ゲスト
(ka0000)
【夜煌】輝く月に祈り込めて
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/22 22:00
- 完成日
- 2014/09/28 22:32
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●伝統復活の兆し
ラッツィオ島の戦いも収束した頃、辺境は再び活性化しつつあった。
ここ数年、途絶えていた平安を願う祭事……『夜煌祭』の話が持ち上がったのだ。
数日のうちにその話は商人や部族間を伝い、辺境内の各所へと届いていく。
祭りに呼応するように、ここでも新たな動きが出たようだった――
●
「――いよいよ、夜煌祭もクライマックス、でスね……ッ!」
美しい、満月の夜。とうとう迫ってきた本番を前に緊張した面持ちでそんなことをつぶやいているのは、辺境ユニオン『ガーディナ』のリーダーにして大霊堂の巫女・リムネラ(kz0018)だ。普段から白い衣装を身に着けていることの多い彼女だが、今日は質素ながらも美しい、白いゆったりとしたローブを身にまとっていた。それがこの夜――そう、『夜煌祭』における巫女の正装なのだ。
満ちた月の持つ解放の力と大精霊の力を借り夜を徹して負のマテリアルを浄化する、それが夜煌祭の儀式。
しかし己の力で何年も途絶えていた『夜煌祭』を執り行う――それはなんと責任の重いことか。
本来なら多くの巫女の手をもって行うものだが、現在その知識を正しく用いることのできる巫女はリムネラのほか殆どいないと言っていい。
――大霊堂は、その道を閉ざされてしまっているのだから。
●
ぶるり、とリムネラはわずかに震えた。
夜煌祭は前述のとおり、本来ならば多くの巫女の力を借りて執り行う、辺境でも随一の祭。大精霊に意識をつなげ、その意図を伝えてマテリアルの浄化をするためのもの。
しかし、やはり知識と実践ではまったく異なる。更に、ひとりでそのような大掛かりな儀式を行えば、当然ながら心身の消耗が激しい――と聞いている。命の危険が生じるとも。それを知っているのだから、緊張しないわけがない。
精進潔斎をして身を清め、正装に身を包んでも、身体の震えは止まらない。
弱音を吐きたくはないが、やはり怖いのだ。気づかぬうちに、喉がカラカラになっていることに気がついた。
「……ダから、お願いがあるのでス」
リムネラは集まってくれたハンターたちを前に、言葉を続ける。その言葉遣いも緊張しているせいか、いつもよりもゆっくりと、そして丁寧だ。
「わタしひとりでは、この祭を成功させるのは難しいと思うのでス。ソコで、皆サンのチカラをお借りしたいのでス。この儀式の場で大切なのは、聖なる炎と祈りの力。ですかラ、もえ盛る火をたやさないようにするための番人であル『炎番』が必要なのでス。そレと、この『祈り手』――『コトホギの言葉』をともにとなエ、そして祈る仲間も必要でス。どうか、手を貸してくれませんカ……?」
彼女の声は、いつにもまして真剣そのものだった。
ラッツィオ島の戦いも収束した頃、辺境は再び活性化しつつあった。
ここ数年、途絶えていた平安を願う祭事……『夜煌祭』の話が持ち上がったのだ。
数日のうちにその話は商人や部族間を伝い、辺境内の各所へと届いていく。
祭りに呼応するように、ここでも新たな動きが出たようだった――
●
「――いよいよ、夜煌祭もクライマックス、でスね……ッ!」
美しい、満月の夜。とうとう迫ってきた本番を前に緊張した面持ちでそんなことをつぶやいているのは、辺境ユニオン『ガーディナ』のリーダーにして大霊堂の巫女・リムネラ(kz0018)だ。普段から白い衣装を身に着けていることの多い彼女だが、今日は質素ながらも美しい、白いゆったりとしたローブを身にまとっていた。それがこの夜――そう、『夜煌祭』における巫女の正装なのだ。
満ちた月の持つ解放の力と大精霊の力を借り夜を徹して負のマテリアルを浄化する、それが夜煌祭の儀式。
しかし己の力で何年も途絶えていた『夜煌祭』を執り行う――それはなんと責任の重いことか。
本来なら多くの巫女の手をもって行うものだが、現在その知識を正しく用いることのできる巫女はリムネラのほか殆どいないと言っていい。
――大霊堂は、その道を閉ざされてしまっているのだから。
●
ぶるり、とリムネラはわずかに震えた。
