ゲスト
(ka0000)
スノウメヰデン5
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/10/22 19:00
- 完成日
- 2016/11/04 01:51
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
いつも通りの朝が来て、長い長い眠りから目を覚ました。
自分の知らない身体。大きくなった背丈と、長く伸びすぎた髪。
一度も着たことのなかった、色鮮やかな服。姿見に写った、他人の痕跡。
少女は表情を歪ませ、拳を鏡に打ち付ける。砕けた姿に滴る血を見つめ、少女は部屋の壁に立てかけられた剣を手に取った。
世界は、強い強い憎しみの最中にあった。
そりゃあ、きれいなものだってある。でもそれは何一つ手に入らなかった。
祈っても嘆いても現実は変わらない。幸福はいつも霞の向こうにあって、絶対に届かない。
笑っている“あの子”が憎い。愛される“あの子”が憎い。
心は幼いまま、純粋無垢なまま、壊れて見境なく憎しみを広げていく。
身体は心とは無関係に動く。だからもう、何一つ関係はない。
とうに消えてしまった心の中で、全てに耳を塞ぎ、瞼を閉じた。
リゼリオからさほど離れぬ平原に、幾つかの人影があった。
外套に身を包んだそれらの影は、まだ光の渡りきらぬ早朝の景色の中、少女が歩いてくるのを確認する。
浄化の器と呼ばれる白い少女が歩みを止める。人影はそれを取り囲み、そして跪いた。
「「「お迎えに上がりました、姫」」」
器はそれらを見下ろし、興味もなさそうに通り過ぎる。
「なんであいつが……」
「愚痴言わないの。最初からこれが掟の森(ヤルン・ヴィド)の役目でしょう」
小柄な少女がフードを脱ぎ、桃色の髪を揺らし器の背中を睨みつける。
あの日、あの時、帝都であの器を壊してしまえば良かった。そうしたらあんな不気味なものに跪く屈辱もなかった。
器を回収し、目覚めさせる事こそ掟の森の使命。以前は失敗したが、結局器は自分の足で帰ってきた。
「結局ヨハネの言った通りかよ。クソ、クソ。こうなる前に殺したかったのに」
「ダメです。彼女を殺した所で器にはなれませんよ、マルタ」
背の高い男がそう言った瞬間、少女は殺意を隠そうともせず睨み返す。
「器になればニンゲンを殺せるんだ。たくさん、たくさん!」
外側の世界への憎しみだけを教えられ、育てられた掟の森。
マルタは元々は器候補の一人でもあった。そしてそうなり、自らの命を引き換えに世界を壊すことを望んでいた。
「ちくしょう、ちくしょうっ。殺したかったのに。いっぱい殺したかったのにっ」
親指の爪を噛みながら、ぼろぼろと大粒の涙を零すマルタ。その肩を女は優しく叩く。
「帰りましょう。大丈夫、死ぬ時はみんな一緒だから」
朝焼けのリゼリオの景色の中、タングラムは屋根から屋根へと飛び移りながら駆け抜ける。
その後を追うように小さな影が二つ。タングラムは短剣を抜き、舌打ちする。
『悪いタングラム、器を見失った! ああ、交戦中だ!』
『戦闘不能にはしましたが、どうやら絶命しているようです。ええ、止めは刺していません。使い捨ての刺客……ですね』
次々に入る“監視”の報告にタングラムの焦燥感は増していく。
絶火隊まで使ってリゼリオに作った包囲網を、自爆覚悟の刺客の投入で突破された。
器本人を確認し、確保しようとした者は器の反撃にあい重傷。それは“ホリィ”がもういない事を意味していた。
「アイリス、先に行きなさい。ここは私が!」
「カレン……すまんです!」
花の仮面を身につけた男が正面からすれ違い、タングラムを追う刺客と交戦する。
それを振り返る間もなく、タングラムは屋根から飛び降り、リゼリオの外へと駆けていく……。
「“ホリィ”!」
馬車に足をかけた器に、息も切れ切れにかけたタングラムの言葉。
しかし器は一瞬足を止め、タングラムを振り返り、特に興味もないかのように馬車に乗り込んだ。
「へぇ~! あんだけ刺客送り込んで抜けてくるやつがいるんだ~! やっぱハンターってスゲー!」
軽薄そうに笑い、若い男がフードを剥いで短剣を構える。
「私とマルタは馬車につきます。彼女の相手はお願いします」
二人が引き返し馬に向かう。タングラムは深く息をつき、得物を構え直す。
「お前たち、自分が何をしているのかわかっているのですか?」
「ンなもんわーってるに決まってんじゃん、オバサン?」
「私達はこの日の為に作られた。命ある呪い、生きた刃」
「オバサンも知ってるだろ、帝国がエルフにしてきたこと! ニンゲンがどれだけ邪悪で愚かな生き物か! 悪いやつはこの世界にいちゃいけない。オレたちはイイコトをしてンだ!」
“掟の森”を見ても、タングラムに怒りは湧いてこなかった。
狂っているのは彼らではなく、彼らを作ってしまった大人たち。それをよしとした歴史だ。
いいや、もう誰もそれでいいとは思っていないのだ。変えたいと、変わりたいと願う世界の中で、変化を否定する者がいる。
ソレは明確な目的ではなく、ただ怒りや憎しみだけで世界を壊そうとしている。掟の森は、その犠牲者だ。
「――ふざけやがって。死んじまったら意味ねぇだろうが。最初っから正義も悪もないんだよ!」
走り出した馬車の中、器は小さなガラス窓の向こう側をぼんやりと眺めている。
その正面に腰掛けた男は、少女の顔をじっと見つめ、問う。
「やっぱりお前は、そうなっちまう運命なんだな」
“もしかしたら”なんて、甘ったれた事を考えた時期もあった。
そう思えるくらい眩しくて、暖かいものを見てきたから。
「あいつらはきっと、悲しむだろうぜ」
結局のところ、運命は変えられなかった。
ホリィと呼ばれた少女はもう消えて、この世界のどこにもいなくなってしまった。
残されたのはからっぽの器と、それがたどるべきだった運命の再現だけ。
「それで……良かったのかよ」
問いかける言葉は、自らの胸にも向けられている。
男――ハジャは強く拳を握り締め、きつく目を瞑った。
自分の知らない身体。大きくなった背丈と、長く伸びすぎた髪。
一度も着たことのなかった、色鮮やかな服。姿見に写った、他人の痕跡。
少女は表情を歪ませ、拳を鏡に打ち付ける。砕けた姿に滴る血を見つめ、少女は部屋の壁に立てかけられた剣を手に取った。
世界は、強い強い憎しみの最中にあった。
そりゃあ、きれいなものだってある。でもそれは何一つ手に入らなかった。
祈っても嘆いても現実は変わらない。幸福はいつも霞の向こうにあって、絶対に届かない。
笑っている“あの子”が憎い。愛される“あの子”が憎い。
心は幼いまま、純粋無垢なまま、壊れて見境なく憎しみを広げていく。
身体は心とは無関係に動く。だからもう、何一つ関係はない。
とうに消えてしまった心の中で、全てに耳を塞ぎ、瞼を閉じた。
リゼリオからさほど離れぬ平原に、幾つかの人影があった。
外套に身を包んだそれらの影は、まだ光の渡りきらぬ早朝の景色の中、少女が歩いてくるのを確認する。
浄化の器と呼ばれる白い少女が歩みを止める。人影はそれを取り囲み、そして跪いた。
「「「お迎えに上がりました、姫」」」
器はそれらを見下ろし、興味もなさそうに通り過ぎる。
「なんであいつが……」
「愚痴言わないの。最初からこれが掟の森(ヤルン・ヴィド)の役目でしょう」
小柄な少女がフードを脱ぎ、桃色の髪を揺らし器の背中を睨みつける。
あの日、あの時、帝都であの器を壊してしまえば良かった。そうしたらあんな不気味なものに跪く屈辱もなかった。
器を回収し、目覚めさせる事こそ掟の森の使命。以前は失敗したが、結局器は自分の足で帰ってきた。
「結局ヨハネの言った通りかよ。クソ、クソ。こうなる前に殺したかったのに」
「ダメです。彼女を殺した所で器にはなれませんよ、マルタ」
背の高い男がそう言った瞬間、少女は殺意を隠そうともせず睨み返す。
「器になればニンゲンを殺せるんだ。たくさん、たくさん!」
外側の世界への憎しみだけを教えられ、育てられた掟の森。
マルタは元々は器候補の一人でもあった。そしてそうなり、自らの命を引き換えに世界を壊すことを望んでいた。
「ちくしょう、ちくしょうっ。殺したかったのに。いっぱい殺したかったのにっ」
親指の爪を噛みながら、ぼろぼろと大粒の涙を零すマルタ。その肩を女は優しく叩く。
「帰りましょう。大丈夫、死ぬ時はみんな一緒だから」
朝焼けのリゼリオの景色の中、タングラムは屋根から屋根へと飛び移りながら駆け抜ける。
その後を追うように小さな影が二つ。タングラムは短剣を抜き、舌打ちする。
『悪いタングラム、器を見失った! ああ、交戦中だ!』
『戦闘不能にはしましたが、どうやら絶命しているようです。ええ、止めは刺していません。使い捨ての刺客……ですね』
次々に入る“監視”の報告にタングラムの焦燥感は増していく。
絶火隊まで使ってリゼリオに作った包囲網を、自爆覚悟の刺客の投入で突破された。
器本人を確認し、確保しようとした者は器の反撃にあい重傷。それは“ホリィ”がもういない事を意味していた。
「アイリス、先に行きなさい。ここは私が!」
「カレン……すまんです!」
花の仮面を身につけた男が正面からすれ違い、タングラムを追う刺客と交戦する。
それを振り返る間もなく、タングラムは屋根から飛び降り、リゼリオの外へと駆けていく……。
「“ホリィ”!」
馬車に足をかけた器に、息も切れ切れにかけたタングラムの言葉。
しかし器は一瞬足を止め、タングラムを振り返り、特に興味もないかのように馬車に乗り込んだ。
「へぇ~! あんだけ刺客送り込んで抜けてくるやつがいるんだ~! やっぱハンターってスゲー!」
軽薄そうに笑い、若い男がフードを剥いで短剣を構える。
