【MN】赤い大地のアヤカシの宴

マスター:四月朔日さくら

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
  • duplication
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
6日
締切
2016/08/12 19:00
完成日
2016/08/24 06:11

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング


 アヤカシというものを知っているかい?
 モンスター、クリーチャー、妖怪、幽霊、ゴースト、色んな言われ方のある、いわゆる人外だ。
 ああ、そうか。勿論知っているよね。だって君はアヤカシなのだもの。
 ハハッ、だってそうだろう?
 それとも、君はヒトだとでも言うのかい? そのなりで、そのチカラで。

 おっと、話が逸れちまったね。
 そんな風に、アヤカシなんてものは案外普遍的に存在しているものなのさ。
 ふだんはヒトの中にそっと紛れて生活しているけれど、年に何回か、アヤカシどもの宴が開かれる。そのときは思い切りはしゃぐんだ。
 ふだん音頭とりをするのは、竜女。蜂蜜色の髪の美しい乙女。
 彼女はこの世界を守る護り部だ。
 無論それが本性ではないのだけれど、彼女には多くの味方がいる。
 勿論、君もそんな一人だろう?


 そして、そん名君のもとに、届いた手紙は――。

『夏の宴を行ないます』
 そんな、ごくシンプルな文面。だけど、君の心は、ひどくわくわくしてるに違いない。違うかい?

 なにしろアヤカシなんて存在は、集まれば飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
 折しも季節は夏。アヤカシには好ましい季節ってもんだ。

