ゲスト
(ka0000)
【刻令】ディスカバリー・ゲーム
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/24 09:00
- 完成日
- 2016/07/04 08:11
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●――王国歴1015年2月頃
辺境において、マギア砦を巡る戦いを繰り広げられている時、王国北西部に位置するフレッサ領に歪虚が突如として侵攻してきた。
騎士団の不手際ではない。黒大公ベリアルとその軍勢を退けたのは、その前年の秋の事。損害を被ったのは王国だけではなく、歪虚勢力も同様であった。
「このままだと、奪われる。秘宝が、我が村の秘宝が……」
フレッサの町から離れた場所に位置する小さい村も歪虚による襲撃を受けていた。
全身に深い傷を負いながらも、村長はある場所に向かっていた。
「歪虚は、秘宝の事を、詳しくは、知らない……はず」
村は全滅だ。
だが、ここで終わらせる訳にはいかない。
「秘宝は、村の大事な秘宝は……」
ようやくにして村長は氷室へと到着した。
ぐっと体内に残った力を振り絞り、氷室の扉を開けた――。
●フラグ
「俺達の想いの力、受け取れ!」
赤い髪の男が振るってきた魔導機械武器を受け返す。だが、その反動で繰り出された回し蹴りが身体を直撃し、ネル・ベル(kz0082)は間合いを取った。
間髪入れずに剣を突き出て踏み込む。その一撃は、確かに男の首元を貫くはずだった。
(これは……?)
男が身に着けていたクリスタルのネックレスが光ったと思った瞬間、マテリアルが強く感じられた。
ネル・ベルの剣は紙一重の所で避けられてしまった。
湾曲した刀の中に映像として、その時の事を回想していた歪虚は刀――『虚月』――を降ろした。
思う事があって回想していた。
「やはり、あの戦いの時には、既に秘宝は解放されていたという事か……」
それであれば、戦いの後、一帯を探しても見つからないはずだ。
王国内でも秘宝を探しているという情報が入った。
「ブラフに引っかかりおって、情けない。所詮はクズの集まりだな」
秘宝探しは、同様に秘宝を探す王国の騎士よりも先に進んでいたはずだ。
だが、偽の情報に引っかかり、ありもしない秘宝が見つかったと無駄な動きが目立った。
その為、傀儡であるフレッサ領主経由の情報網は、もはや、どれが本物で、どれが嘘か分からない機能不全の状態に陥っている。
「『軍師騎士』ノセヤ……厄介な存在になる前に、抹殺しておかなければな……」
直接、手を下すつもりはない。それは、頭脳戦で負けた事を意味するからだ。
となれば、壊滅的な敗北と合わせて、この騎士に死を与える事が、この戦いの決着というもの。
「いかがなさいますか?」
暗闇から一人の翁が姿を現した。
「七本槍では荷が重いか……オキナ、例の人間、さっそく、使わせて貰うぞ」
「……御意」
仰々しく頭を下げたオキナ。
その脇には殺気を放つ青年が居た。ハンター達に対して復讐したい申し出て来た者だ。
「名前は捨てたと言ったな。なら、この私から貴様に名を授けよう……そうだな、ヴァンジェアンスと名乗れ。リアルブルーの言葉で“復讐”を意味するそうだ」
●秘宝を求めて
『軍師騎士』ノセヤは、いくつもの報告書に目を通していた。
最大の関心事は、『光を刈り取る蜘蛛』メフィスト(kz0178)に関する内容だった。
王国に大きな傷跡を残した『黒大公』べリアルに匹敵するのではないかという強力な歪虚である。
「東方では歪虚王を、帝国と赤き大地で、ガエル・ソト、ハイルタイ、レチタティーヴォ、テオフィルスといった十三魔を人類は破ってきた……」
結果だけ見れば確実に歪虚勢力にダメージを与えているはずだ。
それだとしても俄然として歪虚は脅威である。一つの危機を乗り越えても、また、次の危機が訪れる。
「民の疲弊も大きい……だから、こそ……目に見える希望がいる」
王国初となる全通甲板の巨大な刻令術式外輪船。
馬車をそのまま乗降できるだけではなく、移動基地としても使える機能が満載されている。
艤装の準備は整いつつあるが、最大の懸案事項が残っていた。
「刻令術の動力源となるマテリアルの確保……『聖火の氷』……」
ノセヤにはその正体がある程度予測できていた。
だから、準備に時間を要した。その秘宝を運ぶ為の準備――そして、必ずあるはずの歪虚の襲撃に備えの為。
「頼みました。ハンターの皆さん」
一つの依頼書に目を向けながら、ノセヤは呟いた。
辺境において、マギア砦を巡る戦いを繰り広げられている時、王国北西部に位置するフレッサ領に歪虚が突如として侵攻してきた。
騎士団の不手際ではない。黒大公ベリアルとその軍勢を退けたのは、その前年の秋の事。損害を被ったのは王国だけではなく、歪虚勢力も同様であった。
「このままだと、奪われる。秘宝が、我が村の秘宝が……」
フレッサの町から離れた場所に位置する小さい村も歪虚による襲撃を受けていた。
全身に深い傷を負いながらも、村長はある場所に向かっていた。
「歪虚は、秘宝の事を、詳しくは、知らない……はず」
村は全滅だ。
だが、ここで終わらせる訳にはいかない。
「秘宝は、村の大事な秘宝は……」
ようやくにして村長は氷室へと到着した。
ぐっと体内に残った力を振り絞り、氷室の扉を開けた――。
●フラグ
「俺達の想いの力、受け取れ!」
赤い髪の男が振るってきた魔導機械武器を受け返す。だが、その反動で繰り出された回し蹴りが身体を直撃し、ネル・ベル(kz0082)は間合いを取った。
間髪入れずに剣を突き出て踏み込む。その一撃は、確かに男の首元を貫くはずだった。
(これは……?)
男が身に着けていたクリスタルのネックレスが光ったと思った瞬間、マテリアルが強く感じられた。
ネル・ベルの剣は紙一重の所で避けられてしまった。
湾曲した刀の中に映像として、その時の事を回想していた歪虚は刀――『虚月』――を降ろした。
思う事があって回想していた。
「やはり、あの戦いの時には、既に秘宝は解放されていたという事か……」
それであれば、戦いの後、一帯を探しても見つからないはずだ。
王国内でも秘宝を探しているという情報が入った。
「ブラフに引っかかりおって、情けない。所詮はクズの集まりだな」
秘宝探しは、同様に秘宝を探す王国の騎士よりも先に進んでいたはずだ。
だが、偽の情報に引っかかり、ありもしない秘宝が見つかったと無駄な動きが目立った。
その為、傀儡であるフレッサ領主経由の情報網は、もはや、どれが本物で、どれが嘘か分からない機能不全の状態に陥っている。
「『軍師騎士』ノセヤ……厄介な存在になる前に、抹殺しておかなければな……」
直接、手を下すつもりはない。それは、頭脳戦で負けた事を意味するからだ。
となれば、壊滅的な敗北と合わせて、この騎士に死を与える事が、この戦いの決着というもの。
「いかがなさいますか?」
暗闇から一人の翁が姿を現した。
「七本槍では荷が重いか……オキナ、例の人間、さっそく、使わせて貰うぞ」
「……御意」
仰々しく頭を下げたオキナ。
その脇には殺気を放つ青年が居た。ハンター達に対して復讐したい申し出て来た者だ。
「名前は捨てたと言ったな。なら、この私から貴様に名を授けよう……そうだな、ヴァンジェアンスと名乗れ。リアルブルーの言葉で“復讐”を意味するそうだ」
●秘宝を求めて
『軍師騎士』ノセヤは、いくつもの報告書に目を通していた。
最大の関心事は、『光を刈り取る蜘蛛』メフィスト(kz0178)に関する内容だった。
王国に大きな傷跡を残した『黒大公』べリアルに匹敵するのではないかという強力な歪虚である。
「東方では歪虚王を、帝国と赤き大地で、ガエル・ソト、ハイルタイ、レチタティーヴォ、テオフィルスといった十三魔を人類は破ってきた……」
結果だけ見れば確実に歪虚勢力にダメージを与えているはずだ。
それだとしても俄然として歪虚は脅威である。一つの危機を乗り越えても、また、次の危機が訪れる。
「民の疲弊も大きい……だから、こそ……目に見える希望がいる」
王国初となる全通甲板の巨大な刻令術式外輪船。
馬車をそのまま乗降できるだけではなく、移動基地としても使える機能が満載されている。
艤装の準備は整いつつあるが、最大の懸案事項が残っていた。
「刻令術の動力源となるマテリアルの確保……『聖火の氷』……」
ノセヤにはその正体がある程度予測できていた。