「私とマルタは馬車につきます。彼女の相手はお願いします」
二人が引き返し馬に向かう。タングラムは深く息をつき、得物を構え直す。
「お前たち、自分が何をしているのかわかっているのですか?」
「ンなもんわーってるに決まってんじゃん、オバサン?」
「私達はこの日の為に作られた。命ある呪い、生きた刃」
「オバサンも知ってるだろ、帝国がエルフにしてきたこと! ニンゲンがどれだけ邪悪で愚かな生き物か! 悪いやつはこの世界にいちゃいけない。オレたちはイイコトをしてンだ!」
“掟の森”を見ても、タングラムに怒りは湧いてこなかった。
狂っているのは彼らではなく、彼らを作ってしまった大人たち。それをよしとした歴史だ。
いいや、もう誰もそれでいいとは思っていないのだ。変えたいと、変わりたいと願う世界の中で、変化を否定する者がいる。
ソレは明確な目的ではなく、ただ怒りや憎しみだけで世界を壊そうとしている。掟の森は、その犠牲者だ。
「――ふざけやがって。死んじまったら意味ねぇだろうが。最初っから正義も悪もないんだよ!」
走り出した馬車の中、器は小さなガラス窓の向こう側をぼんやりと眺めている。
その正面に腰掛けた男は、少女の顔をじっと見つめ、問う。
「やっぱりお前は、そうなっちまう運命なんだな」
“もしかしたら”なんて、甘ったれた事を考えた時期もあった。
そう思えるくらい眩しくて、暖かいものを見てきたから。
「あいつらはきっと、悲しむだろうぜ」
結局のところ、運命は変えられなかった。
ホリィと呼ばれた少女はもう消えて、この世界のどこにもいなくなってしまった。
残されたのはからっぽの器と、それがたどるべきだった運命の再現だけ。
「それで……良かったのかよ」
問いかける言葉は、自らの胸にも向けられている。
男――ハジャは強く拳を握り締め、きつく目を瞑った。
リプレイ本文
イーダとテオドール、二人の掟の森に阻まれたタングラム。
そこへハンターらが駆けつけると、テオドールは口角を持ち上げる。
「へぇえ! 結構な数の刺客を送ったのに、まだこんなに抜けてくるやつがいるんだね!」
二人の掟の森の目的は足止め。バイクや馬で突破を試みるハンターへの対処は決まっている。
文字通り足を止めるのだ。二人はその為に投擲可能な得物を持っている。
「散開して突破するぞ!」
ヴァイス(ka0364)が叫ぶと同時、ハンターは大きく敵を迂回し、左右に別れた。
束ねた苦無を手にテオドールは視線を左右に動かす。
散開は正解。だが、未だ広角投射で三名は確実に足止めできる。
「させるかよ!」
真っ直ぐに距離を詰め、ゴースロンから飛び降りた春日 啓一(ka1621)が聖拳で殴り掛かる。
相性の悪い相手だとわかっていたが、広角投射に気づき妨害に入れるのはこの瞬間啓一だけだった。
しかしテオドールは踊るようにこの一撃を回避。投擲された苦無はバイクではなく馬を狙う。
バイクは完全破壊が困難であり、少しのダメージでは走行に問題は発生しない。
だが馬は別だ。高位の覚醒者の攻撃を受けて走り続けることは不可能だ。
束ねて投げられた苦無がアーシェ(ka6089)、ハッド(ka5000)の馬に突き刺さり動きを止める。
紅薔薇(ka4766)は卓越した騎乗技術で馬上でも攻撃をかわし、突破。
続けてイーダは自分の方向から突破を狙うメトロノーム・ソングライト(ka1267)に片手斧を投げつける。
メトロノームにこれを躱す能力はなかった。だが、間に入ったタングラムが斧を打ち払う。
続けて北谷王子 朝騎(ka5818)が空に放った符が雷撃を放ち、二人のエルフを襲った。
「モタモタしてる暇はないちゅ! さっさと抜けるでちゅよ!」
「タングラム、こいつのスピードは相性が悪い……代わってくれ!」
「わかったですよ、啓一!」
それぞれに襲いかかるテオドールとイーダ。啓一とタングラムは背中わせに回転するように互いの攻撃を受け合う。
斧を盾で受けた啓一は、すかさず拳を繰り出しイーダをアッパーで殴り飛ばす。
「先に行け! こいつらは俺達が受け持つ!」
「けー君……」
仲間達を護るように背を向け、啓一は横に突き出した親指を立てる。
「リク、ねーさん……皆、頼んだぜ」
遠ざかる仲間、また転倒から復帰しようとする仲間から目を逸らす為、啓一はマテリアルの炎を纏った。
「まさか、本気で私達を止められると思っているのか?」
イーダは既に受けた傷を回復している。リジェネレーションだ。
既にこのやり取りの間に転倒しなかったメンバーはイーダの射程外にいる。
故に次に狙うのは、転倒から復帰しようとしているアーシェとハッドの二名だ。
啓一はイーダの視線を身体で遮り攻撃を仕掛ける。啓一の目的もまた、追撃の妨害。
「まだ車輪の後は残っているから、追いかけられるはずでちゅよ!」
「いたた……うむ。我輩の嗅覚もあるしの」
しかし、ハッドの馬は既に傷ついている。万全の機動力は出せないだろう。
単純な話、馬車側の機動力が落ちなければ追いつくのは困難ということになる。
それはアーシェも同じことだ。馬に乗り直し走り出しても、移動力は衰えている。
「でも、急がないと……徒歩で行くよりいいよね。ごめんね……」
ゴースロンを撫で、アーシェも走り出した。テオドールは再び投擲を繰り出そうとするが、タングラムと朝騎がこれを赦さない。
「ハッ! まあいいや、あんたらを殺して追いかければ済む話だし!」
「そうはさせないでちゅよ!」
くわっと目を見開き、朝騎は両腕を広げる。
何らかの隠し玉かと一瞬警戒したテオドールだが、朝騎がモジモジしながら衣服に手をかけると目が点になる。
「恥ずかしいでちゅが……刮目するがよいでちゅ! 文字通り朝騎が一肌脱いで見せるでちゅ……ぐあああああっ!?」
投擲されてきた苦無に引き裂かれる朝騎。
「馬鹿な……色仕掛けが通じない……でちゅって!?」
「いや……ていうかあんた、今の状態でもほとんど透けてるじゃん。痴女じゃん」
「人聞きが悪いでちゅね。こう見えて恥じらいを持つ乙女でちゅよ!」
火炎を纏った符を投擲する朝騎。その符はテオドールの直前で爆散する。
その炎の影から飛び込んだタングラムが短剣でテオドールの首筋を斬りつける。
一方、啓一はイーダとの決闘を続けている。
単純な戦闘力ならば啓一が一枚上手。だがイーダは爆発的な回復力を持っている。
互いの得物が火花を散らす度、啓一もまた少しずつダメージを受けていく。
「タフだな。そこそこいいのをぶち込んでるっつーのによ」
「何故私たちの邪魔をする。ハンターは中立者の筈だが?」
「先に邪魔をしたのはお前達だ。俺達の大事な日常に踏み込み、そして奪っていった」
目を瞑り、そして拳にマテリアルの炎を纏う。
繰り出された一撃はイーダの防御をこじ開け、閃光と共に腹に炸裂しその体を大きく後退させた。
「ぐっ、これが人間の力か……だが」
背後の気配に感づき、啓一は大きく飛びのく。
襲い掛かってきたのは小さな影。リゼリオから引き返してきた、暗殺部隊。だが――。
「こいつは――」
白いヴェールを纏った年端もいかぬ少女。
幽鬼のような気配と共に、器にそっくりな少女たちが啓一を包囲していた。
「見えた……あの馬車だよ!」
リサ=メテオール(ka3520)が声を上げた。器を乗せた馬車は、ハンターらより移動力が低い。
まだ道はほとんど直線のみ。ならば、いずれは追いつける道理だ。
「当然迎撃してくるぞ! 一か所に固まらず、ばらけて追い込むんだ!」
ヴァイスの言う通り、敵の狙いは範囲攻撃。それは先の突破時にもわかっている。
「そうだ、追いかけてこい! 殺してやるよォ、ニンゲン共!」
馬車の後部で手招きするマルタ。弥勒 明影(ka0189)はロングボウ「デューコレール」で狙いを定める。
長射程を持つ矢の一撃。これを馬車の屋根に立つクヴェレは同じく矢によって打ち払う。
放たれた矢が空中で矢と衝突し、逸らされる。クヴェレは涼しい顔で片目を瞑り微笑んだ。
「その程度で私たちを止められるとでも?」
ソフィア =リリィホルム(ka2383)が撃ち込んだライフル弾も、矢によって弾き飛ばされる。
「おいおい、どういう神経してやがる!」
真正面から突っ込んでいくヴァイス、そして迂回する形で花厳 刹那(ka3984)が馬車の側面から迫る。
マルタは火球を放ちヴァイスを狙う。この爆炎からは逃れられず、ヴァイスのバイクはスリップ。
刹那はクヴェレの矢を躱しながら距離を詰め、馬車に飛び移ろうとするが、内部から出てきたハジャの蹴りでこれを阻まれてしまった。
「ハージャーーー! なんであんたが“そこ”にいんのよ!?」
「リサちゃんか……悪いことは言わん、ついてくるな!」
そういってハジャは拳銃を構える。放たれる弾丸、その間に入ったのはキヅカ・リク(ka0038)だ。
「てめえ……人の彼女に何しやがる!」
「リク!」
バイク上で魔法を放とうとするリクだが、その幻想は紡がれる前に消滅する。マルタにキャンセルされたのだ。
「アッハハ!! いたのかよお前!」
「掟の森……!」
マルタが纏う炎のマテリアル、しかし今度はこちらが消滅する。メトロノームのカウンターマジックだ。
「それができるのは……あなただけではありませんよ?」
ふっと笑い、メトロノームはアイスボルトを放つ。狙いは馬車だ。
車輪の破壊には至らなかったが、凍結は明らかに馬車の動きを鈍らせ、速力は低下する。
「ふざけやがって! なんでエルフが人間の味方をする!?」
「ふざけているのはあなたたちの方です。エルフと人間……どちらも差別される必要なんてありません」
馬車の進行方向、そちらから別の騎馬部隊が迫ってくる。
それが合流を目指す敵の増援であることは明らかだった。
「新手か……合流される前に馬車を止めるのじゃ!」