夜煌祭は前述のとおり、本来ならば多くの巫女の力を借りて執り行う、辺境でも随一の祭。大精霊に意識をつなげ、その意図を伝えてマテリアルの浄化をするためのもの。
しかし、やはり知識と実践ではまったく異なる。更に、ひとりでそのような大掛かりな儀式を行えば、当然ながら心身の消耗が激しい――と聞いている。命の危険が生じるとも。それを知っているのだから、緊張しないわけがない。
精進潔斎をして身を清め、正装に身を包んでも、身体の震えは止まらない。
弱音を吐きたくはないが、やはり怖いのだ。気づかぬうちに、喉がカラカラになっていることに気がついた。
「……ダから、お願いがあるのでス」
リムネラは集まってくれたハンターたちを前に、言葉を続ける。その言葉遣いも緊張しているせいか、いつもよりもゆっくりと、そして丁寧だ。
「わタしひとりでは、この祭を成功させるのは難しいと思うのでス。ソコで、皆サンのチカラをお借りしたいのでス。この儀式の場で大切なのは、聖なる炎と祈りの力。ですかラ、もえ盛る火をたやさないようにするための番人であル『炎番』が必要なのでス。そレと、この『祈り手』――『コトホギの言葉』をともにとなエ、そして祈る仲間も必要でス。どうか、手を貸してくれませんカ……?」
彼女の声は、いつにもまして真剣そのものだった。
リプレイ本文
●
夜煌祭当日、まもなく濃紺の夜の帳が下りる頃。
リムネラ(kz0018)と、彼女に請われて儀式に参加する覚醒者たちは、各々の胸に様々な思いを抱いていた。
(負のマテリアルを浄化する……歪虚の跋扈するこの世界では、そんな祭が興るのも必然なのかもしれません)
どこか憂いある色を氷蒼色の瞳にたたえているのはリアルブルー出身、年齢よりも大人びた雰囲気を持つ少女、摩耶(ka0362)。これまでにスケジュール表を綿密に作って各人の担当などをきっちり管理していた彼女であるが、ちらりと今回の依頼主たるリムネラを見て緊張に震えた。
リムネラの表情というのも、いつもはいきいきと輝いている黄金色の瞳がどこかくすんだような、そんな印象を受けた。大霊堂の巫女という立場にある彼女としては、この儀式を過たずきちんと終わらせねばならない――リムネラの意識はそこに集中している。
と、そこに語りかけたのはレイフェン=ランパード(ka0536)。その本性に抗いたいと思いながら生きる彼だからこそなのか、出来る限り軽口を叩くような口調でさらりと言う。
「あのさ。誰かの代わりとか、何それの務め、とかじゃなくて。自分が、自分だからこそできる精一杯をやるって考えたらどうかな。僕はそうしてる。……自分が自分であることからは逃れられないと思ったから……」
しかしすぐにへらりと笑い、
「……何言ってんだろーね、うん。昼寝のし過ぎで寝ぼけてるんだ、あんま気にしないで」
そう言ってそそくさと離れた。リムネラは一瞬目を丸くしたが、すぐに小さく頭を下げる。
「リムネラさん。色々緊張したり不安になったりとあるでしょうが、俺たちで尽力惜しみませんので、みんなで精一杯頑張りましょう」
次に声をかけたのは、恋人であるイスカことウィスカ――Uisca Amhran(ka0754)、そしてその姉であるキララ――星輝 Amhran(ka0724)とともに今回の儀式に臨んでいる、瀬織 怜皇(ka0684)である。キララとその妹ウィスカの二人は、今回リムネラとともに大精霊へと祈りを捧げる『祈り手』を引き受けていた。また怜皇はその場近くで聖なる炎を守り続ける『炎番』としてこの儀式に参加することになっている。
祈り手たるエルフ姉妹、そしてもう一人の祈り手担当であるムーン・オリーブ(ka0661)は香気の満ちた控室で精神集中の真っ最中だ。リムネラももう一度そちらに戻り、精神統一してから儀式に臨むつもりである。最後の確認とばかりにあちこち見回っていると様々な人から励ましの言葉をもらい、それはこの儀式の成功を誰もが心から祈っていることを如実に示していた。
(それにしても歪虚とは一体何なのだろうな……そしてそれを浄化し得る精霊と世界というのも)
胸の奥でそんなことを思うのは、炎番のひとりレイス(ka1541)。念の為に儀式に用いる聖なる炎を分け火しておき、更に儀式を行う祭壇の付近には鳴子を仕掛けておくという念の入れようだ。
(この炎には、一体どんな意味が込められているのかしら。巫女と大精霊の意識をつなげるため、それとも負のマテリアルの浄化をするための炎……?)
