ゲスト
(ka0000)
【初心】さよならタカアシガニ
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- LV1~LV20
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2017/05/24 22:00
- 完成日
- 2017/05/30 00:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ジェオルジのどこかに、歪虚が生まれた。
丑三つ時の真夜中ぼこりと地面が盛り上がりマッチ棒のような目が現れる。その次はひし形の胴体が現れる。続けて長い足が現れる。
背に積もった土くれを払い落とした歪虚は、ぶるっと夜の空気に身を震わせ、ずしんずしんと歩き出した。
行く手に集落の小さな明かりが見えた。
生物が放つ正のマテリアルを感じた歪虚は、強い破壊衝動に襲われた。なので、襲いに行く。目に付くものを叩いて叩いて踏んで踏んでぶち壊す。
家屋が壊れ納屋が壊れる。悲鳴を上げて飛び出していく人間。瓦礫に埋もれる人間。泣き声と呻き声。
その有様に満足した歪虚は、更なる獲物を求めて先を急ぐ。
待つべぇぇぇぇ……
何か声が聞こえたような。
歪虚は立ち止まり振り向いた。すると地面からもこもこしたものが出てきた。大きさは自分と同じくらい。二つの光る目玉と、大きな手と、大きな出っ歯を持っている。
人間をいじめちゃいかんべよぉぉぉ……
●
目茶苦茶に穴を空けられたタカアシガニ。新米ハンターたちの目に映る大型歪虚の姿は、まさにそんな感じだった。
5メートルはあろうかという長い足を駆使し動いているが、本来あるべき8本のうち4本が欠損しているため、相当動きがぎこちない。ひと足進むごと難破船のように、右へ左へ大きく傾いでいる。
両の手の鋏部分も穴が空いており、うまく噛み合わないようだ。
腹部に空いた特別大きな穴からは、広々した郊外の野が見渡せた。
「結構な大物ですが、どこから湧いて来たんでしょう」
「さあな。しかしえらくポンコツな感じだよな……」
「形を形成するのに失敗したんですかね」
そこは分からない。歪虚に聞いたって答えはしない。だからその問題についてはさっさと忘れることにする。
それより蟹の進行方向にハンターオフィス・ジェオルジ支局があるということの方が問題だ。
ジェオルジ職員のマリーが遠くから、メガホン片手に叫んでいる。
「絶対こっちに来させないでよーっ!!」
通報によると、道々納屋や家を壊してきているそうだ。それで怪我人も出ているとか。
いかに崩壊寸前な姿であっても歪虚は歪虚。それも、かなりの大型。戦闘力は侮れない。気を引き締めてかかるに越したことはない。
彼らがそう思ったとき、地響きが聞こえた。
「何だ!?」
揃ってそちらに眼を向ければ、丘の向こうからよたよたと、大きなモグラっぽいものが歩いてくる。なんだか知らないが、こちらもあちこち穴が開いている状態だ。
待つべぇぇぇぇ……
リプレイ本文
浪風 鈴太(ka1033)はタカアシガニを前に眼を輝かせている。
「でかぁい!! ゆり兄あれ食えるかな?! 美味しいかな!!」
あれだけ大きいなら完全に歪虚化しているだろうから百発百中食べられない。だがその事実を今明言し、こいつの士気を下げるのは得策ではない。
そう思った浪風悠吏(ka1035)は豆知識を披露し、茶を濁す。
「……日本近海の深海に生息する世界最大の節足動物……か。肉は水っぽく大味だが蟹嫌いでも食べやすく雌が美味とされるがこいつ性別は?」
まだまだ駆け出しながら大物相手の依頼受注。内心どうなることかと危ぶんでいたファリン(ka6844)にとって歪虚の弱りっぷりは、安心材料以外の何物でもない。これなら何とかなりそうだと、心中胸を撫で下ろす。
「……随分とぼろぼろですね?」
声色からそれを感じ取ったサクヤ・フレイヤ(ka5356)は、さりげなくファリンに釘を刺した。歪虚を前にしての油断はいかなる時でも禁物だ。取り返しのつかない結果を招くこともあるのだから。
「……何か死にかけて居るみたいだね。でも手負いの獣と一緒でこういう状態の時にどんな反撃を喰らうか分からないし、慎重にしないといけないかもね」
