ゲスト
(ka0000)
【月機】祈りの謳よ、届け
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2016/09/10 12:00
- 完成日
- 2016/09/14 15:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
――冒険都市リゼリオ。
ツキウサギたちの騒動は、当然ながら辺境ユニオン・ガーディナの耳にも届いている。
ガーディナという場所は辺境におけるハンターたちのサポートを主としており、部族や巫女、辺境に生息する幻獣の情報もカバーして、ハンターたちへのフォローを促す訳を背負っているのだ。
だからこそ今回の話も、当然ながら伝わっていた。
「……でも、バタルトゥマデもが巻き込まれているとナルと……状況は、かなり危険デスね」
ガーディナのリーダー・リムネラ(kz0018)は、そう言ってため息をつく。
今回の問題点のひとつは、そこだ。
部族会議の代表たるバタルトゥ・オイマト(kz0023)や、自称ではあるが幻獣王、大霊堂に住まう大幻獣チューダまでもが巻き込まれている。
歪虚コーリアスによる攻撃なのだから、ハンターがでてしかるべき状況には間違いない。しかし、リムネラはうーんと唸った。
なにものにも優しい彼女の性格からして、できることなら負傷者を抑えることを優先的に考えてしまうのは仕方がない。しかし、そんなことが簡単にできるか、リムネラになにかできることがあるのかと言えば――そこは未知数なのが現状だ。
リムネラは巫女である。戦闘能力というものを基本的に彼女自身は持っていない。いや、持っていてもそれを攻撃的な行動で発揮するつもりはない。そもそも大霊堂の立場は人間側ではあるが特に肩入れをするという対象のない、いわゆる中立的な立場を取っている。ユニオンリーダーとして派遣されたリムネラとて、その点は同じだ。
それでも、見知った者達が危機を迎えているのであれば。
それは助けたいというのが、人情と言うことだろう。
と、リムネラは思い出した。
「……謳(うた)デス」
大霊堂の巫女のなかで、密やかに口伝されている、『謳』。これを知っているのは大巫女とそれに近い立場にある少数の巫女だけだが、その中に仲間を鼓舞し、幻獣達の力をほんの僅かだが底上げする――そんなものも存在する。
滅多に謳われることのないものなので、彼女自身も忘れていたが、たしかに存在するのだ。
ソレを使えば、リムネラも力を貸すことができる――彼女の頬はわずかに赤く染まった。
「ジーク! 急いで人を集めてくだサイ! ユキウサギ達の住む『おばけクルミの里』の近くで、謳の儀式を行ないマス! ソレを手伝ってくれる人を、大至急!」
その言葉に、補佐役のジークが慌ててこくりと頷く。
――自分にも、できることは、ある。
リムネラは胸を高鳴らせながら、小さく頷いて見せた。
――冒険都市リゼリオ。
ツキウサギたちの騒動は、当然ながら辺境ユニオン・ガーディナの耳にも届いている。
ガーディナという場所は辺境におけるハンターたちのサポートを主としており、部族や巫女、辺境に生息する幻獣の情報もカバーして、ハンターたちへのフォローを促す訳を背負っているのだ。
だからこそ今回の話も、当然ながら伝わっていた。
「……でも、バタルトゥマデもが巻き込まれているとナルと……状況は、かなり危険デスね」
ガーディナのリーダー・リムネラ(kz0018)は、そう言ってため息をつく。
今回の問題点のひとつは、そこだ。
部族会議の代表たるバタルトゥ・オイマト(kz0023)や、自称ではあるが幻獣王、大霊堂に住まう大幻獣チューダまでもが巻き込まれている。
歪虚コーリアスによる攻撃なのだから、ハンターがでてしかるべき状況には間違いない。しかし、リムネラはうーんと唸った。
なにものにも優しい彼女の性格からして、できることなら負傷者を抑えることを優先的に考えてしまうのは仕方がない。しかし、そんなことが簡単にできるか、リムネラになにかできることがあるのかと言えば――そこは未知数なのが現状だ。
リムネラは巫女である。戦闘能力というものを基本的に彼女自身は持っていない。いや、持っていてもそれを攻撃的な行動で発揮するつもりはない。そもそも大霊堂の立場は人間側ではあるが特に肩入れをするという対象のない、いわゆる中立的な立場を取っている。ユニオンリーダーとして派遣されたリムネラとて、その点は同じだ。
