一殺多生

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/03/06 19:00
完成日
2016/03/15 02:28

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

「御邪魔します」
 山間に潜む様にして建てられた山小屋。その扉を潜る和装の女が一人。
「何者だ」
 来訪者に剣呑な視線を送った者が──ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なの、やあ、この、とお、余りひとつ。
 計十一人──帯刀する明らかに堅気とは思えぬ空気を纏った十一人の男達が、女を出迎えた。
「これは失礼を、では名乗りをば。私は正宗(まさむね)鞘(さや)と申します」
 丁寧に名を告げる女──正宗に対して男達は更に視線を鋭くして問うた。
「外の見張りはどうした」
「彼らには眠って頂きました」
「……っ」
 正宗の返答に男達は険しい表情を浮かべる。
「ああ誤解されぬよう。ただ本当に眠って──気を失って貰っただけですよ」
 正宗が片手に提げた刀を男達に見せ付けるようにして掲げた。
 黒鞘に映える紅い下緒が柄の縁に巻き付き結ばれてある。これでは抜刀できまい。つまり刀を抜かずして見張りを無力化した、と彼女は主張したのだろう。
「……何をしに来た」
「用向きを告げる前に一つ確認したい事が御座います。この近辺の村々──十を超える村で略奪、凌辱、鏖殺の限りを尽くした山賊とは、貴方方で間違い御座いませんね?」
「…………」
 正宗の問いに男達が沈黙で答える。
 彼女の問いこそが男達の問いに対する答えとなり、そして彼らの沈黙こそが正宗の問いに対する答えとなった。
 最早互いに言葉は要らず。
 男達の一人──正宗に最も近く位置し真正面に立っていた者が抜刀して斬り掛かった。
 右上段からの袈裟斬り。
 素人とまでは言わないが、所詮は無抵抗の弱者を一方的に斬殺して来ただけの穢れた、温い太刀筋。
 正宗は右足を引き、円弧を描くように床を足裏で摩り半身となって刃を躱す。尚も流れるような曲線を描く足捌きは止まらず。右手に握った刀の鞘、その先端──鐺が男の顎を打ち抜いた。
 白目を剥いて倒れる男の傍らを正宗はゆっくりと通り過ぎる。
「無抵抗のまま投降して頂ければ、当方にはそれを受け容れる用意が御座います」
 投降を勧告する正宗に、しかし武装を携えた二人の男が僅かに時差を付けて斬り込んだ。
 先んじて刃を振り下ろした男の一刀を正宗はまた円弧の足捌きで難なく躱す。その彼女を追う形でもう一人が放った袈裟斬りを正宗は鞘を掲げて受け止めた。木製の鞘で斬撃を受け止められる道理はない。刀身を阻んだのは鞘の半分──刃側を覆った鋼板である。
 受け止めた刀を絡め取る様に鞘が旋回。刀と共に体幹が流れた男の顎を柄頭で打ち払う。
 残ったもう一人──先手を躱された男が、二手目の斬撃を正宗の背に向かって放った。
 死角からの攻め手。しかし彼女は振り返る事すらせず、斬撃が届くその前に正確無比な鐺の一撃を男の鳩尾に突き入れた。
 抜刀する事無く瞬時に無力化した三人を捨て置いて、正宗は小屋の奥へと足を進める。
「調子に乗るな、小娘」
「別段、調子に乗っているつもりは御座いませんが」
 彼女の前に立ち塞がったのは野太刀を背に背負った男。
 その男が放つ視線と剣気、そこに他の者達とは異なる圧力を感じ取った正宗が静かに問う。
「覚醒者、ですか?」
「…………」
 返答は沈黙。しかし更に鋭く凍てついていく男の剣気の他に、明瞭な答えなどあろうか。
「では、貴方が彼ら全てを束ねる頭目ですね?」
「……だとしたらどうする」
 殺気を伴った男の問いに、正宗もまた殺気を纏って応えた。
「一殺多生。我が剣の理に従って、その御首貰い受けたく候」
 初めての──殺意の発露。
 抜刀を封じていた下緒の結び目を解き右足を前に出して、左足を後ろに引く。鞘を握る左手を半身の陰に隠して、五指を開いた右掌を前に翳す。
 抜刀術の構え。
「一殺多生? つまり俺達悪党を撫で斬りにして、その他大勢の善良な民を救おうという事か。投降を促しておきながら随分と血生臭い」
「否、私の剣に刻まれた一殺多生は一般的なそれとは異なります。我が剣の前には悪も善もない。人が人を殺す地獄の中でその真っ只中、渦中に居座る者を斬り、最低限の流血を以って地獄を終わらせる。それが我が剣術──活殺流の理念」
 活殺流。
 正宗の故郷で、過去に繰り広げられた戦乱の中に起こり磨かれた流派。
 戦場を不殺のままに押し通り、迅速に大将首を取る事で戦死者を減らす事に心血を注いだ武者を開祖とする流派。
 最後には大軍を敵とした勝機の見えぬ合戦において、己が主の首を敵に捧げ戦を一滴の流血だけで終わらせた武者が生前に立ち上げたという流派。
 彼自身の最期は自刃だったと伝えられている。
「綺麗事だな」
 男は背の野太刀を手に取り刀身を抜き放って鞘を放り捨てる。
 男が取った上段の構えを見て正宗はほう、と小さく感嘆の声を漏らした──本物か。
「……それではお好きな様に、来ませい」
 正宗が腰を落とすと同時──断、と床を蹴って男が駆けた。上段に構えていた刀身を右肩に乗せて。
 初太刀に全身全霊を籠めて敵を断つと言わんばかりのその構えは、さながら示現流のようだ。
 一の太刀を疑わず、二の太刀要らず。まさしく活殺流と同じ乱世に伝えられたという流派の理念そのもの。
「幾以衣以!」
 響くは猿叫。野太刀の間合いに正宗を捉え男が柄を握る両の拳に剛力を籠める。

