ゲスト
(ka0000)
ホワイトデェと、血と酒と ~闘コンの変~
マスター:ムジカ・トラス
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
●
厳しい冬の終わりを、陽の光の暖かさが告げている。軟らかな日差しに引き出されるように、活力が満ちてくる、そんな昼下がりのことであった。
「……そうかい、無事に届いたんだねえ」
だらし無くソファから足をはみ出したアカシラ(kz0108)は、満足げに頷いた。その手には、ハンターズソサエティを通じて届けられた手紙がある。
粗悪な紙だが、そこには想いの丈が綴られていた。それらを端的にまとめれば、こうなる。
“ありがとう”、と。
過日アカシラが振る舞った、『遅れに遅れたバレンタインデーチョコ』に対する礼であった。
そもそも、アカシラがチョコを作ると奮起したのは、王国の場末で見聞きした男達の嘆きが原因である。それを受けて、アカシラは立ち上がったのだ。大罪を犯した一方で、義理深い鬼なのだ、この赤鬼は。
ハンター達の尽力もあり、無事にチョコレートを作り配するに至ったアカシラであるが、一つ、問題があった。その男達が何処に居るのか、とんと解らなかったのである。
片手落ちに次ぐ片手落ち。途方にくれたアカシラであったが、拾う神が居た。
これまたハンターの発案で、件の声を聞いた店に届ける、というアイディアを頂戴し、無事に送り届ける事が出来たのである。
めでたし、めでたし。
……とは、成らなかったのだ。
●
「アイツらにも感謝しなくちゃいけないねえ……ん?」
満足気に手紙を読み進めていたアカシラだが、ふと目を留めた箇所があったようで、目を細めた。
「シシド」
「へい」
アカシラの傍ら、チョコレートを包装していた鬼が短く応じた。シシド、という。過日のチョコレート作り以来、余ったカカオを売り払いもせずにシコシコとチョコレート作りに精を出している、筋骨隆々の鬼(♂)だ。
「コイツはなんだい?」
そんなシシドは、今や世情に最も明るい鬼の一人である。チョコレート作りの同好の士ができたらしく、そこから何かにつけての情報を仕入れてくるようになったのだ。アカシラの手勢のなかで、西方風の色や恋を知り、世情についての知識を得ている数少ない一人であった。
「この、合コン、ってやつなんだけど」
「合コン……」
その名にようやく手を止めたシシドは渋く、目を細めた。気難しげな表情のまま、重く、その口を開く。
「たしか……男、女双方が連携し――あるいは個人の力で望むものを手に入れる……っていう、アレじゃあないですかぃ。たしか宴会の一種だったはずだ。ツワモノは猛禽と呼ばれ隠した爪であいてを抉り、優れた獲物は300万の値が付くこともあるとか」
「ほぅ。シシド、流石に詳しいね」
「いやァ」
シシドは頬を染めながら、つんつんと包装の紐の形を整えた。そうして、その出来栄えをみて満足げに何度も頷きながら。
「姐さんのお陰でさァ」
「アンタの頑張りさ。胸ェ張りな!」
そう結んだ。そんなシシドを見るアカシラにも満足げな気配が滲んでいた。
そんな彼女が手にした手紙には。
――ホワイトデーも近づいております。よろしければ、お礼に合コンをセッティングさせて頂いても……。
そんな言葉が、書かれていたのだった。
●
後日。ハンターオフィスに依頼が投げ込まれた。
『来るホワイトデェ、お礼参りすなる者多く在り、相談の末、合コンなるを決行するに至った。
ついては、メンバァを募らむ。
我こそはと云ふツワモノ、求む』
あってるんだかあってないんだかさっぱりわからない、ミミズの張ったような字の依頼書きには、こんな名前が添えられていたのであった。
アカシラ、と。
厳しい冬の終わりを、陽の光の暖かさが告げている。軟らかな日差しに引き出されるように、活力が満ちてくる、そんな昼下がりのことであった。
「……そうかい、無事に届いたんだねえ」
だらし無くソファから足をはみ出したアカシラ(kz0108)は、満足げに頷いた。その手には、ハンターズソサエティを通じて届けられた手紙がある。
粗悪な紙だが、そこには想いの丈が綴られていた。それらを端的にまとめれば、こうなる。
“ありがとう”、と。
過日アカシラが振る舞った、『遅れに遅れたバレンタインデーチョコ』に対する礼であった。
そもそも、アカシラがチョコを作ると奮起したのは、王国の場末で見聞きした男達の嘆きが原因である。それを受けて、アカシラは立ち上がったのだ。大罪を犯した一方で、義理深い鬼なのだ、この赤鬼は。
ハンター達の尽力もあり、無事にチョコレートを作り配するに至ったアカシラであるが、一つ、問題があった。その男達が何処に居るのか、とんと解らなかったのである。
片手落ちに次ぐ片手落ち。途方にくれたアカシラであったが、拾う神が居た。
これまたハンターの発案で、件の声を聞いた店に届ける、というアイディアを頂戴し、無事に送り届ける事が出来たのである。
めでたし、めでたし。
……とは、成らなかったのだ。
●
「アイツらにも感謝しなくちゃいけないねえ……ん?」
満足気に手紙を読み進めていたアカシラだが、ふと目を留めた箇所があったようで、目を細めた。
「シシド」
「へい」
アカシラの傍ら、チョコレートを包装していた鬼が短く応じた。シシド、という。過日のチョコレート作り以来、余ったカカオを売り払いもせずにシコシコとチョコレート作りに精を出している、筋骨隆々の鬼(♂)だ。
「コイツはなんだい?」
そんなシシドは、今や世情に最も明るい鬼の一人である。チョコレート作りの同好の士ができたらしく、そこから何かにつけての情報を仕入れてくるようになったのだ。アカシラの手勢のなかで、西方風の色や恋を知り、世情についての知識を得ている数少ない一人であった。
「この、合コン、ってやつなんだけど」
「合コン……」
その名にようやく手を止めたシシドは渋く、目を細めた。気難しげな表情のまま、重く、その口を開く。
「たしか……男、女双方が連携し――あるいは個人の力で望むものを手に入れる……っていう、アレじゃあないですかぃ。たしか宴会の一種だったはずだ。ツワモノは猛禽と呼ばれ隠した爪であいてを抉り、優れた獲物は300万の値が付くこともあるとか」
「ほぅ。シシド、流石に詳しいね」
「いやァ」
シシドは頬を染めながら、つんつんと包装の紐の形を整えた。そうして、その出来栄えをみて満足げに何度も頷きながら。
「姐さんのお陰でさァ」
「アンタの頑張りさ。胸ェ張りな!」
そう結んだ。そんなシシドを見るアカシラにも満足げな気配が滲んでいた。
そんな彼女が手にした手紙には。
――ホワイトデーも近づいております。よろしければ、お礼に合コンをセッティングさせて頂いても……。
そんな言葉が、書かれていたのだった。
●
後日。ハンターオフィスに依頼が投げ込まれた。
『来るホワイトデェ、お礼参りすなる者多く在り、相談の末、合コンなるを決行するに至った。
ついては、メンバァを募らむ。
我こそはと云ふツワモノ、求む』
あってるんだかあってないんだかさっぱりわからない、ミミズの張ったような字の依頼書きには、こんな名前が添えられていたのであった。
アカシラ、と。
リプレイ本文
●
拝啓、愛すべき家族たち。
俺はついにこの日を迎える事が出来た。
そう、記念すべき、初の合コン……。
心臓が爆発しそうなくらいの期待と表裏一体の不安を胸に、俺は一歩を踏み出した。
●
「……なんだこりゃ」
草花が青々と茂る草原を前に、低い声が地に落ちた。漢、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の、悔恨に満ちた声だった。
燦燦と照る、幸いの陽気のはずが。
この上無く、
空気が、
悪いです……。
●
犇めく殺気、あるいは高揚。それらの発生源は集うたハンター達だ。
「よぅ、よく来てくれたねぇ」
そんな空気を知ってか知らずか、アカシラはハンター達を鷹揚に迎えた。彼女の後ろに控える鬼たちもウス、と小さく目礼すると、三々五々に散った。会場の設営を仰せつかったらしく、机や椅子、その他に皿などを並べたりと遅滞なく動く鬼たちを見て、幾人かのハンター達も手伝いに回ったようだった。公園を出て行った鬼も居たが、おそらく、食事の調達に向かったのだろう。
「アカシラお姉さま、今日はよろしくですのー」
「おぅ、チョコ……」
快活に応じようとしたアカシラがその名を呼ぶ前に、チョココ(ka2449)の可愛らしいおなかが、ぐぅぅ、と低く唸った。チョココはその小さな手でぽぽん、と腹を撫でると、
「今日この日を、腹ペコでお待ちしておりましたわ」
と、華のように笑う。無垢な笑みに、アカシラは――何故か――獰猛に歯を剥いて笑みを作り、「喰いすぎて腹ァ壊さないようにしなよ」と言った。
たまさか近くを通り過ぎた鬼が「お嬢ちゃんはこっちだ」と小声でチョココの背を押すと、「はいですのー」と素直に応じて離れていく。満足気にそれを眺めるアカシラであったが、そこに、声が掛かった。
「おや、アカシラさん……先日はチョコレート、ありがとうございました」
「おー、タケシに、クレールか」
「はい!」
巨漢の米本 剛(ka0320)とクレール(ka0586)であった。しっかりと装備を固めた二人に対して、アカシラはまず頭を下げた。
「先日は世話になったな。お陰で……いやまぁ、ちょいと遅れちまったが、なんとか配れた」
「いえ! 私こそ嬉しかったです!」
ブンブンと、音が成程首を振ったクレールは嬉しげに微笑みを浮かべる。
「皆で一緒に作ったチョコレートを、皆さんで一所懸命作ってくださって……」
万感の思いを込めるクレールに、アカシラも面映ゆそうに鼻の下をこする。
「私……大切にしますからっ!」
「あ?」
クレールの、まごころ満載の言葉に、アカシラは暫し言葉を失った。彼女の気持ちも分かるが故に考え、悩み抜いた末、漸く出た言葉は――。
「……気が向いた時でいいから、食べておくれよ」
「はいっ!」
やりとりを笑みを浮かべて見守っていた剛は盾を掲げると、
「礼には礼で返させていただきますよ」
と、太く、笑みを深めた。アカシラは拳でその盾を軽く叩くと「楽しみにしてるよ」と嬉しげに応じ、剛もまた盾をもつ手に力を籠め、押し返したのだった。
●
「この辺りにしましょう」
少女の言葉に足を止めたのは、ミィリア(ka2689)である。桃色の髪が揺れる中、同じ色の瞳はまっすぐに相対する少女を貫いた。牡丹(ka4816)。見た目は童女と言っても差し支えないミィリアに比して、背丈は牡丹のほうが頭ひとつ分は高い。
「手加減はしないからね!」
「当たり前よ」
興奮のあまり語尾をつけ忘れたが、ミィリアは気付きはしなかった。相対する牡丹には、その胸中が手に取るように分かる。
全長3メートルを越す大業物を手にするミィリアの頬は上気している。寒さのせいだけではあるはずもない。
二人は互いに、同じものを見ている。同じ、頂きを。だからこそ、この相対は必然だった。高揚に微笑みを浮かべるミィリアと、静かに息を整える牡丹。どちらもその裡に熱を高めていた。
「決闘、かぁ……」
彼女たちの意向はその他のハンター達も識るところである。仁川 リア(ka3483)はそんな二人の話を思い返しながら、ぽつりと呟いた。
「どうかしたのですか?」
「……いや」
恋仲である夕凪 沙良(ka5139)が物思いに耽るリアに問うと、返ったのはそんな言葉だった。つい、と袖口が強く引かれるに至り、リアは苦笑を零す。
「ちょっとだけ、羨ましくて」
「……」
『繋がり』が自らの力を育んできた、と思うリアにとって好敵手の存在は願ってもないものなのだろう。それは、沙良には叶えられない距離でもあって。
「……そうですか」
近しいからこそ叶えられないこともある。言いよどんだ末の言葉にリアは目を細めると、ただ、こう言った。
「頑張ろうね」
「――はい」
「……最高に盛り上がってますね」
「ええ? いいじゃん、恋せよ若人、ってなもんさぁ」
そんな牡丹とミィリア、リアと沙良をぼんやり遠くに眺めながら、マッシュ・アクラシス(ka0771)と鵤(ka3319)は軽口を叩き合っていた。
「マッシュ君は良かったのかい」
「何が、ですか?」
「いやぁ……」
鵤が指し示す先では、メオ・C・ウィスタリア(ka3988)がゴースロンの背を撫でている。遠間から一見すると馬と戯れる美女そのものではあるが、その手には巨大な斧があり、撫でる手には『たかし丸』がある。迷惑そうなゴースロンを少し哀れっぽく見つめながら、マッシュは小さく息を吐いた。
「……要らぬ騒動に巻き込まれるだけですし、遠慮しておこうかと」
「はー、それはそれは……まぁ、違いない」
ゲラゲラと一人笑いながら、鵤はワインを掲げた。
「それじゃあ……」と声を上げたと、同時のことだった。
きぃ、と高音が響き渡った。
「……間に合ったか?」
クローディオ・シャール(ka0030)。愛車である自転車、ヴィクトリア号のタイヤ痕が、土で固められた通路にまざまざと刻まれていた。よほど急いできたのだろう。
「クローディオ君……何してんのぉ?」
ママチャリに乗った金髪のイケメン。見慣れたような気はするが、ヘルメットを外す姿がやはり最高にシュールで、笑みをこらえる鵤の顔面筋はすでに限界が近かった。漸くの思いで紡いだ言葉に、クローディオは。
「遅れた」
「……大丈夫ですよ。まだ始まっていません」
「それは良かった」
マッシュの言葉に生真面目に応じたクローディオがガチャガチャとカゴの中から幾つもの酒瓶を取り出すや否や、鬼達が気づいてそこに群がると、あっという間に持って行ってしまった。
手元には空のグラスが一つと、酒瓶が一つ残された。
「よかったので?」
マッシュが問うと、愛車の安全確認をしていたクローディオは首を振る。
「……道中で鬼に頼まれてな。断るほどの事でもなかったから、運んできたところだ」
「そうかいそうかい……んじゃま、ひとつ」
「ん」
杯が満たされると、することは一つしか無い。男三人、静かにグラスをあわせ、掲げた。
楽しそうなあちらはさておき、メオは愛馬の背を撫でつづけていた。始まるまでまだ時間があると知れ、ぐるぐると辺りを見渡す――と、すぐにその動きが止まった。
遠景に、槍持つウィンス・デイランダール(ka0039)の姿を認めたからだ。
じっと見ているが、ウィンスは不機嫌なしかめっ面を崩さないまま、足元の草の数でも数えているかのように微動だにしない。
「頑固な性格であることは知っておったがのぅ」