馬上で斬魔刀を手に距離を詰めていく紅薔薇。そこへマルタはスリープクラウドを放つ。
広範囲を、それこそ馬車が見えなくなるほどの範囲を閉ざす煙だ。追跡している関係上、ハンターらはどうしてもここに入ってしまう。
しかし、この直撃にヴァイスは堪えていた。あらかじめ想定し、痛みで目を覚ます仕掛けを施していたのだ。
「紅薔薇、しっかりしろ!」
「ぐっ……すまぬのじゃ、ヴァイス殿」
肩を叩かれ途切れかけていた意識を取り戻した紅薔薇は距離を詰め、馬車を斬魔刀で薙ぎ払った。
長大な刃は一撃で馬車を丸ごと薙ぎ払えるだけの威力を放つ。実際逃げ場がなく、マルタは青ざめた悲鳴を上げた。
薔薇の幻影の舞い散るその一撃が馬車を壊せなかったのは、馬車から出てきた少女が聖機剣で受け止めていたからだ。
舞い散る花びらの中、二人の視線が交錯する。ホリィと呼ばれていた少女は無表情に、聖機剣の力を解き放つ。
祢々切丸に見劣りしないサイズに膨れ上がった光の剣は紅薔薇をはじき返し、続いてヴァイスへと振り下ろされた。
「ホリィ……なのか!?」
盾で受け、しかしバランスを崩すヴァイス。
多くの仲間が体勢を崩しているこの一瞬、気を抜けば大きく距離を引き離されるだろう。
そんな一瞬の決断を求められた時、メトロノームは迷わず魔法を唱えた。
「ごめんなさい……師匠」
放たれたのは広範囲を無差別に爆破する魔法、ファイアーボール。
馬や器を傷つけたくはなかったが、使わざるを得なかった。
爆風は目論見通り馬車を大きく揺らし、速力を落とした。そこへリサがとりつき、発動したのはディヴァインウィルだ。
自らの周囲に通行不能の壁を作り出す魔法。それを敵を効果範囲内に入れて使った時、どうなるのか。
馬は突然目の前に現れた壁に激突し、動きを止める。続いて馬車が一気にバランスを崩し転倒した。
「ホリィ!」
思わず叫ぶエイル・メヌエット(ka2807)。土煙の中、器は横転した馬車の上に立っていた。
「ご無事ですか、姫様」
クヴェレを一瞥し、器は目を細める。そうして深く溜息を零した。
「――どうして邪魔をするの? 私が私のあるべき場所に戻るのに、何故邪魔をされなければならないの?」
「器……ちゃん?」
「師匠……そんな」
冷え切って熱の一つも宿らないような口調に刹那はかける言葉を失っていた。
メトロノームにはわかる。彼女は人形のようでいて、その実豊かな感情を持っていた。
だが、今の器からは無尽蔵の憎悪しか感じられない。それは、かつてメトロノームの憧れた少女ではなかった。
「お主は……ホリィではないのだな」
わかっていたことだ。だからこそ、紅薔薇は頭を振る。
「……『初めまして』じゃな。妾はお主と友達になりに来たのじゃ」
「友達?」
「約束したのじゃ。ホリィは言っていた。“お主”に沢山の“綺麗”を見せてほしいと」
俯き、僅かに肩を震わせる器。それは徐々に大きくなり、はじける様にして口を開いた。
「――アハハハハハハッ!! 友達? 友達ですって? この私と? 冗談じゃないわ……ええ、本当に面白い。最悪の気分よ、ニンゲン」
ニィっと、心の底からすべてを歪ませるように笑い、器は首を擡げる。
「ああ……吐き気がする。気持ち悪くて……気持ち悪くて気持ち悪くて、喉が、喉が渇いて、堪らなくなりそう」
ぐっと、自らの首をきつく締め、突き立てた爪が皮膚を裂き、血が滴る。
指先のそれを舐め、少女は濁った瞳を三日月のように細める。
それは、おおよそヒトが抱き得る範囲の憎悪ではない。目にしただけで心を病むような、邪悪な視線。
「これが……こんなものが、ホリィの末路だというのか」
帽子を目深に被り、唇を噛む明影。
否定などしたくない。どんなものにも輝きはあると信じている。
だが――この輝きはあまりにも昏すぎる。ただそこにいるだけで、すべての星を飲み込んでしまう程に。
「ホリィ……それでもお前はホリィだ! だからお前は一度は足を止め、振り返ろうとした!」
「その腐った名前を口にしないで。内臓がぐるぐるしそう。一分一秒でも、ソレと同じだなんて思われたくないわ」
聖機剣をヴァイスに突き付け、少女は今度は額に手を当て震えだす。
「そうよ、思われたくないわ。ええ、だって、だから……そうでしょう? つまり、だとしても、これだから!」
振るわれた刃が盾の防御ごとヴァイスを弾き飛ばす。生半可な威力ではない。これではまるで――。
「アハハ! 寂しいよ、怖いよ、苦しいよ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! アハハッ! 沢山血が出るところが見たいわ。綺麗なお花! 溶けたにおい! アハ! アハハ!」
きっと大丈夫だと、信じると小さく笑って手を振った少女はもうどこにもいない。
目の前にいるのは、ホリィではない。壊れてしまった人形の末路。憎しみが作った怪物であった。
「ふおっ、なんでちゅ!?」
馬車と仲間が走り去った方角から、ずっしりと重く響くようなマテリアルを感じ朝騎は目を丸くする。
「まさか……器が……ぐっ!?」
「余所見してる余裕あるの? オバサン!」
テオドールの斬撃にたたらを踏むタングラム。更に量産型器の攻撃が朝騎を傷つける。
「まずいでちゅ……この子たち一人一人がかなり強い……!」
タングラムに守ってもらっているが、それももう限界だ。朝騎の体力はいつ尽きてもおかしくない。
そして啓一もまた、ニ体の器とイーダに攻撃を受け、血塗れで膝をついていた。
「まだだ……まだ、俺は倒れてねぇぞ」
「呆れた意志力だ。私も“道具”がなければ勝てなかっただろう」
実際、啓一は一人でよく堪えた。彼がタングラムや朝騎を守らねば、今頃相当数の数の量産型器が仲間を追撃していたはずだ。
「お前は危険だ。わざわざ固執する必要は本来ないが、ここで始末させてもらう」
イーダがそうして斧を振り上げた時だ。遠距離からの狙撃が、手から斧を弾き飛ばした。
「何……ぐっ!?」
長く伸び、よくしなる剣。それに啓一は覚えがあった。
「まだ生きていますか? 春日君」
「あんたは……花男?」
「キアラも一緒です……助けに来るのが遅れてすみませんでした」
そう言って花男は啓一の体に回復魔法を施す。すると一瞬で傷がふさがり、再び立ち上がれるまでになった。
「そういや聖導師だったな」
「ここは受け持ちます。先に行って構いませんよ」
「お言葉はありがたいがな……タングラム、俺の馬を使って朝騎と先に行け。向こうはどうもやばいことになってるらしい」
頷くタングラム。当然行かせるつもりなどないテオドールが襲い掛かろうとするが、啓一が攻撃を受け止める。
「さっさと行け!」
馬に乗って走り去るタングラムと朝騎。エルフ達の追撃は、しかし花男のディヴァインウィルで封じられる。
「背中は預けましたよ、春日君」
「なんか調子狂うが……まあいいか」
「ホリィ……目を覚ませ! お前がその名を嫌うのは、ホリィとしての記憶があるからだろう!」
「わからない人。精いっぱい死にたいのね。いいわ……“喰べて”あげる」
器の纏った蒼いオーラが膨れ上がり、そして蛇のようにうねり変化する。
その突進を盾で受けるヴァイス。刹那は側面から器に駆け寄ろうとするが、クヴェレの矢が足元に突き刺さる。
「邪魔を……しないでください!」
「しているのでしょう? 邪魔を……あなたが」
クヴェレの矢はジグザクの軌道を取り刹那を襲う。避けきれぬ攻撃を盾で受けながら距離を詰め、振動刀で斬りつけた。
「この痛み……毒ですか」
「命まで奪うつもりはない……でも、邪魔をするなら容赦はしないわ」
背後へ飛びながら矢を放つクヴェレを刹那は追撃する。
純粋な戦闘力ではクヴェレの方が上。しかし刹那は技量差を間合いで制していた。
弓使いが最大の力を発揮できるのは遠距離戦。一方、刹那は近距離戦を得意とするし、機動性で上回る為クヴェレを逃がさない。
素早く振りぬいた一撃がクヴェレの脇腹を裂き血をまき散らす。ベノムエッジによるダメージも蓄積している。
正直なところ、ホリィにどんな言葉をかければいいのかわからなかった。ただ、目の前の敵がホリィをずっと遠くへ連れていこうとしていることだけはわかる。
だから、止めなければならない。この敵は自由にしてはいけない相手、その刹那の判断は正しかった。
誰もこの男を抑えなければ、今頃仲間たちは一方的に蹂躙されていただろうから。
「器に全部おいしいところ持ってかれてたまるかよ!」
マルタは笑みを浮かべ、器ごと巻き込むように魔法を放とうとする。
しかしそれを再びメトロノームのマジックキャンセルが封じた。
「テメェエ! うざいんだよ、エルフのくせに!」
「今の攻撃……師匠ごと……。あなたのような人は……っく!?」
そこへ増援として駆け付けた量産型器が襲い掛かる。
ホリィのような異常な力は感じないが、覚醒者として高度な戦闘力を持っているのは変わらない。
「メトロノーム殿!」
紅薔薇はそれを斬魔刀で薙ぎ払うが、量産型は素早く身をかわし、空中から襲い掛かる。
「何故じゃ……何故こうも簡単に、憎しみを増やせる!」
半分ほど腐った顔立ちの少女は、無表情に涙を流しながら紅薔薇へと剣を振るう。
「この世界は憎しみがすべてだ! 命は最初っから死ぬために生まれてくるんだよ!」
「違う……そんなのは間違ってる! 命は消耗品なんかじゃない。命は……愛されるために芽吹くのよ! あなたも目を覚まして!」
エイルの叫びを不快感丸出しの顔で受け止め、マルタは火球を作る。メトロノームはそれに合わせ、同時に火球を作った。
「耳障りなキレイゴトで……あたしをイラつかせるなああああ!」
衝突し爆散する炎の嵐。それを突き抜け、紅薔薇の斬魔刀が炎の渦に十字を刻む。
防ぐことも躱すことも出来なかったマルタはその衝撃で引き裂かれながら大地を跳ねた。
