• 黒祀

【黒祀】満ちる月、静かの海に青炎は燃え

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/10/15 22:00
完成日
2014/10/28 01:59

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●月と太陽

 夜闇が包む草原に、少女が二人居た。彼方を眺めながら、片割れが口を開く。

「楽しみだね!」
「いえ、とても不愉快だわ」
「……なんで?」
「フラベル。貴女が愉しそうだからよ」
「にひっ! クラベル、それ、ほんとにっ?」
「嘘よ」
 少女達の姿は、鏡写しのように似ていた。ただ、その声色だけが大きく異なる。夫々に沈まぬ太陽と、光を返さぬ新月を想起させる声音。
「面倒くさい仕事だなと思っただけ」
「そうかな。大事なことだよ?」
「どうでもいいことだわ」
 クラベルと呼ばれた少女は憂鬱な息を吐き、言う。
「誰も彼も皆、勝手に踊り狂っていればいい。貴女も」
「にひっ」
 フラベルと呼ばれた少女は晴れやかに笑い、言う。
「うん、踊ってくるねっ! 一杯一杯殺して、褒めてもらうんだぁ」
「静かに」
「にひ……っ」
 クラベルは再び深い息を吐き、クラベルは息を殺して快活に笑う。
 二人の吐息は王国の大地を穢すように、足元に落ちた。

●満ちゆく月と太陽と星

 多数の騎士達が目紛しく出入りするグラズヘイム王国騎士団本部を慌ただしく駆ける新人騎士が一人。目的の部屋の前で立ち止まると深呼吸をして扉を叩く。
「エリオット様! ダンテ副団長、並びにゲオルギウス副団長が……」
 瞬間、新人騎士の体が大きく傾いた。
「んなこと悠長にやってる場合じゃねえだろ」
 騎士の体を横へ押しやった男は王国騎士団副団長の一人、ダンテ・バルカザール。
「エリオット、状況は」
 ダンテの後方からやってきた男は、新人騎士にもダンテにも目をくれず、さっさと騎士団長室へと足を踏み入れソファに腰を駆ける。その男──老紳士とでも評すれば適切だろうか──は、もう一人の王国騎士団副団長、ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルト。
 3人の男達は、嵐のように物々しい空気を纏わせながら、騎士団長室へと消えて行った。

「今日に入ってからの事だ。突如として“かつて無いほど多数の歪虚が、西部を中心に国内の至る所で出現した”。現在、歪虚の強襲が国内各地に同時多発している」
 明白な違和感にダンテは眉を上げ、ゲオルギウスは視線を上げた。しかし、それに気付きながら王国騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は報告を継続する。
「多数の強襲に対し、各事案へ王国騎士を派遣。並びに聖堂教会側にも協力を要請し、戦士団戦力も動員に至った。だが……」
「一つ潰せば別の場所でまた爆ぜる。いつどこで歪虚の急襲が起こるわからねぇ以上、戦力を残しとく必要がある。それに、そもそも王都を開けるこたぁ出来ねぇワケだ」
「……その通りだ」
「先程ロビーで相当数の騎士を纏めて転移門送りにしていたようだが……“あれ”は何だ」
「ハルトフォートに鉱石を供給していたマテリアル鉱石の採掘場も同様に強襲されている。出現した羊型歪虚、その数100近いと聞いている」
「100だと?」
「其方はラーズスヴァンに指揮を任せたが、待機戦力だったハンター達を送りこんだと報せがあった。こちらから送った騎士は、ハルトフォートそのものが襲撃された時の備えになる。できればそれで抑えられると良いが……正直、追加戦力にアテはない。現状、俺に届いた報告のうち取り分け厄介な案件は以上だ。他は同時多発という点が問題だが、概ね騎士団、戦士団の面々が対処にあたっている。手が足りないところはハンター達も動いているから、直に鎮静化すると思われる」
 小さな沈黙が降りた。エリオットは小さく息をつき、対するダンテは活き活きとした表情を隠そうともしない。だが……
「報告は以上か?」
 ゲオルギウスが、鋭い視線を送った。当の騎士団長は、その問いに少なからぬ迷いを見せる。
「ならば、質疑応答に移ろう。エリオット、お前は一点だけ不適切な報告をした」
 いつもなら茶々を入れるダンテだが、今回ばかりは思うところがあったのだろう。男の赤い瞳はスッと細められ、エリオットの出方を伺う様子に変わる。
「“かつて無いほど多数の歪虚が、西部を中心に国内の至る所で出現した”? いいや、違う。お前は既に思い至っている」
 青年の青く澄んだ瞳が見開かれる。
「半人半羊型歪虚の姿。数多の強襲。そして、王国各地に撒かれた戦の種……」
 眉根を寄せ、視線を落とす歳若い騎士団長を宥めるようにゲオルギウスは言う。
「無論、これは予測だ。過去の実績・実例を元に、正しく未来を導くための知恵。もう一度言うぞ。不適切な個所を訂正し、改めて正しい報告と今後の対策を述べてみよ」
 ──だが、まさにその時だった。



