく。
「難しい事は判らないけれど、わたくしはこちらの区画を見ておけばいいのね」
ウェイトレスをするつもりでフリルワンピースを用意して来たディシオンが尋ねる。
「はい、僕はこっちを…舞さんは逆側をお願いします」
「あいよっ、まかせて」
ふわりは気を利かせて舞の担当範囲を調理場に近い場所に割り振る。
「俺は全体把握を。透馬は勘定、ルンルンは列の整備とその都度声がかかった所に出向いて貰っていいかな?」
ザレムの問いに二人は快く承諾した。準備段階からの知った仲だ。
多少の融通を聞かせた打ち合わせを終え彼等も透馬の作業を手伝い、番号札やら引換券の作成に入るのだった。
●E
一方その頃、調理班は各自担当するピザを決めて仕込みに入る。
「さて、まずはこれか…」
自作提案した林檎ピザ。それを作る為ロランはひたすら皮を剥き、林檎のグラッセの大量生産を計る。そして、テーブルスペースではマリィア・バルデス(ka5848)が小麦粉と格闘を始めている。
「ピザは好きだけど、今まではオーブンやグリルだったのよね…」
元軍人で料理経験はある。大概のものはレシピさえあれば作れる彼女は体力を活かしピザ生地に挑むようだ。
「このレシピだと…アメリカンかしら?」
もっちもちの生地を想像して、彼女は元いた世界の事を思い出す。そして、あの頃食べたピザを思い手を動かす。
(発酵時間を考えるとナポリの方が良いと思うのだけど…あ、米粉を使うからこれでいいのか?)
レシピを捲って浮かぶ疑問。しかし、小麦粉と米粉を配合する事によって発酵時間は変わるだろう。最近では発酵なしのピザも出来ると聞くし、彼女は俄か知識を封印して、捏ね上がった生地を種類別に木箱に納める。
「あの、すいません。お芋焼き上がってきたようですよ」
その近くでは石窯番をしていたGacrux(ka2726)が赤羽 颯(ka3193)に声をかけていた。
「あっ、はい~すいません。少々お待ちを~」
が芋栗ピザ担当の颯はそれどころではない。というのも彼の傍にはいわゆる調理初心者が存在する。
「何がいけないというの? こんな完璧な下処理はないわよ」
その人の名は高瀬 未悠(ka3199)――良家の娘さんだったそうで家事というものを余りした事はないらしい。
「あやや? さっき持ってきたお芋さんがこれだけになったのですか?」
知人の蒼綺 碧流(ka3373)が彼女の下処理後の籠を覗き込み言葉する。
「ええ、そうよ。見てこれ、無駄な事をしなかったら素晴らしい出来栄えになったわ」
そんな友に彼女は自慢げに籠を持ち上げてみせる。
籠には洗ったばかりの薩摩芋が山盛りある筈だった。しかし、彼女の手を経て残ったのは約半分。彼女が剥きとった『皮』には未だ食べられる部分がかなり残っている。
「え~~と、その、どうしたものかなぁ?」
食材は大切に……そう言いたい所であるが、彼女が得意げである以上ちゃんと出来ていると錯覚しているに違いない。ここでの率直な表現は彼女を傷つけるとあって、彼は慎重に言葉を選ぶ。そんな彼にはもう一人仲間がいた。フィリテ・ノート(ka0810)だ。彼を含めこの四名は友である。だから困っている彼を見て、フィリテも放ってはおけなかったらしい。
「高瀬さん、素敵に剥けてるとは思うけど…その調子だと最後まで持たないよ。もう少し肩の力を抜いて壊れ物を扱う様にすると、もっと良くなると思うわ♪」
そう言ってまずは自分が見本を見せる。
「あら、そんなでいいの? それじゃあ汚れが取れないと思うけど」
その優し過ぎる洗い方に未悠は不服のようだ。
「けど、これ位がいいのよ。これはこのままピザの上に乗せるから」
「……」
その言葉に沈黙を返しつつも、未悠は言われた通りにハーブを洗う。