「ぐ、が……クソ、クソォオオ! テメェエエエ! 加減しやがったなァ!!」
額から流れる血を涙のように瞳に貯めながら地に爪を立てるマルタ。紅薔薇は黒煙を刀で払い。
「ホリィは誰の死も望まぬ。この剣は、憎しみには染めぬと決めておる」
「許さねェ……殺してやる。お前だけは……おま……え……」
白目を剥いて倒れこむマルタ。それと同時に増援として出現した量産型器が二人へ襲い掛かった。
乱戦の中へようやく追いついたアーシェとハッドが傷ついた馬から降りて走っていく。
「なに……この戦い……? 本当に……ヒトとヒトの戦い……なの?」
「はああ~、目も当てられぬのう。“森”は本気で戦争を起こすつもりか? ……む、アーシェん!」
襲い掛かってきた少女の影に聖剣を合わせるハッド。アーシェはたじろぎながらもナックルを構え、目を見開く。
「え……? ホリィ……なの?」
「量産型って~やつじゃの。いちち……それにしてはなんという力じゃ」
「あの子、泣いてる……悲しんでるよ。どうして……? わたし……あなたと戦いたくないよ……」
こちらの都合は無関係に、量産型は斬りかかってくる。その戦闘力は圧倒的で、アーシェは翻弄されるばかりだ。
ウィップで威嚇しても心を持たない器には通用しない。繰り出される剣撃にハッドは聖剣を合わせる。
「ぐぬぬ……これは……なかなかしんどい相手じゃな~……!」
ホリィの体を覆う蒼い光はどす黒く歪み、獣のような姿へ変わっていく。
それは最早覚醒者の姿というより、歪虚の姿によく似ていた。
器の攻撃に血を吐きながらなんとか応戦するヴァイス。そこへ明影が魔導拳銃を放つ。
「――流されるだけの結末など、俺は断じて認めない。例えそれを拒まれたとしても、例え俺の何を犠牲にしようとも。俺はお前を救うと、そう決めたのだから!」
怪物は頬を頬をゆがませ、無数の黒い触手を放つ。
それらの触手をレイピアで薙ぎ払おうとするが、体に食いつかれ大地に叩きつけられる。
「自身の意志が介せぬ運命……お前の輝きは、そんなもので消えてしまうものだったのか……! その憎悪は植え付けられたものだ! それは“お前”ではない!」
「これが私よ。私は憎しみの中から生まれた。みんなの祈りが私を作った」
強く締め付けられ、明影の体中の骨が軋む。喉からこみ上げる血が口の端からあふれ出る。
「光なんかなければ良かった。輝きがあるから辛かった。皆の祈りが本当は光を望むものであればあるほど、私の苦しみは強くなった」
「お前は……まさか、あの時……六式結界の中で生まれたのか?」
ソフィアの言葉に怪物は目を細める。
「そうよ、“ママ”。私“達”は生まれてしまったの」
あの瞬間まで、この器に意志などなかった。これまで通り、目覚めれば壊れるだけの器だった。
だが、コレは違う。ヒトの心を、光も闇も共に知るからこそ、それに同調し耐えることができる。
「世界が私を育ててくれた。沢山の光が、そして闇が、“器”を強くした。無限の呪いをため込める程に」
「お前は……。お前の憎悪は……わたしのモノだったのか?」
銃口が震える。だとしたら、なんと悪い冗談だろう。
自分が信じようとして信じられなかったモノ。超えたつもりで胸の内にくすぶっていたモノが、目の前にいる。
「ママ、ママ! 私を育ててくれてありがとう! あなたの憎しみは、とっても素敵だったわ!」
吼える、吼える。その笑い声は世界を劈く咆哮のようだ。
目覚めた怪物は止められない。ハジャは嘗てホリィと呼ばれた少女の末路を、今にも泣きだしそうな顔で見つめていた。
「ハジャ! 何寝ぼけてんだこのバカチン! ぼさっと見てる場合!?」
「リ、リサちゃん……」
「運命とか考えちゃってんの? バカじゃない!? 頭いいフリしてバカなのは知ってたけどここまでとは思わなかったよ!」
ハジャに駆け寄り、リサは真っすぐに見つめ、詰め寄る。
「こちとらアンタと関わって運命変わっちゃってんの! どー落とし前つけてくれんの?!」
「あれを止めるのは俺にだって無理だ。見りゃわかるだろ? アレを育てたのは俺達だ。俺達の、いつかなんとかなるって都合のいい幻想が、ホリィを消してしまった」
そんなハジャん胸倉を掴み上げ、キヅカは顔を突きつける。
「いつまでそんな他人の言葉理由にして逃げてんだテメェ! 未来ってのは自分から手を伸ばさなきゃ一生かわんねぇんだよ! それとも変えたいって言ったあの時の話は嘘か、応えろよ、オィ!」
「リク……なんだよ……俺ばっか悪者かよ。やってらんねぇよな、ったく……やってらんねぇよ」
ふっと呟きキヅカの腕を掴むと、引っ張るようにして背後へ跳ぶ。
それは量産型器の攻撃を回避するため。二人は肩を並べ、リサの前に立つ。
「はいはい! 俺だって本当は正義の味方がいいんだわ!」
「“可愛い子は守ってくれる”んでしょ? だったら最後まで正義の味方、やりなさいよ!」
「リサ、こいつらは俺たちが相手をする! ハジャ……足引っ張んなよ!」
「誰にモノ言ってんだぁ、リクッ!」
二人を置いて走り出すリサ。その向かう先には暴れ狂う器の姿がある。
「貴方に会ったのは一度きりだし、お話も出来なかったけど……貴方のお友達にはたくさん会ってきたよ」
闇の獣に剣を向け、リサは寂しげに微笑む。
「色々なものに振り回されて、疲れちゃったんだよね。少し……ゆっくりしよう?」
放たれた光の杭を大跳躍で躱し、上空を回転しながら触手を放つ器。
降り注ぐ攻撃に引き裂かれ血を流しながら、リサは走る。
「あたしは……友達に笑っていて欲しいだけなんだ。あなたにも友達がいる。沢山の友達がいる! だから、独りになろうとしないで!」
黒い雷を纏って触手を振り払った明影は自己回復しつつ器に駆け寄る。
「例え彼女が既にいなくなっていたとしても、俺は信じる。独善で構わない。それでもお前を……浚いに来た!」
リサ、ヴァイス、明影の同時攻撃を物ともせず、ホリィは蛇のような触手で打ち払う。
「ああ、妬ましいわ。あの子にはこんなに迎えに来てくれる人がいる。愛してくれる人がいる……」
涙を流しながら自らの胸に爪を立て、少女は引きつった笑みを浮かべる。
「いい気分よ、とってもね。今なら何でも壊してしまえそう!」
聖機剣を大地に突き刺し、膨れ上がるマテリアルを光の柱として顕現させる。
「さあ、消え去りなさい……私の世界へ。あらゆる生を憎悪に焦がす、不変の理想郷……」
「これは……まずいっ!」
咄嗟にヴァイスは地を蹴っていた。この感覚には覚えがある。
オルクスの扱う闇の結界術の発動。だが、これは内側に引き込むあの能力とは正反対だ。
溜め込んだマテリアルを外部に放出する。それを許せば、ハンターだけではなくエルフハイムの者達も――。
「零式浄化結界――何……?」
びくりと体を揺らし、動きを止める器。何者かに背後から動きを阻まれているかのようだ。
「誰だお前は……私に干渉するな……!」
「アニス……俺に力を! うおおおおおっ!」
その一瞬の隙をついて膨張するエネルギーに切り込むヴァイス。直後、視界の全てを白く塗りつぶすような閃光と共に、衝撃がすべての者を飲み込んでいった。
「なんでちゅか、今の爆発!?」
遅れてようやくたどり着いた朝騎とタングラムが見たのは、大地を抉るクレーターと、そこにまばらに倒れた者たちの姿だ。
「ちょっと……ヴァイスさん、しっかりして!」
血塗れで倒れたヴァイスへ駆け寄りヒールを施すリサ。エイルも同じく回復を行う。
「……直前で身を挺して抑え込んだのね。馬鹿な男」
「馬鹿ではない……ヴァイスは己の命を使って、意志を体現したのだ」
剣を地につきながら立ち上がる明影。聖機剣を引き抜き、器は顔にかかった髪をふわりとかきあげる。
「面白くないわ。どうして私を否定しないの? あなた達から感じられるのは憎しみじゃない。悲しみ、哀れみ……」
「きれいなものを、あなたにも見せてあげて……それが師匠の願いですから」
煤汚れた頬を拭い、メトロノームは微笑む。
アーシェは状況がまだよく呑み込めていないのか、痛む体を起こし。
「ホリィは……ホリィ、じゃないの? それじゃあなたは……誰?」
「私……? 私は……誰……?」
「ホリィは確かに存在してたし、今も変わらない。消えて、なんかないよ。皆が忘れない限り……彼女は生きてる」
「……そうね。そうでしょうね。でもあなた達は忘れたんだわ! 私もずっと一緒にいたのに! あなたたちのすぐそばにいたのに……誰も私を見てくれない! 私を認めない! みんな汚いものが嫌いだから!!」
「それは違うのじゃ。我らにとってホリィも、今の器んも関係ない」
衝撃でずれた王冠を戻しながら、ハッドは立ち上がる。
「森の代弁者として神と人を繋ぐ存在だった巫女が“浄化の器”に貶められた理由。神を体現する犠牲となった者たちの心はどこへ行くのか……それがおぬしなのじゃな?」
「器の中に幾つの魂が宿ろうとも関係ない。一緒に生きよう……!」
両手を開き歩み寄ろうとするエイル。少女は顔をくしゃくしゃにして泣きながら、しかし剣で拒絶する。それを受け止めたのは紅薔薇だった。
「その心、妾が受け止めてやる! 誰かを憎むくらいなら、怒りでも、悲しみでも良い。お主の想いを妾にぶつけて来い!」
あの日、ホリィは言った。“彼女”を助けてほしいと。約束したのだ、だから……。
「お主自身が幸せになるのを望んで何が悪い! 幸せになるのに、遅いも今更もあるものか!!」
互いの剣激で背後へ滑る少女らの影。朝騎はおずおずと声をかける。
「器さんはホリィさんとは別人でも、同じ体を……別の心を通じて、今までの生活楽しかったんじゃないでちゅか?」
そう。ずっとそばにいた。みんなと一緒だった。ただ、名前を呼んでもらえなかっただけ。
