ゲスト
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【初夢】大晦日を学園で馬鹿騒ぎ!
マスター:御影堂
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
●
ここは関東近郊にあるクライズ学園。
街をまるごと飲み込む形で存在し、様々な生徒が通っている。異文化交流もとい異世界交流を推奨し、クリムゾンウェストからも多くの学生が通う。
これは、そんなもしかしたらの世界のお話。
クリムゾンウェストとリアルブルーが真に交差し、文化交流を果たした世界。
●
そんなクライズ学園の新校舎、三階に設置された生徒会室。応接室に用意された革張りの椅子の感触を楽しみつつ、サチコ・W・ルサスールは話を聞いていた。
「つまり、大晦日にわざわざクライズ学園で過ごさなければなりませんの?」
「そうしたいという人たちが一定数いるのです」
サチコと対峙しているのは、この学園の風紀委員長である。キリッとした顔立ちの風紀委員長は、サチコに対して書類を差し出す。
「昨年もこうした馬鹿騒ぎが起きていました。風紀委員会としては、生徒会と組んで警備に当たりたいのですが……」
視線を向けられた生徒会長システィーヌは、目の前にある紙束の山をうんざりと見定める。
「無理」
一言で風紀委員長の視線を切り捨てた。
生徒会長の隣にいた副会長がため息をつく。
「年末にありあ……」
「その話はしないで、次の書類!」
肩をすくめて副会長は、書類をひと束差し出す。風紀委員長は薄い笑みを浮かべて、告げる。
「まぁ、馬鹿騒ぎをしなければ問題はないんです。ですので、お祭りにしちゃおうと思いまして……」
「年末のお祭りですか」
「除夜の鐘を設置、モチやおせちを用意して、紅白歌合戦でもしながら年越しすればいいかなと……」
「……あの」
「……なんですか」
「あなたも楽しみたいのでは……?」
「当然ですよ! 何が悲しくて大晦日に馬鹿騒ぎするヤンキーどもの処理をしなければならないんですか! お祭りにしてしまえば、風紀委員の管轄を離れる! 私も楽しめる!」
力説する風紀委員の圧力に、サチコは曖昧な笑みを浮かべて同意するのだった。
サチコ・W・ルサスールは、クラウズ学園の「裏」生徒会長である。
裏生徒会の目的は、特に無い。なぜなら、サチコが何か格好いいという理由だけで、創りだした組織だからだ。
紆余曲折を経て、旧校舎の一室を充てがわれた。サチコはそこを根城にして、のんびり過ごしている。
今日、彼女は頭を悩ませていた。
「大晦日のお祭り……」
ホワイトボードに餅つき、除夜の鐘、紅白芸合戦、おせち料理……と書き連ねていく。人員も必要だし、用意も大変そうだ。
「やるしか、ありませんわね」
決意を新たにサチコは、裏生徒会室を出る。ハートマークがあしらわれたスケジュール帳に、『大晦日はお祭り!』と記すのだった。
ここは関東近郊にあるクライズ学園。
街をまるごと飲み込む形で存在し、様々な生徒が通っている。異文化交流もとい異世界交流を推奨し、クリムゾンウェストからも多くの学生が通う。
これは、そんなもしかしたらの世界のお話。
クリムゾンウェストとリアルブルーが真に交差し、文化交流を果たした世界。
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そんなクライズ学園の新校舎、三階に設置された生徒会室。応接室に用意された革張りの椅子の感触を楽しみつつ、サチコ・W・ルサスールは話を聞いていた。
「つまり、大晦日にわざわざクライズ学園で過ごさなければなりませんの?」
「そうしたいという人たちが一定数いるのです」
サチコと対峙しているのは、この学園の風紀委員長である。キリッとした顔立ちの風紀委員長は、サチコに対して書類を差し出す。
「昨年もこうした馬鹿騒ぎが起きていました。風紀委員会としては、生徒会と組んで警備に当たりたいのですが……」
視線を向けられた生徒会長システィーヌは、目の前にある紙束の山をうんざりと見定める。
「無理」
一言で風紀委員長の視線を切り捨てた。
生徒会長の隣にいた副会長がため息をつく。
「年末にありあ……」
「その話はしないで、次の書類!」
肩をすくめて副会長は、書類をひと束差し出す。風紀委員長は薄い笑みを浮かべて、告げる。
「まぁ、馬鹿騒ぎをしなければ問題はないんです。ですので、お祭りにしちゃおうと思いまして……」
「年末のお祭りですか」
「除夜の鐘を設置、モチやおせちを用意して、紅白歌合戦でもしながら年越しすればいいかなと……」
「……あの」
「……なんですか」
「あなたも楽しみたいのでは……?」
「当然ですよ! 何が悲しくて大晦日に馬鹿騒ぎするヤンキーどもの処理をしなければならないんですか! お祭りにしてしまえば、風紀委員の管轄を離れる! 私も楽しめる!」
力説する風紀委員の圧力に、サチコは曖昧な笑みを浮かべて同意するのだった。
サチコ・W・ルサスールは、クラウズ学園の「裏」生徒会長である。
裏生徒会の目的は、特に無い。なぜなら、サチコが何か格好いいという理由だけで、創りだした組織だからだ。
紆余曲折を経て、旧校舎の一室を充てがわれた。サチコはそこを根城にして、のんびり過ごしている。
今日、彼女は頭を悩ませていた。
「大晦日のお祭り……」
ホワイトボードに餅つき、除夜の鐘、紅白芸合戦、おせち料理……と書き連ねていく。人員も必要だし、用意も大変そうだ。
「やるしか、ありませんわね」
決意を新たにサチコは、裏生徒会室を出る。ハートマークがあしらわれたスケジュール帳に、『大晦日はお祭り!』と記すのだった。
リプレイ本文
●
クライズ学園は、大晦日にも関わらず活気にあふれていた。裏生徒会長サチコ・W・ルサスールは、忙しさに目を回していた。
「……えーと、そう、それは向こうですわ。えとえと、杵はえーと、臼と一緒にして……」
「食用アルコールで消毒しておく必要があるから、こっちだな」
スッと後ろから、ヴァイス(ka0364)がサチコの持つ工程表を覗き込んで指示を引き継ぐ。サチコが見上げると、ヴァイスは「生徒だけにやらせるわけにいかないだろ?」と肩をすくめる。
いつのまにコピーしたのか、サチコの用意した資料を手にしていた。そこに同じく資料を持った用務員ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)が合流を果たす。
「芸大会の設営完了したぜ?」
次はどうすると指示を仰がれ、サチコは慌てて資料をめくる。大人たちの誘導の元、大晦日の祭は開催へと近づいていく……のだが。
その様子を遠巻きに煙草を一服する男が一人、場所は救護用テントの真ん前である。何故そんなことが許されるかといえば……。
「あーめんどくせぇー……こんな日に宿直とは……」
彼が養護教諭その人だからだ。
鵤(ka3319)は、ヴァイスたちがしっかりと関わっているのを眺め、出番はなさそうだなと感じていた。
「この分だと、アルコールも楽しめるかねぇ」
無論、医療用でないアルコールが机の上に並んでいた。煙を吐き出せば、代わりに美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
つまみには困らなさそうだと火を消して、テント内に鵤は姿を隠すのだった。
