【MN】逆転世界はゴブリン最強!?

マスター:奈華里

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2016/08/12 19:00
完成日
2016/08/23 02:44

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ゴブリンは思った。なぜ自分は雑魚なんだと――。
 どの世界に行っても、勇者のレベル稼ぎに使われ、魔王の手下としてこき使われる毎日…。
 たまにいい獲物にありつけたかと思ったら、すぐに弱肉強食の掟に従って自分より強い存在が現れる。
 こんな世界、間違っている。たまには日の目を浴びてもいいではないか。
 ゴブリンとて家族があるのだ。早々に切り捨てられるのは辛過ぎる。
 そんな彼らに助けの船を差出したのは時空の旅人――彼は敵でも味方でもない。ただそこにあるだけの存在。
 けれど、彼はある力を持っていてゴブリンの望みを叶える事が出来るのだ。
「いいでしょう。この理不尽な世界を壊して差し上げましょう」
 男は言う。ゴブリンの願いを叶えるために、さらさらと紙に実現すべき理想の世界を書き出し空へと投げる。
 すると世界が閃光に包まれて……見た目には全く変化はなかったが、彼らは気付くだろう。
 レベルとそして何かが逆転し、この世界の頂点に輝くのが彼等になったという事に――。

『どぅえぇぇぇぇぇ!!?!??』
 ハンターオフィスで、街の宿屋で、はたまた自宅のベッドの上で、ハンターというハンターが奇声を上げる。
 それもその筈、目が覚めたら彼らの姿は一変していたのだ。
 むっきむきの筋肉自慢の男ハンターはセクシーバディの女ハンターになっていたり、スマートで勝気だった女ハンターは一夜にしてさえない優男なハンターになっていたりと変化は様々。しかし、いいように解釈した者も少なからずいる。ただ、それだけではなかったから、この変化は性質が悪い。
「なっ、なんということだっ!!」
 伝説の剣を所持していた元男剣士がゴブリンを相手に戦って、一撃で完敗。
 剣はあえなく折れてしまう。
「うそだろ…昨日まであんなに頑丈だったのに…」
 あるいは買ったばかりの重鎧が通りがかった子供のパンチであっさりと粉々になり、それを見たハンター達は混乱する。
 そして更には、
「ちょっ、おかしいって! 何で、会心の一撃ばかりっ!?」
「なんか、ずるいっ! 絶対変だっ!?」
 草原に現れたゴブリンから繰り出された攻撃が尽くクリティカルで、さしものLv,MAXに近いハンターが悲鳴を上げ、命からがら逃げ出す始末。ただの木の棒が訳の分からない頑丈さを見せている。
『ひゃっは、やったぞ! オレたちの勝利だっ!』
 ゴブリン達が棍棒を掲げ喜ぶ。
『あの人間のおかげだっ! あの人間、バンザーイ!』
 もう一人が喜びの舞を踊り始める。
『オレらのきゅうせいしゅだー! 逆転さいこーっ、強さマックスー』
 今まで虐げられてきたゴブリン達はそれぞれ喜びの声を上げる。
 がその声を密かに聞く者がいた。彼はバンデラ、元中堅おっさんハンターである。
 が今はどういう訳か子供の姿になってしまっていたが、それでもこれまでの勘を活かし今ここにいる。
(この様子だと、世界をこうした黒幕がいるようだな。そいつをどうにかすれば元に戻るかもしれんが)
 どうしたらいい。自分も決して最強と呼べる程ではなかったが、それでもゴブリンなど余裕だった。
 けれど、この身体になってからはビールの蓋を開けるのでさえ一苦労。但し、何故かフォークを使うと簡単に開いてしまったから不思議なものだ。まぁ、それはさておき今は打開策を求めて、ゴブリン達の後をつけ…行きついたのは地下への扉。如何やらそこが奴らのアジトらしい。が今の自分では勝ち目がないだろう。現にさっきスライムと戦ってみたのだが一発も当てれず、あろう事かペットのチュースケに助けられたくらいだ。
(この世界の理を解き明かし、必ず元に戻って見せる)
 ポケットにいるチュースケをそっと撫でながら様子を窺う。
 そうして彼は一旦引くと、事を整理しつつ協力者を募るのだった。

