ゲスト
(ka0000)
幻よ醒めないで
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2016/02/23 22:00
- 完成日
- 2016/02/29 22:54
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
港湾都市ポルトワールを持つ半島の突端近くには、連日太公望が訪れる、絶好のアナ場がある。
それは港から2キロほど沖合にある小さな島だ。外周100メートルもないのではないだろうか。
形はごつごつした岩礁といった具合。中央の小高い場所だけにしか、緑がない。満潮のたび島の半分ほどが、海に浸かってしまうからだ。
しかしその島……ここの所、とんと人影が見当たらない。
●港の噂
早朝。
船着き場では、漁師たちが輪になって話し合っている。
彼らの足元にあるのは膨れ黒ずんだ塊――溺死体だ。
「あの島で釣るのはよしたほうがいいって、こいつに教えてやらなかったのか?」
「教えてやったよ。でもこいつは、自分は自分の船を使うんだし、あそこには何度も行ったことがあるから大丈夫だって。もちろんほったらかしにしたわけじゃねえよ。漁の帰りにゃ立ち寄って様子見してやろうと思ったんだが……その時にゃもう影も形も」
「ここ半月、こういうのがやたら多いな。これでもう18人目だぞ」
「19人目だよ。この数はどう考えても異常だろ」
「……あの島には何かがいるな。間違いなくいる」
●噂を調査に行ったなら
「原因不明の死者が相次いでいる島の、調査をしてくれないか」という依頼を受け、八橋杏子他3名のハンターが現地に向かってから、4時間あまりが経過している。
しかし一切の連絡がない。成功したとも失敗したとも一切不明なまま。
待てども待てども、時計は空しく秒針を刻むばかり。
この事態を受けハンターオフィスは、決断を下した。
「もう一度人員を派遣しましょう」
●調査の調査に行ったなら
ハンターたちは、『先発隊の捜索』と『島の怪異の解明』という2つの使命を帯び、港から出発した。
時刻は午後2時。
出発時から周辺一帯では、小雨が降り始めた。
「皆さんお気をつけくださいよ」
何が起きるか分からないので、船に乗せ運んでくれた漁師たちには、一旦港に帰ってもらうとした。問題が片付いたらここから連絡するから、その時に来てくれ、と言い渡して。
「しかし、天気悪いですねー」
周囲を包むのは沈黙だ。緩慢にたゆたう波の音と、自分たちの靴音しか聞こえてこない。
ハンターらは、とりあえず島の周囲を回ってみた。そして見つける。島の波打ち際、寒い海に腰まで浸し、じっとしている先発隊4名の姿を。
皆、無表情に沖を見つめている。
ハンターたちは驚いた。
「おい、お前ら何やってんだ!? おい!!」
怒鳴っても反応が全くない。仕方ないので自らも海に浸りつつ、陸に引き上げることとする。
このままにしておくわけにはいかない。潮がどんどん満ちてきているのだ。放置しておけば頭の上まで水が来て、溺れてしまう。
「皆さんしっかり、正気に戻ってください!」
そのときハンターたちは、近くから何かが見ている気配を感じた。
振り向けば少し離れた沖に、ぶよぶよした塊。
瞬間、彼らの意識は落ちて行く。自らの願望を象った理想の世界――幻の中へ。
リプレイ本文
●夢に溺れて
歓声が聞こえる。
目の前では白目になった金髪縦ロールのお嬢様が、背景に稲妻を轟かせている。
「こ……このわたくしが……負けた?……ルンルン、なんて恐ろしい子!」
(……この人誰だったっけ?)
ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が訝しんだところに、高らかなアナウンス。
『な、なんてことだ、無敗の女王、クイーン・エリザベータが負けたー!! 優勝はルーキー、ニンジャキャプタールンルーン!!』
ルンルンは思い出した。自分が大人気ニンジャカードゲームの世界大会に出場し、チャンピオンになったところだということを。
「あれ? 私、異世界行ってたような? 夢だったのかな? 白昼夢?」
そこにファンファーレ。
白馬に跨がった王子様が1ダース登場。むろんイケメン揃い。
「姫、ぜひ私と結婚を!」
「いえ、僕と結婚を!」
「いいえ、俺とです!」
よし分かった異世界なんて気の迷いだ。こっちが現実だ間違いない。
「ええー、私困っちゃうなー。誰を選んだらいいのかなー♪」
王子の1人がさっと手を挙げた。
「姫、僕は油田とレアメタル鉱山を山ほど持ってます! 結婚してくださるなら、それらはあなたに全部差し上げます!」
感無量のルンルン、涎が出そう。
「王子様、私を夢の国へ連れてって!」
クローディオ・シャール(ka0030)は端の欄干に足をかけ、下を見た。
澄んだ水面に映る自分は少年の姿。
体がふっと浮く。落ちる。
溺れているのに不思議と息が苦しくない。水の冷たさが、むしろ心地いい。
(これは……”あの時”の記憶……? 自分は、今、依頼を受けて島に来て……)
頭の片隅に浮かんだ矛盾は、形を成さずに消えた。
刻一刻深みへ落ちていくことに、限りない安堵を覚える。
(私は…………『俺』は、ここで死ぬんだ……)
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)は、暗い湖のただ中に立っていた。
水がちょうど鼻すれすれのところまで来る深さ。
顔を上げようとすると目が合った。水面に立つ、自分そっくりな顔の男と。
『よォ、兄弟』
男の声はレイの体を痺れさせる。
『もう十分楽しんだろ?』
男の手はレイの頭を掴み沈めようとする。
『返せよ』
吊り上がった口元に、細めた目に、憎しみと羨望が浮かんでいた。
レイには感じ取れた。相手の言っていることが――今の自分には理解出来ないにせよ――大事なものであるということが。
『“そいつ”は俺ンだ』
『返せ』
息苦しさで気が遠くなる。
しかしその苦しさが、かえってレイを正気づかせた。
彼は己を沈めようとする男の腕を、掴む。
「……彼らが沈もうとしているのです」
そのまま力の限り引きずり込む。自分がいる淵の中へ。
『てめぇっ!』
「今は、それこそが大事で。だから。――お退き下さい」
弥勒 明影(ka0189)の前に広がるのは、新しい世界。
抑圧も圧政もない。怠惰や放縦にも無縁。
各々が完全に自己を律し、他者も己と同じ人間であると理解し、肝に銘じて生きる世界。
我も人、彼も人、故に対等である世界。
安全圏の中だけで声高に罵詈雑言をまくし立てる人間とも、どうせ何も起きない、起こせないと勝手に高を括る人間とも、無縁の世界。
まさに理想郷。
自分が追い求めて止まないものがここに。
明影は間を閉じ、一人ごちる。詩の一節を諳じるように。
「嗚呼、それは何と素晴らしい世界で――」
そこで言葉を切り、言い切る。苦い自覚のもとに。
「――そして有り得ない世界であろうか」
周囲から音が消えた。動きも。世界は、薄っぺらい絵と成り果てる。
「俺は知っている。人の魂とは未だ幼年期にあるということを。己が生きる内にこの域に達する事はないことを。それが瞬きの内に? 有り得んだろう。否、夢は所詮夢だ!」
春日(ka5987)は小高い丘の上から村を見下ろしていた。
暖かな春。菜の花に蝶。空に燕。田圃から蛙の声。のどかで平和な光景だ。
すぐ側にいる幼なじみに彼女は、話しかける。
「なあ、いつか二人で世界を見に行こなあ」
幼なじみは、不思議そうに言う。
「世界を見に行くて、なんでやの?」
その反応に春日は、引っ掛かりを覚える。
「何で……て……いつも言うてたやろ、この村の外、ううん、このエトファリカの外には、何があるのやろうねて」
幼なじみは眉を下げる。懇願するように言ってくる。
「春日ちゃん、外は危ないで? ここはなあ、危ないこといっこも起きへんねん。悲しいこともつらいこともないんよ。なあ、一緒にここにおろ?」
春日は押し黙った。引っ掛かりが確信に変わるまでの間。
「あらあら……幻を見せる歪虚? 帰ってこない調査隊の原因は、これやったんやねぇ」
「何言うてるの、春日ちゃん」
春日はそっと幼なじみの口を塞いだ。笑うとも泣くともつかぬ表情で。
「もう、なくなった人言うんは、やっぱり、なくなったままなんよねぇ……」
歌声が聞こえる。
ベッドから降りた天竜寺 舞(ka0377)は、目を擦り台所へ向かった。
蒼い瞳に綺麗な白い肌。輝く銀の長髪をした女性が、オーブンの前にかがんでいる。
「ふふ、長いお昼寝ね」
「ママ……?」
何故だろう。一瞬、どうしてママがいるんだろうなんて思ってしまった。
(変なの。いて当たり前なのに)
「さ、おやつのオレンジタルトよ。頂きましょう?」
「うん」
舞はテーブルの席に着く。
母親はオレンジタルトを切り分け、微笑む。
「そうそう、今度パパが来てくれるのよ。久しぶりに3人で遊びにいきましょう」
「……え? 詩は?」
「詩って誰?」
「あたしの妹だよ」
「何言ってるの、うちには妹なんていないでしょ。まだ寝ぼけてるの?」
舞はハッとした。周囲の壁に貼られている写真を見る。
どの写真にも自分と母親と父親しかいない。
違う。ママがこんなに若い筈が……こんな、写真で見たとおりの姿をしている筈が……ない。
(もしかして幻覚?)
