ゲスト
(ka0000)
人形の森
マスター:雪村彩人
オープニング
●
旅の男は、ふと違和感を覚えた。
峠からおりる道。周囲は濃い緑に覆われている。その緑の中、一本の樹木下に、それはいた。
白い衣を纏った少女の人形。木に頼りなげにもたれかけ、あどけない微笑をたたえている。
こんな人気のない森の奥に、なぜ?
不審に思い、旅の男は人形にそろりと歩み寄っていった。それが間違いであった。
拾い上げようと旅の男が手をのばした。その時である。ぎろりと少女人形の目が動いた。緑色の硬玉めいた目が。
ひっと息をひき、旅の男は手をひいた。
「遊びましょ」
人形はいった。
「森に逃げて。わたしが追いかけるから」
「ひっ」
恐怖にかられた旅の男が道にむかって駆け出した。
刹那である。旅の男の耳が切断された。
「そっちじゃない。森に逃げるの。捕まえたら殺しちゃうよ」
人形はけらけらと可笑しそうに嗤った。
●
「少女の姿を模した人形の歪虚を斃してください」
ハンターズソサエティを訪れた町長はいった。
昨日のことだ。人形の姿をした歪虚が旅人を森に追いやった。別の旅人が目撃したのだが、その追いやられた旅人は行方知れずとなっている。おそらくは殺されたのだろう。
「歪虚がいるのは峠からおりてくる街道沿いの木の根元。そこでもたれて獲物を待っているようなのです」
町長は苦しそうに顔をゆがめた。このままでは街道は利用できなくなってしまうだろう。
「街道は他の街との唯一の繋がり。わたしたちに繋がりを取り戻してください」
町長は深々と頭を下げた。
旅の男は、ふと違和感を覚えた。
峠からおりる道。周囲は濃い緑に覆われている。その緑の中、一本の樹木下に、それはいた。
白い衣を纏った少女の人形。木に頼りなげにもたれかけ、あどけない微笑をたたえている。
こんな人気のない森の奥に、なぜ?
不審に思い、旅の男は人形にそろりと歩み寄っていった。それが間違いであった。
拾い上げようと旅の男が手をのばした。その時である。ぎろりと少女人形の目が動いた。緑色の硬玉めいた目が。
ひっと息をひき、旅の男は手をひいた。
「遊びましょ」
人形はいった。
「森に逃げて。わたしが追いかけるから」
「ひっ」
恐怖にかられた旅の男が道にむかって駆け出した。
刹那である。旅の男の耳が切断された。
「そっちじゃない。森に逃げるの。捕まえたら殺しちゃうよ」
人形はけらけらと可笑しそうに嗤った。
●
「少女の姿を模した人形の歪虚を斃してください」
ハンターズソサエティを訪れた町長はいった。
昨日のことだ。人形の姿をした歪虚が旅人を森に追いやった。別の旅人が目撃したのだが、その追いやられた旅人は行方知れずとなっている。おそらくは殺されたのだろう。
「歪虚がいるのは峠からおりてくる街道沿いの木の根元。そこでもたれて獲物を待っているようなのです」
町長は苦しそうに顔をゆがめた。このままでは街道は利用できなくなってしまうだろう。
「街道は他の街との唯一の繋がり。わたしたちに繋がりを取り戻してください」
町長は深々と頭を下げた。
リプレイ本文
●
森は闇に沈んでいた。街道がすでに人の姿はなく、しんと気味悪い静寂が辺りを圧している。
その闇の中、幾つかの光が揺れていた。明かりが放つ光だ。
光はやがて街道から外れ、森の中へと入った。
「お人形遊びするのはいいけど、お人形に遊ばれるのは嫌ねぇ……」
苦く笑ったのは、人間離れした美しい娘であった。
森を貫く街道をゆく彼女の名はアルスレーテ・フュラー(ka6148)。エルフのハンターであった。
「そうだな」
うなずいたザレム・アズール(ka0878)という名の若者は、辺りを見回した。
明かりがあるため、周囲の様子は薄ぼんやりとだが、見える。が、明かりを消したらどうなるか。おそらくは一メートル先の視認すら困難になるだろう。
ザレムの本音としては作戦開始時間は日中が望ましかった。静寂と暗さは作戦にとっての障害になることが多いからだ。
さらにいえば歪虚には暗視能力をもつモノがいる。それが今回のターゲットにあるなら、こちら側が不利となる可能性が高かった。