それでも、見知った者達が危機を迎えているのであれば。
それは助けたいというのが、人情と言うことだろう。
と、リムネラは思い出した。
「……謳(うた)デス」
大霊堂の巫女のなかで、密やかに口伝されている、『謳』。これを知っているのは大巫女とそれに近い立場にある少数の巫女だけだが、その中に仲間を鼓舞し、幻獣達の力をほんの僅かだが底上げする――そんなものも存在する。
滅多に謳われることのないものなので、彼女自身も忘れていたが、たしかに存在するのだ。
ソレを使えば、リムネラも力を貸すことができる――彼女の頬はわずかに赤く染まった。
「ジーク! 急いで人を集めてくだサイ! ユキウサギ達の住む『おばけクルミの里』の近くで、謳の儀式を行ないマス! ソレを手伝ってくれる人を、大至急!」
その言葉に、補佐役のジークが慌ててこくりと頷く。
――自分にも、できることは、ある。
リムネラは胸を高鳴らせながら、小さく頷いて見せた。
リプレイ本文
●
――静かな夜。
星々が煌めき、静かに上弦から膨らみはじめた月が見下ろしている。
ハンターたち、そして彼らの護衛対象でもある巫女――『ガーディナ』リーダーのリムネラ(kz0018)は、幻獣の森とおばけクルミの里の中間近くにある静かな草原にいた。
風が吹けば、額の汗もすっと引いていく。
(ああ、もう夏も終わり……秋、なんですね……風が、冷たい)
そんなことを思いつつ、天央 観智(ka0896)はそっとリムネラを見つめる。もともと科学者気質の観智にとって、クリムゾンウェストの事象はどれも興味深いものばかり。この、『謳』というのもそうだ。
(どうか、この儀式というものが上手くいき、そして……みんなが無事でありますよう)
手伝えることがどれだけあるか判らない、その状態で青年はこくりと唾を飲む。
いっぽう、ハンターを前にした、リムネラの顔はわずかに緊張ゆえか引き締まっていた――これから行われる『儀式』というものの重要性が、その表情からもうかがわれる。
少年の面影をまだ残したリュー・グランフェスト(ka2419)は、自身も楽器を操ることを好むことがあり、興味津々だ。
「へぇ……そんなもんもあるんだな。効果ももちろんだけど、どんなメロディーかとか、そういうのも気になるな」
目を輝かせて、胸を高鳴らせて。無論自分たちの本分はリムネラの護衛や援護、と言うことなのだが、それだけにすませたくない気持ちが表情の端々から受け取れる。
仲間を思い、それを形にしようとする行動は尊いものだ。だからこそ、敵の好機にしてはならない。――災厄や事故などを未然に防ぐのが、ハンターの役目なのだから。
「謳、ですか。詳しいことは判りませんが、少しでも味方の助けとなれればいいのですが……それ以上に、リムネラさんの気持ちも無駄にしたくないですし、ね」
そう呟いてみせるのはエルバッハ・リオン(ka2434)、彼女も観智や他のハンターたちと同じく、以前からガーディナ関連の依頼に何かと手を貸してくれているハンターの一人である。
「あ、私も気になります! リアルブルーの巫女として、この世界の巫女の儀式に、純粋に興味があって……!」
そう目を輝かせるのは、この世界で魔術師の修行を積んでいる少女、七夜・真夕(ka3977)だ。異世界とはいえ「巫女」と呼ばれる存在に興味を抱くのは、同業者だからなのだろう。
「……この謳ハ、周囲のマテリアルを浄化シテ、相対的に幻獣達の補助をすることを目的にしてイマス。……夜煌祭の謳にモ、ソウイウ意味では似ていマス……ケレド、特化させる部分が異なるのデス」
リムネラはその言葉に応えるように、ふわりと笑う。
夜煌祭の謳。その言葉に、聞き覚えのあるものは恐らく少なくはないであろう。
大規模な戦闘のあとなどに行われる、負のマテリアルの昇華を目的とした巫女の祭祀、それが夜煌祭だ。たしかに以前、夜煌祭でリムネラは歌い踊り、そしてトランス状態に陥ったと記録に残されている。
その上で、今回の謳というのはそんな夜煌祭で披露される謳に近いけれど異なる――それでいて、巫女の中では一部のものにしか口伝されていなかったという。それにはいったいどれだけの価値があるのだろう。真由は胸を高鳴らせる。この世界には大事な人がいる、だからこそ自分も祈りたいのだ、この世界の安寧を。
また、そんな謳に知的好奇心からの興味を抱くものも、当然ながらいる。
鵤(ka3319)が、そのいい例だ。
(謳、ねぇ……ま、なかなか役得じゃないの?)
