ゲスト
(ka0000)
図書館でバイト
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2017/03/08 22:00
- 完成日
- 2017/03/13 23:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
カチャたちは本日、バイトに勤しんでいた。
場所はフマーレの市営図書館。この度改装するので書籍整理をしたい、とのこと。
館内の蔵書を司書の指導のもと、チェックするのがお仕事。
相当な傷みの見られるものは、廃棄。ただしその際はタイトル、作者、出版元をメモしておく。後で新しいものに買い替えるために。
軽度な傷み(落書き、本の間に挟まった食べかす、小さな破れなど)は修繕処置を施し、そのまま使うとする。
複数冊ある上で極度に貸し出し回数が少ないものについては、一冊を除き倉庫にお蔵入り。後で即売会を行い、希望者に安価で譲る。そういう憂き目を見るのは大抵『一時期すごい勢いで流行ったがすぐブームが終わってしまった』系の中古書。
「懐かしー。この絵本小さいときに見た。まだあったんだ」
「読んでると終わりませんよー」
「もおー、油染みがついてるこのページ。絶対ポテトチップス食べながら読んだのよ」
「あーあーあぺージが外れちゃってるよ。背表紙もガタガタだし……」
「あれ、これ……もしかして乱丁?」
「誰ですか、挿絵で塗り絵をしたのは」
「あ、メモが挟んだままになってる……読んでもいいのかな」
「ねえ、これお蔵入りの方に回すべきかな? 記録見てみたら、この一年3回しか貸し出されてないんだ」
順調に仕事を進める一同。
八橋杏子が段ボール5段重ねをカートに乗せ、通り過ぎる。
彼女は『新しい本』というポップがつけられた棚の前で止まり、腕まくりして箱を開けた。
そこには今期入荷の新刊。
『ナディア・ドラゴネッティの元気が出る一日一語』
『最新ヴォイド図鑑』
『辺境部族における奇習の数々』
『帝国アンダーグラウンド』
『ぴょこのはみがきたいそう』
『人間になりたがっている猫』
『クリムゾンの怪談5――隙間女』etc。
少年少女の間に根強い人気を持ち、親御さんの間から根強い反感を持たれるホラー小説『バレンタイン』シリーズもある。
『血まみれバレンタイン』から始まって、
『火達磨バレンタイン』
『絞殺バレンタイン』
『斬殺バレンタイン』
『爆殺バレンタイン』
『溺殺バレンタイン』
『薬殺バレンタイン』
『秒殺バレンタイン』
『バレンタイン・オブ・エネミー』
『さようならバレンタイン』
『帰ってきたバレンタイン』
『バレンタイン・フォーエバー』
『戻ってきたバレンタイン』
『消失のバレンタイン』
『復活のバレンタイン』
『増殖のバレンタイン』
『崖の上のバレンタイン』
『明日に向かってバレンタイン』
『バレンタインの日常』
『学園バレンタイン』
『トキメキ☆バレンタイン』
『仄暗いバレンタイン』
『偽りのバレンタイン』
『絶望のバレンタイン』
『バレンタイン・ビギニング』
『トラック野郎バレンタイン』
『バレンタインやくざ』
『バレンタインアウトレイジ』
『アイアムバレンタイン』
『ユーアーバレンタイン』
『ウィーアーバレンタイン』
最新刊『バレンタイン・ジ・オリジン』まで全巻コンプリート。
ここの図書館司書の中には、熱烈なファンがいるらしい。
杏子はその背表紙を眺め、呟いた。
「……いつまで続ける気なのかしらね、このシリーズ……」
何を隠そうこのシリーズの挿絵を描いているのは、彼女である。
リプレイ本文
●整理
床一面に敷き詰められた新聞紙。大中小入り交じる本の山。その中に見えかくれする職員、及びバイトたちは忙しく手と目を動かしている。
マルカ・アニチキン(ka2542)は、『中等算術の手引き』に書き込まれた数式を、ごしごし消しゴムで消している。
