ゲスト
(ka0000)
初恋と逃避行
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/08/15 09:00
- 完成日
- 2016/08/23 18:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
港湾都市ポルトワールの旧家、カッペリーニ家の令嬢ヴァレンティナの18歳の誕生日を祝して、父親から豪華客船が送られた。
ベッラ・ヴァレンティーナ号と名付けられたその船の処女航海はポルトワールの港を発って、リゼリオに寄港しヴァリオスを目指す。
道中の警護のため、或いは余興を請われ、ヴァレンティナ嬢の護衛に。はたまたリゼリオまでの足代わりにと、ハンター達はその船へ乗り込んだ。
夕刻に出港した船の行路は滞りなく、ディナーでハンター達は大勢の客人達に、娘の誕生を共に祝してくれる、精霊の加護厚き覚醒者の方々と紹介され、賑やかな拍手を贈られた。
着飾って退屈そうにしていた娘も、父親の仕事や家柄を離れた客人には僅かながらも興味を向けたようで、ハンター達へと視線を向けながら、親しい少女達と囁き合っていた。
翌日は、朝から船中を飾り付けたパーティが催された。
ハンター達も食事の席に誘われたり、冒険譚を請われたりしながら終日を過ごすことになる。
父親のために誂えられた船室から、不機嫌な声が零れてきた。
――何故あの家の者が乗り込んでいる。忌々しいモンテリーゾ、成金趣味の新参者め――
恐縮したもう1つの声は恐らく父親の部下だろう。慌ただしく部屋を出ると厚い絨毯を敷いた廊下を走っていった。
1人になった船室で父親はソファに深く腰掛けて葉巻を吹かす。
一代でのし上がってきたモンテリーゾ。同じく新興の経営者からは賞賛を受けているが、古い家々からは睨まれている。彼の商売に客を取られて上手くいっていない商いも多い。
ぎり、と奥歯を噛んで顔を顰めた。
招待した覚えは無いのに何故紛れ込んでいるんだと。乗船客の名簿を握り潰した。
『この船に乗り込んでいるマウロ・モンテリーゾという男を捕まえてくれ、礼は弾む。とにかく見付けて捕まえてくれ。……外見? 知っていたら頼まんよ』
●
サンセットを臨む展望デッキで数人の少年達が集まっていた。
ダンスパーティーを前に皆着飾っているが、その中心に1人一際センス良くブラックタイを着こなす姿がある。
燕子花の鮮やかな青いカマーバンドとボウタイ、涼しげなグレーのジャケットに艶やかな黒のラペル。
磨かれたプレーントゥを伸ばし脚を組んでいる。
「お前、よく呼ばれたよな」
「本当に。案外、気さくな人なのかな。それともただ杜撰なだけかも知れないね」
「どっちにしても、君だけはぶられなくて良かったよ」
友人の言葉に、利発そうに整った相貌を崩して笑う姿は、まだ若い少年のそれ。しかしその緑の目に宿る鋭い光りは、彼が新鋭の商社の息子、マウロ・モンテリーゾである何よりの証左。
彼等の手には一様に仮面が握られている。
剽軽な物も、厳つい物も。
マウロの手にも、刳り抜いた目の周りを黒と金で縁取って唇を赤く強調した不気味な道化師が揺れていた。
「じゃ、俺は杜撰な方に掛ける。バレたらつまみ出されるぜ」
「うーん、俺は大穴を狙ってみようかな?」
船室の1つに大きな鏡とメイクボックスが持ち込まれそのドアには「男子禁制」の張り紙。
女性のハンターなら呼び込まれただろうその部屋の中からは少女達の賑やかな笑い声が零れてくる。
「ティナ、それ本気?」
「ええ。これなら絶対に、誰にも私だってバレないでしょう?」
「私知ってるわ。お婆さま……リアルブルーにお詳しいのだけど……確か、エジプトのクレオパトラっていっていたかしら? 英雄を虜にした、向こうでは有名な絶世の美女よ」
「本当? じゃあ、今日は私のことをそう呼んでよ」
大胆なスリットの入った赤いホルターネック、色を揃えたピンヒールのダンスシューズには大粒の宝石が飾られている。ティナことヴァレンティナは黒髪のウィッグを着けると、金に塗った仮面を被る。
瑠理の色を飾りながら頭を覆って、左右対称な顔を浮き彫りにしたそれは、ユーモラスながら近寄りがたい荘厳さがある。
「お飾り人形で偉い人達のご機嫌を取るだけの退屈な時間はお終い。折角のパーティーだもの楽しまなくっちゃ! でしょう?」
「そうね、今日こそ素敵な彼氏を捕まえるんだから!」
「ええ!」
ダンスパーティーのホールへ向かいながら少女達は囁く。
今日はマウロも来ているらしいと。隣のクラスに在籍している、緑の目が美しい少年。
家の確執を知らない部下を使って招待状を送らせた、退屈なパーティーを押し付ける父親へ娘からのささやかな意趣返し。
●
少女達の情熱と、少年達の思惑を乗せた船のホールで音楽が響く。
猫の仮面の少女が、犬の仮面の少年にじゃれついて、蝶の仮面の少女は花をあしらう少年の視線を引いた。
流れ始める音楽に合わせてくるくるとホールでは即席に作った数組のペアが踊っている。
壁の花を決め込む者や、興味が無いのか仮面を外して杯を重ねる者も少なくない。
談笑していた小面が翁に誘われて暇になったティナは静かにホールを眺める。
道化師の面の少年が近付いてきた。
少年は大袈裟に腕を回して胸元へ運び、顔を上げたままで敬礼を。