にやにやと笑いながら、彼は視線を手元に落とす。もっているのはPDA、それにルーンタブレット。どちらも記録媒体となり得る端末だ。歌詞を記録したいという狙いで持参してきたが――
夜煌祭の謳もそうなのだが、それらは現在のクリムゾンウェストで扱われているどの言語とも異なるものなのである。言ってみれば巫女にのみ遺された特殊な技術であり、それを今の言語で表記するのは困難限りない、といえるだろう。また、たとえその旋律を記録出来たとしても、その意味を解読するのは不可能に近いのが現実である。
「モトモト、幻獣ユキウサギには特殊な結界術がアル、と大霊堂にいた頃、聞いたことがあるのデス。名前は……確か、『月天神法』」
『月天神法』――耳慣れぬ単語に、ハンターたちは首をかしげる。
「ワタシの謳の目的ハ、おばけクルミの里の周囲のマテリアルを浄化するコトによって、ソノ『月天神法』の相対的な補助をスルことにナリマス。……皆サン、よろしくお願いシマス」
リムネラの口から出た言葉は想定の範囲内だろうか、その外だっただろうか。それはハンターたちにしかわかり得ないことだ。しかし、その言葉に鵤はにやりと笑って頷いた。
まさか、幻獣ユキウサギにそんな隠れた能力があるとは。
「で、俺たちの行動は周辺を適当に見張ったり、儀式の準備の手伝いだよな? 陣を描いたり清めの儀をしたり、その辺りがあればかるぅく手伝えるってもんだ。なぁ?」
ふだんからなにかと図面を描いたりしている彼としては、手伝えることはどんどん手伝いたい、と言うことらしい。
リムネラは、そんな申し出に感謝の言葉を述べた。
●
「ところでリムネラさん、謳が夜煌祭のものに似ていると言うことなら、ささやかでもハーモニーを奏でることで、祈りの手伝いはできませんか?」
そう申し出たのは明王院 穂香(ka5647)、彼女もリムネラと同じく聖導士である。大家族で育ってきた影響もあるのだろう、他の人にも愛情を注げる思いやりをもった女性だ。実の両親の影響も、少なくないに違いない。
リムネラは一瞬目を丸くして、しかしその申し出に笑顔で是と応えた。
「ワタシも、試したことはアリマセン。でも、ひとりよりふたりのホウが、きっと力は増幅されますカラ」
流石にリムネラが口伝されたものをそのまま教えるわけにはいかないが、メロディライン自体は夜煌祭のものに近いので、それを取り急ぎ教える。多少なりとも音感に自信のある穂香は、教わった夜煌祭の謳のハーモニーを軽く口ずさんで見せた。リムネラも、そのできばえに目を丸くさせ、そして嬉しそうに微笑む。
「ソノ調子です。コノ儀式、手伝ってくれる人がイルのが、トテモ嬉しいデス……どうか、お願いシマス」
リムネラの言葉に、穂香も小さく微笑み返す。
「あと、……これが効果をなすかは判らないのですが、少しでも足しになれば、と……あと、謳も。可能ならば手伝わせてください」
全力でサポートさせていただきます、と深く礼をして来たのは黒髪も艶やかなエルフの符術師、夜桜 奏音(ka5754)。符術師として持てる能力――占術や禹歩といったスキルをつかっての補助を考えているらしい。無論それがリムネラの謳に直接的な作用を及ぼすわけではないのだが、そう言った事前の準備を怠ることで成功率が下がるというのなら、今はどんな些細な手段にでも縋りたい思いはある。彼女の申し出を快く受け入れ、儀式に最適な場所や布陣を築いていく。
それに、と奏音は言葉を続ける。
「時間も押していますし……、手早く準備を終えたいところですね」
見れば月はだいぶん傾いている。夜に行う儀式であっという間に明け方になってしまうのは本末転倒もきわまりない。
そもそも、今回の騒動は緊急性を有した依頼には違いなかった。今回問題となっている幻獣ユキウサギ達の住まう『おばけクルミの里』には今もバタルトゥ・オイマトや幻獣王チューダ、それに大幻獣のひとりであるツキウサギなどがいて、その里に攻撃がくだされるであろう時まで、時間も僅かしかない。彼らを無事に助けるためにも、この儀式で『月天神法』とやらを補強する意義はたしかに存在する。見知った仲間たちが今にもさらされるであろう攻撃に耐えうるだけの結界ならば、それを補助したくなるのは道理というものだ。