 抜刀術の真髄は鞘内にあると言われる。鞘に刀身を秘して刀の間合いを惑わす所にこそ、抜刀術の恐ろしさがあるのだと。
 極めれば、不可視の刃も同じ。
 初太刀を放つまで鞘に刀身を秘し続ける活殺流の唯一無二の殺し技はつまり、その理論の極致にあると言えるだろう。
 不殺──故に最強。矛盾を内包するが故に、その刀身は何もかもを断ってきた。敵も味方も、己ですらも。

「──御命頂戴仕る」
 ようやく姿を現した刀身が、鞘鳴りの産声を上げた直後に己の本分を全うした。
「御、見事──」
 左肩口から右脇腹に抜ける斬線を刻まれた男が、血塊と称賛の言葉を漏らしつつ倒れ逝く。
 正宗は血払いを済ませた刀身を鞘に納めながら男の骸を見下ろして呟いた。
「綺麗事と言いましたね。あらゆる命を等価に扱い理に合わせて斬るべきであるからと、一つの、たった一つしかない命を斬るこの剣を──綺麗事と。世界がどれだけ悍ましく醜いのか、それを知らなかったのですか?」
 死者に向けた無意の言葉を終えて、正宗は残りの山賊へと向き直る。
「如何為されますか。何方か彼の仇を取る為に残りの手勢を束ねて来られるのであれば、今一度我が刀身を晒す事と相成りますが」
「こ、降伏する」
 正宗の宣誓を聞いた男達が次々と刀を放棄する。
「善哉です。では軍に引き渡すその前に聞きたい事が御座います。この人数であれだけの犯行を成し遂げられるとは思えません、こことは別に本陣が御座いますね?」
 正宗の問いに、男達は洗いざらいを吐露した。

「成程、私だけでは少々荷が重いか。仕方がない、手勢を集める事に致しましょう」

リプレイ本文

「日本出身なんすか? 東方の人なのかと思ってたっすよ」
 盗賊の根城である廃砦までの道中、頻りに正宗へと話しかけているのは、神楽(ka2032)。当初は彼女が盗賊から聞き出したという情報を聞いていたようだが、いつの間にやら他愛もない世間話にすり替わっていた。
「じゃあええと、活殺流っていうのも日本で学んだんっすか。……江戸時代からタイムトラベルして来たわけじゃないっすよね?」
「ソレ、ワタシも興味ありマス!」
 話題が正宗の剣術に及んだ途端に、クロード・N・シックス(ka4741)が興味津々といった調子で割って入る。
「リアルブルーはこっちと違って、比較的平穏と聞いてマス。どうして実戦で通用する剣術があるんデスカ? しかも抜刀術なんデスヨネ。東方でも抜刀術を主軸にしている流派なんてそんなにないと思いマスヨ?」
「いえ、私が教えられた──私の父が開く道場で教えていたのは、単なる活人剣でした。道場では、抜刀どころか真剣を握った事もありませんでしたよ」
「どういう事っすか? 情報を聞き出した盗賊のリーダーも、抜刀術で斬ったんすよね?」
「ええ。ですが私が教わったのは、剣道の基礎と、居合刀を使った納刀術だけでした。おそらく父自身も、殺人剣としての活殺流は伝聞だけでしか知らなかったでしょう。……私も初めて人を斬るまでは知らなかった」
 漆塗りの鞘を握る手に力を籠めて呟く正宗に、神楽は平素とは違う静かな語調で問い掛けた。
「……それは、こっちに来た後の事っすか?」
「いいえ。私は向こうの世界で一人──斬りました。その時です、私が活殺流の理念──一殺多生を理解したのは」
 正宗もまた、静かに平淡な声で応える。
「──先を急ぎましょう。件の廃砦はもうすぐの筈です」
 話を半ば強引に打ち切るように歩調を速める正宗に、神楽とクロードはそれ以上告げる言葉を見付けられず、ただ無言のままに従った。