「しかし動く人形とは、まるで怪談だな」
二十代半ば。長い黒髪を後ろで無造作にまとめた若者がつぶやいた。顔の造作は整っており、美形といえなくもないはずなのだが、どこか眠そうにしているため誰にも気づかれることはない。名は鞍馬 真(ka5819)。
「あはは」
真の言葉に報いたのは、子供の甲高い笑い声であった。
声の主は十二歳の少女。澄んだ、無邪気な蒼い瞳の持ち主で、名を夢路 まよい(ka1328)といった。
「動く人形かあ。こっちに来る前、よくお人形さん遊びしてたの、思いだしちゃうな。だいたいのお人形さんは、遊んでるうちに壊しちゃったんだけどね、ふふっ。今度のお人形さんも、バラバラに壊しちゃっていいんだよね? 楽しそう!」
無邪気に、何の屈託もなく、まよいは笑った。子供というには、あまりに肥大した残酷さがその声には滲んでいる。耳にした者は思わず眉を顰めたくなるような。
「確かに楽しそうだよね」
ふふん、と別の声が笑った。
こちらは大人の声だ。明かりに浮かび上がったのは異様な娘であった。
顔は美しい。が、その額からは角が生えている。鬼であった。
名を骸香(ka6223)というその鬼の娘は期待に瞳を輝かせていた。
相手は歪虚。容赦する必要はなく、存分に嬲ることができる。同じ戦うのなら派手に壊す方が楽しいに決まっていた。
「この辺りかしら」
まよいは足をとめた。直感によれば木陰の多いこの辺りが潜伏に適している。
「そうだね」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)という名の少女がうなずいた。引き締まった肢体の持ち主で、いかにも戦いなれた物腰をもっている。
そのアルトの目は前方の闇を探っていた。そこには潜むに適した大木がある。そこに彼女は潜むつもりであった。
待ち伏せによる奇襲。戦術に長けたアルトはさらなる奇襲を企んでいた。
「それでは」
七人めのハンターが口を開いた。
二十歳ほどの娘。本人はもらさないが鮮やかな青の瞳に、そして端麗な相貌に気品が満ち溢れているところからみて、おそらくは貴族の血をひく者であろう。娘――シルヴィア・オーウェン(ka6372)は真を促した。
「そろそろ人形のところへ参りましょうか。旅の者としては、街道の危険は見逃せませんしね」
ランタンを片手にシルヴィアは背を返した。
●
「……なるほど。確かに、怪談だな」
木陰よりソレを見遣りながら、真はごちた。そしてカンテラを掲げた。
光に異様なモノが浮かび上がっている。人形だ。少女の人形が木にもたれていた。
その様は不気味でありながら、奇妙な美しさをたたえていた。無造作に横たわった人形の儚げな風貌は、照らされたカンテラの光に妖しい影を湛え、華奢な造形はいっそ、憐憫の情すら抱かせた。
「それでも討つ。危険は排除しなければなりません」
シルヴィアは独語した。
例え相手がどのようなモノであり、どのような姿をしていようとも、血と殺意に濡れた忌むべき者はすべからく討つべし。そう決意し、二人のハンターは明かりを手に人形に歩み寄っていった。
近づく光に気づいたか、少女人形――歪虚は顔をあげた。すると二人のハンターはひっと息をひいた。別に驚いたわけではないが、囮はそれらしく振舞わなければならない。
「遊びましょ」
人形はいった。
「森に逃げて。わたしが追いかけるから。捕まえたら殺しちゃうよ」
二人のハンターは慌てた様子で背を返した。森の中にむかって駆け出す。
「あれっ」
起き上がった人形が首を傾げた。
「随分素直ね。それに足も速いし」
怪訝そうに呟く。けれど二人の背が遠くなるのに気づくと、すぐにけらけらと嗤いだした。
「でも足が速い方が楽しめるよね」
すぐに歪虚は二人を追って駆け出した。飛ぶように走る。
ザンッ、ザンッ、と草を踏む音を背後に聞きながら、さすがに真とシルヴィアは顔色をなくしていた。
やはり化物であるのだろう。歪虚は恐ろしく足が速い。すぐにでも追いつかれそうであった。
「遅い。遅いよ」
歪虚が不満げに声をもらした。