兎にも角にもタカアシガニへの接近を図らんとする一同。
突如、のしんのしんと地面が揺れた。丘の向こうから丸い頭が、ついで体が出てくる。
待つべぇぇぇぇぇ……
間延びした声で叫んでいるのはモグラ。巨大なモグラ。エーミ・エーテルクラフト(ka2225)はその正体を、見事一目で見抜いた。
「土の……精霊かしら」
遠目にも巨大な姿に気圧される穂積 智里(ka6819)。
「あ、あの方は一体何のご用事で……」
彼女の戸惑いを受けて鈴太は、からから笑った。
「だいじょーぶ! 精霊だっていうんなら、間違いなくオレたちの味方! だよね、ファリンちゃん」
「そうです。精霊様なら確実に私たちの味方です」
ベルセルク2人の太鼓判を受け、智里も落ち着きを取り戻す。
「……ですよね、そうですよね。先にあのタカアシガニ退治が先ですよね!」
と言っている間にも接近してくるモグラ精霊。遅ればせながらハンターたちの存在に気づいた。
おおうい、人間よぉい。そこにおったら危なかんべぇ。そいつに近づいたらいかんべよぉ。はやく離れるべぇ。
ああ、これは紛れも無く味方。確信が持てたエーミは大きく手を振って、声を張り上げる。
「心配ご無用、私たちはハンターだから! 精霊さんはそこで、待機をお願い!」
……はんたぁ? はんたぁとは、なんだべかー?
どうやらこの精霊、ハンターというものの存在を知らないらしい。サクヤはモグラの足元まで行き、ウインクする。
「……あたし達で何とかしてみせるから、モグラさんはそこであたし達を応援していて。ハンターが何かっていうのは、後で説明してあげるね」
●
「ファリンちゃん、精霊の力は借りない方がハンターオフィスの評価は高いわよ」
「そうなんですか。勉強になります、エーミ様」
真偽定かならないアドバイスを初心者に吐きつつ、アースウォールを作るエーミ。援護射撃のための防護壁+カニが逃げ出そうとした場合の足止めとして使うためだ。
悠吏は前衛一番手として、タカアシガニに向かう。
地面がえぐれるほどの踏み込みをつけ、左脚部にオートMURAMASAを叩き込む。続けてその脚の周囲を巡るように移動、繰り返し強打する。
甲殻の表面に裂け目が入った。
タカアシガニは長い腕を勢いつけて振り回す。 悠吏は攻撃を優先した。そのおかげで、腹部から胸部目がけての突きがまともに入る。肋骨が何本か折れた。しかし彼は踏みとどまる。喉の奥からせり上がってきた血の塊を、ペッと吐き出して。
お守りしながらの狩りで、無様は見せられない。
「ゆり兄、オレも負けないよー!」
鈴太がグラキエースで別の脚を殴りつけ注意を引く間に、素早く自己回復をかける。そしてまた攻撃に戻る。
「踊りましょうか、タカアシガニ様!」
ファリンもソウルイータを手に、カニ脚の回廊へ飛び込んだ。彼女はどこを狙うというのではない。とにかく目につく部分に片端から、刃を叩きつけて行く。
タカアシガニは攻撃を受けまいと、せわしく脚を上下させる。まるで地団駄を踏むように。付け根の緩んだハサミが脚と脚の間を縫って鈴太たちを捕らえようと、動き回る。
エーミはカニの顔付近に銃弾を打ち込んだ。目測を狂わせ、動きを鈍化させるのが狙いだ。
サクヤも火竜票を放ち、援護に勤しむ。鋭い金属の札が脚の上部に突き刺さる。
そこに加えて智里の、白雪による機導砲。
「歪虚のカニみそなんてかかりたくないです、さっさと逝ってください……機導砲!」
甲殻が焦げ煙を上げ始めた。ダメージを修復するためか黄色っぽい粘液が裂け目からどろどろ滲み出してきた。
執拗に攻撃され続けた左脚がバキンとへし折れる。大きな体が急激に傾き落下する。至近距離にいた鈴太、悠吏、ファリンは巻き込まれないよう、一旦離れる。
しかしタカアシガニもさるもの。右腕を支えに回し、どうにか胴体の地上激突を防ぐ。
そこに悠吏が、待ってましたとばかりの猛攻をかけた。穴が空いている部分、焼けて甲羅がはがれている部分といった、もろくなっている箇所を徹底的に叩く。
「蒸し蟹が美味で身のボリュームと味噌の濃厚さがおじやに良い!」
鈴太はカニが支えにしている右腕を、ここぞとばかり殴りつける。
「わー、うまそー! どっちも食いてー!」
