ゲスト
(ka0000)
【AP】大EDO捕物帳MIX
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2016/04/10 09:00
- 完成日
- 2016/04/21 00:15
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「あぁ、何だい何だい。金持ちばかりが良い思いをして、うちらは汗水働いてこれっぽっちかい…」
ここは青の世界の、少しばかり過去の時代に近しい場所――。
着物を着て髷を結い、帯剣が許されたその世界……けれど、何処か似て非なる場所。
立派な城のある城下町であるが、町人の心は些か寂れていた。
というのも人が多ければいざこざも多くなる。名君がいればよいのだが、この街にはそれがいないのだ。
従って、一部の富裕層が実権は密かに握り、判っていてもそれを恨めしく思うだけに留まるしかない町人達の構図が自然と出来上がってしまっているのだ。
「あぁ、誰か何とかしてくれたらなぁ」
一度でいい。スカッとする出来事があれば自分達もまた頑張っていける気がする。
そんな人々の声を聞いて、彼は現れる。
「おやおや、これはまた随分と面白い世界に来てしまいましたねぇ」
彼は時空の旅人、腰まである長髪を編込んだ髪を揺らして、目に映る景色に笑みを浮かべる。
彼には何故だか力があった。人の欲望に作用し、時にそれを増幅してしまう不思議な力が。
だからなのだろう。彼はここに呼び寄せられたのかもしれない。この街の町人は切実に願っていた。
『我々の…町人の味方となる人物が欲しい』
それが町人らの願いだ。彼は路地に身を隠して、気まぐれに手にした紙にさらさらと文字を紡いでゆく。
そうして、書き上がったものを空に投げるとその紙は光の粒子となって街中へと広がる。
『彼等の欲する者を呼び寄せるたまえ』
彼は紙にそう書いた。
すると暫くすると、町中には明らかにさっきまではいなかった筈の一風変わった衣装の人間が混じり始めて…それが彼の力が干渉し、この街に影響を及ぼした事を意味している。
「ククッ、上手くいきましたねぇ。但し、いい者ばかりとは言えませんが、そこはフェアにいきませんと」
普通の人ならば判りえない事だが、彼は人々の抱いている気持ちが手に取るように判る。
つまりは悪事を働こうとしている者の心の声も簡単に読み取る事が出来る訳だ。
新たに現れた住人の中にそういう者を見つけて、彼は再びくすりと笑う。
(彼等…には善もない。だけど、そうでなくては)
あくまで公平に――彼は心中でそんな言い訳をしつつ、また静かに大通りの道に戻る。
「さて、後は楽しむのみ…すみません、お団子を頂けますか?」
彼はそう言って近くの茶店で一服始めるのだった。
ーー
●世界観補足
今で言う江戸時代が舞台ですが、衣装及び武器は現在の設定を使用します
従って武器にロッドを指定してあればロッドが貴方の武器になります
但し、魔術の類いは仕掛けのある奇術として、
拳銃等の威力のある武器に関してはNPC達とのパワーバランスを考慮し
場面の演出上、威力半減させる可能性があります
衣装に関しては既にそこに長く住んでいる認識となり「この人の服はそれが普通」で通っています
ですが尾行等には向きませんし、露出が高いとそれなりに目立ってしまうでしょう
ここは青の世界の、少しばかり過去の時代に近しい場所――。
着物を着て髷を結い、帯剣が許されたその世界……けれど、何処か似て非なる場所。
立派な城のある城下町であるが、町人の心は些か寂れていた。
というのも人が多ければいざこざも多くなる。名君がいればよいのだが、この街にはそれがいないのだ。
従って、一部の富裕層が実権は密かに握り、判っていてもそれを恨めしく思うだけに留まるしかない町人達の構図が自然と出来上がってしまっているのだ。
「あぁ、誰か何とかしてくれたらなぁ」
一度でいい。スカッとする出来事があれば自分達もまた頑張っていける気がする。
そんな人々の声を聞いて、彼は現れる。
「おやおや、これはまた随分と面白い世界に来てしまいましたねぇ」
彼は時空の旅人、腰まである長髪を編込んだ髪を揺らして、目に映る景色に笑みを浮かべる。
彼には何故だか力があった。人の欲望に作用し、時にそれを増幅してしまう不思議な力が。
だからなのだろう。彼はここに呼び寄せられたのかもしれない。この街の町人は切実に願っていた。
『我々の…町人の味方となる人物が欲しい』
それが町人らの願いだ。彼は路地に身を隠して、気まぐれに手にした紙にさらさらと文字を紡いでゆく。
そうして、書き上がったものを空に投げるとその紙は光の粒子となって街中へと広がる。
『彼等の欲する者を呼び寄せるたまえ』
彼は紙にそう書いた。
すると暫くすると、町中には明らかにさっきまではいなかった筈の一風変わった衣装の人間が混じり始めて…それが彼の力が干渉し、この街に影響を及ぼした事を意味している。
「ククッ、上手くいきましたねぇ。但し、いい者ばかりとは言えませんが、そこはフェアにいきませんと」
普通の人ならば判りえない事だが、彼は人々の抱いている気持ちが手に取るように判る。
つまりは悪事を働こうとしている者の心の声も簡単に読み取る事が出来る訳だ。
新たに現れた住人の中にそういう者を見つけて、彼は再びくすりと笑う。
(彼等…には善もない。だけど、そうでなくては)
あくまで公平に――彼は心中でそんな言い訳をしつつ、また静かに大通りの道に戻る。
「さて、後は楽しむのみ…すみません、お団子を頂けますか?」
彼はそう言って近くの茶店で一服始めるのだった。
ーー
●世界観補足
今で言う江戸時代が舞台ですが、衣装及び武器は現在の設定を使用します
従って武器にロッドを指定してあればロッドが貴方の武器になります
但し、魔術の類いは仕掛けのある奇術として、
拳銃等の威力のある武器に関してはNPC達とのパワーバランスを考慮し
場面の演出上、威力半減させる可能性があります
衣装に関しては既にそこに長く住んでいる認識となり「この人の服はそれが普通」で通っています
ですが尾行等には向きませんし、露出が高いとそれなりに目立ってしまうでしょう
リプレイ本文
●序
「おまえはそこで待っておれ。よいな」
横柄な言いようででっぷりとした体格の代官が座敷へと入る。
ここは花街にある高級料亭――廊下に待たされたのは着流し・総髪の用心棒、榊 兵庫(ka0010)である。
彼は手にした槍を静かに廊下に置いて、目の前にある庭園を眺める。
心持静かに、しかし彼の深淵はいつからか澱んでいる。
(修業してお上に仕えても結局やる事は人殺し…ってな。力なんて持つべきものではない)
池に映る満ちた月、若き頃の満ち足りた気持ち等もうここには存在しない。もし彼を満たすものがあるとするならば、それは弱者に味方する酔狂な者達をこの手でねじ伏せる事。己が手で人を助ける事にいい気になっている輩を完膚なきまでに潰す事が今の彼の生き甲斐なのだ。
「あぁ、つまらんな…今宵獲物は現れぬか」
空気に含まれる気配からそれを察して、彼が呟く。
「ねぇ、ここであってるかしら?」
とそこへ現れたのは異国風の女だった。瞳の中に虚無を抱えて、彼に尋ねる。
「ほう、あんたが噂の…女だったとはな」
代官が呼びつけた客はある賊の首領と聞く。てっきり図体のでかい男が来ると思っていたが、これは意外だ。
「あんた名前は?」
「マリィア・バルデス(ka5848)よ」
代官に確認を取って、兵庫は彼女に奥へ進むよう促す。