 廃砦付近に到着した一行は事前の打ち合わせの通りに、鴉の眼を借りて上空から廃砦を偵察する神楽の情報を頼りに、四方に別れて攻め入る策を取った。
「こちら北班、配置に着きました、オーバー」
 北方襲撃班のメリエ・フリョーシカ(ka1991)が、通信機を口許に寄せて囁くように交信する。
「こりゃ討伐ってより、ウェットワークだな」
 その傍らでリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)がやはり小声で呟いた。その手は、消音機構を内蔵した自動拳銃の銃把を握っている。
「ウェットワーク? 何ですか、それは」
「暗殺を意味する隠語だよ」
「暗殺ですか……、見張りを排除する為にはそれもやむを得ないでしょうが、せめて突入を果たした後は降伏の勧告くらいしておきたいと思うのですが」
「良いんじゃねえか。問答無用に斬れば、奴さん達と同類になっちまう。だがまあ話を聞いた限りじゃ、大人しく従うような聞き分けの良い手合いとは思えんがね」
「……そうでしょうね。ハンターソサエティのお膝元──同盟国内で大っぴらに暴れるとは、まともに分別の付く者の所業ではありません。──あくまでも抵抗するのなら、自分達の愚かさを、その身を以って思い知って貰いましょう」
 ──死ぬほどに。

 隠密を心掛けながら廃砦に近付く西側の正宗とクロード。クロードが遠慮がちに正宗へ声を掛けた。
「あの、サヤー? 見張りを片付けるマデハ、突入はなしデスヨ?」
「クロード、私を猪武者か何かと勘違いされては居ませんか。私も物の道理くらいは心得ているつもりです」
 心なし不機嫌そうに口を尖らせる正宗に「それなら良いのデスガ」と応じるクロードの通信機へ神楽から通信が入った。
『クロードさん? サヤっちに変わって貰っていいっすか』
「ん、了解デス。──ハイ、サヤ。カグラからデスヨ」
「え? ええと、こ、こうでしょうか」
 手渡された機械を慣れない手付きで扱う正宗に、神楽が通信機越しに語り掛ける。
『サヤっち、俺達はサヤっちのやり方に口出しするつもりはないっす。だから、サヤっちも俺達の獲物に手を出さないで欲しいっす。たとえそれが、サヤっちに取って斬るべき相手であっても。……約束してくれるっすか?』
 神楽の提案に一拍の間を置いて正宗は頷いた。
「──わかりました、神楽。貴方の言う通りにしましょう」
『それを聞いて安心したっす。西側に居る見張りは俺が片づけるっすから。それまで待機していてくれっす』

「では、行くとするかのう」
「おっしゃ、おっ始めようぜ」
 東側から廃砦近くに辿り着いたのは、東方出身の紅薔薇(ka4766)と万歳丸(ka5665)だ。どうやら小柄な紅薔薇を、万歳丸が鬼の膂力を生かし、砦を覆う石壁の上まで放り投げようとしているらしい。
「そんじゃ、放り投げるぜ紅薔薇」
「うむ、一思いに投げてくれ。──しかし万歳丸殿よ、この抱え方は他意を感じるのじゃが」
 紅薔薇は両脇の下を支えるような抱え方を訝しむ。この抱え方はまるで──
「気のせいだって。そんじゃ行くぜ──高い高い」
「……っ!」
 怒声を上げかけて、今が隠密行動中だと思い出した紅薔薇は、子供扱いされた事に対する苦情を呑み込みながら空を舞った。
(後で覚えておれよ! 絶対後悔させてやるからの!)
 そう心に誓いながら。

 南側から軽い身のこなしで石壁を登り終えた霧雨 悠月(ka4130)は、見張りの姿を見咎める。神楽のナビ通りに動いたからだろう、あちらはこちらに気付いている様子はない。
 彼は獲物に詰め寄る狼を思わせるような足運びで、無音のままに見張りの背後まで詰め寄ると、愛刀の峰を首筋へと叩き込んだ。
 昏倒した見張りを支え、音を立てないように地に伏せさせると、彼方から銃声が響いた後に「全見張りの無力化を確認っす。んじゃ、突入開始って事で」と通信機から報告がもたらされた。
 それを確認した霧雨は、石壁の上から廃砦の陣中へと降り立った。銃声にざわついていた盗賊が侵入者に気付く。霧雨は寧ろその注目を集めるように、高らかに告げた。
「僕は軍から依頼を受けて君達を討伐しに来たハンターだ。他にも仲間が居る。どうして軍から討伐依頼が下されたか、身に覚えはあるだろう? 罪を悔いている人が居るのなら、大人しく降伏してくれないかな」
 霧雨の降伏勧告。その返答は──抜刀。盗賊達は次々と刀を抜き放った。
「なあ、おい。あんた男か、それとも女か?」
 盗賊の一人が、中性的な容姿の霧雨へ問いを向ける。しかし彼は返答を待たずに「まあどっちでも良いか」と呟くと、口端を醜く歪めた。
「斬ってみればすぐにわかる。あんた知ってるか? 男と女じゃ斬った時の感触が違うんだ。──どっちが気持ち良いかは言わずともわかるよなぁ?」
 他の盗賊達も一様に浮かべる下卑た笑みを見て、霧雨もまた微笑を零した。怒りという感情がある一点を超えた時、心情と相反した表情を浮かべる事もあるのだと、霧雨は知った。
「……君達に良心を求めた僕が間違ってた。もう良いよ、もう命の保証はしない。今よりこの霧雨悠月が、闇路の案内人を仕ろう」
 今しがた見張りを峰打ちで無力化したばかりの刀身を返して、盗賊達へと刃を向ける。身体の重心を低くした構えは、さながら獲物を正面に捉えた四足獣のそれ。
「せめてこの胸の昂ぶりを、君達の血で晴らさせてよ」

