クルセイダーのにゅうがく!

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/04/15 22:00
完成日
2016/04/19 18:52

みんなの思い出

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オープニング

 いつも腹を空かせていた。
 朝から晩まで働いてもパン数切れしか手に入らない。
 腕は細く背は低く、ここ数年背が伸びていない。
 近いうちに体調を崩して何も食べられなくなって死ぬのだと、ずっと前から確信していた。

●学校の朝
 栗毛の少女が目を覚ます。
 清潔なシーツを押し上げる肢体は均整がとれていて、枕元に広がる髪は上質の絹のよう。
 彼女が1年前まで社会の最下層にいたと言われて信じる者は、事実を知っている者の中にも多くない。
「ヤな夢見たな」
 起き上がる。
 筋肉痛が酷いがもう慣れた。
 部屋備え付けの時計を見て、起床の鐘まで後1時間あるのに気付いてため息をつく。
「寝直す時間は無しか」
 一度だけあくびをする。
 着替えて、給料という名のお小遣いで買った手鏡で髪型を確認。適当に整えてから歩き出す。
 同室の連中を起こさないよう部屋の外へ出て施錠。
 昨日のうちに暖房は切っているはずなのに寒くない。校長先生……ではなくて司教様がダンネツ材がどうとか言っていたけど魔導機械か何かなのだろうか。
「おはよー」
「おはよう」
 途中、別の部屋から出てきたガキ……ではなくて同期の男と合流する。
「今日何するー?」
「来週の入学式の日に晩餐会するから質素にいくわ」
 上質なパンと肉たっぷりのスープのどこが質素だと言いたくなるが口には出さない。
 それに、良いものを食べておかないと授業の途中で体力が尽きる。
「質素かー。ジュースつけていい?」
「水でも飲んでなさい」
 1年間みっちりしごかれても暢気さが消えない坊ちゃんをあしらいながら、彼女は立派な造りの厨房に入っていった。

●外部の目(穏健・良識派閥)
「実質奴隷売買ではないか!」
 司教は激怒した。
 かの邪悪は歪虚に匹敵する悪であると確信した。
「聖堂戦士団に派兵を要請しろ。私は麾下のクルセイダーを率いて今から子供の救出へ向かう!」
「おやめください!」
 司教が最も信頼する覚醒者が、背後から抱きついて止めた。
「お気持ちは分かります。俺だって出来ることなら連中の頭にメイス叩き付けてやりたいです。ですがっ」
 例の学校は一部の大司教から黙認を得ているし貴族層からの支持もある。
 聖堂教会全体として動くなら貴族を無視することもできるだろうが、1司教とその配下だけでは逆に潰されかねない。
「おのれ……」
 温厚で知られる司教の目は血走り、かみしめた奥歯がごきりと鳴った。
「今は耐えましょう。証拠を集めて子供達を助けるため賛同者を集めるのです。それにハンターズソサエティーにも……あっ、今の無しで」
 部下は司教を離して咳払いした。
「ハンター……。評判が良いようだな。調査依頼を出してみるか」
「無理です」
 忠実な部下が上司の言葉を否定する。
 内心かなり傷ついた司教が疑問を視線に乗せると、部下は沈痛な表情で単なる事実を口にした。
「依頼する金がないんです。今月の炊き出しの薪代も足りないですし」
 学校の生徒より貧しい暮らしをしている主従であった。

