ゲスト
(ka0000)
サラマンダー
マスター:雪村彩人

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/17 19:00
- 完成日
- 2016/04/24 23:02
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
それは異形ではあったが、姿そのもの美しいとさえ思えた。伝説の存在を思わせるに姿形をしていたからかもしれない。
二足で立つ巨大な蜥蜴。全身を赤黒い鱗が覆っている。雄々しいとさえいえる全身は、おそらく三メートルはあるだろう。
最初に目撃したのは石工であった。銀灰色の朝靄の降りる夜明けごろ、石を切り出そうとむかった岩場でそれと出逢ったのである。
咄嗟にことに驚き、石工は悲鳴をあげた。それが紅蜥蜴の注意をひいた。そして、石工の肉体は粉砕されたのであった。
●
ハンターズソサエティを訪れたのは石工の妻であった。
「ドラゴンに似た化物を斃してください」
涙をうかべ、女はいった。そして彼女は知る全てを語った。
化物――歪虚は炎を吐く。街の自警団が岩場にむかったが、一人を除き黒焦げにされたらしい。
「いずれ化物は街までおりてくるでしょう。その前に化物を斃し、夫の無念を晴らしてください」
女は深々と頭を下げた。
それは異形ではあったが、姿そのもの美しいとさえ思えた。伝説の存在を思わせるに姿形をしていたからかもしれない。
二足で立つ巨大な蜥蜴。全身を赤黒い鱗が覆っている。雄々しいとさえいえる全身は、おそらく三メートルはあるだろう。
最初に目撃したのは石工であった。銀灰色の朝靄の降りる夜明けごろ、石を切り出そうとむかった岩場でそれと出逢ったのである。
咄嗟にことに驚き、石工は悲鳴をあげた。それが紅蜥蜴の注意をひいた。そして、石工の肉体は粉砕されたのであった。
●
ハンターズソサエティを訪れたのは石工の妻であった。
「ドラゴンに似た化物を斃してください」
涙をうかべ、女はいった。そして彼女は知る全てを語った。
化物――歪虚は炎を吐く。街の自警団が岩場にむかったが、一人を除き黒焦げにされたらしい。
「いずれ化物は街までおりてくるでしょう。その前に化物を斃し、夫の無念を晴らしてください」
女は深々と頭を下げた。
リプレイ本文
●
東の空の闇色が薄まる夜明け。
眩い金色の線が水平線に差し、やがて空の色は濃紺から、鮮やかな橙色へと変わっていく。それはありふれた、それゆえに神々しい日常の光景。涼やかな風も、きっとこの先も変わらず、大地を吹き渡り続けていくだろう。
その風の中、騎馬を含めた影がゆく。
「強欲の歪虚ですか」
十二歳ほどに見える端正な顔立ちの少女がつぶやいた。年齢にそぐわぬ大きな胸の持ち主であり、尖った耳はエルフ特有のものだ。
エルバッハ・リオン(ka2434)。ハンターであった。
石切場に続く道を見つめ、エルバッハは続けた。
「情報によると炎が厄介そうですね。戦場に身を隠す物もないとなると、気休め程度かもしれませんが、アースウォールで壁を作りましょうか」
「足場の悪さはなるべく緩和させたいところやなぁ……」
別の少女が独語した。ふわりとした雰囲気をもってはいるが、その身体の動きはしなやかだ。
それもそのはず、少女の祖先は忍の里の者で、彼女はその血を継いでいた。名を獅臣 琉那(ka6082)という。
彼女のいう足場とは石切場のことで、そこに歪虚が潜んでいるのだが、聞く所によると大小様々な石が転がっているという。なんとかしたいところだが、今のところは良い対策は思いつかなかった。
「着地に気をつけることしかできひんけども……まぁ、石が多いトコでは跳躍を控えとこか」
「……女の涙に、夫の死か」
足を運びつつ、ぼそりとその男は声をもらした。
十五歳ほどの少年。布を頭に巻いているのは角を隠しているためで。
そう、彼は鬼であった。名を天地 王仁丸(ka6154)という。