● 角笛鳴りて、御使い来る。捧げよ、神の子羊を。



「デュニクスから通達! 駐留騎士より、現場は壊滅寸前とのことです!」
 先程ダンテに追い返された新人騎士が顔面蒼白のまま隊長格に速報を申し伝える。
「……おいおい、今あそこに居んのは相当優秀なはずだぞ」
 些か信じられないと言った表情で、ダンテがソファから身を乗り出す。
「敵戦力は」
 冷静に返すのはゲオルギウス。
「例の羊人型が多数と……体長5~6m、腹部が大きく張り出した巨体を持つ羊人型歪虚が1体」
 瞬間、明白に場の空気が凍りつき、同時にエリオットが立ち上がった。
「その巨体歪虚が突出した強さらしく、多くの騎士がそいつにやられたそうで……」
 続けられる報告を耳に入れつつも身支度を始める騎士団長に、新人騎士が怪訝な表情を浮かべる。
「エリオット」
 窘めるゲオルギウスの声に、いよいよ堪らなくなったエリオットは心の臓から気持ちを絞り出すように訴えた。
「“かつて無い”? そうだ、不適切だ。そんな訳がない。“俺達”は“もう知っている”はずだ。5年前のあの日、あの時、あの戦争の有り様を……!」
 血が滲みそうなほどに強く握り締めた拳で、エリオットは机を荒々しく叩く。明らかに冷静ではない。感情を露わにする騎士団長の姿など“かつて見たことが無い”新人騎士は、気押されるように後ずさる。
「行かせてください。“ヤツ”は、亡き主君の為にも決して生かしてはおけない! 必ずこの手で仕留めなければ、俺は……生きている意味がない!」
 刹那、乾いた音が騎士団長室に響く。エリオットがダンテに頬を張られたと気付くまで、多少の時間を要していた。
「目ぇ、覚めたか」
 静寂が辺りを包み、ややあってじわりと時間が流れ出す。
「……行くなら行きゃいい。王都の護衛と、多発する事件のこたぁ俺か爺さんで当たるさ」
 ダンテは改めて、どかっとソファに腰をかけると、頭の後ろで手を組み視線だけを青年に寄こす。
「たまには留守番も悪くねぇ。……だろ、爺さん?」
「貴重な戦力を此処で腐らせても何一つ利は無いな。だが……私は、冷静さを欠いた人間をここから出すほど冷酷でもない。意味は、解るか」
 俯き、息をつく。満ちる想いは複雑に過ぎた。だが……
 再び顔を上げた青年の目には、確かな決心と、静かに燃える青い炎が宿っていた。

リプレイ本文

 英語の“狂気(Lunacy)”は、ラテン語の“月(Luna)”が語源となっている。
 月が人間に影響を及ぼす──という考えは、洋の東西を問わず昔から存在するが、一切の科学的証拠はない。