ふと、背から声が届いた。振り返ると、豊かな青色の髪のヴィルマ・ネーベル(ka2549)がグラスを手に近くまで来ていた。彼女が柔らかく馬の背を撫でると、その尾が機嫌よさ気に揺れる。
「最近は特に意固地じゃ」
「んー……?」
メオはメオで特に気にしないタチだったようで、ヴィルマな言葉がしっくりこないようで。「まあ、よい」とヴィルマは苦笑するとメオの肩を叩いた。
「怪我はせんようにの」
「ん、がんばるよー」
ウィンスを見つめていたのは、メオやヴィルマに限った事ではなかった。玉兎 小夜(ka6009)は赤い瞳を細め、くるりくるりと日本刀の持ち手を反して遊んでいるようだ。
聞き覚えのある名前だった。それは、彼女に縁のある人物の名前として。
「……あの人にきーめた」
「うおおおお……!」
どこか剣呑な様子の小夜とは打って変わって、鳳牙(ka5701)の楽しげな声が響いた。有り余る力が、どうにもこうにもならん! とばかりに拳をぶんぶんと振り回す。
「闘コン! 人間は面白いことを考えるんだな!!」
小柄だが、隆々たる筋肉が正念のポテンシャルを示している。その額には二本の角がある。同胞の言葉に、アカシラは微かな笑みを浮かべた。
「アタシも同感さ。ま、胸は貸してやる。思いっきり楽しみな」
「ああ!」
意気十分、といった調子の鳳牙の声に、アカシラが笑みを深めていると、後方で鬼達が、同じく鬼であるシシドを突っついていた。「なんでこんな事になってんだ?」「知らねえ。俺ァただ……」
そんな諍いが起こっている事は気にも留めず、喧騒の只中、アカシラのもとへと近づく小さな姿があった。
「うむ、妾も楽しませてもらうぞ」
「ああ、そうしな!」
完全装備の紅薔薇(ka4766)であった。刀の調子を確かめる紅薔薇は参加者の面々を見渡すと、「楽しそうじゃな」と、実に嬉しげに呟いた。そうして、アカシラを見やると、
「アカシラ殿は不調のようじゃな」
「ン? あぁ、まあな……」
言葉を濁すアカシラに、紅薔薇は屈託なく、こう言った。
「早く怪我を治すのじゃ。鬼に伝わる剣を見たかったが、弱った者を相手にしても妾がつまらん」
転瞬。
「……へええ?」
空気が、軋んだ。
「何様のつもりかしらねェが、ぶん殴られてェなら相手してやるぜ?」
●
「久しく、機導術頼りだったので!」
今日は、こちらで、と。クレールは木剣を掲げた。側には、銀 真白(ka4128)、七葵(ka4740)の二人がいる。闘うと聞いて真白の呼びかけに応じたのがクレールと七葵であった。その真白は生真面目に装備の調子を整え、万全を期している様子。七葵はそんな真白を横目に見ると少しばかり頬を緩めた。
楽しいのだ。互いの武をぶつけあう、その予感が、ただ。
「いいんだぜ、真剣をつかっても。勝手が違うだろ」
「……え、っと」
「お心遣いは無用」
「はい!」
七葵の言葉に驚嘆するクレールだったが、真白が応じるに至り、クレールもそれを容れた。
初戦はクレールと七葵。審判には真白が入る――と、そこで。彼方から、騒動の気配が響いた。故に。
「それでは、始めよう」
彼女もまた、そう言った。
●
やおら始まった闘コンをよそに、こちらも騒がしくなった。フォークス(ka0570)は紙とペンを手に鬼達に声をかける。とにかく、かけまくる。
「トト闘コンはじめるヨ――っ!!」
なんだそりゃ、と鬼たちが集まると、ざっくりと説明が始まった。
「ルールは簡単、勝つ方に賭けるだけさ。一口10,000G、当たれば勝ったほうで山分け」
人を喰ったような笑みで告げるフォークスには勿論、腹意がある。胴元には負けはない。そういうことだ。
「さあさあ、鬼ーサンたち、どうだい。ざーっと見て、ほら。あー、チンタラしてる間に決着つうかもしれなヨ」
フォークスにとっても、此処が勝負どころだった。タダ飯タダ飲おおいにケッコーでウェルカムだが、好機を逃す理由もない。
「さぁさ……ん? ウィンス? 彼はやめときなヨ、魂の反逆というより魂の反抗期だからネ」
闘コンに参加しないハンター達は三々五々散ってしまっており、見向きもしない。飯や酒、あるいは知人の健闘を見るばかりで、財布の紐が緩む気配もなかった。
「さ、一口10,000Gだー、あたったらデカイよー!」
「待ちに待った食事!」
アルスレーテ・フュラー(ka6148)はスプーンとフォークを手に、既に臨戦態勢だった。誂えられたテーブルにサラダピザパスタタンシチューチーズ以下省略と多量に食事を並べており品定めしている。
「ふふふ……せっかくの機会……今日は食べ過ぎ注意の箍を外すわ……!」
余談だが、アルスレーテは絶賛ダイエット中であった――はずだ。最も、そんなリミッターなどとっくに外れており、今、彼女は颯爽と湯気あげるマルゲリータを頬張り、歓声を上げる。
「おいしい……!」
「もいいいめふほ(おいしいですの)……!」
アルスレーテの喝采に、チョココが続いた。こちらはフォークでぐーるぐるとパスタを巻き取ると、口いっぱいに頬張って全力で咀嚼していた。
「嬢ちゃん達、いい食いっぷりだなァ」
と、二人の前にジュースが入ったグラスが置かれる。それを持ってきた鬼の姿にナンパか、と警戒したアルスレーテをよそに、声が降ってきた。
「我もよいかのぅ」
フラメディア・イリジア(ka2604)が――こちらは食よりも酒、といった様子で、麦酒を手にしている。
「もひほんべふほ(もちろんですの)!」
「もう……モチロンよ、どうぞ」
行儀の悪いチョココに、鬼が先程もってきたグラスを手渡しながらアルスレーテが言うと、フラメディアはにっし、と笑い、グラスを掲げた。
「ふっふ、よーし、よし。なれば乾杯じゃな!」
すぐにグラスが重なり、陽気な声と共に乾杯が交わされた。
「……ところで、どうしたの?」
暫しの後、バツの悪そうな顔で居座っている鬼がどこかくたびれているように見え、アルスレーテはそう言うと、鬼は肩を竦めた。
「いや……」
と、示す先。
そこは、なんとも言えない様相を呈していた。
一人の鬼が、絡め取られている。何か、柔らかく、どこか、卑猥な何かに。
『確かめさせて欲しいのな!』
『ふぁっ!?』
“彼女”はそう言って、意気揚々と近づいて来たそうだ。寒さを防ぐためのコートの隙間からは、黒い肌が覗いていていた。
『た、確かめるって……何を?』
生唾を飲み込んだ鬼たちに、彼女――黒の夢(ka0187)は快活に笑い。
『鬼ちゃん達の角の味!」
と、言い放ったのだった。
「姐御ォォォォ……」
悲鳴をあげる鬼の声は小さく、虚ろだった。筋骨隆々な鬼で、アカシラ直属の部隊として相応に武勇を振るうものには違いあるまいが、型なしである。
「ちょっと塩辛い……でも癖になるね! わぁぃ……♪」
鬼を組み敷き小さな舌を蠢かせる黒の夢は、その柔らかで、豊満な肢体で鬼を圧倒していた。あるいは、その舌でも。
「えへへ、筋肉もみもみしてみていーい?」
「うぉぉぉぉぉ、姐御ォォォォ……」
そんな悪魔的で蠱惑的な囁きに、鬼は為す術もなく呑まれっぱなしであった。
「……」
チョココが万が一にでも振り返らないように警戒するアルスレーテ。控えめに言ってもCER○に引っかかりそうな状況をこの幼気な彼女に見せるわけにはいかぬ、と。アルスレーテの自制心が奮い立っていた。
なればこそ、目の前の鬼も――ナンパの意図もないと解ったことだし――まあ、邪険に扱うこともないだろう。
「あなた達も大h「美味しいですの……!」ってそれは私のピザ……!」
「ほっほ、チョココはいい食べっぷりじゃのぅ!」
フラメディアは止めもせず、チョココの食欲を歓迎している一方、アルスレーテはチョココが咀嚼するピザを悲しげに見つめると、傍らの鬼に向かって、こう叫んだ。
「早くこの子のおかわり持ってきて……っ」
「へいへい……」
●
「合コンする気配が欠片もねえぞ……」
人知れず、ジャックの苦悶の声が溢れた。
「始まったねえ」
「ええ」
そんな声はさらりとスルーして。鵤とマッシュは縁側で茶を啜るような呑気さで酒を飲んでいた。
「目立った動きは無いな」
クローディオはワインの香りを味わいながら、ピスタチオを指先で転がしている。戦いぶりを肴にするつもりなのだろうが、現状だと中々派手さに欠けていた。無論、そこには意図もあるのだろうがと、見守る構えだ。
「ちっ……」
そんな男衆が頼りにならぬ、と、ジャックは周囲を見渡す。そうだ。この場には女性が結構な数いるのだ。なんたる僥倖!
見る。視る。観る。
アルスレーテとチョココ、フラメディアは絶賛お食事中。
メオから離れたヴィルマは草むらに座り、おっかなびっくりといった様子で観賞している。近くで動きがあればワンドを構えるのは何故なのか。
八代 遥(ka4481)は――と探したところで、目があった。視線に気づいた遥は小首をかしげていたが、何か思い直したようで微笑と共に近づいてきた。
「★▼■×!?」
ロックオン(注:疚しい意図はないことはジャックも了解している)されたと気づき――年甲斐もなく、ガタガタと震えだしてしまった。
――ど、どうする、俺様……!?
遥にしても、特に他意は無かったのだ。ただ、なんとなく皆ともっと仲良くできれば、というくらいで、これっぽっちも含む意図なんてありはしない。
「……ジャックさん?」
だから、呼びかけは至極まっとうで、親しげなもの。掲げたグラスにはスパークリングワインが注がれており、微かな音と共に淡い香りを弾けさせている。
ぎょほー、と震えるジャックから微かな奇声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。仲を深めるとは、相手を識るところから始まるのだ。否定するつもりはない。若干以上に理解もできなかったが……だから、遥はこう言った。
「良かったらご一緒してもいいですか?」
「ふ、ふぁい!?」
●
その公園で、ボルディア・コンフラムス(ka0796)の声はよく響いた。
「ッシャァ、オイ! 誰か俺と殴り合うヤツぁいねぇか? こちとら体が熱く滾って仕方ねぇんだよ!」
轟々と、大地を踏みしめての言葉には、熱がある。そして、その熱に応じぬ者達のほうがこの場には少なかろう。
「――それでは」
真っ先に応じたのは、巨躯を誇る剛である。何れも武者甲冑を着込んだ姿は重厚そのもの。ボルディアは大斧を、剛は拳銃と盾を手にしている点は違うが――その圧力は、よく似ていた。
「オアァ……ッ!」
疾駆したのはボルディアが先。雄叫びごと、まっすぐに剛へと向かう。剛は軽く後退しつつの銃撃。距離が詰まるまでに二度の射撃を見舞う。一発は半身になったボルディアが躱し、次の一発をもはや鉄塊と呼ぶべき大斧で受け止める。
「止まりませんか……!」
「ったりめェだ!」
相応の衝撃だった筈だが、ボルディアは怖じぬ。勢いのままに距離を詰めると、
「るゥァ……ッ!」
「――ッ!」
獣の如き咆哮と共に、大きく、二連の殲撃を見舞う。剛はその何れをも盾で止めた。衝撃は重く、爆音となって弾ける。
「カカッ!」
だが、倒れない。その事にボルディアは嗤い、剛もまた獰猛な笑みを返した。そこに。
「――――っ!」
声なき気勢と共に、一つの影が割り込んできた。小柄な影は俊敏、かつ正確にボルディアの懐に潜り込むと、
「疾ッ!」
呼気と共に、鋭い気勢が響いた。大地を踏みしめ、打ち上げる。快音、快打であった。銃撃すら踏み堪えたボルディアの身体が浮き上がり、弾かれる。
「やった!?」
いっそ爽やかに言った“影”の正体は鳳牙、である。得た手応えに、むしろ彼のほうが痺れているかのようであった。戦いの興奮を、真っ向から味わっている姿は清々しいの一言に尽きる。
「おやまぁ……っと!」
闖入に剛は意表を突かれているようだったが――すぐに、転身した。盾をかざし、身を沈める。
「あっちゃぁ、気づかれた!」
一見陽気な声に、くるくるくるり、と。戦斧が舞った。声の主は、リア。疾駆し、瞬く間に距離を詰めたリアは身体ごと大きく回旋。得物の戦斧の刃には型が嵌められており斬撃には成らぬ。だが、十二分な打撃足り得た。
「むっ……!」
それだけならば、剛は耐え得ただろう。だが。
「沙良っ!」
「はい」
リアの機動の隙間を貫くように、銃撃。銃撃。銃撃。浴びせられる銃撃に、剛の防御の手が散った。
「――ふふ、良い連携ですね!」
それでもなお、剛は賞賛と共に距離を外す。銃盾を扱う剛にとって足を使うことがこの場においては原則に近しい戦術理念だ。そうして、その銃口の狙う先。「沙良、下がって!」「――はい」剛の至近まで距離を詰めようとした沙良を、リアが引き止めた。銃口の先に彼女を置くことを厭うての事だった、が。無慈悲にも銃声は連なる。後退する沙良を食いちぎろうとした銃弾は、
「させない……っ!」
リアの気勢と共にその大斧に遮られて、弾けた。殷々と高鳴る音の中、剛とリア、沙良は膠着し。
「――面白ェじゃねえか」
「うわわ……っ!」
身を起こし、マテリアルの紅炎を上げながら――ボルディアは嗤った。獰猛に。至極、愉しげに。喝采をあげるボルディアは、その戦斧は大地を抉る。上がる土煙ごと避けるように、鳳牙が距離を取る中。
「てめェらまとめて掛かってきなァ!」
血煙のようなマテリアルを立ち上らせながらのボルディアの咆哮に、相対する面々の気配に愉悦が滲んだ。
リアと沙良。剛。ボルディアと、鳳牙。
盛大な四つ巴が繰り広げられようとしていた。
ボルディア達の一戦が興ると同時に、こちらも動いていた。紅薔薇が真っ向から振るった剣閃は、至近に詰めたアカシラの赤髪を掠るのみ。
「工夫がねェ!」
紅薔薇は姿勢不十分。それでも尚凄まじい剣風の最中、回避のために踏み込んだ足、そのままに少女の身体を蹴り抜いた。
「――っ」
ただ浮かせ、ただ距離を取るための蹴撃だ。軽やかに着地するや否や、紅薔薇は再加速。距離を詰めようとするが、今度はアカシラの方から退いた。アカシラの魔刀はリーチが長い。それを食い潰すだけの距離を稼ごうと踏み込めば、距離を絶無まで詰められ、刀の間合いが潰される。
−−“抜くか”。
思考を、すぐに断ち切った。攻め気を見せればアカシラは退くだろう。
カウンターとして刃を振るおうにも剣を抜く頃には距離が外されている。これでは、当るものも当たるまい。
「……」
修練だ。抜きたい、という我欲が在る。抜ける相手など、今の彼女には限られていたから。
−−だが、それとは別として此度の相対は心地がよい。
アカシラは戦巧者だった。盗むべきは己が剣に。それもまた欲として、彼女の中には在ったのだった。
――楽しい!