だから、準備に時間を要した。その秘宝を運ぶ為の準備――そして、必ずあるはずの歪虚の襲撃に備えの為。
「頼みました。ハンターの皆さん」
一つの依頼書に目を向けながら、ノセヤは呟いた。
リプレイ本文
●宿命
周囲の安全を確認する為、大峡谷周囲の森の中へと踏み入った小鳥遊 時雨(ka4921)は、傲慢の歪虚ネル・ベル(kz0082)と対峙していた。
「……ちゃんと話すのは、初めまして。小鳥遊時雨だよん」
武器を構える事もせず時雨は歪虚に話しかける。
「今は、戦う気は無い……という事か。何の用だ、小娘?」
一方の歪虚は警戒心剥き出しだ。
研ぎ澄まされた負のマテリアルを周囲に発しているようでもある。
「ここで逢ったのも何かの縁。“お願い”が、あるんだけど、聞いてくれる?」
「聞くだけならいいだろう」
歪虚は構えていた剣を下ろした。
「堕落者の契約を……私と……」
絞り出すように言った言葉。
理由を一つ一つ説明して続ける間、歪虚は表情を変えずに聞いているようでもあった。
「無理、だな」
時雨の話が終わった後、歪虚の返事はそれだった。
「理由は様々だが、一番は、貴様が同族を裏切る事だ。傲慢――アイテルカイト――は、決して裏切り者を許さない。例え、敵であっても、仲間や同族を裏切るような者を、私は自分の配下にはしない」
「それなら、ズールや七本槍は?」
「奴らは、『世間に裏切られた』存在だからだ」
話は終わりと言う事なのだろうか。歪虚が剣を出現させた。
だが、それでも戦う気配を見せない時雨に歪虚は言い放った。
「……ノゾミを私の所に連れてきたら、考えない事もないぞ」
その言葉に時雨は驚きの表情を浮かべた。
緑髪の少女は死んでいる事になっているからだ。
「この私が気がつかないとでも思ったか?」
「ノゾミをどうするつもりなの?」
先程とは打って変わって、時雨の眼光に殺気がこもる。
「言っただろう。傲慢は決して、裏切り者を許さない――と」
それだけ言い残し、歪虚は掻き消えるように居なくなったのであった。
●ディスカバリー・ゲーム
「冒険団のニンジャがもたらしてくれた情報だもん。冒険家として、今度こそ秘宝を手に入れるよ!」
眩しいほどの笑顔を見せて時音 ざくろ(ka1250)が一行に呼び掛けた。
『聖火の氷』――その答えにたどり着くまでの紆余曲折。それが、いよいよ、終着点へと辿り着こうとしている。
「この下に、例のものが、ある訳、か……」
「前回の探索で、入口は見つかってますからね」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)とUisca Amhran(ka0754)が大峡谷の崖から身を乗り出して崖を確認していた。
ロープで慎重に降りる必要はあるだろう。
なにしろ、底が全く見えない大峡谷である。万が一、落下しようものなら命はないだろう。
「私は周囲を警戒しておくね」
チャクラムをくるくると回しながら時雨は言った。
歪虚勢力が狙っているタイミングがあるとしたら、洞窟への移動時かと思ったからだ。
ロープの強度を確認し、ショットアンカーの調子も整え、十色 エニア(ka0370)が一番に崖を降りる。
「わたしが先に行くよ」
万が一の時は、魔法やアンカーを駆使して落下を防ぐ為だ。
洞窟に降りる為のロープが何本か垂れているが、これはざくろの機転だ。なにかあった時の予備……という事である。
「他に秘宝を狙ってる奴もいる。用心はし過ぎても損はないよね……あぁ、大穴の奥に、秘宝が、か~。正に冒険!」
エニアが降りる様子を確認しながら、ざくろの心中は冒険の事で頭がいっぱいだった。
まずは、雑魔退治。その後、鍾乳洞の中を進む事になる。
「わしも降りるかのう」
疾影士らしい軽快な動きで星輝 Amhran(ka0724)も崖を降りる。
洞窟の入り口ではエニアが大鎌を構えて周囲を警戒していた。星輝は最後の距離を崖を蹴って反動をつけると、身軽に洞窟内へと飛び込む。
「来そうな気配がない……読みが外れたか」
「襲撃してくるなら、このタイミングなんだけどね」
戦いにくい状況と地形である。
崖上から仲間の声が聞こえてきた。洞窟から顔を出して見上げるとUiscaが見える。
「エニアは、この先にいる雑魔を警戒しておれ」
それだけ言うと苦笑を浮かべて最愛の妹を見守る。
ドレスで降りようものなら、色々と見えてしまいそうで危ないではないかと思う。。
「いざとなったら、ワイヤーでと思いましたが、必要なかったみたいです、キララ姉さま」
「う、うむ。それで良いのじゃ」
入口で妹を受け止めながら応えた。
次は、オウカが降りて来るようだ。
トランシーバーを崖上で待つ仲間から受け取って、慎重にロープを伝って降りる。
「ざくろも、いいぞ」
洞窟の入口に付き、上を見上げて呼び掛けた。
ざくろは嬉々とした表情で深く頷くと、時雨に声を掛けてから命綱用のロープを身体に繋ぐ。
「それじゃ、時雨。ざくろは先に行くけど、気をつけて降りてね」
「うん。ありがとう」
冒険家らしい慣れた手付きでざくろが降りて行き、崖上に残った時雨は周囲の警戒を続けながら、降下の準備に入る。
(……ネル・ベルがこの一帯に居るという事を、どこかで……伝えた方が……)
森の中での事を言えずに心の中にモヤがかかっているようだった。
気を取り直して、時雨は大峡谷へと身を乗り出した。
●雑魔討伐
オウカが念の為、用意したランタンの灯りと陽の光の中、一行の前に巨大な鍾乳柱が見えた。
あれが雑魔化しているという。
「わしは、天音の……対虚討滅の一族、黒の巫女の末裔よ!」
星輝が名乗ってみたが動きは無いようだ。
ある程度の距離まで近づかないと襲いかかって来ることはない様子だ。だが、洞窟の奥へと進もうと思うと、どうしても突破する必要がある。
「コレが活動しているのであれば、角折はまだ来ていない……何とか抜けれんかのぅ?」
「ざくろと、星輝で、突破してくれ」
魔導拳銃を構えたオウカが二人に言った。
全員で対峙してもいいかもしれない。だが、戦闘中に歪虚が通過してしまう可能性もある。
「それなら、強行突破で行こう!」
「頼むぞ。ざくろ」
二人が呼吸を整えるのと同時に、Uiscaと時雨は盾を構える。
刹那、一気に駆け出した二人。雑魔が触手のようななにかを振り回す。
「うぅ……」
思わずたじろぐエニアであるが、ここは気持ちで負ける場所ではない。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせ!」
魔法の発動体たる大鎌を器用に扱いながら魔法陣を描き、氷の魔法を唱える。
雑魔は動かないため、避ける手段がない。氷の魔法が直撃し、動きが鈍った所をざくろと星輝が駆け抜ける。
「っと!」
「大した事ないのぅ」
触手のような無数の無軌道な攻撃をざくろは盾で、星輝は素早い身のこなしで避けて、奥へと消えて行った。
チャクラムを操り、時雨は呼吸を整え、マテリアルを集中する。
(ここで、来る……そんな気がする……)
刹那、雑魔の身体全体が眩い光を発する。
盾で構えて防ごうと思ったが、放たれた輝かしいマテリアルは直接、ハンター達へと牙を剥く。
「防具では意味を成さないですか……」
Uiscaが残念そうな口調でサングラスを外した。
雑魔の放った強烈な光でチカチカする。
「空間そのものって事みたいだね」
「そうみたい、だな」
こっそりオウカの背後に隠れていたが、無駄だったようでエニアは大鎌をクルクルと回す。
こうなったら、一刻も早く雑魔を倒すのみだ。
「思ったより、明るいが、暗い所には、気をつけるんだ」
魔導拳銃を雑魔に撃ちつつ仲間達に注意を呼びかけるオウカ。
「分かりました。力押しで行きましょう」
盾を構えながらUiscaは前に出る。
途端、触手のようなものが襲いかかってくるが、盾と防具でダメージを受ける事はない。
対して、Uiscaが放つ魔法――翡翠色の龍から発せられる波動――が雑魔を触手ごと焼く。
「結構、耐久力があるみたいね」
立て続けに魔法を唱えたエニアが苦笑を浮かべた。
「みたいだ。だが、無敵という事は、ないはず」
「削るしかないって意外と暇かも……」
オウカと時雨も同様に応える。
雑魔に身動きがない分、どうしても戦闘は単調になってしまう。
このまま、削りきって終わるかと思った時だった。
歪虚ネル・ベルが現れたのは、ざくろと星輝の二人が先行した後、やや後の事。
瞬間移動で洞窟の入口に降り立った。
「ネル・……ブル!?」
「ネル・ベルだ。貴様、わざと言っているだろ」
