【空の研究】天駆ける紙の階

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/05/12 12:00
完成日
2017/05/19 00:35

みんなの思い出? もっと見る

-

オープニング

 空の研究所・所長であるアメリア・マティーナ(kz0179)が、王国の危機に際した任務から戻ったのは、つい数日前のことだった。
 特に怪我はなかったものの、さすがに疲れ切っていたらしく、普段は寝食にかまうことなく魔法の研究に没頭しているアメリアが、そこからたっぷり二日間は寝て食べてまた寝る、という生活を送った。
 研究員であり医者でもあるキランと、事務職員のスバルの適切な対応も功を奏して、帰還から三日目にはほぼ通常通りのアメリアに戻った。
「面倒をかけましたねーえ。ありがとうございました」
 アメリアがふたりに礼を言うと、キランは白衣のポケットに手を突っ込み、逆立てた黄色い髪をひょこひょこと揺らしながら頷いた。
「まったくだぜ。留守番中、暇で暇でたまらなかったんだからな」
「はあ。それはすみませんでしたねーえ。しかしキラン、暇にまかせて何やら楽しい催しをしていたとも聞きましたが?」
「ぎく。……い、いやあ、それはさ、ちゃんと研究の一環だったんだよ」
 わかりやすく目を泳がせるキランに、アメリアは苦笑した。キランが謎解きと称したお茶会を開いていたことを、アメリアはちゃんと知っているのだ。
「まあ、そういうことにしておきましょうかねーえ。で? その研究は首尾よく行えたのですか?」
「えーっとぉ……」
「長い間留守番をしてもらったことですし、自分の研究のために少しばかり時間を使ってもいいですよ」
 アメリアが深くかぶったフードの下で微笑むと、キランは強張らせていた表情をパッと明るくした。白衣のポケットから手を出して、姿勢を前のめりにする。
「ほ、本当か!? ちょっと出かけても、いいか?」
「いいですとも。ただし、行き先と外出期間をきちんとわかるようにしておいてくださいねーえ」
「了解だ! 前々から採取に行きたい植物があってなあ、それを使って実験をだなあ」
「はいはい、わかりましたから」
 アメリアがひらひら手を振ってキランを遠ざける。キランはそれを少しも気にしたふうもなくスキップでもしそうな軽い足取りで旅支度に向かった。
「スバルくーん! 俺のリュックサックどこに仕舞ったっけ~?」



 そうしてキランが空の研究所を出発した、翌日のことだった。アメリア宛に、一通の手紙が届いた。差出人は『モーム倉庫管理事務所』。
「ははあ……。折角帰ってきたところだというのにねーえ」
 アメリアは手紙を読んで軽いため息をついた。スバルが紅茶を差し出しながら、どうしたんですか、と尋ねる。
「リンダールの森から一キロほど離れたところに、貸倉庫がありましてねーえ。私が研究で旅をしている間、持ち歩くことのできないノートや書物などをそこに預けていたのですよーお。この手紙は、その貸倉庫を管理している事務所からですねーえ。なんでも、その貸倉庫、ずいぶん老朽化が進んでいるそうでしてねーえ。近いうちに取り壊すから、中のものを引き払ってほしい、ということで」
「そうですか……。では、取りに行かなくてはいけないのですね。 お手伝いしましょうか」
「ありがとうございます。しかし、ふたりではとても運び出せないと思いますねーえ」
「そんなに大量なのですか?」
「まあ、図書館などとは比べるべくもありませんが、個人の蔵書としては多い方でしょうねーえ。私はその書物たちと、それを収めていた空間のことを『紙の階』と名付けていましたが」
「紙の、きざはし……?」
 首をかしげるスバルに、アメリアは微笑んだ。
「ええ。これらの本や研究ノートを足がかりに、私は空の力を借りる。空に近づくことができるようにと、上を目指す……。そういう意味ですよーお」
「なるほど。良い名前です。アメリア所長は意外とロマンチストなんですね」
 スバルが表情の乏しい顔をわずかに緩める。
「空の研究をしようなんて人間は、皆ロマンチストです」
 アメリアは少し笑って、さらりと立ち上がった。書棚から分厚いファイルを引っ張り出すと、どかり、とテーブルに広げる。
「これが、『紙の階』の蔵書リストです。重複しているものも多いのでそれらは廃棄するとしても……、大型の馬車で三台分は運び出したいところですねーえ」
「運び出して、どこへ持って行くんですか?」
「ここへ持ってくるんですよーお。研究所の地下室がまだ空っぽ同然でしょう。建てる際、空調をきちんと整備してもらった地下室ですからねーえ、あそこを全部書庫にします。新しい、『紙の階』ですねーえ」
 アメリアは、研究所の地下に書物が揃うことを思って、久々に心を浮き立たせた。スバルに新しい書棚を注文しておくよう指示をしながら、アメリアはハンターオフィスに依頼をしなければ、と考えていた。キランも留守にしていることだし、人員協力を願わなければとても引き上げられない、というのもあるが。
(書物や研究ノートを、運び出す……、ただそれだけで済めばよいのですがねーえ。何か嫌なことが起こりそうな予感も、するのですよねーえ)
「……よい風でも、吹いてくれたらいいですがねーえ」
 アメリアは研究所の玄関に立って、晴れ渡った空を見上げた。

