ゲスト
(ka0000)
【蒼乱】さよならの代わりに
マスター:cr

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/01/01 19:00
- 完成日
- 2017/01/14 03:20
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「聖輝節の本番が見たいです。その時に、改めて私を連れてきてください。その後で、私はスリープモードに移行することにします」
ルビーは彼らにそう願った。エバーグリーンの人々の願いを胸に遺跡で眠っていた少女は、ハンター達と出会い、学び、時には黙示騎士の手に落ち、そこから戻り、そして共に戦った。
その代償がコアパーツの破損、そしてそれに伴う機能停止。
完全に機能が停止し壊れる前に、スリープモードに移向し再び長い眠りに付くことを選んだ彼女の、最後に望んだたったひとつのわがまま。それは聖輝節のその日を見ることだった。
そしてその日はやってきた。残された時はあと12時間。
彼女を待っていたわけでもなく、橋の上の街は聖輝節本番を迎え盛り上がりは最高潮に達している。その時、あなた達は彼女に何を見せるのだろうか。
再び出会うその時まで、彼女が良い夢を見られるよう、是非素晴らしい思い出を彼女に作って上げて欲しい。
「聖輝節の本番が見たいです。その時に、改めて私を連れてきてください。その後で、私はスリープモードに移行することにします」
ルビーは彼らにそう願った。エバーグリーンの人々の願いを胸に遺跡で眠っていた少女は、ハンター達と出会い、学び、時には黙示騎士の手に落ち、そこから戻り、そして共に戦った。
その代償がコアパーツの破損、そしてそれに伴う機能停止。
完全に機能が停止し壊れる前に、スリープモードに移向し再び長い眠りに付くことを選んだ彼女の、最後に望んだたったひとつのわがまま。それは聖輝節のその日を見ることだった。
そしてその日はやってきた。残された時はあと12時間。
彼女を待っていたわけでもなく、橋の上の街は聖輝節本番を迎え盛り上がりは最高潮に達している。その時、あなた達は彼女に何を見せるのだろうか。
再び出会うその時まで、彼女が良い夢を見られるよう、是非素晴らしい思い出を彼女に作って上げて欲しい。
リプレイ本文
●
誰もが、そして何より少女がもっとも心待ちにしていたその日は、残酷にもやって来た。橋の上ではいよいよ迎えた祝祭にきらびやかに飾り付けられた街がきらきらと輝き、人々が浮かれ、楽しんでいた頃、彼女を迎えに橋の下に来た者達が居た。
「こんにちは、ルビーさん。私は……」
「志鷹 都さんですね。もう、認証されています」
志鷹 都(ka1140)はルビーに改めて自己紹介をした。大渓谷で、ラプラスに、そして邪神に立ち向かった時に、彼女は少女と出会っていた。その時と同じように、少女は彼女の名前を確認するように繰り返す。思い返せば、この遺跡で少女と出会った時名前を名乗ることで全てのコミュニケーションが始まった事が思い起こされる。
雨を告げる鳥(ka6258)はその時の事を思い返していた。
「私は名乗る。私の名前は雨を告げる鳥であると」
「雨を告げる鳥さんですね。了解しました。ゲストアカウントとして認証完了しました」
名を名乗ることで始まった少女との出会いは、今その物語の幕を閉じようとしていた。おそらくこうやって誰かが少女に名を名乗ることも、今暫くの間はないだろう。その幕が閉じる前に、やらなければならないことがある。
「私は作る。ルビーと、その縁を紡いだ仲間たちと共に。沢山の思い出を。夢と希望を抱えて眠りにつくことができるように」
「だな! オレもルビーと同じで聖輝節ってのは初めてだからよ、すっげー楽しみにしてんだぜ!」
レインのその言葉に大伴 鈴太郎(ka6016)は食いつくように合わせてきた。彼女は今日、ハンター達が落ち合い遺跡に向かうときからずっと聖輝節を楽しみにしていたとはしゃいでいる。
「聖輝節……リアルブルーに於けるクリスマスに相当する、此処での行事……と言いますか、お祭りですね。と言っても、地方毎に風土の違いに合わせて、色々と変わるみたい……ですね」
そんな一同に、天央 観智(ka0896)はこの聖輝節についての情報を伝える。それを聞き漏らすまいと聞いている少女の姿を見て、そしてこれから先に起こる事を忘れるかのようにはしゃいでいる鈴太郎を見て、続きの言葉を飲み込んだ。
(チラチラと、遣らずの雨ならぬ……見送りの雪でもあれば、もう少し様にも成るんでしょうけれどね。まぁ……風土的な事もありますし、言っても詮無い事ですね。せめて……これから夢を見るには、綺麗な光景……というのも、ありますけれど)
そんな天央の思いを知ってか知らずか、鈴太郎の言葉にレインが同意する。
「私も同じだ。ルビーと同じだ。知識としてはあるが、大きな街で聖輝節を過ごすのは初めてである。故に。私も一緒に満喫させてもらおう。楽しみである」
「じゃあ色々楽しまなきゃな!」
「はい、楽しみにしています」
大はしゃぎする鈴太郎をほんの少し微笑んで、ルビーが見つめている。その紅玉色(ルビー)の瞳に映る彼女の姿を、少女はどう思って見ていたのであろうか。ただ、この一分一秒も少女は逃さぬ様に彼女の中に刻み込み、そしてその情報は蓄積されていく。
そんな様子をパトリシア=K=ポラリス(ka5996)が見ていた。彼女が少女のその瞳を見て、口をついて出た少女の名前。それが少女の名前となった。少女に付けた名前は少女をルビーという一つの存在へと変え、そして皆の胸に忘れられない存在として刻みつけた。だから。
(きらっきらに輝く今日をルビーが忘れないように、パティも忘れないように)
「Joy to the world, the Lord is come~♪」
いつしか口を付いて出る歌。聖輝節ではなく、リアルブルーのクリスマスを祝う歌がパティの強い願いを漏れ出させていた。
「それは何ですか?」
「これはネ、歌なんダヨ」
「歌ですか……」
「そういえば前演奏した時、ルビーは見ているだけだったよな」
パティとの会話に、鞍馬 真(ka5819)が入ってくる。彼は以前ピースホライズンで彼女に会った時、街で音楽を演奏している人々の中に混じって、笛を吹いた。
少女は音楽というものを知らなかった。ただ、彼が少女に聞かせたことで、少女の記憶の中に「音楽」と言うものが刻み込まれた。
「『音楽』ですよね。きっと一緒に演奏すれば楽しいものなのでしょう」
「なら……今回は一緒に歌わないか?」
「そうダヨ。歌も楽器なんダヨ」
鞍馬は一つ頷いて言葉を続ける。
「はじめてかもしれないけど、やってみると意外とやれるものさ」
「では……後ほど、上手く出来ないかもしれませんが……」
「それじゃあ、まずは街を見に行かないとね」
一刻も早く楽しい思い出を作りたい、街へ出かけたいと央崎 遥華(ka5644)が声をかけた。肩と背中にかばんを掛けた彼女は見るからに大所帯だ。
「遥華さん、どうしてそんなに荷物が多いのですか?」
「それはね……」
そこまで言った所で、遥華の肩提げバッグから何かが顔を出した。
「わぁっ、かわいいっ!」
それに真っ先に、少女よりも先に天王寺茜(ka4080)が反応した。そんな彼女に答えるように、それは遥華の肩提げバッグから飛び出して降り立つ。
「これは……『犬』ですか」
「おっ、ハルカんとこのケイティじゃん♪ やっぱかわいいな」
鈴太郎がデレデレしているそれは遥華の愛犬であるダックスフンドのケイティだった。胴長短足な体で床に立って、下から見上げるようにこちらがわをつぶらな瞳で見つめている。初めて出会ったルビーにも攻撃的な姿勢は見せること無く、落ち着いていた。
「はじめまして、ケイティさん。ゲストアカウントとして認証しました」
少女はこのときも自らに課せられた職務を全うしようと、視線を合わせてそう言っていた。その様子に、ここにいる一同が心を奪われていた。それに抗議したのか、今度は茜の背負っていたバックパックから何かが飛び出した。
「あ、ミール!」
茜が声をかけるよりも早く、銀色の毛並みをなびかせてそれは床を軽やかに走る。そしてあっという間に目的地へと飛び込んでいた。
「ミール、ルビーのこと気に入ってるみたいだものね」
茜の愛猫、ミールは再会を喜ぶかのように、少女に飛びついていた。それに対し、少女は茜に教えてもらったように、喉をなでる。
「こうすると、喜んで頂けるのですよね」
確かにそうだった。ミールは甘えたようにニャーニャーと鳴き、ルビーに頬をすり寄せてくる。
ゴロゴロと甘えるミールをなでながら、ルビーはふと見上げた。そこには茜の顔があった。
「ところで……その格好は」
「これね、これはルビー風ってこと」
茜はトレンチコートを身にまとい、耳には耳あてを付けている。その姿はルビーをまるで真似ているかのようだ。
「そういえば、先日行ったときもそのような格好をしている人たちが沢山いましたね。どういうことでしょう」
「それはね、ルビー君。皆君のことが好きということじゃないかな」
少女の疑問に答えたのは岩井崎 メル(ka0520)だった。
「そうなのですか、『ししょー』さん」
「ああ、そうさ。君のわがままを叶えようと集まった人間がこれだけ居るんだ。それが、君が皆に好かれている何よりの証拠さ」
「聖輝節を見たいというのは、随分控え目な我儘だな」
鞍馬が続けた言葉にくすり、と笑い声が漏れる。その時少女はもう一度、そのルビー色の瞳に皆の顔を焼き付けるかのように、周囲を見回した。これから始まる楽しい聖輝節の時間を心ゆくまで満喫しようと、それを少女と共に過ごそうと、皆の顔は笑顔になっていた。
その姿を見て、少女はにっこりと微笑んだ。思えば少女と遺跡で出会った時、その姿形だけではまるで人間と区別できないそれを人間と決定的に分けていた違和感。それが感情だった。人と同じような形で、人と同じ言葉を喋り、人と同じ動きをする少女は、しかし一切の表情を作らなかった。それが少女を見た時に人間とは違う、オートマトンであるということを本能的に察させていた。
だが、それから様々なことがあった。皆でピースホライズンに行き、共に遺跡を探索し、黙示騎士と戦った。その間に少女が触れた人々の感情。嬉しい、楽しい、といったポジティブなものだけではない。怒り、悲しみ……ネガティブな感情も見て、聞いて、感じて、刻み込んで、学んでいた。
そして今、少女は今自分の中に芽生えている『楽しい』という感情を精一杯の表現で伝えるため、それまでに学んだ「笑顔」を見せた。その表情こそ何よりハンター達が少女に与えたものだった。それまでしてきたことが間違いではなかった証拠、それが少女の笑顔だった。だからもっと楽しい時を過ごすため。
「さてそろそろ行こう。大切な思い出をたくさん作らなければいけないからね」
「そうだな! 行こうぜ!」
「そういえば大伴君、例の準備はどうなんだい?」
「ああ、アレなら姐御がやってくれてるぜ!」
「それはいったい……」
少女の疑問に、鈴太郎はこう答えた。
「それはまだ内緒だぜ!」
こういった他愛もない会話をしているその時も、今は愛おしかった。
●
「見て見てっ、ルビー! きれーな飾り♪」
橋の上に移動した少女を、そして共に来た者達を迎えたのは、きらびやかに彩られた街の姿だった。心の底に寂しさを押し殺してこの時を楽しんでいるものも居るかもしれないが、この街はそれを知らない。この街はいつでも変わらずお祭り騒ぎだ。
そんな華やいだ街の中で、ロス・バーミリオン(ka4718)はウィンドウショッピングを楽しんでいた。今、この街はあらゆる客人を歓迎している。だからこうやって実際に購入するわけでなくても、街をぶらぶら歩いて店先を冷やかすだけで楽しいものだ。
だが、ロゼは目当ての品物があったわけでは無かったが、目当ての人間は存在した。
「あら、りんちゃんに都ちゃんにはるちゃんじゃない」
「お、姐御!」
「ロゼちゃん!」
ぞろぞろと連れ立って歩いている一団に見知った顔を何人も見かけ、声をかけるロゼ。話に花が咲く。ひとしきり会話を楽しんだ後、彼女は何かを取り出した。
「はーいv そのまま自然体のままでいてね~?」
取り出したものはカメラだった。レンズを向け、この二度とは訪れない瞬間を記録に残すべくシャッターを切ろうとした。
「……自然体のままって言ったじゃない」
が、遥華はバッチリ決めポーズを取っている。どこのアイドルかと言わんばかりである。
「えへへ、つい」
「なるほど、カメラに対してはこうすればいいのですね」
遥華がそんな事を言っている頃、ふと横を見ればルビーが思いっきり決めポーズを取っていた。これはこれで中々可愛らしいアイドルの登場である。
「ルビー、そういうのは学ばなくていいぞ」
「自然体ですよ、ルビーさん」
そして少女は力を抜き、普段の姿に戻った。その瞬間を逃さず、シャッターが切られる。
「はーい、バッチリ撮れたわよ」
カメラから飛び出した、切り取られた皆の笑顔を一同に渡し、ロゼは手をひらひらさせながら去っていった。
「いつ来ても、お洒落な街なのです!」
アシェ-ル(ka2983)はいつものようにこの街にやってきて、毎度のごとく驚いていた。服などが欲しい時はここに来る彼女、何度来ても新しい驚きがある街だ。今日も聖輝節を心ゆくまで楽しむため、この街に衣装を買いに来ていた。求めるものはサンタクロースのそれ。