瞬間だ。ひゅん、と何かが空を裂く音がした。
「うっ」
真の口から呻きがもれた。その肩が裂けている。歪虚の仕業であった。
「何が起こったのですか」
愕然としてシルヴィアが真に目をむけた。
「わからん」
背をむけていたため真には視認できなかった。ただ何かが空を疾りぬけ、肩を切り裂いたことだけはわかった。
ひゅん。
今度はシルヴィアが呻いた。背が切り裂かれている。シルヴィアがよろけた。
「きみ!」
思わず真が足をとめた。
「大丈夫です」
シルヴィアが再び駆け出した。同時に真も。
ひゅん。
ひゅん。
何かが空を切り裂いた。その度に二人のハンターの身体から鮮血がしぶく。
「このままでは」
真が唇を噛んだ。
刹那である。ひゅん、とまたもや何かが空を切り裂いて疾った。
キイィィィィン。
雷火のような火花が散り、澄んだ金属音が響いた。
「うん?」
立ち止まった少女人形は目を見開いた。獲物であるはずの娘が振り返り、その手の刀身に紋様が刻まれた神秘的な雰囲気の大剣――龍剣、クベラ・ヴァナで彼女の攻撃をはじいたからだ。
が、攻撃はもう一つあった。別の刃がシルヴィアを襲っている。
刹那である。紫電が散り、少女人形の攻撃がはじかれた。光の障壁によって。
「鬼ごっこは終わりだ!」
燃えるように赤い刀身を持つ直剣――バーンブレイドを引っさげ、殺気の主であるザレムはいった。
●
「へえ」
可愛らしい感嘆の声が響いた。
声の主は闇の中にあっても銀色に輝く髪の少女。札抜 シロ(ka6328)であった。
「髪が武器とは凄いの!」
シロは見とめていたのだ。少女人形の髪が刃と変じて翻ったのを。
その眼前、がくりと真とシルヴィアは膝を折った。全身、血にまみれている。
「大丈夫?」
アルスレーテが二人の傷を調べた。全身が軽く切り裂かれている。殺さぬようにという悪魔的な配慮だ。嫌悪に顔をしかめたアルスレーテの瞳が極星の如く蒼く光った。真の傷が見る間に癒えていく。
と、シルヴィアの瞳も淡く輝いた。するとその身が白い燐光に包まれ、傷が癒えていった。驚くべきことに彼女は体内のマテリアルを活性化させ、自らの傷を回復させることが可能なのだった。
「何なの、お前ら?」
闇の中、軋るような声がした。すると光が闇を切り裂いた。ハンターたちが明かりを解き放ったのである。その光に浮かび上がったのは悪鬼のごとくゆがんだ少女人形の顔であった。
「ハンターだよ」
くく、と骸香が笑った。
「人形なら人形らしくしてれば殺されなくてすんだのに」
「誰が誰を殺すだぁ、馬鹿が」
ふん、と少女人形は鼻を鳴らした。
「ハンターか何だか知らないけど、数を揃えれば勝てると思ってるの? 玩具の分際で」
「玩具はどっちなのかな?」
くすくすとまよいが笑った。無邪気に、残酷に。
刹那だ。少女人形が動いた。微笑をうかべた少女人形の長い髪がさらに伸び、それは禍々しき刃となりて、まよいを襲った。
「くっ」
髪を注視していたために深く斬られることこそなかったものの、まよいの想像以上に素早く疾る髪の刃に、まよいは戦慄した。
「やるのね」
シロの手にトランプのカードが現出した。いつ取り出したのか、わからない。まるで魔法のような手並みであった。
「さあ、ショータイムの始まりなの! 観客の人が少ないのが残念だけど、あたしの符術をここにお披露目するの」
シロの手から蝶が飛び立った。それは光の弾丸だ。着弾の衝撃に少女人形が微かに震えた。
「ここで逃がすわけにはいかないんだよね」
骸香の身が沈んだ。同時にその手が閃く。光をはじいたのはその手のダガー――刃の中央に輝く龍鉱石がはめられた短剣、アンスタンフォスだ。
が、少女人形の髪がまたもや疾った。アンスタンフォスの刃をはじく。
少女人形の動きはあくまで緩やかであった。が、その髪は伸縮自在、そして疾風の速さをもっている。
その時だ。傷の癒えた真が踏み込んだ。ドンッ、と地が鳴動する激烈迅速な踏み込みである。同時に抜きうった日本刀が唸りをあげた。