その挙措に笑って、ティナは赤いグローブの手を彼の白い手袋に重ねた。
ホールの中央で2人は誰よりも華やかだった。
軽やかなステップもターンも、道化師の腕の中で赤いドレスが艶やかに。
仮面の中から時折笑い声が零れ、伸ばした腕に華麗なターンを決めたティナが収まると、賞賛するように、黒髪をさらりと撫でた。
仮面の中身を知る友人達は、楽しんでいる様子を羨望や驚きを込めて眺めながら、それぞれ自分の相手とのダンスを楽しんでいる。
「ねえ、星を見に行かない?」
「星?」
「甲板に出るの。港も遠くて邪魔する光も無いからとても綺麗なのよ」
ティナはダンスの上手い道化師に夢中だった。道化師の声にも期待が滲む。
ヴィオラが唱い上げるその瞬間、少年と少女は仮面の向こうの恋に落ちた。
仮面を外したティナは夜風に髪を揺らしながらベンチに掛ける。隣に座った道化師の仮面に手を伸ばすと、その中を覗き込んだ。
「あら、やっぱり。名前と目の色だけは知っていたのよ。初めまして、マウロ」
「ああ、ブルネットのお姫様は、ブロンドのお姫様だったわけか。ご招待に預かり光栄です、ヴァレンティナ様」
「ティナで良いわ、同い年でしょう?」
「いや。君の方が誕生日が早い。俺はあと三ヶ月は年下だ」
くすくすと密やかに笑い声を重ねると、ティナはマウロの耳元へ唇を寄せた。
「この船、一隻だけ魔機導エンジン付きのボートが積んであるの。一番近い港に着けるくらいの準備もしてあって、動かし方は知っているわ」
マウロは緑の目を見開いてティナを見詰めた。
「マウロ、私、あなたと幸せになりたい!」
ティナの目は真っ直ぐにマウロの目を見詰め返した。
『ねえ、あなた覚醒者よね? ちょっと手伝って欲しいんだけど……』
港湾都市ポルトワールの旧家、カッペリーニ家の令嬢ヴァレンティナの18歳の誕生日を祝して、父親から豪華客船が送られた。
ベッラ・ヴァレンティーナ号と名付けられたその船の処女航海はポルトワールの港を発って、リゼリオに寄港しヴァリオスを目指す。
道中の警護のため、或いは余興を請われ、ヴァレンティナ嬢の護衛に。はたまたリゼリオまでの足代わりにと、ハンター達はその船へ乗り込んだ。
夕刻に出港した船の行路は滞りなく、ディナーでハンター達は大勢の客人達に、娘の誕生を共に祝してくれる、精霊の加護厚き覚醒者の方々と紹介され、賑やかな拍手を贈られた。
着飾って退屈そうにしていた娘も、父親の仕事や家柄を離れた客人には僅かながらも興味を向けたようで、ハンター達へと視線を向けながら、親しい少女達と囁き合っていた。
翌日は、朝から船中を飾り付けたパーティが催された。
ハンター達も食事の席に誘われたり、冒険譚を請われたりしながら終日を過ごすことになる。
父親のために誂えられた船室から、不機嫌な声が零れてきた。
――何故あの家の者が乗り込んでいる。忌々しいモンテリーゾ、成金趣味の新参者め――
恐縮したもう1つの声は恐らく父親の部下だろう。慌ただしく部屋を出ると厚い絨毯を敷いた廊下を走っていった。
1人になった船室で父親はソファに深く腰掛けて葉巻を吹かす。
一代でのし上がってきたモンテリーゾ。同じく新興の経営者からは賞賛を受けているが、古い家々からは睨まれている。彼の商売に客を取られて上手くいっていない商いも多い。
ぎり、と奥歯を噛んで顔を顰めた。
招待した覚えは無いのに何故紛れ込んでいるんだと。乗船客の名簿を握り潰した。
『この船に乗り込んでいるマウロ・モンテリーゾという男を捕まえてくれ、礼は弾む。とにかく見付けて捕まえてくれ。……外見? 知っていたら頼まんよ』
●
サンセットを臨む展望デッキで数人の少年達が集まっていた。
ダンスパーティーを前に皆着飾っているが、その中心に1人一際センス良くブラックタイを着こなす姿がある。
燕子花の鮮やかな青いカマーバンドとボウタイ、涼しげなグレーのジャケットに艶やかな黒のラペル。
磨かれたプレーントゥを伸ばし脚を組んでいる。
「お前、よく呼ばれたよな」
「本当に。案外、気さくな人なのかな。それともただ杜撰なだけかも知れないね」
「どっちにしても、君だけはぶられなくて良かったよ」
友人の言葉に、利発そうに整った相貌を崩して笑う姿は、まだ若い少年のそれ。しかしその緑の目に宿る鋭い光りは、彼が新鋭の商社の息子、マウロ・モンテリーゾである何よりの証左。
彼等の手には一様に仮面が握られている。
剽軽な物も、厳つい物も。
マウロの手にも、刳り抜いた目の周りを黒と金で縁取って唇を赤く強調した不気味な道化師が揺れていた。
「じゃ、俺は杜撰な方に掛ける。バレたらつまみ出されるぜ」
「うーん、俺は大穴を狙ってみようかな?」
船室の1つに大きな鏡とメイクボックスが持ち込まれそのドアには「男子禁制」の張り紙。
女性のハンターなら呼び込まれただろうその部屋の中からは少女達の賑やかな笑い声が零れてくる。
「ティナ、それ本気?」
「ええ。これなら絶対に、誰にも私だってバレないでしょう?」
「私知ってるわ。お婆さま……リアルブルーにお詳しいのだけど……確か、エジプトのクレオパトラっていっていたかしら? 英雄を虜にした、向こうでは有名な絶世の美女よ」
「本当? じゃあ、今日は私のことをそう呼んでよ」
