●エウラ教会門前
　ここは極彩色の街・ヴァリオス。その一角にあるエウラ教の教会。
　草木も眠る丑三つ時……には少し遅い、時間は午前6時前。
　まだまだ年も開けてまもなくである。底冷えのする気温の中、こんな時間にもかかわらず多くの人が門前に並んでいる。
　そして人々の前にはどんと構えた協会の大きな門、それが物も言わず閉めきった状態で鎮座している。
　そして人々はその時、すなわち午前6時を待っているのであった。

●風習の言われ
　この教会は同盟最大の街、ヴァリオスに立っているため、常に多くの人が参拝に訪れているが、一時的に参拝者がいなくなる時がある。
　それは毎年一月十六日、午前０時の段階で全ての参拝者を追い出し、更に全ての門を閉めきって、ごくごく限られた人たちだけで大切な儀式を行うのだ。
　この儀式が祭りではない。限られた人間しかその内容を知らない秘密の儀式。これは盛り上がりようが無い。
　重要なのはこの後である。
　儀式は午前０時に始まり、朝の６時まで行われる。そして朝６時に正門が開かれるのだ。
　正門をくぐり、参道をしばらく進んだ先にある神殿内、大精霊像。
　これに儀式後、一番最初に触った者に「その一年の幸福が訪れ願いが叶う」などという言い伝えが有るのだ。

　そして言い伝えはこれだけではない。「大精霊は昨年の罪を反省し、正しい願いを持つ者に微笑む」とも言われている。では罪を反省しないもの、正しい願いを持たないものが走るとどうなるか？　それはこの参道が答えを示していた。鏡のように光る大理石の参道。当然この上を走るとなると摩擦は非常に少なくなる。
　それでは願いを叶えたいものたちは今年も門前に集まり、開門の時を待っているのであった。

●
　時は1月15日、陽は随分と傾き、薄暮れの中参拝者達が帰宅の途に就いた頃。一人の巫女が掃除を行っていた。彼女の名は夜桜　奏音(ka5754)。彼女は見ての通りの巫女なのだが、昨年はハンターとしての他の活動にかまけて、巫女としての自分をおろそかにしていたと感じていた。
「明日走りますし、きれいにしておきましょう」
　だからこそ参道を丁寧に掃き、冷たい水に耐えながら丹念に拭き掃除を行う。おかげで大理石で出来たその道はピカピカに輝き、摩擦など無いように思えた……っておい！
　こんなに綺麗に磨いたらツルツルだよ！　みんな転けるよ！　しかもカーブのところをきっちり磨いてるよ！　どんな天罰食らっても知らんぞ！　というか去年もこんなことあったぞ！
　そんな致死的トラップが仕掛けられている事を奏音以外誰も知らぬまま時は進み、参拝者が皆追い出され、門が閉め切られ、そして人々が正門前に集まってきたのであった。

●
　時計は午前5時半過ぎを示している。正門前には既に参加者が集まっている。今年は特に冷え込んでいる。その寒さに震えながら集まってきた者達が見たのは、そんな者へ振る舞われる各種食べ物の屋台であった。
　菜飯に卵焼きは甘いものとそうでないもの、そして冷え込んでいるこんな時にはたまらない暖かい豚汁。
「皆さんどうぞ」
　と屋台の中で振舞っているのは守原　有希遥(ka4729)。その暖かさと美味しそうな匂いに参加者たちが集まり黒山の人だかり。更にメニューには焼鳥にもつ焼きが含まれている、その匂いに惹かれたのか
「何か面白そうなことやってんじゃねーか！」
　と例の瓶を片手に朝霧　桜華(ka6050)がやって来た。彼女の周りから漂う香りはどうも既に随分楽しんでいるようだ。というわけでそのメニューをつまみに一人宴を楽しむ中、スタートの時は近づく。参加者たちはそれに備え位置取りを始めるのだった。