直接攻撃の射程距離に入ったサクヤは、タカアシガニの左腕にエスプランドルを振るう。
「……鋏さえ無力化できれば、敵の危険性を大分軽減出来るしね。狙わない手はないよ」
カニバサミが絡んできた鞭の端を掴み、振り回した。危うくぶん回されそうになるサクヤだったが、相手の握力が弱っており途中ですっぽ抜けたので、地面に転がされた程度にとどまった。
ファリンは残った足を片端から切りつけて回る。既に大きく支えが失われている状態なのだ。後一本でも折ることが出来たなら、完全に動きを封じることが出来るに違いない。
モグラ型の精霊が声援を送っている。
がんばんべぇ。無理はするでねぇぞぉ。
しかし、タカアシガニの腕は長い。予期せぬ方から出てきたりする。
「ファリンさん、気をつけて! 後ろ!」
エーミの注意を受け飛びのいたものの、背中側から来た一撃を完全には避け切れず、前方に倒れるファリン。
智里はすかさず防御障壁を展開し、彼女への第二撃を防ぐ。
「ファリンちゃん、大丈夫かー!」
と声をかける鈴太の方にハサミが向かう。
「おっと!」
鈴太は器用に足の間を擦り抜け避ける。タカアシガニの長い腕が、脚と脚の間にこんがらがった。
慌ててそれを元に戻そうとするタカアシガニ。
智里はその敵失を見逃さなかった。この際だ、引っ繰り返してしまえないだろうか。
「前衛の皆さん、一旦離れてください! 下から撃ってみますので!」
姿勢を低くし機導砲を連射する。カニの腹側で爆発が起きた。狙いどおり巨体がふらつき引っ繰り返り――そうになったが、惜しくも留まった。そのまま腹を下にし、崩れ落ちる。
――その直後ハンターたちは、予期していなかった事態に直面した。タカアシガニが鋏も脚もすべて折り畳み体の下に隠し、土の中にズブズブ入って行き始めたのである。
まずい。地中に入られたらほとんど攻撃出来なくなる。思った悠吏は精霊に助力を求めた。
「申し訳ありませんが、カニの動きを止めてくれませんか!」
相手は、快く応じてくれた。
あいよぉ。まかせるべー。
のしのし近づいてきて大きな手を土の中に差し込み、敵の甲羅をがっちり掴むモグラ。
うんとこしょお、どっこいしょお、うんとこさあ、よっこいせえ!
タカアシガニは暴れに暴れた。モグラの体に折れたハサミを突き立てた。しかしモグラはひるまない。出っ歯をカニの目と目の間に突き立て、全身を引きずり出す。
えいやっしゃあ!
エーミは両手を口に当て、呼びかけた。
「精霊さん、ありがとうございます、引っ繰り返して置いておいてください! 後はこっちで処理しますから!」
あいよぉー。
モグラはカニを表に引っ繰り返し、もそもそ下がる。
「カニは冷気で身が引き締まったほうが美味しいの、旬から外れた歪虚さん?」
エーミの放つ冷気の矢と嵐が、タカアシガニに襲いかかる。
カニの全身がまたたくまに白く凍りついた。じたばたしていた手足の動きが緩慢になる。サクヤが振るった鞭で、カニバサミが砕け落ちる。
悠吏と鈴太は側面から、すでにヒビいっている箇所目がけて打撃を打ち込んだ。ファリンもまた。カニの装甲が砕け剥落し、粉となって散っていく。その下から粘液に包まれた内蔵が飛び出したが、それもすぐさま蒸発していった。
この世に何物をも残さず、タカアシガニが消えて行く。歪虚として当然の結末だ。
しかしそれを目の当たりにした鈴太は、ショックを受けた。
「食べれないの?!」
よろめき、すがりつくような目をして悠吏を見る。
返ってきたのは以下の言葉。
「残念だが、カニはまた今度だ」
「そんなぁぁぁ……」
モグラ精霊が寄ってきた。
ほいほい、なにがあったかしらんが泣くんじゃないべ。いたいのいたいのとんでけー
ハンターたちは疲労が急速に回復していくのを感じた。場に残っていた歪虚の残り香が、拭われたように消え去っていくのも。
●
ハンターオフィス・ジェオルジ支部。依頼を終えたハンターたちは茶を振る舞われ、一息ついている。
エーミと職員マリーはポーチに腰掛け話し中。
「家屋の倒壊もあったの?」
「ええ、建造物の被害がだいぶ出たって。全倒壊17件……だったかしら。半壊も入れるともっと多いと思うけど。水路や畑も踏み荒らされたそうよ」
「被害を受けた人は、今どこに?」
