ゲスト
(ka0000)
アイリス・レポート:回顧編
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/26 12:00
- 完成日
- 2016/06/05 20:16
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
帝都バルトアンデルス。大通りに面したカフェが店先に咲かせたパラソルの下、二人の男が向い合い腰掛けている。
「参考までに聞いていいか? なんで俺がいるってわかったんだ?」
「君、この町中で完璧に気配消しすぎだよ。こういう雑踏では、むしろ気配駄々漏れの方がバレないよ」
男、エルフハイムの執行者ハジャの質問に、少年、エルフハイムの咎人キアラが答えた。
ハジャが帝都に来て既に二ヶ月ほどが経過する。彼の任務は機導浄化の権威、ハイデマリー・アルムホルムの護衛。
既に彼はハイデマリーを狙った襲撃を三度食い止めていた。流石に襲撃者も一筋縄ではいかないと学習したのか、最近は平穏が続いているが。
「俺はあの錬金術士のねーちゃんの件だが、おたくは何してんのよ?」
「僕は今は帝国の使い走りさ。尤も、国家ではなくヴィルヘルミナ・ウランゲルという個人の、だけどね」
キアラはポットから紅茶のおかわりを注ぎながら語った。
あの日、監獄都市アネリブーベに送られた後、かつての同胞であるジュリと再会。更に監獄都市を率いるゼナイドは、革命戦争においてタングラムと肩を並べたことを知る。
ゼナイドは荒唐無稽な人物だが、人種や素性を差別しない。本人はもう話したことさえ忘れただろうが、キアラのある質問に応じてくれた。
「そこで僕は知ったんだ。アイリスは、森都を裏切ったわけじゃない。あの事件を起こした人物は他にいるんだって」
「ですよねー」
ストローでアイスコーヒーを啜りながらハジャは呟いた。アイスコーヒーは、帝都に来て初めて知った好物だ。
「アイリスの事はさんざん調査した。何か隠してる事くらいわかる。で、問題はその犯人が誰かって話だ」
もし、アイリス……タングラムにとって“告白”が痛みを伴わないのなら、さっさと白状するはずだ。
タングラムが犯人ではないのに真実を隠したがる理由。それは、“犯人をかばっている”としか思えない。
「が、それもおかしい。あれだけのことをしでかした犯人だ。その後の咎人認定もあってアイリスは犯人を憎んでいるはずだ。それでも庇うとしたら、犯人は一人しかいない」
「彼女の義理の家族。つまり――ジエルデ・エルフハイムだ」
しかし、それも妙に思う。ジエルデは現在器の管理者としてその人生の全てを捧げている。
あの事件は、アイリスが器を無断で外部に持ちだそうとした事が発端のはずだ。ジエルデが犯人なら、その罪を償う為に器の管理者になったとも考えられるが。
「そうじゃねぇと思う。あいつも“犯人”じゃねぇ。だが、“犯人を知ってはいる”んだ」
「流石だねハジャ。執行者なんかやめて帝都で探偵やったら? 結構似合ってるよ。毎日コーヒーも飲めるし」
「うっせ。コーヒーは買って帰るわボケ。で、犯人はどこのどいつだ? 俺達の森に火をつけやがったクソ野郎はよ」
視線をぎらつかせるハジャを前に、キアラが取り出したのは古びた白黒写真だった。
そこには草原に立つ数名の男女が写っている。見知った顔はなかったが、お目当ては右端に立つ男。
「ネストル・アサエフ。元帝国軍第一師団所属、最終階級兵長。革命戦争ではヒルデブラント・ウランゲルと共に戦った一人。もう50代だね」
写真を指先で摘み、ハジャは目を細める。
ヒルデブラントは革命戦争で帝位を簒奪した英雄にして独裁者。徹底した貴族主義の排除と歪虚への抗戦を唱えた革命王。
そればかりが目立つが、実際の功績は別にある。それまで亜人を冷遇していた帝国から人種差別を取り払おうとした事。戦争直前の状態にあったエルフハイムと不可侵条約を結び、師団長にエルフを任命したのも彼だ。
「お前の雇い主、ヴィルヘルミナの親父か」
「直に話してわかった。彼女も革命家の血を引いているね。尤も、今はそれどころじゃないけど……」
話を戻そう。そう言ってキアラは腕を組む。
「革命戦争が始まる前、エルフハイムと帝国の関係性は最悪だった。尖兵同士の直接的な戦闘行為すらあったくらいだ。帝国……人間はエルフの森を、都合のいい資源としか考えていなかった」
件の事件の正確な発生日を二人は知らないが、これまでの情報から推理するに恐らく十数年前。革命戦争が始まる直前。
「その頃、エルフハイムではようやく維新派という考え方が広まりつつあった。それもこれも、“人間との戦い”の結果さ」
歪虚、そして人間の侵攻に無抵抗だった者達の中から、運命に逆らおうと言う考え方が生まれ、その当時、大きく拡大した。
「俺もガキの頃だが知ってるぜ。維新派が盛り上がったのには理由がある。“帝国と和平を結べるかもしれない”という噂が流れたからだ」
「けど、それが失敗してあの事件が起きた。真相はわからないけど、人間と手を組んだアイリスが器を持ちだそうとしたという噂が流れた。結果として、維新派は大きく後退する事になった」
「今や維新派はユレイテルの下で勢力を大きく拡大してる。その十……六年くらい前だったか? の事件のことはすっかり忘れられてるな」
