【アルカナ】 均衡の崩れ去る音

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/02/09 09:00
完成日
2016/02/17 06:28

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オープニング



 村。正しくは村の廃墟と言った方が良いだろうか。人の居ない、寂れた住居がただただ佇む場所。歪虚の支配圏内にあるこの村は打ち捨てられて久しく、人の居た痕跡すらも風化して埃の山へと埋もれている。
「…………」
 エフィーリア・タロッキは古びた本をめくり、目を紙面に走らせる。所々朽ち果てた書物はその殆どが崩れて読めなかったが、未だ保存状態の良いものが残っており、そこから情報を探し出そうと試みている。
 この村は、かつてエフィーリア達の崇める『英雄』の住んでいたとされる村だ。先の戦いで『力』のアルカナを退けた事でこの村へのルートがつながり、エフィーリアはこうして調査に来ているのだった。
(思った通り……有力な情報は少ないですね)
 エフィーリアは書物を棚に戻しつつ、次の本へと向かう。いくら英雄が住んでいたとはいえ、それが事細かに伝わっているとは限らない。かつて生活を営んでいた者達にとって、かの英雄は特筆するほどに特別な存在ではなかったのかもしれない。これまでに見つかったいくつかの日誌には、英雄が英雄たらんとするような伝記が記されて居なかったのだ。
(せめて、英雄様の住居でも見つかれば話は変わってくるのですが……)
 エフィーリアはふぅ、と一息つくと、ゆっくりと外へと続く扉を開ける。灰色の空の下に佇むゴーストタウンというのはやはりやるせない寂しさを感じさせる。ここに自分を連れてきてくれたハンター達もこの村の各所にてそれぞれ情報収集をしていてくれているようだった。
(……『死神』、『女帝』、『力』といい……『アルカナ』は私達の動きに合わせて出現しているようにも思います)
 エフィーリアがタロッキに帰る過程で遭遇したアルカナ達は何れも自分たちの行動を阻むように出てきていた。『力』はアルカナは各々がどのように動いているのか互いに把握していないという事だったが、進路に立ち塞がるように現れるのには流石に作為的なものを感じる。こうまで敵の尻尾を掴めない焦りにエフィーリアが一抹の不安を感じていた、その時。

ヒィィィン……

「……!」

 耳に届く不気味な金属音。敵襲の二文字が頭をよぎる。エフィーリアは脳内からアルカナの情報を引っ張り出し、即座に結びつける。この金属音の正体は……。
「まさか、ここで……Justiceが……!?」




 ヒィィィン……と空気が震える。金属が振動し、鳴り響く音が虚空にこだまする。
 何もない空に、鈍い金色の光を放つ天秤が出現する。片方の受け皿には黒き剣、片方の受け皿に白き剣を乗せた、どこか歪な姿をしたそれは、全身金属でもあるにも関わらずまるで意思を持つかのように、視線めいた輝きを眼下にある村へと向ける。