「今日は晴れていて良かったわ、バーベキューには持ってこいだもの」
 晴天の下、肉の焼ける匂いが鼻孔を満たす。だが、ろくに下拵えもしていない肉が放つ悪臭に、霧崎 灯華(ka5945)は不快な眉間を顰めた。
「やっぱり、最低限毛を毟って、皮を剥ぐくらいの事はしないと駄目ね。内臓と血も抜かないといけないかしら。まあどっちにしろ、人間のお肉なんて食べる気もしないけどね」
 火精を宿した符を手に持って、周囲に屯す盗賊達へと向ける。右へ左へと揺れる手先は、次に誰を焼殺するか考えあぐねているというよりは、まるで精肉店に並ぶバラとミンチのどちらを今晩の夕飯に使うか、そんな些細な選択に悩んでいるかのようだ。
「く、狂ってやがる……」
 仲間を丸焼きにされた盗賊達が、狂人を見る目を霧崎へと向けた。
「あら、心外だわ。あなた達にそんな事言われるなんて。あなた達が襲った村の中には、村人全員が炭にされた所もあったらしいじゃない。まさか弔う気があったわけじゃないでしょ? だって、明らかに生きたまま火に掛けた形跡が残っていたらしいものね」
「し、知らねえよ。俺達じゃねえ。きっと他の連中が──」
 頭を振って弁明を口にする盗賊に、霧崎は不出来な生徒を諭すように、優しく微笑み掛けた。
「ああ、違うのよ。別に責めてるわけじゃないの。あなた達が何をやったのかは興味がないもの。あたしはあなた達を血祭りに上げられれば──いえ、火祭りかしら? ともかく、あたしはあたしが愉しければそれで良い」
 扇状に広げた符の先に火が灯る。
「あたしの流儀は見敵必殺。手加減はしないから、覚悟してね。ああでも、好みの焼き加減があるなら言って頂戴。レアにミディアム、それともウェルダン? 好きなように焼いたげる」
 火扇が舞う。──爆ぜる火炎、そして阿鼻と叫喚の三重奏を背景音楽として。 
 踊り手は、ただただ狂喜乱舞する。

 振動刀と電撃刀──二振りの刃は、正確無比に盗賊達の腱を断つ。肘、膝、足首。主要な関節を繋ぐ腱を切られた盗賊達は、糸の切れた操り人形のように無様に倒れる。
 さながらまな板の上の鯉を捌くかの如く、リカルドは盗賊達の関節に刃を差し込んでいった。いやともすれば、料理人として振るう包丁捌きの方が、まだしも食材に対する感謝と労わりが籠められていただろう。それ程までに、その刀捌きには感情が欠落していた。その無機質な戦闘技術は、一体彼の何に起因するのか。
 少なくとも、人体の破壊法に精通していなければ不可能な技だ。人間の何処をどういう風に壊せば、何処がどういう風に壊れるか、それを知識としてだけでなく、身を以って経験していなければ。
「器用な真似をしますね」
 共に剣戟の中に居たメリエが、こちらも同じく二刀を携えて、リカルドに語り掛ける。
「なあに、昔取った杵柄ってやつさ。大して自慢できるようなもんじゃない」
 直刀黒刃──忍者刀風に拵え直した電撃刀を逆手から順手に持ち替えながら、リカルドが応じる。
「あんたこそ、えらく番カラなやり方してるじゃないか」
「こんな低俗な連中に、刀を使う気にならないだけですよ」
 苛立ちも露なメリエの刀には、一滴足りとも血が付いていない。
「このアマ、気取ってんじゃねえぞぉ!」
 盗賊が一人、刀を振り上げ斬り掛かって来る。──右上段からの袈裟蹴り。
「──おそい」
 メリエは体軸を僅かに動かすだけで、これを避けた。剣風だけが僅かに肌を撫でる。
「この阿呆が……!」
 ただそれだけの感触ですら不快極まるとでも言うように、悪態を口にしながら容赦ない回し蹴りを盗賊のあばらに叩き入れた。骨を砕いた事を足応えで悟る。
「骨で済んだだけ、有難いと思え」
 唾を吐き捨てそうな剣幕で、悶絶しながら倒れた盗賊を見下ろす。
「おうおう、随分とまあ格好良い真似してくれるじゃねえの、嬢ちゃん」
 劣勢に尻込みする盗賊達を押し退けながら進み出て来たのは巨体の男。その肩には野太刀──というよりは中華風斬馬刀に似た、幅広の刀身が乗っていた。
「リカルドさん、あれは私に譲って頂けませんか?」
「構わんぜ。じゃあ俺は露払いでも務めさせて貰おう。そういうのは得意でね」
「では、健闘を」
「そっちもな」
 巨漢の方へと向かうメリエを見送りながら、リカルドは双刀をゆるりと構え直す。
 直後──視界の外から斬り付けて来た刀を、振動刀の鍔元で受け止める。止めた刀を鍔で絡め取ってその柄を握る盗賊の体勢を崩すと、背骨に沿った線上の二点──喉と鳩尾へ電撃刀を突き刺した。
「ああ、悪いな」
 近くの蠅を振り払うかのような自然な手際で瞬殺せしめた盗賊の骸に、リカルドは一瞥を向ける。そして、その手際に戦慄を覚え二の足を踏んでいる盗賊達へ、湖面の蒼と血濡れた赤──二色一対の視線を巡らせた。
「死角から攻めるのはお勧めしない。手癖を抑えられんのでね。まあ、一思いに死にたいってんなら止めはしない。あんたらの命だ、好きに使いな」