大胆なスリットの入った赤いホルターネック、色を揃えたピンヒールのダンスシューズには大粒の宝石が飾られている。ティナことヴァレンティナは黒髪のウィッグを着けると、金に塗った仮面を被る。
瑠理の色を飾りながら頭を覆って、左右対称な顔を浮き彫りにしたそれは、ユーモラスながら近寄りがたい荘厳さがある。
「お飾り人形で偉い人達のご機嫌を取るだけの退屈な時間はお終い。折角のパーティーだもの楽しまなくっちゃ! でしょう?」
「そうね、今日こそ素敵な彼氏を捕まえるんだから!」
「ええ!」
ダンスパーティーのホールへ向かいながら少女達は囁く。
今日はマウロも来ているらしいと。隣のクラスに在籍している、緑の目が美しい少年。
家の確執を知らない部下を使って招待状を送らせた、退屈なパーティーを押し付ける父親へ娘からのささやかな意趣返し。
●
少女達の情熱と、少年達の思惑を乗せた船のホールで音楽が響く。
猫の仮面の少女が、犬の仮面の少年にじゃれついて、蝶の仮面の少女は花をあしらう少年の視線を引いた。
流れ始める音楽に合わせてくるくるとホールでは即席に作った数組のペアが踊っている。
壁の花を決め込む者や、興味が無いのか仮面を外して杯を重ねる者も少なくない。
談笑していた小面が翁に誘われて暇になったティナは静かにホールを眺める。
道化師の面の少年が近付いてきた。
少年は大袈裟に腕を回して胸元へ運び、顔を上げたままで敬礼を。
その挙措に笑って、ティナは赤いグローブの手を彼の白い手袋に重ねた。
ホールの中央で2人は誰よりも華やかだった。
軽やかなステップもターンも、道化師の腕の中で赤いドレスが艶やかに。
仮面の中から時折笑い声が零れ、伸ばした腕に華麗なターンを決めたティナが収まると、賞賛するように、黒髪をさらりと撫でた。
仮面の中身を知る友人達は、楽しんでいる様子を羨望や驚きを込めて眺めながら、それぞれ自分の相手とのダンスを楽しんでいる。
「ねえ、星を見に行かない?」
「星?」
「甲板に出るの。港も遠くて邪魔する光も無いからとても綺麗なのよ」
ティナはダンスの上手い道化師に夢中だった。道化師の声にも期待が滲む。
ヴィオラが唱い上げるその瞬間、少年と少女は仮面の向こうの恋に落ちた。
仮面を外したティナは夜風に髪を揺らしながらベンチに掛ける。隣に座った道化師の仮面に手を伸ばすと、その中を覗き込んだ。
「あら、やっぱり。名前と目の色だけは知っていたのよ。初めまして、マウロ」
「ああ、ブルネットのお姫様は、ブロンドのお姫様だったわけか。ご招待に預かり光栄です、ヴァレンティナ様」
「ティナで良いわ、同い年でしょう?」
「いや。君の方が誕生日が早い。俺はあと三ヶ月は年下だ」
くすくすと密やかに笑い声を重ねると、ティナはマウロの耳元へ唇を寄せた。
「この船、一隻だけ魔機導エンジン付きのボートが積んであるの。一番近い港に着けるくらいの準備もしてあって、動かし方は知っているわ」
マウロは緑の目を見開いてティナを見詰めた。
「マウロ、私、あなたと幸せになりたい!」
ティナの目は真っ直ぐにマウロの目を見詰め返した。
『ねえ、あなた覚醒者よね? ちょっと手伝って欲しいんだけど……』
リプレイ本文
●
勿論とイルム=ローレ・エーレ(ka5113)は答えた。
鞍馬 真(ka5819)とカッツ・ランツクネヒト(ka5177)も頷く。
「護衛対象が何処に行くとしても、最後まで守るのが私の勤めだな」
私はティナ嬢の護衛だからと、鞍馬の青い瞳が楽しげに笑う。、
「ま、オッサンの依頼よりかは美しいレディのお願いを叶えてあげたいところだがね」
黒い短髪を掻き上げ、カッツがにいと歯を覗かせた。
「……だけど、まずは目立つ服装は着替えておいた方がいいかな」
イルムがドレスを示すと、ティナが同意だと肩を竦めた。
着替えに向かうティナにはイルムとカッツグローリア(ka6430)が同行した。
「仕方ありませんわね。わたくし直々に取り持って差し上げてもよろしくてよ」
厄介な状況にしてくれたものだと甲板を見回し、グローリアが肩を竦めて右手を差し出す。
よろしくお願いするわ、とティナがその手を確りと握った。
ティナの頼みに頷いたカティス・ノート(ka2486)は彼等に声を掛けるとすぐに分かれ、父親の依頼でマウロを探す振りを装いながら様子を見に向かう。
閑散とする甲板で、彼等の去った方をディーナ・フェルミ(ka5843)がじっと見詰めていた。
祈るように五指を組む。まだ、2人の覚悟を確かめてはいない。
甲板に残ったマウロが鞍馬へ、飾られた船内の見取り図を指して、甲板とティナの部屋、そして船尾のボートの場所を示す。
成る程、それなら、と、鞍馬の指先が地図を辿る。
「ボートまで進んで、それからティナ嬢を迎えに行こうか」
隠れながら、けれど怪しまれないように、2人は寄り添う恋人の影や、談笑する貴族達の死角を縫うように船内の廊下を走って行く。
不意に黒服の男が声を掛けた。
先に、と鞍馬がマウロを行かせて対応する。
口調を穏やかに用件を覗うと、マウロを探しているという。
素性はまだ知られていない。すぐ側を通り過ぎた本人にも気付いていない。
けれど、黒服の手がマウロの背に伸ばされた。
どうしても引き留めたいらしいその様子に、躊躇いながらも鞘に手を掛け柄頭で鳩尾を突き昏倒させる。
「――目覚めて騒がれる前に急ごう」