立会の最中、ミィリアは感嘆していた。甲冑に身を固める彼女の手には超大な刀、祢々切丸。その間合いは牡丹の刀と比べて遥かに長い。
その間合いを正確に把握した牡丹は、青眼に構えている。美しい立ち姿だった。
美しく、そして、捷かった。
ゆら、と。牡丹が動いた瞬後には、すでに彼女の間合いに捉えられている。
ミィリアとて、それはわかっている。すぐに刀は振られていた。後の先は牡丹が取った。刃が噛合う――寸前に、牡丹の身体が沈む。その影を貫くように祢々切丸の刃が流れるのを、ドワーフのあふれる女子力(筆者注:筋力)で引き戻す。
――胴!
迫る気配にそう察し、ミィリアはすぐに刀を返した。重い、重い衝撃がミィリアの身体に響く。牡丹は止まらない。すぐに後退を始めていた。舞のように、滑らかに――鮮やかに。
けれど。
「………ッ!」
牡丹もまた、止まらない。果たして、声なき気勢は誰のものだったか。轟、と。鈍い切り上げの剣風が半身になった牡丹の身体を叩く。吹き上がった桜吹雪の幻影ごと回避してもなおその身を揺らす剣筋に牡丹は目を細めながら、再び距離をとった。
「……無茶苦茶ね」
「そうでもないよ!」
喜悦混じりでそういうミィリアに、思わず苦いものがこみ上げた。
現状、牡丹はミィリアを一方的に打ち据えている。硬い鎧と守りを抜けて、牡丹の攻撃は通る。少なからず、ダメージは蓄積している。
それでも、なお、切り崩せない。薄氷を踏む、とはこのことだ。
牡丹の中の冷静な部分で、負け筋が見えていた。どこかで、ミィリアの祢々切丸が自らを捉える、と。
牡丹の目が、不機嫌に細められる。胸の奥から湧き上がる激情を起爆剤代わりに、更に踏み込んだ。
――それでも、往かない理由には、ならないわ……!
胸中で、そう吐き捨てながら。
ウィンスは地を滑るように疾駆する。長大な槍を支える身体は低く、飛び掛かる寸前の肉食獣に似た不穏さを感じさせる。
血色に似た瞳、その先には、一人の少女がいた。
『こんにちは、ヴォーパルバニーです!』
『ヴォー……?』
そう言って切りかかってきた少女――小夜の名を、ウィンスは知らない。
『斬りかかって良いですか! 良いよね、斬りかかるよ!』
ただ、刃を鞘に納めたまま勇躍し、飛びかかってきた小夜に対してウィンスは後退することで応じた。
そして。
「やり、にくい!」
小夜は苦戦していた。アカシラと紅薔薇の相対の、鏡移しのような光景だ。進めば下がり、進み過ぎると特攻は槍の穂先がひたりと据えられ、苛烈な刺突が放たれる。刀で受けた手が痺れるほどの猛撃に、深すぎる殺気であった。
――本気だ。
ウィンスの姿が霞む。眼前に置かれた穂先を前に視界が狭窄する。実力で遥かに先を往かれ、立ち回りの工夫での差を、叩きつけられていた。
「だからって刀を抜く前にやられるのはシャク……っ!」
覚悟を決めての小夜の声に、負けん気の強そうな赤い瞳が返る。来い、と。そう言っているように見えた。思考よりも早く、身体が動く。滑るように前へ。ウィンスが後退するよりも、迅く。
それでも。槍のほうがなお迅かった。
――来る。来る。来る……!
間合いを貫いて槍の穂先が迫る。穂先にだけ集中していた小夜の身体が、投げ出されるように左前方へ弾けた。刀を納めたまま、飛び込み、
「ヒャッッッッハ――……!」
草が爆ぜ、土が抉れるほどの踏み込み。屈曲した身体が爆ぜるように伸び上がると同時に、紅蓮の太刀が閃き。
「ぶっ!?」
弾かれたのは、小夜の方だった。
――避けられた!
瞬前に知覚したのは、居合を紙一重でかわしたウィンスの赤い眼。ぐるりと返した槍の柄で殴打された痛みが遅れてやってきた。
「…………っ!」
立ち上がると、ひた、と。槍が据えられる。はっきり言って、滅茶苦茶腹立たしかった。けれど。
「覚えてろぉ――――!」
やってられるか! そんな思いのほうが勝り、小夜はその場を駆け出し逃れたのであった。
「……何だったんだ」
ウィンスが首を傾げた時。馬の嘶きが、高く響いた。
●
「おお――っと! ここで来たヨ!」
酒瓶を振りかざしたフォークスが、声を張った。ハンターたちにはその気がない現状、カネヅルは鬼ーサンたちしかいない。
「メオだ――!」
手持ちの金がねェ、と興味はありつつも微妙に乗り気じゃない鬼たちを煽るためなら仲間でも種にするつもりらしい。
「さァサ、賭けるなら今のうちだよ? 後で、ってーのはなしだからネ?」
とにかく、必死だったのだ。
かたや、こちらは呑気なものだ。
「馬も持ち込みできたのじゃなぁ」
くつくつと楽しげなフラメディアに、「まぁ……」と、アルスレーテは周囲を見回した。
実際のところ、馬は少なからず公園でのんびりしていたし、自転車だってある。『得物:問ワズ』は伊達じゃない。ひな鳥のスパイスレンガ焼きを賞味しながら、指についた油を舐めとる。
「……あ」
ふと。重大なことに気づいたように、アルスレーテは声を上げると。しばし骨だけのこった皿を見つめ、こう言った。
「これイケてるわ」
「む、どれどれ」
いそいそと、フラメディアも皿にとりわけに席を立った。
戦場の例えとしては不敵かもしれないが、熟く花より団子な二人であった。
なお。
「…………まだ食べんのかよ」
「もちろんですの――!」
チョココは一人の鬼を専属の配膳役として、延々食べ続けているのであった。
ゴー、ホットドックー。
のんきな声を上げるメオは斧をぶんぶんと振り回しながら突撃を仕掛けたかと思うと、そのまま通り過ぎたところでぐるーっと大回りをし始めた。
「ウィンスくんもちょっとやりにくそうだねえ……」
「あれは何か意味があるのか?」
底意地の悪い顔で酒を煽る鵤に、クローディオは真顔で問うた。大規模な作戦の際には同じ小隊に属している仲だが、この奇行だけは未だにつかめない。
ウィンスにしても、じっと向き合ったり、ただ通り過ぎたり、という猛突――的な何かに、ほとほと困惑している様子である。
「…………まぁ、遊んでいるだけでしょうね」
マッシュは呆れ九割九分九輪といった調子で応じた。それでも、その目は構えるウィンスではなくメオを追っているのだから、我ながら手に負えない。嘆息しつつ、努めて視線を外す、と……。
●
クレールと、七葵の相対が始まっていた。かたやどこぞから調達したレイピアに、白柄の刀がゆらりと重なる。
「――いざ、尋常に」
七葵の言葉に、クレールは「はいっ!」と応じ、深く笑みを返す。転瞬、その表情が真剣そのものに変わり。
鉄が撓り、空を払う独特の音が響く。直後、七葵の刀が噛み合った。
一瞬の均衡。直ぐに、崩れた。クレールのヴォルテと、七葵の巻き返しが走り、残響を残す中、次の動きが刻まれていた。
半身になったクレール。基本に忠実、ゆえに凄烈な突き込みが走る、と。
「ら、ァ……ッ!」
その突きを前に、七葵は一歩を踏み込んだ。突きの速さに言葉も追いつかぬ。だが、その刀は正確に、そして苛烈な袈裟斬りを刻み、クレールの体を打った。
「――っ、く」
模擬戦のならいで、刃は返されている。しかし、衝撃にクレールの姿勢が崩れた。少女は崩れた体で、それ以上の追撃を避けんとレイピアを掲げるが、七葵は大振りはしなかった。好機を、むしろ静やかに攻め立てんと鋭く刀を回し、クレールの小手を打つ。
ちり、と。クレールの背筋が凍えた。
負けたくない、と。一心を込めて地を踏み、突き込み。
「貫き、通す!」
身体に叩き込んだ、基本の型、ファント。劣勢でも、己を通すべく放った一撃は、斬撃の太刀を受けながらも届き。
流れるように、体を整えた。
「――いきます!」
まるで、彼女が扱う紋章剣――機導術の軌跡をなぞるように、なお鋭く、猛々しい一撃が放たれた。
鮮烈な一撃。それを、突かれた衝撃のまま一歩を下がった七葵は、
「いい太刀筋だ」
見惚れるように、そう零した。まっすぐで、陽光の如き熱を持った突剣を――。
「……だが、甘い」
惜しむように、そういい。しゅらり、と。刀を返した。猪突したクレールの体が大きく泳ぐのを見届けることなく、七葵は白柄の刀を振る。
「そこまで!」
クレールの背筋に、冷風が叩きつけられる瞬前、真白の鋭い声が響いた。
「……ぷ、はぁ……」
クレールが膝折れ崩れる。堰き止められていたかのように、滝のように汗が流れ始めた。肩で息をするクレールは目を細める。
――本気で、ぶつかってくれたんだ。
そんな、感嘆と共に、こう言った。
「お強い、ですね……!」
相対の時にぶつけられた思いのような言葉に、七葵は微かに頬を緩め、
「運が良かっただけだ」
と、嘯くように、呟いたのだった。
●
鵤はぼんやりと、それを見ていた。
ウィンスの元を離れた――多分飽きたのだろう――メオが馬首を返し、こちらを見やるのを。
クレール達の相対を見ていたマッシュは気づかないままだ。
「……突っ込んできそうだねえ」
「ああ」
適当にこぼした言葉に応じたのは、以外にもクローディオだった。そっと立ち上がると、何処へかと移動し始める。
「どうしたのぉ?」
「……ヴィクトリアが危ない」
「あ、そ……」
愛車をいそいそと移動させようとするクローディオの背を、鵤は見送ったのだった。
●
クレールと七葵の決着がついた頃。
ミィリアと牡丹。二人の剣士の闘いも、幕を下ろそうとしていた。
ミィリアの傷は、決して軽くはない。執拗に、それでいて素早く攻め立てる牡丹に有効打を打ち込めないままに、甲冑の上から斬撃を見舞われていた。
――牡丹ちゃん、強い……っ!
感嘆するミィリアと対照的に、牡丹は無言・無表情を貫く。集中を切るつもりはない。
張り詰めた意識の中で、それが切れたが最後、食いつかれて、食い破られる、と。確信があった。それでも、勝つために、往く。
「……ッ!」
一歩を、踏み込んだ。風を切るような足運びに、ミィリアは即応してみせた。
――慣れてきてる。
忸怩たる思いと共に、牡丹の目が細められる。自然と、気勢が奔った。
「たァ……ッ!」
呼気と共に、気が丹田に落ちるイメージ。斬撃はこれまでよりもなお鋭く走った。その一太刀を、ミィリアは超大な刀で受ける。刀を持つ右手に、刃の背に左手を添えて、小さな身体に万力を込め――拮抗。そして。
「―――――」
言葉が、牡丹の耳に触れた。その意図を理解するよりも早く、視界が流れた。踏み堪えようにも身体は既に、浮いている。
あまりにも絶妙な、《足払い》。ミィリアの絡め手に、牡丹は対応できなかった。どこかで力押しだけで来る、と。そう思っていた。思ってしまっていた。
――油断、した。
理解と同時に、様々な感情が湧き上がってくる。渾然としたそれらの中身は、牡丹には解らない。けれど、覚悟はすぐに出来た。
首を動かす。ミィリアの表情を見たい、と思ったわけではない。
――手加減したら、承知しないから。
そんな、想いだった。
「あァァ……ッ!」
轟、と。音と同時に、剣風が奔った。瞬後には、牡丹の胴をあまりにも鈍い衝撃が打ち抜き――大地に叩きつけられる痛みと共に、牡丹は意識を手放した。
●
高い蹄の音が響くに至って、マッシュはようやく接近に気づいた。
「……っ!」
彼らしからぬ、少しばかり冷静を欠いた動きで素早く立ち上がると、“降り注いだ”戦斧の一撃を受け流す。
「……何をしてるんです?」
「遊ぼ――――」
「……」
だーっと勢いのままに遠ざかっていくメオは、ドップラー効果を残してそういった。
その間にいそいそと酒を鵤に渡すと、人を喰ったような視線が返った。気づいてましたね、と軽く睨むと、へらり、と笑顔が浮かんだ。
マッシュは首を振ると、呼び寄せた愛馬に乗馬し、メオのあとを追うことにした。
「さて、どうしますかね……」
呟いた、眼前で。
メオが、緊迫する二人の只中をぶち抜いていった。
少し、遡る。アカシラが退く形で立会を終えた紅薔薇は、ある男の元へと進んでいた。
腰にはいた刀に手をかけ、ただ、じっと見つめる先。
「――ベニバラ」
その視線に引き出されるように、ウィンスはその名を呟いた。
「抜けずにいた剣じゃ」
紅薔薇は応えず、ただ、呟いた。
言いながら、腰を落とす。音もなく刃が抜かれるや、大上段に掲げた。
――雑な事してると刀が泣くよ。
アカシラはそう言って、飽きたように紅薔薇の元を離れていった。
ある意味で、それでも良かった。紅薔薇自身が刃足り得れば、良い。そのために、今必要なことは。
「お主なら」
少女の身から吹きあげ、叩き付けるマテリアルの奔流。殺意はない。ただ、己を高めようとする身勝手な我欲が、そこにある。
相対するウィンスには、それがよく解った。それを前に――強く、槍の柄を握り締める。
胸の奥から湧いた震えの理由は、彼には解らなかった。ただ。だからこそ。
静かに、構えを取る。
瞬後。
「行くよーー」「すみません……」
駆け抜けていったメオとマッシュが、合図となり。
二人は一斉に勇躍した。
どんだけ猛撃を受けても。ボルディアは没むことはない。ただ、猛然と斧を振るう。
「おらァッ……ッ!」
紅い治癒の霊呪が疾走る身体で、ボルディアは殲撃を二度走らせる。狙う先は前衛に立つリア。沙良と連携を取る二人を、装甲と治癒力にものを言わせて真っ向から潰しに掛かった形。
「リアさん!」
「ぐ、ぅ……!」
二撃のうち一撃がその体に届いた。堪える事も能わず、斧で受けた身体が宙に浮かぶ。沙良が銃撃で援護をするが、ボルディアは止まらない。轟々と足音すら立てながら猛追する。
「先ずはアンタから沈みなぁ!」
「……くっ!」
次いで放たれた大斧を、リアは沈み込むようにして回避。そのまま、「――まだ、まだァ!」と、斧を叩き込んだ。超重な斧が瞬く間に走り、ボルディアの心窩を打ち付ける。
「あァ……っ!」
そのまま更に踏み込み、炎を纏う一閃を叩き込んだ。その重さにボルディアの身体が僅かに傾ぐ――が。決め手足り得ない。
――このままでは、ジリ貧、かなぁ?