●
真っ先に動き出したのは、餅つき大会だった。サチコは監督者として、いそいそと会場に向かう……その途中で奇妙なものを見た。
「大晦日といえば……初夢だよね!」
まだお昼前、日も高い中で意気揚々と布団にくるまろうとする夢路 まよい(ka1328)の姿であった。なお、彼女が寝ようとしているのは会場内に設置されたベンチの上である。
「そこ、何してるんですの……邪魔ですわ」
「え、邪魔だって?」
心外だと表情で見せながら、まよいは告げる。
「でも、枕の下に入れる宝船の絵だって準備してあるんだよ?」
「そこじゃありませんわ!?」
サチコの鋭いツッコミにまよいは「う~」と唸り声を上げる。だが、布団からは出ない。
「えーと、夜になったら寝床を作りますから……ね?」
急遽新たなる企画を立ち上げ、書き込んでいく。サチコのお願いに、まよいは「しょうがないな~」と起き上がった。
「しょうがないから起きるけど……ん?」
そして、鼻をひくつかせる。
「そういえば、さっきからいい匂いが」
「あぁ、お餅とおせちですわ」
「わ、食べる食べる~!」
一転、意気揚々と布団から跳ね起きて走り出すまよい。置いて行かれた哀れな布団を片付けながら、サチコが「まだ完成してませんわよ!」と慌てて追いかけるのだった。
●
ヴァイスの注意事項が流れる会場では、続々と参加者が集まっていた。サチコたちがたどり着くと、その中から一人の少女が手を上げて近づいてくる。
「お、サチコ!」
天竜寺 舞(ka0377)は小走りに近づいてくると、芸合戦の参加証をサチコに見せながらニッと笑みを浮かべた。
「紅白芸合戦に出るから見に来てよ♪」
「それなら、審査委員ですもの。当然、見に行きますわ」
審査といっても形だけの監視役だ。気楽に見ればいいやとサチコは構えていた。
「お姉ちゃーん……と、サチコさん。こんにちわ」
続けて、天竜寺 詩(ka0396)が駆け寄ってきた。挨拶もそこそこに、詩はため息混じりに舞を横目で見た。
「家にいたらお父さんのお弟子や歌舞伎仲間のお相手しないといけないからお姉ちゃん逃げ出してきたんだよね」
「ちょっと、詩!?」
「ふふ、でもここのお手伝いは頑張るんだよね?」
詩に視線を向けられ、舞は「もちろん!」と胸を叩いた。
「まずは餅つきの手水役をやらせてもらうわ。さぁ、行くよ」
先に行く舞の背中を追いながら、詩は一瞬振り返る。
「私もお祭りの方がいいから楽しみ」
優しく微笑みかけて、詩も手水役として臼のところへ向かうのだった。
手水役が揃い、会場が熱気に包まれる中、ヴァイスの号令で餅つきが開始される。そこへ主役は遅れてくるとばかりにヴォーイが杵を掲げてみせた。
「マイ杵持参で参加するぜ」
これに対して会場のボルテージは上がっていく。誰もが謎の餅つきムーブメントが巻き送る中、対照的な姿の少女がいた。
玉兎 小夜(ka6009)は頭巾を目深く被り、落ち着かない様子で遠藤・恵(ka3940)にくっついていた。
「……恵」
おどおどしく見上げる小夜は、知らない人への恐れから今にも刀を握りそうだった。恵は「大丈夫」と諭すように告げて、小夜の手を握り返す。
「餅。斬っていいの?」
不意に目に止まった餅の塊を見て、小夜がいう。
「いえ、小夜。お餅は切るものじゃなくてつくものです」
とはいったものの、恵は主催らしいサチコに近づくと挨拶を交わす。
「遠藤・恵でっす。宜しくお願いしますね」
「裏生徒会長サチコですわ!」
「えと、サチコさん。よろしければ、あの餅の塊を一つ成形させていただけますか?」
「お手伝いは歓迎ですわ!」
ありがとうと恵は告げながら、サチコの頭に伸びそうになった手を引っ込める。不思議そうに小夜が見ているが、思わず撫でてしまいそうになったとはいえない。
早速、餅の塊一つを拝借して小夜が斬馬刀を大いに振るう。見事な角餅がいくつも出来上がり、
「満足」と小夜は刀を収める。周囲から拍手が起こると、気恥ずかしそうに恵にくっつくのだった。
「さ、ずんだ餅でも食べましょう。地元の名産なんです。美味しいですよ」
そうして、恵に連れられていくのだった。
「リアルブルーでは、多くの方が餅を食べて死んでいる……そんなことを言ったのは誰だったかな」
唐突に誰かの言葉を思い出しながら、鈴胆 奈月(ka2802)は七輪の火をあおいでいた。大晦日にぶらぶらしていたら、「暇なら手伝え」とヴァイスやらヴォーイに捕まったのだ。
それでも、与えられた仕事はきっちりこなす。
「調味料はそちらに揃えてあるよ」
「おー、一杯味付けがあるよ! どれがいいのかな!」
「お好きにどうぞ」
巫女服で現れた無雲(ka6677)の問いに、奈月はさらりと答える。
「焼き餅もどんどん用意してるから、遠慮はいらないよ」
むしろ、と後ろでドンドコつかれていく餅を見定めてため息を吐く。
「お餅って結構腹膨れるんだが……作りすぎだよな?」
だが、奈月の心配を他所に巫女服の袖を揺らしながら無雲は餅にかぶりついていた。盛大に、大盛りに、丁寧に味付けを変えながら食していく。
「ずんだ餅美味しい! 磯辺焼きとやらも、おいしい!」
「この蜂蜜バター醤油餅も美味しいですわ」
「味が濃いけど、いい感じだね」
いつの間にかサチコとまよいも合流していた。はふはふと頬張る姿に、喉につまらせたら電気ショックだよ、と奈月は警句を発するのだった。
●
「美味しそうな気配がする……つまみ食いだぁ♪」
餅に満足した無雲は匂いにつられて隣のブースに来ていた。のぼりには「おせち料理教室」の文字が見える。つまみ食い志望の巫女服が暗躍する中、ボルディア・コンフラムス(ka0796)は悩んでいた。
「おせち料理……いやま、作ったことねぇってワケじゃねぇんだけどよ……う……」
ちらりと後ろを振り向けば、ボルディアの舎弟と思しき男女が期待に満ちた瞳で視線を向けていた。純粋無垢な視線の力にボルディアは、はぁ~と大きなため息を吐く。
「ああ分かった分かった、作ってやっからテメェ等残したらどつき回すっからな!」
食材を籠盛りに、ボルディアが舎弟たちに宣言すると歓声が飛び交った。勢いをそのままに、さらにボルディアは振り返って指を指した。
「そして、つまみ食いは出来てからだぞ!」
「はひっ!?」
巫女が一人指摘を受けて、よだれを垂らしながらピンと直立不動していた。いうまでもなく、無雲だった。
「ほら、そんなに食べたいのならコッチで味見しなさい」
央崎 遥華(ka5644)が見かねて無雲を自分のところへと連れてくる。そこに用意されていたのは、豚の煮込み料理だった。
「ほら、栗きんとん作ってみたの」
「栗きんとん?」
自分の知っているものとは違う栗きんとんの姿だが、美味しそうな匂いに釣られて無雲は食べ始める。
帰国子女たる遥華の勘違いによって、豚肉を葱と生姜で煮込み、砂糖と栗を混ぜた料理となっていたのだ。しかし、味は妙に食材の相性がよかったらしい。
「おいしい!」
そう笑顔で告げてバクバクと食べ始めるのだった。
「さて、それじゃあ、あなたたちはこれを二人で混ぜてね」
遥華はもう一つ役目を担っていた。恋人や仲のいい者同士を引き合わせ、同じ作業に誘導するのだ。
「はい。任されました」
かくして、恵は小夜と目配せをしてにっこりと微笑むのだった。
