ゲスト
(ka0000)
【MN】クライズ学園の臨海学校!
マスター:御影堂

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/08/11 07:30
- 完成日
- 2016/08/24 05:32
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ここは関東近郊にあるクライズ学園。
街をまるごと飲み込む形で存在し、様々な生徒が通っている。異文化交流もとい異世界交流を推奨し、クリムゾンウェストからも多くの学生が通う。
これは、そんなもしかしたらの世界のお話。
クリムゾンウェストとリアルブルーが真に交差し、文化交流を果たした世界。
今回は、そのクライズ学園から遠く離れた島の物語である……。
●
「臨海学校……なんて素敵な響きなのでしょう!」
バスから見える眺めにサチコ・W・ルサスールは胸の高鳴りを押さえられないでいた。クライズ学園で行われる臨海学校は、学園全体から希望者を募って行われる旅行である。
サチコは裏生徒会という組織に所属しているが、今回ばかりは関係ない。今回は、学園が所有する離れ小島を用いて旅館「南家出荘」に泊まりこむ。サチコは、この旅行を至極楽しみにしていたただの生徒なのだ。プログラムは以下のとおりである。
ここからは、熱血体育教師のタロ先生が説明してくれるぞ。
昼間は、海岸で自由行動。泳ぐもよし、スイカ割りにビーチバレーと何でもござれ。海で行われるイベントは何でも楽しむべきなのだろう。サチコはここで行われる全てのイベントを巡るつもりで考えている。時間的に無理とか考えてはいけない。なせばなる、なさねばならぬ何事も……だ!
夕方にはバーベキュー大会が行われる。肉争奪戦が行われるのが定例になっているが、それを眺めながらのんびり食べる人達もいる。好きな方に参加して、会話に花を咲かせるといいだろう。裏生徒会サチコは、むろん、肉争奪戦に参加するぞ!
ちなみに肉争奪戦のルールは至極単純。焼き上がった肉が、空中に放たれるので手に入れるだけだ。地面に落ちたことは、いまだかつてない。誰かが必ずありつける。それが肉争奪戦だ!
そして、夜に開催されるメインイベントこそサチコが最も楽しみにしているものである。それは肝試しだ。脅かす側と試される側に別れ、このイベントに参加することになるぞ。脅かす側は、様々な能力や道具を駆使して脅かしてくれ!
コースは次のとおりだ。海岸をスタート地点として、森を20分程度で一周して帰ってくる。ただし試される側は、道中程で祠があるので、そこに置かれた御札を持ってこなければならない。ちなみにサチコは試される側だ。
「私は絶対に怖がったりいたしませんわ!」
ドヤ顔でサチコ・W・ルサスールはそう告げた。
ちなみに大体2~3人でチームを組んで肝試しに参加するぞ! チーム分けは仲良しこよし、ぼっちができないように話し合ってくれよな!
さて、そろそろ島が見えてくる。
たった1日の臨海学校。だけど、それは一生の思い出になるはずだ。
先生はそう信じているぞ。
●
補足:夜は枕投げや夜更かしをせずに寝ましょう。先生との約束だぞ?
ここは関東近郊にあるクライズ学園。
街をまるごと飲み込む形で存在し、様々な生徒が通っている。異文化交流もとい異世界交流を推奨し、クリムゾンウェストからも多くの学生が通う。
これは、そんなもしかしたらの世界のお話。
クリムゾンウェストとリアルブルーが真に交差し、文化交流を果たした世界。
今回は、そのクライズ学園から遠く離れた島の物語である……。
●
「臨海学校……なんて素敵な響きなのでしょう!」
バスから見える眺めにサチコ・W・ルサスールは胸の高鳴りを押さえられないでいた。クライズ学園で行われる臨海学校は、学園全体から希望者を募って行われる旅行である。
サチコは裏生徒会という組織に所属しているが、今回ばかりは関係ない。今回は、学園が所有する離れ小島を用いて旅館「南家出荘」に泊まりこむ。サチコは、この旅行を至極楽しみにしていたただの生徒なのだ。プログラムは以下のとおりである。
ここからは、熱血体育教師のタロ先生が説明してくれるぞ。
昼間は、海岸で自由行動。泳ぐもよし、スイカ割りにビーチバレーと何でもござれ。海で行われるイベントは何でも楽しむべきなのだろう。サチコはここで行われる全てのイベントを巡るつもりで考えている。時間的に無理とか考えてはいけない。なせばなる、なさねばならぬ何事も……だ!
夕方にはバーベキュー大会が行われる。肉争奪戦が行われるのが定例になっているが、それを眺めながらのんびり食べる人達もいる。好きな方に参加して、会話に花を咲かせるといいだろう。裏生徒会サチコは、むろん、肉争奪戦に参加するぞ!
ちなみに肉争奪戦のルールは至極単純。焼き上がった肉が、空中に放たれるので手に入れるだけだ。地面に落ちたことは、いまだかつてない。誰かが必ずありつける。それが肉争奪戦だ!
そして、夜に開催されるメインイベントこそサチコが最も楽しみにしているものである。それは肝試しだ。脅かす側と試される側に別れ、このイベントに参加することになるぞ。脅かす側は、様々な能力や道具を駆使して脅かしてくれ!
コースは次のとおりだ。海岸をスタート地点として、森を20分程度で一周して帰ってくる。ただし試される側は、道中程で祠があるので、そこに置かれた御札を持ってこなければならない。ちなみにサチコは試される側だ。
「私は絶対に怖がったりいたしませんわ!」
ドヤ顔でサチコ・W・ルサスールはそう告げた。
ちなみに大体2~3人でチームを組んで肝試しに参加するぞ! チーム分けは仲良しこよし、ぼっちができないように話し合ってくれよな!
さて、そろそろ島が見えてくる。
たった1日の臨海学校。だけど、それは一生の思い出になるはずだ。
先生はそう信じているぞ。
●
補足:夜は枕投げや夜更かしをせずに寝ましょう。先生との約束だぞ?
リプレイ本文
1、海だ!
●開店、海の家!
「夏ですわ! 海ですわ! 島ですわ!」
いつもより一層暑い太陽の下、サチコ・W・ルサスールは興奮冷めやらぬ様子で叫んでいた。
クライズ学園臨海学校で、バスから降りた生徒たちを迎え入れたのは白い砂浜が広がる光景であった。宿泊先の旅館に荷物を置いた生徒たちは、我先にと砂浜を目指す。
生徒たちは一様に水着であったり、水着の上からシャツであったり、やっぱり水着であったりと夏全快のスタイルの者が多い。
その中でいつも通りの格好をしている者たちがいた。引率の科学教員、鵤(ka3319)もその一人だ。
「おいおい、あんまりはしゃぐなよ。仕事が増えちゃかなわん」
生徒たちの様子をけだるい表情で彼は、見守り一路海の家を目指す。臨海学校前後から、彼は原因不明の体調不良に見舞われていた。
「おい、お前たち。先生の負担を増やしちゃダメだぞ」
鵤の隣からヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)がメガホンで呼びかける。クライズ学園用務員である彼は、とあるツテにより臨海学校の手伝いバイトにありついていた。
「いやぁ、タロさん、バイト紹介あざっす!」
眼福な光景を双眼鏡で覗きつつ、ヴォーイは引率教師の一人タロに礼を述べた。里帰り資金がスマホ代で吹っ飛ぶという失態を埋めるべく、彼は勇んでこのバイトに従事していた。
まずは海岸で遊ぶ者達のライフセーバーとして活動するのだ。
「で、おたくはその格好で暑くないのか?」
ヴォーイの視線を受けて、戦闘装備を揃えた咲月 春夜(ka6377)が汗を拭く。何を勘違いしたのか、私服に装備万端で来てしまったのだ。
「……倒れないようにはする」
「おうよ。くれぐれもな!」
熱中症対策を真面目に考えながら、春夜は鵤に続いて海の家を目指す。そして、ありえない光景を目にした。
「地平線まで見えるって爽快で最高じゃない、酒飲みには絶好の場所よね……ぷはぁ、エールお代わりっ」
憩いの場であるはずの海の家。そこは今、マリィア・バルデス(ka5848)の手によって居酒屋と化していた。日陰のベンチで氷バケツに入った瓶ビールを手渡され、後は手酌でと突き放される。
見れば、すでに数本缶ビールが空いていた。見た目は水着に上着と海らしいだけに残念さが増す。
「ん~、海の幸に焼きそば、とうもろこし……おつまみには事欠かないわね」
「熱中症には気をつけてくれよぉ?」
鵤の心配する声に、マリィアは大丈夫と笑みを浮かべた。
「暑くなったら、そっちのクーラー席に行くからね」
意地でも海の家を出て行くつもりはないらしい。さらには目ざとく、マリィアの視線は厨房の奥へと向けられた。
「ねぇ、そっちで用意しているお肉って売り物かしら?」
ザレム・アズール(ka0878)はマリィアの問いかけに、ゆっくりと首を振った。
「これらはBBQの仕込み用だ」
ザレムの回答に、残念ね、とマリィアは呟いた。そして、間髪入れず、
「じゃあ、とうもろこし一つ」
何が「じゃあ」なのかわからない注文を厨房へと叩きつけた。すでに出来はじめたマリィアを横目に、二人の少女が海の家を来訪する。
一人はサチコ、もう一人はアシェ-ル(ka2983)である。サチコを見つけたザレムは手招きすると手短に尋ねた。
「今、仕込中何だけど、サチコは何か好みの肉はあるか?」
「美味しければ何でも食べますわ。あ、でもホルモンは少し苦手です」
「そうなのですか?」
アシェールが興味ありげにサチコに問いかける。サチコは、えぇ、と告げると臭みが苦手だと語る。
「そうか。なら、美味しいホルモンの焼き方を伝授してあげようかな」
「焼き方でそんなに変わるのですか?」
「あぁ、どこから、どれぐらい、どうやって焼くかで変わるものだ」
アシェールと二人感心して聞いていたが、はたと思い出したようにアシェールがサチコの手をつかむ。
「世間話もいいですけれど、そろそろ着替えましょう。サチコ様の水着はちゃんと用意してきましたよ」
見れば二人ともまだ制服のままであった。サチコは学園指定の水着でいいというのだが、アシェールは相応しいものを着て欲しいのですと頑なだ。
「裏生徒会も頑張っているみたいだし、アピールをする意味でも違う姿を見せていいんじゃないかな」
ザレムが後押しするような発言をし、サチコはお二人がそういうのなら、と頷いた。ザレムは、待ってましたとばかりに連れて行かれるサチコを見送る。
「さて、こいつは食べごろかな」
姿が見えなったところで、足元で冷やしていた丸い物体に触れるのであった。
●準備運動は忘れずに!
修行はどこでもできる、いつだってできる。そして、暑い砂浜を全力でダッシュするのは足腰の鍛錬によい……イーディス・ノースハイド(ka2106)はそう伝え聞いていた。彼女は律儀に学園指定水着を着用し、Tシャツを羽織っていた。
「ふぅ……日焼け止めをしてきて正解だったな」
太陽と砂浜、上下に熱気を感じながらイーディスは汗を腕で拭う。もう一本と駆け出すイーディスを眺め、通りがかりのレーヴェ・W・マルバス(ka0276)は呟く。
「青春じゃな……いや、青春じゃろうか?」
微妙なラインだった。
「むしろ、修行じゃな。私も頑張らんとな」
妙な対抗心を燃やすレーヴェだが、芸術科の学生である彼女の本番は夜だった。そう肝試しである。
肝試し職人の朝は早いと言われている。彼女とて例外ではない、両手に小道具を携えてレーヴェは旅館へと舞い戻るのであった。
それから数分もたたない間に事件が起きた。引率教員、ヴァイス(ka0364)とライフセーバーを担うヴォーイがロープ付き浮き輪を手に海へと走っていた。
向かう先では、イーディスが離岸流と思われる場所で必死に泳いでいたのだ。
「ヴォーイは反対側から向かってくれ!」
「了解です!」
離岸流から回りこむようにして近づき、二人がかりでイーディスを助け出す……つもりだった。
「何だ?」
一方のイーディスは近づいてきた二人に淡々と聞いてきた。事情をよくよく聞けば、汗を流すついでに遠泳し、ついでに離岸流に逆らうことで鍛錬していた……らしい。
「紛らわしいことをするな!」と両側から聞こえた時には、さすがにイーディスも目を丸くした。
自分が溺れていると勘違いされたことを知り、
「先生殿には申し訳ないことをした。命を守る立場であれば当然だな」
と反省を見せるのであった。
その後、
「それは仕方ありませんが、疲れない程度ならお付き合いしますよ」
イーディスの話を聞いたエルバッハ・リオン(ka2434)が、修行……とまではいかないまでも一緒に泳ぐことにした。近くを泳いでいた天竜寺 舞(ka0377)を合わせて、軽く競争などもしてみたり……。
そうこうしていると、不意に舞が浜辺の方に視線をくべた。
「おぉ、サチコはだいぶ大胆な水着だね」
「学園行事ではありますが、裏生徒会長ともなれば違いますね」
エルも便乗して、その姿に感想を述べる。一方で地上で双眼鏡を駆使していたヴォーイが、「サチコ様ァ!?」と叫びをあげていた。
●ボールを叩け!