これを書いた人間、勉強していた痕跡だから単なる落書きより罪が軽いと思っているのかも知れないが、駄目なものは駄目である。図書館の本は公共の財産。断じて私物ではない。
「ちゃんと本屋さんで、参考書を買ってくださるといいんですけどねえ……」
零しながら羽帚で消しカスを払い、閉じ、傍らに積む。次の本を手に取る。
「あら、これは『はじめてのまほう』……昔読んだことがありますねえ」
懐かしさに浸りページを捲るマルカの澄み切っていた瞳が直後、ドブ川のように濁る。
レオナ(ka6158)がその異変に気づき、そっと手元をのぞき込む。
……コーヒーの染みがページの一面にべったりついている。
かような有り様を目にしてはレオナも、憤慨せずにいられない。
「本は大切に扱ってほしいですよね。ましてや図書館のものは皆のものですのに。落書きや食べかすなんて、もう直ぐに買い替えられれば良いけど、本って一定期間販売したら余程でない限り、出回らなくなってしまいますし、手に入らない貴重な物もありますのに」
近くでより分けをしていたメイム(ka2290)がその声を聞き、寄ってくる。
マルカの手にした本を借り受け、汚損の程度を確認。
「まあ待って。これ、取れるかもしれないよ」
●整頓
「……なるほどー、これは面白そうですねー。後でちゃんと読んでみましょー」
小宮・千秋(ka6272)は『バレンタインアウトレイジ』の触りだけ読んで本を閉じ、トリプルJ(ka6653)との整理整頓作業に戻る。
「こちらは問題なしーこれとこれもーこれは表紙に汚れがあってー。あーこれはところどころ端が折れていますねー。恐らく栞代わりとして折ったのでしょー」
「あ、それ一応こっちな。端がもげそうになってるから紙貼って補強しねえと」
「この料理本、焦げあとだらけなのでーす」
「うわー、ひでえな……そりゃ廃棄するしかねえぞ」
「ではわたくしが持って帰りまーす。メイド業に役立ちそうなのでー」
Jは手袋をつけた手で誰より早くページを繰っていく。傷みを確認するためには中を見なければならない。中を見るとなれば、自然読んでしまうのが人の性。まして彼は、速読が出来る。
この図書館リアルブルーの影響を受けているとおぼしき書籍が、結構豊富。
ミステリー風味の物を見つけるたび、どうしても手が止まる。
「『容疑者XXXの献身と悲劇』――いいねいいね、なんかそれっぽいぜ」
自分でも買いたいと思うようなものについては、漏れ無く『購入』メモに詳細を書き入れ。『傷み大』『即売会』の分についても、それぞれの別のメモ帳に書き記す。
央崎 遥華(ka5644)も手袋をはめ作業。口元を布で覆い、埃に備えている。
彼女はただ今、だぶついた即売会行き書籍をチェック中。
「『金持ちドワーフ貧乏ドワーフ』……あー、だいぶ前流行りましたねこれー……内容は忘れましたけど」
などと言いながら本を積み上げていた最中、ふと新刊棚に目をやると、気になるタイトルが。
『ナディア・ドラゴネッティの元気が出る一日一語』
何の気なく手に取りめくってみれば、バットを構えたハンターズソサエティ総長のカラー写真。
そこに書き込まれた『今日の一語』のインパクトがあまりにも強かったので、つい音読してしまう。
「燃えよ闘魂! さよなら憂鬱! 青空へ、社会の屑をぶっとばせ!」
Jがその声にびっくりし、思わず本を取り落とす。
(な、何だ今の……)
●珍書発見
クリムゾンにおける踊りの本などあればと思いながら書籍チェックをしていた天竜寺 舞(ka0377)は、傷み激しい一冊の本を目にしたところで、ピタッと手を止めた。
「……『くっ殺小話集』?」
見間違いかと目を揉んで再度タイトルを確認。
確実に見間違いではない。
(……確かにオークが存在する世界だけどこっちでもまさかそんなネタが……まっさかー)
ハハハと半笑いし中を開いた舞は、その表情のまま固まった。
(……こっ……これで成人指定じゃない!? マジ!?)