 さあ行こう。アヤカシの宴に。

リプレイ本文


 ――それはヒトの知らぬ場所。
 ――それは人知の及ばぬ世界。
 ――ヒトならざらしアヤカシたちの、ひと夜限りの宴の場。

 月のない、百鬼集う夜の帳おりた宴の会場は、既にざわめきで覆われていた。
「竜のさまの宴はこっちダヨー! サァ、サァ。急いデ急いデ!」
 翡翠でできているかのような、瞳と美しい蝶に似た羽。おでこにのびた、一対の触覚。手のひらに乗るほどのちいさな身体をめいいっぱい動かして、宴の会場への水先案内人となっているのはパトリシア=K=ポラリス(ka5996)、通称パティ。羽を震わせるたびにきらきらとこぼれ落ちる鱗粉は、人を眠りに誘うとも、あるいは浴びれば空を飛ぶこともできるとも言われる、いわゆる妖精の妙薬となる代物だ。
 そんな会場の入口には、古さびたみごとな鳥居がまず目につく。そこをくぐれば、人の干渉することのできない、アヤカシ達の領域となる。
 目に痛いくらいのどぎつい原色を使った屋台があちこちにたてられ、人間の祭りと一見すると大差ないようにも思える。しかしここはアヤカシの宴、そこで取り扱っているのは当然かも知れないが焼きそばやたこ焼き、かき氷といったヒトの世の夏祭りの定番メニューだけではない。イモリの黒焼きやヒトの目玉などといった、おおよそ人間の祭りには出ないようなものも山のように扱われている。
 また、金魚すくいやヨーヨー釣り……のような遊びのできる夜店も並んではいるが、実際にすくったりつったりするのはちいさな人魚だったり、あるいはばかでかい目玉だったり、これまたヒトの祭りではお目にかかれないものばかりである。
 狐面を被った、真面目そうな青年――その正体はまだ未熟な部分も多い三尾の妖狐・ザレム・アズール(ka0878)が、いなせに浴衣を着こなして、そんな屋台を眺め歩いている。自身の尾はあえて隠し、さも人間であるかのように振る舞って。
 鼻をひくひくと動かし、何買うまいものはないかと探る。ちょうど近くにあった駄菓子を扱う屋台で適当に買い集め、ある気ながら頬張ってみる。宴の場は無礼講、こんなことをしても叱られることはない。
 人間の祭りにもありがちな射的を見つけると興味深そうに近寄り、そしてにまっと笑って見せた。その近くにいた彼の知り合いの少女・星野 ハナ(ka5852)がてくてくと近づいてくる。
「ザレムさんじゃないですかぁ!」
 ユグディラを模した服装を纏い、「ハーフユグディラなのですよぉ」とちょっとばかりおどけた口ぶりで言い張るハナだが、ザレムにはちょっとだけ複雑な想いを抱えている。
 恋愛? いや、このふたりの場合は料理勝負のライバルとして、の部分が大きいかも知れない。しかもどちらかというとこの想いとやらもハナからの一方通行気味なところがあるが……まあ、こればかりはしょうがない。それでもお互いの料理好きを尊重し合っていたりして、仲が悪いわけではないあたり、それなりに良好な関係ではあるようだ。
 よくよく見てみると、ハナは屋台でなにやら料理を作り、販売しているようだ。可愛がっている戦馬の「まーちゃん」に食材や調理器具一式をつんで持ち込んできたらしい。曰く、
「どんちゃん騒ぎの名目がアヤカシなんていいじゃないですかぁ、ねえ?」
 なーんて明るく振る舞っているわけだが。
 そんなザレムは苦笑を浮かべながら、
「なんかいいにおいがしているな。もしかして燻製?」
 そう尋ねると、ハナは嬉しそうにこっくりと頷いてみせる。
「宴会でだすぶんにはちいさなスモーカーで十分ですからぁ。時間もかかりませんしぃ」
 そう言いながらひょいとザレムに差し出してみるのは、香りも素敵なフランクフルトソーセージ。
「ふふ、燻製はお酒のあてにもぴったりですからぁ。どうですぅ?」
 ハナがいいながら差し出す酒に、ザレムもにやりと笑って見せた。
 その近くでこちらもまた一生懸命になって料理を振る舞っているのは、小柄な少女ミオレスカ(ka3496)。酒にはめっぽう弱いが、唐揚げやかまぼこ、卵焼きなどの酒の肴になり得るものはもちろんのこと、主食となり得る握り飯やこれまた食欲のそそられる香りのするソース焼きそばなど、たっぷりと用意している。
「ああ、こちらのご飯、おひとつどうぞ」
 そう言って、どこかのほほんとした雰囲気の自称『たれたぬき』な化け狸こと玄間 北斗(ka5640)に握り飯をひとつ差し出してやる。
「ん~? おいらがたべてもいいのだぁ?」
 見るからに癒やし系の北斗が尋ねてみれば、ミオレスカはにっこりと頷いてみせる。それならば、と北斗はさっそく握り飯を頬張って見せた。なんてことのない塩握りだが、逆に素朴な味が気持ちいい。
「おお、うまいのだぁ~」
 にこにこしながら握り飯を食べる北斗。ミオレスカは嬉しそうにどんどんと食料を運んでくる。
「お残しは許しませんよ?」
 笑顔のなかに、どこか有無を言わせぬ口ぶり。皿を伏せるまでどんどんおかわりを続けるというアヤカシ――彼女は自らのことをこう呼んでいる。【腹一杯】、と。
 勿論そのターゲットにされた北斗はもぐもぐもぐもぐ、ゆっくりではあるが確かに食べ続けている。もともとどこか憎めない雰囲気を持った北斗だが、その食べっぷりもなかなか様になっている。
「おいしいのだぁ~、でもだんだんおなかいっぱいなのだぁ~」
 まあアヤカシは種類にもよるが無尽蔵の胃袋をもったものもいる。北斗がそれに該当するかは別の話かも知れないが、それでもだされたものを残すのは好ましいことではない。がんばって食べきろうとしている。
 そんな様子も又アヤカシの集まる場所ならでは、なのかも知れない。


