ゲスト
(ka0000)
或る少女と恋人の日(本番!)
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/02/14 07:30
- 完成日
- 2017/02/23 00:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
某月某日、恋人の日。からりと晴れた冬の寒さの中、温かなコートに身を包んで行き交う恋人達は皆幸せそうに手を取り、或いは腕を組んで。
その喫茶店も、今日は彼等のために特別な持て成しを準備していた。
早朝集まった店員達は、手早く店の内装を、普段の明るい物から落ち付いた物に換えていく。
壁紙やテーブルなど大掛かりな物は変わらないが、テーブルクロスを落ち着いたベージュに変えただけで、印象ががらりと変わる。
壁に飾る装飾は淡いハートにペアの動物のシルエットを描いた物。
尻尾を絡めた猫や、鼻を寄せた兎の影絵が愛らしく来客を迎える。
テーブルの一つ一つに小さなランプを吊して、いつもの明るい光を落とす。
暖色の光りに包まれたテーブル毎に静かで温かな、空間が演出される。
恋人の日のケーキセット。
そう記されたメニュープレートには優しい色使いで、一口サイズのショートケーキやムースが幾つも載せられたプレートに、ティーカップが2つ添えられた絵が描かれている。
黒髪を束ねたウェイターが艶やかに磨いた靴で忙しなく店内を歩き回り、傾いていた犬の飾り、座した大型犬が親しげに並んでいるらしい様子の影絵を、真っ直ぐに掛け直して、よし、と1つ頷く。
丁度塊炭の時刻を知ると店内を振り返り、作業を終えた店員達を見回しすと、よく通る声で。
「さあ、開店だ。今日は私たちも楽しもう」
●
最初の客を迎えたのは緑の目がぱっちりとした小柄なウェイター、慣れた様子で奥の席へと通してく。
「いらっしゃいませー。席まで、ご案内しますね」
店内に響く明るい声。その傍ら、手を差し伸べる様にグラスを運ぶ柔らかな金の髪を揺ったりと纏めたウェイトレス。不意に傾いだグラスを、ウェイターが咄嗟に支えた。
恋人の日のケーキセットの注文を受け取ると、それを運んできたのは仕着せの制服の袖を下り、身幅を詰めた小柄なウェイトレス。
「あ、あのね、あーんって、食べてもらってね」
その為の小さなケーキだから、とはにかんで頬を赤らめる。
午前中からの客が店内にちらほらと、新たな客を出迎えたのは長身のウェイトレス。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
引き締まって一層魅惑的な肢体をしなやかに、着飾った少女を席へと案内するが、少女はウェイトレスに見とれた少年の腕を抓って嫉妬していた。
ウェイトレスが少年にケーキセットを勧めると、少女は嬉しそうに笑って、2人の間にも幸せな時が流れ始めた。
揃いのエプロンの肩紐に飾った木彫りのキーホルダーが目を引く、ウェイターが注文を受けたケーキセットを運んでいく。
「お待たせいたしました……どうぞ、ごゆっくり」
静かに2人の間にプレートを置き、それぞれの手許へフォークとカップを。ケーキと紅茶の甘い香に包まれ、ぎこちないながらに微笑んだ。
来客を告げる音に、彼以上に緊張したウェイトレスを見ると、ぽんとその頭を撫でて促し、次のケーキを運びにキッチンへ向かった。
「はぁ……」
そろそろ満員の店内、一通りの給仕を終えたカウンターの影、一息吐いたウェイターがキッチンへ向かう。
「そちらの人手は足りていますか……?」
キッチンも忙しいらしく手伝いを求める声が掛かる。
そろそろ、予定しているチェロの演奏の時間だ。
新たな来客を告げるベルが鳴る。
通された席はステージからは少し離れたけれど音はよく聞こえる静かな場所。
淡い光が2人を包み、恋人達の囁きは少し通り。
瞬間、響いた拍手が止むと、甘く艶やかなチェロの音色が広がって、ここからは2人きりの特別な時間。
某月某日、恋人の日。からりと晴れた冬の寒さの中、温かなコートに身を包んで行き交う恋人達は皆幸せそうに手を取り、或いは腕を組んで。
その喫茶店も、今日は彼等のために特別な持て成しを準備していた。
早朝集まった店員達は、手早く店の内装を、普段の明るい物から落ち付いた物に換えていく。
