ゲスト
(ka0000)
ビーチサイドでBENTOを
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2016/07/09 15:00
- 完成日
- 2016/07/19 02:20
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ここは平和な村だった。
農業が盛んで、気候もよくなんでも適度によく育つ。
そんな小さな村に住まう三人娘は今やこの村のちょっとした有名人だ。というのも、村長祭にピザ屋を出したことからその腕を買われて、ついこないだは祭り向けの弁当を制作。これまたヒットを飛ばしているのだから他の村人からは英雄扱い。しかし、村自体にはこれと言って目立つものはなく、観光客は少ない。
そんな村であるから余所者の来訪はちょっとした噂になるものだ。
「もしかして、あの人…街から来た人かねぇ?」
「あの方角って―と、あの三人娘のいる方か? 何かあるのか?」
道を歩く見慣れぬ青年に村人達がひそひそ声で話す。
だが、青年はそんな事をお構いなしにずんずん歩いてやってきたのは三人娘のいる作業場だ。
いつも収穫した野菜を各自運んで来て、その作業場で仕分けや梱包を行っているらしい。
「やあ、諸君。また会ったね」
青年が場違いなほど爽やかに言う。
「あれ、実行委員さんじゃないですか!? 次のお祭りはまだですよね?」
「何かありましたでしょうか? 前の諸経費なら請求されても困りますよ」
収穫仕立てのレタスの土を払いながら三人娘のうち二人が問う。
「フフフッ、違う違う。あの春色弁当がとても好評だったんだ。で一般販売が決まったから報告と新たなお願いに来た訳さ」
さらりと髪をかき上げて、やはり少しばかり芝居じみた口調の青年だ。
「新たなお願いと言うと…」
「一つはあの弁当の名前を考えて欲しい。それともう一つは、時期も時期だから次の…そう夏色弁当も新たに考えてくれたまえ」
以前に増した青年のオーバーリアクションに暫し村娘達の目が点になる。
(この人、素でこんななのだろうか…)
だったら残念なイケメンだなと思いつつ、内容を思い返せば嬉しい話だ。
次の依頼を頂けるという事はすなわち、彼女達のセンスも腕も本物であるという事になる。
けれど、彼女達はふと現実に返り春の事を思い出し踏み止まる。
「あの、すいません。その夏色弁当のテーマは? また無理難題を用意してたりとかするんじゃ…」
恐る恐る一人が尋ねる。
「ノープロブレム。今回は夏野菜を使って頂ければ問題なしさ。好きなものを詰めて頂いて構わないよ」
『本当ですか!?』
前回は健康志向だの、肉も魚もいれて欲しいだの注文が多く頭を抱えたものだ。
それがないとなればまだ気楽に考えられるし、うまくやれば村の野菜を沢山アピールする事もできる。
(売上が上がれば私達の村の野菜も沢山使われて一石二鳥! 新しい品種に手を出す事も出来そうよねっ)
一人が脳裏でそんな事を目算し、拳を握る。
(このまま私達が有名になれば街にお店とかも出せるかもしれない! そしたら私も一人前のコックさん!)
もう一人は己の野望の実現を描いてにやりと笑みを浮かべる。
「またやって頂けますでしょうか?」
青年が丁寧に問う。
『わかりました。やりましょう!!』
娘達はあっさりとそれを引き受けると、超特急で出荷の準備を済ませて実行委員が置いていった書類を確認する。
そして、その書類にはまたしても耳にしていないある事柄が記されていて…。
「やられたわね…」
「ですね…でも、ほら野菜は自由に使える訳ですし、この位ならなんとかなるかも」
苦し紛れにも見える強気発言で自分を何とか保ちつつ、ぽそりともう一人が言う。
その聞いていなかった事とは――。
『海での販売を予定しておりますので、海で売れるようなメニューでお願いします』
海でいただく夏色弁当……あの太陽きらめく砂浜で、食欲そそる弁当なんてあるのだろうか。
しかもシーサイドのレストランや海の家にも負けないようなものでなくてはいけない気がする。
三人娘は前回以上の難題に頭を抱える。それに加えて、小さく予算の指定までされているではないか。
「おにょれ~~あの実行委員め! ちょっとカッコいいからって…」
「まあまあ、落ち着いて。ピンチはチャンスだよ! 良い感じで名は売れてるんだし、次も出来るって!」
前向きに一人が励ます。確かに村の野菜を使えばコストは削減できよう。
但し、三人の頭ではやはり限界があるのは否めない。
「この予算でお願いできるだけのハンターさんを雇いましょう」
前回ほどは無理かもしれないが、それでもやれない事はないと信じ彼女達は動き出すのだった。
農業が盛んで、気候もよくなんでも適度によく育つ。
そんな小さな村に住まう三人娘は今やこの村のちょっとした有名人だ。というのも、村長祭にピザ屋を出したことからその腕を買われて、ついこないだは祭り向けの弁当を制作。これまたヒットを飛ばしているのだから他の村人からは英雄扱い。しかし、村自体にはこれと言って目立つものはなく、観光客は少ない。
そんな村であるから余所者の来訪はちょっとした噂になるものだ。
「もしかして、あの人…街から来た人かねぇ?」
「あの方角って―と、あの三人娘のいる方か? 何かあるのか?」
道を歩く見慣れぬ青年に村人達がひそひそ声で話す。
だが、青年はそんな事をお構いなしにずんずん歩いてやってきたのは三人娘のいる作業場だ。
いつも収穫した野菜を各自運んで来て、その作業場で仕分けや梱包を行っているらしい。
「やあ、諸君。また会ったね」
青年が場違いなほど爽やかに言う。
「あれ、実行委員さんじゃないですか!? 次のお祭りはまだですよね?」
「何かありましたでしょうか? 前の諸経費なら請求されても困りますよ」
収穫仕立てのレタスの土を払いながら三人娘のうち二人が問う。
「フフフッ、違う違う。あの春色弁当がとても好評だったんだ。で一般販売が決まったから報告と新たなお願いに来た訳さ」
さらりと髪をかき上げて、やはり少しばかり芝居じみた口調の青年だ。
「新たなお願いと言うと…」
「一つはあの弁当の名前を考えて欲しい。それともう一つは、時期も時期だから次の…そう夏色弁当も新たに考えてくれたまえ」
以前に増した青年のオーバーリアクションに暫し村娘達の目が点になる。
(この人、素でこんななのだろうか…)
だったら残念なイケメンだなと思いつつ、内容を思い返せば嬉しい話だ。
次の依頼を頂けるという事はすなわち、彼女達のセンスも腕も本物であるという事になる。
けれど、彼女達はふと現実に返り春の事を思い出し踏み止まる。
「あの、すいません。その夏色弁当のテーマは? また無理難題を用意してたりとかするんじゃ…」
恐る恐る一人が尋ねる。
「ノープロブレム。今回は夏野菜を使って頂ければ問題なしさ。好きなものを詰めて頂いて構わないよ」
『本当ですか!?』
前回は健康志向だの、肉も魚もいれて欲しいだの注文が多く頭を抱えたものだ。
それがないとなればまだ気楽に考えられるし、うまくやれば村の野菜を沢山アピールする事もできる。
(売上が上がれば私達の村の野菜も沢山使われて一石二鳥! 新しい品種に手を出す事も出来そうよねっ)
一人が脳裏でそんな事を目算し、拳を握る。
(このまま私達が有名になれば街にお店とかも出せるかもしれない! そしたら私も一人前のコックさん!)