石を投げれば服屋に当たるこの街で、求める物を探すのは造作もないことだ。早速見繕った店に入る。
「パティ達もウィンドウショッピングするのはどーカナ?」
「そうね、この日だけしか無い物も色々売ってるみたいだしね」
「はい、是非見てみたいです」
そんな頃、少女達一行も街歩きの最中良さげな店を発見したようだ。せっかくの聖輝節なのだ。この街のこの日だけの姿を目に焼き付けたい。実際に買うかどうかは置いておいて、一行はその店に入っていった。
紅色のベロア生地で作られた円錐形の帽子。白いファーで飾り付けされている。きっと被ればサンタさん気分になれるだろう。アシェールは目当ての品を発見して手に取った。しかし。
「なんで、この店、鏡がないんだろ……」
手に取ったはいいものの、かぶったらどんな感じになるのだろうか。確認する方法が見当たらなかった。その時だった。
「あ。ルビーさん、良い所に!」
「またお会いしましたね。……名前を聞いておりませんでした」
「アシェールなのです!」
「アシェールさんですね、ゲストアカウントとして認証しました」
アシェールという名前も少女の中に蓄積される。こんな何度も繰り返されたことが、しばらくの間見られなくなるかもしれないということに彼女自身は気づいていたのだろうか。彼女が少女の言葉を聞きながらやったことは、手早く少女に手にしていた帽子をかぶせる事だった。
「うんうん。良いですね。凄く似合ってますよ!」
「そう言って頂けると嬉しいのですが、これはいったい……」
「これはサンタさんの帽子です。サンタさんは、皆の不幸を幸せへと変えてくれる存在なんですよ」
そう言われると少女は嬉しかったのか、はにかんだ笑顔を見せた。こういう時にこういう表情をすればいいということを、彼女は学んだのだ。
「ルビーさんの所にも、サンタさん来ますね。というか、ルビーさんなら、きっと、サンタさんにもなれます!」
しばらくその姿を見ていたアシェールは、店員にお金を払うともう一度かぶせた帽子を整えた。この帽子を少女にプレゼントとして贈るということだ。そして。
「ルビーさん、また、逢いましょうね!」
「……はい」
手を振って別れた彼女に、少女は微笑みとともにその言葉で返した。
「パトリシアちゃん、何してるの?」
「ひゃぁっ?! な、何でもないんダヨ」
店から出てきたパティにロゼが声をかける。何か密かにしていたのを見られたと思ったのか、素っ頓狂な声を出すパティ。
「はーい、それじゃあパトリシアちゃん達も写真撮るわよ~」
先ほどと同じ様にカメラを取り出したところで、少女が声をかけた。
「パティさん、自然体ですよ」
学んだ情報をすぐに出すその様子につい笑いがこみ上げるロゼ。
「ほら、みんなv 撮るわよ。自然体のままでね~」
その言葉にもう一度皆が集まって来てファインダーの中に収まる。
●
陽がゆっくりと西の地平線の向こうに沈み始め、街が茜色に染まりだした頃。
「それで大伴君。そろそろ時間じゃないかな」
「ああ、えーっと、こっちの店じゃなかったかな……お、いたいた」
彼女が見つけたのは、とある店の前に立つロゼの姿だった。
「これはいったい……」
「まあ、いいからいいから」
鈴太郎に押し込まれるように店の中に入った少女が見たのは、綺麗に飾り付けられた会場だった。美味しそうな食事やケーキが並び、来客を待っている。
「丁度だったな」
「すずたろー、こっちの準備は出来ているよ」
「良かったです。この街を楽しみすぎて、パーティーの事を忘れちゃわないかと思いました」
「僕もお邪魔しますね」
そして来客を待っている者が居た。テオバルト・グリム(ka1824)と柄永 和沙(ka6481)、そして龍堂 神火(ka5693)とカール・フォルシアン(ka3702)だった。
「と、いうわけでクリスマスパーティーだ! 楽しもうぜ!」
皿に大量の料理を載せた鈴太郎が、ルビーの前にそれを置く。
「まあ、俺は初めに出会った面々とは比べると薄いかもしれないけど」
「そんなことありませんよ、テオさん」
進められた料理を口に運びながら、少女はそう答えた。
「この場所で出会ったときのことも、一緒に施設の中を歩いたことも、よく覚えています。ラプラスさんと戦ったときのことも勿論です。全て私の中に蓄積されています。そう言えば、『美味しい』というのを勘違いしそうになったときに、教えてくれたのは鈴太郎さんでしたね」
「そういやそんなこともあったなぁ」
そして少女は料理を口に含んだ。
「これは、『美味しい』です。合ってますよね?」
「そうですね。合っています。ルビーさん、このケーキも美味しいですよ」
少女の確認に都が答え、皿を差し出す。そして彼女はカメラを取り出した。
「それじゃあ一枚、撮りますね」
「自然体、ですね」
レンズを向けられたところでそう返した時、写真に撮られることが気恥ずかしかったのか、和沙はテオの背中に隠れた。彼女も決して小さくはないが、その大きな体の後ろに入ればすっぽりと見えなくなる。だが。
「それでいいのか?」
小さな声で恋人に囁くと、テオは自然に肩を抱き寄せた。それで和沙も前に出てくる。戸惑ったようなはにかんだような彼女の表情がカメラに映ったところでシャッターが落ちた。
写真がカメラから出てきた所で、それに映れなかったことに抗議するかのように何かが飛んできた。それはこの会場の中を軽やかに跳ぶと少女の膝に綺麗に収まる。
「ミール、ルビーの膝の上の方が私のより大人しいような……」
茜は自分の愛猫の素早い動きに驚くやら呆れるやら。その様子に自然と会場の中が笑い声に包まれる。
「それじゃあ、もう一枚撮りますね」
レンズがこちらに向いた。皆の様子を見ていたカールもこちらに向いているレンズに視線を向けながら、少し照れくさそうにはにかんだ笑顔を見せていた。
その瞬間を見逃さず都はもう一度シャッターを切った。程なくして出てきた印画紙には皆の笑顔が写し出されていた。
「楽しいですか? ルビーさん」
天央はそう声をかけた。この半日にも満たない時間の間にも色々な出来事があった。少女はそれを目にした。体験した。そして覚えた。この時はきっと少女の記念になったはずだ。きっと……。
「はい、楽しいです。この日が毎日だったらもっと楽しいでしょうけど、一年に一度だから大切なのですよね」
その日を愛おしいものとして認識する少女の姿が、彼には愛おしかった。
「トランプとか、やりますか?」
「以前やったことがありますが……いいのでしょうか?」
「勿論だぜ! ジンガ、俺もやるぜ!」
「それじゃあ私もやろう」
「私は尋ねる。どのようにするのか教えてくれないかと」
「構わないですよ」
というわけで龍堂の回りに皆が集まってトランプ大会の始まりだ。慣れた手つきでカードをシャッフルし、皆に配る。そしてしばらく後、何度かの勝負が終わった結果はと言うと。
「いやぁ……ルビーさん、強いですね」
「私は思う。圧倒的だったと」
「ウンウン♪ パティ、歯が立たなかったんだヨ」
以前少女がこの街に来た時と同じ光景が繰り広げられていた。ただ、以前と違うのはそんな圧勝した少女を追い出そうとする者が居ないということと。
「で、ビリは……」
「まあ、数えるまでも無いよね。すずたろー、顔に出過ぎ」
「ちょ、ま、待てよ!」
その様子に、またも笑い声が巻き起こる。そんな様子をカールは静かに見守っていた。
(お別れ……といっても、ちょっとおやすみするだけですもんね)
静かに見守りながら、カールは今までのことを思い返していた。少女は既に滅びた世界、エバーグリーンの出身で、その体には驚くべき技術が含まれていること。かの世界が今どうなっているのか、その情報はハンター達が見た数時間の間の出来事と少女がこの時まで翻訳してくれた資料にしかない。それでも、一筋の希望があった。可能性はゼロではない。ゼロでは無ければ実現は出来る。
(だから「さようなら」ではなく普通に夜友達と別れるときと同じように「おやすみなさい」を伝えたくて)
ここに来たのだ。
トランプ大会が終わり、皆が再び会場に散らばった所で、龍堂は少女に声をかけた。
「少しよろしいですか」
「はい、龍堂さん、どうされたのでしょうか」
努めて明るく振る舞ってきた彼だったが、どうしても少女に伝えたい言葉があった。そうしないと、この押しつぶされそうな胸の感じに耐えられないから。
「……ボク、昔の記憶がないんです」
全ての記憶を失ってこの世界に来た彼に、何も知らない世界というのはとても心細かった。でも。
「色んな人と出会えて、少しだけ前を向けました。それにはルビーさんも含みます」
「……何も知らない世界に来たという意味では、私と同じかもしれませんね」
そんな彼に少女はそう返した。
「でも、記憶が無いということには、いい事があるのかもしれません」
「いい事、ですか?」
「はい、記憶が無いということは、過去の失敗や敗北を思い出すことも無いということです。全てを知っていれば、上手くいかないということを悟りすぐに諦めてしまいます。諦めてしまえばそれで終わりですから……」
少女は少し遠い目をする。その記憶の中に、すべてを知って絶望した者の姿があるようだった。
「それなら、ボクは諦めません。諦めないで……ボクは。じゃなくて、ボクらは……絶対、ルビーさんを一人にはさせませんから」
暗い話をすることで、この場の雰囲気まで暗くしてしまうかと心配していた龍堂だったが、その心配は無用だった。少女に自分の胸の内を吐露することで、彼自身の気持ちも晴れやかなものへと変わっていた。
「みんな、注目してほしいんダヨ」
宴もたけなわになってきた頃、パティがそう声を上げて皆を注目させた。何事かと思った所に、彼女は皆にラッピングされた袋を配る。
「プレゼントなのですか?」
「そうダヨ」
袋を開ければ、中からは聖輝節を彩るための雪の結晶を模したオーナメントと、赤いリボンが出てきた。
「これをこっそり買っていたのね」
「うん。みんなオソロイ、ゆーじょーのアカシってヤツダヨ♪」
「あの部屋には飾る場所なんて無いですし……パティさん、自分に付けてもいいですか?」
「ウンウン♪」
少女の胸元に白銀色の雪が輝く。
(ルビーも「好き」な物を見つけられタラ)
それを見ながらパティはそう思っていた。それが彼女の願いだった。
「それじゃあ、私も渡したいものがありますし、プレゼント交換会としましょう」
それを見た都の発案によって、もう一つイベントが始まることになった。
「まずは私から……どうぞ、ルビーさん」
「ありがとうございます。早速開けていいですか?」
都が頷き、箱の中から現れたのはブレスレットだった。
「ルビーさんを災いから護ってくれるよう、願いが込められたものです」
「それでは、早速付けさせてもらいますね。……その願い、確かに覚えました」
少女の細い手首には、都の祈りの証が結ばれた。
「私のはパティのとかぶっちゃったけど」
と遥華が出してきたのはリボンだった。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、遥華さん」
そう言って少女はパティのリボンと遥華のリボン、二つを付ける。
「上手く付けられたかわからないですが……」
「ちょっと待ってね!」
「それじゃこっちはパティがやるんだよ!」
そんな少女に二人は駆け寄り、リボンの形を整える。
「それでは僕は、これを」
「ありがとうございます、カールさん」
渡された箱から出てきたのは手に持てるサイズの花束――ブーケと、小さな木箱だった。ブーケからは柔らかな香りが広がる。いい香りだが、決してきつくはなく、心が安らぐような香りだ。
「落ち着いて寝られるような香りなのですが……どうでしょうか」
「……私には良い香り、というのがわかりません。香りというものがあるのは理解していますが」
そして少女はブーケを顔の前に近づけた。
「でも、私は今学びました。これが『良い香り』なのですね」
その言葉に、カールはほっと胸を撫で下ろす。
そして少女は木箱を開けた。その中には何も入っていなかった。しかし、蓋を開けた時、代わりに優しいメロディが流れ始めた。
「……バネ仕掛けの装置で蓋を開けた時に音が流れるようになっているのですね」
「ルビーさん、これはオルゴール、と言うのですよ」
少女は箱から流れる音楽に静かに耳を傾けていた。
「りんちゃんも、プレゼントあるのでしょう? ちゃんと渡しなさいよ」
「でも姐御……」
なにやらもじもじしている鈴太郎の背中をロゼが女は度胸と言わんばかりに押す。少女の前に飛び出してしまってはもう覚悟を決めるしか無い。
「これ……ミヤチャンに習って作ったンだ。完成には間に合わなかったけど……」
鈴太郎がプレゼントとして渡した物、それは白黒のバクの編みぐるみ……らしきものだった。不格好で何をイメージしているのか、良くわからない。
「これは……バクかな」
「そうなのですか、『ししょー』さん」
「ああ、夢……悪い夢を食べる、と言われているんだよ」
少女はその言葉を聞いて、その編みぐるみを愛おしそうに抱きしめる。
「ありがとうございます、鈴太郎さん。これは大切にします」
オーナメント、ブレスレット、リボン、ブーケ、編みぐるみ、そしてここには居ないものが少女に渡したチョーカー。皆の思いは、確かに少女の元に届いていた。その時チョーカーに付いた小さなベルが、チリンと澄んだ音を鳴らした。
