●来襲
　ふわふわ、もっふり。白い毛を纏った羊は暖かそうで、これから迎える肌寒い時期にぴったり。そのもふもふふわふわの外見は、見る人を癒し柔らかい気分で包み込みそうです。
　それが歪虚でなければ、どんなによかったことか。……と、後に人々はこう言ったのだそうだ。
「やだあ！　お母さん、お母さん！」
「暴れないで！　お母さんもすぐ追いつくから、今は逃げましょう」
　女性は倒れた母親の傍から離れない子供を必死に引っ張って逃げていく。この村に羊の姿をした『なにか』が侵攻してきたのはあまりに唐突で、それがもたらす被害は大きくて。
　二足歩行の羊は魔法の矢だとかその体を利用した突撃で人々を追い回し、時に建物を壊しては中に居る人を押しつぶし。そんな中助けを呼びに走った村人も、途中で襲われたかもしれない。しかし、希望を捨てることは出来ないのだ。

「大丈夫？　一緒に行こうか」
　ある青年は逃げる途中で転んだ少女に手を差し伸べ、肩を貸した。少女は喋れないのか頷くのみだったが、この状況では仕方のないことだ。と青年は納得し、少女の負担にならない程度に歩き出す。
（それにしても、珍しい髪飾りだなあ）
少女の頭には一対、くるんと曲線を描く角のようなものが生えていた。
「とにかく、皆が逃げている方向に行ってみよう」
　青年は少女に話しかけながら、歩き続けていた。逃げ惑う人々はそれぞれ同じ場所に向かっている。どこか羊に誘導されているような気も覚えた。
　しかし……暫く歩いているうちに、青年は違和感を覚える。この少女、失礼だけど人間にしてはずいぶん毛深い。体つきも助け起こしたときと少し変わっているような。そう思い、前を見ていた青年は視線を少女に移す。と
「ひっ……！」
　そこにあったものは少女の顔でなく、襲撃者と同じ羊姿の顔だった。青年が短い悲鳴を漏らすのと同時に、羊は青年の肌に歯を立てる。

「さっき助けを呼びに行った人が居たわ。きっともうすぐくるから……ほら！　来た！」
　泣く子を宥め終わった女性が指差した先には、武器を持った兵士と助けを呼びに行った村人、そして数台の馬車があった。しかし、兵士が住民を乗せる間も羊の襲撃が止むことはない。
「増援はまだか！」
　襲撃に対応する兵士の一人が叫んだ言葉に、誰かもう一人の兵士が返答する
「まだです！　しかし、ハンターがこちらに向かっています！」

●馬車の中
「ここに来るまでに話は聞いていると思いますけど、事態は急を要します。皆さんにやっていただきたいのは住民が避難するまでの足止めや、避難誘導など……でいいんですが」
　雑魔の襲撃に遭っている村に向かう馬車の中で、案内役として派遣された女性は簡潔ではあるが、集まったハンターたちに説明していく。
「きっと追いかけてくるでしょうし……倒せそうなら倒しておいたほうがいいでしょう。ただ敵の情報に不明点が多いです。確実にわかっていることは羊型で、とにかく数が多いとのことだそうです。どうか気をつけてください」
　最後に、と案内役は鞄から一枚の紙を取り出し、見せていく。
「簡易なものですが、これが村の地図です。一枚しかありませんので……大事にしてくださいね」
　言葉が途切れた後、大きく馬車が揺れた。耳を澄ませば羊の鳴き声と人の悲鳴が聞こえるだろう。
　さて、件の村ももう少しだ。