壁紙やテーブルなど大掛かりな物は変わらないが、テーブルクロスを落ち着いたベージュに変えただけで、印象ががらりと変わる。
壁に飾る装飾は淡いハートにペアの動物のシルエットを描いた物。
尻尾を絡めた猫や、鼻を寄せた兎の影絵が愛らしく来客を迎える。
テーブルの一つ一つに小さなランプを吊して、いつもの明るい光を落とす。
暖色の光りに包まれたテーブル毎に静かで温かな、空間が演出される。
恋人の日のケーキセット。
そう記されたメニュープレートには優しい色使いで、一口サイズのショートケーキやムースが幾つも載せられたプレートに、ティーカップが2つ添えられた絵が描かれている。
黒髪を束ねたウェイターが艶やかに磨いた靴で忙しなく店内を歩き回り、傾いていた犬の飾り、座した大型犬が親しげに並んでいるらしい様子の影絵を、真っ直ぐに掛け直して、よし、と1つ頷く。
丁度塊炭の時刻を知ると店内を振り返り、作業を終えた店員達を見回しすと、よく通る声で。
「さあ、開店だ。今日は私たちも楽しもう」
●
最初の客を迎えたのは緑の目がぱっちりとした小柄なウェイター、慣れた様子で奥の席へと通してく。
「いらっしゃいませー。席まで、ご案内しますね」
店内に響く明るい声。その傍ら、手を差し伸べる様にグラスを運ぶ柔らかな金の髪を揺ったりと纏めたウェイトレス。不意に傾いだグラスを、ウェイターが咄嗟に支えた。
恋人の日のケーキセットの注文を受け取ると、それを運んできたのは仕着せの制服の袖を下り、身幅を詰めた小柄なウェイトレス。
「あ、あのね、あーんって、食べてもらってね」
その為の小さなケーキだから、とはにかんで頬を赤らめる。
午前中からの客が店内にちらほらと、新たな客を出迎えたのは長身のウェイトレス。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
引き締まって一層魅惑的な肢体をしなやかに、着飾った少女を席へと案内するが、少女はウェイトレスに見とれた少年の腕を抓って嫉妬していた。
ウェイトレスが少年にケーキセットを勧めると、少女は嬉しそうに笑って、2人の間にも幸せな時が流れ始めた。
揃いのエプロンの肩紐に飾った木彫りのキーホルダーが目を引く、ウェイターが注文を受けたケーキセットを運んでいく。
「お待たせいたしました……どうぞ、ごゆっくり」
静かに2人の間にプレートを置き、それぞれの手許へフォークとカップを。ケーキと紅茶の甘い香に包まれ、ぎこちないながらに微笑んだ。
来客を告げる音に、彼以上に緊張したウェイトレスを見ると、ぽんとその頭を撫でて促し、次のケーキを運びにキッチンへ向かった。
「はぁ……」
そろそろ満員の店内、一通りの給仕を終えたカウンターの影、一息吐いたウェイターがキッチンへ向かう。
「そちらの人手は足りていますか……?」
キッチンも忙しいらしく手伝いを求める声が掛かる。
そろそろ、予定しているチェロの演奏の時間だ。
新たな来客を告げるベルが鳴る。
通された席はステージからは少し離れたけれど音はよく聞こえる静かな場所。
淡い光が2人を包み、恋人達の囁きは少し通り。
瞬間、響いた拍手が止むと、甘く艶やかなチェロの音色が広がって、ここからは2人きりの特別な時間。
リプレイ本文
●
弦に踊る弓が奏でる音色は深く、艶やかな旋律は恋人達の心を浮かれさせる。
巽 宗一郎(ka3853)と深那・E=ヘクセ(ka6006)も例外では無く、指を絡めて触れ合わせる掌の熱に鼓動を高鳴らせている。
深那の頬は刷いた紅よりも鮮やかに染まり、巽も穏やかに目を細め、口角を上げる。
「気に入ったの?」
手を繋いだままで店内を見回す深那に尋ねると、青い瞳を瞬かせて頷いた。柔らかな桃色の髪がふわりと揺れて甘い香が擽る。
「よかった。ミーナが少しでも元気を出してくれたらと思っていたよ。それに、デートも久しぶりだからね」
通されたテーブルへ。深那の椅子を引きながら耳許で囁くと、座る所作を止めて巽を振り返り、嬉しそうに頷いた。
注文したケーキセットが運ばれ、2人の間に色取り取りの小さなケーキが盛られた皿と、それぞれのカップが置かれる。
「……どれにしようかな……これ、いただきますっ」