『――均衡、秩序。安寧を崩す叛徒の輩』

 出現したその天秤に顔はおろか目すらない。だが、不気味な輝きを持つ金属の表面が、エフィーリアを見つけたかのように鈍く煌めく。

『――正義、執行。安寧への破壊者へと懲罰を』


 空気が震え、溶けるように消えていく『正義』。その脅威は村を動き回る人間たちに向けられようとしていた。

リプレイ本文

●歪んだ均衡の体現者

 ヒィィィィ――――ン

 甲高い金属音が空を、空気を揺らす。震えるような振動が波紋のように薄く広がり、英雄のいた村すべてを覆う。

『―――均衡を。調停を。公正を』

 空に漂う天秤は、人語のようにも聞こえる金属音を放ちながら、ゆっくりと空に溶けるように透明になってゆく。

『――偽りの均衡よ、―――大義なき正義よ』

 その音は無機質ながら、どこか感情を感じさせるような音をしていた。徐々に透明化するその体が完全に消える前に、一つの言葉を残して。

『――――何故抗う。人は罪しか持たぬというのに』





 村の北部。リューリ・ハルマ(ka0502)とセリス・アルマーズ(ka1079)が探索を進めていた。かつての英雄の住まう村ということで、ハンター達はその手がかりとなる情報を手分けして探していたのだった。
「英雄の情報が『ここにあるよ!』って目印があればいいのにね」
「過去の人からすればありふれた人だったのかもねぇ、そんな称える程でもなかったのかも」
 廃屋の扉を開け、中を探索する。残ってある書物は殆どが風化しており、断片的な情報しか読み取ることは出来ない。屋外へと出るとセリスはトランシーバーを取り出し、他のメンバー達に連絡をつける。
「もしもし、こちらセリス。収穫は今のところゼロ。そっちは――」
 と連絡をつけているうちに、ヒィィィン……という妙な金属音を耳にする。
「――どうかな―――!」
 ガキィン!!とセリスの咄嗟に構えた盾とリューリのナックルが激突する。構えた勢いをそのままにセリスが盾を振り切ると、弾き飛ばされたリューリがくるくると空中を回転して着地、セリスに向き直る。
「えへへ……探しものも見つからなくて煮詰まってきたね」
 ガツンガツンと自らの拳を打ち鳴らし、臨戦態勢を取るリューリ。その瞳からは光が消え、どこか虚ろながらいつもと変わらぬ好戦的で爛漫な表情を浮かべる。
「そういう時は体を思いっきり動かして、少しリフレッシュするのも良いよね!」
 仲間だった存在からの突然の離反及び強襲。尋常ではない事態だったが、セリスは不思議と落ち着いていた。すらりとサーベルを抜いてリューリと対峙する。
「……ただの調査の筈だったのに、負のマテリアルを感じる……」
 リューリを見据える目は、まるで味方を見る目というよりは、怨敵を見据える目のようだ。彼女から負のマテリアルの力を感じたセリスは、彼女の事も歪虚だと認識しているかのように敵意に満ちていた。
「……負のマテリアル……歪虚? 歪虚かしら!? 歪虚でしょう!! 浄化してあげる! ねえ浄化してあげるわよお! 歪虚は……」
「うーんやる気だね! いいねいいね、そうこなくっちゃあ! 悪い子が現れたら、問答無用で―――」

 二人のハンターが、互いを見据えて駆け寄り、互いの獲物が交差する。

「――ぐーぱんち、だね!」
「――浄化しなきゃいけないから!!」




「……ちぃ、なんじゃいきなり!」
 星輝 Amhran(ka0724)は村の東側の市街地を駆け抜けていた。マテリアルを込めた脚で市街地を駆け抜けていた。疾風のように街路を駆け、壁を蹴り、跳ね飛んで家屋の天井へ着地。背後を追ってくる人物から逃げていた。
 逃走する星輝は屋根から跳ぶと同時に己の暗器である流星衝を近くにあった見張り台のような木製の塔に巻きつけ、振り子のように変則的な空中機動で急激な方向転換をし、地面に着地する。その瞬間、巻きつけていた木製の塔が切断・破砕され、小さく舌打ちをする。追いつかれた、と。
「なぜ逃げる。楽に死ねなくなるぞ?」
「……おい、えばんす?」
 塔を両断したと思しき二刀流の刀を構え直したエヴァンス・カルヴィ(ka0639)に対して改めて声をかけるも、その目はどこか虚ろで虚空を向いている。いつもの彼のように熱い様子は伺えず、淡々と武器を構えて見据えた目標……星輝を排除しようと刀を構える。
「……まさか、アルカナの影響かえ?」
 星輝は相方の突然の変貌を冷静に判断する。ここはかつてアルカナを封印した英雄の村。
アルカナ達の邪魔が入ってもおかしくないと考えていた。それも特殊な力を持つアルカナなら尚更だ。トランシーバーを取り出し、エフィーリアに連絡を取る。
「おい、エフィや、無事か!」
『星輝様……! そちらはご無事ですか!』
「無事とは言い難いが、その物言いは襲撃があったという事じゃな、相手は!?」
『相手は……っ――』
 ぶつり、と通信が切れ、ちっと舌打ちする星輝。彼女の様子は正気だったが、恐らく襲撃があったのだろう。発信をしても返事がない。その瞬間エヴァンスの振るった二刀が星輝の居た場所に斬撃痕を残す。巧みなステップを刻んで回避した星輝は蒼水月を抜き、エヴァンスと対峙する。
「…………」
「ひとまずは、この馬鹿者を何とかするかのう」