何人かの視線を釘付けにし、サチコは気恥ずかしそうにしていた。サチコが纏っていたのは、大胆な虎柄ビキニである。少しフリルが付いているのが、歳相応の感じがする。
「うぅ、大丈夫ですの?」
いろいろな意味を含めて発したサチコの言葉にアシェールは拳を固めて告げる。
「大丈夫ですよ。日焼け止め塗りましたから!」
二人が行き着いた先では、新人英語教師の央崎 遥華(ka5644)がビーチバレー用のネットを張っていた。水着の上から白いパーカーを羽織り、うきうきな表情である。
はしゃぎ過ぎないよう監督するのではないのは明らかだった。
「さて、やりましょうか」
軽く柔軟運動をして、遥華は告げた。
「ビーチバレーって初めてするの、うわぁい」
近くで準備が終わるのを待っていたディーナ・フェルミ(ka5843)が、気合を入れて参戦してきた。
「いいだろう。俺が相手になってやるぞ」
そこへ意気揚々と場違いな格好で現れたのが、春夜である。水着などないとばかりに、熱の篭もりそうな私服で砂浜に立っていた。
「んー、あと一人欲しいですよね」
ぐるりと辺りを見渡した遥華の視線が、サチコとアシェールの前で止まった。すかさずアシェールはサチコの手を持ち上げた。
「はい。サチコちゃんが参戦ですね」
「チャンスですよ、サチコ様。私がバックアップしますから、裏生徒会長としての力を見せましょう!」
「え、でも、ルールとかわからないですわ」
困惑気味のサチコに、ディーナが自信をもって微笑む。
「私も知らないから、大丈夫だよ」
「遊びなんだから楽しんだ者が勝ちだと、先生は思いますよ」
かくして言いくるめられたサチコと意気揚々参戦のディーナが春夜&遥華コンビと対決することとなった。
「これは、勝負の行方が見逃せません!」
拮抗するかに思えた戦いは、春夜が私服で参戦したことが勝負の分かれ目となった。
成績優秀は伊達じゃない、といわんばかりにサチコたちが慣れない間はレクチャーする余裕すらあった。だが、次第に攻撃が苛烈さを増してくると……。
「む……足が……」
重た目の靴はすぐに砂浜に沈み、素早い動きが封じられる。また、服が突っ張るために飛んで来るボールに対応しきれないでいた。
「行くよ~」
ふんわりとしたトスをディーナが上げ、サチコが一歩二歩三歩と踏み出してジャンプする。背丈の高くないサチコのアタックには、それほどスピードが乗っているわけではない。
「春夜くん!」
「任せて、くれ!」
先生の呼びかけに応えるべく、春夜は砂から足を引き抜く。だが、姿勢は崩れていた。無理やり腕をボールに伸ばそうとしたが、逆効果だった。腕を伸ばした勢いで身体は後ろへと倒れ、ボールは春夜の顔面に直撃したのだ。
「ぬぉお」
ドッと倒れた春夜の隣へとボールは埋まる。熱された砂に手を押し当てて起き上がった春夜に、遥華は手を差し伸べる。
「大丈夫ですよ。次があります」
そうだな、と手を取ろうとした春夜であったが海の家方面から、
「春夜くーん、水持ってきてぇ」と鵤の声が聞こえてきた。
「おっと、央崎先生。申し訳ないが、俺は行かなくては」
差し伸ばされた手を受けることなく、春夜は申し訳無さそうに背中を向ける。すまない、と今生の別れを告げるような切ない言葉を残して春夜は砂浜を駆けて行った。
体調不良の鵤が、俺を、呼んでいる!
残された遥華は、うーんと唸った後、アシェールを見た。ニッと優しく笑って告げる。
「じゃあ、アシェールちゃんが参戦ですね」
「では、私はサチコ様と組みます」
間髪入れずアシェールはそう宣言した。
組をシャッフルして再開する。
その向こう側では、オウガ(ka2124)とその恋人フィリテ・ノート(ka0810)。フィリテと姉妹であるカティス・ノート(ka2486)とリディア・ノート(ka4027)が和気あいあい遊んでいた……のだが。
「暑い日差しもリア充も敵ですぅ、往生せいや~~!」という気合一閃な一言に、オウガたちは思わず声のした方向を見た。
声の主は海の家にいた星野 ハナ(ka5852)あった。
●スイカを割れ!
バンドゥフリルビキニに薄手のパーカー、なかなか気合の入った格好だが彼女の気迫は荒々しかった。
ハナが気合とともに振り下ろしたのは、木刀だった。その切っ先は何もない砂をただ散らすのみだ。
「あれ~手応えがないですよ?」
「何をやっていますの……」
思わず様子を見に来たサチコにハナは目隠しをあげて、さわやかな笑顔で告げる。
「恋のスイカ割りですぅ」
恋が果たして必要な形容詞かどうかはわからない。
だが、ビニールシートの上に置かれたスイカ玉と黒い目隠し、そして木刀が揃えば聞かずと答えがわかるほどにスイカ割りであった。
「サチコも試してみるかい?」
ザレムが別な木刀を手渡しながら、サチコを促す。迷っている間に目隠しされ、サチコは回された。
酔い気味となったサチコの耳へ、真の酔っぱらい……ではなくマリィアの声が響く。
「つまみにはならないけど、水気は欲しいわね。しっかり割ってよ……ほら右よー」
右へ数歩移動し、
「真っ直ぐだぞ、サチコ」
ザレムに従い前進、
「あ、あぁ、止まってください!」
とアシェールに止められた。
「もうちょっと左だねぇ。はい、そこぉ」
海の家の屋内席から口出しした鵤に最後は導かれ、サチコは木刀を振り上げた。ポコリといい音が響いて、かすかな甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「ヒビが入ったからよしとしよう。目隠し取っていいよ」
ザレムに言われて目隠しを取れば、割れるというよりヒビが入ったスイカがあった。ハナがんー、と唸り声を上げる。
「すこし消化不良ですぅ。もっと景気よく割りたいですよ」
「安心してくれ、スイカの予備なら用意した。いくらでも割ろう」
生徒会会計にしては、楽しむことに余念がないザレムである。サチコのスイカを切ってもらっている間に、ハナが再戦。
「往、生、せいや~~!」
先程より気合を入れて、木刀を叩きつける。人がいたらどうするんだ、という鵤は思ったものの、割れたのはスイカだった。
「ふふふ、やったですぅ! リア充はこういう運命にあうのですよ!」
何が彼女をここまで駆り立てるのか。見事に粉砕されたスイカの中でも、大きい部分を手にとってハナは席へとついた。
塩もかけずにがっつく姿は、女子力とは何かを考えさせられる。もしかしたら、女子力とは名前の通りパワーなのかもしれない。
「今は恋愛への英気を養うのですよ」
曰く、そのために食い気に走っているのだという。つまり、彼女は今、百年の恋冷めまくり状態なのだ。
何だそれとかいってはいけない。恋愛乙女とはそういうものである。
一方でむしゃぶりつくハナの隣、
「ザレムさんもやってみてはいかがでしょう?」
綺麗に整えられたスイカに口をつけて、サチコはザレムを促した。
「え? 俺も割れ?」
驚いた表情を作るザレムだが、予見していたかのようにすでに木刀を握っていた。誰かが、「スイカのおかわり頼むよー」と酔った声で催促する。
「やってみよう」
静かに告げるザレムだが、口元には笑みがこぼれていた。かくして三個目、ついでにハナによって四個目……五個とスイカは割られていく。
参加者全員にスイカが配られる中、静かに闘志を燃やす者がいた。
「これは、焼き肉の前哨戦だね」
食べ過ぎないよう注意しつつ、イーディスは納得した様子でスイカを口の中へ片していくのであった。
2、肉だ!
「お前ら、肉が欲しいか! 欲しいなら全力で勝ち取れ! 準備はいいか!」
赤い夕陽が砂浜を照らす中、ヴァイスの声がバーベキュー会場に響く。すでに焼き出されていた会場は、見事に燻されていた。いくつも用意された網に立ち向かうのは、ザレムとヴォーイだ。
「よし、今だ」
網に乗せてから10秒も経たず、タレの滴るカルビをザレムはトングで掴むと空中へ放り投げる。鳥の翔ぶが如く宙を舞うカルビを、二つの箸が迎え撃つ。
「その肉は私のものだ」
「恋愛バトルは肉必須ですぅ、その肉寄こせやオラァッ」
箸を持つのはイーディスとハナだ。二人は箸を持たない手で牽制し合った後に、視線の高さまで落ちてきた肉をすばやくもぎ取っていく。
ここまでの戦績はハラミ三枚、タン一枚、ロース二枚ほど、フィジカルで勝るイーディスが多く取っていた。他に争奪戦への参加を狙うものもいたが、イーディスの肉への執念。そして、ハナの獣の如き獰猛さを前に後ずさるのだ。
「さて、今日の本命は肝試し。今は体力を温存する時です。サチコさんにも楽しんでもらわないといけないですし」
エルは紙皿に乗っているカルビを口に運びつつ、独りごちる。そう、確かに肉争奪戦に用意された肉は種類も豊富で量もある。
それでも、食べごろになったら、どんどん引き上げるザレムは投げきれない肉を回してくるし、
「あっちは仕方がないとして……野菜も食べないとだな」
春夜がそれぞれに配っていく、コーンやらししとうやナス等の野菜は豊富だ。ただ食べるというのであれば、文句の付け所がないのである。
「いや、やっぱり肉争奪戦のやつらにも野菜を食べさせないと……」
妙な使命感のもと、春夜は肉投げ場となっている網へと向かう。春夜が軽く野菜を食わせたい旨を語ると、ザレムはすぐに対処してくれた。
「それじゃあ、肉巻きにしよう。あとはサンチュで予め巻いておくのもいいね」
「一緒に投げるだけじゃ、ダメなのか」
「一考の価値はあるけれど……」
ザレムはそう告げると視線を、最も熱い戦場へ向ける。無論、イーディスとハナの競り合いが続く場所だ。
ちなみにその場所の焼き係は、現在ヴォーイが担っている。
「おら、次! ほい、次! そして、次だ!」
ノリと勢いで焼いたら投げるを繰り返すため、投げられる数が増えていた。ちなみに、戦績は段々と戦いに慣れだしたハナが追い上げつつある。
「目眩ましですぅ!」
水着の隙間に携えた符を投げて、閃光を放ち目をくらませる。その隙を突いて肉を奪いだしたのだ。ときには派手な音を鳴らし、また、フェイントをかける。
しかし、イーディスも負けてはいない。
「これもまた武の修行だ!」と剣を振るうがごとく、箸を繰り出す。ハナの箸先を剣圧で弾いて、肉を手にするのだ。
「うふふ、次の肉は私のですぅ。肉食系女子を舐めないでくださいね」
「肉食系?」
聞き慣れない単語に、わずかに首をひねるイーディスであったが次の肉が投げられると表情を変えた。
「まぁいいさ。何にしても……この肉は譲れない!」
気合一閃、しかし、ハナが符で散らした火花にタイミングが遅らされた。わずかな差で肉は奪われ、敵の皿に落ちる。
「美味しいですぅ」
「次こそは……私が、勝つ!」
ザレムは春夜は戦いを見つめ、野菜を混ぜてもわからないのではという結論に至った。もはや、勝負はそこにない気がした。
試しにヴォーイに数種の野菜を投げてもらったが、
「箸休めか……好き嫌いはすまいな?」
「当たり前ですぅ。野菜も食べて、健康的な肌を守りますから」
読みは的中し、二人は野菜も摂取し始めた。
「ヴォーイさん、交代しますよー」
少し時間が経ったおり、アシェールが投げ役の交代を申し出た。
「そうか。助かるよ」
(ふふふ……チョコ餅の女王、降臨なのです。サチコ様の邪魔はさせません!)