2人が走り出した頃、イルム達4人も黒服に遭遇していた。
遠目に見付けたところで、イルムが残りカッツとグローリアがティナを隠すように彼女の部屋へ急ぐ。
同じくマウロを探していると言う黒服の男に彼は是と大袈裟に話しを広げてその気を引く。
廊下のベンチの下や、柱の陰、棚の上から人が隠れるには小さな物入れの中まで覗いてカティスはふぅと溜息を吐いた。
丁度その姿を見ていた、部下ばかり任せておけないとに動き始めた父親が声を掛ける。
そんなところにいるのかと言われれば、どこにいるか分からないからと首を揺らす。
「人が隠れていそうな所を探しているのです!」
分からないからこそと穏やかな茶色の目を細めて。
「でも、ここでお終いです。――もしかしたら、人が多い場所にいるのかも知れません」
覗いたロッカーの戸を閉める。中身はまだ真新しい給仕達の道具だった。
臆することもなく父親を見上げて、カティスはそっと伸ばす指を廊下の先へ。
「これからパーティー会場に向かうのですよ」
ドレスを揺らし、パーティーの参加者に紛れる様に向かうカティスに、父親は低い声で期待していると言った。だから早く見付けてこいと。
カッツをドアの前に待たせてグローリアもティナの部屋の中へ続く。
廊下を眺めるカッツの耳に室内の囁き声が微かに届いた。
その声よりも、この廊下に部下や或いは客人が通りかからないように、もしもの時はすぐにボートへ走れるように警戒を走らせる。
「私も貴族の血を継いでおりますの」
ティナのドレスを預かりながらグローリアが告白した。
「愛の逃避行、実にロマンがありますわね。けれど、場合によってはここまで育ててくれた家族の思いを踏みにじりかねない行為であることは承知の上かしら?」
着替えも手伝うよりも、手伝われる方が慣れている。
ドレスを丁寧に吊して、背筋を伸ばし指を揃えてティナを見上げた。
「この船、何と言ったかしら。……『ベッラ・ヴァレンティーナ』美しきヴァレンティーナといったところかしら。お父様が名づけられたのでしょう? 愛がなければ付けられぬ名だと思いましたけれど」
凜と、小さくともよく通る声で告げる。
この華やかな部屋もそうでしょうと見回すと、ティナは笑いながら首を横に揺らした。ハンドバッグを取ると中身をベッドにひっくり返し、現金やアクセサリー、無造作に掴んだ写真立てを放り込む。
家族写真の中、幼いティナは幸せそうに笑っていた。
残念だけど、と、ティナは写真を伏せてバッグを掴む。
「パパが愛してるヴァレンティナは、カッペリーニ家の令嬢。私じゃ無くても構わないのよ」
だから招待客の多くが父親の仕事や家柄の付き合いのある人達だと溜息を吐いて。
「でも、落ち付いたらママとお婆さま達にはちゃんと謝るわ」
間に合ったとドアの向こうでイルムがカッツに声を掛けた。
お嬢さん達は楽しそうだと、カッツが周辺の安全を伝えると、イルムも部下は上手く撒いてきたと答え、小さなノックの音を添えてドアを開く。
「当座のお金は大丈夫かい? 必要なら言ってくれ。それから、味方も多い方がいい。君の祖父母や叔父叔母で頼りに――」
ティナに声を掛けると、着替えを終えた姿でくるりと回る。
シンプルな白いドレス、低めのヒール、鍔の広いボンネットで顔を隠す。お金は平気とバッグを示す。
「どうかしら?」
「似合ってるよ。恋する君の魅力をより引き立てている。そう、さっきの続きだけれど……」
頼れる人がいるなら、話しをするといい。その先は全部、君たちが掴み取るものだけれどね。
ティナが確りと頷くのを見て、行こうとドアを開け放つ。
声を掛ける部下は居ないが、皆誰かを探す様に廊下や部屋を見回して、ぴりと張り詰めた空気が漂っている。
「探されてるなぁ。準備は済んでるみたいだが、必要だってんなら、協力は惜しまねえぜ?」
カッツの言葉にティナが、助かるとボンネットの影で嬉しげに言う。
●
まだ部下の動く気配がする。耳を澄ませばマウロの素性が割れ掛かっている声も聞こえた。
ハンター達の行動を誤魔化すようにパーティー会場へ紛れ込んだカティスも、その旨を問われた。
それならきっとパーティー会場ですねと、部下達を巻き込むように向かう。
そこに彼の姿が有る筈も無いが、仮面を着けた参加者の素性を1人1人改めるのは部下達を充分に、マウロの捜索から遠ざけた。
しかし、カティス自身の素性は参加者には知られている。
一曲ともにと、或いは軽食を摘まみながら冒険譚をと請われ会場に引き留められる。
「……ごめんなさい。ちょっと、用事を思い出したので席を外すのです!」
ボートの出発の迫る頃、漸く振り切って少し静かになった廊下を船尾へと走る。
もう少しで辿り着く頃、グローリアが足を止めた。
「引き付けておきますわ」
ハンター達に囁いて、庇う様に迂回を促した。ティナはその廊下を少し戻り階段を一つ下りてからボートを目指す。
まだ見付からないのかと、その真下をティナが走り抜けていると知らず、横柄な態度で父親が腕を組んでいる。
「情報も何もなく捕まえろだなんて、無茶を言いますのね。……それで、成功するとお思い?」
姿勢は崩さずに、口調も、粗くなりすぎないように。
静かな声で諭すようにグローリアは父親と向き合った。
成功させるのが仕事だろうと顔を顰める父親に溜息を吐く。
「片っ端から捕まえて取り調べていたら、日が暮れてしまいますわ」