 さて――
 そんな祭りの会場に、ぞろりぞろりと現れいずるは竜の祝福を受けた『竜女』と呼ばれる乙女=リムネラ(kz0018)と、彼女を慕うアヤカシたちだ。
 竜女は白銀に輝く美しい鱗を持った幼い竜を肩に載せ、ふわりと微笑みながら一歩、また一歩と歩みを進めていく。ぞろりとした純白の巫女装束は、癖のある蜂蜜色の髪と相まっていっそう彼女を神秘的たらしめていた。彼女は竜に一生を捧げる乙女。ヒトのようでヒトならざる、美しい女怪である。その証拠に、巫女装束の裾からはちょろりと純白の鱗に覆われた尾が見え隠れしている。
 先ほどまで道案内をしていたパトリシアも、
「竜女さまタダイマー♪」
 と言って、竜女の頬にすり寄って甘えている。
 そう、素直で優しい竜女を慕うアヤカシは多い。
 レース織りも美しいサマードレスを身に纏い、そろりそろりと近づいてきた女性のアヤカシ――エイル・メヌエット(ka2807)もそんなひとり。
「まあ竜女様、お会いするのは少しばかりお久しぶりかしら。私、相変わらず綺麗かしら……?」
 柔らかな笑みを浮かべ、そんなことを言ってそっとサマードレスの裾をふわり、とひるがえしてみせる。そのままドレスを綺麗に脱ぎ去ってみせれば、そこにはメロウビキニ姿の、――そして全身目玉だらけの、けれど色白で艶やかな肢体が宵闇の中に浮かび上がった。
 ――百々目鬼。あるいは、百目。
 アヤカシの名に詳しいヒトがこのエイルの姿を見れば、彼女のことをそう呼んだかも知れない。
 あるいはその台詞から、リアルブルーで都市伝説となった『口さけ女』という存在を思い出すものもいるかも知れない。いずれにしろ、彼女はそういう美しい容姿を持ちながらも同時に異質であるがゆえ、人間とは別物と扱われる存在だ。
 ヒトの世界では恐ろしがられるに違いないその姿ではあるが、ここはヒトの立ち入ることのない場所。ゆえにアヤカシたちもその本性を思い切りさらけ出してキャラキャラと笑いあっている。
 さて、先ほどの百目女・エイルに声をかけられた竜女は慈母を思わせる微笑みを浮かべ、そして楽しそうに言う。
「きれいデスよ、エイルサン。コウイウ宴の場は、人の目を気にセズ楽しめる、アヤカシのタメの場所なんデスから」
 そう言ってみせると、近くに佇んでいた白澤=天央 観智(ka0896)が、双眸をそっと細めて頷いてみせる。近年の記述には、額に三つ目の目があったり、全身にあわせて九つの目が合ったりするように描かれたりもする『白澤』というこのアヤカシ、しかしその奇妙な姿に反してというか、ヒトの中には彼のことを瑞兆と呼び崇めるものも多いという。
 もともと彼を瑞兆と呼ぶきっかけとなったのは、白澤というアヤカシが出現するという環境条件にある。この白澤、徳の高い為政者の知性に現れるとされており、ゆえに彼の出現を心待ちにする為政者も少なくないという。また、白澤は瑞獣の中でもとくに知恵者として知られており、彼の知恵を借りて作られたという書物までもがリアルブルーには実在するのだとか。