舞は、ゆっくりと席を立つ。服装はいつの間にか、ハンターとしてのものになっていた。
「どこへ行くの? 貴方が戦う事なんてない。ここでママと暮らしましょう?」
母親の顔を見つめる瞳から、涙が一粒零れる。
「ママはそんな事言わない」
舞は剣を抜き、己の足に突き立てる。
『サラマンダー、ガルーダ、ヴァルカン、GO!』
一瞬で展開させていた切り札の大半が焼き尽くされてしまった。
「そ、そんな……」
龍堂 神火(ka5693)は動揺のあまり、手からぼろぼろカードを取り落とす。
それを対戦席から見ているのは、彼自身。
『今のお前は死んだも同然だぜ?』
カードにまとわりついているモンスターたちが、火を吐きあざ笑ってくる。
『大体お前、あの夫婦だって裏切ってるだろ? その場しのぎのウソで。まあ、お前はいつでもそんな感じだけどな』
神火は震える手で再度、カードを引いた。
どれもこれも表が真っ白だ。
「な…なんで…?」
もう1人の神火が、蔑みの表情を浮かべている。
『出でよ、フェニックス!』
自身が使おうと思っていた手持ち札を出された衝撃により、神火の闘志は、急速に萎えて行く。
『負けろ。そしてこっちに来い。お前はあの時死んだんだ。亡霊は大人しく消えろ』
絶望におしつぶされそうになったその時、突如ルンルンの声が聞こえてきた。
『キャー! 極レアカード全種カートン買いなんて夢みたーい! でも夢じゃないんだーあははー♪』
「え?」
神火は疑問を抱いた。
(今の声、どこから……いや、そもそも……ここは、どこなんだ?)
続いて闘志が、再び胸に芽吹いてくる。
「……っていうか、今のボクに何もないとか……そんなことない、と思う。今のボクにも『家族』はいる」
『偽物のか?』
「家族に偽物も本物もない。ハンター業はまだ怖いけど、やりがいがある――装火竜ドルガ! ボクの元に来いッ!」
赤き竜が出現し、目の前にあるものを、全て焼き尽くした。
炎が水に変わり、どっと顔に押し寄せる。
●お目覚めですか
レイの意識は現実に引き戻された。現実においてもやはり、水の中にいた。
海中に没しかけているのを認識し、体勢を立て直す。
仲間たちと先遣隊はどうなったのかと顔を上げれば、舞が目の下を擦り、頭を振るのが目に入ってきた。
明影が口に入ってきた塩水を吐き出し、銃が撃てるところまで後退して行く。春日も呼吸を確保出来る位置まで下がり、濡れた護符を引き出している。
「こんな風に、ひとのこころのやらかい部分を利用するのは……あきませんえ」
護符が蝶に成り代わり、歪虚へと向かって行く。
そこで神火が起きた。
「うぷっ!?」
彼は大きな波をかぶり、足を滑らせ、水中に没する。とはいえ、すぐ自力で起き上がってきた。
春日がそれに手を貸す。
「お怪我あらしまへんか?」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよって……とりあえず神火はん、あれをまっすぐ見たらあきまへんえ。視覚から精神へ入り込んでみたいですさかい」
ひとまずこの4者は大丈夫そうだ。他のメンバーはどうかとレイは首を巡らせる。
ルンルンとマリィア・バルデス(ka5848)、そして先遣隊の頭が海面に見えた。
神火が彼らに向け、結界を発動させる。
「ここなら少しは歪虚の能力を抑えられる筈です。心を……強く持ってください!」
そこに舞が平手打ちを食わせて行く。
「起きろぉ!」
「ぶおっ!?」
「ぐえっ!?」
ひとまず彼女の手伝いでもしようか。そう思った直後レイは、顔を強ばらせた。
クローディオの姿だけが見えない。どこにも。
(……!)