「皆さん、プレゼント本当にありがとうございました。どれも大切で、どれも『好き』です」
その言葉を聞いてパティは自分の思いが届いたことを感じていた。
●
宴も終わりの時が近づいてきた頃、カールは少女を呼び止めた。
「どうしたのでしょうか、カールさん」
「いえ、そろそろお暇しようかと思いまして……」
「わかりました。カールさん。こういう時は『さようなら』と言うのですよね」
その言葉に彼は首を振った。
「いえ、こういう時、こういう時間帯なら友達同士であれば『おやすみなさい』というのが良いですよ」
そして二人は友達同士でするように、極自然に別れの挨拶をした。
「おやすみなさい、ルビーさん」
「おやすみなさい、カールさん」
●
パーティーが始まって随分と時間が経った。窓の外の色がすっかり変わりそろそろ宴もお開きになろうかとした頃、レインが皆に口を開いた。
「私は提案する。クリスマスツリーを皆で見に行くのはどうだろうか。ライトアップされた姿は美しく、ときに幻想的だとも聞く」
「ああ、それならその前に、一つ行きたい場所があるんだ。ちょっと付き合ってくれないかな」
その時、メルが口を挟んだ。
「魔導イルミネーションのライトアップはもう少し夜も深くなってからみたいね。それまで時間があるんじゃないかな」
茜がチェックしてくれていたお陰で、メルの行きたい場所に行くことになった一同。彼女が連れてきたのは街の一角にあるろうそく屋だった。色とりどりのろうそくが並ぶ店内を一直線に突っ切り、店の奥に入っていく。
店の一番奥、扉を開けた先にメルの目当ての物はあった。表で売っているろうそくを作る工房だった。ろうそく作りを体験できないかと彼女が店主に掛け合った結果、この場所を貸してもらうことが出来た。
「ルビー君、私と初めて出会った時の事を覚えているかい?」
「はい、あの時もこの街でしたよね。時間も丁度同じぐらいだったでしょうか。あの時はまだ太陽が地平線に沈み始めたぐらいでしたが、今の時期だともう殆ど沈んでいますね」
「それじゃあその時話したことは?」
「ええ、作る仕事の帰り、だったのですよね。何か作る事は楽しいか、と聞いた私に『楽しい』って答えてくれました」
「よく覚えていたね、ルビー君」
「それでは、これは……」
「そうさ、君にぜひ物作りに挑戦して欲しくてねぇ」
そして始まったろうそく作り体験。といってもやることは単純だ。芯になる糸に溶かしたロウを付ける。浸して付けては引き上げて、また浸して付ける。これの繰り返しで少しずつロウを膨らませ整形していく。
原理は簡単だが、そこには職人の技術がある。店主はそれを快く教えてくれた。作るろうそくの長さの二倍の芯を用意し、木の棒で挟んで作業する。火傷を防ぐことができ、さらに二本まとめて作ることができる。その事を聞きながら作業を始める二人。
「何か不思議な香りがしますね。先程食べたケーキに似ているような、違うような……」
「ああ、この甘い匂いは蜜蝋の香りだね。このロウはミツバチが作ってくれるんだ」
「『ししょー』さんはなんでも知っているのですね」
その呼び方に照れるメル。その時、店主は二人のロウに何かを入れた。
単純に繰り返す作業は少女には向いているようだった。しばしの時間の後、二人の手元にはその成果が現れていた。少女の手元にはその瞳の色と同じ、紅く色づけられたろうそく。メルの手元にはそれに対になるように、緑色に着色されたろうそく。二人を見てイメージした店主がかけてくれた魔法だった。後は芯を切れば完成だ。丁度二本づつ出来たそれを互いに交換する。
「最初のおしゃべりが懐かしいや。あの時の約束……じゃあないけど、果たせてちょっと嬉しいや」
「それは良かったです。このろうそくは、大事にしますね」
二人が戻った頃、この街には夜の帳が降りていた。
「寒くなってきたね。ホライズンは雪とか降るのかな」
茜は寒さをこらえる様にコートの襟を立ててそう言った。
「茜さん、寒いのですか?」
「そりゃ寒いわよ。というかルビーこそこの気温で大丈夫なの?」
「私にはこの温度がちょうどいいです。特に今は……」
その言葉にはっとした茜は、少女の額に手のひらを当てる。それですぐにわかった。一瞬火傷するかと思うほど高温になっている。今だけは元気に動いているように見えるが、少女の限界は確実に近づいているのだ。
言葉も無かった。そんな彼女を、この街を彩る色とりどりのイルミネーションの光が照らしていた。
一行はクリスマスツリーを目指して歩み始める。そんな一行の前に、ある者が姿を表した。その者の事を少女は知っていた。
「……ざくろさん、お会いできましたね」
「ルビーとは大規模の終わりに話しただけだけど、眠りの前に楽しい思い出を味わって貰えたらって」
そう言って時音 ざくろ(ka1250)はにっこりと微笑んだ。
彼の先導で一行は夜の街を歩く。青、赤、緑……様々な色のイルミネーションが光り、この街の姿を一刻ごとに変えていく。時には街は一色に染まり、時には光が混ざり合う。
ここにはリアルブルーから転移してきたものが居る。クリムゾンウェストで生活を営んできた者が居る。そしてエバーグリーンからこの世界に遺された者が居る。少女との出会いで、三つの世界は確かに混ざりあった。この街を照らすイルミネーションの輝きは、まるで世界の出会いと交流を表しているかのようだった。
「ざくろさんはエバーグリーンに行かれたのですよね。どう思われましたか?」
共に歩くざくろに少女はそう尋ねた。
「そうだね。……あの……神霊樹は……」
ざくろの脳裏にかの世界で見た、枯れかけた樹の光景が浮かぶ。どうしても口が淀む。
「……これから申し上げるのは私の推測です。もしこれが間違っていたら仰ってください。思い込みは正しい判断を妨げますから」
そんなざくろに少女はそう一つ前置きして口を開いた。
「ざくろさんは、『なんて恐ろしいことをしたんだ』とお思いになったのでは無いですか? 確かにそれは、星の命を削ってエネルギーを得ることですから」
そして少女は言葉を続けた。
「確かに、それは星の命を削り取る行為です。ただ、これだけはわかってください。人々は滅びるためにそうしたのでは無いということを。皆が幸せを願って、そうしたのだということを」
ざくろはその言葉を自分の胸の中に一度しまい、何度も繰り返した。エバーグリーンの人々が何を考え、何のためにそうしたのか。もちろんまだまだ全然わからない。わからないこそ持ち前の好奇心が顔をもたげる。
「わかったよ。そうだね。冒険家として、いつかコアを治す力に……いや、あの星を治す力にもなれたら……」
彼が決意を固めた頃、一行は目的地に到着した。
「これが、クリスマスツリーなのですね」
少女が見上げたその先には大きなモミの木が様々なイルミネーションと共に飾り付けられていた。
「きれい……」
和沙は思わずそう口を開いていた。彼女だけではない。ここに居る皆が皆、ただそれに心を奪われ見つめていた。瞬き、輝く光。その光はツリーに付けられたオーナメントを照らし、キラキラと煌めく。
都は心を奪われていた。この世のものとは思えない、その光景に視線を動かすことも出来ずずっと見つめていた。
ただ見つめる茜の背後で、ミールが顔を出した。一人と一匹はずっとこの光景を見つめていた。
遥華は何も言えなかった。ただ息を呑んで、その光景を目に焼き付けようとしていた。
テオは和沙を抱き寄せた。皆とほんの少しだけ離れ、こうやって居るとこの世界に二人だけしかいないような、そんな気分になってくる。
それは和沙も同じだった。彼女はテオの手をそっと握る。少しだけ、ほんの少しだけ二人だけの時間を過ごせたら。その願いは今叶った。人々のざわめきも喧騒も聞こえなかった。
和沙は今、伝えたかった言葉を直接口には出せなかった。だけど、その言葉を心の中で願っていた。
(貴方の事が、大好きです)
その思いは伝わったのだろうか。テオは自分に触れる彼女の手を優しく握り返した。その時、心と心が通じる感覚があった。
その頃、ざくろはツリーの回りに集まっていた出店の一つに気がついた。そして彼は少女に話しかける。
「地球ではサンタさんが、プレゼントをくれる日なんだ」
そして出店で売られていたあるものを手に取る。
「あっ、これルビーに似合うんじゃないかな? 今日の記念にざくろがプレゼントするね」
それは紅色のケープだった。早速お金を払い、少女に着せる。するとかわいらしい聖人がここに登場した。
「似合うのでしょうか?」
それにざくろは肯定の頷きで返す。そして。
「やっぱり恋人さん達も多いな……ルビー、良かったらツリーの前で写真撮ってあげるよ」
「はい、自然体ですね」
ツリーの前で佇む少女をカメラで写す。
「私は願う。この前で皆の写真を撮ってくれないかと。……いや、あなたにも一緒に入って欲しい」
その時レインが声をかけた。ざくろがもう一枚撮ろうとしたところで、それを止める。ざくろも含めて皆で一緒に写りたかった。
それを聞いた出店の店主が請け負ってくれた。皆が並び、もう一度シャッターが切られる。
シャッター音が微かに聞こえた。その時、皆が天空を見上げた。
「あ、雪……」
白くやわらかいそれが、宙をひらひらと舞い落ちる。氷の結晶はイルミネーションに照らされ、様々な色を見せる。それはこの星の自然が少女のために集まった者達に授けた魔法だった。
「こういうことって……あるものなんですね」
天央が言えたのは、ただその言葉だけだった。
●
「そろそろ、かな」
誰ともなくそう言葉が上がる。時計は随分と遅い時間を示していた。少女が伝えてくれたタイムリミットまで残りわずか。少女を遺跡の部屋に送り届けるためには、これが限界だった。
「皆さんありがとうございました。これで私は聖輝節というものを知ることが出来ました。楽しかったです。これがきっと、『美しく』て『楽しく』て『素敵』ということなのでしょう。それを知ることができました」
「それじゃあ、私はここでお別れするね」
深々とお辞儀する少女に、茜はそう声をかけた。
「茜さん、何か用事があるのですか?」
「まあ、ね」
嘘だった。少女が眠るまで笑顔のまま送ることが自分に出来ないことはもうわかっていた。笑顔のままで別れるためには、ここで別れるのが限界だった。
茜は一行から離れ、少女に別れの挨拶をする。
「ルビー、またね。体に気をつけてね。それじゃあ、おやす……み……なさ……い」
でも耐えられなかった。伝えたい言葉を涙が邪魔する。我慢して作っていた笑顔は、すっかり崩れていた。
「ごめ、んね、ルビーに、覚えて、もらうのが、泣き顔じゃ、嫌だった、のに」
漏れた嗚咽を塞ぐように、少女はそんな茜にそっと寄り添うとその手で抱きしめた。
「茜さん、泣かないでください。私は今日は楽しかったです。茜さんはどうだったですか?」
少女の暖かな体温が伝わってきた。エネルギーで動く自動人形のはずなのに、伝わる温もりは生命あるものを感じさせていた。そんな少女に、茜ができることは、自分の思いを、自分の誓いを伝えることだけだった。
「絶対に、忘れないから……覚えておいてね。私たちのこと」
「はい、忘れません。確かに記録しました。これは永遠に失われることは無いです。そう、信じています」
その約束と共に、茜との時は一度止まった。それをロゼは静かに、少し離れた場所で見守っていた。
●
一行は遺跡の部屋に戻ってくる。少女が元々居た場所、全てが始まった場所であり、全てが終わる場所に。
「……ねえ、何か歌おっか」
街の喧騒から遮断されたその場所で、最初に口を開いたのは遥華だった。背中に背負った大きなかばんを開くと、出てきたのはギターだった。
「これは楽器ですね。見たことがあります」
「そうだな。よし、皆で歌うか」
「ええ、約束しましたものね」
鞍馬の提案に少女は頷く。
「それじゃあさ、みんな歌えるような歌でさ」
鈴太郎はそれまでのように、はしゃいで皆に提案する。だけど、その姿はどこか、何かにひどく怯え、焦っているようにも見えた。
遥華はギターを構え、爪弾いた。その音に乗せて、皆は歌声を響かせた。
Silen night, Holy night,
ギターの音色と歌声。少女もそれに合わせ、共に歌う。
All is calm, All is bright
しんしんと降る雪が外の音を吸い込んでいた。この部屋の中で、ただ皆の歌声だけが静かに、優しげに流れていた。
Round yon Virgin Mother and Child
都はキャンドルをともす。その揺らめく光に照らされて皆の顔が写る。少女との日々がよみがえる。少女が嬉しいということを知った時のこと。少女が悲しいということを知った時のこと。黒く塗りつぶされようとした少女を救った時のこと。それがまるで幻燈の様に目の前によみがえる。
Holy infant so tender and mild
都は歌声に合わせベルを鳴らす。澄んだ音色が広がっていく。その音が心のなかにまで響き、澄み渡らせていく。
鈴太郎もそうだった。彼女はただ歌うことにだけ集中していた。その時の彼女は何かを忘れようとしていた。
Sleep in heavenly peace,
皆が皆、少女のことを祈っていた。せめて眠りの間、少女が幸せな夢を見られるように、と。一刻でも早く少女にまた会える時が来るように、と。
Sleep in heavenly peace.