そこから貪るように読み耽る。司書に注意されるまで。
「舞さん、手が止まってますよ」
「あ、はい、すいませんっ」
慌てて本を閉じたついでに、聞く。
「あの、これ成人指定じゃなくていいわけ?」
「え?……やだっ、年齢制限指定のシールが剥がれてるじゃないのこれ!」
リナリス・リーカノア(ka5126)は、せっせと分類作業に勤しむ。
舞のいる方向から聞こえてきた『年齢制限指定』という心動かされるワードも、本日は流す。カチャの側から離れたくなかったので。
「……私の顔に何かついてます?」
「ううん。ただ見てるだけだから気にしないで♪」
「はあ……ところでさっきから何をしてるんですか? そこに積まれてるの、廃棄行きの本ですよね?」
「マニア視点から見た稀覯本の類が廃棄されない様に、蔵書リストと照らし合わせ抜き出し――ほら見つけた! この小説の初版はボロボロでも捨てちゃ駄目! 第二版から、一部削除されちゃってるんだ。古書界では、高値がつくんだよー」
「詳しいですねー」
感心しながらカチャは、リナリスの手元にある本のタイトルを読んだ。
『背徳の書』
「第二版からはねー、「幼い少女の青い肢体」を賛美する10ページに亘る描写が削除されてるんだ」
こんなもの図書館に置いていいんだろうかと訝りつつ作業に戻るカチャ。
ほどなくして、また妙な本が出てきた。2冊とも立派な装丁の箱に入っている。年齢制限シールつき。
『拷問・理論と実践』
『図説・愛しい娘の躾け方』
「あっ、これうちのママが書いた本だよ。数年前に自費出版したの♪ あたしもモデルやって協力したんだ♪ ほら♪」
嬉々としてリナリスが見せてくる図説には、三角木馬だの逆さ吊りだの舌抜きだのを受ける少女の挿絵がてんこもり。
「……リナリスさん、親子関係うまくいってます?」
「うん、うまくいってるよ♪ カチャとカチャのお母様程度にはうまくいってるから心配しないで♪」
「そう言われると、余計気掛かりになってくるんですけど……」
カチャは誰かの手が、ポンと肩に乗ってくるのを感じた。
振り向けば結び切りの水引が施された『寿』の御祝儀袋。それを手にしたマルカ。
「メイムさんから聞きました。カチャさん、リナリスさん。お二人ご婚約されたんですよね? 良かったらこれ、受け取ってくださいっ……!」
「え、ええっ!? あの、お気持ちはうれしいですけど、まだ婚約までいっては「ありがとうメイムさん! 謹んで受け取って、あたしたちの結婚資金にするよー!」
そこにメイムがやってきた。要修理の本を、カートに一杯乗せて。
「カチャさんも一緒にやろう、汚損が広がったら借金増えるよ♪」
「カチャが行くならあたしも行くー。どんなことするの?」
「まずはページについた汚れの除去からだね。脱脂綿で薬液を塗布してー、特にひどい物は丸ごとを薬液に浸して洗浄液で洗って陰干し……だったかな? ま、司書さんや杏子さんに聞いたらいいか」
●お忘れ物
「……『帝国オフィシャルダンス講座』。そうそう、これこれ、こういうのを探してたんだよ。ふむ、先ず腕を高く上げて足を開き……あれ、ここから落丁してる……いいか、飛ばしていこ」
踊り始める舞を司書は見逃さなかった。ハリセンが後頭部に炸裂する。
「仕事してください!」
「すいませんすいません」
平謝りする舞。
そこで千秋が、ブックカバーに包まれた本を持ってくる。
「司書さーん。お忘れものを見つけましたー」
「え? 忘れ物?」
「はいー。念のため中を御確認したのですがー、分類ラベルが貼ってなかったのでー、お忘れ物かとー」
言いながら彼はブックカバーを外す。
その下に出てきたのは『尻叩き物語』なる文字。
司書が激しく狼狽する。
「だだだだ誰! こんなもの持ち込んできたのは!」
舞は感慨を覚える。
およそ人間の求めるところはクリムゾンもリアルブルーもそんなに大差ないな――と。
●修復
汚損作業は杏子と司書の手助けを借り、一通り終了。
メイム、リナリス、カチャは破損本についての根本的な修理に移る。
まず表装と中身の切り離し。背部分の補強もはがし、いったんページをバラバラにする。
もう一度きれいにページを合わせ、クリップと太ゴムで小口を固定。