●校長室(歪虚を倒せるなら細かいことはいいんだよ派閥)
「終わらん」
 黒い髪の老司教が冷や汗を流していた。
 良い色の執務机には書類が山になっている。
 卒業生を受け入れた部署からの礼状兼報告書、定期的に送り込まれてくる物資の消費状況報告書、新たに送り込まれてくる生徒の調査書。
 一応全て目を通しはしたが返事は半分も書けていない。
「このままでは……」
 入学式と生徒の受け入れは前年の内容を一切変更せず実行するしかなくなるし、各部署への連絡は限界まで遅らせた後頭を下げるしかなくなる。
「司教様、急ぎの手紙ですぜ」
 護衛の傭兵がノックもそこそこに入ってくる。
 馬を限界近くまで走らせていたようで、装備は汚れて肌は汗臭い。
「む」
 軽くうなずいて封を切る。
「ぬう」
 目を通して無意識にうなる。
 追加の新入生だ。
 前期の前々期の生徒の評判が良く、その評判を聞きつけた貴族や有力者が無理矢理押し込んできたらしい。
 内訳は貴族の庶出が2と平民が3。
 平民のうち2人は両親の名前も分からない状況で有り、庶出の2人も庶民未満の暮らしをしてきたようにしか見えない。
「断りの返事を出しますかい?」
 傭兵が無断で茶菓子を摘まんでいる。
 生徒の作らしく少々粉っぽい。しかし栄養補給には十分だ。
「不要。全員受け入れる」
「あたしが言うのもどーかと思いますがね。教師の数足りてないんじゃないですかね。あたし等が出来るのは体力錬成だけですぜ」
 司教は無言で手を伸ばし、空になった器に気付いて肩を落とす。
「放っておくわけにもいくまい」
 未熟な覚醒者を放置するのは社会の損失だ。
 力と権力と余裕がある者として放置するのは悪徳に近く、なにより歪虚滅殺の手段と価値観を教え込む機会を逃す気は無い。
「ひとっ走りしてハンターズソサエティーに依頼を出してこい。内容は、そうじゃな、期間1週間の臨時教師じゃ」
「了解しました」
 傭兵は姿勢を正し気合いの入った敬礼を捧げ、ほとんど音も無く学校を出て北の街へ向かった。

●ハンターオフィス
 今日もまた依頼内容が載った3Dディスプレイが浮き上がる。
「なぁにこれ?」
「臨時教師募集、ねぇ」
 ハンター達が首をかしげている。
 目的地はグラズヘイム王国西部の荒れた土地。数年前に崩壊した貴族領にある、聖堂教会の影響下にある私塾だ。
 よく言えば無料で高度な教育を行う清廉な機関。
 悪く言えば10歳にもならない覚醒者を集めて偏った教育を施すクルセイダー養成所。
「なになに、集団生活に必要なものを教え込む……ってこれ、ストリートチルドレンなお子様に行儀を叩き込めってこと?」
「たいりょくれんせい……体力錬成!? ちょっ、これ、歪虚出没地帯のど真ん中に建ってる学校っ? 子供に戦わせるつもりなの!?」
 リアルブルー出身者もクリムゾンウェスト出身者も驚き呆れている。
「職員さーん、これって悪徳学校から子供を救えって依頼?」
「違いますから、一応、本当に一応ですけどっ、ちゃんと許可された所なんで救出……じゃなくて児童誘拐は勘弁してくださいよ」
 騒ぎに気付いたオフィス職員が必死に説明する。
「いやでも」
「うーん、狂信……けふんけふん、極端すぎる人達と関わるのはちょっと」
 報酬は高額なのに、成立が危ぶまれるほどの不人気ぶりだった。

●入学前日
 人気の無い街道を荷馬車が行く。
 馬は立派だが使い込まれた荷台はぼろぼろで激しく揺れている。
 けれど荷物である少年少女は不平不満を口に出さない。
 気力も体力も尽きかけ口を開く余裕もない。
 当然、自らの意思によらず荷台に押し込まれた過去を振り返りあるいは文句を言う元気もない。
「見えてきたぞ」
 酷い向こう傷の傭兵が、凶悪な笑顔で道の先を示す。
 荒涼とした平原に、決して大きくないのに存在感がある学校が建っていた。