●ハンター、到着
「来たぞ！　ハンターが」
　羊に応戦していた兵士の一人が、着いた馬車を見て叫んだ。
　その言葉通り、ハンターたちは次々と馬車から降り村の土を踏みしめ、それぞれの役割を果たすべく走り出す。
「す、少し戦い難い姿なのです」
　ふわふわの羊の姿を見たカティス・ノート(ka2486)は、躊躇しかけた自分の心を引き締めるべく深呼吸する。
（ここで躊躇ってたら、仲間や村人さんが危険になるのです！）
　気分を落ち着かせたカティスはまず馬車に群がる羊へ魔法を放つ準備に入る。
「……あの調査でもう少し何か掴めていれば、などと言っても詮無き事でしょうね」
　カティスを横目に、村の惨状を見てベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)が呟いた。
「アヴェーヌの家名に賭けてこれ以上の無法は許しませんわ」
　そしてベアトリスは両手に持ったアサルトライフルの銃口を羊型に向け、引き金を引いた。放たれた銃弾は白き毛を潜り抜けて羊の体にめり込み、穴を開けていく。
　ちょうどカティスも準備を終え、魔力で球状に集めた水と、どこからか呼んだ石礫を羊にぶつけていた。馬車周辺の羊は二人の攻撃により確実に数を減らし、人を襲おうにも余裕の出た兵士に止められて先ほどまでのような勢いはない。
「今のうちに馬車へ、なのです！」
　カティスの声を合図に、避難民は我先にと馬車に接近した。しかしこの混乱の中だ、混みあい、思うように進まない。
「子供、お年寄り、女性を優先でー。あ、走らない走らない。早歩きで」
　留内陽平(ka0291)はそんな避難民を誘導し、かつ、変容した羊かどうか確かめるためにも声を上げていく。
「もう大丈夫だからな！」
　陽平はにっこりと笑いかけ、明るく振舞って避難民の気持ちを和ませようとした。これが功を奏したのか、警戒していた一部の人々の緊張も解け、安心したように身を任せている。
「お急ぎの所申し訳ないのですけど、一つ確認させてくださいな」
　ベアトリスも避難民に声を掛けて羊か人か、確認していく。
「あなたは人ですか？　それともあの毛モジャかしら？」
「えっ、人です！　なんでこんなことを？」
「よろしい。乗ってくださいませ、今のはただの確認ですわ」
　ベアトリスは確認がとれた避難民から順に馬車に載せていく。いっぱいになっていく馬車を見ながら、ベアトリスは、トランシーバーを取り出して取り残された村人の救助に、と先に行った仲間に連絡をとった。まだ圏内にいるのだろうか、普通に通じている。
「一応、こちらは順調ですわ」
　たしかに順調だった。しかし、まだ馬車を狙う羊は残っている。
「村人さんには触れさせないのです！」
　転倒した避難民に迫る羊を遮ったカティスが、自らの攻撃をわざと羊にガードさせて、隙を作った。その間に体勢を立て直した避難民は、カティスにお礼を言いながら馬車に向かっていく。

●救助致します
　馬車周りの警護にあたり、避難誘導を行うものもいれば、取り残された村人の救助を行うものもいた。
「羊がたくさん！　ぬぬー、もふもふは退治するっす！」
　馬車を降りてから、村を進む狛(ka2456)が、村に溢れかえる羊の群を見て叫び、覚醒した。狛は青色と赤色の狼を象ったオーラを背負い、仮面の奥の瞳を青と赤の二色に光らせて、白銀の狼を思わせる風貌と化す。
　覚醒により発達した嗅覚と聴覚、そして野生の瞳を使って強化した視覚を使い、狛は逃げ遅れた人々を捜索する。
「だれかー、人間が居たら返事をしてちょうだいー」
　狛と同じ区画をノアール＝プレアール(ka1623)も歩いていた。
　倒壊し瓦礫と化した住居だったものが並ぶ道を行くノアールが呼びかけ、その反応を狛が拾って探し、見つけた避難民は兵士に引き渡す……といった感じでやっている。
　ふと、狛の視界の隅に映った窓に人影が映るのが見えた。耳には物音も聞こえる。隣で襲ってきた羊に雷撃を浴びせているノアールを待たせ、狛は家に乗り込んだ。
「大丈夫っすか？！　助けに来たっすよー！　怪我とかないっすか？」
　開口一番こういった狛の目に飛び込んだのは、羊が人を襲っている最中の様子であった。避難民だろうか、女性が逃げまわり恐怖に耐えている。
「助けてください！」
　女性の懇願を聞いた狛は羊に爪を立てる。何度目かの攻撃の末、消滅した羊を横目に狛は女性に肩を貸して住居を出て行った。
「……ありがとうございます」
　兵士に引き渡される頃には恐怖の源が消えて、平常心を取り戻そうとしていた女性が、狛にお礼の言葉を述べた。

