忠犬ハナ

マスター:江口梨奈

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~8人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/09/25 19:00
完成日
2014/10/04 12:50

みんなの思い出

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オープニング

 若い娘のマージョリーにとって、その山の管理は、面倒くさい作業だった。
 曾祖父の頃まではそこに住んでいたらしいが、今や自分も父母も街にいる。先祖代々持ち続けてきた山なので、今更手放すのも勿体ないし、そもそも値が付くような立派なものでもない。様々な草木が、育つままに、生えるままに、成るままに任せている。
 マージョリーは足腰のだいぶ弱った父母に変わって、年に数回、異常がないか様子を見にくる。それは適当に生えている栗の木が花を付ける初夏と、実を付ける秋と、あとは気が向いたときだ。辛うじて屋根と壁が残っている曾祖父の家に、愛犬のハナとともに泊まり、一帯の見回りと、栗拾いとをして山を下りる、それがここ数年の彼女の役割だ。
「なーんか、今年は成りが悪いわね」
 栗を拾いながら、マージョリーは呟く。花の時期に寒すぎたか、夏の雨が多すぎたか、どうも今年は実が少ない。けれど、それで商売をしているわけではないので、とりあえずカゴをいっぱいにはした。
「さあ、ハナ。荷物を片付けて、そろそろ帰るわよ」
 あばら屋の戸締まりをし、栗の入ったカゴを背負い、犬の名を呼ぶ。
 だが、ハナの様子がおかしい。
 何やら一方向を睨み、頭を低く下げて、グルルルと唸っている。
「なに? どうした? ネズミでもいたの?」
 と、閉めた窓をもう一度開け、視線の先を見てみると。
「!!?」

 鳥肌が立った。
 家の、すぐそばに、奇妙な生物がいたのだ。
 大きなイノシシの出来損ないのような、ずんぐりした獣だ。けれど毛はなく、黒光りする皮で覆われているふうに見える。周りの木の根本を掘ったり、鼻先で繁みを探ったりしては、何かを食べている。
「ハナ、吠えるな!」
 こっちに気付かれてはいけない! 思わず、犬を抱きかかえ、口元を覆う。賢いハナは吠えはしないが、牙を剥き出しにすることは止めなかった。

 あれはきっと、ヴォイドに違いない。
 どこかへ消えてくれることを祈るが、ふんだんに草木の茂るここは、餌場にぴったりなのだろう、動く気配はない。
 気付かれずに逃げ出すことはできるか? けれど、マージョリーは足が震えて、一歩も動けそうにない。
「どうしよう……」
 悩んで悩んでマージョリーは、ハナに一縷の望みを託すことにした。
「ハナ、あんただけ、先に家に帰りなさい。急いで。分かる?」
 犬に言葉が分かるだろうか? けれど、腰の抜けた自分より彼女の方が、確実に早くここを走り抜けられる。その辺にあった紙に状況を書き、首輪にくくりつける。どうか、ハナが自分の言うことを理解して、家に帰りますように!
 ヴォイドと反対側の窓を開け、ハナを表に出す。
「さあ、家に帰りなさい!」
 ハナは走った!

 2時間後、奇跡は起こった。
 ハナは、無事に家に帰り着いた。
 犬だけが戻ったことを不審に思った家族は、すぐに首輪の手紙に気付き、いそぎハンターズソサエティに依頼を出した。
 ……そして、ハナの姿が消えた。

リプレイ本文

 どのくらい時間が経っただろうか。腹も減ったし喉も渇いたが、恐怖で動けないことのほうが勝って何も欲しいと思わない。反対に窓の外の化け物は、休むことなく口を動かしている。どこかに行ってしまえ……マージョリーの願いは全く届きそうにない。
「ハナは……家に帰ったかしら……」
 もう一つの願いは、どうなっただろう。