王仁丸の脳裏に依頼人である女性の面影がよぎった。ひたすら泣いていた女性の面影が。
「あの涙は痛いほどよく分かる。俺の母とダブるからな。だからこそ」
王仁丸は自覚していた。自分の中の怒りに火が灯るのを。
「必ず屠る」
「まだ気合を入れるのは早いわよ」
王仁丸に秀麗な娘が微笑いかけた。エルバッハと同じエルフの娘である。まあ、と娘――アルスレーテ・フュラー(ka6148)は続けた。
「まあ私が依頼人の立場だったら、やっぱり同じように仇を何とかしたいと思ってたでしょうねぇ……いや、私未婚だけどさ」
「未婚なのかよ」
思わずといった様子で顔をむけたのは榊 兵庫(ka0010)であった。無愛想だが、目に優しそうな光をためた青年である。
「そうよ。何か、文句ある? こう見えても恋人だっているんだから」
「なら、さっさと結婚すればいいじゃないか」
「それは……」
アルスレーテは言葉を途切れさせた。きっちりダイエットして、もっといい女になるまで恋人に待ってもらっているとはとても言えない。
「と、ともかく……なんか火を吐く生意気なトカゲが相手で、そいつをとっちめてやればいいのよね? 旦那さんの無念、晴らしてあげようじゃない」
「自警団員の無念はいいのか」
「自警団員? いやごめん、そっちは私としては別に……」
ふい、とアルスレーテは顔をそらせた。この娘、身内や気に入った者には優しいのだが、そうでない者には冷たいところがある。
と、くすくすと一人の娘が笑った。
二十四歳。ブラウンの髪をポニーテールにした可愛らしい娘である。
「お二人のやり取り、面白いですぅ。それに冒険面白そうですしぃ。いろんな人とお知り合いになれる機会ですからぁ。もう胸がドキドキですよぅ、キャハ♪」
娘――星野 ハナ(ka5852)は可愛く笑ってみせた。まるで妖精のような笑み。モテるために開眼した武器の一つである。
「ふん」
つまらなそうにゾファル・G・初火(ka4407)という名の少女が鼻を鳴らした。
十六歳。綺麗な顔立ちであるのだが、挑みかかるような目つきのせいか、どうも獰猛そうに見える。
いや、見えるのではない。実際に獰猛であった。まるで女豹のように。戦闘が何より好きで、ハンターになったのも自身の戦闘欲を満たすためだ。そのゾファルからすれば恋愛だとか仲間だとかは些末事にしかすきなかった。
「へっ」
ゾファルの顔に悽愴の笑みが刻まれた。来るべき戦いの予感に、肌がそそけだっている。
「試してみたい戦い方があるんだ。こないだの遺跡ワーム戦で開眼した戦法だ。待ってろよ、サラマンダー」
ゾファルが独語した。
それより十五分後。七人のハンターは戦場に足を踏み入れた。
●
「……いるよ」
岩陰に身を隠し、双眼鏡を目にあてたエルバッハがいった。
周囲を削られた崖に囲まれた広い空間。そこに、ソレはいた。
二足で立つ巨大な蜥蜴。全身を赤黒い鱗が覆っている。雄々しいとさえいえる全身は、おそらく三メートルはあるだろう。
その姿はまさに伝説のサラマンダー。歪虚であった。
「ほー」
エルバッハの双眼鏡を覗いた琉那がため息をもらした。
「よぉできた姿してはんねぇ。神話の挿絵思い出すくらいやわ」
「どれどれ」
今度はゾファルが覗き込む。すると、またもやふんと鼻を鳴らした。
「サラマンダーって言うからどんなのかと期待してきてみればただの火蜥蜴じゃねーか。人影だけに火蜥蜴」
いった。返ってきたのは冷たい沈黙だ。
「でも、羨ましい」
残念そうにハナが唇を噛んだ。
「あー、符術にも水氷系の術とかほしいですぅ。五行それぞれに対応する術とかあったら楽しいのに残念ですぅ」
ハナは地団駄を踏んだ。
歪虚は炎を吐く。もし水系の術を使うことができれば戦いやすくなるはずだ。
「でも歪虚はブッコロですよぅ!」
ハナが舌なめずりした。
可憐なハナの正体。それはゾファルに勝るとも劣らぬ戦闘狂であった。
ぎくりとして五人のハンターが目をむけた。可愛らしい素振りのハナがそのような台詞を吐くとは思わなかったのだ。