その傍らではヴォーイが、まよいやサチコたちにおせちの詰め方をレクチャーしていた。焼き、蒸し、揚げ、茹でと様々な調理を施した鶏メインのおせちだ。
「伊達巻も外せないっしょ」
「甘くて美味しいよね。ほら、サチコも試食~」
「はむはむ。確かに甘いですわ~」
恵たちやサチコたちのように共同作業に従事するカップルや仲の良い友だち同士が増えてきた頃、事件は起きた。
「悪い子はいねぇーがー。不純異性交遊する煩悩にまみれた悪い子はー」
叫び声とともに乱入してきたのは、鉢巻にロウソクをはさみ、高速で地を這うようにして移動する何かだった。遥華は、背格好から教師のブラスト(ka3423)だと看破して涙した。
きっと、ストレスから来る何かが彼を風紀を取り締まる鬼にしてしまったのだ。
「それはそれとして……邪魔ですよ」
「おっと、央崎先生。何をするのだ」
遥華に道を阻まれ、ブラストはカップルたちに恨みを込めた視線を送りながらも連れ去られていく。
「不純異性交遊の手助けなど、先生がすることでは!」
「はいはい」
連れ込まれたのは、鵤が詰めている救護センターだった。
「日々のストレスで病気になったっぽいから、よろしくね」
「ちょっと、面倒なものを置いてかないでほしいねぇ」
飲酒中の鵤の抗議虚しく、遥華は去っていく。取り残されたブラストに、ストレスなら~と薬がいるよねぇと酒を差し出す。
ブラストの無言の圧力には、
「あ? いいだろ別に。無礼講ですぅー、ぶーれーいーこーうぅー」とのらりくらりと笑みを浮かべるのだった。
●
おせち料理も配られ始め、より会場が活気づいてきた頃――紅白芸合戦の開会が宣言された。盛り上がる中、先陣を言い渡されたのはエルバッハ・リオン(ka2434)だ。
選定理由は、見目麗しい姿がふさわしいからだとか。可愛らしいドレスに身を包み、会場の視線を一手に集中させる。丁寧に一礼をして、発された一言はざわめきを生んだ。
「これから、瓦割りをします」
「瓦割り!?」
驚きの中、アシスタント役が瓦を運んでくる。漆黒の瓦が数枚エルの目の前に積まれると、さらにどよめきが強まった。エルは狙い通りの反応に、口元を綻ばせる。
その狙いとはまさに、
「まさか私が瓦割りをするとは誰も思わないでしょう」
というものだ。ドレス姿を選んだのも、ギャップを大きくするためだった。ここまでは見事にハマった。あとは、瓦割りを成功させるだけだ。
「それでは……」
軽く身体を動かして、調子を確かめる。家庭の事情で様々な訓練をしてきた。それでも、筋力はあまり高くないと自覚している。
では、どうすればよいか。
正確に拳を当てて、力を集中させ瓦を割るのだ。そのために、試し割りや練習もしてきた。
「すぅ……」
息を吸い込んで構えを見せる。可愛らしいドレスから見える足がしっかりと大地を踏みしめていた。瓦に軽く当てた拳を引き上げ、狙い定める。
「ハッ!!」
気合一閃、振り下ろされた拳が瓦にぶち当たると同時に乾いた破壊音が響いた。重ねられた瓦が真っ二つに割れて拳が突き抜ける。
静かに拳を引き抜いて、
「ありがとうございました」
一礼をすると、拍手喝采。会場のボルテージは一気に上がり、トップバッターとしての務めを見事に果たせたのだとエルはもう一度頭を下げるのだった。
「うーん、やりにくいなぁ」
初陣を見事に決められ、次に壇上へ向かうアーク・フォーサイス(ka6568)は苦笑していた。上がったハードルをさらにあげようとは思わないが、
「やるからには全力で、だよね」
祖母から教わった居合、刀を手に舞台へと上がる。そこに用意されていたのは、不要になった椅子やら銅像やら人体模型であった。
不用品があれば切らせて欲しいと頼んでいたが、本当にいらなさそうなものばかりが並んでいる。少し触って、アークは素材の強度や性質を感じ取る。
「それでは」
司会に告げて、舞台の中央に移る。刀の柄に手をかけて、呼吸を落とす。瞳は先んじて獲物を捉えていた。一閃、舞台上で刃がきらめく。
納刀の音が静かに場内に響く。
成功か、失敗か……緊張を持って数秒。ゆっくりと銅像や人体模型が上下に分断される。自重に耐えきれずに落ちた上体が、舞台の上に派手な音を打ち鳴らす。
その振動に当てられ、椅子やら他のものもキレイな切断面を披露しながら分かれていった。
拍手喝采に胸をなでおろし、アークは一礼する。
「ありがとうございました」
以降、つつがなく芸合戦は進行していく。サチコは披露される芸事を驚きと笑いで楽しんでいった。
「ふふ、思った以上に楽しめますわね」
満足気に告げるサチコであったが、次の出演者を見た瞬間に表情が固まった。姿を現したのは、札抜 シロ(ka6328)だった。
「白組……この名前、あたしのためにあるに違いないの! 白組はこのあたし、札抜シロが率いるチームなの!」
「普通は、女子が紅組……ですわ!」
「そんなものは知らないの!」
文化祭のトラウマが頭をかすめ、サチコはシロに突っかかる。しかし、サチコの言葉をシロはバッサリと切り捨てた。
「特に色で分けてませんし、問題はない」
司会から指摘を受けて、サチコは言葉に詰まる。
確かに他にも白組で参加している女子はいる。細かいことを気にしては、このクライズ学園では生き残れない……と後に学校の歴史にて語られている。
「そ、それで、演目は大丈夫ですの!?」
何を焦っているのかと周りの視線がサチコに集まる中、それでもサチコは問いただす。
「ん、演目は大丈夫なのかって?」
シロはサチコの質問に胸を大きく張ってみせた。
「心配いらないの! あたしでも見様見真似だけでマスターできる手品をついに見つけたの!」
「えーと、アシスタントはいらないですわよね?」
「これは、あたし一人できちんとやれる手品なの!」
それなら、よかったとサチコは溜飲を下げる。巻き込まれないなら、暖かく見守ろうと心に決めた。
問答が終わるとシロは、ステージの真ん中へと移動する。
「奇術同好会のしんずいを見せてあげるの!」
手品でおなじみの音楽を鳴らしながら、シロが取り出したのは一枚のハンカチだった。これから何が始まるのか、ドキドキが。
「この横じまのハンカチを~、手の中でくしゃくしゃって丸めて開くと…… あら不思議、縦じまに変わっちゃってるの!」
会場からドキドキが消えた瞬間である。静寂が広がっていたが、一人、シロだけは興奮に身体を震わせていた。
「ああ、初めて手品を成功できたの。今、あたしはモーレツに感動してるの!」
「そ、それはよかったですわね」
何とも言い難い表情を見せるサチコの手をシロは握って、うんうんと頷く。
「みんな黙っちゃうくらい驚いてくれたの!」
シロの嬉しそうな顔に、サチコも笑顔を見せるのだった。
中盤に差し掛かると、芸も音楽ものが増えてくる。中でも文化祭で好評を博した天竜寺姉妹の演目には、外からも見学者がちらほら見られた。
着物姿の詩と舞は、それぞれの位置につくと目配せをした。詩は座りながら、三味線を奏でて舞が合わせて踊る。舞の踊りは、下駄を用いたタップダンスだった。
軽妙な音楽に合わせて、洒脱な足音が鳴り響く。観客も音に合わせて身体を動かしていた。舞は踊りながら、亡くなった実母のことを思い出す。
エンターテイナーであったという母も、こうして観客をわかせたのだろうか。そんなことを思いながら、耳はしっかりと詩の三味線を聞いていた。
詩の奏でるビートに合わせて、しっかりと足を踏み込む。
タッタッタ、タタ!
