【歌姫】復讐の炎は地獄の業火のように

マスター:cr

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/02/28 12:00
完成日
2016/03/07 19:01

みんなの思い出

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オープニング


 ここは極彩色の街・ヴァリオスにあるクリムゾンウェスト最大のオペラ劇場、ベルカント大劇場。
 その舞台の中心でクリスティーヌ・カルディナーレ(kz0095)が歌っていた。一夜の内に無名のオペラ歌手を目指す少女から大スターへと駆け上がり「ヴァリオスの歌姫」と称される女性。そんな彼女には先日、ある噂が流れた。曰く「彼女は歪虚に魅入られている」。
 しかし人の噂も七十五日、時が経ちそんな噂も忘れられ、その事は今や彼女にミステリアスな魅力をも付与する芸の肥やしと化していた。
 己の悲運に怯え嘆く少女と、勇敢に恋人を信じる女性。二つの全く違う性格を確かに演じ分ける彼女の歌声はただでさえ高まっていた名声を更に高めることになった。


 しかしながら、その噂は事実だった。歪虚に魅入られ怯えるしかなかった彼女を、ハンター達の誠実な心と勇敢な智恵が救い出していた。何一つ書かれていない白紙のメッセージカード、それが彼女からのSOSサインだった。そこでハンターズソサエティは密かにクリスを監視するためのメンバーを編成し、劇場の中で彼女のことを見守っていた。もしも歪虚が手を伸ばしてきたらそれを打ち払えるように。その時が来ないことを祈りつつ、ハンター達は任務につく。
 そしてその時は、思ったよりも速くやって来るのであった。


 舞台は進み、クリスのアリアへと入る。離れ離れになった恋人の事を思い、彼女は歌う。その時だった。突然クリスを包むように一枚の布が翻る。そして、再びクリスの体が現れた時、その隣にもう一人の人物が居た。
 いや、居なかった。シルクハット、バタフライマスク、絹の手袋に燕尾服、そして真紅のマント。そこに人のいる形はあった。だが、その中には誰も居なかった。それらは宙を浮かんでいる。
「クリス、さあ、迎えに来たよ」
 彼の者はクリスをそっと抱き寄せるように、実態のない腕を伸ばす。それに対しクリスは
「ファントム……さん……」
 と声を絞りだすのが精一杯だった。
「ああ、クリス。どうしてそんなに恐れているんだい? 僕と君とのこれからをこれだけの人が祝福してくれている。実にすばらしいじゃないか!」
 それは芝居がかった動きで体のパーツを動かし、観客たちにアピールする。もちろんそれをハンター達は指を加えて見ている訳ではない。すぐさま舞台に突撃しようとしたが、それをファントムと呼ばれたそれは制した。
「ああ、ハンターの諸君。君たちは随分僕とクリスの仲を引き裂きたいようだね。随分と余計なことをしてくれたじゃないか。僕はかなり怒っているんだよ?」
 そのような言葉を聞いて引き下がる者は居ない。構わず舞台へと向かった時、ファントムもまた動いた。
「分かってないね。ここは僕の家なんだよ」
 そして指を鳴らす。次の瞬間、客席を取り囲むように一気に火柱が立ち上った。
「見てておくれ、クリス。それからハンター達」
 その時客席から悲鳴が上がった。天井に取り付けられていた豪華な装飾品。その一つが落下し、観客の頭に命中したのだ。無論これは偶然ではない。ファントムが行ったデモンストレーションだった。
「クリス、君の事をこれだけ待ったんだよ。さあ、一緒になろう、クリス」
 芸術を司る殿堂たるベルカント大劇場は、今地獄の迷宮と化した。果たしてそこから抜けだすのは、ハンター達か、歪虚か。