一人、ゾファルだけがニヤリとした。
「ハナちゃん、あんた、面白ぇ奴みてえだな」
「じゃあ、そろそろいこうか」
王仁丸が促した。作戦は歪虚の包囲殲滅だ。
七人のハンターは散った。それぞれ岩陰に身を隠す。
「完全に包囲することは無理か」
兵庫はつぶやいた。地形の関係で彼らは扇状に歪虚を取り巻いている。背後をとることはできなかった。
「見れば見るほど恐ろしい奴」
兵庫の口から呻くがごとき声がもれた。
炎を操る伝説の魔物と酷似した歪虚。世のため人のため、生かしておくわけにはいかぬ。
そして、時は満ちた。一斉にハンターが岩陰から飛び出す。
ぎろりと炎蜥蜴――歪虚の目が動いた。恐れげもなくハンターたちを見渡す。が、すぐには動かなかった。距離を置いているとはいえ、突如現れた七名もの人間に歪虚は警戒しているのだった。ちろり、と赤紫がかった細長い舌が不気味に揺れる。
瞬間、ハナから符が放たれた。それが仲間に張り付くのと、歪虚が炎を吐くのが同時であった。扇状に広がった紅蓮の炎がハンターたちを飲み込む。
凄まじい熱量であった。もし加護符が貼り付けられていなかったらどれほどダメージを受けていたかわからない。
「……やってくれましたね。ではお返しです」
エルバッハが呪を唱えた。術式発動。エルバッハの眼前で生み出された火球が歪虚めがけて疾った。
爆発。荒れ狂う衝撃と炎がうちのめした。
「うっ」
呻く声は、しかしエルバッハの口からもれた。平然と歪虚が立っていたからだ。
「やはり炎は効きませんか」
「なら俺様がやるぜ」
騎馬の影が疾った。素早く歪虚の後ろを取らんとして。ゾファルだ。
吹く風よりもなお速く、ゾファルは炎蜥蜴へと肉薄した。
「あっ」
ゾファルの口から愕然たる声が発せられ、その身が空に投げ出された。地に転がった石に黒船――重装馬が足をとられ、よろけてしまったのだ。
空で身をひねり、ゾファルは受身をとった。地に叩きつけられなかったのはさすがである。
その時、兵庫が歪虚に迫っていた。リアルブルーの日本の武将が振るったという武器の名を冠した十字槍――人間無骨を振りかざす。弧の頂点からその終点まで、切っ先が至るのにまばたきほどの時もかからない。鋭い槍は歪虚を捉えた。が、鱗に亀裂を入れただけだ。骨肉を切り裂くまでには至らなかった。
硝子細工のように無機質な歪虚の瞳の虹彩が、針のように細められる。紅く輝く巨体をくねらせて、獲物の力量を見極めんとするが如くハンターたちを見回した。
そこへ、一条の光線が放たれた。王仁丸の機導砲から放たれた破壊の熱線だ。
光線は歪虚の鱗を弾き飛ばした。が、致命の傷とはならなかった。機導砲では威力が弱いのだ。
ちいぃ。王仁丸は舌打ちした。
「ネーベルナハトは威力も有るが、バランスが悪すぎて、今の俺では振り回されるだけだ。もどかしい」
「ほなら、これはどうや?」
体内で練り上げたマテリアルを琉那は指先に恐縮、衝撃波として放出した。
ビキリッ。
歪虚の紅鱗がはじけとび、黒血がしぶいた。さすがに歪虚が苦悶する。
が、すぐさま体勢をたてなおすと、歪虚は再び炎を吐いた。反射的に琉那は跳び退いたが、わずかに遅れた。圧倒的な熱量が彼女の肌をなめる。
「まずいな」
予想以上の炎の威力に兵庫は危機感を覚えた。
仲間に回復手がいない。対するに炎の効果範囲は広く、時をかければ倒れる者が続出しかねなかった。
「なら、速攻で決めるまでだぜ」
ゾファルが走った。瞬く間に距離を詰め――歪虚が炎を吐いた。はじかれたようにゾファルが横に跳ぶ。彼女がいた空間を、収束し威力を増した炎が吹きすぎた。
「くそっ」
ゾファルはごちた。これでは迂闊に近寄ることができない。
その時だ。ゾファルめがけ、歪虚が迫った。
●
「まーちゃん、等距離でトカゲの進行方向に回り込むよう動き続けて下さいぃ、お任せしますぅ」
戦馬の上で揺れながらハナが叫んだ。その手から数枚の符が飛び、歪虚を取り巻き、次の瞬間、光が爆発した。