目移りする小さなケーキを見詰め、彷徨うフォークを定めると桃色のムースに刺した。
背伸びをした口紅は艶やかな紅、濡れた様に光を映すその唇には、小さなムースも少しばかり大きすぎて、飾った白いクリームが端に残った。
ぱくりとムースを食んで、甘酸っぱい香りと蕩ける様に崩れていく柔らかな食感に頬を綻ばせる深那は、そのクリームに気付かず、美味しいと幸せそうな笑顔を巽に向けた。
「付いてるよ、……ここ、っ」
「……はむっ」
クリームを掬い取った巽の指を柔らかな唇が捕まえ、不意の温かさに驚く巽の声を構わず、舌先が指を擽りながらクリームを攫う。
「んぅー……あまーぃ、おぃひぃ……」
甘いのはクリームか、或いは恋人か。ちろと舌の覗く小さな口を開けて瞼を伏せ、次はタルトが食べたいとねだる。
「しょうがないなぁ……はい、あーん」
崩さぬ様にタルトの縁を持って深那の口許へ運ぶ。雛鳥の様に無防備に受け取る愛らしい仕草を微笑ましく見詰めながら、次はどれが良いかなと、と恋人を甘やかす優しいテナーで囁いた。
●
店の外にもチェロの音は微かに零れていた。その音に惹かれる様に通り掛かったノワ(ka3572)が入り口の前に足を止めた。可愛い雰囲気の店の入り口に置かれたウェルカムボードを見る。どうやら限定メニューが有るらしいと期待しながらドアノブに手を掛けた。
「――いらっしゃいませ」
ベルの音に応えたのは、揃いのエプロンにキーホルダーを飾った青年。彼を見上げたノワの目がぱちくりと瞬いた。
「雪都さん!」
「え……ノワ?」
思わぬ偶然に雪都(ka6604)も目を瞠って戸惑っている。
改めて、いらっしゃいと尋ねる様に声を掛け、空席へ案内しながらも覚えたはずの所作が落ち付かない。
「……こちらが本日の特別メニューです」
「わあー……ど、れ、に、し、よ、う、か、なー……と」
描かれたケーキに目移りする。
瑞々しいベリーはロードナイト、ガトーショコラはブラックスピネル。白いケーキに添えられた、レッドジャスパーの赤褐色を思わせるミルクチョコレートが甘そうなトリュフ。
「あ、せっかくですから、お勧めを聞いても良いですか?」
きらきらと瞳を輝かせてメニューを見詰め、迷った指を思い付いたとばかりに立てる。
お勧めと思わず聞き返した雪都は、ノワの傍らに屈んでメニューを覗き込む。
「お勧めか……ケーキセットは色々食べられるけど小さいのを1個ずつだからな。友達同士とかのお客さんにはもう少し大きいケーキの方が人気かな?」
こういうの、とメニューを捲り、並ぶイラストを示しながら、今日だけのものや、日頃から人気のものを指していく。
「洋酒の香りが苦手じゃ無ければ、チョコケーキはしっとりしてて気に入ると思う。あと、苺のショートケーキはクリームがふわふわで美味しかったよ」」
試食したケーキを思い出して話すと、自然と頬が緩む。雪都の微笑にノワも嬉しそうににっこりと目を細めた。
しかし、迷うばかりの注文は決まらない。仕方ありません、と頷いて、雪都にメニューを示す。
「ここから、……ここまで。全部下さい!」
指を滑らせる見開きに並ぶのケーキに思わず聞き返す雪都に頷いて、メニューを置いた。
伝票に移したそれをキッチンへ伝え、追加のオーダーに呼ばれたテーブルへ向かう。
慌ただしく行き交う店員が、ノワの席へケーキを届けるのを横目に仕事を続けながら、待ち合わせでも無かったのだろうかと、1人で店を訪れた友人を気掛かりに思う。
暫く経って、美味しい、と嬉しそうな明るい声が聞こえる。存外楽しんでいるらしいその声にほっと息を吐いた。
睦まじい恋人達のテーブルへケーキのプレートを置く。
ケーキにはしゃぐ声や、嬉しそうな礼の言葉を聞くと幸せを分けてもらった様だと鞍馬 真(ka5819)は莞爾と目を細めた。
トレイに乗せて運ぶポットサービスのフレーバーティーは、席でカップに注ぐ瞬間にふわりと爽やかな香りを広げ、艶やかな音色の流れる空気に溶けていく。
手際よく注いで静かにキッチンへ下がり、次の注文までは片付けを手伝っていた。
見回す店内に空席は無く、忙しいはずだと密やかに溜息を零し、トレイに満載の皿を下げに来たメグに、労いの声を掛ける。
「……思っていたよりも忙しいな、疲れてないか?」