改めて背部分の糊付けをし、今度は背をクリップと太ゴムで固定。糊の定着のため、万力での圧し作業をする。
続いて小口、天、地の部分をヤスリがけし、その後改めて表紙と中身を貼り合わせ――。
「結構手間がかかるんですね」
「まだまだ。これから乾かすって作業もあるからね。もう一度貸し出せるようになるまでには、時間がかかるよー」
「そうですか。本って大事にしないといけませんねー。ところで買い替えの分は、どうなっているんです?」
「あ、それは舞さんに頼んでおいたよ。リナリスさん、次の回して――あれ、これ、手書き?」
「うん。貸し出し回数無いに等しいんだけど、保管しておいた方がいいと思って。多分この世に一冊しかないから」
「『裏山を開墾していたら、地面から黒い石板が出てきた。石板に書かれている文字はクリムゾンのものではない。リアルブルーの人に聞いても見たことがないという。ならばきっとエバーグリーンのものだ。以上の理由によりエバーグリーンとはおらが村の事だったのは確定的に明らか』……完全なトンデモ本じゃないですかこれ」
「決めつけない方がいいよ、カチャ。もしかしたら真実が含まれてるかもしれないし♪ それはそれとしてメイムさん、この人皮っぽい表紙の本は? 『ルルイエ写本』って書いてある奴」
「あー、それ? 内容は判別できないし修復方法も判らない、廃棄だね♪ だからあたしが持って帰るよ」
作業もたけなわなところに、レオナが入ってきた。
「すいません、お忙しいところ恐縮ですが、これもお願い出来ますか?」
彼女が差し出してきたのは表紙が取れた絵本『もりくまのだいぼうけん』。
「廃棄に回そうかと思ったんですけど、マルカさんが、新しい表紙を描いてくれるそうですので――直してあげてくれませんでしょうか」
●買い出し
舞はリストを片手に町の本屋をあちこち巡り、完全なる『帝国オフィシャルダンス講座』を発見した。
「おお! 成程そう動くのか!」
舞踏の家に生まれた性、本で一杯の籠を持っていることも忘れ、スロー、スロー、クイック……と早速踊り始めてしまう。そして大量の本をぶちまける。
「お客様、店内で暴れないでください!」
「すいませんすいません」
落ちたものをかき集め勘定台に行こうとしたその目に、ふと留まるタイトル。
『くっ殺小話集2』。
「……」
リストには乗っていないが、舞はそれも、こそっと籠に入れこんだ。
●改善のために
マルカは絵筆を置き、自分の書き上げた大型ポスターに頷いた。
【ほんはたいせつにしましょう。ほんはかみからつくられています。ひつじからつくられているほんもありますが、おおむねかみです。かみはきからつくられています。そまつにしたらあなたはかくじつにのろわれます。とくにこんなことをしてはだめ。ぜったい。】
標語の下に、「角折り」「食べながらの読書」「書き込み」といったNG行動が、子供にも分かりやすいようイラストで記してある。
「よし! 完璧ですね」
一仕事終えて満足の彼女は、傍らに目をやる。
遥華が、新刊向けPOPを作成していた。
『辺境部族における奇習の数々~お前はまだ、辺境を知らない』
●アフター
図書館閲覧室にいるのは遥華と千秋。
遥華は『バレンタインビギニング』を読み耽っている。
「『チェーンソーの音が響き渡り、食肉工場長の頭が真っ二つに……』」
熱中のあまり音読してしまっているが、千秋は意に介していない。自分も同じくらい読書に集中し、音読しているので。
「『安心しろよ。二枚舌のうちの一枚吹き飛ばすだけだからよ」そう言ってバレンタインは、組頭の口に魔導銃の銃口をねじ込んだ。』」
ちなみにレオナが読んでいるのは、仕事の際後で読もうと思っていた『バレンタインアウトレイジ』である。
マルカは、POPが貼られた新刊コーナーから、『辺境部族における奇習の数々』を手にとった。
ページを開いてみれば、こんな一文が目に飛び込んでくる。
『――かくして今年の神子も集落全戸の餅つきをして、狼の出る雪深い山を踏破し絶壁の上の鐘を108回鳴らし、良き年を迎えた――』
挿絵には滝壺から這い上がってくる神子姿の少女と、岸辺で拍手している少女の姿。
(……どことなくカチャさんとリナリスさんにそっくりですが、他人の空似ですかね……?)