彼女は口数少なく中へ入ると料理には目もくれず、代官に言い放つ。
「招待頂いて悪いけど、こういうのに興味ないのよね。だからさっさと教えてくれる?」
「まぁ急くな。わしも来たばかりでな。まずは一ぱ…」
「聞こえなかったの。私は興味ないのよ」
少しのイラつきを混ぜて…すると代官も不快に感じたのか彼女に紙を投げてよこす。
「全く、つまらぬ女だな。それにお前の望むモノの特徴が書いてある。情報では近日こっちに戻ってくるそうだが、やれるか?」
一際声を落として代官が尋ねる。
「誰に聞いてるのかしら? 私はこのEDOを今恐怖に叩き込んでいる張本人よ?」
そう言って彼女は紙を拾うと、そそくさとその場から退場する。
「うな? もうお帰りなのなー?」
そんな彼女とすれ違いざまに声をかけたのは店一番の花魁・黒の夢(ka0187)太夫だった。
胸元が大きくはだけた煌びやかな着物で彼女を見送り、代官の部屋へとやってくる。
「おこんばんは、お勤めご苦労様なのな~」
そうして廊下の兵庫にも声をかけて、彼女はさも当たり前のように面をしたまま中へと入る。
「おぉ、きたか。わしの黒き姫よ。まぁもっとちこう寄れ」
「うなぁ、せっかちさんなのな~♪」
彼女の素顔を見れる者は少ない。何故なら彼女は上流階級の者しか相手にしないし、祭りの席でも面をつけている為、素顔は秘密とされているからだ。そんな彼女と親しいとなれば、やはりこの代官、かなりの大物である事が予測できる。
(ふむ…これからが楽しみだ)
兵庫は思う。己が勘が確かであればきっとこの男には裏の顔がある。
つまり彼の欲する者も自然と集まる筈なのだから…。
晴天の下、橋近くの瓦版に取り上げられるのは連日続く悲惨な事件。
『強盗雷獣またも商家を襲撃!』
そんな見出しの後に続く言葉は余り気分のいいものではない。
「また皆殺しですって」
「んま~、怖いわぁ」
庶民とて他人事ではない。通りすがりの旅人や地元の夫人がそんな話に肩をすくめる。
(あ~あ、一体何がしたいんだが…)
その記事に央崎 枢(ka5153)が目を伏せた。
どうせ生きるなら誰もが好きに生きた方が良いに決まっている。しかし、その好き勝手に他人を巻き込んではいけないし、殺しなどもっての外だ。
(里の情報じゃあ首領は茶髪の女だったか…)
近所の川で釣った魚を串焼きにして頬張りながら彼は考える。
「ね~お兄ちゃん、あそぼ―」
そこへ見知った子供がやって来て、彼は一度思考を停止した。
(ま、後で調べときゃいいか…このままだと皆不安で眠れないし)
そう区切り、彼は気持ちを切り替える。
彼は忍び――今は少しばかりその技術を活かして、悪党成敗の道を生業としているが、それは秘密で…子供達に笑顔を返し、早速かくれんぼを開始する。
「さぁ、じゃあ俺が鬼をするから皆隠れろよー」
その声に子供達が駆け出した。が、周りを見ない子というのはいるもので。
「ああん? 気ぃつけろよ、ガキ」
ぶつかった先には背丈は約五尺七寸の大女。大斧を常時担いで歩く彼女の評判は正直なところ、すこぶる悪い。
というのも彼女にはある噂が流れているからだ。それはこの界隈を仕切っている女ボスとして、裏では賭博場を経営し、金が払えなくなった者を捕まえては売りとばすと、彼女のよからぬ噂は絶えない。しかし何故か彼女は捕まらなくて、巷では金を積んで買収しているのではとまで言われている。
「さぁて、今日はあの河原のボロ家だったな」
慌てて逃げていく子供には見向きもせず、彼女は橋の下、川縁に建てられた藁葺き屋に押し掛ける。
すると中から現れたのはよぼよぼの老人で、金に困り長屋に住めなくなりここに移動して来たらしい。
「おい、てめぇ、ここのアタシの土地だ! 勝手に建ててどういうつもりだ?」
ドスを聞かせて彼女が言う。
「すまんが、もう行くとこがないのじゃて…許しては」
「くれる筈ねぇだろうが! 使いたきゃ金払って貰わねぇと」
斧を下ろして、彼女に慈悲と言う言葉はないようだ。今にも老人の家を壊してしまいそうである。
「酷いな…」
枢がそう思ったその時だった。彼が動くより先に老人の前に立ったのは一人の少女。
「もうやめて。この人だって困ってるの」
銀髪小柄の…確か天竜寺 詩(ka0396)と言ったか。近くの長屋に住んでいるのを覚えている。
「あぁん、なんだてめぇ…俺の邪魔をしようっていうのか?」
女、ボルディア・コンフラムス(ka0796)があからさまに機嫌を悪くし問う。
「だって、年長者は敬うべきだよ。なのにこんな酷い事…」
「ああ、そうかい。だったらてめぇがこの場所の敷賃払ってくれるのかい?」
「それは…」
「はあ、できねぇなんて言わせないぜ?」
ぐいっと顔を近付けて、彼女が距離を詰める。
「…判りました。うちまできてほしいの…」
詩はそこで聞き入れるしかなかった。しかし、払える充て等無くて…天竜寺流と言えば昔は世に名の知れた踊りの名家であった。しかし、彼女の父が騙され作った借金がきっかけで没落。屋敷を手放し残った姉妹は細々と長屋暮らしを続けている。詩が金策を考える中、ボルディアもボルディアで彼女の処遇を考える。
(この様子じゃ払える訳ないし…そういや、あの代官に見逃して貰った礼をまだしてなかったな)
ふと降りてきた妙案にボルディアが笑みを浮かべる。
(あれは893? 今度こそ証拠を掴んで…っていけるか?)
そんな二人を見つけ、反応を見せたのは鞍馬 真(ka5819)だった。
彼は闇の仕事人。枢同様裏稼業を営む一人であり、ここ数日893ことボルディアの動向を探っているのだが、どうにも間が悪く、今日も彼はうまく動けそうにない。
「やーい、のろまな真兄! ここまでおいでー」
「へんてこ武器、川に投げちゃうぞー」
彼の昼の姿はただの遊び人で、現在子供達にカモられ中だ。
始終フラフラしているものだから、彼は格好の遊び相手になってしまっているようだ。
「あぁ、自慢なんてするものじゃないな…」
彼の得物は魔導拳銃剣――特殊なそれを見せびらかしていたらこの有様だ。
「こら、もういい加減に返してくれないか?」
そうお願いする彼であったが、その願いはまだ叶いそうになかった。
●会
ここは大EDO城下町――現将軍は早米寿を迎えつつあった。
しかし彼には息子がおらず、次期将軍は専ら若干二十歳前の青年が候補として上がっている。
が、彼は自由奔放を絵でかいたような性格だった。まず間違いなくいつも城にはいない。自分が候補になっている事は知っているだろうに彼はお供のパルムを連れて諸国漫遊を続けているのだ。
「久々のEDOだけど、実家に戻るのもなんだ…今日はあの宿に泊まるとしよう」
お忍びの旅だというのに、何故だかスーツの上にアーマーまで着用して、それでも庶民に気付かれないのは、ひとえに彼の顔が知られていない事に由来する。
「きゃー、泥棒ー」
そんな彼の近くでスリが発生。慌てて追いかけようとした被害者の町娘だったが、運悪く鼻緒が切れてその場に転倒。その間にもスリはどんどん距離を稼いでゆく。
「うな? 吾輩のおぱんちゅもすられたかも…」
とその近くではお忍びで町に出ていた黒の夢がそんな事をぽそりと呟いて、
「ええっーそれは大変です!」
と彼女に付き添っていたシグリッド=リンドべリ(ka0248)が挙動を明らかにおかしくしつつ、泥棒を追う。
「冗談…通用しないのなのな~」
彼女がその後にそんな言葉を添えたが、残念ながら彼の耳には届かない。
「待て―、泥棒!」
十手代わりにワイヤーウイップを取り出して投げ縄のように扱う。
「お嬢さん、怪我は?」