試作振動刀「オートMURAMASA」。柄に特殊モーターを搭載した日本刀である。軍で試作された特殊な刀で、攻撃の瞬間に超音波の振動を刃に流し、切れ味を増さしめるという代物だ。なんで少女人形がたまろうか。人形の脇腹が切り裂かれ、みしり、と何かがひび割れた音が響いた。が、少女人形はそれでも顔色一つ変えない。それは敵がまさしく人外のものであるという言いようの無い不気味さが、あった。
と、少女人形の口がゆがんだ。笑った、とハンターたちが認識するより早く、少女人形の髪が唸った。
――ただの人形なら、部屋に飾って遊んであげるのに。
同じように笑ったのはまよいであった。その瞳が煌き、突風に吹かれたように髪が翻り――空で火花が散り、少女人形の髪が躍った。まよいの放った風がはじいたのである。いや――。
風は少女人形の顔をも切り裂いていた。その目から、一筋の雫がこぼれている。
涙? それとも血なのかな。
そうまよいが思った瞬間だ。少女人形の別の髪が疾り、禍々しき刃と変じてまよいを襲った。
「退れ!」
ザレムが叫んだ。が、その叫びの響きが消えぬ間に少女人形の髪がまよいの小さな身体を切り裂いた。さらに追い討ちをかけんと足を出した少女人形だったが、その動きはシロの放った符によって止められた。蝶に似た光弾が少女人形の腹をすぐる。ソレの視線が周囲を見回したのに気づき、骸香は少女人形の逃走経路となりうる穴を埋めるべく、すばやく動いた。
その時である。
ザンッ、と草を鳴らし、人影が飛び出した。アルトである。
アルトは無防備に眼前で背を向けた少女人形に向けて駆け、その得物――オートMURAMASAを目にもとまらぬ速さでたばしらせた。
それは柄に護拳を付け、それに合うよう外装を変更。 のみならず筋力から指の長さなどの身体的特徴、体捌きの癖などの技術的特徴までをも考慮しバランス調整を施した専用の一刀だ。なんで逃そう。疾風のように走り抜けざま、少女人形の身を易々と裂いた。
しぶくものは黒血。やはり可憐に見えようとも、やはり少女人形は化生であった。地をえぐって急制動、振り向いたアルトの顔がしかめられる。
「あがが」
少女人形がよろけた。
次の瞬間である。化鳥のような叫びをあげ、少女人形は髪を旋回させた。
反射的にハンターたちは跳び退った。が、間に合わない。数人、髪に斬られた。
「逃がしはしないよ」
身を反転させた少女人形に、瞬間移動したとしか思えぬ素早さで骸香が迫った。草を散らし、颶風と化して肉薄すると蹴りを放つ。鞭のようにしなった脚が少女人形の腹にぶち込まれた。その一撃には何の迷いもない。むしろ骸香の顔には笑すらうかんでいる。
が、それでも少女人形は倒れない。滑らかな頬は黒血に濡れ、体は半ば崩れているというのに。その強靭さはやはり化物のものであった。さすがにハンターたちの顔に疲労の色が濃く滲んだ。
「……なんというしぶとさ」
呆れたように呻き、ついでシルヴィアは豹のように襲った。マテリアルを流し込んみ、常ならぬ輝きを帯びさせたクベラ・ヴァナを疾らせる。威力を増加させたその一撃は陶器に似た少女人形の皮膚を散らし、ソレの腕をばさりと切り落とした。切り口から覗く少女人形の内部は暗黒であった。漆黒の血がどろりと溢れ出す。
ようやく少女人形の顔から笑みが消えた。
瞬間、少女人形が跳んだ。物理法則を無視した驚異的な跳躍。が――。
少女人形が地に叩きつけられた。その足に白い鞭が巻き付いている。ザレムだ。
「終わらせてやるぞ」
ザレムが跳んだ。十メートル近い距離を何の予備動作もみせず、一気に。彼はマテリアルを足の装備から噴射し、ジャンプしているのだった。
倒れたままの少女人形めがけ、ザレムは燃えるように赤い刀身を振り下ろした。陶磁を思わす少女人形の腹をざくりと貫く。一拍おいて、粘液状の黒血が噴きだし、ザレムの顔を黒く汚した。
めきり。
腹を貫かれたまま、少女人形が身を起こした。思いの外速い動きで、曲げた指をザレムの首に絡ませる。万力のような力がザレムの首を締め上げた。
と――。
突如、少女人形の指がゆるんだ。その白磁の胸から手刀が突き出ている。背後から抜き手を叩き込んだ者がいるのだ。
「遊びは終わりよ」
手刀の主――アルスレーテは囁くような声で告げた。