客の前で微笑みながらしゃんと伸ばした背に少し肩が凝っていると竦ませて笑い、受け取った皿をシンクへ置いた。きみは慣れない仕事だろうと尋ねると、メグは頷いて影を落とす。
失敗したらしいと察すると、濡れた手を拭って肩にぽんと手を掛けた。
「大丈夫だ、私や皆もいる。落ち付いて、練習したことを思い出すんだ」
そうしたら、きっと出来るから。私も感情を出すのは不得手だから、笑顔は意識しているんだと、目線を合わせて笑って見せた。
「――きみも、お疲れ様。雪都君」
キッチンへ顔を見せた雪都に声を掛ける。後ろ手に戸を閉めながら、自身の頬をさする。
「はい……鞍馬も」
笑っていた頬が引き攣っている様だと表情の淡い顔で眉を下げた。
お友達が来ていたのかと鞍馬が客席を示すと、頬を解しながら頷いて、ここへ来る切欠だと答えた。
「笑顔は大切だと語ってくれた人、かな」
手伝いますと、シンクの洗い物に手を伸ばし淡々と進めていく。
素敵な友人だと洗い終えた皿を拭って重ね、次のケーキを乗せに運びながら、肩越しに振り向いた鞍馬が、雪都の背に向かって言う。
雪都は濯いでいた皿に水が溜まり溢れるまで手を止め、そっと首を縦に揺らす。
柔らかなブラウンの髪が、本当に、と自身に言い聞かせる様に呟いて、くしゃりと綻ぶ頬を擽った。
●
深那はしゅんと項垂れている。向かいの席に掛ける巽をちらちらと覗う瞳が潤む。
「うぅ、マヤ姉のあほー……もうちょっと優しく教えてくれてもいいじゃんさっ」
ケーキを食べながら、他愛ない話がふと、深那と巽の日常に触れると、姉ほど器用に仕事を熟せない悔しさに、つい当たる様な言葉が深那の唇から零れる。
甘える様に巽を見詰めると、巽は深那の柔らかな頬を擽りながら、優しげに微笑んで話を聞く。
「……うぅ、分かってる……分かってるけどさぁ……でもぉ」
巽に言われるまでも無く、姉の態度が深那を思ってのことだとは気付いている。
でも、怒られ続ければ落ち込むのだと潤む目が巽を見詰めた。
「そーちゃん……膝の上乗せて?」
「いいよ、おいで」
椅子を軽く下げて、深那の腰に腕を伸ばす。柔らかな身体を膝の上に横座りに抱き上げて、胸板に細い肩を凭れさせる。大人しく身を委ねてくる髪を撫でてあやしながら、甘やかす様に呼び掛ける。
「ミーナ……マヤが僕と二人でいる時にミーナの事を心配してたりするからさ」
ほんと、と深那の目が瞠って、巽を見詰めた。
「うん。……だから解ってあげてよ」
深那は少し唇を尖らせ、諭されても良いけれど、頑張るからご褒美も欲しいと甘える。頬を擦り寄せて最後のケーキをねだって目を閉じた。
甘やかしていると深那の力が抜けてすうと、静かな呼吸が聞こえた。すーすーと態とらしいそれに、寝ても良いよと顔を近付けた巽の頬に、薄く口紅の色が移る。
「ふっふっふ、だーまさーれたー」
「ああ。騙されたよ。……元気になってくれてよかった」
いつも通りの悪戯にほっとして、勝ち誇った様に笑いながら、頬を真っ赤にする愛らしい恋人を見詰めた。
来た時と同じように手を繋ぐ帰り道は、少しゆっくりと歩きながら。
深那は手荷物にチョコレートを探り、
「あっ」
中空を指して、巽が目が逸れるとそれを一粒咥えて差し出す。
何も無いよと首を振って深那に視線を戻した巽は、小さなチョコレートを咥え、首を傾げて瞼を伏せる深那の頤に指を掛け、覆い被さる様に唇を重ねて融けかけるそれを受け取った。
「はっぴーばれんたいんっ」
「――好きだよ、深那」
甘い香を纏い告げられた言葉に答えて、巽は腕を深那の背に回して抱き寄せた。
●
演奏が終わり鎮まる店内は差していた西日も次第に陰り、昼下がりに比べると客も減っている。
テーブルの片付けや会計に動き回る雪都や鞍馬を眺め、随分長居をしてしまったと、ノワが窓に映った追加のケーキを見詰めて思う。
「こんな時間まで、今日はカップルさんばかりでしたね……」
そういえば、ウェルカムボードにも恋人の日とありました。思い出してくすりと笑うと、煎れ直されて温かなカップを指で包む様に、紅茶とオレンジのフレーバーを味わった。
鞍馬はキッチンの片付けに、雪都は空いたテーブルの片付けと、追加のオーダーに奔走している。
ぎこちなくレジスターに打ち込んで、何度も間違えていたメグの指も、随分と慣れた様に淀みなく動いて並んだ客の会計を済ませている。