深呼吸ひとつして、急ぎ海に潜る。
●起きてください
今年の模擬戦も自分たちの部隊が勝った。
「祝勝会で無礼講だ、やったぁ!」
誰かの調子が良い大声と笑い声。
マリィアもつられて笑う。
「じゃあこっちも準備をしましょうか。手伝ってくれるわよね、メイスン伍長?」
伍長は既に料理を作り始めていた。いつもながら仕事が早い。
「……? 珍しいわね、伍長がチリコンカーンやケーキより先にアクアパッツァを作り始めるなんて。それに今日はずいぶん匂いがきついわ。塩でも変えたの?」
伍長は寡黙だ。必要以外のことはけして口にしない。
「まぁいいけど。でもケーキは絶対作ってね? 今年のクリスマスケーキは特に最高だったわ。毎年伍長のケーキは絶品だった、けど……?」
言いかけてマリィアは、こめかみを押さえる。
(……あれ?……今年宇宙軍の部隊対抗演習なんてあった? クリスマスケーキだって、ロッソが転移してか――)
私は一体今どこにいるのだ?
いつ、リアルブルーに戻ってきたのだ?
それに……。
「転移……サルバトーレ・ロッソの、転移……伍長、あなた……LH044でMIAに……」
不意に伍長が振り向く。向けられてくる眼差しが、ひどく寂しげだった。
艦が大きく揺れる。
「……何っ? 敵襲!?」
次の瞬間頭を壁にぶつけた……はずだが、なぜか痛いのは頬。
生臭い匂い。鉄錆の匂い。よろけた途端に気管へ、しこたま水が入ってくる。
「ごぼっ!? うぇげほげほげほ!」
マリィアは、自分が海に浸かっていることを思い出した。
舞が目の前にいる。
彼女から頬を張られ正気づいたのだとすぐさま理解し、苦笑を浮かべる。
「ありがたいけどありがたくないわね!」
それから、近くで寝起きのような顔をしている杏子に歩み寄る。
「あれ……? 私……何を……ここで……」
夢に飲み込まれていた時間が長かったため、まだよく覚醒し切ってないようだ。海水に浸り切っていたので顔色も悪い。唇が真っ青だ。
とにかく歪虚から距離を取らせた方がいいと見たマリィアは、彼女の襟首を掴み、浅瀬まで引きずって行く。
春日は残り3名を誘導しにかかった。
「皆はん、お早くこちらへ……」
そこへレイが、仮死状態になっているクローディオを抱え、浮上してきた。
「! レイはん、クローディオはんは……」
「大丈夫、私が蘇生させます。それより、他の方たちをお願いします」
引き上げ用のロープを彼女に投げ渡したレイは、急ぎ陸へ上がっていく。
その間に、いい夢を見続けていたルンルンも覚醒した。
「あれ? いつから空に島が浮くようになったんだっけ? ……まあいっか、そんな些細なこと♪ ねえ王子さ」
「いい加減目ぇ覚ませぇ!」
「ぶほっ!?」
舞から全力の張り手を受け海中に没し、しこたま辛い水を飲む。
認めざるを得なかった。王子様もセレブ生活も、全て空しい幻だったということを。
「げほっげほっ……絶対に許さないんだからっ、私の私の白馬の王子様を返せーっ!」
失望を怒りに転化したルンルンは、ぐしょぬれの護符を空中に投げ上げた。それは稲妻と化し、歪虚を襲う。
舞は明影、マリィアに続き、銃弾を浴びせかける。
「お前だけは絶対許さない!」
ぶよぶよの固まりが削ぎ落とされて行く。
ゴーグルを装着した神火が、護符を繰り出した。
「……これが、今のボクのカードだっ!」
歪虚の体は炎に包まれた。
溶けていく。ぶくぶく泡を吹き出し消滅して行く。
明影が銃を降ろし、嘯いた。
「良い夢幻を見せてくれた事には礼を言っても良いが――所詮は夢幻。現実の前には霧散するが必定だろう」
マリィアは、空の遠くを見つめる。
「バカやって大量に料理持ち寄ってガツガツ食べて……楽しかったのよ、あの頃……」
消えて行く歪虚の姿を前に、神火は、髪の滴を拭った。
(……幻、もう少し見ていたかった気もします)
だが、幻の中においても、ゲームのルールを思い出せなかった。
それを思うと、何かがふっ切れた。
「今のボクは……ハンター、なんですよね」
ルンルンは消え去った夢を惜しみ、悔し泣きをしている。
「ううっ、私の理想の王子様-っ! 戻ってきてーっ!」
舞は一言だけ呟いた。
「帰ろう」
春日はそれに頷く。濡れた服を絞りながら。