リプレイ本文

●混乱
 ×××年、世界は逆転の効果に包まれた。
 そして、異変に気付いた者達は三者三様、十人十色な反応を示す。
「あ、あれ!? 俺の目線が低いような……こ、声も高い、ような?」
 むくりとベッドから置き上がり、閏(ka5673)が自分の変調に些か疑問を抱く。
 しかしながら、彼は鏡を持ってはいなかった。そこでまずは近くの窓を開けようと手を伸ばして気付いたのは己が手の小ささ。それに違和感を覚えつつも窓を開けばいつもと同じ日差しが彼に差し込む。その日常に気を取り直し、洗面所に向かって…その瞬間、彼は――固まった。
(ま、まさか…そんな……)
 悪い夢を見ているに違いない。そう思いたいのだが、頬を抓るも一向に目覚める気配はない。
「えっ、えぇー、えーー!」
 自分の頬に手を当てて、彼は…否、彼女はその場であたふたする。
 元々小麦色だった肌は褐色になり、髪は癖をおびて肩まで伸びていた。
 そして、一番の違いは若返ったその身体は少女のもので、推測するに十二歳と言った所か。とりあえずぶかぶかになってしまった服をそれなりに整えて、彼は頼みの綱とばかりにハンターオフィスに駆け込む。だが、そこには既に溢れかえる人の波――ハンターという、ハンターがこの異変の解明にとここへ押し寄せているようだ。
「あっ、ちょっ…痛いですっ。そんなとこ、押さないでぇぇ~」
 その波に揉まれて、涙目になりながら順番を待つ女性。
 押された拍子にポケットに入っていたハンター証がぽろりと落ちて、それによると彼女はボルディア・コンフラムス(ka0796)というらしい。
 が、そこにある彼女の容姿の違いに思わず閏は目を疑う。
(この人が、コ…レなのでしょうか?)
 ハンター証にあった容姿とはガテン系の姉御肌を思わせる快活な笑顔が印象的なハンターだ。しかし目の前にいるのは内気でか弱ささえ感じる胸の大きな女性であり、元の時の露出高いタンクトップをそのまま着用しているからか、そのギャップに周囲の視線を集めている。
「あっ、あの…助けて下さいっ!」
 彼女は堪らなくなって、そばにあった腕に縋る。いつもなら考えられないが、今は別だ。自慢の斧が持てないのだから、他を頼るしかない。だが、そこにいた男は重量級巨漢のスキンヘッドであり、更に恐怖を感じる彼女。
「き、きぃやぁぁぁぁぁっ!!」
 彼女は思わず悲鳴を上げ、その場に尻餅をつく始末だ。
「ほっほっほっ、何この姿じゃ仕方がないが少し傷つくのぅ」
 男がそう言いつつも彼女を引き上げる。
「あっ、あの…すみません…お名前は?」
 彼女が謝る中、男は気にしない素振りでにこりと笑う。
 が、その姿だとその笑みがどうしても含みのあるように見えてしまうから見た目が九割とはよく言ったものだ。手にした酒瓶もその胡散臭さを増大させ、某コミックでいうなれば完全な悪役である。
「妾か。妾は御酒部 千鳥(ka6405)じゃ」
 でゅふふっと語尾に付きそうな見た目の彼であるが、元は彼も女性であり結構な美人だったりするのだが、今は全くその面影がない。
「この姿じゃと…あやつに嫌われてしまうかのぅ」
 とそこへ千鳥とは対照的な姿のヴィルマ・ネーベル(ka2549)がやってきた。
 元は彼女も女であるが、今は男。しかも年は通常よりも少し重ねて三十後半、引き締まった筋肉と片目を髪で隠した短髪の容姿が文句なく男の色香を漂わせている。本人的には身長が伸びて少し嬉しいそうだが、この姿では大切な人に嫌われてしまうのではないかという不安も付き纏うようでなかなか難しい所である。
 そしてもう一人、男から女へ変わっても見た目の美しさに変わりが出なかった者がここにいる。
「初めての仕事がこれか…にしても、女の体というのは動きづらくてかなわん」
 慣れない胸を気にしながらもエルフのブレイク=イアン(ka5041)が愚痴を零す。
「仕事ってこのへんてこな世界になった原因を知っているんですか!」
 そこでボルディアがブレイクの言葉を聞き尋ねる。
「ああ、聞いた話によるとゴブリンが騒いでいたらしい。今その討伐の依頼が出ているみたいだが」
 引き受けたばかりの依頼の概要をまとめた書類を差し出し彼女に見せる。
 他の皆もそれを聞いて興味津々。約一名は成り行きのようだが、人は多い方が良い。
 このままで良い訳ないと、大半はこの状態の解決を願っているようだ。
「だったら俺も一枚かまして貰おうか。この姿は妹のようで落ち着かないんだ」
 ぷにっと胸を触って、胸だけは妹よりも大きい気がすると思いつつ肩を超えるくらいまで伸びた髪を纏めながらのラジェンドラ(ka6353)も参戦する。
「ならばぁ~、わたくしもぉ~!」
『おわぁぁっ!』
 とそこへ突如現れた金髪女の形相に皆が目を見開いた。
「ん…きみは…?」
「ドゥアル(ka3746)、だ……この、非現実的状況、許すまじぃ~~」
 ラジェンドラの問いに彼女は殺気の籠った目で答える。
「うーむ、どうしてそこまで?」
 その様子に尋常じゃないものを感じ取ったヴィルマがそう尋ねると彼女は、
「寝れないのだよ、一睡も、一分も……このわたくしから睡眠を奪うとは、万死に値する…」
 がるるっと歯をむき出しに、いつもなら顔を隠している超ロングの金髪を今日はサイドテールに結び彼女はヤル気満々だ。
「これはよっぽどのようじゃのぅ。その眼…充血し過ぎじゃ。どれ、酒を試してみるか?」
 千鳥が持参の酒瓶を差出し、彼女に勧める。そう言えばドゥアルに性別変化はないようだ。
「ゴブリン討伐に乗り出す皆さんはこっちにどうぞー」
 早々とオフィスに出向いて、状況を把握し依頼参加を決めていた少年姿のクレール・ディンセルフ(ka0586)が皆を集める。
「私の推理が正しければ突破口はあるわよ」
 フフッと含み笑みを浮かべて、その後ろでゴスロリ美少女の揚羽・ノワール(ka3235)が何故か傷だらけの姿で不敵に言葉した。