回復に手を回すボルディアは、決して手数が多いとはいえない。だが、その耐久力を打ち崩すのは至難。その豪力も相まって、徐々に窮そうという所だった。
弱気ではない。純粋な計算の後に、そう思った――瞬後。
「行きます」
「……って!」
リアの傍らを、影が抜けた。静かな気勢と共に、沙良が往ったのだった。リアの一撃に体が泳いだボルディアの懐に潜り込み――その鎧の隙間に研ぎ澄まされた一閃を放つ。「づ……っ!?」と、ボルディアの苦悶の声が先に響いた。急所をついたか、とリアが理解したと同時――。
「沙良……ッ!」
「らァァァァアアアッ!」
豪風が、轟いた。沙良と、それを庇おうとしたリアはもろともに吹き飛ばされ――。
対して、剛。こちらも苦戦していた。
「……なかなか、手が早い!」
「このくらいできなけりゃ、兄さんを守れないぜ……!」
法術での回復をしようとするも、距離を詰める鳳牙の拳がそれを妨げる。ジャマダハルの刃を交わしながら、続く蹴撃を剛は巨体で支えた。
――心地良い。
どちらもともなく、そう思った。剛は、真っ向から打ち込み、笑みすら溢す鳳牙のひたむきさに。鳳牙は、それら全てを真っ向から打ち込む剛の――男気、とも言うべき強さに。
戦士としての《格》は圧倒的に剛のほうが上だ。それは言うまでもない。しかし、鳳牙は一切の小手先の技は使わず、さらに拳を振るっていく。
撃ちこめ、と。引き出されるように。
こらえ切れずに、鳳牙は歓喜の声をこぼした。
「いいべ! オラ楽しくなってきただ!」
「はは、それが素ですか」
「おめぇ、中々だべ! でもオラもまだまd……っ!?」
剛の盾を膂力で押し弾き、鳳牙が一打を見舞おうとしたと、同時のことだった。
「おじゃましまーーーす! ひゃっはーーー!」
横合いから、銀影が迫っていた。喝采と共に、剣閃が疾走る。小夜だ。ウィンスのもとから遁走し、機を伺っていたようである。溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように――収めた刀を、奔らせた。低い位置から、切り上げの一撃。
「お、お、お、……!?」
剛は冷静に、距離を外す動きを取った。遅れたのは、鳳牙のほうだった。剛の隙を突くために、前のめりになりすぎていた彼は、
「殺ったーーー!」
そんな声と同時、衝撃に弾かれ、彼方まで弾き飛んでいった。
●
騒乱極まる周囲と対照的に、此方は静かなものであった。
真白と七葵の一騎打ち。まさに今、この時より火蓋が切って落されようとしていた。
「では、尋常に」
とつ、と。言葉が落ちて、解けるように消えた。雪のように儚い呟きに、七葵は腰を落とす、と。
「――勝負!」
瞬後に、疾走した。七歩は有ろう間合いを、七葵はその瞬脚で食い潰す。その速度に、真白は僅かに目を見張らせた。合わせるように刃を振るう、が――合わぬ。
疾、と。短い気勢と共に七葵の刀が奔った。それは掲げられた真白の手を撃つ。
「届いた……!」
喝采が、真白の至近で響いた。転瞬、真白の目が引き絞られた。
――げ。
一瞬で、七葵の肝が冷えた。真白の人となりは少なからず、知っている。名前や、やわらかな外見とは裏腹に。
「遅い……!」
その内奥は、苛烈に過ぎる。撃たれた直後にもかかわらず、その足は前に出る。
「……っ!」
姿勢は崩れていたはずだ。そこからの壮烈な踏み込みに七葵は舌を巻く。
真白の剣は苛烈だが、その業は柔らかい。未だ少女の身体がそうさせるのか、真白の足は確かに土を噛み、その力は胴へ至り、回旋しながら――手首に至る。殷々と音を曳いて、真白の刃が七葵の胴を切り払う。
「――次は此方から」
七葵の体が乱れた。その隙を、真白が見逃すはずもなく。更に一歩を、踏み込んだ。泳ぐ身体の、更に背側に回り込もうとする真白の機動を、七葵は耳で感じ、
「おォ……ッ!」
反転、強引に地を踏みしめて――蹴撃を返した。刃では届かなかった時間を強引に引き寄せた一打に、真白の手が止まる。だが、ぬらり、と滑った。更に、更に一歩を踏み出して、間合いを詰めてくる。転瞬、真白の目から光が失せ――しん、と。真白は身を沈めた。
「剣の道は果てなく、未だ極致は遠かれど」
まるで、己の身から深奥を引き釣り出さんとするかのような声だった。忘我の果て、絶無の距離の中、真白は手首を返す。音無く疾走る剣閃を――しかし、七葵は見届ける事はなかい。
「――――――ッ!」
怒声と共に。ぐるり、と上体を引き絞っての、全力の刺突。渾身の一撃を最後に持ち込むと決めていたのはこちらも同じ。紙一重の勝機を目指して放たれた一閃は――。
「そこまでっ!」
クレールの声に、止められた。
瞬間、真白の瞳に感情の火が灯ったのを七葵は至近で見た。
怒りだ。その対象は、至らなかった真白自身へのもの、だろう。その感情は、七葵には痛いほどによく知れた。
小刻みに震えながら、《眼前》に据えられた刃から目をそらすこと無いままに――。
「……もう一戦」
そう言ったのだった。
●
自転車を離れた所においたクローディオは、“それ”を見た。見てしまった。
ゆーらゆらと揺れる、ヴィルマ・ネーベルの姿を。
「だれっ!?」
クローディオの気配に敏感に気づいたヴィルマが振り向く姿に両手をあげたクローディオは害意が無いことを示す。
ヴィルマはクローディオの顔を確認すると、仄かに安堵の息をこぼした。
「クローディオさん……」
「さん?」
放置するのも心苦しく、傍らまで寄る。
「座っても?」
「う、うん、いいよ……?」
クローディオが座るのを見届けると、微かに怯えをにじませながら、彼方の……木陰に置かれたクローディオの愛車を見やる。
「……ヴィクトリアは、いいの?」
――喋り方は兎もかく、存外、まともらしい。
愛車の心配を名称付きでされている現状のほうがおかしいのだが、その事に気づけるクローディオではなかった。
「彼処なら安全の筈だ」
「そう……」
ヴィルマは酒を呷る。クローディオはそれを、見守る他ない。
「皆、楽しそう……ウィンスさんも、クレールさんも、メオさんも」
「……そうだな」
やけに寂しげな目だった。なぜ、彼女は一人で此処にいたのか。なぜ、眩しそうに仲間達の騒乱を見守るだけなのか。
玻璃の彼方と見つめるヴィルマを横目に、それでもなお、クローディオにはその距離を踏み越える気にはなれなかった。深入りを、彼女自身が拒んでいるように見えた。
すぐに、ヴィルマの口元が、綻んだ。
「楽しい、ね」
「ああ」
――その時、轟音が轟いた。
●
少し、遡ろう。
汗を流したアカシラが戻ってくると、そこはえも言えぬ戦場となっていた。
「……なにしてんだ、アンタ」
「ぉ?」
応じたのは、閲覧禁止につき謎の物体Xと化していた、黒の夢である。もみもみのくちゃくちゃにサれた鬼ーサンは白目を剥いて気絶していた。
「……服、着なよ。寒くないのかい?」
「んー、すっかり暖かくなったのな〜〜♪」
上気し過ぎた黒の夢の肌には艶がある。すん、と鼻をすすったアカシラは、
「なんだい、酔ってんのかい」
「んー……我輩酔ってるの?」
「良い感じにね」
アカシラが手近な酒を取りにいくと、フラメディアが迎えた。
「馳走、感謝するぞ」
「おーおー、好きにやってくれ」
「うむ! にしてもお主ら、太っ腹じゃのう……?」
悪戯っ気込みの視線の先には、チョココやアルスレーテ達がいる。
「……あなた、まだ食べれるの?」
アルスレーテの言葉には、もはや呆れが混じっていた。彼女は既に――常識的な量で――リタイアしており、今なおスパゲティで口元を汚し続けるチョココを怪訝そうに眺めている。
「んー……」
目の前の皿を暫くじっと見つめていたチョココであったが、給仕役になっていた鬼を見上げると、
「そろそろデザートが欲しいですの!」
と、意気揚々とそう告げた。「へいへい」と、呆れ混じりに取りに行く鬼であったが。
「……ちょっと」
アルスレーテが、その背に言葉を投げた。少しばかり、恥じらいを籠めた声は小さく、かすれるように紡がれる。
「あ?」
「私の分も」
――そんな様子を眺めながら、アカシラは微笑した。
「こうしてアンタらに応報しなくちゃ、アクロの奴が化けて出てきちまう」
「なるほど、のぅ」
ちび、と酒を舐める。アカシラの心意気は、フラメディアにとっては肴足り得たか。先ほどよりも心なしか、旨味が増した心地がした。
その時だ。
3つの動きが、同時に起こった。
ひとつ。吹き飛んだリアと沙良が同時にアカシラ達の元に飛び込んできたこと。
ふたつ。弾き飛ばされた鳳牙が、仲睦まじく話し込んでいた(?)、ジャックと遥の元へと飛び込んだこと。
みっつ。黒の夢がアカシラの角にしゃぶりつき、アカシラが「ひあぁ!」と可愛らしい声を上げたこと――まぁ、これは詮なき事であったのだが。
惨劇が、始まろうとしていた。
●
ジャックは、何を話していたかも覚えていない。緊張しすぎてそれどころじゃなかったのだ。遥はそれでも困ったように笑っていてくれて、混乱しながらも、少なからず感謝の念を抱いていた、のだが。
「うああああっ!」
「ブッ!?」
そこに、少年が飛び込んできた。鳳牙の立派な鬼角が、ジャックの頭部に痛打を見舞った鈍い音は、少年の悲鳴に呑まれて消えたようだった。
「ぶっほぉ……」
薄れゆく意識の中で、ジャックが目にしたのは、
「少々おイタが過ぎますね?」
笑顔で殺気をブチばら撒く遥の姿。その神々しくも恐ろしい姿に心底から戦きながら、ジャックの視界は暗転した。
――優しいだけの3次元なんて、やっぱりなかったんだな……。
●
正直なところジャックが何を話していたか殆ど解らなかったのだが、微笑ましくも相互理解に努めていた遥にとって、『それ』はまさに地雷だったようだった。
轟々と立ち上るマテリアル。それは、彼方で得物を構える紅薔薇にも劣るものではなく――。
「……」
「うひぃ……」
笑顔のまま、一歩を踏み出した。ナチュラルに踏みつけられた鳳牙は鬼気迫る様子の遥に何も言えず、小さく息を呑む。気付かれたらどうなるかわからない。恐怖に言葉を呑みこんだ、そこで。
「……頭、冷やしましょうか」
視線もくれないままに、鳳牙の直上から氷柱がぶち込まれた。身体を縛る寒さよりも先に、遥の無情さとその威力に痺れ――。
「……にいさ、西方、えらいとこだっぺさ……」
言葉を残して、鳳牙は脱落したのであった。
●
彼方では氷雪が渦を巻いている。剛と小夜は不意打ちに仲良く呑みこまれた。残るボルディアは、両手を掲げて得物を投げ捨てている。「得物もねぇやつを殴る気にはなれねぇ」、という事らしい。尤も、彼女も撃たれれば殴りかかる腹積もりなどだろう。睨みあったまま、動かない。
そんなことをぼんやりと思いながら、マッシュはメオと相対していた。
「……っ」
直後。真向かいから風巻く斧が振りおろされた。マッシュは馬上で大きく身体を傾け、馬が方向転換するのと併せてその軌跡から身を逸らす。間合いはメオの方が長い。交差する寸前に突きこもうか――とすると、メオと目があった。その上体は斧の重さに大きく揺らいでいる。
――突き落したら、すぐ終わりそうですね。
そう思いながら、何故か、出来なかった。そのまま通り抜けて振り返ると、メオも馬を止めていた。
マッシュの傾いだ姿勢を支えていた馬が、不機嫌そうに息を鳴らす。とん、とその背を撫でると、馬は歩を進め出した。メオの傍らに辿り着くと、自然と足を止める。
「ご飯、行こー?」
「……はい、はい」
たかし丸を掲げながらのメオの言葉に頷くと、メオはまっすぐにとある人物の方角へと馬首を巡らせた。
その先で。鵤がへらりと笑い、腰をあげようとしていた。
そのまま、何処へかと歩いて行く。
●
紅薔薇が、未だ一太刀を残していることをウィンスは知っている。
故に、二人の闘いは機動戦の様相を呈していた。
徹底的に間合いを外すウィンスと、それを詰める紅薔薇。
待っている。ウィンスにはそのように見えた。
「……クソ」
紅薔薇の間合いで応じないのは、正道だ。分かってる。けれど、小さく、吐き捨てた。
己の裡で、何かが淀む。それすらも自覚出来ていただけに、歯がゆい。
その時だ。
――存外、つまらないね。君は。
まただ。耳鳴のように、響き続ける、あの男の声。吹き上がる激情が、気つけばウィンスを突き動かしていた。
その動きを、この少女が見紛う筈もない。
「感謝するぞ、ウィンス殿」
紅薔薇は、大上段に刀を掲げ、その体が張り裂けんばかりの力の奔流に身を投げ出すように間合いを詰めた。ウィンスは退かない。ただ、その槍をもって応じた。
「これが……妾の剣の終着点なのじゃ!!」
「上等だッ!」
続いた音は鈍く、結果は派手に刻まれた。ウィンスの身体は公園の彼方まで弾き飛ばされ、突き穿たれた紅薔薇は膝を突き、斃れ伏す――寸前。
歩み出ていた鵤がその身体を抱き上げていた。鵤はぽん、と脱力した紅薔薇の小さな身体を叩きながら、小さく笑うと。
「……お疲れさん」
今の己には届かぬ頂きをまざまざと見せつけられたウィンスは血を吐きながら、悔悟にも似た感情を抱いていた。