リプレイ本文


 その時、ベルカント大劇場は地獄の迷宮と化した。観客は我先にと出口へ向かい、燃え盛る炎の前にある者は絶望し、ある者は半狂乱と化していた。
「落ち着け!! 家族がいる奴は確りと家族を抱き締めろ! 恋人がいる奴は確りと手を握れ! 深呼吸して周りを見渡せ! ステージを見ろ!!」
 そこに男の怒号が響く。声の主はヴァイス(ka0364)。天井を見れば生命が蠢くように、そこに吊るされた物が動いている。奴は言葉通りこの劇場を自在に操れる。その恐怖は理解した上で、それでも彼はパニックに陥った観客をまずは落ち着かせるべく、必死の思いで声を張り上げステージへと視線を誘導する。そしてその時、確かにステージ上には、正しくはこの劇場内には今回の演者たちが並んでいたのであった。

「とうとう仕掛けてきたか…さぁ、ハッピーエンドをもぎ取るぞっ!」
 テンシ・アガート(ka0589)はじっとステージを見つめる。そこでは自分がいかにクリスを愛しているかをとうとうと語るファントムの姿があった。彼はそんな歪虚の一挙手一投足を逃すまいと見つめ、そして声に耳を傾ける。しかし、彼は歪虚に魅入られているわけではない。彼が探っていたのはその口の動きと声のズレ。今までの事でこの歪虚には無機物を操る能力がある事はわかっていた。だから今舞台上で演じているそれも歪虚そのものだとはとても思えなかった。今も奴はどこかでこの様子を鑑賞しているはずだ、とその正体を突き止めるべく集中していた。
「悪夢は今日で終わりだ。招かれざる幽霊には退場頂こう」
 そしてそんなテンシが見つめる舞台の袖で、ザレム・アズール(ka0878)はじっと動きを止めていた。
 彼の視線の先には歪虚と囚われたクリス。下手に手は出せない。だがらこそ時が来るまで息を殺し、機会を伺う。
 そんなザレムの後ろではマリエル(ka0116)がやはり息を殺して潜んでいた。彼女は、先日あった『クリスが歪虚に魅了されているか調査する』という依頼を友人と共に請け負っていた。そこから始まった結果が今の状況だ。友人はこの場に来れなかった、彼女の思いは伝わっている。二人の願いは同じ。だから
(思いは同じ。だから頑張れる)
 彼女の分までクリスを守ろう、そう強く思っていた。

「私はこの劇場、それ自体がどうも歪虚のように思えてな……劇場の思念が歪虚化した……などと考えすぎか」
 一方、ステージの逆側、つまり―あればの話だが―歪虚の背後で小道具の影に隠れていたのはシャウラ・アルアイユーク(ka2430)だ。彼はそこに潜みながら、歪虚だけでなくその周囲、床、幕、そして天井側も含め注意を払っていた。この歪虚が劇場を自在に操れるのは思い知らされた。ならば何が起こってもおかしくない。そんな彼に傍らに居たもう一人が話す。
「約束したんだよ。死ぬまで付き合って、どうにかしてやるって」
 そう言ったのは綾瀬 直人(ka4361)。さらに彼は言葉を続ける。
「それに見てみてぇじゃねーか、夢が叶う瞬間ってやつをよ。……だったら……」
「ああ、彼女がプリマになれるだろうなら」
「やるしかねぇよなぁ……!」
 二人は頷き仕掛けるタイミングを伺っていた。


 一方観客席にも登場人物たちは居た。
「ここで出てきたということは、裏を返せばもう奴には後が無いということだ。」
 ロニ・カルディス(ka0551)はすぐに怪我をした観客の元へ向かう。頭に直撃を受け危険な状態であることはすぐにわかった。そこで彼は祈りを捧げる。やわらかな光が辺りを包み、その者の怪我はひとまず収まる。少なくともこの戦いの間は大丈夫だろう。
 それにしても、と他の観客の元へ向かいつつ、彼は独り言ちた。
「身を晒すことすらできない者に、誰かを振り向かせる事ができると思っているのかね。できないからこそ、形ばかりを取り繕っているのだろう?」