リプレイ本文

 大型の馬車を三台用意したアメリア・マティーナ(kz0179)は、朝早くから集まってくれたハンターたちを空の研究所で出迎えた。
「初めまして、エルバッハ・リオンです。よろしければ、エルと呼んでください。よろしくお願いします」
 エルバッハ・リオン(ka2434)の丁寧な挨拶を皮切りに、ハンターたちが名乗り合う。ライラ = リューンベリ(ka5507)が「お久しぶりです」とアメリアに微笑むと、アメリアは深くかぶったフードの下で嬉しそうに頷いて挨拶を返してから、頬を引き締めた。ハンターたちに向かって、真剣な声音で話しはじめた。
「本日皆さんにお願い致しましたのは、この倉庫内の蔵書『紙の階』の引っ越しを手伝っていただくことなんですがねーえ、普通の引っ越しとは言えない危険に見舞われるかもしれなくてねーえ」
「何者かに狙われてるんでしょ?」
 時音 ざくろ(ka1250)が言葉の後を引き取って続けた。
「そういえばマティーナさん、以前怪しい男性たちに連れ去られちゃった事がありましたねー」
 小宮・千秋(ka6272)が思い出しつつ言うのに、幾名かが同意して頷く。アメリアも頷き返して、それについての警戒をしたいのだと語った。
「本当に襲撃があるかどうかはわからないのでねーえ、そこが申し訳ないのですがねーえ」
「警戒はしとくに越したことねえだろ。ま、任せとけって」
 ジルボ(ka1732)が頼りがいのある笑顔で請け負った。