もう皆が理解していた。別れの時は来たのだ。
「俺はいつも肝心な時に抜けている、いつだってそうだ、だから失う事が多い、だが今回は違う」
その時だった。何者かがその部屋にやって来た。
「春日さん、こんばんは。どうされたのですか」
少女がその者の名を呼ぶ。その呼びかけに姿を表したのは春日 啓一(ka1621)だった。
「勝手は承知だが、ルビー。あんたに会いたかったんだ」
「……私もです。春日さん」
少女のチョーカーに付いたベルが鳴る。そのチョーカーの送り主こそ春日だった。
「ルビー、俺と初めて会った時のことを覚えてるか?」
「はい、この部屋で、でしたね。鈴太郎さんとも、パティさんとも、茜さんとも、レインさんともその時に会いました」
少女は春日と三人の顔を見る。
「あの時一緒に写真を撮りましたよね。でも、写真は自然体で写るのがいいと今日知りました。もっと早く知っていればあの時も自然体で写ることができたのですが……」
「ルビー、俺にはあの時も十分自然体に見えたぜ」
そして春日は別のときのことを語りだす。
「その次はピースホライズンへ行った時だったな」
「春日さん達が送り届けてくれました。春日さんはあの時、私に服をプレゼントしてくれましたよね。それは……そうですね。この時、この言葉を使うのでしたよね。私はこの服が『好き』です」
「気に入ってくれてうれしいよ」
その時春日が送った服を少女は今も着ていた。そしてそれはあの時もだった。
「その次は……」
「ハンターズソサエティからの要請で、この施設の案内を私がした時でした。あの時、自動兵器達がこちらに攻撃してきて大変でした。思い返せば、あの時にラプラスさんのことに気づいているべきでした。申し訳ありません」
「謝ることはない。悪いのはラプラスなんだ。ルビーはよくやってくれたよ」
「そう言っていただけると……これが『救われる』ということなのでしょうか」
「そう……かもしれないな」
共に遺跡を歩んだときのことを二人は語る。そして少女はあの時気づいた感情について話し始めた。
「でもあの時のことはとても強く覚えています。あの時、面白いということを知りました」
少女がこの時代にこの世界に目覚めて、面白いという感情を学んだ。彼女が面白いと思ったこと、それは。
「私は皆さんのお役に立つことが面白かったです。皆さんの良き隣人であることが面白かったです。でも申し訳ありません。もう出来そうにないです」
「謝るな! ……謝らないでくれ、ルビー……」
春日にはそうやって少女の贖罪の気持ちを押しとどめることが精一杯できることだった。
「そしてその後、ルビーはラプラスに……」
「はい、コアの部分に直接侵入され乗っ取られてしまいました。申し訳……いえ、謝らないほうがいいのですよね」
「そうだ、ルビー。色々あったが、今ルビーは確かにここに居るだろう」
「はい、皆さんが助け出してくれたからです」
ルビーは鈴太郎を見つめた。鈴太郎は微笑んでいた。だが、彼女の瞳は何故かキャンドルの光を反射して強く輝いていた。
「ああ、そうだ。こうやって『また会う』ことができた。わかるか? また会えたんだ」
そして春日は、一番伝えたかった事をその口で少女に伝えた。
「だからまた会いに来る。どれだけかかろうと、ルビーが目覚めたらまたこうやって話をする為に会いに来る。これは約束だ」
そして春日は少女と小指を絡ませた。
「これは……」
「これは指切り。約束の印だ」
「わかりました。春日さん。またお会いしましょう。約束です」
そしてこの場にいる皆が、少女と約束を結んでいく。
「またお会いしましょう。早いお目覚めを願っていますよ」
「はい、できるだけ早く……目覚められたら、ですけど、目覚められるようになったらすぐに皆さんと会いたいです」
天央と指を切り、約束を結ぶ。
「こんなにも心温かい素敵な仲間と縁を結んでくれて、本当にありがとう。もっと一緒にお話したかったけど、それは起きてからのお楽しみにしておくね。これからも、貴女と貴女の故郷の回復させる為、出来る限り力になりたいと思う」
「都さん、無理はしないでくださいね。そして、また会えたときにはもっと一緒にお話しましょう。これは約束です」
そして少女は都とも指を切った。
「笑顔で『おはよう』を言えるその日まで、おやすみなさい……」
「おやすみなさい、都さん」
次はテオだった。彼はただ一言、短く約束する。
「おやすみ」
「おやすみなさい、テオさん。……どうされたのですか?」
テオは笑顔だった。笑顔だったが、それはとても不自然で、本当の気持を押し隠したものだった。それでも彼は笑っていた。なぜなら。
「和沙さんもどうされたのですか?」
和沙はずっとテオの胸に顔を埋めていた。彼女がルビーを見られないことは彼が一番わかっていた。そんな彼に出来ること。それは恋人の分まで笑ってあげることだった。
「それではあらためてお二人とも、おやすみなさい。また会う日まで」
少女はテオと指を切る。胸を埋めたままの和沙を彼が促す。そして弱々しい力ではあったが、彼女も少女と指を切った。
「遠くない未来、また『おかえり』って言わせて。そしたらまた、私達と一緒に思い出を作ろう。これが最後じゃないって信じてるから」
遥華は自分が贈ったリボンをもう一度整えながら、そう言った。
「はい、遥華さん。約束します。私も『おかえり』と言います」
「ルビー、その時は『ただいま』だよ」
「わかりました。『ただいま』ですね。そして、また、遊びましょう」
「うん……おやすみ、また遊ぼう!」
そして少女は遥華と指を切った。
「短い間だったけど、ルビーと出会えて、色々経験して、たくさんの人との縁を作ることができた」
「私もたくさんのことを知り、多くの人と出会うことが出来ました。こんなに皆さんが来てくれました。ありがとうございます」
鞍馬はその言葉に首を振る。
「感謝するのは私だ。ありがとう、友よ。また会う日まで、どうか元気で」
「鞍馬さんもどうか、その日までお元気でいてください」
鞍馬と少女は指を切る。いつか来るその日まで、ともに元気でいられるように。
「『ししょー』さんも一つ約束してくれますか」
「ああ、どうしたんだい、ルビー君。もう一度物づくりがしたいのなら、いつでも言って欲しいなあ」
その言葉に少女は首を振る。
「いえ、皆さんが出ていった後、この部屋の扉は閉まります。そしてもう開きません。そうすることで、外から歪虚など危害を与えるものから守るようになります。だけど、もし私にどうしても必要な用事がある時は」
そして少女はメルと作ったキャンドルにそっと手を触れる。
「このキャンドルをこの部屋でともしてください。それで扉は開くように設定しました」
キャンドルを灯す時、それは少女を修理し、再び起こすことが出来るようになった時のことだ。その事を必ず実現する、そう誓い、そして。
「約束するよ、ルビー君」
「約束ですよ、『ししょー』さん」
そして二人は指を切った。
パティは顔を拭っていた。涙は止まらなかった。どうしても別れなければいけないのか。いつまで会えないのだろうか。寂しい気持ちが頬を濡らす。
それでも彼女は涙を拭った。そしてもう一度笑顔になって。
「おやすみルビー。目が覚めタラ、夢のハナシを聞かせてネ」
「おやすみなさい、パティさん。私が夢を見るのかはわかりませんが、目覚めたら夢の話をお聞かせします。だから夢の話待っていてください」
そしてパティと少女は指を切った。少女は眠りの中でどんな夢を見るのだろうか。
「私は約束する。もう一度この光景を皆で見ることができるようにすることを。ルビー。それまで待っていてほしい」
「はい、レインさん。聖輝節というのはとても楽しくて素敵なものでした。もう一度……いえ、何度でも、この景色を、この街を見たいです。だから、わがままですけど約束してください。それまで、いつまででも待ちます。私は、待つのは得意なんです」
少女は微笑んだ。名を名乗ることで始まったコミュニケーションは笑顔で終わろうとしていた。だが、その後には続きがあった。大切な約束。それを胸に刻みこみ、レインは少女と指を切った。
「ルビー……」
鈴太郎は今すぐ駆け寄り、少女を抱きしめようとした。その胸に顔を埋め、泣きじゃくろうとした。でも彼女はそうしなかった。少女が夢に落ちる前、最後に見る顔は、少女が覚える顔は笑顔であって欲しかった。
その瞳は涙で濡れていた。それでも笑顔になって、彼女はこう挨拶した。
「おやすみルビー!」
溢れ出した涙が一筋彼女の頬を伝った。だけど彼女はしっかりと最後まで笑顔になっていた。
「おやすみなさい。鈴太郎さん。また会える日を楽しみにしています」
ルビーもそう、笑顔で眠りに着くための挨拶をして、そして扉は閉まった。
●
静かに閉まった扉の向こう側で、和沙は今だテオの胸に顔を埋めていた。
「……お別れって、こんなにも辛いものなんだね……いつか、逢えるのはわかってるけど……っ」
涙を流す彼女を、テオはずっと抱きしめていた。
「りんちゃん、よく頑張ったわね」
皆の邪魔をしないよう離れた位置で見守っていたロゼはそう言葉をかけた。それに鈴太郎は何も言わなかった。
彼女に出来ること、それは溢れ出る涙をロゼの胸の中で流すことだけだった。
●
帰宅の途に付いていたカール。その手には宴の中で撮られた写真があった。そこにははにかんだ笑顔の自分と、自然体のまま笑顔で佇むルビーという名の少女の姿が写っていた。彼はもう一度その写真を見た。それで明日から、自分がやるべきことの道が見えた。
(この思い出は大切な宝物、明日を生きる糧になるから)
だから明日を、明後日を、これから先を生きていこう。そう皆が誓っていた。
誰もが、そして何より少女がもっとも心待ちにしていたその日は、残酷にもやって来た。橋の上ではいよいよ迎えた祝祭にきらびやかに飾り付けられた街がきらきらと輝き、人々が浮かれ、楽しんでいた頃、彼女を迎えに橋の下に来た者達が居た。
「こんにちは、ルビーさん。私は……」
「志鷹 都さんですね。もう、認証されています」
志鷹 都(ka1140)はルビーに改めて自己紹介をした。大渓谷で、ラプラスに、そして邪神に立ち向かった時に、彼女は少女と出会っていた。その時と同じように、少女は彼女の名前を確認するように繰り返す。思い返せば、この遺跡で少女と出会った時名前を名乗ることで全てのコミュニケーションが始まった事が思い起こされる。
雨を告げる鳥(ka6258)はその時の事を思い返していた。
「私は名乗る。私の名前は雨を告げる鳥であると」
「雨を告げる鳥さんですね。了解しました。ゲストアカウントとして認証完了しました」
名を名乗ることで始まった少女との出会いは、今その物語の幕を閉じようとしていた。おそらくこうやって誰かが少女に名を名乗ることも、今暫くの間はないだろう。その幕が閉じる前に、やらなければならないことがある。
「私は作る。ルビーと、その縁を紡いだ仲間たちと共に。沢山の思い出を。夢と希望を抱えて眠りにつくことができるように」
「だな! オレもルビーと同じで聖輝節ってのは初めてだからよ、すっげー楽しみにしてんだぜ!」
レインのその言葉に大伴 鈴太郎(ka6016)は食いつくように合わせてきた。彼女は今日、ハンター達が落ち合い遺跡に向かうときからずっと聖輝節を楽しみにしていたとはしゃいでいる。
「聖輝節……リアルブルーに於けるクリスマスに相当する、此処での行事……と言いますか、お祭りですね。と言っても、地方毎に風土の違いに合わせて、色々と変わるみたい……ですね」
そんな一同に、天央 観智(ka0896)はこの聖輝節についての情報を伝える。それを聞き漏らすまいと聞いている少女の姿を見て、そしてこれから先に起こる事を忘れるかのようにはしゃいでいる鈴太郎を見て、続きの言葉を飲み込んだ。
