ゲスト
(ka0000)
【AP】あなたはヴォイド
マスター:星群彩佳

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2016/04/08 07:30
- 完成日
- 2016/04/21 16:19
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
この世界には歪虚――ヴォイドと呼ばれる闇に属する存在がいる。
【悪徳の七眷属】を筆頭に、雑魔、堕落者、契約者と、命あるものの天敵と言える存在だ。
世界の破滅を望む者達だが、その存在がどのようにして誕生したのかは明らかにされていない。
この世に深い恨みを持ったせいなのか、あるいは狂気に染まってしまったからなのか、それとも自分が自分である為に闇に墜ちてしまったのだろうか?
そう――長年、ヴォイドと戦い続けているハンターですら、知らないのだ。
だが、ヴォイド自身は知っている。
自分が何故この世の破滅を望む者になったのか、そしてヴォイドとして何を成しているのか――を。
そして『あなた』もまた、分かっているはず。
何故なら『あなた』はヴォイドと呼ばれる存在だから。
さあ、ここで語ろう、聞かせよう。
『あなた』が何故、ヴォイドになったのか。
そしてヴォイドとなった今、何をしているのか。
闇に属する者となり、命ある者達の敵となり、何を思っているのかを……。
【悪徳の七眷属】を筆頭に、雑魔、堕落者、契約者と、命あるものの天敵と言える存在だ。
世界の破滅を望む者達だが、その存在がどのようにして誕生したのかは明らかにされていない。
この世に深い恨みを持ったせいなのか、あるいは狂気に染まってしまったからなのか、それとも自分が自分である為に闇に墜ちてしまったのだろうか?
そう――長年、ヴォイドと戦い続けているハンターですら、知らないのだ。
だが、ヴォイド自身は知っている。
自分が何故この世の破滅を望む者になったのか、そしてヴォイドとして何を成しているのか――を。
そして『あなた』もまた、分かっているはず。
何故なら『あなた』はヴォイドと呼ばれる存在だから。
さあ、ここで語ろう、聞かせよう。
『あなた』が何故、ヴォイドになったのか。
そしてヴォイドとなった今、何をしているのか。
闇に属する者となり、命ある者達の敵となり、何を思っているのかを……。
リプレイ本文
●残酷な黒聖母
――それは異様な光景だった。
小さな町で、人々が殺し合っている。
残酷なその光景の中心には、一人の黒き聖母――黒の夢(ka0187)がいた。
慈愛の表情を浮かべた顔に、巨大化した黒い女体、その腹は異常なほど膨らんでいる。背には輪後光が輝いており、その首には壊れた神呪の鐘「ニエンテ」がかかっていた。自動的に鳴る奇妙な鐘の音に合わせて、黒の夢は眼を閉じながら歌っている。
「せかいは『あい』でできている。この『あい』からはなにものも、のがれられない。さまざまないのちたちよ、さぁさ、わがはいのなかにおかえりなさい」
黒の夢がいつからここにいるのか、殺し合っている人々は分かっていない。
いや、正確には気付かなかったのだ。
町の中心にある広場には大きな木が一本あり、その根元に黒の夢が座って歌い始めたのはいつのことか――。
目立つ容姿をしているのに、誰にも気配すら気付かせなかった黒の夢の正体は歪虚だ。
人々の前に姿を現すことは、即ち滅びをもたらしに来たことに違いない。
実際に黒の夢の姿を眼に映して美しい歌声を聞いた途端に、人々は正気を失って殺し合うようになったのだ。
やがて最後の一人が絶命して地面に倒れると、ようやく黒の夢は歌うのを止めて立ち上がる。
「うなっ、美味しそうだね♪」
満足そうにニッコリ微笑むと、大きく口を開けた。すると血や死体が、黒の夢の口の中に吸い込まれていく。
黒の夢は全ての人々を飲み込んだ後、血に濡れた唇を真っ赤な舌でペロッと舐めて、更に大きく膨らんだ腹を愛おしそうに両手で撫でる。
「――うん、これなら丈夫なコ達が生まれるね」
すると次の瞬間、黒の夢の足元から黒いモヤが発生した。モヤは徐々に広がり、濃くなっていく。
やがて広場を覆い隠すほどのモヤの中から、新たな複数の歪虚が誕生した。
しかし一体の小さな人型の歪虚が足元から見上げているのに気付いて、黒の夢は慌てて後ろに下がる。
「うななっ!? 下から覗いちゃダメなのな! めっ!」
恥ずかしそうに顔を赤く染めると、追い払うように手を振った。
出産を終えると、次第に黒の夢の体は人型サイズへと縮んでいく。
「前に喰べたのが『はんたー』と呼ばれている者達だったから、随分と強い歪虚が誕生したのな」
既に黒の夢の存在はハンター達の間では有名となり、賞金首にもなっている。
その為、黒の夢を倒そうと何人ものハンター達がやって来るものの、先程の人々と同じ【魅了】と言う名の呪いにかかり、結局返り討ちになって喰われていた。
「……でも何で我輩は、こんなことをしているんだっけ?」
しかし黒の夢は、自分が何をやっているのかイマイチ理解していない。誰かに命令されたわけではなく、また使命感からやっているわけでもない。
なのに歪虚と成ったその日から、こういうことをほぼ毎日のように行っているのだ。その行動を繰り返すことがある意味、本能のように。
黒の夢は歪虚になったその瞬間に、それまでの記憶を全て失ってしまった。つまり自分が何者であったのかさえ、今は覚えていないのだ。
ただ無意識の内に今回のように生きているモノ達が集まっている場所へ向かっては、殺し合わせて全ての命を喰らう。そして新たな歪虚を産み出している。
「我輩はただ、みんなを平等に扱いたいだけなのかも? だからこの方法で、平等に殺し合いをさせているのかな?」
黒の夢は、自ら手を下さない。
だが命あるモノを一度滅ぼし、自らの肉体を介して、再びこの世界へ誕生させる――。
その行為を繰り返していくうちに、黒の夢は歪虚として確実に力をつけていった。
それこそ大勢のハンターが襲い掛かって来ても、平然と返り討ちにするぐらいには。
「でもまだまだ力を蓄えなきゃ……。ああ、お腹が減ってきたな」
虚ろな表情で、黒の夢はへこんだ腹を撫でる。
「また喰べに行かなきゃ……」
ぼんやりしながら歩き出した黒の夢の胸元で、壊れた鐘の音が悲しそうに鳴った――。