 そんな白澤・観智はゆるりと口元を扇子で上品に隠しつつ、しかし歓びの感情が伝わってくる。
 今宵の宴に招かれた歓び。
 竜女たる乙女と親しくし、彼女の周りに多くいるであろう味方のひとりとして、竜女の近くで彼女を支えることのできる有り難さ。
 決して観智自身は強い力を持っている、と言うわけではない――自身はそう思っている。けれど、それでも世界の護り部たる竜女と言葉を交わせるのは、誰もが嬉しく思うことなのだ。観智はもちろんだが、他のアヤカシたちにとっても。
 そう思わせるくらい、竜女という存在はやさしく、そして偉大である、と言えるのだ。まだ年端もいかぬうちから尊敬の対象となった彼女は、しかしそれを気負うことなく、非常に気さくに、他のアヤカシたちにも接している。彼女に憧れを持たぬ者は、そうそうはいないであろう――多分。
「お誘い頂き感謝する、竜女どの」
 竜女の前にふっと現れ、そうはっきりと告げたのは鳶のような見事な翼――但しその色はぬばたまの如き黒――をもち、猛禽の嘴を模した仮面をつけた、黒髪の男性、鞍馬 真(ka5819)。仮面の奥に輝く瞳は蒼く、どこか冷たくも見えるが、同時にひどく印象的だ。
「イイエ、こちらコソ。皆サンに会えるコノひとときは、ワタシも楽しいデスから」
 どこかふしぎにも感じられるアクセントで竜女は言葉を口にする。その口調すらも愛おしく感じられるというと、それは言いすぎだろうか。しかし彼女がいるからこそアヤカシの団結力も高まっていると考えれば、あながちまるっきりの間違いというわけでもないのかも知れない。と、
「ほらほら、今日は無礼講なんだから、かたっ苦しい挨拶は抜きだってば~」
 そんなことを言いながら、真の袖裾をくいくい、と引っ張るのは、猫に耳をはやして小袖に身を包んだ女性。一般的に猫娘と呼ばれるその怪は、名を骸香(ka6223)という。
 美味しいものと祭りは大好き、という子どものような振る舞いを見せつつも、既に酒を一口二口飲んだらしく、頬がぽおっと染まっている。もともと酒には強くない質なのだ。しかし、というか、だからこそと言うべきなのか、べったりと真にあまえて離れない。酒癖というやつだろう。明るい声で歌を口ずさんでみたり、近くの料理をちょいちょいとつまんで見せたりして、いかにも楽しそうに振る舞っている。
「酒は飲んでも飲まれるな、じゃないのか?」
 だんだん酒が回ってきたのだろうか、ろれつが回らなくなってきた骸華に真が不安そうに問いかけてみるが、
「にゃぁ~……しぃん、はぐぅ~」
 骸華はそんなことを言いながらごろごろと喉を鳴らして甘えた声を出す。それを見た真は、少しため息をつきながらも、そっと彼女の頭を撫でてやると、苦笑を浮かべた。
「しぃん、はなりぇるの、やぁなの……」
 すっかりとろけた声で、そんなことを言う骸香に、真はやさしく髪を手櫛で梳いてやる。
「まったく。……甘えてくれるのは嬉しいが、ほどほどに、な?」
 自信はウワバミであり、酒を飲んでも顔色一つ変えない真の周りには、そんな感じの酔っぱらい達が集まりだしていた。

