戻らない夫

マスター:江口梨奈

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~8人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/10/16 19:00
完成日
2014/10/23 20:31

みんなの思い出

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オープニング

 この世界になぜ歪虚が生まれるのかは分からない。
 神が穢れた人間世界を浄化させようとしているのか、精霊が謎の病に蝕まれたのか、人間が世の摂理を自ら乱してしまったのか……。
 ともかく、歪虚はいつ、どうして生まれるのかは分からない。その歪虚にいつ、誰が呑まれるか分からない。ある日突然、何の前触れもなく、平和な街に現れることは決して珍しくないのだ。

 ヘラの夫、ボッドは腕のいい彫金職人だ。自宅の作業場で小さい細工物を作ることもあれば、依頼主の所へ行って大がかりな装飾品を作ることもある。主な仕事はギルドから斡旋されるが、たまに個人から頼まれたりする。今回の仕事も、それだった。
 2つ向こうの街でちょっと遠いが、なかなか割のいい仕事だったので、ボッドは喜んで引き受けることにした。
「S市のミランさんって家だ。家中の家具に飾りを統一して付けたいんだとよ」
「また、遠いところね」
 丸一日歩き通さないと着かないところだ。
「俺の評判がそこまで届いてるって事だ」
「浮かれたこと言ってると、失敗するわよ。もう寒くなってきてるし、気をつけて」
 ボッドは旅支度を調えると、着古した緑のマントを羽織って出立した。
 こうした仕事の時は、何日も戻ってこないのが常なので、何の連絡がなくともヘラは気にしていなかった。けれども、ひと月も戻らないことはこれまで無かったので、いよいよ心配になってきたときだ。
「ヴォイドだ、街道にヴォイドが出やがった!」
 街が大騒ぎになった。
「どんなやつだ? 数は?」
「分かンねぇけど、見たのは1匹だ。形は人間そのもので、でも腕が長くて皮膚が黒くて、緑色のマントを着てたよ」

 ひと月も帰らない夫。
 突然現れた、人の形をしたヴォイド。
 ヴォイドが身につけている、緑色のマント…………!!

 ヘラは、いてもたっても居られなくなった。まさか、夫の身に何かあったのではないだろうか!
 S市の、ミランとかいう家に連絡を取ろうにも、手紙を送ったところで返事に何日かかるだろう?

 ヴォイド退治のハンターが呼び寄せられた。そのハンター達に、ヘラは頼み込んだ。
「あたしも連れて行って下さい! そのヴォイドは、私の夫かもしれないんです!!」 

リプレイ本文

●ヘラ
 足手まといだ。
 天竜寺 舞(ka0377)ははっきりとそう言った。
「たとえ、ヴォイドが旦那さんだったとしても、あたし達のやることは変わらない、それを目の前で見ることになるかもしれないのは分かってるのか?」
「え……」
 ヘラは言葉に詰まった。
「そんな、何か方法が……」
「エクラの光は世界に平等に降り注ぎ、全てを寛容します。ですが、歪虚は違います」
 普段は豪胆なセリス・アルマーズ(ka1079)であるが、今は敬虔なエクラ教修道女としての厳しさを露わにした。
「無害であったとしても、歪虚は存在自体が許されない。そういうものなのです」
「…………」
 ヘラの顔色は真っ青だ。まだ、ヴォイドが夫と決まったわけではない。けれど、もし、万が一そうだったら……その結末は、悲劇にしかならないのだと、ハンター達は断言しているのだ。このまま何もせず村に残り、帰らぬ夫の無事を信じて待ち続ければ、希望を抱いたまま何も見なくて済む。そうやって、自分を騙しつづけることができるだろうか?
「連れて行って下さい、お願いします」
 青い顔ながらも、ヘラは毅然とした口調で、もう一度頼んできた。
 それを見て「連れて行こうぜ」と言ったのは、レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)だった。
「オレは子供だし、夫婦のこととかよく分かんないけど……ヘラさんは、気持ちに決着をつけたいんだよな?」
 ヘラは頷いた。
「僕が直接S市へ行って確認することもできますよ、郵便よりも何日か早く返事ができるかもしれません」
 走り 由良(ka3268)の提案に、今度は首を横に振る。その不明瞭な何日かを心穏やかに待てないから、こうして無茶な頼み事をしているのだ。
「はっきりさせるためにも、連れて行こう。オレは、思いに区切りをつけさせてあげたい、って思うよ」
「反対はしない」
 渋面ながらも、リュー・グランフェスト(ka2419)は賛同する。目の前の女性は少なくとも、こちらの言い分を理性的に受け入れてはいるのだから、馬鹿なことをしでかさないと信じたい。
「私たちのそばを離れず、決して前に出ないと、約束して頂けますか?」
 ミリア・コーネリウス(ka1287)が念を押す。
「俺は別にどっちでもいい、こっちの邪魔をしないならな」
 ティーア・ズィルバーン(ka0122)はそう言ったが、こうも付け加える。
「邪魔するなら、君ごと狩るだけだけどね」
 冗談ではない。その証拠に、ティーアの目は睨め付けられたこちらが凍りそうなほど冷たかった。
「まあ、杞憂であることを祈ろうぜ」
 龍崎・カズマ(ka0178)がそう言ったのをきっかけに、ハンター達はいよいよ立ち上がった。