うおおん。
歪虚は吼えた。白熱光から受けたダメージはさしたることはない。が、目が眩んでしまっていた。
動きが止めた隙を突き、ゾファルは間合いを詰めた。その手のギガースアックス――全長三メートルにも及ぶ、巨人が用いるという手斧に持ち手をつけて整えた、あまりにも馬鹿馬鹿しいほど巨大な斧を振り下ろす。
紅鱗が叩き割られた。血肉をつけたままの鱗が数枚、地に転がる。
すぐに息の根を止めてやるのがせめてもの情け。などという思いはゾファルにはない。むしろ戦いが続くことの方が楽しいとすら思っていた。
やや遅れて動いたのはアルスレーテである。練り上げた全身のマテリアルを破壊的熱量に変換。一気に放出した。
衝撃波は直線上に疾った。空間を切りながら。歪虚の胴を激しく打ちのめす。
途端、もがいていた歪虚の瞳が気色ばんだ。目が見えているのだ。
歪虚の口から炎が噴出した。紅蓮の炎がアルスレーテを飲み込む。
「これくらいじゃ私を燃やし尽くせないわよ」
炎を切り裂きアルスレーテは叫んだ。
その時である。琉那が駆けた。砂塵を散らせ高く舞い、身を返しながら歪虚の延髄と思しき箇所へ目掛け、強烈な踵蹴りを見舞う。鈍い衝撃が足に伝わり、海蛇は衝撃にわずかに身を反らした。
「一応忍の末裔さかいに。死角からの強襲は常套手段や、で!」
衝撃を利用し、反転。地に降り立った琉那がニッと笑んだ。
「今だ」
王仁丸が動いた。完璧な間合いへと一足で踏み込む。上弦の月を思わす光の軌跡が地よりはねあがり、驚愕に慄く隙も与えず歪虚の腹を切り裂いた。
見開かれた歪虚の瞳に、戦慄の色が浮かぶ。だが、その痛手に我を取り戻したかのように、くわっと歪虚は口を開いた。大きく開かれた口蓋に並ぶのは、短剣のような牙の列。人独りなら容易に飲み込めるであろうその一撃は、最も身近にいた王仁丸へと向けられた。
「ぬうっ」
咄嗟に防ごうと魔導槍――ネーベルナハトを構えるが、防ぐにあたわず、強靭な歯牙は王仁丸の血肉を抉り、骨をも砕く。
炎よけの土壁の陰でエルバッハがすかさず呪を唱えた。ふたたび歪虚の動きを封じんと氷の矢を放つ。
氷の矢は見事に歪虚の紅鱗を砕き、その身を貫いた。さらに凍結。数瞬ではあるが、歪虚の動きがとまった。
何でその隙を見逃そう。兵庫は四肢に精一杯の力をこめ、人間無骨を振りかぶった。
「十分に戦闘経験は積んできている。あまり人間様を甘く見るんじゃないぜ!」
渾身の力を込め、兵庫が人間無骨を振り下ろした。槍の下、歪虚の頭蓋がひしゃげ、異音が響く。それは砕けた鱗の音か、それとも頭骨の軋む悲鳴か。
「とどめですぅ」
再びハナが数枚の符を放った。それは歪虚を取り囲み、白熱光で包み込んだ。
またもや視覚を潰され、歪虚は激怒した。その怒りを炎に変え、歪虚が吐き散らす。数人のハンターが飲み込まれた。
が、この時、ハンターたちは悟っていた。戦いの終わりが近づいていることを。
●
血が空にも散ったかのようだ。
その空の下、ハンターと歪虚は死闘を繰り広げていた。血を流し、血を流させる。まさに、死闘。
血の味を覚えたか、歪虚は執拗に王仁丸を狙った。その事実がすでに歪虚の末期状態を表しているかもしれない。
「まーちゃん」
ハナの叫びに応じ、戦馬が歪虚の前に躍り出る。ハナの放った符がまたもや歪虚の視覚を奪った。
その眼前、王仁丸が立った。歪虚を挟む位置にアルスレーテ。
同時に二人は破壊の波を放った。マテリアルを変換した必滅の衝撃を。
二つの衝撃をうけ、歪虚がきりきり舞いした。声にならぬ声で悲鳴を上げる歪虚は恐慌をきたしているようだ。周囲にむけて炎を吐き散らす。
するすると琉那は歪虚の背後に回り込んだ。後頭部に蹴りをぶち込む。
咆哮を発する歪虚の片目にエルバッハの放った氷矢が突き立ち、顔を凍結させた。これでしばらくは炎を吐けない。
「頼りの炎が吐けねえんじゃ、ただの大蜥蜴に成り下がっちまったなあ」
炎に灼かれた激痛を意識から切り離し、ゾファルはかざした槌を無造作に、振り下ろした。