「でも、アヤカシってなんだろう……リアルブルーからきた、新しい概念精霊なのかな? 精霊にはハンターになるときに会ってるけれど……」
 そんなことをぼんやりと考えるのは、ディーナ・フェルミ(ka5843)。
(妖精は精霊とくくりは同じだって聞いたこともあるのに、そんな風に称されると、余り人間に友好的じゃない気がするの)
 実はディーナは偶然迷い込んできた、只人――つまり、人間である。
 リアルブルーで発達した民俗学において、ヒトの世に紛れ込んだ異界からの来訪者を『マレビト』と呼ぶこともままあるが、こと今回においては異界に紛れ込んだディーナこそが『マレビト』といえよう。
 周囲のヒトビトがヒトでない特徴を持って闊歩している様子を見て目を見開いて驚きつつも、彼女なりに考えるところはあるらしい。
「アヤカシって、普通をこえるとそうなるのかな……?」
 アヤカシ達にとっては人間が一人二人混じっていたところでさして問題はないのかも知れない。宴の記念にと渡された菓子や酒を時々口に運びながら、
(……世界は、知りたいことで充ち満ちてるの)
 そう思い、そしてやさしく息をついた。
 ヒトでないモノも、ヒトにたいしての情けをきちんと持っている。それのわかる宴の様子に、ディーナはなんとなく安心感を覚えたのだった。
 似たようなものはもうひとり。
「アヤカシは別に歪虚ではないんでしょ? 生きて死んで、そして飲食して……なら細かいことはどうでもいいわね」
 己をブロッケンの妖怪、あるいはドッペルゲンガーと嘯いてみせているのはマリィア・バルデス(ka5848)。彼女も実のところ、この宴の場に迷い込んでしまった『マレビト』だ。しかしそれに気付いているのかどうか判らないアヤカシ達に差し出されるままに飯を食らい、あるいは注がれるままに酒をひたすら飲み、その量を競い合ったりしては笑いあう。なかなか肝の据わった女性であることは間違いない。
「姐さん、なかなか面白い考え方をしてるみたいだなぁ」
 アヤカシのひとりがそう言って酒をとくとくと注いでやると、彼女はけろりとした顔でこういってみせる。
「例えば目の色が違うのなら見えるものも違うかも知れない、なんていったのは誰だったかしら……貴方には私が人外に見え、私には貴方がたがただのハンターに見える。つまり、歪虚と戦うために手を組める相手なら、他のことはどうだっていいのよ、多分ね」
 アヤカシたちはきょとんとした顔をして、お互い顔を見合わせる。
「歪虚って、なんだぁ? ここいらはアヤカシの領域だろうに。姐さん、気をつけないと口は災いの元って言葉もあるんだぜ?」
 そう言ってケタケタと笑うアヤカシ達。頭部に獣と同じような耳をはやしていたり、ふさふさした尾が垣間見えたり、あるいは一つ目、三ツ目、口が二つなんてものもいたりする、どう見ても人間と異なる、しかし歪虚のような雰囲気でもないアヤカシ達のそんな笑い声のなか、しかしマリィアの表情はどこか冷たかった。それは過去を思い、それでも生きているというこの現実が、彼女をそうさせているのだろう。
 そして、アヤカシというのが歪虚とは異なる存在であると言うだけでも、マリィアとしては安心材料になっていたのかも知れない。