ただ、それを思考にするには、紅薔薇の一撃はあまりに凄まじくて。
「……無茶をする」
「ウィンスさん……?」
最後に、クローディオと誰かの声を聞いた気がした。
●エピローグ
「……勝つまでやるとは」
「引き分け、だ」
困憊した七葵に、真白は悪びれることはなく、しかし視線は合わせないままにそう言って、茶を味わっていた。
「……あいたた、しかし、こっぴどくやられましたな」
「燃え尽きたゼ……真っ白にナ……」
剛が癒やしの法術を紡いでいると、小夜は気持ちよさ気にそういった。
「面目ねえ……」
こちらも治療してもらった鳳牙が、頭をかいていた。後者二人は夫々ウィンスと遥に痛撃を喰らった分傷が重かった。
「しかし、楽しかったですな」
そんな二人に剛は笑いかけると、どす、と酒を置いた。
「さて。こんどは此方でやりますか」
そんな言葉に、二人だけでなく周囲の鬼達も湧いた、とか。
「アカシラ!」
「ン?」
ずかずかと歩いてきたフォークスは、ずびし、とアカシラに指を突きつけた。
「今度こういう機会があるまでに鬼達は小遣い制にすること! いいね!」
「あ……?」
怒り心頭、といった様子なのは――宜なるかな。今回、最後まで立っていたのはボルディアと遥の二人だけ。賭けが立っていたら、胴元としてはさぞ美味しかったことだろう。
「いいね!」
「……お、おう」
呆然とするアカシラを置いて、フォークスは何処かへと去っていった。
「小遣いねえ……」
「アカシラちゃん……力強いぃ……」
声に、ほぼ半裸の黒の夢を羽交い締めにしている所であった事を思い出し、少しだけ拘束を緩める。
「……気持ち悪い声をだすんじゃないよ」
なお、正当防衛である。
「……もう、食べれない」
「ですの……」
「大丈夫ですか……?!」
ぐふ、と変な息をもらしながら、アルスレーテとチョココが天を仰いで大の字になってクレールの看護を受ける傍らで、ジャックは一人、横になり、身を丸めていた。
暗澹たる結果に後悔ばかりが募る。その中でもより印象深いのは、意識をなくす寸前に見た、遥の横顔だ。それは、ジャックの柔らかい心を縛るには、十分なもので。
「やっぱり二次元のほうがいいぜ……」
結局合コンの何たるを識ることはないままに、ジャックの挑戦は幕を下ろした。
――それぞれに、それぞれの幕引きを伴って。動乱に満ちた一日は穏やかに終わりを迎えたのだった。
拝啓、愛すべき家族たち。
俺はついにこの日を迎える事が出来た。
そう、記念すべき、初の合コン……。
心臓が爆発しそうなくらいの期待と表裏一体の不安を胸に、俺は一歩を踏み出した。
●
「……なんだこりゃ」
草花が青々と茂る草原を前に、低い声が地に落ちた。漢、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の、悔恨に満ちた声だった。
燦燦と照る、幸いの陽気のはずが。
この上無く、
空気が、
悪いです……。
●
犇めく殺気、あるいは高揚。それらの発生源は集うたハンター達だ。
「よぅ、よく来てくれたねぇ」
そんな空気を知ってか知らずか、アカシラはハンター達を鷹揚に迎えた。彼女の後ろに控える鬼たちもウス、と小さく目礼すると、三々五々に散った。会場の設営を仰せつかったらしく、机や椅子、その他に皿などを並べたりと遅滞なく動く鬼たちを見て、幾人かのハンター達も手伝いに回ったようだった。公園を出て行った鬼も居たが、おそらく、食事の調達に向かったのだろう。
「アカシラお姉さま、今日はよろしくですのー」
「おぅ、チョコ……」
快活に応じようとしたアカシラがその名を呼ぶ前に、チョココ(ka2449)の可愛らしいおなかが、ぐぅぅ、と低く唸った。チョココはその小さな手でぽぽん、と腹を撫でると、
「今日この日を、腹ペコでお待ちしておりましたわ」
と、華のように笑う。無垢な笑みに、アカシラは――何故か――獰猛に歯を剥いて笑みを作り、「喰いすぎて腹ァ壊さないようにしなよ」と言った。
たまさか近くを通り過ぎた鬼が「お嬢ちゃんはこっちだ」と小声でチョココの背を押すと、「はいですのー」と素直に応じて離れていく。満足気にそれを眺めるアカシラであったが、そこに、声が掛かった。
「おや、アカシラさん……先日はチョコレート、ありがとうございました」
「おー、タケシに、クレールか」
「はい!」
巨漢の米本 剛(ka0320)とクレール(ka0586)であった。しっかりと装備を固めた二人に対して、アカシラはまず頭を下げた。
「先日は世話になったな。お陰で……いやまぁ、ちょいと遅れちまったが、なんとか配れた」
「いえ! 私こそ嬉しかったです!」
ブンブンと、音が成程首を振ったクレールは嬉しげに微笑みを浮かべる。
「皆で一緒に作ったチョコレートを、皆さんで一所懸命作ってくださって……」
万感の思いを込めるクレールに、アカシラも面映ゆそうに鼻の下をこする。
「私……大切にしますからっ!」
「あ?」
クレールの、まごころ満載の言葉に、アカシラは暫し言葉を失った。彼女の気持ちも分かるが故に考え、悩み抜いた末、漸く出た言葉は――。
「……気が向いた時でいいから、食べておくれよ」
「はいっ!」
やりとりを笑みを浮かべて見守っていた剛は盾を掲げると、
「礼には礼で返させていただきますよ」
と、太く、笑みを深めた。アカシラは拳でその盾を軽く叩くと「楽しみにしてるよ」と嬉しげに応じ、剛もまた盾をもつ手に力を籠め、押し返したのだった。
●
「この辺りにしましょう」
少女の言葉に足を止めたのは、ミィリア(ka2689)である。桃色の髪が揺れる中、同じ色の瞳はまっすぐに相対する少女を貫いた。牡丹(ka4816)。見た目は童女と言っても差し支えないミィリアに比して、背丈は牡丹のほうが頭ひとつ分は高い。
「手加減はしないからね!」
「当たり前よ」
興奮のあまり語尾をつけ忘れたが、ミィリアは気付きはしなかった。相対する牡丹には、その胸中が手に取るように分かる。
全長3メートルを越す大業物を手にするミィリアの頬は上気している。寒さのせいだけではあるはずもない。
二人は互いに、同じものを見ている。同じ、頂きを。だからこそ、この相対は必然だった。高揚に微笑みを浮かべるミィリアと、静かに息を整える牡丹。どちらもその裡に熱を高めていた。
「決闘、かぁ……」
彼女たちの意向はその他のハンター達も識るところである。仁川 リア(ka3483)はそんな二人の話を思い返しながら、ぽつりと呟いた。
「どうかしたのですか?」
「……いや」
恋仲である夕凪 沙良(ka5139)が物思いに耽るリアに問うと、返ったのはそんな言葉だった。つい、と袖口が強く引かれるに至り、リアは苦笑を零す。
「ちょっとだけ、羨ましくて」
「……」
『繋がり』が自らの力を育んできた、と思うリアにとって好敵手の存在は願ってもないものなのだろう。それは、沙良には叶えられない距離でもあって。
「……そうですか」
近しいからこそ叶えられないこともある。言いよどんだ末の言葉にリアは目を細めると、ただ、こう言った。
「頑張ろうね」
「――はい」
「……最高に盛り上がってますね」
「ええ? いいじゃん、恋せよ若人、ってなもんさぁ」
そんな牡丹とミィリア、リアと沙良をぼんやり遠くに眺めながら、マッシュ・アクラシス(ka0771)と鵤(ka3319)は軽口を叩き合っていた。
「マッシュ君は良かったのかい」
「何が、ですか?」
「いやぁ……」
鵤が指し示す先では、メオ・C・ウィスタリア(ka3988)がゴースロンの背を撫でている。遠間から一見すると馬と戯れる美女そのものではあるが、その手には巨大な斧があり、撫でる手には『たかし丸』がある。迷惑そうなゴースロンを少し哀れっぽく見つめながら、マッシュは小さく息を吐いた。
「……要らぬ騒動に巻き込まれるだけですし、遠慮しておこうかと」
「はー、それはそれは……まぁ、違いない」
ゲラゲラと一人笑いながら、鵤はワインを掲げた。
「それじゃあ……」と声を上げたと、同時のことだった。
きぃ、と高音が響き渡った。
「……間に合ったか?」
クローディオ・シャール(ka0030)。愛車である自転車、ヴィクトリア号のタイヤ痕が、土で固められた通路にまざまざと刻まれていた。よほど急いできたのだろう。
「クローディオ君……何してんのぉ?」
ママチャリに乗った金髪のイケメン。見慣れたような気はするが、ヘルメットを外す姿がやはり最高にシュールで、笑みをこらえる鵤の顔面筋はすでに限界が近かった。漸くの思いで紡いだ言葉に、クローディオは。
「遅れた」
「……大丈夫ですよ。まだ始まっていません」
「それは良かった」
マッシュの言葉に生真面目に応じたクローディオがガチャガチャとカゴの中から幾つもの酒瓶を取り出すや否や、鬼達が気づいてそこに群がると、あっという間に持って行ってしまった。
手元には空のグラスが一つと、酒瓶が一つ残された。
「よかったので?」
マッシュが問うと、愛車の安全確認をしていたクローディオは首を振る。
「……道中で鬼に頼まれてな。断るほどの事でもなかったから、運んできたところだ」
「そうかいそうかい……んじゃま、ひとつ」
「ん」
杯が満たされると、することは一つしか無い。男三人、静かにグラスをあわせ、掲げた。
楽しそうなあちらはさておき、メオは愛馬の背を撫でつづけていた。始まるまでまだ時間があると知れ、ぐるぐると辺りを見渡す――と、すぐにその動きが止まった。
遠景に、槍持つウィンス・デイランダール(ka0039)の姿を認めたからだ。
じっと見ているが、ウィンスは不機嫌なしかめっ面を崩さないまま、足元の草の数でも数えているかのように微動だにしない。
「頑固な性格であることは知っておったがのぅ」
ふと、背から声が届いた。振り返ると、豊かな青色の髪のヴィルマ・ネーベル(ka2549)がグラスを手に近くまで来ていた。彼女が柔らかく馬の背を撫でると、その尾が機嫌よさ気に揺れる。
「最近は特に意固地じゃ」
「んー……?」
メオはメオで特に気にしないタチだったようで、ヴィルマな言葉がしっくりこないようで。「まあ、よい」とヴィルマは苦笑するとメオの肩を叩いた。
「怪我はせんようにの」
「ん、がんばるよー」
ウィンスを見つめていたのは、メオやヴィルマに限った事ではなかった。玉兎 小夜(ka6009)は赤い瞳を細め、くるりくるりと日本刀の持ち手を反して遊んでいるようだ。
聞き覚えのある名前だった。それは、彼女に縁のある人物の名前として。
「……あの人にきーめた」
「うおおおお……!」
どこか剣呑な様子の小夜とは打って変わって、鳳牙(ka5701)の楽しげな声が響いた。有り余る力が、どうにもこうにもならん! とばかりに拳をぶんぶんと振り回す。
「闘コン! 人間は面白いことを考えるんだな!!」
小柄だが、隆々たる筋肉が正念のポテンシャルを示している。その額には二本の角がある。同胞の言葉に、アカシラは微かな笑みを浮かべた。
「アタシも同感さ。ま、胸は貸してやる。思いっきり楽しみな」
「ああ!」
意気十分、といった調子の鳳牙の声に、アカシラが笑みを深めていると、後方で鬼達が、同じく鬼であるシシドを突っついていた。「なんでこんな事になってんだ?」「知らねえ。俺ァただ……」
そんな諍いが起こっている事は気にも留めず、喧騒の只中、アカシラのもとへと近づく小さな姿があった。
「うむ、妾も楽しませてもらうぞ」
「ああ、そうしな!」
完全装備の紅薔薇(ka4766)であった。刀の調子を確かめる紅薔薇は参加者の面々を見渡すと、「楽しそうじゃな」と、実に嬉しげに呟いた。そうして、アカシラを見やると、
「アカシラ殿は不調のようじゃな」
「ン? あぁ、まあな……」
言葉を濁すアカシラに、紅薔薇は屈託なく、こう言った。
「早く怪我を治すのじゃ。鬼に伝わる剣を見たかったが、弱った者を相手にしても妾がつまらん」
転瞬。
「……へええ?」
空気が、軋んだ。
「何様のつもりかしらねェが、ぶん殴られてェなら相手してやるぜ?」
●
「久しく、機導術頼りだったので!」
今日は、こちらで、と。クレールは木剣を掲げた。側には、銀 真白(ka4128)、七葵(ka4740)の二人がいる。闘うと聞いて真白の呼びかけに応じたのがクレールと七葵であった。その真白は生真面目に装備の調子を整え、万全を期している様子。七葵はそんな真白を横目に見ると少しばかり頬を緩めた。
楽しいのだ。互いの武をぶつけあう、その予感が、ただ。
「いいんだぜ、真剣をつかっても。勝手が違うだろ」
「……え、っと」
「お心遣いは無用」
「はい!」
七葵の言葉に驚嘆するクレールだったが、真白が応じるに至り、クレールもそれを容れた。
初戦はクレールと七葵。審判には真白が入る――と、そこで。彼方から、騒動の気配が響いた。故に。
「それでは、始めよう」
彼女もまた、そう言った。
●
やおら始まった闘コンをよそに、こちらも騒がしくなった。フォークス(ka0570)は紙とペンを手に鬼達に声をかける。とにかく、かけまくる。