 デュニクスに足を踏み入れた途端、押し寄せてくる圧倒的な死の匂い。
 ハンターらは、そこが“この世とあの世の狭間”であると気付いた。
「ひでぇ有様だな」
 至る所で崩壊した建物。生命の気配は希薄で、漂う生臭さが感覚を麻痺させる。クリスタ・K・シュテルベルン(ka0289)が、思わず短い嘆きを漏らした。
「以前も襲撃されたと聞きますが……何か規則性や理由が有るのでしょうか」
 静架(ka0387)が振り返る。
 見上げた先に居た男──王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインは、淡々と見解を述べた。
「この街が、王国の要“ハルトフォート”に最も近い街だからだろう」
「エリオット騎士団長、他に何か情報はないのかしら?」
 坂斎 しずる(ka2868)の率直な問い。真意を察しながらも、男は気付かぬ素振りで応える。
「情報は、既に共有した通りだ」
「貴方、解って言ってるんでしょう?」
 上げた視線がぶつかり合った。どう伝えるべきか、考えあぐねたエリオットが視線を落とす。
「確証のない推察を流布するなど、愚行だ」
「……だからこそ、“それ”を掴みに来たのだろう」
 グライブ・エルケイル(ka1080)が、責めるでも、返事を求めるでもなく、そう言った。それを否定する気配がない所を見ると、グライブの指摘は適切なのだろう。
「心に怒りの炎を灯せども、思考の芯に氷を抱け……自分はそう叩き込まれました」
 静架は、努めて冷静な騎士団長にこそ僅かな気がかりを感じ、息を吐くように告げる。それを見ていたしずるも、同じ別働隊である静架の心情を察っしたのだろう。僅かに眉を寄せている。
「お互い、命を無駄にしないよう気をつけましょう」
 しずるはそう言い残し、前衛組にしばしの別れを告げた。