もう一人は己の野望の実現を描いてにやりと笑みを浮かべる。
「またやって頂けますでしょうか?」
青年が丁寧に問う。
『わかりました。やりましょう!!』
娘達はあっさりとそれを引き受けると、超特急で出荷の準備を済ませて実行委員が置いていった書類を確認する。
そして、その書類にはまたしても耳にしていないある事柄が記されていて…。
「やられたわね…」
「ですね…でも、ほら野菜は自由に使える訳ですし、この位ならなんとかなるかも」
苦し紛れにも見える強気発言で自分を何とか保ちつつ、ぽそりともう一人が言う。
その聞いていなかった事とは――。
『海での販売を予定しておりますので、海で売れるようなメニューでお願いします』
海でいただく夏色弁当……あの太陽きらめく砂浜で、食欲そそる弁当なんてあるのだろうか。
しかもシーサイドのレストランや海の家にも負けないようなものでなくてはいけない気がする。
三人娘は前回以上の難題に頭を抱える。それに加えて、小さく予算の指定までされているではないか。
「おにょれ~~あの実行委員め! ちょっとカッコいいからって…」
「まあまあ、落ち着いて。ピンチはチャンスだよ! 良い感じで名は売れてるんだし、次も出来るって!」
前向きに一人が励ます。確かに村の野菜を使えばコストは削減できよう。
但し、三人の頭ではやはり限界があるのは否めない。
「この予算でお願いできるだけのハンターさんを雇いましょう」
前回ほどは無理かもしれないが、それでもやれない事はないと信じ彼女達は動き出すのだった。
リプレイ本文
●夏とカレー
夏の海と言えば一体何を連想するだろうか。
輝く海にきらめき砂浜、太陽の日差しが身体を焼き、その光が少しだけ人を大胆にさせる。
――というのがいいイメージでの海の表現。しかし、逆に考えればどうだろう。
燃えるような太陽が砂浜を焼き、ビーチサンダルなしには歩く事もままならない。
大胆な行動をさせるのは暑さにやられて、涼を求める海に飛び込んだから。けれど、そことて安心はできない。
なぜなら、海には人間だけが住まう訳ではなく、一歩間違えればトラウマを植え付ける生物さえ存在する。
とまぁ、言い出したらキリがないのでこの辺にして…村娘達は夏の海を少々甘くみていた。
「え…そんなに暑くなるんですか?」
最低気温十九度、最高気温三十度――それが販売地の平均気温であると知って、彼女達からさっと血の気が引く。
「他にもあるぞ。照り返しのあるギラギラした日差し、焼け砂浜からの熱気…夏の腐敗力はシャレにならないんだ」
はぁと息を吐いて、ザレム・アズール(ka0878)が説明する。
「え、だって水場が近いじゃないですか? なのに、暑いって意味はわか…」
「海水だからな。山の小川のそれとは全然違うんだ。山なら日陰もあるもんだが、海にはそれもない」
「あうぅ~」
きっぱりと言い切られて、村娘の一人が落胆する。
「もしかして、海に行った事がないのか?」
そこでザレムがそう尋ねると、三人ともこくりと頷いて――成程、だからすんなり引き受けてしまったのだろう。
「大丈夫ですよっ。私にかかればそんな些細な事はちゃちゃーと解決して見せますから。そういう訳でまずは見た目からその気にならなくては!」
嬉々とした様子でやってきて星野 ハナ(ka5852)がいきなり服を脱ぎ始める。
『なっ、何を!!』
その様子に慌てる男性陣であったが、その下にあったのは可愛いフリルの、どうやら水着らしい。今はやりの上はチューブトップタイプになっているようだが、万が一の事も考えてか肩ひもがついているし、胸を隠すようにデザインされたフリルであるが、それだけでなくバストアップ効果も発揮している。
「あら、可愛いバンドゥビキニね。でもここは海じゃないけど」
そんなハナを見て月・芙舞(ka6049)がくすりと笑う 。
彼女はハナのビキニに匹敵するほどの大腿なデザインのチャイナ服が印象的な女性だ。
「こ、こういうのはまず形からなんですよぉ。だから恰好からいってみましたぁ」
ハナはそう言い、楽し気にザレムの腕に胸を押し付ける。そんな彼女にザレムは一言。
「形から入る意気込みは買うが、服は着た方が良い」
そう言って、彼女の荷物の中にあったパーカーをそっとかけたり。
(うぅ~手強いですねぇ。何で気付いてくれないんですかぁ~)
ハナの心の声――しかし、それは彼に届く事はない。
「とにかくだ。弁当にするにしても現地調理の即売が必須になると思うぞ。でないと、本当にあっという間だ」
夏の海を知るザレムが皆に釘を刺す。
「という事はやはり冷やして食べる系のものは無理、なのだろうか?」
話を聞いて、冷製ミネストローネを提案しようかと思っていた鞍馬 真(ka5819)が問う。
「そうですねぇ…一応氷は用意できるとは思うのですけど、そんなに暑いとあっという間に溶けてしまいそうですし、弁当にいれるには問題が多いかと」
申し訳なさそうに村娘が言う。
「そうか。わかった」
真はその言葉に心中で頭を抱えた。
(元々アイデアを出すのは苦手なんだが…困ったな。これでは何しに来たのやら…)
残すアイデアはもう一つのみ。しかし、それもどちらかと言えばオーソドックスなものだ。
(夏と言えばカレー……我ながら安直過ぎるか)
真が独り言ちる。しかし、彼同様に考えていた者は多いようで…。
「私が提案するのは野菜多めのヘルシーカレーよ。理由はやはり浜辺のカレーライスは美味しいので」
器となるトレイは深めのものを選んで、御飯とルーは別入れを芙舞が主張する。
「あの、わたしも夏野菜カレーを作りたいです。食欲がなくても食べやすいですし…」
少し控えめに言葉しながら、時折隣りにいるヴァイス(ka0364)を確認するのはアニス・エリダヌス(ka2491)。
料理が得意という訳でもないが、ヴァイスとこの弁当作りで仲良くなれたらと思いここへやって来たのだ。
「困ったな。実は私もカレーだ。とはいえ、私のはカレー風野菜炒めなんだが」
真が告げる。それに加えてもう一人。カレーをチョイスしていたのは天竜寺 詩(ka0396)だった。
「私のはドライカレーにしてのロールレタスお握りだよ。ロメインレタスは多少の熱でも歯ごたえが残るし、串にでも刺したら食べやすいかも?」
前回の春色弁当の際、苦い思いをした彼女だ。今回こそはと色々対策を練ってきている。
カレーのままではどうしても液だれの心配がある為、ドライカレーを選んだという事だろう。
加えて彼女にはもう一つとっておきのメイン料理があるのだが、それはまた後で。
「とりあえず少しずつ作ってみますか?」
小さな鍋を用意して、それぞれに思い描くカレーの調理に入る。
予算の問題で寸胴での調理は無理そうだが、畑から取って来たばかりの食材を前に、今回は村娘達の作業場に簡易テーブルを作って試作開始。村娘達を含めて総勢十三人であるからある程度の広さがあると言っても、割と窮屈になってくる。しかし、その狭さに利点もあるようで…。
「あ…あの、すみません」
玉葱を切ろうと手に取ったアニスだったが、それをヴァイスに奪われ思わず謝罪の言葉が零れる。
「なに、可愛い妹の為だ。でこれを刻んで炒めればいいんだよな?」
そう言う彼に頷くアニス。
代わりに彼女はトマトを刻んで…ヴァイスが炒め始めた玉葱に加え、隣りで次の作業に入る。
「いい、色合いですね」
「ああ、飴色ってやつだ。甘い香りが堪らないな」
ヴァイスは焦げ付かせないように注意深く木べらでかき混ぜる。
すると暫くすればトマトも徐々に形を失くし果汁だけが残り始める。
そこへ水とルーを足せば、後はぐつぐつ煮込むだけ。彼は鶏肉の下準備をする彼女のサポートへ。
少しのスパイスで味付け鶏肉を焼く。それが焼けたら次はパプリカとズッキーニ。
この二つは後のせのトッピングになるらしい。
「あ、もう大丈夫です。有難う御座います」
丁寧にぺこりとお辞儀をして彼女が言う。そして、場所の入れ代わりに見せた仕草にヴァイスはドキリ。
金髪の長い髪が少し邪魔になったのだろう。自然な仕草で髪を耳にかけて、その時ちらりと見えた項に女性らしさが垣間見える。加えて、お玉を取って小皿に入れ、味見をする彼女の立ち姿…。
(なっ…何を考えてるんだ、俺はっ! アニスは妹分なんだぞ!!)