がどうしても力が入る様で心なしかくたっとしてしまい、フィリテと颯は苦笑い。
「ん~…お野菜は私嫌いだからいいのです!」
碧流がフォローを入れるも未悠のモヤモヤは収まらない。
「まだまだこれからよ。こんなのやってるうちに上達するに決まってるんだから! 碧流、じゃんじゃん持ってくるのよ」
彼女はそう言って碧流に新たなハーブを要求する。
「アハハ……これは、前途多難だね」
「そ、そうね。でも、やる気があるっていい事よね…」
果たして芋栗ピザ&忍者ピザ担当の運命はいかに。それは神のみぞ知る所か。
「あの~、こっちはどうしたらいいんでしょうか…」
蚊帳の外状態になったGacruxが寂しく呟く。
パチパチと音を立ていい香りを漂わせる栗達の出来とは裏腹に、その様子から己が提案したピザに一抹の不安を覚える彼であった。
睡眠の偉大さを感じつつ、開催一時間前に戻ってきた村娘達の表情は明るい。
「皆さん、朝食の差し入れですよー♪ これで疲れを緩和して、今日は頑張っていきましょー!」
持ってきたパンと牛乳を配りつつ、それぞれの持ち場へと向かう。
「おおっ、もう準備万端って感じですねっ♪」
調理場に入った一人は整頓された具材とソース、そして生地のストックに目を輝かせる。
「搬入された食材も取り出しやすいよう整理しておいたからな。後は動き出すのを待つだけだ」
ピザレシピの束に目を通しながら在庫管理を担当する柊 真司(ka0705)が彼女に告げる。
「本当に! それは凄いのです」
そんな彼に感嘆の声。彼女らだけだったら、未だに食材が散在していた事だろう。
「まあ、言っても回り出したらまた大変になると思うがな」
彼はぶっきらぼうにそう言うと見やすい位置にレシピを貼って、これはいざという時の配慮に他ならない。
「えっと…となると私は何をすれば」
「生地はいくらあっても問題ない。だからマリィアを手伝ってやってくれ」
「了解ですっ!」
監督は一体どっちなのか。この際誰でも構わない。目のきく者がすればいい。
調理台に近付くと、マリィアを始めとする調理メンバーがせっせとストックの生産に励んでいた。
その中でも目立っているのは二mを超える長身の万歳丸(ka5665)だ。
「羅羅羅っーー!!」
気合一発、深鍋の底にある硬い殻を粉砕するべく、手にした長い木の棒でひたすらごりごり。力加減を間違えれば鍋底までやってしまいそうであるが、流石にそこに落ち度ない。
「凄いのー♪ 万歳丸さんがいればまさに鬼に金棒だよ~」
さっきまでの作業効率が嘘のようだとその隣で見守る詩は大喜びだ。殻外しも彼にかかれば簡単なもので、ぷりぷりのザリガニの身がボール一杯に剥き上がっている。
「まァ、ざっとこんなもんってな」
万歳丸はその言葉に気を良くして、次はどれかと視線を漂わせて気付いたのは時計の時刻――。
「やっべ、オレはァあっちも手伝うんだった」
開始十分前を指す針を見て、慌てて次の持ち場へと移動する。
「あ、あの有難う御座いましたぁ」
詩の言葉に彼は軽く手を上げて、次は呼び込み組との打ち合わせだ。
「いやァ、すまねェ…つい熱が入っちまってよォ」
バタバタと大きな足音をさせ、彼が合流する。するとそこには既に持参した衣装に着替えた仲間達が集まっている。
「なんでぇ、ばんざい。そのエプロン、汚れ放題じゃんか」
けらけらと笑って曄(ka5593)が言う。
「こら、曄。万歳丸殿は別を手伝っていたのだからそんなに笑ってはいけないよ」
そう咎めるのは彼女の父の瀬陰(ka5599)だ。
「あぁ、まァ事実だしな。いいってことよォ」
彼等はどうやら知った仲らしい。その言葉に気を悪くする様子もなく、用意していた別のに取り換える。
「皆様、お揃いになったようですしこちらをお配りしますね」