 悲鳴が聞こえた。それは、悲鳴というよりもはや絶叫に近かった。
 直ちに声の方角へ駆けだすハンター達。大通りを抜け、辿り着いたのは街の広場。風が一層濃く満ちた死臭を運んでくる。至る所に飛散した黄色やピンクや赤をした体液、脂肪、臓腑……それらの匂いだろう。
 広場の対岸に感じる気配。噴水や青果市の出店の向こうに居たのは、1つの巨体と、1人の騎士──否、たった今、一同の目の前でそれは騎士でも人でもなくなった。
 張り出た腹部を持つ大型の羊人歪虚が、巨体に見合う巨大な槌をナイフでも振り回すような安易さで振りかぶった。横一閃、恐ろしい速度で人の頭を吹き飛ばしたのだから、誰しもが明確に“眼前の死”を理解出来た。
 グライブは、自身の過去と現在の光景とが重なり合う奇妙な感覚に捉えられ、強く否定するように首を振る。今死んだのはエリオットの部下だろう。青年の心境を慮ればどんな言葉をもかけることが憚られ、グライブはただ静かに盾を構えた。
 そこへきて、ユージーン・L・ローランド(ka1810)があることに気付いた。
「標的を確認。……ですが、しずるさんと静架さんの状況は? 誰か通信機器を持っていませんか?」
 だが、応える人物はいない。
 今回の作戦は、猟撃士が大型を挟むよう逆位置に布陣。前衛組と別働し、建物屋上など離れた位置から援護射撃を行う形になる。先の叫び声を聞き、恐らく猟撃士達もこの広場に訪れているはずだ。だが彼女らが果たして本当に準備を完了しているかは定かではない。班を別って行動する作戦では、情報を共有する手段を確保しておくべきだっただろう。
「……ここから、どう動く」
 鋭い気を放つエリオットから、唯一発せられた疑問。それにハンターらはこう答えた。
「別働隊が敵誘引中に正面組は予想進路脇道に隠れて移動します」
「別働隊の攻撃開始までの時間稼ぎって事だが、やっちまうにこしたこたねぇ」
「別働隊が正面組の敵への接近までの時間稼ぎ、だ」
 僅かな沈黙が流れた。別働隊の攻撃開始を待つ他ないが、現場はやや混乱している。ちなみに、現状ルカの提案もあり、広場に出て大型に見つからぬようにと前衛組は広場脇の出店に身を隠している状態だ。
「静架は“前衛組の準備が整ったら攻撃を開始する”と言っていたが、俺達は身を隠している状況だ。しずる達にこちらの準備が整った旨はどう伝える? 狙撃は、いつ始まる予定だ?」
 そんな作戦会議の最中、青年の視線が急に巨体へと移った。大型歪虚が、先程自らが手にかけた“死骸”にゆさゆさと腹を揺らしながら近づいていく。そして……再び“それ”に向けて、槌を振り下ろした。未だ人の形を留めていたはずのそれが、どんどん潰れてゆく。何度も、何度も、何度も、何度も振り下ろされる暴虐。それをただ見ているなんて、できなかった。
 刹那、殺気の塊と化したエリオットが広場中央へ飛び出した。それにより、漸くしずると静架はエリオット──彼らにとっては“前衛組”──が大型へ向かっていることを視認。ならば、準備は整ったということで間違いないだろう。満を持して響く発砲音。残る前衛組も、一挙に広場を駆け始めた。
「仲間の攻撃を通す為に……この一矢で貫かせて頂きますっ」
 静架の放つ矢が、弧を描く様に歪虚の頭上目掛けて落ちる。音もなく、吸い込まれるように突き立つ矢に、不意を打たれた歪虚は大きく体を仰け反らせた。それを、エリオットが捉える。ただの一撃で腹部を切り裂くと、呻きと共に血飛沫が上がる。その際、間近に巨体を見上げたエリオットは、驚いたように大きく目を見開いた。
 そこへ、追いついたルカ(ka0962)、グライブ、クリスタ、ユージーンが各々戦闘態勢に移行。ルカは、握り締めた銃の口を上げる。狙いを定めながら思うのは、少女のすぐ前に居る白銀の鎧を纏う男の事。
 ──あれは、悲しみ? 最初は、母と同じなのではないかと思ったけれど。
「悲しみではないのなら、何に捉えられているのか……私には解りません。でも……」
 願うのは一つ。どうか、彼の一歩の助けになれます様にと、少女はその白い指先で引鉄を引く。だが、敵は銃声の重さに反し平然としており、少女から思わず吐息が漏れる。
 クリスタは様子見、ユージーンはクリスタへプロテクション。こちらの手番はこれで終了──いよいよ低い唸り声が上がり、巨体が槌を振りかぶった。
 数瞬の後、場を支配したのは鮮烈な激突音。
「……俺が引き受ける」
 直上から振り下ろされた槌は、グライブに受け止められた。しかしその一撃はあまりに重く、グライブの足が広場の床石を割ってめり込む。このままでは押し負けると判断し、青年は盾の半球状の表面を利用してなんとか槌を滑らせるように受け流した。
「嗚々々々々々々々々!!」
 上がる咆哮に、大気が震え出す。
「ったく、埒あかねぇってのは勘弁だ」
 途方もない威圧感を振り払うように、クリスタがバックアタックを狙って駆けだし、同時にエリオットが再び攻勢に躍り出た。剣撃に盾を構えて警戒する羊の“無警戒な頭部”を見降ろし、女の唇が弧を描く。
「どんなに上手に隠しても……ここからは全部丸見え、ね」
 しずるの射程ギリギリから射出される弾丸。軌道は大気を裂き、迷いなく側頭部に命中。片角を一本吹っ飛ばした。ぐらつく隙に、前衛が喰らいつく。
「効いて──!」
 ルカの手のひらに集約するマテリアルは輝く光の弾となり、羊の顔面を狙って射出される。それが“物理的な目隠し”になったかは定かではないが、エリオットとクリスタが遂に前後を挟んだ。
「俺が剣を握った以上、半端じゃ済ませねぇぞ」
 既に守りは捨てた。全力で走りこんだ大型の後方。その背はあまりに白く輝き、如何に正面が“人の血や体液で汚れていたか”がよくわかった。目指すは足元。足のひらで大地を捉え、かつてないほど強く踏み込んだ。全身の力を全て載せ、振り抜く斬馬刀の一閃は“斬る”というより“叩きつける”に近い。
 クリスタとエリオットの同時攻撃。その余りの衝撃に大型が吹き飛んだ。だが……少年は手応えを感じるまでに至れなかった。転がった大型の足に刻まれたのは、斬馬刀の“打撃”痕。
「エリオットさん、大丈夫ですか? 敵に何か弱点でもあれば……」
 探るように敵とエリオットとを伺うルカ。しかし、突如返り血に塗れた青年が“声を上げて笑った”。
 それまで余り感情を見せることのなかったエリオットが見せた異様な変化にルカが戸惑い、様子がおかしいと気付いたユージーンがすぐ傍に駆け寄った。
 初級の王国知識で知り得ているのは、5年前に大きな戦いがあったこと。その戦いで王が死んだこと。エリオットがその後騎士団長に就任したこと、などだ。悔やんだり嘆いたり怒りに走るならまだ理解できたのかもしれない。だが、ユージーンには、青年の“笑い”が理解できなかった。
『死人の無念を晴らすためだけに剣を取るのではなく生きている人を護る為に今何を為すべきか考えましょう』
 違う。
『死人はもう救えない……いくら泣いても願っても救えないんです』
 男を見て感じた。必要な言葉はこれではないのだろう、と。
 かけるべき言葉を考えあぐねていたユージーンが目にした男の表情は、明白に“常と異なった”。
 適切な表現があるとすれば、それは“狂気”ではないだろうか。
「……余りに、弱い」
 ユージーンは、青年の瞳が血に濡れたような鮮烈な赤に染まっている事に気付く。
「エリオット、さん。先代の無念を晴らしたいという気持ちは分かりますが、あの方……システィーナ様を、守るためにも御身を大切にして下さい」
 青年が最後に辿り着いた言葉、それはシスティーナの名。だが、相手の反応を伺う前に、異変が起こる。
 僅か数秒で、再び歪虚が立ちあがった羊。それは狙撃の雨の中でも不思議なほどに静かだった。
 そこからは、一瞬の出来事。大型歪虚が深く腰を落としたかと思うと、盾を翳しながら“突進”してきた。
「来るぞ、構えろ!」
 最前衛にグライブが割りこむ。青年から放たれるマテリアルが輝く光に変容。光はやがて格子を描くように絡み合い、瞬く間に透き通る壁を成す。実際問題、“突進”などとは生温い表現にも程がある。街一つ吹き飛ばす竜巻のような猛威を伴い、それはグライブと正面衝突。光の壁がガラスのように割れ砕け、大気に輝き霧散する。それでもなお止まらぬ猛進をカエトラで受けるグライブだが、敵の攻勢は騎虎の勢い。グライブは止め切ることが敵わず、大きく弾き飛ばされた。
 ……今のはマテリアルリンクに救われた。何の加護もなく食らえば、相当に危うい。
 理解していながら、それでも男は立ち上がった。
 自らが攻撃を引き受ける。その強い意思に一切の揺らぎがなかったから。