「劇場全部敵のテリトリー…それにしても『見せかけ』か」
 一方違う場所では、ショウコ=ヒナタ(ka4653)が観客席から同じく舞台上を見ていた。そして、彼女は周囲を見る。そこには轟々と燃え盛る火柱達が行く手を塞いでいる。しかし、だとすれば。彼女の中に一つの疑問が生まれた。ここは歪虚の領域、だとすれば自分の領域を燃やすだろうか。
 何かがおかしい。感覚を確信に変えるため着ていたジャケットを投げ込む。しかし、一瞬で燃え上がるはずのそれは何も変わらずその場にあった。そこで彼女は思いっ切って腕を突っ込む。しかし熱は来ない。間違いない、これは幻覚だ。
 確信を持ったショウコの動きを見て、またUisca Amhran(ka0754)も火柱が幻であることを確信していた。ならば彼女には出来ることがある。
 彼女はあいどるである。それで培ったよく通る声で朗々と語りかける。
「紳士・淑女の皆さま、火の元周辺は危なくなっていますので、この位置よりお下がりくださいませ」
 その芝居がかった動きは、実際芝居であった。しかし彼女の芝居は確かにパニックを起こしていた人々を少しづつ落ち着けていた。
 あとは仕上げだ。イスカは美しく優しい声で歌い始める。その歌声は劇場中に広がっていき、混乱を起こして烏合の衆と化していた人々をこの歪虚との戦いを見る観客へと変えていった。


 そしてイスカの歌声をBGMにして最後の出演者が舞台へ向けて走っていた。
「くっそ、The Phantom of the Operaで来ましたかぁ……版があり過ぎて細かい所忘れちゃいましたよぅ」
 星野 ハナ(ka5852)はリアルブルーで見た劇の内容を思い出していた。もしその劇を模してこの歪虚が動いているのなら……ハナは5枚の符を取り出し、呪句を唱えながら空中に投げ上げつつ叫ぶ。
「五色光符陣! 五色光符陣! どうせそいつは端末ですぅ、クリスさんの確保お願いしますぅ!」
 ハナが投げた符はそれぞれが違う色の光を産みだし、それが真っ直ぐ歪虚の元へ向かう。集まった光は一帯を白く染め、そして―あるならば、だが―歪虚の目を焼く。思わずバタフライマスクを絹の手袋で抑えるファントム。その一瞬にザレムが飛び出した。脚に溜めたマテリアルを吹き出し、文字通り宙に乗ってクリスを抱える。奇襲だった。
「ハンターだ。安心しろ」
 そう一言だけ告げて一瞬で飛び去る。だが
「きゃーっ!」
 絹を切り裂くような悲鳴。次にハンター達が見たものは宙を浮かんでいるクリスの姿だった。いや、そこにはマントがたなびいている。奴は宙を飛んでクリスを連れ去ろうとしていると言うのか。そのまま歪虚はステッキを浮かせ突きを加える。ザレムはそれをかわしながら着地するのが精一杯だった。
 ハンター達もその動きに驚きつつも、指をくわえて見ているわけではなかった。シャウラは物影からマントに向かってチャクラムを投げつける。しかしそれはマントを切り裂いただけだった。
「貴様……まやかしか!」
 その言葉に、ファントムが確かに反応したように見えた。