それを確認して、鳳凰院 流宇(ka1922)が手元に届いたチラシを配る。
それは透馬が作った即席のチラシだった。急いで作られた割にはレイアウトも良く、本日提供するピザの種類と飲み物が記されており、メニュー代わりにもなる便利な仕様だ。
「印刷が何とか間に合ってよかったぜ」
受付に戻りながら透馬がほっと肩を降ろす。
「ではこれを配り歩けばいいのだね。できれば風船も配りたいのだが…」
子供相手なら何かある方が良いに決まっている。風船であれば手に入りやすいだろうし、それだけで目立つという利点もあり、瀬陰が希望する。
「その辺は風船屋さんに交渉してみて下さい」
それには村娘が応対した。予算の一部を彼に手渡して、後は任せると告げる。
「さすが、とーちゃん。考えてるな」
そんな父を曄は感心して、屈託のない笑顔で父を見上げる。
「ははは、それは嬉しいな。それよりどうかな、似合っているかい?」
着慣れない洋服を前に彼が問う。
「そりゃもちろんだよ。で、で、あたしの方は?」
フリフリスカートのウエイトレス姿でくるりと一回転してみせる彼女。父の方は高級レストランのギャルソン風。ちなみに流宇とユーリィ・リッチウェイ(ka3557)はゴシックドレスにカチューシャを用意している。
「親子揃ってとてもお似合いですよ」
柔らかな笑顔で頂いたユーリィからのお褒めの言葉。父からも似合っていると称賛されると、曄の気分はもう最高頂。
「まァ、馬子にも衣装ってな」
がそこ万歳丸の余計な一言が加わって、
「なにおぅ、あたしは馬じゃないし。ばんざい、こうなったら呼び込みで勝負だ!」
どうしてそういう発想になったのか。それはともかく彼女の誘いに彼も乗り、ここに呼び込み対決が勃発する。
「またあの子は…」
そう言う父であったが、村娘は止めに入らない。
「別に人が集まれば何でもいいですし、楽しければ万事OK…みたいな」
そんなノリで、最近の若者に少々驚きを隠せない瀬陰だった。
●S
秋の広場に美味しい香りと明るい声――お祭りという引力に誘われて人々の足は軽やかだ。
お昼前ともなれば人の波はピークに達して、行き交う人が今日の昼食を求めてあちらこちらの店舗を覗いて回る。
小さな兄弟もその中の一組だった。せっせと貯めたお小遣いを胸に何処がいいかと思案する。
「にーちゃん、あのピザ食べたい!」
背丈の小さい方がすれ違って行った人のものを指差し言う。
「うん、美味そうだしあれにしよう」
それに答えて兄はその人の歩いてきた方向に視線を向ける。
そこは勿論村娘達のピザ屋さん。大勢の客が店舗には収まり切らず、列を作り始めている。
「こっちに並んで下さいねー。お会計の時に整理券を配りますからー」
ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)がそれを知って店内誘導の合間に列の整備をする。
そこで兄弟と目が合って、
「お客さんですかー? ごめんなのですよっ、少し並ばないとなのですが大丈夫ですかー?」
二人に視線を合わせるようにして彼女が問う。その言葉に兄は弟に確認を経て、大丈夫と答える。
が、やはり長時間の待ち時間は小さい子供にとっては苦行でしかない。
「にーちゃん、疲れたぁ~」
少しずつ進む店内待ちの列。番号札を受け取ってからどれほど経ったか。客の滞在時間はまちまちで空席確保は難しい。美味しい匂いと相まって、早く食べたいという気持ちが弟の心を占めてゆく。
「もう少しだから我慢だぞ」
兄は必死にそう留めるがまだ幼い弟の限界は近く、今にもその場に座り込んでしまいそうだ。
そんな彼を見てフロア監督のザレムが対応を巡らせる。
(あのままだと可哀想だよな…何とかしてやれないものかな)