リアルブルー出身でクリムゾンウェストの文化などに興味を抱いている宇都宮 祥子(ka1678)は、小さく首を傾げる。故郷の風習となっている盆の迎え火や送り火を思い出してみた。あれは先祖への道標となるべき火だけれど、そのように『火』を媒介にしてこの世ならざる『何か』と結ぶ――というのは、故郷のそれとどこか似ている。そう思うと、なんだか口元がわずかに緩むのだった。
リムネラには記録の許可も得ている。見るもの聞くもの、どれも心に焼き付けるつもりだった。
●
その頃、リムネラは控室に戻っていた。
「リムネラ……緊張してる?」
ムーンが、まだわずかに表情がこわばったままのリムネラに声をかける。そっと優しく手をとって、そしてムーンは微笑んだ。
「ええとね……リムネラはひとりだけど、ひとりじゃないよ。みんながいるよ」
幼い外見ながらもどこか大人びた雰囲気のムーンは、ポツポツと、しかし伝えたいことを簡潔に伝える。人付き合いが得意ではないと聞いていたが、それでもムーンは心配りを知っている。そしてまた、キララとウィスカの姉妹も笑った。
「不安なことがあれば、ワシら姉妹も全力で代表殿の祈りを補助するのじゃ。辛ろぅなったら頼って欲しいのじゃ」
キララが頷くと、ウィスカも
「マテリアルは人の感情に反応するっていうのはリムネラさんも知ってますよね? ネガティブなままでは、逆に負のマテリアルに呑まれてしまいます。まずはいつものリムネラさんに戻ること、これが大事だと思うんです」
そう言ってぎゅっと巫女の体を抱きしめる。
「これ、つけるといいと思います。これでヘレちゃんと儀式中も一緒ですよ♪」
手渡してくれたのは白竜をあしらった首飾り。小さな心遣いが胸にしみる。リムネラは一瞬泣きそうになったけれど、すぐに笑顔を取り戻した。
「ありがとう、ございマス。デハ、参りまショウ」
その笑顔は、いつもの彼女のそれだった。
●
儀式を行うために設営されているのは、こぢんまりとしていながらも整えられた祭壇。祭壇の最奥には聖なる炎があかあかと燃えている。そして、その手前には今回浄化すべきもの――ラッツィオ島で浄化しきれなかった負のマテリアルの破片の一部が、浄化の時を待つようにして静かに置かれていた。
そこに白い装束を着た『祈り手』がリムネラを含めて四人、しずしずとやってきた。『祈り手』たるために精進潔斎をし、儀式で操る『コトホギの言葉』を事前に教えこまれ、リムネラならずとも緊張は否めない。
また聖なる炎を絶やさぬように見守る『炎番』は五人、同じく飾り気の少ない白装束で炎のそばに控えている。キララがあらかじめ配ってくれた薬酒や摩耶の用意したコーヒーなどで眠気を追い払うようにして、それぞれが精神の統一に入る。そんななかで恋人の姿を見つけた怜皇がそっと近づき、ウィスカの頭をそっと撫でた。
「イスカもキララも、頑張りましょう、ね」
ウィスカもキララも、それには笑顔で応じた。リムネラにも、
「リムネラさん、これで少しは消耗を抑えられるはずですよ」
ウィスカがそう言いながら、彼女の体をそっと光で覆う。またセージを飾り付けた扇を手に持ったキララは、同時に剣も抜いていた。彼女は祈りに剣舞のアレンジも加えてみたのだ。
ムーンはといえば、わずかに目を伏せ、そして何度も自分に言い聞かせる。
(コトホギの言葉は寝る前と起床後に何度も復唱したんだもの。大丈夫)
少し離れたところには、今回の夜煌祭の復活をひと目見ようというハンターや辺境部族の主だった面々がいる。その篝火がチラチラと見えて、胸の奥がきゅっと縮こまるような緊張感が、参加者たちの中から沸き起こった。
しかしここまで来たのなら、為すべきことを為すまでだ。
●
真円を描く月が、空で煌々と輝いている。
その一方で、祭壇では聖なる炎があかあかと燃えている。
夜煌祭というハレの舞台にふさわしい、良い夜だ。
音はない。それなのにむしろ、耳に何故かうるさく感じるような、そんな静けさだ。その中心にリムネラと祈り手、そして炎番たちがいる。
やがて時が満ちたのだろう、リムネラはそっと瞼を伏せ、口を開いた。
口からは静かに、しかし確実に、音が発せられている。
それはどこの言葉ともつかない、独特の響きを持つ言葉だった。
――『コトホギの言葉』。
古い言葉であるとも、精霊たちに語りかけるための言葉であるとも言われるその言葉は、常人には意味のわからないものだった。リムネラが以前説明してくれたことによると、このような意味を示しているらしい。