エニアの言葉に、歪虚が清ました顔で返事をした。
魔導拳銃をリロードしながらオウカは友人と接するような雰囲気で呼び掛けた。
「久しぶり、だな。見ての通り、今は、取り込み中だ」
「その様だな。雑魔の割にやっかいな相手ではあるようだが……」
炎の珠を作り出すと、歪虚はそれを雑魔へと向かって放った。
凄まじい爆発が起こるが、雑魔は健在だ。
「貴様らと雌雄を決する前に、邪魔者は排除しておこうではないか」
「頼りになります」
前線に出ているUiscaが振り返って言った。
範囲魔法を行使しているが……歪虚へも同時に使うとなると、距離を調整する必要がありそうだ。
「なんなら、今から三つ巴でも私は構わないがな」
彼女の意図に気がついたのか、たまたまなのか、歪虚の言葉。
時雨は一瞬、伏せた目を挙げ、チャクラムにマテリアルを込める。
「私も、頼りにはしてるよ」
「それでは、この私の力を存分と見せてやろう」
歪虚が放った炎渦が雑魔を直撃した。
●探索
「これは、狭いのう」
岩盤の間をすり抜けながら星輝は言った。
その後をざくろが無理矢理通る。
「いかにも、冒険って感じだよね」
「威勢があるのは良い事じゃ」
ざくろは探索行を楽しんでいる様子でもあった。二人だけだが、探索は思ったより順調だった。
なにかを告げようとした星輝が口を開きかけた時、腰から垂らしていたトランシーバーから連絡が途切れ途切れに入る。
「これは……角折か……」
「来たんだね」
入ってくる音は、なにやら会話のようだった。
その会話を聞いて星輝は来た道を振り返る。
「……どうやら、援護に戻った方が良さそうじゃ」
星輝の言葉に頷くざくろ。
「それじゃ、ざくろは――」
「実は、ざくろに『お願い』があるのじゃ」
ざくろの言葉を遮る、真剣な表情の星輝。
思わず首を傾げた彼は、星輝の告げた内容に驚くのであった。
●歪虚戦
雑魔を討伐した直後、時雨はトランシーバーのスイッチを入れっぱなしにしていた。
さり気ない様子を装いながら歪虚と適度な距離を保つ。それは、他の仲間達も同様だった。
エニアは雑魔の討伐をショットアンカーを突き刺して確認する。
「聖火の氷は、歪虚にとってそんなに重要?」
大鎌に持ち帰るとエニアは歪虚へと尋ねた。
「マテリアルは、成長には欠かせないからな。人間共を喰らうよりも秘宝の方が効率が良いだろう」
歪虚は背中に白銀の翼を生やす。両腕も龍のような鱗に包まれた。
そして、不敵な笑みで湾曲した刀を取り出す。
「これは、東方から手に入れた、九弦の刀『虚月』という名の刀だ」
その銘――九弦――は、憤怒の歪虚 九蛇頭尾大黒狐 獄炎の配下、『九尾御庭番衆』が一人、吹上 九弦の名である。
九本の魔刀を操作する盲目の魔剣士が所有していた刀の一振が、『虚月』という事なのだろう。
九弦がハンター達によって打倒された際、『災厄の十三魔』天命輪転アレクサンドル・バーンズが刀を持ち去る姿を目撃しているハンターが居た。だが、目撃された刀の形状とは一致しない。
使われなかった刀の一本だったのか、それとも、妄言なのか……西方の歪虚であるネル・ベルが何故、九弦の刀を知っているのか、持っているのか――謎ばかりだ。
一行が警戒する中、湾曲した中に映像が映し出される。
それは、この場にいる4人が地に倒れている映像だった。
「どうやら、貴様らの結末はこうなるみたいだな」
「だとしても、未来は変えられます」
Uiscaの台詞にハンター達は頷く。
「やはり、貴様らには通じないか……まぁ、良い」
そんな事を呟きながら、歪虚は『虚月』を手放し、両手それぞれに剣を持った。
いよいよ、本気で戦うという事なのだろう。
「戦う、という事ならば、こちらも遠慮は、しない」
オウカは刀を正眼に構えた。
強力な歪虚ではある。油断はならない。
――聖火の氷を……保。一人では……苦労し……――
唐突に、時雨のトランシーバーから星輝の声が辺りに響いた。
ハッとして通信機器を操作する時雨に、歪虚は唸る。
「なるほど。先行させていたという事か。まぁ、いい。ここで貴様らを捕らえ、『交換』させれば同じ事だ」
「いえ、イケメンさんは誰も捕らえられません、よ!」
さり気なく魔法が届く距離まで移動したUiscaが、奇襲に出た。
マテリアルの力で出現した龍から発せられる波動は確実に歪虚を叩く。
だが――。
「この私に、精霊の加護は通じないと言ったはずだが」
歪虚は苦にもした様子は無かった。
「光の属性は通りにくいみたいですね」
そういえば、以前戦った時、仲間が同じような台詞を言っていたのを思い出した。
しかし、完全にダメージが通っていないという訳ではないようだ。それなら、打ち続けるのみだ。
「それなら、これならどうなのかな?」
エニアが氷の魔法を唱える。歪虚を中心に氷の嵐が吹き荒れる。
動きが緩慢になった歪虚に向かってオウカは刀を振り上げて迫った。
「行く、ぞ」
歪虚はその太刀筋を受け止めると、反撃とばかりに受け止めていない方の剣を繰り出した。
直後、満月の幻影がオウカを守るように現れる。機導術の一つだ。
「ほう……」
身体に巻き付いたマテリアルの鎖を眺め、歪虚は感心の声を上げる。
そこへ、エニアとUiscaの魔法が再度放たれた。
歪虚の剣はオウカの機導術で防がれ、身動きが取れなくなった所での魔法攻撃。
「なるほど。少しは戦える準備はしてきたという事か」
「遠慮は、しないと、言った」
「では、私も貴様らに敬意を払おうではないか。強き貴様は、ただ黙ってこの戦いを見ているがいい」
歪虚が負のマテリアルを操り、それをオウカへと向かって放つ。
傲慢の歪虚が扱える特殊な能力【強制】である。
「オウカさん……?」
放心したように立ち尽くすだけのオウカにエニアは彼の名を呼ぶ。
だが、まるで反応がない。刀をだらりと下げて動かない。
「傲慢――アイテルカイト――と戦うつもりだったのにしては、備えが甘いな」
勝ち誇った表情でニヤリと笑うと、歪虚は次の標的を定める。
Uiscaの前にエニアは大鎌を構えて進み出た。チラリと後方の時雨を振り返る。
「援護は頼んだよ、時雨さん」
彼女はチャクラムを構えて頷いただけだった。
その目は何かを訴えかけるような、いつも元気そうなイメージのある彼女らしくない様にも見えた。
「今度は貴様か。二人まとめて連れて帰るにはいい機会だな」
「私より弱い人に、お持ち帰りはさせられないからね~」
対峙する二人。
「それは戦ってみれば、分かる事だ」
地を蹴って剣を振るう歪虚。
エニアは軽くステップを踏んで避けると大鎌を回転させて魔法陣を描いた。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせ!」
マテリアルの氷が歪虚を包み込むがそれで怯む程度の敵ではない。
直後、歪虚を覆っていた氷が炎によって吹き飛び、強烈な炎渦がエニアの脇を掠めていった。その威力は直撃していないというのに、充分な衝撃力だ。
「ほう……避けたか」
左右それぞれの手に持った剣でエニアに斬りかかる。
それを避け――あるいは受け流す。
「どこまで続くかな」
「黒焦げになるとお持ち帰りの質が下がる、よ」
打ち込んであったショットアンカーのワイヤーを操作して、歪虚の魔法をアクロバティックに避けて返事をする。
エニアは肩で激しく呼吸をしながら整えた。次から次に繰り出される歪虚の猛攻を凌いでいるのだ。
直撃こそ防いでいるものの、ジリジリと押されていく。さすがに、この歪虚相手に無傷という訳にはいかない。
「……エニアさん、交代しましょう」
Uiscaの言葉は回復魔法が尽きた事を暗に告げていた。
返事の代わりにエニアは首を横に振った。
彼女の武器は短杖だ。近接して殴ってダメージを与えられる代物ではないし、そもそも、強力な歪虚の攻撃を避け続けるのは難しいだろうし、耐え続けるのも困難なはずだ。
歪虚が口を開く。
「貴様が無力化すれば、私にとっては脅威がなくなるからな」
例え、交代してもエニアを狙うという事だ。
エニアの氷の魔法は確実に歪虚へダメージを与えていた。エニアが無事ではないように、歪虚もダメージが積み重なっている。
「せめて、オウカさんが……」
チラリと仲間を見るが、【強制】の支配下にあるままだ。
前衛がいれば、別だったかもしれない。さすがに前衛と後衛を、エニアが一人で行うには負担が大きすぎた。
エニアは大鎌の先端で魔法陣を描いた。
「思ったよりも、長い付き合いになったわね……」
「その言葉、そっくり、そのまま返してやろう」