「親戚の家に行ったり、納屋に寝泊まりしたり。大変よね。怪我人は看病しなくちゃいけないし、家も建てなおさなきゃならないし」
智里は、庭先に大きな尻を降ろしている精霊を見上げた。支所のマスコット、コボルドコボちゃんに体を掘られ骨を埋められているが、気にならないらしく放置している。
「あの……もしかしてカニが傷ついてたのは、貴方が戦ってくれていたからでしょうか?」
そうだんべ。途中でとり逃がしてしもうてめんぼくないべ。
「いいえ、とんでもないです。あの、ありがとうございました。お怪我はないですか? もしあるなら使って下さい」
差し出されたポーションを精霊は大きな爪で器用につまみ、そっと智里に返した。
心配いらんべ。これはほかのときに、自分たちで使ってけれ。でも心づかいがうれしいべ。
モグラの頭の上にわさわさ緑の葉が茂り花が咲く。どうやら感情の現れらしい。
ファリンは精霊が元気であることに喜びつつ、お礼を述べる。
「ありがとうございました、モグラ様」
なんもなんも。気にせんでよかんべえ。
ところで鈴太はまだ落ち込んでいた。地面に横たわり、ぐだぐだ言っている。
「カニ……食べたかったなあー」
「まだ言ってるのか。もういい加減カニのことは忘れろ」
悠吏が首根っこを掴み立たせてやろうとしても、さっぱり動かず。
「……カニ……」
「……分かった。そのうち食わせてやる」
今泣いたカラスがもう笑う。鈴太が跳ね起きた。
「やったー!」
精霊に全力で突進し、全力で抱き着く。大きな体はびくともしない。
「でかいモグラ! モグラもカニさん食べたかったよね?」
カニだべか? おらは生き物は食わんでええでのう。適度なお湿りとお日さまが、なによりのごちそうだんべ。
いかにも地の精霊にふさわしいお答え。思いながら智里は言う。
「可能なら、お名前とか住んでいる場所を伺っても?」
すると意外な答え。
名前はまだねえべよ。あめんすぃさまにおおせつかって、ここに出てきたばかりだでなあ。
聞いて鈴太は目を丸くする。
「名前ないの?」
それは一大事、ということで考えてみる。
「ん~……ぁ! タカアシさんかデカモグ!」
ついでなので悠吏も考えてみる。
「ドリュウ、という名前はどうだろうか?」
割と見たままという点で、この兄弟のネーミングセンスは似ている。
エーミも考えてみる。リアルブルーにおける大地の女神、ガイアの名をもじって……。
「ゲー太、というのはどうかしら?」
特にこだわりはないが自分も何か案を出した方がいいか――と思うファリン。
「では私からは、『グラン』という名を候補に」
サクヤも考える。考えて考えた結果、波風兄弟同様シンプルな発想に落ち着いた。
「……もぐやんなんて、どうかな?」
人間が名前を考えてくれたのがうれしかったのだろう、精霊は目を細めてにこにこしている。
智里が聞いた。
「どれにしますか?」
そうだべなあ、みんなそれぞれいい名前で、全部使いたいくらいだべさ。だけんど、それだと長くなるで、やっぱり一つに決めねばなあ……ん~~…………簡単で、覚えてもらいやすそうだで、もぐやんにするべえ。
決まった。この精霊の名は以降『もぐやん』である。
鈴太は手を叩き、盛大に祝福する。
「名前決まっておめでとう、もぐやん! オレね鈴太!! 友達になって一緒に遊ぼうよ」
ええべよ。りんた。遊ぶべえ。
機嫌よく答えるもぐやん。
そこでエーミが土の体をぽんぽんと叩き、注意を自分に向けさせた。どうしても頼みたいことがあったのだ。
「もぐやんさん、少し相談があるのだけれど、よろしいかしら?」
よかんべえ。なんだべえ。
「カニに襲われた人達、家を立て直さなくちゃいけないそうなの」
うんうん。
「せっかくだし地味のよいところに建て直させてあげたいのだけど、そういうのは分かるの?」
もちろんだべえ。そういうことならおらは得意だべ。
「じゃあ、これから一緒に被害状況の確認に来てくれる?」
あいよう。すまんべなありんた。あそぶのはまた今度だんべ。困っている人間を助けてやらんといかんでなあ。
大きな爪で鈴太の頭を撫でるもぐやん。鈴太は、気にしないで、と破顔する。
智里はもぐやんに言った。
「もぐやん様、そこの人に祠を建てて貰うのはどうでしょうか」
ほこら?