 空を舞うクリスとファントム。地獄の底から響くような声が劇場に広がる。
「ハンター達よ、僕はここに居るぞ! さあ、狙ったらどうだ!」
 そして手袋が宙を舞うと高笑いと共に天井に付けられた装飾品がバラバラと落ちていく。
 ヴァイスはすぐさま反応した。裂帛の気合と共に刀を踏み込みながら突き出す。貫き徹すという彼の強い意志が乗り移ったかのように真紅の光が刃から真っ直ぐ放たれ、一気に降り注いた物を破壊していく。
 それでも全ては止め切れない。観客目掛けて落ちてくるランプ。ヴァイスは咄嗟に覆いかぶさるように身を乗り出す。それは彼の頭部に直撃する。
 だがヴァイスは倒れなかった。まるで何も無かったかのように、別の場所で降り注ぐ装飾品を払うベく向かっていく。
 しかし彼が倒れなくても観客達ではそうでない。天井から降り続ける物に再び人々はパニックを起こし始めていた。
「火柱から離れて! 一箇所に集まってくれ!」
 そこにカルディスの声が響いた。彼は聖導士である。そんな彼の言葉に観客達は鎮まり始める。彼の言葉が鎮めたのではない。その言葉に乗る彼の信仰心が観客達を鎮めたのだ。
 だが、そんなカルディスを狙うかのように、天井から金属が落ちてきた。それは頭に当たり血を飛び散らせる。
 しかしカルディスは自らの傷を顧みず降り注ぐ中心に立つ。そして聖句を唱えると彼の体から光が広がり降り注いでいた物を焼き尽くすのであった。


 銃声が響いた。
 音の出た元はショウコ。彼女の手にした短い銃身のライフルが天井に吊るされた物を撃ちぬいた音だった。
 彼女の周囲には物が降り注ぎ、未だやまない。この歪虚が劇場内の物を自在に操れるのはよく分かった。ならば落とされる前に落としてしまえばいい、それが彼女の考えだった。何発も何発も銃声が響き、それは的確に撃ちぬいていく。
 一方また別の場所では、イスカが観客達を守っていた。彼女の決して大きくはない体の、3分の2を覆うかと言うほどの巨大な盾で天井からの攻撃を防ぎ続ける。その盾から出る深き森を思わせる緑の淡い光が人々を安心させる。
 イスカ自身も無事ではない。彼女の服は吹き出した血で赤黒く染まっていた。盾で覆いきれなかった物体が彼女の急所に突き刺さったからだ。だが、彼女の守るという強い意志が彼女を立たせ、人々を守り続けていた。その姿にまた人々も安堵の念を覚えていた。
 そして盾の後ろからイスカは周囲に注意を払っていた。歪虚が何処に居るか。観客の中に紛れてこの状況を楽しんでいるのではないか。怪我をした観客のことを心配しつつ、彼女は油断せず観察していた。
 そしてそれはテンシもカルディスも同じだ。宙に浮かぶ歪虚の姿を見つつ、本体を探る。どれが正解か。確信が持てない。ハンター達には少しだけ焦りの色が広がっていた。


