ゲスト
(ka0000)
ああ、麗しきリアルブルーよ
マスター:赤羽 青羽
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
「ハンターの方ですね。3分……いや、1分でいい! 話を聞かせて欲しいっ!!」
リゼリオのハンターオフィスの入り口をくぐると、よく通る男の声が響き渡った。驚いた人々が何事かと振り返る。
視線の先では、大弓を背負った女性が男に引き留められていた。
やけに目を引く男だった。
長身を包む鮮やかなクリムゾンレッドのマント。
髭を綺麗に整えているかわりに、癖の強い茶髪は黄緑の羽根付き帽子に押し込まれ、無造作に背に流されている。
身につけている物は多少年季が入っているとはいえ、どれも一目で上質だと分かる物だ。
年のころは30代半ばだろうか。
南国の海を映したような水色の瞳が、燃えるように輝いていた。
気圧されるように足を止めた女性に、男は猛烈な勢いで語り始める。
「あなたの出身はリアルブルーで? いや、そうじゃなくてもいい。見た事があれば! 聞いた話でも構わない。私にリアルブルーを教えてくれ!」
集まる視線を全く気にせず男は続けた。
「ヒントが欲しいのですよ。いったいどんな場所なのか。どんなに青いのか。どんな人々が暮らし、どんな思いで過ごしているのか。何を喜び、何を悲しみ、何に怒り、何を願っているのか。なんでもいい! 知っていることを教えて欲しいんだ!」
響き渡る男の声に対して、女性ハンターの答えはよく聞こえない。しかし、様子からして断られたのは間違いないだろう。
さらに何人かに話しかけたのち、男はがっくりと肩を落としてオフィスを後にした。
「気になりますか?」
声の主はワイシャツにベストを着た事務職員だった。
『スチュアート・K・アッシュベリー』と書かれたネームプレートを示し、受付に半分身を乗り出すようにして話しかけてくる。
「あのかたは『アルフォンソ・デル・マストロ画伯』。最近人気の出てきているカルダーノ派の画家ですよ。絵を売りながら世界各地を放浪していると聞きました。独特な青の表現を得意とし、その土地に息づく人々の生活、自然、空気を繊細なタッチで表現しています。今度はリアルブルーを題材にするようですね」
スチュアートは眼鏡の奥でにこりと笑うと、一枚の依頼書を取りあげてあなたに見せた。
「先程画伯が出された依頼です。『リアルブルーにゆかりのあるハンターの方に話が聞きたい』とのこと。……待ちきれずに自分でも探していたみたいですけれどね。よろしければ、デル・マストロ画伯に協力していただけませんか?」
リゼリオのハンターオフィスの入り口をくぐると、よく通る男の声が響き渡った。驚いた人々が何事かと振り返る。
視線の先では、大弓を背負った女性が男に引き留められていた。
やけに目を引く男だった。
長身を包む鮮やかなクリムゾンレッドのマント。
髭を綺麗に整えているかわりに、癖の強い茶髪は黄緑の羽根付き帽子に押し込まれ、無造作に背に流されている。
身につけている物は多少年季が入っているとはいえ、どれも一目で上質だと分かる物だ。
年のころは30代半ばだろうか。
南国の海を映したような水色の瞳が、燃えるように輝いていた。
気圧されるように足を止めた女性に、男は猛烈な勢いで語り始める。
「あなたの出身はリアルブルーで? いや、そうじゃなくてもいい。見た事があれば! 聞いた話でも構わない。私にリアルブルーを教えてくれ!」
集まる視線を全く気にせず男は続けた。
「ヒントが欲しいのですよ。いったいどんな場所なのか。どんなに青いのか。どんな人々が暮らし、どんな思いで過ごしているのか。何を喜び、何を悲しみ、何に怒り、何を願っているのか。なんでもいい! 知っていることを教えて欲しいんだ!」
響き渡る男の声に対して、女性ハンターの答えはよく聞こえない。しかし、様子からして断られたのは間違いないだろう。
さらに何人かに話しかけたのち、男はがっくりと肩を落としてオフィスを後にした。
「気になりますか?」
声の主はワイシャツにベストを着た事務職員だった。
『スチュアート・K・アッシュベリー』と書かれたネームプレートを示し、受付に半分身を乗り出すようにして話しかけてくる。