「はい。そのほうが、これからのコミュニケーションがとりやすくなるのかなって思いまして……」
分かったべ。人間と相談してみるべ。
おうそうだ、皆よくがんばったで、ごほうびだべ。
もぐやんは頭に咲いた花を抜き皆に配った。そしてエーミを肩に乗せ、のしのし去って行った。
手を振る鈴太。
「今度、一緒に遊ぼうね!」
同じく手を振る悠吏。サクヤもファリンも、智里も手を振って見送る。穴の空いた頼もしき背中を。
気は優しくて力持ち、もぐやん。大地の精霊、もぐやん。
次はあなたの町に現れるかもしれない。
「でかぁい!! ゆり兄あれ食えるかな?! 美味しいかな!!」
あれだけ大きいなら完全に歪虚化しているだろうから百発百中食べられない。だがその事実を今明言し、こいつの士気を下げるのは得策ではない。
そう思った浪風悠吏(ka1035)は豆知識を披露し、茶を濁す。
「……日本近海の深海に生息する世界最大の節足動物……か。肉は水っぽく大味だが蟹嫌いでも食べやすく雌が美味とされるがこいつ性別は?」
まだまだ駆け出しながら大物相手の依頼受注。内心どうなることかと危ぶんでいたファリン(ka6844)にとって歪虚の弱りっぷりは、安心材料以外の何物でもない。これなら何とかなりそうだと、心中胸を撫で下ろす。
「……随分とぼろぼろですね?」
声色からそれを感じ取ったサクヤ・フレイヤ(ka5356)は、さりげなくファリンに釘を刺した。歪虚を前にしての油断はいかなる時でも禁物だ。取り返しのつかない結果を招くこともあるのだから。
「……何か死にかけて居るみたいだね。でも手負いの獣と一緒でこういう状態の時にどんな反撃を喰らうか分からないし、慎重にしないといけないかもね」
兎にも角にもタカアシガニへの接近を図らんとする一同。
突如、のしんのしんと地面が揺れた。丘の向こうから丸い頭が、ついで体が出てくる。
待つべぇぇぇぇぇ……
間延びした声で叫んでいるのはモグラ。巨大なモグラ。エーミ・エーテルクラフト(ka2225)はその正体を、見事一目で見抜いた。
「土の……精霊かしら」
遠目にも巨大な姿に気圧される穂積 智里(ka6819)。
「あ、あの方は一体何のご用事で……」
彼女の戸惑いを受けて鈴太は、からから笑った。
「だいじょーぶ! 精霊だっていうんなら、間違いなくオレたちの味方! だよね、ファリンちゃん」
「そうです。精霊様なら確実に私たちの味方です」
ベルセルク2人の太鼓判を受け、智里も落ち着きを取り戻す。
「……ですよね、そうですよね。先にあのタカアシガニ退治が先ですよね!」
と言っている間にも接近してくるモグラ精霊。遅ればせながらハンターたちの存在に気づいた。
おおうい、人間よぉい。そこにおったら危なかんべぇ。そいつに近づいたらいかんべよぉ。はやく離れるべぇ。
ああ、これは紛れも無く味方。確信が持てたエーミは大きく手を振って、声を張り上げる。
「心配ご無用、私たちはハンターだから! 精霊さんはそこで、待機をお願い!」
……はんたぁ? はんたぁとは、なんだべかー?