「ええ、帰りましょな……もう、びしょびしょやわ。風邪ひいてまう」
●醒め来たりなば
名を呼ばれた、ような気がした。
少しずつ意識が覚醒していく。
瞳を開いたクローディオが最初に見たものは、レイの顔。
クローディオの唇を湿ったハンカチでぬぐい、ひたと目を見据えてくる。
「……貴方は、死にたいのですか? 不躾ながら、そんな風に思いました。……要らぬ事を、したのかと」
クローディオは何か言おうとしたが、途中で言葉を飲み込んだ。
「いや、礼を言う……ありがとう」
「意識すれば目を覚ませるものだった……筈です」
「……すまない、世話を掛けたようだな。過去に囚われるとは……我ながら情けないものだ」
クローディオは起き上がった。
幻の余韻を振り切り、レイと共に、仲間の元へ歩いて行く。
なにはなくとも皆疲弊している。先発隊含め全員、冷たい海に浸かり続けていたのだ。十分な治癒が必要であろう、と……。
歓声が聞こえる。
目の前では白目になった金髪縦ロールのお嬢様が、背景に稲妻を轟かせている。
「こ……このわたくしが……負けた?……ルンルン、なんて恐ろしい子!」
(……この人誰だったっけ?)
ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が訝しんだところに、高らかなアナウンス。
『な、なんてことだ、無敗の女王、クイーン・エリザベータが負けたー!! 優勝はルーキー、ニンジャキャプタールンルーン!!』
ルンルンは思い出した。自分が大人気ニンジャカードゲームの世界大会に出場し、チャンピオンになったところだということを。
「あれ? 私、異世界行ってたような? 夢だったのかな? 白昼夢?」
そこにファンファーレ。
白馬に跨がった王子様が1ダース登場。むろんイケメン揃い。
「姫、ぜひ私と結婚を!」
「いえ、僕と結婚を!」
「いいえ、俺とです!」
よし分かった異世界なんて気の迷いだ。こっちが現実だ間違いない。
「ええー、私困っちゃうなー。誰を選んだらいいのかなー♪」
王子の1人がさっと手を挙げた。
「姫、僕は油田とレアメタル鉱山を山ほど持ってます! 結婚してくださるなら、それらはあなたに全部差し上げます!」
感無量のルンルン、涎が出そう。
「王子様、私を夢の国へ連れてって!」
クローディオ・シャール(ka0030)は端の欄干に足をかけ、下を見た。
澄んだ水面に映る自分は少年の姿。
体がふっと浮く。落ちる。
溺れているのに不思議と息が苦しくない。水の冷たさが、むしろ心地いい。
(これは……”あの時”の記憶……? 自分は、今、依頼を受けて島に来て……)
頭の片隅に浮かんだ矛盾は、形を成さずに消えた。
刻一刻深みへ落ちていくことに、限りない安堵を覚える。
(私は…………『俺』は、ここで死ぬんだ……)
レイ・T・ベッドフォード(ka2398)は、暗い湖のただ中に立っていた。
水がちょうど鼻すれすれのところまで来る深さ。
顔を上げようとすると目が合った。水面に立つ、自分そっくりな顔の男と。
『よォ、兄弟』
男の声はレイの体を痺れさせる。
『もう十分楽しんだろ?』
男の手はレイの頭を掴み沈めようとする。
『返せよ』
吊り上がった口元に、細めた目に、憎しみと羨望が浮かんでいた。
レイには感じ取れた。相手の言っていることが――今の自分には理解出来ないにせよ――大事なものであるということが。
『“そいつ”は俺ンだ』
『返せ』
息苦しさで気が遠くなる。
しかしその苦しさが、かえってレイを正気づかせた。
彼は己を沈めようとする男の腕を、掴む。
「……彼らが沈もうとしているのです」
そのまま力の限り引きずり込む。自分がいる淵の中へ。
『てめぇっ!』
「今は、それこそが大事で。だから。――お退き下さい」
弥勒 明影(ka0189)の前に広がるのは、新しい世界。
抑圧も圧政もない。怠惰や放縦にも無縁。
各々が完全に自己を律し、他者も己と同じ人間であると理解し、肝に銘じて生きる世界。
我も人、彼も人、故に対等である世界。
安全圏の中だけで声高に罵詈雑言をまくし立てる人間とも、どうせ何も起きない、起こせないと勝手に高を括る人間とも、無縁の世界。
まさに理想郷。