「おいアンタ、名前は？」
　狛とノアールのほか、柊　真司(ka0705)も捜索に当たっていた。対峙するのは帽子を被った子供である。
　万一の場合を想定して声をかけているが、今、逃げ送れた者かと思って声をかけた相手からは返事がない。恐怖心から喋れないかといえば、そうでもない様子だった。
　手に持つアサルトライフルの引き金に指をかけた真司は、もう一度声をかけようと口を開きかける。その時、その子供は姿を変え羊の姿に戻った。
「雑魔だったか。そうと決まれば一気に押し切らせてもらうぜ」
　羊は魔法の矢を生み出し、真司に照準を当てて発射した。次々と繰り出される攻撃を辛くも避けながら真司は羊に向け発砲し、応戦する。
　真司と仲間が交戦しているところを見かけた羊が増援として迫りくるところ、踏込で増援の羊、その背後に接近した月影・志月(ka2786)が次いで繰り出した不意打ち混じりの強打を羊に当てる。
「……大丈夫？」
　消滅する羊から視線をずらし、真司に向かって志月は言う。
「ああ、ありがとうな」
　真司の返答を聞いた志月は、真司の状況を見て別の仲間のフォローに向かっていった。真司は一匹の羊に向かい、改めて攻撃を開始する。突撃してきた羊を避けながら、真司は羊に狙いを定めた。
「悪いが、倒させてもらうぜ」
　……人に化けた羊の相手をする破目になったのは真司だけでなく、クロ・トゥインクル(ka1468)もそうだ。
　ベアトリスからの避難状況報告を受けたクロは、胸を撫で下ろしながら残りの避難民を探しつつ、羊への警戒を行っていたのだが。
「すいません、ちょっとそこの方」
　兜で頭を隠した兵士に念のためと声をかけたところ、どうもアタリ……いや、この状況下ではハズレというかもしれない。
「ぬいぐるみならよかったのに……実に残念です」
　クロの言葉にもだんまりを決め込みながら、正体である羊の姿を現した兵士だったものは、クロの前に立ちふさがる。攻撃手段といえばロッドで殴るか、魔法か。
　そんな時、駆けてきた志月と狛がそれぞれ武器で羊に切りかかり、二人が離れた隙にノアールが機導砲で目標を貫いていった。
「怪我してますね？　治します」
　三人のうち、クロは志月にヒールを使って傷を癒した。残り二人は奇跡的にも無傷のようだ。
「……どうも」
　志月は言葉少なながら、礼を言う。
「だいたい、逃げ遅れてる人は見つけたと思うっす」
「そうねー。あとは……」
　狛とノアールは、村の奥……やたらと目立っている塔に視線を集中させる。
「あの倒れてない塔が気になるのだけれど……人がいるか、羊が居るか……どちらにしろ中身は空っぽにした方が良さそう」
　立つ塔の中は眼鏡のレンズ越しに見てみても、なかなか確認がしにくい。
「あそこだけ無事っていうのも、露骨に怪しいですよね」
　クロもまた、目を細めて塔を眺める。
「狛さん、何か見えますか」
　クロが隣に居た狛に問う。しかし、狛は俯いて首を振った。その時、村の巡回を終えた真司が近づいてくる。
「救助者がいるかもしれねぇ」
　と、言った真司は武器を構えながら塔の中に入っていく。
「ちょっと中に入ってみようかしらー」
　慎重に、真司と同じく武器を構えたノアールが塔に接近する。扉を開け、階段を真司を先頭にした五人が登るところ、ふと上を見上げた狛が短く声を上げて
「矢が飛んで……いや落ちてくるっす！」
　その言葉通り、五人の進路上に矢が降ってくる。
「どうやら上に居るのは雑魔だったみたいだな」
「……人もいるかも」
　真司と志月が溢した言葉を耳にしながら、五人は頂上まで駆け上がる。そこにはくるんとした角を持った少女を盾にするように、羊が立っている。しかし、ここまで戦っていて騙されるハンターではなく、志月に至っては既に攻撃に移っていた。
「さぁ、ここからが正念場ねー」
　ノアールは味方に運動強化をかけ、彼らの能力を上げていく。
「ヒトに化けるなんていい度胸してるじゃないっすか……！」
　狛は地を蹴って爪を光らせる。無駄だと観念した少女は変身を解き、元の羊姿に戻って応戦した。
　狛の爪も一度は羊にガードされ、通らずであったが真司の射撃が羊の体勢を崩し、爪の一撃を可能にした。二人の連携で、片方の羊は消滅する。
「一般兵はここにはいないんですね」
　と、クロが志月にプロテクションをかけながら言った。横ではノアールが持ち替えたステッキから機導砲を発動、一条の光を発射し、また志月は踏込の後の強打。この二つでもう一方の羊に致命傷を与える。
「何かサンプルがとれればと思ったのだけれど、残念ね」
　光が消え、羊の痕跡など見当たらない塔の中でノアールは呟いた。
「よし……戻るか」
　真司が、突入と同じ様に淡々と降りていく。

●合流
「あの塔、雑魔の拠点になっていたのね」
　通信圏内からの仲間からの連絡を受けたベアトリスは驚きつつも、仲間の到着を待つ。
（角があるんはモフモフ、喋らないのもモフモフ……！）
　傍らでは陽平が心に念じつつ、避難民を誘導し続ける。時に角ありに襲いかかられることあれど、その際は木刀で斬り対処してきた。
　馬車の空きがなくなってきた頃、塔攻略を終えた五人が戻ってくる。取り残されている村人の救護も終わっているということを聞いたベアトリスは、馬車が出発していく様を見て、
「殿はわたくしたちが」
　と言い、
「兵士さんも乗ってくださいです」
　とカティスは最後に残すよう言っておいた一台の馬車に仲間と兵士を乗せる。最後にカティス自身も乗って、最後尾を走らせた。村からは馬車を追うようにしてあの白い羊毛が見え隠れするかと思いきや、何事もなく。馬車はただ走っていく。
　その後のことだが、避難民に大きな怪我はなく、避難先で無事に過ごすことが出来たそうだ。もしかしたら、またどこかで彼らに会う日もくるかもしれない。