●街道
 普段は賑やかだろう街道は、この歪虚騒動ですっかり静まりかえっていた。
「誰にも、何も聞けそうにないですね」
 ミリアは溜息をついた。誰でもいいから片端から捕まえて、ヴォイドのこと、S市へ向かった彫金職人のことを聞いてみたかったのに。
「結局分かったのは、一番最初にヴォイドを見かけた人の話だけ、なのよね」
 並んで歩くセリスも、同じように落胆していた。皮膚が黒くて腕が長い、それ以上のことは何も分からない。
「現場までいくつか街があるようだし、そこで何か聞けるかもな」
 街道にひとが出てきていないと言うことは、危険が去るまで街に留まっているのだろう。そうなると、退屈に任せて噂話が飛び交っているかもしれないと、ティーアは考えた。
 けれど、何人かに話を聞いてみたものの、期待したほどの話は聞かれなかった。ヴォイドについては、腕の長さが再確認できたぐらいのことで、中には明らかに尾鰭がついているものもあった。
「直接的な被害は、出てないようだな」
 ひとまず安心か、とリューは呟いた。目撃された数は1体より多いことはなく、遭遇した人も全力で走って逃げ切ることができたようだ。騒ぎが起きてからは無防備な状態で街道に出る者はなく、彼らの備えを越える襲撃はなされなかった。
 ボッドの行方については、全く分からなかった。なにせ、似たような人間は何人も通っているのだ、ただ通り過ぎただけの、何の特徴もないどこにでもいる男を見かけたからといって、覚えている者はいなかった。
「なにもない、か……」
 カズマは複雑な気持ちだった。もしボッドが歪虚と関わったとすれば、いくらか不自然な様子があり、誰か気付いたかもしれない。それが無いということは、希望を持っていいのだろうか?
 「旦那さんは大丈夫」、そう言えればどんなにいいだろう、と舞は考えた。聞き込んだ話に、ヘラにとって不利なものは何もない。今、ここで生気のない顔をしている夫人を元気づけるために言うのは簡単だ、だが、その軽率さの代償を舞が分からないはずはなく、黙っているしかなかった。
(お願い……どうか、違っていてください……)
 由良は初めての仕事に対する不安よりも、ボッドの安否を心配する気持ちの方が勝り、緊張などどこかへ行ってしまっていた。
 反対に、ヘラは徐々に落ち着きを取り戻していた。それは、ずっとレオーネがそばにいて、他愛ない話をしてくれていたからかもしれない。まもなく、ヴォイドが目撃された場所に着くが、ヘラは取り乱すことなく、皆の言いつけ通り大人しく後をついて歩いていた。

●ヴォイド
 最初の目撃地を基点に、ハンター達は周囲の捜索を始めた。整えられた道以外は繁みも多く、隠れられるところだらけだ、注意深く辺りを探っていく。
 と、妙な気配を感じた。
 草木の緑色に紛れて動く、緑色の『何か』。
 人間の形でありながら、目撃者の誰もが歪虚だと判断したのももっともだ。目眩をおこしそうな違和感。明らかな異質なもの。ただ手が長いとか、皮膚が黒いとか、それだけでは説明のつかない、ただただ『異形なもの』という、この世界と相容れない存在。
 ハンター達は固唾を呑み、それに向かってそれぞれの武器を構えた。
「……おい、何をしている?」
 リューはまず、声をかけた。
 雑魔なら、人語なぞ解さないだろう。人語を解するのなら、相手は人間か、もしくはもっと手に負えない強大な歪虚……リューは、反応を待った。
 相手は振り向いた。言葉を理解したか、単に音のした方角を見ただけか。
 長い手を引きずるようにして、のそりのそりと、「それ」は明るい街道へ移動してきた。
「下がってください」
 ミリアがヘラを手で制す。その必要がないほどヘラはまずヴォイドへの恐怖で後ずさっていた。セリスは彼女をかばうように盾を構え、震えるヘラに訊いた。
「このために来たんでしょう? 答えを出して、あれは貴方の旦那なの?」

「違う……違います!!」
 途端に、ヘラはその場にへたり込んだ。
 色が同じだけだ、まったく形の違うマント。
 夫ではない、あの化け物は夫ではなかったのだ!!