リプレイ本文


 校舎から離れると雰囲気が一変する。
 廃屋が崩れて苔に覆われ、水路には泥が詰まり、大きな畑には雑草が生い茂っている。
「おひさぶりです」
 ソナ(ka1352)が大きく手を振った。
 畑の1つにしゃがみ込んでいた少女が振り向き、のけぞり、尻餅をついた。
 ソナは草と草の間を擦り抜け12、3歳の子供の前で立ち止まる。
 地面には麦わら帽子が転がっていた。
「卒業……しなかったんですか?」
 元薬草園をお願いした結果だと申し訳ないかな、でも卒業できるなら引き継ぎとかするだろうし農業か医療方面に進むつもりかな、とのんびり考えるソナ。
 対する少女は混乱している。
「あ、あの、派閥幹部の秘書として採用されたのですけど幹部の方がまだ出張から戻ってなくて」
 視線は安定せず言葉遣いも乱れている。
 前期の主席卒業者らしくない醜態だった。
「いいんですよ。校長先生も教育期間延長と薬草園を使った治療看護教育に前向きですし」
 先達として優しく接するソナだがその優しさが少女を追い詰める。
「ちち違うんです」
「うん、分かっているから」
 とりあえず、双方悪感情がないことだけはお互い通じていた。
 1時間後。
 食堂の窓側で、OB1名を含む生徒数名がぐったりしている。
「以上で元薬草園の現状と学校の方針説明を終わります」
 ソナは机に広げた資料を集め始める。
 学校から借りた専門書と土地の権利書の原本、医療技術持ちに対する教会内求人情報まである。
「こっちに進みたい人ー」
 即座の挙手が2名。前期主席は迷っている。
「この技術も修めたい人?」
 全員が疲れた手を頑張って伸ばす。
「新規課程立ち上げには少し足りないかも」
 どうしようと悩むソナの耳に足音が届いた。
「時間だ。校長室まで護衛する」
 入り口でぶっきらぼうに伝える金目(ka6190)。時間に気付いてソナと金目に一礼し駆け出す在校生。重要書類に手を触れるわけにもいかず戸惑うOB。
 金目はOBの手を見る。 ここのところ土を触っていたらしいが農民の手ではない。
 大きなペンだこと剣だこがあり、なのに奇妙なほど肌の状態が良い。
 ソナを連れ校長の部屋まで書類を運ぶ間も、違和感が消えなかった。
「急がなくてもいいんじゃよ?」
「動かなくていい依頼も嬉しいですけどね。よく働いて報酬上乗せを目指してもいいでしょう?」
 金目が軽口を叩く。
「いい考えじゃ。是非それで頼む」
 ペンを置いて額に巻いた鉢巻きで汗を拭き、分厚い金庫を開けて書類を中に入れた。
「ところで校長殿。この時勢、生き抜く知識と力を身は必要。それをどう使うかこの場で生徒に教えないのは狙っての行動か?」
 相手が弛緩したときを狙い質問をぶつける。
「答えにくいことを聞く」
 司教は慌てず窓とドアを見て、生徒の眼と耳がないことを確かめた。
「その通りと言いたいが実際はやむを得ずじゃ。通常2年で卒業じゃからの」
 金目は軽く頭を下げて回答に感謝し、部屋から出て外へ向かう。
「総員12名集合しました」
 校舎の前で、生徒達が2列横隊で並んでいた。
 新入生はいない。午前の体力作りでダウンしている。
「僕がこの時間を担当する金目だ」
 早速見張り台に連れて行く。
「さて、この見張り台で一番に補修すべきところは?」
 理解していなさそうな者に答えさせ、実際に作業をさせてみる。
 肌が綺麗なのに骨惜しみせず働いている。何故かと聞いてみるとスキンケアをさせられているらしい。
「手は、一番使用できる道具だ。大事にするといい」
 教育内容に妙な部分があっても生徒自身に問題はなさそうだ。
 この後、金目は子供の技術の未熟さに悪戦苦闘することになる。