「あのかたは『アルフォンソ・デル・マストロ画伯』。最近人気の出てきているカルダーノ派の画家ですよ。絵を売りながら世界各地を放浪していると聞きました。独特な青の表現を得意とし、その土地に息づく人々の生活、自然、空気を繊細なタッチで表現しています。今度はリアルブルーを題材にするようですね」
スチュアートは眼鏡の奥でにこりと笑うと、一枚の依頼書を取りあげてあなたに見せた。
「先程画伯が出された依頼です。『リアルブルーにゆかりのあるハンターの方に話が聞きたい』とのこと。……待ちきれずに自分でも探していたみたいですけれどね。よろしければ、デル・マストロ画伯に協力していただけませんか?」
リプレイ本文
●個展
道端にはもう列が出来始めていた。
スーツの紳士に華やかなご婦人方、旅装束のドワーフ。年齢も性別も種族もばらばらだ。
列の先頭には立て看板がある。
『アルフォンソ・デル・マストロ展 ~青の画家が描くリアルブルー~』
遠巻きに入口を覗いていると、ギャラリーの中を歩き回っていた影の一つが足を止める。
大股で外に出てきたのは、デル・マストロ画伯本人だった。
「呼びたててすまない、スチュアートさん。どうしても渡したい物があったのだ」
「個展の開催、おめでとうございます。デル・マストロ画伯」
よく通る声で迎える画伯に、用意した花束を渡す。
「これはありがたい。さあ、中へ」
先頭に並ぶエルフの少女の視線に、恐縮するように首をすくめ建物へと足を踏み入れる。
画伯は受付卓に手を伸ばすと、4通の封筒を僕に差し出した。
「お世話になったハンターの方々へ。是非、彼らにも見て頂きたいのです」
「個展のチケットですね。必ずお渡ししておきます。どうやら、お力になれたようですね」
僕の言葉に画伯は力強く頷いた。
「勿論ですとも。彼らがいなければ、この個展は開けませんでした」
受付を彷徨っていた時とは雰囲気が違っていた。
「あれ以来、よく考えるのです。リアルブルーだけではなく、彼らの目に我々の世界……クリムゾンウェストはどう映っているのかを。それと、パスタの仕上がりが格段に素晴らしくなりました」
「……パスタ?」
わけの分からない表情になった僕に、画伯は『順路→』の案内板を示した。
「開場までしばらくあります。私は準備でご一緒できませんが、見ていかれませんか?」
●掴めぬ青
一ヵ月前の事だ。
私……アルフォンソ・デル・マストロはハンターズソサエティの受付を出て、昼下がりの坂道を下っていた。
ダークブルーの水平線が遠く煌めき、天はシアンに染めあげられている。
(この青じゃない……もっと強く、光と影に晒されたような)
『この色は違う』と訴える自分の感性を私は信じている。だが、どう違うかが分からない。
(一度、受付に戻った方が良いのではないか)
そう思った時、急に目の前に青い物が飛び込んできた。
潮風に舞い、石畳の継ぎ目に引っかかったそれを指先でつまみ上げる。
眼前にかざしてまじまじと見つめる。
正方形の紙だ。表はゼニスブルー、裏はスノーホワイト。薄いが艶やかな光沢がある。丈夫そうな質感だ。
「ありがとうございます」
屈んだ私に、黒髪の男が走り寄ってくる。
彼が紙を飛ばしたのだろう。拾った紙を返すついでに何に使うのか聞こうとすると、彼の方から話しかけてきた。
「あの、デル・マストロさんですよね。さっき受付にいた」
「そうだ。君はハンターなのか?」
「ええ。リアルブルー出身のクオン・サガラ(ka0018)です。わたしでよろしければ、リアルブルーの文化をご紹介できますが……」
「ぜひ教えてくれ!」
断る選択肢などない。
●折り鶴
青い面を裏返し、指の腹で押し出すようにして三角形に折る。
輪郭を親指でなぞって跡をつけると、さらにもう一度半分に折ってから正方形に開く。
迷いの無い、しなやかな手つきだ。
通りに面したオープンカフェ。
クオンが陣取っていたのは、外側の4人掛け丸テーブルだった。
急な風に飛ばないよう、他の紙をカフェラテのカップで押さえ、正面の席から青年の手元を覗きこむ。
クオンの指先で紙がくるくると向きを変え、角を合わせて綺麗に折り目がつけられていく。
最後に息を吹き込むとテーブルの上に置いた。
「はい、折り鶴の完成です」
白いテーブルの上に青い翼を広げた紙の鳥が現れた。
「これは凄い。切り貼りせずに、ここまでできるんですな」