●究明と対策
 時は暫し遡る。
 いつも通りに目が覚めたクレールは自分の違和感に逸早く気が付いた。
 というのも閏同じく視線がやけに低くなっていたから無理もない。
 慌てて姿を確かめた彼女はすぐさま自宅の鍛冶場へと直行する。
 そして自前の槌に手をかけて、平常心を取り戻そうとまずは一振り。
 が彼女のその一振りが悲惨な結果をもたらす事となる。
「いやぁあぁぁぁ~~!!? ど、どういう事…全然うまく打てないぃあぁぁぁ~~~!!」
 振り上げた槌は横たえていた錆びた剣を叩いた直後にヒビが入り、剣はびくともしなかったのだ。
「何これひどい!! もしかして、子供になっちゃったから? あ、あぁ…鍛冶のできない私…なんて…」
 よろよろと崩れ冷たい床に身を預ける。鍛冶一筋でやってきたこの人生、今も自分の鍛冶道とは何たるかを探している途中であったが、志半ばでその夢を手放さなければいけないのかもしれない。
「これじゃあ跡取り失格だ…あ、ああ…これから、どうしたら…」
 ほろりと自然に涙が滲む。そこで自棄になった彼女は近くにあった屑鉄の一つを掴み上げて、
「もういやぁぁぁぁ!!」
 
 ごすっ

 振り被って投げた屑鉄から発せられた意外な音――。
 慌ててその投げた屑鉄に目を向ければ、何とその屑鉄は壁に見事にめり込んでいるではないか。
「へ……なんであんな深く刺さってるの?」
 今日目覚めてからというもの訳の分からない事ばかりだ。しかし、この意外な発見が彼女に息を吹き返す。
「これだわ。屑鉄がこんなに強いなら、私は屑鉄マスターを目指すのみっ!」
 そう思い、さっきの錆びた剣ともう一度対峙する。そうして、次に振り被ったのは別の屑鉄だ。
「粗削りだけど…これならきっと…」
 クレールの工房から音が響く。身体は小さくなってしまったが、それでも技術が失われた訳ではない。
「いける。これならいける…ってええっ!」
 そう信じてホッとしかけた時、もう一つの異変に彼女はようやく気が付いた。
(えっ…まさか)
 下腹部にある違和感に汗が流れる。そして、
「いやぁあーーーー!!」
 彼の悲鳴が再び工房に木霊した。