 ――ところで。
 今回の宴には、存外吸血鬼という存在が多く混じっている。
 もともと吸血鬼というのはアヤカシのなかでもずいぶんと高貴な種族で、こういった宴の場に出てくることもそう多くない。しかし、今日の宴の華やかさに、そんなアヤカシたちも顔を出しに来たようだ。
 そのうちのひとりであるエルバッハ・リオン(ka2434)は配下もいる実力を持った吸血鬼であるが、今回はひとりで参加しているのだ。その理由は、
「吸血鬼と言うだけで、殺戮が好きだと勘違いされた挙げ句、人間達の討伐対象にされるし、降りかかる火の粉を払っていただけの筈なのに、いつの間にやら配下までできて、その管理にも振り回されて……もうストレスも溜っているから、たまには騒がなければやってられません」
 そんなことらしい。まあ、確かに他者とのつながりというのは時にひどくわずらわしくなるものなのは間違いない。
 そんなわけで、エルバッハはひとりで宴のすみに陣取って、自棄酒をあおっているのである。といっても、酒と思って飲んでいるのはごく普通のお茶だったりする。本人はまったく気付いていないのだけれど。
 どうやらエルバッハ個人の特徴なのか、彼女は『味覚』というものをほとんど持っていない。ゆえに、自身が酒と茶を間違って飲んでいることに気付いていないというわけなのだが。
 しかしそれに目ざとく気付いたのは、やはり宴にやってきた吸血鬼の三姉妹――長女のムュ=N=レイニークラウド(ka6166)、次女の不和 百(ka6431)、そして末妹の多々良 莢(ka6065)である。名前は違うが、仲の良い三姉妹。今日も好奇心旺盛に、三人娘は宴の場をてくてくと歩いて行く。
 莢などは『宴ならばきっとご馳走があるに違いない』と見込んでの色気より食い気という感じの参加だったが、そんな中で見つけた可愛らしい姿をした同族の存在に思わず笑みをこぼす。
「あら、あなたも吸血鬼なの? 飲んでいるのはお茶みたいだけれど」
「ええ……って、本当ですね。私は味覚がほとんどないので気付きませんでした」
 指摘を受けてわずかに顔を赤らめつつ、エルバッハは三姉妹を見つめる。外見の年齢は自分よりも上のようだが、アヤカシの年齢などあってなきがごとしの代物であることはエルバッハ自身も、そして三姉妹も、百も承知のことだ。茶の入っていたグラスの中身を飲み干し、それをコトンとテーブルに置くと、エルバッハは小さく笑顔を見せた。
「でも、同族にお会いできるのも、なかなかに一興ですね」
「そうだね。ああ、こちらは血をもしたワインだから、きっと君の口にも合うと思うけれど……」
 莢が癖のない長い髪をかき上げながらけだるげな声でそう言って差し出したグラス。その中に注がれているのは、血のように真っ赤なワイン。エルバッハはそれを受け取ると、一口飲んでみる。喉を潤していくどこか甘くて心地よい感触に、エルバッハもつい感嘆の声を漏らした。
「確かに……のどごしが全然違いますね。ありがとうございます」
 見た目は幼くとも、基本的に吸血鬼は礼儀作法をわきまえたものが多い。それはアヤカシという存在の特徴として外見年齢と実年齢が伴わないこともままあるから、なのだけれど、それにしてもエルバッハの立ち居振る舞いは堂に入っていた。
「ねぇ、この宴に来てよかったでしょう?」
 長女のムュは、そう言って意味ありげに微笑んでみせる。ふだんはかっちりとした服装に身を包み、ネクタイを緩めることのないムュだが、今日は知っての通りの無礼講だから、堅苦しく見えるネクタイもとって楽しそうに笑うのだ。
 ――と、ムュはふと、視線の向こうにあるものを見つけた。