「切れ込みを入れる事もありますが、基本的に紙1枚でできる物が多いですね。訓練の一環でやっていたんですよ」
「訓練?」
「宇宙飛行士……で分かるでしょうか。宇宙で活動する際に、同じ作業を正確に行えるよう訓練してたんです」
クオンは私にも分かるよう、言葉を選びながら話している。
その間にも指は休みなく動き、新たな動物を机の上に作り出す。
ビリジアンの生物が四つ足を広げ、私を見上げていた。
「デルさん。ここを軽く押して、離してみて下さい」
「ここですかな?」
言われた通りにしてみると、まるで生きているかのようにテーブルの中央に向かって紙が跳躍した。
色と動きは、子供のころ裏庭で捕まえた姿によく似ている。
「これは――カエルですな。子供たちが喜びそうだ」
「興味がおありならお教えしましょう。色々な物が作れますから」
私自身が子供のように目を輝かせたのに気付かれたのかもしれない。
9種類目の『うさぎ』を折りあげた頃、次の人物が現れた。
●玉座
「折り紙か。凄いな、俺は鶴も折れない」
やって来た男は、感心した様子で『動く鶴』を手の平に乗せる。
一目で『鶴』と分かるあたり、彼もまたリアルブルー出身なのだろう。黒い瞳と髪、イエローがかった肌。外見の特徴はクオンとも似通って見える。
「メネル傭兵隊のコバライネンって者で、よろしく。座っても?」
もちろんだ、と頷く。
ミカ・コバライネン(ka0340)も、任務を受け私を探していたとの事だった。
ミカは椅子を引いて腰かけると、ポケットから煙草を取り出し、咥えて火をつける。
「リアルブルーの話か」
何かを思い出すように伏せた黒い瞳に、一瞬痛ましい色が過ぎったように見えた。
が、煙を風に流し、ゆっくりと瞬きをする間にその光は消え去っている。
「王のいない国をご存じで?」
唐突なミカの質問に、その意図を探りながら慎重に答える。
「ええ」
「自由都市同盟があったな。では、王のいない宮殿は」
厳密に言えば王が不在の国はある。
が、これが形どおりの問答では無いのを私は感じ取っていた。
「それが、リアルブルーなのですね?」
「ああ。地球には百年以上前に王政を廃した国が多くてね。理不尽や不平等、腐敗に平民が怒って王を倒した歴史がある」
「王が居ても、直接政治に携わる国は随分少なくなりました。民族や身分の差が無くなるよう戦ってきたのです」
ミカの説明を、クオンが補足する。
二人の言葉は所々新鮮に響いたが、クリムゾンウェストで育った私にも想像できない話ではない。
かつて立ち寄った町を思い出した。
相応しからぬ為政者に、暗く濁った瞳の町民。町全体が色褪せていた。
キャンバスにうつしたその空気をよく覚えている。
ミカは続ける。
「俺も詳しい話までは分からない。が、今も宮殿は健在なんだ。悪政の結果として建てられた物も含めてな。心情としては、跡形もなく破壊されていた方が筋が通るのかもしれない」
「その言い方ですと、今も宮殿は残されている?」
「それどころか世界遺産として大切に守られているんだ。観光地として開かれているよ。当時を思い起こせるように、全てを維持してね」
(ああ、だからか)
今まで『来訪者たち』に抱いてきた違和感の片端が見えた気がした。
彼らもその祖先も、悩み、打ちのめされ、戦い、時には悔恨の念に苛まれながら歴史を作って来たのだろう。
「クリムゾンウェストは、今まであなたがたが辿ってきた道を振り返るかのように映るのかもしれませんな」
ミカは短くなってしまった煙草の火を消す。
「この世界が同じ道を選ぶとは限らない。生まれなかった『それ』は今後もないかもしれない」
クオンも自分の考えを口にする。
「クリムゾンウェストに感じるのは、かつてリアルブルーが持っていた『可能性と神秘』です」
私はコーヒーの水面に映る空に視線を落とした。
「それ以外の、どれでもない道ですか。……我々も我々自身で考えてゆかねばなりません」
●魔法
私はカフェの横の坂道を下る。
思考が膠着してしまった時には、気分転換に歩くのが私の日課だ。
二人のハンターに礼を言いカフェを出た。
「おや、デル・マストロ画伯で?」
坂道も終わりに差し掛かった時、建物の中から声がかかる。
道に面したバーカウンターから私を見ていたのは、戦装束を纏った若者だ。一般人ではないと確信させるような『黒』っぽい気配を纏っている。