「トト闘コンはじめるヨ――っ!!」
なんだそりゃ、と鬼たちが集まると、ざっくりと説明が始まった。
「ルールは簡単、勝つ方に賭けるだけさ。一口10,000G、当たれば勝ったほうで山分け」
人を喰ったような笑みで告げるフォークスには勿論、腹意がある。胴元には負けはない。そういうことだ。
「さあさあ、鬼ーサンたち、どうだい。ざーっと見て、ほら。あー、チンタラしてる間に決着つうかもしれなヨ」
フォークスにとっても、此処が勝負どころだった。タダ飯タダ飲おおいにケッコーでウェルカムだが、好機を逃す理由もない。
「さぁさ……ん? ウィンス? 彼はやめときなヨ、魂の反逆というより魂の反抗期だからネ」
闘コンに参加しないハンター達は三々五々散ってしまっており、見向きもしない。飯や酒、あるいは知人の健闘を見るばかりで、財布の紐が緩む気配もなかった。
「さ、一口10,000Gだー、あたったらデカイよー!」
「待ちに待った食事!」
アルスレーテ・フュラー(ka6148)はスプーンとフォークを手に、既に臨戦態勢だった。誂えられたテーブルにサラダピザパスタタンシチューチーズ以下省略と多量に食事を並べており品定めしている。
「ふふふ……せっかくの機会……今日は食べ過ぎ注意の箍を外すわ……!」
余談だが、アルスレーテは絶賛ダイエット中であった――はずだ。最も、そんなリミッターなどとっくに外れており、今、彼女は颯爽と湯気あげるマルゲリータを頬張り、歓声を上げる。
「おいしい……!」
「もいいいめふほ(おいしいですの)……!」
アルスレーテの喝采に、チョココが続いた。こちらはフォークでぐーるぐるとパスタを巻き取ると、口いっぱいに頬張って全力で咀嚼していた。
「嬢ちゃん達、いい食いっぷりだなァ」
と、二人の前にジュースが入ったグラスが置かれる。それを持ってきた鬼の姿にナンパか、と警戒したアルスレーテをよそに、声が降ってきた。
「我もよいかのぅ」
フラメディア・イリジア(ka2604)が――こちらは食よりも酒、といった様子で、麦酒を手にしている。
「もひほんべふほ(もちろんですの)!」
「もう……モチロンよ、どうぞ」
行儀の悪いチョココに、鬼が先程もってきたグラスを手渡しながらアルスレーテが言うと、フラメディアはにっし、と笑い、グラスを掲げた。
「ふっふ、よーし、よし。なれば乾杯じゃな!」
すぐにグラスが重なり、陽気な声と共に乾杯が交わされた。
「……ところで、どうしたの?」
暫しの後、バツの悪そうな顔で居座っている鬼がどこかくたびれているように見え、アルスレーテはそう言うと、鬼は肩を竦めた。
「いや……」
と、示す先。
そこは、なんとも言えない様相を呈していた。
一人の鬼が、絡め取られている。何か、柔らかく、どこか、卑猥な何かに。
『確かめさせて欲しいのな!』
『ふぁっ!?』
“彼女”はそう言って、意気揚々と近づいて来たそうだ。寒さを防ぐためのコートの隙間からは、黒い肌が覗いていていた。
『た、確かめるって……何を?』
生唾を飲み込んだ鬼たちに、彼女――黒の夢(ka0187)は快活に笑い。
『鬼ちゃん達の角の味!」
と、言い放ったのだった。
「姐御ォォォォ……」
悲鳴をあげる鬼の声は小さく、虚ろだった。筋骨隆々な鬼で、アカシラ直属の部隊として相応に武勇を振るうものには違いあるまいが、型なしである。
「ちょっと塩辛い……でも癖になるね! わぁぃ……♪」
鬼を組み敷き小さな舌を蠢かせる黒の夢は、その柔らかで、豊満な肢体で鬼を圧倒していた。あるいは、その舌でも。
「えへへ、筋肉もみもみしてみていーい?」
「うぉぉぉぉぉ、姐御ォォォォ……」
そんな悪魔的で蠱惑的な囁きに、鬼は為す術もなく呑まれっぱなしであった。
「……」
チョココが万が一にでも振り返らないように警戒するアルスレーテ。控えめに言ってもCER○に引っかかりそうな状況をこの幼気な彼女に見せるわけにはいかぬ、と。アルスレーテの自制心が奮い立っていた。
なればこそ、目の前の鬼も――ナンパの意図もないと解ったことだし――まあ、邪険に扱うこともないだろう。
「あなた達も大h「美味しいですの……!」ってそれは私のピザ……!」
「ほっほ、チョココはいい食べっぷりじゃのぅ!」
フラメディアは止めもせず、チョココの食欲を歓迎している一方、アルスレーテはチョココが咀嚼するピザを悲しげに見つめると、傍らの鬼に向かって、こう叫んだ。
「早くこの子のおかわり持ってきて……っ」
「へいへい……」
●
「合コンする気配が欠片もねえぞ……」
人知れず、ジャックの苦悶の声が溢れた。
「始まったねえ」
「ええ」
そんな声はさらりとスルーして。鵤とマッシュは縁側で茶を啜るような呑気さで酒を飲んでいた。
「目立った動きは無いな」
クローディオはワインの香りを味わいながら、ピスタチオを指先で転がしている。戦いぶりを肴にするつもりなのだろうが、現状だと中々派手さに欠けていた。無論、そこには意図もあるのだろうがと、見守る構えだ。
「ちっ……」
そんな男衆が頼りにならぬ、と、ジャックは周囲を見渡す。そうだ。この場には女性が結構な数いるのだ。なんたる僥倖!
見る。視る。観る。
アルスレーテとチョココ、フラメディアは絶賛お食事中。
メオから離れたヴィルマは草むらに座り、おっかなびっくりといった様子で観賞している。近くで動きがあればワンドを構えるのは何故なのか。
八代 遥(ka4481)は――と探したところで、目があった。視線に気づいた遥は小首をかしげていたが、何か思い直したようで微笑と共に近づいてきた。
「★▼■×!?」
ロックオン(注:疚しい意図はないことはジャックも了解している)されたと気づき――年甲斐もなく、ガタガタと震えだしてしまった。
――ど、どうする、俺様……!?
遥にしても、特に他意は無かったのだ。ただ、なんとなく皆ともっと仲良くできれば、というくらいで、これっぽっちも含む意図なんてありはしない。
「……ジャックさん?」
だから、呼びかけは至極まっとうで、親しげなもの。掲げたグラスにはスパークリングワインが注がれており、微かな音と共に淡い香りを弾けさせている。
ぎょほー、と震えるジャックから微かな奇声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。仲を深めるとは、相手を識るところから始まるのだ。否定するつもりはない。若干以上に理解もできなかったが……だから、遥はこう言った。
「良かったらご一緒してもいいですか?」
「ふ、ふぁい!?」
●
その公園で、ボルディア・コンフラムス(ka0796)の声はよく響いた。
「ッシャァ、オイ! 誰か俺と殴り合うヤツぁいねぇか? こちとら体が熱く滾って仕方ねぇんだよ!」
轟々と、大地を踏みしめての言葉には、熱がある。そして、その熱に応じぬ者達のほうがこの場には少なかろう。
「――それでは」
真っ先に応じたのは、巨躯を誇る剛である。何れも武者甲冑を着込んだ姿は重厚そのもの。ボルディアは大斧を、剛は拳銃と盾を手にしている点は違うが――その圧力は、よく似ていた。
「オアァ……ッ!」
疾駆したのはボルディアが先。雄叫びごと、まっすぐに剛へと向かう。剛は軽く後退しつつの銃撃。距離が詰まるまでに二度の射撃を見舞う。一発は半身になったボルディアが躱し、次の一発をもはや鉄塊と呼ぶべき大斧で受け止める。
「止まりませんか……!」
「ったりめェだ!」
相応の衝撃だった筈だが、ボルディアは怖じぬ。勢いのままに距離を詰めると、
「るゥァ……ッ!」
「――ッ!」
獣の如き咆哮と共に、大きく、二連の殲撃を見舞う。剛はその何れをも盾で止めた。衝撃は重く、爆音となって弾ける。
「カカッ!」
だが、倒れない。その事にボルディアは嗤い、剛もまた獰猛な笑みを返した。そこに。
「――――っ!」
声なき気勢と共に、一つの影が割り込んできた。小柄な影は俊敏、かつ正確にボルディアの懐に潜り込むと、
「疾ッ!」
呼気と共に、鋭い気勢が響いた。大地を踏みしめ、打ち上げる。快音、快打であった。銃撃すら踏み堪えたボルディアの身体が浮き上がり、弾かれる。
「やった!?」
いっそ爽やかに言った“影”の正体は鳳牙、である。得た手応えに、むしろ彼のほうが痺れているかのようであった。戦いの興奮を、真っ向から味わっている姿は清々しいの一言に尽きる。
「おやまぁ……っと!」
闖入に剛は意表を突かれているようだったが――すぐに、転身した。盾をかざし、身を沈める。
「あっちゃぁ、気づかれた!」
一見陽気な声に、くるくるくるり、と。戦斧が舞った。声の主は、リア。疾駆し、瞬く間に距離を詰めたリアは身体ごと大きく回旋。得物の戦斧の刃には型が嵌められており斬撃には成らぬ。だが、十二分な打撃足り得た。
「むっ……!」
それだけならば、剛は耐え得ただろう。だが。
「沙良っ!」
「はい」
リアの機動の隙間を貫くように、銃撃。銃撃。銃撃。浴びせられる銃撃に、剛の防御の手が散った。
「――ふふ、良い連携ですね!」
それでもなお、剛は賞賛と共に距離を外す。銃盾を扱う剛にとって足を使うことがこの場においては原則に近しい戦術理念だ。そうして、その銃口の狙う先。「沙良、下がって!」「――はい」剛の至近まで距離を詰めようとした沙良を、リアが引き止めた。銃口の先に彼女を置くことを厭うての事だった、が。無慈悲にも銃声は連なる。後退する沙良を食いちぎろうとした銃弾は、
「させない……っ!」
リアの気勢と共にその大斧に遮られて、弾けた。殷々と高鳴る音の中、剛とリア、沙良は膠着し。
「――面白ェじゃねえか」
「うわわ……っ!」
身を起こし、マテリアルの紅炎を上げながら――ボルディアは嗤った。獰猛に。至極、愉しげに。喝采をあげるボルディアは、その戦斧は大地を抉る。上がる土煙ごと避けるように、鳳牙が距離を取る中。
「てめェらまとめて掛かってきなァ!」
血煙のようなマテリアルを立ち上らせながらのボルディアの咆哮に、相対する面々の気配に愉悦が滲んだ。
リアと沙良。剛。ボルディアと、鳳牙。
盛大な四つ巴が繰り広げられようとしていた。
ボルディア達の一戦が興ると同時に、こちらも動いていた。紅薔薇が真っ向から振るった剣閃は、至近に詰めたアカシラの赤髪を掠るのみ。
「工夫がねェ!」
紅薔薇は姿勢不十分。それでも尚凄まじい剣風の最中、回避のために踏み込んだ足、そのままに少女の身体を蹴り抜いた。
「――っ」
ただ浮かせ、ただ距離を取るための蹴撃だ。軽やかに着地するや否や、紅薔薇は再加速。距離を詰めようとするが、今度はアカシラの方から退いた。アカシラの魔刀はリーチが長い。それを食い潰すだけの距離を稼ごうと踏み込めば、距離を絶無まで詰められ、刀の間合いが潰される。
−−“抜くか”。
思考を、すぐに断ち切った。攻め気を見せればアカシラは退くだろう。
カウンターとして刃を振るおうにも剣を抜く頃には距離が外されている。これでは、当るものも当たるまい。
「……」
修練だ。抜きたい、という我欲が在る。抜ける相手など、今の彼女には限られていたから。
−−だが、それとは別として此度の相対は心地がよい。
アカシラは戦巧者だった。盗むべきは己が剣に。それもまた欲として、彼女の中には在ったのだった。
――楽しい!
立会の最中、ミィリアは感嘆していた。甲冑に身を固める彼女の手には超大な刀、祢々切丸。その間合いは牡丹の刀と比べて遥かに長い。
その間合いを正確に把握した牡丹は、青眼に構えている。美しい立ち姿だった。
美しく、そして、捷かった。
ゆら、と。牡丹が動いた瞬後には、すでに彼女の間合いに捉えられている。
ミィリアとて、それはわかっている。すぐに刀は振られていた。後の先は牡丹が取った。刃が噛合う――寸前に、牡丹の身体が沈む。その影を貫くように祢々切丸の刃が流れるのを、ドワーフのあふれる女子力(筆者注:筋力)で引き戻す。
――胴!
迫る気配にそう察し、ミィリアはすぐに刀を返した。重い、重い衝撃がミィリアの身体に響く。牡丹は止まらない。すぐに後退を始めていた。舞のように、滑らかに――鮮やかに。
けれど。
「………ッ!」
牡丹もまた、止まらない。果たして、声なき気勢は誰のものだったか。轟、と。鈍い切り上げの剣風が半身になった牡丹の身体を叩く。吹き上がった桜吹雪の幻影ごと回避してもなおその身を揺らす剣筋に牡丹は目を細めながら、再び距離をとった。
「……無茶苦茶ね」
「そうでもないよ!」
喜悦混じりでそういうミィリアに、思わず苦いものがこみ上げた。
現状、牡丹はミィリアを一方的に打ち据えている。硬い鎧と守りを抜けて、牡丹の攻撃は通る。少なからず、ダメージは蓄積している。
それでも、なお、切り崩せない。薄氷を踏む、とはこのことだ。
牡丹の中の冷静な部分で、負け筋が見えていた。どこかで、ミィリアの祢々切丸が自らを捉える、と。
牡丹の目が、不機嫌に細められる。胸の奥から湧き上がる激情を起爆剤代わりに、更に踏み込んだ。
――それでも、往かない理由には、ならないわ……!