そこでザレム・アズール(ka0878)はお供のパルムと駆け出した彼にスリを任せて町娘に声をかける。
「はい、すいません。私は大丈夫です」
「あいよ、これ。あんたのだろ?」
町娘の言葉が終わらぬうちに割って入ったのは別の声。手にはすられた筈の財布が握られている。
「お見事」
「おみごとー」
そんな彼女を見つけて、いつの間にか戻ってきていたパルム達も彼女に拍手を送る。
「あんた、一体…」
「え、あぁ…その、たまたまだって。さっきスルの見えたから跳び出したらさぁうまくいっただけだって」
注目が集まる中で彼女はそう言い財布を返して、ぱたぱたと走り去ってゆく。
「あぁ、もし。お名前を」
「舞よ。天竜寺 舞(ka0377)! 妹が待ってるからお先に失礼っ」
明るい笑顔の少女だった。しかし、それだけではないだろう。
「舞か。なかなかの腕だったな」
ザレムが感心する。
「すみませーん。事情を聞きたいので番所まで来て貰っていいですか?」
とそこへシグリッドがスリを捕まえたようでお縄にしたまま、二人にも話しかける。
「仕方がない。行くか」
そう言い、ザレムは彼の後を追う。シグリッドは彼の正体を知らない。
けれど、番所でこそりと教えられて…これにより色々面倒を抱える事になるのだがそれはまだ後の事である。
「詩、ただいま~…っていない?」
ガランとした部屋を見つめて、舞は首を傾げる。妹はこの町で踊りの先生をしているのだが、連絡は入れておいたからいつもなら彼女の帰りを笑顔で迎えてくれる筈だった。しかしそんな妹の姿が無くて、舞の心に不安が過る。
「まさか借金取りに攫われたんじゃあ…」
二人が働いてもカツカツの生活だ。少し足りなくなって…というのもあり得る話である。
早速近所の人々に舞が聞き込んで――真の元を訪れた時、事は少し進展する。
「すまない。あの時何としても追いかけておくべきだった」
真からの目撃情報で聞き込み範囲を広げれば、自ずと全容が見えてくる。
(成程、ボルディアが私の妹を…)
舞がぎりっと奥歯を噛む。
(迂闊だったな。こうなれば乗り込むしかない)
そう考えているのは真だ。もっと早く手を打っていればなんて…意味のない話だ。
そして、ここにも里からの返事に目を通して驚く者が一人。
「おいおい、マジか…幕府転覆? スケールデカ過ぎだろう」
枢はマリィアの狙いを知って困惑する。
そして、そう言えば今日この町に若将軍が戻ってきていたのを思い出す。
(それは緊急事態だな…急がないとっ)
忍びであるから顔を知っていたのだろう。
マリィアはどうだか知らないが、本気でやる気ならばザレムの命が危ない。
ザレムを見かけた界隈の宿を片っ端から当たって、彼は宿の女将に文を託す。
(お願いだ。間に合ってくれよ…)
枢はそう願いながら朝を待つ。
「終わりよ、将軍様。貴方の天下はもう訪れないわ」
一方ではマリィアの銃が火薬を帯びる。どさりと倒れる男を前に、彼女はしっかりと脈を確認する。
(…あっけないわね。後は老いぼれをやれば事は済むわ)
冷たくなってゆく次期将軍の骸…それを前にしても彼女の心は未だ満たされてはいなかった。
●交
そして朝、遺体が見つかったのを期に町方所属のシグリッドが遺体を引き取りにやってくる。
その後人相から人物を特定するのだが、彼はもう遺体をみた時点で誰だか判ってしまった訳で…。
「うそ、ですよね…」
真っ青に青褪めて、それでも気丈に振舞い速やかに遺体を番所に連れて帰る。
その後、庶民の間には身元不明な為それほどの動揺はなかったが、城の方はそうではない。戻ってきた筈の次期将軍が姿を見せず、俄かに暗殺の噂が立ち始めれば現将軍も気が気ではない。そんな様子を代官は心の底で笑って、今日の夜の宴はさぞいいものとなるだろう。
「我々の出会いと勝利に乾杯」
いつもの料亭に集まった揃いの顔触れ――彼等が一所に集まるというのはなかなかに珍しい。
「…出来れば私はこんな場所にいたくないのだけれど」
マリィアが不満を隠そうともせず、言葉にする。
「そんな事言うなって。アタシとおまえは女同士…まぁ、向かう所は違っても似た様なもんだろう?」
そう言うのはボルディアだ。男勝りに胡坐をかいて、出された料理に手をつけつつ酒を煽る。
「まぁ、そういう訳だ。少しは付き合わんか。今城内は大混乱…幕府転覆も時間の問題よ」
代官もそう言うと傍には気に入りの黒の夢を置いて、いつになく饒舌に語る。
「おっと、そうだ。代官さんよぉ。今日は良い土産があったんだった…おい、連れて来な」
そこでボルディアが子分に一声かけて…現れたのは煌びやかな着物に身を包んだ詩だ。
「ほぅ、良い女ではないか」
代官が口元を吊り上げ言う。
「だろう? 何でも元は名家の娘らしくてな…踊りはお手のもんなんだと。さぁ、挨拶しな」
その声にびくりと肩を揺らして、詩は力無さげに言葉する。
「くだらないわ…」
マリィアがその先の余興を予測し立ち上がる。
「もう行ってしまうのか?」
その代官の言葉に彼女は無言を返し、部屋を出てゆく。
「全くもって愛想のない女よ…」
その様子に代官は気分を害した様であったが、その後始まったら詩の舞に心奪われ、あっという間に機嫌を直す。
詩の踊りはそれ程までに美しくしなやかだった。例えるならば天女の様で…このような場であっても舞を舞う間だけは彼女は立派な踊り手としてのプライドを垣間見せる。
(大丈夫。きっとお姉ちゃんが来てくれるもの)
そう願いながら…彼女は楽師の音色に合わせて、ただひたすらに今自分が出来る事に徹するのだった。
一方、夜道を歩き始めたマリィアは背後の気配に筈かに気付いていた。
「誰なのかしら? 隠れてないで出てきたらどうなの?」
付近には提灯すらない。狭い道の死角となる場所で、彼女が後方を振り返る。
「へぇ…俺に気付くとは流石だね」
そう言うのは勿論彼女を追っていた枢。姿を現さず、声だけを発して彼女に話しかける。
「フフッ、聞いてるわよ…あなた殺さずの忍びなんでしょ?」
マリィアは姿が見えない事に動じる事なく、そのまま会話を続ける。
「だったら何だって言うんだ?」
「お子様よ…人を傷つけたくないからやらないなんて甘ちゃん過ぎるわ」
彼女はそう言うと徐に神罰銃を取り出し、近くにあった木材を打ち抜く。
するとどうだろう。立てかけてあった木材が一斉に崩れて、隠れていた野良猫が勢いよく逃げ出してゆく。
「おいっ、乱暴するなよ…あんたの理由が何かは知らねーけど、好きに生きて悪事を働くってんなら容赦しねーぞ?」
その行動に彼もカチンときたらしい。片手に剣、片手にナックルをはめて彼女の前に影を現す。
「理由? そんなものとうの昔に忘れたわ。しいていえば、その理由を思い出すのが面倒なのよ…だから、そんな事を思い出す必要のない世界にするだけ…」
「そんな、無茶苦茶な!?」
が彼女は本気のようだった。
木材の下にでも隠していたのか、いつの間にか腕にはマシンガンが抱えられている。
「やめろ!」
その得物を目視した瞬間、枢の身体は動いていた。宙返りをして彼女に接近し、まずは手刀で手首を打つ。
「あら…?」
彼女はその素早さに一瞬そんな声を出したが、次の瞬間不気味にくつくつと笑い出す。
「ちょっと、あんた…」
「あぁ、やっと互角に戦える相手が来た」
彼女が微笑む。それに驚く枢を余所に、彼女は身体を捻って彼の拘束から抜け出すと再びマシンガンを構えぶっ放す。幸い連撃銃であるためか威力は幾分下がるものの、枢が避けた後の壁には弾の跡が残る。
「ったく…イカれた女だね」
枢が呟く。出来れば殺したくない。しかし、この状況――それが叶うだろうか。