慌てて首をぶんぶん振る。そう言う対象ではないと、必死に言い聞かせ早くなった鼓動を落ち着かせる。
「ヴァイスさん? どうかされましたか?」
その様子が気になって彼女が尋ねて、
「いや、何てことはない」
と答える彼。視線が宙を泳いでいた。そんな彼に首を傾げるも彼女が今優先すべきはカレーで。
「えと、でしたら、これを味見して頂けますか?」
お玉に少し取ってさっきの小皿に受け差し出す。
「ああ、わかった」
それをぐいっと飲み干して…トマトの酸味と玉葱の甘さが絶妙だった。
ルーとなっているスパイスも独自の配合なのか、それ程クセが強くない。
「うまいな。俺が好きな味だぜ」
彼が言う。その言葉にぽっと頬を赤らめるアニス。
彼女のは照れであるが、そういえばこの小皿って…。
その事に気付いてヴァイスが赤くなるのは、もう少し後の事だった。
●煮込みカレーと夏野菜
カレーと一概にいっても作り方は様々だ。
アニスのように後のせトッピングタイプもあれば、初めから具材を投入してルーに味わいを出す為とろとろになるまで煮込むタイプのものもある。芙舞のカレーはまさにそれだ。カレーに合いそうな野菜を鍋で軽く炒めるとそこに直接水とルーを入れ、時間をかけてじっくりと煮込んでいく。
「芙舞さんのカレーは甘口ですか?」
村娘の一人が問う。
「いいえ、暑い中で汗をかきながら食べて欲しいから中辛~辛口程度ね。だけど、どうして?」
「いやぁ、私辛いのが苦手で…」
少し申し訳なさそうに彼女が告げる。
「そう、でも大丈夫よ。味のトッピングとして一応半熟卵と粉チーズを用意しているから」
卵とチーズ…どちらもカレーの辛みを少なからずマイルドにする効果がある。
「なるほど~。そうすれば辛口が苦手な人にも食べられるという訳ですね」
芙舞の鍋を友達のユイ・エーテリウム(ka3102)と共に見学しながら金色・緋色(ka6369)が言う。
「へぇ、カレーってこうやって作るんだね。ボクいつもは食べる専門だから勉強になるんだよ」
とこれはユイ。味見したそうであるが、今は我慢と覗くだけに留めている。
「私も凝った料理は…って、カレーは凝ってると言いにくいですかね?」
それにつられて、緋色も言葉を付け加える。
「さあな。しかし、カレーは奥が深いと思うが」
そう言ったのは今まさにカレー風野菜炒めを仕上げた真だった。
出来立ての料理からは湯気が上がり、その香りが皆の食欲をそそる。
「せっかくだ。話を聞こうか?」
今回はアドバイスだけに回っているザレムが言う。
「いや、大した事じゃあない。ただ、スパイスの配合にしても拘るものならキリがないだろう。とすると、単純な調理方法ではあるが、味は変幻自在。同じ材料を使っても味は変わると言いたかっただけだ」
料理初級の腕前であるが、味に関しては文句を言う程でないにしろ譲れないものがある。
だから、自然と今回の依頼にも足が向いたのかもしれないと思う真だ。
「はぅぅ、手間を惜しんでは美味しいものは出来ないの。だから暑くても頑張るんだよ」
その横では詩が鍋と格闘していた。というのも彼女のロールレタスには巻きやすくする為の一工夫が必要なのだ。
お湯で湯掻きしなられるのも一つの手だが、それでは味が薄くなるとわざわざダブルスープのコンソメを用意し、それにつけてレタス自体にも味付けを施す手の入れようだ。
だがその分作業が多くなる訳で…、先に仕上がった真が手伝いに入る。
「他にも作るものがあるようだな。下ごしらえでもしておこうか?」
詩の手元のレシピを前に彼が言う。
「じゃあ、お願いするんだよ。まずはラタトゥユを作って、それから…」
細かな指示が飛ぶ。
話を聞けば真がさっき諦めたミネストローネと具材が似ているし、作り方も割と似ている事から何の事はない。
「成程…春のリボリータの夏版のイメージだな。よし、やるか」
彼が動き始める。考えるのはイマイチであったが、調理の腕前はそこそこでなかなかいい助っ人となる。
そんな調理中の詩と芙舞は作業を続けて、開いた場所にはまだ作っていないハンターが入り、調理を進める。
「じゃあ今度は俺のを手伝って貰えるか?」
アニスが調理を終えたのを見計らい、ヴァイスが頼む。
といっても彼の料理はとてもシンプルなものだった。
「えと、何を用意すれば宜しいですか?」
その問いに彼は油とだけ答える。そうして、彼は近くにあったズッキーニを手早く輪切りにすると、軽く水気をとって豪快に油の入った鍋に投入。ただそれだけだ。
「あら、あなたもフライなのね」
マリィア・バルデス(ka5848)がズッキーニを手に取って言う。
「俺のはズッキーニを素揚げにして後から餡をかけるつもりだったが、あんたは?」
「私は素揚げ止まりね…でも、餡はやめた方が良いかもよ。液だれが怖いから」
しかも炎天下の弁当箱の中だ。
餡かけは冷めにくい料理の一つであるが、それが逆に周りのおかずを早く傷めてしまう可能性もある。
「そうか、じゃあこの際」
「チップスにしたらどうかしら? そうすれば塩をかけるだけだしお手軽よ」
似通った料理は材料節約の為、レシピをすり合わせ一つにする。
「そうだな、それでいくか。幸いまだ全部は揚げてねぇし」
バットに残っている切ったズッキーニを前に彼が言う。
「でしたら、わたしが残りを薄切りにしますね」
「おう、頼むぜ」
ヴァイスとアニス――割と相性がいいのかもしれない。
そんな二人をどこか微笑ましく思うも、マリィアもじっとしてはいられない。彼女は次の料理を思案する。
(ズッキーニのターメリック炒めも考えてはいたけど、真のカレー炒めに近いものがあるし…微妙よね)
書き出してきた今回提案のレシピたち。そのメモを確認しつつ、別の料理に取り掛かる。
「ねぇ、生姜と紫蘇はあるかしら?」
そこで必要とする食材を探して、彼女が村娘に尋ねる。
「はい、ありますよ。少々お待ちを」
それに応えてぱたぱたと駆けて行き、何やら倉庫にある箱を確認する。
そうして、お目当てのものが届けられると彼女は一安心。
生姜はすりおろし、豚肉をしょうがを入れた調味だれにつけ込む。
紫蘇は軽く洗って水をふき取る。
その間にもう一品。おススメ食材・アスパラを使ってのベーコン巻きだ。
しかし、彼女はそれをオーソドックスな物にはしない。
「その油、貸して貰っていいかしら?」
ヴァイスとアニスの調理が終わると、それを再利用して衣をつけてフライにするらしい。
そんな彼女を見て、慌てて声をかけたのは緋色だ。
「あの、すみません。アスパラとベーコンの肉巻きを作るんですよね? だったら、私も手伝います」
隣りでユイが見守る中、彼女が言葉する。
「もしかして、あなたも作るつもりだったのかしら?」
「はい。アスパラと言ったら肉巻きです! それしか思いつかなくて…なので合作にして頂けたらと」
初対面であるから少し緊張しつつ、彼女が言う。
「いいわ。でそちらの子は?」
「あっ、こっちはユイさんって言って友達なんです。だから一緒に作ろうって言ってて」
「そう、だったらこっちは任せてその子を手伝ってあげて。とその前に何かオリジナル要素はあるかしら?」
巻きかけた手を止めて、マリィアが尋ねる。
「でしたら、チーズを。絶対一緒の方が美味しいはずです! 揚げるんだったらなおさらッ!」
緋色が推す。その言葉に彼女は頷くと、チーズを追加し巻いてゆく。
それに満足したのか二人は別の作業に入ったようだ。マリィアも調理を再開し巻きが崩れないよう注意しながらじっくりと火を通して、もう一品はアスパラとロメインレタスのピクルスを待機中。
「さすがに慣れたものですね。マリィアさん、絶対いいお嫁さんになりそう」
村娘の一人が楽しそうに彼女を見つめる。
「あら、その予定はないのだけど…手際の良さは軍隊仕込みよ。軍では糧食(レーション)はよく作っていたけれど、あれは簡単なものが多いしね。でも、時間が限られているから自然と手際は身につくのよ」
その間にもレタスを手に取り一部は刻んで、今度は豚ミンチと合わせて練り、焼売を作り始めている。
「本当、ピザの時から頼りになるなぁ~」