 一方、揚羽は性別逆転の異変にはそれ程不自由を感じてはいなかったが、力の面での変化には些か納得がいかないようだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
 普段から女性的な彼はいわゆる異性装者であり、聞かれない限りは性別を女性だと思わせている事が多い。だが、今はどうだろう。身体自体も女性となってしまっているから、女装ではなくこれが普通と見られてしまう。そんな微妙な状況にもやもやを感じてはいたが、これはこれでと納得させていたのはさっきまでの事だ。
「え、ええ…大丈夫よ」
 軽くぶつかられ転んでしまった自分に驚きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「ごめんなさいね」
 その子の母親がそう謝罪するのを聞いて、彼女は静かに微笑む。
 そうして、子供と別れて…オフィスで話すバンデラの言葉を聞き、耳を疑う。
「ゴブリンが最強? それは何かの間違いでしょう?」
 思わず先に口が出て、しかし先程の件もある。詳しく話を聞くうちに思い当たる所があると感じてしまえば、もうそれが本当であるという確信へと繋げざるおえない。
「ハムスターが睨んだだけで勝ったという事は…まさか、信じたくないけど」
 強者は弱者に、弱者は強者に――つまり世界の理が反転しているに違いない。
「という事はよ。ゴブリン退治には弱者…すなわち、動物を集めて攻めさせればいいのよ」
 事の真相を見破ったりと言わんばかりのどや顔で彼女が言い切る。
「しかし、動物を集めるにもどうする? そう簡単に言う事等聞いてくれるとは思えんが」
「何言ってるのよ。動物ならペットショップにいるじゃない。いいわ、私が連れてきてあげる。あなたはハンターの仲間を集めなさい!」
 彼女はそう言うと、優雅な足取りで歩を進める。
 ――が、現実は彼女が思う程甘くはない。

「やだっ、スカート引っ張らないでよっ! ちょっと、言うこと聞きなさいったらっ!」
 到着したばかりのペットショップの裏庭で運動させていた犬達に囲まれて彼女が慌てる。
「いーいっ、お座りって言ってるでしょ! 店員さん、本当にこの子達、お座りできるの?」
 そうして一向に指示に従ってくれない犬達に困り果て、彼女は店員に助けを求める。しかし、
「ええ、皆いい子達ですよ。皆貴方に遊んで欲しいみたい」
「そっ、そんな~~だったら、ついてきてくれれば存分に遊ばせてあげるのに…。あっ、もう…いやぁーー」
 いつもならば力で何とか逃げ出せる筈のこの状況――けれど、今は予想以上に犬達の力が強く逃げられない。
(おっ、恐ろしい世界だわ…これもきっと逆転の影響で動物の方が強くなっているって事よね…。これで確信が持てた。後はどう言い聞かせて連れて行くかよね!)
 群がる犬達を負けじと睨み返して彼女は禁断の手に打って出る。それは…。
「店員さん。彼らを暫く借りるわね…お代は後で払うから」
 そう言って彼女が取り出したのは一本の骨――それは犬達にとっては待ちに待った玩具だ。
「さぁ、行くわよ。取ってきなさーーい!」
 彼女はそれを渾身の力を込めて投げる。勿論投げた方向にはハンターオフィスがあって、
『ワンワオーーン』
 犬達はその骨目掛けて一目散に走っていく。
「フッ、ちょろいわね…」
 彼女が呟く。しかし、その直後、またも思わぬ奇襲を受けて…。
 それは小さな子犬の一撃だった。彼女にじゃれたつもりだったのだろうが、脚に飛びついた拍子に子犬の手が彼女をはたくような形になり、彼女はその攻撃により犬達を追う形でふっ飛ばされる。そうして、その先には半ば半ベソ気味にやってきたクレールがいて、ぶつかり縁から二人は今に至る。

 そんなこんなでハンター達は今の状態を把握し、目指す先はゴブリンの巣窟だと認識する。
「さ、行くぞ」
 バンデラの言葉に皆か頷く。
「だったらこれを使って下さい! 私の工房のなまくら武器ですが、なんかフツーのより威力があるようなので」
 荷車を引いて軽く打ってきた武器をクレールが皆に提供する。が、
「あの…ちょっと言いにくいのですが、もし武器も逆転しているなら日用品の方が強いのでは…」
 閏が申し訳なさそうに言う。そうして、試したところそのものズバリで。
「そ、そんな…鍛冶屋がそれさえも見極められないなんて……こんな世界もういやぁぁぁぁ!!」
 彼がなまくらハンマーを振り被る。
 だが、取り上げた瞬間に重さによろけてしまい、自棄になる事さえままならない彼であった。
  