●ハンター達
「お父様、この、マージョリーさんが取り残されているという家は、どこにあるのでしょうか?」
 マージョリーが書き殴った手紙を読み返し、エルティア・ホープナー(ka0727)はまず確認したいことを聞いた。家の場所、そこへ行くまでの最短の道順、マージョリーの容姿、等々。
「その家は、マージョリーさんを守れるほど、頑丈でしょうか?」
 イレーヌ(ka1372)の問いに、父親は首を横に振る。もう何十年も、誰も住んでいない家だ。ヴォイドでなく、只の人間の男の力でも壊せてしまいかねない。
「とにかく、一刻を争う、ということか」
 弥勒 明影(ka0189)は煙草をくゆらせた。冷静な思考のためには、常にくわえているこいつが必要だ。
「えっ、まさか走れって言うんじゃねーだろうな? 魔術師に持久力なんて求められても……あ痛ッ」
 甘っちょろいことを言うフェルム・ニンバス(ka2974)の後頭部を、ヴァイス(ka0364)が容赦なく張り倒す。
「痛ッてーな、ぼーりょくはんたーい!」
「それで、この危機を知らせてくれた犬はどこだ?」
 抗議を無視して、ヴァイスは尋ねた。彼の足下には、ペットのワンコが大人しく座っている。 
「犬……。おい、母さん、ハナは?」
「え? さっきまでそこで水を飲んでたんですけど?」
 どこを捜しても、ハナはいない。何時間も餌も食べず走り通して、疲れて寝ていてもおかしくないのに。
(これは本当に、忠犬かもしれませんね……)
 エルバッハ・リオン(ka2434)は呟いた。犬が飼い主なく家に帰ってきたというのはまだあり得ることだ。けれど、それがまたいなくなったということは……。
「ユキ、この匂いが分かるか?」
 ジオラ・L・スパーダ(ka2635)は、ペットの柴犬に、ハナが運んだ手紙の匂いを嗅がせる。うまくいけば、マージョリーの匂いが残っていて、ユキがそれを追ってくれるかもしれない。もしかしたら、ハナも。 
「出来るだけの事はするつもりだ、待っていてくれ」
 如月 鉄兵(ka1142)がそう言うと、マージョリーの両親は深々と頭を下げ、ハンター達を見送った。