「ねぇ。折角だから、ピアノの一つでも披露しましょうか」
 長女はそういうと、宴の会場の一角にあった楽器類のなかで鎮座しているスタンドタイプのピアノを軽く叩いてみせる。調律はきちんとしてあるらしく、ぽーん、と心地よい音が耳に響いていった。
 三人とも、血の香りがほんのりただようワインを口に含んで、ほんのりと頬を赤らめ上機嫌。やがてムュの指が、軽快な音楽を紡ぎはじめた。
 その音はざわついた宴の会場に心地よく響き渡り、誰もがはっと顔を上げてそのメロディに耳を澄ませる。
「莢、踊ろうか? 私も、踊り、余り上手くないけど」
 百がそう提案すると、莢も嬉しそうにこっくり頷く。そして手を取り、思い思いにステップを踏み始める。既に少し酔いの回っている彼女たちにとって、踊りはすなわち余興の一種。
 確かに踊り慣れているわけではないふたりのステップは少しばかりちぐはぐで、時々ぶつかったりもするけれど、その顔はひどく楽しそうな笑顔で彩られていた。
 ピアノを弾くムュもほろ酔い気味なこともあり、テンポやリズムは時々思い出したかのように変化を起こす。変調・転調・変拍子。
 しかしそんな弾むような音に合わせて、アヤカシたちもなんだなんだと近づいてくる。
「楽しそうなのですね!」
 音楽に耳聡く気付いたのはミオレスカ。手にしたオカリナで、メロディにまた少しのスパイスをきかせてやると、
「マア、素敵!」
 竜女も近づいてきてにっこりと微笑んでみせる。真は懐から横笛を取り出すとそれを器用に操って盛り上げてみせるし、近くにいたエイルもまた嫋々と琵琶をかき鳴らし、気が付けばすっかり皆笑顔に充ち満ちている。パトリシアも妖精の端くれらしく手をいっぱいに広げて、彼女の操ることのできるとっておきの魔法で、花弁を雨のように空から降らせて見せる。その様も愛らしく、くるくると楽しそうに飛び回る姿はいたずら盛りの子どものよう。
 そうなってくると、我も我も都余興を見せ始めるのは必然と言えるだろう。
 半人前の妖狐たるザレムはぽ、ぽ、ぽ、と手の中から蒼白く輝く狐火を生みだし、それを他のアヤカシの姿にしたり、なにかの建物のように見せてみたりしては幼いアヤカシたちがきゃっきゃと歓声を上げたかと思えば、それと同時に起こしたつむじ風で火の粉を散らし、その隙を乗じて姿を消して次の瞬間、まるで芝居の早替えのように着ているものも含めてまるっと女性の姿に化けて現れてみせる。口元を手にしていた団扇で隠し、
「ふふふ、それでは皆様ごきげんよう」
 艶めいた口ぶりで別れを告げ、またぱっと姿を消してしまうあたり、ザレムがなかなかのエンターテイナーであると言えるだろう。そしてそのパフォーマンスに目を丸くさせたアヤカシたちは、ユグディラに化けた――という表現が正しいか判らないけれど――ハナに、スモークされたチーズやゆで卵を振る舞われる。勿論彼らは喜んで食べているのだから、その味は折り紙付なのだろう。
 そういえば、狐と対となってよく口伝されるのは狸だ。化け狐がザレムだとすれば、化け狸は北斗な訳で、彼もちょっとした芸を披露する。といっても、ザレムほどの大技ではなく、手品や軽業、そんな道化師めいた動作で子どもおみならず大人の目も惹こうというわけだ。もともと彼自身、笑いものになったとしても周囲を和ませることができるのならばいっこう構わないという意見の持ち主だ。どうすれば他のものが楽しい気分になれるか、それを熟知している。
 だから、基本的に『いい加減』に流行らない。きちんとわきまえた上で、出来る限りのパフォーマンスをする――それが北斗なりの誠意の見せ方なのだ。
「……アヤカシの宴もいつもながら平穏ですね」
 いつの間にやらリムネラの横に立っていた観智が、そう言って笑んでみせる。
「そう、デスね。ヒトとは違う流れにあるケレド、誰もが笑顔で、ソシテ幸せそうで」
「それもきっと竜女様のお力あってのことですよ」
 観智はそういうと、じいっとリムネラを見つめる。
「いつか苦難が近づいても、きっと何とかなります。だから、頑張りましょう、いっしょに」
 それは白澤だからこその予見なのか、ただの個人的見解なのか――それは判らないけれど。
 やがてはじめのころはきゃっきゃと踊っていた莢やモモもだいぶ主星が回ってきたのか、もともとなれないダンスでおぼつかない足元が更におぼつかないことになっている。
「あ、お姉ちゃんたちがたくさん見える~……」
 末妹の莢はそんな言葉を甘えた口調でいってはクスクスと笑い、
「飲み過ぎだヨ? 百お姉ちゃんが介抱してあげるからネ……ふふっ」
 次女のモモはそんなことを言って不敵に笑ってみせる。長女のムュはそんな様子を見て微笑んでいるばかり。
 既に眠りの淵にいるアヤカシも多い。
 宴はたけなわ、誰もが心地よい気分になって――


 ああ、そして、宴はやがて終わりを告げる。
 陰に生きるアヤカシ達にとって、日の光が当たる世界は縁のない世界。
 密やかに、静かに生きるアヤカシ達。けれど彼らの宴は華やかで賑やかで、そして朗らかで。
 そんな場所に迷い込んだマレビトたるディーナ、そしてマリィアはどう考えるのだろうか。
 しかしそれは、きっと別の話である。

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参加者一覧

  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 芸達者なたぬきさん
    玄間 北斗(ka5640
    人間(蒼)|25才|男性|霊闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師
  • 働きたくないっ
    多々良 莢(ka6065
    人間(紅)|18才|女性|舞刀士

  • ムュ=N=レイニークラウド(ka6166
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 孤独なる蹴撃手
    骸香(ka6223
    鬼|21才|女性|疾影士

  • 不和 百(ka6431
    人間(紅)|18才|女性|格闘士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/08/11 18:56:08
アイコン 【寄合】百鬼夜行?
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/08/11 18:54:59