 突進で位置関係は変化。クリスタを含む前衛組は6mほど距離が開いた歪虚と再び正面から相対せねばならない。
 ルカから紡がれるホーリーライトを合図に、弾かれたように走りこむクリスタ。防性強化をかけるグライブに、ヒールを施すユージーン。対する敵は、再び突進の構えに見える。気を吐く羊が足を踏み出そうとした──その時。
「怨怨怨怨……」
 羊が、縫いつけられたかのように動きを止めた。
 原因は明白。それは羊の足元に突き立つ一本の矢──静架の“威嚇射撃”によるものだった。
「突進も、足を止めてしまえば問題ない……でしょう?」
 静架の呟きは前衛に届くことはないが、彼の行動とその結果は確実に届いていた。“強度の移動不能”──つまり、突進はもう繰り出せない。それを好機とばかりに、一同は怒涛の攻勢に打って出た。
 間髪入れずに放つエリオットの一閃が、盾を持つ腕を跳ね飛ばす。バランスを崩し、怒りに任せて振り回される槌の軌道はあまりに安直で。当然のように見切ったグライブが、槌を盾で受け止めると渾身の力で弾き飛ばした。
 その間隙、ルカが祈りを捧げるように瞳を閉じると、白い光がエリオットの剣を覆ってゆく。
 見守る少女は安心したように息をつき、青年に微笑んだ。
「エリオットさん、お願いします」
 少女が望む景色は、変わらず矢と弾が降り注いでいる。しずると交互に弓を引き続ける静架は、また一撃、矢を放つと深く息を吸い込んだ。
「この戦いの意義を問う、という事はしなくて済みそうですね。それにしても……」
 矢の軌跡は空高く舞い、頂点に到達したかと思えば大地目掛けて急降下を開始。敵の頭頂に突き立ったそれを見届けて、静架は切なげに眉を顰めた。
「ただ“戦火に近い”と言うだけで、この惨状、ですか」
 この国は、この世界は、常に歪虚の狂気と隣り合わせなのだろう。それを思うと苦々しい想いに満たされる。
 他方、しずるの射撃が念押しの威嚇射撃を見舞っていた。苛烈な戦いの終幕が見えつつあるが、国全体を取り巻く闇の気配は消える様子がない。
「帝国に続いて、王国でも大規模な歪虚騒ぎ……か」
 しずるは“騎士団のシンボル”である青年の姿を捉え、唇を引き結ぶ。各国の騎士団も大変ね、と。そう胸の内に零しながら。