「…………」
 シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)はスコープ越しに見据えていた目標の喪失を確認した。それと同時に『外した』と心の中で呟く。
 彼女の狙いはエフィーリアだった。携えたアサルトライフルにより射抜いた一撃は正確にエフィーリアの頭部を捉えていた……ように見えていたが、実際はエフィーリアの持っていたトランシーバーに運良く阻まれ、彼女に致命傷を与えることに失敗していたのだ。
 狙撃されたと気づいたエフィーリアはシルヴィアの死角となる部分に隠れてしまい、現時点での射撃は困難になった。
「仕方ありません、移動しますか」
 とシルヴィアが体を起こし、狙撃ポイントを変えようとしたその時。エフィーリアの近くに駆け寄る柊 真司(ka0705)の姿を見つける。
「高火力なアルケミスト。……それよりも優先すべきは回復役。そちらの方が邪魔です。優先順位の変更は無し。エフィーリアさんを狙います」
 元軍人という経歴から淡々とした冷静沈着な口調で自らの作戦を復唱するシルヴィア。もともと対人戦闘を身につけていた身として、人を撃つことには慣れている。しかし、彼女はどうにも、拭い切れない違和感を覚えていた。
「……私は、今、誰を傷つけているのでしょう……」
 そう呟きながらも彼女の引き金にかける指と思考は、それぞれが独立した生き物であるかのように淡々と目的を遂行する為に動いていた。


「エフィーリア、大丈夫か!」
「真司、様……! 良かった、貴方は正気なのですね……」
 急行してきた真司の姿を確認し、ほっと安堵の息を漏らすエフィーリア。真司が見てみると手の甲に穴が空き、耳が抉れるように負傷している。重傷だ。
「この銃弾……やっぱシルヴィアの仕業か。金属音が聞こえたと思ったらアイツ急にふらっと居なくなりやがって……」
「……真司、様、今回の敵は……」
「ああ、分かっている。あの耳障りな金属音は忘れたくっても忘れねぇ……また、『正義(Justice)』の仕業なんだろ?」
 真司の問いかけに、コクリと頷き返すエフィーリア。苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めながら、彼はトランシーバーの電源を入れる。誰に憑依がされているかは判らない真司は、ひとまず全員に要件を叫ぶ。
「柊 真司だ、皆大丈夫か? 正義の名前を持つ『アルカナ』の襲撃だ! 奴は俺たちの誰かに憑依し、同士討ちをさせようとしてくる。呼びかけて本人の意思で振り払わせるか、気絶させるかしかないから気をつけろ!」
 一方的にそう全員に伝えると、通信を切る。同時に耳に届いた風切り音に振り向きながら盾を構えると、ガイン! と大きな音を立てて、銃弾が弾き飛ばされる。
「……くそ、エフィーリア狙いか。効率的にクルセイダーから潰そうって腹かよ」
 どこかで此方を見据えているスコープが煌めいたような気配がする。真司はエフィーリアの前に立ち、彼女を守るように地を踏みしめる。
「やらせねえよ、『正義』……。懲りずに同士討ちさせようったって、そうはいかねえ。舐めるんじゃねえよ」