「そうだが何か……」
「リアルブルーには何度か赴いたことがあります」
はっと私の眼の色が変わるのを、青年は予期していたようだ。
彼もまた、依頼を受けた一人……そして私と同じクリムゾンウェストの人間なのだろう。
「フフ。俺の体験談を聞かせてあげましょう」
青年はGacrux(ka2726)と名乗り、私の分の酒を注文した。
夕方前ということもあり客はまばらだ。濃いアンバーの酒を受け取り、グラスに軽く口をつける。
ビリヤードに誘われたが、絵筆以外はどうにも自信が無い。
断られたのを気にした風もなく、青年はカウンター席で話を始める。
「リアルブルーの道は毎年何万もの死者が出る、一級の危険地帯でした」
「なんと痛ましい……」
尋常ではない数に私は顔をしかめる。町が幾つ消えれば、その数になるのだろう。
「ですが」
Gacruxは反応を待つようにしてから続きを口にする。
「備え付けのボタン一つで人は安全に道を渡れます。俺も体験しましたが、例えるなら、神託を受けた巫女が奇跡を起こしたかのようでした」
「素晴らしい体験だったでしょうな」
想像の中で、大通りを行き交う馬車や馬が一斉に足を止める。雲が割れ光の筋がその中央を照らし出す。
その光の道を真っ直ぐに歩いてゆくのだ。
この青年はそんな神秘的な体験をしてきたに違いない。
「まだ驚くのは早い。リアルブルーにはそれ以外にも、一般人でも使える魔法が伝承されていました」
「一般人……もしかして私も使えるのですかな?」
「フフ。試してみますか? 料理に愛情を加える魔法です」
「愛情のない料理は、死んでるも同然とは言いますからな」
Gacruxは店員に早くできるものを聞き、アンチョビポテトをオーダーする。
やってきた皿を私の正面に置き、青年は姿勢を正した。
「まず、胸の前で指を構えます。このように」
青年は両手の親指同士を触れ合わせ、人差し指を軽く曲げて環を作る。
「そのまま料理に向き合い、呪文を唱えます。【もえもえきゅん】と」
「モエ……キュン?」
「【もえもえきゅん】です」
初めて聞く、異国の……いや、異世界の響きだ。
私は緊張しながらポテトの乗った皿に向き合う。
「……モエモエキュン」
Gacruxは首を振る。
「もう少し熱意を持って唱えて……」
私は目を閉じ、素晴らしい料理を想像する。
思考の内で、シェフが振りかけた酒が鮮やかに燃え上がる。
くわっと目を開いた。
「【もえもえきゅん】!」
「おめでとうございます、画伯」
今の感覚なのだろう。
私は確かな手ごたえを感じていた。
●当たり前の日常
次の仕事に向かうGacruxを見送り、私は坂の上へと引き返す。
ほんの20分少々の出来事だったが、随分と濃い体験をした気がする。
空の青は薄まり、海に向かってライムライトにグラデーションを作っていた。
まだ二人がいるかもしれない。
そう思ってオープンカフェに戻ると、クオンとミカに加えて少女が一人増えていた。
「あっ、戻ってきましたよ」
「お待たせしてしまいましたかな? こちらのお嬢さんは……」
「パティダヨ♪ パティもブルー出身ダカラ、興味もって貰えるのは嬉しダヨ♪」
金色の頭をぴょこりと振ったのはパトリシア=K=ポラリス(ka5996)。通称パティだった。
空いた席に座り、彼女の話を聞くことにする。
「お国やコロニーによって違うケド、ブルーのパティぐらいの歳の子は学校にゆきますネ」
少女の話は、学校での日々から始まる。
同じ制服を着て、同じ教室で机を並べる。
朝から夕方まで、勉強し、運動し、お喋りにお菓子に……。
それが彼女の日常だったのだろう。
「お友達になったり、恋したり、ネ。毎日、キラキラ楽しくてねー♪」
それに比べ、学校に行く子が少ないクリムゾンウェストの子供は、パティの目から見て、随分大人びて見えたという。
「パティと同じくらいの子はみんなしっかりさんで、びっくりしたんダヨ! パティもネ、こっち来てからはハンターさんのお仕事してるからネ。ちょっとオトナになったのヨ?」
ふふふー♪ と笑うパティについ目を細める。
無邪気な彼女に、これもまたリアルブルーが目指した平和の姿なのだろうと感じる。
クリムゾンウェストでは時々、私でもぎょっとするような眼光の子供に出会う。
歪虚に晒されている地域は特にそうだった。