「く」
あくまで白い顔の中、桃色の蕾のような唇がかすかに動いた。
く――。
何をいおうとしたのか、わからない。それは近くにいたアルスレーテにも聞き取れぬものであった。そして、それは小さな、本当に小さな声をこぼしたのを、ローザマリアは聞いた。
「……あなたは大きな間違いをおかした。人形は遊ぶものじゃなくて、遊ばれるものなのよ」
硬質の肌からアルスレーテは黒血にまみれた腕を引き抜いた。すると、わずかに遅れて少女人形の細い身体が崩折れた。そして二度と起き上がることはなかった。
その後のことである。
ハンターたちはなおも森に分け行った。目的は被害者の捜索である。
暗い森の中である。捜索は困難を極めた。が、諦める者は一人たりとていない。彼らの胸に失望や絶望の文字はなかったからである。
夜明け近く。ようやくハンターたちは被害者の骸を見出した。
どのような者であったか。どのように生きてきたのか。無論、ハンターたちにはわからない。しかし、愛する者がいたに違いなかった。大事そうにネックレスを懐にしまっていたからである。
その想いとネックレスを届けるべく、ハンターたちは森を後にした。
森は闇に沈んでいた。街道がすでに人の姿はなく、しんと気味悪い静寂が辺りを圧している。
その闇の中、幾つかの光が揺れていた。明かりが放つ光だ。
光はやがて街道から外れ、森の中へと入った。
「お人形遊びするのはいいけど、お人形に遊ばれるのは嫌ねぇ……」
苦く笑ったのは、人間離れした美しい娘であった。
森を貫く街道をゆく彼女の名はアルスレーテ・フュラー(ka6148)。エルフのハンターであった。
「そうだな」
うなずいたザレム・アズール(ka0878)という名の若者は、辺りを見回した。
明かりがあるため、周囲の様子は薄ぼんやりとだが、見える。が、明かりを消したらどうなるか。おそらくは一メートル先の視認すら困難になるだろう。
ザレムの本音としては作戦開始時間は日中が望ましかった。静寂と暗さは作戦にとっての障害になることが多いからだ。
さらにいえば歪虚には暗視能力をもつモノがいる。それが今回のターゲットにあるなら、こちら側が不利となる可能性が高かった。
「しかし動く人形とは、まるで怪談だな」
二十代半ば。長い黒髪を後ろで無造作にまとめた若者がつぶやいた。顔の造作は整っており、美形といえなくもないはずなのだが、どこか眠そうにしているため誰にも気づかれることはない。名は鞍馬 真(ka5819)。
「あはは」
真の言葉に報いたのは、子供の甲高い笑い声であった。
声の主は十二歳の少女。澄んだ、無邪気な蒼い瞳の持ち主で、名を夢路 まよい(ka1328)といった。
「動く人形かあ。こっちに来る前、よくお人形さん遊びしてたの、思いだしちゃうな。だいたいのお人形さんは、遊んでるうちに壊しちゃったんだけどね、ふふっ。今度のお人形さんも、バラバラに壊しちゃっていいんだよね? 楽しそう!」
無邪気に、何の屈託もなく、まよいは笑った。子供というには、あまりに肥大した残酷さがその声には滲んでいる。耳にした者は思わず眉を顰めたくなるような。
「確かに楽しそうだよね」
ふふん、と別の声が笑った。
こちらは大人の声だ。明かりに浮かび上がったのは異様な娘であった。
顔は美しい。が、その額からは角が生えている。鬼であった。
名を骸香(ka6223)というその鬼の娘は期待に瞳を輝かせていた。
相手は歪虚。容赦する必要はなく、存分に嬲ることができる。同じ戦うのなら派手に壊す方が楽しいに決まっていた。
「この辺りかしら」
まよいは足をとめた。直感によれば木陰の多いこの辺りが潜伏に適している。
「そうだね」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)という名の少女がうなずいた。引き締まった肢体の持ち主で、いかにも戦いなれた物腰をもっている。
そのアルトの目は前方の闇を探っていた。そこには潜むに適した大木がある。そこに彼女は潜むつもりであった。
待ち伏せによる奇襲。戦術に長けたアルトはさらなる奇襲を企んでいた。