「一緒に帰りまちょう。朝騎は器さんとお友達になりたいでちゅ。一人では抗うのが難しい運命も……憎しみも不幸も不安も、2人3人と手を繋ぎ友達の輪を広げれば案外なんとかなったりするものでちゅよ」
「ドーモ、器ちゃん。花厳刹那です」
おもむろに両手を合わせ、刹那は頭を下げる。
「一緒にいたのなら……知ってるよね? それってたぶん、辛い事……だったよね。なんて言ったらいいのかわからないけど……でも、わたしは……貴女を」
「――私ね、もうすぐ死ぬの」
服の胸元を広げると、そこには青く変色し、腐ったような皮膚が見える。
「遅いも早いもない、そう言ったわね。でももう遅いのよ。私の幸せな時間は、あの子に使い潰された。私はね、こんな時しか目覚められない仕組みなの」
「だとしても死なせぬ。“二人”を必ず幸せにして見せる」
そう言って紅薔薇は手を差し伸べる。
「妾は紅薔薇なのじゃ。お主の名前を教えてくれんかのう?」
「馬鹿ね……名前なんてあるわけないでしょ」
「だったら、“アイ”なんてどう? だって君はホリィじゃないんだから、名前が必要だろ?」
そんなキヅカを心底苛立たしそうに睨みつけ、器は目を細める。
「くだらない……本当に気持ち悪いわね、あなた達。最初に会った時からそうだった。私はあなたたちが嫌いで嫌いで仕方がなかった。諦めが悪くて、図々しくて、物事に囚われない。愚かで……自由で……」
眉間に皺を作り、背を向ける器。それを復帰した量産型器が取り囲む。
戦闘の最中に敵の増援は更に増え、もはやその数はハンターの3倍ほどになっていた。
「お怪我はございませんか、姫」
「問題ないわ。……追って来ようなんて考えないでよね。今度こそ本当に全員殺すわよ」
「わたしも……一緒にエルフハイムへ連れて行ってくれませんか?」
メトロノームの言葉に器は足を止め、僅かに振り返る。
「傍にいればこそ、出来ることもあると思うのです。わたしは……あなたを一人にしたくない」
「あなたは要らないわ。どうせそのうち殺すもの。あの子のにおいのする女なんて吐き気がするし」
「そうですか……残念です。では、せめてお菓子だけでも……」
その言葉にぐっと器が大きく振り返るが、本人もその反応が予想外だったのか、目を丸くし、少し頬を赤らめてすぐに背を向けた。
「いらないわ、そんなもの。あの子が口にしたものなんて、反吐が出る!」
いよいよ立ち去るか……と思いきや、用意された馬に乗りかけた足を止め、ちょこちょこと走って戻ると、不遜な表情で髪をかきあげ。
「――あなた達がどうあがいたところでもう結末は変わらない。私は憎しみでこの世界と心中する。でも、そうね……せいぜい最初は帝国ぐらいが標的でしょう。命が惜しかったらリゼリオでおびえていなさい。それがあなた達には相応しいのだから」
ニィっと笑みを作り、器は今度こそ馬にまたがり、エルフの軍勢と共に去っていった。
「……そうか。結局あいつは行っちまった。まあ、量産型もだいぶ強かったし、ヴァイスの旦那を治療してやらねーとな」
あとから追いついた啓一は腕を組みながらそう呟いた。
戦闘の終了を察知したイーダとテオドールも一目散に逃げだし、啓一は花男らと共にここまで辿り着いた。
今回の戦闘で“使用”され、戦場に取り残された量産型の躯は8体。事切れた人形のように転がるそれらを並べ、エイルは祈りを捧げる。
「命の輝きを兵器とし、使い捨てる……こんなにも簡単に。到底赦せるものではない。この行いは明確に、俺と相反する」
「器ちゃんも……近々こうなるんですよね。最初からそうするために作られた……頭ではわかっていたのに」
理解に追いついてきた現実に明影と刹那は神妙な面持ちを浮かべる。
楽しかった日々の方が偽りで、これこそが真実。ホリィと笑いあえた時間は、本当に奇跡だったのだと知る。
「人を傷つけ殺し、世界を壊す……やってることは歪虚と同じでちゅ。同胞のエルフまで使い捨てる掟の森は本末転倒馬鹿でちゅ」
「長く続き、繰り返された歴史が歪んだ考えを育んでしまったのじゃの。あの器が抱く孤独は、これまでの犠牲者のもの。癒すのは簡単ではないの~」
「でも……あの子は、恐かっただけなんじゃないかな」
量産型の亡骸に跪いて祈るアーシェに朝騎とハッドは視線を送る。
「わたしも何も知らなかったから、外の世界が怖かった……。都会に行った時、すごく独りぼっちな気がした。あの子はずっと恐くて、さびしくて……“助けて”って、叫んでたんじゃないかな」
そんなハンターらから少し離れた場所で佇むハジャ。その尻をリサは結構強めに蹴り飛ばす。
「ででーん、ハジャ、アウトー!」
「いてぇ!? なんだよ急に!」
「いやぁ……助けてくれたのはうれしいけど、本当によかったのかなって」
「そうだな。これで俺も晴れて咎人。狩る側から狩られる側だ。だけど、それでも助けたい奴がいるんだ」
「助けに行くんだね。友達を」
頷き、そしてハジャはリサと向き合う。
「ありがとうな。君たちに会えて、本当によかった」
「礼には及ばないよ。だってあたし達は、“仲間”でしょ?」
リサの差し出した手を強く握り返し、ハジャは照れくさそうに笑った。
伸ばした手、伸ばされた手。つながってはまた離れていく。それでももう一度と、手を伸ばし続ける。
「そう約束したのじゃ。のう? ホリィ……」
顔を上げ、前を見る。まだ終わってはいない。紅薔薇の瞳は絶望ではなく、希望を見据えていた。
そこへハンターらが駆けつけると、テオドールは口角を持ち上げる。
「へぇえ! 結構な数の刺客を送ったのに、まだこんなに抜けてくるやつがいるんだね!」
二人の掟の森の目的は足止め。バイクや馬で突破を試みるハンターへの対処は決まっている。
文字通り足を止めるのだ。二人はその為に投擲可能な得物を持っている。
「散開して突破するぞ!」
ヴァイス(ka0364)が叫ぶと同時、ハンターは大きく敵を迂回し、左右に別れた。
束ねた苦無を手にテオドールは視線を左右に動かす。
散開は正解。だが、未だ広角投射で三名は確実に足止めできる。
「させるかよ!」
真っ直ぐに距離を詰め、ゴースロンから飛び降りた春日 啓一(ka1621)が聖拳で殴り掛かる。
相性の悪い相手だとわかっていたが、広角投射に気づき妨害に入れるのはこの瞬間啓一だけだった。
しかしテオドールは踊るようにこの一撃を回避。投擲された苦無はバイクではなく馬を狙う。
バイクは完全破壊が困難であり、少しのダメージでは走行に問題は発生しない。
だが馬は別だ。高位の覚醒者の攻撃を受けて走り続けることは不可能だ。
束ねて投げられた苦無がアーシェ(ka6089)、ハッド(ka5000)の馬に突き刺さり動きを止める。
紅薔薇(ka4766)は卓越した騎乗技術で馬上でも攻撃をかわし、突破。
続けてイーダは自分の方向から突破を狙うメトロノーム・ソングライト(ka1267)に片手斧を投げつける。
メトロノームにこれを躱す能力はなかった。だが、間に入ったタングラムが斧を打ち払う。
続けて北谷王子 朝騎(ka5818)が空に放った符が雷撃を放ち、二人のエルフを襲った。
「モタモタしてる暇はないちゅ! さっさと抜けるでちゅよ!」
「タングラム、こいつのスピードは相性が悪い……代わってくれ!」
「わかったですよ、啓一!」
それぞれに襲いかかるテオドールとイーダ。啓一とタングラムは背中わせに回転するように互いの攻撃を受け合う。
斧を盾で受けた啓一は、すかさず拳を繰り出しイーダをアッパーで殴り飛ばす。
「先に行け! こいつらは俺達が受け持つ!」
「けー君……」
仲間達を護るように背を向け、啓一は横に突き出した親指を立てる。
「リク、ねーさん……皆、頼んだぜ」
遠ざかる仲間、また転倒から復帰しようとする仲間から目を逸らす為、啓一はマテリアルの炎を纏った。
「まさか、本気で私達を止められると思っているのか?」
イーダは既に受けた傷を回復している。リジェネレーションだ。
既にこのやり取りの間に転倒しなかったメンバーはイーダの射程外にいる。
故に次に狙うのは、転倒から復帰しようとしているアーシェとハッドの二名だ。
啓一はイーダの視線を身体で遮り攻撃を仕掛ける。啓一の目的もまた、追撃の妨害。
「まだ車輪の後は残っているから、追いかけられるはずでちゅよ!」
「いたた……うむ。我輩の嗅覚もあるしの」
しかし、ハッドの馬は既に傷ついている。万全の機動力は出せないだろう。
単純な話、馬車側の機動力が落ちなければ追いつくのは困難ということになる。
それはアーシェも同じことだ。馬に乗り直し走り出しても、移動力は衰えている。
「でも、急がないと……徒歩で行くよりいいよね。ごめんね……」
ゴースロンを撫で、アーシェも走り出した。テオドールは再び投擲を繰り出そうとするが、タングラムと朝騎がこれを赦さない。
「ハッ! まあいいや、あんたらを殺して追いかければ済む話だし!」
「そうはさせないでちゅよ!」
くわっと目を見開き、朝騎は両腕を広げる。
何らかの隠し玉かと一瞬警戒したテオドールだが、朝騎がモジモジしながら衣服に手をかけると目が点になる。
「恥ずかしいでちゅが……刮目するがよいでちゅ! 文字通り朝騎が一肌脱いで見せるでちゅ……ぐあああああっ!?」
投擲されてきた苦無に引き裂かれる朝騎。
「馬鹿な……色仕掛けが通じない……でちゅって!?」
「いや……ていうかあんた、今の状態でもほとんど透けてるじゃん。痴女じゃん」
「人聞きが悪いでちゅね。こう見えて恥じらいを持つ乙女でちゅよ!」
火炎を纏った符を投擲する朝騎。その符はテオドールの直前で爆散する。
その炎の影から飛び込んだタングラムが短剣でテオドールの首筋を斬りつける。
一方、啓一はイーダとの決闘を続けている。
単純な戦闘力ならば啓一が一枚上手。だがイーダは爆発的な回復力を持っている。