「その後、エルフハイムでの緊張は高まり、革命戦争で帝位が簒奪されるまで一触即発の状態が続いた。それを丸く収めたヒルデブラントの手腕は大したものだね」
「それよりこのネストルって男だ。元第一師団なのにヒルデブラントについたってことは、皇帝を裏切ったのか」
「裏切らざるを得なかったのかもね。自身の失敗を隠匿する為に……」
そう言ってカップを傾け、キアラはびっしりと書き込まれたメモの束をテーブルに晒す。
「単刀直入に言う。僕と取引しないか、ハジャ」
「おい、勿体つける気か!?」
「僕はアイリスを陥れた奴を絶対に許さない。無論簡単には殺さない。僕らの森を穢した罪の重さを思い知らせ、生まれてきたことを懺悔させてやる」
「ほーん、大まかには同意だ。で、こいつはどこにいる?」
「探してる最中だ。だから手分けをしよう。こいつは今、反政府組織……ヴルツァライヒに属している。別件の……人身売買と武器の密輸で帝国軍が捜査している。こいつを締めあげて、本当の事を吐かせてやる」
「んだよ。真実に至ったんじゃねぇのかよ?」
「断片的な情報をまとめているだけだ。最終確認は本人からする。僕は想像の中でこの件を終わりにする気は全く無い」
二人の間に重い沈黙が広がる。が、おもむろにハジャが片手を上げ。
「悪いなねーちゃん、コーヒーおかわり!」
「僕にも紅茶をもらえるかな?」
二人はニコリとウェイトレスに微笑んだ。
「こいつから締めあげた情報を俺は利用するぜ?」
「構わないよ。どちらが捕まえても情報は共有。こいつを殺すのは二人が一緒にいる時だけにしよう」
「おめーその約束守れんのかよ……」
「守るさ。僕も少しは――大人になったからね」
おかわりを飲み干して二人の男は席を立った。正反対の、しかし同じ道を歩むために。
「参考までに聞いていいか? なんで俺がいるってわかったんだ?」
「君、この町中で完璧に気配消しすぎだよ。こういう雑踏では、むしろ気配駄々漏れの方がバレないよ」
男、エルフハイムの執行者ハジャの質問に、少年、エルフハイムの咎人キアラが答えた。
ハジャが帝都に来て既に二ヶ月ほどが経過する。彼の任務は機導浄化の権威、ハイデマリー・アルムホルムの護衛。
既に彼はハイデマリーを狙った襲撃を三度食い止めていた。流石に襲撃者も一筋縄ではいかないと学習したのか、最近は平穏が続いているが。
「俺はあの錬金術士のねーちゃんの件だが、おたくは何してんのよ?」
「僕は今は帝国の使い走りさ。尤も、国家ではなくヴィルヘルミナ・ウランゲルという個人の、だけどね」
キアラはポットから紅茶のおかわりを注ぎながら語った。
あの日、監獄都市アネリブーベに送られた後、かつての同胞であるジュリと再会。更に監獄都市を率いるゼナイドは、革命戦争においてタングラムと肩を並べたことを知る。
ゼナイドは荒唐無稽な人物だが、人種や素性を差別しない。本人はもう話したことさえ忘れただろうが、キアラのある質問に応じてくれた。
「そこで僕は知ったんだ。アイリスは、森都を裏切ったわけじゃない。あの事件を起こした人物は他にいるんだって」
「ですよねー」
ストローでアイスコーヒーを啜りながらハジャは呟いた。アイスコーヒーは、帝都に来て初めて知った好物だ。
「アイリスの事はさんざん調査した。何か隠してる事くらいわかる。で、問題はその犯人が誰かって話だ」
もし、アイリス……タングラムにとって“告白”が痛みを伴わないのなら、さっさと白状するはずだ。
タングラムが犯人ではないのに真実を隠したがる理由。それは、“犯人をかばっている”としか思えない。
「が、それもおかしい。あれだけのことをしでかした犯人だ。その後の咎人認定もあってアイリスは犯人を憎んでいるはずだ。それでも庇うとしたら、犯人は一人しかいない」
「彼女の義理の家族。つまり――ジエルデ・エルフハイムだ」
しかし、それも妙に思う。ジエルデは現在器の管理者としてその人生の全てを捧げている。
あの事件は、アイリスが器を無断で外部に持ちだそうとした事が発端のはずだ。ジエルデが犯人なら、その罪を償う為に器の管理者になったとも考えられるが。
「そうじゃねぇと思う。あいつも“犯人”じゃねぇ。だが、“犯人を知ってはいる”んだ」
「流石だねハジャ。執行者なんかやめて帝都で探偵やったら? 結構似合ってるよ。毎日コーヒーも飲めるし」
「うっせ。コーヒーは買って帰るわボケ。で、犯人はどこのどいつだ? 俺達の森に火をつけやがったクソ野郎はよ」
視線をぎらつかせるハジャを前に、キアラが取り出したのは古びた白黒写真だった。
そこには草原に立つ数名の男女が写っている。見知った顔はなかったが、お目当ては右端に立つ男。
「ネストル・アサエフ。元帝国軍第一師団所属、最終階級兵長。革命戦争ではヒルデブラント・ウランゲルと共に戦った一人。もう50代だね」
写真を指先で摘み、ハジャは目を細める。
ヒルデブラントは革命戦争で帝位を簒奪した英雄にして独裁者。徹底した貴族主義の排除と歪虚への抗戦を唱えた革命王。
そればかりが目立つが、実際の功績は別にある。それまで亜人を冷遇していた帝国から人種差別を取り払おうとした事。戦争直前の状態にあったエルフハイムと不可侵条約を結び、師団長にエルフを任命したのも彼だ。
「お前の雇い主、ヴィルヘルミナの親父か」
「直に話してわかった。彼女も革命家の血を引いているね。尤も、今はそれどころじゃないけど……」