「他に手伝えることはありますか?」
観智が尋ねると、リムネラは
「……ソレでは、火を」
そう言った。おそらくは夜煌祭と同じく、そういう番が本当はいたほうが望ましいのだろう。炎はヒトと同じように生きているという認識をすることは、リアルブルーの何処かにもそんな伝承が残されている。炎とはつまりそれがあるだけで純粋なマテリアルの活性化を促すことが可能な存在とも言えるのだ。無論、それは各自の信仰とも密接に関係してくるが。
「それでは、儀式のサポートに回る人はそちらを中心に。時間ごとの交代制で、周辺の警戒を致すことにしますわ」
命短し恋せよ乙女、そんな言葉のよく似合う黒髪に翡翠のような瞳をもった樋口 霰(ka6443)が、そう言ってこっくりと頷いた。ちなみに彼女、色んな意味で開けっぴろげな性格らしく、今回は以前依頼で同行した経験のある鵤にウィンクを送ったりしている。どちらかというと享楽主義、という言葉の似合う霰だが、それでも曲がりなりにもハンター、気を引き締めるときはきちんとわきまえている。
「もし何かあったら、トランシーバーで情報交換だな」
リューがそう言って笑う。ハンターたちの手には、なるほどたしかにトランシーバー。今回のために準備してきていたのだという。
警戒ポイントを決め、また巡回出来るようなローテーションも話し合った。
あとは――儀式を無事に終えるだけだ。
●
蜂蜜色の髪が、風に揺れる。
白い巫女装束が、さらさらと衣擦れの音を立てる。
リムネラは今、ひとりで陣の中央に立っていた。
幾何学的な模様にも見える陣は、鵤が既に写真に収めてある。情報記録端末も近くにおいて、せめてメロディを記録しようという目算らしい。
「♪~♪~♪~」
陣のすぐ脇に控えているのは奏音。
彼女は先ほど教えてもらった夜煌祭の謳の旋律を、ハーモニーとしてリムネラの謳に重ねていく役目なのだ。
そして、奏音と対になる位置に座って炎をじっと見つめているのが観智である。燃えすぎないよう、そして同時に燃えなさすぎないよう、その番をする役目だ。
そんな中でリムネラはとん、とん、とん、と足をゆっくり動かす。そして、伸びやかな声で歌い始めた。いや、それは『謳の詠唱』というほうが相応しいだろう。文字には起こせないその複雑な旋律は、リアルブルーの民族音楽と呼ばれる類に近いものだった。
どこの地域のもの、と具体的に表わすのは難しい。様々な音楽を融合させたような、それでいて不快にならない不思議なメロディライン。
それを口ずさみながら、リムネラはゆるゆると舞い踊る。決して激しいものではない。
陣の近くで警戒に当たっている霰や鵤、エルバッハたちにもその歌声は響いていく。ふつう夜なのだから眠くなるであろうに、その歌声などに鼓舞されているのだろうか、目はいっそう冴え冴えとしてくる。
念には念を入れて事前に周囲を確認していたことも有り、そうそう敵対存在につけいられることはないだろうが、万が一、と言うこともある。決して気を抜くわけにはいかない。
ハンターたちは手にしやすい場所にトランシーバーを各自所持している。もしものことがあればすぐに連絡を取れるように、と言うことからの配慮であるが、できれば使うことのないままでいたいと思うのは誰もが感じている。
と、叢が不自然に揺れた。
「!?」
はっと、巡回中だったリューとエルバッハが戦闘準備態勢に入ろうとする。
しかし、
――チチッ。
そんな鳴き声とともにかさこそと草の隙間から顔を出したのは愛らしいネズミたちだ。
初めはそんな小動物にも警戒をしていたが、気付けばそんな小動物たちもちらほらと顔を出している。安心出来る環境のしるし、なのかも知れない。
(でもこの旋律……これはいわゆる、一種の、儀式魔法……なんですかね? なかなか興味深い……まあ、異物が混入して失敗でもしたら目もあてられないので、マテリアルとしては見せてもらうだけ……としますけれど)
そして、そんな謳を聴きながらそんなことをつい考えてしまう観智。やはり根っからの研究者根性は筋金入りだ。
(あとで、鵤さんに記録媒体をコピーさせて貰えるか聞いてみましょうか)