閉店が近いのだろう。これを食べたら、次の追加は止めましょう、と、チーズケーキの最後の一口をぱくりと頬張ってフォークを置いた。
満足げに息を吐いて、レジが空くのを待っていると皿を下げに来た雪都が、紅茶のお代わりはと尋ねた。
「もうお腹いっぱいです」
「そっか。ノワ、たくさん食べるんだな。驚いた」
そうですか、と首を傾げるが、どれも美味しくて、ついつい進んでしまったのだと、メニューを見詰める。
テーブルに近付いて来た鞍馬が、ノワに軽く会釈をして、雪都を手招く。
閉店も近く、残りの片付けはいつもの店員で足りるから、ハンター達は先に解散して良いとの連絡を伝え、トレーを受け取る。スタッフルームが空いている内にと促された。
振り返る様に雪都を見送りながら、鞍馬は帰り支度を始めたノワに声を掛ける。
「ありがとうございました。――色んなケーキを食べて頂けたとオーナーも喜んでおりました。それから……」
オーナーからの言伝と、雪都君のことも。
彼が頑張る姿には助けられたから。
「私も笑顔は得意な方では無くて。……今日は、あんな空気だったから、自然と笑顔になれた様に思うけれど。雪都君もとても頑張っていたし、ここの店員さん達も素敵だと言っているのを聞いたから」
笑顔だっただろ、と尋ねると、ノワが満面の笑みで頷く。
「はいっ!――褒めて貰えたって、雪都さんに伝えますね」
それは、きっと、照れてしまうだろうなと。想像に首を竦める。
ノワの長い会計に指が止まり掛けるメグを鞍馬が励まし、どうにか会計を終えた頃にエプロンを脱いで着替えを終えた雪都がスタッフルームを出てきた。
最後の釦を押して終えたメグを労って、交代で着替えへと促し、雪都とノワを見送る。
美味しかったですよと去り際の楽しそうな声が聞こえる。
「――そんなに意外ですか?」
「……こういう雰囲気の店に入る事に抵抗はないのかと思った。1人だっただろ?」
確かに恋人ばかりだったけれど。ノワは暫く歩いた店からの道を振り返る。まだ明るい店の光りが零れ、優しい雰囲気を醸している。
腕を組んで通り過ぎる恋人達の姿を微笑ましく眺め、ノワは小さな溜息を吐く。
「こういうの初めてなんです」
楽しげに弾んだ、少し寂しそうな声。
「私、雪都さんに出会う少し前まで研究所から出る事も出来なかったので」
腕を広げ、空を仰ぐ。きんと冷え切った空気を吸い込み暮れていく冬の空に星を見上げる。あの眩い星は何の石だろう。
外の世界って本当に楽しい事がいっぱい。と、飛び跳ねた。
「……ノワが、今日来てくれてすごく驚いた。偶然だよね? 言ってなかったし」
偶然ですよとノワが頷く。
「今日は、笑えてたかな……始めは難しいとおもったけど、重要なんだろ?」
「はい。すごく、素敵な笑顔でしたよ」
皆から褒められていたと伝えると、雪都はいつもの無表情で、考え込む様に俯いた。
支度を終えた鞍馬がオーナーに声を掛けると、先に挨拶を済ませていたメグと擦れ違った。
今日はとても助かったとにこやかに告げる彼女の背後、店員が慌てる声を立てた。
「どうされました?」
尋ねると、洗剤が無くなって、買い置きも無いらしい。
売っているのはそれ程遠い店でも無い。買ってくると鞍馬が請け負うと、メグも同行を申し出た。
冷えるねと上着を掻き合わせる様に最後の買い出しから帰りながら、鞍馬はメグの様子を覗う。
「初めての依頼は、どうだったかな?」
「はい……えっと、あの、あの……」
言葉にならない様子で惑う姿は微笑ましいが、最後まで同行し、軽いとは言えない包みを抱えて歩いている様子は、出会ったばかりの頃より少し頼もしくも見える。
相変わらず、メグの頭の後ろにふわふわと揺れている彼女の友人も、きっとそんな気分なのだろう。
弦に踊る弓が奏でる音色は深く、艶やかな旋律は恋人達の心を浮かれさせる。
巽 宗一郎(ka3853)と深那・E=ヘクセ(ka6006)も例外では無く、指を絡めて触れ合わせる掌の熱に鼓動を高鳴らせている。
深那の頬は刷いた紅よりも鮮やかに染まり、巽も穏やかに目を細め、口角を上げる。
「気に入ったの?」
手を繋いだままで店内を見回す深那に尋ねると、青い瞳を瞬かせて頷いた。柔らかな桃色の髪がふわりと揺れて甘い香が擽る。
「よかった。ミーナが少しでも元気を出してくれたらと思っていたよ。それに、デートも久しぶりだからね」