●山へ
 ところどころに栗のイガが落ちている。まだ歩くと汗ばんでくる陽気だが、山の装いは着実に冬に近づいている。曾祖父の家へ向かう道は、過去の住人によって踏み固められており、先にマージョリーが通った時に大まかな雑草は払われたのだろう、さほど歩きにくくはなかった。
「ちょ、ちょっと休もうぜ。……はあ、はあ」
 けれども、フェルムはすでに息が上がっている。気が付けば望んだわけでもないのに、列のしんがりに就いていた。
「あと少しです、頑張れ」
「なんだよ、怒ることないだろ」
 そんなつもりは無かったのだが、と鉄兵はいつものことながら落ち込む。どうも己の強面は、他人に威圧感を与えてしまうものであるのは間違いないようだ。
「鉄兵の言う通りよ、ほら、見えたわ」
 イレーヌが指さした先には、簡素な藁葺きの屋根がちらりと見えた。そして、その下方で何やら蠢く影も。
「あれか!」
 遠目でもすぐに分かった、黒くぬらぬらした四つ足の獣が、簡素な家の周りを好き放題に掘り返していた。歪虚が何を餌として欲しているのかは分からないが、とにかく手当たり次第にかぶりついているようだった。青い下草だったり、木の皮だったり根だったり、トカゲやカエルのようなものだったり。休むことなく食べ続け、庭は掘り返した跡と餌の残骸が散らかり、歪な口元から溢れる涎のせいで土がぐずぐずになっている。
 数はひとつ、周りに仲間らしきものは無い。
「出来損ないにも程があるわね……。アレでこの物語が何処まで素敵になるのかしら?」
 エルティアは、ヴォイドの醜さに対して軽く皮肉を放った。
「建物は無事のようだな」
 さすがのヴォイドも、木材や煉瓦を餌にするつもりはないらしい。けれど、かなり距離は近い。今ここで派手に動き回ると、あのイノシシに似た歪虚が暴れて家に突進しかねない、そうなると、あばら屋なぞ木っ端微塵だろう。
 マージョリーはあのなかにいるのか……四方にある窓と扉のどれかは、歪虚に気付かれず娘を助けられる出口になってくれそうだ。
 とりあえず、急を要する状況で無いことが分かると、フェルムは大きく息を吐きながらへたりこんだ。
「俺はもう、アレを狩り殺すだけにするからな。マージョリーの保護とかそういうのは任せる」
「それだけ息があがって、逆に狩られたりしないか?」
「うるせー」
 口から吐く紫煙のまったく乱れていない明影に言われるも、まともに返事ができないフェルム。
「裏手に回れそうですね、どうにか中に入ってみますわ」
 エルバッハが道を見つけ、エルティアと共にそこへ近づく。窓の鎧戸が開いており、というか、壊れたままになっており、中を覗き見ることができた。
(いたわ)
 部屋の隅にへたりこんでいる娘がいた。エルバッハが軽く窓枠をノックすると、よほど怯えていたのだろう、激しく驚いた表情で振り返った。だが、そこにいたのが2人の、決して通りすがりではない格好のエルフだと分かると、みるみる涙を溢れさせた。
(動けるかしら? ゆっくりでいいのよ)
 ひそひそと声をかけると、マージョリーは頷いて、這うように窓に近づいてきた。
「貴女がマージョリーね? ハナは随分と躾けられた、賢い犬のようね」
 エルティアがそう言うと、先ほどまで恐怖に青ざめていた顔が紅潮し、満面の笑みを浮かべる。
「やったのね! ハナがやってくれたのね!! ああ、あの子は無事だったかしら?」
 困る質問をされた。どう答えたらよいか……と、2人が顔を見合わせていたときだ。
 明らかに風とは違う葉音が聞こえてきた。
 新たなヴォイドか、と空気が緊迫する。音の出所を探ろうと、皆の神経が研ぎ澄まされる。と、次の瞬間、すさまじい速さで繁みから影が飛びだした。

「ハナ!!」

●ハナ
「犬!!?」
「まさか、この子がハナ?」
 繁みから飛び出したのは、茶色い犬だった。あまりの速さに、ハンター達が出遅れた。間に入って止めるよりも先に、ハナは牙を剥き、ヴォイドに飛びかかった! ……けれど、ヴォイドは体を大きく揺すり、その動きだけで犬をはじき返した。犬は「キャイン」と鳴き、地面に叩きつけられるも、すぐさま体勢を直してまたも立ち向かおうとする。
「ハナ、止まれ!」
 ヴァイスはハナとヴォイドの間に割り入るように立ち、ハナの視界から敵を消す。その隙にジオラが、そこから引き離そうと犬を抱きかかえた。
「ハナは任せた!」
「ええ!」
 興奮したハナは抵抗し、ジオラに噛みつくが、いくら手から血が出ようと、離すつもりはない。一刻も安全な場所へ……同時に、建物から離れた場所へ。ヴァイスは、彼女たちを護る形でヴォイドの前を走る。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ!!!」
 あからさまに大きな敵に対して、威嚇を止めないハナ。おかげでヴォイドの注意は確実にこちらに向き、ぐんぐんマージョリーの隠れる家から離れていく。
「ハナ、怪我は?」
 イレーヌがハナを受け取り、体のあちこちを探る。ヒールの必要はなさそうだ。
「よくぞ、やりました!」
 イノシシがまっすぐこちらへ向かっているのはハナのおかげだ。アサルトライフルを構えた鉄兵は、『野生の瞳』で目標への狙いを定める。まず1発!
 イノシシの右肩に弾があたり、走ってきた勢いが重なった反動で左側へ飛ぶように倒れた。そこにあった決して細くない木が、べりべり音を立てて倒れた。
「……建物から離して、正解ですね」
 すぐさま2発目を狙うも、ヴォイドは起きあがり、その照準から素早く逃れた。