自分が追い求めて止まないものがここに。
明影は間を閉じ、一人ごちる。詩の一節を諳じるように。
「嗚呼、それは何と素晴らしい世界で――」
そこで言葉を切り、言い切る。苦い自覚のもとに。
「――そして有り得ない世界であろうか」
周囲から音が消えた。動きも。世界は、薄っぺらい絵と成り果てる。
「俺は知っている。人の魂とは未だ幼年期にあるということを。己が生きる内にこの域に達する事はないことを。それが瞬きの内に? 有り得んだろう。否、夢は所詮夢だ!」
春日(ka5987)は小高い丘の上から村を見下ろしていた。
暖かな春。菜の花に蝶。空に燕。田圃から蛙の声。のどかで平和な光景だ。
すぐ側にいる幼なじみに彼女は、話しかける。
「なあ、いつか二人で世界を見に行こなあ」
幼なじみは、不思議そうに言う。
「世界を見に行くて、なんでやの?」
その反応に春日は、引っ掛かりを覚える。
「何で……て……いつも言うてたやろ、この村の外、ううん、このエトファリカの外には、何があるのやろうねて」
幼なじみは眉を下げる。懇願するように言ってくる。
「春日ちゃん、外は危ないで? ここはなあ、危ないこといっこも起きへんねん。悲しいこともつらいこともないんよ。なあ、一緒にここにおろ?」
春日は押し黙った。引っ掛かりが確信に変わるまでの間。
「あらあら……幻を見せる歪虚? 帰ってこない調査隊の原因は、これやったんやねぇ」
「何言うてるの、春日ちゃん」
春日はそっと幼なじみの口を塞いだ。笑うとも泣くともつかぬ表情で。
「もう、なくなった人言うんは、やっぱり、なくなったままなんよねぇ……」
歌声が聞こえる。
ベッドから降りた天竜寺 舞(ka0377)は、目を擦り台所へ向かった。
蒼い瞳に綺麗な白い肌。輝く銀の長髪をした女性が、オーブンの前にかがんでいる。
「ふふ、長いお昼寝ね」
「ママ……?」
何故だろう。一瞬、どうしてママがいるんだろうなんて思ってしまった。
(変なの。いて当たり前なのに)
「さ、おやつのオレンジタルトよ。頂きましょう?」
「うん」
舞はテーブルの席に着く。
母親はオレンジタルトを切り分け、微笑む。
「そうそう、今度パパが来てくれるのよ。久しぶりに3人で遊びにいきましょう」
「……え? 詩は?」
「詩って誰?」
「あたしの妹だよ」
「何言ってるの、うちには妹なんていないでしょ。まだ寝ぼけてるの?」
舞はハッとした。周囲の壁に貼られている写真を見る。
どの写真にも自分と母親と父親しかいない。
違う。ママがこんなに若い筈が……こんな、写真で見たとおりの姿をしている筈が……ない。
(もしかして幻覚?)
舞は、ゆっくりと席を立つ。服装はいつの間にか、ハンターとしてのものになっていた。
「どこへ行くの? 貴方が戦う事なんてない。ここでママと暮らしましょう?」
母親の顔を見つめる瞳から、涙が一粒零れる。
「ママはそんな事言わない」
舞は剣を抜き、己の足に突き立てる。
『サラマンダー、ガルーダ、ヴァルカン、GO!』
一瞬で展開させていた切り札の大半が焼き尽くされてしまった。
「そ、そんな……」
龍堂 神火(ka5693)は動揺のあまり、手からぼろぼろカードを取り落とす。
それを対戦席から見ているのは、彼自身。
『今のお前は死んだも同然だぜ?』
カードにまとわりついているモンスターたちが、火を吐きあざ笑ってくる。
『大体お前、あの夫婦だって裏切ってるだろ? その場しのぎのウソで。まあ、お前はいつでもそんな感じだけどな』
神火は震える手で再度、カードを引いた。
どれもこれも表が真っ白だ。
「な…なんで…?」
もう1人の神火が、蔑みの表情を浮かべている。
『出でよ、フェニックス!』
自身が使おうと思っていた手持ち札を出された衝撃により、神火の闘志は、急速に萎えて行く。
『負けろ。そしてこっちに来い。お前はあの時死んだんだ。亡霊は大人しく消えろ』
絶望におしつぶされそうになったその時、突如ルンルンの声が聞こえてきた。
『キャー! 極レアカード全種カートン買いなんて夢みたーい! でも夢じゃないんだーあははー♪』
「え?」
神火は疑問を抱いた。
(今の声、どこから……いや、そもそも……ここは、どこなんだ?)