●小賢しき女歪虚
その雑魔は、一見黒いカラスのような姿をしている。
だがその大きさは普通のカラスよりも何倍も大きく、前足で人間の成人男性を捕まえられるほどであった。
夜、高い木の枝にとまっているカラス型の雑魔は、大きく息を吐く。
「ふぅ……。大分人間を喰らってきたが、まだまだ力不足のような気がするのう」
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)は、人語まで話せるほど知能をつけた。
またその大きさも誕生したての頃は普通のカラスと同じだったものの、人間を喰らっていく中で徐々に成長したのだ。
「この山が連なる場で誕生したことは覚えておる。夜にたまたま通りかかった一人の人間の男を見て、『美味そうだ』と本能が告げてきたのをきっかけに、人を喰らうようになったのだが……」
だが誕生してそれほど時間が経っていないせいか、あるいはまだつける知識が足りないせいか、レーヴェは自分自身の存在があやふやに思えてならない。
はじめてやった時と同じ方法で人間を喰らっていたら、ある日、大勢の人間が松明と武器を手に持って山の中に入って来た。
流石にあの群れに襲い掛かるのは無謀だと思い、時を待つ。
すると用足しの為に、群れから一人の男が動いた。男が群れから充分な距離を取ったのを木の上から確認すると、レーヴェは素早く飛び立つ。そして男の首の肉を齧り取る。
声帯ごと首の肉を齧り取られた男はそのまま絶命して、地面に倒れた。
その音を聞きつけて仲間達が向かってくるのを察し、レーヴェはそのまま飛び去る。
明らかに歪虚の仕業だと分かる死体が出た為に、人間達は慌てて帰って行った。
「う~ん……。でもあやつらが去り際に、『ハンター達をっ……!』と言っていたのが気がかりじゃ」
レーヴェは気まずそうに呟きながら、片方の翼で頭をかく。
この山にはレーヴェ以外にも歪虚が存在しており、そのモノ達から天敵と言えるハンターという存在を教えられていた。
ただの人であれば、既にレーヴェの敵にもならない。
しかし歪虚と戦う術を持つハンターとなれば、話は別だ。今まで対決したことがないこともあり、考えれば考えるほど不安が広がる。
「……ここはやはり、一度この場を去るしかなさそうじゃな。ヤレヤレ、住み慣れた場を離れるのは、寂しいものがあるのう」
重いため息を吐くと、レーヴェは翼を広げて飛び出した。
「じゃが聞くところによると、歪虚という存在は領地を持つモノもおるそうじゃ。新たな土地を選ぶのは、慎重にならなければならないのう」
下手をすると同族争いになってしまう為に、それだけは避けたい。
「各地で敵を作ることは愚かと言えるのじゃ。……ここはやはり、しばらくの間は人里から離れていた方が良さそうじゃのう。そして同属がいない所を探し出すしかなさそうじゃ」
となれば、次の場もやはり田舎の山辺りになりそうだ。
「私のこの姿では、海では目立つしのう。早く人型になれるまで、力を付けたいものじゃ」
他の歪虚から聞いた話だが、最初は人外でも力を付ければ人型に変身することもできるようになるそうだ。
また歪虚としての気配も隠せるようになって、人間の中にいてもバレないこともある。
レーヴェは気持ち良さそうに夜風にふかれながら、闇の中を猛スピードで飛んで行く。
「この姿で強くなっていくのは喜ばしいことじゃが、やはりもっと進化はしたい。――そう、ハンターどもを倒せるぐらいには、のう」
闇の中で、レーヴェの眼が鋭い光を放った。
「しかし力を付けるまでには時間がかかりそうじゃ。新たな場では喰らった人間の一部は残して、他の歪虚の住み家にでも置いておくかのう」
くくくっと喉の奥で意地悪く笑う。
「もし再びハンターどもめが私に眼を付けた場合は、そうするのじゃ。他の歪虚にハンターどもが意識を向けているうちに、私は他所の土地へと移るのじゃ。おお、それが良いのう」
そしてふと視線を下に向けると、村が眼に映った。
「――それまでこの土地はお預けじゃ。私がいつか人型になるまで強くなった時には、堂々と村に足を踏み入れようぞ!」
その時を想像しながら、レーヴェはより高く飛び上がる。
●歪虚堕ちした元女ハンター
夢路 まよい(ka1328)はその時、歪虚となった自分を倒しに来たハンター達と戦っていた。
「うふふ、弱い弱い。この程度なら、私がハンターだった頃の方がよっぽど強かったわ」
――そう。まよいは元はリアルブルーの人間であり、ハンターであった。
しかし今やハンターの時に得た戦いの経験を活かし、元同業者達を死に至らしめる恐るべき歪虚と化したのだ。
まよいは『前世』からの影響からか、冷気を操る歪虚になっている。
ハンター達を強い冷気によって凍らせて動きを制限させた上に、更に気温を下げて眠りに誘うという能力を使っていた。
強い冷気が吹き荒れる中、ハンター達は全員死に続く眠りに落ちる。
平然と立っているのは、まよいと配下であるアイスゴーレムのみ。
「ふう……。まあ一般人と戦うよりは、元同業者達と戦った方が楽しいんだけど……。弱すぎたら、面白味に欠けるわね」
つまらなさそうに軽く息を吐くと、まよいは背を向けて歩き出す。
「後は時間が経てば、彼らも歪虚になるわ。私の新たな配下になるわけだけど、わざわざ待っていることもないわね。ちょっと疲れたし、休もうっと」
まよいはハンター達の見張りをアイスゴーレムに任せて、近くにある大きな木の上に飛び乗ると、そのまま座り込む。
「あ~あ、結局私ってハンターになっても歪虚になっても、大してやることは変わらないのね」
元々転移者であるまよいは、どこか夢見心地のまま生きていた。
それでもハンターになり、仲の良い仲間達がいたからこそ、まよいは地に足をつけて生きていられたのだが……現実は厳しかった。
激しい戦いが続く中で、仲間達は次々と亡くなっていく。
どんなに戦いの経験を積んでいても、戦は一瞬の判断で生死を分ける。
人間であった頃のまよいは、それでも勝つ為に戦い続けた。
しかし犠牲者が増えるにつれて、まよいの心に変化が起きる。
このまま戦い続けて、何になるのか?
ただ仲間達の死を見続けていくだけなのか?
そもそもこの戦いに、終わりはあるのか?
そして――本当に歪虚を全滅させることは可能なのか?