村娘が言う。そんな言葉におだてられても、彼女は軍人気質そのままにそれほど表情を変える事はなかった。
●麺
「ふふふぅ~、皆さん盲点がある事に気付いていませんねぇ。暑いからと言って、傷みやすいものから避けてばかりでは駄目なんですよぉ。発想の転換です! 熱いならば冷やせばいいし、傷むものなら傷みにくくすればいい…これがすなわち勝利の方程式なのですぅ!」
カレー班の鍋が一旦竈から降りたところで、ハナがやる気満々でパーカーの袖をたくし上げる。
相変わらずの水着のままだが、一同も見慣れてきたのかもう騒ぐ者はいない。
「で、ハナは何を作る気だ」
なんやかんやで見守っているザレムが問う。
「私ですかぁ。私はですねぇ~勿論これですよぉ!!」
ずばばーんとポーズを決めて、取り上げたのは棒パスタだ。
もうパスタという縛りがないにも関わらず、彼女は今回もこれで挑むという事らしい。
「ザレムさんは知らないかもしれませんが、海の家で食べたいって言うと本当はラーメンとかカレーです! けど、もうカレーは既に他の方がやっているので、私はあえて冷やしパスタでいきます!!」
「ふむ…冷やしパスタか。で、どうやって冷やすんだ?」
「へ? それはもちろん氷ですぅ!」
C寄りのBカップの胸を張って彼女が言い切る。
「いや、だけど聞いてなかったのか? 来たばかりの時、村娘達が言っていただろう。氷はすぐ解けて大惨事だと」
「え…」
呆れ顔でザレムに言われて、ハナが愕然とする。
「あ、あの〜もしかして、このお弁当冷やしたままにとか出来ないんですかぁ?」
ちらりと視線を村娘にスライドして、彼女が問う。
「え……あぁ~多分無理かと」
「あぅぅぅ~~、やっぱダメなのですねぇ~。じゃあ、汁を瓶に詰めて冷やしておいて、保冷剤代わりにするのはどうですか?」
氷がダメならと、新たな案を提示する。
「考えは素敵だと思うんです。だけど、予算の関係で容器にはあまりお金かけられないかと…」
村娘の一人が申し訳なさそうに言う。
「せいぜい、弁当と一緒に冷たい飲み物もセットで売るくらいが限界だろうな。これなら値段は高くなるがコストはかからない」
ザレムが提案する。
「はぅ、わたしとした事がぁぁ、ザレムさん慰めてぇ~」
そこでついに心が折れて…ハナがザレムに泣きついた。
「あはは…まぁ、あれだ。そういうこともあるだろうさ…」
ザレムは少し困った顔を見せて、彼女の頭を撫でる。すると案外あっさりと立ち直って、
「うっうっ…いいですよぉ。大丈夫、麺は駄目でもおかずは生きる。そういう訳で夏野菜の天ぷらを作りますぅ」
言うが早いか近くにあった夏野菜に衣を付けると揚げ始め、別の鍋では天つゆを一から作成する。
その出汁からの作り方にはリアルブルーの手法が使われているからクリムゾンウエストの住人は興味津々だ。
「凄ーい、こんな出汁の取り方あったんだー」
「ほんのりコクがあって美味しいですぅー」
味見に少しだけ分けて貰った村娘達が絶賛する。
「フッフッフッ、転んでもタダではおきませんよぉ」
ハナ、恐るべし。彼女の秘策はこの他にもあるのだが、それはまた料理とは別の話だ。
こっそりわさびを手に取り、彼女は目を光らせる。
そんなハナとは別にもう一人、麺にチャレンジした者がいた。それはユイだ。
「さっきは残念だったねー…でも、こっちを手伝ってくれて嬉しいの」
いつも抱えているうさぎのぬいぐるみ『うさみん』を置いて、彼女が緋色と焼きそばを作り始める。
夏の定番であるが、彼女も一工夫…ただの焼きそばという事ではない。
「あ、涙出てますよ。大丈夫ですか?」
頑張って玉葱を刻むユイに緋色は助け舟。ハンカチを取り出して、そっと涙をふき取る。
「はぅ、ありがとうだよ~」
そんな友にお礼を言って――レモンは半分に切り、豚肉は薄切りを五センチ程度に、ズッキーニは半月にする。そうして、ここからはフライパン。麺と野菜を炒め始めたユイは緋色にお願い。
「ひーちゃんは塩だれを作っておいてほしいんだよ」
「了解です」
そんな阿吽の呼吸で緋色は返事をすると同時にレモンを絞る。
そうして、コショウと混ぜれば簡単さっぱりな塩だれが完成だ。
「うん、いい感じ…よし、いれてっ!」
しばし蒸し焼きにしていたフライパンの蓋を取ってユイが指示を出す。
そこですかさずたれを振り入れれば、作業場一帯に香る爽やかな香り――。
「ふむ、これはレモンか…」
夏向けという事でビタミンと塩分を一度に補える塩焼きそばは売れそうだ。
「あわ~、おいしそうに出来ましたね★」
緋色が目を輝かせる。
「ひーちゃんが手伝ってくれたからなの」
ユイが照れつつも言葉を返す。
「さぁ、じゃあ待ちに待った実食会ですよぉ~」
そこで皆の調理が終了して、村娘達が皆に呼びかけた。
●組み合わせとそして…
机に並んだ数々の料理たち――メインになりうるのは大凡七品。
うち、初めにも説明したカレーのメインは三つだ。
「んー…芙舞さんのもアニスさんのも美味しいけど、やっぱり容器の問題があるよねー」
「海の家にありそうだから、お客が分かれてしまうかもですね」
それぞれが感想を言う。中辛と甘口、どちらも捨てがたいが逆に言えばど定番でもあるし目を引くとは言い難い。
であるから売れる希望があるとすれば、詩のドライカレーお握りがカレー部門では有力だろう。
「ドライカレーと言えばちょっとパサついたイメージがあるが、これだと食べやすいししっかり味もついているな」
正直な意見をザレムが言う。
「持ち運びの面でもまずまずだろう。ただ、おしぼりつけないときついかもしれないが」
串に刺すとは言え、やはり手で食べたい人もいるだろうと真が言う。
「だったらこれが一番よくないですか! ユイさんの焼きそば! それなら文句なし、爽やか風味ですし」
緋色が友の料理を一押しする。
「そうね、普通にいけるし…これなら少々の暑さにも傷みにくいと思うわ」
マリィアがその意見に賛成を出す。
「それで言えば、マリィアさんのバケットサンドもお手軽でいいと思うんだよね」
ユイが今まさにそのサンドを頬張りながら言う。というのも、マリィアは色々作っていたように見えてその個々はサンドの具材に過ぎなかった。生姜焼きとアスパラのベーコン巻きフライ、ピクルスに紫蘇…錦糸卵も後に作ったようだが、そのいずれもがバケットに挟まっている。
「なあ、これは誰の作だ? こんなの見た事ねぇぜ?」
そんな中、変わった形の料理を見つけてヴァイスが指を差す。
そこにはカラッと揚がった食パンがあった。しかし、ただの揚げパンではないようで…。
「よくぞ聞いてくれたんだよ。それは私の自信作…ラタトゥユの棺桶パンだよ!」
「棺桶…ですか?」
何処か不吉なフレーズにアニスが肩を竦める。
「棺桶と言っても見た目が似ているというだけだ。リアルブルーのある国で売られていると聞いた事がある」
手伝った真がフォローを入れる。そうして皆に切り分ける為、ナイフを中央に入れてざくりと切り開けば、揚げる前に食パンの中央部をくり抜いていたのだろう。そこにラタトゥユが詰められていて、ご丁寧にまたパンの蓋がされているから、その部分が見えなかったようだ。
「おお、これはこっちの世界には見かけないものだし、いいかもしれません!」
村娘が目をキラキラさせて言う。
「うん、味も悪くないわね。揚げているけど、中が野菜だからヘルシー感もあるし」
芙舞が一口口に運んで味の感想を述べる。
そうして、皆が気に入ったものに投票する形で決まったのは――。
やはり、インパクトのある詩考案の二品と、ユイの焼きそばだ。
「となると、付け合わせはどうするか?」
サブメニューはズッキーニチップスに、夏野菜の天ぷら、カレーの野菜炒めは流石にくどいか。
マリィアのレタス焼売他、解体すればピクルス、生姜焼きにアスパラベーコンチーズフライがある。
「揚げものに揚げものはどうなんだろうな…」
そうでなくともスタミナが落ちれば、揚げ物はきつい。フライ系が多いサブメニューに皆が思案する。
そんな中、一番楽に使えそうなのはやはりこれか。
「このピクルス、いいと思います。酸味が利いてて、箸休めにもなりそうですし」
緋色が気に入ったのか、漬け込んでいる瓶から直接取り出し口へと運ぶ。