しかし、彼らを優先させては他の客から苦情が来るだろう。椅子を出すにしても、列の途中に出してはやはり邪魔だ。そんな時列の先に見えた人影に彼はハッとした。そして彼はその人影を呼び止めて、
「よろしく頼むよ」
「ああ、任されたよ」
ザレムは通りすがった瀬陰に事付け、様子を見守る。その事付けを守って瀬陰は問題の兄弟の元へ。
「やあ、いらっしゃい。風船は如何かな?」
手には調達してきた動物の風船があり、それを見た弟の眼に輝きが戻る。
「え、いいの?」
「ああ、いいとも。うちに来てくれてる小さなお客さんにサービスだ」
その佇まいは穏やかで――自然と彼の額の上にある角が気になる事はない。それにまだ子供であるから、そこまでの偏見を持ってはいないのかもしれない。風船が貰える。その嬉しさに彼の機嫌はすこぶる回復する。
「にーちゃんも貰おう。おれとお揃いの♪」
とても仲がいいのだろう。弟の喜ぶ顔を見て兄も微笑み、瀬陰から風船を受け取る。
「もう少しかかりそうだけど、我慢してくれるかい?」
その問いに弟君は元気よく頷き、フロアにいた誰もがホッとする。
そうして、暫くすると兄弟は仲良く席に着くと、
「お待たせっ、焼き立ての定番ピザと芋栗デザートピザだよっ♪」
舞が二人の元に二枚のピザを運んでゆく。それを見て、再び弟君が目を輝かせる。
何たって石窯ピザだ。生地は程よく焼き上がり、溶けたチーズは音を立て秋野菜が目に楽しさを加える。それなのに、子供でも買える低価格であるから大人にも嬉しい。早速一切れ手にとって、ふーふーしてから口へと運ぶ。
「…おいしぃー♪」
その言葉は間違いなく本物だった。他の客も待った甲斐があったとばかりに次々と焼き上がってくるピザを平らげてゆく。
「お、このドレッシングうまいな。こういうピザもありかもしれん」
壮年の男性が妻の頼んだヘルシーピザを一つ貰って感想を述べる。
「このソース、甘辛くて癖になるな。肉もしっとりしていて不思議なもんだ」
そう言うのは食べ比べピザを頼んだ中年男性――こっそりレシピを教えてくれないかとふわりに尋ねている。
一方ではデザート系も負けてはいない。デザートピザの主流はテイクアウトになっているが、小腹を満たすには丁度いいサイズであり、他の店も楽しみたいというお客には好まれているようだ。
「どのピザも好評みたいよ。勿論、詩のもね」
フロアの様子を厨房にいる妹に舞が届ける。
「そうなの? よかった~」
思えば数日前、即席で集められたメンバーで慌ただしく決めたピザのメニューだ。試食はしたものの、市場でどこまで通用するかは判らなかった。がその心配は杞憂に終わり、詩は心底安心する。
「すまない。この分だと昼過ぎまで稼働は止まらないと思うから追加を持ってきてくれないか?」
チーズの消費量が予想より早くて、鞍馬 真(ka5819)が真司にお願いする。それに応えて、彼も在庫量を目視で確認し必要そうな分量を即座に追加。回転率は下げる事無く、それをやってのける。それに加えて軽い助言も。
「俺も余り言えた事じゃないが、眉間にしわが寄っているぞ」
突然の言葉に慌てて目をぱちぱちする真。笑顔を意識しようと思っていたのだが、忙しさからか自然としかめっ面になっていたらしい。多少の仕切りはあるものの、調理場も客から見えなくはない。鬼気迫る姿は客を怯えさせてしまうと、もう一度笑顔を作ってみる。
「これでどうだろう?」
振り返り真司に確認する。
「ん~、まだ幾分ぎこちないが」
慣れていないなら仕方のない事か。それでも少しは改善されたのなら、それはそれでよいだろう。
(こっちを担当して正解でした。笑顔を作る必要はない)
そう思うのは石窯番のGacruxだ。眼付きの悪いのを自覚していたからこの場所を選んだ。