そういった疑問が思い浮かんでしまったせいで、戦いの最中だというのに隙ができてしまった。
そのせいで、まよいは歪虚に重傷を負わされてしまう。
歪虚の影響下にある土地に倒れてしまった為に、まよいはそのまま人として死に絶え、新たな歪虚として生まれ直してしまったのだ。
「身も心もボロボロになったら、人生は終わると思っていたのにね」
こちらの世界に転移したことも予想外であったが、歪虚になることも想像していなかった。
「自覚はなかったけれど、案外私って『生きる』ことに執着しているのかもしれないわね」
遠い目をしながら、人間が暮らしている騒がしい街へ視線を向けた時だ。
アイスゴーレムが木の下から、呼んできた。
「ん? ああ、今行くわ」
どうやらハンター達が、歪虚と化したようだ。
身軽な動作で木から飛び降りたまよいは、先程の場所へと戻る。
しかし真っ白な顔と虚ろな表情で立ち上がったハンターは、半分しかいない。
「アラ、まあ。半分はあの世に行っちゃったようね」
いくらハンターでも、歪虚としてよみがえる可能性は個人による。
この世にそれほど未練がなければ、人として死を受け入れるのだ。
しかしまだ心残りがあるのならば、歪虚として生き返る可能性は高い。だがその思考は、破滅へと向かっている。
「……半数のハンターは、私の元仲間達の所に行ったのね。それもまあ、良いでしょう」
地面に倒れたまま動かなくなったハンター達を、まよいはどこか悲しげに見つめた。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに新たな配下達に声をかける。
「さあ、行くわよ。もっと仲間を増やして、楽しい遊びをするんだから」
まよいが歩き出すと、続いて配下達も続く。
「――そう。いつか歪虚になった私達を倒せるハンターと出会う為にも、いっぱい遊ばないとね」
●ドMヴォイド
「くふっ、くふふふふ。これはこれは、程良く育ちましたねぇ」
九龍(ka4700)は目の前にいる六人のハンターを見て、眼を輝かせながら舌なめずりをする。
「さあ、私に痛みを与えてください。それこそ滅んでしまうほどの痛みをっ!」
九龍に言われるまでもなく、ハンターは攻撃をはじめた。
攻撃を一身に受けながら、九龍はここに至るまでの事を思い出す。
「……おや、殺してしまいましたねぇ」
九龍はつまらなさそうに、地面に倒れた一人の男を見下ろした。
たまたま見つけた田舎の村で、強そうなハンターの男が里帰りしている場面を目撃する。
戦いの経験が豊富そうだったので、気が向くままに村人を殺しまくり、男の怒りを買った。
故郷を滅茶苦茶にされた挙句、村人達が目の前で殺された場面を見せられた男の攻撃はとても激しく、九龍は法悦に浸る。
ところが男が連れて来た犬が飛びかかってきたので、咄嗟に手を上げたのだ。
しかし男は犬を庇い、二つの命は同時に失われた。
「犬を庇って死ぬとは、何ともつまらない最期ですねぇ」
血に濡れた手を振りながら、興味を失った九龍は滅びた村から去る。
「ああ、でも先程の殺意は素敵でしたねぇ。目の前で大切にしていたモノを壊された人間は、一心不乱に私を殺そうとしてくれます。それにあの憎悪の視線といったら……! 眼に見えぬ刃で、私の身を切り刻んでくれるので最高ですぅ!」
先程、男から浴びせされた負の感情を思い出し、九龍は喜びのあまり体を震わす。
だが既に男は殺してしまった。そのことも思い出して、ガックリ項垂れる。
「私にとっての恐怖は滅びることよりも、退屈という感情です。人間が私を何とも思わずにいたら、それこそ刺激不足で死んでしまいますねぇ」
今度は恐怖心から、体が震えた。
「……やはりアッサリと殺してしまうのは、勿体無いです。復讐という名の殺意が実って熟すまで時間はかかりますが、こまめに動いておきましょうかぁ」
感情の実は、時間が経つにつれて美味しく熟していくもの。
今回の一件は、あまりに未熟なまま終わってしまった。
「下手にハンター達とは手合わせをしない方が良さそうですねぇ。迂闊に戦うと我を忘れてしまいますし、どんな邪魔が入るか分からないですしねぇ」
まさかハンターが連れて来た犬に、横入されるとは想像もつかなかったのだ。
やはり物事は計画的に行わなければ、楽しみは完全には得られないということだろう。
歩いていた九龍の眼に、新たな村が映る。
「しばらくはお預け状態を続けますか。……最後に美味しく頂く為に」
ニッと笑った九龍は、そのまま村へと向かった。
――そうして人間がいる所で、ある程度破壊行為を繰り返す。
それでも決して、全滅などさせない。あえて生き残りを出すのだ。
そうすれば時間はかかるものの、生き残りは九龍を敵として倒そうと成長するだろう。
身も心も成長した頃、九龍を倒す為の仲間を集めて、きっと見つけだしてくれる。
長い時を生きる九龍にとってその期間は短いと言えるものの、欲する刺激を与えられない時間は無限とも言える地獄であった。
「でもだからこそ数年後に、こうして対峙するのが嬉しいんですけどねぇ」
九龍に故郷や大切な者を無残にも破壊されていた時、ハンター達はまだ戦う術を持たない無力であった。
それが今では九龍を見つけだすほどに、成長したのだ。
そのことを、心から嬉しく思ってしまう。
「この感情は一種の親心というものでしょうか?」
あまりにおかしくて、九龍は血塗れになりながらも浮かぶ笑いが止められない。
不気味な九龍の笑みに戸惑ったハンター達は、距離を取る。
しかし九龍は首を横にカックンと曲げた。
「どうしましたぁ? まだまだ痛みは足りませんよ? ……ああ、それともまだ私への憎しみが足りないんでしょうか? あなた達の手足をもぎ取り、仲間を目の前で殺せば、もっともぉーっと一生懸命に私を傷付けてくれますかぁ?」
九龍の歪んだ表情を見てハンター達は危機感を抱き、再び攻撃をはじめる。
自分の体の皮膚が切り刻まれ、骨が砕かれる音を聞きながら、九龍は喜びを全身に感じていた。
「……ああ、何て楽しいんでしょうね♪」
●死臭を愛する女歪虚