再び戻って料亭は宴もたけなわ。代官お気に入りのお遊びが始まろうとしていた。
「やっ、こんな、ちょっと、ひどいの~」
詩から悲鳴が上がる。
「うふふっ、大丈夫。きついのは初めだけなのな~」
そう言うのは黒の夢だ。彼女はどうも手慣れているらようで詩の苦痛を少しでも和らげてあげようと助言する。
「でも、こんな…」
「さぁ、代官。やっちゃってくれ」
嫌がる詩であったがしかし、準備は整った。ボルディアの指示で用意されたそれに代官が手をかける。
そして、
「そぉ~れ、よいではないか~よいではないかぁ~」
『あ~~れぇ~~』
代官が手にした帯の先にはぐるぐるに巻かれた黒の夢と詩の姿。
二人共、勢いよく引っ張られてその場で独楽の様に回る。
「あぅぅ…気持ちが悪いのぉ~」
されるがままに回されて、詩が涙目になる。
「うぅ~、今日はいつもより早く回ってるのな~」
そういうのは黒の夢だ。どうやら、この儀式――もとい、お戯れはこの代官の日常らしい。
「あんのうんさーん!」
そこで別方向からシグリッドの声がした。
代官のよからぬ噂をある人から聞いて、心配になりこちらに駆け付けたらしい。
「あんのうんさーん、何処ですかー?」
ばたばたと足音をさせて、ここにやってくるのも近いだろう。
「ああ、これはシグリッドちゃんの声…吾輩はここなのな~」
その声につられて、黒の夢はあっさり返事を返す。
「おい、兵庫。判っているな?」
「あいあい…ここには通すなって事だろう」
それに慌てる代官に兵庫が平然と答える。
「私も助太…」
どがががっ
とそこで天井裏から音がして、慌てて視線を上に向ければ少し開いた天板の先から別の声。
「ちょっ、やめろっ!……確かに尻尾を踏んだのは悪いと思っている…が何も噛みつかなく…」
「全く…今日は客が多いぜ!」
外を兵庫に、中をボルディアに任せて代官は別に部屋への移動を計る。彼女もそれを異論はなく自慢の斧で天井を破壊して、ボルディアが侵入者の顔を確かめる。
「あぁん、あんたは?」
これといって特徴のない真の顔を彼女が覗き込む。
「くっ、バレては仕方がない。闇の仕事人、参る!」
そこで真も開き直り、得物をその場で構え対峙する。
「ここは任せたぞ!」
代官はそんな言葉を残して、帯を握ったまま二人を別の部屋へと歩かせる。
だが、次の瞬間代官の背にはナイフが突き立てられていて…時が暫し止まる。
「無事でよかった!」
その声の主は舞だ。そして事に及んだのも彼女…実は彼女も世直し暗殺を請け負っている一人である。目にも止まらぬ速さでそれを成し遂げて、刺し痕を残さず殺すスタイルで仕留めた相手は数知ず。代官もその例外ではなく、一滴の血も流す事無くその場にただゆっくりと崩れてゆく。
「あぁ、お姉ちゃん! 来てくれるって信じてたんだよ」
巻かれていた帯から脱出して姉妹二人、しっかりと抱き合う。
「うな~、代官様はおやすみなのな~」
そんな二人の横では崩れた代官を前に天然ボケな黒の夢。まぁ、血が流れていないのだから無理もない。
が、そんな事とは知らず用心棒を仰せつかっている兵庫は今、シグリッドと対峙していた。
「さぁ、そこを退いて下さい。僕はあんのうんさんの元に行かないといけないんですっ!」
銃を構えて、シグリッドが言う。
「ほう…正義気取りか。だが、そいつを貫くにはそれ相応の力がいるんだ…」
だが、兵庫はそんな脅しに怯える素振りもなくどっしりと槍を構えてみせる。
「別に正義なんて気取ってません。ただ、僕は心配で」
「問答無用!」
兵庫は言うが早いか、彼が弾を打ち出す前に一歩踏み込み、リーチの長さを活かして銃を落とさせる。
「ッ! この人、強いっ!」
その力に圧されて尻餅を付くシグリッド。次の攻撃が彼を襲う。そこへ、またも新たな訪問者――。
「くっくっく、今宵のムラマサは血に飢えておる…」
さらりと黒髪が風に揺れる。シグリッドと槍の間に割って入ったのは一本の刀を携えた男だ。肩には二匹のパルムを乗せて、彼は正しく導く者らしからぬ言葉と共に顔をあげる。
「また被れの偽善者か。いいぜ、相手してやる」
兵庫はそう言い、スペースのある庭へと場所を移動する。シグリッドは二人が移動するのを見て正直ほっとした。
そして、自分がまずやる事はとにもかくにも黒の夢の安全確認だと思い、部屋の中に入っていく。するとそこには倒れた代官と寄り添う黒の夢がいて、
「大丈夫ですか、あんのうんさん」
「ええ、吾輩は大事ないなのなー…けど、おかしいなのな~。代官さん、いきなり寝ちゃって…」
「これは!?」
彼女の言葉より先に彼は気付いた。代官の死――それが手練れによるものだという事は見て明らかだ。
「あの…他に誰もいませんでしたか?」
そいつが犯人であると予測し、彼が尋ねる。
「まぁいたはいたけど…彼女は違うと思うのな~。だって女の子だったし…」
既にその場から立ち去ってしまったのだろう、彼女の言う二人の姿はもうない。
「一体何が起こったんだろう…」
シグリッドには判らない。けれど、代官が死んだのなら、彼女の安全は確保されたと言えるだろう。
(情報によれば後は893と雷獣首領だけど…)
この料亭に来ている筈の犯罪者二人であるが、騒がしい事から何となくもう誰かが動いている気がする。
「とりあえずあの方にお礼を言わないと……ってうえぇ!」
そう思い立ち上がりかけた折に見えた黒の夢の餅肌に、彼は目を見開く。
「ちょっ、あんのうんさん。なんて格好しているんですかっ!」
「うな?」
彼女の姿――それはあのお遊びのままで、薄絹の肌襦袢から覗くセクシーボディが彼には刺激が強く、持参した上着を手早く着せる。
(はぁ…疲れる……けど、無事でよかった)
彼の正直な心の声だった。
「何でいつもこうなんだ…」
ちょっとしたハプニングを始まりにボルディアと対峙する羽目になった真。
それはまぁいい。予定とは少し違う形となってしまったが、結果は予定通りと言える。
しかしだ。子分まで相手にする事になるというのはかなりの誤算だ。
「さぁ、皆やっちまいなぁ」
彼女の一声で何処からともなく集まってきた子分達。彼を取り囲むようにじわりじわりと近付いてくる。
「…本当はもっとスマートにやりたいんだが」
彼は今日の駄目だった要因を思い返しながら相手をする。
不運こそあれど、彼はプロ。そこらの雑魚を相手にひけは取らない。考え事をしながらでも、御自慢の魔導拳銃剣で確実に仕留めて、気付けばボルディア一人となっている。
「ちっ、あんた強いじゃねぇか…」
ごくりと唾を飲み込んで、彼女が言う。
「すまない。本来なら被害は最小限に留めるつもりだったんだが…こうなったのは半分はきみのせいだからな」
そういう真であるが…それは単に自分へのフォローでもある。
「はっ、よく言うぜ。まぁ、いい…やってやる」
ボルディアが覚悟を決める。そして、大振りに斧を振り回して、それをひらりと避ける真。
「どこを狙っている。私はここだ」
「でぇい、せぇいやっ!」
その力の差は歴然だった。だが、ここにもまたもある誤算。彼女の斧の威力は伝説にある天狗の団扇の如し。大きく振りかぶって振りぬいた先にある家具や襖はものの見事に破壊され、あっという間に部屋自体が見るも無残な状態へと変化してゆく。
「これは…私のせいではないよな」
そんな心配を余所に彼女の動きは止まらない。
が、斧は銃に勝てなかった。手を撃ち抜かれて、ごとりと大斧を取り落とす。
「ぐぅ、覚えてなぁ!」
彼女はそう言い残し、最後は小物のように逃げてゆく。
けれど、今回ばかりは後ろ盾を失くしお縄になる事だろう。
「ふぅ…終わったな」
部屋はぐちゃぐちゃであるが、これも已む無し?