「けど、これ全体的に肉足りなくないか。棺桶もお握りも焼きそばも…スタミナつく感じじゃねぇよな」
男性視点でこれはヴァイスだ。そこで話は一度停滞した。
バランスのいいスタミナの付く、それでいて美味しく食べれる組み合わせ。
それを模索する一同。そこで役に立ったのは、食いしん坊の緋色だ。
彼女、こう見えて小柄であるが自称大食い。この依頼も半分は美味しいものが食べれると思い参加している。
「うーん、これはちょっと違うかもです。あ、でもこれはいけるかも…」
再び組み合わせを変えて少しずつ、弁当を想定した味見を繰り返す。
そうして、何度目の試行錯誤の結果…彼女は答えを導き出す。
「炭水化物爆弾になりますが、まずはこちらですね」
選ばれたのは塩焼きそばをメインにしたスタミナ弁当。
焼きそばの隅に一口サイズのドライカレーのレタスお握りを二つ添えて、その隣にはレタス焼売とピクルスを添える。なお、ここで使うピクルスは紫蘇で染めた特別版。彩りがかたよってしまうので、塩焼きそばには村娘達からの提案で小さな桜エビが加わっている。
そしてもう一つは、棺桶改め箱舟パン弁当。
船の方がなじみ深い為改名したが、中身の具はそのままにサブを改変。ボリュームを出しつつさっぱりした味を目指して編み出したのはアスパラチーズをなんと生姜焼きの肉で巻いたものだ。ベーコン自体は豚であるからそれ程違和感はない。少し濃い目に漬け込んで巻いて焼けば、新たな味の発見である。ちなみにこちらにも彩りプラスにあのピクルスがついている。
『ふぃ~、やっとできたぁ~~』
それぞれがふぅと息を吐き出しながら言葉する。
「ちょーーとっ、待って下さい。詰めが甘いですぅ! 究極の傷み防止策…それを聞きたくはないですか?」
ハナが鼻息荒く、皆に言う。
「えっ、それって…」
その言葉に吸い寄せられたように村娘の一人が問うと、取り出したのは一本のワサビ。
「フフッ、冷えたジュースをつければ売り上げも上がるかもですが、根本的な所をお忘れですよぉ。傷みを防ぐ。これを使えば、それが可能なのですぅ」
彼女はそう言い切り、摩り下ろした汁を絞って紙に塗る。
そうして、暫くその紙に火入れをしたレタスを置いて――一日経過を待てばどうだろう。
「凄い…こっちは傷んでない?」
比べる為に片方は塗らずに置いていたのだが、そっちのレタスはドロッとしかかっているのに対して、ワサビ有は幾分まだ乗せた時の原型を留めているではないか。
「ワサビには抗菌効果があるのです。だから弁当に塗るとか包み紙に少し塗るとかしておけば、傷みを遅らせる事が出来るのです!」
ハナが自慢げに言う。
この事実に感動した村娘達は早速春弁当にも活用するよう進言する。
そして、味には影響が出ない程度の改良が加えられ無事春・夏弁当の発売が着々と進むかに思われた。
が、何か忘れてはいないだろうか。そう、春色弁当だ――春弁当にはまだ仮名しかない。
「あ……やばい…すっかり忘れてたぁ~」
全て終わったつもりでいた村娘達から悲鳴が上がる。
弁当のメニューが決まった事によりハンター達を帰してしまった彼女等である。
が、幸いにもまだ全員は出て行っていなかったようで…焦っている三人を見つけて、詩とザレムが近付いてくる。
そこで早速発案してみるのだが、そう簡単にキャッチ―な名前が浮かぶ筈もなく…。
「すまん、春色パスタボックス・ペぺロンっていうのは駄目か?」
ザレムが言う。
本人も些か自分のネーミングセンスを良しと思っていない様で、とても微妙な表情を浮かべている。
「えと、ラビオリのは『味の迷宮ラビオリンス』っていうのはどうかな?」
こちらは詩であるが、何というか、独特の発想と言う他ないだろう。
ラビオリとラビリンスをかけているのだろうが、迷宮から連想するに美味しさが迷子にならないか心配である。
「ん、ん~…もう少し考えてみますね」
村娘達が言う。一応販売元に二人の考えたものを提出はしてみたのだが、やはり却下で――。
最終的に決まったのは呼びやすい愛称がいいという事になり、まさかの『ペペロンさん』と『ラビオリさん』。
後のもう一つも言わずとも判るであろう…オムナポ弁当にはストレートに『オムナポさん』と言う名がついたそうな。
そして、仕上がった夏弁当にはハナとザレムの意見が取り入れられ、飲み物付属での販売が決定。
この夏浜辺で販売が開始され、勢いこそないものの徐々に美味しいとの噂が広まりつつあるとの事で一安心。
『あぁ、なんとか乗り切ったのね~あたし達』
村娘達は一足早い休暇を取って、身体と脳の疲れを思う存分癒すのだった。
夏の海と言えば一体何を連想するだろうか。
輝く海にきらめき砂浜、太陽の日差しが身体を焼き、その光が少しだけ人を大胆にさせる。
――というのがいいイメージでの海の表現。しかし、逆に考えればどうだろう。
燃えるような太陽が砂浜を焼き、ビーチサンダルなしには歩く事もままならない。
大胆な行動をさせるのは暑さにやられて、涼を求める海に飛び込んだから。けれど、そことて安心はできない。
なぜなら、海には人間だけが住まう訳ではなく、一歩間違えればトラウマを植え付ける生物さえ存在する。
とまぁ、言い出したらキリがないのでこの辺にして…村娘達は夏の海を少々甘くみていた。
「え…そんなに暑くなるんですか?」
最低気温十九度、最高気温三十度――それが販売地の平均気温であると知って、彼女達からさっと血の気が引く。
「他にもあるぞ。照り返しのあるギラギラした日差し、焼け砂浜からの熱気…夏の腐敗力はシャレにならないんだ」
はぁと息を吐いて、ザレム・アズール(ka0878)が説明する。
「え、だって水場が近いじゃないですか? なのに、暑いって意味はわか…」
「海水だからな。山の小川のそれとは全然違うんだ。山なら日陰もあるもんだが、海にはそれもない」
「あうぅ~」
きっぱりと言い切られて、村娘の一人が落胆する。
「もしかして、海に行った事がないのか?」
そこでザレムがそう尋ねると、三人ともこくりと頷いて――成程、だからすんなり引き受けてしまったのだろう。
「大丈夫ですよっ。私にかかればそんな些細な事はちゃちゃーと解決して見せますから。そういう訳でまずは見た目からその気にならなくては!」
嬉々とした様子でやってきて星野 ハナ(ka5852)がいきなり服を脱ぎ始める。
『なっ、何を!!』
その様子に慌てる男性陣であったが、その下にあったのは可愛いフリルの、どうやら水着らしい。今はやりの上はチューブトップタイプになっているようだが、万が一の事も考えてか肩ひもがついているし、胸を隠すようにデザインされたフリルであるが、それだけでなくバストアップ効果も発揮している。
「あら、可愛いバンドゥビキニね。でもここは海じゃないけど」
そんなハナを見て月・芙舞(ka6049)がくすりと笑う 。
彼女はハナのビキニに匹敵するほどの大腿なデザインのチャイナ服が印象的な女性だ。
「こ、こういうのはまず形からなんですよぉ。だから恰好からいってみましたぁ」
ハナはそう言い、楽し気にザレムの腕に胸を押し付ける。そんな彼女にザレムは一言。
「形から入る意気込みは買うが、服は着た方が良い」
そう言って、彼女の荷物の中にあったパーカーをそっとかけたり。
(うぅ~手強いですねぇ。何で気付いてくれないんですかぁ~)
ハナの心の声――しかし、それは彼に届く事はない。
「とにかくだ。弁当にするにしても現地調理の即売が必須になると思うぞ。でないと、本当にあっという間だ」
夏の海を知るザレムが皆に釘を刺す。
「という事はやはり冷やして食べる系のものは無理、なのだろうか?」
話を聞いて、冷製ミネストローネを提案しようかと思っていた鞍馬 真(ka5819)が問う。
「そうですねぇ…一応氷は用意できるとは思うのですけど、そんなに暑いとあっという間に溶けてしまいそうですし、弁当にいれるには問題が多いかと」
申し訳なさそうに村娘が言う。
「そうか。わかった」
真はその言葉に心中で頭を抱えた。
(元々アイデアを出すのは苦手なんだが…困ったな。これでは何しに来たのやら…)