効率が悪いと細く笑って。
「貴方、名のある商人とお聞きしましたけれど。よく商売が行き詰まったり追い抜かれたりませんわね、時は金なりですのよ?」
追い打ちを掛けるようにそう告げると、たじろいで蹌踉めいた父親が喚き、グローリアを指してもう頼まんと部下を呼びつける。
その中をすり抜けるようにグローリアもボートへ向かった。
イルムとカッツに挟まれるように走って来たティナを、マウロと鞍馬が安堵し迎える。
「お待たせ、僕は君の友人達に協力を仰いできたいのだけれど……」
イルムは周囲を見回して、隠れる気もなく覗いているマウロの友人達へ目配せを送る。
「男の子は、見栄を張らないとね?」
友人達に囁いて、体調が悪いと謀って近くの見張りを下がらせる。
素性は分からずとも、マウロの他は客人だからと部下はその謀に従って数人を残して下がっていく。
パーティー会場から抜け出したカティスが、その近くで小さな物音を立てると、残りの見張りもそちらへ向かった。
何をしているんだと向けられたランプの中、唇に人差し指を立てて声を潜める。
「マウロさんが隠れるには絶好の場所なので、網を張っているのですよ……シィ」
合流を合図にハンター達はボートを下ろした。
●
「ティナさん」
ボートを下ろし、バッグをその上に落とす。先に下りたマウロが伸ばす腕に、手を伸ばしたティナの前にディーナが立ちはだかった。
「私、あなたたちが恋仲なら、勿論2人の味方をするの。でも、どうもそう見えないの」
さっき恋人になったばかりだからではとティナは首を傾がせるが、ディーナはそれを否定するように首を横に揺らして続ける。
マウロが悪戯に付き合っているだけに見えると。それでばれたら、殴られて足の骨ぐらい折られるかもしれない。
未婚の女性を、と、ティナを真っ直ぐに見る。その父親から拐かしたんだもの。感情を抑える声は震え、ティナの行く手を遮った手が振るうつもりの無い得物を固く握り締める。
その得物の象るクロスを一瞥し、怪我なんて治せるからと呟いて。
「もっと酷い事もされるかもしれない……ティナさんは、そこまで他人を巻き込む覚悟があるの? マウロさんは、この悪戯に乗る覚悟やメリットがあるの?」
鎚の重たいヘッドを軽く翻し、その切っ先でボートを指す。
「教えてくれないなら、私は貴方達を逃がさない」
「――無いわよ」
ティナの簡素な答えに狙いがぶれる瞬間、白いドレスがディーナの脇をすり抜けて飛ぶ。
「私、マウロと幸せになる覚悟しかしてないもの」
受け留めたマウロと睦まじい様子に、鞍馬は目を伏せて自身の恋人を思う。
「こちらもボートを出そう、港までの護衛も必要だろう」
声に我に返った様にディーナは頷く。
「2人が結婚するかここに戻るまでついて行くの、白い関係と証明するために」
私は神の御前で嘘はつけない。一度は引いた得物を撫でて誓うように。その為にもと出発の準備を始める2人を見下ろす。
「海の藻屑になったら困るの」
不安を隠すように口角を上向かせる。
鞍馬とディーナのボートを下ろすと、カッツが手を振って2人を呼んだ。
「ご意向次第だが、雑魔相手でもそれなりに役に立てると思うぜ? ま、客船側で話を誤魔化しとけって話でも構わんさ」
嘘を吐くのは得意だと、ひやりと笑ってみせる。ティナは隣のボートを差して手招く。
護衛をお願いします、ボートはハンター達の漕ぐ速度に合わせると言う。
ランプの明かりが心許なく海図を照らす。
客船の航路、時間と方角、それらを照らして進路を決める。暗い海で進路は失えない。コンパスと海図を睨む様に見詰めるティナの隣、マウロも操縦の手を離せない。
単身ボートを漕いで続くカッツが、その隣まで追い付いてオールの立てる波を響かせない程度まで寄せる。
「何でもお申し付けください、ってね」
悪戯っぽく言うと、ティナは真剣な顔を僅かに綻ばせてはにかむ様に礼を告げる。
周囲を警戒する鞍馬の相貌がその警戒を強めた一瞬、金の光りを宿す。瞬く間にそれは青の凪を取り戻しながら、黒い海面に構える弓に隙は無い。
多少なりとも心得はあるからと、ボートを2人の近くに進ませる。
「出やがったぜ」
両手に剣を構えるカッツの声は落ち付いている。引き付けて一撃、反撃をいなしてもう一撃。
反対側から迫る敵は、その影をカッツが捉える前に鞍馬の矢が貫き沈めた。
ディーナが貼った結界の中、マウロが咄嗟に予備のオールを構えていたが、その出番が訪れる前に海域を通り抜けた。
進路を確認してマウロは操縦に戻る。
聞きたいことがあると言ってディーナのボートが寄せられた。
「ここから逃げたら戻るの? 戻らないの?」
ティナにそう尋ねたディーナの紫の目が鋭くマウロを睨んだ。彼がもし悪人なら、と躊躇いの無い声が言う。
2人で逃げるだけで充分目的は達せられ、逃げた噂はどうであれ消せないから。
「あなたが処女なんて誰も信じなくなる。結婚相手はマウロさんしかいなくなって、彼にその気がなければ、ふしだらな娘として後妻か側室位しか嫁ぎ先がなくなる。そこまで考えての行動と思っていい?」
淡々と、起きうる未来を告げる清廉な声。それにティナが答えるよりも先にエンジンの音が止んだ。
凪いだ水面の静かな船上。ディーナさん、とマウロが呼んだ。