●潜入
「よし、あそこだ」
 先頭を行っていたバンデラが言う。
 途中、スライムやゴースト等の雑魚だった筈のモンスターとの遭遇を警戒して、とても慎重に進んだ彼等である。
「そなたがいて助かるのじゃ」
 木の棒と鍋の蓋を装備したヴィルマが言う。
「弱いから勝てるという部分を知るとなんだか複雑なんだが、役に立てているならば幸い」
 とこれはブレイクだ。元レベルの一番低い彼女が殿を務めている。
 一応いつもの魔導銃を背負っては来ているが、如何にも重くてしょうがない。それに女性経験がない彼(今は彼女であるが)は、この姿が如何にも落ち着かないし美人だと言われてもちっとも嬉しくはないし、挙句小石が効果覿面の武器になっているあたり、混乱する一方だ。
「フフッ、ここからは私の出番ね」
 が入り口が視界に見えると揚羽が待ってましたとばかりに余裕の笑みを見せて、彼女には秘策があるらしい。
「そういえば揚羽は武器を持っていないようだが…」
「私はこれよ」
 ラジェンドラの問いに彼女が笛を掲げる。そうして、胸一杯に息を吸い、それに吹き込んで…音はしなかった。
 けれど、彼女の笛は彼らにさえ聞こえればそれでいい。
「あれは…」
「いけっ、獣勇士たちっ!」
 わんこ達の影が近付いてくるのを確認すると同時に揚羽は再び例の骨の玩具を振り被る。
 その目標地点は勿論ゴブリンのいる入り口だ。押し寄せてくる犬に気付いた見張りゴブリン達であったが、防御モーションは遅く、突っ込んでくる犬達によってものの見事に弾き飛ばされてゆく。
「よし、今よ」
 揚羽の言葉に一同、正面から踏み込む。
 ゴブリンの巣窟――そこは洞窟を改造して出来たような場所だった。岩肌を地道に削って造ったのだろう。所どころ硬い岩に当たると蛇行を余儀なくされ、一直線という訳ではない。
「せ、せまい…」
 それに加えて当たり前の事だが、その穴は人間が通るには些か天井が低く建築されている。
 長身になったヴィルマや千鳥にとってはもはや進む事さえも困難な領域だと言っていい。
 そうでなくとも周囲を警戒しながら進む彼等にとっては注意すべきものが多く面倒な事だろう。
 少しの油断も出来ないとなれば、逆に見落としも出来るもの。頭ばかりを気にしていたら、うっかり地面に転がる棍棒に足を取られて…。
「あひゃ…」
 捕らわれたのは千鳥だった。どすんと尻餅をついて、その音はきっとゴブリンも気付いたに違いない。だが、彼はそれだけに留まらない。地下に続く下り道を、彼の体はノンストップで転がり始める。従って彼女より先に歩いていたハンターらは半ば強制的に巻き込まれて、あれよあれよと坂はもはや滑り台と化す。
「ふわっ、ちょっ…なんでぇ~~」
 何が何だか判らずのままクレールが叫ぶ。
「これも仕方あるまい」
 先頭のバンデラと揚羽は巻き込まれ下るのを甘んじて受ける。それに加えて、悲鳴さえ上げる余裕もなくお互い抱き合いながら転がるのは閏とボルディア。咄嗟に二人は互いに助けを求めたらしい。
「ちっ、こうなったら下で落ち合おう」
 被害に遭わなかったラジェンドラが叫ぶ。
「判りました~~」
 その声にクレールが応答した。
 そして、残された――もとい置いてけぼりになったラジェンドラ、ドゥアル、ヴィルマ、ブレイクは思う。
(なんか、まともなのばかり残ったような…)
 戦闘力としてはこの面子、割といいかもしれない。
 ひとまずそんな事はさておいて――先を覗けば、少し先には分岐点があるようだ。
「念の為行ってみるか?」
 仲間が転がったのとは別の道を見てブレイクが問う。
「ねさせろぉ~」
 そんな彼女を余所にドゥアルが唸るように呟く。
 一方、落ちていった者達は……。

「うっうーん…ひ、ひぃ!!」
 閏が先に目を覚まして、二人が目覚めた場所は最下層、大広間というには少し殺風景な場所だった。
 他の面子がいないという事はどうやら途中に分岐があったのか、何処かで引っかかっているか。どちらにしても二人であるからまだ心細さは少ない。しかしだ。彼女らを取り囲む視線に気付くと思わず、可愛い悲鳴を上げてしまう。
「いったたたたぁ……とここは」
 閏に続いてボルディアも目覚め、今の状況を知りびくりと肩が揺らす。
 そこには今まで見た事のない程のゴブリン達がいた。その数は有に五十を超えているだろうか。
「あっ…いや、その、私達は…」
「怪しいものでは、ないのです…」
 またもぴたりと抱き合う形で二人がゴブリン達に告げる。
『こいつら侵入者だ』
『けど、可愛いぞ。今の俺らなら』
『イイ事出来る?』
 二人が怯える中、ざわざわとゴブリン達が相談をし始める。
「えっ、ちょっ…まさか、イイ事って…あんな事やこんな事だったり…」
「するのでしょうか?」
 その様子から何となく意味を理解して、二人の顔色が一段と白くなる。
 そうして、慌てて二人はゴブリンの説得を開始。
「えと、何をどうしてこういう事になったのか知りませんが…いい加減になさい…! こんな力に頼ったっていつまで経っても強くなりませんよっ!」
 閏が菜箸(武器)片手に震える声で言う。
「そ、そうですよぉ。私なんて食べても美味しくないですし、きっとお腹壊しちゃうから、だから…」
 そういうのはボルディアだ。けれど、どこか怯えた姿が魔の存在であるゴブリン達の嗜虐心を掻き立てる。
『なぁ、やっちまおうぜ~』
『久々のご馳走♪』
 口々にそんな事を言っては彼女達に迫る。だがその時、