『 月よ 月よ 力を貸して
星よ 星よ 思い届けて
不浄のもの 祈り聞いて
夜の煌きよ 我に力を
星の祈りよ 大地の汚れよ
祷りとともに 溶けて消えよ 』
そして、その言葉を丁寧に教えてもらった祈り手――キララ、ウィスカ、ムーンの三人は、リムネラに追従するようにして言葉を重ねていく。言葉の連なりはやがてひとつの波になり、メロディを形作っていく。
リアルブルーのとある地方の歌に、それはどことなく似ていた。
(ブルガリアン・ヴォイスみたい)
摩耶がそっと胸に思う。
不思議な響きのある言葉たちがハーモニーを生み出し、得も言われぬ独特な世界を形成していく。
その歌に合わせ、少女たちは舞い踊る。
それもどこか、浮世離れした動きだった。
(能などに見られる動きに、どことなく似ている……)
そう思ったのは祥子。交代制での炎番ではあるのだが、どこか炎のそばを離れるという気にはなれない。燃料となるべきものは辺境の住民たちが準備してくれている。願いの込められた札の数々を燃料にというのは、摩耶の提案によるものだ。そしてそれを火にくべるとき、祥子は故郷の信仰の言の葉を胸の中でそっと唱えていた。
(天地清浄内外清浄六根清浄……)
マテリアルの穢れが祓われるようにとの、彼女なりの祈りの言葉。
レイスもまた、自らの想いを詩として、何度も何度も言葉を繰り返す。その思いは、リムネラの苦難の軽減をも祈る、そんな言葉だった。
「――数多の人々が 想いを重ね 世界へ届くようにと祈りを捧げている……そんな今こそ この詩を 言葉を――」
「――再生を 救済を 幸福を 絆を 存在を……生命の営みをこそ 諦めない――」
(そして願わくば、あの重荷を背負おうとしている少女の行く末に、心から笑い合える未来が待つように)
一つ一つは小さな祈りでも、集まればきっと大きな祈りとなりうる。誰もがそれを信じ、目を伏せ言葉を紡ぐ。
(月よ、星よ、空よ)
ムーンは空を仰ぐ。言の葉を口に上らせながら、意識を空に向ける。
(大好き。そして大地も、好きよ。いつも元気をくれてありがとう。癒やしをありがとう……だから、頑張れる)
音はますます揺るぎのないものとなっていく。
(満月の輝きよ、どうか負の心を纏うものたちを救って。貴方の輝きが、私を癒やしてくれるように)
祈りも揺るぎないものとなっていく。
静寂に響く、言の葉たち。各人の祈りのかたちは違えども、その先にあるものはきっと同じだ。
「この紅き大地や先祖の御魂に感謝して、様々な部族たちとこの世界、そしてもう一つの世界の行く末を祈り願いたいです」
怜皇が静かな声で言う。見た目よりも年長の彼は、多くのものを見て知っているのだ。
またレイフェンもポツポツと語る。元宇宙軍として問題ない範囲で、かつての世界であった宇宙生活や火星の調査計画、そして歪虚との戦い。……彼らの目指したものと、その最期を。
レイフェンの思う祈りというのは、そんな名も無き人々の存在とその意義を知らしめ、考えてもらうことだから。
その話を他人がどう思うかはわからない。死を語ることは、レイフェンにとって『辛くない』こと。それが当然と思って生きているから。歪んでいるかもしれないが、しかし彼だからこそ、無駄な脚色もなく、事実を淡々と述べることができる――とも言えるだろう。
そしてどうか、その足跡が無駄にならぬよう――そう、真摯に願うのだ。
●
キララの舞は、剛くそして同時に柔らかく。負の要素を断ち切り、正の要素を護り、そして祈りの中心をリムネラへと向けるように舞い動く。祈りの言葉を、胸で何度も唱えながら。
(禍つ黒の御霊より 大精霊殿のお力 賜りまして 大地豊穣 平安安息 破邪大清――我ら人の子の願い、ここに畏み申し立て祀る――我らが長・リムネラよりの声、どうか聞き届け給え――)
そしてウィスカもまた、キララの舞に合わせるようにして舞い踊る。
(この紅き大地に住まうすべてのものへ、大精霊の御名においてマテリアルが再び満ち溢れんことを祈らん――)
原始的な、しかしだからこそ強い祈りの力。
そんな祈りを一心に受け止め、巫女は舞う。
と、リムネラの動きがわずかに変わってきた。
それまで一定の律動を保っていたのが、少しずつ激しくなっていく。声も、いっそう静寂に響き渡る。
トランス、という単語を彼女は知らない。ただ感覚的にわかる。自らの心が、大精霊とつながろうとしているのだと。