 ハンター一行はすみやかに倉庫へと向かった。重厚な扉を、アメリアが金色の鍵でもって開く。
「ようこそ、『紙の階』へ」
 アメリアが静かな声で告げると同時に、倉庫の床にたまっていた埃が、さあっと扉の外へ流れ出た。
「わあ……!」
 マチルダ・スカルラッティ(ka4172)がため息のような歓声を上げる。ずらりと並んだ本棚に、隙間なく収められている書物。本棚には収まりきらず、木箱に詰め込まれたノートや巻物。まさしく壮観であった。雨を告げる鳥(ka6258)も息を飲んでいる。
「私は感嘆する。紙の階。まさしく人理聡慧にして叡智の結晶。空に近付くという想い。その証。ああ、私はとても感動している」
「よくもま~ココまで集めたもんだ。こりゃあかなり頑張らないと終わらないぞ?」
 呆れたような口調でありつつも感心したジルボが言ったのに頷いて、皆、運び出すための作業を開始した。
「まず、この棚の本はすべて運び出しますからコンテナへ詰めてください」
 アメリアがテキパキと指示を出し、キャリコ・ビューイ(ka5044)が率先してコンテナへの詰め込み作業を始めた。ライラは棚から本を取り出し、コンテナへ詰めるキャリコやエルの元へ運んでいく役を買って出た。ハンターたちの手際の良さに安心しつつ、アメリアはリストを片手に倉庫を歩き回る。
「フィーナさん、一番奥に積んである木箱の中を見てきてもらえませんかねーえ」
 フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)は無言で頷いて、アメリアが示した倉庫の奥へと入って行く。資料の分別の手伝いは彼女が引き受けることになったのである。
「よく使うものをうっかり奥の方に入れてしまったりすると大変なんだよね……移動後すぐに箱から出して整理するなら問題ないと思うけど」
 ざくろがそう呟いてから、アメリアに費用頻度について尋ねる。
「そうですねーえ、そのあたりは専門性の高い学術書ですからねーえ、奥の方でもかまいませんよーお。仰る通り、研究所に着いたらすぐ荷ほどきしますから、そう気にしなくてもいいですけどねーえ」
 アメリアのその返答に、ふんふん、と頷いて、ざくろはコンテナに隙間なく本を詰めてゆく。
「でも、ラべリングはあった方がいいよね」
 マチルダが、詰め終ったコンテナに中身を示すラベルを貼っていった。開かないようにロープで縛ることも忘れない。あっという間に、コンテナはいくつもいっぱいになった。
「ロープで縛り終ったものから馬車に乗せますねー」
 千秋がコンテナをひとつ、持ち上げた。エルも持ち上げようとするが、本がぎっちり入ったコンテナはかなりの重量だ。床から浮かせるだけでも容易ではない。ざくろが助けに入り、ふたりがかりで外へ運び出した。
「こっちの世界に来てから鍛えられたし、力仕事なら任せてよ」
 笑いながら力こぶをつくり、馬車に積み込みをしていると。倉庫の入り口付近に立つカーミン・S・フィールズ(ka1559)と目が合った。鋭いまなざしで周囲を警戒していた彼女は、ざくろと目が合うと悪戯っぽく笑う。
「……サボってないわよ?」
 運び出しの間に不審な者が近付いてくることを警戒し、馬車にも細工がないかと確認しつつ見張っているのだ。マチルダの狼・フィオレッティも倉庫の外に大人しく控え、油断なく不審者を探していた。
「どうです? 何か不穏な動きはありますか?」
 エルも周囲を気にしつつ、馬車に積み込み作業を行いつつ、カーミンに尋ねる。
「今のところは特に、かな」
「そうですか。ではひとまずは安心ですね」
「そうね。でも……」
 カーミンはこれから進む予定の小道に視線を走らせて目を細めた。こちらへ向かってくる人影はない。予想はしていたことだ、普通の盗賊が倉庫を直接狙うのはリスクが大きすぎる。
「まあ、狙うなら道中よね」