最後のステップを踏み切ると、同時に歓声が沸き起こった。拍手を前面に受け、二人は一礼。舞台の去り際、舞は詩が観客席に手を振っているのを見た。
「誰か来てたの?」
「お父さんとお義母さんが来てたの。驚いちゃった」
詩の言葉に舞も驚きを見せた。
「二人とも面白そうに見てくれてたよ」
「ふん。忙しいんだから、別に来なくたって」
そっぽを向いてそんなことをいう舞に、詩は「もー、お姉ちゃん」というのだが……舞の顔が赤くなっているのに気づく。お姉ちゃんの可愛さに、ふふ、と笑みが溢れるのだった。
その後、観客席側へ戻ってきた天竜寺姉妹は違和感に気づく。審査員席に座っていたはずのサチコの姿がない。代わりに、なぜかまよいが楽しげにお餅を食べながら座っていた。
舞たちの演目が終わって少し後、サチコはバックヤードに呼び出されていた。
「えと……」
「さぁ、サチコ様。出番です!」
眼の前にいるのは、南護 炎(ka6651)。実は先程まで司会を務めていたのも、彼だった。だが、炎には別の目的があった。
「サチコという名を持ちながら『紅白』の名前の付くイベントに参加しないなんて許されませんよ!」
「え、でも、私は審査員……」
「でしたら、私も司会です! ですが、問題ありません。代理はすでに用意しています」
そういう問題なのか、と疑問に思うサチコを他所に炎は段取りをずいずい進めていく。
「我々はサチコ様の美声を賜りとう存じております」
「そうなんですの」
「もちろんです。学園生徒ですから」
にっこりと笑みを浮かべて、判断に迷うサチコをとにかくおだてていく。
「この学園でサチコ様の美声を聴きたくないと思う輩がいるでしょうか? いやいない!!」
謎の反語まで繰り出して先制パンチ。かわいい、美しい、神ってるとサチコを褒めて、その気にさせる。
「そこまで……いうのでしたら」
まんざらでもないという言葉は、ありがとうございます、という炎の叫びにかき消された。渡された曲目は、誰もが知っているナウでヤングな「1万本桜」だった。
「そして、サチコ様の素晴らしさを広めるため……特別な衣装を用意いたしました! 大トリを是非に飾ってください!」
「え、いや、コレは……」
「さぁ、さぁ、さぁ!!」
サチコのか細い悲鳴は、演目への喝采にかき消され誰にも聞こえることはなかったという。
そして、今――。
「大トリを務めるのは、我らが主催サチコ・W・ルサスール様です!」
炎の紹介とともに、奈落からソレはせり上がってきた。サチコの顔を模した衣装……もとい舞台装置、否やはり衣装である。その顔の上にサチコは立っていた。
羞恥から燃え上がるように真っ赤な顔で、サチコは唸っている。
「うぅ……本当に大丈夫ですの……これ」
「さぁ、張り切っていきましょう!」
そんなサチコをよそに炎は意気揚々と曲紹介に入っていく。サチココールと拍手が煽られ、呆気にとられていた会場は異様な熱を帯び始めていた。
「ふぇ」
熱気にあてられ、涙目にすらなっていたサチコに炎はグッとガッツポーズで応対する。
流されるままに前奏が流れ始め、サチコは慌てて歌い始める。観客の一部がコールを入れ始め、次第にうねりが生じていく。
「~~♪」
「さすがです、サチコ様! ふっふー!」
舞台上でもボルテージの上がった炎が率先して、声を張り上げていた。
盛り上がる芸合戦会場の外、配られていた甘酒を手に骸香(ka6223)は一人歩いていた。
「一人で初詣って……虚しすぎるんだけど」
ぽつりと漏らしながら、祭の人出をかき分けながら進む。時折吹きかかる風に、「うぅ……」とうめき声を発する。
「こんなに人多いのはしゃぁないけど、この時期寒すぎ」
口にする甘酒の暖かな甘みが身にしみる。初詣までまだ時間はあったが、なにせ祭だ。
「祭だし、楽しまねぇとな」
あたりを見渡していると、妙に盛り上がっている一角があった。紅白芸合戦の文字に、流れてくる音楽、そして歌声。にっと笑みを浮かべると、骸香は意気揚々と進みいる。
どうやらサチコの演目が終わったところらしく、拍手で締めくくられていた。
「えー、これをもって……」と炎が発したところで、骸香は全速力で舞台に駆け上がる。
「うちもやりたい!!」
歌わせろとせがむ骸香に、炎は困った表情を見せる。ここで折れたら、収拾がつかないのは目に見えていた。ちらりと審査員席に目をやるが……サチコの姿はない。
代わりにまよいが、
「私も何かやりたい!」と許可のような何かを下した。
急遽延長線の始まった中で、炎も仕方がないなと笑みを浮かべた。
「まだまだいくぞー!」
うぉおおおおと地鳴りのような歓声が、会場を包む。その歓声に負けじ劣らず、鐘の重低音が響いていた。
●
「ここはいつからたまり場になったのかねぇ……」
酒をちびちびと飲みながら、鵤は愚痴を交えて煙を吐き出す。タバコの火を消すと、傍らに積まれた重箱からおせちを取り皿に移した。
「いいじゃねぇか。外だと、うるさいのもいるからな」
答えたのは、ボルディアだ。舎弟たちと缶チューハイをあけながら、救護テントで酒盛りと洒落込んでいた。つまみを提供され、自身も飲酒している鵤は、
「ま、いいか」と流そうとする。
「いえ、先生!」
抗議を発したのは、ブラストだった。風紀の鬼と化しているブラストは、目の前で繰り広げられる騒ぎを感化できない……のだが。
「いやいや、単なるチューハイだからジュースみてぇなモンだって……それに先生も」
とボルディアが示したところには、空いた缶が転がっていた。流されてしまった自分と、それを見つけたボルディアに反論が出来ずブラストは押し黙る。
「大丈夫だよ、大晦日くらい無礼講だ無礼講!」
ボルディアはそういって、新しいお酒を取りにテントの外に出る。冬の日は短く、もう太陽は落ちきっていた。暗がりを見たブラストは、すかさず鬼の面を被り、懐中電灯を二本手にする。
地面をはうような高速移動で移動し始めた。
「こんな夜に不純異性交遊は、ゆるさぁーん!」
魂の叫びは、きっと酒のせいだろう。そういうことにしておこう、とボルディアが思った時、鐘の音が聞こえた。
腹に響く重低音に、ボルディアは「出陣だ」と舎弟を引き連れてテントを出て行く。
「いってらっしゃい」
鵤が見送ると、ボルディアと入れ替わるよにして遥華と引きずられたブラストが入ってきた。ブラストは鐘の音が響くたびに、「ぐわあぁ、浄化されるぞー!!!」と叫び喘ぐ。
「病人を連れてきましたよ、先生」
遥華の言葉に鵤は、
「そこに寝かしておきなさい」
淡々と対応する。
「それと、おそそ分け」
「ほう、いい匂いだねぇ」
渡された重箱を開くと現れたのは、豚と栗の煮物。正月料理にそんなのあったかなと、鵤は遥華に問いかける。
「これ、何だい?」
「栗きんとんよ」
除夜の鐘の音に合わせて夜と栗きんとんの謎は深まるばかりであった。
●
除夜の鐘の鳴らし方も人によって個性が出るものだ。アークは近くで聞いていた遥華に、
「修行みたいね」といわれるほど真っ直ぐに打ち込んでいた。
「実際、修行にもってこいですよ?」
雑念をなくして集中を増し、真剣に構えて打ち鳴らす。どこかで誰かが、浄化されそうなほど芯の強い音が鳴るのだ。
一方で、
「ッシャアアアアいくぜええええ!」
全身全霊をかけて、思いっきり打ち鳴らすものもいた。ボルディアである。力強さを通り越し、豪快な鐘の音はまさしく轟音。
「俺が鐘の音を町中に響きわたらせてやるぜぇ!」
さらにもう一発、調子よく鳴らしたのはよかったが……。
「これ以上は縄が切れるわ……」と遥華によって一時ストップがかけられた。半鐘は耐えても、鳴らす縄が耐えきれないらしい。
「……うん、悪ぃ。ごめんなさい。ちょっとやりすぎたかもしんない」
気落ちしたボルディアを舎弟たちが取り囲み、姉さんの音良かったです!と慰めていく。その暖かさに涙をこらえて、
「よし、もういっちょ騒ぐぞ!」
とボルディアたちは駆け出すのだった。
その直後、
「私も一つ……」
直ったばかりの鐘を撞く遥華の姿があったとか。
再び鳴り低く響く鐘の音を聞きながら、小夜は恵の袖を引く。
「丁度いいかな」
鐘の音に掻き消える声で呟くと、小夜は振り返った恵と目を合わせる。覗き込むように見ながら、その手を握った。
「恵。私を、お願いね」
目覚めの時間が近づいているのを感じ、恵に問う。
「はい。任されました」
にっこりと答えた恵に、小夜も微笑みを返す。頭巾と外套をはためかせ、恵からちょっと離れる。二人の姿は、人混みに紛れ微睡みから覚めていった。
●
一方で、初詣に向かう姿も多く見られる。
「年末ジャンボでも当たってくれないっすか」
俗な願いを神頼みするヴォーイの姿を筆頭に、みんな鳥居をくぐっていく。口ではそんなことをいうヴォーイだが、内心では用務員として影に日向に裏生徒会をもり立てることを誓う。
隣では、よく巻き込まれる奈月が、
「今年も適度にサボれますように……」
そう手を合わせていたが、早速餅を捌く作業が控えている。そんな奈月と入れ替わるように骸香が賽銭箱の前に立つ。順番が来るまで長かったな、と思いながら賽銭を入れる。
しっかりと手を合わせて願うのは、
(あの人が……無茶しない様に……)
よし、と顔を上げて本殿を後にした骸香は、星が浮かぶ冬空に白い息を投げかける。
「叶うかは自分次第だよなぁ」
苦笑交じりに、神社の入口へと向かう。さっき参加した紅白芸合戦こと歌祭と化した会場はまだ盛り上がっているらしい。
「行くか」
気分を高めて、骸香は祭の会場へと戻っていくのだった。
神社では、続けてヴァイスが本坪鈴を鳴らす。生徒達が今年も元気に楽しく成長するようにお祈りをし、振り返ると遥華がいた。
引率として、青地に白い花模様の振袖姿でにっこりとヴァイスに一礼する。続いて鈴を鳴らすと、
(今年も皆が笑って過ごせますように!)