一心不乱に舞い歌い、心はますます空っぽになっていく。
巫女たる彼女は他の人の祈りを受け止め、そして自らの歌舞の力でそれを増幅させ、大精霊の意識に近づいていく。
(人々の祈りは……ワタシを通じて、大精霊の元へ――)
無論、リムネラの動きが変わってきたことに他の者が気づかぬわけではない。
しかしここで無闇に言葉をかけたりしたら、大精霊へと尖らせていた意識が一気に弛緩してしまうだろう。だからこそ、声をかけることなくそれを見守るのみ。
祈り手の少女たちは、『コトホギの言葉』を更に力強く。
炎番たちは、祈りを妨げるような不審な存在がないかを何度も確認し。
――ただ、自分たちの祈りが届くことを願うのだった。
●
炎は燃える。あかあかと、絶えることなく。
月は随分傾いてはいるが、いまだ空で静かに輝いている。
満月の持つ解放の力を使い、負のマテリアルの浄化を試みる儀式――夜煌祭。今は、そのクライマックス。
と、リムネラははっとしたように目を見開く。顔には疲労が滲んでいたが、どこか安心したようにも見えた。
大精霊との交感が、終わったのだ。
見れば、先程まで負のマテリアルに満ちていたあの破片たちも、いつの間にか本来あるべき姿にと変わっていた。負のマテリアルは、微塵も感じられない。
(終わった……)
皆の胸に、その言葉がよぎる。
儀式が終わったわけではないので舞や言葉は続くし、炎を絶やすわけにもいかない。しかし最重要事項は終わったのだとそこにいる誰もが感じ取ることができた。
摩耶は小さく微笑むと、あらかじめ準備していた団子を火にくべてみる。これはリアルブルーの風習を取り入れたもので、参加者が食すことで無病息災を祈ろうという考えだ。
やがて、空が白み始めた――。
●
儀式の参加者たちには、聖火の分け火を団子とともに配られた。大精霊に借りた力の残滓が、込められているものたちだ。
そしてリムネラがまだどこか夢見心地に「アリガトウ」と礼を言う。疲れは顔に出ていたが、どこか清々しさも見えた。
「マテリアルの浄化はおわりまシタ……皆サンには、タクサンの感謝、デスね」
リムネラも、これで自信がついたことだろう。難しいと言われる夜煌祭の儀式を執り行えたのだから。
ハンターたちも、忘れないだろう。
美しい夜に垣間見た、奇跡のような光景を――。
夜煌祭当日、まもなく濃紺の夜の帳が下りる頃。
リムネラ(kz0018)と、彼女に請われて儀式に参加する覚醒者たちは、各々の胸に様々な思いを抱いていた。
(負のマテリアルを浄化する……歪虚の跋扈するこの世界では、そんな祭が興るのも必然なのかもしれません)
どこか憂いある色を氷蒼色の瞳にたたえているのはリアルブルー出身、年齢よりも大人びた雰囲気を持つ少女、摩耶(ka0362)。これまでにスケジュール表を綿密に作って各人の担当などをきっちり管理していた彼女であるが、ちらりと今回の依頼主たるリムネラを見て緊張に震えた。
リムネラの表情というのも、いつもはいきいきと輝いている黄金色の瞳がどこかくすんだような、そんな印象を受けた。大霊堂の巫女という立場にある彼女としては、この儀式を過たずきちんと終わらせねばならない――リムネラの意識はそこに集中している。
と、そこに語りかけたのはレイフェン=ランパード(ka0536)。その本性に抗いたいと思いながら生きる彼だからこそなのか、出来る限り軽口を叩くような口調でさらりと言う。
「あのさ。誰かの代わりとか、何それの務め、とかじゃなくて。自分が、自分だからこそできる精一杯をやるって考えたらどうかな。僕はそうしてる。……自分が自分であることからは逃れられないと思ったから……」
しかしすぐにへらりと笑い、
「……何言ってんだろーね、うん。昼寝のし過ぎで寝ぼけてるんだ、あんま気にしないで」
そう言ってそそくさと離れた。リムネラは一瞬目を丸くしたが、すぐに小さく頭を下げる。
「リムネラさん。色々緊張したり不安になったりとあるでしょうが、俺たちで尽力惜しみませんので、みんなで精一杯頑張りましょう」
次に声をかけたのは、恋人であるイスカことウィスカ――Uisca Amhran(ka0754)、そしてその姉であるキララ――星輝 Amhran(ka0724)とともに今回の儀式に臨んでいる、瀬織 怜皇(ka0684)である。キララとその妹ウィスカの二人は、今回リムネラとともに大精霊へと祈りを捧げる『祈り手』を引き受けていた。また怜皇はその場近くで聖なる炎を守り続ける『炎番』としてこの儀式に参加することになっている。