通されたテーブルへ。深那の椅子を引きながら耳許で囁くと、座る所作を止めて巽を振り返り、嬉しそうに頷いた。
注文したケーキセットが運ばれ、2人の間に色取り取りの小さなケーキが盛られた皿と、それぞれのカップが置かれる。
「……どれにしようかな……これ、いただきますっ」
目移りする小さなケーキを見詰め、彷徨うフォークを定めると桃色のムースに刺した。
背伸びをした口紅は艶やかな紅、濡れた様に光を映すその唇には、小さなムースも少しばかり大きすぎて、飾った白いクリームが端に残った。
ぱくりとムースを食んで、甘酸っぱい香りと蕩ける様に崩れていく柔らかな食感に頬を綻ばせる深那は、そのクリームに気付かず、美味しいと幸せそうな笑顔を巽に向けた。
「付いてるよ、……ここ、っ」
「……はむっ」
クリームを掬い取った巽の指を柔らかな唇が捕まえ、不意の温かさに驚く巽の声を構わず、舌先が指を擽りながらクリームを攫う。
「んぅー……あまーぃ、おぃひぃ……」
甘いのはクリームか、或いは恋人か。ちろと舌の覗く小さな口を開けて瞼を伏せ、次はタルトが食べたいとねだる。
「しょうがないなぁ……はい、あーん」
崩さぬ様にタルトの縁を持って深那の口許へ運ぶ。雛鳥の様に無防備に受け取る愛らしい仕草を微笑ましく見詰めながら、次はどれが良いかなと、と恋人を甘やかす優しいテナーで囁いた。
●
店の外にもチェロの音は微かに零れていた。その音に惹かれる様に通り掛かったノワ(ka3572)が入り口の前に足を止めた。可愛い雰囲気の店の入り口に置かれたウェルカムボードを見る。どうやら限定メニューが有るらしいと期待しながらドアノブに手を掛けた。
「――いらっしゃいませ」
ベルの音に応えたのは、揃いのエプロンにキーホルダーを飾った青年。彼を見上げたノワの目がぱちくりと瞬いた。
「雪都さん!」
「え……ノワ?」
思わぬ偶然に雪都(ka6604)も目を瞠って戸惑っている。
改めて、いらっしゃいと尋ねる様に声を掛け、空席へ案内しながらも覚えたはずの所作が落ち付かない。
「……こちらが本日の特別メニューです」
「わあー……ど、れ、に、し、よ、う、か、なー……と」
描かれたケーキに目移りする。
瑞々しいベリーはロードナイト、ガトーショコラはブラックスピネル。白いケーキに添えられた、レッドジャスパーの赤褐色を思わせるミルクチョコレートが甘そうなトリュフ。
「あ、せっかくですから、お勧めを聞いても良いですか?」
きらきらと瞳を輝かせてメニューを見詰め、迷った指を思い付いたとばかりに立てる。
お勧めと思わず聞き返した雪都は、ノワの傍らに屈んでメニューを覗き込む。
「お勧めか……ケーキセットは色々食べられるけど小さいのを1個ずつだからな。友達同士とかのお客さんにはもう少し大きいケーキの方が人気かな?」
こういうの、とメニューを捲り、並ぶイラストを示しながら、今日だけのものや、日頃から人気のものを指していく。
「洋酒の香りが苦手じゃ無ければ、チョコケーキはしっとりしてて気に入ると思う。あと、苺のショートケーキはクリームがふわふわで美味しかったよ」」
試食したケーキを思い出して話すと、自然と頬が緩む。雪都の微笑にノワも嬉しそうににっこりと目を細めた。
しかし、迷うばかりの注文は決まらない。仕方ありません、と頷いて、雪都にメニューを示す。
「ここから、……ここまで。全部下さい!」
指を滑らせる見開きに並ぶのケーキに思わず聞き返す雪都に頷いて、メニューを置いた。
伝票に移したそれをキッチンへ伝え、追加のオーダーに呼ばれたテーブルへ向かう。
慌ただしく行き交う店員が、ノワの席へケーキを届けるのを横目に仕事を続けながら、待ち合わせでも無かったのだろうかと、1人で店を訪れた友人を気掛かりに思う。
暫く経って、美味しい、と嬉しそうな明るい声が聞こえる。存外楽しんでいるらしいその声にほっと息を吐いた。
睦まじい恋人達のテーブルへケーキのプレートを置く。
ケーキにはしゃぐ声や、嬉しそうな礼の言葉を聞くと幸せを分けてもらった様だと鞍馬 真(ka5819)は莞爾と目を細めた。
トレイに乗せて運ぶポットサービスのフレーバーティーは、席でカップに注ぐ瞬間にふわりと爽やかな香りを広げ、艶やかな音色の流れる空気に溶けていく。