柏手を打って願いを込めるのだった。
「あまりはしゃぎすぎるなよー」
「怪我したらダメよ?」
ヴァイスと遥華が会場に戻ろうとした時、神社の入り口あたりで突発的な集まりができていた。
飛び込み参加も可能な羽つき大会らしい。
ヴォーイが羽子板を掲げ、大上段に構えている。
「羽根突きのヴォーイたぁ、俺の事じゃ~ん……っとわかってまーす」
ヴァイスたちの忠告に応えながら、ヴォーイは参加者募集中と声を張り上げる。
そこへ、巫女姿の三人娘が通っていく。サチコたちだ。
「お、サチコ。いいところへ、シード枠で参加しないか。俺の立体機動羽つきを見せてやるぞ」
風向きを把握し、羽の立体的な挙動を支配する技の一つだとかなんとか。サチコは、シードなら時間がありますかと問いかける。
「あぁ、参拝済ましたら来てくれよ」
「もちろんですわ」
ヴォーイと約束を交わしたサチコは、
「初詣っていいですね! 美味しくて! 巫女服も着れますし!」と露天のベビーカステラを頬張る無雲。
「巫女服で参拝すると、人の視線が集まるね。あ、私も食べる!」と楽しげに無雲からカステラを頂くまよいを引き連れていた。
「……除夜の鐘の効果って……いえ、私も一つもらえますか?」
「おーい、立ち止まってたら危ないよ?」
つい、カステラに気を取られていたところに天竜寺姉妹がやってくる。
「一緒に……って凄い格好だね」
「えへへ、巫女服って一度着てみたかったんだよねぇ♪」
舞の驚きに、無雲は無邪気に一回転して答える。私たちも何か着てくればよかったかな、と漏らす。
「あとで振袖に着替える?」
「そうね。まずは参拝してきましょ」
詩の問いに頷きながら、舞は意気揚々と歩きだす。賽銭箱の前にたどり着くと、全員で一斉に賽銭を投げて鈴を鳴らした。
(ずっとサチコと友達でいられますように)
舞はそうお祈りを捧げ、
(家族が仲良くいられますように)
詩はそんな姉を含めて願いを込める。
まよいはいい夢が見られることを祈り、無雲は食欲にまみれていた……除夜の鐘の敗北である。
他のみんなが顔を上げても祈っていたサチコに、何を願っていたのかを問い詰めると、
「学園のみんなが楽しく過ごせるように、ですわ。そして、ずっと仲良くいられるようにですわ!」
顔を真赤にしながら、答えるのだった。
お雑煮、おせち料理だってまだたくさん。
それをつまみに、どこかでは酒の席が持たれているらしい。芸合戦こと歌祭はまだまだ続き、羽つき大会がまもなく始まる。
このクライズ学園では、年越しの瞬間から騒がしく楽しい時間が流れているのだった……。
クライズ学園は、大晦日にも関わらず活気にあふれていた。裏生徒会長サチコ・W・ルサスールは、忙しさに目を回していた。
「……えーと、そう、それは向こうですわ。えとえと、杵はえーと、臼と一緒にして……」
「食用アルコールで消毒しておく必要があるから、こっちだな」
スッと後ろから、ヴァイス(ka0364)がサチコの持つ工程表を覗き込んで指示を引き継ぐ。サチコが見上げると、ヴァイスは「生徒だけにやらせるわけにいかないだろ?」と肩をすくめる。
いつのまにコピーしたのか、サチコの用意した資料を手にしていた。そこに同じく資料を持った用務員ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)が合流を果たす。
「芸大会の設営完了したぜ?」
次はどうすると指示を仰がれ、サチコは慌てて資料をめくる。大人たちの誘導の元、大晦日の祭は開催へと近づいていく……のだが。
その様子を遠巻きに煙草を一服する男が一人、場所は救護用テントの真ん前である。何故そんなことが許されるかといえば……。
「あーめんどくせぇー……こんな日に宿直とは……」
彼が養護教諭その人だからだ。
鵤(ka3319)は、ヴァイスたちがしっかりと関わっているのを眺め、出番はなさそうだなと感じていた。
「この分だと、アルコールも楽しめるかねぇ」
無論、医療用でないアルコールが机の上に並んでいた。煙を吐き出せば、代わりに美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
つまみには困らなさそうだと火を消して、テント内に鵤は姿を隠すのだった。
●
真っ先に動き出したのは、餅つき大会だった。サチコは監督者として、いそいそと会場に向かう……その途中で奇妙なものを見た。
「大晦日といえば……初夢だよね!」
まだお昼前、日も高い中で意気揚々と布団にくるまろうとする夢路 まよい(ka1328)の姿であった。なお、彼女が寝ようとしているのは会場内に設置されたベンチの上である。
「そこ、何してるんですの……邪魔ですわ」
「え、邪魔だって?」
心外だと表情で見せながら、まよいは告げる。
「でも、枕の下に入れる宝船の絵だって準備してあるんだよ?」
「そこじゃありませんわ!?」
サチコの鋭いツッコミにまよいは「う~」と唸り声を上げる。だが、布団からは出ない。
「えーと、夜になったら寝床を作りますから……ね?」
急遽新たなる企画を立ち上げ、書き込んでいく。サチコのお願いに、まよいは「しょうがないな~」と起き上がった。
「しょうがないから起きるけど……ん?」
そして、鼻をひくつかせる。
「そういえば、さっきからいい匂いが」
「あぁ、お餅とおせちですわ」
「わ、食べる食べる~!」
一転、意気揚々と布団から跳ね起きて走り出すまよい。置いて行かれた哀れな布団を片付けながら、サチコが「まだ完成してませんわよ!」と慌てて追いかけるのだった。
●
ヴァイスの注意事項が流れる会場では、続々と参加者が集まっていた。サチコたちがたどり着くと、その中から一人の少女が手を上げて近づいてくる。
「お、サチコ!」
天竜寺 舞(ka0377)は小走りに近づいてくると、芸合戦の参加証をサチコに見せながらニッと笑みを浮かべた。
「紅白芸合戦に出るから見に来てよ♪」
「それなら、審査委員ですもの。当然、見に行きますわ」
審査といっても形だけの監視役だ。気楽に見ればいいやとサチコは構えていた。
「お姉ちゃーん……と、サチコさん。こんにちわ」
続けて、天竜寺 詩(ka0396)が駆け寄ってきた。挨拶もそこそこに、詩はため息混じりに舞を横目で見た。
「家にいたらお父さんのお弟子や歌舞伎仲間のお相手しないといけないからお姉ちゃん逃げ出してきたんだよね」
「ちょっと、詩!?」
「ふふ、でもここのお手伝いは頑張るんだよね?」
詩に視線を向けられ、舞は「もちろん!」と胸を叩いた。
「まずは餅つきの手水役をやらせてもらうわ。さぁ、行くよ」
先に行く舞の背中を追いながら、詩は一瞬振り返る。
「私もお祭りの方がいいから楽しみ」
優しく微笑みかけて、詩も手水役として臼のところへ向かうのだった。
手水役が揃い、会場が熱気に包まれる中、ヴァイスの号令で餅つきが開始される。そこへ主役は遅れてくるとばかりにヴォーイが杵を掲げてみせた。
「マイ杵持参で参加するぜ」
これに対して会場のボルテージは上がっていく。誰もが謎の餅つきムーブメントが巻き送る中、対照的な姿の少女がいた。
玉兎 小夜(ka6009)は頭巾を目深く被り、落ち着かない様子で遠藤・恵(ka3940)にくっついていた。
「……恵」
おどおどしく見上げる小夜は、知らない人への恐れから今にも刀を握りそうだった。恵は「大丈夫」と諭すように告げて、小夜の手を握り返す。
「餅。斬っていいの?」
不意に目に止まった餅の塊を見て、小夜がいう。
「いえ、小夜。お餅は切るものじゃなくてつくものです」
とはいったものの、恵は主催らしいサチコに近づくと挨拶を交わす。
「遠藤・恵でっす。宜しくお願いしますね」
「裏生徒会長サチコですわ!」
「えと、サチコさん。よろしければ、あの餅の塊を一つ成形させていただけますか?」
「お手伝いは歓迎ですわ!」
ありがとうと恵は告げながら、サチコの頭に伸びそうになった手を引っ込める。不思議そうに小夜が見ているが、思わず撫でてしまいそうになったとはいえない。