互いの得物が火花を散らす度、啓一もまた少しずつダメージを受けていく。
「タフだな。そこそこいいのをぶち込んでるっつーのによ」
「何故私たちの邪魔をする。ハンターは中立者の筈だが?」
「先に邪魔をしたのはお前達だ。俺達の大事な日常に踏み込み、そして奪っていった」
目を瞑り、そして拳にマテリアルの炎を纏う。
繰り出された一撃はイーダの防御をこじ開け、閃光と共に腹に炸裂しその体を大きく後退させた。
「ぐっ、これが人間の力か……だが」
背後の気配に感づき、啓一は大きく飛びのく。
襲い掛かってきたのは小さな影。リゼリオから引き返してきた、暗殺部隊。だが――。
「こいつは――」
白いヴェールを纏った年端もいかぬ少女。
幽鬼のような気配と共に、器にそっくりな少女たちが啓一を包囲していた。
「見えた……あの馬車だよ!」
リサ=メテオール(ka3520)が声を上げた。器を乗せた馬車は、ハンターらより移動力が低い。
まだ道はほとんど直線のみ。ならば、いずれは追いつける道理だ。
「当然迎撃してくるぞ! 一か所に固まらず、ばらけて追い込むんだ!」
ヴァイスの言う通り、敵の狙いは範囲攻撃。それは先の突破時にもわかっている。
「そうだ、追いかけてこい! 殺してやるよォ、ニンゲン共!」
馬車の後部で手招きするマルタ。弥勒 明影(ka0189)はロングボウ「デューコレール」で狙いを定める。
長射程を持つ矢の一撃。これを馬車の屋根に立つクヴェレは同じく矢によって打ち払う。
放たれた矢が空中で矢と衝突し、逸らされる。クヴェレは涼しい顔で片目を瞑り微笑んだ。
「その程度で私たちを止められるとでも?」
ソフィア =リリィホルム(ka2383)が撃ち込んだライフル弾も、矢によって弾き飛ばされる。
「おいおい、どういう神経してやがる!」
真正面から突っ込んでいくヴァイス、そして迂回する形で花厳 刹那(ka3984)が馬車の側面から迫る。
マルタは火球を放ちヴァイスを狙う。この爆炎からは逃れられず、ヴァイスのバイクはスリップ。
刹那はクヴェレの矢を躱しながら距離を詰め、馬車に飛び移ろうとするが、内部から出てきたハジャの蹴りでこれを阻まれてしまった。
「ハージャーーー! なんであんたが“そこ”にいんのよ!?」
「リサちゃんか……悪いことは言わん、ついてくるな!」
そういってハジャは拳銃を構える。放たれる弾丸、その間に入ったのはキヅカ・リク(ka0038)だ。
「てめえ……人の彼女に何しやがる!」
「リク!」
バイク上で魔法を放とうとするリクだが、その幻想は紡がれる前に消滅する。マルタにキャンセルされたのだ。
「アッハハ!! いたのかよお前!」
「掟の森……!」
マルタが纏う炎のマテリアル、しかし今度はこちらが消滅する。メトロノームのカウンターマジックだ。
「それができるのは……あなただけではありませんよ?」
ふっと笑い、メトロノームはアイスボルトを放つ。狙いは馬車だ。
車輪の破壊には至らなかったが、凍結は明らかに馬車の動きを鈍らせ、速力は低下する。
「ふざけやがって! なんでエルフが人間の味方をする!?」
「ふざけているのはあなたたちの方です。エルフと人間……どちらも差別される必要なんてありません」
馬車の進行方向、そちらから別の騎馬部隊が迫ってくる。
それが合流を目指す敵の増援であることは明らかだった。
「新手か……合流される前に馬車を止めるのじゃ!」
馬上で斬魔刀を手に距離を詰めていく紅薔薇。そこへマルタはスリープクラウドを放つ。
広範囲を、それこそ馬車が見えなくなるほどの範囲を閉ざす煙だ。追跡している関係上、ハンターらはどうしてもここに入ってしまう。
しかし、この直撃にヴァイスは堪えていた。あらかじめ想定し、痛みで目を覚ます仕掛けを施していたのだ。
「紅薔薇、しっかりしろ!」
「ぐっ……すまぬのじゃ、ヴァイス殿」
肩を叩かれ途切れかけていた意識を取り戻した紅薔薇は距離を詰め、馬車を斬魔刀で薙ぎ払った。
長大な刃は一撃で馬車を丸ごと薙ぎ払えるだけの威力を放つ。実際逃げ場がなく、マルタは青ざめた悲鳴を上げた。
薔薇の幻影の舞い散るその一撃が馬車を壊せなかったのは、馬車から出てきた少女が聖機剣で受け止めていたからだ。
舞い散る花びらの中、二人の視線が交錯する。ホリィと呼ばれていた少女は無表情に、聖機剣の力を解き放つ。
祢々切丸に見劣りしないサイズに膨れ上がった光の剣は紅薔薇をはじき返し、続いてヴァイスへと振り下ろされた。
「ホリィ……なのか!?」
盾で受け、しかしバランスを崩すヴァイス。
多くの仲間が体勢を崩しているこの一瞬、気を抜けば大きく距離を引き離されるだろう。
そんな一瞬の決断を求められた時、メトロノームは迷わず魔法を唱えた。
「ごめんなさい……師匠」
放たれたのは広範囲を無差別に爆破する魔法、ファイアーボール。
馬や器を傷つけたくはなかったが、使わざるを得なかった。
爆風は目論見通り馬車を大きく揺らし、速力を落とした。そこへリサがとりつき、発動したのはディヴァインウィルだ。
自らの周囲に通行不能の壁を作り出す魔法。それを敵を効果範囲内に入れて使った時、どうなるのか。
馬は突然目の前に現れた壁に激突し、動きを止める。続いて馬車が一気にバランスを崩し転倒した。
「ホリィ!」
思わず叫ぶエイル・メヌエット(ka2807)。土煙の中、器は横転した馬車の上に立っていた。
「ご無事ですか、姫様」
クヴェレを一瞥し、器は目を細める。そうして深く溜息を零した。
「――どうして邪魔をするの? 私が私のあるべき場所に戻るのに、何故邪魔をされなければならないの?」
「器……ちゃん?」
「師匠……そんな」
冷え切って熱の一つも宿らないような口調に刹那はかける言葉を失っていた。
メトロノームにはわかる。彼女は人形のようでいて、その実豊かな感情を持っていた。
だが、今の器からは無尽蔵の憎悪しか感じられない。それは、かつてメトロノームの憧れた少女ではなかった。
「お主は……ホリィではないのだな」
わかっていたことだ。だからこそ、紅薔薇は頭を振る。
「……『初めまして』じゃな。妾はお主と友達になりに来たのじゃ」
「友達?」
「約束したのじゃ。ホリィは言っていた。“お主”に沢山の“綺麗”を見せてほしいと」
俯き、僅かに肩を震わせる器。それは徐々に大きくなり、はじける様にして口を開いた。
「――アハハハハハハッ!! 友達? 友達ですって? この私と? 冗談じゃないわ……ええ、本当に面白い。最悪の気分よ、ニンゲン」
ニィっと、心の底からすべてを歪ませるように笑い、器は首を擡げる。
「ああ……吐き気がする。気持ち悪くて……気持ち悪くて気持ち悪くて、喉が、喉が渇いて、堪らなくなりそう」
ぐっと、自らの首をきつく締め、突き立てた爪が皮膚を裂き、血が滴る。
指先のそれを舐め、少女は濁った瞳を三日月のように細める。
それは、おおよそヒトが抱き得る範囲の憎悪ではない。目にしただけで心を病むような、邪悪な視線。
「これが……こんなものが、ホリィの末路だというのか」
帽子を目深に被り、唇を噛む明影。
否定などしたくない。どんなものにも輝きはあると信じている。
だが――この輝きはあまりにも昏すぎる。ただそこにいるだけで、すべての星を飲み込んでしまう程に。
「ホリィ……それでもお前はホリィだ! だからお前は一度は足を止め、振り返ろうとした!」
「その腐った名前を口にしないで。内臓がぐるぐるしそう。一分一秒でも、ソレと同じだなんて思われたくないわ」
聖機剣をヴァイスに突き付け、少女は今度は額に手を当て震えだす。
「そうよ、思われたくないわ。ええ、だって、だから……そうでしょう? つまり、だとしても、これだから!」
振るわれた刃が盾の防御ごとヴァイスを弾き飛ばす。生半可な威力ではない。これではまるで――。
「アハハ! 寂しいよ、怖いよ、苦しいよ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! アハハッ! 沢山血が出るところが見たいわ。綺麗なお花! 溶けたにおい! アハ! アハハ!」
きっと大丈夫だと、信じると小さく笑って手を振った少女はもうどこにもいない。
目の前にいるのは、ホリィではない。壊れてしまった人形の末路。憎しみが作った怪物であった。
「ふおっ、なんでちゅ!?」
馬車と仲間が走り去った方角から、ずっしりと重く響くようなマテリアルを感じ朝騎は目を丸くする。
「まさか……器が……ぐっ!?」
「余所見してる余裕あるの? オバサン!」
テオドールの斬撃にたたらを踏むタングラム。更に量産型器の攻撃が朝騎を傷つける。
「まずいでちゅ……この子たち一人一人がかなり強い……!」
タングラムに守ってもらっているが、それももう限界だ。朝騎の体力はいつ尽きてもおかしくない。
そして啓一もまた、ニ体の器とイーダに攻撃を受け、血塗れで膝をついていた。
「まだだ……まだ、俺は倒れてねぇぞ」
「呆れた意志力だ。私も“道具”がなければ勝てなかっただろう」
実際、啓一は一人でよく堪えた。彼がタングラムや朝騎を守らねば、今頃相当数の数の量産型器が仲間を追撃していたはずだ。
「お前は危険だ。わざわざ固執する必要は本来ないが、ここで始末させてもらう」
イーダがそうして斧を振り上げた時だ。遠距離からの狙撃が、手から斧を弾き飛ばした。
「何……ぐっ!?」
長く伸び、よくしなる剣。それに啓一は覚えがあった。
「まだ生きていますか? 春日君」
「あんたは……花男?」
「キアラも一緒です……助けに来るのが遅れてすみませんでした」
そう言って花男は啓一の体に回復魔法を施す。すると一瞬で傷がふさがり、再び立ち上がれるまでになった。
「そういや聖導師だったな」
「ここは受け持ちます。先に行って構いませんよ」