●正
「はっ、おまえ筋が良いなっ」
槍と刀がぶつかり合う。リーチだけでものを見れば、兵庫が有利である筈なのだが、ザレムは一歩も譲らない。
それは彼の俊敏な動きによるものだろう。
「悪いが、俺はアンタに構ってる暇はないんだ。用はあんたの雇い主にあるでな」
ザレムが言い、ここで決めようと更に踏み込む。だが、兵庫もそのままでは済まさない。
「はっ、ぬるいわ!」
そう言って、槍から一度手を離し、ザレムに徒手で刀を落とさせる事を試みる。
が、ザレムもザレムで新たな技に出て、
「くらえっ、将軍の気合っ!」
「なっ!」
一瞬ザレムの身体が光った気がした。しかし、目撃者・シグリッドは語る。
「あれは肩のお供の援護射撃だったんですよ~。あ、射撃といっても撃ってないから、正確には照らしかな?」
という事で油断した兵庫はその後すぱりと斬られて、
「ふっ、ふふ……所詮貴様も俺と同類よ」
がくりと膝をつき、彼が呟く。
「その正義を、いつまで貫けるか…一足先に地獄で楽しみに見物させて貰う、ぜ…ぐふっ」
そうしてその場でエビ反りに仰け反ると、そのまま息絶える。
「よーし、次は代官」
「あ、代官ならもう死んでますよ」
「え―――――っ!」
シグリッドの言葉に悔しさを露にするザレム。
「いいじゃないですか。手間が省けて…」
そう言うシグリッドだがザレムの耳には届いていない。
「あぁ、この世は悲しみに満ちているな。行くぞ、パルパル、パルタ。次だ」
ザレムはそう言って、別の場所へ急ぐのだった。
「アンタ、もういい加減諦めなよっ」
銃撃を止めないマリィアを前に、身軽に屋根から屋根へと飛び移りながら枢が諭そうと試みる。
だが、彼女の本気は止まらない。全てを忘れて無に帰している彼女は赤子同然に我武者羅だ。
その迷いのない行動が枢に隙を与えない。
「どうしたの? もっと私を楽しませなさいよっ」
まるで演舞でも踊っているかのようにリロードの速さもさることながら、彼女は闇夜で踊る。
「ったくなんでかなぁ…」
暗殺と言うにはもう騒ぎとなっているが、これ以上黙っている訳にはいかない。強引な方法になってしまうが、やる他ないだろう。屋根に敷かれた瓦を一枚取り上げ、枢は彼女に投げつける。それに気付いたマリィアが銃で応戦。瓦に撃ち込まれた弾丸が瓦を砕いて、その破片が彼女に降り注ぐ。
「こんな煙幕、私には」
「通用しないよね。知ってる」
だが、それで枢には十分だった。
彼はただ距離を詰めるその時間が欲しかったのだ。闇に紛れて彼女に近付くと、彼女は必死の形相で彼の手を逃れようと体勢をおとす。その先に、彼女はある人物を見つけて、
「あれは…ぐっ!?」
それが油断となった。道を歩いていたのは彼女が仕留めた筈の次期将軍。肩に乗るお供も健在だ。
「何故…あれは確かに私がやったのに…」
あの時確かに脈はなかった。ぐらりと歪む視界の中でマリィアは混乱する。
「ちょっ、若君。なんでっ!?」
枢も手筈と違う彼の行動に驚き、マリィアを縛り上げた後彼の元へとやってくる。
「あんたが文の主か。助かったよ」
ザレムが飄々と言う。
「けど、ここに来るなんて」
「問題ないさ。それに俺は若い。まだまだあんたらには引け劣らないぞ」
そう言って彼は爽やかに笑う。
事の真相――それは枢による文で危機を知らせての一芝居から始まる。
文に忍びに伝わる秘薬を忍ばせて、それによりザレムは一時的に仮死状態に。撃たれた場所には鉄板を仕込んで、実際には彼の身体に弾は当たっていない。そして、引き上げに来たシグリッドには番所で息を吹き返したザレム自身が話を伝えて協力を願った訳だ。
「はぁ…あんたが無事でよかった。…けど、これをどうにかしないと」
木材でチラかった道に、銃弾の跡。これだけの騒ぎだ。町方がくるのも時間の問題だろう。
「あんたはよくやってくれたよ。だから後は任せてくれ。良い知り合いがいる」
ザレムがシグリッドの顔を思い浮かべながら話す。枢もその言葉に甘えて、その場を彼に託し去って行く。
残ったザレムも一時闇に隠れて、彼が来るのを待つ。そして、彼を見つけたらすかさず呼び止めて、
「後は上手く頼むぞ」
爽やかにザレムが頼む。
「そんなっ、僕まだ下っ端ですし…」
「思い出したんだ。あんたの父親、奉行所の…」
「あ~…知ってたんですか。判りました…頼んでみます」
ザレムから出た言葉に諦めを感じて、シグリッドは大きく息を吐く。
こうして、この界隈の悪党は一夜にしてお縄となって…
マリィアは牢で自害を選んだと聞くが、ともあれEDO庶民に暫しの平和が戻る。
「お姉ちゃん、このお団子絶品ですよ」
「あらっ、本当♪」
詩が一時の安らぎを姉と分かち合う。
一方では、どこぞの遊び人が子供相手に遊ばれていたり。
そしてあの方はパルムと共にまた旅に出たとか。
それぞれの道も明るくて何はともあれ、EDOの民の心は晴れ晴れ。
あの時空の旅人もまた別の場所へと誘われていった事だろう。
「おまえはそこで待っておれ。よいな」
横柄な言いようででっぷりとした体格の代官が座敷へと入る。
ここは花街にある高級料亭――廊下に待たされたのは着流し・総髪の用心棒、榊 兵庫(ka0010)である。
彼は手にした槍を静かに廊下に置いて、目の前にある庭園を眺める。
心持静かに、しかし彼の深淵はいつからか澱んでいる。
(修業してお上に仕えても結局やる事は人殺し…ってな。力なんて持つべきものではない)
池に映る満ちた月、若き頃の満ち足りた気持ち等もうここには存在しない。もし彼を満たすものがあるとするならば、それは弱者に味方する酔狂な者達をこの手でねじ伏せる事。己が手で人を助ける事にいい気になっている輩を完膚なきまでに潰す事が今の彼の生き甲斐なのだ。
「あぁ、つまらんな…今宵獲物は現れぬか」
空気に含まれる気配からそれを察して、彼が呟く。
「ねぇ、ここであってるかしら?」
とそこへ現れたのは異国風の女だった。瞳の中に虚無を抱えて、彼に尋ねる。
「ほう、あんたが噂の…女だったとはな」
代官が呼びつけた客はある賊の首領と聞く。てっきり図体のでかい男が来ると思っていたが、これは意外だ。
「あんた名前は?」
「マリィア・バルデス(ka5848)よ」
代官に確認を取って、兵庫は彼女に奥へ進むよう促す。
彼女は口数少なく中へ入ると料理には目もくれず、代官に言い放つ。
「招待頂いて悪いけど、こういうのに興味ないのよね。だからさっさと教えてくれる?」
「まぁ急くな。わしも来たばかりでな。まずは一ぱ…」
「聞こえなかったの。私は興味ないのよ」
少しのイラつきを混ぜて…すると代官も不快に感じたのか彼女に紙を投げてよこす。
「全く、つまらぬ女だな。それにお前の望むモノの特徴が書いてある。情報では近日こっちに戻ってくるそうだが、やれるか?」
一際声を落として代官が尋ねる。
「誰に聞いてるのかしら? 私はこのEDOを今恐怖に叩き込んでいる張本人よ?」
そう言って彼女は紙を拾うと、そそくさとその場から退場する。
「うな? もうお帰りなのなー?」
そんな彼女とすれ違いざまに声をかけたのは店一番の花魁・黒の夢(ka0187)太夫だった。
胸元が大きくはだけた煌びやかな着物で彼女を見送り、代官の部屋へとやってくる。
「おこんばんは、お勤めご苦労様なのな~」
そうして廊下の兵庫にも声をかけて、彼女はさも当たり前のように面をしたまま中へと入る。
「おぉ、きたか。わしの黒き姫よ。まぁもっとちこう寄れ」
「うなぁ、せっかちさんなのな~♪」
彼女の素顔を見れる者は少ない。何故なら彼女は上流階級の者しか相手にしないし、祭りの席でも面をつけている為、素顔は秘密とされているからだ。そんな彼女と親しいとなれば、やはりこの代官、かなりの大物である事が予測できる。
(ふむ…これからが楽しみだ)
兵庫は思う。己が勘が確かであればきっとこの男には裏の顔がある。
つまり彼の欲する者も自然と集まる筈なのだから…。
晴天の下、橋近くの瓦版に取り上げられるのは連日続く悲惨な事件。
『強盗雷獣またも商家を襲撃!』
そんな見出しの後に続く言葉は余り気分のいいものではない。
「また皆殺しですって」
「んま~、怖いわぁ」
庶民とて他人事ではない。通りすがりの旅人や地元の夫人がそんな話に肩をすくめる。
(あ~あ、一体何がしたいんだが…)
その記事に央崎 枢(ka5153)が目を伏せた。
どうせ生きるなら誰もが好きに生きた方が良いに決まっている。しかし、その好き勝手に他人を巻き込んではいけないし、殺しなどもっての外だ。
(里の情報じゃあ首領は茶髪の女だったか…)
近所の川で釣った魚を串焼きにして頬張りながら彼は考える。
「ね~お兄ちゃん、あそぼ―」
そこへ見知った子供がやって来て、彼は一度思考を停止した。
(ま、後で調べときゃいいか…このままだと皆不安で眠れないし)
そう区切り、彼は気持ちを切り替える。
彼は忍び――今は少しばかりその技術を活かして、悪党成敗の道を生業としているが、それは秘密で…子供達に笑顔を返し、早速かくれんぼを開始する。
「さぁ、じゃあ俺が鬼をするから皆隠れろよー」
その声に子供達が駆け出した。が、周りを見ない子というのはいるもので。
「ああん? 気ぃつけろよ、ガキ」
ぶつかった先には背丈は約五尺七寸の大女。大斧を常時担いで歩く彼女の評判は正直なところ、すこぶる悪い。
というのも彼女にはある噂が流れているからだ。それはこの界隈を仕切っている女ボスとして、裏では賭博場を経営し、金が払えなくなった者を捕まえては売りとばすと、彼女のよからぬ噂は絶えない。しかし何故か彼女は捕まらなくて、巷では金を積んで買収しているのではとまで言われている。
「さぁて、今日はあの河原のボロ家だったな」
慌てて逃げていく子供には見向きもせず、彼女は橋の下、川縁に建てられた藁葺き屋に押し掛ける。
すると中から現れたのはよぼよぼの老人で、金に困り長屋に住めなくなりここに移動して来たらしい。
「おい、てめぇ、ここのアタシの土地だ! 勝手に建ててどういうつもりだ?」
ドスを聞かせて彼女が言う。
「すまんが、もう行くとこがないのじゃて…許しては」
「くれる筈ねぇだろうが! 使いたきゃ金払って貰わねぇと」
斧を下ろして、彼女に慈悲と言う言葉はないようだ。今にも老人の家を壊してしまいそうである。
「酷いな…」
枢がそう思ったその時だった。彼が動くより先に老人の前に立ったのは一人の少女。
「もうやめて。この人だって困ってるの」
銀髪小柄の…確か天竜寺 詩(ka0396)と言ったか。近くの長屋に住んでいるのを覚えている。
「あぁん、なんだてめぇ…俺の邪魔をしようっていうのか?」
女、ボルディア・コンフラムス(ka0796)があからさまに機嫌を悪くし問う。
「だって、年長者は敬うべきだよ。なのにこんな酷い事…」
「ああ、そうかい。だったらてめぇがこの場所の敷賃払ってくれるのかい?」
「それは…」
「はあ、できねぇなんて言わせないぜ?」
ぐいっと顔を近付けて、彼女が距離を詰める。
「…判りました。うちまできてほしいの…」
詩はそこで聞き入れるしかなかった。しかし、払える充て等無くて…天竜寺流と言えば昔は世に名の知れた踊りの名家であった。しかし、彼女の父が騙され作った借金がきっかけで没落。屋敷を手放し残った姉妹は細々と長屋暮らしを続けている。詩が金策を考える中、ボルディアもボルディアで彼女の処遇を考える。
(この様子じゃ払える訳ないし…そういや、あの代官に見逃して貰った礼をまだしてなかったな)
ふと降りてきた妙案にボルディアが笑みを浮かべる。
(あれは893? 今度こそ証拠を掴んで…っていけるか?)