●
　参加者たちは門が開く時をドキドキしながら待つ。そんな門の一番前でこの行事のいわれを聞いていた超級まりお(ka0824)はそれを一笑に付した。
「一番に大精霊像に触れたら願い事が叶う？　あはは、そんなのメイシン、メイシン。迷信だよー。信じるわけないじゃんねぇ」
　既にかなり罰当たりなことを考えているようだが、彼女はこう見えても去年はもう少しで一番になりそうだったのだ！　今年こそ願いを叶えようと決意を固めてやって来たに違いない！
「……ってあれ？　前にも似たようなこと考えてないかな？」
　……あのー、もしもしまりおさん？
「でもこの行事に今年が初参加なはず……だったよね？」
　あなたひょっとしてお忘れですか？
「ウ～ン？」
　なぜ目を閉じて腕を組んで考え込んでいるのですか？
「ウウ～ン？？」
　顔を上に向けちゃったよ。
「ウウウ～ン？？？」
　とうとうガニ股でのけぞり始めちゃったよ。
「無い。無いね。ヤッパリボクはこの行事に初参加に違いないよ！」
　……アナタに期待した私がバカでした。
　と、そんな風にまりおが去年のことを思い出せずにいると時間はあっという間に過ぎ午前6時。それと同時に正門が開き一斉に走りだす参加者たち。その先頭に立つのはもちろんまりお！　しかも抜群に速い！　そのまま一気にトップスピードに到達して

　ツルッ

　もうびっくりするぐらい仕込んだかのようにその足元にバナナの皮が！　踏んだら滑る！　止まれない！　270度回転して大転倒！
　で、この行事って参加者が大量に居るわけですよ。まりおの後ろには自分こそ一番でゴールしようと参加者が走りこんでいるんですよ。その足元にはまりおがいるんですけどみんなそんなこと知らないわけですよ。

　ドッドッドッドッ……。

　というわけでしばらくたった後、そこには全参加者に踏みつけられたまりおが倒れていた。

　《超級まりお、リタイア！》

●
「うなな……やっぱり最下位である……」
　レースが始まれば、速い者は前に出て、遅い者は後ろに下がる。となると走るのが苦手な黒の夢(ka0187)は最後尾へと下がっていくことになるのであった。
（去年はいっぱいちゅっちゅした！　だから今年はみんなとらぶらぶしたい！）
　そんな風に思いながら走る彼女も、この状況に涙目になってきた。
　一方有希遥は屋台で料理を振舞っていた関係で現在走っているのは後ろの方。しかし彼の場合、走る目的は他の者とはちょっと違っていた。
「巨乳美人の彼女が出来た双子、妬んでごめん！　小隊長日頃『ロッソの甲板の方がマシな胸さえ大きければ』と思ってすいません！　謝罪し罰も試練も全て受け止め悔改めると誓います！」
　そう、彼は去年の自分の行いを反省し、天罰を甘んじて受けるために参加していたのだ。
「だから恋人を護りに歪虚と戦う双子に武運、二人に長久の幸せを！」
　そんな彼の願いは果たして天に届いたのだろうか。
「この地面滑りそう……どうしよう……」
　一方黒の夢の方はちょうど奏音が綺麗に磨き上げた位置にやってきた。いかにもつるつるしている参道におっかなびっくり脚を踏み出したが、見事なまでにつるりと滑ってスッテンコロリン！
「あれ？　地面が冷たくないのな」
　しかし転倒した彼女は、大理石の硬いその面を感じては居なかった。不思議な感覚に恐る恐る目を開けるとそこには有希遥が！
　滑って転んだ黒の夢は綺麗に有希遥を巻き込む形で倒れていた。彼はとっさに受け身を取り、すぐさまレースに復帰しようとしたが、上に彼女を乗せる形になってしまってはそれもかなわない。というか豊満もち肌な胸が体の上に乗っかっている状況ではどうしようもない。しかも
「ふぉ……今日はぱんちゅはいてないのな……」
　その時有希遥が見たものは何だったのか。去年の行いをちゃんと反省した彼に対する天罰だったのか、天恵だったのか。それは彼自身にしかわからないのであった。