描いた魔法陣から氷の魔法が放たれ、歪虚からは炎の渦が出現する。
氷と炎が交差し、あるいは衝突しながら、それぞれの相手に向かう。
「私の勝ちだな」
戦闘を制した歪虚の言葉と――。
「エニアぁぁぁ!」
時雨の悲痛な叫び声が洞窟に反響した。
倒れた姿が――時雨の中である人物と重なる。後悔の念と共に、両膝が地に着いた。
「まだ、終わってませんよ! 時雨さん!」
Uiscaの強い決意の声。短杖と盾を構える。
地に伏せたエニアはピクリとも動かない。
【強制】されたままのオウカも動かない。
次の標的をUiscaに定めた歪虚が剣を構えた時だった。
「胸の傷のお礼じゃ!」
洞窟の奥から突然現れた星輝が刀で歪虚の背中を貫いた。
素早く刀を引くと、勢いそのままに身体を回転させ、回し蹴り。無様に転がった歪虚は怒りの表情で振り返った。
「星輝かっ!」
「……よう、やってくれたのう。角折」
倒れている仲間に一瞬、視線を向けて星輝は刀を構える。
戻って来るまでに時間を掛けてしまった。だが、ある意味、絶妙なタイミングだったかもしれない。
「シグレ! エニアを連れて奥へ避難するのじゃ!」
「え……」
「奴は、人間ごと、瞬間移動できるのじゃ」
その言葉に時雨は頷くと、よろよろと立ち上がり、意識の無い仲間を抱えて洞窟の奥へと目指す。
「キララ姉さま……」
「よく頑張ったのう」
並んだ二人の巫女は、それぞれが武器を構える。
歪虚は埃を落としながら立ち上がると鋭い視線を向けてきた。
「……秘宝を見つけたのはブラフだったか」
両角の間に炎の渦を作り出す歪虚。
それが放たれる直前に左右に分かれる星輝とUisca。
「オウカ! しっかりせぇ!」
発破を掛けるが変化はない。
それでも、今は呼び続けるしかない。この歪虚を退ける為には。
「人質は不要だな」
「させまいよ!」
星輝が歪虚に接近戦を挑んでオウカへの攻撃を牽制する為、走って距離を詰める。
歪虚に向かってワイヤーを放つ。だが、軽々と避けられてしまい、炎の渦を反撃として撃たれた。
ギリギリ避けると、歪虚へと斬りかかる。
同時にUiscaは盾を正面に構えて歪虚とオウカの射線上に立った。
「盾ぐらいにしかならないなんて……」
攻撃も支援も、回復も、全ての魔法を撃ち尽くし、体内のマテリアルは枯渇している。
射線上をオウカの方へと後退しながら移動すると彼の名を呼んだ。
「オウカさん!」
呼び掛けたが【強制】から解放される様子はない。
だが、無敵の能力ではないはずだ。万に一つだったとしても、僅かでも可能性があれば、呼びかけ続ける意味はある。
「相変わらず、良い腕だな!」
歪虚と星輝の打合いは続いていた。
パッとお互いが距離を取って間合いが開く。こうなると、歪虚は強力な魔法が使える。
だが、星輝が取った行動とは――
「待たれぃ! ネル殿!」
「……この期に及んでなんだ」
フンと鼻を鳴らす歪虚。
折角、楽しく斬り合っていたのに、興ざめも良い処だ。
「ネル殿の強さ! まさしく、鬼神よ。その強さにわしは、深い感銘を受けた」
「まぁ、この私なのだから、当然の事だな」
無駄にポーズを取りながら自信満々の歪虚。
「そこでじゃ、ネル殿……頭がお留守、じゃ!」
星輝が言い放った直後、ワイヤーを引っ張る。
打ち合っている前に咄嗟に投げつけたワイヤーは歪虚を狙ったものではなく、天井から伸びる鍾乳石を絡んでいたのだ。
「もらったのじゃ!」
「……フン」
天井から落下してくる鍾乳石を炎渦で破壊。
目の前に迫る星輝を二刀流を構えて迎え撃つ。右手の剣で星輝の刀を受け流し――左手の剣先を星輝の胸に向かって次ぎ出す――はずだった。
「シンクロンドライブインストール!」
ざくろの叫びと共に機導術で巨大化した魔導符剣が歪虚を背後から襲った。
避ける事も受ける事もできず、その強力な一撃は歪虚を吹き飛ばして、壁へと激突させた。
「ナイスタイミングじゃ、ざくろ!」
「作戦通り、だね」
時間差での歪虚への奇襲攻撃。それが星輝の作戦だった。
「……『一人』というのも、ブラフだったのだな」
崩れた鍾乳石がガラガラと音を立てながら歪虚は立ち上がった。
「化かし合いはここまじゃ」
「冒険の邪魔はさせない!」
星輝とざくろが武器を構えて並ぶ。
その背後では、オウカが奇跡的なのか、それとも必然なのか、ハッとして武器を構え直す。
「なんで、俺は、見ているだけしか、しなかった」
ギリっと強く噛み締める。
目の前で大切な仲間が倒れたというのに、見ているしかできなかった自分に激しい怒りを感じた。
「とにかく、これでまだまだ、私達は戦えますね」
Uiscaの言葉は歪虚にも分かっていた。
戦闘早々に無力化したオウカも、今、目の前に現れたハンターも、ほぼ無傷だろう。
それに引き換え、歪虚は激しく消耗している。強力な攻撃である炎渦をエニアとの戦いで消費し過ぎたかもしれない。
「……仕方ない。ここは下がるとしよう。だが、まだ私は負けていない」
周囲を見渡すがエニアの姿は見つからなかった。
残念だと心の中で呟き――ネル・ベルは瞬間移動で掻き消えた……。
●ヴァンジェアンス
なんとかネル・ベルを退けた一行だったが、全員での探索の継続は困難となった。
エニアは一命をとり留めたが依頼の継続は困難な状態だった。ネル・ベル配下の歪虚勢力の襲撃も予想される為、護衛の人数も必要だと思われた。
その為、探索はざくろと時雨で継続し、他のメンバーは地上へと戻った。
「そうだったのですね。無事に秘宝が見つかるのを願うばかりです」
洞窟内での話を聞き、日紫喜 嘉雅都(ka4222)がそんな感想を言った。
彼は崖上で退路の確保をしていたのだ。
そして、そのある男を捕まえていた。
「オウカさんから聞いていた人物と似ていまして。怪しい動きをしていたので捕まえました」
縄で木の幹に縛られているその人物をオウカは見て直ぐに誰か思い出した。
嘉雅都にお礼を言いつつ、近づくオウカ。
「また、会ったな」
「貴様! ぶっ殺してやる!」
男は殺意の剥き出しだった。
拘束をしていなければ、飛びかかっていただろう。
「俺を恨んでいい、憎んで良い。お前にはその権利がある」
別の依頼で、この人物の婚約者――雑魔化した婚約者――をオウカやハンター達は倒した。
男はそれに恨みを持っているのだ。
「ネル・ベルが、お前を唆したのだな」
「……」
オウカの推測の言葉に男は黙り込む。
証拠はないが肯定と見なしていいのだろう。
「歪虚共と行動を共にするのは、ハンターであった彼女への裏切りだ。今、彼女を一番踏みにじり裏切っているのは、お前だ」
「そうさせたのは、お前達のせいだろう! なにも、守れてないじゃないか!」
なおも怒りを向けてくる男。
続けようとしたオウカの背を星輝がポンポンと叩いた。
振り返ると、言葉を発せずに首を横に振っていた。
沈黙が流れる中、横たわったままのエニアの声が響く。
「……死んだ事を……その受け止め方や、矛先を間違えちゃダメよ……」
「俺は間違えていない!」
男の叫びにエニアは静かに頷いた。そして、痛む身体に耐えながら顔だけは男に向けた。
「そう……わたしは、間違えていたかもしれない……受け入れられなかった……だから……この想いの行き先を求めて……」
王都である人物を探し回った。
その人物とは結局、逢える事は無かったのだが。
「結果、この状況よ。なんとか、生きてるみたい、だけど……」
「お前……」
男はようやく知った。
『失った』のは自分だけではないのだと。いや、頭の中では理解していた。だが、それを自分と重ねられなかった。悲劇は自分だけだと思っていた。
「私は、その村での依頼には参加していません。それでも、私や、他のハンターが憎いです?」
Uiscaの質問に男は、少しの間の後、首を横に振る。
「復讐は、自己満足ではないんです? ラティンさん……きっと、寂しがっています」
「なんで?」
男は婚約者の名が出てきて驚く。
視線をオウカへと一瞬だけ向けるUisca。その視線に気がつき、オウカは大峡谷の方へ顔を向けた。
「ラティンさんが守りたかった命、粗末にしないで下さい」
静かに、優しく、Uiscaは男の手を取る。
死んだ婚約者の事は知らない。だけど、もし、自分がラティンだったら、こうすると、思ったからだった。
男は、大粒の涙と嗚咽を流しながら――婚約者の名を繰り返した――。
どの位、男は泣いていただろう。嗚咽が止まった頃を見計らって、星輝が男を戒めていたものを解き、解放させた。
「村に帰ったら、ちゃんと自分の責務を果たすんじゃぞ」