「カッペリーニ家の令嬢の婚約者の候補には、男鰥も、正妻持ちもいるんだよ。僕は勿論ティナに生涯を誓うつもりだから、あまり僕の恋人を苛めないであげて?」
マウロがティナの手を取って膝を突く。
ディーナの得物の浮かべる影に、その装いと容姿に、神様に仕えている人かと尋ねた。
「――神前式みたいだ」
あなたの前では。
そう言うと、ティナの手を離さずに真摯な声が誓う。
隣のボートから、ひゅうと口笛が鳴る。温かな祝福の声と小さな拍手が2人をそっと包む。
●
ホールには可愛らしいケーキが用意され、音楽を聴きダンスを眺めながら寛げる場所もあった。
クローリアはケーキを摘まみながら今後のことを考える。
船の影が遠退き、芝居を頼んだ友人達がちらほらと戻っては嫉妬したり、奮起したり、それぞれ賑やかにしゃべりながら、ダンスホールの軽食と着飾った女生徒達を目当てに戻っていった。
イルムは海をぼんやりと眺める見張りの目にボートが入る前に声を掛け、大袈裟に話しながら船内へと誘う。
誰かがあれは何だと水面を指差し、双眼鏡を構えが部下がハンター達に気付いて慌てて走り出す。
「ごめんなさい、……なのです、よ」
影に身を潜めて近付いたカティスが、眠りの雲をふわりと浮かべる。
彼等が目覚める頃、船内を大人達の慌てた声と、子ども達の楽しげな笑い声の織りなす賑やかな喧噪が駆け抜けていく。
勿論とイルム=ローレ・エーレ(ka5113)は答えた。
鞍馬 真(ka5819)とカッツ・ランツクネヒト(ka5177)も頷く。
「護衛対象が何処に行くとしても、最後まで守るのが私の勤めだな」
私はティナ嬢の護衛だからと、鞍馬の青い瞳が楽しげに笑う。、
「ま、オッサンの依頼よりかは美しいレディのお願いを叶えてあげたいところだがね」
黒い短髪を掻き上げ、カッツがにいと歯を覗かせた。
「……だけど、まずは目立つ服装は着替えておいた方がいいかな」
イルムがドレスを示すと、ティナが同意だと肩を竦めた。
着替えに向かうティナにはイルムとカッツグローリア(ka6430)が同行した。
「仕方ありませんわね。わたくし直々に取り持って差し上げてもよろしくてよ」
厄介な状況にしてくれたものだと甲板を見回し、グローリアが肩を竦めて右手を差し出す。
よろしくお願いするわ、とティナがその手を確りと握った。
ティナの頼みに頷いたカティス・ノート(ka2486)は彼等に声を掛けるとすぐに分かれ、父親の依頼でマウロを探す振りを装いながら様子を見に向かう。
閑散とする甲板で、彼等の去った方をディーナ・フェルミ(ka5843)がじっと見詰めていた。
祈るように五指を組む。まだ、2人の覚悟を確かめてはいない。
甲板に残ったマウロが鞍馬へ、飾られた船内の見取り図を指して、甲板とティナの部屋、そして船尾のボートの場所を示す。
成る程、それなら、と、鞍馬の指先が地図を辿る。
「ボートまで進んで、それからティナ嬢を迎えに行こうか」
隠れながら、けれど怪しまれないように、2人は寄り添う恋人の影や、談笑する貴族達の死角を縫うように船内の廊下を走って行く。
不意に黒服の男が声を掛けた。
先に、と鞍馬がマウロを行かせて対応する。
口調を穏やかに用件を覗うと、マウロを探しているという。
素性はまだ知られていない。すぐ側を通り過ぎた本人にも気付いていない。
けれど、黒服の手がマウロの背に伸ばされた。
どうしても引き留めたいらしいその様子に、躊躇いながらも鞘に手を掛け柄頭で鳩尾を突き昏倒させる。
「――目覚めて騒がれる前に急ごう」
2人が走り出した頃、イルム達4人も黒服に遭遇していた。
遠目に見付けたところで、イルムが残りカッツとグローリアがティナを隠すように彼女の部屋へ急ぐ。
同じくマウロを探していると言う黒服の男に彼は是と大袈裟に話しを広げてその気を引く。
廊下のベンチの下や、柱の陰、棚の上から人が隠れるには小さな物入れの中まで覗いてカティスはふぅと溜息を吐いた。
丁度その姿を見ていた、部下ばかり任せておけないとに動き始めた父親が声を掛ける。
そんなところにいるのかと言われれば、どこにいるか分からないからと首を揺らす。
「人が隠れていそうな所を探しているのです!」
分からないからこそと穏やかな茶色の目を細めて。
「でも、ここでお終いです。――もしかしたら、人が多い場所にいるのかも知れません」
覗いたロッカーの戸を閉める。中身はまだ真新しい給仕達の道具だった。
臆することもなく父親を見上げて、カティスはそっと伸ばす指を廊下の先へ。
「これからパーティー会場に向かうのですよ」
ドレスを揺らし、パーティーの参加者に紛れる様に向かうカティスに、父親は低い声で期待していると言った。だから早く見付けてこいと。
カッツをドアの前に待たせてグローリアもティナの部屋の中へ続く。
廊下を眺めるカッツの耳に室内の囁き声が微かに届いた。
その声よりも、この廊下に部下や或いは客人が通りかからないように、もしもの時はすぐにボートへ走れるように警戒を走らせる。
「私も貴族の血を継いでおりますの」
ティナのドレスを預かりながらグローリアが告白した。
「愛の逃避行、実にロマンがありますわね。けれど、場合によってはここまで育ててくれた家族の思いを踏みにじりかねない行為であることは承知の上かしら?」
着替えも手伝うよりも、手伝われる方が慣れている。