 そんな中ハナは歪虚の居場所について一人ヤマを張っていた。リアルブルーで見た劇なら奴は
「怪人下敷きなら誰か1人は地下確認にいかないとぉ」
 地下水路の中に潜んでいたはずだ。予め劇場の地図は頭の中に叩き込んでいた。舞台に駆け上がり、最短ルートたる奈落から降りようとする。だが
「ここが敵の胃袋の中なら奈落使ったらそのまま下まで落とされますよぅ、くそぅ」
 その先に見えたものは頭の中に入っているものとまるで違う世界だった。今、この劇場は歪虚の手によって姿を変えられている。
 ならばと別の通路を通ろうと扉に手をかけるハナ。
「何処に行こうというんだい? 今起こる顛末を全て見終えるまで誰も逃さないよ?」
 だがファントムはそんな彼女を止めようとする。
「歪虚はブッコロですぅテロリストの話は聞こえません~!」
 しかし歪虚の事を聞く必要はない。ハナは無視して外に出ようとした。
 だが、ヴァイスは全く別の事を叫んでいた。
「歪虚! あんたもこの舞台を敢えて選んだなら、観客の前で見事に演じてみせろ! 歌姫クリスティーヌを巡る歪虚とハンターの筋書きのない物語を!」
 彼はあろうことか歪虚の言葉を聞こうとしていた。そしてそれはまた、クリスも同じだった。
「ファントムさん……私は貴方のおかげでここまで来ることができました」
「ああそうさ、クリス。やっと分かってくれたかい」
「だから……だから私は貴方を信じたい」
 真っ直ぐマスクを見つめ、愛の言葉を語るクリス。
「何を言うんだクリス。くそっ、奴を倒して目を覚まさせてやる」
 ザレムは飛び出し、宙を疾走りファントムへと向かう。だが、マントを翻し苦なくかわしてみせる。
「その愛が真であるならば、今此処で大衆の前に示してみせよ! 私が証人として、後世まで語り継ごうぞ!」
 一瞬戸惑っていたシャウラもそう叫ぶ。そしてそれに合わせクリスは
「本当の姿を見せてくれたら……」
 そこまで言って彼女の言葉は止まった。
(頼む、歌姫! その先を!)
 ザレムは心の中でそう叫んでいた。奇襲でクリスを抱き寄せた一瞬に彼女に頼んだ事、それがこれだった。歪虚の正体を知るための命がけの芝居。しかしそれを成立させるためのクリスの最後の言葉が出ない。
 だが彼女が続けた言葉はもっと驚くべき物だった。
「いいえ、それが貴方の本当の姿でしょう? ファントムさん」
 その視線の先にあるのは宙に浮かぶバタフライマスクただ一つだった。


「歪虚の正体はそのマスクだ!」
 その真意に気づいたのはテンシだった。丹念に注意し情報を集めた結果、彼は歪虚の正体に辿り着いた。奴は大胆にも最初から我々の前に姿を表していたのだ。
「ああ、やっと認めたのかい。どうして僕の姿を君たちは見ようとしないんだい? どうして……どうして!」
 人々の営みの影に潜み、誰にもその姿を認められぬ歪虚、それがファントムだった。影に潜みながら、それでも己を見て欲しい、他の者ではなく自身を見て欲しい、そんな歪虚のいびつな嫉妬が怒りと変わり、天井から降り注ぐ。
「現実には、機械仕掛けの神様なんていないんだよね……面倒くさいな、もう」
 それを打ち破ったのは一発の銃声だった。
「幻影なら幻影らしく、一人で妄想して自己満足してろよ、この変態ストーカーが」
 ショウコの放つ銃弾は確かにファントムの動きを止め、凍りつかせる。
 そしてそれはクリスの体を宙に投げ出させるということだった。真っ逆さまに落ちていく歌姫の体。
「約束通り、助けに来た」
 だが、彼女の体は地面に叩きつけられる前に綾瀬によって受け止められた。彼はクリスを安心させようと手を握る。だが彼の手もまた震えていた。
 歪虚もじっとはしていない。すぐさま綾瀬の元へ向かっていく。
「クリスさんをお願いします」
 しかし、その前にマリエルが立ちふさがった。そして強い意志で歪虚を見つめる。
「……擬似接続開始。選択コード、『アマテラス』バージョン2.001。コール! 『アマノイワト』!」
 その強い意志の前に歪虚は己の体をそれ以上進めることは叶わなかった。奴は嫉妬に狂いマリエルの上に物を降り注がせることしかできなかった。

「怖いのは同じ、だけど止まっちまったら何も変わらない。もう一度、あん時みたいに笑えるようにしてやっから……此れから何があっても信じてくれ」
 そして綾瀬はクリスに語りかけた。彼は覚悟を決める。彼女に嫌われても構わない。己の命を失うことになっても構わない。彼女が笑う未来があるなら。