続いて闘志が、再び胸に芽吹いてくる。
「……っていうか、今のボクに何もないとか……そんなことない、と思う。今のボクにも『家族』はいる」
『偽物のか?』
「家族に偽物も本物もない。ハンター業はまだ怖いけど、やりがいがある――装火竜ドルガ! ボクの元に来いッ!」
赤き竜が出現し、目の前にあるものを、全て焼き尽くした。
炎が水に変わり、どっと顔に押し寄せる。
●お目覚めですか
レイの意識は現実に引き戻された。現実においてもやはり、水の中にいた。
海中に没しかけているのを認識し、体勢を立て直す。
仲間たちと先遣隊はどうなったのかと顔を上げれば、舞が目の下を擦り、頭を振るのが目に入ってきた。
明影が口に入ってきた塩水を吐き出し、銃が撃てるところまで後退して行く。春日も呼吸を確保出来る位置まで下がり、濡れた護符を引き出している。
「こんな風に、ひとのこころのやらかい部分を利用するのは……あきませんえ」
護符が蝶に成り代わり、歪虚へと向かって行く。
そこで神火が起きた。
「うぷっ!?」
彼は大きな波をかぶり、足を滑らせ、水中に没する。とはいえ、すぐ自力で起き上がってきた。
春日がそれに手を貸す。
「お怪我あらしまへんか?」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよって……とりあえず神火はん、あれをまっすぐ見たらあきまへんえ。視覚から精神へ入り込んでみたいですさかい」
ひとまずこの4者は大丈夫そうだ。他のメンバーはどうかとレイは首を巡らせる。
ルンルンとマリィア・バルデス(ka5848)、そして先遣隊の頭が海面に見えた。
神火が彼らに向け、結界を発動させる。
「ここなら少しは歪虚の能力を抑えられる筈です。心を……強く持ってください!」
そこに舞が平手打ちを食わせて行く。
「起きろぉ!」
「ぶおっ!?」
「ぐえっ!?」
ひとまず彼女の手伝いでもしようか。そう思った直後レイは、顔を強ばらせた。
クローディオの姿だけが見えない。どこにも。
(……!)
深呼吸ひとつして、急ぎ海に潜る。
●起きてください
今年の模擬戦も自分たちの部隊が勝った。
「祝勝会で無礼講だ、やったぁ!」
誰かの調子が良い大声と笑い声。
マリィアもつられて笑う。
「じゃあこっちも準備をしましょうか。手伝ってくれるわよね、メイスン伍長?」
伍長は既に料理を作り始めていた。いつもながら仕事が早い。
「……? 珍しいわね、伍長がチリコンカーンやケーキより先にアクアパッツァを作り始めるなんて。それに今日はずいぶん匂いがきついわ。塩でも変えたの?」
伍長は寡黙だ。必要以外のことはけして口にしない。
「まぁいいけど。でもケーキは絶対作ってね? 今年のクリスマスケーキは特に最高だったわ。毎年伍長のケーキは絶品だった、けど……?」
言いかけてマリィアは、こめかみを押さえる。
(……あれ?……今年宇宙軍の部隊対抗演習なんてあった? クリスマスケーキだって、ロッソが転移してか――)
私は一体今どこにいるのだ?
いつ、リアルブルーに戻ってきたのだ?