(チラチラと、遣らずの雨ならぬ……見送りの雪でもあれば、もう少し様にも成るんでしょうけれどね。まぁ……風土的な事もありますし、言っても詮無い事ですね。せめて……これから夢を見るには、綺麗な光景……というのも、ありますけれど)
そんな天央の思いを知ってか知らずか、鈴太郎の言葉にレインが同意する。
「私も同じだ。ルビーと同じだ。知識としてはあるが、大きな街で聖輝節を過ごすのは初めてである。故に。私も一緒に満喫させてもらおう。楽しみである」
「じゃあ色々楽しまなきゃな!」
「はい、楽しみにしています」
大はしゃぎする鈴太郎をほんの少し微笑んで、ルビーが見つめている。その紅玉色(ルビー)の瞳に映る彼女の姿を、少女はどう思って見ていたのであろうか。ただ、この一分一秒も少女は逃さぬ様に彼女の中に刻み込み、そしてその情報は蓄積されていく。
そんな様子をパトリシア=K=ポラリス(ka5996)が見ていた。彼女が少女のその瞳を見て、口をついて出た少女の名前。それが少女の名前となった。少女に付けた名前は少女をルビーという一つの存在へと変え、そして皆の胸に忘れられない存在として刻みつけた。だから。
(きらっきらに輝く今日をルビーが忘れないように、パティも忘れないように)
「Joy to the world, the Lord is come~♪」
いつしか口を付いて出る歌。聖輝節ではなく、リアルブルーのクリスマスを祝う歌がパティの強い願いを漏れ出させていた。
「それは何ですか?」
「これはネ、歌なんダヨ」
「歌ですか……」
「そういえば前演奏した時、ルビーは見ているだけだったよな」
パティとの会話に、鞍馬 真(ka5819)が入ってくる。彼は以前ピースホライズンで彼女に会った時、街で音楽を演奏している人々の中に混じって、笛を吹いた。
少女は音楽というものを知らなかった。ただ、彼が少女に聞かせたことで、少女の記憶の中に「音楽」と言うものが刻み込まれた。
「『音楽』ですよね。きっと一緒に演奏すれば楽しいものなのでしょう」
「なら……今回は一緒に歌わないか?」
「そうダヨ。歌も楽器なんダヨ」
鞍馬は一つ頷いて言葉を続ける。
「はじめてかもしれないけど、やってみると意外とやれるものさ」
「では……後ほど、上手く出来ないかもしれませんが……」
「それじゃあ、まずは街を見に行かないとね」
一刻も早く楽しい思い出を作りたい、街へ出かけたいと央崎 遥華(ka5644)が声をかけた。肩と背中にかばんを掛けた彼女は見るからに大所帯だ。
「遥華さん、どうしてそんなに荷物が多いのですか?」
「それはね……」
そこまで言った所で、遥華の肩提げバッグから何かが顔を出した。
「わぁっ、かわいいっ!」
それに真っ先に、少女よりも先に天王寺茜(ka4080)が反応した。そんな彼女に答えるように、それは遥華の肩提げバッグから飛び出して降り立つ。
「これは……『犬』ですか」
「おっ、ハルカんとこのケイティじゃん♪ やっぱかわいいな」
鈴太郎がデレデレしているそれは遥華の愛犬であるダックスフンドのケイティだった。胴長短足な体で床に立って、下から見上げるようにこちらがわをつぶらな瞳で見つめている。初めて出会ったルビーにも攻撃的な姿勢は見せること無く、落ち着いていた。
「はじめまして、ケイティさん。ゲストアカウントとして認証しました」
少女はこのときも自らに課せられた職務を全うしようと、視線を合わせてそう言っていた。その様子に、ここにいる一同が心を奪われていた。それに抗議したのか、今度は茜の背負っていたバックパックから何かが飛び出した。
「あ、ミール!」
茜が声をかけるよりも早く、銀色の毛並みをなびかせてそれは床を軽やかに走る。そしてあっという間に目的地へと飛び込んでいた。
「ミール、ルビーのこと気に入ってるみたいだものね」
茜の愛猫、ミールは再会を喜ぶかのように、少女に飛びついていた。それに対し、少女は茜に教えてもらったように、喉をなでる。
「こうすると、喜んで頂けるのですよね」
確かにそうだった。ミールは甘えたようにニャーニャーと鳴き、ルビーに頬をすり寄せてくる。
ゴロゴロと甘えるミールをなでながら、ルビーはふと見上げた。そこには茜の顔があった。
「ところで……その格好は」
「これね、これはルビー風ってこと」
茜はトレンチコートを身にまとい、耳には耳あてを付けている。その姿はルビーをまるで真似ているかのようだ。
「そういえば、先日行ったときもそのような格好をしている人たちが沢山いましたね。どういうことでしょう」
「それはね、ルビー君。皆君のことが好きということじゃないかな」
少女の疑問に答えたのは岩井崎 メル(ka0520)だった。
「そうなのですか、『ししょー』さん」
「ああ、そうさ。君のわがままを叶えようと集まった人間がこれだけ居るんだ。それが、君が皆に好かれている何よりの証拠さ」
「聖輝節を見たいというのは、随分控え目な我儘だな」
鞍馬が続けた言葉にくすり、と笑い声が漏れる。その時少女はもう一度、そのルビー色の瞳に皆の顔を焼き付けるかのように、周囲を見回した。これから始まる楽しい聖輝節の時間を心ゆくまで満喫しようと、それを少女と共に過ごそうと、皆の顔は笑顔になっていた。
その姿を見て、少女はにっこりと微笑んだ。思えば少女と遺跡で出会った時、その姿形だけではまるで人間と区別できないそれを人間と決定的に分けていた違和感。それが感情だった。人と同じような形で、人と同じ言葉を喋り、人と同じ動きをする少女は、しかし一切の表情を作らなかった。それが少女を見た時に人間とは違う、オートマトンであるということを本能的に察させていた。
だが、それから様々なことがあった。皆でピースホライズンに行き、共に遺跡を探索し、黙示騎士と戦った。その間に少女が触れた人々の感情。嬉しい、楽しい、といったポジティブなものだけではない。怒り、悲しみ……ネガティブな感情も見て、聞いて、感じて、刻み込んで、学んでいた。
そして今、少女は今自分の中に芽生えている『楽しい』という感情を精一杯の表現で伝えるため、それまでに学んだ「笑顔」を見せた。その表情こそ何よりハンター達が少女に与えたものだった。それまでしてきたことが間違いではなかった証拠、それが少女の笑顔だった。だからもっと楽しい時を過ごすため。
「さてそろそろ行こう。大切な思い出をたくさん作らなければいけないからね」
「そうだな! 行こうぜ!」
「そういえば大伴君、例の準備はどうなんだい?」
「ああ、アレなら姐御がやってくれてるぜ!」
「それはいったい……」
少女の疑問に、鈴太郎はこう答えた。
「それはまだ内緒だぜ!」
こういった他愛もない会話をしているその時も、今は愛おしかった。
●
「見て見てっ、ルビー! きれーな飾り♪」
橋の上に移動した少女を、そして共に来た者達を迎えたのは、きらびやかに彩られた街の姿だった。心の底に寂しさを押し殺してこの時を楽しんでいるものも居るかもしれないが、この街はそれを知らない。この街はいつでも変わらずお祭り騒ぎだ。
そんな華やいだ街の中で、ロス・バーミリオン(ka4718)はウィンドウショッピングを楽しんでいた。今、この街はあらゆる客人を歓迎している。だからこうやって実際に購入するわけでなくても、街をぶらぶら歩いて店先を冷やかすだけで楽しいものだ。
だが、ロゼは目当ての品物があったわけでは無かったが、目当ての人間は存在した。
「あら、りんちゃんに都ちゃんにはるちゃんじゃない」
「お、姐御!」
「ロゼちゃん!」
ぞろぞろと連れ立って歩いている一団に見知った顔を何人も見かけ、声をかけるロゼ。話に花が咲く。ひとしきり会話を楽しんだ後、彼女は何かを取り出した。
「はーいv そのまま自然体のままでいてね~?」
取り出したものはカメラだった。レンズを向け、この二度とは訪れない瞬間を記録に残すべくシャッターを切ろうとした。
「……自然体のままって言ったじゃない」
が、遥華はバッチリ決めポーズを取っている。どこのアイドルかと言わんばかりである。
「えへへ、つい」
「なるほど、カメラに対してはこうすればいいのですね」
遥華がそんな事を言っている頃、ふと横を見ればルビーが思いっきり決めポーズを取っていた。これはこれで中々可愛らしいアイドルの登場である。
「ルビー、そういうのは学ばなくていいぞ」
「自然体ですよ、ルビーさん」
そして少女は力を抜き、普段の姿に戻った。その瞬間を逃さず、シャッターが切られる。
「はーい、バッチリ撮れたわよ」
カメラから飛び出した、切り取られた皆の笑顔を一同に渡し、ロゼは手をひらひらさせながら去っていった。
「いつ来ても、お洒落な街なのです!」
アシェ-ル(ka2983)はいつものようにこの街にやってきて、毎度のごとく驚いていた。服などが欲しい時はここに来る彼女、何度来ても新しい驚きがある街だ。今日も聖輝節を心ゆくまで楽しむため、この街に衣装を買いに来ていた。求めるものはサンタクロースのそれ。
石を投げれば服屋に当たるこの街で、求める物を探すのは造作もないことだ。早速見繕った店に入る。
「パティ達もウィンドウショッピングするのはどーカナ?」
「そうね、この日だけしか無い物も色々売ってるみたいだしね」
「はい、是非見てみたいです」
そんな頃、少女達一行も街歩きの最中良さげな店を発見したようだ。せっかくの聖輝節なのだ。この街のこの日だけの姿を目に焼き付けたい。実際に買うかどうかは置いておいて、一行はその店に入っていった。
紅色のベロア生地で作られた円錐形の帽子。白いファーで飾り付けされている。きっと被ればサンタさん気分になれるだろう。アシェールは目当ての品を発見して手に取った。しかし。
「なんで、この店、鏡がないんだろ……」
手に取ったはいいものの、かぶったらどんな感じになるのだろうか。確認する方法が見当たらなかった。その時だった。
「あ。ルビーさん、良い所に!」
「またお会いしましたね。……名前を聞いておりませんでした」
「アシェールなのです!」
「アシェールさんですね、ゲストアカウントとして認証しました」
アシェールという名前も少女の中に蓄積される。こんな何度も繰り返されたことが、しばらくの間見られなくなるかもしれないということに彼女自身は気づいていたのだろうか。彼女が少女の言葉を聞きながらやったことは、手早く少女に手にしていた帽子をかぶせる事だった。
「うんうん。良いですね。凄く似合ってますよ!」
「そう言って頂けると嬉しいのですが、これはいったい……」
「これはサンタさんの帽子です。サンタさんは、皆の不幸を幸せへと変えてくれる存在なんですよ」
そう言われると少女は嬉しかったのか、はにかんだ笑顔を見せた。こういう時にこういう表情をすればいいということを、彼女は学んだのだ。
「ルビーさんの所にも、サンタさん来ますね。というか、ルビーさんなら、きっと、サンタさんにもなれます!」
しばらくその姿を見ていたアシェールは、店員にお金を払うともう一度かぶせた帽子を整えた。この帽子を少女にプレゼントとして贈るということだ。そして。
「ルビーさん、また、逢いましょうね!」
「……はい」
手を振って別れた彼女に、少女は微笑みとともにその言葉で返した。
「パトリシアちゃん、何してるの?」
「ひゃぁっ?! な、何でもないんダヨ」
店から出てきたパティにロゼが声をかける。何か密かにしていたのを見られたと思ったのか、素っ頓狂な声を出すパティ。
「はーい、それじゃあパトリシアちゃん達も写真撮るわよ~」
先ほどと同じ様にカメラを取り出したところで、少女が声をかけた。
「パティさん、自然体ですよ」
学んだ情報をすぐに出すその様子につい笑いがこみ上げるロゼ。
「ほら、みんなv 撮るわよ。自然体のままでね~」
その言葉にもう一度皆が集まって来てファインダーの中に収まる。
●
陽がゆっくりと西の地平線の向こうに沈み始め、街が茜色に染まりだした頃。
「それで大伴君。そろそろ時間じゃないかな」