 大剣が唸りを上げて、頭上を過ぎ去る。肩から上がる蒼い燐光混じる陽炎が、剣風に煽られたかのように逆巻いたが、それだけだ。既に数合、剣撃のやり取りを交えたものの、ただの一刃とてメリエは浴びていない。だが戦況が一方的に優位な状態で進んでいるとは明言できなかった。
 巨漢の横薙ぎを掻い潜りながら双刀を振るう。胴を捉えた斬撃は、しかし分厚い肉の壁の奥まで届かない。
「この肉達磨が……!」
 舌打ちを漏らしつつ、巨漢との距離を取る。
「がはは、痒いぜ」
 脂肪を蓄えた腹には痛覚が通っていないのか、それともただ頭が鈍いだけなのか、幾度も斬り付けられておきながら、巨漢に痛みに堪える様子はない。
「埒が明かん。──もう良い、足を止めてやる。打ち込んで来い」
 メリエは双剣を下げると、その場に棒立ちになった。巨漢はその行動の思惑を見破ろうと、攻めの手を止める。
「豚が一々頭を使うな。脂肪の詰まった頭で何ができる。貴様も剣士の端くれなら、考える前に剣を振るえ。──それとも貴様は本当に、ただの家畜か?」
「ガキが、挽肉になった後で後悔しやがれ!」
 巨漢は斬馬刀を振り上げ、全身の肉を震わせながら突進した。その勢いは、豚というよりは猪が相応しい。振り下ろされた刀身が、絶大な威力で地を割った。
 舞い上がった土煙が次第に晴れてゆく中──二条の白刃が閃く。
「技が一々大振りなんだよ。所詮は、下種の剣だな」
 地に食い込んだ斬馬刀の刀身に降り立ったメリエ。彼女の両手に収まる双刀の刀身は、さながら鋏のように交差して、巨漢の首を挟んでいた。
「た、頼む、せめて、命だけは──」
「貴様はその言葉に耳を傾けたのか?」
 ヂョキン、と。豚の命乞いを無視して、無慈悲な鋏が閉じ切った。

 時には喉笛を噛み殺す。時には腸を抉り出す。獲物と交錯する度に血飛沫を上げながら、修羅場を駆け抜ける一匹の狼の牙。霧雨の愛刀──その切先は幾多の血を浴びても尚、気高き狼牙の幻影を作り出す。
 牙の次の獲物に選定された盗賊が、怒号か悲鳴か区別の付かない声を上げながら、飛び掛かって来る獣の頭に刀を振り下ろす。
「僕の牙はそんな穢れた剣に──」
 だがその牙に歯向う生半可な剣は、
「──折られやしない!」
 抵抗虚しくへし折られる事になる。
 根本から刀身を断ち斬られ、腰を抜かした盗賊。その首筋に牙の刃紋が浮かぶ白刃を突き付ける。
「どうするの? まだ続けるなら、僕は構わないよ。ほんの少しだけ、愉しくなってきたところだからさ」
「わ、わかった、降伏する」
 どこか嗜虐的な笑みを浮かべる霧雨の勧告に、盗賊は刀身を失った刀を放棄した。その他に生き残った者達もそれに従って降伏の意思を示す。
「なあんだ、もう終わり? 最初からそうしておけば良かったのにね」
 戦闘の愉悦冷めやらぬ霧雨は、ただ至極残念そうに首を振るうと、血払いを済ませた愛刀を鞘に納めながら、斬り捨てた骸達に弔いの言葉を投げた。
「そうすれば死なずに済んだのに。まあ、せめて死出の道には迷わないようにね──最も君達の逝き先は、地獄以外には有り得ないだろうけど」