「ここは問題なし」
 セリス・アルマーズ(ka1079)は手製の地図に羽ペンで記入した。
 歪虚討伐済みを意味する印は少なく、調査済みを意味する印が異様に多い。
「足下気をつけなさい」
 戦馬が軽くうなずき元麦畑から出る。
 元々人が住んでいた土地なので民家や農地が多い。校舎近くはまだ少ないのだが、2キロ離れると廃墟と草が最大の敵になる。
「次は遠出出来ると思うんだけど」
 今回の遠出で、川らしきものや池らしきものが遠くにあるのに気付けた。
「んー?」
 遠くの道で動きがある。
 目をこらすと行軍中の聖堂戦士団だった。荷馬車を背に何かと戦っている。
 口角が上がる。
 主の戦意に反応して走り出す。
「臨時教師のセリス。助太刀するわ!」
 これまでの敵が弱すぎたため、これが初めてスキル使用だった。
 光が面で広がる。スケルトンの集団を真後ろから押し8体中4体を破壊、3体に重大な損傷を与えてようやく消える。
「何!?」
 聖堂戦士団がどよめく。
 頭から爪先まで分厚く覆った金属鎧にエクラのシンボル。格の低い歪虚とはいえ一度に多数を屠る信仰心すなわち破壊力。
 全て兼ね備えた彼女は、信者向け娯楽小説にしかいない理想的クルセイダーに見えた。
「あの派閥、実はまともなのか」
 感嘆する隊長を蹴飛ばすように、高く緊張感に満ちた声が響く。
「西から1体接近中!」
 12、3歳にしかみえない少年聖導士が、油断無く盾を構えて荷馬車を守っていた。
 その日の夜。
 大量に運び込まれた食糧の一部が歓迎の宴に使われた。
「よう」
「げぇっ」
 模範的若手聖導士のはずの少年が、苦手意識と荒っぽい性格を顔に出してしまう。
 秒もかからず表情をとりつくろって、助けを求める視線を先輩と隊長に向ける。
 残念ながら、自分達より若いセリスの手柄話を夢中で強請っているところだった。
「来な」
 肩を落としてイッカク(ka5625)についていく。
 人気のない厨房に入ったところで何かを投げられ、ぶつかる寸前にワインの瓶であることに気づいて受け止める。
「俺は飲めませんよ」
 リアルブルー出身者の影響か、最近では二十歳まで飲めない場所も組織も増えている。
「考えが足りねぇな」
 宴から持ち出した蒸留酒の瓶を傾ける。
 強いが面白味のない酒精が喉から腹に落ちた。
「別に飲めとは言わねぇ。上司や同僚の賄賂に使ったっていい」
「冗談きついぜ。実績積むまでお上品にしないと足を引っ張られるだけだ」
 歯を剥き出し威嚇するのをイッカクが眺める。
「賄賂を追従の一部と言い換えれば分かるか? 兎に角よ、悪ぃ事覚えろよ」
 空になった瓶を置く。
「この世には色んな悪ぃ事がある。この先お前が司教になろうと何になろうと悪ぃ事ってのはなくならねぇ。だったらよ、その悪ぃ事を乗りこなして行かなきゃいけねぇ」
 少年は、俺にハイリスクなやり口を押しつける気かと言いたげだ。
「でかくなってから悪ぃ事を覚えたんじゃ遅ぇんだ、悪ぃ事にも許容範囲ってのがあるからな、でかくなってからじゃやり過ぎちまう可能性もある」
 可能性を通り越し蓋然性すらある。
「だからガキの内に悪ぃ事をやっといてどこまでが許容範囲なのか覚えないといけねぇ。けどこんなお偉いガッコ出でお上品な組織にいたんじゃ悪ぃ事は早々覚えらんねぇだろ? だから俺が特別に教えてやんだよ」
 レシートを飛ばして受け取らせる。
 意外と安い。リゼリオで買うなら少年の安月給でも問題ない額だ。その割に漏れる香りが素晴らしい。
「何でと思われるかもしんねぇな……まぁ理由は単純でよ、ガキのギラついた目が気に入ったからなんだけどよ」
 勝手に厨房を漁り始める。
「まるで餓鬼の頃の自分を見てるみてぇで放っておけなくてな」
 塩の瓶を見つけて懐に入れる。肴にするためだ。
「そういや名前もまだ知らなかったな、何て名前だよ?」
「ジョンだ。姓はない」
「俺ぁイッカクだ、他にも悪ぃ事覚えたかったら連絡寄越せよ」
 鬼はそれ以上何も言わず、宴に戻って司教と一緒に酒と塩を飲み尽くした。