胸中で、そう吐き捨てながら。
ウィンスは地を滑るように疾駆する。長大な槍を支える身体は低く、飛び掛かる寸前の肉食獣に似た不穏さを感じさせる。
血色に似た瞳、その先には、一人の少女がいた。
『こんにちは、ヴォーパルバニーです!』
『ヴォー……?』
そう言って切りかかってきた少女――小夜の名を、ウィンスは知らない。
『斬りかかって良いですか! 良いよね、斬りかかるよ!』
ただ、刃を鞘に納めたまま勇躍し、飛びかかってきた小夜に対してウィンスは後退することで応じた。
そして。
「やり、にくい!」
小夜は苦戦していた。アカシラと紅薔薇の相対の、鏡移しのような光景だ。進めば下がり、進み過ぎると特攻は槍の穂先がひたりと据えられ、苛烈な刺突が放たれる。刀で受けた手が痺れるほどの猛撃に、深すぎる殺気であった。
――本気だ。
ウィンスの姿が霞む。眼前に置かれた穂先を前に視界が狭窄する。実力で遥かに先を往かれ、立ち回りの工夫での差を、叩きつけられていた。
「だからって刀を抜く前にやられるのはシャク……っ!」
覚悟を決めての小夜の声に、負けん気の強そうな赤い瞳が返る。来い、と。そう言っているように見えた。思考よりも早く、身体が動く。滑るように前へ。ウィンスが後退するよりも、迅く。
それでも。槍のほうがなお迅かった。
――来る。来る。来る……!
間合いを貫いて槍の穂先が迫る。穂先にだけ集中していた小夜の身体が、投げ出されるように左前方へ弾けた。刀を納めたまま、飛び込み、
「ヒャッッッッハ――……!」
草が爆ぜ、土が抉れるほどの踏み込み。屈曲した身体が爆ぜるように伸び上がると同時に、紅蓮の太刀が閃き。
「ぶっ!?」
弾かれたのは、小夜の方だった。
――避けられた!
瞬前に知覚したのは、居合を紙一重でかわしたウィンスの赤い眼。ぐるりと返した槍の柄で殴打された痛みが遅れてやってきた。
「…………っ!」
立ち上がると、ひた、と。槍が据えられる。はっきり言って、滅茶苦茶腹立たしかった。けれど。
「覚えてろぉ――――!」
やってられるか! そんな思いのほうが勝り、小夜はその場を駆け出し逃れたのであった。
「……何だったんだ」
ウィンスが首を傾げた時。馬の嘶きが、高く響いた。
●
「おお――っと! ここで来たヨ!」
酒瓶を振りかざしたフォークスが、声を張った。ハンターたちにはその気がない現状、カネヅルは鬼ーサンたちしかいない。
「メオだ――!」
手持ちの金がねェ、と興味はありつつも微妙に乗り気じゃない鬼たちを煽るためなら仲間でも種にするつもりらしい。
「さァサ、賭けるなら今のうちだよ? 後で、ってーのはなしだからネ?」
とにかく、必死だったのだ。
かたや、こちらは呑気なものだ。
「馬も持ち込みできたのじゃなぁ」
くつくつと楽しげなフラメディアに、「まぁ……」と、アルスレーテは周囲を見回した。
実際のところ、馬は少なからず公園でのんびりしていたし、自転車だってある。『得物:問ワズ』は伊達じゃない。ひな鳥のスパイスレンガ焼きを賞味しながら、指についた油を舐めとる。
「……あ」
ふと。重大なことに気づいたように、アルスレーテは声を上げると。しばし骨だけのこった皿を見つめ、こう言った。
「これイケてるわ」
「む、どれどれ」
いそいそと、フラメディアも皿にとりわけに席を立った。
戦場の例えとしては不敵かもしれないが、熟く花より団子な二人であった。
なお。
「…………まだ食べんのかよ」
「もちろんですの――!」
チョココは一人の鬼を専属の配膳役として、延々食べ続けているのであった。
ゴー、ホットドックー。
のんきな声を上げるメオは斧をぶんぶんと振り回しながら突撃を仕掛けたかと思うと、そのまま通り過ぎたところでぐるーっと大回りをし始めた。
「ウィンスくんもちょっとやりにくそうだねえ……」
「あれは何か意味があるのか?」
底意地の悪い顔で酒を煽る鵤に、クローディオは真顔で問うた。大規模な作戦の際には同じ小隊に属している仲だが、この奇行だけは未だにつかめない。
ウィンスにしても、じっと向き合ったり、ただ通り過ぎたり、という猛突――的な何かに、ほとほと困惑している様子である。
「…………まぁ、遊んでいるだけでしょうね」
マッシュは呆れ九割九分九輪といった調子で応じた。それでも、その目は構えるウィンスではなくメオを追っているのだから、我ながら手に負えない。嘆息しつつ、努めて視線を外す、と……。
●
クレールと、七葵の相対が始まっていた。かたやどこぞから調達したレイピアに、白柄の刀がゆらりと重なる。
「――いざ、尋常に」
七葵の言葉に、クレールは「はいっ!」と応じ、深く笑みを返す。転瞬、その表情が真剣そのものに変わり。
鉄が撓り、空を払う独特の音が響く。直後、七葵の刀が噛み合った。
一瞬の均衡。直ぐに、崩れた。クレールのヴォルテと、七葵の巻き返しが走り、残響を残す中、次の動きが刻まれていた。
半身になったクレール。基本に忠実、ゆえに凄烈な突き込みが走る、と。
「ら、ァ……ッ!」
その突きを前に、七葵は一歩を踏み込んだ。突きの速さに言葉も追いつかぬ。だが、その刀は正確に、そして苛烈な袈裟斬りを刻み、クレールの体を打った。
「――っ、く」
模擬戦のならいで、刃は返されている。しかし、衝撃にクレールの姿勢が崩れた。少女は崩れた体で、それ以上の追撃を避けんとレイピアを掲げるが、七葵は大振りはしなかった。好機を、むしろ静やかに攻め立てんと鋭く刀を回し、クレールの小手を打つ。
ちり、と。クレールの背筋が凍えた。
負けたくない、と。一心を込めて地を踏み、突き込み。
「貫き、通す!」
身体に叩き込んだ、基本の型、ファント。劣勢でも、己を通すべく放った一撃は、斬撃の太刀を受けながらも届き。
流れるように、体を整えた。
「――いきます!」
まるで、彼女が扱う紋章剣――機導術の軌跡をなぞるように、なお鋭く、猛々しい一撃が放たれた。
鮮烈な一撃。それを、突かれた衝撃のまま一歩を下がった七葵は、
「いい太刀筋だ」
見惚れるように、そう零した。まっすぐで、陽光の如き熱を持った突剣を――。
「……だが、甘い」
惜しむように、そういい。しゅらり、と。刀を返した。猪突したクレールの体が大きく泳ぐのを見届けることなく、七葵は白柄の刀を振る。
「そこまで!」
クレールの背筋に、冷風が叩きつけられる瞬前、真白の鋭い声が響いた。
「……ぷ、はぁ……」
クレールが膝折れ崩れる。堰き止められていたかのように、滝のように汗が流れ始めた。肩で息をするクレールは目を細める。
――本気で、ぶつかってくれたんだ。
そんな、感嘆と共に、こう言った。
「お強い、ですね……!」
相対の時にぶつけられた思いのような言葉に、七葵は微かに頬を緩め、
「運が良かっただけだ」
と、嘯くように、呟いたのだった。
●
鵤はぼんやりと、それを見ていた。
ウィンスの元を離れた――多分飽きたのだろう――メオが馬首を返し、こちらを見やるのを。
クレール達の相対を見ていたマッシュは気づかないままだ。
「……突っ込んできそうだねえ」
「ああ」
適当にこぼした言葉に応じたのは、以外にもクローディオだった。そっと立ち上がると、何処へかと移動し始める。
「どうしたのぉ?」
「……ヴィクトリアが危ない」
「あ、そ……」
愛車をいそいそと移動させようとするクローディオの背を、鵤は見送ったのだった。
●
クレールと七葵の決着がついた頃。
ミィリアと牡丹。二人の剣士の闘いも、幕を下ろそうとしていた。
ミィリアの傷は、決して軽くはない。執拗に、それでいて素早く攻め立てる牡丹に有効打を打ち込めないままに、甲冑の上から斬撃を見舞われていた。
――牡丹ちゃん、強い……っ!
感嘆するミィリアと対照的に、牡丹は無言・無表情を貫く。集中を切るつもりはない。
張り詰めた意識の中で、それが切れたが最後、食いつかれて、食い破られる、と。確信があった。それでも、勝つために、往く。
「……ッ!」
一歩を、踏み込んだ。風を切るような足運びに、ミィリアは即応してみせた。
――慣れてきてる。
忸怩たる思いと共に、牡丹の目が細められる。自然と、気勢が奔った。
「たァ……ッ!」
呼気と共に、気が丹田に落ちるイメージ。斬撃はこれまでよりもなお鋭く走った。その一太刀を、ミィリアは超大な刀で受ける。刀を持つ右手に、刃の背に左手を添えて、小さな身体に万力を込め――拮抗。そして。
「―――――」
言葉が、牡丹の耳に触れた。その意図を理解するよりも早く、視界が流れた。踏み堪えようにも身体は既に、浮いている。
あまりにも絶妙な、《足払い》。ミィリアの絡め手に、牡丹は対応できなかった。どこかで力押しだけで来る、と。そう思っていた。思ってしまっていた。
――油断、した。
理解と同時に、様々な感情が湧き上がってくる。渾然としたそれらの中身は、牡丹には解らない。けれど、覚悟はすぐに出来た。
首を動かす。ミィリアの表情を見たい、と思ったわけではない。
――手加減したら、承知しないから。
そんな、想いだった。
「あァァ……ッ!」
轟、と。音と同時に、剣風が奔った。瞬後には、牡丹の胴をあまりにも鈍い衝撃が打ち抜き――大地に叩きつけられる痛みと共に、牡丹は意識を手放した。
●
高い蹄の音が響くに至って、マッシュはようやく接近に気づいた。
「……っ!」
彼らしからぬ、少しばかり冷静を欠いた動きで素早く立ち上がると、“降り注いだ”戦斧の一撃を受け流す。
「……何をしてるんです?」
「遊ぼ――――」
「……」
だーっと勢いのままに遠ざかっていくメオは、ドップラー効果を残してそういった。
その間にいそいそと酒を鵤に渡すと、人を喰ったような視線が返った。気づいてましたね、と軽く睨むと、へらり、と笑顔が浮かんだ。
マッシュは首を振ると、呼び寄せた愛馬に乗馬し、メオのあとを追うことにした。
「さて、どうしますかね……」
呟いた、眼前で。
メオが、緊迫する二人の只中をぶち抜いていった。
少し、遡る。アカシラが退く形で立会を終えた紅薔薇は、ある男の元へと進んでいた。
腰にはいた刀に手をかけ、ただ、じっと見つめる先。
「――ベニバラ」
その視線に引き出されるように、ウィンスはその名を呟いた。
「抜けずにいた剣じゃ」
紅薔薇は応えず、ただ、呟いた。
言いながら、腰を落とす。音もなく刃が抜かれるや、大上段に掲げた。
――雑な事してると刀が泣くよ。
アカシラはそう言って、飽きたように紅薔薇の元を離れていった。
ある意味で、それでも良かった。紅薔薇自身が刃足り得れば、良い。そのために、今必要なことは。
「お主なら」
少女の身から吹きあげ、叩き付けるマテリアルの奔流。殺意はない。ただ、己を高めようとする身勝手な我欲が、そこにある。
相対するウィンスには、それがよく解った。それを前に――強く、槍の柄を握り締める。
胸の奥から湧いた震えの理由は、彼には解らなかった。ただ。だからこそ。
静かに、構えを取る。
瞬後。
「行くよーー」「すみません……」
駆け抜けていったメオとマッシュが、合図となり。
二人は一斉に勇躍した。
どんだけ猛撃を受けても。ボルディアは没むことはない。ただ、猛然と斧を振るう。
「おらァッ……ッ!」
紅い治癒の霊呪が疾走る身体で、ボルディアは殲撃を二度走らせる。狙う先は前衛に立つリア。沙良と連携を取る二人を、装甲と治癒力にものを言わせて真っ向から潰しに掛かった形。
「リアさん!」
「ぐ、ぅ……!」
二撃のうち一撃がその体に届いた。堪える事も能わず、斧で受けた身体が宙に浮かぶ。沙良が銃撃で援護をするが、ボルディアは止まらない。轟々と足音すら立てながら猛追する。
「先ずはアンタから沈みなぁ!」
「……くっ!」
次いで放たれた大斧を、リアは沈み込むようにして回避。そのまま、「――まだ、まだァ!」と、斧を叩き込んだ。超重な斧が瞬く間に走り、ボルディアの心窩を打ち付ける。
「あァ……っ!」
そのまま更に踏み込み、炎を纏う一閃を叩き込んだ。その重さにボルディアの身体が僅かに傾ぐ――が。決め手足り得ない。
――このままでは、ジリ貧、かなぁ?