「それじゃ、銀獣の狩りを始めるとしますか」
 その言葉通り、ティーアの体は銀色に光り、その光は『黒漆太刀』まで輝かせた。マテリアルの力を借りてスピードを上げたティーアは一番に駆け、まずはヴォイドの左腕を狙った。
『グアッ』
 腕を鞭のようにしならせ、払い落とそうとするも、それよりも早くティーアの刃は腕を削いだ。
「速いね」
 舞はヒュウと口笛を吹いた。ヴォイドの腕も速いが、それをかわすティーアも速い。
「でも、あたしだって負けないよ」
 左腕の損傷に気を取られている好機を逃さず、舞もまた『瞬脚』で間合いに入ると、今度は右腕に狙いを定めた。がっちりと懐に入り込むと、ヴォイドの自慢の長い腕が戻される間もなく、それを『グラディウス』によって肩からばっさりと分断させた。

 カズマはひとり、皆と分かれて、更に広い範囲を見渡せる位置にいた。
「いや、この事態を見世物として娯楽にしているやつがいるかと、ね」
 どうやらそれは、心配のしすぎだったようだ。それが分かるとカズマは何物からも邪魔の入らない場所で悠々と魔導銃を構え、確実に照準をあわせた。
 ヴォイドの黒い皮膚が砕け飛ぶ。
 痛みは無いのか、感じることもできないのか、それでも更に立ち続け向かってくる。
「しつこいんだよ!」
 とどめをさしてやる、とリューは踏み込み、『強打』の一撃を容赦なく叩き込んだ。ヴォイドの体は確実に消滅していく。歪みが清廉なマテリアルによって矯正されていく。
 腕を無くし、足を無くし、胴を無くし、顔を無くし……。
 歪虚は倒れ、元の姿に戻ると、塵のようにさらさらと崩れて消えた。

「やっぱり、人間だったんだ……」
 一瞬見えた元の姿は、人間だった……のだが、人相も何も分からなかった。当然、どこの誰なのかも。身に纏っていたものはマントやその他の一部が辛うじて残ったが、それも襤褸切れのようなものだ。
 レオーネは何とも言えない気持ちだった。これはボッドではなかった、けれどボッドじゃない、誰かだったのだ。
「埋めてあげようか」
 彼もまた、哀れな犠牲者だ。由良はせめてもの弔いにと、ここに簡素ながらも墓を作ってやろうと考えた。場所を移そうと、マントを持ち上げたときだ。
 緑色のマントの隙間から、はらりと何かが落ちた。
「なんだろう?」
 拾い上げると、それは一通の手紙だった。

『J村 ヘラ・オーカー様』

「わ、私宛ですって?」
 目を丸くして、ヘラはそれを受け取った。
「中は、読める?」
「なんとか……」
 かなりボロボロになっているが、いくつかの文字は拾えた。
「えーと、……『仕事……失敗してやり直し……、戻る、遅く、……』……」
 ボッドからのものだった。
 つまり、ボッドはまだS市で仕事を続けている可能性が高くなった。連絡を付けようとしたが、肝心の手紙はこうして届けられずにいたということだ。
 青くなったり泣いたり腰を抜かしたり忙しかったヘラは、最終的に顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
「……だから言ったのに、浮かれたことを言ってると失敗するって!!!」  

 推測するに、このヴォイドは元は、S市に立ち寄った旅人なのだろう。ヘラの住む村方面へ行くと知ったボッドが手紙を預けた。その道中、どうしたわけか彼は歪虚となった。いつ、どこで、なぜそうなったかは分からない。身元については、ハンターズソサエティに報告すればあるいは判明するかもしれない。

●団円
 それから夜通し歩き通して、朝早くにようやっとS市に到着した。ミラン氏の家は途中で尋ねると、すぐに分かった。
 人の家を訪れるには少々早すぎる時間であったが、一刻も早く真実を知りたいとはやるヘラは無礼を承知で扉を叩いた。
 応対した家人にボッドの消息を尋ねると、邸の客間から呑気な顔の男が顔を出してきた。
「あれー、どうした、ヘラ…………うわああああ!!???」
 無精髭で寝癖を付けたまま、欠伸をしながら出てきた夫に対してヘラはとびかかり、ぼろぼろ泣きながらも馬乗りになって拳を叩きつけだした。
「あんたって人は、このバカバカバカバカ!!」
「痛てて、痛て、なんだよいったい??」
 この様子を見てミリアは、隣にいるセリスに尋ねた。
「ねえ、いいんですか? 彼女が暴走しておかしな行動をとろうとしたら、止めると仰っていませんでした?」
 そう言えばそうだった、とセリスは思い出した。
「ま、いいか」
 セリスはもとの、大らかな彼女に戻っていた。  
  さあ、夫婦の喧嘩を見世物として傍観するのも気が引ける。驚くミランに訳を話し、落ち着いた頃にまた迎えに来ると言い残して退散することにした。
 とりあえず由良は、仕事は常に緊張感を持って取り組まねばならぬのだということを、今回の教訓とした。

依頼結果

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • アックスブレード「ツヴァイシュトースツァーン」マイスター
    ティーア・ズィルバーン(ka0122
    人間(蒼)|22才|男性|疾影士
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 英雄譚を終えし者
    ミリア・ラスティソード(ka1287
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 魔導アーマー共同開発者
    レオーネ・インヴェトーレ(ka1441
    人間(紅)|15才|男性|機導師
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 弔いの鐘を鳴らした者
    走り 由良(ka3268
    人間(蒼)|18才|男性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談用の円卓
ミリア・ラスティソード(ka1287
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2014/10/16 18:59:08
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/11 15:41:39