男はハンター達に向かってなにも言わず、ただ、深く頭を下げ――森の中へと消えていった。
「良かったのですか?」
嘉雅都の質問に、ため息をつきながら星輝は答える。
「悪事や歪虚と行動を共にした証拠がないしの……」
男が真っ当な人間として生きていく事を祈るだけだ。
●秘宝に至る
「しっかり、固定できる?」
暗闇の中でざくろの声が響いた。
時雨はあり合わせの道具で岩壁に自身の身体を固定する。
「おーけーだよ!」
その声を受けて、ざくろが闇の中へ降下を開始した。
探索は、最大の難所に到達していた。暗闇で底の見えない崖を降りるのだ。
ざくろの提案でロープをお互いの身体を結び、交互に降りていた。片方が万が一、滑落しても、もう一人が支える事ができる。
並みの人間であれば、落ちていく人間を支えるのは至難の技だが覚醒している状態であれば出来ない事はない。
「時雨、いいよ!」
次は時雨の番だ。
底が見えない下に向かって、慎重に降りる。足を滑らせたら真っ逆さまだ。最悪、死んでしまうかもしれない。
「万が一の時は、ロープを切っちゃっていいからね」
「絶対に切らないよ。支えきれない時は一緒に落ちるだけだから」
冗談めいた時雨の言葉に、ざくろは真剣に答えた。
「でも……」
続けようとした時雨にざくろが言葉を重ねる。
「独りで抱え込む必要はないよ。なにか失敗したら、皆でフォローすれば良いのだから」
「……私は……」
歪虚が居る事を知っていた。雑魔との戦闘前に戦力を二分せずに済んだかもしれない。そしたら、仲間を危険な目に遭わす事も無かったかもしれない。
そんな事が頭の中を過ぎり続けていた。
「今、現に、ざくろの命を時雨に預けている。ざくろも独りで抱えたりはしないよ」
時雨は身体を固定すると、ロープをしっかりと見つめた。
その横をざくろが降りていく。
「冒険は独りじゃできない。仲間に頼ったって良いんだから」
「……こんな、私でも?」
「時雨が誰かの為を想う分位、仲間を頼って良いと思うよ。独りじゃないのだから」
トンとざくろ足が地面に触れた。
そこから更に進んだ先に『聖火の氷』があった。
ランタンの灯りを反射し合ったからなのか、マテリアルが反応しているのか、その空間はぼんやりと銀色に輝き、幻想的だった。
火が灯っているのはランタンだけというのに、洞窟内が神秘的な明るさを放っているようにも見える。
「これが……聖火の氷……す、すごい……」
時雨が顔を上げて絶句した。
眼前には、氷のように見える鍾乳石やつらら、柱が無数に伸び、空間そのものに濃いマテリアルを感じる。
圧巻とはこの事だろう。初めて見る銀光の世界の中で、時雨は感動して立ち尽くすしかできなかった。
「……なんで……」
ざくろが前に進んでいて良かったと思った。泣き顔なんて、見られたくなかったから。
「地中を流れ、染み出た水が凍ったのかな」
そんな事になっているとは知らず、興味深く周囲を見渡すざくろ。
染み出る過程のどこかでマテリアルが凝縮されたのだろうかと推測した。
ここに至るまで色々あった。けれど、ここまで来れた。
「ざくろ、やったよ。ついに、ついに、神秘を掴んだんだ!」
彼の満足気な表情は、幻想的な洞窟に相応しい、冒険家の顔だった。
こうして、ハンター達は『聖火の氷』を発見する事ができた。
ほんの僅かばかりではあったが、持ち帰る事もでき、軍師騎士ノセヤは大発見の報を受け、秘宝の輸送を開始するのであった。
おしまい。
●切り札
歪虚ネル・ベルは受けた傷の具合を確かめていた。
深手という事はない。次の戦いでは万全で臨めるだろう。
「洞窟内では、これは役に立たないから、な」
無駄に大きく湾曲した刀――『虚月』――を手にしながら歪虚は呟いた。
「外では奪わせて貰うぞ」
強大なマテリアルを手にする事ができれば、もっと強くなれるはず。
そう遠くないうちに行われるであろう、秘宝の輸送を歪虚は狙っているのだ。
「次こそは……フフフ…ハハハッ!」
周囲の安全を確認する為、大峡谷周囲の森の中へと踏み入った小鳥遊 時雨(ka4921)は、傲慢の歪虚ネル・ベル(kz0082)と対峙していた。
「……ちゃんと話すのは、初めまして。小鳥遊時雨だよん」
武器を構える事もせず時雨は歪虚に話しかける。
「今は、戦う気は無い……という事か。何の用だ、小娘?」
一方の歪虚は警戒心剥き出しだ。
研ぎ澄まされた負のマテリアルを周囲に発しているようでもある。
「ここで逢ったのも何かの縁。“お願い”が、あるんだけど、聞いてくれる?」
「聞くだけならいいだろう」
歪虚は構えていた剣を下ろした。
「堕落者の契約を……私と……」
絞り出すように言った言葉。
理由を一つ一つ説明して続ける間、歪虚は表情を変えずに聞いているようでもあった。
「無理、だな」
時雨の話が終わった後、歪虚の返事はそれだった。
「理由は様々だが、一番は、貴様が同族を裏切る事だ。傲慢――アイテルカイト――は、決して裏切り者を許さない。例え、敵であっても、仲間や同族を裏切るような者を、私は自分の配下にはしない」
「それなら、ズールや七本槍は?」
「奴らは、『世間に裏切られた』存在だからだ」
話は終わりと言う事なのだろうか。歪虚が剣を出現させた。
だが、それでも戦う気配を見せない時雨に歪虚は言い放った。
「……ノゾミを私の所に連れてきたら、考えない事もないぞ」
その言葉に時雨は驚きの表情を浮かべた。
緑髪の少女は死んでいる事になっているからだ。
「この私が気がつかないとでも思ったか?」
「ノゾミをどうするつもりなの?」
先程とは打って変わって、時雨の眼光に殺気がこもる。
「言っただろう。傲慢は決して、裏切り者を許さない――と」
それだけ言い残し、歪虚は掻き消えるように居なくなったのであった。
●ディスカバリー・ゲーム
「冒険団のニンジャがもたらしてくれた情報だもん。冒険家として、今度こそ秘宝を手に入れるよ!」
眩しいほどの笑顔を見せて時音 ざくろ(ka1250)が一行に呼び掛けた。
『聖火の氷』――その答えにたどり着くまでの紆余曲折。それが、いよいよ、終着点へと辿り着こうとしている。
「この下に、例のものが、ある訳、か……」
「前回の探索で、入口は見つかってますからね」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)とUisca Amhran(ka0754)が大峡谷の崖から身を乗り出して崖を確認していた。
ロープで慎重に降りる必要はあるだろう。
なにしろ、底が全く見えない大峡谷である。万が一、落下しようものなら命はないだろう。
「私は周囲を警戒しておくね」
チャクラムをくるくると回しながら時雨は言った。
歪虚勢力が狙っているタイミングがあるとしたら、洞窟への移動時かと思ったからだ。
ロープの強度を確認し、ショットアンカーの調子も整え、十色 エニア(ka0370)が一番に崖を降りる。
「わたしが先に行くよ」
万が一の時は、魔法やアンカーを駆使して落下を防ぐ為だ。
洞窟に降りる為のロープが何本か垂れているが、これはざくろの機転だ。なにかあった時の予備……という事である。
「他に秘宝を狙ってる奴もいる。用心はし過ぎても損はないよね……あぁ、大穴の奥に、秘宝が、か~。正に冒険!」
エニアが降りる様子を確認しながら、ざくろの心中は冒険の事で頭がいっぱいだった。
まずは、雑魔退治。その後、鍾乳洞の中を進む事になる。
「わしも降りるかのう」
疾影士らしい軽快な動きで星輝 Amhran(ka0724)も崖を降りる。
洞窟の入り口ではエニアが大鎌を構えて周囲を警戒していた。星輝は最後の距離を崖を蹴って反動をつけると、身軽に洞窟内へと飛び込む。
「来そうな気配がない……読みが外れたか」
「襲撃してくるなら、このタイミングなんだけどね」
戦いにくい状況と地形である。
崖上から仲間の声が聞こえてきた。洞窟から顔を出して見上げるとUiscaが見える。
「エニアは、この先にいる雑魔を警戒しておれ」
それだけ言うと苦笑を浮かべて最愛の妹を見守る。
ドレスで降りようものなら、色々と見えてしまいそうで危ないではないかと思う。。
「いざとなったら、ワイヤーでと思いましたが、必要なかったみたいです、キララ姉さま」
「う、うむ。それで良いのじゃ」
入口で妹を受け止めながら応えた。
次は、オウカが降りて来るようだ。
トランシーバーを崖上で待つ仲間から受け取って、慎重にロープを伝って降りる。
「ざくろも、いいぞ」