深夜、街灯の光が届かぬ路地裏で、ブラウ(ka4809)はスカートの裾から出ている四本の触手に声をかける。
「はあ……。路地裏の腐った臭いも良いけれど、物足りないわね。やっぱり新鮮な血の匂いが嗅ぎたいわ」
触手も同感だと言うように、激しく動いた。
ブラウは歪虚と成る前に使っていた二本の刀を両手に持っており、刃も自身の体も血塗れているが、全く気にしてはいない。
この街へたどり着く前に平原の中にポツンと一軒だけあった民家を襲い、一家を皆殺しにしてきたのだ。
両手に持っている二本の刀で人間の体を斬った時、飛び出る血を浴びたブラウは純粋な喜びの表情を浮かべた。
しかし殺し尽くしてこの街に到着する頃には、血は乾きつつある。
「一家を皆殺しにしたぐらいでは、全然満足できないわ。血がすぐに乾いちゃって、匂いも薄くなってしまうしね」
くんっと鼻を鳴らしながら空気を吸ってみるも、やはり新鮮な生臭さは薄まってしまっている。
「わたし自身がいくら血に染まっても構わないから、もっと多くの匂いが欲しいわ。あの頭の芯から痺れるようなかぐわしい匂いで、全身を満たしてみたいものね」
『その時』のことを想像して、思わずブラウは微笑みを浮かべた。
触手もそんなブラウの心に連動するようにウネウネと動くものの、すぐにピタッと止まる。
「……でもあんまり派手に動き過ぎると、余計なモノまで動いちゃうのよね」
ブラウは求める匂いに対して激しく執着しているものの、それでもなりふり構わずではない。
歪虚には、ハンターという名の天敵が存在しているのだ。
迂闊に暴れまくれば、奴らが動く。
ブラウはハンターと戦うことは恐れていない。逆に互いの体を傷付け合うことで、血の匂いを嗅げることを喜ばしく思ってはいるのだが……。
「問題は至福の一時を邪魔されることよ」
以前、山の中にある小さな町を襲撃したことがあった。
地獄絵図のような修羅場にブラウは心から楽しんでいたのだが……途中でハンター達が加わったことにより、状況は変わる。
近くにハンターズギルドがあったのは、全くの予想外であった。
流石に集団でハンターにかかってこられては、お楽しみも中断するしかなかったのだ。
ギリッと歯噛みをしたブラウは、それでも冷静になろうと軽く深呼吸をする。
「ふう……。わたしはもっと強くなる必要があるそうね。それとあんまり気は乗らないけれど、配下を連れて行った方が良いのかも」
獲物はできるだけ自ら手をかけたい――そう思っているブラウは、今まで配下を連れて行動したことはなかった。
しかし以前の失敗を考えれば、念の為ということはある。
「まあ最低限、わたしの配下が大好きな匂いを嗅がせてくれれば、それで良いと思うしかないわね」
残念ながら力が足りない今では、ある程度我慢するしかない。
歪虚として、もっともっと強くなる必要がある。その為には、もっともっと人間を殺さなくては……。
そんなブラウの殺意を感じ取ったのか、複数のハンターが突然現れた。
「アラ、ちょっと興奮しすぎちゃったみたいね。でもあなた達の方からわたしに会いに来てくれるなんて、ついているわ」
それでもブラウは余裕の態度を崩さない。
可憐ににっこりと微笑むその表情は、ハンター達の視線を釘づけにするほど魅力的だ。
しかし彼女が四本の触手を動かし始めた瞬間に、戦いははじまった――。
……そして騒がしくなった路地裏が静かになった頃、立っているのは新たな血にまみれたブラウだけだ。
ブラウはハンターの体に突き刺した刀を引き抜くと、飛び出る血を浴びながら嬉しそうに笑みを浮かべる。
やがて、死したはずの肉体が怪しく動き出す。
「さあ、みんなで新たな家に行きましょう。お仲間に挨拶をしないと、ね」
クスクスと笑うブラウの目の前で、新たな歪虚が誕生していく――。
●フレンドリーな歪虚
「うっ……うぅん。太陽の光が眩しいですねぇ。今、何時でしょう?」
アルマ・アニムス(ka4901)は住み家にしている古い館の寝室で、眼を覚ました。
しかしベッドの周囲には壊れた人形やガラクタだらけで、生活感はほとんど無い。
それでも人間であった頃と同じように、身支度を済ませると地下一階の工房へ向かう。
地下一階はアルマが機導師だった頃の名残で、様々な機械が置いてあった。
「季節の変わり目は、義手の接続部分が痛むんですよね。そろそろ新しいのを作りましょうか」
アルマは前世で、敵に生身の右腕を切断されていた。今の右手は義手であり、昔と同じく自ら制作をしている。
本当は歪虚となって生まれ変わった時に、生身に生え変わることは可能であった。
しかし根付いた機導師根性が、今でも義手であることにこだわっている。
「ああ、あと武器も作らないとですね。歪虚になったまではまあ良いですけど、負のマテリアルでは以前使っていたスキルが使えませんから」
歪虚になったことにさほどショックを受けなかったアルマでも、それまで使えていたことが全く使えないことを知ると流石に落胆した。
「……ですが大分記憶が戻ってきました。歪虚になったばかりの頃は、一度死んだこともあり記憶があやふやでしたからね」
アルマは前世でハンターだったことを思い出している。そして上位の歪虚に敗れたことも……。
だが誰かに『生きろ』と願われたこと、そして自分自身が歪虚に対して密かに憧れを抱いていたことを、死の淵で無意識の内に呟いていた。
そのことを偶然聞いた上位の歪虚によって、アルマは新たな歪虚として生まれ変わったのだ。
「しかし僕に『生きろ』と言ったのは、誰だったんでしょうね?」
ぼんやりしながら、アルマは呟く。
大切な誰かに言われたことは確かなのだが、未だに思い当たらない。
それでも思い出したくて、アルマは外へ出て探しに行くのだ。
「もし探し出せたら……ぜひ僕と同じ歪虚になってもらいたいですね。そしてその人が、ハンターであればなお良いんですけど」
一般人よりも、ハンターの方がマテリアルに馴染みが深い。その為、歪虚になる可能性も一般人より高いのだ。
「ああ、でも既に存在している歪虚の方とは仲良くなれないのは少し悲しいですね」
アルマは歪虚になった後、気に入った者を歪虚にさせることに夢中になっていた。