　《黒の夢、守原　有希遥、リタイア！》

●
「最初にゴールしたら願いが叶うか。ただ祈るだけよりオレ好みな神頼みだぜ」
　勝負事が好きなレイオス・アクアウォーカー(ka1990)に取ってこの神事は実に願ったりかなったりだった。序盤は足元を確かめつつマイペースに走っていた彼だが、スピードが出て興が乗ってきたのか、バランスを崩さないようにと念頭に起きつつ走っていく。まさに勝ちに行く走りだ。そんな彼の願い事だが
「鬼と拳と酒で語り合えたから次はドラゴンと全力でぶつかり合って語り合いたいぜ！」
　もちろんここで言うドラゴンは強欲の歪虚ではない。幻獣はその存在そのものがかなり希少だが、叶えたい願い事として考えるならちょうどいいぐらいなのかもしれない。
「んじゃまラッキースター目指して、いっちょ走るかね」
　一方そんな彼に並んで走っていたのはジャック・エルギン(ka1522)。こちらは去年も参加しており勝手知ったる者だ。開門直後は混乱しているため抑えて、中盤からペースアップ。そして現在はレイオスと抜きつ抜かれつのデッドヒート。似た者同士の二人が並べば当然激しい争いになる。熱くなって走るレイオスと、軽口を叩きながらも心の中では
（俺の願いは、同盟を代表するようなハンターになる、だからな）
　と負けられない思いを抱えるジャック。
　そんな二人の争いに前から割り込んで来た者が一人。
「去年はさすがに依頼などでお色気を使いすぎましたか」
　と反省を口にしているエルバッハ・リオン(ka2434)だ。
「……一昨年の反省とまったく同じですね」
　なんて状態の彼女だが、ちゃんと本人なりに反省点を活かしている。去年は体のラインがはっきり出るような服装に丈の短いスカートと反省内容と服装が全く一致していない状態だったが、今年はちゃんと普通にスポーツが出来るような服装だ！　えらいぞ！
　……ただ、上半身がぽよんぽよんのたぷんたぷんだ。しかも汗で透けて地肌が見えているぞ！　こっちの方がエッチだぞ！
「願いが叶うっつー祭たぁ景気が良いなぁ！　まぁ、去年の反省もってのがちと水をさすが仕方ねぇ」
　さて、そんな二人の後ろから全力疾走で追いかけているのは紫月・海斗(ka0788)だ。
「んー、反省なぁ。あれだなー、バイク二台もオシャカにしちまった事だな！　今年はもっと物を大事にしねぇといかんな！」
　と思いつつ走っている所に前でエルにやられている男子二人が見えてくる。
（俺の願いは！　タングラムを嫁にする！　これしかねーぜ！）
　と決意を固めている紫月はともかく、残りの二人には目に毒だ。
（いかんいかん、去年の反省点は依頼中に料理した時に味見として食べ過ぎたことだな。材料が沢山用意されてるからって、鍋一杯分は食ったのは反省しないとダメだろう）
　と反省を思い邪念に捕らわれないようにするレイオスだったが、そこで目の前のエルが見事に転倒！　大理石の硬い地面にそのまま落ちたら怪我につながると受け身を取る。
　なもんで手で地面を叩き、足を広げて衝撃を逃がしながら転倒。服についた汚れを落として、上半身に傷が無いかチェックするために上着をめくる！　おかげでエルの南半球が御開帳！
　それが止めになった。こちらも足が滑って転倒しそうになるレイオスは必死にブレイクダンスの様に体勢を立て直すべく頑張っている。そんな彼の様子を見て、余裕が出たのかジャックは
（んでまあ、同盟中の女子からキャーキャー言われてだな、おいおい俺の身体は一つしかねーよと……あれ、何か前にも）
　はい、前にもありましたね。
　そこにカーブが！
　曲がりきれず飛び出すジャック！
　そのまま木に激突！
　上から巨大な落雪が！
「他所にちょっかい出してる暇がありゃ走れよおめぇら！　先に行っちまうぜー！」
　とそんな３人に目を送って走っていた紫月も一緒にコースアウトして雪の中！
　風邪はひかないでください。