しかし、ここはある意味で重要なのだが、他と比べ退屈でもある。
(あ~、誰か差し入れとか持ってきてくれないかなぁ。それにしても俺が考案したピッツァの売れ行きはどうなんだろう)
窯に入れられてゆくピザの統計など取ってはいない。どれも割と均一に中にある気がするが、それも彼自身が焼き上がりを計算して入れておく場所をずらしたりしているからかもしれないので、正直な所は判らない。
「あ~気になるなぁ」
自然と思いが声になる。
「何が気になるんだ?」
そこでかけられた声に振り返れば、その先には透馬の姿がある。
「あれ、接客は良いんですか?」
担当場所の違いが気になり彼が問う。
「おう、すぐ戻るさ。ペンのインクがなくなったから取りに来ただけだ」
そう言う彼はインクの予備を探す。
「あ、多分その裏ですよ」
その様子にGacruxも助言して、言った通りそこにあった村娘の鞄からインク瓶を拝借。戻ろうと背を向ける。
「あの、売り上げ状況はどうですか?」
そこで彼は直接聞いてみる事にした。透馬は勘定を任されていたからその辺りには詳しい筈だ。
「そうだな。どれも人気だが、食事系で言えば定番と忍者がせってる感じだ」
その言葉に内心嬉しい彼であるが、余り表面に出すつもりはない。がどうも今回は漏れていたようで、
「なんだ、あんたも笑えるんだな!」
透馬の言葉に自分でも吃驚する彼。まあ、彼も人間なのだ。
「ちょっ、そこつまみ食いはほどほどにして下さいよ~」
そんな中、あの問題多き四人組はと言えば苦労人・颯とその仲間達な構図が出来上がりつつあった。
「何言うですか! これだけ材料を持ってきているのです! 少し位…つまみ食いこそ我が心情なのです!」
芋の入った籠を抱えたまま碧流が手近にあったキノコペーストを持参したパンに乗せようと手を伸ばす。
「もう、食べ過ぎちゃだめよ…?」
そういう未悠であるが、彼女もちゃっかり出来上がったピザを確保しているようだ。
「ねえ、それまさか…」
それを目敏く見つけてフィリテが尋ねる。
「大丈夫よ、問題ないわ。だってこれ、商品にはならないやつだもの」
その返答を訝しむ彼女――しかし、それは嘘ではない。
未悠が確保しているピザは商品とは違い、具も歪であるし何より一個のサイズが小さい。
「これは…」
「試食用です。瀬陰さんに頼まれて……だからって食べていい訳じゃないからね!」
こそりと口に入れた未悠を横目に捉えて、颯は叱咤する。けれど、彼も本気では怒ってはいないようだ。
「…実はこれ、初めに未悠がやらかした食材を使ってるんですよ。だからそっちもできそうであればお願いします」
こそっとフィリテにそう言って、彼はにこりと笑う。
これぞエコ――形さえ変えてソース状にすればくたった野菜もキノコもまだまだ使えるし、客寄せにもなるなら一石二鳥だ。
「おーい。試食分取りに来たぜー」
そこで曄が現れて、彼が出来上がっている分を引き渡す。
「あう~、私のつまみ食いストックが~~」
温野菜は苦手であるのにそう言う碧流にフィリテは軽いチョップを入れるのだった。
●T
留まる事のない人の波、そんな広場の入り口に出向いてユーリィはその片隅で舞を披露する。
「お集まりの皆様へ。僭越ながら、祝福の舞を」
アンクレットベルをつけて、可愛い容姿の『彼』の舞に合わせてシックなドレスがふわりとそよぎ道行く人の足を止めさせる。そんな彼をサポートするのは流宇だった。不慣れな土地であるし、準備で一緒であった兄は都合がつかず参加が叶わなった。そこで要領があまりよくないと自覚のある彼女はユーリィと御一緒する事にしたのだ。
とにかく笑顔を心掛けて、彼女の傍でチラシを配る。何度目かの舞が終わり可愛くお辞儀をしたユーリィの目が慌てる少年の姿を捉える。
(どうしたのかな?)