 本の梱包作業は順調だった。ハンターたちの手際の良さにより、少々の休憩を挟みつつ、数時間後にはあらかたの梱包と積み込みが終わっていた。倉庫の中にはまだ「大量」と呼んで差し支えのない冊数が残っていたが、アメリアいわく、残して行っても問題のない書物であるらしい。
「どこの書店でも手に入る、一般的な本なのでねーえ。方々から集まってきて、かなり重複してしまっているのですよーお」
 アメリアが苦笑する。それならば、とキャリコが申し出た。
「資料の一部を譲ってもらえないか?」
「ええ、結構ですよ」
 それを聞いたフィーナも、残して行く本の中から数冊を取り出した。もっとも、彼女の場合は別の使い道を考えているようだったが。
「アメリア、それも入れるか? あのコンテナが最後みたいだぜ」
 ジルボがコンテナを指差して尋ねた。アメリアの手元には、黒い表紙の分厚い本がしっかりと握られている。アメリアは微笑んで首を横に振った。
「いいえ、これだけは私が運びますよーお。コンテナはもう閉めてしまって結構です」
 鳥が最後のコンテナに緩衝剤を詰め込んでから縛り上げ、千秋が馬車に積み込んだ。フィーナが積荷の上から「火浣」や「アグナ・カリエンテ」を被せ、保護を強化する。ずいぶんすっきりとしてしまった倉庫に、アメリアが鍵をかける。残されているのは重複本だけ。倉庫が襲撃されても、困ることはない。
 出発の準備は整った。
「では、行くか」
「おう」
 キャリコとジルボが頷き合った。ふたりは、道中の危険を事前に調べるための斥候として、一足早く出発するのだ。キャリコは発煙手榴弾をカーミンに手渡し、あとは頼む、と言い置いてバイクに跨った。
「では、こちらも出発の準備をしよう」
 鳥が声をかけ、ハンターたちはあらかじめ相談していた配置へと散らばる。先頭をバイクで走るのがざくろ。その後ろに続く、一台目の馬車の御者が鳥。千秋がこの一台目の馬車の荷台に乗り込み、周囲を黒猫とマルチーズに見張らせる。二台目の馬車の御者がライラで、両脇をエルとフィーナが並走して護衛する。三台目の馬車の御者がマチルダ。しんがりをカーミンがつとめる。
「アメリアさん、こっちの馬車の荷台に乗って後ろを警戒してくれないかな」
「承知しました」
 マチルダの言葉に頷いて、アメリアはたっぷりの本を詰めたコンテナの隙間に乗り込んだ。
『こちら、ユージン・ソラーノ。聞こえるか?』
 トランシーバーから、キャリコの声が聞こえてきた。「ユージン・ソラーノ」は彼がこの任務のために用意した偽名だ。
「空の友人、ですか。いいですねーえ」
 アメリアが誰にも聞こえないようにこっそり笑う。
「こちら第一馬車。聞こえている」
 鳥が代表して応答した。
『今のところ、異常はない。出発してくれ。きちんと調べたから罠の可能性はないが、馬車の車輪がハマってしまいそうなくぼみにはペイント弾でしるしをつけた。走行の目印にしてくれ』
「了解した。感謝する」
『気を付けて来いよー!』
 最後にジルボの声が入って、通信が一旦切れた。馬車チームたちは頷き合う。
「よーし、出発だよ!」
 先頭を走るざくろの合図で、一行は倉庫をあとにした。
 小道は砂利が多く、馬車に適した走行環境とは言えないが、景観には恵まれていた。鮮やかな赤い花を見て、カーミンが微笑む。
「躑躅ね。いい季節になったわ。あ、虫に気を付けてね」
 躑躅は蜜の多い花だ。それを求める虫たちも集まる。
「つい、なごんでしまいますねーえ」
 うららかな陽気と咲き乱れる花々に、アメリアも微笑んでいた。そうね、とカーミンは荷台の上のアメリアに頷き返して、けれども油断なく道の状態と馬車の行く先をチェックしていた。
(私なら狭い道のすれ違いで進路を絞り、蔵書で重くなった馬車に砂利で隠した穴を踏み抜かせて往生させる。気づいてれば躱せるけど……。そして荷物を散乱させ取り違えをさせる?)
 自分なら、この馬車をどう襲うか。それを考えておくことは、防御する側に立つ際非常に有効に働く。カーミンは冷静に想像力を働かせて対策を練っていた。
『あー、あー、後続、聞こえるか?』
 トランシーバーから、ジルボの声がした。
「ほいほーい、聞こえておりますよー」
 千秋が返事をする。
『引き続き、異常なしだ。木々の裏に隠れている様子もない。だが、だんだんと通行人が多くなるぞ。「後ろから馬車が来るから気を付けてくれ」って全員に声をかけてはいるが、ぶつからないように注意してくれ』
「わかりました。その通行人の中に不審な人物は?」
『いないと思うぜ。それを確かめるために声かけてんだしな』
 エルの問いにジルボが答え、ユージン・ソラーノもといキャリコが続けた。
『老人と子どもが多いしな』