話を戻そう。そう言ってキアラは腕を組む。
「革命戦争が始まる前、エルフハイムと帝国の関係性は最悪だった。尖兵同士の直接的な戦闘行為すらあったくらいだ。帝国……人間はエルフの森を、都合のいい資源としか考えていなかった」
件の事件の正確な発生日を二人は知らないが、これまでの情報から推理するに恐らく十数年前。革命戦争が始まる直前。
「その頃、エルフハイムではようやく維新派という考え方が広まりつつあった。それもこれも、“人間との戦い”の結果さ」
歪虚、そして人間の侵攻に無抵抗だった者達の中から、運命に逆らおうと言う考え方が生まれ、その当時、大きく拡大した。
「俺もガキの頃だが知ってるぜ。維新派が盛り上がったのには理由がある。“帝国と和平を結べるかもしれない”という噂が流れたからだ」
「けど、それが失敗してあの事件が起きた。真相はわからないけど、人間と手を組んだアイリスが器を持ちだそうとしたという噂が流れた。結果として、維新派は大きく後退する事になった」
「今や維新派はユレイテルの下で勢力を大きく拡大してる。その十……六年くらい前だったか? の事件のことはすっかり忘れられてるな」
「その後、エルフハイムでの緊張は高まり、革命戦争で帝位が簒奪されるまで一触即発の状態が続いた。それを丸く収めたヒルデブラントの手腕は大したものだね」
「それよりこのネストルって男だ。元第一師団なのにヒルデブラントについたってことは、皇帝を裏切ったのか」
「裏切らざるを得なかったのかもね。自身の失敗を隠匿する為に……」
そう言ってカップを傾け、キアラはびっしりと書き込まれたメモの束をテーブルに晒す。
「単刀直入に言う。僕と取引しないか、ハジャ」
「おい、勿体つける気か!?」
「僕はアイリスを陥れた奴を絶対に許さない。無論簡単には殺さない。僕らの森を穢した罪の重さを思い知らせ、生まれてきたことを懺悔させてやる」
「ほーん、大まかには同意だ。で、こいつはどこにいる?」
「探してる最中だ。だから手分けをしよう。こいつは今、反政府組織……ヴルツァライヒに属している。別件の……人身売買と武器の密輸で帝国軍が捜査している。こいつを締めあげて、本当の事を吐かせてやる」
「んだよ。真実に至ったんじゃねぇのかよ?」
「断片的な情報をまとめているだけだ。最終確認は本人からする。僕は想像の中でこの件を終わりにする気は全く無い」
二人の間に重い沈黙が広がる。が、おもむろにハジャが片手を上げ。
「悪いなねーちゃん、コーヒーおかわり!」
「僕にも紅茶をもらえるかな?」
二人はニコリとウェイトレスに微笑んだ。
「こいつから締めあげた情報を俺は利用するぜ?」
「構わないよ。どちらが捕まえても情報は共有。こいつを殺すのは二人が一緒にいる時だけにしよう」
「おめーその約束守れんのかよ……」
「守るさ。僕も少しは――大人になったからね」
おかわりを飲み干して二人の男は席を立った。正反対の、しかし同じ道を歩むために。
リプレイ本文
地下へと続く階段を慎重に降りていくシガレット=ウナギパイ(ka2884)だが、折り返しで扉の前にゾンビを発見する。
戦闘は避けられないと踏んで、直ぐに神罰銃を手に飛び出した。ただし、放つのは弾丸ではなく魔法だ。
素早く狙いを定め黒い光を放つと、不意打ちにゾンビの頭部が吹き飛ぶ。膝を着くのを待たず距離を詰めると、その胸に刃を突き立てた。
「見た目よりかなり広い空間だなァ」
扉を開くと、そこには土壁むき出しの地下通路が続いている。その道中には鉄格子で隔離された空間があり、壁に備え付けられた松明に照らされ無数の人影がひしめいていた。
「人身売買ねェ……ネストルってのは大した悪党じゃねェか」
エルフは男女の区別なく閉じ込められ、例外なく美しい顔が恐怖と絶望にくすんでいた。
シガレットは自分も恐れられていると気づき苦笑を浮かべると、まずは救出ではなく仲間への連絡を取ろうと試みた。
次の瞬間、側面から投擲された短剣が肩に突き刺さった。視線をずらすと、音もなく出現した人影が急接近してくる。
踊り子のような民族衣装を纏った女だ。バックラーで攻撃を弾くが、素早い連続攻撃を捌ききれず上半身に刃を浴びる。
反撃に繰り出したシガレットの剣をかわし、女が距離を取る。この気配、間違いない。
「契約者か……」
ネストルは実年齢を考えれば若々しい面構えではあったが、バックに流した髪には多くの白髪が混じる。
細身ではあるが、元軍人。今は闇の商人に身を落としてはいるが、間抜けな成金とは違い肥満の様子は見られず、むしろ筋肉質であると予想できた。
腰掛けた木製の机には杖が立てかけられている。加齢によるものか軍役の結果かは不明だが、足が悪いのかもしれない。
ソフィア =リリィホルム(ka2383)はそんな事を考えながら様子を伺っていた。
ネストルの側には二人のエルフが控えている。踊り子のような女とスーツ姿の男。露骨に帯刀しているので、護衛と見て間違いない。
しばらく様子を伺ったが、侵入に気づいている様子はない。時が来るのを待ち、ソフィアはそこで初めて覚醒を行いつつ飛び出した。
ネストル本人を奇襲できればよかったが、護衛の男が反応する。男が抜刀するよりソフィアの攻撃が早く、結果男は身を挺してネストルを庇う形となった。