ドレスを丁寧に吊して、背筋を伸ばし指を揃えてティナを見上げた。
「この船、何と言ったかしら。……『ベッラ・ヴァレンティーナ』美しきヴァレンティーナといったところかしら。お父様が名づけられたのでしょう? 愛がなければ付けられぬ名だと思いましたけれど」
凜と、小さくともよく通る声で告げる。
この華やかな部屋もそうでしょうと見回すと、ティナは笑いながら首を横に揺らした。ハンドバッグを取ると中身をベッドにひっくり返し、現金やアクセサリー、無造作に掴んだ写真立てを放り込む。
家族写真の中、幼いティナは幸せそうに笑っていた。
残念だけど、と、ティナは写真を伏せてバッグを掴む。
「パパが愛してるヴァレンティナは、カッペリーニ家の令嬢。私じゃ無くても構わないのよ」
だから招待客の多くが父親の仕事や家柄の付き合いのある人達だと溜息を吐いて。
「でも、落ち付いたらママとお婆さま達にはちゃんと謝るわ」
間に合ったとドアの向こうでイルムがカッツに声を掛けた。
お嬢さん達は楽しそうだと、カッツが周辺の安全を伝えると、イルムも部下は上手く撒いてきたと答え、小さなノックの音を添えてドアを開く。
「当座のお金は大丈夫かい? 必要なら言ってくれ。それから、味方も多い方がいい。君の祖父母や叔父叔母で頼りに――」
ティナに声を掛けると、着替えを終えた姿でくるりと回る。
シンプルな白いドレス、低めのヒール、鍔の広いボンネットで顔を隠す。お金は平気とバッグを示す。
「どうかしら?」
「似合ってるよ。恋する君の魅力をより引き立てている。そう、さっきの続きだけれど……」
頼れる人がいるなら、話しをするといい。その先は全部、君たちが掴み取るものだけれどね。
ティナが確りと頷くのを見て、行こうとドアを開け放つ。
声を掛ける部下は居ないが、皆誰かを探す様に廊下や部屋を見回して、ぴりと張り詰めた空気が漂っている。
「探されてるなぁ。準備は済んでるみたいだが、必要だってんなら、協力は惜しまねえぜ?」
カッツの言葉にティナが、助かるとボンネットの影で嬉しげに言う。
●
まだ部下の動く気配がする。耳を澄ませばマウロの素性が割れ掛かっている声も聞こえた。
ハンター達の行動を誤魔化すようにパーティー会場へ紛れ込んだカティスも、その旨を問われた。
それならきっとパーティー会場ですねと、部下達を巻き込むように向かう。
そこに彼の姿が有る筈も無いが、仮面を着けた参加者の素性を1人1人改めるのは部下達を充分に、マウロの捜索から遠ざけた。
しかし、カティス自身の素性は参加者には知られている。
一曲ともにと、或いは軽食を摘まみながら冒険譚をと請われ会場に引き留められる。
「……ごめんなさい。ちょっと、用事を思い出したので席を外すのです!」
ボートの出発の迫る頃、漸く振り切って少し静かになった廊下を船尾へと走る。
もう少しで辿り着く頃、グローリアが足を止めた。
「引き付けておきますわ」
ハンター達に囁いて、庇う様に迂回を促した。ティナはその廊下を少し戻り階段を一つ下りてからボートを目指す。
まだ見付からないのかと、その真下をティナが走り抜けていると知らず、横柄な態度で父親が腕を組んでいる。
「情報も何もなく捕まえろだなんて、無茶を言いますのね。……それで、成功するとお思い?」
姿勢は崩さずに、口調も、粗くなりすぎないように。
静かな声で諭すようにグローリアは父親と向き合った。
成功させるのが仕事だろうと顔を顰める父親に溜息を吐く。
「片っ端から捕まえて取り調べていたら、日が暮れてしまいますわ」
効率が悪いと細く笑って。
「貴方、名のある商人とお聞きしましたけれど。よく商売が行き詰まったり追い抜かれたりませんわね、時は金なりですのよ?」
追い打ちを掛けるようにそう告げると、たじろいで蹌踉めいた父親が喚き、グローリアを指してもう頼まんと部下を呼びつける。
その中をすり抜けるようにグローリアもボートへ向かった。
イルムとカッツに挟まれるように走って来たティナを、マウロと鞍馬が安堵し迎える。
「お待たせ、僕は君の友人達に協力を仰いできたいのだけれど……」
イルムは周囲を見回して、隠れる気もなく覗いているマウロの友人達へ目配せを送る。
「男の子は、見栄を張らないとね?」
友人達に囁いて、体調が悪いと謀って近くの見張りを下がらせる。
素性は分からずとも、マウロの他は客人だからと部下はその謀に従って数人を残して下がっていく。
パーティー会場から抜け出したカティスが、その近くで小さな物音を立てると、残りの見張りもそちらへ向かった。
何をしているんだと向けられたランプの中、唇に人差し指を立てて声を潜める。
「マウロさんが隠れるには絶好の場所なので、網を張っているのですよ……シィ」
合流を合図にハンター達はボートを下ろした。
●
「ティナさん」
ボートを下ろし、バッグをその上に落とす。先に下りたマウロが伸ばす腕に、手を伸ばしたティナの前にディーナが立ちはだかった。
「私、あなたたちが恋仲なら、勿論2人の味方をするの。でも、どうもそう見えないの」
さっき恋人になったばかりだからではとティナは首を傾がせるが、ディーナはそれを否定するように首を横に揺らして続ける。
マウロが悪戯に付き合っているだけに見えると。それでばれたら、殴られて足の骨ぐらい折られるかもしれない。