そして配下を自分の領地内に住まわせて、そこそこ親しくはなっているのだが……。
「僕は基本的に、世界を無に帰すことは望んでいないんですよ。だってみんな死んでしまったら、お友達が増やせませんものね」
と言う独特の考え方の持ち主なので、他の歪虚には『変わり者』と思われて距離を置かれてしまうのだ。
積極的に生き物を殺していく歪虚と、口論になったことも一度や二度ではない。
歪虚の本能からそれたアルマの考え方は、周囲から浮いていた。
「僕としては、もっと皆さんと仲良くなりたいと思っているんですけど……。人付き合いも、歪虚付き合いも、難しいものです」
大きなため息を吐くも、アルマの準備は全て終わった。
義手の調子を見終えて、狙った獲物を動けなくさせる武器も持つ。
「さぁて、と。今日もお友達を探しに行きましょうか」
すでに外は太陽が沈んでいたものの、アルマは構わず館から出る。
そして隣町まで足を伸ばすと、様々な夜の店から多くの人が出入りする様子が見えた。
「う~ん……。一般の方でも魅力的な方はいらっしゃるんですけど、歪虚化してくれそうな方を見つけるのが大変なんですよね」
ただ殺しても意味は無い。歪虚化しそうな者を選び取らなければ、アルマの望み通りにはならないのだ。
大勢の人を見回していると、ふと居酒屋から出てきた金髪のドワーフを見つけた。二十代ぐらいの女性で、酒をたくさん飲んだらしく真っ赤な顔でフラフラしながら歩いている。
「おおっ……! あの方ならば……」
アルマはすぐに、ドワーフの女性がハンターであることが分かった。
こっそり後をつけていたが、不意に女性ハンターは人気がない路地裏へ移動する。
慌てて追いかけると、女性ハンターは真剣な表情でアルマを待ち構えていた。どうやら誘い込まれたらしい。
女性ハンターは警戒心をあらわにするも、アルマはモジモジと照れ臭そうにしながら声をかけた。
「あっあの、僕、アルマと言います。ステキな方、僕のお友達になってください!」
そしてアルマは持ってきた武器を、女性ハンターへ向けた――。
――それは異様な光景だった。
小さな町で、人々が殺し合っている。
残酷なその光景の中心には、一人の黒き聖母――黒の夢(ka0187)がいた。
慈愛の表情を浮かべた顔に、巨大化した黒い女体、その腹は異常なほど膨らんでいる。背には輪後光が輝いており、その首には壊れた神呪の鐘「ニエンテ」がかかっていた。自動的に鳴る奇妙な鐘の音に合わせて、黒の夢は眼を閉じながら歌っている。
「せかいは『あい』でできている。この『あい』からはなにものも、のがれられない。さまざまないのちたちよ、さぁさ、わがはいのなかにおかえりなさい」
黒の夢がいつからここにいるのか、殺し合っている人々は分かっていない。
いや、正確には気付かなかったのだ。
町の中心にある広場には大きな木が一本あり、その根元に黒の夢が座って歌い始めたのはいつのことか――。
目立つ容姿をしているのに、誰にも気配すら気付かせなかった黒の夢の正体は歪虚だ。
人々の前に姿を現すことは、即ち滅びをもたらしに来たことに違いない。
実際に黒の夢の姿を眼に映して美しい歌声を聞いた途端に、人々は正気を失って殺し合うようになったのだ。
やがて最後の一人が絶命して地面に倒れると、ようやく黒の夢は歌うのを止めて立ち上がる。
「うなっ、美味しそうだね♪」
満足そうにニッコリ微笑むと、大きく口を開けた。すると血や死体が、黒の夢の口の中に吸い込まれていく。
黒の夢は全ての人々を飲み込んだ後、血に濡れた唇を真っ赤な舌でペロッと舐めて、更に大きく膨らんだ腹を愛おしそうに両手で撫でる。
「――うん、これなら丈夫なコ達が生まれるね」
すると次の瞬間、黒の夢の足元から黒いモヤが発生した。モヤは徐々に広がり、濃くなっていく。
やがて広場を覆い隠すほどのモヤの中から、新たな複数の歪虚が誕生した。
しかし一体の小さな人型の歪虚が足元から見上げているのに気付いて、黒の夢は慌てて後ろに下がる。
「うななっ!? 下から覗いちゃダメなのな! めっ!」
恥ずかしそうに顔を赤く染めると、追い払うように手を振った。
出産を終えると、次第に黒の夢の体は人型サイズへと縮んでいく。
「前に喰べたのが『はんたー』と呼ばれている者達だったから、随分と強い歪虚が誕生したのな」
既に黒の夢の存在はハンター達の間では有名となり、賞金首にもなっている。
その為、黒の夢を倒そうと何人ものハンター達がやって来るものの、先程の人々と同じ【魅了】と言う名の呪いにかかり、結局返り討ちになって喰われていた。
「……でも何で我輩は、こんなことをしているんだっけ?」
しかし黒の夢は、自分が何をやっているのかイマイチ理解していない。誰かに命令されたわけではなく、また使命感からやっているわけでもない。
なのに歪虚と成ったその日から、こういうことをほぼ毎日のように行っているのだ。その行動を繰り返すことがある意味、本能のように。
黒の夢は歪虚になったその瞬間に、それまでの記憶を全て失ってしまった。つまり自分が何者であったのかさえ、今は覚えていないのだ。
ただ無意識の内に今回のように生きているモノ達が集まっている場所へ向かっては、殺し合わせて全ての命を喰らう。そして新たな歪虚を産み出している。
「我輩はただ、みんなを平等に扱いたいだけなのかも? だからこの方法で、平等に殺し合いをさせているのかな?」
黒の夢は、自ら手を下さない。
だが命あるモノを一度滅ぼし、自らの肉体を介して、再びこの世界へ誕生させる――。
その行為を繰り返していくうちに、黒の夢は歪虚として確実に力をつけていった。
それこそ大勢のハンターが襲い掛かって来ても、平然と返り討ちにするぐらいには。
「でもまだまだ力を蓄えなきゃ……。ああ、お腹が減ってきたな」
虚ろな表情で、黒の夢はへこんだ腹を撫でる。
「また喰べに行かなきゃ……」
ぼんやりしながら歩き出した黒の夢の胸元で、壊れた鐘の音が悲しそうに鳴った――。
●小賢しき女歪虚
その雑魔は、一見黒いカラスのような姿をしている。
だがその大きさは普通のカラスよりも何倍も大きく、前足で人間の成人男性を捕まえられるほどであった。