そんな二人を見つけ、反応を見せたのは鞍馬 真(ka5819)だった。
彼は闇の仕事人。枢同様裏稼業を営む一人であり、ここ数日893ことボルディアの動向を探っているのだが、どうにも間が悪く、今日も彼はうまく動けそうにない。
「やーい、のろまな真兄! ここまでおいでー」
「へんてこ武器、川に投げちゃうぞー」
彼の昼の姿はただの遊び人で、現在子供達にカモられ中だ。
始終フラフラしているものだから、彼は格好の遊び相手になってしまっているようだ。
「あぁ、自慢なんてするものじゃないな…」
彼の得物は魔導拳銃剣――特殊なそれを見せびらかしていたらこの有様だ。
「こら、もういい加減に返してくれないか?」
そうお願いする彼であったが、その願いはまだ叶いそうになかった。
●会
ここは大EDO城下町――現将軍は早米寿を迎えつつあった。
しかし彼には息子がおらず、次期将軍は専ら若干二十歳前の青年が候補として上がっている。
が、彼は自由奔放を絵でかいたような性格だった。まず間違いなくいつも城にはいない。自分が候補になっている事は知っているだろうに彼はお供のパルムを連れて諸国漫遊を続けているのだ。
「久々のEDOだけど、実家に戻るのもなんだ…今日はあの宿に泊まるとしよう」
お忍びの旅だというのに、何故だかスーツの上にアーマーまで着用して、それでも庶民に気付かれないのは、ひとえに彼の顔が知られていない事に由来する。
「きゃー、泥棒ー」
そんな彼の近くでスリが発生。慌てて追いかけようとした被害者の町娘だったが、運悪く鼻緒が切れてその場に転倒。その間にもスリはどんどん距離を稼いでゆく。
「うな? 吾輩のおぱんちゅもすられたかも…」
とその近くではお忍びで町に出ていた黒の夢がそんな事をぽそりと呟いて、
「ええっーそれは大変です!」
と彼女に付き添っていたシグリッド=リンドべリ(ka0248)が挙動を明らかにおかしくしつつ、泥棒を追う。
「冗談…通用しないのなのな~」
彼女がその後にそんな言葉を添えたが、残念ながら彼の耳には届かない。
「待て―、泥棒!」
十手代わりにワイヤーウイップを取り出して投げ縄のように扱う。
「お嬢さん、怪我は?」
そこでザレム・アズール(ka0878)はお供のパルムと駆け出した彼にスリを任せて町娘に声をかける。
「はい、すいません。私は大丈夫です」
「あいよ、これ。あんたのだろ?」
町娘の言葉が終わらぬうちに割って入ったのは別の声。手にはすられた筈の財布が握られている。
「お見事」
「おみごとー」
そんな彼女を見つけて、いつの間にか戻ってきていたパルム達も彼女に拍手を送る。
「あんた、一体…」
「え、あぁ…その、たまたまだって。さっきスルの見えたから跳び出したらさぁうまくいっただけだって」
注目が集まる中で彼女はそう言い財布を返して、ぱたぱたと走り去ってゆく。
「あぁ、もし。お名前を」
「舞よ。天竜寺 舞(ka0377)! 妹が待ってるからお先に失礼っ」
明るい笑顔の少女だった。しかし、それだけではないだろう。
「舞か。なかなかの腕だったな」
ザレムが感心する。
「すみませーん。事情を聞きたいので番所まで来て貰っていいですか?」
とそこへシグリッドがスリを捕まえたようでお縄にしたまま、二人にも話しかける。
「仕方がない。行くか」
そう言い、ザレムは彼の後を追う。シグリッドは彼の正体を知らない。
けれど、番所でこそりと教えられて…これにより色々面倒を抱える事になるのだがそれはまだ後の事である。
「詩、ただいま~…っていない?」
ガランとした部屋を見つめて、舞は首を傾げる。妹はこの町で踊りの先生をしているのだが、連絡は入れておいたからいつもなら彼女の帰りを笑顔で迎えてくれる筈だった。しかしそんな妹の姿が無くて、舞の心に不安が過る。
「まさか借金取りに攫われたんじゃあ…」
二人が働いてもカツカツの生活だ。少し足りなくなって…というのもあり得る話である。
早速近所の人々に舞が聞き込んで――真の元を訪れた時、事は少し進展する。
「すまない。あの時何としても追いかけておくべきだった」
真からの目撃情報で聞き込み範囲を広げれば、自ずと全容が見えてくる。
(成程、ボルディアが私の妹を…)
舞がぎりっと奥歯を噛む。
(迂闊だったな。こうなれば乗り込むしかない)
そう考えているのは真だ。もっと早く手を打っていればなんて…意味のない話だ。
そして、ここにも里からの返事に目を通して驚く者が一人。
「おいおい、マジか…幕府転覆? スケールデカ過ぎだろう」
枢はマリィアの狙いを知って困惑する。
そして、そう言えば今日この町に若将軍が戻ってきていたのを思い出す。
(それは緊急事態だな…急がないとっ)
忍びであるから顔を知っていたのだろう。
マリィアはどうだか知らないが、本気でやる気ならばザレムの命が危ない。
ザレムを見かけた界隈の宿を片っ端から当たって、彼は宿の女将に文を託す。
(お願いだ。間に合ってくれよ…)
枢はそう願いながら朝を待つ。
「終わりよ、将軍様。貴方の天下はもう訪れないわ」
一方ではマリィアの銃が火薬を帯びる。どさりと倒れる男を前に、彼女はしっかりと脈を確認する。
(…あっけないわね。後は老いぼれをやれば事は済むわ)
冷たくなってゆく次期将軍の骸…それを前にしても彼女の心は未だ満たされてはいなかった。
●交
そして朝、遺体が見つかったのを期に町方所属のシグリッドが遺体を引き取りにやってくる。
その後人相から人物を特定するのだが、彼はもう遺体をみた時点で誰だか判ってしまった訳で…。
「うそ、ですよね…」
真っ青に青褪めて、それでも気丈に振舞い速やかに遺体を番所に連れて帰る。
その後、庶民の間には身元不明な為それほどの動揺はなかったが、城の方はそうではない。戻ってきた筈の次期将軍が姿を見せず、俄かに暗殺の噂が立ち始めれば現将軍も気が気ではない。そんな様子を代官は心の底で笑って、今日の夜の宴はさぞいいものとなるだろう。
「我々の出会いと勝利に乾杯」
いつもの料亭に集まった揃いの顔触れ――彼等が一所に集まるというのはなかなかに珍しい。
「…出来れば私はこんな場所にいたくないのだけれど」
マリィアが不満を隠そうともせず、言葉にする。
「そんな事言うなって。アタシとおまえは女同士…まぁ、向かう所は違っても似た様なもんだろう?」
そう言うのはボルディアだ。男勝りに胡坐をかいて、出された料理に手をつけつつ酒を煽る。
「まぁ、そういう訳だ。少しは付き合わんか。今城内は大混乱…幕府転覆も時間の問題よ」
代官もそう言うと傍には気に入りの黒の夢を置いて、いつになく饒舌に語る。
「おっと、そうだ。代官さんよぉ。今日は良い土産があったんだった…おい、連れて来な」
そこでボルディアが子分に一声かけて…現れたのは煌びやかな着物に身を包んだ詩だ。
「ほぅ、良い女ではないか」
代官が口元を吊り上げ言う。
「だろう? 何でも元は名家の娘らしくてな…踊りはお手のもんなんだと。さぁ、挨拶しな」
その声にびくりと肩を揺らして、詩は力無さげに言葉する。
「くだらないわ…」
マリィアがその先の余興を予測し立ち上がる。
「もう行ってしまうのか?」
その代官の言葉に彼女は無言を返し、部屋を出てゆく。
「全くもって愛想のない女よ…」
その様子に代官は気分を害した様であったが、その後始まったら詩の舞に心奪われ、あっという間に機嫌を直す。
詩の踊りはそれ程までに美しくしなやかだった。例えるならば天女の様で…このような場であっても舞を舞う間だけは彼女は立派な踊り手としてのプライドを垣間見せる。
(大丈夫。きっとお姉ちゃんが来てくれるもの)