　《エルバッハ・リオン、ジャック・エルギン、紫月・海斗、リタイア！》

●
「万全の状態だったら全力でいくんだが、流石にこの身体じゃ無理せず走るしかないか」
　先日の依頼で大きな怪我を負った柊　真司(ka0705)はマイペースで走っていた。
　「大精霊は昨年の罪を反省し、正しい願いを持つ者に微笑む」その言い伝えに従って反省したのだが、とりたてて悪いことはしていないと思っていた彼にとって反省点は何と言っても一つ、依頼で何度か力不足を感じたこともあるし、動けなかったこともある。それもこれも無病息災で過ごせれば問題はなかった話だ。だから彼の願いはただひとつ。
「今みたいな状態だといざって時に碌に動けないからなぁ……今年は大きな怪我をせずに過ごしたいぜ」
　柊は自分のペースで精霊像向かって走っていた。

「折角だから、運試しに挑戦してみましょう」
　と気軽な感じで参加した月・芙舞(ka6049)だが、どうせ走るなら運の良い方がいい。ガッシリとしたアーミーブーツを履き、参道の真ん中を走って多少膨らんでもコースアウトしないようにして走っていた。ただ、アーミーブーツは重いし真ん中を走るということは最短距離を走れないということだ。しかし、それは芙舞にはあまり関係がなかった。
（昨年は、まだハンターにもなれていなくて、人々の役に立つ事も出来なかったから……）
　その事を反省し、彼女は大精霊に祈りを捧げる。
（昨年も多くの人が歪虚の被害に苦しんでいたから、今年こそはそう言った事で苦しむ人が一人でも少なくなるように……全ての人……精霊……生きとし生けるモノ達が、皆安寧の中で安らぎに満ちた生活が出来ますように……）
　そんな彼女を大精霊はきっと見守ってくれているだろう。

（去年の私は……お兄様、お姉様に助けられてばかりだった。今年は二人や、沢山の皆さんの力になれるようになりたい）
　鳳凰院　流宇(ka1922)は一つの強い決意を持ってこの神事に挑んでいた。それは誰かに頼らず、自分の力だけでやり遂げる事。一番でなくてもいい。必ずゴールする。
「きゃっ！」
　だが、そんな決意はあっさり壊される。元より運動音痴の彼女。身体能力抜群の人間でも簡単に足を取られて滑らせてしまう大理石の参道だ。彼女が転ぶのも道理であった。大理石の冷たさを感じ、こみ上げる悲しい気持ち、情けない思い。自然瞳に涙が浮かぶ。いつも自分のことを助けてくれる兄や姉の姿を思わず探してしまう。しかし、二人が居るわけも無い。
（私は、お兄様達のお荷物にはならない！　成長してみせる）
　だから自分の足で走るのだ。自分の足でゴールを目指すのだ。弱い自分は去年でさよなら。振り切るように強い決意のこもった目で前を見る。もう涙は消えていた。
　そして彼女は立ち上がる。最後まで走るために。