 その通信のあとほどなくして、老夫婦が正面に姿を現した。双眼鏡で前を確認したざくろがバイクの速度を落として挨拶する。
「こんにちはー! いい天気ですねー!」
「こんにちは。大きな馬車だねえ。引っ越しかい?」
「まあ、そんなとこです!」
 ざくろはにこにこと返事をし、「このまま何もないといいんだけど」と呟いた、そのときに。
「わーい、きたきたー!」
「本当にきたー!」
 数名の子どもたちが、わらわらと駆けてきて、二台目の馬車に近寄ってきた。
「あぶないですよ、あまり近寄らないで……」
 ライラが御者台の上から注意し終えるより早く。
「空の魔法使いさん、ようこそー!」
 子どもたちが、馬の足元へボールのようなものを投げつけたのだ。パァアアン、と大きな音が響いて、紫色の煙が立ち上った。
 ヒヒィィイイイイン!!!!!
 馬たちが驚きいななき、三台の馬車が大きく揺れて止まった。
「ええっ!?」
 三人の御者が、それぞれの馬を必死に宥める。千秋が馬車の荷台から飛び降りてきて、ボールのようなものを投げた子どもたちを馬から引き離すと、子どもたちは自分たちがしでかしたことであるというのに呆然として怯えていた。
「千秋! そのままその子たちを守って! 何か来るわ!」
いち早く戦闘態勢を整えたカーミンが叫ぶ。紫の煙で視界が悪いが、この程度なら攻撃に支障はないだろう、と頭の中で計算する。
「アメリアさん、私の傍に!」
 馬を宥めていたマチルダも叫び、荷台後方にいたアメリアを自分の傍に呼び寄せた。
その叫びの直後に、やってきた道の後方、カーミンの背後から男たちが姿を現した。その数、五人。五人はバラバラの方向に走り出す。
「何もさせませんよ!」
 エルがスリープクラウドで男たちを眠らせようとするも、男たちはハンターに立ち向かう様子も見せず、素早く走りまわりながら、先頭の馬車を目指していた。しかし。素早さならばこちらの方が上だ。すなわち。カーミンのサザンカである。
「止まりなさい!」
 サザンカが、道の端を走るふたりの男の脚をとらえた。
「うぐっ!」
 鈍い呻きを上げ、そのふたりは砂利の上に突っ伏した。残り三人は、カーミンの攻撃を警戒して動きを変えた。攻撃をすれば馬や荷台を巻き込んでしまう位置へ走り込んできたのだ。そこへ。
「アメリアさん、この本だけは守らないと」
 数冊の本を抱えてフィーナがやってきた。出発時に荷台に隠した、重複本だ。三人の男は、すぐにフィーナに飛びついた。本だけを毟り取ると、一目散に駆け出していく。突き飛ばされたフィーナだが、駆けつけていたざくろに受けとめられ、怪我はないようだ。すぐに起き上がってバイクに跨った。
「追います」
「一緒に行こう」
 異変を察し、先頭から取って返してきたキャリコとジルボも加わって、三人は男たちを追いかけた。馬を素早く宥めた鳥とライラが、倒れているふたりを縛り上げる。まだほかに隠れている者はいないか、マチルダが入念に調べ、ざくろとエルは千秋が守っていた子どもたちに事情を聞いた。それによると。
「……高名な「空の魔法使い」がここを馬車で通るから歓迎をして欲しい、このボールは投げると綺麗な紙吹雪が舞う、と言われてボールを渡された、と……。それは、この男たちに、ですか?」
 エルが縛り上げた男たちを示しながら訊き返すと、子どもたちは半べそでこくん、と頷いた。すぐそばで話を聞いていたアメリアが、ゾッとするほど冷たい声で呟いた。
「子どもを利用するとはねーえ」
「で、あんたたち一体何なの?」
「お話してくれるなら、痛い思いをせずに済みますわよ」
 仁王立ちしたカーミンと上品に微笑むライラが、ふたりの男を見下ろす。脚の傷はたいして深くないはずだが、すっかり抵抗する気力を奪われたふたりは、しおしおと白状した。
「俺たちはこのあたりを根城にしている盗賊だ……」
「誰に頼まれたの?」
「わからねえ、俺たちは親方に従っただけだ。親方は、そのまたボスの、元締めから押し付けられた、って言ってた……」
「……下っ端の下っ端か」
 カーミンが顔をしかめながらアメリアを見ると、アメリアは口元だけで微笑んでいた。フードの下の目も笑っているかどうかは、確認できない。
「随分、用心深い奴らのようだ」
 鳥が呟き、アメリアは頷く。
「黒幕は、実行犯を捕まえるだけでは自分に辿り着くことができないよう、入念な依頼方法を取っているようですねーえ。その分、魔法などかけらもわからぬ者が実行してしまうことになるわけですが」
「フィーナさんが持っていた本を、迷わず持ち去ったもんね」
 マチルダが指摘した。
「ええ。魔法がわかっている人間ならば、あれが無価値な本であるということもすぐわかったはずですからねーえ」