どうやらこの精霊、ハンターというものの存在を知らないらしい。サクヤはモグラの足元まで行き、ウインクする。
「……あたし達で何とかしてみせるから、モグラさんはそこであたし達を応援していて。ハンターが何かっていうのは、後で説明してあげるね」
●
「ファリンちゃん、精霊の力は借りない方がハンターオフィスの評価は高いわよ」
「そうなんですか。勉強になります、エーミ様」
真偽定かならないアドバイスを初心者に吐きつつ、アースウォールを作るエーミ。援護射撃のための防護壁+カニが逃げ出そうとした場合の足止めとして使うためだ。
悠吏は前衛一番手として、タカアシガニに向かう。
地面がえぐれるほどの踏み込みをつけ、左脚部にオートMURAMASAを叩き込む。続けてその脚の周囲を巡るように移動、繰り返し強打する。
甲殻の表面に裂け目が入った。
タカアシガニは長い腕を勢いつけて振り回す。 悠吏は攻撃を優先した。そのおかげで、腹部から胸部目がけての突きがまともに入る。肋骨が何本か折れた。しかし彼は踏みとどまる。喉の奥からせり上がってきた血の塊を、ペッと吐き出して。
お守りしながらの狩りで、無様は見せられない。
「ゆり兄、オレも負けないよー!」
鈴太がグラキエースで別の脚を殴りつけ注意を引く間に、素早く自己回復をかける。そしてまた攻撃に戻る。
「踊りましょうか、タカアシガニ様!」
ファリンもソウルイータを手に、カニ脚の回廊へ飛び込んだ。彼女はどこを狙うというのではない。とにかく目につく部分に片端から、刃を叩きつけて行く。
タカアシガニは攻撃を受けまいと、せわしく脚を上下させる。まるで地団駄を踏むように。付け根の緩んだハサミが脚と脚の間を縫って鈴太たちを捕らえようと、動き回る。
エーミはカニの顔付近に銃弾を打ち込んだ。目測を狂わせ、動きを鈍化させるのが狙いだ。
サクヤも火竜票を放ち、援護に勤しむ。鋭い金属の札が脚の上部に突き刺さる。
そこに加えて智里の、白雪による機導砲。
「歪虚のカニみそなんてかかりたくないです、さっさと逝ってください……機導砲!」
甲殻が焦げ煙を上げ始めた。ダメージを修復するためか黄色っぽい粘液が裂け目からどろどろ滲み出してきた。
執拗に攻撃され続けた左脚がバキンとへし折れる。大きな体が急激に傾き落下する。至近距離にいた鈴太、悠吏、ファリンは巻き込まれないよう、一旦離れる。
しかしタカアシガニもさるもの。右腕を支えに回し、どうにか胴体の地上激突を防ぐ。
そこに悠吏が、待ってましたとばかりの猛攻をかけた。穴が空いている部分、焼けて甲羅がはがれている部分といった、もろくなっている箇所を徹底的に叩く。
「蒸し蟹が美味で身のボリュームと味噌の濃厚さがおじやに良い!」
鈴太はカニが支えにしている右腕を、ここぞとばかり殴りつける。
「わー、うまそー! どっちも食いてー!」
直接攻撃の射程距離に入ったサクヤは、タカアシガニの左腕にエスプランドルを振るう。
「……鋏さえ無力化できれば、敵の危険性を大分軽減出来るしね。狙わない手はないよ」
カニバサミが絡んできた鞭の端を掴み、振り回した。危うくぶん回されそうになるサクヤだったが、相手の握力が弱っており途中ですっぽ抜けたので、地面に転がされた程度にとどまった。
ファリンは残った足を片端から切りつけて回る。既に大きく支えが失われている状態なのだ。後一本でも折ることが出来たなら、完全に動きを封じることが出来るに違いない。
モグラ型の精霊が声援を送っている。
がんばんべぇ。無理はするでねぇぞぉ。
しかし、タカアシガニの腕は長い。予期せぬ方から出てきたりする。
「ファリンさん、気をつけて! 後ろ!」
エーミの注意を受け飛びのいたものの、背中側から来た一撃を完全には避け切れず、前方に倒れるファリン。
智里はすかさず防御障壁を展開し、彼女への第二撃を防ぐ。
「ファリンちゃん、大丈夫かー!」
と声をかける鈴太の方にハサミが向かう。
「おっと!」
鈴太は器用に足の間を擦り抜け避ける。タカアシガニの長い腕が、脚と脚の間にこんがらがった。
慌ててそれを元に戻そうとするタカアシガニ。
智里はその敵失を見逃さなかった。この際だ、引っ繰り返してしまえないだろうか。
「前衛の皆さん、一旦離れてください! 下から撃ってみますので!」
姿勢を低くし機導砲を連射する。カニの腹側で爆発が起きた。狙いどおり巨体がふらつき引っ繰り返り――そうになったが、惜しくも留まった。そのまま腹を下にし、崩れ落ちる。
――その直後ハンターたちは、予期していなかった事態に直面した。タカアシガニが鋏も脚もすべて折り畳み体の下に隠し、土の中にズブズブ入って行き始めたのである。
まずい。地中に入られたらほとんど攻撃出来なくなる。思った悠吏は精霊に助力を求めた。
「申し訳ありませんが、カニの動きを止めてくれませんか!」
相手は、快く応じてくれた。
あいよぉ。まかせるべー。
のしのし近づいてきて大きな手を土の中に差し込み、敵の甲羅をがっちり掴むモグラ。
うんとこしょお、どっこいしょお、うんとこさあ、よっこいせえ!