赤い風船を手に周囲に視線を走らせて、それに気付いた流宇が先に彼を呼び止める。
「どうかされましたの?」
その言葉に兄は戸惑いながらも事情を説明。
どうやら彼の弟が迷子になってしまったらしい。聞けばお昼頃に村娘達のピザ屋を訪れていたという。
「それは困りましたわね…何か特徴はありませんか?」
落ち着かせるようにゆっくりとした口調で彼女が尋ねる。
「えと…弟は首に紐の付いたお財布を下げてて…それで、そう。これと同じ風船を持ってます」
それは瀬陰があげた風船だ。兎耳の付いたそれは中でも珍しい。
「兎の赤い風船…となると身長が高ければ見つけられるかも…」
ユーリィの言葉に呼び込み班を招集する。そして、
「そりゃあ心配だなァ。勝負は中断だ! 曄、俺の肩に乗りなッ」
「わかったぞ。あたしが絶対見つけてやるぜ!」
万歳丸と曄がダックを組んで、肩車で会場を見渡し捜索する。
「大丈夫、安心して欲しい」
そうして、兄の心のケアは瀬陰が担当。パパであるからこういうのは慣れている。
「とりあえず試食のだけど、食べて元気出すの~」
その横でセラが試食の一切れを差し出した。がそれはさっき弟と食べた芋栗ピザで…思い出してしまったのかじわりと兄の目に涙が浮かぶ。そんな彼を瀬陰は静かに抱きしめ、背をさする。
「絶対絶対見つかるの―!」
その様子を前にセラが叫ぶ。すると程なくして、高身長の万歳丸と曄の視力と幸運が弟君の発見に導く。
「あそこ、ウサギの風船が見えるぜ!」
曄の示された先にセラと流宇が走る。するとそこにはけろっとした弟君の姿があって、兄の心配など吹く風だ。
「あ、にーちゃん。あっちにね、林檎の飴があって」
「馬鹿っ! じっとしてろって言っただろ!」
二人が連れてきた弟に涙のまま怒鳴る兄。兄の様子に弟も状況をいぐばくか理解したらしい。
困り顔で兄の顔を覗き込み、
「にーちゃん、ごめん。でも、おれ…どうしてもにーちゃんを驚かせたくて」
後ろに回した手を前に出して、そこに握られているのは風船と同じ色のリンゴ飴。但し、それは普通のリンゴ飴ではない。棒の方に八本の足が細工され、本体には窄まった口とつぶらな瞳――そう、それはタコを模して作られているのだ。
「何だよ…これ、変なの…」
流れた涙をごしごし拭って、兄が笑って見せる。
「でしょ。これを見せたくておれ…」
「ばかっ」
言葉に反して兄の顔は明るい。そんな兄に弟も笑顔を返す。
「もう大丈夫そうだな」
二人のやり取りに集まっていた呼び込み班はそう判断した。
その言葉に慌てて兄は礼を言い、ぺこりと頭を下げると何度も皆を振り返りながら二人は手を繋ぎ家路に急ぐ。
「さて、一段落ついた所で…気付けばもう夕方。後ひと踏ん張りだね」
ユーリィが腹ペコを我慢しつつ言う。
「ですねー。頑張りましょう♪」
セラのその言葉に刺激されて、呼び込み一同最後の声かけに入るのだった。
●A
夕方になってくると流石にデザートピザの売れ行きは落ちる。
そこでストックの生産をそろそろ切り上げて、全体を食事ピザメインに切り替えてゆく。
「林檎のグラッセのストックは後鍋一杯だがいけるだろう。手間のかかる忍者か食べ比べに回ってくれ」
真司がラコートにそう指示を出す。
「ワインの在庫は大丈夫か? 大人客が増えてきているんだが」
とこれはザレムだ。しっかりと客層を把握して、真司との連携に努める。
「あ、そこのねぇちゃん。水が」
「はいはーい、今行きまーす☆」
そういうのはルンルンだ。客の声に耳を研ぎ澄まして、声が聞こえたと同時に手を上げ振り返る。
「はい、これお水」
そう言って手近にいたふわりが彼女にポットを渡すと、彼女は軽やかに受け取りちょっとサービス。