 ほどなくして、男たちを追った三人が戻ってきた。
「すみません、取り逃がしました」
 フィーナがため息をつく。ジルボが悔しそうに目を吊り上げ、キャリコも渋面だった。
「奴ら、背後に馬を待たせていたらしい。小道を抜けるところまでは追えたが、そこから三人バラバラに走り出してな……」
「ひとりずつ担当して追うこともできたのだが」
「いえ、充分ですよーお。きっと無駄に走らされて結果まかれてしまったでしょう」
「背後に馬を待たせていた、って、つけられてた、ってこと?」
 カーミンが目元を鋭くする。背後にも注意していたはずなのに、と。
「気付かれない距離を保ってついてきていた、ということですかねーえ。三台分の馬車の音がしていますし、すぐには気付けなかったでしょう」
「そして気付かれる前に早めに襲撃にかかった、ってわけね。やられたわね。煙を使う方法を、こっちも考えてたのに先を越されたし」
 カーミンは、使えなかった発煙手榴弾を握りしめた。
「で、この人たち、どうするのー?」
 ざくろが無抵抗の男たちの頭をえいえい、とつつきながら訊く。ライラが丁寧な口調でしかしきっぱりと言い放った。
「その辺に転がしておきましょう。官憲に連絡しておきますわ」
「お願いしますねーえ。……しかし、フィーナさんも、私と同じことを考えていたのですねーえ」
 アメリアは、大事そうに抱えていた黒い表紙の本を広げて見せた。中は、白紙であった。
「それもダミーだったのか」
 呟く鳥に、頷く。
「ええ。私が囲まれた時には、これを差し出そうかと。ですが、フィーナさんのおかげで使わなかったので」
 アメリアは一度言葉を切って、まだしょげている子どもたちを見下ろした。
「見ることのできなかった紙吹雪を、見せてあげましょうねーえ」
 そう言うと、ぶつぶつと呪文を呟く。
「さあ! 舞い上がれ! 紙の階よ!」
 そう叫ぶと、さあっと風が吹いた。本がバラバラになって、白い紙が空へ舞いあがる。わあ、と誰からともなく歓声が上がった。
「空って何処までも広がってて……ざくろはあそこも冒険してみたいな」
 ざくろが呟くと、キャリコも頷く。
「ロマンチックな事だな……だが、こんな暗いご時世だ。ロマンなのも悪くないな」

 本が空へ舞いあがっていく、その光景はまさに、天を目指す紙の階だった。

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MVP一覧

  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズka1559
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

重体一覧

参加者一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • ライフ・ゴーズ・オン
    ジルボ(ka1732
    人間(紅)|16才|男性|猟撃士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 黎明の星明かり
    マチルダ・スカルラッティ(ka4172
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 【魔装】猫香の侍女
    ライラ = リューンベリ(ka5507
    人間(紅)|15才|女性|疾影士
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥(ka6258
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • 一肌脱ぐわんこ
    小宮・千秋(ka6272
    ドワーフ|6才|男性|格闘士
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 書物輸送相談卓
ジルボ(ka1732
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/05/12 00:48:48
アイコン アメリア・マティーナへの質問
フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
エルフ|20才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/05/11 14:24:55
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/05/11 15:09:40