そう願いながら…彼女は楽師の音色に合わせて、ただひたすらに今自分が出来る事に徹するのだった。
一方、夜道を歩き始めたマリィアは背後の気配に筈かに気付いていた。
「誰なのかしら? 隠れてないで出てきたらどうなの?」
付近には提灯すらない。狭い道の死角となる場所で、彼女が後方を振り返る。
「へぇ…俺に気付くとは流石だね」
そう言うのは勿論彼女を追っていた枢。姿を現さず、声だけを発して彼女に話しかける。
「フフッ、聞いてるわよ…あなた殺さずの忍びなんでしょ?」
マリィアは姿が見えない事に動じる事なく、そのまま会話を続ける。
「だったら何だって言うんだ?」
「お子様よ…人を傷つけたくないからやらないなんて甘ちゃん過ぎるわ」
彼女はそう言うと徐に神罰銃を取り出し、近くにあった木材を打ち抜く。
するとどうだろう。立てかけてあった木材が一斉に崩れて、隠れていた野良猫が勢いよく逃げ出してゆく。
「おいっ、乱暴するなよ…あんたの理由が何かは知らねーけど、好きに生きて悪事を働くってんなら容赦しねーぞ?」
その行動に彼もカチンときたらしい。片手に剣、片手にナックルをはめて彼女の前に影を現す。
「理由? そんなものとうの昔に忘れたわ。しいていえば、その理由を思い出すのが面倒なのよ…だから、そんな事を思い出す必要のない世界にするだけ…」
「そんな、無茶苦茶な!?」
が彼女は本気のようだった。
木材の下にでも隠していたのか、いつの間にか腕にはマシンガンが抱えられている。
「やめろ!」
その得物を目視した瞬間、枢の身体は動いていた。宙返りをして彼女に接近し、まずは手刀で手首を打つ。
「あら…?」
彼女はその素早さに一瞬そんな声を出したが、次の瞬間不気味にくつくつと笑い出す。
「ちょっと、あんた…」
「あぁ、やっと互角に戦える相手が来た」
彼女が微笑む。それに驚く枢を余所に、彼女は身体を捻って彼の拘束から抜け出すと再びマシンガンを構えぶっ放す。幸い連撃銃であるためか威力は幾分下がるものの、枢が避けた後の壁には弾の跡が残る。
「ったく…イカれた女だね」
枢が呟く。出来れば殺したくない。しかし、この状況――それが叶うだろうか。
再び戻って料亭は宴もたけなわ。代官お気に入りのお遊びが始まろうとしていた。
「やっ、こんな、ちょっと、ひどいの~」
詩から悲鳴が上がる。
「うふふっ、大丈夫。きついのは初めだけなのな~」
そう言うのは黒の夢だ。彼女はどうも手慣れているらようで詩の苦痛を少しでも和らげてあげようと助言する。
「でも、こんな…」
「さぁ、代官。やっちゃってくれ」
嫌がる詩であったがしかし、準備は整った。ボルディアの指示で用意されたそれに代官が手をかける。
そして、
「そぉ~れ、よいではないか~よいではないかぁ~」
『あ~~れぇ~~』
代官が手にした帯の先にはぐるぐるに巻かれた黒の夢と詩の姿。
二人共、勢いよく引っ張られてその場で独楽の様に回る。
「あぅぅ…気持ちが悪いのぉ~」
されるがままに回されて、詩が涙目になる。
「うぅ~、今日はいつもより早く回ってるのな~」
そういうのは黒の夢だ。どうやら、この儀式――もとい、お戯れはこの代官の日常らしい。
「あんのうんさーん!」
そこで別方向からシグリッドの声がした。
代官のよからぬ噂をある人から聞いて、心配になりこちらに駆け付けたらしい。
「あんのうんさーん、何処ですかー?」
ばたばたと足音をさせて、ここにやってくるのも近いだろう。
「ああ、これはシグリッドちゃんの声…吾輩はここなのな~」
その声につられて、黒の夢はあっさり返事を返す。
「おい、兵庫。判っているな?」
「あいあい…ここには通すなって事だろう」
それに慌てる代官に兵庫が平然と答える。
「私も助太…」
どがががっ
とそこで天井裏から音がして、慌てて視線を上に向ければ少し開いた天板の先から別の声。
「ちょっ、やめろっ!……確かに尻尾を踏んだのは悪いと思っている…が何も噛みつかなく…」
「全く…今日は客が多いぜ!」
外を兵庫に、中をボルディアに任せて代官は別に部屋への移動を計る。彼女もそれを異論はなく自慢の斧で天井を破壊して、ボルディアが侵入者の顔を確かめる。
「あぁん、あんたは?」
これといって特徴のない真の顔を彼女が覗き込む。
「くっ、バレては仕方がない。闇の仕事人、参る!」
そこで真も開き直り、得物をその場で構え対峙する。
「ここは任せたぞ!」
代官はそんな言葉を残して、帯を握ったまま二人を別の部屋へと歩かせる。
だが、次の瞬間代官の背にはナイフが突き立てられていて…時が暫し止まる。
「無事でよかった!」
その声の主は舞だ。そして事に及んだのも彼女…実は彼女も世直し暗殺を請け負っている一人である。目にも止まらぬ速さでそれを成し遂げて、刺し痕を残さず殺すスタイルで仕留めた相手は数知ず。代官もその例外ではなく、一滴の血も流す事無くその場にただゆっくりと崩れてゆく。
「あぁ、お姉ちゃん! 来てくれるって信じてたんだよ」
巻かれていた帯から脱出して姉妹二人、しっかりと抱き合う。
「うな~、代官様はおやすみなのな~」
そんな二人の横では崩れた代官を前に天然ボケな黒の夢。まぁ、血が流れていないのだから無理もない。
が、そんな事とは知らず用心棒を仰せつかっている兵庫は今、シグリッドと対峙していた。
「さぁ、そこを退いて下さい。僕はあんのうんさんの元に行かないといけないんですっ!」
銃を構えて、シグリッドが言う。
「ほう…正義気取りか。だが、そいつを貫くにはそれ相応の力がいるんだ…」
だが、兵庫はそんな脅しに怯える素振りもなくどっしりと槍を構えてみせる。
「別に正義なんて気取ってません。ただ、僕は心配で」
「問答無用!」
兵庫は言うが早いか、彼が弾を打ち出す前に一歩踏み込み、リーチの長さを活かして銃を落とさせる。
「ッ! この人、強いっ!」
その力に圧されて尻餅を付くシグリッド。次の攻撃が彼を襲う。そこへ、またも新たな訪問者――。
「くっくっく、今宵のムラマサは血に飢えておる…」
さらりと黒髪が風に揺れる。シグリッドと槍の間に割って入ったのは一本の刀を携えた男だ。肩には二匹のパルムを乗せて、彼は正しく導く者らしからぬ言葉と共に顔をあげる。
「また被れの偽善者か。いいぜ、相手してやる」
兵庫はそう言い、スペースのある庭へと場所を移動する。シグリッドは二人が移動するのを見て正直ほっとした。
そして、自分がまずやる事はとにもかくにも黒の夢の安全確認だと思い、部屋の中に入っていく。するとそこには倒れた代官と寄り添う黒の夢がいて、
「大丈夫ですか、あんのうんさん」
「ええ、吾輩は大事ないなのなー…けど、おかしいなのな~。代官さん、いきなり寝ちゃって…」
「これは!?」
彼女の言葉より先に彼は気付いた。代官の死――それが手練れによるものだという事は見て明らかだ。
「あの…他に誰もいませんでしたか?」
そいつが犯人であると予測し、彼が尋ねる。
「まぁいたはいたけど…彼女は違うと思うのな~。だって女の子だったし…」
既にその場から立ち去ってしまったのだろう、彼女の言う二人の姿はもうない。
「一体何が起こったんだろう…」
シグリッドには判らない。けれど、代官が死んだのなら、彼女の安全は確保されたと言えるだろう。
(情報によれば後は893と雷獣首領だけど…)
この料亭に来ている筈の犯罪者二人であるが、騒がしい事から何となくもう誰かが動いている気がする。
「とりあえずあの方にお礼を言わないと……ってうえぇ!」
そう思い立ち上がりかけた折に見えた黒の夢の餅肌に、彼は目を見開く。
「ちょっ、あんのうんさん。なんて格好しているんですかっ!」