エレクトリックショックの光が瞬き、男の身体が痙攣する。その間にネストルが振り返り、女の護衛が動き出すが、女の身体を光の杭が貫いた。
リサ=メテオール(ka3520)が丁度部屋を挟んで向かい側に姿を見せたからこそ、ソフィアは突入に踏み切ったのだ。
ジャッジメントで女の動きが停止すると同時、二人のハンターの合間を抜けてネストルに接近する影があった。
ハジャ・エルフハイムの蹴りはネストルの脇腹に鋭くめり込み、男の身体を土壁へと叩きつけた。
――時を遡る。
「ないとは言い切れんが、可能性は低いだろうな」
突入を前に、ハンターらは廃村の外側から街の様子を偵察していた。
ジュード・エアハート(ka0410)は畑の跡地に残る取水塔の上で双眼鏡を覗きこむ。確かに街のあちこちにゾンビ兵が確認できた。
「結界林はそれなりに高位の術だ。警備隊であり、かつ術に精通した使い手じゃないとな」
「でも、キアラは使ってたじゃない」
「あいつは特別なんだよ。冷静に考えると君らかなり特殊な連中と絡みがあるからな。“エルフ”のハードルあがりすぎ」
執行者に言われてもなあ、と眉を潜めるリサの隣でヒース・R・ウォーカー(ka0145)は顎に手をやり。
「なら、特別な罠については警戒は不要かぁ」
「どうかな~。ハジャさんって結構うっかり者だからな~」
双眼鏡から顔を上げたジュードがにっこりと微笑み、取水塔から飛び降りる。
「あ、勘違いしないでね? 別にうっかり属性を批難したいんじゃなくて、むしろ逆だから。まあどちらにせよ阻止する為にお手伝いしてあげるね」
「何を言っているのかわからんが、地図を見せてくれませんか?」
笑顔で差し出された地図にはゾンビの巡回ルートが記されている。
「ゾンビには単純な命令しか出せないのかな? 本当に決まったルートをぐるぐる、ゆっくり周ってるだけみたいだね」
「恐らく感知能力もさほど高くはないでしょう。覚醒は切って移動した方がいいかもしれませんね。マテリアル感知の場合、覚醒が原因で見つかる可能性もありますから」
ジュードに代わって双眼鏡で監視を続けるソフィアが視線を動かさず声を投げる。
「しかし、明確に地下室のありそうな建物ってのは見分けがつかねェな」
廃村の中である程度原型を保っている建物や、ゾンビの巡回ルートから目星はつけられる。要は守られている部分の、形を保った建物のどれかだ。
しかし、それ以上の事は実際に踏み込まねばわからない。結局ある程度は分散し、虱潰しに確認するしかないようだ。
「無線機への干渉も特にないようだねぇ」
ヒースは短伝を片手にそう告げると、ジュードは唇に人差し指を当て。
「うーん、そっかあ。ゾンビを操る装置なら、周囲の通信に影響があると思ったんだけどな」
「とは言え、無線のような装置で操っている事には変わりないだろうね。装置を用いて操っているのなら、それには触れない方がいいかもしれない」
ジェールトヴァ(ka3098)の指摘は実は正解だった。ゾンビを操るには装置が必要で、それが破壊されるとゾンビは本能に従い、無差別な殺戮を開始するだろう。
「それで、ネストルはどんなゲスな事をしてるの?」
「主に人身売買だが……」
エルフは軒並み外見が美しく、人間より高値がつきやすい。が、それは通常の人身売買の話。
ネストルの場合、取引相手が歪虚や反政府組織にも通じている。
「転移者にはピンとこないだろうが、強力なマテリアル適性は本来レアだ。が、エルフは比較的それが高い。覚醒者をテロリストに教育したり、歪虚と契約させたり、あるいは生贄にさせたりと、使い道は多岐にわたる」
「気持ちのいい話じゃあねェな」
苦々しく呟くシガレット。一方、ジェールトヴァは冷静に考察する。
「ネストルがエルフに固執する理由はそれだけかな? 商品にするだけなら、部下までエルフで統一する必要はないよね」
「確かにそうだよね。むしろ、手元に置くのは危険じゃないかな? 普通に考えて恨まれてるよね」
ぽんと手を合わせ頷くジュード。
「そうだね。だから、何らかの方法で支配しているのだろうね。リスクを犯しても……となれば、そこには彼の欲望が介在しているんじゃないかな」
「だとしたら、相当に倒錯してますね」
げんなりした様子でソフィアが呟くと、リサは腕を組み。
「そもそも、情報の出処はキアラでしょ? 本当にこっちには来てないの?」
問い詰めればハジャはあっさりキアラの関与を認めていた。だが……。
「それはないな。あいつはことこの件に関しては、得物を目の前に正気ではいられんだろう。潜入は有り得ないぜ」
「そんなにお互いを分かり合ってるの? もしかしてラブラブ?」
「咎人と執行者が仲良しなわけないでしょ……」
「それだけかな? ハジャさんは情に厚いからね。私達の顔を立てる為に、経過を見守ってくれているんだろう?」
ジェールトヴァの言葉に目を丸くし、頬をぽりぽりとかく。
「もう長い付き合いだ。信頼しているよ」
応え代わりの苦笑を最後に、ハンターらは夕暮れを待ち、潜入を開始したのだった。
仲間達が各自交戦を開始した頃、ジュードとヒースも行動を起こしていた。
地下への突入が始まるまでは建造物の屋根の上から状況を確認し、仲間が安全に建造物に突入するまでの誘導を行っていた。
ある程度街を俯瞰できる高ささえあれば、さほど複雑ではないこの廃村において、ジュードは直感的に敵の動きを推理できたのだ。