祈り手たるエルフ姉妹、そしてもう一人の祈り手担当であるムーン・オリーブ(ka0661)は香気の満ちた控室で精神集中の真っ最中だ。リムネラももう一度そちらに戻り、精神統一してから儀式に臨むつもりである。最後の確認とばかりにあちこち見回っていると様々な人から励ましの言葉をもらい、それはこの儀式の成功を誰もが心から祈っていることを如実に示していた。
(それにしても歪虚とは一体何なのだろうな……そしてそれを浄化し得る精霊と世界というのも)
胸の奥でそんなことを思うのは、炎番のひとりレイス(ka1541)。念の為に儀式に用いる聖なる炎を分け火しておき、更に儀式を行う祭壇の付近には鳴子を仕掛けておくという念の入れようだ。
(この炎には、一体どんな意味が込められているのかしら。巫女と大精霊の意識をつなげるため、それとも負のマテリアルの浄化をするための炎……?)
リアルブルー出身でクリムゾンウェストの文化などに興味を抱いている宇都宮 祥子(ka1678)は、小さく首を傾げる。故郷の風習となっている盆の迎え火や送り火を思い出してみた。あれは先祖への道標となるべき火だけれど、そのように『火』を媒介にしてこの世ならざる『何か』と結ぶ――というのは、故郷のそれとどこか似ている。そう思うと、なんだか口元がわずかに緩むのだった。
リムネラには記録の許可も得ている。見るもの聞くもの、どれも心に焼き付けるつもりだった。
●
その頃、リムネラは控室に戻っていた。
「リムネラ……緊張してる?」
ムーンが、まだわずかに表情がこわばったままのリムネラに声をかける。そっと優しく手をとって、そしてムーンは微笑んだ。
「ええとね……リムネラはひとりだけど、ひとりじゃないよ。みんながいるよ」
幼い外見ながらもどこか大人びた雰囲気のムーンは、ポツポツと、しかし伝えたいことを簡潔に伝える。人付き合いが得意ではないと聞いていたが、それでもムーンは心配りを知っている。そしてまた、キララとウィスカの姉妹も笑った。
「不安なことがあれば、ワシら姉妹も全力で代表殿の祈りを補助するのじゃ。辛ろぅなったら頼って欲しいのじゃ」
キララが頷くと、ウィスカも
「マテリアルは人の感情に反応するっていうのはリムネラさんも知ってますよね? ネガティブなままでは、逆に負のマテリアルに呑まれてしまいます。まずはいつものリムネラさんに戻ること、これが大事だと思うんです」
そう言ってぎゅっと巫女の体を抱きしめる。
「これ、つけるといいと思います。これでヘレちゃんと儀式中も一緒ですよ♪」
手渡してくれたのは白竜をあしらった首飾り。小さな心遣いが胸にしみる。リムネラは一瞬泣きそうになったけれど、すぐに笑顔を取り戻した。
「ありがとう、ございマス。デハ、参りまショウ」
その笑顔は、いつもの彼女のそれだった。
●
儀式を行うために設営されているのは、こぢんまりとしていながらも整えられた祭壇。祭壇の最奥には聖なる炎があかあかと燃えている。そして、その手前には今回浄化すべきもの――ラッツィオ島で浄化しきれなかった負のマテリアルの破片の一部が、浄化の時を待つようにして静かに置かれていた。
そこに白い装束を着た『祈り手』がリムネラを含めて四人、しずしずとやってきた。『祈り手』たるために精進潔斎をし、儀式で操る『コトホギの言葉』を事前に教えこまれ、リムネラならずとも緊張は否めない。
また聖なる炎を絶やさぬように見守る『炎番』は五人、同じく飾り気の少ない白装束で炎のそばに控えている。キララがあらかじめ配ってくれた薬酒や摩耶の用意したコーヒーなどで眠気を追い払うようにして、それぞれが精神の統一に入る。そんななかで恋人の姿を見つけた怜皇がそっと近づき、ウィスカの頭をそっと撫でた。
「イスカもキララも、頑張りましょう、ね」
ウィスカもキララも、それには笑顔で応じた。リムネラにも、
「リムネラさん、これで少しは消耗を抑えられるはずですよ」
ウィスカがそう言いながら、彼女の体をそっと光で覆う。またセージを飾り付けた扇を手に持ったキララは、同時に剣も抜いていた。彼女は祈りに剣舞のアレンジも加えてみたのだ。
ムーンはといえば、わずかに目を伏せ、そして何度も自分に言い聞かせる。