手際よく注いで静かにキッチンへ下がり、次の注文までは片付けを手伝っていた。
見回す店内に空席は無く、忙しいはずだと密やかに溜息を零し、トレイに満載の皿を下げに来たメグに、労いの声を掛ける。
「……思っていたよりも忙しいな、疲れてないか?」
客の前で微笑みながらしゃんと伸ばした背に少し肩が凝っていると竦ませて笑い、受け取った皿をシンクへ置いた。きみは慣れない仕事だろうと尋ねると、メグは頷いて影を落とす。
失敗したらしいと察すると、濡れた手を拭って肩にぽんと手を掛けた。
「大丈夫だ、私や皆もいる。落ち付いて、練習したことを思い出すんだ」
そうしたら、きっと出来るから。私も感情を出すのは不得手だから、笑顔は意識しているんだと、目線を合わせて笑って見せた。
「――きみも、お疲れ様。雪都君」
キッチンへ顔を見せた雪都に声を掛ける。後ろ手に戸を閉めながら、自身の頬をさする。
「はい……鞍馬も」
笑っていた頬が引き攣っている様だと表情の淡い顔で眉を下げた。
お友達が来ていたのかと鞍馬が客席を示すと、頬を解しながら頷いて、ここへ来る切欠だと答えた。
「笑顔は大切だと語ってくれた人、かな」
手伝いますと、シンクの洗い物に手を伸ばし淡々と進めていく。
素敵な友人だと洗い終えた皿を拭って重ね、次のケーキを乗せに運びながら、肩越しに振り向いた鞍馬が、雪都の背に向かって言う。
雪都は濯いでいた皿に水が溜まり溢れるまで手を止め、そっと首を縦に揺らす。
柔らかなブラウンの髪が、本当に、と自身に言い聞かせる様に呟いて、くしゃりと綻ぶ頬を擽った。
●
深那はしゅんと項垂れている。向かいの席に掛ける巽をちらちらと覗う瞳が潤む。
「うぅ、マヤ姉のあほー……もうちょっと優しく教えてくれてもいいじゃんさっ」
ケーキを食べながら、他愛ない話がふと、深那と巽の日常に触れると、姉ほど器用に仕事を熟せない悔しさに、つい当たる様な言葉が深那の唇から零れる。
甘える様に巽を見詰めると、巽は深那の柔らかな頬を擽りながら、優しげに微笑んで話を聞く。
「……うぅ、分かってる……分かってるけどさぁ……でもぉ」
巽に言われるまでも無く、姉の態度が深那を思ってのことだとは気付いている。
でも、怒られ続ければ落ち込むのだと潤む目が巽を見詰めた。
「そーちゃん……膝の上乗せて?」
「いいよ、おいで」
椅子を軽く下げて、深那の腰に腕を伸ばす。柔らかな身体を膝の上に横座りに抱き上げて、胸板に細い肩を凭れさせる。大人しく身を委ねてくる髪を撫でてあやしながら、甘やかす様に呼び掛ける。
「ミーナ……マヤが僕と二人でいる時にミーナの事を心配してたりするからさ」
ほんと、と深那の目が瞠って、巽を見詰めた。
「うん。……だから解ってあげてよ」
深那は少し唇を尖らせ、諭されても良いけれど、頑張るからご褒美も欲しいと甘える。頬を擦り寄せて最後のケーキをねだって目を閉じた。
甘やかしていると深那の力が抜けてすうと、静かな呼吸が聞こえた。すーすーと態とらしいそれに、寝ても良いよと顔を近付けた巽の頬に、薄く口紅の色が移る。
「ふっふっふ、だーまさーれたー」
「ああ。騙されたよ。……元気になってくれてよかった」
いつも通りの悪戯にほっとして、勝ち誇った様に笑いながら、頬を真っ赤にする愛らしい恋人を見詰めた。
来た時と同じように手を繋ぐ帰り道は、少しゆっくりと歩きながら。
深那は手荷物にチョコレートを探り、
「あっ」
中空を指して、巽が目が逸れるとそれを一粒咥えて差し出す。
何も無いよと首を振って深那に視線を戻した巽は、小さなチョコレートを咥え、首を傾げて瞼を伏せる深那の頤に指を掛け、覆い被さる様に唇を重ねて融けかけるそれを受け取った。
「はっぴーばれんたいんっ」
「――好きだよ、深那」
甘い香を纏い告げられた言葉に答えて、巽は腕を深那の背に回して抱き寄せた。
●
演奏が終わり鎮まる店内は差していた西日も次第に陰り、昼下がりに比べると客も減っている。
テーブルの片付けや会計に動き回る雪都や鞍馬を眺め、随分長居をしてしまったと、ノワが窓に映った追加のケーキを見詰めて思う。
「こんな時間まで、今日はカップルさんばかりでしたね……」