だが今はもうここでじっとしている必要はない。むしろ、地上に残ったゾンビが操作され仲間のいる場所に殺到しても困るのだから、積極的な攻撃が必要となる。
「ヒースさん、俺は例のポイントに移動するけど……」
「ああ。ボクの事なら心配は要らない。この場合、ボクが囮になった方が効率がいいだろうしねぇ」
重傷を負っている今のヒースでは、ジュードの機動力についていけない。
幸いゾンビは武装はしているが、建物をよじ登ったりする程知能が高くない。高所で銃を撃っている分には敵を倒せもしないがやられもしないだろう。
「動きがあれば、通信はボクが取り繋ぐ。どうせここでじっとしているんだからねぇ」
頷き、ジュードは弓を手に立ち上がった。狙いは眼下を移動するゾンビ兵。
青い光の輪が鏃に収束し、放たれた一矢はゾンビの肉を食い破り凍結させる。それを合図に、ジュードは勢い良く屋根の上から飛び降りた。
ジャッジメントとエレクトリックショック、それぞれで動きの鈍った護衛だが、復帰するとソフィアとリサへそれぞれ襲いかかった。
男はサーベルを抜くとソフィアへ斬りかかる。これを太刀で受け、すかさず雷を纏った聖機剣を繰り出す。
契約者なのかその戦闘力は高いが、どちらかと言えば男はどっしりと構えて攻撃を受けるタイプ。だが受ければ感電し、その感電が抜けきる前に次の攻撃を受ける為、ソフィアが終始有利に展開する。
一方リサは、第二のジャッジメントを回避され距離を詰められると形成が逆転。素早い女の連撃に対処できず、体中に切り傷が増していく。
ハジャの攻撃にネストルは覚醒し対処。杖と懐に忍ばせていた拳銃で応戦するが、ハジャの機動力に翻弄されている。
「まさか帝国軍ではなく、執行者とハンターとはね……」
ネストルの銃弾をかわし、横っ面を殴り飛ばすハジャ。ネストルが倒れるのを横目に、リサの援護に向かう。
「リサちゃん!」
女へ背後から蹴りを放つが、女は側転するように身をかわし、壁を蹴ってハジャへ刃を繰り出した。
そうしている間にネストルは密かに移動し、板で封鎖されていた壁を破って姿を消した。隠し通路だ。
「行ったか」
目端でそれを捕らえ、ソフィアは聖機剣を繰り出す。剣は男の胸にめり込み、更にそこから光の刃を展開し、その身を貫くのだった。
通路を急ぎ足で移動するネストルだが、やはり足が悪いのか覚醒状態でも速力は遅い。
その移動先に待ち構える人影があった。ジェールトヴァだ。
「成る程。既に隠し通路は発見されていたのだね」
急ぎジェールトヴァへ突進するネストルを押し留めたのはディヴァインウィルだ。
不可視の結界は壁となり、狭い通路を封鎖する。その背後から契約者を片付けたソフィアが追撃してくる。
ネストルは銃でジェールトヴァを攻撃し結界の発動を妨げ強引に突破するが、ソフィアが追いつくには十分な時間であった。
二人は刃を交え、もつれるようにして外に転がり出す。雷撃を受けたネストルが向かう先には隠してあった魔導トラックが見える。
先の攻防で杖を失い、必死にトラックを目指すネストルであったが、健常に動く左足にも矢が突き刺さり、倒れる事となった。
この場所までゾンビを撃破しながら移動してきたジュードが放った矢はネストルの足を凍結させた。それを確認し、悠々と距離を詰めたソフィアはネストルの首に切っ先をつきつける。
「ちなみに……そのトラック、タイヤが壊れてますよ♪」
目を丸くするネストル。確かにタイヤはパンクというか、深く切り裂かれていた。
隠し通路も、逃走手段もそもそも封じられていたのだ。戦闘が開始した時には、既に彼の逃走計画には致命的な欠陥が生じていたのである。
「やれやれ……どうしたら悪人じゃないって信じてもらえるのかねェ」
冷や汗を流しながらシガレットは支援を吐き出す。彼の背後にはだい~ぶ距離を置いて開放されたエルフらが追従していた。
彼はタイマンで契約者を倒し、皆の指示を待って牢を解き放ったのだ。
「腕にナイフ刺さったまんまだからじゃないですか?」
「おォ!? 忘れてたぜェ……抜いとくか」
ソフィアに言われてナイフを引き抜くと血が吹き出し、エルフらがまた後退した。
確認の結果、捕まっていたエルフらの中に闇の気配を漂わせる者はいなかった。シガレットは一対一で契約者を破り、今は気絶した彼女を縄で拘束し背負っていた。
「一応、警戒はしとかねェとな。口封じにネストルを殺す輩がいるかもしれん」
「……そのような事をする者はいない。私達は、彼に救われたのだから」
気絶していた女が目を覚ますと、シガレットは少し驚き。
「よくその様で喋れるな。殺さないようにするのが大変だったんだぜェ」
「慈悲のつもりか? 人間の哀れみで生き永らえた所で、私の尊厳は守られない」
肩を竦めるシガレット。ソフィアは首を傾げ。
「闇の契約者というのは命を捧げる事でしょう。エルフがそこまでして仕える価値のある男ですか?」
「お前には、私がエルフに見えるのか」
ソフィアが眉を潜めたのは、彼女の言わんとする事に感づいたからだ。
エルフに見えるが、エルフではない。シガレットが気づかなかった答えにソフィアが気づけたのは、きっと同じ苦悩を抱えていたからだろう。
帝国軍が遅れて登場し、ネストルを確保する。本格的な取り調べは後回しだが、依頼は成功と言えるだろう。
「やはりこの体では限界があるか……まあ、足手まといにならなかっただけよしとしよう」