そう思いながら、口元をわずかに綻ばせた。
●
儀式が始まって、一時間半ほどが経過しただろうか。
瞬間的に、周囲のマテリアルの、雰囲気が変わった。
もしマテリアルに視認出来るような『色』がついていれば、それは如実にわかるくらいの、そんな変化だった。
負から、正へ。あるべき姿へ。
奏音と交替してハーモニーを奏でていた穂香も、マテリアルの質の変化に驚きを隠せない。
(ここまで、変わるものなんですね……)
リムネラの謳と舞、そしてそれに続くように奏でる穂香のハーモニー。
それらがまるでタペストリかなにかのように、寄り集まりそしてひとつの『魔法』かなにかのように昇華されていく。リムネラの声はますます高く強く、トランス状態に入っているのが傍目にもわかる。
長い髪を振り乱して一心不乱に謳い、踊るさまは、まさに『巫女』という言葉に相応しい姿にも思えた。
リムネラの顔に疲労の色が浮かぶ。それだけ巫女に負担がかかっているのだろう。 リムネラの儀式、そしてあらかじめ奏音らが注意を払い続けていたこともあって、負のマテリアルをそなえた存在――弱い歪虚や雑魔と言った類が簡単に入り込む隙はほぼ皆無だといえる。そう考えてみると、準備を周到に行うことの大切さが、しみじみとわかる。
静かな初秋、周囲にしみこむかのようなリムネラの謳はたとえて言うならば、乾いた大地に降り注ぐ優しい雨。その謳の届く限り、マテリアルは浄化され、そして力を増していくのがわかる。
「儀式は、成功しているようですね」
傍目にもわかる、大地の活力――マテリアルの美しさ。
「素敵な謳ね……」
その意味を知ることは難しい。しかしその美しさは、理解出来る。真夕はリムネラを真似てステップを踏みながら、そんなことをしみじみと思う。
――やがて、静寂が訪れた。
儀式が終わったのだ。
一瞬の沈黙を打ち破ったのは、リューの言葉だった。
「お疲れさま。俺も心の中で祈らせてもらったぜ」
リムネラはふっと顔を上げて、嬉しそうに頷いた。
「キット、コレデ……ユキウサギ達の、助けになりマス」
リムネラはそう小さく囁いて微笑む。その笑みは――達成感に溢れていた。
そしてハンターたちも、そんな彼女の顔を見て、似たような笑顔を浮かべるのだった。
――静かな夜。
星々が煌めき、静かに上弦から膨らみはじめた月が見下ろしている。
ハンターたち、そして彼らの護衛対象でもある巫女――『ガーディナ』リーダーのリムネラ(kz0018)は、幻獣の森とおばけクルミの里の中間近くにある静かな草原にいた。
風が吹けば、額の汗もすっと引いていく。
(ああ、もう夏も終わり……秋、なんですね……風が、冷たい)
そんなことを思いつつ、天央 観智(ka0896)はそっとリムネラを見つめる。もともと科学者気質の観智にとって、クリムゾンウェストの事象はどれも興味深いものばかり。この、『謳』というのもそうだ。
(どうか、この儀式というものが上手くいき、そして……みんなが無事でありますよう)
手伝えることがどれだけあるか判らない、その状態で青年はこくりと唾を飲む。
いっぽう、ハンターを前にした、リムネラの顔はわずかに緊張ゆえか引き締まっていた――これから行われる『儀式』というものの重要性が、その表情からもうかがわれる。
少年の面影をまだ残したリュー・グランフェスト(ka2419)は、自身も楽器を操ることを好むことがあり、興味津々だ。
「へぇ……そんなもんもあるんだな。効果ももちろんだけど、どんなメロディーかとか、そういうのも気になるな」
目を輝かせて、胸を高鳴らせて。無論自分たちの本分はリムネラの護衛や援護、と言うことなのだが、それだけにすませたくない気持ちが表情の端々から受け取れる。
仲間を思い、それを形にしようとする行動は尊いものだ。だからこそ、敵の好機にしてはならない。――災厄や事故などを未然に防ぐのが、ハンターの役目なのだから。
「謳、ですか。詳しいことは判りませんが、少しでも味方の助けとなれればいいのですが……それ以上に、リムネラさんの気持ちも無駄にしたくないですし、ね」