ちなみにサチコは、肉争奪戦に参加しようかどうか迷いながらこぼれ球を食べていた。サチコに最高の肉を渡すべく、アシェールは一計を案じる。
「はい、次ですよ!」
アシェールは、茶色い物体を二つ空中へと投げた。一瞬の判断で、もらった、と叫びを上げて、イーディスとハナはその物体を箸でつかみとる。肉にしては柔らかながら、それを感じる暇もなく、二人はそれを口へ運び入れた。
「あつっ!?」
「あまっ!?」
思わず声を上げてしまう物体、その正体はチョコ餅であった。網の上でやや香ばしく焼かれたチョコ餅は、噛めば中から熱いチョコが飛び出してくる。それを口いっぱいに頬張れば……結果はお察しいただけると思う。
「今ですよ、サチコ様!」
すかさずアシェールは、サチコの方向へ肉を投げた。美味しいザレム秘伝の壺カルビだ。サチコは満を持して、そのカルビを掴んで口へと運ぶ。
「美味しいですわ!」
口から光を発しそうなほど、美味しい。その叫びを耳にしたザレムは、満足そうに頷くのだった。
●
「おーっと、今度は肉か、チョコ餅かぁ!」
ヴァイスのMCに熱はこもっていたが、チョコ餅爆撃も対策を取られれば、意味を成さない。肉かチョコ餅か……イーディスとハナは空中に舞うものを一瞬で判断し構えるのだ。チョコ餅だとわかっていれば冷ましながら食べればいいのである。
「よーし、そろそろ戻るぜ。ザレムが美味しいホルモンを食べさせてくれるってさ」
「たしかサチコ様とそんな約束をされていましたね」
「というわけで、こういう具合に焼けばいいんだ。さぁ、食べてくれ」
ホルモンが苦手なサチコは、出されたミノを前に唾を飲み込む。独特のにおいはいつもに比べ、抑えられているように思えた。
一口噛めば、ぷりっとした口当たり。そして、溢れる肉汁は優しく舌を包み込む。切れ目に染みこんだタレが、後から追いついてくる感じだ。
「美味しいです!」
「これなら、私でも食べられますわ!」
絶賛である。気がつけば、ザレムの焼くホルモンを求めて人が増えていく。
「仕方がない。ホルモンも争奪戦になりそうだ」
もみくちゃにされる前に、退散したサチコたちの視界の端で、遥華が会場を後にするのが見えた。
「なんじゃ、もう腹が膨れたのかのう?」
遥華が出て行こうとしたとき、ふと、レーヴェが声をかけた。
「少食なんですよ……それに、準備がありますから」
「ほう、準備?」
ピンときたレーヴェはイタズラっぽい笑みを浮かべると、皿に乗っていたものを片付ける。
「その準備、私も手伝わせて欲しいのう」
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
不穏な二人の背中を見送り、エルは流れてきたホルモンに舌鼓を打つ。
「なるほど、私もある程度食べたら準備に入るとしましょうか」
気がつけば太陽は半分ほど、水平線に沈んでいた。オレンジの光が海の上を走って、浜辺に届いていた。
一方その頃、海の家では……。
「いやぁ、すまんな。持ってきてもらって」
「いえ、勝手にやっていることなので」
春夜が持ってきた料理を鵤は食べていた。調子が悪いとはいえ、肉は食べたいというものだ。いや、調子が悪いからこそ肉を食べねばならないのだ。
「おー、お肉の方から来てくれるなんてね」
本日何杯目かわからないビールを片手に、マリィアが寄ってきた。春夜は軽くいなして、鵤の皿からマリィアを遠ざける。
「マリィアの分はないぞ」
「えー、いいじゃない。ザレムが焼いたのなら、きっと美味しいはずだし」
「んー」と鵤は少し考え、マリィアと視線を交わす。その瞬間、二人の間に何らかの密約がかわされたらしい。
「よぉし、おたくも食べな。一緒に食べたほうが、美味しいだろうしねぇ」
「さすが、あなたは話がわかるわね」
瞬く間に皿の上から、肉と野菜が消えていった。ホルモンもまた、美味しくいただかれていく。
「……鵤先生、顔が少し赤くなっていますよ。やっぱり、調子が悪いんじゃ」
春夜の指摘に、鵤は視線を外して、んー、と唸った。
「あぁ、うん。やっぱり風邪気味なのかねぇ……ホテルにそろそろ戻ろうか」
「お伴します」
海の家から出て行くのを見送り、マリィアはひとりごちる。
「本当、悟られたくないなら呑まなきゃいいのに」
春夜がいない間、鵤はマリィアに合わせてビールをあおっていた。さっきのアイコンタクトは、それを春夜に黙っている代わりに肉をくれというものである。かくして思いがけず肉にもありつけたマリィアは意気揚々と店員を呼ぶ。
「さて、私はおかわりを……」
「すまねぇ、今日は店じまいだ。日もくれたしな」
ガーン、なお言葉にマリィアは「仕方ないわね」と勘定を済ます。海の家を出ると、日はすでに落ちきっていた。夜風で酔いを冷ましながら、マリィアは呟く。
「さぁて、合流しようかしら」
3、夜だ!
「イベントはたくさん御用意しておきました」
爽やかな笑顔と軽やかな口調で、遥華は参加者の面々にそう告げた。
「何が始まるんですの?」
「第一回肝試し大会ですよ」
笑顔をそのままに遥華は淡々とルール説明へ入る。まずは、全員持っているはずのパンフレットを出すように告げた。だが、誰も持っていなかった。荷物と一緒に宿に置かれているのだ。
仕方ないですね、と遥華は唇をとがらせる。
「パンフレットに書いたとおりだけれど、忘れている子もいるでしょうからね。海岸をスタート地点として、森を一周して帰ってきます」
だいたい20分ぐらいのコースである。ここで一つ柏手を打って、遥華は「ただし!」と声を張り上げた。
「試される側は、道中程で祠があるので、そこに置かれた御札を持ってこなければなりません。持ってこれたらクリアです。一緒にアイスを食べましょう」
質問は、と問われてサチコが手を上げた。
「イベントって具体的に、どんなですの?」
「イベントは、イベントですよ」
「えと」
「行ってからのお楽しみです、ふふ」
事前情報を与えないと、遥華の笑みは告げていた。
●
(恋人同士さんは仲が深まるといいね)
遥華先生の暖かな笑みを受けて、先鋒を引き受けたのはオウガとフィリテのカップルコンビだった。しっかりと手を繋いで森へ向かう二人の姿に、始まる前から襲いかかりそうな人物がいた。
ハナである。
「……嫉妬はダメですぅ」
「スイカ割り……いや、なんでもない。そもそも、私たちは今は動けない。そうだろう?」
浜辺で座りながら、ハナとイーディスは肝試しの見学をしていた。先ほどの肉戦争の結果、体力を消耗したためだ……ということになっている。
「今は、聞こえてくる悲鳴で勘弁してやるですぅ」
かくして様々な視線を背中に受けながら、オウガたちは歩いて行く。
「……オー君。もう少し遅く歩いて欲しいけど、いい?」
水着から、半袖のTシャツとショートスカートに着替えていた。薄手のシャツは青いブラが薄っすらと見える。
ラフな格好のフィリテは、オウガの腕にしっかりと絡みついていた。
「おう、ごめんな」
視線をまっすぐ前に向けたまま、オウガは歩く速度を緩める。
「あ、そのくらいの歩幅で……」
歩幅が合ったことで、オウガは腕に柔らかなものを一層感じることになる。動悸に伴って早足になりそうなのを、ぐっと堪える。
「怖いのか?」
「んーん、幽霊とかそういうのは大丈夫よ。ただ、足元が暗くて……」
「懐中電灯一本だもんな」
空を見上げれば星が見え、月明かりもある。だが、森の木々がその光を半減させていた。薄暗い道を真っ直ぐな電灯の光を頼りに進む。
すると、突然カラカラと景気のいい音が鳴り響いた。
「なに、なに!?」
慌ててより強く抱きつこうとするフィリテを抑えて、オウガは足元に置かれた糸を摘む。
「落ち着け、ちゃちな鳴子だ」
「あーもう、びっくりした」
「けど、これって……合図なんだろうな」
オウガは脅かし役がそろそろ出てくることを念頭に置いて、フェリテと先を急ぐ。
3分ほど歩いたところでフィリテが立ち止まり、「ひっ」と短く悲鳴を上げた。オウガは引っ張られる形で、バランスを崩しかける。
「どうした」と問いかけると、フェリテは一箇所を指差した。光を当てれば、宙に浮く幽霊のようなものが見えた。
「ただの人形だ」
「え、人形?」
見れば確かに安作りの人形であった。安堵の溜息をついて、これぐらいの仕掛けなら怖くないと気を取り直した……のだが。
「誰だ!?」
先んじてその気配に気づいたオウガが振り返り、懐中電灯を向けた。フィリテがどうしたのと振り返ろうとするのを、オウガは手で制して回れ右をした。
「気のせいだった……ことにしておく」
「え」
「ほら、先を急ぐぞ」
少し慌て気味のオウガに何があったのかをフェリテは問いかけるが、オウガは答えない。森を抜けたら話すと約束して、歩をすすめるのだった。
そんな微笑ましいカップルのやりとりを、闇夜に浮かぶ生首がじぃっと見つめているのだった。
途中、後ろ髪を全面的に前に垂らした少女から受け取ったチョコ餅を食べながら、オウガは前を指差す。
「そろそろ、折り返し地点だな」
薄っすらと向こう側に光が見え、オウガは呟いた。案外、早いのねとフィリテはそっと胸を撫で下ろす。
そんな二人を見守る二つの影……の一人、カティスは隣でにこやかな笑みを浮かべるリディアに問いかけた。
「そういえば、リテ姉さんって、ナメクジ苦手でしたね。腰を抜かすくらい」
「えぇ、そうですね」
「リテ姉さん、腕にかなり絡んでますね。いい感じです」
「足下が暗くて見えにくいのかもしれないわ。あそこまでしっかり抱えなくてもいいとは、思いますけどね」
二人の会話などつゆも知らず、フィリテは少しだけ力を抜く。明かりが見えた安堵感から、息が漏れる。
「安心するのは早いですよ、リテ姉さん」
暖かな意味が一転、悪戯っぽいものに変わる。その手には見えないくらい細い釣り糸が、握られていた。
釣り糸の先に楽しげな様子で、カティスは白い布を取り付ける。さらにもう一つ、別の釣り糸を用意していた。細さは同じだが、取り付けるものが異なる。
「リナ姉さんは、何使います? わたしは、こんにゃくを使ってみようと思うのです♪」
「え、何の話?」
「もしかして、リナ姉さん……脅し役の準備していないとか?」
「……」
「……」
見守ることだけ考えていたリディアの沈黙に、カティスは「仕方ないですね」と溜息混じりに告げた。
「ありがとう、リディア」
リディアはカティスから白い布のついた釣り糸を受け取り、改めてフィリテたちの動向を見守る。釣り糸の射程圏内まで、もうまもなく。
二人の視線をつゆ知らず、オウガとフィリテは出口を目指していた。あと少しというところで、オウガは足を止めた。
「ん?」
「どうしたの、オー君?」
「いや、視線を感じるんだ」
あたりを見渡すが、人影はない。どうせ脅かし役だろうと思いつつ、フィリテに勘違いかもしれないと歩き出した。
――刹那。
「ひゃっ!?」
短い悲鳴とともにフィリテが止まり、オウガが引っ張られた。オウガが顔を上げると白くてひらひらとしたモノが縦横無尽に動き回っている。
「しっかり腕につかまってろよ、通りすぎるぜ」
「う、うん」
より密着する形になり、感じていた視線が熱を帯びた。誰が見ているのか悟ったオウガだが、フィリテにはいわない。
白い布に気を取られ、上を見上げていたフィリテは再び短い悲鳴をあげた。
「っぅあ!?」
倒れかけたフィリテをオウガは抱え込むようにして支える。
「な、なにか、足に、足に触れたわぁ!?」
そちらを見ようとすると白布がひらひらと顔の周りを行ったり来たりして、視界を防ぐ。
「もう、邪魔っ……。ひゃぁああ!?」
布を払おうとして、再び声を上げたフィリテはそのままへたりこんでしまう。
「ヌメっとした……。何、なに? なに?」
あたりを見渡すが、足に触れそうな物体は見えない。
「な、なめくじじゃないわよね?」
「なめくじじゃないから、安心しろ。少なくとも生き物じゃないから」
「ゆ、幽霊?」
「いや、こんにゃくだった」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。ネタがわかるとフィリテは深いため息をついた。力ない笑いを浮かべて立ち上がろうとしたのだが、
「引っ張りあげてやるから、しっかり腕を掴んで……ほら」
腰が抜けたらしくオウガに引っ張りあげられた。オウガに抱きつくような形で、フィリテは歩き出した。
「やり過ぎちゃいました?」
「よりくっついたんだからいいんじゃない」
ひそひそと二人の後ろ姿を見送り、カティスとリディアはそんな会話を交わすのだった。
開けた場所にある祠は、石の上に小さな社のあるものだった。その手前に乾電池式のローソクが立てられ、コピー紙で作られた御札が積み重ねられていた。
「雰囲気を出そうとして失敗したみたいな感じだぜ……そろそろ落ち着いたか?」