 開いて仁川 リア(ka3483)が教壇にあがる。
 新入生の数歳上の年齢に見えるが落ち着いた雰囲気だ。
「さぁ、授業を始めるよ」
 生徒達を見渡す。
 数は10人。体格も肉付きも様々。
 けれど皆、心の軸を確立できていない印象だ。
「突然だけど皆は何のために強くなりたいのかな? 良かったら僕に教えてくれない?」
 生徒達が戸惑っている。
 ご飯を食べたいと言おうとして今満たされていることに気付くような、男女も体格も関係なく不安定な有様だ。
「じゃ、答えを聞く前に僕のことを話そう」
 軽く身を乗り出す。艶のある髪が揺れる。
「僕も小さい頃に歪虚に両親を殺されて故郷も友達も失った。生きるための食事も困って、だから自分でご飯を得るために旅に出て強くなった。ここにいる皆の中にも似た境遇の子がいるかも知れないね」
 リアの心身に乱れはない。
 だから、子供の半分はリアの言葉を信じ、もう半分は彼が本当は良い場所に産まれて育ったのではと疑う。
「こんな僕だから教えれる事なんだけど、君達には自分の求める何かのために強くなって欲しいんだ」
 自分の信じた物のために強くなっていけば君達は何者にだってなれる。
 そこに生まれや境遇なんか関係ない。
 本心からの飾り気のない言葉は、疑っている者にも届くだけの力があった。
「そうだね、例えば僕は……未知の世界への扉を切り開いて、人類とその世界の繋がりを作りたい。そういう、自称や詭弁なんかじゃない真の「旅するハンター」になるために僕は強くなる!」
 熱く語っている自分に気がついて、リアは軽く咳払いをする。頬が少しに熱くなる。
「つい僕の夢を語っちゃったけど、皆にはただ戦うために力を得るんじゃなくて自分自身の願いのための力を持って欲しい」
 短い話と反比例して濃い内容が、子供達の心に刻まれた。
「場が暖まっているな」
 ドアが勢いよく開く。
 リアより酷く大きな足音が響く。
 久延毘 大二郎(ka1771)は、合計数十キロの古本の山を持ち込み教卓の上に載せた。
「ほう……ふむ……なるほど」
 悪意も善意もなく観察する瞳が、入学生10人をなめ回すように見る。
「次の時間は自習である!」
 えっ、と戸惑う声が子供から漏れる。
 大二郎は発言者が誰かも発言者の氏名も把握した上で気にしない。
「いいのかい?」
 リアが近づき小声で尋ねる。
 本はどれも読みやすさを重視したもので漫画や絵本も多い。当然のようにリアルブルーのものが8割を越える。
「まあ見ておけ。……自習はこの中から1冊以上を読むように。では解散」
 自信たっぷりに出て行く大二郎に、戸惑った視線だけが向けられていた。
「……はっ!? これは罠か」
 かつて武闘派として知られた司教が校長室で我に返る。
 シスター主役の漫画を読み始めて気付くと2時間後だ。
「意欲が無ければ効率が落ちる。何事も準備が大事と言うことだ」
 大二郎が声をかける。実際この日以降、漫画等を惹かれて凄まじい勢いで識字率が上がることになる。
「効果があるなら本を買うだけで無くお主が提案した図書室にも予算をつけてみるか」
「修学旅行はどうだね。何かしらに偏重した教育は物に対する考え方そのものの硬質化を招いてしまう恐れがある。それを防ぐ為にも、授業で教えられる事の無い様々な知識や価値観を得る事が出来る機会が必要だ」
「難しいことを言う。理屈は分かるが人手がな。派閥と現地に話をつけることの出来る者がいれば……」
 カリキュラムの更新が地味に始まっていた。