洞窟の入口に付き、上を見上げて呼び掛けた。
ざくろは嬉々とした表情で深く頷くと、時雨に声を掛けてから命綱用のロープを身体に繋ぐ。
「それじゃ、時雨。ざくろは先に行くけど、気をつけて降りてね」
「うん。ありがとう」
冒険家らしい慣れた手付きでざくろが降りて行き、崖上に残った時雨は周囲の警戒を続けながら、降下の準備に入る。
(……ネル・ベルがこの一帯に居るという事を、どこかで……伝えた方が……)
森の中での事を言えずに心の中にモヤがかかっているようだった。
気を取り直して、時雨は大峡谷へと身を乗り出した。
●雑魔討伐
オウカが念の為、用意したランタンの灯りと陽の光の中、一行の前に巨大な鍾乳柱が見えた。
あれが雑魔化しているという。
「わしは、天音の……対虚討滅の一族、黒の巫女の末裔よ!」
星輝が名乗ってみたが動きは無いようだ。
ある程度の距離まで近づかないと襲いかかって来ることはない様子だ。だが、洞窟の奥へと進もうと思うと、どうしても突破する必要がある。
「コレが活動しているのであれば、角折はまだ来ていない……何とか抜けれんかのぅ?」
「ざくろと、星輝で、突破してくれ」
魔導拳銃を構えたオウカが二人に言った。
全員で対峙してもいいかもしれない。だが、戦闘中に歪虚が通過してしまう可能性もある。
「それなら、強行突破で行こう!」
「頼むぞ。ざくろ」
二人が呼吸を整えるのと同時に、Uiscaと時雨は盾を構える。
刹那、一気に駆け出した二人。雑魔が触手のようななにかを振り回す。
「うぅ……」
思わずたじろぐエニアであるが、ここは気持ちで負ける場所ではない。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせ!」
魔法の発動体たる大鎌を器用に扱いながら魔法陣を描き、氷の魔法を唱える。
雑魔は動かないため、避ける手段がない。氷の魔法が直撃し、動きが鈍った所をざくろと星輝が駆け抜ける。
「っと!」
「大した事ないのぅ」
触手のような無数の無軌道な攻撃をざくろは盾で、星輝は素早い身のこなしで避けて、奥へと消えて行った。
チャクラムを操り、時雨は呼吸を整え、マテリアルを集中する。
(ここで、来る……そんな気がする……)
刹那、雑魔の身体全体が眩い光を発する。
盾で構えて防ごうと思ったが、放たれた輝かしいマテリアルは直接、ハンター達へと牙を剥く。
「防具では意味を成さないですか……」
Uiscaが残念そうな口調でサングラスを外した。
雑魔の放った強烈な光でチカチカする。
「空間そのものって事みたいだね」
「そうみたい、だな」
こっそりオウカの背後に隠れていたが、無駄だったようでエニアは大鎌をクルクルと回す。
こうなったら、一刻も早く雑魔を倒すのみだ。
「思ったより、明るいが、暗い所には、気をつけるんだ」
魔導拳銃を雑魔に撃ちつつ仲間達に注意を呼びかけるオウカ。
「分かりました。力押しで行きましょう」
盾を構えながらUiscaは前に出る。
途端、触手のようなものが襲いかかってくるが、盾と防具でダメージを受ける事はない。
対して、Uiscaが放つ魔法――翡翠色の龍から発せられる波動――が雑魔を触手ごと焼く。
「結構、耐久力があるみたいね」
立て続けに魔法を唱えたエニアが苦笑を浮かべた。
「みたいだ。だが、無敵という事は、ないはず」
「削るしかないって意外と暇かも……」
オウカと時雨も同様に応える。
雑魔に身動きがない分、どうしても戦闘は単調になってしまう。
このまま、削りきって終わるかと思った時だった。
歪虚ネル・ベルが現れたのは、ざくろと星輝の二人が先行した後、やや後の事。
瞬間移動で洞窟の入口に降り立った。
「ネル・……ブル!?」
「ネル・ベルだ。貴様、わざと言っているだろ」
エニアの言葉に、歪虚が清ました顔で返事をした。
魔導拳銃をリロードしながらオウカは友人と接するような雰囲気で呼び掛けた。
「久しぶり、だな。見ての通り、今は、取り込み中だ」
「その様だな。雑魔の割にやっかいな相手ではあるようだが……」
炎の珠を作り出すと、歪虚はそれを雑魔へと向かって放った。
凄まじい爆発が起こるが、雑魔は健在だ。
「貴様らと雌雄を決する前に、邪魔者は排除しておこうではないか」
「頼りになります」
前線に出ているUiscaが振り返って言った。
範囲魔法を行使しているが……歪虚へも同時に使うとなると、距離を調整する必要がありそうだ。
「なんなら、今から三つ巴でも私は構わないがな」
彼女の意図に気がついたのか、たまたまなのか、歪虚の言葉。
時雨は一瞬、伏せた目を挙げ、チャクラムにマテリアルを込める。
「私も、頼りにはしてるよ」
「それでは、この私の力を存分と見せてやろう」
歪虚が放った炎渦が雑魔を直撃した。
●探索
「これは、狭いのう」
岩盤の間をすり抜けながら星輝は言った。
その後をざくろが無理矢理通る。
「いかにも、冒険って感じだよね」
「威勢があるのは良い事じゃ」
ざくろは探索行を楽しんでいる様子でもあった。二人だけだが、探索は思ったより順調だった。
なにかを告げようとした星輝が口を開きかけた時、腰から垂らしていたトランシーバーから連絡が途切れ途切れに入る。
「これは……角折か……」
「来たんだね」
入ってくる音は、なにやら会話のようだった。
その会話を聞いて星輝は来た道を振り返る。
「……どうやら、援護に戻った方が良さそうじゃ」
星輝の言葉に頷くざくろ。
「それじゃ、ざくろは――」
「実は、ざくろに『お願い』があるのじゃ」
ざくろの言葉を遮る、真剣な表情の星輝。
思わず首を傾げた彼は、星輝の告げた内容に驚くのであった。
●歪虚戦
雑魔を討伐した直後、時雨はトランシーバーのスイッチを入れっぱなしにしていた。
さり気ない様子を装いながら歪虚と適度な距離を保つ。それは、他の仲間達も同様だった。
エニアは雑魔の討伐をショットアンカーを突き刺して確認する。
「聖火の氷は、歪虚にとってそんなに重要?」
大鎌に持ち帰るとエニアは歪虚へと尋ねた。
「マテリアルは、成長には欠かせないからな。人間共を喰らうよりも秘宝の方が効率が良いだろう」
歪虚は背中に白銀の翼を生やす。両腕も龍のような鱗に包まれた。
そして、不敵な笑みで湾曲した刀を取り出す。
「これは、東方から手に入れた、九弦の刀『虚月』という名の刀だ」
その銘――九弦――は、憤怒の歪虚 九蛇頭尾大黒狐 獄炎の配下、『九尾御庭番衆』が一人、吹上 九弦の名である。
九本の魔刀を操作する盲目の魔剣士が所有していた刀の一振が、『虚月』という事なのだろう。
九弦がハンター達によって打倒された際、『災厄の十三魔』天命輪転アレクサンドル・バーンズが刀を持ち去る姿を目撃しているハンターが居た。だが、目撃された刀の形状とは一致しない。
使われなかった刀の一本だったのか、それとも、妄言なのか……西方の歪虚であるネル・ベルが何故、九弦の刀を知っているのか、持っているのか――謎ばかりだ。
一行が警戒する中、湾曲した中に映像が映し出される。
それは、この場にいる4人が地に倒れている映像だった。
「どうやら、貴様らの結末はこうなるみたいだな」
「だとしても、未来は変えられます」
Uiscaの台詞にハンター達は頷く。
「やはり、貴様らには通じないか……まぁ、良い」
そんな事を呟きながら、歪虚は『虚月』を手放し、両手それぞれに剣を持った。
いよいよ、本気で戦うという事なのだろう。
「戦う、という事ならば、こちらも遠慮は、しない」
オウカは刀を正眼に構えた。
強力な歪虚ではある。油断はならない。
――聖火の氷を……保。一人では……苦労し……――
唐突に、時雨のトランシーバーから星輝の声が辺りに響いた。
ハッとして通信機器を操作する時雨に、歪虚は唸る。
「なるほど。先行させていたという事か。まぁ、いい。ここで貴様らを捕らえ、『交換』させれば同じ事だ」
「いえ、イケメンさんは誰も捕らえられません、よ!」
さり気なく魔法が届く距離まで移動したUiscaが、奇襲に出た。
マテリアルの力で出現した龍から発せられる波動は確実に歪虚を叩く。
だが――。
「この私に、精霊の加護は通じないと言ったはずだが」
歪虚は苦にもした様子は無かった。
「光の属性は通りにくいみたいですね」
そういえば、以前戦った時、仲間が同じような台詞を言っていたのを思い出した。
しかし、完全にダメージが通っていないという訳ではないようだ。それなら、打ち続けるのみだ。
「それなら、これならどうなのかな?」