 どっすーーんっ

 彼女達のすぐ後ろ、どういう訳か今頃部屋の入り口に落ちてきた千鳥によって状況は一変する。
「……どうしてくれるのじゃ。お主ら…」
 今まで見せた事のない表情――そうなった理由が何かといえば、彼の三度の飯より好きな『酒』がおしゃかになった事に他ならない。どうやら、転んだ拍子に何処かにぶつけて割れてしまったようだ。
「いいか、よくきけぃ…お主らに酒を飲む資格はないのじゃ~!」
 そう叫んで、彼はゴゴゴーと怒りのオーラを立ち昇らせゴブリン達を威嚇する。その形相、まさに怪物の如し。
 だがしかし、ゴブリン達も負けてはいない。今までも時にオークやサイクロプス、果てはドラゴンという歴戦の強き魔物達に脅されてきているのだ。これ位でめげていては心が持たない。
『大丈夫、俺ら勝てるっ』
 千鳥が拳を振り被る。そして、ゴブリン達に振り下ろすがそれが当たる筈もなくて…。
「な、何…妾が負け、あ、はっ、痛い、痛いってぇ~~…ひでぶっ!?」
 それは呆気ない幕切れだった。彼女の外した拳を伝って登ってきたゴブリン達は彼女の頭に棍棒を振り下す。それはもはや数の暴力だった。例え彼女の体力がそこそこあったとしても耐え切れない。彼女はぐらりと身体を傾かせ、その場に沈む。
「あっ、千鳥さんっ!」
 駆け寄ろうとした閏だったが、別のゴブリン達に阻まれてはそれも難しい。再び伸びてくる魔の手に、今度は。
「うりゃーなのです!」
 持参した屑鉄の更に屑を放り投げて、クレールがゴブリンの侵攻を妨害する。
「私もいるぞ」
 その横にはバンデラだ。なまくらナイフを手にゴブリンと対峙する。
 そうして、怯えている二人には重要な使命を託す。
『仲間を呼んできて欲しい…このままでは、いずれ私達も』
 さらりと千鳥の方を見て彼らが言う。
「は、はい」
 それに答えて、二人は坂を上り始めた。下で落ち合うとは言ったが、他に道がないとも限らない。
 さっきの音で敵もきっとこっちに向かっている筈だ。となれば、逸早く合流して戦力を増強しなければ。

 一方、犬使いとなっていた揚羽はと言えば、
「ちょっ、遊んでいる場合じゃないのに…こら、言うこと聞いて! そっちじゃなくてっ、あっ、帽子返しなさいよ――!!」
 空き部屋に落ちたまではよかったのだが、骨を取って戻ってきた犬達のお戯れに四苦八苦。もっと遊んで欲しい犬達をいう事を利かせるのは至難の技だ。動物愛がある訳でもないから、彼女の行動は半ば玩具で釣っている力技。犬というのはなかなかに賢い動物であり、相手を自分より下だと設定してしまうとそれを逆転させるのは容易ではない。ぴょんっと飛び跳ねた一匹が彼女の帽子を奪って来た道を駆けてゆく。それにつられて他の犬達も目標を帽子に変更してしまってはもうお手上げに近い。加えて、彼女自体にもじゃれてくる犬が現れては万事休す。
「皆ゴメンナサイ。私は、もう無理ね…」
 わんこ達にもみくちゃにされながらほろりと頬に水滴が伝う。揚羽、戦線離脱―原因、犬…。