タカアシガニは暴れに暴れた。モグラの体に折れたハサミを突き立てた。しかしモグラはひるまない。出っ歯をカニの目と目の間に突き立て、全身を引きずり出す。
えいやっしゃあ!
エーミは両手を口に当て、呼びかけた。
「精霊さん、ありがとうございます、引っ繰り返して置いておいてください! 後はこっちで処理しますから!」
あいよぉー。
モグラはカニを表に引っ繰り返し、もそもそ下がる。
「カニは冷気で身が引き締まったほうが美味しいの、旬から外れた歪虚さん?」
エーミの放つ冷気の矢と嵐が、タカアシガニに襲いかかる。
カニの全身がまたたくまに白く凍りついた。じたばたしていた手足の動きが緩慢になる。サクヤが振るった鞭で、カニバサミが砕け落ちる。
悠吏と鈴太は側面から、すでにヒビいっている箇所目がけて打撃を打ち込んだ。ファリンもまた。カニの装甲が砕け剥落し、粉となって散っていく。その下から粘液に包まれた内蔵が飛び出したが、それもすぐさま蒸発していった。
この世に何物をも残さず、タカアシガニが消えて行く。歪虚として当然の結末だ。
しかしそれを目の当たりにした鈴太は、ショックを受けた。
「食べれないの?!」
よろめき、すがりつくような目をして悠吏を見る。
返ってきたのは以下の言葉。
「残念だが、カニはまた今度だ」
「そんなぁぁぁ……」
モグラ精霊が寄ってきた。
ほいほい、なにがあったかしらんが泣くんじゃないべ。いたいのいたいのとんでけー
ハンターたちは疲労が急速に回復していくのを感じた。場に残っていた歪虚の残り香が、拭われたように消え去っていくのも。
●
ハンターオフィス・ジェオルジ支部。依頼を終えたハンターたちは茶を振る舞われ、一息ついている。
エーミと職員マリーはポーチに腰掛け話し中。
「家屋の倒壊もあったの?」
「ええ、建造物の被害がだいぶ出たって。全倒壊17件……だったかしら。半壊も入れるともっと多いと思うけど。水路や畑も踏み荒らされたそうよ」
「被害を受けた人は、今どこに?」
「親戚の家に行ったり、納屋に寝泊まりしたり。大変よね。怪我人は看病しなくちゃいけないし、家も建てなおさなきゃならないし」
智里は、庭先に大きな尻を降ろしている精霊を見上げた。支所のマスコット、コボルドコボちゃんに体を掘られ骨を埋められているが、気にならないらしく放置している。
「あの……もしかしてカニが傷ついてたのは、貴方が戦ってくれていたからでしょうか?」
そうだんべ。途中でとり逃がしてしもうてめんぼくないべ。
「いいえ、とんでもないです。あの、ありがとうございました。お怪我はないですか? もしあるなら使って下さい」
差し出されたポーションを精霊は大きな爪で器用につまみ、そっと智里に返した。
心配いらんべ。これはほかのときに、自分たちで使ってけれ。でも心づかいがうれしいべ。
モグラの頭の上にわさわさ緑の葉が茂り花が咲く。どうやら感情の現れらしい。
ファリンは精霊が元気であることに喜びつつ、お礼を述べる。
「ありがとうございました、モグラ様」
なんもなんも。気にせんでよかんべえ。
ところで鈴太はまだ落ち込んでいた。地面に横たわり、ぐだぐだ言っている。
「カニ……食べたかったなあー」
「まだ言ってるのか。もういい加減カニのことは忘れろ」
悠吏が首根っこを掴み立たせてやろうとしても、さっぱり動かず。
「……カニ……」
「……分かった。そのうち食わせてやる」
今泣いたカラスがもう笑う。鈴太が跳ね起きた。
「やったー!」
精霊に全力で突進し、全力で抱き着く。大きな体はびくともしない。
「でかいモグラ! モグラもカニさん食べたかったよね?」