夜、高い木の枝にとまっているカラス型の雑魔は、大きく息を吐く。
「ふぅ……。大分人間を喰らってきたが、まだまだ力不足のような気がするのう」
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)は、人語まで話せるほど知能をつけた。
またその大きさも誕生したての頃は普通のカラスと同じだったものの、人間を喰らっていく中で徐々に成長したのだ。
「この山が連なる場で誕生したことは覚えておる。夜にたまたま通りかかった一人の人間の男を見て、『美味そうだ』と本能が告げてきたのをきっかけに、人を喰らうようになったのだが……」
だが誕生してそれほど時間が経っていないせいか、あるいはまだつける知識が足りないせいか、レーヴェは自分自身の存在があやふやに思えてならない。
はじめてやった時と同じ方法で人間を喰らっていたら、ある日、大勢の人間が松明と武器を手に持って山の中に入って来た。
流石にあの群れに襲い掛かるのは無謀だと思い、時を待つ。
すると用足しの為に、群れから一人の男が動いた。男が群れから充分な距離を取ったのを木の上から確認すると、レーヴェは素早く飛び立つ。そして男の首の肉を齧り取る。
声帯ごと首の肉を齧り取られた男はそのまま絶命して、地面に倒れた。
その音を聞きつけて仲間達が向かってくるのを察し、レーヴェはそのまま飛び去る。
明らかに歪虚の仕業だと分かる死体が出た為に、人間達は慌てて帰って行った。
「う~ん……。でもあやつらが去り際に、『ハンター達をっ……!』と言っていたのが気がかりじゃ」
レーヴェは気まずそうに呟きながら、片方の翼で頭をかく。
この山にはレーヴェ以外にも歪虚が存在しており、そのモノ達から天敵と言えるハンターという存在を教えられていた。
ただの人であれば、既にレーヴェの敵にもならない。
しかし歪虚と戦う術を持つハンターとなれば、話は別だ。今まで対決したことがないこともあり、考えれば考えるほど不安が広がる。
「……ここはやはり、一度この場を去るしかなさそうじゃな。ヤレヤレ、住み慣れた場を離れるのは、寂しいものがあるのう」
重いため息を吐くと、レーヴェは翼を広げて飛び出した。
「じゃが聞くところによると、歪虚という存在は領地を持つモノもおるそうじゃ。新たな土地を選ぶのは、慎重にならなければならないのう」
下手をすると同族争いになってしまう為に、それだけは避けたい。
「各地で敵を作ることは愚かと言えるのじゃ。……ここはやはり、しばらくの間は人里から離れていた方が良さそうじゃのう。そして同属がいない所を探し出すしかなさそうじゃ」
となれば、次の場もやはり田舎の山辺りになりそうだ。
「私のこの姿では、海では目立つしのう。早く人型になれるまで、力を付けたいものじゃ」
他の歪虚から聞いた話だが、最初は人外でも力を付ければ人型に変身することもできるようになるそうだ。
また歪虚としての気配も隠せるようになって、人間の中にいてもバレないこともある。
レーヴェは気持ち良さそうに夜風にふかれながら、闇の中を猛スピードで飛んで行く。
「この姿で強くなっていくのは喜ばしいことじゃが、やはりもっと進化はしたい。――そう、ハンターどもを倒せるぐらいには、のう」
闇の中で、レーヴェの眼が鋭い光を放った。
「しかし力を付けるまでには時間がかかりそうじゃ。新たな場では喰らった人間の一部は残して、他の歪虚の住み家にでも置いておくかのう」
くくくっと喉の奥で意地悪く笑う。
「もし再びハンターどもめが私に眼を付けた場合は、そうするのじゃ。他の歪虚にハンターどもが意識を向けているうちに、私は他所の土地へと移るのじゃ。おお、それが良いのう」
そしてふと視線を下に向けると、村が眼に映った。
「――それまでこの土地はお預けじゃ。私がいつか人型になるまで強くなった時には、堂々と村に足を踏み入れようぞ!」
その時を想像しながら、レーヴェはより高く飛び上がる。
●歪虚堕ちした元女ハンター
夢路 まよい(ka1328)はその時、歪虚となった自分を倒しに来たハンター達と戦っていた。
「うふふ、弱い弱い。この程度なら、私がハンターだった頃の方がよっぽど強かったわ」
――そう。まよいは元はリアルブルーの人間であり、ハンターであった。
しかし今やハンターの時に得た戦いの経験を活かし、元同業者達を死に至らしめる恐るべき歪虚と化したのだ。
まよいは『前世』からの影響からか、冷気を操る歪虚になっている。
ハンター達を強い冷気によって凍らせて動きを制限させた上に、更に気温を下げて眠りに誘うという能力を使っていた。
強い冷気が吹き荒れる中、ハンター達は全員死に続く眠りに落ちる。
平然と立っているのは、まよいと配下であるアイスゴーレムのみ。
「ふう……。まあ一般人と戦うよりは、元同業者達と戦った方が楽しいんだけど……。弱すぎたら、面白味に欠けるわね」
つまらなさそうに軽く息を吐くと、まよいは背を向けて歩き出す。
「後は時間が経てば、彼らも歪虚になるわ。私の新たな配下になるわけだけど、わざわざ待っていることもないわね。ちょっと疲れたし、休もうっと」
まよいはハンター達の見張りをアイスゴーレムに任せて、近くにある大きな木の上に飛び乗ると、そのまま座り込む。
「あ~あ、結局私ってハンターになっても歪虚になっても、大してやることは変わらないのね」
元々転移者であるまよいは、どこか夢見心地のまま生きていた。
それでもハンターになり、仲の良い仲間達がいたからこそ、まよいは地に足をつけて生きていられたのだが……現実は厳しかった。
激しい戦いが続く中で、仲間達は次々と亡くなっていく。
どんなに戦いの経験を積んでいても、戦は一瞬の判断で生死を分ける。
人間であった頃のまよいは、それでも勝つ為に戦い続けた。
しかし犠牲者が増えるにつれて、まよいの心に変化が起きる。
このまま戦い続けて、何になるのか?
ただ仲間達の死を見続けていくだけなのか?
そもそもこの戦いに、終わりはあるのか?
そして――本当に歪虚を全滅させることは可能なのか?