「ハンターの任務は、私から見ても過酷な内容ですからね」
「お仕事はパティも嫌いじゃないケレド……」
元気に話していた少女が、少しだけ言いよどむ。
「も少し、ブルーで暮らしてたかたなーテ、思うこともネ。ちょっとネ?」
何も言えずに頷いた。
彼らは急に転移してきてしまったのだと聞く。
急な別れが容易に受け入れられないのは、どの世界の人間も同じだ。
「うん、でもネ。いつか青も赤も緑も、みんなでキラキラ楽しいともっといーカナ♪」
明るく笑い直したパティに、私は先程見えなかった強さを感じていた。
必ず君達から受けた気持ちを形にする。
3人のハンターに礼を言い、私はアトリエに走った。
●麗しきリアルブルー
各地で描いた作品を鑑賞した後、僕はメイン展示室に辿り着いた。
鼓動が高まるのは、僕も少しだけリアルブルーに縁があるからかもしれない。
展示室には絵が3枚。
別々の額縁に収められているが、空の色がつながっている。
中央の絵は最も大きい。
儚い青の空の下、透明なグラスの中に、月日を経た宮殿が描かれている。奥にも同じようなグラスが連なる。
開け放たれた扉の向こうの玉座には、誰の姿もない。
玉座からは光の道が伸びる。
道と宮殿を囲むように色とりどりの動物たちが集まっていた。平面を折ったような、不思議な姿をしている。
右の絵では昼空の下、少女達の姿がある。
同じデザインの服を着て草原で笑い合っている。
対して左の絵では、少女がひとり、背を向けて立っていた。
彼女が見る先は険しい山だ。
空は胸を締めつけるような淡い紫と赤の夕焼けに染め上げられていた。
(これが、画伯の見たリアルブルー……)
感想は各人に委ねたい。
ただ、不思議な懐かしさが僕の胸に広がっていた。
最後に、振り向いた時の衝撃についても書いておこう。
満足して踵を返した時、もう1枚絵があったのだ。
シェフコートに身を包んだ壮年の男の絵だ。
胸の辺りで独特のポーズをとっている。
眼差しは真剣そのもの。まるで正面の絵に強い念を送っているようだ。
僕は妙な焦燥感に駆られた。
……あれは何だったのだろう。
今度、ハンター達に確認してみようと思う。
報告書作成:スチュアート・K・アッシュベリー
道端にはもう列が出来始めていた。
スーツの紳士に華やかなご婦人方、旅装束のドワーフ。年齢も性別も種族もばらばらだ。
列の先頭には立て看板がある。
『アルフォンソ・デル・マストロ展 ~青の画家が描くリアルブルー~』
遠巻きに入口を覗いていると、ギャラリーの中を歩き回っていた影の一つが足を止める。
大股で外に出てきたのは、デル・マストロ画伯本人だった。
「呼びたててすまない、スチュアートさん。どうしても渡したい物があったのだ」
「個展の開催、おめでとうございます。デル・マストロ画伯」
よく通る声で迎える画伯に、用意した花束を渡す。
「これはありがたい。さあ、中へ」
先頭に並ぶエルフの少女の視線に、恐縮するように首をすくめ建物へと足を踏み入れる。
画伯は受付卓に手を伸ばすと、4通の封筒を僕に差し出した。
「お世話になったハンターの方々へ。是非、彼らにも見て頂きたいのです」
「個展のチケットですね。必ずお渡ししておきます。どうやら、お力になれたようですね」
僕の言葉に画伯は力強く頷いた。
「勿論ですとも。彼らがいなければ、この個展は開けませんでした」
受付を彷徨っていた時とは雰囲気が違っていた。
「あれ以来、よく考えるのです。リアルブルーだけではなく、彼らの目に我々の世界……クリムゾンウェストはどう映っているのかを。それと、パスタの仕上がりが格段に素晴らしくなりました」
「……パスタ?」
わけの分からない表情になった僕に、画伯は『順路→』の案内板を示した。
「開場までしばらくあります。私は準備でご一緒できませんが、見ていかれませんか?」
●掴めぬ青
一ヵ月前の事だ。
私……アルフォンソ・デル・マストロはハンターズソサエティの受付を出て、昼下がりの坂道を下っていた。
ダークブルーの水平線が遠く煌めき、天はシアンに染めあげられている。
(この青じゃない……もっと強く、光と影に晒されたような)
『この色は違う』と訴える自分の感性を私は信じている。だが、どう違うかが分からない。
(一度、受付に戻った方が良いのではないか)