「それでは」
七人めのハンターが口を開いた。
二十歳ほどの娘。本人はもらさないが鮮やかな青の瞳に、そして端麗な相貌に気品が満ち溢れているところからみて、おそらくは貴族の血をひく者であろう。娘――シルヴィア・オーウェン(ka6372)は真を促した。
「そろそろ人形のところへ参りましょうか。旅の者としては、街道の危険は見逃せませんしね」
ランタンを片手にシルヴィアは背を返した。
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「……なるほど。確かに、怪談だな」
木陰よりソレを見遣りながら、真はごちた。そしてカンテラを掲げた。
光に異様なモノが浮かび上がっている。人形だ。少女の人形が木にもたれていた。
その様は不気味でありながら、奇妙な美しさをたたえていた。無造作に横たわった人形の儚げな風貌は、照らされたカンテラの光に妖しい影を湛え、華奢な造形はいっそ、憐憫の情すら抱かせた。
「それでも討つ。危険は排除しなければなりません」
シルヴィアは独語した。
例え相手がどのようなモノであり、どのような姿をしていようとも、血と殺意に濡れた忌むべき者はすべからく討つべし。そう決意し、二人のハンターは明かりを手に人形に歩み寄っていった。
近づく光に気づいたか、少女人形――歪虚は顔をあげた。すると二人のハンターはひっと息をひいた。別に驚いたわけではないが、囮はそれらしく振舞わなければならない。
「遊びましょ」
人形はいった。
「森に逃げて。わたしが追いかけるから。捕まえたら殺しちゃうよ」
二人のハンターは慌てた様子で背を返した。森の中にむかって駆け出す。
「あれっ」
起き上がった人形が首を傾げた。
「随分素直ね。それに足も速いし」
怪訝そうに呟く。けれど二人の背が遠くなるのに気づくと、すぐにけらけらと嗤いだした。
「でも足が速い方が楽しめるよね」
すぐに歪虚は二人を追って駆け出した。飛ぶように走る。
ザンッ、ザンッ、と草を踏む音を背後に聞きながら、さすがに真とシルヴィアは顔色をなくしていた。
やはり化物であるのだろう。歪虚は恐ろしく足が速い。すぐにでも追いつかれそうであった。
「遅い。遅いよ」
歪虚が不満げに声をもらした。
瞬間だ。ひゅん、と何かが空を裂く音がした。
「うっ」
真の口から呻きがもれた。その肩が裂けている。歪虚の仕業であった。
「何が起こったのですか」
愕然としてシルヴィアが真に目をむけた。
「わからん」
背をむけていたため真には視認できなかった。ただ何かが空を疾りぬけ、肩を切り裂いたことだけはわかった。
ひゅん。
今度はシルヴィアが呻いた。背が切り裂かれている。シルヴィアがよろけた。
「きみ!」
思わず真が足をとめた。
「大丈夫です」
シルヴィアが再び駆け出した。同時に真も。
ひゅん。
ひゅん。
何かが空を切り裂いた。その度に二人のハンターの身体から鮮血がしぶく。
「このままでは」
真が唇を噛んだ。
刹那である。ひゅん、とまたもや何かが空を切り裂いて疾った。
キイィィィィン。
雷火のような火花が散り、澄んだ金属音が響いた。
「うん?」
立ち止まった少女人形は目を見開いた。獲物であるはずの娘が振り返り、その手の刀身に紋様が刻まれた神秘的な雰囲気の大剣――龍剣、クベラ・ヴァナで彼女の攻撃をはじいたからだ。
が、攻撃はもう一つあった。別の刃がシルヴィアを襲っている。
刹那である。紫電が散り、少女人形の攻撃がはじかれた。光の障壁によって。
「鬼ごっこは終わりだ!」
燃えるように赤い刀身を持つ直剣――バーンブレイドを引っさげ、殺気の主であるザレムはいった。
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「へえ」
可愛らしい感嘆の声が響いた。
声の主は闇の中にあっても銀色に輝く髪の少女。札抜 シロ(ka6328)であった。
「髪が武器とは凄いの!」
シロは見とめていたのだ。少女人形の髪が刃と変じて翻ったのを。
その眼前、がくりと真とシルヴィアは膝を折った。全身、血にまみれている。