 そして漸く、クリスタが再び大型歪虚の後方を捉えた。青年の頭を支配するのは、ただこの一撃の事だけ。踏込む足。圧迫され、他所へ流れ込む血液は全てこの両腕に──
「沈めッ!!」
 筋肉の塊のような太く強大な腕目掛け、振り下ろした斬馬刀が凶悪な手ごたえを持って地にめり込んだ。
 敵に照準を合わせたままでいた静架は、どうやらもう弓を引く必要が無いらしいことに気がつく。エリオットが、クリスタと前後同時攻撃を繰り出していた。その一撃は恐ろしいほど鋭く、腹部を穿ち抜いている。
 ややあって、歪虚はずるりと崩れ落ち、体は大気に溶けるように崩れ去った。



「死骸は……消えましたか」
 見渡した静架がぽつりと呟く。
「特に何か遺した様子もない。俺はすぐ王都に戻ろうと思うが……街に残る小型の掃討が気がかりだ」
「それには俺が出よう。幸い、傷はほぼ癒えた」
 ユージーンに謝意を伝え、復調を確認したグライブがそう述べる。エリオットは彼らに後を託してその場を去ろうとしたのだが、その背をしずるが引き留めた。
「その前に……訊きたいことがあるのだけれど。覚えているかしら」
 女の視線が再び青年に寄せられ、止まる。澄んだ青空のような瞳に、今は一片の曇りもない。
「証拠は未だない。だが、理解はできた」
「一体、どういうことですか?」
 訝しむユージーンに促されるように告げる。
「これは間違いなく“陽動”だ。敵は、この国を掻きまわしたいらしい」
 ぽつりと呟いて、王国騎士団長は足早にデュニクスを去った。
「これが陽動だったなんて……嫌な感じ、です。どうか……」
 暗く雨が降り続けるような日々が終わりますように。ルカは、夕暮れの空に祈った。

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MVP一覧

  • アークシューター
    静架ka0387
  • イージスの光
    グライブ・エルケイルka1080

重体一覧

参加者一覧


  • クリスタ・K・シュテルベルン(ka0289
    エルフ|20才|男性|闘狩人
  • アークシューター
    静架(ka0387
    人間(蒼)|19才|男性|猟撃士

  • ルカ(ka0962
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • イージスの光
    グライブ・エルケイル(ka1080
    人間(紅)|28才|男性|機導師
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • シャープシューター
    坂斎 しずる(ka2868
    人間(蒼)|26才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
グライブ・エルケイル(ka1080
人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2014/10/15 23:25:37
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/11 22:58:27