早速、餅の塊一つを拝借して小夜が斬馬刀を大いに振るう。見事な角餅がいくつも出来上がり、
「満足」と小夜は刀を収める。周囲から拍手が起こると、気恥ずかしそうに恵にくっつくのだった。
「さ、ずんだ餅でも食べましょう。地元の名産なんです。美味しいですよ」
そうして、恵に連れられていくのだった。
「リアルブルーでは、多くの方が餅を食べて死んでいる……そんなことを言ったのは誰だったかな」
唐突に誰かの言葉を思い出しながら、鈴胆 奈月(ka2802)は七輪の火をあおいでいた。大晦日にぶらぶらしていたら、「暇なら手伝え」とヴァイスやらヴォーイに捕まったのだ。
それでも、与えられた仕事はきっちりこなす。
「調味料はそちらに揃えてあるよ」
「おー、一杯味付けがあるよ! どれがいいのかな!」
「お好きにどうぞ」
巫女服で現れた無雲(ka6677)の問いに、奈月はさらりと答える。
「焼き餅もどんどん用意してるから、遠慮はいらないよ」
むしろ、と後ろでドンドコつかれていく餅を見定めてため息を吐く。
「お餅って結構腹膨れるんだが……作りすぎだよな?」
だが、奈月の心配を他所に巫女服の袖を揺らしながら無雲は餅にかぶりついていた。盛大に、大盛りに、丁寧に味付けを変えながら食していく。
「ずんだ餅美味しい! 磯辺焼きとやらも、おいしい!」
「この蜂蜜バター醤油餅も美味しいですわ」
「味が濃いけど、いい感じだね」
いつの間にかサチコとまよいも合流していた。はふはふと頬張る姿に、喉につまらせたら電気ショックだよ、と奈月は警句を発するのだった。
●
「美味しそうな気配がする……つまみ食いだぁ♪」
餅に満足した無雲は匂いにつられて隣のブースに来ていた。のぼりには「おせち料理教室」の文字が見える。つまみ食い志望の巫女服が暗躍する中、ボルディア・コンフラムス(ka0796)は悩んでいた。
「おせち料理……いやま、作ったことねぇってワケじゃねぇんだけどよ……う……」
ちらりと後ろを振り向けば、ボルディアの舎弟と思しき男女が期待に満ちた瞳で視線を向けていた。純粋無垢な視線の力にボルディアは、はぁ~と大きなため息を吐く。
「ああ分かった分かった、作ってやっからテメェ等残したらどつき回すっからな!」
食材を籠盛りに、ボルディアが舎弟たちに宣言すると歓声が飛び交った。勢いをそのままに、さらにボルディアは振り返って指を指した。
「そして、つまみ食いは出来てからだぞ!」
「はひっ!?」
巫女が一人指摘を受けて、よだれを垂らしながらピンと直立不動していた。いうまでもなく、無雲だった。
「ほら、そんなに食べたいのならコッチで味見しなさい」
央崎 遥華(ka5644)が見かねて無雲を自分のところへと連れてくる。そこに用意されていたのは、豚の煮込み料理だった。
「ほら、栗きんとん作ってみたの」
「栗きんとん?」
自分の知っているものとは違う栗きんとんの姿だが、美味しそうな匂いに釣られて無雲は食べ始める。
帰国子女たる遥華の勘違いによって、豚肉を葱と生姜で煮込み、砂糖と栗を混ぜた料理となっていたのだ。しかし、味は妙に食材の相性がよかったらしい。
「おいしい!」
そう笑顔で告げてバクバクと食べ始めるのだった。
「さて、それじゃあ、あなたたちはこれを二人で混ぜてね」
遥華はもう一つ役目を担っていた。恋人や仲のいい者同士を引き合わせ、同じ作業に誘導するのだ。
「はい。任されました」
かくして、恵は小夜と目配せをしてにっこりと微笑むのだった。
その傍らではヴォーイが、まよいやサチコたちにおせちの詰め方をレクチャーしていた。焼き、蒸し、揚げ、茹でと様々な調理を施した鶏メインのおせちだ。
「伊達巻も外せないっしょ」
「甘くて美味しいよね。ほら、サチコも試食~」
「はむはむ。確かに甘いですわ~」
恵たちやサチコたちのように共同作業に従事するカップルや仲の良い友だち同士が増えてきた頃、事件は起きた。
「悪い子はいねぇーがー。不純異性交遊する煩悩にまみれた悪い子はー」
叫び声とともに乱入してきたのは、鉢巻にロウソクをはさみ、高速で地を這うようにして移動する何かだった。遥華は、背格好から教師のブラスト(ka3423)だと看破して涙した。
きっと、ストレスから来る何かが彼を風紀を取り締まる鬼にしてしまったのだ。
「それはそれとして……邪魔ですよ」
「おっと、央崎先生。何をするのだ」
遥華に道を阻まれ、ブラストはカップルたちに恨みを込めた視線を送りながらも連れ去られていく。
「不純異性交遊の手助けなど、先生がすることでは!」
「はいはい」
連れ込まれたのは、鵤が詰めている救護センターだった。
「日々のストレスで病気になったっぽいから、よろしくね」
「ちょっと、面倒なものを置いてかないでほしいねぇ」
飲酒中の鵤の抗議虚しく、遥華は去っていく。取り残されたブラストに、ストレスなら~と薬がいるよねぇと酒を差し出す。
ブラストの無言の圧力には、
「あ? いいだろ別に。無礼講ですぅー、ぶーれーいーこーうぅー」とのらりくらりと笑みを浮かべるのだった。
●
おせち料理も配られ始め、より会場が活気づいてきた頃――紅白芸合戦の開会が宣言された。盛り上がる中、先陣を言い渡されたのはエルバッハ・リオン(ka2434)だ。
選定理由は、見目麗しい姿がふさわしいからだとか。可愛らしいドレスに身を包み、会場の視線を一手に集中させる。丁寧に一礼をして、発された一言はざわめきを生んだ。
「これから、瓦割りをします」
「瓦割り!?」
驚きの中、アシスタント役が瓦を運んでくる。漆黒の瓦が数枚エルの目の前に積まれると、さらにどよめきが強まった。エルは狙い通りの反応に、口元を綻ばせる。
その狙いとはまさに、
「まさか私が瓦割りをするとは誰も思わないでしょう」
というものだ。ドレス姿を選んだのも、ギャップを大きくするためだった。ここまでは見事にハマった。あとは、瓦割りを成功させるだけだ。
「それでは……」
軽く身体を動かして、調子を確かめる。家庭の事情で様々な訓練をしてきた。それでも、筋力はあまり高くないと自覚している。
では、どうすればよいか。
正確に拳を当てて、力を集中させ瓦を割るのだ。そのために、試し割りや練習もしてきた。
「すぅ……」
息を吸い込んで構えを見せる。可愛らしいドレスから見える足がしっかりと大地を踏みしめていた。瓦に軽く当てた拳を引き上げ、狙い定める。
「ハッ!!」
気合一閃、振り下ろされた拳が瓦にぶち当たると同時に乾いた破壊音が響いた。重ねられた瓦が真っ二つに割れて拳が突き抜ける。
静かに拳を引き抜いて、
「ありがとうございました」
一礼をすると、拍手喝采。会場のボルテージは一気に上がり、トップバッターとしての務めを見事に果たせたのだとエルはもう一度頭を下げるのだった。
「うーん、やりにくいなぁ」
初陣を見事に決められ、次に壇上へ向かうアーク・フォーサイス(ka6568)は苦笑していた。上がったハードルをさらにあげようとは思わないが、
「やるからには全力で、だよね」
祖母から教わった居合、刀を手に舞台へと上がる。そこに用意されていたのは、不要になった椅子やら銅像やら人体模型であった。
不用品があれば切らせて欲しいと頼んでいたが、本当にいらなさそうなものばかりが並んでいる。少し触って、アークは素材の強度や性質を感じ取る。
「それでは」
司会に告げて、舞台の中央に移る。刀の柄に手をかけて、呼吸を落とす。瞳は先んじて獲物を捉えていた。一閃、舞台上で刃がきらめく。
納刀の音が静かに場内に響く。
成功か、失敗か……緊張を持って数秒。ゆっくりと銅像や人体模型が上下に分断される。自重に耐えきれずに落ちた上体が、舞台の上に派手な音を打ち鳴らす。
その振動に当てられ、椅子やら他のものもキレイな切断面を披露しながら分かれていった。
拍手喝采に胸をなでおろし、アークは一礼する。
「ありがとうございました」