一枚御札を取って、オウガはフィリテに視線をやる。フィリテは頷き、
「もう大丈夫だよ。こんにゃくにいつまでも驚いていられないしね!」
「さて、帰り道だが……あとは何が用意されているかね」
再び明るい場所から暗い道へ。
何が起こるか少し構えながら歩いていた二人の前で、茂みが音を立てて動いた。
「さて、何が出るかな?」
身構えるオウガの前で、虎猫がにゃーんと鳴いて姿を現した。虎猫は二人を数秒見つめると、再び茂みへとガサガサ音を立てて入っていく。
「ただの、ネコね」
緊張が解け、笑みを浮かべたフィリテだったが……次の瞬間、大声がすぐ後ろから響き渡った。振り返れば至近距離に血塗れの男が立っていた。
ものすごい形相で二人を睨みつける男から、咄嗟にオウガはフィリテをかばって距離を取る。
男は咆哮しながら、オウガたちへゆっくりと歩みを進めた。力強く男が地を蹴ったのを見て、オウガたちは脱兎のごとくその場を脱する。
数メートル行って振り返れば、そいつの姿はもうなかった。
「ふぅ、みんな気合を入れてるな」
「もう、終わりよね?」
フィリテの疑念にオウガは答えない。まだ何かありそうだと、勘ぐっていた。すぐにその予感は現実のものとなる。
「ん?」
再びガサガサと葉が擦れる音が響く、振り返れば、木の枝が揺れていた。次の瞬間、ザッと音を立てて、
「夜更かし夜歩きの悪ぃ子はいねがー」
と声を上げながら、血塗れの鬼の面を被った何かが降り立った。手にも血に塗れた提灯を、もう片方には血の滴る包丁を握っていた。
「悪ぃ子はいねがー!」
さらに声を上げて駆けてきた化物から逃れるべく、オウガたちは走りだす。途中、鳴子の音が鳴り響き、鈴や火の玉のようなものが見えた。
倒れかけたフィリテを抱きかかえて、オウガは走りきり、ゴールにいたる。
「……よし、ついたぞ」
抱きかかえられたフィリテは、強くオウガにしがみついていた。顔をオウガの胸元に押し付けて、フィリテは固まる。
「もう、大丈夫だぜ」
「うぅ、何だか疲れた」
オウガがフィリテの頭を撫でていると、遥華がアイス片手にやってきた。自分でも一つかじりながら、オウガたちに一つずつ手渡す。
「はい、ご褒美のアイスよ」
受け取らせた後、遥華は振り返り次の組へ告げる。
「さて、次はあなたたちの番よ」
●
「あー、まぁ適度な運動は必要よね、うん。お酒が全部脂肪になったら困るものね」
「うぅ、怖いですけど……マリィアさんと一緒なら」
続いては、マリィアとディーナのコンビである。マリィアは軽い運動という感じだが、ディーナはすでに怖がっていた。
何とかなるって、というマリィアの気丈さにまかせてディーナも後を追う。マリィアが何故か携えていた神罰銃については考えないことにした。
「おっと」
茂みで音がなるたびに銃口をマリィアは向けていた。
「こういう訓練も目先が変わって悪くないわね~」
「あの……いいのですかね」
間違えて発砲しないか気が気でないディーナにマリィアは笑って応える。
「セーフティかけてるから、大丈夫よ」
「はぁ……」
頼りになるのか、ならないのか。まだ酒気帯びのにおいもするため、ディーナは一定距離を保っていた。
「おっと、そこぉ!」
マリィアが再び銃口を向けた先にはお化けの作り物が置かれていた。
「ただの作り物ですか」
ディーナが胸をなでおろした瞬間、マリィアが後ろに気配を感じて銃口を向けた。釣られて振り返ったディーナが見たのは宙に浮く「生首」であった。
叫びを上げて回れ右して走りだしたディーナをマリィアはやれやれと追いかける。
途中、ピンクの髪を全面的に前に垂らした少女が現れた。
「この甘くて美味しいチョコ餅こそ、恐怖の対象! 明日から体重を気にするといいのです!」
「おっと!」
「うわわ、撃つのは反則です!」
ピンク髪は慌てて手に持っていたチョコ餅をマリィアとディーナたちへ投げた。受け取ったマリィアは、咀嚼しながら、
「おつまみの方がよかったなぁ。美味しいからいいけどね」
と告げる一方で、
「……体重」
ディーナは若干のダメージを受けているように見えた。ピンク髪の少女に別れを告げて、再び歩き出した二人を今度は釣り糸お化けが襲った。
マリィアは白い布にいい訓練だと標準を合わせ続け、ディーナはこんにゃくの感触に短い悲鳴を上げる。
「そのあたりかな?」
マリィアは布やこんにゃくの動きと茂みの気配を感じつつ、根本に向けて銃口を向ける。たまらず、リディアとカティスがホールドアップをするのだった。
難なく祠を超えた二人は、折り返し地点を経由し、復路に入る。ふと、茂みが動いたのを感じマリィアが銃口を向ける。段々と近づいてくる音に、ディーナも緊張していたのだが……。
「にゃーん」
現れたのは虎猫だった。安堵の息を吐いた次の瞬間、大声を上げて血塗れの男が至近距離へと迫ってきた。
「ひゃぁああああ!」
刹那――ディーナを中心に光の波動がほとばしり男を突き飛ばした。吹き飛ばされた男は受け身をとって、ダメージを最小限に抑える。
「ごめんなさいなの、ビックリしてついうっかりなの~!」
思わず放たれたセイクリッドフラッシュを受けて倒れた男に、ディーナは慌てて駆け寄る。起き上がると男――ヴォーイは、
「大丈夫さ。ぐっと来たけどな」とサムズアップしてみせる。
「誠心誠意原状回復に努めさせていただくの、ごめんなさいなの~」
何度かヒールをかけ、涙目に見えるディーナへヴォーイは大丈夫だと繰り返して立ち上がる。
「ほら、ゴールも近いんだ。あんまり時間がかかると先生方が心配するぜ?」
「怪我もなさそうだし、言葉に甘えて行こうか」
ヴォーイとマリィアに促され、ディーナは「何かあればすぐに言って欲しいの」と言い残して従う。
もうびっくりしないの、と心に決めた彼女へ最後の仕掛けが立ちはだかる。幾重にも鳴り響く茂みの音……マリィアが訓練に興じている中、ディーナは身構えていた。
やがて、
「悪い子はいねぇがぁ!」と現れた血塗れの仮面……こと血塗れのなまはげが駆けてくる。咄嗟にセイクリッドフラッシュを放ちかけ、ディーナは我に返ると一目散に走りだした。
「おいおい、早過ぎるって」
ディーナが転ばないかやきもきしつつ、マリィアも追いかける。盛大に鳴り響く鳴子の音にも動じずに、ディーナは海岸まで戻ってきた。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ、最後はダッシュか。まぁ、総合訓練としてはよかったかな」
そんな感想を漏らす二人へ遥華がアイスを渡してくる。緊張から解かれてへたり込んだディーナの様子を見かねて、ヴァイスも近づいてきた。
「気分が悪いのなら、すぐに宿泊所へ戻るか?」
「いえ、大丈夫です。脅かし役の方々が戻ってくるまで、待ちます」
「そうか」
ヴァイスはディーナの言葉に頷くと、最後の組の背中を見送る。最後の組は、三人だった。
●
「さぁ、あの反応を見るからに……泣いても知らないよ?」
「だから、怖くないですわ!」
舞の言葉にサチコは過敏な反応を示す。舞と逆側からは、ザレムが微笑みを浮かべて近づいてきた。
「人に混じって本物が居るのかも……ね」
「ぴっ!?」
サチコらしからぬ悲鳴に、舞が苦笑を浮かべた。やはり、心配である。
暗い森を進むにつれて、サチコの表情が明らかに下に落ちていくのがわかる。風で葉が擦れ、音が立つたびにサチコが短い悲鳴を上げる。
そろそろ何かが出てきそうだな、と舞が構えていると前にお化けの人形が出てきた。サチコは見ないように顔を舞の腕に埋める。
「おーい。あれはただの人形だよ、サチコ」
「人……形……」
怖くないよ、と言われて顔を上げる。
サチコが「人形なら怖くないですわ」と虚勢をはるので、ザレムが後ろを指差して尋ねる。
「じゃあ、あれは?」
「え?」
振り向いた瞬間、サチコは高らかに悲鳴を上げた。同じく後ろを見て舞もわざとらしく悲鳴をあげる。
「GYAAA、73点!」
点数を告げられた生首は、宙に浮いた状態で小首を傾げる。
「微妙な点数だと、いいのかわるいのか気になってしまいますね」
聞こえないように呟いた生首の正体はエルだった。黒い布で身体を隠し、光の加減で宙に浮いているように見せているのだ。微妙な気分になりつつも、サチコの怖がりに満足してエルは退場する。
いなくなったのを執拗に確認して、サチコたちは前に進んだ。
次に現れたのはピンク髪を前に垂らした少女であった。少女はサチコの姿を見るやいなや、
「あ、サチコ様。ご休憩にチョコ餅はいかがでしょうか」
怖さの片鱗すら感じさせない声で、少女は告げた。それでも某幽霊を思わせる姿にサチコは震えながら、しゃがみこんで頭を守っていた。
「サチコ様、私です! アシェールです!」
もはや脅かし役はどこへやら。アシェールは垂らした髪を後ろへ持って行くと、サチコに名乗りを上げた。
「それでいいのかい?」
思わずアシェールにザレムが問いかける。
「いいんです! サチコ様を怯えさせるのは、本意ではありませんから!」
返ってきたのは、力強い宣言だった。
「これは……脅かし役としては0点かな」
仕方がないです、とアシェールは舞の点数を受け入れる。
ようやく顔を上げたサチコにアシェールは再びチョコ餅を手渡す。もちもちと食べ終わると、美味しいですわと感想を述べた。
その言葉に満足した笑みを浮かべたアシェールと別れ、さらに奥へと進む。
続いてサチコ一行に襲いかかったのは、釣り糸お化けだった。
「UOOOO……50点!」
舞には辛い採点であった。しかし、サチコは、
「何ですの、何なんですの!?」とひとしきり怯えていた。ザレムなんかは、こんにゃくが上手くサチコに当たるよう立ち位置を調整していた。
そして、こんにゃくが当たるたびに悲鳴が上がる。最後には見えていた祠の光めがけてサチコは走りだすのだった。
「もう、転けちゃうよ!」
「怪我だけはしないでほしいな」
サチコの後ろ姿を舞とザレムは急いで追いかける。サチコはいち早く御札を手に取ると二人に、
「さっさと戻りますわよ!」と来た道を引き返そうとした。ネタがわかっているならば、怖くないという発想である……が。
「こっちだよ、サチコ?」
「道を間違えるなんて、お化けの仕業かもしれないな」
舞とザレムに口々に言われて、サチコの思惑は早くも崩れ去るの。復路に入った三人をまず待ち構えていたのは、茂みから飛び出した虎猫だった。
がさがさという物音にビビっていたサチコも虎猫と目が合うと、虚勢を張った。
「……猫なら怖くないですわ!」
「そんなこといってると……出るよ?」
ザレムの言葉に「何がですの」と返す前に、それは聞こえてきた。謎の大声に振り向けば、血塗れの男が駆けて来ていた。
最大級の雄叫びを上げて疾走するサチコを慌てて、ザレムが追いかける。
同調するように舞も「GYAAA」と楽しそうに叫びながら、
「油断させてからの脅かし、87点!」
そう評するのであった。
「はぁはぁ、なんですの……なんなんですの!?」
後ろを振り返り、いなくなったことを確認してサチコは立ち止まった。追いついた舞とザレムに声をかけられて息を整える。
舞は手を握って、
「大丈夫だよ。付いているからね」
優しく落ち着かせる。
だが、落ち着きを取り戻したのも束の間……ガサガサと盛大に木々が音を上げた。次の瞬間には、「悪い子はいねぇかぁ!」と血塗れのなまはげが襲いかかってきた。
「また、ですのぉ!?」
再度、疾走。
今度は走れば走るほどに、方々から様々な音が鳴り響くおまけつきだ。舞はこれもまた、面白いねぇと楽しげに笑っていた。
「フィナーレにふさわしいから、80点!」
「サチコ、転ぶよ?」
ザレムの心配虚しく、サチコは最後の最後でズサーっと砂浜に滑り込んだ。釣られて舞も転倒して、砂浜に転がった。ヴァイスが慌てて抱え上げて、ディーナがヒールで傷を癒やす。
「あぁ、面白かった」
「そういえば、あの点数は何でしたの?」
「脅かし演出を実家での芝居で取り入れられないかチェックしてたんだよ」
利用できるものは利用するものだから、と舞は告げる。なかなか派手なフィナーレだったね、といっているところへザレムが花火を手に戻ってきた。
「クリア報酬に央崎先生がアイスをくれたよ。あと、花火をみんなでやろう」
「いいね!」
「それなら、脅かし役が戻ってきてからにしましょう」
さわやかな笑顔で、ザレムの後ろから遥華は告げる。そう、まだ脅かし役は戻ってきていないのだ……。
●
「さて、今ので最後じゃな」
なまはげことレーヴェはサチコたちがゴールしたのを見届けると、踵を返していた。彼女にはもう一つ重要な任務が残されていたのだ。
「子どもたちを脅かす、悪い子はいねぇがぁ!」
叫びを上げながらレーヴェは木々の上を飛び回る。そう、彼女の役目とは脅かし役の撤収を脅かすことで知らせることであった。ややこしい!