 鬼の豪腕が唸りを上げる。空を引き裂き、天へと突きあげるアッパーカット。しかしその一撃は虚しく虚空を貫くのみ。
「畜生が……!」
 代わりとばかりに胴を浅く薙がれる。鋼と見紛うばかりに逞しい腹筋も刃の侵入ばかりは防げない。
「キキャキャ、鬼を斬った、鬼を斬た!」
 万歳丸が相手取るのは、脇差を振るう小柄な男。甲高い声で興奮する男は、その身のこなしから考えて疾影士──東方で忍者と呼ばれる暗殺者だろう。
 この忍者との戦闘に入ってから、何度も同じ事の繰り返しだ。万歳丸の周囲を韋駄天の速度で駆け回り、不意に手裏剣を一挙動で五つ広角投擲を放つ。それを盾籠手で防ぐ万歳丸へと脇差を翳しながら接近し、迎撃の拳を躱すと、振り抜きの速度だけを重視した浅い斬撃を浴びせて離れる。刀傷そのもので仕留めるのではなく、失血による消耗を狙った陰湿なやり口。忍者の名に恥じない戦術である。
「──これじゃ切りがねえ。ちっとばかり、捨て身で行かせて貰うぜ」
 突如──万歳丸の総身を覆うように、黄金色のトライバル模様が浮かび上がった。
「覇亜々々々々亜ッ!」
 その輝きは次第に増してゆき、眩いほどの光量で辺りを照らし。獰猛な笑みを浮かべた、その神々しくも凶々しいその姿はまさしく──鬼神。
「キキャキャ、光った光た? だけど斬る!」
 忍者が手裏剣を投擲する。しかし今度は、盾籠手で応じない。前面被弾面積を狭くした半身の構えを取り、甘んじて受ける。肩と太腿を抉られたが、代償を払ったお陰で隙を最小限に抑えた。
 忍者は構わずに斬り掛かる。脇差による速攻。──しかしその刃が届くその前に、万歳丸は忍者の腕を取った。
「羅亜々々々々亜ッ!」
 身に積んだ技巧と身に溢れる剛力で、忍者を上空高くまで放り投げる。
「キャキ!?」
「そこなら、躱しようがねえだろ?」
 不敵に笑んだ万歳丸の拳へと、その身を覆う氣が収束していく。
「俺の拳が輝き叫ぶ! 黄金掌──ソウゥキリィィィン!!」
 突き出した正拳から放たれたのは蒼い燐光の軌跡を残す麒麟。荒ぶる聖獣は空を舞う忍者を呑み込むと、砦の四方にある石壁に激突して霧散した。後に残されたのは、石壁にめり込んだ忍者のみ。
 黄金の闘氣に身を包んだまま、万歳丸は大見栄を切った。
 カカッ、カン!
「見たか、聞いたか、震えたか! 万歳丸の名に懸けて、俺の拳は何人をも打ち砕く! 恐れぬ者は掛かって来やがれい、その刀ごと粉微塵にしてやんよお!」

 戦場に薔薇の花弁が舞う。それは、剣姫がその身に纏った溢れんばかりの剣気が視せる、幻の華。しかしそれは、幻影でありながら確かな質量を持っていた。幻に魅入られたかのように、花弁の中心に立つ紅薔薇へと斬り掛かる盗賊達──
「木花咲耶姫よ──弔花を供え賜え」
 紅の光を纏う刀による広範囲同時高速迎撃。
 ──彼らが花弁に触れた刹那、その首筋にも血の華が咲き誇る。否、それもまた幻。盗賊達の首筋に触れるその刹那、刀身は悉く峰に返されたのだから。しかし彼らは皆、致死の錯覚に囚われ昏倒した。
「見事な腕だ、相当の使い手と見受ける」
 紅薔薇の前に歩を進め、しかし彼女の間合いに入る前に足を止めた一人の男。彼が取った青眼の構えを見て、紅薔薇は目を細めた。
「そう言うお主も、並の剣士ではなかろうよ。どうやら大人しく引く気はないようじゃし、死合うというのならせめて、名くらい告げても良いのではないか?」
「ではまず、そちらが名乗るのが道理ではないか?」
「それもそうじゃの、妾は紅薔薇──いや、これは剣士同士の戦じゃった。ならば真名を告げる事こそ、本当の作法よな。心して聞くが良い。──島津珠姫、それが今よりお主と刃合わせる者の名じゃ」
「……島津だと?」
 東方の名家──島津の名を聞いて反応を示すという事は、彼の出自はやはり──
「やはり東方の出か。……お主らの現状には、妾にも責があるのかもしれんの」
 紫の瞳に宿るのは、悔恨と──憐憫。東方の守り手として土地を守る事は辛くも叶った。しかしそこに住む人の営みを守れないのでは、その功績も虚しいものだ。
「──ふざけるな、島津の剣士よ! これは剣士同士の戦、そう言ったのはお前ではないか! ならば、情も言葉も必要ない! 刀を持つ者が対峙して、刃に生と死を委ねる他に何をする事がある!」
 男の──いや侍の叫びを聞いて、紫瞳から曇りが失せた。
「──ああ、妾の全身全霊を以って御相手しよう」
 紅薔薇は刀を持つ腕を引き、刀身を水平に構える。侍もまた、上段に刀を振り上げて唐竹の構えを取った。
「井伊直正──忘れるな、それがお前を殺す者の名だ」
「忘れるものか。妾が殺す者の名じゃ」
 二条の白刃が閃く。脳天唐竹割りの一刀に──
「月読命よ──闇路を照らし給え」
 淡い光の軌跡を残す刺突が先んじた。
「今は眠れ、同胞よ」
 心の臓腑を貫く刀の柄を握りしめたまま、紅薔薇は葬送の言葉を口にした。