そう思った時、急に目の前に青い物が飛び込んできた。
潮風に舞い、石畳の継ぎ目に引っかかったそれを指先でつまみ上げる。
眼前にかざしてまじまじと見つめる。
正方形の紙だ。表はゼニスブルー、裏はスノーホワイト。薄いが艶やかな光沢がある。丈夫そうな質感だ。
「ありがとうございます」
屈んだ私に、黒髪の男が走り寄ってくる。
彼が紙を飛ばしたのだろう。拾った紙を返すついでに何に使うのか聞こうとすると、彼の方から話しかけてきた。
「あの、デル・マストロさんですよね。さっき受付にいた」
「そうだ。君はハンターなのか?」
「ええ。リアルブルー出身のクオン・サガラ(ka0018)です。わたしでよろしければ、リアルブルーの文化をご紹介できますが……」
「ぜひ教えてくれ!」
断る選択肢などない。
●折り鶴
青い面を裏返し、指の腹で押し出すようにして三角形に折る。
輪郭を親指でなぞって跡をつけると、さらにもう一度半分に折ってから正方形に開く。
迷いの無い、しなやかな手つきだ。
通りに面したオープンカフェ。
クオンが陣取っていたのは、外側の4人掛け丸テーブルだった。
急な風に飛ばないよう、他の紙をカフェラテのカップで押さえ、正面の席から青年の手元を覗きこむ。
クオンの指先で紙がくるくると向きを変え、角を合わせて綺麗に折り目がつけられていく。
最後に息を吹き込むとテーブルの上に置いた。
「はい、折り鶴の完成です」
白いテーブルの上に青い翼を広げた紙の鳥が現れた。
「これは凄い。切り貼りせずに、ここまでできるんですな」
「切れ込みを入れる事もありますが、基本的に紙1枚でできる物が多いですね。訓練の一環でやっていたんですよ」
「訓練?」
「宇宙飛行士……で分かるでしょうか。宇宙で活動する際に、同じ作業を正確に行えるよう訓練してたんです」
クオンは私にも分かるよう、言葉を選びながら話している。
その間にも指は休みなく動き、新たな動物を机の上に作り出す。
ビリジアンの生物が四つ足を広げ、私を見上げていた。
「デルさん。ここを軽く押して、離してみて下さい」
「ここですかな?」
言われた通りにしてみると、まるで生きているかのようにテーブルの中央に向かって紙が跳躍した。
色と動きは、子供のころ裏庭で捕まえた姿によく似ている。
「これは――カエルですな。子供たちが喜びそうだ」
「興味がおありならお教えしましょう。色々な物が作れますから」
私自身が子供のように目を輝かせたのに気付かれたのかもしれない。
9種類目の『うさぎ』を折りあげた頃、次の人物が現れた。
●玉座
「折り紙か。凄いな、俺は鶴も折れない」
やって来た男は、感心した様子で『動く鶴』を手の平に乗せる。
一目で『鶴』と分かるあたり、彼もまたリアルブルー出身なのだろう。黒い瞳と髪、イエローがかった肌。外見の特徴はクオンとも似通って見える。
「メネル傭兵隊のコバライネンって者で、よろしく。座っても?」
もちろんだ、と頷く。
ミカ・コバライネン(ka0340)も、任務を受け私を探していたとの事だった。
ミカは椅子を引いて腰かけると、ポケットから煙草を取り出し、咥えて火をつける。
「リアルブルーの話か」
何かを思い出すように伏せた黒い瞳に、一瞬痛ましい色が過ぎったように見えた。
が、煙を風に流し、ゆっくりと瞬きをする間にその光は消え去っている。
「王のいない国をご存じで?」
唐突なミカの質問に、その意図を探りながら慎重に答える。
「ええ」
「自由都市同盟があったな。では、王のいない宮殿は」
厳密に言えば王が不在の国はある。
が、これが形どおりの問答では無いのを私は感じ取っていた。
「それが、リアルブルーなのですね?」
「ああ。地球には百年以上前に王政を廃した国が多くてね。理不尽や不平等、腐敗に平民が怒って王を倒した歴史がある」
「王が居ても、直接政治に携わる国は随分少なくなりました。民族や身分の差が無くなるよう戦ってきたのです」
ミカの説明を、クオンが補足する。
二人の言葉は所々新鮮に響いたが、クリムゾンウェストで育った私にも想像できない話ではない。
かつて立ち寄った町を思い出した。
相応しからぬ為政者に、暗く濁った瞳の町民。町全体が色褪せていた。
キャンバスにうつしたその空気をよく覚えている。
ミカは続ける。