当然、近い位置から被害者は発生する。物音と何かが近づいてくる気配に、虎猫を抱えていたヴォーイは周囲を見渡した。
「あれ、まだ参加チーム居たか?」
一応サチコたちが最後で、撤収の合図は別途出ると聞いていた。撤収の合図かな、と落ち着いていたところに……。
「子どもたちを脅かす、悪い子はいねぇがぁ!」とレーヴェが参上した。
「えや!?」
一瞬の驚きの後、血塗れで追いかけてくるレーヴェからヴォーイは慌てて逃げ出した。そのまま祠のある場所を抜けて、カティス&リディアを巻き込み疾走。
突如出現した血塗れの男となまはげに二人は思わず悲鳴を上げた。それに呼応するようにして、アシェールもまたチョコ餅を手に道を駆けて行く。
「……なるほど、そういう趣向ですか」
逃げてくる脅かし役と追ってくるレーヴェを見てエルは一瞬で事の次第を理解した。わざとらしい悲鳴を上げながら、彼女もまた走りだす。
百鬼夜行が森から抜けてきたところで、最後のレーヴェは森のなかに消えた。
「おいおい、どうした。大丈夫か?」
息も絶え絶えな面々に心配してヴァイスが声をかけていく。すると、森から着替えを終えたレーヴェが出現し、遥華と「いえーい」とハイタッチをするのだった。
「あぁ……そういうこと」
混乱をきたしていたヴォーイが、真実に気づいて苦笑するのであった。
●
ザレムの花火も終え、生徒たちはそれぞれの部屋で寝静まる。ヴァイスは点呼と見回りを終えると、部屋に戻ってつまみを広げた。
「いやぁ、わかってるねぇ」
「鵤先生……病み上がりなんですから気をつけてくれ」
鵤、ヴァイス、遥華……そして、しれっとマリィアが混ざっていた。マリィアに関してはヴァイスはスルーすることにした。
「ところで、ヴァイス。うちのパシ……春夜を見かけなかったか?」
「咲月ですか……たぶん部屋にいたと思いますが」
どうやら肝試し中、鵤は彼を呼んだのだがこなかったのだという。疲れて部屋で寝ているんじゃないのか、とヴァイスに言われてこの場は納得したのだが……。
あくる日の朝、海岸……咲月春夜は登ってくる朝日で目を覚ました。
「へっくしょん!」
盛大なくしゃみが海岸に鳴り響く。彼は風邪を引いていた。鼻をすすって昨日のことを思い出す。
「あぁ……そうか」
怖いのをスルーするため、海を眺めながら海岸で待機していたのだ。どうやら、そのまま寝てしまったらしい。
「みんな心配しているとまずいな」
そそくさと宿に戻った彼を待っていたのは、誰一人心配せずに朝食を取っている一同の姿であったという……。
●開店、海の家!
「夏ですわ! 海ですわ! 島ですわ!」
いつもより一層暑い太陽の下、サチコ・W・ルサスールは興奮冷めやらぬ様子で叫んでいた。
クライズ学園臨海学校で、バスから降りた生徒たちを迎え入れたのは白い砂浜が広がる光景であった。宿泊先の旅館に荷物を置いた生徒たちは、我先にと砂浜を目指す。
生徒たちは一様に水着であったり、水着の上からシャツであったり、やっぱり水着であったりと夏全快のスタイルの者が多い。
その中でいつも通りの格好をしている者たちがいた。引率の科学教員、鵤(ka3319)もその一人だ。
「おいおい、あんまりはしゃぐなよ。仕事が増えちゃかなわん」
生徒たちの様子をけだるい表情で彼は、見守り一路海の家を目指す。臨海学校前後から、彼は原因不明の体調不良に見舞われていた。
「おい、お前たち。先生の負担を増やしちゃダメだぞ」
鵤の隣からヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)がメガホンで呼びかける。クライズ学園用務員である彼は、とあるツテにより臨海学校の手伝いバイトにありついていた。
「いやぁ、タロさん、バイト紹介あざっす!」
眼福な光景を双眼鏡で覗きつつ、ヴォーイは引率教師の一人タロに礼を述べた。里帰り資金がスマホ代で吹っ飛ぶという失態を埋めるべく、彼は勇んでこのバイトに従事していた。
まずは海岸で遊ぶ者達のライフセーバーとして活動するのだ。
「で、おたくはその格好で暑くないのか?」
ヴォーイの視線を受けて、戦闘装備を揃えた咲月 春夜(ka6377)が汗を拭く。何を勘違いしたのか、私服に装備万端で来てしまったのだ。
「……倒れないようにはする」
「おうよ。くれぐれもな!」
熱中症対策を真面目に考えながら、春夜は鵤に続いて海の家を目指す。そして、ありえない光景を目にした。
「地平線まで見えるって爽快で最高じゃない、酒飲みには絶好の場所よね……ぷはぁ、エールお代わりっ」
憩いの場であるはずの海の家。そこは今、マリィア・バルデス(ka5848)の手によって居酒屋と化していた。日陰のベンチで氷バケツに入った瓶ビールを手渡され、後は手酌でと突き放される。
見れば、すでに数本缶ビールが空いていた。見た目は水着に上着と海らしいだけに残念さが増す。
「ん~、海の幸に焼きそば、とうもろこし……おつまみには事欠かないわね」
「熱中症には気をつけてくれよぉ?」
鵤の心配する声に、マリィアは大丈夫と笑みを浮かべた。
「暑くなったら、そっちのクーラー席に行くからね」
意地でも海の家を出て行くつもりはないらしい。さらには目ざとく、マリィアの視線は厨房の奥へと向けられた。
「ねぇ、そっちで用意しているお肉って売り物かしら?」
ザレム・アズール(ka0878)はマリィアの問いかけに、ゆっくりと首を振った。
「これらはBBQの仕込み用だ」
ザレムの回答に、残念ね、とマリィアは呟いた。そして、間髪入れず、
「じゃあ、とうもろこし一つ」
何が「じゃあ」なのかわからない注文を厨房へと叩きつけた。すでに出来はじめたマリィアを横目に、二人の少女が海の家を来訪する。
一人はサチコ、もう一人はアシェ-ル(ka2983)である。サチコを見つけたザレムは手招きすると手短に尋ねた。
「今、仕込中何だけど、サチコは何か好みの肉はあるか?」
「美味しければ何でも食べますわ。あ、でもホルモンは少し苦手です」
「そうなのですか?」
アシェールが興味ありげにサチコに問いかける。サチコは、えぇ、と告げると臭みが苦手だと語る。
「そうか。なら、美味しいホルモンの焼き方を伝授してあげようかな」
「焼き方でそんなに変わるのですか?」
「あぁ、どこから、どれぐらい、どうやって焼くかで変わるものだ」
アシェールと二人感心して聞いていたが、はたと思い出したようにアシェールがサチコの手をつかむ。
「世間話もいいですけれど、そろそろ着替えましょう。サチコ様の水着はちゃんと用意してきましたよ」
見れば二人ともまだ制服のままであった。サチコは学園指定の水着でいいというのだが、アシェールは相応しいものを着て欲しいのですと頑なだ。
「裏生徒会も頑張っているみたいだし、アピールをする意味でも違う姿を見せていいんじゃないかな」
ザレムが後押しするような発言をし、サチコはお二人がそういうのなら、と頷いた。ザレムは、待ってましたとばかりに連れて行かれるサチコを見送る。
「さて、こいつは食べごろかな」
姿が見えなったところで、足元で冷やしていた丸い物体に触れるのであった。
●準備運動は忘れずに!
修行はどこでもできる、いつだってできる。そして、暑い砂浜を全力でダッシュするのは足腰の鍛錬によい……イーディス・ノースハイド(ka2106)はそう伝え聞いていた。彼女は律儀に学園指定水着を着用し、Tシャツを羽織っていた。
「ふぅ……日焼け止めをしてきて正解だったな」
太陽と砂浜、上下に熱気を感じながらイーディスは汗を腕で拭う。もう一本と駆け出すイーディスを眺め、通りがかりのレーヴェ・W・マルバス(ka0276)は呟く。
「青春じゃな……いや、青春じゃろうか?」
微妙なラインだった。
「むしろ、修行じゃな。私も頑張らんとな」
妙な対抗心を燃やすレーヴェだが、芸術科の学生である彼女の本番は夜だった。そう肝試しである。
肝試し職人の朝は早いと言われている。彼女とて例外ではない、両手に小道具を携えてレーヴェは旅館へと舞い戻るのであった。
それから数分もたたない間に事件が起きた。引率教員、ヴァイス(ka0364)とライフセーバーを担うヴォーイがロープ付き浮き輪を手に海へと走っていた。
向かう先では、イーディスが離岸流と思われる場所で必死に泳いでいたのだ。
「ヴォーイは反対側から向かってくれ!」
「了解です!」
離岸流から回りこむようにして近づき、二人がかりでイーディスを助け出す……つもりだった。
「何だ?」
一方のイーディスは近づいてきた二人に淡々と聞いてきた。事情をよくよく聞けば、汗を流すついでに遠泳し、ついでに離岸流に逆らうことで鍛錬していた……らしい。
「紛らわしいことをするな!」と両側から聞こえた時には、さすがにイーディスも目を丸くした。
自分が溺れていると勘違いされたことを知り、
「先生殿には申し訳ないことをした。命を守る立場であれば当然だな」
と反省を見せるのであった。
その後、
「それは仕方ありませんが、疲れない程度ならお付き合いしますよ」
イーディスの話を聞いたエルバッハ・リオン(ka2434)が、修行……とまではいかないまでも一緒に泳ぐことにした。近くを泳いでいた天竜寺 舞(ka0377)を合わせて、軽く競争などもしてみたり……。
そうこうしていると、不意に舞が浜辺の方に視線をくべた。
「おぉ、サチコはだいぶ大胆な水着だね」
「学園行事ではありますが、裏生徒会長ともなれば違いますね」
エルも便乗して、その姿に感想を述べる。一方で地上で双眼鏡を駆使していたヴォーイが、「サチコ様ァ!?」と叫びをあげていた。
●ボールを叩け!
何人かの視線を釘付けにし、サチコは気恥ずかしそうにしていた。サチコが纏っていたのは、大胆な虎柄ビキニである。少しフリルが付いているのが、歳相応の感じがする。
「うぅ、大丈夫ですの?」
いろいろな意味を含めて発したサチコの言葉にアシェールは拳を固めて告げる。
「大丈夫ですよ。日焼け止め塗りましたから!」
二人が行き着いた先では、新人英語教師の央崎 遥華(ka5644)がビーチバレー用のネットを張っていた。水着の上から白いパーカーを羽織り、うきうきな表情である。
はしゃぎ過ぎないよう監督するのではないのは明らかだった。
「さて、やりましょうか」
軽く柔軟運動をして、遥華は告げた。
「ビーチバレーって初めてするの、うわぁい」
近くで準備が終わるのを待っていたディーナ・フェルミ(ka5843)が、気合を入れて参戦してきた。
「いいだろう。俺が相手になってやるぞ」
そこへ意気揚々と場違いな格好で現れたのが、春夜である。水着などないとばかりに、熱の篭もりそうな私服で砂浜に立っていた。
「んー、あと一人欲しいですよね」
ぐるりと辺りを見渡した遥華の視線が、サチコとアシェールの前で止まった。すかさずアシェールはサチコの手を持ち上げた。
「はい。サチコちゃんが参戦ですね」
「チャンスですよ、サチコ様。私がバックアップしますから、裏生徒会長としての力を見せましょう!」
「え、でも、ルールとかわからないですわ」
困惑気味のサチコに、ディーナが自信をもって微笑む。
「私も知らないから、大丈夫だよ」
「遊びなんだから楽しんだ者が勝ちだと、先生は思いますよ」
かくして言いくるめられたサチコと意気揚々参戦のディーナが春夜&遥華コンビと対決することとなった。
「これは、勝負の行方が見逃せません!」
拮抗するかに思えた戦いは、春夜が私服で参戦したことが勝負の分かれ目となった。
成績優秀は伊達じゃない、といわんばかりにサチコたちが慣れない間はレクチャーする余裕すらあった。だが、次第に攻撃が苛烈さを増してくると……。
「む……足が……」
重た目の靴はすぐに砂浜に沈み、素早い動きが封じられる。また、服が突っ張るために飛んで来るボールに対応しきれないでいた。
「行くよ~」
ふんわりとしたトスをディーナが上げ、サチコが一歩二歩三歩と踏み出してジャンプする。背丈の高くないサチコのアタックには、それほどスピードが乗っているわけではない。
「春夜くん!」
「任せて、くれ!」
先生の呼びかけに応えるべく、春夜は砂から足を引き抜く。だが、姿勢は崩れていた。無理やり腕をボールに伸ばそうとしたが、逆効果だった。腕を伸ばした勢いで身体は後ろへと倒れ、ボールは春夜の顔面に直撃したのだ。
「ぬぉお」
ドッと倒れた春夜の隣へとボールは埋まる。熱された砂に手を押し当てて起き上がった春夜に、遥華は手を差し伸べる。
「大丈夫ですよ。次があります」
そうだな、と手を取ろうとした春夜であったが海の家方面から、
「春夜くーん、水持ってきてぇ」と鵤の声が聞こえてきた。
「おっと、央崎先生。申し訳ないが、俺は行かなくては」
差し伸ばされた手を受けることなく、春夜は申し訳無さそうに背中を向ける。すまない、と今生の別れを告げるような切ない言葉を残して春夜は砂浜を駆けて行った。
体調不良の鵤が、俺を、呼んでいる!