 村の各所にて勃発していたハンター同士の争い。それが真司の手によってアルカナの仕業であるということが伝達されたハンター達は、それぞれが相対する相手を正気に戻すべく奮闘を始めた。そんな中互いにまともに武器の火花を散らすリューリとセリスは、真司の伝達を聞いてなお、闘争心は収まることはなかった。
 リューリの放つ拳はセリスの盾に阻まれ、セリスの放つ斬撃はコンバートソウルによって身体能力の向上したリューリにはなかなか命中しない。霊の力を宿したリューリの獰猛に食らいつくような拳のラッシュをシールドディフェンスによる防御向上により巧みにいなすセリス。しびれを切らしたリューリは地面を蹴りあげて砂塵による目潰しを狙い、それによって出来たセリスの隙を見逃さず
「どっかーん!」
 という掛け声と共に、霊力を込めた強烈な拳を叩き込む。
 しかしセリスは全身を甲冑で着込んでおり、更には正確に動かした盾によってその一撃すらも阻み、衝撃を吸収していた。堅牢な城壁を相手にしているかのような隙のない防御を前に部の悪さを本能的に感じ取ったリューリは大きく後退する。
「……リューリ君、今すぐ浄化してあげるからねぇ……待っててねぇ?」
「たはは……セリスさん今私よりすっごくおっかない顔してるよ?」
 セリスは先程の真司の一方的な通信を聞いてはいたが、彼女の中では既に負のマテリアル=歪虚、洗脳=歪虚の仕業=浄化しなきゃ(使命感)という図式が出来上がってしまっており、殆ど気にもとめず本能のままにリューリ(正確にはリューリに憑依した歪虚)を浄化しようと怖い笑顔を浮かべている。
「歪虚おいてけ!」
「色々省きすぎてわけわかんないよ!」
 攻勢に回るセリスの剣から光の波動が迸り、リューリに直撃する。回避行動を試みたリューリだったが、一瞬何かにはっとしたリューリは動きが止まり、ふるわれた一条の光の帯に問答無用で薙ぎ払われる。

「……あれ、おかしいな。私……? 何これ……?」
 一瞬吹き飛んだ負のマテリアルに、意識がぶれるような気配。リューリは自らの内面を客観的に覗きこむようなヴィジョンを目にする。そこに居たのは金色の天秤。黒い剣の側に傾いたそれが、自分の心の中に居るのだと自覚した。
「何これ? 私の中に何かいるのかな?」
 不思議そうに自らの内面を眺めるリューリ。頭に疑問を浮かべながら意識の中を漂うように泳ぎ、自らを支配しているそこへと向かっていく。聞こえるセリスの声と戦闘音。自らの発する声に、自分は今これに操られているのだということを知る。
「私の中に居るって事は……もーう! 同士討ちさせてるってこと!? タダじゃ返さないんだからね!」
 今、自分の体は歪虚の支配下にあって、動物霊や祖霊に協力してもらい、力を得ている。霊闘士の力だ。それと同じように、何らかのアプローチをこの歪虚にかける事で、アルカナや英雄のイメージを共有出来るのではないか、と思ったのだ。
(ダメ元で試してみよう、むむむー!)
 いつものように自らの霊に訴えかけるような事を、自分の意識の中、しかも歪虚に向けて行う。普通ならばそんな試みは失敗に終わるだろう。だが、アルカナである『正義』はだからこそそんな方向からの介入を想定しておらず、一部断片的な記憶がリューリへと共有された。
(なに、これ。裁判? なんだか皆悲しい顔してる……あれ、私なんで木槌なんて握って……? う、イメージが切り替わって……あれが、英雄さん? 彼の手が、私を封印して…………彼、なんで、泣いて……)

「はっ!?」

 気が付くと、自分は現実に居た。周囲を見回すと先程まで見慣れた英雄の村の風景が目に飛び込む。どうやらリューリの強い介入によって、『正義』はたまらず憑依を解除したらしい。あー、よかった……とほっとするリューリの目の前に、恐ろしい形相をしたセリスが跳びかかってきた。
「歪虚殺すべし!!!!!!」
「うわー待ってセリスさん!!! 私正気に戻ったってひゃぁぁー!!!」