残すアイデアはもう一つのみ。しかし、それもどちらかと言えばオーソドックスなものだ。
(夏と言えばカレー……我ながら安直過ぎるか)
真が独り言ちる。しかし、彼同様に考えていた者は多いようで…。
「私が提案するのは野菜多めのヘルシーカレーよ。理由はやはり浜辺のカレーライスは美味しいので」
器となるトレイは深めのものを選んで、御飯とルーは別入れを芙舞が主張する。
「あの、わたしも夏野菜カレーを作りたいです。食欲がなくても食べやすいですし…」
少し控えめに言葉しながら、時折隣りにいるヴァイス(ka0364)を確認するのはアニス・エリダヌス(ka2491)。
料理が得意という訳でもないが、ヴァイスとこの弁当作りで仲良くなれたらと思いここへやって来たのだ。
「困ったな。実は私もカレーだ。とはいえ、私のはカレー風野菜炒めなんだが」
真が告げる。それに加えてもう一人。カレーをチョイスしていたのは天竜寺 詩(ka0396)だった。
「私のはドライカレーにしてのロールレタスお握りだよ。ロメインレタスは多少の熱でも歯ごたえが残るし、串にでも刺したら食べやすいかも?」
前回の春色弁当の際、苦い思いをした彼女だ。今回こそはと色々対策を練ってきている。
カレーのままではどうしても液だれの心配がある為、ドライカレーを選んだという事だろう。
加えて彼女にはもう一つとっておきのメイン料理があるのだが、それはまた後で。
「とりあえず少しずつ作ってみますか?」
小さな鍋を用意して、それぞれに思い描くカレーの調理に入る。
予算の問題で寸胴での調理は無理そうだが、畑から取って来たばかりの食材を前に、今回は村娘達の作業場に簡易テーブルを作って試作開始。村娘達を含めて総勢十三人であるからある程度の広さがあると言っても、割と窮屈になってくる。しかし、その狭さに利点もあるようで…。
「あ…あの、すみません」
玉葱を切ろうと手に取ったアニスだったが、それをヴァイスに奪われ思わず謝罪の言葉が零れる。
「なに、可愛い妹の為だ。でこれを刻んで炒めればいいんだよな?」
そう言う彼に頷くアニス。
代わりに彼女はトマトを刻んで…ヴァイスが炒め始めた玉葱に加え、隣りで次の作業に入る。
「いい、色合いですね」
「ああ、飴色ってやつだ。甘い香りが堪らないな」
ヴァイスは焦げ付かせないように注意深く木べらでかき混ぜる。
すると暫くすればトマトも徐々に形を失くし果汁だけが残り始める。
そこへ水とルーを足せば、後はぐつぐつ煮込むだけ。彼は鶏肉の下準備をする彼女のサポートへ。
少しのスパイスで味付け鶏肉を焼く。それが焼けたら次はパプリカとズッキーニ。
この二つは後のせのトッピングになるらしい。
「あ、もう大丈夫です。有難う御座います」
丁寧にぺこりとお辞儀をして彼女が言う。そして、場所の入れ代わりに見せた仕草にヴァイスはドキリ。
金髪の長い髪が少し邪魔になったのだろう。自然な仕草で髪を耳にかけて、その時ちらりと見えた項に女性らしさが垣間見える。加えて、お玉を取って小皿に入れ、味見をする彼女の立ち姿…。
(なっ…何を考えてるんだ、俺はっ! アニスは妹分なんだぞ!!)
慌てて首をぶんぶん振る。そう言う対象ではないと、必死に言い聞かせ早くなった鼓動を落ち着かせる。
「ヴァイスさん? どうかされましたか?」
その様子が気になって彼女が尋ねて、
「いや、何てことはない」
と答える彼。視線が宙を泳いでいた。そんな彼に首を傾げるも彼女が今優先すべきはカレーで。
「えと、でしたら、これを味見して頂けますか?」
お玉に少し取ってさっきの小皿に受け差し出す。
「ああ、わかった」
それをぐいっと飲み干して…トマトの酸味と玉葱の甘さが絶妙だった。
ルーとなっているスパイスも独自の配合なのか、それ程クセが強くない。
「うまいな。俺が好きな味だぜ」
彼が言う。その言葉にぽっと頬を赤らめるアニス。
彼女のは照れであるが、そういえばこの小皿って…。
その事に気付いてヴァイスが赤くなるのは、もう少し後の事だった。
●煮込みカレーと夏野菜
カレーと一概にいっても作り方は様々だ。
アニスのように後のせトッピングタイプもあれば、初めから具材を投入してルーに味わいを出す為とろとろになるまで煮込むタイプのものもある。芙舞のカレーはまさにそれだ。カレーに合いそうな野菜を鍋で軽く炒めるとそこに直接水とルーを入れ、時間をかけてじっくりと煮込んでいく。
「芙舞さんのカレーは甘口ですか?」
村娘の一人が問う。
「いいえ、暑い中で汗をかきながら食べて欲しいから中辛~辛口程度ね。だけど、どうして?」
「いやぁ、私辛いのが苦手で…」
少し申し訳なさそうに彼女が告げる。
「そう、でも大丈夫よ。味のトッピングとして一応半熟卵と粉チーズを用意しているから」
卵とチーズ…どちらもカレーの辛みを少なからずマイルドにする効果がある。
「なるほど~。そうすれば辛口が苦手な人にも食べられるという訳ですね」
芙舞の鍋を友達のユイ・エーテリウム(ka3102)と共に見学しながら金色・緋色(ka6369)が言う。
「へぇ、カレーってこうやって作るんだね。ボクいつもは食べる専門だから勉強になるんだよ」
とこれはユイ。味見したそうであるが、今は我慢と覗くだけに留めている。
「私も凝った料理は…って、カレーは凝ってると言いにくいですかね?」
それにつられて、緋色も言葉を付け加える。
「さあな。しかし、カレーは奥が深いと思うが」
そう言ったのは今まさにカレー風野菜炒めを仕上げた真だった。
出来立ての料理からは湯気が上がり、その香りが皆の食欲をそそる。
「せっかくだ。話を聞こうか?」
今回はアドバイスだけに回っているザレムが言う。
「いや、大した事じゃあない。ただ、スパイスの配合にしても拘るものならキリがないだろう。とすると、単純な調理方法ではあるが、味は変幻自在。同じ材料を使っても味は変わると言いたかっただけだ」
料理初級の腕前であるが、味に関しては文句を言う程でないにしろ譲れないものがある。
だから、自然と今回の依頼にも足が向いたのかもしれないと思う真だ。
「はぅぅ、手間を惜しんでは美味しいものは出来ないの。だから暑くても頑張るんだよ」
その横では詩が鍋と格闘していた。というのも彼女のロールレタスには巻きやすくする為の一工夫が必要なのだ。
お湯で湯掻きしなられるのも一つの手だが、それでは味が薄くなるとわざわざダブルスープのコンソメを用意し、それにつけてレタス自体にも味付けを施す手の入れようだ。
だがその分作業が多くなる訳で…、先に仕上がった真が手伝いに入る。
「他にも作るものがあるようだな。下ごしらえでもしておこうか?」
詩の手元のレシピを前に彼が言う。
「じゃあ、お願いするんだよ。まずはラタトゥユを作って、それから…」
細かな指示が飛ぶ。
話を聞けば真がさっき諦めたミネストローネと具材が似ているし、作り方も割と似ている事から何の事はない。
「成程…春のリボリータの夏版のイメージだな。よし、やるか」
彼が動き始める。考えるのはイマイチであったが、調理の腕前はそこそこでなかなかいい助っ人となる。
そんな調理中の詩と芙舞は作業を続けて、開いた場所にはまだ作っていないハンターが入り、調理を進める。
「じゃあ今度は俺のを手伝って貰えるか?」
アニスが調理を終えたのを見計らい、ヴァイスが頼む。
といっても彼の料理はとてもシンプルなものだった。
「えと、何を用意すれば宜しいですか?」
その問いに彼は油とだけ答える。そうして、彼は近くにあったズッキーニを手早く輪切りにすると、軽く水気をとって豪快に油の入った鍋に投入。ただそれだけだ。
「あら、あなたもフライなのね」
マリィア・バルデス(ka5848)がズッキーニを手に取って言う。
「俺のはズッキーニを素揚げにして後から餡をかけるつもりだったが、あんたは?」
「私は素揚げ止まりね…でも、餡はやめた方が良いかもよ。液だれが怖いから」
しかも炎天下の弁当箱の中だ。
餡かけは冷めにくい料理の一つであるが、それが逆に周りのおかずを早く傷めてしまう可能性もある。
「そうか、じゃあこの際」