「お言葉はありがたいがな……タングラム、俺の馬を使って朝騎と先に行け。向こうはどうもやばいことになってるらしい」
頷くタングラム。当然行かせるつもりなどないテオドールが襲い掛かろうとするが、啓一が攻撃を受け止める。
「さっさと行け!」
馬に乗って走り去るタングラムと朝騎。エルフ達の追撃は、しかし花男のディヴァインウィルで封じられる。
「背中は預けましたよ、春日君」
「なんか調子狂うが……まあいいか」
「ホリィ……目を覚ませ! お前がその名を嫌うのは、ホリィとしての記憶があるからだろう!」
「わからない人。精いっぱい死にたいのね。いいわ……“喰べて”あげる」
器の纏った蒼いオーラが膨れ上がり、そして蛇のようにうねり変化する。
その突進を盾で受けるヴァイス。刹那は側面から器に駆け寄ろうとするが、クヴェレの矢が足元に突き刺さる。
「邪魔を……しないでください!」
「しているのでしょう? 邪魔を……あなたが」
クヴェレの矢はジグザクの軌道を取り刹那を襲う。避けきれぬ攻撃を盾で受けながら距離を詰め、振動刀で斬りつけた。
「この痛み……毒ですか」
「命まで奪うつもりはない……でも、邪魔をするなら容赦はしないわ」
背後へ飛びながら矢を放つクヴェレを刹那は追撃する。
純粋な戦闘力ではクヴェレの方が上。しかし刹那は技量差を間合いで制していた。
弓使いが最大の力を発揮できるのは遠距離戦。一方、刹那は近距離戦を得意とするし、機動性で上回る為クヴェレを逃がさない。
素早く振りぬいた一撃がクヴェレの脇腹を裂き血をまき散らす。ベノムエッジによるダメージも蓄積している。
正直なところ、ホリィにどんな言葉をかければいいのかわからなかった。ただ、目の前の敵がホリィをずっと遠くへ連れていこうとしていることだけはわかる。
だから、止めなければならない。この敵は自由にしてはいけない相手、その刹那の判断は正しかった。
誰もこの男を抑えなければ、今頃仲間たちは一方的に蹂躙されていただろうから。
「器に全部おいしいところ持ってかれてたまるかよ!」
マルタは笑みを浮かべ、器ごと巻き込むように魔法を放とうとする。
しかしそれを再びメトロノームのマジックキャンセルが封じた。
「テメェエ! うざいんだよ、エルフのくせに!」
「今の攻撃……師匠ごと……。あなたのような人は……っく!?」
そこへ増援として駆け付けた量産型器が襲い掛かる。
ホリィのような異常な力は感じないが、覚醒者として高度な戦闘力を持っているのは変わらない。
「メトロノーム殿!」
紅薔薇はそれを斬魔刀で薙ぎ払うが、量産型は素早く身をかわし、空中から襲い掛かる。
「何故じゃ……何故こうも簡単に、憎しみを増やせる!」
半分ほど腐った顔立ちの少女は、無表情に涙を流しながら紅薔薇へと剣を振るう。
「この世界は憎しみがすべてだ! 命は最初っから死ぬために生まれてくるんだよ!」
「違う……そんなのは間違ってる! 命は消耗品なんかじゃない。命は……愛されるために芽吹くのよ! あなたも目を覚まして!」
エイルの叫びを不快感丸出しの顔で受け止め、マルタは火球を作る。メトロノームはそれに合わせ、同時に火球を作った。
「耳障りなキレイゴトで……あたしをイラつかせるなああああ!」
衝突し爆散する炎の嵐。それを突き抜け、紅薔薇の斬魔刀が炎の渦に十字を刻む。
防ぐことも躱すことも出来なかったマルタはその衝撃で引き裂かれながら大地を跳ねた。
「ぐ、が……クソ、クソォオオ! テメェエエエ! 加減しやがったなァ!!」
額から流れる血を涙のように瞳に貯めながら地に爪を立てるマルタ。紅薔薇は黒煙を刀で払い。
「ホリィは誰の死も望まぬ。この剣は、憎しみには染めぬと決めておる」
「許さねェ……殺してやる。お前だけは……おま……え……」
白目を剥いて倒れこむマルタ。それと同時に増援として出現した量産型器が二人へ襲い掛かった。
乱戦の中へようやく追いついたアーシェとハッドが傷ついた馬から降りて走っていく。
「なに……この戦い……? 本当に……ヒトとヒトの戦い……なの?」
「はああ~、目も当てられぬのう。“森”は本気で戦争を起こすつもりか? ……む、アーシェん!」
襲い掛かってきた少女の影に聖剣を合わせるハッド。アーシェはたじろぎながらもナックルを構え、目を見開く。
「え……? ホリィ……なの?」
「量産型って~やつじゃの。いちち……それにしてはなんという力じゃ」
「あの子、泣いてる……悲しんでるよ。どうして……? わたし……あなたと戦いたくないよ……」
こちらの都合は無関係に、量産型は斬りかかってくる。その戦闘力は圧倒的で、アーシェは翻弄されるばかりだ。
ウィップで威嚇しても心を持たない器には通用しない。繰り出される剣撃にハッドは聖剣を合わせる。
「ぐぬぬ……これは……なかなかしんどい相手じゃな~……!」
ホリィの体を覆う蒼い光はどす黒く歪み、獣のような姿へ変わっていく。
それは最早覚醒者の姿というより、歪虚の姿によく似ていた。
器の攻撃に血を吐きながらなんとか応戦するヴァイス。そこへ明影が魔導拳銃を放つ。
「――流されるだけの結末など、俺は断じて認めない。例えそれを拒まれたとしても、例え俺の何を犠牲にしようとも。俺はお前を救うと、そう決めたのだから!」
怪物は頬を頬をゆがませ、無数の黒い触手を放つ。
それらの触手をレイピアで薙ぎ払おうとするが、体に食いつかれ大地に叩きつけられる。
「自身の意志が介せぬ運命……お前の輝きは、そんなもので消えてしまうものだったのか……! その憎悪は植え付けられたものだ! それは“お前”ではない!」
「これが私よ。私は憎しみの中から生まれた。みんなの祈りが私を作った」
強く締め付けられ、明影の体中の骨が軋む。喉からこみ上げる血が口の端からあふれ出る。
「光なんかなければ良かった。輝きがあるから辛かった。皆の祈りが本当は光を望むものであればあるほど、私の苦しみは強くなった」
「お前は……まさか、あの時……六式結界の中で生まれたのか?」
ソフィアの言葉に怪物は目を細める。
「そうよ、“ママ”。私“達”は生まれてしまったの」
あの瞬間まで、この器に意志などなかった。これまで通り、目覚めれば壊れるだけの器だった。
だが、コレは違う。ヒトの心を、光も闇も共に知るからこそ、それに同調し耐えることができる。
「世界が私を育ててくれた。沢山の光が、そして闇が、“器”を強くした。無限の呪いをため込める程に」
「お前は……。お前の憎悪は……わたしのモノだったのか?」
銃口が震える。だとしたら、なんと悪い冗談だろう。
自分が信じようとして信じられなかったモノ。超えたつもりで胸の内にくすぶっていたモノが、目の前にいる。
「ママ、ママ! 私を育ててくれてありがとう! あなたの憎しみは、とっても素敵だったわ!」
吼える、吼える。その笑い声は世界を劈く咆哮のようだ。
目覚めた怪物は止められない。ハジャは嘗てホリィと呼ばれた少女の末路を、今にも泣きだしそうな顔で見つめていた。
「ハジャ! 何寝ぼけてんだこのバカチン! ぼさっと見てる場合!?」
「リ、リサちゃん……」
「運命とか考えちゃってんの? バカじゃない!? 頭いいフリしてバカなのは知ってたけどここまでとは思わなかったよ!」
ハジャに駆け寄り、リサは真っすぐに見つめ、詰め寄る。
「こちとらアンタと関わって運命変わっちゃってんの! どー落とし前つけてくれんの?!」
「あれを止めるのは俺にだって無理だ。見りゃわかるだろ? アレを育てたのは俺達だ。俺達の、いつかなんとかなるって都合のいい幻想が、ホリィを消してしまった」
そんなハジャん胸倉を掴み上げ、キヅカは顔を突きつける。
「いつまでそんな他人の言葉理由にして逃げてんだテメェ! 未来ってのは自分から手を伸ばさなきゃ一生かわんねぇんだよ! それとも変えたいって言ったあの時の話は嘘か、応えろよ、オィ!」
「リク……なんだよ……俺ばっか悪者かよ。やってらんねぇよな、ったく……やってらんねぇよ」
ふっと呟きキヅカの腕を掴むと、引っ張るようにして背後へ跳ぶ。
それは量産型器の攻撃を回避するため。二人は肩を並べ、リサの前に立つ。
「はいはい! 俺だって本当は正義の味方がいいんだわ!」
「“可愛い子は守ってくれる”んでしょ? だったら最後まで正義の味方、やりなさいよ!」
「リサ、こいつらは俺たちが相手をする! ハジャ……足引っ張んなよ!」
「誰にモノ言ってんだぁ、リクッ!」
二人を置いて走り出すリサ。その向かう先には暴れ狂う器の姿がある。
「貴方に会ったのは一度きりだし、お話も出来なかったけど……貴方のお友達にはたくさん会ってきたよ」
闇の獣に剣を向け、リサは寂しげに微笑む。
「色々なものに振り回されて、疲れちゃったんだよね。少し……ゆっくりしよう?」
放たれた光の杭を大跳躍で躱し、上空を回転しながら触手を放つ器。
降り注ぐ攻撃に引き裂かれ血を流しながら、リサは走る。
「あたしは……友達に笑っていて欲しいだけなんだ。あなたにも友達がいる。沢山の友達がいる! だから、独りになろうとしないで!」
黒い雷を纏って触手を振り払った明影は自己回復しつつ器に駆け寄る。
「例え彼女が既にいなくなっていたとしても、俺は信じる。独善で構わない。それでもお前を……浚いに来た!」
リサ、ヴァイス、明影の同時攻撃を物ともせず、ホリィは蛇のような触手で打ち払う。
「ああ、妬ましいわ。あの子にはこんなに迎えに来てくれる人がいる。愛してくれる人がいる……」
涙を流しながら自らの胸に爪を立て、少女は引きつった笑みを浮かべる。
「いい気分よ、とってもね。今なら何でも壊してしまえそう!」
聖機剣を大地に突き刺し、膨れ上がるマテリアルを光の柱として顕現させる。
「さあ、消え去りなさい……私の世界へ。あらゆる生を憎悪に焦がす、不変の理想郷……」