 ちゅどーん、とコミカルな爆発音とともに、勝敗が決したのだった。



「やはり……アルカナの仕業、かっ!!」
 ガギィ! と交差した斬撃が家屋を十字に切り裂き、エヴァンスが壁を破壊して突撃してくる。入れ替わるように扉を押しのけて外へ出る星輝を追い、エヴァンスもまた立ち塞がる障害をその両手の刀で切り伏せて向かってくる。チャージングによって突撃力を上乗せしたエヴァンスの攻撃は二刀流により落ちている威力を補い、凄まじいまでの制圧力をもって星輝に襲い掛かってくる。
 対する星輝の行動は防戦一方だ。いや、正確には彼女に攻め込む気がないのだ。周囲の立地や障害物を利用し、左右だけではなく上下にも揺さぶる立体的なステップ移動を繰り返しての翻弄で時間を稼いでいる。仲間であるエヴァンスの行動を熟知しており、一見大振りに見える動きはその実、カウンターを狙っての隙を見せているに他ならないからだ。それを警戒し、星輝は牽制による刀の刺突や隙の少ない斬撃を繰り出してはカウンター待ちを潰し、技巧によって少しずつエヴァンスの体力を削っていく。あくまで怪我をさせずに制しようとするのは彼女の技術あってのものだった。
「はぁっ!!」
「戦神楽――【大紫】!」
 研ぎ澄まされた五感をもって至近距離で振るわれるエヴァンスの刀を予測した星輝は流れるような動作でその攻撃を受け流し、そのまま脚に込めたマテリアルで脇を通り過ぎる。軽やかな動きをもって瞬時に別の動作を展開され、エヴァンスは翻弄される。
「えばんす! 同じプロの雇われ稼業同士じゃから言う! お主の正義は今……その剣の何処に在るというのか!」
 そうして華麗な動作で猛る両の刀をいなし続けながら、星輝はエヴァンスに訴えかける。言葉を投げかける時は流石に動作が緩慢になり、その隙をついて繰り出される斬撃に体力を削られる。それでも訴えずにはいられないのか、星輝は傷をつくりつつも言葉を続ける。
「わしら雇者の正義は、極端に言い捨てれば『金』じゃろう! その振るう刃に傭兵としての矜持、戦士の誇りは在りや無しや!」
 『正義』という言葉にピクリと、エヴァンスの斬撃が一瞬止まる。その隙を突いた手繰り寄せるような星輝の指の動きに合わせて鋼糸が刀の一本に巻きつくと、勢い良く拳を振りぬいて絡めとった刀を取り上げる。

「『正義(Justice)』! 正義の押し付けなど、反吐が出るわ! 疾く、逝ぬが良い!」

 星輝の小柄な体躯に見合わぬ迫力の篭った声は、エヴァンスの深層意識を揺り動かす。
特に、彼女の発した『正義』という言葉が深く突き刺さり……。


「……んあ!?」
 エヴァンスははっとする。ここは自分の意識の中だと気づくのに、そう時間はかかっていない。ふわふわと自らの記憶の海を漂っているような、不思議な感覚だ。夢を見ていたとしてもこんな状態にはならないだろう。
 ゆったりと泳ぐように奥へと進んでいくと、そこに金色をした天秤の姿が見える。黒い剣を受け皿に載せ、傾いた天秤には近づこうにも一定以上の距離は近づけず、その更に奥には現世の……星輝の姿が見え、声が聞こえる。
「……「正義」、か。俺はその言葉が嫌いでな、その言葉を使う野郎は、叩き斬りたくなるのさ。ましてや、それに縛られて生きてる奴なんざ、クソ食らえだ!」
 薄い壁のようなものに阻まれるも、自らの強固な意思を持ってその壁に爪を突き立てる。ここは自分の意識の中だ、意識を、想いを強く保てと叫び声を上げる。込めるのは強い拒絶の心と、己への闘争心。こんな所で負けてんじゃねえという、自分への檄だ。
「……なあ、『正義』とやらよ、お前の正義は何だ? 安っぽく掲げてるその名はどんなもんだ、あぁ?」
 メリメリ、と突き立てた指が見えない意識の壁にめり込んでゆく。
「俺が闘うのは、金のため。そして自分の矜持って奴を……突き通す為。ただそれだけだ! お前の正義は……この俺の意思に突き立てるに足るモノなんだろうなぁ!」
『――――――』
 キィィィン、という金属音のような音が、エヴァンスの意識の中に響き渡る。なんとなく、その音は、彼には『現状の保全』というようなニュアンスの意味に聞こえた。その言葉に益々、エヴァンスの拒絶の意思は強まる。
「現状の保全? 均衡の維持だ? そんなクソつまんねぇもんの為に動いてやる気なんざサラサラねぇ! ……何度でも言うぞ、正義や秩序に縛られるなんざ……」
 エヴァンスの強い意思にべこべこに凹んだ薄い意思の壁に強く握りしめた拳を振り上げる。