「ああ、えーっと、こっちの店じゃなかったかな……お、いたいた」
彼女が見つけたのは、とある店の前に立つロゼの姿だった。
「これはいったい……」
「まあ、いいからいいから」
鈴太郎に押し込まれるように店の中に入った少女が見たのは、綺麗に飾り付けられた会場だった。美味しそうな食事やケーキが並び、来客を待っている。
「丁度だったな」
「すずたろー、こっちの準備は出来ているよ」
「良かったです。この街を楽しみすぎて、パーティーの事を忘れちゃわないかと思いました」
「僕もお邪魔しますね」
そして来客を待っている者が居た。テオバルト・グリム(ka1824)と柄永 和沙(ka6481)、そして龍堂 神火(ka5693)とカール・フォルシアン(ka3702)だった。
「と、いうわけでクリスマスパーティーだ! 楽しもうぜ!」
皿に大量の料理を載せた鈴太郎が、ルビーの前にそれを置く。
「まあ、俺は初めに出会った面々とは比べると薄いかもしれないけど」
「そんなことありませんよ、テオさん」
進められた料理を口に運びながら、少女はそう答えた。
「この場所で出会ったときのことも、一緒に施設の中を歩いたことも、よく覚えています。ラプラスさんと戦ったときのことも勿論です。全て私の中に蓄積されています。そう言えば、『美味しい』というのを勘違いしそうになったときに、教えてくれたのは鈴太郎さんでしたね」
「そういやそんなこともあったなぁ」
そして少女は料理を口に含んだ。
「これは、『美味しい』です。合ってますよね?」
「そうですね。合っています。ルビーさん、このケーキも美味しいですよ」
少女の確認に都が答え、皿を差し出す。そして彼女はカメラを取り出した。
「それじゃあ一枚、撮りますね」
「自然体、ですね」
レンズを向けられたところでそう返した時、写真に撮られることが気恥ずかしかったのか、和沙はテオの背中に隠れた。彼女も決して小さくはないが、その大きな体の後ろに入ればすっぽりと見えなくなる。だが。
「それでいいのか?」
小さな声で恋人に囁くと、テオは自然に肩を抱き寄せた。それで和沙も前に出てくる。戸惑ったようなはにかんだような彼女の表情がカメラに映ったところでシャッターが落ちた。
写真がカメラから出てきた所で、それに映れなかったことに抗議するかのように何かが飛んできた。それはこの会場の中を軽やかに跳ぶと少女の膝に綺麗に収まる。
「ミール、ルビーの膝の上の方が私のより大人しいような……」
茜は自分の愛猫の素早い動きに驚くやら呆れるやら。その様子に自然と会場の中が笑い声に包まれる。
「それじゃあ、もう一枚撮りますね」
レンズがこちらに向いた。皆の様子を見ていたカールもこちらに向いているレンズに視線を向けながら、少し照れくさそうにはにかんだ笑顔を見せていた。
その瞬間を見逃さず都はもう一度シャッターを切った。程なくして出てきた印画紙には皆の笑顔が写し出されていた。
「楽しいですか? ルビーさん」
天央はそう声をかけた。この半日にも満たない時間の間にも色々な出来事があった。少女はそれを目にした。体験した。そして覚えた。この時はきっと少女の記念になったはずだ。きっと……。
「はい、楽しいです。この日が毎日だったらもっと楽しいでしょうけど、一年に一度だから大切なのですよね」
その日を愛おしいものとして認識する少女の姿が、彼には愛おしかった。
「トランプとか、やりますか?」
「以前やったことがありますが……いいのでしょうか?」
「勿論だぜ! ジンガ、俺もやるぜ!」
「それじゃあ私もやろう」
「私は尋ねる。どのようにするのか教えてくれないかと」
「構わないですよ」
というわけで龍堂の回りに皆が集まってトランプ大会の始まりだ。慣れた手つきでカードをシャッフルし、皆に配る。そしてしばらく後、何度かの勝負が終わった結果はと言うと。
「いやぁ……ルビーさん、強いですね」
「私は思う。圧倒的だったと」
「ウンウン♪ パティ、歯が立たなかったんだヨ」
以前少女がこの街に来た時と同じ光景が繰り広げられていた。ただ、以前と違うのはそんな圧勝した少女を追い出そうとする者が居ないということと。
「で、ビリは……」
「まあ、数えるまでも無いよね。すずたろー、顔に出過ぎ」
「ちょ、ま、待てよ!」
その様子に、またも笑い声が巻き起こる。そんな様子をカールは静かに見守っていた。
(お別れ……といっても、ちょっとおやすみするだけですもんね)
静かに見守りながら、カールは今までのことを思い返していた。少女は既に滅びた世界、エバーグリーンの出身で、その体には驚くべき技術が含まれていること。かの世界が今どうなっているのか、その情報はハンター達が見た数時間の間の出来事と少女がこの時まで翻訳してくれた資料にしかない。それでも、一筋の希望があった。可能性はゼロではない。ゼロでは無ければ実現は出来る。
(だから「さようなら」ではなく普通に夜友達と別れるときと同じように「おやすみなさい」を伝えたくて)
ここに来たのだ。
トランプ大会が終わり、皆が再び会場に散らばった所で、龍堂は少女に声をかけた。
「少しよろしいですか」
「はい、龍堂さん、どうされたのでしょうか」
努めて明るく振る舞ってきた彼だったが、どうしても少女に伝えたい言葉があった。そうしないと、この押しつぶされそうな胸の感じに耐えられないから。
「……ボク、昔の記憶がないんです」
全ての記憶を失ってこの世界に来た彼に、何も知らない世界というのはとても心細かった。でも。
「色んな人と出会えて、少しだけ前を向けました。それにはルビーさんも含みます」
「……何も知らない世界に来たという意味では、私と同じかもしれませんね」
そんな彼に少女はそう返した。
「でも、記憶が無いということには、いい事があるのかもしれません」
「いい事、ですか?」
「はい、記憶が無いということは、過去の失敗や敗北を思い出すことも無いということです。全てを知っていれば、上手くいかないということを悟りすぐに諦めてしまいます。諦めてしまえばそれで終わりですから……」
少女は少し遠い目をする。その記憶の中に、すべてを知って絶望した者の姿があるようだった。
「それなら、ボクは諦めません。諦めないで……ボクは。じゃなくて、ボクらは……絶対、ルビーさんを一人にはさせませんから」
暗い話をすることで、この場の雰囲気まで暗くしてしまうかと心配していた龍堂だったが、その心配は無用だった。少女に自分の胸の内を吐露することで、彼自身の気持ちも晴れやかなものへと変わっていた。
「みんな、注目してほしいんダヨ」
宴もたけなわになってきた頃、パティがそう声を上げて皆を注目させた。何事かと思った所に、彼女は皆にラッピングされた袋を配る。
「プレゼントなのですか?」
「そうダヨ」
袋を開ければ、中からは聖輝節を彩るための雪の結晶を模したオーナメントと、赤いリボンが出てきた。
「これをこっそり買っていたのね」
「うん。みんなオソロイ、ゆーじょーのアカシってヤツダヨ♪」
「あの部屋には飾る場所なんて無いですし……パティさん、自分に付けてもいいですか?」
「ウンウン♪」
少女の胸元に白銀色の雪が輝く。
(ルビーも「好き」な物を見つけられタラ)
それを見ながらパティはそう思っていた。それが彼女の願いだった。
「それじゃあ、私も渡したいものがありますし、プレゼント交換会としましょう」
それを見た都の発案によって、もう一つイベントが始まることになった。
「まずは私から……どうぞ、ルビーさん」
「ありがとうございます。早速開けていいですか?」
都が頷き、箱の中から現れたのはブレスレットだった。
「ルビーさんを災いから護ってくれるよう、願いが込められたものです」
「それでは、早速付けさせてもらいますね。……その願い、確かに覚えました」
少女の細い手首には、都の祈りの証が結ばれた。
「私のはパティのとかぶっちゃったけど」
と遥華が出してきたのはリボンだった。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、遥華さん」
そう言って少女はパティのリボンと遥華のリボン、二つを付ける。
「上手く付けられたかわからないですが……」
「ちょっと待ってね!」
「それじゃこっちはパティがやるんだよ!」
そんな少女に二人は駆け寄り、リボンの形を整える。
「それでは僕は、これを」
「ありがとうございます、カールさん」
渡された箱から出てきたのは手に持てるサイズの花束――ブーケと、小さな木箱だった。ブーケからは柔らかな香りが広がる。いい香りだが、決してきつくはなく、心が安らぐような香りだ。
「落ち着いて寝られるような香りなのですが……どうでしょうか」
「……私には良い香り、というのがわかりません。香りというものがあるのは理解していますが」
そして少女はブーケを顔の前に近づけた。
「でも、私は今学びました。これが『良い香り』なのですね」
その言葉に、カールはほっと胸を撫で下ろす。
そして少女は木箱を開けた。その中には何も入っていなかった。しかし、蓋を開けた時、代わりに優しいメロディが流れ始めた。
「……バネ仕掛けの装置で蓋を開けた時に音が流れるようになっているのですね」
「ルビーさん、これはオルゴール、と言うのですよ」
少女は箱から流れる音楽に静かに耳を傾けていた。
「りんちゃんも、プレゼントあるのでしょう? ちゃんと渡しなさいよ」
「でも姐御……」
なにやらもじもじしている鈴太郎の背中をロゼが女は度胸と言わんばかりに押す。少女の前に飛び出してしまってはもう覚悟を決めるしか無い。
「これ……ミヤチャンに習って作ったンだ。完成には間に合わなかったけど……」
鈴太郎がプレゼントとして渡した物、それは白黒のバクの編みぐるみ……らしきものだった。不格好で何をイメージしているのか、良くわからない。
「これは……バクかな」
「そうなのですか、『ししょー』さん」
「ああ、夢……悪い夢を食べる、と言われているんだよ」
少女はその言葉を聞いて、その編みぐるみを愛おしそうに抱きしめる。
「ありがとうございます、鈴太郎さん。これは大切にします」
オーナメント、ブレスレット、リボン、ブーケ、編みぐるみ、そしてここには居ないものが少女に渡したチョーカー。皆の思いは、確かに少女の元に届いていた。その時チョーカーに付いた小さなベルが、チリンと澄んだ音を鳴らした。
「皆さん、プレゼント本当にありがとうございました。どれも大切で、どれも『好き』です」
その言葉を聞いてパティは自分の思いが届いたことを感じていた。
●
宴も終わりの時が近づいてきた頃、カールは少女を呼び止めた。
「どうしたのでしょうか、カールさん」
「いえ、そろそろお暇しようかと思いまして……」
「わかりました。カールさん。こういう時は『さようなら』と言うのですよね」
その言葉に彼は首を振った。
「いえ、こういう時、こういう時間帯なら友達同士であれば『おやすみなさい』というのが良いですよ」
そして二人は友達同士でするように、極自然に別れの挨拶をした。
「おやすみなさい、ルビーさん」
「おやすみなさい、カールさん」
●
パーティーが始まって随分と時間が経った。窓の外の色がすっかり変わりそろそろ宴もお開きになろうかとした頃、レインが皆に口を開いた。
「私は提案する。クリスマスツリーを皆で見に行くのはどうだろうか。ライトアップされた姿は美しく、ときに幻想的だとも聞く」
「ああ、それならその前に、一つ行きたい場所があるんだ。ちょっと付き合ってくれないかな」
その時、メルが口を挟んだ。
「魔導イルミネーションのライトアップはもう少し夜も深くなってからみたいね。それまで時間があるんじゃないかな」
茜がチェックしてくれていたお陰で、メルの行きたい場所に行くことになった一同。彼女が連れてきたのは街の一角にあるろうそく屋だった。色とりどりのろうそくが並ぶ店内を一直線に突っ切り、店の奥に入っていく。