「お待たせしましたー、ルンルン忍法滝おとしですよー♪」
手にしたポットの水を何故か高い所から注いで一滴も零さず入れる辺りは流石だ。
「それを紅茶でやるともっといいんだよね」
それを見ていたふわりがぽつりと呟く。
「そうね、ただしお湯での段階がベストだけど」
とそれに付け加えてきたのはデュシオンだ。出来上がってくるピザを待ちながら、思い出したように言う。
「え、あれって紅茶にした後じゃないのか?」
そこに舞も加わって、ちょっとした会話が展開される。
「ええ、お湯に空気を…正確には酸素を含ませる意味合いでやっているのでしょうから」
お嬢様には常識なのかはさておき、そんな豆知識も何処かでお客の話のタネにもなるかもしれない。
「定番ピザ、上がりだ」
とそこへ真から声がかかって、担当のデュシオンがフロアに出てゆく。
「お待たせいたしました。特製四種のチーズと秋の恵みに御座います」
「すまぬな」
届けた先にいたのは大柄の男。彼もハンターらしいが、机の上には小さな籠があって…そこから感じる動物の気配についつい視線がそっちに向かう。
「あの、それって…」
「ああ、バンデラさん。今晩は」
彼女の問いが終わらぬうちにザレムの声が被り、彼女の好奇心から出かけた言葉をおし留める。
「おお、ここで手伝いを。そうだ、今日はチュースケ連れてきているのだ。会ってゆくか?」
男の言葉にザレムは頷く。そうして籠から覗いたハムスターの姿に動物好きのデュシオンの表情も思わず綻ぶ。
偶然の出会いと仕事の合間のこうした一時も接客の楽しみの一つだろう。
疲れた身体に少しの癒しを貰って彼等は踏ん張る。そうして、長い一日は終わり迎えてーー。
『かんぱーーーい!』
祭り終了の鐘が鳴り来客達の姿が消えていった頃、彼らは最後のピザを焼く。
それは労いのピザ――余った食材やソースを全部使って、あり合わせで仕上げたピザが祝祭最後の晩餐となる。
「美味しそうなのー♪」
「チーズ系には蜂蜜をかけるとうまい」
喜び手を伸ばすセラの隣りで真が呟く。
「一日終わりのまかないピザ、美味しい…」
そう言い味を噛み締めるのはふわりだ。女子に混じっていても違和感なく、彼は村娘達と話を弾ませている。
「確かにこれは良いな。トッピング全部乗せって感じじゃねェか」
味にうるさい万歳丸もこれには満足らしい。腹一杯、ピザを堪能する。
「ふむ、流石に一味違うな」
「この焦げ目も最高ね」
そうしてザレムもこのピザには太鼓判を押した。試食時と違って、じっくり味わうからこそ見えてくるものもある。マリィアも石窯の実力に感動さえ覚えている。
「これも良かったらどうぞ」
そして、そんな中であり合わせの新作を提供したのはロランだった。
残った小麦粉でクレープを作り、デザート具材を巻けばピザより軽く食べやすい一品の完成だ。
「あ、美味しい。これは認めざる負えないな」
ロランのそれに舞が言う。そしてあの四人衆も…今度は心置きなく食べれるとあって満足げだ。
温かなピザに喉と疲れを癒す炭酸――
この後片付けも残っていたが、今この時だけは至福の味を堪能するのだった。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 12人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/16 19:13:50 |
|
![]() |
何はともあれ相談だな! 阿部 透馬(ka5823) 人間(リアルブルー)|24才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2015/11/16 19:24:58 |