 旋棍ほど応用性に富んだ武具もそうはないだろう。只の棒切れを二本組み合わせただけの外観とは裏腹に、その攻撃パターンは多岐に及ぶ。
 打撃部位を反転すれば、攻撃の間合いが長と短に切り替わる。この切り替えをインパクトの瞬間に行えば、振るった打撃は間合いを惑わす幻影の一手となるのだ。
 そして持ち手を変えれば、無刃の鎌としても機能する。時には身体に引っ掛けて敵を引き寄せ、時には敵の刀を絡み取る。そもそも剣士との戦闘を想定して作られたとされるこの攻防一体の武具は、成程、この剣戟の音が鳴り響く舞台にも相応しいと言えた。
「ヘイヘイヘイ♪ 刀があと百本は足りないんじゃないんデスカー?」
 刀を取られ無防備になった盗賊の鳩尾に、旋棍の一打を見舞い吹き飛ばしてから、クロードは高らかに挑発の台詞を口にする。
 その背後には、刀を納刀したまま円の軌道を描くように舞い剣撃をいなしつつ、柄頭や鐺を盗賊の正中線に叩き込む正宗の姿。彼女らの周囲には幾人もの盗賊達が昏倒している。
「小娘共、これ以上好き勝手に暴れて貰っては困るな」
 二人の戦乙女の猛威を前に攻めあぐねる盗賊達を掻き分けて、進み出た男が一人。途端に周囲の盗賊達から歓声が上がった。つまり彼は、この盗賊団の支柱の一人という事だろう。
「クロード、後ろを任せてよろしいですか?」
「ハイハイ、お任せアレ♪」
 正宗の申し出に、クロードが揚々と頷いた。
「一人で良いのか、小娘」「十二分です」
 抜刀を戒める下緒を解く。左手で鞘を握り、納刀したまま刀を前に突き出す。右手を左手首の上に置いて、正宗は静かに開戦の声を告げた。
「では、来ませい」
「待ちの構えか……、ならばっ!」
 男は抜刀した刀を右上段に構えると、瞬速の踏み足を放った。正宗の反応速度を上回る、驚異の剣速。抜刀術が放たれる前に、男は己の刀の間合いに正宗を捉える。
 だが、袈裟切りの軌道を描く筈だった白刃は、鋼板が覆う鞘に阻まれる。鞘の反りを滑った斬撃が下段に流された。
「──まだっ!」一刀目をいなされても尚、刀身を返して二刀目を構える。──「なっ!?」しかし左下段からの切り上げは剣速が乗る寸前、鞘を握る左手首を捻り更に右手で鍔を押さえ付けるようにして半回転した正宗の刀──その柄に叩き落とされた。
「──御命頂戴仕る」
 活殺流の納刀術は、その全てが抜刀術に至る一段目の技だ。つまり、活殺流の活人剣を体得するという事は、同時に殺人剣をも会得するという事に他ならない。
 今しがた繰り出された活殺流納刀術『回天』もまた、相手の刀を叩き落とした後に逆手に柄を握って抜刀し、左手で峰を押し出しながら無防備になった首筋を裂く為の一段目に過ぎなかった。
「残りの方は、如何なされますか?」
 裂傷から血を零しながら倒れた男を振り返る事もなく、正宗はクロードを多勢で囲む盗賊達を一瞥する。その視線に殺気はない。聖も邪も、善も悪も、愛も憎も視ず──ただ天秤の傾きだけを観察し続けろと、自分に課した瞳。
 その視線に射抜かれた盗賊達は、一人、また一人と刀を放棄した。

「何処へ行く気っすか」
 砦の外へ逃れ出ようとする盗賊の前に、監視役を引き受けていた神楽が立ち塞がる。その手には戦槍が握られていた。
「た、頼むよ、見逃してくれ」
 懇願する盗賊に、神楽は溜息を漏らした。
「……正直に言えば、別にあんたらのやった事を責める気はないんすよ。所詮この世は弱肉強食。どう言い繕った所で、その現実は変わらないっす」
「なら──」
「けど、今更尻尾巻いて自分だけ逃れようってのは、筋が通らない。次はあんたが喰われる番だろ? あんたらが始めた事だ、最後まで貫けよ。──小悪党にも、道理ってのはあるんすよ?」
「ヒィッ!?」
 迫る戦槍に悲鳴を上げる盗賊。その鳩尾に槍が突き刺さる。
「──腹を壊しそうっすから、喰うのは俺じゃないっすけどね」
 石突の一撃を受けて昏倒した盗賊を見下ろしつつ、神楽は先程の言動を省みて頭を掻いた。
「らしくない真似してしまったっすね。まあ誰も見てないから良しとするっすか」

 他の者達が投降した盗賊を捕縛して、軍から借り受けた牛車に収容している最中に、リカルドは血臭漂う砦の中を単独で、まだ息がありながら自力では動けそうにない者を探し歩く。やがて、骸に埋もれるようにして伏せる生存者を見つけ出した。
「……もう、こいつは駄目だな」
 まだ辛うじて生きているだけの、死に体を。
「……ぅぁ」
 最早、意味のある言葉すらも吐けない程に弱り切った男の傍に跪くと、左胸に刃を立て──
「今、楽にしてやるからな」
 一思いに心臓を突き刺した。男は一瞬身体を強張らせたが、すぐに弛緩して息を引き取った。それを看取ったリカルドは立ち上がって、また歩き出す。
「さて、と──じゃ、次を探すとするかね」
 介錯の血に汚れた刀を手に取って。