(コトホギの言葉は寝る前と起床後に何度も復唱したんだもの。大丈夫)
少し離れたところには、今回の夜煌祭の復活をひと目見ようというハンターや辺境部族の主だった面々がいる。その篝火がチラチラと見えて、胸の奥がきゅっと縮こまるような緊張感が、参加者たちの中から沸き起こった。
しかしここまで来たのなら、為すべきことを為すまでだ。
●
真円を描く月が、空で煌々と輝いている。
その一方で、祭壇では聖なる炎があかあかと燃えている。
夜煌祭というハレの舞台にふさわしい、良い夜だ。
音はない。それなのにむしろ、耳に何故かうるさく感じるような、そんな静けさだ。その中心にリムネラと祈り手、そして炎番たちがいる。
やがて時が満ちたのだろう、リムネラはそっと瞼を伏せ、口を開いた。
口からは静かに、しかし確実に、音が発せられている。
それはどこの言葉ともつかない、独特の響きを持つ言葉だった。
――『コトホギの言葉』。
古い言葉であるとも、精霊たちに語りかけるための言葉であるとも言われるその言葉は、常人には意味のわからないものだった。リムネラが以前説明してくれたことによると、このような意味を示しているらしい。
『 月よ 月よ 力を貸して
星よ 星よ 思い届けて
不浄のもの 祈り聞いて
夜の煌きよ 我に力を
星の祈りよ 大地の汚れよ
祷りとともに 溶けて消えよ 』
そして、その言葉を丁寧に教えてもらった祈り手――キララ、ウィスカ、ムーンの三人は、リムネラに追従するようにして言葉を重ねていく。言葉の連なりはやがてひとつの波になり、メロディを形作っていく。
リアルブルーのとある地方の歌に、それはどことなく似ていた。
(ブルガリアン・ヴォイスみたい)
摩耶がそっと胸に思う。
不思議な響きのある言葉たちがハーモニーを生み出し、得も言われぬ独特な世界を形成していく。
その歌に合わせ、少女たちは舞い踊る。
それもどこか、浮世離れした動きだった。
(能などに見られる動きに、どことなく似ている……)
そう思ったのは祥子。交代制での炎番ではあるのだが、どこか炎のそばを離れるという気にはなれない。燃料となるべきものは辺境の住民たちが準備してくれている。願いの込められた札の数々を燃料にというのは、摩耶の提案によるものだ。そしてそれを火にくべるとき、祥子は故郷の信仰の言の葉を胸の中でそっと唱えていた。
(天地清浄内外清浄六根清浄……)
マテリアルの穢れが祓われるようにとの、彼女なりの祈りの言葉。
レイスもまた、自らの想いを詩として、何度も何度も言葉を繰り返す。その思いは、リムネラの苦難の軽減をも祈る、そんな言葉だった。
「――数多の人々が 想いを重ね 世界へ届くようにと祈りを捧げている……そんな今こそ この詩を 言葉を――」
「――再生を 救済を 幸福を 絆を 存在を……生命の営みをこそ 諦めない――」
(そして願わくば、あの重荷を背負おうとしている少女の行く末に、心から笑い合える未来が待つように)
一つ一つは小さな祈りでも、集まればきっと大きな祈りとなりうる。誰もがそれを信じ、目を伏せ言葉を紡ぐ。
(月よ、星よ、空よ)
ムーンは空を仰ぐ。言の葉を口に上らせながら、意識を空に向ける。
(大好き。そして大地も、好きよ。いつも元気をくれてありがとう。癒やしをありがとう……だから、頑張れる)
音はますます揺るぎのないものとなっていく。
(満月の輝きよ、どうか負の心を纏うものたちを救って。貴方の輝きが、私を癒やしてくれるように)
祈りも揺るぎないものとなっていく。
静寂に響く、言の葉たち。各人の祈りのかたちは違えども、その先にあるものはきっと同じだ。
「この紅き大地や先祖の御魂に感謝して、様々な部族たちとこの世界、そしてもう一つの世界の行く末を祈り願いたいです」
怜皇が静かな声で言う。見た目よりも年長の彼は、多くのものを見て知っているのだ。
またレイフェンもポツポツと語る。元宇宙軍として問題ない範囲で、かつての世界であった宇宙生活や火星の調査計画、そして歪虚との戦い。……彼らの目指したものと、その最期を。
レイフェンの思う祈りというのは、そんな名も無き人々の存在とその意義を知らしめ、考えてもらうことだから。
その話を他人がどう思うかはわからない。死を語ることは、レイフェンにとって『辛くない』こと。それが当然と思って生きているから。歪んでいるかもしれないが、しかし彼だからこそ、無駄な脚色もなく、事実を淡々と述べることができる――とも言えるだろう。