「そういえばハジャさんは?」
疲れた様子のヒースの隣で逡巡するジュード。ハジャはリサの傷を気遣っていたが、リサは自分でさっさと治療してしまった。
「うーん、また助けられちゃったね」
「気にする事じゃないさ。仲間だろ?」
「仲間ね~……うん。まあ、アンタは良い奴じゃないし、あたしはジェールトヴァさんみたいに全面的に“信頼”してるわけじゃないけどさ。それでも今までけっこー助けられたんだよね」
この男の気まぐれがなければ成立しない結末も沢山あった。それが現在にも続いている。
「だからね、“信用”はしてるから。ハジャもあたし達を信じてくれると嬉しいな。“仲間”……でしょ?」
「リサちゃん……」
真剣な表情で何かを考え、一歩ハジャが踏み出そうとした時だ。
「ハジャさん? その子、彼氏いるからね?」
「うおおお!? ジュード……いつから後ろに!?」
「え? 比較的ずっといるけど? それより俺の話聞いてた? 既にパートナーがいる人に色目を使っちゃだめだよね?」
笑顔で詰め寄ってくるジュードに後ずさるハジャ。
「俺もね、男の人は大なり小なりそういうものだってわかってるんだけどね? ハジャさんの倫理観には特に興味があるなー?」
「なんだかわからんが落ち着け! 俺はまだ何もしてない!」
「“まだ”?」
青ざめて逃げ出すハジャ。その様子を眺め、ヒースとジェールトヴァは正反対の反応を見せるのだった。
戦闘は避けられないと踏んで、直ぐに神罰銃を手に飛び出した。ただし、放つのは弾丸ではなく魔法だ。
素早く狙いを定め黒い光を放つと、不意打ちにゾンビの頭部が吹き飛ぶ。膝を着くのを待たず距離を詰めると、その胸に刃を突き立てた。
「見た目よりかなり広い空間だなァ」
扉を開くと、そこには土壁むき出しの地下通路が続いている。その道中には鉄格子で隔離された空間があり、壁に備え付けられた松明に照らされ無数の人影がひしめいていた。
「人身売買ねェ……ネストルってのは大した悪党じゃねェか」
エルフは男女の区別なく閉じ込められ、例外なく美しい顔が恐怖と絶望にくすんでいた。
シガレットは自分も恐れられていると気づき苦笑を浮かべると、まずは救出ではなく仲間への連絡を取ろうと試みた。
次の瞬間、側面から投擲された短剣が肩に突き刺さった。視線をずらすと、音もなく出現した人影が急接近してくる。
踊り子のような民族衣装を纏った女だ。バックラーで攻撃を弾くが、素早い連続攻撃を捌ききれず上半身に刃を浴びる。
反撃に繰り出したシガレットの剣をかわし、女が距離を取る。この気配、間違いない。
「契約者か……」
ネストルは実年齢を考えれば若々しい面構えではあったが、バックに流した髪には多くの白髪が混じる。
細身ではあるが、元軍人。今は闇の商人に身を落としてはいるが、間抜けな成金とは違い肥満の様子は見られず、むしろ筋肉質であると予想できた。
腰掛けた木製の机には杖が立てかけられている。加齢によるものか軍役の結果かは不明だが、足が悪いのかもしれない。
ソフィア =リリィホルム(ka2383)はそんな事を考えながら様子を伺っていた。
ネストルの側には二人のエルフが控えている。踊り子のような女とスーツ姿の男。露骨に帯刀しているので、護衛と見て間違いない。
しばらく様子を伺ったが、侵入に気づいている様子はない。時が来るのを待ち、ソフィアはそこで初めて覚醒を行いつつ飛び出した。
ネストル本人を奇襲できればよかったが、護衛の男が反応する。男が抜刀するよりソフィアの攻撃が早く、結果男は身を挺してネストルを庇う形となった。
エレクトリックショックの光が瞬き、男の身体が痙攣する。その間にネストルが振り返り、女の護衛が動き出すが、女の身体を光の杭が貫いた。
リサ=メテオール(ka3520)が丁度部屋を挟んで向かい側に姿を見せたからこそ、ソフィアは突入に踏み切ったのだ。
ジャッジメントで女の動きが停止すると同時、二人のハンターの合間を抜けてネストルに接近する影があった。
ハジャ・エルフハイムの蹴りはネストルの脇腹に鋭くめり込み、男の身体を土壁へと叩きつけた。
――時を遡る。
「ないとは言い切れんが、可能性は低いだろうな」
突入を前に、ハンターらは廃村の外側から街の様子を偵察していた。
ジュード・エアハート(ka0410)は畑の跡地に残る取水塔の上で双眼鏡を覗きこむ。確かに街のあちこちにゾンビ兵が確認できた。
「結界林はそれなりに高位の術だ。警備隊であり、かつ術に精通した使い手じゃないとな」
「でも、キアラは使ってたじゃない」
「あいつは特別なんだよ。冷静に考えると君らかなり特殊な連中と絡みがあるからな。“エルフ”のハードルあがりすぎ」
執行者に言われてもなあ、と眉を潜めるリサの隣でヒース・R・ウォーカー(ka0145)は顎に手をやり。
「なら、特別な罠については警戒は不要かぁ」
「どうかな~。ハジャさんって結構うっかり者だからな~」
双眼鏡から顔を上げたジュードがにっこりと微笑み、取水塔から飛び降りる。
「あ、勘違いしないでね? 別にうっかり属性を批難したいんじゃなくて、むしろ逆だから。まあどちらにせよ阻止する為にお手伝いしてあげるね」
「何を言っているのかわからんが、地図を見せてくれませんか?」
笑顔で差し出された地図にはゾンビの巡回ルートが記されている。