以降、つつがなく芸合戦は進行していく。サチコは披露される芸事を驚きと笑いで楽しんでいった。
「ふふ、思った以上に楽しめますわね」
満足気に告げるサチコであったが、次の出演者を見た瞬間に表情が固まった。姿を現したのは、札抜 シロ(ka6328)だった。
「白組……この名前、あたしのためにあるに違いないの! 白組はこのあたし、札抜シロが率いるチームなの!」
「普通は、女子が紅組……ですわ!」
「そんなものは知らないの!」
文化祭のトラウマが頭をかすめ、サチコはシロに突っかかる。しかし、サチコの言葉をシロはバッサリと切り捨てた。
「特に色で分けてませんし、問題はない」
司会から指摘を受けて、サチコは言葉に詰まる。
確かに他にも白組で参加している女子はいる。細かいことを気にしては、このクライズ学園では生き残れない……と後に学校の歴史にて語られている。
「そ、それで、演目は大丈夫ですの!?」
何を焦っているのかと周りの視線がサチコに集まる中、それでもサチコは問いただす。
「ん、演目は大丈夫なのかって?」
シロはサチコの質問に胸を大きく張ってみせた。
「心配いらないの! あたしでも見様見真似だけでマスターできる手品をついに見つけたの!」
「えーと、アシスタントはいらないですわよね?」
「これは、あたし一人できちんとやれる手品なの!」
それなら、よかったとサチコは溜飲を下げる。巻き込まれないなら、暖かく見守ろうと心に決めた。
問答が終わるとシロは、ステージの真ん中へと移動する。
「奇術同好会のしんずいを見せてあげるの!」
手品でおなじみの音楽を鳴らしながら、シロが取り出したのは一枚のハンカチだった。これから何が始まるのか、ドキドキが。
「この横じまのハンカチを~、手の中でくしゃくしゃって丸めて開くと…… あら不思議、縦じまに変わっちゃってるの!」
会場からドキドキが消えた瞬間である。静寂が広がっていたが、一人、シロだけは興奮に身体を震わせていた。
「ああ、初めて手品を成功できたの。今、あたしはモーレツに感動してるの!」
「そ、それはよかったですわね」
何とも言い難い表情を見せるサチコの手をシロは握って、うんうんと頷く。
「みんな黙っちゃうくらい驚いてくれたの!」
シロの嬉しそうな顔に、サチコも笑顔を見せるのだった。
中盤に差し掛かると、芸も音楽ものが増えてくる。中でも文化祭で好評を博した天竜寺姉妹の演目には、外からも見学者がちらほら見られた。
着物姿の詩と舞は、それぞれの位置につくと目配せをした。詩は座りながら、三味線を奏でて舞が合わせて踊る。舞の踊りは、下駄を用いたタップダンスだった。
軽妙な音楽に合わせて、洒脱な足音が鳴り響く。観客も音に合わせて身体を動かしていた。舞は踊りながら、亡くなった実母のことを思い出す。
エンターテイナーであったという母も、こうして観客をわかせたのだろうか。そんなことを思いながら、耳はしっかりと詩の三味線を聞いていた。
詩の奏でるビートに合わせて、しっかりと足を踏み込む。
タッタッタ、タタ!
最後のステップを踏み切ると、同時に歓声が沸き起こった。拍手を前面に受け、二人は一礼。舞台の去り際、舞は詩が観客席に手を振っているのを見た。
「誰か来てたの?」
「お父さんとお義母さんが来てたの。驚いちゃった」
詩の言葉に舞も驚きを見せた。
「二人とも面白そうに見てくれてたよ」
「ふん。忙しいんだから、別に来なくたって」
そっぽを向いてそんなことをいう舞に、詩は「もー、お姉ちゃん」というのだが……舞の顔が赤くなっているのに気づく。お姉ちゃんの可愛さに、ふふ、と笑みが溢れるのだった。
その後、観客席側へ戻ってきた天竜寺姉妹は違和感に気づく。審査員席に座っていたはずのサチコの姿がない。代わりに、なぜかまよいが楽しげにお餅を食べながら座っていた。
舞たちの演目が終わって少し後、サチコはバックヤードに呼び出されていた。
「えと……」
「さぁ、サチコ様。出番です!」
眼の前にいるのは、南護 炎(ka6651)。実は先程まで司会を務めていたのも、彼だった。だが、炎には別の目的があった。
「サチコという名を持ちながら『紅白』の名前の付くイベントに参加しないなんて許されませんよ!」
「え、でも、私は審査員……」
「でしたら、私も司会です! ですが、問題ありません。代理はすでに用意しています」
そういう問題なのか、と疑問に思うサチコを他所に炎は段取りをずいずい進めていく。
「我々はサチコ様の美声を賜りとう存じております」
「そうなんですの」
「もちろんです。学園生徒ですから」
にっこりと笑みを浮かべて、判断に迷うサチコをとにかくおだてていく。
「この学園でサチコ様の美声を聴きたくないと思う輩がいるでしょうか? いやいない!!」
謎の反語まで繰り出して先制パンチ。かわいい、美しい、神ってるとサチコを褒めて、その気にさせる。
「そこまで……いうのでしたら」
まんざらでもないという言葉は、ありがとうございます、という炎の叫びにかき消された。渡された曲目は、誰もが知っているナウでヤングな「1万本桜」だった。
「そして、サチコ様の素晴らしさを広めるため……特別な衣装を用意いたしました! 大トリを是非に飾ってください!」
「え、いや、コレは……」
「さぁ、さぁ、さぁ!!」
サチコのか細い悲鳴は、演目への喝采にかき消され誰にも聞こえることはなかったという。
そして、今――。
「大トリを務めるのは、我らが主催サチコ・W・ルサスール様です!」
炎の紹介とともに、奈落からソレはせり上がってきた。サチコの顔を模した衣装……もとい舞台装置、否やはり衣装である。その顔の上にサチコは立っていた。
羞恥から燃え上がるように真っ赤な顔で、サチコは唸っている。
「うぅ……本当に大丈夫ですの……これ」
「さぁ、張り切っていきましょう!」
そんなサチコをよそに炎は意気揚々と曲紹介に入っていく。サチココールと拍手が煽られ、呆気にとられていた会場は異様な熱を帯び始めていた。
「ふぇ」
熱気にあてられ、涙目にすらなっていたサチコに炎はグッとガッツポーズで応対する。
流されるままに前奏が流れ始め、サチコは慌てて歌い始める。観客の一部がコールを入れ始め、次第にうねりが生じていく。
「~~♪」
「さすがです、サチコ様! ふっふー!」
舞台上でもボルテージの上がった炎が率先して、声を張り上げていた。
盛り上がる芸合戦会場の外、配られていた甘酒を手に骸香(ka6223)は一人歩いていた。
「一人で初詣って……虚しすぎるんだけど」
ぽつりと漏らしながら、祭の人出をかき分けながら進む。時折吹きかかる風に、「うぅ……」とうめき声を発する。
「こんなに人多いのはしゃぁないけど、この時期寒すぎ」
口にする甘酒の暖かな甘みが身にしみる。初詣までまだ時間はあったが、なにせ祭だ。
「祭だし、楽しまねぇとな」
あたりを見渡していると、妙に盛り上がっている一角があった。紅白芸合戦の文字に、流れてくる音楽、そして歌声。にっと笑みを浮かべると、骸香は意気揚々と進みいる。
どうやらサチコの演目が終わったところらしく、拍手で締めくくられていた。
「えー、これをもって……」と炎が発したところで、骸香は全速力で舞台に駆け上がる。
「うちもやりたい!!」
歌わせろとせがむ骸香に、炎は困った表情を見せる。ここで折れたら、収拾がつかないのは目に見えていた。ちらりと審査員席に目をやるが……サチコの姿はない。
代わりにまよいが、
「私も何かやりたい!」と許可のような何かを下した。
急遽延長線の始まった中で、炎も仕方がないなと笑みを浮かべた。
「まだまだいくぞー!」
うぉおおおおと地鳴りのような歓声が、会場を包む。その歓声に負けじ劣らず、鐘の重低音が響いていた。
●
「ここはいつからたまり場になったのかねぇ……」
酒をちびちびと飲みながら、鵤は愚痴を交えて煙を吐き出す。タバコの火を消すと、傍らに積まれた重箱からおせちを取り皿に移した。