エニアが氷の魔法を唱える。歪虚を中心に氷の嵐が吹き荒れる。
動きが緩慢になった歪虚に向かってオウカは刀を振り上げて迫った。
「行く、ぞ」
歪虚はその太刀筋を受け止めると、反撃とばかりに受け止めていない方の剣を繰り出した。
直後、満月の幻影がオウカを守るように現れる。機導術の一つだ。
「ほう……」
身体に巻き付いたマテリアルの鎖を眺め、歪虚は感心の声を上げる。
そこへ、エニアとUiscaの魔法が再度放たれた。
歪虚の剣はオウカの機導術で防がれ、身動きが取れなくなった所での魔法攻撃。
「なるほど。少しは戦える準備はしてきたという事か」
「遠慮は、しないと、言った」
「では、私も貴様らに敬意を払おうではないか。強き貴様は、ただ黙ってこの戦いを見ているがいい」
歪虚が負のマテリアルを操り、それをオウカへと向かって放つ。
傲慢の歪虚が扱える特殊な能力【強制】である。
「オウカさん……?」
放心したように立ち尽くすだけのオウカにエニアは彼の名を呼ぶ。
だが、まるで反応がない。刀をだらりと下げて動かない。
「傲慢――アイテルカイト――と戦うつもりだったのにしては、備えが甘いな」
勝ち誇った表情でニヤリと笑うと、歪虚は次の標的を定める。
Uiscaの前にエニアは大鎌を構えて進み出た。チラリと後方の時雨を振り返る。
「援護は頼んだよ、時雨さん」
彼女はチャクラムを構えて頷いただけだった。
その目は何かを訴えかけるような、いつも元気そうなイメージのある彼女らしくない様にも見えた。
「今度は貴様か。二人まとめて連れて帰るにはいい機会だな」
「私より弱い人に、お持ち帰りはさせられないからね~」
対峙する二人。
「それは戦ってみれば、分かる事だ」
地を蹴って剣を振るう歪虚。
エニアは軽くステップを踏んで避けると大鎌を回転させて魔法陣を描いた。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせ!」
マテリアルの氷が歪虚を包み込むがそれで怯む程度の敵ではない。
直後、歪虚を覆っていた氷が炎によって吹き飛び、強烈な炎渦がエニアの脇を掠めていった。その威力は直撃していないというのに、充分な衝撃力だ。
「ほう……避けたか」
左右それぞれの手に持った剣でエニアに斬りかかる。
それを避け――あるいは受け流す。
「どこまで続くかな」
「黒焦げになるとお持ち帰りの質が下がる、よ」
打ち込んであったショットアンカーのワイヤーを操作して、歪虚の魔法をアクロバティックに避けて返事をする。
エニアは肩で激しく呼吸をしながら整えた。次から次に繰り出される歪虚の猛攻を凌いでいるのだ。
直撃こそ防いでいるものの、ジリジリと押されていく。さすがに、この歪虚相手に無傷という訳にはいかない。
「……エニアさん、交代しましょう」
Uiscaの言葉は回復魔法が尽きた事を暗に告げていた。
返事の代わりにエニアは首を横に振った。
彼女の武器は短杖だ。近接して殴ってダメージを与えられる代物ではないし、そもそも、強力な歪虚の攻撃を避け続けるのは難しいだろうし、耐え続けるのも困難なはずだ。
歪虚が口を開く。
「貴様が無力化すれば、私にとっては脅威がなくなるからな」
例え、交代してもエニアを狙うという事だ。
エニアの氷の魔法は確実に歪虚へダメージを与えていた。エニアが無事ではないように、歪虚もダメージが積み重なっている。
「せめて、オウカさんが……」
チラリと仲間を見るが、【強制】の支配下にあるままだ。
前衛がいれば、別だったかもしれない。さすがに前衛と後衛を、エニアが一人で行うには負担が大きすぎた。
エニアは大鎌の先端で魔法陣を描いた。
「思ったよりも、長い付き合いになったわね……」
「その言葉、そっくり、そのまま返してやろう」
描いた魔法陣から氷の魔法が放たれ、歪虚からは炎の渦が出現する。
氷と炎が交差し、あるいは衝突しながら、それぞれの相手に向かう。
「私の勝ちだな」
戦闘を制した歪虚の言葉と――。
「エニアぁぁぁ!」
時雨の悲痛な叫び声が洞窟に反響した。
倒れた姿が――時雨の中である人物と重なる。後悔の念と共に、両膝が地に着いた。
「まだ、終わってませんよ! 時雨さん!」
Uiscaの強い決意の声。短杖と盾を構える。
地に伏せたエニアはピクリとも動かない。
【強制】されたままのオウカも動かない。
次の標的をUiscaに定めた歪虚が剣を構えた時だった。
「胸の傷のお礼じゃ!」
洞窟の奥から突然現れた星輝が刀で歪虚の背中を貫いた。
素早く刀を引くと、勢いそのままに身体を回転させ、回し蹴り。無様に転がった歪虚は怒りの表情で振り返った。
「星輝かっ!」
「……よう、やってくれたのう。角折」
倒れている仲間に一瞬、視線を向けて星輝は刀を構える。
戻って来るまでに時間を掛けてしまった。だが、ある意味、絶妙なタイミングだったかもしれない。
「シグレ! エニアを連れて奥へ避難するのじゃ!」
「え……」
「奴は、人間ごと、瞬間移動できるのじゃ」
その言葉に時雨は頷くと、よろよろと立ち上がり、意識の無い仲間を抱えて洞窟の奥へと目指す。
「キララ姉さま……」
「よく頑張ったのう」
並んだ二人の巫女は、それぞれが武器を構える。
歪虚は埃を落としながら立ち上がると鋭い視線を向けてきた。
「……秘宝を見つけたのはブラフだったか」
両角の間に炎の渦を作り出す歪虚。
それが放たれる直前に左右に分かれる星輝とUisca。
「オウカ! しっかりせぇ!」
発破を掛けるが変化はない。
それでも、今は呼び続けるしかない。この歪虚を退ける為には。
「人質は不要だな」
「させまいよ!」
星輝が歪虚に接近戦を挑んでオウカへの攻撃を牽制する為、走って距離を詰める。
歪虚に向かってワイヤーを放つ。だが、軽々と避けられてしまい、炎の渦を反撃として撃たれた。
ギリギリ避けると、歪虚へと斬りかかる。
同時にUiscaは盾を正面に構えて歪虚とオウカの射線上に立った。
「盾ぐらいにしかならないなんて……」
攻撃も支援も、回復も、全ての魔法を撃ち尽くし、体内のマテリアルは枯渇している。
射線上をオウカの方へと後退しながら移動すると彼の名を呼んだ。
「オウカさん!」
呼び掛けたが【強制】から解放される様子はない。
だが、無敵の能力ではないはずだ。万に一つだったとしても、僅かでも可能性があれば、呼びかけ続ける意味はある。
「相変わらず、良い腕だな!」
歪虚と星輝の打合いは続いていた。
パッとお互いが距離を取って間合いが開く。こうなると、歪虚は強力な魔法が使える。
だが、星輝が取った行動とは――
「待たれぃ! ネル殿!」
「……この期に及んでなんだ」
フンと鼻を鳴らす歪虚。
折角、楽しく斬り合っていたのに、興ざめも良い処だ。
「ネル殿の強さ! まさしく、鬼神よ。その強さにわしは、深い感銘を受けた」
「まぁ、この私なのだから、当然の事だな」
無駄にポーズを取りながら自信満々の歪虚。
「そこでじゃ、ネル殿……頭がお留守、じゃ!」
星輝が言い放った直後、ワイヤーを引っ張る。
打ち合っている前に咄嗟に投げつけたワイヤーは歪虚を狙ったものではなく、天井から伸びる鍾乳石を絡んでいたのだ。
「もらったのじゃ!」
「……フン」
天井から落下してくる鍾乳石を炎渦で破壊。
目の前に迫る星輝を二刀流を構えて迎え撃つ。右手の剣で星輝の刀を受け流し――左手の剣先を星輝の胸に向かって次ぎ出す――はずだった。
「シンクロンドライブインストール!」
ざくろの叫びと共に機導術で巨大化した魔導符剣が歪虚を背後から襲った。
避ける事も受ける事もできず、その強力な一撃は歪虚を吹き飛ばして、壁へと激突させた。
「ナイスタイミングじゃ、ざくろ!」
「作戦通り、だね」
時間差での歪虚への奇襲攻撃。それが星輝の作戦だった。
「……『一人』というのも、ブラフだったのだな」
崩れた鍾乳石がガラガラと音を立てながら歪虚は立ち上がった。
「化かし合いはここまじゃ」
「冒険の邪魔はさせない!」
星輝とざくろが武器を構えて並ぶ。
その背後では、オウカが奇跡的なのか、それとも必然なのか、ハッとして武器を構え直す。
「なんで、俺は、見ているだけしか、しなかった」
ギリっと強く噛み締める。
目の前で大切な仲間が倒れたというのに、見ているしかできなかった自分に激しい怒りを感じた。
「とにかく、これでまだまだ、私達は戦えますね」
Uiscaの言葉は歪虚にも分かっていた。
戦闘早々に無力化したオウカも、今、目の前に現れたハンターも、ほぼ無傷だろう。