たった一度。
その一撃で、吹き渡る風の中、紅鱗に覆われた身体をなお紅く染めた歪虚は地へと還っていった。
●
「神話の存在いうても、邪神やったら仕方ないことやな」
血と瓦礫に彩られた戦場であった石切場を見渡し、琉那がため息を零した。
「所詮、偽物じゃねーか」
ふん、とゾファルが鼻を鳴らした。
サラマンダーですら、これだけ楽しめた。ドラゴンなら、どれほど楽しめるんだろう。期待に、ゾファルの目が輝いた。
その時、兵庫が瞑目した。どうしようもないとはいえ、人の死はやはり悲しいものだ。残された者の思いはどこにいくのだろう。
王仁丸は、ふと、振り返った。亡くなった石工が見つめているような気がしたのだ。
「あんたは不運だったのかもしれない。それでも、あんたは死んじゃいけなかった。奥さん達、残された家族の為にな」
王仁丸は独り、つぶやいた。
東の空の闇色が薄まる夜明け。
眩い金色の線が水平線に差し、やがて空の色は濃紺から、鮮やかな橙色へと変わっていく。それはありふれた、それゆえに神々しい日常の光景。涼やかな風も、きっとこの先も変わらず、大地を吹き渡り続けていくだろう。
その風の中、騎馬を含めた影がゆく。
「強欲の歪虚ですか」
十二歳ほどに見える端正な顔立ちの少女がつぶやいた。年齢にそぐわぬ大きな胸の持ち主であり、尖った耳はエルフ特有のものだ。
エルバッハ・リオン(ka2434)。ハンターであった。
石切場に続く道を見つめ、エルバッハは続けた。
「情報によると炎が厄介そうですね。戦場に身を隠す物もないとなると、気休め程度かもしれませんが、アースウォールで壁を作りましょうか」
「足場の悪さはなるべく緩和させたいところやなぁ……」
別の少女が独語した。ふわりとした雰囲気をもってはいるが、その身体の動きはしなやかだ。
それもそのはず、少女の祖先は忍の里の者で、彼女はその血を継いでいた。名を獅臣 琉那(ka6082)という。
彼女のいう足場とは石切場のことで、そこに歪虚が潜んでいるのだが、聞く所によると大小様々な石が転がっているという。なんとかしたいところだが、今のところは良い対策は思いつかなかった。
「着地に気をつけることしかできひんけども……まぁ、石が多いトコでは跳躍を控えとこか」
「……女の涙に、夫の死か」
足を運びつつ、ぼそりとその男は声をもらした。
十五歳ほどの少年。布を頭に巻いているのは角を隠しているためで。
そう、彼は鬼であった。名を天地 王仁丸(ka6154)という。
王仁丸の脳裏に依頼人である女性の面影がよぎった。ひたすら泣いていた女性の面影が。
「あの涙は痛いほどよく分かる。俺の母とダブるからな。だからこそ」
王仁丸は自覚していた。自分の中の怒りに火が灯るのを。
「必ず屠る」
「まだ気合を入れるのは早いわよ」
王仁丸に秀麗な娘が微笑いかけた。エルバッハと同じエルフの娘である。まあ、と娘――アルスレーテ・フュラー(ka6148)は続けた。
「まあ私が依頼人の立場だったら、やっぱり同じように仇を何とかしたいと思ってたでしょうねぇ……いや、私未婚だけどさ」
「未婚なのかよ」
思わずといった様子で顔をむけたのは榊 兵庫(ka0010)であった。無愛想だが、目に優しそうな光をためた青年である。
「そうよ。何か、文句ある? こう見えても恋人だっているんだから」
「なら、さっさと結婚すればいいじゃないか」
「それは……」
アルスレーテは言葉を途切れさせた。きっちりダイエットして、もっといい女になるまで恋人に待ってもらっているとはとても言えない。
「と、ともかく……なんか火を吐く生意気なトカゲが相手で、そいつをとっちめてやればいいのよね? 旦那さんの無念、晴らしてあげようじゃない」
「自警団員の無念はいいのか」
「自警団員? いやごめん、そっちは私としては別に……」
ふい、とアルスレーテは顔をそらせた。この娘、身内や気に入った者には優しいのだが、そうでない者には冷たいところがある。