新刊を棚に戻したマルカは、魔法関連の廃棄書物をお持ち帰りして行く。今度ここに来るとき、飲食スペースが出来ているであろうことを期待して。
レオナは糊の匂いがする『もりくまのだいぼうけん』をそっと撫でた。完全に乾けばこの絵本は、また本棚に戻してもらえるだろう。
『くっ殺小話集2』をこっそり貸し出し新書に紛れ込ませた舞が、その近くを通りがかる。
「レオナさん、それに思い入れありそうだね」
「ええ。子供の頃よく読んでいましたから。この主人公の真似をして、秘密基地を造ったこともあるんですよ……」
夕日の差す図書館の一隅。リナリスとカチャが窓際にある長椅子に腰掛け、一緒に詩集を読んでいる。交互に一節ずつ。
「もろもろの花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた」
「山ばとの声がわれわれの地に聞こえる」
「いちじくの木は……」
途中でリナリスが、不意に朗読を止めた。
「ね、よく顔を見せて?」
続きを受けようとしていたカチャもまた彼女を見返す。近づいてくる相手に先んじて唇を重ねる。
一瞬きょとんとしたリナリスは、次いでカチャにもたれ掛かった。
「今日は積極的だね」
「そうですかね」
すまして言う相手に、くすくす笑って返す。
「続きは帰ってからだね♪」
リナリス達の姿を書架の後ろから眺めていたメイムは足音を忍ばせて、退散することにした。
新書の棚を通る際、『辺境部族における奇習の数々』の横に自作の本をそっと入れ込んでいく。
『実録・辺境部族の奇習における詳細な報告』
さびれた酒場の一角でJは、紫煙をくゆらせ、今しもバラバラになりそうな本を読み耽る。
「くぁぁ、やっぱり仕事の後のミステリは最高だぜ……いい酒、いい煙草、いいミステリ…今日は最高の1日だぜ……」
ブランデーのロックをちびちびやりながら、字を目で追う。
これが、彼には至福のひと時。
床一面に敷き詰められた新聞紙。大中小入り交じる本の山。その中に見えかくれする職員、及びバイトたちは忙しく手と目を動かしている。
マルカ・アニチキン(ka2542)は、『中等算術の手引き』に書き込まれた数式を、ごしごし消しゴムで消している。
これを書いた人間、勉強していた痕跡だから単なる落書きより罪が軽いと思っているのかも知れないが、駄目なものは駄目である。図書館の本は公共の財産。断じて私物ではない。
「ちゃんと本屋さんで、参考書を買ってくださるといいんですけどねえ……」
零しながら羽帚で消しカスを払い、閉じ、傍らに積む。次の本を手に取る。
「あら、これは『はじめてのまほう』……昔読んだことがありますねえ」
懐かしさに浸りページを捲るマルカの澄み切っていた瞳が直後、ドブ川のように濁る。
レオナ(ka6158)がその異変に気づき、そっと手元をのぞき込む。
……コーヒーの染みがページの一面にべったりついている。
かような有り様を目にしてはレオナも、憤慨せずにいられない。
「本は大切に扱ってほしいですよね。ましてや図書館のものは皆のものですのに。落書きや食べかすなんて、もう直ぐに買い替えられれば良いけど、本って一定期間販売したら余程でない限り、出回らなくなってしまいますし、手に入らない貴重な物もありますのに」
近くでより分けをしていたメイム(ka2290)がその声を聞き、寄ってくる。
マルカの手にした本を借り受け、汚損の程度を確認。
「まあ待って。これ、取れるかもしれないよ」
●整頓
「……なるほどー、これは面白そうですねー。後でちゃんと読んでみましょー」
小宮・千秋(ka6272)は『バレンタインアウトレイジ』の触りだけ読んで本を閉じ、トリプルJ(ka6653)との整理整頓作業に戻る。
「こちらは問題なしーこれとこれもーこれは表紙に汚れがあってー。あーこれはところどころ端が折れていますねー。恐らく栞代わりとして折ったのでしょー」
「あ、それ一応こっちな。端がもげそうになってるから紙貼って補強しねえと」
「この料理本、焦げあとだらけなのでーす」
「うわー、ひでえな……そりゃ廃棄するしかねえぞ」
「ではわたくしが持って帰りまーす。メイド業に役立ちそうなのでー」
Jは手袋をつけた手で誰より早くページを繰っていく。傷みを確認するためには中を見なければならない。中を見るとなれば、自然読んでしまうのが人の性。まして彼は、速読が出来る。