「これは……まずいっ!」
咄嗟にヴァイスは地を蹴っていた。この感覚には覚えがある。
オルクスの扱う闇の結界術の発動。だが、これは内側に引き込むあの能力とは正反対だ。
溜め込んだマテリアルを外部に放出する。それを許せば、ハンターだけではなくエルフハイムの者達も――。
「零式浄化結界――何……?」
びくりと体を揺らし、動きを止める器。何者かに背後から動きを阻まれているかのようだ。
「誰だお前は……私に干渉するな……!」
「アニス……俺に力を! うおおおおおっ!」
その一瞬の隙をついて膨張するエネルギーに切り込むヴァイス。直後、視界の全てを白く塗りつぶすような閃光と共に、衝撃がすべての者を飲み込んでいった。
「なんでちゅか、今の爆発!?」
遅れてようやくたどり着いた朝騎とタングラムが見たのは、大地を抉るクレーターと、そこにまばらに倒れた者たちの姿だ。
「ちょっと……ヴァイスさん、しっかりして!」
血塗れで倒れたヴァイスへ駆け寄りヒールを施すリサ。エイルも同じく回復を行う。
「……直前で身を挺して抑え込んだのね。馬鹿な男」
「馬鹿ではない……ヴァイスは己の命を使って、意志を体現したのだ」
剣を地につきながら立ち上がる明影。聖機剣を引き抜き、器は顔にかかった髪をふわりとかきあげる。
「面白くないわ。どうして私を否定しないの? あなた達から感じられるのは憎しみじゃない。悲しみ、哀れみ……」
「きれいなものを、あなたにも見せてあげて……それが師匠の願いですから」
煤汚れた頬を拭い、メトロノームは微笑む。
アーシェは状況がまだよく呑み込めていないのか、痛む体を起こし。
「ホリィは……ホリィ、じゃないの? それじゃあなたは……誰?」
「私……? 私は……誰……?」
「ホリィは確かに存在してたし、今も変わらない。消えて、なんかないよ。皆が忘れない限り……彼女は生きてる」
「……そうね。そうでしょうね。でもあなた達は忘れたんだわ! 私もずっと一緒にいたのに! あなたたちのすぐそばにいたのに……誰も私を見てくれない! 私を認めない! みんな汚いものが嫌いだから!!」
「それは違うのじゃ。我らにとってホリィも、今の器んも関係ない」
衝撃でずれた王冠を戻しながら、ハッドは立ち上がる。
「森の代弁者として神と人を繋ぐ存在だった巫女が“浄化の器”に貶められた理由。神を体現する犠牲となった者たちの心はどこへ行くのか……それがおぬしなのじゃな?」
「器の中に幾つの魂が宿ろうとも関係ない。一緒に生きよう……!」
両手を開き歩み寄ろうとするエイル。少女は顔をくしゃくしゃにして泣きながら、しかし剣で拒絶する。それを受け止めたのは紅薔薇だった。
「その心、妾が受け止めてやる! 誰かを憎むくらいなら、怒りでも、悲しみでも良い。お主の想いを妾にぶつけて来い!」
あの日、ホリィは言った。“彼女”を助けてほしいと。約束したのだ、だから……。
「お主自身が幸せになるのを望んで何が悪い! 幸せになるのに、遅いも今更もあるものか!!」
互いの剣激で背後へ滑る少女らの影。朝騎はおずおずと声をかける。
「器さんはホリィさんとは別人でも、同じ体を……別の心を通じて、今までの生活楽しかったんじゃないでちゅか?」
そう。ずっとそばにいた。みんなと一緒だった。ただ、名前を呼んでもらえなかっただけ。
「一緒に帰りまちょう。朝騎は器さんとお友達になりたいでちゅ。一人では抗うのが難しい運命も……憎しみも不幸も不安も、2人3人と手を繋ぎ友達の輪を広げれば案外なんとかなったりするものでちゅよ」
「ドーモ、器ちゃん。花厳刹那です」
おもむろに両手を合わせ、刹那は頭を下げる。
「一緒にいたのなら……知ってるよね? それってたぶん、辛い事……だったよね。なんて言ったらいいのかわからないけど……でも、わたしは……貴女を」
「――私ね、もうすぐ死ぬの」
服の胸元を広げると、そこには青く変色し、腐ったような皮膚が見える。
「遅いも早いもない、そう言ったわね。でももう遅いのよ。私の幸せな時間は、あの子に使い潰された。私はね、こんな時しか目覚められない仕組みなの」
「だとしても死なせぬ。“二人”を必ず幸せにして見せる」
そう言って紅薔薇は手を差し伸べる。
「妾は紅薔薇なのじゃ。お主の名前を教えてくれんかのう?」
「馬鹿ね……名前なんてあるわけないでしょ」
「だったら、“アイ”なんてどう? だって君はホリィじゃないんだから、名前が必要だろ?」
そんなキヅカを心底苛立たしそうに睨みつけ、器は目を細める。
「くだらない……本当に気持ち悪いわね、あなた達。最初に会った時からそうだった。私はあなたたちが嫌いで嫌いで仕方がなかった。諦めが悪くて、図々しくて、物事に囚われない。愚かで……自由で……」
眉間に皺を作り、背を向ける器。それを復帰した量産型器が取り囲む。
戦闘の最中に敵の増援は更に増え、もはやその数はハンターの3倍ほどになっていた。
「お怪我はございませんか、姫」
「問題ないわ。……追って来ようなんて考えないでよね。今度こそ本当に全員殺すわよ」
「わたしも……一緒にエルフハイムへ連れて行ってくれませんか?」
メトロノームの言葉に器は足を止め、僅かに振り返る。
「傍にいればこそ、出来ることもあると思うのです。わたしは……あなたを一人にしたくない」
「あなたは要らないわ。どうせそのうち殺すもの。あの子のにおいのする女なんて吐き気がするし」
「そうですか……残念です。では、せめてお菓子だけでも……」
その言葉にぐっと器が大きく振り返るが、本人もその反応が予想外だったのか、目を丸くし、少し頬を赤らめてすぐに背を向けた。
「いらないわ、そんなもの。あの子が口にしたものなんて、反吐が出る!」
いよいよ立ち去るか……と思いきや、用意された馬に乗りかけた足を止め、ちょこちょこと走って戻ると、不遜な表情で髪をかきあげ。
「――あなた達がどうあがいたところでもう結末は変わらない。私は憎しみでこの世界と心中する。でも、そうね……せいぜい最初は帝国ぐらいが標的でしょう。命が惜しかったらリゼリオでおびえていなさい。それがあなた達には相応しいのだから」
ニィっと笑みを作り、器は今度こそ馬にまたがり、エルフの軍勢と共に去っていった。
「……そうか。結局あいつは行っちまった。まあ、量産型もだいぶ強かったし、ヴァイスの旦那を治療してやらねーとな」
あとから追いついた啓一は腕を組みながらそう呟いた。
戦闘の終了を察知したイーダとテオドールも一目散に逃げだし、啓一は花男らと共にここまで辿り着いた。
今回の戦闘で“使用”され、戦場に取り残された量産型の躯は8体。事切れた人形のように転がるそれらを並べ、エイルは祈りを捧げる。
「命の輝きを兵器とし、使い捨てる……こんなにも簡単に。到底赦せるものではない。この行いは明確に、俺と相反する」
「器ちゃんも……近々こうなるんですよね。最初からそうするために作られた……頭ではわかっていたのに」
理解に追いついてきた現実に明影と刹那は神妙な面持ちを浮かべる。
楽しかった日々の方が偽りで、これこそが真実。ホリィと笑いあえた時間は、本当に奇跡だったのだと知る。
「人を傷つけ殺し、世界を壊す……やってることは歪虚と同じでちゅ。同胞のエルフまで使い捨てる掟の森は本末転倒馬鹿でちゅ」
「長く続き、繰り返された歴史が歪んだ考えを育んでしまったのじゃの。あの器が抱く孤独は、これまでの犠牲者のもの。癒すのは簡単ではないの~」
「でも……あの子は、恐かっただけなんじゃないかな」
量産型の亡骸に跪いて祈るアーシェに朝騎とハッドは視線を送る。
「わたしも何も知らなかったから、外の世界が怖かった……。都会に行った時、すごく独りぼっちな気がした。あの子はずっと恐くて、さびしくて……“助けて”って、叫んでたんじゃないかな」
そんなハンターらから少し離れた場所で佇むハジャ。その尻をリサは結構強めに蹴り飛ばす。
「ででーん、ハジャ、アウトー!」
「いてぇ!? なんだよ急に!」
「いやぁ……助けてくれたのはうれしいけど、本当によかったのかなって」
「そうだな。これで俺も晴れて咎人。狩る側から狩られる側だ。だけど、それでも助けたい奴がいるんだ」
「助けに行くんだね。友達を」
頷き、そしてハジャはリサと向き合う。
「ありがとうな。君たちに会えて、本当によかった」
「礼には及ばないよ。だってあたし達は、“仲間”でしょ?」
リサの差し出した手を強く握り返し、ハジャは照れくさそうに笑った。
伸ばした手、伸ばされた手。つながってはまた離れていく。それでももう一度と、手を伸ばし続ける。
「そう約束したのじゃ。のう? ホリィ……」
顔を上げ、前を見る。まだ終わってはいない。紅薔薇の瞳は絶望ではなく、希望を見据えていた。
依頼結果
参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
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質問卓 春日 啓一(ka1621) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/10/20 12:59:45 |
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今何をしたいか(相談卓) 春日 啓一(ka1621) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/10/22 15:48:38 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/20 21:44:59 |