と、くすくすと一人の娘が笑った。
二十四歳。ブラウンの髪をポニーテールにした可愛らしい娘である。
「お二人のやり取り、面白いですぅ。それに冒険面白そうですしぃ。いろんな人とお知り合いになれる機会ですからぁ。もう胸がドキドキですよぅ、キャハ♪」
娘――星野 ハナ(ka5852)は可愛く笑ってみせた。まるで妖精のような笑み。モテるために開眼した武器の一つである。
「ふん」
つまらなそうにゾファル・G・初火(ka4407)という名の少女が鼻を鳴らした。
十六歳。綺麗な顔立ちであるのだが、挑みかかるような目つきのせいか、どうも獰猛そうに見える。
いや、見えるのではない。実際に獰猛であった。まるで女豹のように。戦闘が何より好きで、ハンターになったのも自身の戦闘欲を満たすためだ。そのゾファルからすれば恋愛だとか仲間だとかは些末事にしかすきなかった。
「へっ」
ゾファルの顔に悽愴の笑みが刻まれた。来るべき戦いの予感に、肌がそそけだっている。
「試してみたい戦い方があるんだ。こないだの遺跡ワーム戦で開眼した戦法だ。待ってろよ、サラマンダー」
ゾファルが独語した。
それより十五分後。七人のハンターは戦場に足を踏み入れた。
●
「……いるよ」
岩陰に身を隠し、双眼鏡を目にあてたエルバッハがいった。
周囲を削られた崖に囲まれた広い空間。そこに、ソレはいた。
二足で立つ巨大な蜥蜴。全身を赤黒い鱗が覆っている。雄々しいとさえいえる全身は、おそらく三メートルはあるだろう。
その姿はまさに伝説のサラマンダー。歪虚であった。
「ほー」
エルバッハの双眼鏡を覗いた琉那がため息をもらした。
「よぉできた姿してはんねぇ。神話の挿絵思い出すくらいやわ」
「どれどれ」
今度はゾファルが覗き込む。すると、またもやふんと鼻を鳴らした。
「サラマンダーって言うからどんなのかと期待してきてみればただの火蜥蜴じゃねーか。人影だけに火蜥蜴」
いった。返ってきたのは冷たい沈黙だ。
「でも、羨ましい」
残念そうにハナが唇を噛んだ。
「あー、符術にも水氷系の術とかほしいですぅ。五行それぞれに対応する術とかあったら楽しいのに残念ですぅ」
ハナは地団駄を踏んだ。
歪虚は炎を吐く。もし水系の術を使うことができれば戦いやすくなるはずだ。
「でも歪虚はブッコロですよぅ!」
ハナが舌なめずりした。
可憐なハナの正体。それはゾファルに勝るとも劣らぬ戦闘狂であった。
ぎくりとして五人のハンターが目をむけた。可愛らしい素振りのハナがそのような台詞を吐くとは思わなかったのだ。
一人、ゾファルだけがニヤリとした。
「ハナちゃん、あんた、面白ぇ奴みてえだな」
「じゃあ、そろそろいこうか」
王仁丸が促した。作戦は歪虚の包囲殲滅だ。
七人のハンターは散った。それぞれ岩陰に身を隠す。
「完全に包囲することは無理か」
兵庫はつぶやいた。地形の関係で彼らは扇状に歪虚を取り巻いている。背後をとることはできなかった。
「見れば見るほど恐ろしい奴」
兵庫の口から呻くがごとき声がもれた。
炎を操る伝説の魔物と酷似した歪虚。世のため人のため、生かしておくわけにはいかぬ。
そして、時は満ちた。一斉にハンターが岩陰から飛び出す。
ぎろりと炎蜥蜴――歪虚の目が動いた。恐れげもなくハンターたちを見渡す。が、すぐには動かなかった。距離を置いているとはいえ、突如現れた七名もの人間に歪虚は警戒しているのだった。ちろり、と赤紫がかった細長い舌が不気味に揺れる。
瞬間、ハナから符が放たれた。それが仲間に張り付くのと、歪虚が炎を吐くのが同時であった。扇状に広がった紅蓮の炎がハンターたちを飲み込む。
凄まじい熱量であった。もし加護符が貼り付けられていなかったらどれほどダメージを受けていたかわからない。
「……やってくれましたね。ではお返しです」
エルバッハが呪を唱えた。術式発動。エルバッハの眼前で生み出された火球が歪虚めがけて疾った。
爆発。荒れ狂う衝撃と炎がうちのめした。