未婚の女性を、と、ティナを真っ直ぐに見る。その父親から拐かしたんだもの。感情を抑える声は震え、ティナの行く手を遮った手が振るうつもりの無い得物を固く握り締める。
その得物の象るクロスを一瞥し、怪我なんて治せるからと呟いて。
「もっと酷い事もされるかもしれない……ティナさんは、そこまで他人を巻き込む覚悟があるの? マウロさんは、この悪戯に乗る覚悟やメリットがあるの?」
鎚の重たいヘッドを軽く翻し、その切っ先でボートを指す。
「教えてくれないなら、私は貴方達を逃がさない」
「――無いわよ」
ティナの簡素な答えに狙いがぶれる瞬間、白いドレスがディーナの脇をすり抜けて飛ぶ。
「私、マウロと幸せになる覚悟しかしてないもの」
受け留めたマウロと睦まじい様子に、鞍馬は目を伏せて自身の恋人を思う。
「こちらもボートを出そう、港までの護衛も必要だろう」
声に我に返った様にディーナは頷く。
「2人が結婚するかここに戻るまでついて行くの、白い関係と証明するために」
私は神の御前で嘘はつけない。一度は引いた得物を撫でて誓うように。その為にもと出発の準備を始める2人を見下ろす。
「海の藻屑になったら困るの」
不安を隠すように口角を上向かせる。
鞍馬とディーナのボートを下ろすと、カッツが手を振って2人を呼んだ。
「ご意向次第だが、雑魔相手でもそれなりに役に立てると思うぜ? ま、客船側で話を誤魔化しとけって話でも構わんさ」
嘘を吐くのは得意だと、ひやりと笑ってみせる。ティナは隣のボートを差して手招く。
護衛をお願いします、ボートはハンター達の漕ぐ速度に合わせると言う。
ランプの明かりが心許なく海図を照らす。
客船の航路、時間と方角、それらを照らして進路を決める。暗い海で進路は失えない。コンパスと海図を睨む様に見詰めるティナの隣、マウロも操縦の手を離せない。
単身ボートを漕いで続くカッツが、その隣まで追い付いてオールの立てる波を響かせない程度まで寄せる。
「何でもお申し付けください、ってね」
悪戯っぽく言うと、ティナは真剣な顔を僅かに綻ばせてはにかむ様に礼を告げる。
周囲を警戒する鞍馬の相貌がその警戒を強めた一瞬、金の光りを宿す。瞬く間にそれは青の凪を取り戻しながら、黒い海面に構える弓に隙は無い。
多少なりとも心得はあるからと、ボートを2人の近くに進ませる。
「出やがったぜ」
両手に剣を構えるカッツの声は落ち付いている。引き付けて一撃、反撃をいなしてもう一撃。
反対側から迫る敵は、その影をカッツが捉える前に鞍馬の矢が貫き沈めた。
ディーナが貼った結界の中、マウロが咄嗟に予備のオールを構えていたが、その出番が訪れる前に海域を通り抜けた。
進路を確認してマウロは操縦に戻る。
聞きたいことがあると言ってディーナのボートが寄せられた。
「ここから逃げたら戻るの? 戻らないの?」
ティナにそう尋ねたディーナの紫の目が鋭くマウロを睨んだ。彼がもし悪人なら、と躊躇いの無い声が言う。
2人で逃げるだけで充分目的は達せられ、逃げた噂はどうであれ消せないから。
「あなたが処女なんて誰も信じなくなる。結婚相手はマウロさんしかいなくなって、彼にその気がなければ、ふしだらな娘として後妻か側室位しか嫁ぎ先がなくなる。そこまで考えての行動と思っていい?」
淡々と、起きうる未来を告げる清廉な声。それにティナが答えるよりも先にエンジンの音が止んだ。
凪いだ水面の静かな船上。ディーナさん、とマウロが呼んだ。
「カッペリーニ家の令嬢の婚約者の候補には、男鰥も、正妻持ちもいるんだよ。僕は勿論ティナに生涯を誓うつもりだから、あまり僕の恋人を苛めないであげて?」
マウロがティナの手を取って膝を突く。
ディーナの得物の浮かべる影に、その装いと容姿に、神様に仕えている人かと尋ねた。
「――神前式みたいだ」
あなたの前では。
そう言うと、ティナの手を離さずに真摯な声が誓う。
隣のボートから、ひゅうと口笛が鳴る。温かな祝福の声と小さな拍手が2人をそっと包む。
●
ホールには可愛らしいケーキが用意され、音楽を聴きダンスを眺めながら寛げる場所もあった。
クローリアはケーキを摘まみながら今後のことを考える。
船の影が遠退き、芝居を頼んだ友人達がちらほらと戻っては嫉妬したり、奮起したり、それぞれ賑やかにしゃべりながら、ダンスホールの軽食と着飾った女生徒達を目当てに戻っていった。
イルムは海をぼんやりと眺める見張りの目にボートが入る前に声を掛け、大袈裟に話しながら船内へと誘う。
誰かがあれは何だと水面を指差し、双眼鏡を構えが部下がハンター達に気付いて慌てて走り出す。
「ごめんなさい、……なのです、よ」
影に身を潜めて近付いたカティスが、眠りの雲をふわりと浮かべる。
彼等が目覚める頃、船内を大人達の慌てた声と、子ども達の楽しげな笑い声の織りなす賑やかな喧噪が駆け抜けていく。
依頼結果
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逃避行か、確保か(相談卓) 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/08/15 01:17:15 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/08/15 04:35:05 |