この図書館リアルブルーの影響を受けているとおぼしき書籍が、結構豊富。
ミステリー風味の物を見つけるたび、どうしても手が止まる。
「『容疑者XXXの献身と悲劇』――いいねいいね、なんかそれっぽいぜ」
自分でも買いたいと思うようなものについては、漏れ無く『購入』メモに詳細を書き入れ。『傷み大』『即売会』の分についても、それぞれの別のメモ帳に書き記す。
央崎 遥華(ka5644)も手袋をはめ作業。口元を布で覆い、埃に備えている。
彼女はただ今、だぶついた即売会行き書籍をチェック中。
「『金持ちドワーフ貧乏ドワーフ』……あー、だいぶ前流行りましたねこれー……内容は忘れましたけど」
などと言いながら本を積み上げていた最中、ふと新刊棚に目をやると、気になるタイトルが。
『ナディア・ドラゴネッティの元気が出る一日一語』
何の気なく手に取りめくってみれば、バットを構えたハンターズソサエティ総長のカラー写真。
そこに書き込まれた『今日の一語』のインパクトがあまりにも強かったので、つい音読してしまう。
「燃えよ闘魂! さよなら憂鬱! 青空へ、社会の屑をぶっとばせ!」
Jがその声にびっくりし、思わず本を取り落とす。
(な、何だ今の……)
●珍書発見
クリムゾンにおける踊りの本などあればと思いながら書籍チェックをしていた天竜寺 舞(ka0377)は、傷み激しい一冊の本を目にしたところで、ピタッと手を止めた。
「……『くっ殺小話集』?」
見間違いかと目を揉んで再度タイトルを確認。
確実に見間違いではない。
(……確かにオークが存在する世界だけどこっちでもまさかそんなネタが……まっさかー)
ハハハと半笑いし中を開いた舞は、その表情のまま固まった。
(……こっ……これで成人指定じゃない!? マジ!?)
そこから貪るように読み耽る。司書に注意されるまで。
「舞さん、手が止まってますよ」
「あ、はい、すいませんっ」
慌てて本を閉じたついでに、聞く。
「あの、これ成人指定じゃなくていいわけ?」
「え?……やだっ、年齢制限指定のシールが剥がれてるじゃないのこれ!」
リナリス・リーカノア(ka5126)は、せっせと分類作業に勤しむ。
舞のいる方向から聞こえてきた『年齢制限指定』という心動かされるワードも、本日は流す。カチャの側から離れたくなかったので。
「……私の顔に何かついてます?」
「ううん。ただ見てるだけだから気にしないで♪」
「はあ……ところでさっきから何をしてるんですか? そこに積まれてるの、廃棄行きの本ですよね?」
「マニア視点から見た稀覯本の類が廃棄されない様に、蔵書リストと照らし合わせ抜き出し――ほら見つけた! この小説の初版はボロボロでも捨てちゃ駄目! 第二版から、一部削除されちゃってるんだ。古書界では、高値がつくんだよー」
「詳しいですねー」
感心しながらカチャは、リナリスの手元にある本のタイトルを読んだ。
『背徳の書』
「第二版からはねー、「幼い少女の青い肢体」を賛美する10ページに亘る描写が削除されてるんだ」
こんなもの図書館に置いていいんだろうかと訝りつつ作業に戻るカチャ。
ほどなくして、また妙な本が出てきた。2冊とも立派な装丁の箱に入っている。年齢制限シールつき。
『拷問・理論と実践』
『図説・愛しい娘の躾け方』
「あっ、これうちのママが書いた本だよ。数年前に自費出版したの♪ あたしもモデルやって協力したんだ♪ ほら♪」
嬉々としてリナリスが見せてくる図説には、三角木馬だの逆さ吊りだの舌抜きだのを受ける少女の挿絵がてんこもり。
「……リナリスさん、親子関係うまくいってます?」
「うん、うまくいってるよ♪ カチャとカチャのお母様程度にはうまくいってるから心配しないで♪」
「そう言われると、余計気掛かりになってくるんですけど……」
カチャは誰かの手が、ポンと肩に乗ってくるのを感じた。
振り向けば結び切りの水引が施された『寿』の御祝儀袋。それを手にしたマルカ。
「メイムさんから聞きました。カチャさん、リナリスさん。お二人ご婚約されたんですよね? 良かったらこれ、受け取ってくださいっ……!」
「え、ええっ!? あの、お気持ちはうれしいですけど、まだ婚約までいっては「ありがとうメイムさん! 謹んで受け取って、あたしたちの結婚資金にするよー!」
そこにメイムがやってきた。要修理の本を、カートに一杯乗せて。