「俺も詳しい話までは分からない。が、今も宮殿は健在なんだ。悪政の結果として建てられた物も含めてな。心情としては、跡形もなく破壊されていた方が筋が通るのかもしれない」
「その言い方ですと、今も宮殿は残されている?」
「それどころか世界遺産として大切に守られているんだ。観光地として開かれているよ。当時を思い起こせるように、全てを維持してね」
(ああ、だからか)
今まで『来訪者たち』に抱いてきた違和感の片端が見えた気がした。
彼らもその祖先も、悩み、打ちのめされ、戦い、時には悔恨の念に苛まれながら歴史を作って来たのだろう。
「クリムゾンウェストは、今まであなたがたが辿ってきた道を振り返るかのように映るのかもしれませんな」
ミカは短くなってしまった煙草の火を消す。
「この世界が同じ道を選ぶとは限らない。生まれなかった『それ』は今後もないかもしれない」
クオンも自分の考えを口にする。
「クリムゾンウェストに感じるのは、かつてリアルブルーが持っていた『可能性と神秘』です」
私はコーヒーの水面に映る空に視線を落とした。
「それ以外の、どれでもない道ですか。……我々も我々自身で考えてゆかねばなりません」
●魔法
私はカフェの横の坂道を下る。
思考が膠着してしまった時には、気分転換に歩くのが私の日課だ。
二人のハンターに礼を言いカフェを出た。
「おや、デル・マストロ画伯で?」
坂道も終わりに差し掛かった時、建物の中から声がかかる。
道に面したバーカウンターから私を見ていたのは、戦装束を纏った若者だ。一般人ではないと確信させるような『黒』っぽい気配を纏っている。
「そうだが何か……」
「リアルブルーには何度か赴いたことがあります」
はっと私の眼の色が変わるのを、青年は予期していたようだ。
彼もまた、依頼を受けた一人……そして私と同じクリムゾンウェストの人間なのだろう。
「フフ。俺の体験談を聞かせてあげましょう」
青年はGacrux(ka2726)と名乗り、私の分の酒を注文した。
夕方前ということもあり客はまばらだ。濃いアンバーの酒を受け取り、グラスに軽く口をつける。
ビリヤードに誘われたが、絵筆以外はどうにも自信が無い。
断られたのを気にした風もなく、青年はカウンター席で話を始める。
「リアルブルーの道は毎年何万もの死者が出る、一級の危険地帯でした」
「なんと痛ましい……」
尋常ではない数に私は顔をしかめる。町が幾つ消えれば、その数になるのだろう。
「ですが」
Gacruxは反応を待つようにしてから続きを口にする。
「備え付けのボタン一つで人は安全に道を渡れます。俺も体験しましたが、例えるなら、神託を受けた巫女が奇跡を起こしたかのようでした」
「素晴らしい体験だったでしょうな」
想像の中で、大通りを行き交う馬車や馬が一斉に足を止める。雲が割れ光の筋がその中央を照らし出す。
その光の道を真っ直ぐに歩いてゆくのだ。
この青年はそんな神秘的な体験をしてきたに違いない。
「まだ驚くのは早い。リアルブルーにはそれ以外にも、一般人でも使える魔法が伝承されていました」
「一般人……もしかして私も使えるのですかな?」
「フフ。試してみますか? 料理に愛情を加える魔法です」
「愛情のない料理は、死んでるも同然とは言いますからな」
Gacruxは店員に早くできるものを聞き、アンチョビポテトをオーダーする。
やってきた皿を私の正面に置き、青年は姿勢を正した。
「まず、胸の前で指を構えます。このように」
青年は両手の親指同士を触れ合わせ、人差し指を軽く曲げて環を作る。
「そのまま料理に向き合い、呪文を唱えます。【もえもえきゅん】と」
「モエ……キュン?」
「【もえもえきゅん】です」
初めて聞く、異国の……いや、異世界の響きだ。
私は緊張しながらポテトの乗った皿に向き合う。
「……モエモエキュン」
Gacruxは首を振る。
「もう少し熱意を持って唱えて……」
私は目を閉じ、素晴らしい料理を想像する。
思考の内で、シェフが振りかけた酒が鮮やかに燃え上がる。
くわっと目を開いた。
「【もえもえきゅん】!」
「おめでとうございます、画伯」
今の感覚なのだろう。
私は確かな手ごたえを感じていた。
●当たり前の日常
次の仕事に向かうGacruxを見送り、私は坂の上へと引き返す。
ほんの20分少々の出来事だったが、随分と濃い体験をした気がする。