「大丈夫?」
アルスレーテが二人の傷を調べた。全身が軽く切り裂かれている。殺さぬようにという悪魔的な配慮だ。嫌悪に顔をしかめたアルスレーテの瞳が極星の如く蒼く光った。真の傷が見る間に癒えていく。
と、シルヴィアの瞳も淡く輝いた。するとその身が白い燐光に包まれ、傷が癒えていった。驚くべきことに彼女は体内のマテリアルを活性化させ、自らの傷を回復させることが可能なのだった。
「何なの、お前ら?」
闇の中、軋るような声がした。すると光が闇を切り裂いた。ハンターたちが明かりを解き放ったのである。その光に浮かび上がったのは悪鬼のごとくゆがんだ少女人形の顔であった。
「ハンターだよ」
くく、と骸香が笑った。
「人形なら人形らしくしてれば殺されなくてすんだのに」
「誰が誰を殺すだぁ、馬鹿が」
ふん、と少女人形は鼻を鳴らした。
「ハンターか何だか知らないけど、数を揃えれば勝てると思ってるの? 玩具の分際で」
「玩具はどっちなのかな?」
くすくすとまよいが笑った。無邪気に、残酷に。
刹那だ。少女人形が動いた。微笑をうかべた少女人形の長い髪がさらに伸び、それは禍々しき刃となりて、まよいを襲った。
「くっ」
髪を注視していたために深く斬られることこそなかったものの、まよいの想像以上に素早く疾る髪の刃に、まよいは戦慄した。
「やるのね」
シロの手にトランプのカードが現出した。いつ取り出したのか、わからない。まるで魔法のような手並みであった。
「さあ、ショータイムの始まりなの! 観客の人が少ないのが残念だけど、あたしの符術をここにお披露目するの」
シロの手から蝶が飛び立った。それは光の弾丸だ。着弾の衝撃に少女人形が微かに震えた。
「ここで逃がすわけにはいかないんだよね」
骸香の身が沈んだ。同時にその手が閃く。光をはじいたのはその手のダガー――刃の中央に輝く龍鉱石がはめられた短剣、アンスタンフォスだ。
が、少女人形の髪がまたもや疾った。アンスタンフォスの刃をはじく。
少女人形の動きはあくまで緩やかであった。が、その髪は伸縮自在、そして疾風の速さをもっている。
その時だ。傷の癒えた真が踏み込んだ。ドンッ、と地が鳴動する激烈迅速な踏み込みである。同時に抜きうった日本刀が唸りをあげた。
試作振動刀「オートMURAMASA」。柄に特殊モーターを搭載した日本刀である。軍で試作された特殊な刀で、攻撃の瞬間に超音波の振動を刃に流し、切れ味を増さしめるという代物だ。なんで少女人形がたまろうか。人形の脇腹が切り裂かれ、みしり、と何かがひび割れた音が響いた。が、少女人形はそれでも顔色一つ変えない。それは敵がまさしく人外のものであるという言いようの無い不気味さが、あった。
と、少女人形の口がゆがんだ。笑った、とハンターたちが認識するより早く、少女人形の髪が唸った。
――ただの人形なら、部屋に飾って遊んであげるのに。
同じように笑ったのはまよいであった。その瞳が煌き、突風に吹かれたように髪が翻り――空で火花が散り、少女人形の髪が躍った。まよいの放った風がはじいたのである。いや――。
風は少女人形の顔をも切り裂いていた。その目から、一筋の雫がこぼれている。
涙? それとも血なのかな。
そうまよいが思った瞬間だ。少女人形の別の髪が疾り、禍々しき刃と変じてまよいを襲った。
「退れ!」
ザレムが叫んだ。が、その叫びの響きが消えぬ間に少女人形の髪がまよいの小さな身体を切り裂いた。さらに追い討ちをかけんと足を出した少女人形だったが、その動きはシロの放った符によって止められた。蝶に似た光弾が少女人形の腹をすぐる。ソレの視線が周囲を見回したのに気づき、骸香は少女人形の逃走経路となりうる穴を埋めるべく、すばやく動いた。
その時である。
ザンッ、と草を鳴らし、人影が飛び出した。アルトである。
アルトは無防備に眼前で背を向けた少女人形に向けて駆け、その得物――オートMURAMASAを目にもとまらぬ速さでたばしらせた。