そういえば、ウェルカムボードにも恋人の日とありました。思い出してくすりと笑うと、煎れ直されて温かなカップを指で包む様に、紅茶とオレンジのフレーバーを味わった。
鞍馬はキッチンの片付けに、雪都は空いたテーブルの片付けと、追加のオーダーに奔走している。
ぎこちなくレジスターに打ち込んで、何度も間違えていたメグの指も、随分と慣れた様に淀みなく動いて並んだ客の会計を済ませている。
閉店が近いのだろう。これを食べたら、次の追加は止めましょう、と、チーズケーキの最後の一口をぱくりと頬張ってフォークを置いた。
満足げに息を吐いて、レジが空くのを待っていると皿を下げに来た雪都が、紅茶のお代わりはと尋ねた。
「もうお腹いっぱいです」
「そっか。ノワ、たくさん食べるんだな。驚いた」
そうですか、と首を傾げるが、どれも美味しくて、ついつい進んでしまったのだと、メニューを見詰める。
テーブルに近付いて来た鞍馬が、ノワに軽く会釈をして、雪都を手招く。
閉店も近く、残りの片付けはいつもの店員で足りるから、ハンター達は先に解散して良いとの連絡を伝え、トレーを受け取る。スタッフルームが空いている内にと促された。
振り返る様に雪都を見送りながら、鞍馬は帰り支度を始めたノワに声を掛ける。
「ありがとうございました。――色んなケーキを食べて頂けたとオーナーも喜んでおりました。それから……」
オーナーからの言伝と、雪都君のことも。
彼が頑張る姿には助けられたから。
「私も笑顔は得意な方では無くて。……今日は、あんな空気だったから、自然と笑顔になれた様に思うけれど。雪都君もとても頑張っていたし、ここの店員さん達も素敵だと言っているのを聞いたから」
笑顔だっただろ、と尋ねると、ノワが満面の笑みで頷く。
「はいっ!――褒めて貰えたって、雪都さんに伝えますね」
それは、きっと、照れてしまうだろうなと。想像に首を竦める。
ノワの長い会計に指が止まり掛けるメグを鞍馬が励まし、どうにか会計を終えた頃にエプロンを脱いで着替えを終えた雪都がスタッフルームを出てきた。
最後の釦を押して終えたメグを労って、交代で着替えへと促し、雪都とノワを見送る。
美味しかったですよと去り際の楽しそうな声が聞こえる。
「――そんなに意外ですか?」
「……こういう雰囲気の店に入る事に抵抗はないのかと思った。1人だっただろ?」
確かに恋人ばかりだったけれど。ノワは暫く歩いた店からの道を振り返る。まだ明るい店の光りが零れ、優しい雰囲気を醸している。
腕を組んで通り過ぎる恋人達の姿を微笑ましく眺め、ノワは小さな溜息を吐く。
「こういうの初めてなんです」
楽しげに弾んだ、少し寂しそうな声。
「私、雪都さんに出会う少し前まで研究所から出る事も出来なかったので」
腕を広げ、空を仰ぐ。きんと冷え切った空気を吸い込み暮れていく冬の空に星を見上げる。あの眩い星は何の石だろう。
外の世界って本当に楽しい事がいっぱい。と、飛び跳ねた。
「……ノワが、今日来てくれてすごく驚いた。偶然だよね? 言ってなかったし」
偶然ですよとノワが頷く。
「今日は、笑えてたかな……始めは難しいとおもったけど、重要なんだろ?」
「はい。すごく、素敵な笑顔でしたよ」
皆から褒められていたと伝えると、雪都はいつもの無表情で、考え込む様に俯いた。
支度を終えた鞍馬がオーナーに声を掛けると、先に挨拶を済ませていたメグと擦れ違った。
今日はとても助かったとにこやかに告げる彼女の背後、店員が慌てる声を立てた。
「どうされました?」
尋ねると、洗剤が無くなって、買い置きも無いらしい。
売っているのはそれ程遠い店でも無い。買ってくると鞍馬が請け負うと、メグも同行を申し出た。
冷えるねと上着を掻き合わせる様に最後の買い出しから帰りながら、鞍馬はメグの様子を覗う。
「初めての依頼は、どうだったかな?」
「はい……えっと、あの、あの……」
言葉にならない様子で惑う姿は微笑ましいが、最後まで同行し、軽いとは言えない包みを抱えて歩いている様子は、出会ったばかりの頃より少し頼もしくも見える。
相変わらず、メグの頭の後ろにふわふわと揺れている彼女の友人も、きっとそんな気分なのだろう。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/02/14 04:35:59 |