そう呟いてみせるのはエルバッハ・リオン(ka2434)、彼女も観智や他のハンターたちと同じく、以前からガーディナ関連の依頼に何かと手を貸してくれているハンターの一人である。
「あ、私も気になります! リアルブルーの巫女として、この世界の巫女の儀式に、純粋に興味があって……!」
そう目を輝かせるのは、この世界で魔術師の修行を積んでいる少女、七夜・真夕(ka3977)だ。異世界とはいえ「巫女」と呼ばれる存在に興味を抱くのは、同業者だからなのだろう。
「……この謳ハ、周囲のマテリアルを浄化シテ、相対的に幻獣達の補助をすることを目的にしてイマス。……夜煌祭の謳にモ、ソウイウ意味では似ていマス……ケレド、特化させる部分が異なるのデス」
リムネラはその言葉に応えるように、ふわりと笑う。
夜煌祭の謳。その言葉に、聞き覚えのあるものは恐らく少なくはないであろう。
大規模な戦闘のあとなどに行われる、負のマテリアルの昇華を目的とした巫女の祭祀、それが夜煌祭だ。たしかに以前、夜煌祭でリムネラは歌い踊り、そしてトランス状態に陥ったと記録に残されている。
その上で、今回の謳というのはそんな夜煌祭で披露される謳に近いけれど異なる――それでいて、巫女の中では一部のものにしか口伝されていなかったという。それにはいったいどれだけの価値があるのだろう。真由は胸を高鳴らせる。この世界には大事な人がいる、だからこそ自分も祈りたいのだ、この世界の安寧を。
また、そんな謳に知的好奇心からの興味を抱くものも、当然ながらいる。
鵤(ka3319)が、そのいい例だ。
(謳、ねぇ……ま、なかなか役得じゃないの?)
にやにやと笑いながら、彼は視線を手元に落とす。もっているのはPDA、それにルーンタブレット。どちらも記録媒体となり得る端末だ。歌詞を記録したいという狙いで持参してきたが――
夜煌祭の謳もそうなのだが、それらは現在のクリムゾンウェストで扱われているどの言語とも異なるものなのである。言ってみれば巫女にのみ遺された特殊な技術であり、それを今の言語で表記するのは困難限りない、といえるだろう。また、たとえその旋律を記録出来たとしても、その意味を解読するのは不可能に近いのが現実である。
「モトモト、幻獣ユキウサギには特殊な結界術がアル、と大霊堂にいた頃、聞いたことがあるのデス。名前は……確か、『月天神法』」
『月天神法』――耳慣れぬ単語に、ハンターたちは首をかしげる。
「ワタシの謳の目的ハ、おばけクルミの里の周囲のマテリアルを浄化するコトによって、ソノ『月天神法』の相対的な補助をスルことにナリマス。……皆サン、よろしくお願いシマス」
リムネラの口から出た言葉は想定の範囲内だろうか、その外だっただろうか。それはハンターたちにしかわかり得ないことだ。しかし、その言葉に鵤はにやりと笑って頷いた。
まさか、幻獣ユキウサギにそんな隠れた能力があるとは。
「で、俺たちの行動は周辺を適当に見張ったり、儀式の準備の手伝いだよな? 陣を描いたり清めの儀をしたり、その辺りがあればかるぅく手伝えるってもんだ。なぁ?」
ふだんからなにかと図面を描いたりしている彼としては、手伝えることはどんどん手伝いたい、と言うことらしい。
リムネラは、そんな申し出に感謝の言葉を述べた。
●
「ところでリムネラさん、謳が夜煌祭のものに似ていると言うことなら、ささやかでもハーモニーを奏でることで、祈りの手伝いはできませんか?」
そう申し出たのは明王院 穂香(ka5647)、彼女もリムネラと同じく聖導士である。大家族で育ってきた影響もあるのだろう、他の人にも愛情を注げる思いやりをもった女性だ。実の両親の影響も、少なくないに違いない。
リムネラは一瞬目を丸くして、しかしその申し出に笑顔で是と応えた。
「ワタシも、試したことはアリマセン。でも、ひとりよりふたりのホウが、きっと力は増幅されますカラ」
流石にリムネラが口伝されたものをそのまま教えるわけにはいかないが、メロディライン自体は夜煌祭のものに近いので、それを取り急ぎ教える。多少なりとも音感に自信のある穂香は、教わった夜煌祭の謳のハーモニーを軽く口ずさんで見せた。リムネラも、そのできばえに目を丸くさせ、そして嬉しそうに微笑む。