カニだべか? おらは生き物は食わんでええでのう。適度なお湿りとお日さまが、なによりのごちそうだんべ。
いかにも地の精霊にふさわしいお答え。思いながら智里は言う。
「可能なら、お名前とか住んでいる場所を伺っても?」
すると意外な答え。
名前はまだねえべよ。あめんすぃさまにおおせつかって、ここに出てきたばかりだでなあ。
聞いて鈴太は目を丸くする。
「名前ないの?」
それは一大事、ということで考えてみる。
「ん~……ぁ! タカアシさんかデカモグ!」
ついでなので悠吏も考えてみる。
「ドリュウ、という名前はどうだろうか?」
割と見たままという点で、この兄弟のネーミングセンスは似ている。
エーミも考えてみる。リアルブルーにおける大地の女神、ガイアの名をもじって……。
「ゲー太、というのはどうかしら?」
特にこだわりはないが自分も何か案を出した方がいいか――と思うファリン。
「では私からは、『グラン』という名を候補に」
サクヤも考える。考えて考えた結果、波風兄弟同様シンプルな発想に落ち着いた。
「……もぐやんなんて、どうかな?」
人間が名前を考えてくれたのがうれしかったのだろう、精霊は目を細めてにこにこしている。
智里が聞いた。
「どれにしますか?」
そうだべなあ、みんなそれぞれいい名前で、全部使いたいくらいだべさ。だけんど、それだと長くなるで、やっぱり一つに決めねばなあ……ん~~…………簡単で、覚えてもらいやすそうだで、もぐやんにするべえ。
決まった。この精霊の名は以降『もぐやん』である。
鈴太は手を叩き、盛大に祝福する。
「名前決まっておめでとう、もぐやん! オレね鈴太!! 友達になって一緒に遊ぼうよ」
ええべよ。りんた。遊ぶべえ。
機嫌よく答えるもぐやん。
そこでエーミが土の体をぽんぽんと叩き、注意を自分に向けさせた。どうしても頼みたいことがあったのだ。
「もぐやんさん、少し相談があるのだけれど、よろしいかしら?」
よかんべえ。なんだべえ。
「カニに襲われた人達、家を立て直さなくちゃいけないそうなの」
うんうん。
「せっかくだし地味のよいところに建て直させてあげたいのだけど、そういうのは分かるの?」
もちろんだべえ。そういうことならおらは得意だべ。
「じゃあ、これから一緒に被害状況の確認に来てくれる?」
あいよう。すまんべなありんた。あそぶのはまた今度だんべ。困っている人間を助けてやらんといかんでなあ。
大きな爪で鈴太の頭を撫でるもぐやん。鈴太は、気にしないで、と破顔する。
智里はもぐやんに言った。
「もぐやん様、そこの人に祠を建てて貰うのはどうでしょうか」
ほこら?
「はい。そのほうが、これからのコミュニケーションがとりやすくなるのかなって思いまして……」
分かったべ。人間と相談してみるべ。
おうそうだ、皆よくがんばったで、ごほうびだべ。
もぐやんは頭に咲いた花を抜き皆に配った。そしてエーミを肩に乗せ、のしのし去って行った。
手を振る鈴太。
「今度、一緒に遊ぼうね!」
同じく手を振る悠吏。サクヤもファリンも、智里も手を振って見送る。穴の空いた頼もしき背中を。
気は優しくて力持ち、もぐやん。大地の精霊、もぐやん。
次はあなたの町に現れるかもしれない。
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高足蟹に捧げる鎮魂歌【相談卓】 浪風悠吏(ka1035) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/05/24 11:14:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/23 07:55:37 |