「カチャさんも一緒にやろう、汚損が広がったら借金増えるよ♪」
「カチャが行くならあたしも行くー。どんなことするの?」
「まずはページについた汚れの除去からだね。脱脂綿で薬液を塗布してー、特にひどい物は丸ごとを薬液に浸して洗浄液で洗って陰干し……だったかな? ま、司書さんや杏子さんに聞いたらいいか」
●お忘れ物
「……『帝国オフィシャルダンス講座』。そうそう、これこれ、こういうのを探してたんだよ。ふむ、先ず腕を高く上げて足を開き……あれ、ここから落丁してる……いいか、飛ばしていこ」
踊り始める舞を司書は見逃さなかった。ハリセンが後頭部に炸裂する。
「仕事してください!」
「すいませんすいません」
平謝りする舞。
そこで千秋が、ブックカバーに包まれた本を持ってくる。
「司書さーん。お忘れものを見つけましたー」
「え? 忘れ物?」
「はいー。念のため中を御確認したのですがー、分類ラベルが貼ってなかったのでー、お忘れ物かとー」
言いながら彼はブックカバーを外す。
その下に出てきたのは『尻叩き物語』なる文字。
司書が激しく狼狽する。
「だだだだ誰! こんなもの持ち込んできたのは!」
舞は感慨を覚える。
およそ人間の求めるところはクリムゾンもリアルブルーもそんなに大差ないな――と。
●修復
汚損作業は杏子と司書の手助けを借り、一通り終了。
メイム、リナリス、カチャは破損本についての根本的な修理に移る。
まず表装と中身の切り離し。背部分の補強もはがし、いったんページをバラバラにする。
もう一度きれいにページを合わせ、クリップと太ゴムで小口を固定。
改めて背部分の糊付けをし、今度は背をクリップと太ゴムで固定。糊の定着のため、万力での圧し作業をする。
続いて小口、天、地の部分をヤスリがけし、その後改めて表紙と中身を貼り合わせ――。
「結構手間がかかるんですね」
「まだまだ。これから乾かすって作業もあるからね。もう一度貸し出せるようになるまでには、時間がかかるよー」
「そうですか。本って大事にしないといけませんねー。ところで買い替えの分は、どうなっているんです?」
「あ、それは舞さんに頼んでおいたよ。リナリスさん、次の回して――あれ、これ、手書き?」
「うん。貸し出し回数無いに等しいんだけど、保管しておいた方がいいと思って。多分この世に一冊しかないから」
「『裏山を開墾していたら、地面から黒い石板が出てきた。石板に書かれている文字はクリムゾンのものではない。リアルブルーの人に聞いても見たことがないという。ならばきっとエバーグリーンのものだ。以上の理由によりエバーグリーンとはおらが村の事だったのは確定的に明らか』……完全なトンデモ本じゃないですかこれ」
「決めつけない方がいいよ、カチャ。もしかしたら真実が含まれてるかもしれないし♪ それはそれとしてメイムさん、この人皮っぽい表紙の本は? 『ルルイエ写本』って書いてある奴」
「あー、それ? 内容は判別できないし修復方法も判らない、廃棄だね♪ だからあたしが持って帰るよ」
作業もたけなわなところに、レオナが入ってきた。
「すいません、お忙しいところ恐縮ですが、これもお願い出来ますか?」
彼女が差し出してきたのは表紙が取れた絵本『もりくまのだいぼうけん』。
「廃棄に回そうかと思ったんですけど、マルカさんが、新しい表紙を描いてくれるそうですので――直してあげてくれませんでしょうか」
●買い出し
舞はリストを片手に町の本屋をあちこち巡り、完全なる『帝国オフィシャルダンス講座』を発見した。
「おお! 成程そう動くのか!」
舞踏の家に生まれた性、本で一杯の籠を持っていることも忘れ、スロー、スロー、クイック……と早速踊り始めてしまう。そして大量の本をぶちまける。
「お客様、店内で暴れないでください!」
「すいませんすいません」
落ちたものをかき集め勘定台に行こうとしたその目に、ふと留まるタイトル。
『くっ殺小話集2』。
「……」
リストには乗っていないが、舞はそれも、こそっと籠に入れこんだ。
●改善のために
マルカは絵筆を置き、自分の書き上げた大型ポスターに頷いた。
【ほんはたいせつにしましょう。ほんはかみからつくられています。ひつじからつくられているほんもありますが、おおむねかみです。かみはきからつくられています。そまつにしたらあなたはかくじつにのろわれます。とくにこんなことをしてはだめ。ぜったい。】