「うっ」
呻く声は、しかしエルバッハの口からもれた。平然と歪虚が立っていたからだ。
「やはり炎は効きませんか」
「なら俺様がやるぜ」
騎馬の影が疾った。素早く歪虚の後ろを取らんとして。ゾファルだ。
吹く風よりもなお速く、ゾファルは炎蜥蜴へと肉薄した。
「あっ」
ゾファルの口から愕然たる声が発せられ、その身が空に投げ出された。地に転がった石に黒船――重装馬が足をとられ、よろけてしまったのだ。
空で身をひねり、ゾファルは受身をとった。地に叩きつけられなかったのはさすがである。
その時、兵庫が歪虚に迫っていた。リアルブルーの日本の武将が振るったという武器の名を冠した十字槍――人間無骨を振りかざす。弧の頂点からその終点まで、切っ先が至るのにまばたきほどの時もかからない。鋭い槍は歪虚を捉えた。が、鱗に亀裂を入れただけだ。骨肉を切り裂くまでには至らなかった。
硝子細工のように無機質な歪虚の瞳の虹彩が、針のように細められる。紅く輝く巨体をくねらせて、獲物の力量を見極めんとするが如くハンターたちを見回した。
そこへ、一条の光線が放たれた。王仁丸の機導砲から放たれた破壊の熱線だ。
光線は歪虚の鱗を弾き飛ばした。が、致命の傷とはならなかった。機導砲では威力が弱いのだ。
ちいぃ。王仁丸は舌打ちした。
「ネーベルナハトは威力も有るが、バランスが悪すぎて、今の俺では振り回されるだけだ。もどかしい」
「ほなら、これはどうや?」
体内で練り上げたマテリアルを琉那は指先に恐縮、衝撃波として放出した。
ビキリッ。
歪虚の紅鱗がはじけとび、黒血がしぶいた。さすがに歪虚が苦悶する。
が、すぐさま体勢をたてなおすと、歪虚は再び炎を吐いた。反射的に琉那は跳び退いたが、わずかに遅れた。圧倒的な熱量が彼女の肌をなめる。
「まずいな」
予想以上の炎の威力に兵庫は危機感を覚えた。
仲間に回復手がいない。対するに炎の効果範囲は広く、時をかければ倒れる者が続出しかねなかった。
「なら、速攻で決めるまでだぜ」
ゾファルが走った。瞬く間に距離を詰め――歪虚が炎を吐いた。はじかれたようにゾファルが横に跳ぶ。彼女がいた空間を、収束し威力を増した炎が吹きすぎた。
「くそっ」
ゾファルはごちた。これでは迂闊に近寄ることができない。
その時だ。ゾファルめがけ、歪虚が迫った。
●
「まーちゃん、等距離でトカゲの進行方向に回り込むよう動き続けて下さいぃ、お任せしますぅ」
戦馬の上で揺れながらハナが叫んだ。その手から数枚の符が飛び、歪虚を取り巻き、次の瞬間、光が爆発した。
うおおん。
歪虚は吼えた。白熱光から受けたダメージはさしたることはない。が、目が眩んでしまっていた。
動きが止めた隙を突き、ゾファルは間合いを詰めた。その手のギガースアックス――全長三メートルにも及ぶ、巨人が用いるという手斧に持ち手をつけて整えた、あまりにも馬鹿馬鹿しいほど巨大な斧を振り下ろす。
紅鱗が叩き割られた。血肉をつけたままの鱗が数枚、地に転がる。
すぐに息の根を止めてやるのがせめてもの情け。などという思いはゾファルにはない。むしろ戦いが続くことの方が楽しいとすら思っていた。
やや遅れて動いたのはアルスレーテである。練り上げた全身のマテリアルを破壊的熱量に変換。一気に放出した。
衝撃波は直線上に疾った。空間を切りながら。歪虚の胴を激しく打ちのめす。
途端、もがいていた歪虚の瞳が気色ばんだ。目が見えているのだ。
歪虚の口から炎が噴出した。紅蓮の炎がアルスレーテを飲み込む。
「これくらいじゃ私を燃やし尽くせないわよ」
炎を切り裂きアルスレーテは叫んだ。
その時である。琉那が駆けた。砂塵を散らせ高く舞い、身を返しながら歪虚の延髄と思しき箇所へ目掛け、強烈な踵蹴りを見舞う。鈍い衝撃が足に伝わり、海蛇は衝撃にわずかに身を反らした。
「一応忍の末裔さかいに。死角からの強襲は常套手段や、で!」
衝撃を利用し、反転。地に降り立った琉那がニッと笑んだ。
「今だ」