「ゾンビには単純な命令しか出せないのかな? 本当に決まったルートをぐるぐる、ゆっくり周ってるだけみたいだね」
「恐らく感知能力もさほど高くはないでしょう。覚醒は切って移動した方がいいかもしれませんね。マテリアル感知の場合、覚醒が原因で見つかる可能性もありますから」
ジュードに代わって双眼鏡で監視を続けるソフィアが視線を動かさず声を投げる。
「しかし、明確に地下室のありそうな建物ってのは見分けがつかねェな」
廃村の中である程度原型を保っている建物や、ゾンビの巡回ルートから目星はつけられる。要は守られている部分の、形を保った建物のどれかだ。
しかし、それ以上の事は実際に踏み込まねばわからない。結局ある程度は分散し、虱潰しに確認するしかないようだ。
「無線機への干渉も特にないようだねぇ」
ヒースは短伝を片手にそう告げると、ジュードは唇に人差し指を当て。
「うーん、そっかあ。ゾンビを操る装置なら、周囲の通信に影響があると思ったんだけどな」
「とは言え、無線のような装置で操っている事には変わりないだろうね。装置を用いて操っているのなら、それには触れない方がいいかもしれない」
ジェールトヴァ(ka3098)の指摘は実は正解だった。ゾンビを操るには装置が必要で、それが破壊されるとゾンビは本能に従い、無差別な殺戮を開始するだろう。
「それで、ネストルはどんなゲスな事をしてるの?」
「主に人身売買だが……」
エルフは軒並み外見が美しく、人間より高値がつきやすい。が、それは通常の人身売買の話。
ネストルの場合、取引相手が歪虚や反政府組織にも通じている。
「転移者にはピンとこないだろうが、強力なマテリアル適性は本来レアだ。が、エルフは比較的それが高い。覚醒者をテロリストに教育したり、歪虚と契約させたり、あるいは生贄にさせたりと、使い道は多岐にわたる」
「気持ちのいい話じゃあねェな」
苦々しく呟くシガレット。一方、ジェールトヴァは冷静に考察する。
「ネストルがエルフに固執する理由はそれだけかな? 商品にするだけなら、部下までエルフで統一する必要はないよね」
「確かにそうだよね。むしろ、手元に置くのは危険じゃないかな? 普通に考えて恨まれてるよね」
ぽんと手を合わせ頷くジュード。
「そうだね。だから、何らかの方法で支配しているのだろうね。リスクを犯しても……となれば、そこには彼の欲望が介在しているんじゃないかな」
「だとしたら、相当に倒錯してますね」
げんなりした様子でソフィアが呟くと、リサは腕を組み。
「そもそも、情報の出処はキアラでしょ? 本当にこっちには来てないの?」
問い詰めればハジャはあっさりキアラの関与を認めていた。だが……。
「それはないな。あいつはことこの件に関しては、得物を目の前に正気ではいられんだろう。潜入は有り得ないぜ」
「そんなにお互いを分かり合ってるの? もしかしてラブラブ?」
「咎人と執行者が仲良しなわけないでしょ……」
「それだけかな? ハジャさんは情に厚いからね。私達の顔を立てる為に、経過を見守ってくれているんだろう?」
ジェールトヴァの言葉に目を丸くし、頬をぽりぽりとかく。
「もう長い付き合いだ。信頼しているよ」
応え代わりの苦笑を最後に、ハンターらは夕暮れを待ち、潜入を開始したのだった。
仲間達が各自交戦を開始した頃、ジュードとヒースも行動を起こしていた。
地下への突入が始まるまでは建造物の屋根の上から状況を確認し、仲間が安全に建造物に突入するまでの誘導を行っていた。
ある程度街を俯瞰できる高ささえあれば、さほど複雑ではないこの廃村において、ジュードは直感的に敵の動きを推理できたのだ。
だが今はもうここでじっとしている必要はない。むしろ、地上に残ったゾンビが操作され仲間のいる場所に殺到しても困るのだから、積極的な攻撃が必要となる。
「ヒースさん、俺は例のポイントに移動するけど……」
「ああ。ボクの事なら心配は要らない。この場合、ボクが囮になった方が効率がいいだろうしねぇ」
重傷を負っている今のヒースでは、ジュードの機動力についていけない。
幸いゾンビは武装はしているが、建物をよじ登ったりする程知能が高くない。高所で銃を撃っている分には敵を倒せもしないがやられもしないだろう。
「動きがあれば、通信はボクが取り繋ぐ。どうせここでじっとしているんだからねぇ」
頷き、ジュードは弓を手に立ち上がった。狙いは眼下を移動するゾンビ兵。
青い光の輪が鏃に収束し、放たれた一矢はゾンビの肉を食い破り凍結させる。それを合図に、ジュードは勢い良く屋根の上から飛び降りた。
ジャッジメントとエレクトリックショック、それぞれで動きの鈍った護衛だが、復帰するとソフィアとリサへそれぞれ襲いかかった。
男はサーベルを抜くとソフィアへ斬りかかる。これを太刀で受け、すかさず雷を纏った聖機剣を繰り出す。
契約者なのかその戦闘力は高いが、どちらかと言えば男はどっしりと構えて攻撃を受けるタイプ。だが受ければ感電し、その感電が抜けきる前に次の攻撃を受ける為、ソフィアが終始有利に展開する。
一方リサは、第二のジャッジメントを回避され距離を詰められると形成が逆転。素早い女の連撃に対処できず、体中に切り傷が増していく。
ハジャの攻撃にネストルは覚醒し対処。杖と懐に忍ばせていた拳銃で応戦するが、ハジャの機動力に翻弄されている。
「まさか帝国軍ではなく、執行者とハンターとはね……」