「ソノ調子です。コノ儀式、手伝ってくれる人がイルのが、トテモ嬉しいデス……どうか、お願いシマス」
リムネラの言葉に、穂香も小さく微笑み返す。
「あと、……これが効果をなすかは判らないのですが、少しでも足しになれば、と……あと、謳も。可能ならば手伝わせてください」
全力でサポートさせていただきます、と深く礼をして来たのは黒髪も艶やかなエルフの符術師、夜桜 奏音(ka5754)。符術師として持てる能力――占術や禹歩といったスキルをつかっての補助を考えているらしい。無論それがリムネラの謳に直接的な作用を及ぼすわけではないのだが、そう言った事前の準備を怠ることで成功率が下がるというのなら、今はどんな些細な手段にでも縋りたい思いはある。彼女の申し出を快く受け入れ、儀式に最適な場所や布陣を築いていく。
それに、と奏音は言葉を続ける。
「時間も押していますし……、手早く準備を終えたいところですね」
見れば月はだいぶん傾いている。夜に行う儀式であっという間に明け方になってしまうのは本末転倒もきわまりない。
そもそも、今回の騒動は緊急性を有した依頼には違いなかった。今回問題となっている幻獣ユキウサギ達の住まう『おばけクルミの里』には今もバタルトゥ・オイマトや幻獣王チューダ、それに大幻獣のひとりであるツキウサギなどがいて、その里に攻撃がくだされるであろう時まで、時間も僅かしかない。彼らを無事に助けるためにも、この儀式で『月天神法』とやらを補強する意義はたしかに存在する。見知った仲間たちが今にもさらされるであろう攻撃に耐えうるだけの結界ならば、それを補助したくなるのは道理というものだ。
「他に手伝えることはありますか?」
観智が尋ねると、リムネラは
「……ソレでは、火を」
そう言った。おそらくは夜煌祭と同じく、そういう番が本当はいたほうが望ましいのだろう。炎はヒトと同じように生きているという認識をすることは、リアルブルーの何処かにもそんな伝承が残されている。炎とはつまりそれがあるだけで純粋なマテリアルの活性化を促すことが可能な存在とも言えるのだ。無論、それは各自の信仰とも密接に関係してくるが。
「それでは、儀式のサポートに回る人はそちらを中心に。時間ごとの交代制で、周辺の警戒を致すことにしますわ」
命短し恋せよ乙女、そんな言葉のよく似合う黒髪に翡翠のような瞳をもった樋口 霰(ka6443)が、そう言ってこっくりと頷いた。ちなみに彼女、色んな意味で開けっぴろげな性格らしく、今回は以前依頼で同行した経験のある鵤にウィンクを送ったりしている。どちらかというと享楽主義、という言葉の似合う霰だが、それでも曲がりなりにもハンター、気を引き締めるときはきちんとわきまえている。
「もし何かあったら、トランシーバーで情報交換だな」
リューがそう言って笑う。ハンターたちの手には、なるほどたしかにトランシーバー。今回のために準備してきていたのだという。
警戒ポイントを決め、また巡回出来るようなローテーションも話し合った。
あとは――儀式を無事に終えるだけだ。
●
蜂蜜色の髪が、風に揺れる。
白い巫女装束が、さらさらと衣擦れの音を立てる。
リムネラは今、ひとりで陣の中央に立っていた。
幾何学的な模様にも見える陣は、鵤が既に写真に収めてある。情報記録端末も近くにおいて、せめてメロディを記録しようという目算らしい。
「♪~♪~♪~」
陣のすぐ脇に控えているのは奏音。
彼女は先ほど教えてもらった夜煌祭の謳の旋律を、ハーモニーとしてリムネラの謳に重ねていく役目なのだ。
そして、奏音と対になる位置に座って炎をじっと見つめているのが観智である。燃えすぎないよう、そして同時に燃えなさすぎないよう、その番をする役目だ。
そんな中でリムネラはとん、とん、とん、と足をゆっくり動かす。そして、伸びやかな声で歌い始めた。いや、それは『謳の詠唱』というほうが相応しいだろう。文字には起こせないその複雑な旋律は、リアルブルーの民族音楽と呼ばれる類に近いものだった。
どこの地域のもの、と具体的に表わすのは難しい。様々な音楽を融合させたような、それでいて不快にならない不思議なメロディライン。