●
「今年のお願い、ですかぁ？」
　さて、門が開く前、軽い気持ちでそんなことを言われた星野　ハナ(ka5852)はほんの少しだけ考えて、自分の願いを上げていく。
「んじゃちょっと控えめにぃ……」
　そして一呼吸して
「彼氏欲しいリーリー欲しい軍馬欲しい買い物バンバンしたいぃ！　でしょぉかぁ」
　と一気にしゃべるハナ。さらに追い打ちをかけるように
「反省はぁ……彼氏できなかった買い物しまくれなかったもっとじゃんじゃん依頼を受けなきゃダメだったぁ！　ですねぇ」
　まさしく彼女の独壇場。
「ふふふ、今年も物欲漲りまくりですよぅ」
　全くもって仰るとおりだと思います。
　そんな彼女だが今のところ順調に走っていた。しかし、そんな彼女に迫る危機に彼女自身はまだ気づいていなかった。
　一方そんなハナのすぐ後ろを走っていたのは奏音。彼女にもちゃんと願いがあった。
　そしてその後ろから走ってきたのは米本　剛(ka0320)。彼も去年もこの神事に参加したのだが、その為か
（この祭事のお陰か…去年は楽しい出会いも含めて中々に充実していた、と思います）
　と中々に充実した一年を過ごせたようだ。
（ならば去年のお礼と反省、そして今年の見守りを全部含めて全身全霊でノッシノッシと走らせて頂きます！）
　と重低音を踏み鳴らしながら走る。
　そんな時ハナの足がおもいっきり滑る！　そう、ここは昨日奏音が綺麗に掃除した場所！
「転んでたまるかぁ……」
　ツツツーっと滑っていきながらバランスをなんとか保とうとするがそうは行かない。ならば最終手段に頼るしか無い。
「地縛符！」
　そう、符術師である彼女にはこれが合った。足は凍りついたようにその場に止まる。なるほど！　これならば滑っていく心配は無い！
「……みぎゃぁっ！」
　がこの世には慣性というものがあるのですよハナさん。顔面から大理石にダイブ！　これは痛い。
（平穏無事でいられることは精霊様に頼むとして、まぁ神様には様々な場所にいけることを願いましょう）
　一方その頃ついでにとばかりにそのための費用もちゃっかりお願いしている奏音。それを大精霊は見逃さない。足が綺麗に滑った瞬間、後ろから走ってきた米本の体がジャストミート！　空中に横回転しながら飛び出していく奏音！
「こんなことでは諦めません」
　が無理やり体勢を立て直し着地したところにハナの体が！
「……ふぎゃぁっ！」
　そんな彼女の悲鳴に気付かず着地！　……ってそこはあなたが磨いた場所ですよ奏音さん！　派手に180度回転して頭から転倒！　胸元から符がこぼれ落ちてバラバラと！　図ったようにこの符が地縛符！
「うにゃぁ、痛いですぅ～」
　というわけでどこぞやの根性のあるカエルの様に参道にべったり張り付いて身動きの取れない美少女×２が完成！　二人が救出されたのは神事後だったと言う。

　《星野　ハナ、夜桜　奏音、リタイア！》

●
「珍しい酒や旨い酒をくれー！」
　さて、ただ食べ物に釣られて来ていたはずの桜華がなぜだか参加者に紛れて走っていた。しかもここまで順調に走って来ていたのだ。手には例の瓶を持ったまま、こんな感じの彼女が今まで無事に走れている理由はただ一つ。
「去年は飲み過ぎて味が分からなくなった時があったからなぁ……今年はそんなもったいない事をしない様に気をつけないとなっ！」
　そう、ちゃんと反省をしていたからだった。つるりと滑ってもくるくる回りながら上手く受け流して走っている。
　一方、その隣を走っていたのは黒い狼だった。といっても二足で走っているのだが。こんな幻獣も居るかもしれないが、今走っているのはそうではない。
（みんなが安心して美味しいごはんを食べられるようになりますように。そのために俺、もっと依頼を請けて諸々難事を解決する！小さな依頼も大事で大切。頑張って己を鍛えて力をつける！）
　それは道元　ガンジ(ka6005)が覚醒した姿だった。足元は滑るが、肉球でガッチリグリップ！　これは安定している。
（戦うことが目的でハンターになったと言っておきながら、気がついたら食べ物にばかり流されているような気がする……今年はちゃんと戦わないと）
　とそんなことを考えていた所で別の考えが頭をもたげた。
（このまま走って門に辿りつけば神官達が輝くばかりの笑顔で食べ物を差し出してくれる。皆で餅まきとか！）
　顔はにやけよだれが出てくるガンジ。
　そのタイミングで、桜華がまたつるりと滑った。再び受け流そうと回転したが、勢いが付きすぎたのかそのままあさっての方向へクルクルと滑っていく。そして回転スピードはどんどん上がり、遠心力で沢山抱えていた焼鳥やらもつ焼きやらがバラ撒かれる！
「♪～！」
　それにガンジが抗える訳が無かったのだった。