回復に手を回すボルディアは、決して手数が多いとはいえない。だが、その耐久力を打ち崩すのは至難。その豪力も相まって、徐々に窮そうという所だった。
弱気ではない。純粋な計算の後に、そう思った――瞬後。
「行きます」
「……って!」
リアの傍らを、影が抜けた。静かな気勢と共に、沙良が往ったのだった。リアの一撃に体が泳いだボルディアの懐に潜り込み――その鎧の隙間に研ぎ澄まされた一閃を放つ。「づ……っ!?」と、ボルディアの苦悶の声が先に響いた。急所をついたか、とリアが理解したと同時――。
「沙良……ッ!」
「らァァァァアアアッ!」
豪風が、轟いた。沙良と、それを庇おうとしたリアはもろともに吹き飛ばされ――。
対して、剛。こちらも苦戦していた。
「……なかなか、手が早い!」
「このくらいできなけりゃ、兄さんを守れないぜ……!」
法術での回復をしようとするも、距離を詰める鳳牙の拳がそれを妨げる。ジャマダハルの刃を交わしながら、続く蹴撃を剛は巨体で支えた。
――心地良い。
どちらもともなく、そう思った。剛は、真っ向から打ち込み、笑みすら溢す鳳牙のひたむきさに。鳳牙は、それら全てを真っ向から打ち込む剛の――男気、とも言うべき強さに。
戦士としての《格》は圧倒的に剛のほうが上だ。それは言うまでもない。しかし、鳳牙は一切の小手先の技は使わず、さらに拳を振るっていく。
撃ちこめ、と。引き出されるように。
こらえ切れずに、鳳牙は歓喜の声をこぼした。
「いいべ! オラ楽しくなってきただ!」
「はは、それが素ですか」
「おめぇ、中々だべ! でもオラもまだまd……っ!?」
剛の盾を膂力で押し弾き、鳳牙が一打を見舞おうとしたと、同時のことだった。
「おじゃましまーーーす! ひゃっはーーー!」
横合いから、銀影が迫っていた。喝采と共に、剣閃が疾走る。小夜だ。ウィンスのもとから遁走し、機を伺っていたようである。溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように――収めた刀を、奔らせた。低い位置から、切り上げの一撃。
「お、お、お、……!?」
剛は冷静に、距離を外す動きを取った。遅れたのは、鳳牙のほうだった。剛の隙を突くために、前のめりになりすぎていた彼は、
「殺ったーーー!」
そんな声と同時、衝撃に弾かれ、彼方まで弾き飛んでいった。
●
騒乱極まる周囲と対照的に、此方は静かなものであった。
真白と七葵の一騎打ち。まさに今、この時より火蓋が切って落されようとしていた。
「では、尋常に」
とつ、と。言葉が落ちて、解けるように消えた。雪のように儚い呟きに、七葵は腰を落とす、と。
「――勝負!」
瞬後に、疾走した。七歩は有ろう間合いを、七葵はその瞬脚で食い潰す。その速度に、真白は僅かに目を見張らせた。合わせるように刃を振るう、が――合わぬ。
疾、と。短い気勢と共に七葵の刀が奔った。それは掲げられた真白の手を撃つ。
「届いた……!」
喝采が、真白の至近で響いた。転瞬、真白の目が引き絞られた。
――げ。
一瞬で、七葵の肝が冷えた。真白の人となりは少なからず、知っている。名前や、やわらかな外見とは裏腹に。
「遅い……!」
その内奥は、苛烈に過ぎる。撃たれた直後にもかかわらず、その足は前に出る。
「……っ!」
姿勢は崩れていたはずだ。そこからの壮烈な踏み込みに七葵は舌を巻く。
真白の剣は苛烈だが、その業は柔らかい。未だ少女の身体がそうさせるのか、真白の足は確かに土を噛み、その力は胴へ至り、回旋しながら――手首に至る。殷々と音を曳いて、真白の刃が七葵の胴を切り払う。
「――次は此方から」
七葵の体が乱れた。その隙を、真白が見逃すはずもなく。更に一歩を、踏み込んだ。泳ぐ身体の、更に背側に回り込もうとする真白の機動を、七葵は耳で感じ、
「おォ……ッ!」
反転、強引に地を踏みしめて――蹴撃を返した。刃では届かなかった時間を強引に引き寄せた一打に、真白の手が止まる。だが、ぬらり、と滑った。更に、更に一歩を踏み出して、間合いを詰めてくる。転瞬、真白の目から光が失せ――しん、と。真白は身を沈めた。
「剣の道は果てなく、未だ極致は遠かれど」
まるで、己の身から深奥を引き釣り出さんとするかのような声だった。忘我の果て、絶無の距離の中、真白は手首を返す。音無く疾走る剣閃を――しかし、七葵は見届ける事はなかい。
「――――――ッ!」
怒声と共に。ぐるり、と上体を引き絞っての、全力の刺突。渾身の一撃を最後に持ち込むと決めていたのはこちらも同じ。紙一重の勝機を目指して放たれた一閃は――。
「そこまでっ!」
クレールの声に、止められた。
瞬間、真白の瞳に感情の火が灯ったのを七葵は至近で見た。
怒りだ。その対象は、至らなかった真白自身へのもの、だろう。その感情は、七葵には痛いほどによく知れた。
小刻みに震えながら、《眼前》に据えられた刃から目をそらすこと無いままに――。
「……もう一戦」
そう言ったのだった。
●
自転車を離れた所においたクローディオは、“それ”を見た。見てしまった。
ゆーらゆらと揺れる、ヴィルマ・ネーベルの姿を。
「だれっ!?」
クローディオの気配に敏感に気づいたヴィルマが振り向く姿に両手をあげたクローディオは害意が無いことを示す。
ヴィルマはクローディオの顔を確認すると、仄かに安堵の息をこぼした。
「クローディオさん……」
「さん?」
放置するのも心苦しく、傍らまで寄る。
「座っても?」
「う、うん、いいよ……?」
クローディオが座るのを見届けると、微かに怯えをにじませながら、彼方の……木陰に置かれたクローディオの愛車を見やる。
「……ヴィクトリアは、いいの?」
――喋り方は兎もかく、存外、まともらしい。
愛車の心配を名称付きでされている現状のほうがおかしいのだが、その事に気づけるクローディオではなかった。
「彼処なら安全の筈だ」
「そう……」
ヴィルマは酒を呷る。クローディオはそれを、見守る他ない。
「皆、楽しそう……ウィンスさんも、クレールさんも、メオさんも」
「……そうだな」
やけに寂しげな目だった。なぜ、彼女は一人で此処にいたのか。なぜ、眩しそうに仲間達の騒乱を見守るだけなのか。
玻璃の彼方と見つめるヴィルマを横目に、それでもなお、クローディオにはその距離を踏み越える気にはなれなかった。深入りを、彼女自身が拒んでいるように見えた。
すぐに、ヴィルマの口元が、綻んだ。
「楽しい、ね」
「ああ」
――その時、轟音が轟いた。
●
少し、遡ろう。
汗を流したアカシラが戻ってくると、そこはえも言えぬ戦場となっていた。
「……なにしてんだ、アンタ」
「ぉ?」
応じたのは、閲覧禁止につき謎の物体Xと化していた、黒の夢である。もみもみのくちゃくちゃにサれた鬼ーサンは白目を剥いて気絶していた。
「……服、着なよ。寒くないのかい?」
「んー、すっかり暖かくなったのな〜〜♪」
上気し過ぎた黒の夢の肌には艶がある。すん、と鼻をすすったアカシラは、
「なんだい、酔ってんのかい」
「んー……我輩酔ってるの?」
「良い感じにね」
アカシラが手近な酒を取りにいくと、フラメディアが迎えた。
「馳走、感謝するぞ」
「おーおー、好きにやってくれ」
「うむ! にしてもお主ら、太っ腹じゃのう……?」
悪戯っ気込みの視線の先には、チョココやアルスレーテ達がいる。
「……あなた、まだ食べれるの?」
アルスレーテの言葉には、もはや呆れが混じっていた。彼女は既に――常識的な量で――リタイアしており、今なおスパゲティで口元を汚し続けるチョココを怪訝そうに眺めている。
「んー……」
目の前の皿を暫くじっと見つめていたチョココであったが、給仕役になっていた鬼を見上げると、
「そろそろデザートが欲しいですの!」
と、意気揚々とそう告げた。「へいへい」と、呆れ混じりに取りに行く鬼であったが。
「……ちょっと」
アルスレーテが、その背に言葉を投げた。少しばかり、恥じらいを籠めた声は小さく、かすれるように紡がれる。
「あ?」
「私の分も」
――そんな様子を眺めながら、アカシラは微笑した。
「こうしてアンタらに応報しなくちゃ、アクロの奴が化けて出てきちまう」
「なるほど、のぅ」
ちび、と酒を舐める。アカシラの心意気は、フラメディアにとっては肴足り得たか。先ほどよりも心なしか、旨味が増した心地がした。
その時だ。
3つの動きが、同時に起こった。
ひとつ。吹き飛んだリアと沙良が同時にアカシラ達の元に飛び込んできたこと。
ふたつ。弾き飛ばされた鳳牙が、仲睦まじく話し込んでいた(?)、ジャックと遥の元へと飛び込んだこと。
みっつ。黒の夢がアカシラの角にしゃぶりつき、アカシラが「ひあぁ!」と可愛らしい声を上げたこと――まぁ、これは詮なき事であったのだが。
惨劇が、始まろうとしていた。
●
ジャックは、何を話していたかも覚えていない。緊張しすぎてそれどころじゃなかったのだ。遥はそれでも困ったように笑っていてくれて、混乱しながらも、少なからず感謝の念を抱いていた、のだが。
「うああああっ!」
「ブッ!?」
そこに、少年が飛び込んできた。鳳牙の立派な鬼角が、ジャックの頭部に痛打を見舞った鈍い音は、少年の悲鳴に呑まれて消えたようだった。
「ぶっほぉ……」
薄れゆく意識の中で、ジャックが目にしたのは、
「少々おイタが過ぎますね?」
笑顔で殺気をブチばら撒く遥の姿。その神々しくも恐ろしい姿に心底から戦きながら、ジャックの視界は暗転した。
――優しいだけの3次元なんて、やっぱりなかったんだな……。
●
正直なところジャックが何を話していたか殆ど解らなかったのだが、微笑ましくも相互理解に努めていた遥にとって、『それ』はまさに地雷だったようだった。
轟々と立ち上るマテリアル。それは、彼方で得物を構える紅薔薇にも劣るものではなく――。
「……」
「うひぃ……」
笑顔のまま、一歩を踏み出した。ナチュラルに踏みつけられた鳳牙は鬼気迫る様子の遥に何も言えず、小さく息を呑む。気付かれたらどうなるかわからない。恐怖に言葉を呑みこんだ、そこで。
「……頭、冷やしましょうか」
視線もくれないままに、鳳牙の直上から氷柱がぶち込まれた。身体を縛る寒さよりも先に、遥の無情さとその威力に痺れ――。
「……にいさ、西方、えらいとこだっぺさ……」
言葉を残して、鳳牙は脱落したのであった。
●
彼方では氷雪が渦を巻いている。剛と小夜は不意打ちに仲良く呑みこまれた。残るボルディアは、両手を掲げて得物を投げ捨てている。「得物もねぇやつを殴る気にはなれねぇ」、という事らしい。尤も、彼女も撃たれれば殴りかかる腹積もりなどだろう。睨みあったまま、動かない。
そんなことをぼんやりと思いながら、マッシュはメオと相対していた。
「……っ」
直後。真向かいから風巻く斧が振りおろされた。マッシュは馬上で大きく身体を傾け、馬が方向転換するのと併せてその軌跡から身を逸らす。間合いはメオの方が長い。交差する寸前に突きこもうか――とすると、メオと目があった。その上体は斧の重さに大きく揺らいでいる。
――突き落したら、すぐ終わりそうですね。
そう思いながら、何故か、出来なかった。そのまま通り抜けて振り返ると、メオも馬を止めていた。
マッシュの傾いだ姿勢を支えていた馬が、不機嫌そうに息を鳴らす。とん、とその背を撫でると、馬は歩を進め出した。メオの傍らに辿り着くと、自然と足を止める。
「ご飯、行こー?」
「……はい、はい」
たかし丸を掲げながらのメオの言葉に頷くと、メオはまっすぐにとある人物の方角へと馬首を巡らせた。
その先で。鵤がへらりと笑い、腰をあげようとしていた。
そのまま、何処へかと歩いて行く。
●
紅薔薇が、未だ一太刀を残していることをウィンスは知っている。
故に、二人の闘いは機動戦の様相を呈していた。
徹底的に間合いを外すウィンスと、それを詰める紅薔薇。
待っている。ウィンスにはそのように見えた。
「……クソ」
紅薔薇の間合いで応じないのは、正道だ。分かってる。けれど、小さく、吐き捨てた。
己の裡で、何かが淀む。それすらも自覚出来ていただけに、歯がゆい。
その時だ。
――存外、つまらないね。君は。
まただ。耳鳴のように、響き続ける、あの男の声。吹き上がる激情が、気つけばウィンスを突き動かしていた。
その動きを、この少女が見紛う筈もない。
「感謝するぞ、ウィンス殿」
紅薔薇は、大上段に刀を掲げ、その体が張り裂けんばかりの力の奔流に身を投げ出すように間合いを詰めた。ウィンスは退かない。ただ、その槍をもって応じた。
「これが……妾の剣の終着点なのじゃ!!」
「上等だッ!」
続いた音は鈍く、結果は派手に刻まれた。ウィンスの身体は公園の彼方まで弾き飛ばされ、突き穿たれた紅薔薇は膝を突き、斃れ伏す――寸前。
歩み出ていた鵤がその身体を抱き上げていた。鵤はぽん、と脱力した紅薔薇の小さな身体を叩きながら、小さく笑うと。
「……お疲れさん」
今の己には届かぬ頂きをまざまざと見せつけられたウィンスは血を吐きながら、悔悟にも似た感情を抱いていた。
ただ、それを思考にするには、紅薔薇の一撃はあまりに凄まじくて。
「……無茶をする」
「ウィンスさん……?」
最後に、クローディオと誰かの声を聞いた気がした。
●エピローグ
「……勝つまでやるとは」
「引き分け、だ」
困憊した七葵に、真白は悪びれることはなく、しかし視線は合わせないままにそう言って、茶を味わっていた。
「……あいたた、しかし、こっぴどくやられましたな」
「燃え尽きたゼ……真っ白にナ……」
剛が癒やしの法術を紡いでいると、小夜は気持ちよさ気にそういった。
「面目ねえ……」
こちらも治療してもらった鳳牙が、頭をかいていた。後者二人は夫々ウィンスと遥に痛撃を喰らった分傷が重かった。
「しかし、楽しかったですな」
そんな二人に剛は笑いかけると、どす、と酒を置いた。
「さて。こんどは此方でやりますか」
そんな言葉に、二人だけでなく周囲の鬼達も湧いた、とか。
「アカシラ!」
「ン?」
ずかずかと歩いてきたフォークスは、ずびし、とアカシラに指を突きつけた。
「今度こういう機会があるまでに鬼達は小遣い制にすること! いいね!」
「あ……?」
怒り心頭、といった様子なのは――宜なるかな。今回、最後まで立っていたのはボルディアと遥の二人だけ。賭けが立っていたら、胴元としてはさぞ美味しかったことだろう。
「いいね!」
「……お、おう」
呆然とするアカシラを置いて、フォークスは何処かへと去っていった。
「小遣いねえ……」
「アカシラちゃん……力強いぃ……」
声に、ほぼ半裸の黒の夢を羽交い締めにしている所であった事を思い出し、少しだけ拘束を緩める。
「……気持ち悪い声をだすんじゃないよ」
なお、正当防衛である。
「……もう、食べれない」
「ですの……」
「大丈夫ですか……?!」
ぐふ、と変な息をもらしながら、アルスレーテとチョココが天を仰いで大の字になってクレールの看護を受ける傍らで、ジャックは一人、横になり、身を丸めていた。
暗澹たる結果に後悔ばかりが募る。その中でもより印象深いのは、意識をなくす寸前に見た、遥の横顔だ。それは、ジャックの柔らかい心を縛るには、十分なもので。
「やっぱり二次元のほうがいいぜ……」
結局合コンの何たるを識ることはないままに、ジャックの挑戦は幕を下ろした。
――それぞれに、それぞれの幕引きを伴って。動乱に満ちた一日は穏やかに終わりを迎えたのだった。
依頼結果
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よろしい、ならば闘コンだ ウィンス・デイランダール(ka0039) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/03/16 13:54:18 |
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![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/16 05:38:06 |
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![]() |
アカシラに質問し隊(質問卓) アルスレーテ・フュラー(ka6148) エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2016/03/11 22:20:16 |