「いいじゃねぇか。外だと、うるさいのもいるからな」
答えたのは、ボルディアだ。舎弟たちと缶チューハイをあけながら、救護テントで酒盛りと洒落込んでいた。つまみを提供され、自身も飲酒している鵤は、
「ま、いいか」と流そうとする。
「いえ、先生!」
抗議を発したのは、ブラストだった。風紀の鬼と化しているブラストは、目の前で繰り広げられる騒ぎを感化できない……のだが。
「いやいや、単なるチューハイだからジュースみてぇなモンだって……それに先生も」
とボルディアが示したところには、空いた缶が転がっていた。流されてしまった自分と、それを見つけたボルディアに反論が出来ずブラストは押し黙る。
「大丈夫だよ、大晦日くらい無礼講だ無礼講!」
ボルディアはそういって、新しいお酒を取りにテントの外に出る。冬の日は短く、もう太陽は落ちきっていた。暗がりを見たブラストは、すかさず鬼の面を被り、懐中電灯を二本手にする。
地面をはうような高速移動で移動し始めた。
「こんな夜に不純異性交遊は、ゆるさぁーん!」
魂の叫びは、きっと酒のせいだろう。そういうことにしておこう、とボルディアが思った時、鐘の音が聞こえた。
腹に響く重低音に、ボルディアは「出陣だ」と舎弟を引き連れてテントを出て行く。
「いってらっしゃい」
鵤が見送ると、ボルディアと入れ替わるよにして遥華と引きずられたブラストが入ってきた。ブラストは鐘の音が響くたびに、「ぐわあぁ、浄化されるぞー!!!」と叫び喘ぐ。
「病人を連れてきましたよ、先生」
遥華の言葉に鵤は、
「そこに寝かしておきなさい」
淡々と対応する。
「それと、おそそ分け」
「ほう、いい匂いだねぇ」
渡された重箱を開くと現れたのは、豚と栗の煮物。正月料理にそんなのあったかなと、鵤は遥華に問いかける。
「これ、何だい?」
「栗きんとんよ」
除夜の鐘の音に合わせて夜と栗きんとんの謎は深まるばかりであった。
●
除夜の鐘の鳴らし方も人によって個性が出るものだ。アークは近くで聞いていた遥華に、
「修行みたいね」といわれるほど真っ直ぐに打ち込んでいた。
「実際、修行にもってこいですよ?」
雑念をなくして集中を増し、真剣に構えて打ち鳴らす。どこかで誰かが、浄化されそうなほど芯の強い音が鳴るのだ。
一方で、
「ッシャアアアアいくぜええええ!」
全身全霊をかけて、思いっきり打ち鳴らすものもいた。ボルディアである。力強さを通り越し、豪快な鐘の音はまさしく轟音。
「俺が鐘の音を町中に響きわたらせてやるぜぇ!」
さらにもう一発、調子よく鳴らしたのはよかったが……。
「これ以上は縄が切れるわ……」と遥華によって一時ストップがかけられた。半鐘は耐えても、鳴らす縄が耐えきれないらしい。
「……うん、悪ぃ。ごめんなさい。ちょっとやりすぎたかもしんない」
気落ちしたボルディアを舎弟たちが取り囲み、姉さんの音良かったです!と慰めていく。その暖かさに涙をこらえて、
「よし、もういっちょ騒ぐぞ!」
とボルディアたちは駆け出すのだった。
その直後、
「私も一つ……」
直ったばかりの鐘を撞く遥華の姿があったとか。
再び鳴り低く響く鐘の音を聞きながら、小夜は恵の袖を引く。
「丁度いいかな」
鐘の音に掻き消える声で呟くと、小夜は振り返った恵と目を合わせる。覗き込むように見ながら、その手を握った。
「恵。私を、お願いね」
目覚めの時間が近づいているのを感じ、恵に問う。
「はい。任されました」
にっこりと答えた恵に、小夜も微笑みを返す。頭巾と外套をはためかせ、恵からちょっと離れる。二人の姿は、人混みに紛れ微睡みから覚めていった。
●
一方で、初詣に向かう姿も多く見られる。
「年末ジャンボでも当たってくれないっすか」
俗な願いを神頼みするヴォーイの姿を筆頭に、みんな鳥居をくぐっていく。口ではそんなことをいうヴォーイだが、内心では用務員として影に日向に裏生徒会をもり立てることを誓う。
隣では、よく巻き込まれる奈月が、
「今年も適度にサボれますように……」
そう手を合わせていたが、早速餅を捌く作業が控えている。そんな奈月と入れ替わるように骸香が賽銭箱の前に立つ。順番が来るまで長かったな、と思いながら賽銭を入れる。
しっかりと手を合わせて願うのは、
(あの人が……無茶しない様に……)
よし、と顔を上げて本殿を後にした骸香は、星が浮かぶ冬空に白い息を投げかける。
「叶うかは自分次第だよなぁ」
苦笑交じりに、神社の入口へと向かう。さっき参加した紅白芸合戦こと歌祭と化した会場はまだ盛り上がっているらしい。
「行くか」
気分を高めて、骸香は祭の会場へと戻っていくのだった。
神社では、続けてヴァイスが本坪鈴を鳴らす。生徒達が今年も元気に楽しく成長するようにお祈りをし、振り返ると遥華がいた。
引率として、青地に白い花模様の振袖姿でにっこりとヴァイスに一礼する。続いて鈴を鳴らすと、
(今年も皆が笑って過ごせますように!)
柏手を打って願いを込めるのだった。
「あまりはしゃぎすぎるなよー」
「怪我したらダメよ?」
ヴァイスと遥華が会場に戻ろうとした時、神社の入り口あたりで突発的な集まりができていた。
飛び込み参加も可能な羽つき大会らしい。
ヴォーイが羽子板を掲げ、大上段に構えている。
「羽根突きのヴォーイたぁ、俺の事じゃ~ん……っとわかってまーす」
ヴァイスたちの忠告に応えながら、ヴォーイは参加者募集中と声を張り上げる。
そこへ、巫女姿の三人娘が通っていく。サチコたちだ。
「お、サチコ。いいところへ、シード枠で参加しないか。俺の立体機動羽つきを見せてやるぞ」
風向きを把握し、羽の立体的な挙動を支配する技の一つだとかなんとか。サチコは、シードなら時間がありますかと問いかける。
「あぁ、参拝済ましたら来てくれよ」
「もちろんですわ」
ヴォーイと約束を交わしたサチコは、
「初詣っていいですね! 美味しくて! 巫女服も着れますし!」と露天のベビーカステラを頬張る無雲。
「巫女服で参拝すると、人の視線が集まるね。あ、私も食べる!」と楽しげに無雲からカステラを頂くまよいを引き連れていた。
「……除夜の鐘の効果って……いえ、私も一つもらえますか?」
「おーい、立ち止まってたら危ないよ?」
つい、カステラに気を取られていたところに天竜寺姉妹がやってくる。
「一緒に……って凄い格好だね」
「えへへ、巫女服って一度着てみたかったんだよねぇ♪」
舞の驚きに、無雲は無邪気に一回転して答える。私たちも何か着てくればよかったかな、と漏らす。
「あとで振袖に着替える?」
「そうね。まずは参拝してきましょ」
詩の問いに頷きながら、舞は意気揚々と歩きだす。賽銭箱の前にたどり着くと、全員で一斉に賽銭を投げて鈴を鳴らした。
(ずっとサチコと友達でいられますように)
舞はそうお祈りを捧げ、
(家族が仲良くいられますように)
詩はそんな姉を含めて願いを込める。
まよいはいい夢が見られることを祈り、無雲は食欲にまみれていた……除夜の鐘の敗北である。
他のみんなが顔を上げても祈っていたサチコに、何を願っていたのかを問い詰めると、
「学園のみんなが楽しく過ごせるように、ですわ。そして、ずっと仲良くいられるようにですわ!」
顔を真赤にしながら、答えるのだった。
お雑煮、おせち料理だってまだたくさん。
それをつまみに、どこかでは酒の席が持たれているらしい。芸合戦こと歌祭はまだまだ続き、羽つき大会がまもなく始まる。
このクライズ学園では、年越しの瞬間から騒がしく楽しい時間が流れているのだった……。
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裏生徒会長に質問! ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/12/30 08:46:48 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/03 07:49:35 |