王仁丸が動いた。完璧な間合いへと一足で踏み込む。上弦の月を思わす光の軌跡が地よりはねあがり、驚愕に慄く隙も与えず歪虚の腹を切り裂いた。
見開かれた歪虚の瞳に、戦慄の色が浮かぶ。だが、その痛手に我を取り戻したかのように、くわっと歪虚は口を開いた。大きく開かれた口蓋に並ぶのは、短剣のような牙の列。人独りなら容易に飲み込めるであろうその一撃は、最も身近にいた王仁丸へと向けられた。
「ぬうっ」
咄嗟に防ごうと魔導槍――ネーベルナハトを構えるが、防ぐにあたわず、強靭な歯牙は王仁丸の血肉を抉り、骨をも砕く。
炎よけの土壁の陰でエルバッハがすかさず呪を唱えた。ふたたび歪虚の動きを封じんと氷の矢を放つ。
氷の矢は見事に歪虚の紅鱗を砕き、その身を貫いた。さらに凍結。数瞬ではあるが、歪虚の動きがとまった。
何でその隙を見逃そう。兵庫は四肢に精一杯の力をこめ、人間無骨を振りかぶった。
「十分に戦闘経験は積んできている。あまり人間様を甘く見るんじゃないぜ!」
渾身の力を込め、兵庫が人間無骨を振り下ろした。槍の下、歪虚の頭蓋がひしゃげ、異音が響く。それは砕けた鱗の音か、それとも頭骨の軋む悲鳴か。
「とどめですぅ」
再びハナが数枚の符を放った。それは歪虚を取り囲み、白熱光で包み込んだ。
またもや視覚を潰され、歪虚は激怒した。その怒りを炎に変え、歪虚が吐き散らす。数人のハンターが飲み込まれた。
が、この時、ハンターたちは悟っていた。戦いの終わりが近づいていることを。
●
血が空にも散ったかのようだ。
その空の下、ハンターと歪虚は死闘を繰り広げていた。血を流し、血を流させる。まさに、死闘。
血の味を覚えたか、歪虚は執拗に王仁丸を狙った。その事実がすでに歪虚の末期状態を表しているかもしれない。
「まーちゃん」
ハナの叫びに応じ、戦馬が歪虚の前に躍り出る。ハナの放った符がまたもや歪虚の視覚を奪った。
その眼前、王仁丸が立った。歪虚を挟む位置にアルスレーテ。
同時に二人は破壊の波を放った。マテリアルを変換した必滅の衝撃を。
二つの衝撃をうけ、歪虚がきりきり舞いした。声にならぬ声で悲鳴を上げる歪虚は恐慌をきたしているようだ。周囲にむけて炎を吐き散らす。
するすると琉那は歪虚の背後に回り込んだ。後頭部に蹴りをぶち込む。
咆哮を発する歪虚の片目にエルバッハの放った氷矢が突き立ち、顔を凍結させた。これでしばらくは炎を吐けない。
「頼りの炎が吐けねえんじゃ、ただの大蜥蜴に成り下がっちまったなあ」
炎に灼かれた激痛を意識から切り離し、ゾファルはかざした槌を無造作に、振り下ろした。
たった一度。
その一撃で、吹き渡る風の中、紅鱗に覆われた身体をなお紅く染めた歪虚は地へと還っていった。
●
「神話の存在いうても、邪神やったら仕方ないことやな」
血と瓦礫に彩られた戦場であった石切場を見渡し、琉那がため息を零した。
「所詮、偽物じゃねーか」
ふん、とゾファルが鼻を鳴らした。
サラマンダーですら、これだけ楽しめた。ドラゴンなら、どれほど楽しめるんだろう。期待に、ゾファルの目が輝いた。
その時、兵庫が瞑目した。どうしようもないとはいえ、人の死はやはり悲しいものだ。残された者の思いはどこにいくのだろう。
王仁丸は、ふと、振り返った。亡くなった石工が見つめているような気がしたのだ。
「あんたは不運だったのかもしれない。それでも、あんたは死んじゃいけなかった。奥さん達、残された家族の為にな」
王仁丸は独り、つぶやいた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/16 23:18:12 |
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相談卓 アルスレーテ・フュラー(ka6148) エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2016/04/17 02:28:38 |