ネストルの銃弾をかわし、横っ面を殴り飛ばすハジャ。ネストルが倒れるのを横目に、リサの援護に向かう。
「リサちゃん!」
女へ背後から蹴りを放つが、女は側転するように身をかわし、壁を蹴ってハジャへ刃を繰り出した。
そうしている間にネストルは密かに移動し、板で封鎖されていた壁を破って姿を消した。隠し通路だ。
「行ったか」
目端でそれを捕らえ、ソフィアは聖機剣を繰り出す。剣は男の胸にめり込み、更にそこから光の刃を展開し、その身を貫くのだった。
通路を急ぎ足で移動するネストルだが、やはり足が悪いのか覚醒状態でも速力は遅い。
その移動先に待ち構える人影があった。ジェールトヴァだ。
「成る程。既に隠し通路は発見されていたのだね」
急ぎジェールトヴァへ突進するネストルを押し留めたのはディヴァインウィルだ。
不可視の結界は壁となり、狭い通路を封鎖する。その背後から契約者を片付けたソフィアが追撃してくる。
ネストルは銃でジェールトヴァを攻撃し結界の発動を妨げ強引に突破するが、ソフィアが追いつくには十分な時間であった。
二人は刃を交え、もつれるようにして外に転がり出す。雷撃を受けたネストルが向かう先には隠してあった魔導トラックが見える。
先の攻防で杖を失い、必死にトラックを目指すネストルであったが、健常に動く左足にも矢が突き刺さり、倒れる事となった。
この場所までゾンビを撃破しながら移動してきたジュードが放った矢はネストルの足を凍結させた。それを確認し、悠々と距離を詰めたソフィアはネストルの首に切っ先をつきつける。
「ちなみに……そのトラック、タイヤが壊れてますよ♪」
目を丸くするネストル。確かにタイヤはパンクというか、深く切り裂かれていた。
隠し通路も、逃走手段もそもそも封じられていたのだ。戦闘が開始した時には、既に彼の逃走計画には致命的な欠陥が生じていたのである。
「やれやれ……どうしたら悪人じゃないって信じてもらえるのかねェ」
冷や汗を流しながらシガレットは支援を吐き出す。彼の背後にはだい~ぶ距離を置いて開放されたエルフらが追従していた。
彼はタイマンで契約者を倒し、皆の指示を待って牢を解き放ったのだ。
「腕にナイフ刺さったまんまだからじゃないですか?」
「おォ!? 忘れてたぜェ……抜いとくか」
ソフィアに言われてナイフを引き抜くと血が吹き出し、エルフらがまた後退した。
確認の結果、捕まっていたエルフらの中に闇の気配を漂わせる者はいなかった。シガレットは一対一で契約者を破り、今は気絶した彼女を縄で拘束し背負っていた。
「一応、警戒はしとかねェとな。口封じにネストルを殺す輩がいるかもしれん」
「……そのような事をする者はいない。私達は、彼に救われたのだから」
気絶していた女が目を覚ますと、シガレットは少し驚き。
「よくその様で喋れるな。殺さないようにするのが大変だったんだぜェ」
「慈悲のつもりか? 人間の哀れみで生き永らえた所で、私の尊厳は守られない」
肩を竦めるシガレット。ソフィアは首を傾げ。
「闇の契約者というのは命を捧げる事でしょう。エルフがそこまでして仕える価値のある男ですか?」
「お前には、私がエルフに見えるのか」
ソフィアが眉を潜めたのは、彼女の言わんとする事に感づいたからだ。
エルフに見えるが、エルフではない。シガレットが気づかなかった答えにソフィアが気づけたのは、きっと同じ苦悩を抱えていたからだろう。
帝国軍が遅れて登場し、ネストルを確保する。本格的な取り調べは後回しだが、依頼は成功と言えるだろう。
「やはりこの体では限界があるか……まあ、足手まといにならなかっただけよしとしよう」
「そういえばハジャさんは?」
疲れた様子のヒースの隣で逡巡するジュード。ハジャはリサの傷を気遣っていたが、リサは自分でさっさと治療してしまった。
「うーん、また助けられちゃったね」
「気にする事じゃないさ。仲間だろ?」
「仲間ね~……うん。まあ、アンタは良い奴じゃないし、あたしはジェールトヴァさんみたいに全面的に“信頼”してるわけじゃないけどさ。それでも今までけっこー助けられたんだよね」
この男の気まぐれがなければ成立しない結末も沢山あった。それが現在にも続いている。
「だからね、“信用”はしてるから。ハジャもあたし達を信じてくれると嬉しいな。“仲間”……でしょ?」
「リサちゃん……」
真剣な表情で何かを考え、一歩ハジャが踏み出そうとした時だ。
「ハジャさん? その子、彼氏いるからね?」
「うおおお!? ジュード……いつから後ろに!?」
「え? 比較的ずっといるけど? それより俺の話聞いてた? 既にパートナーがいる人に色目を使っちゃだめだよね?」
笑顔で詰め寄ってくるジュードに後ずさるハジャ。
「俺もね、男の人は大なり小なりそういうものだってわかってるんだけどね? ハジャさんの倫理観には特に興味があるなー?」
「なんだかわからんが落ち着け! 俺はまだ何もしてない!」
「“まだ”?」
青ざめて逃げ出すハジャ。その様子を眺め、ヒースとジェールトヴァは正反対の反応を見せるのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/05/26 08:19:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/21 00:45:50 |