「―――クソくらえだぜ!!」

 精一杯の意思を込めて振り下ろした意思の拳が、壁ごと天秤を粉々に打ち砕いた。



「……よう、目は覚めたかえ?」
「……お陰さんで」

 傍らに腰掛け、やれやれ、といった感じに、傷を隠しながら背を向けている小さくも大きな背中に、横たわったまま『ありがとな』と小さく心の中で呟いたエヴァンスだった。



 ガァン!! と激しい音と同時に弾かれる銃弾。その音が射手たるシルヴィアの耳にまで届く。
「……なかなかに粘りますね。届きません」
 スコープごしに見えるはエフィーリアだ。それを阻み続けているのは柊 真司。彼らは絶えず位置を変え、狙撃による死角に潜り込むように回避を続ける。その度にシルヴィアも潜伏場所を変え、死角を潰し、少しずつ追い詰めていく。シルヴィアはある程度命中精度を犠牲にし、ライフルを連射して牽制をする。
「レイターコールドショット……装填」
 そして続けざまに冷気のマテリアルを込めた弾丸を装填、威力と属性の付与された一射を、攻撃を阻み続ける真司に照準を合わせ、引き金を絞る。
「……ファイア」
 カァン! と銃声が響き、真司の方へと鋭く空を引き裂き飛んでいく。


「漸くこっちに照準を合わせたな」
 飛来する弾丸を気配で予測した真司。次の狙いはエフィーリアではなく、自分だ。真司は前面にマテリアルを集中し、光の壁を展開。すると放たれたシルヴィアの弾丸が防壁に突き刺さり、ガシャアンと音を立てながらはじけ飛び、その欠片が音を立てて凍結していく。
 真司は、その飛び散った光の壁の破片から、彼女の潜んでいるであろう位置を割り出す。
「……そこだな。エフィーリア、もう少し奥へ隠れてくれ」
「はい……」
 エフィーリアが再び死角へ潜ると、真司は見据えたポイントをめがけ、脚からマテリアルを噴射させる技術……ジェットブーツによって、凄い速度でシルヴィアの方へと距離を詰めていった。