「よくぞ、ここへ戻ってきたものだ……」
 明影は、唸るハナを鎮めようと、背中を撫でながら穏やかな声で語りかける。
 ハナの行動は賞賛に値するものだ。たとえ畜生であろうと、その忠誠を尽くす姿というのは尊い。
 そして、こうした弱きを救おうと力を尽くすこともまた、尊い。
 明影は切に願う。仲間たちがその姿を見せてくれることを。
 その為ならば、……己もまた、力を尽くす。明影は黒漆太刀を手に立ち上がる。
「援護が必要か?」
「あんなでかい的を、俺が外すと思うなら、な」
 ヴァイスは『渾身撃』をみなぎらせたクレイモアを、突進してくるヴォイドに向かって構えた。右肩から汚らしい体液を滴らせながら、けれど勢いは衰えることはない。
 その勢いは好都合だ。どれほどの衝撃が化け物の額を貫いたかは、想像に難くない。

●救出
 ハナもようやく落ち着きを取り戻し、尻尾を振りながらハンターが連れてきていたペットの犬たちと、互いの匂いを嗅ぎ合っていた。
「立派な忠犬ハナだな」
「主人のためによく頑張ったな、偉いぞ」
 褒められたのが分かるのか、ハナは嬉しそうだ。
「マージョリーさんは、体調はどうかしら? 疲れているようなら、背中をお貸ししますが」
「大丈夫よ、疲れなんて、早く帰って熱いお風呂にでも入れば治るわ」
 エルバッハに余裕をみせるマージョリー。
 しかし、イレーヌがここで提案した。
「ひとつ、思うところがあるのですが……」
「何かしら?」
「この山は、かなり荒れているように見受けられますが。環境の乱れは、マテリアルの乱れに繋がって、つまり、ヴォイドが発生しやすくなるそうですよ」
 自分たちも手伝うので、時間の許す限り、ここを手入れしたいがどうだろうか、とイレーヌは言った。
「まあ、さすがに今すぐやりなさいというのは、酷よ。マージョリーは早く家に帰しましょう」
 と、エルティアが助け船を出してやる。家族も心配しているのだ、今は無事に山を下りることを最優先事項としよう。
「その代わり、フェルムくんがやってくれるわよ」
「えええッ!!?」
 聞いてない! 今回の依頼は、依頼人の娘の救出というだけではなかったのか!?
 だが、フェルムの抵抗空しく、エルバッハに付き添われて山を下りるマージョリーを見送ったあとは、残る皆での大掃除となった。
 帰りには、報告を兼ねてマージョリーの家に寄るといい。
 冒険を経て持ち帰られた栗が、プディングになったりローストされたりと姿を変えてねぎらってくれるだろう。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 輝きを求める者
    弥勒 明影(ka0189
    人間(蒼)|17才|男性|霊闘士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 物語の終章も、隣に
    エルティア・ホープナー(ka0727
    エルフ|21才|女性|闘狩人

  • 如月 鉄兵(ka1142
    人間(蒼)|25才|男性|霊闘士
  • 白嶺の慧眼
    イレーヌ(ka1372
    ドワーフ|10才|女性|聖導士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ビューティー・ヴィラン
    ジオラ・L・スパーダ(ka2635
    エルフ|24才|女性|霊闘士
  • 好奇心の一手
    フェルム・ニンバス(ka2974
    人間(紅)|14才|男性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談室
エルティア・ホープナー(ka0727
エルフ|21才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2014/09/23 23:24:27
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/09/21 20:50:09