店の一番奥、扉を開けた先にメルの目当ての物はあった。表で売っているろうそくを作る工房だった。ろうそく作りを体験できないかと彼女が店主に掛け合った結果、この場所を貸してもらうことが出来た。
「ルビー君、私と初めて出会った時の事を覚えているかい?」
「はい、あの時もこの街でしたよね。時間も丁度同じぐらいだったでしょうか。あの時はまだ太陽が地平線に沈み始めたぐらいでしたが、今の時期だともう殆ど沈んでいますね」
「それじゃあその時話したことは?」
「ええ、作る仕事の帰り、だったのですよね。何か作る事は楽しいか、と聞いた私に『楽しい』って答えてくれました」
「よく覚えていたね、ルビー君」
「それでは、これは……」
「そうさ、君にぜひ物作りに挑戦して欲しくてねぇ」
そして始まったろうそく作り体験。といってもやることは単純だ。芯になる糸に溶かしたロウを付ける。浸して付けては引き上げて、また浸して付ける。これの繰り返しで少しずつロウを膨らませ整形していく。
原理は簡単だが、そこには職人の技術がある。店主はそれを快く教えてくれた。作るろうそくの長さの二倍の芯を用意し、木の棒で挟んで作業する。火傷を防ぐことができ、さらに二本まとめて作ることができる。その事を聞きながら作業を始める二人。
「何か不思議な香りがしますね。先程食べたケーキに似ているような、違うような……」
「ああ、この甘い匂いは蜜蝋の香りだね。このロウはミツバチが作ってくれるんだ」
「『ししょー』さんはなんでも知っているのですね」
その呼び方に照れるメル。その時、店主は二人のロウに何かを入れた。
単純に繰り返す作業は少女には向いているようだった。しばしの時間の後、二人の手元にはその成果が現れていた。少女の手元にはその瞳の色と同じ、紅く色づけられたろうそく。メルの手元にはそれに対になるように、緑色に着色されたろうそく。二人を見てイメージした店主がかけてくれた魔法だった。後は芯を切れば完成だ。丁度二本づつ出来たそれを互いに交換する。
「最初のおしゃべりが懐かしいや。あの時の約束……じゃあないけど、果たせてちょっと嬉しいや」
「それは良かったです。このろうそくは、大事にしますね」
二人が戻った頃、この街には夜の帳が降りていた。
「寒くなってきたね。ホライズンは雪とか降るのかな」
茜は寒さをこらえる様にコートの襟を立ててそう言った。
「茜さん、寒いのですか?」
「そりゃ寒いわよ。というかルビーこそこの気温で大丈夫なの?」
「私にはこの温度がちょうどいいです。特に今は……」
その言葉にはっとした茜は、少女の額に手のひらを当てる。それですぐにわかった。一瞬火傷するかと思うほど高温になっている。今だけは元気に動いているように見えるが、少女の限界は確実に近づいているのだ。
言葉も無かった。そんな彼女を、この街を彩る色とりどりのイルミネーションの光が照らしていた。
一行はクリスマスツリーを目指して歩み始める。そんな一行の前に、ある者が姿を表した。その者の事を少女は知っていた。
「……ざくろさん、お会いできましたね」
「ルビーとは大規模の終わりに話しただけだけど、眠りの前に楽しい思い出を味わって貰えたらって」
そう言って時音 ざくろ(ka1250)はにっこりと微笑んだ。
彼の先導で一行は夜の街を歩く。青、赤、緑……様々な色のイルミネーションが光り、この街の姿を一刻ごとに変えていく。時には街は一色に染まり、時には光が混ざり合う。
ここにはリアルブルーから転移してきたものが居る。クリムゾンウェストで生活を営んできた者が居る。そしてエバーグリーンからこの世界に遺された者が居る。少女との出会いで、三つの世界は確かに混ざりあった。この街を照らすイルミネーションの輝きは、まるで世界の出会いと交流を表しているかのようだった。
「ざくろさんはエバーグリーンに行かれたのですよね。どう思われましたか?」
共に歩くざくろに少女はそう尋ねた。
「そうだね。……あの……神霊樹は……」
ざくろの脳裏にかの世界で見た、枯れかけた樹の光景が浮かぶ。どうしても口が淀む。
「……これから申し上げるのは私の推測です。もしこれが間違っていたら仰ってください。思い込みは正しい判断を妨げますから」
そんなざくろに少女はそう一つ前置きして口を開いた。
「ざくろさんは、『なんて恐ろしいことをしたんだ』とお思いになったのでは無いですか? 確かにそれは、星の命を削ってエネルギーを得ることですから」
そして少女は言葉を続けた。
「確かに、それは星の命を削り取る行為です。ただ、これだけはわかってください。人々は滅びるためにそうしたのでは無いということを。皆が幸せを願って、そうしたのだということを」
ざくろはその言葉を自分の胸の中に一度しまい、何度も繰り返した。エバーグリーンの人々が何を考え、何のためにそうしたのか。もちろんまだまだ全然わからない。わからないこそ持ち前の好奇心が顔をもたげる。
「わかったよ。そうだね。冒険家として、いつかコアを治す力に……いや、あの星を治す力にもなれたら……」
彼が決意を固めた頃、一行は目的地に到着した。
「これが、クリスマスツリーなのですね」
少女が見上げたその先には大きなモミの木が様々なイルミネーションと共に飾り付けられていた。
「きれい……」
和沙は思わずそう口を開いていた。彼女だけではない。ここに居る皆が皆、ただそれに心を奪われ見つめていた。瞬き、輝く光。その光はツリーに付けられたオーナメントを照らし、キラキラと煌めく。
都は心を奪われていた。この世のものとは思えない、その光景に視線を動かすことも出来ずずっと見つめていた。
ただ見つめる茜の背後で、ミールが顔を出した。一人と一匹はずっとこの光景を見つめていた。
遥華は何も言えなかった。ただ息を呑んで、その光景を目に焼き付けようとしていた。
テオは和沙を抱き寄せた。皆とほんの少しだけ離れ、こうやって居るとこの世界に二人だけしかいないような、そんな気分になってくる。
それは和沙も同じだった。彼女はテオの手をそっと握る。少しだけ、ほんの少しだけ二人だけの時間を過ごせたら。その願いは今叶った。人々のざわめきも喧騒も聞こえなかった。
和沙は今、伝えたかった言葉を直接口には出せなかった。だけど、その言葉を心の中で願っていた。
(貴方の事が、大好きです)
その思いは伝わったのだろうか。テオは自分に触れる彼女の手を優しく握り返した。その時、心と心が通じる感覚があった。
その頃、ざくろはツリーの回りに集まっていた出店の一つに気がついた。そして彼は少女に話しかける。
「地球ではサンタさんが、プレゼントをくれる日なんだ」
そして出店で売られていたあるものを手に取る。
「あっ、これルビーに似合うんじゃないかな? 今日の記念にざくろがプレゼントするね」
それは紅色のケープだった。早速お金を払い、少女に着せる。するとかわいらしい聖人がここに登場した。
「似合うのでしょうか?」
それにざくろは肯定の頷きで返す。そして。
「やっぱり恋人さん達も多いな……ルビー、良かったらツリーの前で写真撮ってあげるよ」
「はい、自然体ですね」
ツリーの前で佇む少女をカメラで写す。
「私は願う。この前で皆の写真を撮ってくれないかと。……いや、あなたにも一緒に入って欲しい」
その時レインが声をかけた。ざくろがもう一枚撮ろうとしたところで、それを止める。ざくろも含めて皆で一緒に写りたかった。
それを聞いた出店の店主が請け負ってくれた。皆が並び、もう一度シャッターが切られる。
シャッター音が微かに聞こえた。その時、皆が天空を見上げた。
「あ、雪……」
白くやわらかいそれが、宙をひらひらと舞い落ちる。氷の結晶はイルミネーションに照らされ、様々な色を見せる。それはこの星の自然が少女のために集まった者達に授けた魔法だった。
「こういうことって……あるものなんですね」
天央が言えたのは、ただその言葉だけだった。
●
「そろそろ、かな」
誰ともなくそう言葉が上がる。時計は随分と遅い時間を示していた。少女が伝えてくれたタイムリミットまで残りわずか。少女を遺跡の部屋に送り届けるためには、これが限界だった。
「皆さんありがとうございました。これで私は聖輝節というものを知ることが出来ました。楽しかったです。これがきっと、『美しく』て『楽しく』て『素敵』ということなのでしょう。それを知ることができました」
「それじゃあ、私はここでお別れするね」
深々とお辞儀する少女に、茜はそう声をかけた。
「茜さん、何か用事があるのですか?」
「まあ、ね」
嘘だった。少女が眠るまで笑顔のまま送ることが自分に出来ないことはもうわかっていた。笑顔のままで別れるためには、ここで別れるのが限界だった。
茜は一行から離れ、少女に別れの挨拶をする。
「ルビー、またね。体に気をつけてね。それじゃあ、おやす……み……なさ……い」
でも耐えられなかった。伝えたい言葉を涙が邪魔する。我慢して作っていた笑顔は、すっかり崩れていた。
「ごめ、んね、ルビーに、覚えて、もらうのが、泣き顔じゃ、嫌だった、のに」
漏れた嗚咽を塞ぐように、少女はそんな茜にそっと寄り添うとその手で抱きしめた。
「茜さん、泣かないでください。私は今日は楽しかったです。茜さんはどうだったですか?」
少女の暖かな体温が伝わってきた。エネルギーで動く自動人形のはずなのに、伝わる温もりは生命あるものを感じさせていた。そんな少女に、茜ができることは、自分の思いを、自分の誓いを伝えることだけだった。
「絶対に、忘れないから……覚えておいてね。私たちのこと」
「はい、忘れません。確かに記録しました。これは永遠に失われることは無いです。そう、信じています」
その約束と共に、茜との時は一度止まった。それをロゼは静かに、少し離れた場所で見守っていた。
●
一行は遺跡の部屋に戻ってくる。少女が元々居た場所、全てが始まった場所であり、全てが終わる場所に。
「……ねえ、何か歌おっか」
街の喧騒から遮断されたその場所で、最初に口を開いたのは遥華だった。背中に背負った大きなかばんを開くと、出てきたのはギターだった。
「これは楽器ですね。見たことがあります」
「そうだな。よし、皆で歌うか」
「ええ、約束しましたものね」
鞍馬の提案に少女は頷く。
「それじゃあさ、みんな歌えるような歌でさ」
鈴太郎はそれまでのように、はしゃいで皆に提案する。だけど、その姿はどこか、何かにひどく怯え、焦っているようにも見えた。
遥華はギターを構え、爪弾いた。その音に乗せて、皆は歌声を響かせた。
Silen night, Holy night,
ギターの音色と歌声。少女もそれに合わせ、共に歌う。
All is calm, All is bright
しんしんと降る雪が外の音を吸い込んでいた。この部屋の中で、ただ皆の歌声だけが静かに、優しげに流れていた。
Round yon Virgin Mother and Child
都はキャンドルをともす。その揺らめく光に照らされて皆の顔が写る。少女との日々がよみがえる。少女が嬉しいということを知った時のこと。少女が悲しいということを知った時のこと。黒く塗りつぶされようとした少女を救った時のこと。それがまるで幻燈の様に目の前によみがえる。
Holy infant so tender and mild
都は歌声に合わせベルを鳴らす。澄んだ音色が広がっていく。その音が心のなかにまで響き、澄み渡らせていく。
鈴太郎もそうだった。彼女はただ歌うことにだけ集中していた。その時の彼女は何かを忘れようとしていた。
Sleep in heavenly peace,
皆が皆、少女のことを祈っていた。せめて眠りの間、少女が幸せな夢を見られるように、と。一刻でも早く少女にまた会える時が来るように、と。
Sleep in heavenly peace.