残された遥華は、うーんと唸った後、アシェールを見た。ニッと優しく笑って告げる。
「じゃあ、アシェールちゃんが参戦ですね」
「では、私はサチコ様と組みます」
間髪入れずアシェールはそう宣言した。
組をシャッフルして再開する。
その向こう側では、オウガ(ka2124)とその恋人フィリテ・ノート(ka0810)。フィリテと姉妹であるカティス・ノート(ka2486)とリディア・ノート(ka4027)が和気あいあい遊んでいた……のだが。
「暑い日差しもリア充も敵ですぅ、往生せいや~~!」という気合一閃な一言に、オウガたちは思わず声のした方向を見た。
声の主は海の家にいた星野 ハナ(ka5852)あった。
●スイカを割れ!
バンドゥフリルビキニに薄手のパーカー、なかなか気合の入った格好だが彼女の気迫は荒々しかった。
ハナが気合とともに振り下ろしたのは、木刀だった。その切っ先は何もない砂をただ散らすのみだ。
「あれ~手応えがないですよ?」
「何をやっていますの……」
思わず様子を見に来たサチコにハナは目隠しをあげて、さわやかな笑顔で告げる。
「恋のスイカ割りですぅ」
恋が果たして必要な形容詞かどうかはわからない。
だが、ビニールシートの上に置かれたスイカ玉と黒い目隠し、そして木刀が揃えば聞かずと答えがわかるほどにスイカ割りであった。
「サチコも試してみるかい?」
ザレムが別な木刀を手渡しながら、サチコを促す。迷っている間に目隠しされ、サチコは回された。
酔い気味となったサチコの耳へ、真の酔っぱらい……ではなくマリィアの声が響く。
「つまみにはならないけど、水気は欲しいわね。しっかり割ってよ……ほら右よー」
右へ数歩移動し、
「真っ直ぐだぞ、サチコ」
ザレムに従い前進、
「あ、あぁ、止まってください!」
とアシェールに止められた。
「もうちょっと左だねぇ。はい、そこぉ」
海の家の屋内席から口出しした鵤に最後は導かれ、サチコは木刀を振り上げた。ポコリといい音が響いて、かすかな甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「ヒビが入ったからよしとしよう。目隠し取っていいよ」
ザレムに言われて目隠しを取れば、割れるというよりヒビが入ったスイカがあった。ハナがんー、と唸り声を上げる。
「すこし消化不良ですぅ。もっと景気よく割りたいですよ」
「安心してくれ、スイカの予備なら用意した。いくらでも割ろう」
生徒会会計にしては、楽しむことに余念がないザレムである。サチコのスイカを切ってもらっている間に、ハナが再戦。
「往、生、せいや~~!」
先程より気合を入れて、木刀を叩きつける。人がいたらどうするんだ、という鵤は思ったものの、割れたのはスイカだった。
「ふふふ、やったですぅ! リア充はこういう運命にあうのですよ!」
何が彼女をここまで駆り立てるのか。見事に粉砕されたスイカの中でも、大きい部分を手にとってハナは席へとついた。
塩もかけずにがっつく姿は、女子力とは何かを考えさせられる。もしかしたら、女子力とは名前の通りパワーなのかもしれない。
「今は恋愛への英気を養うのですよ」
曰く、そのために食い気に走っているのだという。つまり、彼女は今、百年の恋冷めまくり状態なのだ。
何だそれとかいってはいけない。恋愛乙女とはそういうものである。
一方でむしゃぶりつくハナの隣、
「ザレムさんもやってみてはいかがでしょう?」
綺麗に整えられたスイカに口をつけて、サチコはザレムを促した。
「え? 俺も割れ?」
驚いた表情を作るザレムだが、予見していたかのようにすでに木刀を握っていた。誰かが、「スイカのおかわり頼むよー」と酔った声で催促する。
「やってみよう」
静かに告げるザレムだが、口元には笑みがこぼれていた。かくして三個目、ついでにハナによって四個目……五個とスイカは割られていく。
参加者全員にスイカが配られる中、静かに闘志を燃やす者がいた。
「これは、焼き肉の前哨戦だね」
食べ過ぎないよう注意しつつ、イーディスは納得した様子でスイカを口の中へ片していくのであった。
2、肉だ!
「お前ら、肉が欲しいか! 欲しいなら全力で勝ち取れ! 準備はいいか!」
赤い夕陽が砂浜を照らす中、ヴァイスの声がバーベキュー会場に響く。すでに焼き出されていた会場は、見事に燻されていた。いくつも用意された網に立ち向かうのは、ザレムとヴォーイだ。
「よし、今だ」
網に乗せてから10秒も経たず、タレの滴るカルビをザレムはトングで掴むと空中へ放り投げる。鳥の翔ぶが如く宙を舞うカルビを、二つの箸が迎え撃つ。
「その肉は私のものだ」
「恋愛バトルは肉必須ですぅ、その肉寄こせやオラァッ」
箸を持つのはイーディスとハナだ。二人は箸を持たない手で牽制し合った後に、視線の高さまで落ちてきた肉をすばやくもぎ取っていく。
ここまでの戦績はハラミ三枚、タン一枚、ロース二枚ほど、フィジカルで勝るイーディスが多く取っていた。他に争奪戦への参加を狙うものもいたが、イーディスの肉への執念。そして、ハナの獣の如き獰猛さを前に後ずさるのだ。
「さて、今日の本命は肝試し。今は体力を温存する時です。サチコさんにも楽しんでもらわないといけないですし」
エルは紙皿に乗っているカルビを口に運びつつ、独りごちる。そう、確かに肉争奪戦に用意された肉は種類も豊富で量もある。
それでも、食べごろになったら、どんどん引き上げるザレムは投げきれない肉を回してくるし、
「あっちは仕方がないとして……野菜も食べないとだな」
春夜がそれぞれに配っていく、コーンやらししとうやナス等の野菜は豊富だ。ただ食べるというのであれば、文句の付け所がないのである。
「いや、やっぱり肉争奪戦のやつらにも野菜を食べさせないと……」
妙な使命感のもと、春夜は肉投げ場となっている網へと向かう。春夜が軽く野菜を食わせたい旨を語ると、ザレムはすぐに対処してくれた。
「それじゃあ、肉巻きにしよう。あとはサンチュで予め巻いておくのもいいね」
「一緒に投げるだけじゃ、ダメなのか」
「一考の価値はあるけれど……」
ザレムはそう告げると視線を、最も熱い戦場へ向ける。無論、イーディスとハナの競り合いが続く場所だ。
ちなみにその場所の焼き係は、現在ヴォーイが担っている。
「おら、次! ほい、次! そして、次だ!」
ノリと勢いで焼いたら投げるを繰り返すため、投げられる数が増えていた。ちなみに、戦績は段々と戦いに慣れだしたハナが追い上げつつある。
「目眩ましですぅ!」
水着の隙間に携えた符を投げて、閃光を放ち目をくらませる。その隙を突いて肉を奪いだしたのだ。ときには派手な音を鳴らし、また、フェイントをかける。
しかし、イーディスも負けてはいない。
「これもまた武の修行だ!」と剣を振るうがごとく、箸を繰り出す。ハナの箸先を剣圧で弾いて、肉を手にするのだ。
「うふふ、次の肉は私のですぅ。肉食系女子を舐めないでくださいね」
「肉食系?」
聞き慣れない単語に、わずかに首をひねるイーディスであったが次の肉が投げられると表情を変えた。
「まぁいいさ。何にしても……この肉は譲れない!」
気合一閃、しかし、ハナが符で散らした火花にタイミングが遅らされた。わずかな差で肉は奪われ、敵の皿に落ちる。
「美味しいですぅ」
「次こそは……私が、勝つ!」
ザレムは春夜は戦いを見つめ、野菜を混ぜてもわからないのではという結論に至った。もはや、勝負はそこにない気がした。
試しにヴォーイに数種の野菜を投げてもらったが、
「箸休めか……好き嫌いはすまいな?」
「当たり前ですぅ。野菜も食べて、健康的な肌を守りますから」
読みは的中し、二人は野菜も摂取し始めた。
「ヴォーイさん、交代しますよー」
少し時間が経ったおり、アシェールが投げ役の交代を申し出た。
「そうか。助かるよ」
(ふふふ……チョコ餅の女王、降臨なのです。サチコ様の邪魔はさせません!)
ちなみにサチコは、肉争奪戦に参加しようかどうか迷いながらこぼれ球を食べていた。サチコに最高の肉を渡すべく、アシェールは一計を案じる。
「はい、次ですよ!」
アシェールは、茶色い物体を二つ空中へと投げた。一瞬の判断で、もらった、と叫びを上げて、イーディスとハナはその物体を箸でつかみとる。肉にしては柔らかながら、それを感じる暇もなく、二人はそれを口へ運び入れた。
「あつっ!?」
「あまっ!?」
思わず声を上げてしまう物体、その正体はチョコ餅であった。網の上でやや香ばしく焼かれたチョコ餅は、噛めば中から熱いチョコが飛び出してくる。それを口いっぱいに頬張れば……結果はお察しいただけると思う。
「今ですよ、サチコ様!」
すかさずアシェールは、サチコの方向へ肉を投げた。美味しいザレム秘伝の壺カルビだ。サチコは満を持して、そのカルビを掴んで口へと運ぶ。
「美味しいですわ!」
口から光を発しそうなほど、美味しい。その叫びを耳にしたザレムは、満足そうに頷くのだった。
●
「おーっと、今度は肉か、チョコ餅かぁ!」
ヴァイスのMCに熱はこもっていたが、チョコ餅爆撃も対策を取られれば、意味を成さない。肉かチョコ餅か……イーディスとハナは空中に舞うものを一瞬で判断し構えるのだ。チョコ餅だとわかっていれば冷ましながら食べればいいのである。
「よーし、そろそろ戻るぜ。ザレムが美味しいホルモンを食べさせてくれるってさ」
「たしかサチコ様とそんな約束をされていましたね」
「というわけで、こういう具合に焼けばいいんだ。さぁ、食べてくれ」
ホルモンが苦手なサチコは、出されたミノを前に唾を飲み込む。独特のにおいはいつもに比べ、抑えられているように思えた。
一口噛めば、ぷりっとした口当たり。そして、溢れる肉汁は優しく舌を包み込む。切れ目に染みこんだタレが、後から追いついてくる感じだ。
「美味しいです!」
「これなら、私でも食べられますわ!」
絶賛である。気がつけば、ザレムの焼くホルモンを求めて人が増えていく。
「仕方がない。ホルモンも争奪戦になりそうだ」
もみくちゃにされる前に、退散したサチコたちの視界の端で、遥華が会場を後にするのが見えた。
「なんじゃ、もう腹が膨れたのかのう?」
遥華が出て行こうとしたとき、ふと、レーヴェが声をかけた。
「少食なんですよ……それに、準備がありますから」
「ほう、準備?」
ピンときたレーヴェはイタズラっぽい笑みを浮かべると、皿に乗っていたものを片付ける。
「その準備、私も手伝わせて欲しいのう」
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
不穏な二人の背中を見送り、エルは流れてきたホルモンに舌鼓を打つ。
「なるほど、私もある程度食べたら準備に入るとしましょうか」
気がつけば太陽は半分ほど、水平線に沈んでいた。オレンジの光が海の上を走って、浜辺に届いていた。
一方その頃、海の家では……。
「いやぁ、すまんな。持ってきてもらって」
「いえ、勝手にやっていることなので」
春夜が持ってきた料理を鵤は食べていた。調子が悪いとはいえ、肉は食べたいというものだ。いや、調子が悪いからこそ肉を食べねばならないのだ。
「おー、お肉の方から来てくれるなんてね」
本日何杯目かわからないビールを片手に、マリィアが寄ってきた。春夜は軽くいなして、鵤の皿からマリィアを遠ざける。
「マリィアの分はないぞ」
「えー、いいじゃない。ザレムが焼いたのなら、きっと美味しいはずだし」
「んー」と鵤は少し考え、マリィアと視線を交わす。その瞬間、二人の間に何らかの密約がかわされたらしい。
「よぉし、おたくも食べな。一緒に食べたほうが、美味しいだろうしねぇ」
「さすが、あなたは話がわかるわね」
瞬く間に皿の上から、肉と野菜が消えていった。ホルモンもまた、美味しくいただかれていく。
「……鵤先生、顔が少し赤くなっていますよ。やっぱり、調子が悪いんじゃ」
春夜の指摘に、鵤は視線を外して、んー、と唸った。
「あぁ、うん。やっぱり風邪気味なのかねぇ……ホテルにそろそろ戻ろうか」
「お伴します」
海の家から出て行くのを見送り、マリィアはひとりごちる。
「本当、悟られたくないなら呑まなきゃいいのに」
春夜がいない間、鵤はマリィアに合わせてビールをあおっていた。さっきのアイコンタクトは、それを春夜に黙っている代わりに肉をくれというものである。かくして思いがけず肉にもありつけたマリィアは意気揚々と店員を呼ぶ。
「さて、私はおかわりを……」
「すまねぇ、今日は店じまいだ。日もくれたしな」
ガーン、なお言葉にマリィアは「仕方ないわね」と勘定を済ます。海の家を出ると、日はすでに落ちきっていた。夜風で酔いを冷ましながら、マリィアは呟く。
「さぁて、合流しようかしら」
3、夜だ!