空の青は薄まり、海に向かってライムライトにグラデーションを作っていた。
まだ二人がいるかもしれない。
そう思ってオープンカフェに戻ると、クオンとミカに加えて少女が一人増えていた。
「あっ、戻ってきましたよ」
「お待たせしてしまいましたかな? こちらのお嬢さんは……」
「パティダヨ♪ パティもブルー出身ダカラ、興味もって貰えるのは嬉しダヨ♪」
金色の頭をぴょこりと振ったのはパトリシア=K=ポラリス(ka5996)。通称パティだった。
空いた席に座り、彼女の話を聞くことにする。
「お国やコロニーによって違うケド、ブルーのパティぐらいの歳の子は学校にゆきますネ」
少女の話は、学校での日々から始まる。
同じ制服を着て、同じ教室で机を並べる。
朝から夕方まで、勉強し、運動し、お喋りにお菓子に……。
それが彼女の日常だったのだろう。
「お友達になったり、恋したり、ネ。毎日、キラキラ楽しくてねー♪」
それに比べ、学校に行く子が少ないクリムゾンウェストの子供は、パティの目から見て、随分大人びて見えたという。
「パティと同じくらいの子はみんなしっかりさんで、びっくりしたんダヨ! パティもネ、こっち来てからはハンターさんのお仕事してるからネ。ちょっとオトナになったのヨ?」
ふふふー♪ と笑うパティについ目を細める。
無邪気な彼女に、これもまたリアルブルーが目指した平和の姿なのだろうと感じる。
クリムゾンウェストでは時々、私でもぎょっとするような眼光の子供に出会う。
歪虚に晒されている地域は特にそうだった。
「ハンターの任務は、私から見ても過酷な内容ですからね」
「お仕事はパティも嫌いじゃないケレド……」
元気に話していた少女が、少しだけ言いよどむ。
「も少し、ブルーで暮らしてたかたなーテ、思うこともネ。ちょっとネ?」
何も言えずに頷いた。
彼らは急に転移してきてしまったのだと聞く。
急な別れが容易に受け入れられないのは、どの世界の人間も同じだ。
「うん、でもネ。いつか青も赤も緑も、みんなでキラキラ楽しいともっといーカナ♪」
明るく笑い直したパティに、私は先程見えなかった強さを感じていた。
必ず君達から受けた気持ちを形にする。
3人のハンターに礼を言い、私はアトリエに走った。
●麗しきリアルブルー
各地で描いた作品を鑑賞した後、僕はメイン展示室に辿り着いた。
鼓動が高まるのは、僕も少しだけリアルブルーに縁があるからかもしれない。
展示室には絵が3枚。
別々の額縁に収められているが、空の色がつながっている。
中央の絵は最も大きい。
儚い青の空の下、透明なグラスの中に、月日を経た宮殿が描かれている。奥にも同じようなグラスが連なる。
開け放たれた扉の向こうの玉座には、誰の姿もない。
玉座からは光の道が伸びる。
道と宮殿を囲むように色とりどりの動物たちが集まっていた。平面を折ったような、不思議な姿をしている。
右の絵では昼空の下、少女達の姿がある。
同じデザインの服を着て草原で笑い合っている。
対して左の絵では、少女がひとり、背を向けて立っていた。
彼女が見る先は険しい山だ。
空は胸を締めつけるような淡い紫と赤の夕焼けに染め上げられていた。
(これが、画伯の見たリアルブルー……)
感想は各人に委ねたい。
ただ、不思議な懐かしさが僕の胸に広がっていた。
最後に、振り向いた時の衝撃についても書いておこう。
満足して踵を返した時、もう1枚絵があったのだ。
シェフコートに身を包んだ壮年の男の絵だ。
胸の辺りで独特のポーズをとっている。
眼差しは真剣そのもの。まるで正面の絵に強い念を送っているようだ。
僕は妙な焦燥感に駆られた。
……あれは何だったのだろう。
今度、ハンター達に確認してみようと思う。
報告書作成:スチュアート・K・アッシュベリー
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雑談卓 ミカ・コバライネン(ka0340) 人間(リアルブルー)|31才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/03/07 23:50:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/05 05:53:40 |