「うな?」
彼女の姿――それはあのお遊びのままで、薄絹の肌襦袢から覗くセクシーボディが彼には刺激が強く、持参した上着を手早く着せる。
(はぁ…疲れる……けど、無事でよかった)
彼の正直な心の声だった。
「何でいつもこうなんだ…」
ちょっとしたハプニングを始まりにボルディアと対峙する羽目になった真。
それはまぁいい。予定とは少し違う形となってしまったが、結果は予定通りと言える。
しかしだ。子分まで相手にする事になるというのはかなりの誤算だ。
「さぁ、皆やっちまいなぁ」
彼女の一声で何処からともなく集まってきた子分達。彼を取り囲むようにじわりじわりと近付いてくる。
「…本当はもっとスマートにやりたいんだが」
彼は今日の駄目だった要因を思い返しながら相手をする。
不運こそあれど、彼はプロ。そこらの雑魚を相手にひけは取らない。考え事をしながらでも、御自慢の魔導拳銃剣で確実に仕留めて、気付けばボルディア一人となっている。
「ちっ、あんた強いじゃねぇか…」
ごくりと唾を飲み込んで、彼女が言う。
「すまない。本来なら被害は最小限に留めるつもりだったんだが…こうなったのは半分はきみのせいだからな」
そういう真であるが…それは単に自分へのフォローでもある。
「はっ、よく言うぜ。まぁ、いい…やってやる」
ボルディアが覚悟を決める。そして、大振りに斧を振り回して、それをひらりと避ける真。
「どこを狙っている。私はここだ」
「でぇい、せぇいやっ!」
その力の差は歴然だった。だが、ここにもまたもある誤算。彼女の斧の威力は伝説にある天狗の団扇の如し。大きく振りかぶって振りぬいた先にある家具や襖はものの見事に破壊され、あっという間に部屋自体が見るも無残な状態へと変化してゆく。
「これは…私のせいではないよな」
そんな心配を余所に彼女の動きは止まらない。
が、斧は銃に勝てなかった。手を撃ち抜かれて、ごとりと大斧を取り落とす。
「ぐぅ、覚えてなぁ!」
彼女はそう言い残し、最後は小物のように逃げてゆく。
けれど、今回ばかりは後ろ盾を失くしお縄になる事だろう。
「ふぅ…終わったな」
部屋はぐちゃぐちゃであるが、これも已む無し?
●正
「はっ、おまえ筋が良いなっ」
槍と刀がぶつかり合う。リーチだけでものを見れば、兵庫が有利である筈なのだが、ザレムは一歩も譲らない。
それは彼の俊敏な動きによるものだろう。
「悪いが、俺はアンタに構ってる暇はないんだ。用はあんたの雇い主にあるでな」
ザレムが言い、ここで決めようと更に踏み込む。だが、兵庫もそのままでは済まさない。
「はっ、ぬるいわ!」
そう言って、槍から一度手を離し、ザレムに徒手で刀を落とさせる事を試みる。
が、ザレムもザレムで新たな技に出て、
「くらえっ、将軍の気合っ!」
「なっ!」
一瞬ザレムの身体が光った気がした。しかし、目撃者・シグリッドは語る。
「あれは肩のお供の援護射撃だったんですよ~。あ、射撃といっても撃ってないから、正確には照らしかな?」
という事で油断した兵庫はその後すぱりと斬られて、
「ふっ、ふふ……所詮貴様も俺と同類よ」
がくりと膝をつき、彼が呟く。
「その正義を、いつまで貫けるか…一足先に地獄で楽しみに見物させて貰う、ぜ…ぐふっ」
そうしてその場でエビ反りに仰け反ると、そのまま息絶える。
「よーし、次は代官」
「あ、代官ならもう死んでますよ」
「え―――――っ!」
シグリッドの言葉に悔しさを露にするザレム。
「いいじゃないですか。手間が省けて…」
そう言うシグリッドだがザレムの耳には届いていない。
「あぁ、この世は悲しみに満ちているな。行くぞ、パルパル、パルタ。次だ」
ザレムはそう言って、別の場所へ急ぐのだった。
「アンタ、もういい加減諦めなよっ」
銃撃を止めないマリィアを前に、身軽に屋根から屋根へと飛び移りながら枢が諭そうと試みる。
だが、彼女の本気は止まらない。全てを忘れて無に帰している彼女は赤子同然に我武者羅だ。
その迷いのない行動が枢に隙を与えない。
「どうしたの? もっと私を楽しませなさいよっ」
まるで演舞でも踊っているかのようにリロードの速さもさることながら、彼女は闇夜で踊る。
「ったくなんでかなぁ…」
暗殺と言うにはもう騒ぎとなっているが、これ以上黙っている訳にはいかない。強引な方法になってしまうが、やる他ないだろう。屋根に敷かれた瓦を一枚取り上げ、枢は彼女に投げつける。それに気付いたマリィアが銃で応戦。瓦に撃ち込まれた弾丸が瓦を砕いて、その破片が彼女に降り注ぐ。
「こんな煙幕、私には」
「通用しないよね。知ってる」
だが、それで枢には十分だった。
彼はただ距離を詰めるその時間が欲しかったのだ。闇に紛れて彼女に近付くと、彼女は必死の形相で彼の手を逃れようと体勢をおとす。その先に、彼女はある人物を見つけて、
「あれは…ぐっ!?」
それが油断となった。道を歩いていたのは彼女が仕留めた筈の次期将軍。肩に乗るお供も健在だ。
「何故…あれは確かに私がやったのに…」
あの時確かに脈はなかった。ぐらりと歪む視界の中でマリィアは混乱する。
「ちょっ、若君。なんでっ!?」
枢も手筈と違う彼の行動に驚き、マリィアを縛り上げた後彼の元へとやってくる。
「あんたが文の主か。助かったよ」
ザレムが飄々と言う。
「けど、ここに来るなんて」
「問題ないさ。それに俺は若い。まだまだあんたらには引け劣らないぞ」
そう言って彼は爽やかに笑う。
事の真相――それは枢による文で危機を知らせての一芝居から始まる。
文に忍びに伝わる秘薬を忍ばせて、それによりザレムは一時的に仮死状態に。撃たれた場所には鉄板を仕込んで、実際には彼の身体に弾は当たっていない。そして、引き上げに来たシグリッドには番所で息を吹き返したザレム自身が話を伝えて協力を願った訳だ。
「はぁ…あんたが無事でよかった。…けど、これをどうにかしないと」
木材でチラかった道に、銃弾の跡。これだけの騒ぎだ。町方がくるのも時間の問題だろう。
「あんたはよくやってくれたよ。だから後は任せてくれ。良い知り合いがいる」
ザレムがシグリッドの顔を思い浮かべながら話す。枢もその言葉に甘えて、その場を彼に託し去って行く。
残ったザレムも一時闇に隠れて、彼が来るのを待つ。そして、彼を見つけたらすかさず呼び止めて、
「後は上手く頼むぞ」
爽やかにザレムが頼む。
「そんなっ、僕まだ下っ端ですし…」
「思い出したんだ。あんたの父親、奉行所の…」
「あ~…知ってたんですか。判りました…頼んでみます」
ザレムから出た言葉に諦めを感じて、シグリッドは大きく息を吐く。
こうして、この界隈の悪党は一夜にしてお縄となって…
マリィアは牢で自害を選んだと聞くが、ともあれEDO庶民に暫しの平和が戻る。
「お姉ちゃん、このお団子絶品ですよ」
「あらっ、本当♪」
詩が一時の安らぎを姉と分かち合う。
一方では、どこぞの遊び人が子供相手に遊ばれていたり。
そしてあの方はパルムと共にまた旅に出たとか。
それぞれの道も明るくて何はともあれ、EDOの民の心は晴れ晴れ。
あの時空の旅人もまた別の場所へと誘われていった事だろう。
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大EDO井戸端会議【相談卓】 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/04/09 19:28:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/09 19:27:31 |