それに……。
「転移……サルバトーレ・ロッソの、転移……伍長、あなた……LH044でMIAに……」
不意に伍長が振り向く。向けられてくる眼差しが、ひどく寂しげだった。
艦が大きく揺れる。
「……何っ? 敵襲!?」
次の瞬間頭を壁にぶつけた……はずだが、なぜか痛いのは頬。
生臭い匂い。鉄錆の匂い。よろけた途端に気管へ、しこたま水が入ってくる。
「ごぼっ!? うぇげほげほげほ!」
マリィアは、自分が海に浸かっていることを思い出した。
舞が目の前にいる。
彼女から頬を張られ正気づいたのだとすぐさま理解し、苦笑を浮かべる。
「ありがたいけどありがたくないわね!」
それから、近くで寝起きのような顔をしている杏子に歩み寄る。
「あれ……? 私……何を……ここで……」
夢に飲み込まれていた時間が長かったため、まだよく覚醒し切ってないようだ。海水に浸り切っていたので顔色も悪い。唇が真っ青だ。
とにかく歪虚から距離を取らせた方がいいと見たマリィアは、彼女の襟首を掴み、浅瀬まで引きずって行く。
春日は残り3名を誘導しにかかった。
「皆はん、お早くこちらへ……」
そこへレイが、仮死状態になっているクローディオを抱え、浮上してきた。
「! レイはん、クローディオはんは……」
「大丈夫、私が蘇生させます。それより、他の方たちをお願いします」
引き上げ用のロープを彼女に投げ渡したレイは、急ぎ陸へ上がっていく。
その間に、いい夢を見続けていたルンルンも覚醒した。
「あれ? いつから空に島が浮くようになったんだっけ? ……まあいっか、そんな些細なこと♪ ねえ王子さ」
「いい加減目ぇ覚ませぇ!」
「ぶほっ!?」
舞から全力の張り手を受け海中に没し、しこたま辛い水を飲む。
認めざるを得なかった。王子様もセレブ生活も、全て空しい幻だったということを。
「げほっげほっ……絶対に許さないんだからっ、私の私の白馬の王子様を返せーっ!」
失望を怒りに転化したルンルンは、ぐしょぬれの護符を空中に投げ上げた。それは稲妻と化し、歪虚を襲う。
舞は明影、マリィアに続き、銃弾を浴びせかける。
「お前だけは絶対許さない!」
ぶよぶよの固まりが削ぎ落とされて行く。
ゴーグルを装着した神火が、護符を繰り出した。
「……これが、今のボクのカードだっ!」
歪虚の体は炎に包まれた。
溶けていく。ぶくぶく泡を吹き出し消滅して行く。
明影が銃を降ろし、嘯いた。
「良い夢幻を見せてくれた事には礼を言っても良いが――所詮は夢幻。現実の前には霧散するが必定だろう」
マリィアは、空の遠くを見つめる。
「バカやって大量に料理持ち寄ってガツガツ食べて……楽しかったのよ、あの頃……」
消えて行く歪虚の姿を前に、神火は、髪の滴を拭った。
(……幻、もう少し見ていたかった気もします)
だが、幻の中においても、ゲームのルールを思い出せなかった。
それを思うと、何かがふっ切れた。
「今のボクは……ハンター、なんですよね」
ルンルンは消え去った夢を惜しみ、悔し泣きをしている。
「ううっ、私の理想の王子様-っ! 戻ってきてーっ!」
舞は一言だけ呟いた。
「帰ろう」
春日はそれに頷く。濡れた服を絞りながら。
「ええ、帰りましょな……もう、びしょびしょやわ。風邪ひいてまう」
●醒め来たりなば
名を呼ばれた、ような気がした。
少しずつ意識が覚醒していく。
瞳を開いたクローディオが最初に見たものは、レイの顔。
クローディオの唇を湿ったハンカチでぬぐい、ひたと目を見据えてくる。
「……貴方は、死にたいのですか? 不躾ながら、そんな風に思いました。……要らぬ事を、したのかと」
クローディオは何か言おうとしたが、途中で言葉を飲み込んだ。
「いや、礼を言う……ありがとう」
「意識すれば目を覚ませるものだった……筈です」
「……すまない、世話を掛けたようだな。過去に囚われるとは……我ながら情けないものだ」
クローディオは起き上がった。
幻の余韻を振り切り、レイと共に、仲間の元へ歩いて行く。
なにはなくとも皆疲弊している。先発隊含め全員、冷たい海に浸かり続けていたのだ。十分な治癒が必要であろう、と……。
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ユメカラサメナサイ〜 レイ・T・ベッドフォード(ka2398) 人間(リアルブルー)|26才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/02/23 20:22:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/20 14:23:30 |