そしてどうか、その足跡が無駄にならぬよう――そう、真摯に願うのだ。
●
キララの舞は、剛くそして同時に柔らかく。負の要素を断ち切り、正の要素を護り、そして祈りの中心をリムネラへと向けるように舞い動く。祈りの言葉を、胸で何度も唱えながら。
(禍つ黒の御霊より 大精霊殿のお力 賜りまして 大地豊穣 平安安息 破邪大清――我ら人の子の願い、ここに畏み申し立て祀る――我らが長・リムネラよりの声、どうか聞き届け給え――)
そしてウィスカもまた、キララの舞に合わせるようにして舞い踊る。
(この紅き大地に住まうすべてのものへ、大精霊の御名においてマテリアルが再び満ち溢れんことを祈らん――)
原始的な、しかしだからこそ強い祈りの力。
そんな祈りを一心に受け止め、巫女は舞う。
と、リムネラの動きがわずかに変わってきた。
それまで一定の律動を保っていたのが、少しずつ激しくなっていく。声も、いっそう静寂に響き渡る。
トランス、という単語を彼女は知らない。ただ感覚的にわかる。自らの心が、大精霊とつながろうとしているのだと。
一心不乱に舞い歌い、心はますます空っぽになっていく。
巫女たる彼女は他の人の祈りを受け止め、そして自らの歌舞の力でそれを増幅させ、大精霊の意識に近づいていく。
(人々の祈りは……ワタシを通じて、大精霊の元へ――)
無論、リムネラの動きが変わってきたことに他の者が気づかぬわけではない。
しかしここで無闇に言葉をかけたりしたら、大精霊へと尖らせていた意識が一気に弛緩してしまうだろう。だからこそ、声をかけることなくそれを見守るのみ。
祈り手の少女たちは、『コトホギの言葉』を更に力強く。
炎番たちは、祈りを妨げるような不審な存在がないかを何度も確認し。
――ただ、自分たちの祈りが届くことを願うのだった。
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炎は燃える。あかあかと、絶えることなく。
月は随分傾いてはいるが、いまだ空で静かに輝いている。
満月の持つ解放の力を使い、負のマテリアルの浄化を試みる儀式――夜煌祭。今は、そのクライマックス。
と、リムネラははっとしたように目を見開く。顔には疲労が滲んでいたが、どこか安心したようにも見えた。
大精霊との交感が、終わったのだ。
見れば、先程まで負のマテリアルに満ちていたあの破片たちも、いつの間にか本来あるべき姿にと変わっていた。負のマテリアルは、微塵も感じられない。
(終わった……)
皆の胸に、その言葉がよぎる。
儀式が終わったわけではないので舞や言葉は続くし、炎を絶やすわけにもいかない。しかし最重要事項は終わったのだとそこにいる誰もが感じ取ることができた。
摩耶は小さく微笑むと、あらかじめ準備していた団子を火にくべてみる。これはリアルブルーの風習を取り入れたもので、参加者が食すことで無病息災を祈ろうという考えだ。
やがて、空が白み始めた――。
●
儀式の参加者たちには、聖火の分け火を団子とともに配られた。大精霊に借りた力の残滓が、込められているものたちだ。
そしてリムネラがまだどこか夢見心地に「アリガトウ」と礼を言う。疲れは顔に出ていたが、どこか清々しさも見えた。
「マテリアルの浄化はおわりまシタ……皆サンには、タクサンの感謝、デスね」
リムネラも、これで自信がついたことだろう。難しいと言われる夜煌祭の儀式を執り行えたのだから。
ハンターたちも、忘れないだろう。
美しい夜に垣間見た、奇跡のような光景を――。
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質問と回答する所 ムーン・オリーブ(ka0661) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/09/21 19:07:14 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/21 00:39:49 |
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【相談卓】夜煌祭儀式者控え室 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/09/21 21:25:20 |