●黒幕
 その頃、別の道を行った精鋭達はある男と対峙していた。
「こんな所に人がいるなんて不自然じゃのう…そなた、何ものじゃ」
 木の棒と鍋の蓋を構えて、ヴィルマが問う。男は長い黒髪を三つ編みに編んだ中性的な顔立ちの男でゴブリンの巣窟であってもあまり気にはしていないようだ。
「もしかして、あんたが黒幕か?」
 今度はラジェンドラが問う。
「おやおや、鍋蓋とは懐かしい。昔私はそれを使った志士に会った事がありますよ」
 彼女の質問には答えず、思った事を男は好きに話す。
「黒幕なのかと聞いている?」
 そこでもう一度ラジェンドラが尋ねる。
「そうだとしてもあなた方には関係ないでしょう? だって私は」

 ひゅんっ

 言葉の終わらぬ中でブレイクの奇襲――男目掛けて小石を投げる。
 ここに来るまでに色々検証して、やはりこれが一番威力があったのだ。
 現に今投げられた小石は男のいた場所に深くめり込んでいる。
「こいつ出来るなっ」
 ラジェンドラもその動きを見て、一歩下がる。がブラをしていないからかぶるんと胸が揺れてバランスを崩す辺り、やはり女の体の扱いは難しい。彼女も武器をブレイクと同じ小石を選択し、指で弾いて狙ってみるが一向に当たる気配がない。
「無駄ですよ。私には干渉できない…私はこの世界の人間ではありませんから」
 男がくすりと笑う。が、次の瞬間思わぬ伏兵の襲撃に合う事となる。
「貴公がこの逆転世界の黒幕かぁ~?」
 凄みを利かせた声でドゥアルが彼を捉えたのだ。一体どうやって近付いたのかと言えば、もうそれは執念という他ないだろう。睡眠不足はピークを越えて、本当は眠い筈の頭は逆に研ぎ澄まされたようで、男の次の行動を推測するできるまでに至ったらしい。
「だったらどうだというんですか?」
 けれど、捕らえられても彼は全く動じない。涼しい顔を崩さず、ドゥアルに問う。
「だったらこうするまでっ!」

 べちゃっ

 そこで彼女が取り出したのはなんと豆腐だった。
 それを何処から取り出したかはともかく、全力でその豆腐を男の顔に押し付ける。
「え、ちょ…何…」
 その不可思議な行動にはブレイクらも流石に目を丸くする。
「一番弱いものが強いならば豆腐の角が最強だ……どうだ、黒幕ぅ~」
 皿ごとそれを押し付けて、彼女の目が更に血走る。
「おおっ、どうだ…悔しいかっ。屈辱か…これにこりたら、早く世界を元に戻して安息の時間を…ってぬっ!!」
 そう言いかけてはっとし皿の先にいる人物の顔を確認すれば、いつの間にはヴィルマと入れ替わっているではないか。
「ぷっ、ぷはっ…死ぬかと…まさか、豆腐で窒息しそうなになるなどと…」
 ヴィルマが言う。
「おにょれぇ…小賢しい真似を…」
 もはや彼女の方が黒幕ではないかという言動で不眠で壊れた彼女は辺りに視線を走らせる。
 しかし、既にもうそこに男はいなかった。が言葉は何処からか響いてきて、
『なかなか素晴らしい性格の持ち主ですね…もしまた機会があれば、今度は貴方の願いを叶えられるかもしれませんよ? 後、この世界はゴブリンの夢が作った世界…じきに夢は覚めるもの。ではまた…』
 くすりと含み笑みを残して彼は時空へと去ってゆく。
 後に残されたハンター四名は今の発言を聞き僅かにホッとするが、まだその事を知らない仲間が残っている。
「早く助けに行かねばっ!?」
 そんな折、あの二人が彼等を見つけて、事は最終局面へと進む。

●結末
「くっ、これまでか…」
 散々タコ殴りにされても辛うじて耐えていたバンデラがばたりとその場に倒れ込む。
 クレールの意識は既になかった。僅かに呼吸はしているようだが、それも虫の息。この逆転世界では彼女のレベルは高過ぎたようだ。それでも何か残すべきと、傍には震える筆跡で『努力が否定される世界なんて・・・』とダイイングメッセージっぽいものが残されている。静かになってしまった最下層、そこへ残りの六人は現れる。
「くっ、遅かったようじゃな…」
 その仲間の無残な姿を前にヴィルマは呟く。
「こうなっては弔い合戦といくか?」
 ブレイクがそこらに落ちている小石を拾いながら皆に問う。
「まぁ、それもいいだろうな…この身体でどこまでやれるか試してみるのも悪くない」
 ラジェンドラはそう言い、背負ってきた折れた物干し竿を構える。
「んっ、それは…」
「ああ、本当は槍が良かったが話を聞いてな。似たものを用意してみた」
 フロアにまだ多くのゴブリンが存在している事を悟り、彼女は武器を長物に変えた。
 それにもし、このまま逃げてもきっとどこかで捕まってしまうと判断したのだろう。皆ここで戦うようだ。
「この怒り…まだ発散できていない…。だから、ここで全部丸ごと仕留めてやる…」
 ガルルッと喉を鳴らしそうな勢いでドゥアルがゴブリン達の前に歩み出る。
 そうして、彼女は意識を集中させて、
「お、おい…そんな事したらもっと弱く…」
 ブレイクが彼女を止めに入る。しかし、もう遅かった。彼女の集中は既に始まっている。
「ハァァァァ!」
 気合と怒りと不眠のストレスを全てこの一撃に収束させる。
 そして最高潮に達したその瞬間、またしても彼女は皆の注目を集める行動を引き起こす。
「覚醒! ゴブリン達よ、天に帰る時が…」