それを口ずさみながら、リムネラはゆるゆると舞い踊る。決して激しいものではない。
陣の近くで警戒に当たっている霰や鵤、エルバッハたちにもその歌声は響いていく。ふつう夜なのだから眠くなるであろうに、その歌声などに鼓舞されているのだろうか、目はいっそう冴え冴えとしてくる。
念には念を入れて事前に周囲を確認していたことも有り、そうそう敵対存在につけいられることはないだろうが、万が一、と言うこともある。決して気を抜くわけにはいかない。
ハンターたちは手にしやすい場所にトランシーバーを各自所持している。もしものことがあればすぐに連絡を取れるように、と言うことからの配慮であるが、できれば使うことのないままでいたいと思うのは誰もが感じている。
と、叢が不自然に揺れた。
「!?」
はっと、巡回中だったリューとエルバッハが戦闘準備態勢に入ろうとする。
しかし、
――チチッ。
そんな鳴き声とともにかさこそと草の隙間から顔を出したのは愛らしいネズミたちだ。
初めはそんな小動物にも警戒をしていたが、気付けばそんな小動物たちもちらほらと顔を出している。安心出来る環境のしるし、なのかも知れない。
(でもこの旋律……これはいわゆる、一種の、儀式魔法……なんですかね? なかなか興味深い……まあ、異物が混入して失敗でもしたら目もあてられないので、マテリアルとしては見せてもらうだけ……としますけれど)
そして、そんな謳を聴きながらそんなことをつい考えてしまう観智。やはり根っからの研究者根性は筋金入りだ。
(あとで、鵤さんに記録媒体をコピーさせて貰えるか聞いてみましょうか)
そう思いながら、口元をわずかに綻ばせた。
●
儀式が始まって、一時間半ほどが経過しただろうか。
瞬間的に、周囲のマテリアルの、雰囲気が変わった。
もしマテリアルに視認出来るような『色』がついていれば、それは如実にわかるくらいの、そんな変化だった。
負から、正へ。あるべき姿へ。
奏音と交替してハーモニーを奏でていた穂香も、マテリアルの質の変化に驚きを隠せない。
(ここまで、変わるものなんですね……)
リムネラの謳と舞、そしてそれに続くように奏でる穂香のハーモニー。
それらがまるでタペストリかなにかのように、寄り集まりそしてひとつの『魔法』かなにかのように昇華されていく。リムネラの声はますます高く強く、トランス状態に入っているのが傍目にもわかる。
長い髪を振り乱して一心不乱に謳い、踊るさまは、まさに『巫女』という言葉に相応しい姿にも思えた。
リムネラの顔に疲労の色が浮かぶ。それだけ巫女に負担がかかっているのだろう。 リムネラの儀式、そしてあらかじめ奏音らが注意を払い続けていたこともあって、負のマテリアルをそなえた存在――弱い歪虚や雑魔と言った類が簡単に入り込む隙はほぼ皆無だといえる。そう考えてみると、準備を周到に行うことの大切さが、しみじみとわかる。
静かな初秋、周囲にしみこむかのようなリムネラの謳はたとえて言うならば、乾いた大地に降り注ぐ優しい雨。その謳の届く限り、マテリアルは浄化され、そして力を増していくのがわかる。
「儀式は、成功しているようですね」
傍目にもわかる、大地の活力――マテリアルの美しさ。
「素敵な謳ね……」
その意味を知ることは難しい。しかしその美しさは、理解出来る。真夕はリムネラを真似てステップを踏みながら、そんなことをしみじみと思う。
――やがて、静寂が訪れた。
儀式が終わったのだ。
一瞬の沈黙を打ち破ったのは、リューの言葉だった。
「お疲れさま。俺も心の中で祈らせてもらったぜ」
リムネラはふっと顔を上げて、嬉しそうに頷いた。
「キット、コレデ……ユキウサギ達の、助けになりマス」
リムネラはそう小さく囁いて微笑む。その笑みは――達成感に溢れていた。
そしてハンターたちも、そんな彼女の顔を見て、似たような笑顔を浮かべるのだった。
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/09/09 23:56:41 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/09/09 20:00:23 |