「しまった、疾い……気付かれましたね」
 あまりに死角に潜り込んでいた二人を追うため、高い方へ高い方へと潜伏場所を移していったシルヴィア。そのせいか、自らの移動ルートをも限定されてしまっていた事に気づく事が出来なかった。噴出によって勢いをつけて距離をつめてくる真司を撃ち落とそうと、ライフルを構える。
「させねえ!」
 変わらず真司は防壁を展開し、銃撃をガード。流石に高速で放たれる連射のすべてを受けきる事が出来ずに傷は少しずつ増えていったが、その度に破壊される障壁の欠片から正確な位置を割り出し、遂にシルヴィアを捉える。
「……高火力と思っていましたがまさかの専守防衛。作戦を間違えましたかね」
「おいおい、そんな奴に憑依されるなんてらしくないな」
 返答代わりに放たれる弾丸。真司は至近距離での銃撃をギリギリの所で回避し、頬に傷ができる。
「そんな奴の正義に、呑まれるんじゃねえよ」
 続けて放たれる弾丸。防壁の展開が間に合わず、冷気を纏った弾丸が腕に突き刺さる。痛みに呻き声が漏れるも、その瞳は真っ直ぐシルヴィアを見据える。
「自分の部隊章を見て、思い出せ! お前の正義は……何だ!?」
 真司の訴えに、シルヴィアの引き金にかかる指が、ぴたりと止まる。
「…………」
「目を覚ませ、お前は……ハンターだろ、人や平和を守る為に、引き金を引く役を買って出たんだろう……!」
 シルヴィアは、引き金を引けなかった。自分が感じていた違和感の正体、それを真司に指摘されて、漸く解った気がする。
 自分が淡々と撃ち殺そうとしていた相手が、誰だったか。本当に斃すべきは、人ではなく誰だったかを、少しずつ、思い出していく。
「…………」
 だが、『正義』を振りほどく為の一手がない。シルヴィアには『正義』を跳ね除ける程の強い意思を持たない。今はただ、ハンター達を、タロッキを殲滅する為に……という邪悪な意思が彼女の本来の意思を阻害する。シルヴィアは真司から素早く照準を逸らし、フリーになったエフィーリアの方へと銃口を向ける。
「この……っ!!」
 真司は仕方なく、シルヴィアの方へと飛びかかってその銃を無理やり逸らさせる。暴発した銃弾が家屋に当たって跳弾し、真司の肩を深く抉った。
「が……ッ!」
 真司はそのまま当身をしてシルヴィアを無理矢理昏倒させる。彼女に訴えかける事は失敗したが、なんとか彼女の中の『正義』を制圧することができたのだった。


『――――貴様、らは―――』


 虚空の中、消えゆく金の天秤。ふらふらと覚束ない浮遊をしながら、少しずつ光の粒になって消えていく『正義』は、金属音で何かを呟くように体を震わせていた。


『――――――知る、事――になる――――秩序を、平和を、均衡を、壊すのは――――』

 誰に言うでもなく、維持出来ぬ体を虚空に溶かしながら、天秤の姿が徐々に消えてゆく。


『―――――――――何時も、『人』、なのだ、と―――――』


 誰に投げかけられるでもないその言葉は、まるで意思の残滓のように憑依されていたハンター達に届く。『正義』自身も意図していなかった事象をもたらし、そして完全にその姿が光となって消えていくのだった。



●戦いの後
「いやー、ごめんねリューリ君。私思いっきりやっちゃった」
「ううん、私こそ! 本当にごめんね!」
 先程とはうってかわって気さくなお姉さんに戻ったセリスが、負傷達に治療をしている。直接対峙したリューリもまた申し訳無さそうに頬を掻くも、互いに全力を出して勝負出来た事自体に関しては割とやり甲斐はあったようで悪くないと思っていた。
「さて、エフィも大丈夫かのう?」
「ええ、お陰様でなんとか」
 エフィーリアもセリスの治療や、皆の応急手当のお陰で外傷は治療出来た。ただし物理的な手段で昏倒したシルヴィアは起きる気配はなく、今は安静にさせておくべきだと判断し、寝かせておく事にした。
「それじゃあ、調べ物を再開するとするか」
 真司の言葉とともに、シルヴィアの護衛についたセリス以外のハンター達は散開し、調査を再開する。そうして、やがてとある民家に辿り着いた。
「……ここが最後、ですね」
 エフィーリアが扉を開ける。そこは比較的老朽化が少なく、しかも他の建物と違って階段が地下へと続いている。
「ほう、ここだけ他と様子が違うのう……?」
 星輝が先導し、皆が注意深く地下へと降りてゆく。明かりをつけると、そこは書斎になっていた。
「ビンゴ……」
 真司が呟く通り、そこの本は埃こそ被っているが殆ど傷んでおらず、当時の様子をほぼ忠実に残していたのだった。ハンター達は棚に収められた書物に次々に目を透していく。図鑑や当時の娯楽本など様々だったが、やがてエフィーリアが気になる冊子を一つ、見つけた。
「……これは、手記……」