「あー……ボルディアだ。授業を担当する」
 2年生以上向けの講義が始まった。
 講師はボルディア・コンフラムス(ka0796)。
「一つ言っておくが、見ての通りこの怪我だ」
 頭に巻いている包帯は真新しく滲んだ血も赤い。
 濃い血の臭いが教室に漂う。
「大声は出させるな。傷に響く」
 深刻には聞こえない軽い口調で言う。
 一部の生徒は大変そうだなと気楽に受け取った。
 が、医学知識を持つ生徒は、ボルディアの状態がどれほど深刻かもボルディアの気力体力がどんな高みにあるか分かってしまい恐れ戦く。
「よし、じゃーはじめっか」
 白墨を手に取り黒板に板書。
 力の加減に失敗し、盛大に粉をまき散らして聖導士という一単語を書き終えた。
「聖導士ってのぁ、戦闘で一番重要な生命線だ。つまり、絶対に死ぬワケにゃあいかねえ」
 教卓の上に手をつく。
「死にたがる奴なんていないと思うよな? ああ、そうだ。だがこと戦闘ってのぁしばしば非常識がまかり通る」
 今度は赤いチョークを黒板に叩き付ける。
「戦場で死ぬヤツの性格TOP3を教えてやる。上から順に勇敢な奴、他人を見捨てられないヤツ、自分だけは死なねぇと思ってるバカだ」
 書き終え振り返り粉だらけの手を振るう。
「お前等の仕事は、泣き喚こうが糞尿垂らそうが何が何でも生き延びて、俺みてぇなバカを救うことだ。1人が10人の人間を助けりゃ、その10人はもっと多くの歪虚をブッ殺せる。間違っても最前線に立とうなんて思うンじゃねえぞ」
 戦場は広い。危険な場所は高位覚醒者であるボルディアでも危ない。逆に比較的安全な場所もある。
「ああ、一人、最前線で戦う人間城砦みてぇな奴ならいるがアレは参考にすんな。アレもバカに入る」
 戦場の中でも危険な場所で、で彼女達のように生き延びられる者は多くない。生徒達が真似しても無駄死しかならないのだ。
 2時間目。
 1時間目とは打って変わって、烏丸 涼子 (ka5728)による実際の戦場で動くための講義が行われていた。
「射程や間合いの長い武器はそれだけで強い。死にたくないなら、まずこれを徹底しなさい。敵を殺す時は、遠くから集団で。有利に戦うほど戦果が増え被害が減り次の戦いでも有利になる」
 歪虚相手に勝ち方にこだわる必要は無い。
「戦場では優位な位置は常に変化し続ける。考える事を止めずに有利な位置の確保を目指しなさい」
 指揮官なら考えることが増えるが兵としての立場ならこれができれば十分だ。
「一番大事なのは、死にそうなら逃げること」
 生徒が動揺し騒ぎ出す。
 涼子は鋭い眼光で黙らせる。
「覚醒者の捜索や装備調達には高いお金がかかっている。使い捨ての駒のつもりだと偉い人が困る。それに」
 殺気に近い気配が生徒を震わせた。
「無駄死にしたら戦友が迷惑する。必要の無い傷を負い死にきれずに全軍の足を引っ張るなということよ」
 不利な戦いはどこまでも悲惨になる。
 戦場に行く前に知ることは非常に重要だった。
 講義が終わる。涼子は教材が保管された部屋に戻り重い息を吐いた。
「テロ屋が子供を使う、のとは少し違うわね。少しだけだけど」
 読み書き計算から修辞学の基礎、各地の宗教の本まで棚に並んでいる。
 学校側は生徒を単一の思想で染め上げる気はないのだろう。結果として対歪虚戦に役立てば聖堂教会から離れても気にしない。
「余裕がないのが気になるわ」
 現状のままでは、子供達が夢や目標を本当に意味で持てるとは思えない。
 誰も悪意など持ってはいないのに、薄ら寒い未来が迫っている気がした。

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参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎(ka1771
    人間(蒼)|22才|男性|魔術師
  • 大地の救済者
    仁川 リア(ka3483
    人間(紅)|16才|男性|疾影士
  • 義惡の剣
    イッカク(ka5625
    鬼|26才|男性|舞刀士

  • 烏丸 涼子 (ka5728
    人間(蒼)|26才|女性|格闘士
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/04/14 06:05:28
アイコン 相談卓
仁川 リア(ka3483
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/04/15 08:12:53