「チップスにしたらどうかしら? そうすれば塩をかけるだけだしお手軽よ」
似通った料理は材料節約の為、レシピをすり合わせ一つにする。
「そうだな、それでいくか。幸いまだ全部は揚げてねぇし」
バットに残っている切ったズッキーニを前に彼が言う。
「でしたら、わたしが残りを薄切りにしますね」
「おう、頼むぜ」
ヴァイスとアニス――割と相性がいいのかもしれない。
そんな二人をどこか微笑ましく思うも、マリィアもじっとしてはいられない。彼女は次の料理を思案する。
(ズッキーニのターメリック炒めも考えてはいたけど、真のカレー炒めに近いものがあるし…微妙よね)
書き出してきた今回提案のレシピたち。そのメモを確認しつつ、別の料理に取り掛かる。
「ねぇ、生姜と紫蘇はあるかしら?」
そこで必要とする食材を探して、彼女が村娘に尋ねる。
「はい、ありますよ。少々お待ちを」
それに応えてぱたぱたと駆けて行き、何やら倉庫にある箱を確認する。
そうして、お目当てのものが届けられると彼女は一安心。
生姜はすりおろし、豚肉をしょうがを入れた調味だれにつけ込む。
紫蘇は軽く洗って水をふき取る。
その間にもう一品。おススメ食材・アスパラを使ってのベーコン巻きだ。
しかし、彼女はそれをオーソドックスな物にはしない。
「その油、貸して貰っていいかしら?」
ヴァイスとアニスの調理が終わると、それを再利用して衣をつけてフライにするらしい。
そんな彼女を見て、慌てて声をかけたのは緋色だ。
「あの、すみません。アスパラとベーコンの肉巻きを作るんですよね? だったら、私も手伝います」
隣りでユイが見守る中、彼女が言葉する。
「もしかして、あなたも作るつもりだったのかしら?」
「はい。アスパラと言ったら肉巻きです! それしか思いつかなくて…なので合作にして頂けたらと」
初対面であるから少し緊張しつつ、彼女が言う。
「いいわ。でそちらの子は?」
「あっ、こっちはユイさんって言って友達なんです。だから一緒に作ろうって言ってて」
「そう、だったらこっちは任せてその子を手伝ってあげて。とその前に何かオリジナル要素はあるかしら?」
巻きかけた手を止めて、マリィアが尋ねる。
「でしたら、チーズを。絶対一緒の方が美味しいはずです! 揚げるんだったらなおさらッ!」
緋色が推す。その言葉に彼女は頷くと、チーズを追加し巻いてゆく。
それに満足したのか二人は別の作業に入ったようだ。マリィアも調理を再開し巻きが崩れないよう注意しながらじっくりと火を通して、もう一品はアスパラとロメインレタスのピクルスを待機中。
「さすがに慣れたものですね。マリィアさん、絶対いいお嫁さんになりそう」
村娘の一人が楽しそうに彼女を見つめる。
「あら、その予定はないのだけど…手際の良さは軍隊仕込みよ。軍では糧食(レーション)はよく作っていたけれど、あれは簡単なものが多いしね。でも、時間が限られているから自然と手際は身につくのよ」
その間にもレタスを手に取り一部は刻んで、今度は豚ミンチと合わせて練り、焼売を作り始めている。
「本当、ピザの時から頼りになるなぁ~」
村娘が言う。そんな言葉におだてられても、彼女は軍人気質そのままにそれほど表情を変える事はなかった。
●麺
「ふふふぅ~、皆さん盲点がある事に気付いていませんねぇ。暑いからと言って、傷みやすいものから避けてばかりでは駄目なんですよぉ。発想の転換です! 熱いならば冷やせばいいし、傷むものなら傷みにくくすればいい…これがすなわち勝利の方程式なのですぅ!」
カレー班の鍋が一旦竈から降りたところで、ハナがやる気満々でパーカーの袖をたくし上げる。
相変わらずの水着のままだが、一同も見慣れてきたのかもう騒ぐ者はいない。
「で、ハナは何を作る気だ」
なんやかんやで見守っているザレムが問う。
「私ですかぁ。私はですねぇ~勿論これですよぉ!!」
ずばばーんとポーズを決めて、取り上げたのは棒パスタだ。
もうパスタという縛りがないにも関わらず、彼女は今回もこれで挑むという事らしい。
「ザレムさんは知らないかもしれませんが、海の家で食べたいって言うと本当はラーメンとかカレーです! けど、もうカレーは既に他の方がやっているので、私はあえて冷やしパスタでいきます!!」
「ふむ…冷やしパスタか。で、どうやって冷やすんだ?」
「へ? それはもちろん氷ですぅ!」
C寄りのBカップの胸を張って彼女が言い切る。
「いや、だけど聞いてなかったのか? 来たばかりの時、村娘達が言っていただろう。氷はすぐ解けて大惨事だと」
「え…」
呆れ顔でザレムに言われて、ハナが愕然とする。
「あ、あの〜もしかして、このお弁当冷やしたままにとか出来ないんですかぁ?」
ちらりと視線を村娘にスライドして、彼女が問う。
「え……あぁ~多分無理かと」
「あぅぅぅ~~、やっぱダメなのですねぇ~。じゃあ、汁を瓶に詰めて冷やしておいて、保冷剤代わりにするのはどうですか?」
氷がダメならと、新たな案を提示する。
「考えは素敵だと思うんです。だけど、予算の関係で容器にはあまりお金かけられないかと…」
村娘の一人が申し訳なさそうに言う。
「せいぜい、弁当と一緒に冷たい飲み物もセットで売るくらいが限界だろうな。これなら値段は高くなるがコストはかからない」
ザレムが提案する。
「はぅ、わたしとした事がぁぁ、ザレムさん慰めてぇ~」
そこでついに心が折れて…ハナがザレムに泣きついた。
「あはは…まぁ、あれだ。そういうこともあるだろうさ…」
ザレムは少し困った顔を見せて、彼女の頭を撫でる。すると案外あっさりと立ち直って、
「うっうっ…いいですよぉ。大丈夫、麺は駄目でもおかずは生きる。そういう訳で夏野菜の天ぷらを作りますぅ」
言うが早いか近くにあった夏野菜に衣を付けると揚げ始め、別の鍋では天つゆを一から作成する。
その出汁からの作り方にはリアルブルーの手法が使われているからクリムゾンウエストの住人は興味津々だ。
「凄ーい、こんな出汁の取り方あったんだー」
「ほんのりコクがあって美味しいですぅー」
味見に少しだけ分けて貰った村娘達が絶賛する。
「フッフッフッ、転んでもタダではおきませんよぉ」
ハナ、恐るべし。彼女の秘策はこの他にもあるのだが、それはまた料理とは別の話だ。
こっそりわさびを手に取り、彼女は目を光らせる。
そんなハナとは別にもう一人、麺にチャレンジした者がいた。それはユイだ。
「さっきは残念だったねー…でも、こっちを手伝ってくれて嬉しいの」
いつも抱えているうさぎのぬいぐるみ『うさみん』を置いて、彼女が緋色と焼きそばを作り始める。
夏の定番であるが、彼女も一工夫…ただの焼きそばという事ではない。
「あ、涙出てますよ。大丈夫ですか?」
頑張って玉葱を刻むユイに緋色は助け舟。ハンカチを取り出して、そっと涙をふき取る。
「はぅ、ありがとうだよ~」
そんな友にお礼を言って――レモンは半分に切り、豚肉は薄切りを五センチ程度に、ズッキーニは半月にする。そうして、ここからはフライパン。麺と野菜を炒め始めたユイは緋色にお願い。
「ひーちゃんは塩だれを作っておいてほしいんだよ」
「了解です」
そんな阿吽の呼吸で緋色は返事をすると同時にレモンを絞る。
そうして、コショウと混ぜれば簡単さっぱりな塩だれが完成だ。
「うん、いい感じ…よし、いれてっ!」
しばし蒸し焼きにしていたフライパンの蓋を取ってユイが指示を出す。
そこですかさずたれを振り入れれば、作業場一帯に香る爽やかな香り――。
「ふむ、これはレモンか…」
夏向けという事でビタミンと塩分を一度に補える塩焼きそばは売れそうだ。
「あわ~、おいしそうに出来ましたね★」
緋色が目を輝かせる。
「ひーちゃんが手伝ってくれたからなの」
ユイが照れつつも言葉を返す。
「さぁ、じゃあ待ちに待った実食会ですよぉ~」
そこで皆の調理が終了して、村娘達が皆に呼びかけた。
●組み合わせとそして…
机に並んだ数々の料理たち――メインになりうるのは大凡七品。
うち、初めにも説明したカレーのメインは三つだ。
「んー…芙舞さんのもアニスさんのも美味しいけど、やっぱり容器の問題があるよねー」