　《朝霧　桜華、道元　ガンジ、リタイア！》

●
「これも一つの厄落としだ」
　さて、肝心のトップ争いだが、一番前を走っていたのはザレム・アズール(ka0878)だった。真剣にただひたすら前へ前へ。
（沢山殺して沢山食べた。歪虚の影響品も色々食べた！　……珍しい食材に悶え煩悩にまみれた事は数知れず。暴食王に美食ロマンが秘められてると期待してすみませんした！）
　去年の反省もしつつ
（そしてバレンタインデーの期間にチョコ菓子を思う存分作りたい！）
　とハンターなのかシェフなのかよくわからないザレムだがその集中力は本物だ。周囲の物音も聞こえない、ゾーンに入った状態でひたすら全速力で走っていた。
「向こうでもテレビでよくやっててな。一度参加してみたかったけどこっちで叶うなんてな！」
　その後ろから走るのは阿部　透馬(ka5823)。この神事に対しての反応がこんな感じなのだから
「願い事は特にないな、強いて言えばこれに参加することが夢だったんだ」
　そう、願い事は既に叶っていたのだ。
「去年の罪か。そうだな、こっち来る前は何事も適当にやり過ぎだったからなぁ、一年どころじゃ済まねえが、それもここで本気出して全部洗い流すぜ！」
　ちゃんと昨年の罪も反省しつつ全速力で走る透馬。
　そしてその後ろからレイオスが追いかけてきていた。勝負はこの三者に絞られていたようだった。
（まずは去年一年間……見守って下さった事に感謝を。自分が脳筋なのはわかっていますがもーちょい頭が回る様に努力したいですね。依頼などでご一緒される方々に負担をかけない程度には頭を使おう）
　その後ろからノシノシと走っている米本だが、体重の重さゆえちょっと勝負には絡めそうにない。
（そうですね、今年はもっと頼りになる聖導士になりたいものですな）
　だが、それとは別に願い事を思いつつ真面目に走っていた米本。だが、この瞬間足が滑る！　ああ、神は居ないのか？！
　咄嗟に身を丸め防御体制に入る米本。そのまま着地したのだが、勢いのままゴロゴロと転がっていく。なるほど、頭が回るように努力したいから……ってそういう意味じゃないよ！
　だが、その勢いは止まらない。そのままゴロゴロ転がって……レイオスを弾き飛ばしてしまった！
　さらに透馬も弾き飛ばす！　そのまま着地したら女の子座りになってしまうその姿をみて、こっち？　という反応をしてしまう参加者たち。それを見て
「困ったわねえ、転んだ果てにこんな事になるなんてもぉ！」
　となぜかオネェ口調になる透馬。
　だが先頭のザレムは未だ変わらず。そのまま最後のコーナーを回ってスロープに差し掛かる。ここを超えれば大精霊像！
　しかしこのタイミングで足が滑るザレム。ならばと滑る前に飛べ！　とばかり足からマテリアルを噴出し飛び出す。
「俺の願いを聞いてくれ！」
　気合を込めてジャンプして大精霊像に！

　ドカーン！

　そこに米本！

　《レイオス・アクアウォーカー、阿部　透馬、ザレム・アズール、リタイア！》

●
「えー、今年の一番福が決まりました」
　開門からの一連の流れが終わると、教会の人間が出てくる。今年一番最初に像に触れた者、つまり大精霊の祝福を受けた者、それは大精霊像にめり込むような形でゴールしていた。米本の体がぶつかっても壊れないように頑丈にできてて良かったよ！
　というわけで色々なセレモニーが行われていく。そんな最中にやっとゴールした流宇。しかし彼女は、まぎれもなく自分の足でゴールしたのだ。そのことに涙を浮かべながら少し嬉しそうにしていた彼女であった。