 ばったーん

 フロア中に響く音。言葉が終わらぬうちにどうした事か、身体から一気に力が抜けその場に大きな音を立ててひっくり返ったではないか。
「な、どういう事だ…」
 訳が判らず、ラジェンドラが呟く。
 そんな彼に変わって説明すると、彼女は通常時覚醒すると文字通り眠気も覚醒するタイプなのだった。従って、この逆転世界で覚醒した彼女はそこもすっかり逆転してしまっていたらしく、覚醒する事で本人は深い眠りにつく事が出来たという事らしい。盛大ないびきをかき、鼻提灯を作る彼女の奇行にさしものゴブリン達もきょとんとした顔でそれを見つめて、暫くすると一匹が棍棒でツンツンする。
 しかし、全くもって起き上がる気配はなくて――ここでもハンター達は貴重な戦力を失ってしまう。
「あぁ、もう自棄じゃッ。やったるのじゃっ!」
 ヴィルマが何処か楽し気に立ち上がる。本来彼は魔法使いであり、こんな接近戦は滅多に出来ないことからストレス発散にもなっているのかもしれない。携えた棒が折れても、鍋蓋があるからとポジティブに考え、自然と出てきたのはある志士の必殺技だ。
「鍋蓋アタッーーク!」
 彼はそう叫び、接近するゴブリン達を突き飛ばす。
 その威力は思いの外強く、押し倒されたゴブリン達が動かなくなる。
「な、鍋蓋恐るべし…だな」
 ラジェンドラが物干し竿で薙ぎ払いながら言う。
「鍋蓋よ、我に力を!!」
 ヴィルマは何かに憑りつかれたようにその場で華麗に立ち回る。
 奮闘した彼等であったが、やはりそれでも殲滅には至らない。
 一番まともに戦ったブレイクだったが、さすがに後衛職の彼女一人ではどうしようも出来ない。
 閏とボルディアは圧倒的なゴブリンの牽制に説得は実らず白旗を上げて、その後のどうなったのかは想像にお任せしよう。
 かくてオフィスを出てからここまでの数時間に及んだこの作戦は、ハンターの戦闘不能により失敗――したかに思えた。
 しかし、奇跡は起こる。バンデラのペットのチュースケとあの犬達だ。揚羽から興味を失くした犬達が次に興味を持ったのはちょこちょこ動くゴブリン達。不思議な生物だとばかりにじゃれ始め、チュースケはご主人の危機に立ち上がる。近隣の野生の鼠にいい場所があると呼びかけた事によって形勢逆転。犬を追い払うのに意識を持っていかれていたゴブリン達のねぐらはいつの間にか鼠に奪われたのである。
『あぁ、あぁ…俺達って…』
 ゴブリン達の瞳から涙が落ちる。
(今度あの人間が来たら、頭もよくして貰おう)
 そう願うも、もう彼らの下に男が現れる事はなく、十人のハンター達の勇気と犠牲によりゴブリン達の夢は儚く消え、翌朝太陽が昇る頃には何事もなかったように世界は秩序を取り戻していたという。めでたしめでたし?

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  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフka0586

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参加者一覧

  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • ゴスロリ美少女?
    揚羽・ノワール(ka3235
    人間(紅)|18才|男性|魔術師
  • 寝具は相棒
    ドゥアル(ka3746
    エルフ|27才|女性|聖導士
  • 聖堂教会認定猟師
    ブレイク=イアン(ka5041
    エルフ|22才|男性|猟撃士
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師
  • “我らに勝利を”
    ラジェンドラ(ka6353
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 喧嘩と酒とモフモフと
    御酒部 千鳥(ka6405
    人間(紅)|24才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/08/12 16:04:11