「海の家にありそうだから、お客が分かれてしまうかもですね」
それぞれが感想を言う。中辛と甘口、どちらも捨てがたいが逆に言えばど定番でもあるし目を引くとは言い難い。
であるから売れる希望があるとすれば、詩のドライカレーお握りがカレー部門では有力だろう。
「ドライカレーと言えばちょっとパサついたイメージがあるが、これだと食べやすいししっかり味もついているな」
正直な意見をザレムが言う。
「持ち運びの面でもまずまずだろう。ただ、おしぼりつけないときついかもしれないが」
串に刺すとは言え、やはり手で食べたい人もいるだろうと真が言う。
「だったらこれが一番よくないですか! ユイさんの焼きそば! それなら文句なし、爽やか風味ですし」
緋色が友の料理を一押しする。
「そうね、普通にいけるし…これなら少々の暑さにも傷みにくいと思うわ」
マリィアがその意見に賛成を出す。
「それで言えば、マリィアさんのバケットサンドもお手軽でいいと思うんだよね」
ユイが今まさにそのサンドを頬張りながら言う。というのも、マリィアは色々作っていたように見えてその個々はサンドの具材に過ぎなかった。生姜焼きとアスパラのベーコン巻きフライ、ピクルスに紫蘇…錦糸卵も後に作ったようだが、そのいずれもがバケットに挟まっている。
「なあ、これは誰の作だ? こんなの見た事ねぇぜ?」
そんな中、変わった形の料理を見つけてヴァイスが指を差す。
そこにはカラッと揚がった食パンがあった。しかし、ただの揚げパンではないようで…。
「よくぞ聞いてくれたんだよ。それは私の自信作…ラタトゥユの棺桶パンだよ!」
「棺桶…ですか?」
何処か不吉なフレーズにアニスが肩を竦める。
「棺桶と言っても見た目が似ているというだけだ。リアルブルーのある国で売られていると聞いた事がある」
手伝った真がフォローを入れる。そうして皆に切り分ける為、ナイフを中央に入れてざくりと切り開けば、揚げる前に食パンの中央部をくり抜いていたのだろう。そこにラタトゥユが詰められていて、ご丁寧にまたパンの蓋がされているから、その部分が見えなかったようだ。
「おお、これはこっちの世界には見かけないものだし、いいかもしれません!」
村娘が目をキラキラさせて言う。
「うん、味も悪くないわね。揚げているけど、中が野菜だからヘルシー感もあるし」
芙舞が一口口に運んで味の感想を述べる。
そうして、皆が気に入ったものに投票する形で決まったのは――。
やはり、インパクトのある詩考案の二品と、ユイの焼きそばだ。
「となると、付け合わせはどうするか?」
サブメニューはズッキーニチップスに、夏野菜の天ぷら、カレーの野菜炒めは流石にくどいか。
マリィアのレタス焼売他、解体すればピクルス、生姜焼きにアスパラベーコンチーズフライがある。
「揚げものに揚げものはどうなんだろうな…」
そうでなくともスタミナが落ちれば、揚げ物はきつい。フライ系が多いサブメニューに皆が思案する。
そんな中、一番楽に使えそうなのはやはりこれか。
「このピクルス、いいと思います。酸味が利いてて、箸休めにもなりそうですし」
緋色が気に入ったのか、漬け込んでいる瓶から直接取り出し口へと運ぶ。
「けど、これ全体的に肉足りなくないか。棺桶もお握りも焼きそばも…スタミナつく感じじゃねぇよな」
男性視点でこれはヴァイスだ。そこで話は一度停滞した。
バランスのいいスタミナの付く、それでいて美味しく食べれる組み合わせ。
それを模索する一同。そこで役に立ったのは、食いしん坊の緋色だ。
彼女、こう見えて小柄であるが自称大食い。この依頼も半分は美味しいものが食べれると思い参加している。
「うーん、これはちょっと違うかもです。あ、でもこれはいけるかも…」
再び組み合わせを変えて少しずつ、弁当を想定した味見を繰り返す。
そうして、何度目の試行錯誤の結果…彼女は答えを導き出す。
「炭水化物爆弾になりますが、まずはこちらですね」
選ばれたのは塩焼きそばをメインにしたスタミナ弁当。
焼きそばの隅に一口サイズのドライカレーのレタスお握りを二つ添えて、その隣にはレタス焼売とピクルスを添える。なお、ここで使うピクルスは紫蘇で染めた特別版。彩りがかたよってしまうので、塩焼きそばには村娘達からの提案で小さな桜エビが加わっている。
そしてもう一つは、棺桶改め箱舟パン弁当。
船の方がなじみ深い為改名したが、中身の具はそのままにサブを改変。ボリュームを出しつつさっぱりした味を目指して編み出したのはアスパラチーズをなんと生姜焼きの肉で巻いたものだ。ベーコン自体は豚であるからそれ程違和感はない。少し濃い目に漬け込んで巻いて焼けば、新たな味の発見である。ちなみにこちらにも彩りプラスにあのピクルスがついている。
『ふぃ~、やっとできたぁ~~』
それぞれがふぅと息を吐き出しながら言葉する。
「ちょーーとっ、待って下さい。詰めが甘いですぅ! 究極の傷み防止策…それを聞きたくはないですか?」
ハナが鼻息荒く、皆に言う。
「えっ、それって…」
その言葉に吸い寄せられたように村娘の一人が問うと、取り出したのは一本のワサビ。
「フフッ、冷えたジュースをつければ売り上げも上がるかもですが、根本的な所をお忘れですよぉ。傷みを防ぐ。これを使えば、それが可能なのですぅ」
彼女はそう言い切り、摩り下ろした汁を絞って紙に塗る。
そうして、暫くその紙に火入れをしたレタスを置いて――一日経過を待てばどうだろう。
「凄い…こっちは傷んでない?」
比べる為に片方は塗らずに置いていたのだが、そっちのレタスはドロッとしかかっているのに対して、ワサビ有は幾分まだ乗せた時の原型を留めているではないか。
「ワサビには抗菌効果があるのです。だから弁当に塗るとか包み紙に少し塗るとかしておけば、傷みを遅らせる事が出来るのです!」
ハナが自慢げに言う。
この事実に感動した村娘達は早速春弁当にも活用するよう進言する。
そして、味には影響が出ない程度の改良が加えられ無事春・夏弁当の発売が着々と進むかに思われた。
が、何か忘れてはいないだろうか。そう、春色弁当だ――春弁当にはまだ仮名しかない。
「あ……やばい…すっかり忘れてたぁ~」
全て終わったつもりでいた村娘達から悲鳴が上がる。
弁当のメニューが決まった事によりハンター達を帰してしまった彼女等である。
が、幸いにもまだ全員は出て行っていなかったようで…焦っている三人を見つけて、詩とザレムが近付いてくる。
そこで早速発案してみるのだが、そう簡単にキャッチ―な名前が浮かぶ筈もなく…。
「すまん、春色パスタボックス・ペぺロンっていうのは駄目か?」
ザレムが言う。
本人も些か自分のネーミングセンスを良しと思っていない様で、とても微妙な表情を浮かべている。
「えと、ラビオリのは『味の迷宮ラビオリンス』っていうのはどうかな?」
こちらは詩であるが、何というか、独特の発想と言う他ないだろう。
ラビオリとラビリンスをかけているのだろうが、迷宮から連想するに美味しさが迷子にならないか心配である。
「ん、ん~…もう少し考えてみますね」
村娘達が言う。一応販売元に二人の考えたものを提出はしてみたのだが、やはり却下で――。
最終的に決まったのは呼びやすい愛称がいいという事になり、まさかの『ペペロンさん』と『ラビオリさん』。
後のもう一つも言わずとも判るであろう…オムナポ弁当にはストレートに『オムナポさん』と言う名がついたそうな。
そして、仕上がった夏弁当にはハナとザレムの意見が取り入れられ、飲み物付属での販売が決定。
この夏浜辺で販売が開始され、勢いこそないものの徐々に美味しいとの噂が広まりつつあるとの事で一安心。
『あぁ、なんとか乗り切ったのね~あたし達』
村娘達は一足早い休暇を取って、身体と脳の疲れを思う存分癒すのだった。
依頼結果
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天竜寺 詩(ka0396)
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/07/05 20:31:02 |