標語の下に、「角折り」「食べながらの読書」「書き込み」といったNG行動が、子供にも分かりやすいようイラストで記してある。
「よし! 完璧ですね」
一仕事終えて満足の彼女は、傍らに目をやる。
遥華が、新刊向けPOPを作成していた。
『辺境部族における奇習の数々~お前はまだ、辺境を知らない』
●アフター
図書館閲覧室にいるのは遥華と千秋。
遥華は『バレンタインビギニング』を読み耽っている。
「『チェーンソーの音が響き渡り、食肉工場長の頭が真っ二つに……』」
熱中のあまり音読してしまっているが、千秋は意に介していない。自分も同じくらい読書に集中し、音読しているので。
「『安心しろよ。二枚舌のうちの一枚吹き飛ばすだけだからよ」そう言ってバレンタインは、組頭の口に魔導銃の銃口をねじ込んだ。』」
ちなみにレオナが読んでいるのは、仕事の際後で読もうと思っていた『バレンタインアウトレイジ』である。
マルカは、POPが貼られた新刊コーナーから、『辺境部族における奇習の数々』を手にとった。
ページを開いてみれば、こんな一文が目に飛び込んでくる。
『――かくして今年の神子も集落全戸の餅つきをして、狼の出る雪深い山を踏破し絶壁の上の鐘を108回鳴らし、良き年を迎えた――』
挿絵には滝壺から這い上がってくる神子姿の少女と、岸辺で拍手している少女の姿。
(……どことなくカチャさんとリナリスさんにそっくりですが、他人の空似ですかね……?)
新刊を棚に戻したマルカは、魔法関連の廃棄書物をお持ち帰りして行く。今度ここに来るとき、飲食スペースが出来ているであろうことを期待して。
レオナは糊の匂いがする『もりくまのだいぼうけん』をそっと撫でた。完全に乾けばこの絵本は、また本棚に戻してもらえるだろう。
『くっ殺小話集2』をこっそり貸し出し新書に紛れ込ませた舞が、その近くを通りがかる。
「レオナさん、それに思い入れありそうだね」
「ええ。子供の頃よく読んでいましたから。この主人公の真似をして、秘密基地を造ったこともあるんですよ……」
夕日の差す図書館の一隅。リナリスとカチャが窓際にある長椅子に腰掛け、一緒に詩集を読んでいる。交互に一節ずつ。
「もろもろの花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた」
「山ばとの声がわれわれの地に聞こえる」
「いちじくの木は……」
途中でリナリスが、不意に朗読を止めた。
「ね、よく顔を見せて?」
続きを受けようとしていたカチャもまた彼女を見返す。近づいてくる相手に先んじて唇を重ねる。
一瞬きょとんとしたリナリスは、次いでカチャにもたれ掛かった。
「今日は積極的だね」
「そうですかね」
すまして言う相手に、くすくす笑って返す。
「続きは帰ってからだね♪」
リナリス達の姿を書架の後ろから眺めていたメイムは足音を忍ばせて、退散することにした。
新書の棚を通る際、『辺境部族における奇習の数々』の横に自作の本をそっと入れ込んでいく。
『実録・辺境部族の奇習における詳細な報告』
さびれた酒場の一角でJは、紫煙をくゆらせ、今しもバラバラになりそうな本を読み耽る。
「くぁぁ、やっぱり仕事の後のミステリは最高だぜ……いい酒、いい煙草、いいミステリ…今日は最高の1日だぜ……」
ブランデーのロックをちびちびやりながら、字を目で追う。
これが、彼には至福のひと時。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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【しつもんたく】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/03/05 23:56:37 |
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【相談卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/03/08 13:22:35 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/05 23:13:38 |