 盗賊を囚えた牛車を引き連れて、一行は帰路を辿る。左右を林に挟まれた一本の街道を行く最中、
「止まれ!」
 木陰から現れ出た十数人の男女が、一行の前に立ち塞がった。彼らの手には、鎌や鍬といった農具が握られている。
「なんだなんだ? 凱旋にはちと早いぜ?」
 万歳丸が呵々と笑いながら拳を打ち鳴らす。
「あんた達が生け捕りにした盗賊達を渡せ」
「どうしてデスカ?」
 クロードの問いに、集団の一人──血気盛んな男が応えた。
「俺達は奴らが襲った村の生き残りだ。俺達には復讐する権──」
 男の弁舌の途中で、霧崎が突然、最高の喜劇でも鑑賞しているかのように笑い出した。
「あー笑った笑った──あら、どうしたの貴方、顔が真っ赤よ?」
 一頻り笑い終えた彼女は男の前に笑いながら歩み寄ると、彼が手に持つ鎌の刃を撫でる。掌にできた裂傷から溢れる血を男の頬に擦り付けると、その耳元で囁いた。
「人の獲物に手を出して、まるでハイエナね。あたしそういう手合いが、とっても大好きなのよ。──殺したいほど、ね?」
「っ!?」
 鼓膜を侵す熱い殺気に怖れをなした男は一歩、そしてまた一歩後退った。
「あら、今度は顔が真っ青よ?」
 クスクスと笑みを漏らす霧崎。だが男は、後ろに下げた足を前へと一歩踏み出した。
「ふざけるな……! 俺の妹を奪い、穢し、殺したあいつらに、この怨みを刻み付けられるのなら、獣にでもなってやる。喩えこの身が地獄の火に焙られようとも、あいつらを一人残らず根絶やしにできるのなら構わない!」
「へえ……」
 男の叫びを聞いた霧崎の手が、呪符へと伸びる。

 天秤が、揺れる。
 誰を斬れば良いかは明白だ。傾いた側に乗らなかった一人──その一人を斬れば、天秤はまた平行を保つのだから。
 天秤の守り手よ、その剣を振るえ。

 それまで静観していた正宗が、柄に手を掛けて前へと進み出た。斬るべきは、熱の籠った弁舌を口にする男。その血を浴びれば、他の者の興奮も冷めるだろう。
 刀身が鞘内を走ったその刹那──
「──何の、真似ですか」
「ちっと落ち着けよ、鞘」
 白刃の半身が姿を現した状態で抜刀を阻止したのは、柄頭を押さえる万歳丸の剛力だった。正宗と万歳丸、互いに押し合いをしながら、両者は視線をぶつけ合う
「私は、至極冷静です。私が血に、酔っているとでも?」
「そうは、言ってねえさ。ただ、斬る相手くらいは──」
 ──選べって言ってんだ。そう口にした瞬間、正宗の瞳、その奥底に憤怒とも哀惜とも区別の付かぬ感情が過ったのを、万歳丸は見て取った。 
「私はもう二度と選ばない。選んではならない」
 正宗が鞘を払い落して、抜刀を果たしたその時──
「約束した筈っすよ、サヤっち。俺達の獲物には手を出さないって」
 神楽が刀身を掴み取った。刃が掌を切り、血が伝う。
「神楽!? 血が出て……!」
「ここは俺達に任せてくれないっすか?」
「わ、わかりました、だから早く放して、放してください!」
「ありがとうっす」
 尋常ならぬ正宗の反応を内心で訝しみつつも、とにかく正宗に刀を引かせた神楽は、村人達の方へと顔を向ける。
「えーと、もしも本当に復讐を果たしたいなら、ここは一旦俺達に預けてくれないっすか? あいつらを軍に引き渡せば、裁判の後、おそらく死刑になる筈っす。その処刑人に皆さんを推薦してみるっすから」
「……本当だろうな?」
「疑うのなら同行すれば良い。その方が話も早いしな」
「わかった。代表として俺が付いて行こう」
 リカルドの提案に男が頷いた。



「あの、神楽? 手の傷は平気ですか?」
 正宗が神楽へ遠慮がちに問うたのは、軍に捕縛した盗賊達を引き渡し、処刑人に村人の生き残りを推薦する話を通した後の事だった。今回は事情を鑑み、特例として申請が通ったようである。
「大丈夫っすよ。霊闘士の回復力を甘くみちゃ駄目っす」
 神楽は傷痕もない掌を見せながら答えると「そんな事より」と前置くと、
「これから甘い物でも食べに行かないっすか?」
 逢引の誘いを申し込んだ。
「いえ、折角ですが、そんな気分ではないので──」
「あ痛たたた、手の傷が急に!?」
 正宗が断ろうとすると、神楽は傷が癒えた筈の手を押さえて蹲る。
「……卑怯ですね、貴方は」
「駄目っすか?」
 しゃがんだまま見上げる神楽に、正宗は溜息一つ漏らすと、顔を逸らしながら呟いた。
「……あんみつなら、お供しても構いませんが」

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  • 大悪党
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参加者一覧

  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • 強者
    メリエ・フリョーシカ(ka1991
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 感謝のうた
    霧雨 悠月(ka4130
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 双棍の士
    葉桐 舞矢(ka4741
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士
  • 焼灼
    霧崎 灯華(ka5945
    人間(蒼)|18才|女性|符術師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/02 22:38:29
アイコン 相談卓
紅薔薇(ka4766
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2016/03/06 16:28:16