 エフィーリアはタイトルを確認する。『Fantazuma』というタイトルの手記だった。

『転移者で構成された、人々を救うための組織、私はそれを『ファンタズマ』と名付けた』
「これ、英雄のか? アルカナって単語は出てこないのか?」
 エヴァンスも覗き込んでいるが、アルカナという単語は出てきていない。エフィーリアはひとまず流し読みをしながら『アルカナ』という単語を調べてみる。
『――――て、『アルカナ』などと―――』
「あっ、アルカナみーっけ」
 リューリが指差すと、そこには『アルカナ』という単語が見つかった。当たりだと拳を握るエヴァンス。エフィーリアは声に出して音読する。
『どうして、『アルカナ』などという存在を私は、認めてしまったのだろう。世界に、放ってしまったのだろう。私の慢心、私の欲が、彼らを永久に縛り付ける事になった。人を肯定する者達を、人を否定する螺旋の中に放り込んでしまったのだ。彼らは同じく、意思を共にした輩であったというのに』
「…………え」
 音読の最中に、エフィーリアが声をあげる。そこに綴られていたのは、後悔だ。注意深く、次の一節を見る。
『……彼らは人を否定し続けるだろう。彼らがああなってしまったのは、私のせいだ。人を救いたいと思っていた気持ちは、人を想うがあまりに破滅の思想へと転化した』
『私がすべてを終わらせてあげなければならない。……しかし、私には、彼ら全てを滅する力も、時間もない。彼らを封印するのが関の山だ』
『そう、封印された彼らは、私が死した後もまだ苦しみ続けるだろう。己の存在を否定する事も出来ず、ただただ在るしか無い存在へと変貌したまま、悠久の時を経る事になるのだろう。だが、私には……そうするしか、彼らを止める術が、ない』
「…………」
 真司を始め、黙ってその独白の項の音読を聞き続けるハンター達。そうして最後にの分節を、エフィーリアは読み上げる。

『……そう、彼らは……『人間』だ。私が死なせた、人間たちだ。……彼らを、未来に託すしかなかった私を……人一人救うことなど、出来なかった私を……どうか……

英雄などと、呼ばないでくれ……』


「……」
 沈痛な表情で押し黙るエフィーリアと、ハンター達。その独白は紛れも無く、『アルカナ』を封印した英雄によるものだ。そして最後にのページに、何かメモが書き足されていた。
「……? これ、は」
 エフィーリアが手にとると、それは地図のようだった。そして小さく、こう書かれている。
『――もしも、『アルカナ』の脅威に晒された者がこの手記を見ているならば……。
ここに、私の出来なかった事を、封じた。
私の成し遂げられなかった事を、未来の貴方達に、託す。

貴方達に迷惑をかけている事を、私は心から謝罪する。
情けない私を、許してくれとは言わない。……ただ、願う。

彼らをどうか……苦しみの中から、解放してあげてくれ……』

「…………」
「……えっと、つまりこれが、アルカナを何とかするための、手がかりーって……事、なのかな?」
 リューリが地図を覗き込んで言う。エフィーリアはその地図と手記を懐にしまうと、寂しそうな、辛そうな、形容しがたい微笑みを作って、ハンター達に向き直る。
「……手記は、集落に戻ってからもっとちゃんと読みましょう。……ひとまず、手に入れた情報を……整理、しなければ」
「……そうだな」
 真司が頷き、一行は帰路を辿る。
『正義』を退け、手にした英雄と『アルカナ』の情報。しかし、その断片だけでも、彼らの心に深く影を落とす真実が垣間見える事になったのだった……。

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MVP一覧

  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマka0502
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司ka0705

重体一覧

参加者一覧

  • 凶獣の狙撃手
    シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338
    人間(蒼)|14才|女性|猟撃士
  • 元気な墓守猫
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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エフィーリア・タロッキ(kz0077
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星輝 Amhran(ka0724
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星輝 Amhran(ka0724
エルフ|10才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/02/08 22:13:02