 綾瀬はクリスの体をそっと抱き寄せ、口づけを交わした。

「貴様、何を……何をした!」
 事ここに至り、ファントムはさらに嫉妬に狂う。奴は綾瀬の命を確実に奪うべく、この劇場で最大の物を彼目掛け落とす。
 綾瀬はクリスを巻き込まぬよう咄嗟に突き飛ばす。そこにシャンデリアが落ちてきて、その体を押しつぶした。
 そこに更なる追撃を行おうとするファントム。だがそこにテンシが辿り着いた。奴が落とした物の一つが脚に当たった。だが、それで止まることはできなかった。
「これは……お前に惑わされた人達の怒りの拳だっ!」
 テンシの拳から光が放たれ、それがファントムの体を吹き飛ばす。
「私は縛る者を許しません。抗います」
 さらにそこにマリエルが動く。彼女は自らから光を放ち、その光をテンシの光と重ねる。重なった光はファントムの姿を包む。
 次の瞬間その懐にザレムが飛び込んだ。彼はすかさず攻性防壁を展開し、ファントムを壁へと叩きつける。
 そして火の矢が劇場を横断し、歪虚の体を焼いた。幻覚ではない、マテリアルが生み出した火の矢だ。
 それを放ったのは綾瀬だった。シャンデリアに押し潰され大きな傷を負いながらも、彼は最後の力でファントムに一撃を加えた。
「皆さんフィナーレです。一緒に歌いましょう」
 イスカは歌う。正成らざる命を止める歌を。その声は劇場中に広がり、この芸術に狂い、才能に狂い、嫉妬に狂った歪虚を葬るための鎮魂歌となった。
「悪く思うなよ。これが結末だ」
 そしてザレムが真っ直ぐ突き出した白銀の剣がマスクを刺し貫き、壁へと縫い止める。その剣を受け、歪虚の肉体は塵へと変わり、風に吹かれて消えていくのであった。


「綾瀬さん! 綾瀬さん!」
 全てが終わった。歪虚の存在も燃え盛っていた炎も全てまやかし。元の大劇場が戻っている。そこにクリスの声が響く。彼女は綾瀬の元に駆け寄る。
「大丈夫ですよ。命に別状はありません」
 そんなクリスにマリエルは、綾瀬を癒しつつ語りかける。
「ああ、大丈夫だ」
 綾瀬もクリスを安心させようと声をかける。そして痛む体で言葉を続けた。
「それから……済まなかった」
「どうして?」
 平謝りする綾瀬。彼はクリスに突然キスしたことを謝罪していた。だが、その事を全て聞いてなお、彼女は綾瀬の体を抱きしめていた。
 劇場中に唖然とした空気が漂う。だが、そこにやがて拍手の音が聞こえそしてその音は空間に広がっていった。拍手を始めたのはヴァイス。彼の手の音に合わせ劇場中が暖かな空気に包まれる。
 そしてヴァイスは一つ咳払いしてクリスに頼む。
「済まないが避難に協力してくれないか?」
 それに晴れやかな笑顔で応じるクリス。歪虚の束縛から逃れ、本当の笑顔を見せた歌姫の再出発の笑顔を劇場中が祝福していた。

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MVP一覧


  • ヴァイス・エリダヌスka0364
  • 遥かなる未来
    テンシ・アガートka0589
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズールka0878
  • 歌姫を守りし者
    綾瀬 直人ka4361

重体一覧

参加者一覧

  • 聖癒の奏者
    マリエル(ka0116
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 遥かなる未来
    テンシ・アガート(ka0589
    人間(蒼)|18才|男性|霊闘士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 芸術家なパトロン
    シャウラ・アルアイユーク(ka2430
    人間(紅)|22才|男性|疾影士
  • 歌姫を守りし者
    綾瀬 直人(ka4361
    人間(蒼)|17才|男性|魔術師

  • ショウコ=ヒナタ(ka4653
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
綾瀬 直人(ka4361
人間(リアルブルー)|17才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/02/28 11:47:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/02/25 20:55:21
アイコン 質問卓
シャウラ・アルアイユーク(ka2430
人間(クリムゾンウェスト)|22才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/02/25 18:44:43