そういった疑問が思い浮かんでしまったせいで、戦いの最中だというのに隙ができてしまった。
そのせいで、まよいは歪虚に重傷を負わされてしまう。
歪虚の影響下にある土地に倒れてしまった為に、まよいはそのまま人として死に絶え、新たな歪虚として生まれ直してしまったのだ。
「身も心もボロボロになったら、人生は終わると思っていたのにね」
こちらの世界に転移したことも予想外であったが、歪虚になることも想像していなかった。
「自覚はなかったけれど、案外私って『生きる』ことに執着しているのかもしれないわね」
遠い目をしながら、人間が暮らしている騒がしい街へ視線を向けた時だ。
アイスゴーレムが木の下から、呼んできた。
「ん? ああ、今行くわ」
どうやらハンター達が、歪虚と化したようだ。
身軽な動作で木から飛び降りたまよいは、先程の場所へと戻る。
しかし真っ白な顔と虚ろな表情で立ち上がったハンターは、半分しかいない。
「アラ、まあ。半分はあの世に行っちゃったようね」
いくらハンターでも、歪虚としてよみがえる可能性は個人による。
この世にそれほど未練がなければ、人として死を受け入れるのだ。
しかしまだ心残りがあるのならば、歪虚として生き返る可能性は高い。だがその思考は、破滅へと向かっている。
「……半数のハンターは、私の元仲間達の所に行ったのね。それもまあ、良いでしょう」
地面に倒れたまま動かなくなったハンター達を、まよいはどこか悲しげに見つめた。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに新たな配下達に声をかける。
「さあ、行くわよ。もっと仲間を増やして、楽しい遊びをするんだから」
まよいが歩き出すと、続いて配下達も続く。
「――そう。いつか歪虚になった私達を倒せるハンターと出会う為にも、いっぱい遊ばないとね」
●ドMヴォイド
「くふっ、くふふふふ。これはこれは、程良く育ちましたねぇ」
九龍(ka4700)は目の前にいる六人のハンターを見て、眼を輝かせながら舌なめずりをする。
「さあ、私に痛みを与えてください。それこそ滅んでしまうほどの痛みをっ!」
九龍に言われるまでもなく、ハンターは攻撃をはじめた。
攻撃を一身に受けながら、九龍はここに至るまでの事を思い出す。
「……おや、殺してしまいましたねぇ」
九龍はつまらなさそうに、地面に倒れた一人の男を見下ろした。
たまたま見つけた田舎の村で、強そうなハンターの男が里帰りしている場面を目撃する。
戦いの経験が豊富そうだったので、気が向くままに村人を殺しまくり、男の怒りを買った。
故郷を滅茶苦茶にされた挙句、村人達が目の前で殺された場面を見せられた男の攻撃はとても激しく、九龍は法悦に浸る。
ところが男が連れて来た犬が飛びかかってきたので、咄嗟に手を上げたのだ。
しかし男は犬を庇い、二つの命は同時に失われた。
「犬を庇って死ぬとは、何ともつまらない最期ですねぇ」
血に濡れた手を振りながら、興味を失った九龍は滅びた村から去る。
「ああ、でも先程の殺意は素敵でしたねぇ。目の前で大切にしていたモノを壊された人間は、一心不乱に私を殺そうとしてくれます。それにあの憎悪の視線といったら……! 眼に見えぬ刃で、私の身を切り刻んでくれるので最高ですぅ!」
先程、男から浴びせされた負の感情を思い出し、九龍は喜びのあまり体を震わす。
だが既に男は殺してしまった。そのことも思い出して、ガックリ項垂れる。
「私にとっての恐怖は滅びることよりも、退屈という感情です。人間が私を何とも思わずにいたら、それこそ刺激不足で死んでしまいますねぇ」
今度は恐怖心から、体が震えた。
「……やはりアッサリと殺してしまうのは、勿体無いです。復讐という名の殺意が実って熟すまで時間はかかりますが、こまめに動いておきましょうかぁ」
感情の実は、時間が経つにつれて美味しく熟していくもの。
今回の一件は、あまりに未熟なまま終わってしまった。
「下手にハンター達とは手合わせをしない方が良さそうですねぇ。迂闊に戦うと我を忘れてしまいますし、どんな邪魔が入るか分からないですしねぇ」
まさかハンターが連れて来た犬に、横入されるとは想像もつかなかったのだ。
やはり物事は計画的に行わなければ、楽しみは完全には得られないということだろう。
歩いていた九龍の眼に、新たな村が映る。
「しばらくはお預け状態を続けますか。……最後に美味しく頂く為に」
ニッと笑った九龍は、そのまま村へと向かった。
――そうして人間がいる所で、ある程度破壊行為を繰り返す。
それでも決して、全滅などさせない。あえて生き残りを出すのだ。
そうすれば時間はかかるものの、生き残りは九龍を敵として倒そうと成長するだろう。
身も心も成長した頃、九龍を倒す為の仲間を集めて、きっと見つけだしてくれる。
長い時を生きる九龍にとってその期間は短いと言えるものの、欲する刺激を与えられない時間は無限とも言える地獄であった。
「でもだからこそ数年後に、こうして対峙するのが嬉しいんですけどねぇ」
九龍に故郷や大切な者を無残にも破壊されていた時、ハンター達はまだ戦う術を持たない無力であった。
それが今では九龍を見つけだすほどに、成長したのだ。
そのことを、心から嬉しく思ってしまう。
「この感情は一種の親心というものでしょうか?」
あまりにおかしくて、九龍は血塗れになりながらも浮かぶ笑いが止められない。
不気味な九龍の笑みに戸惑ったハンター達は、距離を取る。
しかし九龍は首を横にカックンと曲げた。
「どうしましたぁ? まだまだ痛みは足りませんよ? ……ああ、それともまだ私への憎しみが足りないんでしょうか? あなた達の手足をもぎ取り、仲間を目の前で殺せば、もっともぉーっと一生懸命に私を傷付けてくれますかぁ?」
九龍の歪んだ表情を見てハンター達は危機感を抱き、再び攻撃をはじめる。
自分の体の皮膚が切り刻まれ、骨が砕かれる音を聞きながら、九龍は喜びを全身に感じていた。
「……ああ、何て楽しいんでしょうね♪」
●死臭を愛する女歪虚
深夜、街灯の光が届かぬ路地裏で、ブラウ(ka4809)はスカートの裾から出ている四本の触手に声をかける。
「はあ……。路地裏の腐った臭いも良いけれど、物足りないわね。やっぱり新鮮な血の匂いが嗅ぎたいわ」
触手も同感だと言うように、激しく動いた。
ブラウは歪虚と成る前に使っていた二本の刀を両手に持っており、刃も自身の体も血塗れているが、全く気にしてはいない。
この街へたどり着く前に平原の中にポツンと一軒だけあった民家を襲い、一家を皆殺しにしてきたのだ。
両手に持っている二本の刀で人間の体を斬った時、飛び出る血を浴びたブラウは純粋な喜びの表情を浮かべた。
しかし殺し尽くしてこの街に到着する頃には、血は乾きつつある。
「一家を皆殺しにしたぐらいでは、全然満足できないわ。血がすぐに乾いちゃって、匂いも薄くなってしまうしね」
くんっと鼻を鳴らしながら空気を吸ってみるも、やはり新鮮な生臭さは薄まってしまっている。
「わたし自身がいくら血に染まっても構わないから、もっと多くの匂いが欲しいわ。あの頭の芯から痺れるようなかぐわしい匂いで、全身を満たしてみたいものね」
『その時』のことを想像して、思わずブラウは微笑みを浮かべた。