「イベントはたくさん御用意しておきました」
爽やかな笑顔と軽やかな口調で、遥華は参加者の面々にそう告げた。
「何が始まるんですの?」
「第一回肝試し大会ですよ」
笑顔をそのままに遥華は淡々とルール説明へ入る。まずは、全員持っているはずのパンフレットを出すように告げた。だが、誰も持っていなかった。荷物と一緒に宿に置かれているのだ。
仕方ないですね、と遥華は唇をとがらせる。
「パンフレットに書いたとおりだけれど、忘れている子もいるでしょうからね。海岸をスタート地点として、森を一周して帰ってきます」
だいたい20分ぐらいのコースである。ここで一つ柏手を打って、遥華は「ただし!」と声を張り上げた。
「試される側は、道中程で祠があるので、そこに置かれた御札を持ってこなければなりません。持ってこれたらクリアです。一緒にアイスを食べましょう」
質問は、と問われてサチコが手を上げた。
「イベントって具体的に、どんなですの?」
「イベントは、イベントですよ」
「えと」
「行ってからのお楽しみです、ふふ」
事前情報を与えないと、遥華の笑みは告げていた。
●
(恋人同士さんは仲が深まるといいね)
遥華先生の暖かな笑みを受けて、先鋒を引き受けたのはオウガとフィリテのカップルコンビだった。しっかりと手を繋いで森へ向かう二人の姿に、始まる前から襲いかかりそうな人物がいた。
ハナである。
「……嫉妬はダメですぅ」
「スイカ割り……いや、なんでもない。そもそも、私たちは今は動けない。そうだろう?」
浜辺で座りながら、ハナとイーディスは肝試しの見学をしていた。先ほどの肉戦争の結果、体力を消耗したためだ……ということになっている。
「今は、聞こえてくる悲鳴で勘弁してやるですぅ」
かくして様々な視線を背中に受けながら、オウガたちは歩いて行く。
「……オー君。もう少し遅く歩いて欲しいけど、いい?」
水着から、半袖のTシャツとショートスカートに着替えていた。薄手のシャツは青いブラが薄っすらと見える。
ラフな格好のフィリテは、オウガの腕にしっかりと絡みついていた。
「おう、ごめんな」
視線をまっすぐ前に向けたまま、オウガは歩く速度を緩める。
「あ、そのくらいの歩幅で……」
歩幅が合ったことで、オウガは腕に柔らかなものを一層感じることになる。動悸に伴って早足になりそうなのを、ぐっと堪える。
「怖いのか?」
「んーん、幽霊とかそういうのは大丈夫よ。ただ、足元が暗くて……」
「懐中電灯一本だもんな」
空を見上げれば星が見え、月明かりもある。だが、森の木々がその光を半減させていた。薄暗い道を真っ直ぐな電灯の光を頼りに進む。
すると、突然カラカラと景気のいい音が鳴り響いた。
「なに、なに!?」
慌ててより強く抱きつこうとするフィリテを抑えて、オウガは足元に置かれた糸を摘む。
「落ち着け、ちゃちな鳴子だ」
「あーもう、びっくりした」
「けど、これって……合図なんだろうな」
オウガは脅かし役がそろそろ出てくることを念頭に置いて、フェリテと先を急ぐ。
3分ほど歩いたところでフィリテが立ち止まり、「ひっ」と短く悲鳴を上げた。オウガは引っ張られる形で、バランスを崩しかける。
「どうした」と問いかけると、フェリテは一箇所を指差した。光を当てれば、宙に浮く幽霊のようなものが見えた。
「ただの人形だ」
「え、人形?」
見れば確かに安作りの人形であった。安堵の溜息をついて、これぐらいの仕掛けなら怖くないと気を取り直した……のだが。
「誰だ!?」
先んじてその気配に気づいたオウガが振り返り、懐中電灯を向けた。フィリテがどうしたのと振り返ろうとするのを、オウガは手で制して回れ右をした。
「気のせいだった……ことにしておく」
「え」
「ほら、先を急ぐぞ」
少し慌て気味のオウガに何があったのかをフェリテは問いかけるが、オウガは答えない。森を抜けたら話すと約束して、歩をすすめるのだった。
そんな微笑ましいカップルのやりとりを、闇夜に浮かぶ生首がじぃっと見つめているのだった。
途中、後ろ髪を全面的に前に垂らした少女から受け取ったチョコ餅を食べながら、オウガは前を指差す。
「そろそろ、折り返し地点だな」
薄っすらと向こう側に光が見え、オウガは呟いた。案外、早いのねとフィリテはそっと胸を撫で下ろす。
そんな二人を見守る二つの影……の一人、カティスは隣でにこやかな笑みを浮かべるリディアに問いかけた。
「そういえば、リテ姉さんって、ナメクジ苦手でしたね。腰を抜かすくらい」
「えぇ、そうですね」
「リテ姉さん、腕にかなり絡んでますね。いい感じです」
「足下が暗くて見えにくいのかもしれないわ。あそこまでしっかり抱えなくてもいいとは、思いますけどね」
二人の会話などつゆも知らず、フィリテは少しだけ力を抜く。明かりが見えた安堵感から、息が漏れる。
「安心するのは早いですよ、リテ姉さん」
暖かな意味が一転、悪戯っぽいものに変わる。その手には見えないくらい細い釣り糸が、握られていた。
釣り糸の先に楽しげな様子で、カティスは白い布を取り付ける。さらにもう一つ、別の釣り糸を用意していた。細さは同じだが、取り付けるものが異なる。
「リナ姉さんは、何使います? わたしは、こんにゃくを使ってみようと思うのです♪」
「え、何の話?」
「もしかして、リナ姉さん……脅し役の準備していないとか?」
「……」
「……」
見守ることだけ考えていたリディアの沈黙に、カティスは「仕方ないですね」と溜息混じりに告げた。
「ありがとう、リディア」
リディアはカティスから白い布のついた釣り糸を受け取り、改めてフィリテたちの動向を見守る。釣り糸の射程圏内まで、もうまもなく。
二人の視線をつゆ知らず、オウガとフィリテは出口を目指していた。あと少しというところで、オウガは足を止めた。
「ん?」
「どうしたの、オー君?」
「いや、視線を感じるんだ」
あたりを見渡すが、人影はない。どうせ脅かし役だろうと思いつつ、フィリテに勘違いかもしれないと歩き出した。
――刹那。
「ひゃっ!?」
短い悲鳴とともにフィリテが止まり、オウガが引っ張られた。オウガが顔を上げると白くてひらひらとしたモノが縦横無尽に動き回っている。
「しっかり腕につかまってろよ、通りすぎるぜ」
「う、うん」
より密着する形になり、感じていた視線が熱を帯びた。誰が見ているのか悟ったオウガだが、フィリテにはいわない。
白い布に気を取られ、上を見上げていたフィリテは再び短い悲鳴をあげた。
「っぅあ!?」
倒れかけたフィリテをオウガは抱え込むようにして支える。
「な、なにか、足に、足に触れたわぁ!?」
そちらを見ようとすると白布がひらひらと顔の周りを行ったり来たりして、視界を防ぐ。
「もう、邪魔っ……。ひゃぁああ!?」
布を払おうとして、再び声を上げたフィリテはそのままへたりこんでしまう。
「ヌメっとした……。何、なに? なに?」
あたりを見渡すが、足に触れそうな物体は見えない。
「な、なめくじじゃないわよね?」
「なめくじじゃないから、安心しろ。少なくとも生き物じゃないから」
「ゆ、幽霊?」
「いや、こんにゃくだった」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。ネタがわかるとフィリテは深いため息をついた。力ない笑いを浮かべて立ち上がろうとしたのだが、
「引っ張りあげてやるから、しっかり腕を掴んで……ほら」
腰が抜けたらしくオウガに引っ張りあげられた。オウガに抱きつくような形で、フィリテは歩き出した。
「やり過ぎちゃいました?」
「よりくっついたんだからいいんじゃない」
ひそひそと二人の後ろ姿を見送り、カティスとリディアはそんな会話を交わすのだった。
開けた場所にある祠は、石の上に小さな社のあるものだった。その手前に乾電池式のローソクが立てられ、コピー紙で作られた御札が積み重ねられていた。
「雰囲気を出そうとして失敗したみたいな感じだぜ……そろそろ落ち着いたか?」
一枚御札を取って、オウガはフィリテに視線をやる。フィリテは頷き、
「もう大丈夫だよ。こんにゃくにいつまでも驚いていられないしね!」
「さて、帰り道だが……あとは何が用意されているかね」
再び明るい場所から暗い道へ。
何が起こるか少し構えながら歩いていた二人の前で、茂みが音を立てて動いた。
「さて、何が出るかな?」
身構えるオウガの前で、虎猫がにゃーんと鳴いて姿を現した。虎猫は二人を数秒見つめると、再び茂みへとガサガサ音を立てて入っていく。
「ただの、ネコね」
緊張が解け、笑みを浮かべたフィリテだったが……次の瞬間、大声がすぐ後ろから響き渡った。振り返れば至近距離に血塗れの男が立っていた。
ものすごい形相で二人を睨みつける男から、咄嗟にオウガはフィリテをかばって距離を取る。
男は咆哮しながら、オウガたちへゆっくりと歩みを進めた。力強く男が地を蹴ったのを見て、オウガたちは脱兎のごとくその場を脱する。
数メートル行って振り返れば、そいつの姿はもうなかった。
「ふぅ、みんな気合を入れてるな」
「もう、終わりよね?」
フィリテの疑念にオウガは答えない。まだ何かありそうだと、勘ぐっていた。すぐにその予感は現実のものとなる。
「ん?」
再びガサガサと葉が擦れる音が響く、振り返れば、木の枝が揺れていた。次の瞬間、ザッと音を立てて、
「夜更かし夜歩きの悪ぃ子はいねがー」
と声を上げながら、血塗れの鬼の面を被った何かが降り立った。手にも血に塗れた提灯を、もう片方には血の滴る包丁を握っていた。
「悪ぃ子はいねがー!」
さらに声を上げて駆けてきた化物から逃れるべく、オウガたちは走りだす。途中、鳴子の音が鳴り響き、鈴や火の玉のようなものが見えた。
倒れかけたフィリテを抱きかかえて、オウガは走りきり、ゴールにいたる。
「……よし、ついたぞ」
抱きかかえられたフィリテは、強くオウガにしがみついていた。顔をオウガの胸元に押し付けて、フィリテは固まる。
「もう、大丈夫だぜ」
「うぅ、何だか疲れた」
オウガがフィリテの頭を撫でていると、遥華がアイス片手にやってきた。自分でも一つかじりながら、オウガたちに一つずつ手渡す。
「はい、ご褒美のアイスよ」
受け取らせた後、遥華は振り返り次の組へ告げる。
「さて、次はあなたたちの番よ」
●
「あー、まぁ適度な運動は必要よね、うん。お酒が全部脂肪になったら困るものね」
「うぅ、怖いですけど……マリィアさんと一緒なら」
続いては、マリィアとディーナのコンビである。マリィアは軽い運動という感じだが、ディーナはすでに怖がっていた。
何とかなるって、というマリィアの気丈さにまかせてディーナも後を追う。マリィアが何故か携えていた神罰銃については考えないことにした。
「おっと」
茂みで音がなるたびに銃口をマリィアは向けていた。
「こういう訓練も目先が変わって悪くないわね~」
「あの……いいのですかね」
間違えて発砲しないか気が気でないディーナにマリィアは笑って応える。
「セーフティかけてるから、大丈夫よ」
「はぁ……」
頼りになるのか、ならないのか。まだ酒気帯びのにおいもするため、ディーナは一定距離を保っていた。
「おっと、そこぉ!」
マリィアが再び銃口を向けた先にはお化けの作り物が置かれていた。
「ただの作り物ですか」
ディーナが胸をなでおろした瞬間、マリィアが後ろに気配を感じて銃口を向けた。釣られて振り返ったディーナが見たのは宙に浮く「生首」であった。
叫びを上げて回れ右して走りだしたディーナをマリィアはやれやれと追いかける。
途中、ピンクの髪を全面的に前に垂らした少女が現れた。
「この甘くて美味しいチョコ餅こそ、恐怖の対象! 明日から体重を気にするといいのです!」
「おっと!」
「うわわ、撃つのは反則です!」
ピンク髪は慌てて手に持っていたチョコ餅をマリィアとディーナたちへ投げた。受け取ったマリィアは、咀嚼しながら、
「おつまみの方がよかったなぁ。美味しいからいいけどね」