それは柄に護拳を付け、それに合うよう外装を変更。 のみならず筋力から指の長さなどの身体的特徴、体捌きの癖などの技術的特徴までをも考慮しバランス調整を施した専用の一刀だ。なんで逃そう。疾風のように走り抜けざま、少女人形の身を易々と裂いた。
しぶくものは黒血。やはり可憐に見えようとも、やはり少女人形は化生であった。地をえぐって急制動、振り向いたアルトの顔がしかめられる。
「あがが」
少女人形がよろけた。
次の瞬間である。化鳥のような叫びをあげ、少女人形は髪を旋回させた。
反射的にハンターたちは跳び退った。が、間に合わない。数人、髪に斬られた。
「逃がしはしないよ」
身を反転させた少女人形に、瞬間移動したとしか思えぬ素早さで骸香が迫った。草を散らし、颶風と化して肉薄すると蹴りを放つ。鞭のようにしなった脚が少女人形の腹にぶち込まれた。その一撃には何の迷いもない。むしろ骸香の顔には笑すらうかんでいる。
が、それでも少女人形は倒れない。滑らかな頬は黒血に濡れ、体は半ば崩れているというのに。その強靭さはやはり化物のものであった。さすがにハンターたちの顔に疲労の色が濃く滲んだ。
「……なんというしぶとさ」
呆れたように呻き、ついでシルヴィアは豹のように襲った。マテリアルを流し込んみ、常ならぬ輝きを帯びさせたクベラ・ヴァナを疾らせる。威力を増加させたその一撃は陶器に似た少女人形の皮膚を散らし、ソレの腕をばさりと切り落とした。切り口から覗く少女人形の内部は暗黒であった。漆黒の血がどろりと溢れ出す。
ようやく少女人形の顔から笑みが消えた。
瞬間、少女人形が跳んだ。物理法則を無視した驚異的な跳躍。が――。
少女人形が地に叩きつけられた。その足に白い鞭が巻き付いている。ザレムだ。
「終わらせてやるぞ」
ザレムが跳んだ。十メートル近い距離を何の予備動作もみせず、一気に。彼はマテリアルを足の装備から噴射し、ジャンプしているのだった。
倒れたままの少女人形めがけ、ザレムは燃えるように赤い刀身を振り下ろした。陶磁を思わす少女人形の腹をざくりと貫く。一拍おいて、粘液状の黒血が噴きだし、ザレムの顔を黒く汚した。
めきり。
腹を貫かれたまま、少女人形が身を起こした。思いの外速い動きで、曲げた指をザレムの首に絡ませる。万力のような力がザレムの首を締め上げた。
と――。
突如、少女人形の指がゆるんだ。その白磁の胸から手刀が突き出ている。背後から抜き手を叩き込んだ者がいるのだ。
「遊びは終わりよ」
手刀の主――アルスレーテは囁くような声で告げた。
「く」
あくまで白い顔の中、桃色の蕾のような唇がかすかに動いた。
く――。
何をいおうとしたのか、わからない。それは近くにいたアルスレーテにも聞き取れぬものであった。そして、それは小さな、本当に小さな声をこぼしたのを、ローザマリアは聞いた。
「……あなたは大きな間違いをおかした。人形は遊ぶものじゃなくて、遊ばれるものなのよ」
硬質の肌からアルスレーテは黒血にまみれた腕を引き抜いた。すると、わずかに遅れて少女人形の細い身体が崩折れた。そして二度と起き上がることはなかった。
その後のことである。
ハンターたちはなおも森に分け行った。目的は被害者の捜索である。
暗い森の中である。捜索は困難を極めた。が、諦める者は一人たりとていない。彼らの胸に失望や絶望の文字はなかったからである。
夜明け近く。ようやくハンターたちは被害者の骸を見出した。
どのような者であったか。どのように生きてきたのか。無論、ハンターたちにはわからない。しかし、愛する者がいたに違いなかった。大事そうにネックレスを懐にしまっていたからである。
その想いとネックレスを届けるべく、ハンターたちは森を後にした。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/20 22:09:40 |
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作戦相談卓 札抜 シロ(ka6328) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2016/06/21 07:39:17 |