触手もそんなブラウの心に連動するようにウネウネと動くものの、すぐにピタッと止まる。
「……でもあんまり派手に動き過ぎると、余計なモノまで動いちゃうのよね」
ブラウは求める匂いに対して激しく執着しているものの、それでもなりふり構わずではない。
歪虚には、ハンターという名の天敵が存在しているのだ。
迂闊に暴れまくれば、奴らが動く。
ブラウはハンターと戦うことは恐れていない。逆に互いの体を傷付け合うことで、血の匂いを嗅げることを喜ばしく思ってはいるのだが……。
「問題は至福の一時を邪魔されることよ」
以前、山の中にある小さな町を襲撃したことがあった。
地獄絵図のような修羅場にブラウは心から楽しんでいたのだが……途中でハンター達が加わったことにより、状況は変わる。
近くにハンターズギルドがあったのは、全くの予想外であった。
流石に集団でハンターにかかってこられては、お楽しみも中断するしかなかったのだ。
ギリッと歯噛みをしたブラウは、それでも冷静になろうと軽く深呼吸をする。
「ふう……。わたしはもっと強くなる必要があるそうね。それとあんまり気は乗らないけれど、配下を連れて行った方が良いのかも」
獲物はできるだけ自ら手をかけたい――そう思っているブラウは、今まで配下を連れて行動したことはなかった。
しかし以前の失敗を考えれば、念の為ということはある。
「まあ最低限、わたしの配下が大好きな匂いを嗅がせてくれれば、それで良いと思うしかないわね」
残念ながら力が足りない今では、ある程度我慢するしかない。
歪虚として、もっともっと強くなる必要がある。その為には、もっともっと人間を殺さなくては……。
そんなブラウの殺意を感じ取ったのか、複数のハンターが突然現れた。
「アラ、ちょっと興奮しすぎちゃったみたいね。でもあなた達の方からわたしに会いに来てくれるなんて、ついているわ」
それでもブラウは余裕の態度を崩さない。
可憐ににっこりと微笑むその表情は、ハンター達の視線を釘づけにするほど魅力的だ。
しかし彼女が四本の触手を動かし始めた瞬間に、戦いははじまった――。
……そして騒がしくなった路地裏が静かになった頃、立っているのは新たな血にまみれたブラウだけだ。
ブラウはハンターの体に突き刺した刀を引き抜くと、飛び出る血を浴びながら嬉しそうに笑みを浮かべる。
やがて、死したはずの肉体が怪しく動き出す。
「さあ、みんなで新たな家に行きましょう。お仲間に挨拶をしないと、ね」
クスクスと笑うブラウの目の前で、新たな歪虚が誕生していく――。
●フレンドリーな歪虚
「うっ……うぅん。太陽の光が眩しいですねぇ。今、何時でしょう?」
アルマ・アニムス(ka4901)は住み家にしている古い館の寝室で、眼を覚ました。
しかしベッドの周囲には壊れた人形やガラクタだらけで、生活感はほとんど無い。
それでも人間であった頃と同じように、身支度を済ませると地下一階の工房へ向かう。
地下一階はアルマが機導師だった頃の名残で、様々な機械が置いてあった。
「季節の変わり目は、義手の接続部分が痛むんですよね。そろそろ新しいのを作りましょうか」
アルマは前世で、敵に生身の右腕を切断されていた。今の右手は義手であり、昔と同じく自ら制作をしている。
本当は歪虚となって生まれ変わった時に、生身に生え変わることは可能であった。
しかし根付いた機導師根性が、今でも義手であることにこだわっている。
「ああ、あと武器も作らないとですね。歪虚になったまではまあ良いですけど、負のマテリアルでは以前使っていたスキルが使えませんから」
歪虚になったことにさほどショックを受けなかったアルマでも、それまで使えていたことが全く使えないことを知ると流石に落胆した。
「……ですが大分記憶が戻ってきました。歪虚になったばかりの頃は、一度死んだこともあり記憶があやふやでしたからね」
アルマは前世でハンターだったことを思い出している。そして上位の歪虚に敗れたことも……。
だが誰かに『生きろ』と願われたこと、そして自分自身が歪虚に対して密かに憧れを抱いていたことを、死の淵で無意識の内に呟いていた。
そのことを偶然聞いた上位の歪虚によって、アルマは新たな歪虚として生まれ変わったのだ。
「しかし僕に『生きろ』と言ったのは、誰だったんでしょうね?」
ぼんやりしながら、アルマは呟く。
大切な誰かに言われたことは確かなのだが、未だに思い当たらない。
それでも思い出したくて、アルマは外へ出て探しに行くのだ。
「もし探し出せたら……ぜひ僕と同じ歪虚になってもらいたいですね。そしてその人が、ハンターであればなお良いんですけど」
一般人よりも、ハンターの方がマテリアルに馴染みが深い。その為、歪虚になる可能性も一般人より高いのだ。
「ああ、でも既に存在している歪虚の方とは仲良くなれないのは少し悲しいですね」
アルマは歪虚になった後、気に入った者を歪虚にさせることに夢中になっていた。
そして配下を自分の領地内に住まわせて、そこそこ親しくはなっているのだが……。
「僕は基本的に、世界を無に帰すことは望んでいないんですよ。だってみんな死んでしまったら、お友達が増やせませんものね」
と言う独特の考え方の持ち主なので、他の歪虚には『変わり者』と思われて距離を置かれてしまうのだ。
積極的に生き物を殺していく歪虚と、口論になったことも一度や二度ではない。
歪虚の本能からそれたアルマの考え方は、周囲から浮いていた。
「僕としては、もっと皆さんと仲良くなりたいと思っているんですけど……。人付き合いも、歪虚付き合いも、難しいものです」
大きなため息を吐くも、アルマの準備は全て終わった。
義手の調子を見終えて、狙った獲物を動けなくさせる武器も持つ。
「さぁて、と。今日もお友達を探しに行きましょうか」
すでに外は太陽が沈んでいたものの、アルマは構わず館から出る。
そして隣町まで足を伸ばすと、様々な夜の店から多くの人が出入りする様子が見えた。
「う~ん……。一般の方でも魅力的な方はいらっしゃるんですけど、歪虚化してくれそうな方を見つけるのが大変なんですよね」
ただ殺しても意味は無い。歪虚化しそうな者を選び取らなければ、アルマの望み通りにはならないのだ。
大勢の人を見回していると、ふと居酒屋から出てきた金髪のドワーフを見つけた。二十代ぐらいの女性で、酒をたくさん飲んだらしく真っ赤な顔でフラフラしながら歩いている。
「おおっ……! あの方ならば……」
アルマはすぐに、ドワーフの女性がハンターであることが分かった。
こっそり後をつけていたが、不意に女性ハンターは人気がない路地裏へ移動する。
慌てて追いかけると、女性ハンターは真剣な表情でアルマを待ち構えていた。どうやら誘い込まれたらしい。
女性ハンターは警戒心をあらわにするも、アルマはモジモジと照れ臭そうにしながら声をかけた。
「あっあの、僕、アルマと言います。ステキな方、僕のお友達になってください!」
そしてアルマは持ってきた武器を、女性ハンターへ向けた――。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 4人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/07 20:31:16 |