と告げる一方で、
「……体重」
ディーナは若干のダメージを受けているように見えた。ピンク髪の少女に別れを告げて、再び歩き出した二人を今度は釣り糸お化けが襲った。
マリィアは白い布にいい訓練だと標準を合わせ続け、ディーナはこんにゃくの感触に短い悲鳴を上げる。
「そのあたりかな?」
マリィアは布やこんにゃくの動きと茂みの気配を感じつつ、根本に向けて銃口を向ける。たまらず、リディアとカティスがホールドアップをするのだった。
難なく祠を超えた二人は、折り返し地点を経由し、復路に入る。ふと、茂みが動いたのを感じマリィアが銃口を向ける。段々と近づいてくる音に、ディーナも緊張していたのだが……。
「にゃーん」
現れたのは虎猫だった。安堵の息を吐いた次の瞬間、大声を上げて血塗れの男が至近距離へと迫ってきた。
「ひゃぁああああ!」
刹那――ディーナを中心に光の波動がほとばしり男を突き飛ばした。吹き飛ばされた男は受け身をとって、ダメージを最小限に抑える。
「ごめんなさいなの、ビックリしてついうっかりなの~!」
思わず放たれたセイクリッドフラッシュを受けて倒れた男に、ディーナは慌てて駆け寄る。起き上がると男――ヴォーイは、
「大丈夫さ。ぐっと来たけどな」とサムズアップしてみせる。
「誠心誠意原状回復に努めさせていただくの、ごめんなさいなの~」
何度かヒールをかけ、涙目に見えるディーナへヴォーイは大丈夫だと繰り返して立ち上がる。
「ほら、ゴールも近いんだ。あんまり時間がかかると先生方が心配するぜ?」
「怪我もなさそうだし、言葉に甘えて行こうか」
ヴォーイとマリィアに促され、ディーナは「何かあればすぐに言って欲しいの」と言い残して従う。
もうびっくりしないの、と心に決めた彼女へ最後の仕掛けが立ちはだかる。幾重にも鳴り響く茂みの音……マリィアが訓練に興じている中、ディーナは身構えていた。
やがて、
「悪い子はいねぇがぁ!」と現れた血塗れの仮面……こと血塗れのなまはげが駆けてくる。咄嗟にセイクリッドフラッシュを放ちかけ、ディーナは我に返ると一目散に走りだした。
「おいおい、早過ぎるって」
ディーナが転ばないかやきもきしつつ、マリィアも追いかける。盛大に鳴り響く鳴子の音にも動じずに、ディーナは海岸まで戻ってきた。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ、最後はダッシュか。まぁ、総合訓練としてはよかったかな」
そんな感想を漏らす二人へ遥華がアイスを渡してくる。緊張から解かれてへたり込んだディーナの様子を見かねて、ヴァイスも近づいてきた。
「気分が悪いのなら、すぐに宿泊所へ戻るか?」
「いえ、大丈夫です。脅かし役の方々が戻ってくるまで、待ちます」
「そうか」
ヴァイスはディーナの言葉に頷くと、最後の組の背中を見送る。最後の組は、三人だった。
●
「さぁ、あの反応を見るからに……泣いても知らないよ?」
「だから、怖くないですわ!」
舞の言葉にサチコは過敏な反応を示す。舞と逆側からは、ザレムが微笑みを浮かべて近づいてきた。
「人に混じって本物が居るのかも……ね」
「ぴっ!?」
サチコらしからぬ悲鳴に、舞が苦笑を浮かべた。やはり、心配である。
暗い森を進むにつれて、サチコの表情が明らかに下に落ちていくのがわかる。風で葉が擦れ、音が立つたびにサチコが短い悲鳴を上げる。
そろそろ何かが出てきそうだな、と舞が構えていると前にお化けの人形が出てきた。サチコは見ないように顔を舞の腕に埋める。
「おーい。あれはただの人形だよ、サチコ」
「人……形……」
怖くないよ、と言われて顔を上げる。
サチコが「人形なら怖くないですわ」と虚勢をはるので、ザレムが後ろを指差して尋ねる。
「じゃあ、あれは?」
「え?」
振り向いた瞬間、サチコは高らかに悲鳴を上げた。同じく後ろを見て舞もわざとらしく悲鳴をあげる。
「GYAAA、73点!」
点数を告げられた生首は、宙に浮いた状態で小首を傾げる。
「微妙な点数だと、いいのかわるいのか気になってしまいますね」
聞こえないように呟いた生首の正体はエルだった。黒い布で身体を隠し、光の加減で宙に浮いているように見せているのだ。微妙な気分になりつつも、サチコの怖がりに満足してエルは退場する。
いなくなったのを執拗に確認して、サチコたちは前に進んだ。
次に現れたのはピンク髪を前に垂らした少女であった。少女はサチコの姿を見るやいなや、
「あ、サチコ様。ご休憩にチョコ餅はいかがでしょうか」
怖さの片鱗すら感じさせない声で、少女は告げた。それでも某幽霊を思わせる姿にサチコは震えながら、しゃがみこんで頭を守っていた。
「サチコ様、私です! アシェールです!」
もはや脅かし役はどこへやら。アシェールは垂らした髪を後ろへ持って行くと、サチコに名乗りを上げた。
「それでいいのかい?」
思わずアシェールにザレムが問いかける。
「いいんです! サチコ様を怯えさせるのは、本意ではありませんから!」
返ってきたのは、力強い宣言だった。
「これは……脅かし役としては0点かな」
仕方がないです、とアシェールは舞の点数を受け入れる。
ようやく顔を上げたサチコにアシェールは再びチョコ餅を手渡す。もちもちと食べ終わると、美味しいですわと感想を述べた。
その言葉に満足した笑みを浮かべたアシェールと別れ、さらに奥へと進む。
続いてサチコ一行に襲いかかったのは、釣り糸お化けだった。
「UOOOO……50点!」
舞には辛い採点であった。しかし、サチコは、
「何ですの、何なんですの!?」とひとしきり怯えていた。ザレムなんかは、こんにゃくが上手くサチコに当たるよう立ち位置を調整していた。
そして、こんにゃくが当たるたびに悲鳴が上がる。最後には見えていた祠の光めがけてサチコは走りだすのだった。
「もう、転けちゃうよ!」
「怪我だけはしないでほしいな」
サチコの後ろ姿を舞とザレムは急いで追いかける。サチコはいち早く御札を手に取ると二人に、
「さっさと戻りますわよ!」と来た道を引き返そうとした。ネタがわかっているならば、怖くないという発想である……が。
「こっちだよ、サチコ?」
「道を間違えるなんて、お化けの仕業かもしれないな」
舞とザレムに口々に言われて、サチコの思惑は早くも崩れ去るの。復路に入った三人をまず待ち構えていたのは、茂みから飛び出した虎猫だった。
がさがさという物音にビビっていたサチコも虎猫と目が合うと、虚勢を張った。
「……猫なら怖くないですわ!」
「そんなこといってると……出るよ?」
ザレムの言葉に「何がですの」と返す前に、それは聞こえてきた。謎の大声に振り向けば、血塗れの男が駆けて来ていた。
最大級の雄叫びを上げて疾走するサチコを慌てて、ザレムが追いかける。
同調するように舞も「GYAAA」と楽しそうに叫びながら、
「油断させてからの脅かし、87点!」
そう評するのであった。
「はぁはぁ、なんですの……なんなんですの!?」
後ろを振り返り、いなくなったことを確認してサチコは立ち止まった。追いついた舞とザレムに声をかけられて息を整える。
舞は手を握って、
「大丈夫だよ。付いているからね」
優しく落ち着かせる。
だが、落ち着きを取り戻したのも束の間……ガサガサと盛大に木々が音を上げた。次の瞬間には、「悪い子はいねぇかぁ!」と血塗れのなまはげが襲いかかってきた。
「また、ですのぉ!?」
再度、疾走。
今度は走れば走るほどに、方々から様々な音が鳴り響くおまけつきだ。舞はこれもまた、面白いねぇと楽しげに笑っていた。
「フィナーレにふさわしいから、80点!」
「サチコ、転ぶよ?」
ザレムの心配虚しく、サチコは最後の最後でズサーっと砂浜に滑り込んだ。釣られて舞も転倒して、砂浜に転がった。ヴァイスが慌てて抱え上げて、ディーナがヒールで傷を癒やす。
「あぁ、面白かった」
「そういえば、あの点数は何でしたの?」
「脅かし演出を実家での芝居で取り入れられないかチェックしてたんだよ」
利用できるものは利用するものだから、と舞は告げる。なかなか派手なフィナーレだったね、といっているところへザレムが花火を手に戻ってきた。
「クリア報酬に央崎先生がアイスをくれたよ。あと、花火をみんなでやろう」
「いいね!」
「それなら、脅かし役が戻ってきてからにしましょう」
さわやかな笑顔で、ザレムの後ろから遥華は告げる。そう、まだ脅かし役は戻ってきていないのだ……。
●
「さて、今ので最後じゃな」
なまはげことレーヴェはサチコたちがゴールしたのを見届けると、踵を返していた。彼女にはもう一つ重要な任務が残されていたのだ。
「子どもたちを脅かす、悪い子はいねぇがぁ!」
叫びを上げながらレーヴェは木々の上を飛び回る。そう、彼女の役目とは脅かし役の撤収を脅かすことで知らせることであった。ややこしい!
当然、近い位置から被害者は発生する。物音と何かが近づいてくる気配に、虎猫を抱えていたヴォーイは周囲を見渡した。
「あれ、まだ参加チーム居たか?」
一応サチコたちが最後で、撤収の合図は別途出ると聞いていた。撤収の合図かな、と落ち着いていたところに……。
「子どもたちを脅かす、悪い子はいねぇがぁ!」とレーヴェが参上した。
「えや!?」
一瞬の驚きの後、血塗れで追いかけてくるレーヴェからヴォーイは慌てて逃げ出した。そのまま祠のある場所を抜けて、カティス&リディアを巻き込み疾走。
突如出現した血塗れの男となまはげに二人は思わず悲鳴を上げた。それに呼応するようにして、アシェールもまたチョコ餅を手に道を駆けて行く。
「……なるほど、そういう趣向ですか」
逃げてくる脅かし役と追ってくるレーヴェを見てエルは一瞬で事の次第を理解した。わざとらしい悲鳴を上げながら、彼女もまた走りだす。
百鬼夜行が森から抜けてきたところで、最後のレーヴェは森のなかに消えた。
「おいおい、どうした。大丈夫か?」
息も絶え絶えな面々に心配してヴァイスが声をかけていく。すると、森から着替えを終えたレーヴェが出現し、遥華と「いえーい」とハイタッチをするのだった。
「あぁ……そういうこと」
混乱をきたしていたヴォーイが、真実に気づいて苦笑するのであった。
●
ザレムの花火も終え、生徒たちはそれぞれの部屋で寝静まる。ヴァイスは点呼と見回りを終えると、部屋に戻ってつまみを広げた。
「いやぁ、わかってるねぇ」
「鵤先生……病み上がりなんですから気をつけてくれ」
鵤、ヴァイス、遥華……そして、しれっとマリィアが混ざっていた。マリィアに関してはヴァイスはスルーすることにした。
「ところで、ヴァイス。うちのパシ……春夜を見かけなかったか?」
「咲月ですか……たぶん部屋にいたと思いますが」
どうやら肝試し中、鵤は彼を呼んだのだがこなかったのだという。疲れて部屋で寝ているんじゃないのか、とヴァイスに言われてこの場は納得したのだが……。
あくる日の朝、海岸……咲月春夜は登ってくる朝日で目を覚ました。
「へっくしょん!」
盛大なくしゃみが海岸に鳴り響く。彼は風邪を引いていた。鼻をすすって昨日のことを思い出す。
「あぁ……そうか」
怖いのをスルーするため、海を眺めながら海岸で待機していたのだ。どうやら、そのまま寝てしまったらしい。
「みんな心配しているとまずいな」
そそくさと宿に戻った彼を待っていたのは、誰一人心配せずに朝食を取っている一同の姿であったという……。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/08/10 22:45:58 |
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相談卓だよ 天竜寺 舞(ka0377) 人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/08/11 03:59:45 |