もう皆が理解していた。別れの時は来たのだ。
「俺はいつも肝心な時に抜けている、いつだってそうだ、だから失う事が多い、だが今回は違う」
その時だった。何者かがその部屋にやって来た。
「春日さん、こんばんは。どうされたのですか」
少女がその者の名を呼ぶ。その呼びかけに姿を表したのは春日 啓一(ka1621)だった。
「勝手は承知だが、ルビー。あんたに会いたかったんだ」
「……私もです。春日さん」
少女のチョーカーに付いたベルが鳴る。そのチョーカーの送り主こそ春日だった。
「ルビー、俺と初めて会った時のことを覚えてるか?」
「はい、この部屋で、でしたね。鈴太郎さんとも、パティさんとも、茜さんとも、レインさんともその時に会いました」
少女は春日と三人の顔を見る。
「あの時一緒に写真を撮りましたよね。でも、写真は自然体で写るのがいいと今日知りました。もっと早く知っていればあの時も自然体で写ることができたのですが……」
「ルビー、俺にはあの時も十分自然体に見えたぜ」
そして春日は別のときのことを語りだす。
「その次はピースホライズンへ行った時だったな」
「春日さん達が送り届けてくれました。春日さんはあの時、私に服をプレゼントしてくれましたよね。それは……そうですね。この時、この言葉を使うのでしたよね。私はこの服が『好き』です」
「気に入ってくれてうれしいよ」
その時春日が送った服を少女は今も着ていた。そしてそれはあの時もだった。
「その次は……」
「ハンターズソサエティからの要請で、この施設の案内を私がした時でした。あの時、自動兵器達がこちらに攻撃してきて大変でした。思い返せば、あの時にラプラスさんのことに気づいているべきでした。申し訳ありません」
「謝ることはない。悪いのはラプラスなんだ。ルビーはよくやってくれたよ」
「そう言っていただけると……これが『救われる』ということなのでしょうか」
「そう……かもしれないな」
共に遺跡を歩んだときのことを二人は語る。そして少女はあの時気づいた感情について話し始めた。
「でもあの時のことはとても強く覚えています。あの時、面白いということを知りました」
少女がこの時代にこの世界に目覚めて、面白いという感情を学んだ。彼女が面白いと思ったこと、それは。
「私は皆さんのお役に立つことが面白かったです。皆さんの良き隣人であることが面白かったです。でも申し訳ありません。もう出来そうにないです」
「謝るな! ……謝らないでくれ、ルビー……」
春日にはそうやって少女の贖罪の気持ちを押しとどめることが精一杯できることだった。
「そしてその後、ルビーはラプラスに……」
「はい、コアの部分に直接侵入され乗っ取られてしまいました。申し訳……いえ、謝らないほうがいいのですよね」
「そうだ、ルビー。色々あったが、今ルビーは確かにここに居るだろう」
「はい、皆さんが助け出してくれたからです」
ルビーは鈴太郎を見つめた。鈴太郎は微笑んでいた。だが、彼女の瞳は何故かキャンドルの光を反射して強く輝いていた。
「ああ、そうだ。こうやって『また会う』ことができた。わかるか? また会えたんだ」
そして春日は、一番伝えたかった事をその口で少女に伝えた。
「だからまた会いに来る。どれだけかかろうと、ルビーが目覚めたらまたこうやって話をする為に会いに来る。これは約束だ」
そして春日は少女と小指を絡ませた。
「これは……」
「これは指切り。約束の印だ」
「わかりました。春日さん。またお会いしましょう。約束です」
そしてこの場にいる皆が、少女と約束を結んでいく。
「またお会いしましょう。早いお目覚めを願っていますよ」
「はい、できるだけ早く……目覚められたら、ですけど、目覚められるようになったらすぐに皆さんと会いたいです」
天央と指を切り、約束を結ぶ。
「こんなにも心温かい素敵な仲間と縁を結んでくれて、本当にありがとう。もっと一緒にお話したかったけど、それは起きてからのお楽しみにしておくね。これからも、貴女と貴女の故郷の回復させる為、出来る限り力になりたいと思う」
「都さん、無理はしないでくださいね。そして、また会えたときにはもっと一緒にお話しましょう。これは約束です」
そして少女は都とも指を切った。
「笑顔で『おはよう』を言えるその日まで、おやすみなさい……」
「おやすみなさい、都さん」
次はテオだった。彼はただ一言、短く約束する。
「おやすみ」
「おやすみなさい、テオさん。……どうされたのですか?」
テオは笑顔だった。笑顔だったが、それはとても不自然で、本当の気持を押し隠したものだった。それでも彼は笑っていた。なぜなら。
「和沙さんもどうされたのですか?」
和沙はずっとテオの胸に顔を埋めていた。彼女がルビーを見られないことは彼が一番わかっていた。そんな彼に出来ること。それは恋人の分まで笑ってあげることだった。
「それではあらためてお二人とも、おやすみなさい。また会う日まで」
少女はテオと指を切る。胸を埋めたままの和沙を彼が促す。そして弱々しい力ではあったが、彼女も少女と指を切った。
「遠くない未来、また『おかえり』って言わせて。そしたらまた、私達と一緒に思い出を作ろう。これが最後じゃないって信じてるから」
遥華は自分が贈ったリボンをもう一度整えながら、そう言った。
「はい、遥華さん。約束します。私も『おかえり』と言います」
「ルビー、その時は『ただいま』だよ」
「わかりました。『ただいま』ですね。そして、また、遊びましょう」
「うん……おやすみ、また遊ぼう!」
そして少女は遥華と指を切った。
「短い間だったけど、ルビーと出会えて、色々経験して、たくさんの人との縁を作ることができた」
「私もたくさんのことを知り、多くの人と出会うことが出来ました。こんなに皆さんが来てくれました。ありがとうございます」
鞍馬はその言葉に首を振る。
「感謝するのは私だ。ありがとう、友よ。また会う日まで、どうか元気で」
「鞍馬さんもどうか、その日までお元気でいてください」
鞍馬と少女は指を切る。いつか来るその日まで、ともに元気でいられるように。
「『ししょー』さんも一つ約束してくれますか」
「ああ、どうしたんだい、ルビー君。もう一度物づくりがしたいのなら、いつでも言って欲しいなあ」
その言葉に少女は首を振る。
「いえ、皆さんが出ていった後、この部屋の扉は閉まります。そしてもう開きません。そうすることで、外から歪虚など危害を与えるものから守るようになります。だけど、もし私にどうしても必要な用事がある時は」
そして少女はメルと作ったキャンドルにそっと手を触れる。
「このキャンドルをこの部屋でともしてください。それで扉は開くように設定しました」
キャンドルを灯す時、それは少女を修理し、再び起こすことが出来るようになった時のことだ。その事を必ず実現する、そう誓い、そして。
「約束するよ、ルビー君」
「約束ですよ、『ししょー』さん」
そして二人は指を切った。
パティは顔を拭っていた。涙は止まらなかった。どうしても別れなければいけないのか。いつまで会えないのだろうか。寂しい気持ちが頬を濡らす。
それでも彼女は涙を拭った。そしてもう一度笑顔になって。
「おやすみルビー。目が覚めタラ、夢のハナシを聞かせてネ」
「おやすみなさい、パティさん。私が夢を見るのかはわかりませんが、目覚めたら夢の話をお聞かせします。だから夢の話待っていてください」
そしてパティと少女は指を切った。少女は眠りの中でどんな夢を見るのだろうか。
「私は約束する。もう一度この光景を皆で見ることができるようにすることを。ルビー。それまで待っていてほしい」
「はい、レインさん。聖輝節というのはとても楽しくて素敵なものでした。もう一度……いえ、何度でも、この景色を、この街を見たいです。だから、わがままですけど約束してください。それまで、いつまででも待ちます。私は、待つのは得意なんです」
少女は微笑んだ。名を名乗ることで始まったコミュニケーションは笑顔で終わろうとしていた。だが、その後には続きがあった。大切な約束。それを胸に刻みこみ、レインは少女と指を切った。
「ルビー……」
鈴太郎は今すぐ駆け寄り、少女を抱きしめようとした。その胸に顔を埋め、泣きじゃくろうとした。でも彼女はそうしなかった。少女が夢に落ちる前、最後に見る顔は、少女が覚える顔は笑顔であって欲しかった。
その瞳は涙で濡れていた。それでも笑顔になって、彼女はこう挨拶した。
「おやすみルビー!」
溢れ出した涙が一筋彼女の頬を伝った。だけど彼女はしっかりと最後まで笑顔になっていた。
「おやすみなさい。鈴太郎さん。また会える日を楽しみにしています」
ルビーもそう、笑顔で眠りに着くための挨拶をして、そして扉は閉まった。
●
静かに閉まった扉の向こう側で、和沙は今だテオの胸に顔を埋めていた。
「……お別れって、こんなにも辛いものなんだね……いつか、逢えるのはわかってるけど……っ」
涙を流す彼女を、テオはずっと抱きしめていた。
「りんちゃん、よく頑張ったわね」
皆の邪魔をしないよう離れた位置で見守っていたロゼはそう言葉をかけた。それに鈴太郎は何も言わなかった。
彼女に出来ること、それは溢れ出る涙をロゼの胸の中で流すことだけだった。
●
帰宅の途に付いていたカール。その手には宴の中で撮られた写真があった。そこにははにかんだ笑顔の自分と、自然体のまま笑顔で佇むルビーという名の少女の姿が写っていた。彼はもう一度その写真を見た。それで明日から、自分がやるべきことの道が見えた。
(この思い出は大切な宝物、明日を生きる糧になるから)
だから明日を、明後日を、これから先を生きていこう。そう皆が誓っていた。
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聖輝節に約束を(雑談卓) 雨を告げる鳥(ka6258) エルフ|14才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/12/31 21:25:09 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/01 18:58:11 |