それに引き換え、歪虚は激しく消耗している。強力な攻撃である炎渦をエニアとの戦いで消費し過ぎたかもしれない。
「……仕方ない。ここは下がるとしよう。だが、まだ私は負けていない」
周囲を見渡すがエニアの姿は見つからなかった。
残念だと心の中で呟き――ネル・ベルは瞬間移動で掻き消えた……。
●ヴァンジェアンス
なんとかネル・ベルを退けた一行だったが、全員での探索の継続は困難となった。
エニアは一命をとり留めたが依頼の継続は困難な状態だった。ネル・ベル配下の歪虚勢力の襲撃も予想される為、護衛の人数も必要だと思われた。
その為、探索はざくろと時雨で継続し、他のメンバーは地上へと戻った。
「そうだったのですね。無事に秘宝が見つかるのを願うばかりです」
洞窟内での話を聞き、日紫喜 嘉雅都(ka4222)がそんな感想を言った。
彼は崖上で退路の確保をしていたのだ。
そして、そのある男を捕まえていた。
「オウカさんから聞いていた人物と似ていまして。怪しい動きをしていたので捕まえました」
縄で木の幹に縛られているその人物をオウカは見て直ぐに誰か思い出した。
嘉雅都にお礼を言いつつ、近づくオウカ。
「また、会ったな」
「貴様! ぶっ殺してやる!」
男は殺意の剥き出しだった。
拘束をしていなければ、飛びかかっていただろう。
「俺を恨んでいい、憎んで良い。お前にはその権利がある」
別の依頼で、この人物の婚約者――雑魔化した婚約者――をオウカやハンター達は倒した。
男はそれに恨みを持っているのだ。
「ネル・ベルが、お前を唆したのだな」
「……」
オウカの推測の言葉に男は黙り込む。
証拠はないが肯定と見なしていいのだろう。
「歪虚共と行動を共にするのは、ハンターであった彼女への裏切りだ。今、彼女を一番踏みにじり裏切っているのは、お前だ」
「そうさせたのは、お前達のせいだろう! なにも、守れてないじゃないか!」
なおも怒りを向けてくる男。
続けようとしたオウカの背を星輝がポンポンと叩いた。
振り返ると、言葉を発せずに首を横に振っていた。
沈黙が流れる中、横たわったままのエニアの声が響く。
「……死んだ事を……その受け止め方や、矛先を間違えちゃダメよ……」
「俺は間違えていない!」
男の叫びにエニアは静かに頷いた。そして、痛む身体に耐えながら顔だけは男に向けた。
「そう……わたしは、間違えていたかもしれない……受け入れられなかった……だから……この想いの行き先を求めて……」
王都である人物を探し回った。
その人物とは結局、逢える事は無かったのだが。
「結果、この状況よ。なんとか、生きてるみたい、だけど……」
「お前……」
男はようやく知った。
『失った』のは自分だけではないのだと。いや、頭の中では理解していた。だが、それを自分と重ねられなかった。悲劇は自分だけだと思っていた。
「私は、その村での依頼には参加していません。それでも、私や、他のハンターが憎いです?」
Uiscaの質問に男は、少しの間の後、首を横に振る。
「復讐は、自己満足ではないんです? ラティンさん……きっと、寂しがっています」
「なんで?」
男は婚約者の名が出てきて驚く。
視線をオウカへと一瞬だけ向けるUisca。その視線に気がつき、オウカは大峡谷の方へ顔を向けた。
「ラティンさんが守りたかった命、粗末にしないで下さい」
静かに、優しく、Uiscaは男の手を取る。
死んだ婚約者の事は知らない。だけど、もし、自分がラティンだったら、こうすると、思ったからだった。
男は、大粒の涙と嗚咽を流しながら――婚約者の名を繰り返した――。
どの位、男は泣いていただろう。嗚咽が止まった頃を見計らって、星輝が男を戒めていたものを解き、解放させた。
「村に帰ったら、ちゃんと自分の責務を果たすんじゃぞ」
男はハンター達に向かってなにも言わず、ただ、深く頭を下げ――森の中へと消えていった。
「良かったのですか?」
嘉雅都の質問に、ため息をつきながら星輝は答える。
「悪事や歪虚と行動を共にした証拠がないしの……」
男が真っ当な人間として生きていく事を祈るだけだ。
●秘宝に至る
「しっかり、固定できる?」
暗闇の中でざくろの声が響いた。
時雨はあり合わせの道具で岩壁に自身の身体を固定する。
「おーけーだよ!」
その声を受けて、ざくろが闇の中へ降下を開始した。
探索は、最大の難所に到達していた。暗闇で底の見えない崖を降りるのだ。
ざくろの提案でロープをお互いの身体を結び、交互に降りていた。片方が万が一、滑落しても、もう一人が支える事ができる。
並みの人間であれば、落ちていく人間を支えるのは至難の技だが覚醒している状態であれば出来ない事はない。
「時雨、いいよ!」
次は時雨の番だ。
底が見えない下に向かって、慎重に降りる。足を滑らせたら真っ逆さまだ。最悪、死んでしまうかもしれない。
「万が一の時は、ロープを切っちゃっていいからね」
「絶対に切らないよ。支えきれない時は一緒に落ちるだけだから」
冗談めいた時雨の言葉に、ざくろは真剣に答えた。
「でも……」
続けようとした時雨にざくろが言葉を重ねる。
「独りで抱え込む必要はないよ。なにか失敗したら、皆でフォローすれば良いのだから」
「……私は……」
歪虚が居る事を知っていた。雑魔との戦闘前に戦力を二分せずに済んだかもしれない。そしたら、仲間を危険な目に遭わす事も無かったかもしれない。
そんな事が頭の中を過ぎり続けていた。
「今、現に、ざくろの命を時雨に預けている。ざくろも独りで抱えたりはしないよ」
時雨は身体を固定すると、ロープをしっかりと見つめた。
その横をざくろが降りていく。
「冒険は独りじゃできない。仲間に頼ったって良いんだから」
「……こんな、私でも?」
「時雨が誰かの為を想う分位、仲間を頼って良いと思うよ。独りじゃないのだから」
トンとざくろ足が地面に触れた。
そこから更に進んだ先に『聖火の氷』があった。
ランタンの灯りを反射し合ったからなのか、マテリアルが反応しているのか、その空間はぼんやりと銀色に輝き、幻想的だった。
火が灯っているのはランタンだけというのに、洞窟内が神秘的な明るさを放っているようにも見える。
「これが……聖火の氷……す、すごい……」
時雨が顔を上げて絶句した。
眼前には、氷のように見える鍾乳石やつらら、柱が無数に伸び、空間そのものに濃いマテリアルを感じる。
圧巻とはこの事だろう。初めて見る銀光の世界の中で、時雨は感動して立ち尽くすしかできなかった。
「……なんで……」
ざくろが前に進んでいて良かったと思った。泣き顔なんて、見られたくなかったから。
「地中を流れ、染み出た水が凍ったのかな」
そんな事になっているとは知らず、興味深く周囲を見渡すざくろ。
染み出る過程のどこかでマテリアルが凝縮されたのだろうかと推測した。
ここに至るまで色々あった。けれど、ここまで来れた。
「ざくろ、やったよ。ついに、ついに、神秘を掴んだんだ!」
彼の満足気な表情は、幻想的な洞窟に相応しい、冒険家の顔だった。
こうして、ハンター達は『聖火の氷』を発見する事ができた。
ほんの僅かばかりではあったが、持ち帰る事もでき、軍師騎士ノセヤは大発見の報を受け、秘宝の輸送を開始するのであった。
おしまい。
●切り札
歪虚ネル・ベルは受けた傷の具合を確かめていた。
深手という事はない。次の戦いでは万全で臨めるだろう。
「洞窟内では、これは役に立たないから、な」
無駄に大きく湾曲した刀――『虚月』――を手にしながら歪虚は呟いた。
「外では奪わせて貰うぞ」
強大なマテリアルを手にする事ができれば、もっと強くなれるはず。
そう遠くないうちに行われるであろう、秘宝の輸送を歪虚は狙っているのだ。
「次こそは……フフフ…ハハハッ!」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
- 日紫喜 嘉雅都(ka4222)
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/23 21:41:41 |
|
![]() |
【相談卓】秘宝探検隊控え室 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/06/24 07:31:09 |
|
![]() |
【質問卓】まるごとねるべる部屋 ネル・ベル(kz0082) 歪虚|22才|男性|歪虚(ヴォイド) |
最終発言 2016/06/23 08:27:09 |